決算委員会 第31号
- 発言数
- 52 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1952/06/10
会議録
○委員長(岩男仁藏君) 只今より決算委員会を開会いたします。本日は昭和二十四年度一般会計歳入歳出決算外二件を議題に供します。前回は建設省所管の分について関係当局より説明を聞きましたが、本日はこれら建設省所管の分、即ち批難事項第六一四号から第六二五号までを問題に供し、御審議を願います。御質疑のあるかたは御発言願います。
○カニエ邦彦君 六二一号について、前回建設省側から御意見の開陳があつたようですが、検査院から、一応前回の建設省の言い分に対して、検査院のほうから一つ御意見を伺いましよう。
○説明員(小峰保栄君) 会計検査院の見るところにつきましては、前回も私から御説明申上げたのでありますが、それに対しまして建設省側から強い反駁意見が出たわけであります。一応全部伺つておりますので、建設省の主張される点、それに対する会計検査院としての見解をかいつまんで御説明したいと思います。先ず第一に、建設省の御主張の第一点でありますが、この堤防は、排水工事をやらなければどうしてもいけない、これが御主張の第一点であります。 それから第二点は、ほかにこういう異例が、日本に随分災害復旧工事も多いし、堤防も多いのでありますが、ほかにはこういう工法をとつた所は、私寡聞にして知らないのであります。非常に異例な工法でありますが、この工法以外に工法がなかつた。この二点に尽きるようにも思うのであります。 先ず第一点でありますが、絶対にこの排水工事をやらなければいけなかつたかどうか、この点であります。ここと地形の同じような所は日本にも随分これはあるのでありまして、排水工事をやつたほうがいいことは、これは確かであります。どこでもやりたいと思うのでありますが、実際にはやつていない。ここだけがこういう排水工事をやるということになるわけであります。その点なんですが、排水工事をやつたほうがいいということはこれは私どもも考えておりますが、併しながらこういう工事をやらなければこの堤防が持たないかどうか。折角復旧しても、又内水のために壊されてしまう。これが強い御主張の第一点なのでありますが、ところが建設省では排水を絶対にやらなければいかん。又このような控堤防というものは排水のための堤防だと、こうおつしやつているのでありますが、この工事を計画いたしまして、実行した宮城県では、決してそう言つていないのであります。排水は副次的な目的にはなるが、主たる目的は、飽くまでも本堤が災害で、勾配も非常に強い、土砂もたくさん出て来る川でありますが、その激流によつて本堤が壊されてしまう。それを支えるための、抑えるための控横堤だということを県は言つておるのであります。実際に工事を計画し、工事をやつた宮城県は、決して排水が主目的だということは言つていないのでありまして、飽くまでも本堤を前面から押し寄せて来る激流から守るための控横堤だと言つている。その点から考えましても、排水のためにこういうものが絶対に必要だという建設省の御主張は如何かと思うのでありまして、建設省も立派な技術者もおられます。宮城県も相当な人がおるのでありまして、そしてその技術者が計画し、実行したのでありますが、その人たちは決して建設省と見解を同じくしてはおらんのであります。排水も必要には違いないが、この堤防は排水が主目的ではない。飽くまでも本堤を守るための控横堤だ。これが主目的だ。ほかにもいろいろな、災害を分断するというようなことも副次的な目的ではあるが、排水もやはり副次的な目的に過ぎない、主目的は飽くまでも本堤を激流、洪水から保護する、こういうことを言つておるのでありまして、この点から考えましても、建設省が排水一点張りで強く主張されておるという点については、如何かと思うのでございます。 それから建設省側でお作りになりました文書等を拝見いたしますと、この工事を行うことによつて、背後地の内水がすべて排除されるというように言つておられるのでありますが、実はこの控横堤を作りましても、内水の半分以下しか排水路は通らないように見受けられるのであります。幾ら雨が降るかとか、幾らここへ水が流れて来るかということは、これは仮定のフアクターがたくさんに入りますので、実際に大水が出て見ないと全体の幾ら通るかということはなかなかわからないのでありますが、いろいろな仮定の計算が入りますが、今までいろいろ計算をした結果を拝見しますと、全部は決してこの排水路に入つて来ない。相当の水が排水路に入る前に、道なり何なりから溢れまして、この堤防の中に溜まるわけであります。結局この排水路を作りましても、全部の水が決して排除されるわけではない。やはり相当の水が内水として残るのでありまして、結局それほど大きな、洪水のときに当りまして、排水の絶対的な百パーセントの効果があるものとは、ちよつと今まで出ました資料では私どもは考えられないのであります。それからこれは一般論にも絡みますが、一体それでは排水路の必要というものは、どこでも認めていながら、なぜそれを作らないか。ここと同じような背後地の条件の所は日本中にたくさんありますが、そういう所でも、こういう方法をとつて、わざわざ排水路というものを作つていないのが普通であります。ここだけがそれをやつたわけでありますが、排水と、内水の排除ということは堤防を保護する上においては必要なことには違いないのでありますが、ほかの工事でそれをやつていないという理由が幾つかあるわけであります。先ず非常に金がかかるということも一つの理由だと思います。ここもこの控横堤のために六百七十万という金をかけているのでありますが、まあ経済的な理由もございましようが、実はこの必要の程度でありますが、この堤防の背後地に降る雨と、それから川を流れて来る大水というものに相当の時差があるのが普通であります。時間差であります。雨は一度に、山奥も堤防の背後地も同時に降りますが、これが川に流れ込む時期というか、時間に差があるわけであります。奥に降つた水が、ここで申しますと、鳴子の全面に流れて来る時間というものは、決してこの鳴子に降つた雨が川に流れ出る時間とは一致しないわけであります。これは鳴子に限らず、どこでも言えるのでありますが、上流の雨が集まつて下流の大洪水になるわけであります。下流に降つた雨は、上流の雨が集まつてその堤防が危くなるほど流れて来るときには、その現地の雨というものは外に流れ出しちやうわけであります。ここで申しますと、この堤防の背後地に降つた、鳴子に降つた雨か排水を要する時期というのは、本堤によつて守られる洪水の最大水位がうんと上る時間よりも若干前になるわけであります。それで内水が排除できない時間、結局川のほうの水位がうんと上りまして、内水が排除できなくなる時間があるわけであります。このときが一番内水が溜つて、内水の面から危くなるわけであります。併しその時間は相当時差がある、内水が先に出てしまうわけであります。これはおわかり下すつたと思いますが、結局山奥の水が鳴子なり何なりの下流に流れ出て来る時間が相当かかるわけであります。これは川の勾配とかいろいろなことで違つて参りますが、若干の時間のズレのあるということはどこでも同じであります。ここでも、この堤防の裏に降つた雨は先に出てしまう。そうして山奥の水がここまで流れて参りまして、堤防の川の水位がうんと上るときには、内水は極端に言えばなくなつてしまう。これは若干は勿論残りますが、そう二日も三日も大雨がうんと続くということは割合に例が少いのであります。この辺でも、大体最近の資料を見ますと、一日の最大降雨量が大体二百ミリであります。それから二日間に降つた最大の降雨量が三百数十ミリでありまして、そこに降る雨というものは、二百ミリといたしますと、六、七寸のものであります。それから二日間に降る雨と言いましても、三百数十ミリになるわけでありますが、その水は奥に降りました水が川に流れて来るよりも先に排除できるわけであります。この内水と川を流れる洪水の最大水位に時間差があるということで、排水設備を特にやらないでも危険がない、こういうのが河川改修の一般常識のように聞いております。この堤防の場合でも、成るほど内水と山奥の水が同時にここに集るものでしたら、相当にこれは危険が生ずるかも知れません。今申上げましたように、この附近に降る水を吐き出す時期には、まだ川の水位が余り上つておらん、こういうことが言えるわけでありまして、この川につきましても、実は私も実地の現場の視察に参りましたが、その当時、川の工事の専門家も一緒に行つて頂きまして、その控横堤というものを見てもらつたのであります。そうして今申上げましたような関係で、ここについても、そう特にこういう異例な六百七十万もの金をかけて、排水路を作るのは必要でないんじやなかろうか。それはあるに越したことはないわけでありますが、まあまあそうまでしなくてもいいのではないか。それで結局災害復旧というものは、御承知のように原形復旧、元あつたものを復旧するというのが原則であります。これはいろいろ、元あつたものを復旧しても役に立たん。もつと大きくなる。或いは堤防をずらさなければいかんというような関係もありまして、なかなか元通りのものにはならないのが普通でありますが、建前としては、やはり原形復旧というのが本旨であります。それか、ら国庫負担の相当金のかかる工事でありますから、最小限度でやるというのは、これは当然であります。そういう観点からいたしますと、どうもこの妙な突つ張りのような二本の控堤防というものが、少し災害復旧の程度を超えているのではないのだろうか。こういうふうに結論せざるを得ないのであります。それからこれだけの大きな金をかけて、これだけの大規模な堤防まで作つて、その上に排水路を通さなければ排水ができないかどうか。言い換えまずと、ほかに方法がなかつたのだろうか。この点であります。建設省当局はこの前、ほかに方法はない。これが最良であり、又一番安いというふうに主張になつたように伺つたのでありますが、これも私現場に川の工事の専門家のかたに行つてもらいまして、一体どういう工法が考えられるか、このほかに方法がないものだろうかということも伺つたのでありますが、決してこれ以外に方法がないわけではないそうであります。ほかにもつと安くできる方法もあるそうでありまして、これは若し御質問がありましたら、具体的に申上げてもよろしうございますが、百万円以下ぐらいでできる方法もあるようでありまして、六百何十万円も金をかけたこの方法以外にないわけでない。仮にどうしても排水をやらなければいかんということになりましても、もつと簡易な方法もあるように聞いたのでありまして、以上、絶対に排水のためにこういう妙なものを、堤防を作ることが必要かどうか。又若し仮に必要であつたとしても、この以外に方法がなかつたかどうか。この二点が建設省の強い御主張のように伺いましたので、私どもの見るところを申上げた次第であります。
○カニエ邦彦君 只今の検査院の主張に対して、建設省としては、やはり排水路としてこれだけのものが必要であるという御主張であるのかどうか、その点を一つ聞かしてもらいたいということと、それからそういう主張があるとすれば、どういう理由であれだけの排水路が必要であるかということ、これを一つ伺いたい。
○説明員(賀屋茂一君) 御説明申上げます。これは前回に一応図面で御説明申上げたのでございますが、現在施工しております本堤は、その差上げました図面でおわかりになるのでありますが、よほどうしろに引いておるわけであります。これは引きませんと、この二十二年の災害では、七月及び九月に非常にあそこが荒れましたので、原形のところでは復旧しますのには非常に金がかかるものでございますから、うしろに実は引いたわけであります。それから非常に土砂が出まして、すでに既設の砂防堰堤がその前面に二本あるのでありますが、全部河床に埋もれてしまつておるくらい土砂が堆積しておるわけであります。そうして河岸工事は殆んど壊れております。そうして堤内敷であつたものが河原になつてしまう。そうして又、そこが丁度合流点の直下流にもなつております関係で、堤防の保持上からも、これを引堤にしたほうがよいというわけで、堤防を引いたわけであります。もともとこの堤防は霞堤になつておりまして、堤内の水は自然に流れておつたわけであります。引堤をいたします関係でこうなつたわけであります。そういたしますと、自然流下をいたしませんから、どうしても一貫堤防にいたしますと、内水の処理はいたさなければならんということになるわけであります。内水を排除しなければならんということは、これは我々のほうで技術の調査をしましたところによりますと、大体現在の堤防で、これは上流部でございますが、上流部の現在の作りました堤防で取巻かれておる堤内地が、大体最高の雨量としまして、四十分で一メートル五十くらい浸水するわけでございます。これは計算でございます。四十九分で二メートルくらい浸水する、こういう状況になつております。先ほど降雨が時差があるというお話でございますが、成るほど降雨には、水には時差がありますし、近くの雨が先へ出る、こういうことは考えられます。ところがこれはそういう場合があつた場合の話でありまして、そういう状況に降つているばかりではないわけでありまして、上流が先に降つて、下流があとに降る、こういうことが多いのでありまして、そうすると、出水は同時に出て来るという場合もあるわけでございまして、これは必ずしもそういうふうな場合があるということを仮定して、こういうことは考えられません。それで内水をどうしても排除しなければならんということは、旧来よりも堤防を変えて、実は堤内の土地を河川敷にしてやつたわけでありまして、そうして土地をとり、家屋があつたところを河原にして、そうして堤防を復旧したわけでございますから、内水の処理のみが考えられないということでは復旧の目的も達せられませんので、内水の処理の方法を考えたわけであります。ただ横堤がいいか悪いか。これはこの前も申上げたのでありますが、ポンプ排水の方法もあるだろう。或いは道路あたりが、少し高台でありますから、そういうあたりに水路でも付けて横に吐く方法もあるだろうし、これしかないというわけではございませんが、建設省といたしましては、この点についての排除はこの方法が一番よいのではないかという結論になつて、実は採用したわけでありますが、これにつきましては、これをいかにも両側を石積にしまして、堅固なものにするよりも、橋のような方法でやつたらどうかという案も立ててみておるわけでありますが、却つて工費が多くかかるわけであります。それで建設省といたしましては、排水の処置は講じなければならん。これは下流のほうには家もございますので、処置は講じなければならん。処置を講ずると、この方法が一番安上りではあるまいか、そうして効果的ではあるまいかという結論になつて参るわけでありまして、又宮城県のほうの言い分、県の考えが違うというお話でございますが、私の聞いた範囲でございますと、河川課長、部長あたりの話を聞いておるのでありますが、或いはほかに考えが違つたかたもおられるかも知れませんが、まあ河川を見ておるものといたしますれば、あの控横堤が本堤の突つ張りになるとか誰にも考えられません。これは普通の常識では考えられんと思います。それから本堤が壊れましたときに、あの控堤が二段の防止になる。これは恐らく邪魔にはなるかも知れませんが、あの本堤の大きなものが流水で突き飛ばされますと、正面に直角に受けることになる横堤は、これは一たまりもなくやられるということは、この前もお話したのでございますが、大体そういうものでございます。だからそれにもよりまするから、これは恐らく河川のほうの関係のものでございましたら、一応認められるところではないか、了解されるところではないかと思うのでございますが、一応そういうふうな話をしたものもおるかも知れません。又これは、砂防工事で実は通つておるわけでありまして、砂防施設が壊れました関係で、その復旧になります関係ですから、又区域が砂防指定区域になつておりますから、砂防も通つたわけですが、実際の施設は河川の堤防になつておるわけで、横堤そのものは内水排除以外に実は方法がございません。実はこの横堤の上が幅一メートル五十、それから深さ七十センチという水路を置いてあるだけでございまして、別に道路が上に通つておるわけではございません。或いは通路ぐらいは狭いものがございますけれども、ほかに利用しておるわけではございません。筧のような、幅一メートル五十、深さ何センチという水路をそれで持上げて持つておるわけでございまして、ほかに目途はございません。
○藤森眞治君 ちよつと会計検査院にお伺いしますが、災害復旧は原形復旧だと、これはわかるのですが、今お話を聞くと、原形復旧じや持たないから、後へ引いたと、こういうお話なんです。原形復旧じやないということは明らかなんです。その程度まではあなたのほうじやお認めになるのですか。後に引くということは……。
○説明員(小峰保栄君) 只今の点でありますが、元は確か三メートル以下の小さい堤防がずつと前面にあつたわけでありますが、それが二つか三つに割まして、さつき御説明がありました霞堤、裾開きになつておる、そして平水の時には、そこから内水が自然に出て来るわけです自然の排水路があるわけですが、ところがそれを復旧したのでは、同じような洪水が来た時に持たん、こういうのが当局の見方であります。それでずつと引きまして、持たないというのは結局河積が狭いわけであります。幅が狭過ぎるので、大水が出た時に溢れるというので、ずつとあとへ河積を広くするために引いたわけであります。堤防も直高七米、前の倍以上の大きな堤防にしたわけです。そこの程度、どこまでを一体災害復旧の対象にするかということは、これは非常にむずかしい問題であります。それでこれは、昭和二十五年度に法律が、御承知の通り、原形復旧は全額国庫負担、それから原形を超過したものは、地元が三分の一持つ、国が三分の二負担する、こういう法律が出まして、ここで漸く長年の原形とは何ぞやというものが、比較的はつきりしたのであります。本件のように、これは二十三年災でありまして、二十五年度のように、原形というものの解釈というものが余り確定しないうちの問題であります。それで一体原形とは何ぞやということは相当実際問題に当りますとむずかしい。それで例えば木橋をコンクリートの橋にするというようなのは、これは原形でないことは明らかであります。それですが、木の橋を架け直したのじや又流されるという時に、コンクリートの橋にしたいということは、これは誰でも考えることであります。この場合でも、元の堤防を作つたのでは又流されそうだ。何十年に一回かの雨で流されるかどうかは実際わかりませんが、どうも今までに出た雨量の計算から行くと流されそうだ、こういう場合に或る程度引いてそうしてその堤防の高さを大きくするというのは、もともとどこでもやつておることでありまして、会計検査院としても、そこまでは、決して原形を超えたからいかんといつて、批難するような気持はないのであります。ところがこれは、今申上げましたように、今まで自然排水で、何も工作物はないのであります。大体建設省の関係の災害復旧というものは、工作物復旧というのが原則であります。従来堤防があるとか、護岸があるとか、橋があるとか、これを流されて、それを復旧する。工作物のないものは、例外を除いて、原則としては災害復旧の対象にしない。これが一つの原則なのであります。勿論これもいろんな例外がございますが、原則としてはそういうことになるわけであります。これが農林省あたりの耕地災害の復旧、今まで水が出て、田圃が泥を被つた。この泥を取り除くのに国庫補助を出しております。こういうようなものと、建設省の災害復旧というのは、私どもは大へん観念が違う、こう考えておるのでありまして無堤、堤防のない、例えば青森県などは、年々相当の災害を受けております。堤防がもともとないばつかしに、建設省の災害復旧の対象にはしてもらえない。だんだん土地がひどくなつて参りますが、これは早く堤防を作つていなかつたばつかしに、災害復旧の対象にしてもらえない。こういうような状態にあるように聞いておりますが、飽くまでも何か施設があつたということが原則として前提になる。これもたびたび申上げますが、いろんな例外も規則も出ておりますが、原則としてはそれが建前なのでありまして、このように、自然に排水路があるだけというようなものに対して、わざわざこういう大きな雨樋でありますが、堤防を作つて、その上に雨樋を乗せるということまでしないでもいいのじやないだろうか。従来は、先ほども御説明がありましたように、いわゆる霞堤でありまして、平水時には内水は自然の勾配で流れますが、洪水時には逆に入つて来るのであります。普通は堤防というのは両側を取りつけてしまうのであります。この堰堤は空いておるわけであります。これは急傾斜の所でないといえないのですが、急傾斜のこういう所ではこういう堤防でも相当役に立つのでありまして、普段では水は流れていますが、洪水のときは逆に入つて来るのであります。或る程度入つて来ても勾配がきつうございますから、そう奥までは入つて来ない。土砂も流されてしまつて、この中には入らんというのでこの霞堤防というものが役に立つわけなんでありますが、いずれにいたしましても、洪水のときには内水は出ないのであります。外から水が入つて来るくらいでありまして、中に入つて来る水は外に決して出ないわけであります。やはり若干の部分は水浸しにならざるを得ないのであります。そういう所であつたものでありますから、そう内水を全部吐き出してしまわなければいけないというような条件では……、そうしなければ災害復旧のあれにならんというようなことには私はならんと思うのでありまして、先ほどの御質問の、本堤を大きくするという程度までは、従来のやり方から申しまして、ほかにも災害復旧として全額を国庫負担の対象にする、超過分は三分の二国庫負担金を出すわけであります。それを取入れた例は相当ありますし、本件についても、本堤の分につきましては全部を国庫負担の対象にするということに対しては、会計検査院としても異存はないのでありまして、それ以上にまで国庫負担の対象にしなくてもいいのじやないか。この工事をやつて悪いと決して会計検査院では言つているのではないのでありまして、若し排水としてどうしても必要なら、災害復旧の程度を超えているようだから、それは県の負担においておやり下さい、こう言つているのでございまして、その程度で一つ御了承を願いたい。
○藤森眞治君 そうしますと、大きなうしろへ引いた堤防は、先ず災害復旧と認めれば認められる。併し横の控堤が大体問題であるわけであります。そうなると、横の控堤というものが、これは排水路であるということについて、技術的にいろいろ見解が違うと思うのです。これでなければならんという考え方もありましようし、又今のポンプを付けるという方法もありましようし、或いは中に穴をあけて通路をつけるという方法もありましようし、ただこれが、これまでやらんでも、もつと簡単な方法でやれるのじやなかつたかというところにあなたのほうの問題はあるわけなんですね。
○説明員(小峰保栄君) 只今の御質問でありますが、私どもとしては、第一段に、先ずやる必要はなかつた。少し強過ぎるかも知れませんが、先ほど申しましたように、内水の排除ということは、どこの川でも余り……、特にこういうような大きな工作物を作つてやつているわけではないのでありまして、地勢の上から申しましても、このくらいの急流河川は日本には相当ございます。それから背後地に雨の降る川はこれも当然のことでありまして、どこでも同じような状態でありまして、ここだけこういうものをやらんでもいいのじやないか。もともと霞堤の中へ入つて来たわけであります。そう何日も、何尺もの水浸しになるということもちよつと想像できないのでありまして、これは先ほど上流の水と雨とが時差があるというような私が申したことに対して、大分強い反論がありましたが、これは一般の河川改修の場合でも常識のようであります。これは私は決して自分の考えで言つているのじやないのでありまして、河川改修で苦労している技術者に聞いたことを申上げたのであります。この場所で聞いたことを申上げたのであります。まあやらんでも、先ず第一段としていいのじやないか。仮にやるとしても、これはなかなか、カニエさんなどたしか現場へ来て御覧下さつたはずでありますが、立派なものです。両岸を石張りで張りました、相当立派な堤防でありますが、上に排水路を乗せるためには、こんな必要はないのじやないだろうか。柱を立てて云々ということも一応考えられます。これは土の代りに鉄の柱でも立てれば、これは経費としては嵩むだろうと思います。それ以外に方法がないわけではないようであります。樋管をずつとサイフオン式に通すというようなことも技術者は言つております。樋管をこの下にもぐらして、サイフオン式に出す方法でも出せるのじやないか。これでやりますと、大体同じようなパイプを、ここの設計の中にございますが、六十サンチくらいのパイプを使つているのでありますが、一部こういうものを使いますと、この設計の価格で計算しても、精々四、五十万円、仮に六十サンチで不足だというのでしたら、倍のものを使いましてもまあ百万円見当でできるのじやないだろうか。こうもその当時私に説明してくれた技術者と話合つたこともあるのでありまして、絶対にこの方法しかないというふうな、この前の建設省の御説明だつたように伺つたのでありますが、いろいろな場合が考えられるので、仮に排水の必要があつたとしても、もつと簡易な方法……、従来は何もなかつたのであります。繰返し申上げますが、従来はなかつた、自然排水であります。それに代るものを作るわけでありますから、もつと簡易な方法があつたのじやないだろうか、こう考えている次第であります。
○藤森眞治君 それで建設省のほうにお尋ねいたしますが、内水を排除しなければならんということは、これはもう会計検査院のほうもお認めになつた。そうすると、なぜこれだけのものを作らなければならなかつたのか。これの必要性はどこにあつたのかということが一番の問題になるだろうと思うのですが、それでもう一応、この前にも若干承わりましたが、もう一応、これでなければならなかつたという点を一つ御説明願いたい。
○説明員(賀屋茂一君) これを一応申上げますと、現在の本川の河床でございますが、災害前と災害を受けましたあとの状況を申上げますと、河床は約一メーター五十くらい高くなつておるわけであります。それで一メーター五十も低い状態でございましたら、さつき申上げましたように三メートル五十くらいの堤防で実はもつております。又堤内は相当高いものでありますから、水が入りましても、これは霞堤の裾のほうに入つて来るだけでありまして、奥まで来ますのでは、これは霞堤の値打ちはないわけであります。幾分裾のほうに入るというのが霞堤の本旨でございます。それで大出水があるときに、堤内に全部入つておりましたのでは霞堤の意味はないわけであります。それで堤内地は急斜面であり、河床から申すと高くなつたわけであります。この関係で、この原形復旧ということを強く申しますと、元の通りに復旧しろ……、私どももこれは計算した例があるのでございますが、あの川で大体百四、五十メートルくらいの幅は掘り取つてやらなければならんと思いますが、詰りました河床の砂を取り除けてやつて元通りにする、これをやりますというと……、そうして堤防も前のような露堤防にしてやる。こういうことを先ず想像しますが、馬鹿らしい話でございますが、原形復旧ではそういうことをする。これは川底を低くする手もあるのであります。これをやりますと、六千数百万円かかるわけであります。それでこういうことをやるよりも、すでに河原になつておるのだから、先ず堤防を控えて、そうして守れるだけの土地を守ろうというので、それで堤防を控えたわけであります。これは以前の施設を御覧になりますとよくわかるのでありますが、砂防施設が、堰堤が二カ所もありまして、その上流が実は繋いでおるわけであります。上流のほうの右岸堤と砂防堰堤の下段になつておる所が繋いであるわけであります。それが実は壊されまして、その内側に水が入つて来たわけであります。河岸も壊されますし、砂防の堰堤は全部土の中に埋つた、こういう状況になりましたので、控えを作らざるを得ないというわけで、堤防をうしろへ引いたわけであります。そうしますと、旧来は大出水がありましても、河床、本川のほうが相当土が上つておりましても、先ず入つて来ますのは霞堤防の下のほうの空いたところへ水が入つて来る。そうして上のほうの流れて来た水はどんどん流れておる、そういう状態でありますけれども、全部流さんようにとめてしまうような形になるのであります。堤防を一貫堤防にしました関係で、そうして堤防をここへ引きました関係で、堤内地が非常に狭くなります。ここへ持つて来て霞堤防は意味がありませんので、河床が高くなつたせいもあります。これで一貫した通じた堤防にしたわけであります。そうすると前よりも条件が悪いところに堤内地をすることになりますから、どうしても水の排除の方法をとることにしたわけでありますが、先ずポンプにしましても、これは地方からいいますと、出水ごとにポンプを維持しなければならん。電力も要る。維持費が相当新たにかかつて来ますものでございますから、そういうふうなものよりも、固定して自由に流れるという方法をとることが一番いいわけであります。それでこれはさつきサイフオンのお話もございましたが、サイフオンの方法もこれはあると思います。山のほうから落ちて来る水を全部サイフオンの中に集めまして、そうして水を堤防の下を通して高く水を落すという手はあると思いますが、これは恐らくサイフオンだけの金ではいかんと思います。水をどうしても山寄りの土地で水を集めなければならんかと思います。その施設にも相当かかりはせんかと思いますが、そのサイフオンは、現在実は私どものほうでは使つたものはないのでありますが、まあサイフオンというのは、相当大きなものにするのなら別でございますが、我々が今までやつておるサイフオンを見ますと、非常に流動物が多いと詰るのであります。詰ると意味をなさんことが多いのでありますから、滅多なところにはサイフオンをいたしません。そうしますと開渠で出すということが一番いいという考えで実は使つたわけでありまして、別に他に方法がなかつたのだということじやございませんが、これが一番安全であり、安上りの方法ではなかつたろうか、こう考えたわけでございます。
○カニエ邦彦君 これはなんですか。この原形復旧、いわゆる災害復旧ということでこの費目は出ておるのですが、災害復旧の範囲をあの仕事としては超えておるのじやないか。この点は、あれは一体災害復旧にやはりなるのであるかどうか。あれでも、明らかにああいう工事をやつておつても、これが災害復旧であるという理論が成立つのか、一遍その理窟を聞かして下さい。
○説明員(賀屋茂一君) これは二十三年の災害でございますが、法律からいいますと、古い法律でございまして、明治四十四年災害土木費国庫補助規程施行細則というのがございまして、その法律事項を実は細則できめてあるのでございますが、細則には、原形に復することを目的とするということが先ず一つあるわけでございまして、但し原形に復しがたい場合、それから特別の理由のあつた場合においては、増築、改築又はこれに代るべき必要な施設をする、こういう規定が実はあつたわけであります。これで我々のほうから申しますと、堤防が壊れたのでございますから、中に水が入ることを防いでやる。そうして本堤で以て防ぎましても、中の條件が前よりも悪いということでは防いだ意味はありませんから、これを排除するという方法としては、先ずこういうふうな一貫堤防につきましては、大なり小なり排水の処置をとらんものはありません。これは殆んど中の水は放りつぱなしで置くということはやつたことはありません。これは全部内水排除の方法は大なり小なりとつております。ただ横堤で、開渠で通すのが行き過ぎじやないかということについては、私どものほうはこれは一番安上りの方法であると考えてやつたのでございますが、まあ規定から申しましても違法じや別になかつた。ただ少し行き過ぎじやないかと、こう言われますと、考えさせられるところがあるのでありますが、併しその当時としますれば、これが一番やはり安上りの方法、今から考えましても、サイフオンの方法がありますが、これは検討したことはないのでありますが、水路を掘る方法、或いは橋にする方法、いろいろやつて見たのでございますが、これは工事費としても安いという考えで、実は安全な方法をとつたわけでありまして、ここの点から言つても、先ず今まで我々が考えてやつておりました復旧からいつて、そう行き過ぎた方法ではなかろう。大体ああいう場所が、もともと施設が相当してあつた所なんです。我々のほうでも施設のない所に復旧工事はいたしませんが、御承知のように、流れの上流の所には砂防も相当してあつたわけでございます。そうして河岸も立派な工事がしてあつた所でありますが、それだけの立派な工事をしておるのでありますから、復旧ですから、大体それに合うようなことをしてやりませんと、地元の不満もございますから、そういう方法は一応とることにしてあります。鉄橋なら鉄橋を造つてやる、木橋なら木橋で済ましてやるという方法をとる。排水施設は相当のものができておりますので、やはりその程度のものは、それに対応するくらいのものを造つてやりませんと、責任を果せんような実は気がいたしておるわけであります。
○カニエ邦彦君 従来ですね、そういう横堤の、そういうがんとしたものが造られておつたものが破壊されたというなら、それは今言われる通り、それを復旧するということは成立つのだな。ところが従来はあれはなかつた。全く新らしいものをあそこにこしらえた。全く新らしいものだ。それがだな。いわゆる災害復旧という名の下に便乗して、ああいうことをやつておるということになるのか。それじやない。全くこれは災害復旧工事としてやつたんだということなのか。そこで今あなたの言われるのは、災害復旧のいわゆる工事で、特に例外的な規定があるから、別にこれは違法ではないと、こういう御主張であるが、そうすれば、それは他にやることがもう絶対にない。進退ここにきわまつて、これ以外に手がないという場合には、君の言われることがこれは又了承できるかもわからないが、そのほかに手は幾らでもある。幾らでもあるということであるにもかかわらず、そういう新らしい、特に災害復旧の本旨を曲げてまでそういうことをやつたということは、これは不適当ではないか。必ずしも適当な措置とは言えないというのが検査院の言い分なのであるが、そこで検査院は、今建設省がそう言つておるような条文のいわゆる内容を言つて説明されたが、そういうことで一応了承でき得るのかどうか、この点については検査院どう考えておりますか。
○説明員(小峰保栄君) カニエさんの御質問にお答えいたします。今の点でありますが、法律の細則、たしか内務省令だつたと思いますが、そういう細則があるわけであります。これはまあ考えようによると、全部法律の原則をぶち壊すような書き方でございます。何でも入つてしまう。さつきの、何ならもう一遍お読みしてもよろしいのでございますが、原形復旧以外の、何でもできるというように読めるのでありますが、併しながらこれは飽くまで原形復旧が原則で、例外の但書を適用するのは、これはもう当然最小限度にしなければいけないのでありまして、そういう内務省令があつて、読みようによつては相当広い範囲の、原形復旧を超えるものができるというような読みようができるとしましても、私としては、やはり法律の原則というものが飽くまでも原則でありまして、例外は最小限度に考えるべきじやないかと思うのであります。必ずしも法令に違反しないという点には同感できませんが、本件の場合は、その法令の文字ということも必要でありましようが、災害復旧の趣旨、飽くまでも災害復旧は復旧であります。これは新らしいものを作る。又川全体として、この江合川がすでに一応改修の施設のあつた川であつたといたしましても、この排水路の問題については、やはりこの排水路に代る施設があつたかどうかという点が重点になるのじやないかと思うのであります。これは従来霞堤で、勾配が相当きついのを利用して自然排水をやつていたものであります。そうして洪水のときには、やはりバツク・ウオーターが入つて来た。勿論全部に入るとは申しませんが、洪水の高さによりまして、相当の水がこの内部に入つて来ていた所でありますから、そういうところの災害復旧でありまして、こういう大きな排水路まで作る必要はないじやないか。又たつて作りたいというあれでしたら、それは県で自由にお作り下すつていいわけであります。国庫負担の対象としては、やはり行き過ぎだつたのじやないだろうか、こう考えておる次第であります。
○カニエ邦彦君 そこでこれは、今の旧内務省令か何かのいわゆる条文の問題ですが、これは建設省から今言われているように、条文でどうあろうと、こうあろうと、問題はやつぱり実質的な問題であつて、実質的に、仮に条文がどうあろうとも、そうするよりほかには道がないというなら、やはりこれはそうされてもいたし方がないのじやないか。ところがあの現場の実情から見ると、必ずしもそうしなければほかに道がないということではないのではなかろうかということ、それからそうすることにおいて、すべてのものが、すべてのいわゆる洪水のときの水が横堤によつて除去されるのであるかどうかということです。恐らくそうなれば、具体的にも、一体最高二百ミリとして、それであそこへ二本に寄つて来るところの排水量は一体どのくらいになるのか。あそこへ落されるものはどのくらいになるのか、二百ミリとした場合に。それがあの工事をやつたために、全部が一体然らば助かるかどうか。具体的に数字を挙げて、一応ちよつと説明して御覧なさい。二百ミリの場合であつて、いわゆるあの二本の区域の雨量というものはどれだけあるのか……。
○説明員(賀屋茂一君) この排水量と流出する水の量でございますが、第一これは短い分と長い分がございますが、長い分の毎秒の流量は一・九七立米でございます。それから三号堤のほうの長いほうでございますが、これは二・〇四立米でございます。これだけが流れることで考えて作つてあるわけでございます。ちよつと今のを訂正いたします。二百ミリぐらい降りますと、今申しましたのは、短いほうに毎秒一・九七立米ぐらい流下して来る、それから三号堤のほうは二・〇四立米ぐらいそこに流れて来るというわけであります。それから樋管で流します流量は、短いほうの二号堤で申しますと、毎秒二・〇三立米ぐらい流れるわけでありまして、二百ミリぐらい降りましてもまだ余裕があるわけであります。それから三号堤のほうは二・〇八立米ぐらい流れますから、二百ミリぐらい降りますと、入つて来るのは二・〇四立米でありますから、多少まだ余裕がありますから、大体そこに流下して来る水は、今まで最高雨量の二百ミリというものが降りましても一応呑み込む。一応流れるという計画でございます。
○カニエ邦彦君 そうすると、そこへ流れて来るその全体の量というものは、一体何ぼあるわけですかということですね。全体の量は何ぼある。その二本が受け得る全体量は……。
○説明員(賀屋茂一君) 今樋管のところへ流れ出る総量は毎秒でございますが、最高雨量の二百ミリくらい降りましたときに、四・〇一立米流れて来るわけでございます。それから今の樋管のほうになりますと、両方合せまして四・一二立米、これが毎秒流れるわけでございます。
○カニエ邦彦君 そうすると、その横堤二本以外のところに、もう水は溜らんということになるか。そこへ全部あれで落ちることになつておりますか。
○説明員(賀屋茂一君) これは、あそこの今の一貫堤防でかかりましたところの上流川のほうでございますが、上流川の長い横堤のすぐ上でございますが、ここにはいささか溜りはせんかと思うので、これは上流川のほうは、旧来から落ちておる排水路があるわけであります。そこへ大半は落ちるでありましようが、幾分かはそこに落ちて来はせんか。それから下流川のほうは短い横堤で作りますが、又一貫堤防の下流のほうになりますと、ここにも又旧来の排水路があるわけであります。これは堤防が切つてあります、所々切つた堤防にしておりますから、そこに流れるようになつております。この排水路のところへ来る水は大体流すのでありますが、まあ上流川だけがいささか水がそこに残りはせんかという懸念があります。そこは耕地だけでありまして、人家がございませんので、このところの横堤排水は完全になつておらんというふうな何は多少ございます。
○カニエ邦彦君 この横堤二本が是非やらねばならないものである。そうしてこれをやるためにすべてのいわゆる降雨のときの、洪水のときのその水が、内水がそれによつて完全に除去されるというのならまだしも理窟はわかるのだ。先ず第一番にこういうことをやつたが、行過ぎか行過ぎでないかという議論は別として、あれをやつたつて、結局はあの下のほうの溜りに水が溜ることはもうこれは必然的にきまつているのですよ。どうしたつて溜りますよ。現に雨の降つた、洪水のときに行つて御覧なさい。溜つていますよ。低い横堤のところにね。じやあつと池みたいになつておりますよ。そういうようなことであれば、一体何のためにやつているか。それは全体大きな水溜りにはならんにしても、或る程度あそこへ溜るですよ。それから一体然らば仮にあの横堤がなかつたら、今言われるあの堤防のところを切口にしておいたところで、自然に流れるものは流れるのですよ。それから仮にそこに一ぱい水が溜つたとしても、あの低いところは道路から下なんですよ。一体そこに人家が何軒あつて、あの下に仮に横堤がなくて、そのままだだ流しにして流れたとしても、一体あそこに水が溜るということによつて、一体何軒人家がそれによつて浸されるか……。
○説明員(賀屋茂一君) これは、今先生がおつしやるように、勿論あそこには溜ります。それは低いところのものはこれは出しようがない。今申します山のほうの、斜面のほうに降つて来る雨があそこへ集まつて来ますから、雨があそこへ溜りまして、平地に入つて来るのですから、降る水は平地にどうしても溜ります。ところが山のほうから降つて来る水は、先申しましたように、四十九分ぐらいで、最高雨量が降りますと、二メーターも浸水する状態になるのでありますから、その上の水を排除するのでありますから、そこに平地の雨量のごときものはどうしても溜ります。これでは、この溜り方では、家のごときものは床の上に来るのじやなかろうか、そのくらいのところは我慢しよう。これまでも取ろうとすれば、ポンプでも上げなければ解決がつかないと思いますが、これはまだ実はやつておらんのであります。幾分溜ることは事実でございます。
○カニエ邦彦君 上のほうから落ちて来る程度のものであれば、従来あそこの横にある川がそこへずつと前に流れて、そして自然に下流のほうで川の中へ落ちるようになつているのだから、自然の排水路というものはできておつたのだから、それで十二分じやないか。それなればそれで十二分じやないか。上から出て来だつて、あの道路の一体上まで水が溜るというようなことが考えられるか、余り僅かな距離において。
○説明員(賀屋茂一君) これは今先生のお話でございますが、道路のほうまで浸水するのを防ぐという方法じやございません。低地部の水を樋管で排除しよう。これが湛水するのでありますから、道路のほうの水は放つておきましても、低地部に集まつて来るわけであります。ここには排水設備は要らないわけでありまして、道路の下のほうへ流れて来るわけで、一番困るのは低地部で、而も一貫堤防で取巻いているところが困りますが、そこを防ごうというのが目的でございます。
○カニエ邦彦君 だからそこで低地部の分については、一体何軒家があるか、仮に被害を被むるとしたら、何軒一体低地部の水の溜るところにあるかということと、それから低地部にどつちみちそこに溜るんだ。今君が説明したように、上のやつは樋で流れるか知らんが、下の部分は全部そこへ溜る。而も家のほうのやつといえども、全部が、全量がその二つの樋によつて川に流れるということは考えられない。上のやつといえども、上からざつと豪雨になれば山の道をはみ出して、そして所々やつぱり流れて来るのですから、必ずしも二つの樋には受けられないではないか。そうすれば勢いこの余波というものは低地に流れるのですよ。そうすれば、低地に一尺溜るか、二尺溜るか、三尺溜るか、溜るのですよ。併しながら五尺溜るものが、こういうことをしたために、その半分の二尺五寸しか溜らんという理窟には君の言う通りなるというのですよ。これは我々も認めるというのです。併しながら五尺溜るものが二尺五寸溜つたということだけでも、それはそれをやつた所期の目的を達するというわけには行かないのじやないか。結局今度は溜るところの低地部に一体あれだけの工事をして、そして被害が救われるという分野は、一体何軒の家とどれだけのものがあるのだということを言つているのですよ。
○説明員(賀屋茂一君) これは現地を御覧になりましておわかりになつたと思いますが、従来は相当家があつたわけであります。ところが現在では堤防に取巻かれている上流の堤防のところは、温泉を含めまして七戸しかないわけであります。大体が大した広さのところではないわけでございます。非常に堤防を引きましたから少うございますが、長くあるわけであります。そこで今先生が低地部に溜る、溜るならば大同小異だという御意見でございますが、低地部に溜つたものでは人家その他に大した被害はない。先ず大した被害がないくらいは我慢させようというのが本旨でございますから、あすこに一滴も水を流さんというのではございません。大きな水は防ごう、大した被害はかからない、そうすれば従来の施設と対比しましても、そう遜色はないと考えています。
○カニエ邦彦君 そこで、大きなものが向うに溜らないということであれば、その程度のことなら殊更ああいう大きな樋を、大工事をせなくつたつて、従来のいわゆる自然に流れているやつを少し防止した程度で、これこそ災害復旧の程度にしておいても、ましてあの下のものが全部つかるほどのものは水が溜らんというのですよ。あすこにそれだけの水が君、溜るとしたら、堤防を何をこしらえても、あれはとんで行きますよ、あの堤防ぐらいなら。
○説明員(賀屋茂一君) これはそう言われますが、従来は川に流れておつたんだというお話でございますが、それは今私が申しましたこの上流下の水路があるわけでございますが、この水路以外に霞堤に取巻かれていたやつは落ちていたのです。これが霞堤にどんどん水が流れていましたので、そこをなくしましたから排水の必要が生じたもので、この施設は従来はあつたわけであります。これを救おうというのでありますから、従来の水路をどうするということはないわけであります。
○カニエ邦彦君 だからそれならですよ。あすこにああいう大きな工事をせなくたつて、二カ所切口を開けておく程度で勝手に流れますよ。一番水が溜るという箇所のところに、それだけで、その間いわゆる雨量が大量に、洪水があるときも、それは流しませんと、その中一杯水になりますけれども、そんなことは一年も二年も年柄年中溜つているのではないのですから、川の水は三日たつか、或いは二日たつごとにおいて流れるのですから、大概の場合はそうなれば、その水は自然とそこから抜けて流れるのですよ。
○説明員(賀屋茂一君) これはお説のように、本堤にも樋管が開けてあるわけであります。これはさつき申上げましたように、横堤で排除できないものが幾分溜りますから、樋管は開けてあるわけでありますから、これは先生もおつしやつたように、大体江合川の本川は大体水を出すことができないような水位が続くのが二昼夜ぐらいが例でございます。その間ここに一メートルも二メートルも水を溜めていいという方法をとるならば、おつしやるように要りません。併し我々はそれはとれない。旧来に匹敵するくらいのことはしなければならんということにしたわけでありまして、これは二昼夜ぐらいは二メートルや二メートル五十溜つてもやむを得んという方法をとりますならば、この問題はそれで解決できます。ただ堤防自体といたしますと、もう少し処置をしなくちやなりません。たとえて申しますと、本堤などは表側が石張りになりまして、裏側は土羽であります。これは内水が溜らないという方法で、裏側が土羽にしてあります。内水が一メートル、二メートルとなりますと、どうしても石張りをやつて行かなければ本堤が持ちませんから、そうするとそのほうに金がかかります。これは却つてあの石張りをいたしますと、排水口を造りますよりも金がたくさんかかると思います。こういう考えで実はやつたわけであります。
○カニエ邦彦君 それであなたが先ほど言われるように、私は内水が絶対にそのことにおきまして溜らないというなら理窟はわかるですが、ところが内水は、その量は少いけれども、併しながらそこにやはり溜つておるんですよ。大雨が経つたときに、低いところにどつと溜つておるんですから、それが三尺、三尺ありますというと、溜つてる差があるけれども、とにかく溜つておることに違いないんだから、これは大雨が降つておる間は溜つておるんです。ですから上から落ちて来る程度のものなら、従来の河川を少し改修をしておく程度でそれが流れる。その程度のものは、ああいう二つも樋をこしらえなくても、それは流れるのじやないか。それで而もその下に、今言われた、現在でもあれを二つ樋をとりつけたにもかかわらずなお溜つておる程度のものであれば、なおそれが溜るということであれば、従来からの排水路でもそのくらいはやはり溜るということであれば、結局は同じことだ、そうしてもそうしなくとも大差はないんだということになりやせんか。
○説明員(賀屋茂一君) お言葉を返すようでありますが、従来と同じようなことではないのでありまして、それはよほど緩和されるわけであります。この排水口を設けませんと、さつき申上げましたように、四十九分ぐらいで最高量降つた場合に二メートルはこの中につかるのでありますから、先ず私のほうの計画では、ここに落ちて来る水はまだ余裕がある、或る程度ぐらいまでは排く。ただそこに水が集まるのじやないかという御説明のように承わりますが、それは上流側にも下流側にも排水路があるのでありまして、旧来落ちておつたことは事実であります。落ちておつたが故に、霞堤に自然排水をやらしておつたわけであります。でありますから、この対策の程度が行き過ぎるということは御意見もあろうと思いますが、一応この旧来の目的だけは、我々の技術面におきましては果しておつてやるという気持なのでありますが、そうして又やらなければならん。災害復旧として、旧来の施設の程度ぐらいは補償してやらなければならんというのが考えなのでありまして、行き過ぎびどうかということは、実はこういう事例はあまりなかつたのでありますが、こういう横堤をつけた事例はないのでありますが、排水路あたりをがつちりいたしました例はございます。ここは堤内も少うございますし、それから本川の水位の高い、時間が長いものでありますから、樋管では処置なしということで、或る湛水地の水を排かなければならんということで、堤内に溜るところがないものですから……、そういう趣旨なのであります。
○カニエ邦彦君 そういう、今あなたが言われておるような、あの工事を施行したために効果のあるものであれば、これは理論的に押問答をしておつても仕方がないが、現地に、あの込んだいわゆる低地の所にそういう危険がないというのなら、現地の人が一番事情を知つておる。我々国会で、君たちのような机の上での議論をしておるのではないので、現地のものが一番よく知つている。現地の人がああいう温泉地帯であつて、場所も欲しいし、又そういう必要のある土地があそこにあれだけ空いておつても、根つからあそこに家を建てようという人はない。あそこに家を建てて、旅館でも経営しようなんという人はないのです。川縁で見晴しもいいし、一つそこでやろうかという人もないんだな。そこで地元の人に聞けば、これは洪水でも来れば水がすぐつくのです。堤防でも作つて、地上げせん限り、こんな所にうつかり金をかけて家なんかを建てませんよ。畑を作るにしても、いつ流れてもいいようなものしか作れませんよというのが現地の常識なんだが、あの堤防をやつたあとにおいても、現在においてもそれが常識なんだ。そうしてみると、結局君たちのやつたことがさのみ効果のあつたこととは解せられないじやないか、政治的に物を考えて。技術的な細かい数字は別としてね。そうすると、そういうような現地の事情からして考えてみると、ああいうような費用を、而も国費でやる。地元が金を出してやるとか、或いは県自体がそこを適当に、堤防はこちらがやつたんだから、内水のことについてはまあ向うが思つた通りに樋を引こうが、堀割をしようが、勝手にやられたらいいじやないかというようなことになりやせんか。それを御丁寧に、ああいう大仰そうな、樋でも下から積上げて、そうして堤防をこしらえて、その上に樋を渡して行くのだからね。なかなか念の入つた工事だよ。併しそういうことを一体やらにやならんというようなことが考えられないのじやないか。考えられるということになつても、それは地方自治体でやればいいことであつて、国がそんなことをやるのは少し行過ぎじやないか。御丁寧過ぎやしないかということと、もう一つ言うのは、然らば僕は事例を挙げて言うが、地方であれと全く同一の条件にあるいわゆる河川で、ああいうようなことを一体しているかどうか。している箇所があつたら、何県の何川のどこにこれと同じことをやつておるということを一遍ここで御説明して下さい。
○説明員(賀屋茂一君) これは今御意見によりますと、大体建設省がこれをやつておるというようにみえるのでありますが、実は建設省が直営工事をやつておるわけではないのでありまして、これは地元の最も詳しい県が実は立案しておるのであります。又県もこれには相当、この通りで行きますと、三分の一の負担はしておるのであります。何も無理なことを喜んで実はしたわけではないのでありまして、こうすべきものだ、これがよろしい、これは県の地元の実情をよく知つている技術官も又この立案者なんでありまして、建設省の技術官もこの方法がよろしいということで査定したわけでありまして、建設省がすき好んで、国費を使つたわけではないのでありまして、この点は御了承願いたいと思います。それから他の事例でございますが、実はこの前ここでいろいろお話しましたときにも、こういう事例を見付けるのは私も余り好かないのですが、或いは平地からポンプで上げるというような方法をしたものもあるかも知れませんが、懸樋で水を排いておるというのは私としては聞かないのでありますが、これは或いは事例があるかも知れませんから、調査してお答えしてもよろしいのでございますが、今のところでは私は知つておりません。
○カニエ邦彦君 そうすると、これはまあ勿論地元も金は出していると思うのですが、併しながら国費がやはり大部分を占めているのだから、一応誰がやろう、かれがやろうにかかわらず、国費が使われているということには間違いのないのでね。その点を我々はやかましく言つているのです。それからもう一つは、ああいうような条件のところで、あのくらいなことを災害復旧としてやり得るというなら、ほかのほうにもああいうものがあるのだがね。それをおやりになりますか、今後建設省のほうで……。どうです。
○説明員(賀屋茂一君) これはこういう条件のところがありまして、勿論他の所に、この方法が一番いいか悪いかわかりませんが、少くとも内水を排除する。従来は内水は自然に排除されている。これが復旧工事のために内水を排除する方法がなくなつたという場合には、これに代るべき施設をするということは建設省が、現行法でもそうでございます。でき得るし、又やらなければならんと思つております。
○カニエ邦彦君 そこで検査院のほうに伺うのですが、建設省が今ずつと私の質問に対してお答えになつている点で、あなたのほうとして、建設省の意見と意見を異にしている点があれば、一応お話願いたいと思いますがね。
○説明員(小峰保栄君) 先ほど来伺つておりまして、私が最初に申上げたことと実は直正面から衝突していることばかりでありまして、意見は全面的にあるわけでありますが、先ほど申上げましたので、私の言うことは尽きると思いますので、繰り返しては申しません。これだけ伺いましても、やはり私どもといたしましては、著しく原形超過の工事だ、それから将来こういう所があつたらやはりやると、こういう断言でありましたが、おやりになつて一向に差支えないのであります。私は原形復旧としては、ただお取上げになれないだろうと思います。原形超過の分として、国庫負担の低い工事ということになろうかと思います。これはその後に、先ほども申上げましたように、二十五年以降原形復旧と原形超過というものがはつきり区別されておりますから、そういうことが言えるわけであります。当時はまだこういう区別はないのでありまして、結局大掴みに原形復旧を原則とする災害復旧工事と、こう言うほかはないのであります。その時代に、こういうものが果して災害復旧国庫負担の工事として取上げていいかどうかという点が問題であろうと思います。これは不正の案件とか、そういう計算違いとかいうものと違いまして、結局は程度の問題かと思います。それで私どもとしては、こういう工事は、当時の災害復旧の国庫負担工事としては、範囲外だ、強いてやりたければ、県がおやりになるか、或いは改良的な工事として別にお考えになるか、国庫負担の率の高い災害復旧としては行き過ぎじやなかろうかと、こう申上げているのでありまして、今でもこれは変つておりません。 それから立ちましたついでに、洪水のときに、水が、背後地に降りました雨が、全部この水路によつて排水されるかどうかという点が先ほど来御質問があつたようであります。当局のほうから、全部、二百十五ミリでありますが、この程度の雨ですと、全部この二本の水路によつて排水される、背後地の水は排水される、こういうような御説明があつたように承知したのでありますが、私ども建設省なり県から集めました資料によりますと、必ずしもそうじやありません。先ず第一に、背後地の水が全部この二本の水路に集まるかどうかという点であります。これはもう大穴があるのであります。相当量がこの水路に集まらないで流れ込んでしまうのでありますので、水路以外に、ちよつと手許にある資料で見ますと、流れ込む口が十一カ所、数はちよつと違うかも知れませんが、相当量この水が水路に入らないで流れ込む口があるということが資料にございます。丁寧に山で書き込んだ資料でありますが、当局のほうでお作りになつたものであります。相当量の水が、これは正確にはわかりませんが、相当量の水がこの水路に入らないで、堤内にざあざあ流れ込んでしまうということが先ず第一に言えると思います。それからこの水路に集まつた水も、二百十五ミリもの雨が降りますと、実は全部流れないのであります。と申しますのは、これは上流のほうの、百七十二メーターの長いほうの横堤でありますが、これは道路を横断しているのであります。横断に入る水が道路の反対側に集まつて参りまして、そして道路をヒユーム管で横断して水路に入るのでありますが、結局水路の容積というよりも、ヒユーム管の容積で入る水が支配されているわけであります。入口に、道路の下に潜つているヒユーム管があるわけであります。これは直径六十サンチのヒユーム管で、そこの勾配から見ますと、そこへ集まつて来た水は全部排除できないのであります。溢れてしまうのであります。これも計数がありますならば、申上げていいのでありますが、この六十サンチのヒユーム管というものの流量が総水量ほど大きいのではないのでありまして、二百十五ミリもの水が降ると、ここでも相当溢れてしまうというような状況でありまして、先ほどカニエさんがおつしやつたように、仮に百の水が背後地にあつたのを、若しここに水路がなければ百流れ込んでしまうが、水路があるために、五十なり七十なりは水路を伝つて河に流れるということは、これは事実でありますが、この百のうち一体幾らが流れ出るか。仮に相当量が流れ出るにしましても、やはり残りの水はその中へざあざあ流れ込んでしまうというのでありまして、水位が或る時間で一メートルになるのが七十センチで済むかも知れませんが、まあ五十歩百歩というと失礼でありますが、そういうような感じが相当持てるのであります。私どもが建設省なり何なりから頂いた資料でも集めてございますが、今のような状況にあります。それからこれは他に例がないという点も、建設省側から私どもたびたび資料を、若し例があつたら教えてくれということも申上げてあるのでありますが、未だにそれはございません。 それで最後に、御参考になるかと思いますが、ここは、先ほどもちよつと説明がありましたが、いわゆる砂防課の領分に属するのであります。河の堤防を作る工事でありながら、ことは砂防課がやつた仕事であります。宮城県では河口課というのが河川をやつておりますが、河口課の担当区域はこれよりちよつと下に……これはカニエさん御承知と思いますが、川を横断する橋があるのであります。あの橋が境で、あの橋の下が河口課、あの橋から上流が砂防課であります。河口課の人が若し計画したとしたら、恐らく、私はこんな計画はしなかつたのじやないか、砂防課の仕事というものは、こういう仕事は本来の仕事ではございません。おつしやるように、堰堤を作つたり、川を横切るような仕事が多いのでありまして、こういう河の流れと並行した仕事というのはまあ河口課のほうに多い。砂防課には比較的少いのでありまして、砂防課長、責任者にも私会いましたが、一体こんな妙な工事はどこでやつているのかというと、これも余り申上げるのもどうかと思いますが、日本じやない、外国に例があるというようなことを言つて、私に外国の本を見せてくれたような次第でありまして、どうも日本の河川工事としては珍らしいものであることは確かであります。そうしてどうもほかの例から見ましても、少しやはり行き過ぎじやないのだろうか。こういう日本でも例のないような工事を若しおやりになるならば、それは国庫負担でない工事で一つやつて頂きたい。災害復旧は、これは御承知のように、どこでもたくさんあるのでありまして、宮城県でもほかにたくさん工事がございます。二十三年などは相当ひどい災害の痛手、非常な災害を受けております。若しもここに五、六百万円の金があるなら、国庫負担が四百四十万円になあるのでありますが、河口課はほかの工事に本当に焦眉の急の工事があるわけでありまして、そういう方面にお使い願いたい。こういうような努力を以てこの案を作つた次第でございます。
○カニエ邦彦君 それでこの問題はまあ建設省は技術的にそれが適当であるというように言つておられるのですが、そこでこれは質疑をやつておつても果てしがないので、そこで私はお願いしておきますが、その二つのいわゆる樋に落ちて来るところの水、それは奥山のほうのそこへ落ちて来る水は、面積にしてどれだけの面積の上に落ちた水がその二つに流れて来るかということと、それからそこへ流れて来るという経路、どういうためと、どういうところから、そこへ全部集まる仕組みになつておるか、それを説明してもらうことと、或いはそれを一遍図面の中に書いて出してもらつて、それからその図面通りに雨の降つたときに行つておるか行つておらないかということを私のほうで一応又検討をしてみて、そうして君のほうの言つた通り、嘘いつわりがあるかないかということを調べる以外にはもうないので、まあそういう資料を一つ図面に書いて出して下さい。ガリ版でいいですからね。私は恐らくそれは、あなたが言われるように、あそこのいわゆる降つた水が、雨が、あの二つの樋に流れるとは考えていない。今そのうちの一部分は流れておるけれども、その他は皆只流しに、結局はあのへこんだところの低地に溜つておるのですよ、実際は……。だから結局前にあつた工事へ、自然に流れておるものと、今度やつたものとの差は大してないというように考えておるから、そこでそうでなけりやないというものを一つお出しになつて、そうして現地のかたも読みますからね。よく調べて、そうして君たちの主張が正しいかどうかということを一遍はつきりさせてみればわかると思います。それは、恐らくは建設省のほうではつべこべと言つておるけれども、併しあの二本のああいう大層なものを拵えて、それが実際用に立つておる。それは無価値ではないですよ。用には立つておるが、それだけ殊更しなければならないほどのものじやない、こういう考えですね。我々も現地を見た考えは……。なお一層確めますよ、それは……。まあこの程度で……。
○委員長(岩男仁藏君) ちよつと速記をとめて……。 〔速記中止〕
○委員長(岩男仁藏君) 速記を始めて下さい。
○森八三一君 本件に関しましては、カニエ委員から詳細な御質問もあり、建設省、検査院からもそれぞれ詳細な御答弁があつたのでありまするが、検査院が批難し、指摘されております要点は、本件に関しまして、こういうような工事をやることがよろしいとかよろしくないとかということとか、或いはこの工事の結果、技術的にこれが非常に成功であつたとか、なかつたとかということを指摘されているのではなくて、災害復旧という観念から、これが逸脱して行われているということではないか。若し今後国費の使い方がこういうような考え方の下に進められて行くとすれば、それは法規なり規定なりに違反をするという結果を招来し、予算の執行にまずい結果を生ずるので、考え方を十分整理すべきであるというように私は理解をいたしておりますが、建設省としては、今日もなお且つこういうふうな工事は、この行なつた工事は災害復旧として当然なものであるというように認定をされるのか。今後国費の使い方について、こういうふうなことは今後は考えないということなのか。その辺はつきり一つ御答弁をして頂きたいと思います。
○説明員(伊藤大三君) 災害復旧につきましては、従来建設省といたしましては、相当厳しいほどの原形復旧とこういうものを原則といたしまして、先ほどお話のありましたような例外の場合というものは相当厳格に実施してやつているのでございます。たまたまこの江合川のこの問題につきましては、いろいろなフアクターがこれに加わりましたために、特殊の扱いをいたしたわけでございます。それは一つは、この大災害によりまして、旧来の施設というものが殆んど無価値になりました上に、河底が非常に高くなつた。こういう問題から、内水の排除も非常に困難であるというこの問題、それから原形に復旧するということによつて、或いは河底の浚いとか、或いは前に堤防を突出すとか、いろいろの工事の費用も勘案いたしまして、そうして而も成るべく囲つた中の耕地並びに住宅に対しましては、過去と余り変りのない耕地もとられ、而もいろいろの観点から行きまして、更に以上に気の毒な状態にならないようにという観点を加えまして、それで実は堤防を引き、河底の上つたものを二つは樋を以て抜いて、できるだけ内水の溜るのを少くして、これで我慢してもらいたいというような、そういう観点からいたしまして、こういうような特殊な工法をとつたのでございまして、必ずしもこの通り今後いろいろやるという問題でなく、いろいろとその場の事情がございまするので、これらの事情を勘案してやつているわけでございまして、決してどこまでもその不法な災害復旧をしようという考え方は毛頭ございませんので、たまたまこの事例が特殊ないろいろの問題が加わつたために、見解がいろいろと変つて来たというところにまあ難点がございまするが、当方といたしましては、あらゆる事情を勘案して、決して今後においていろいろの行過ぎたことをやろうというような点は毛頭考えておりません。 ただこの場合につきましては、我々といたしましては、河底の上つたこと並びに引き提をせなけりやならなかつた。引堤するに当つても、河底の高いために霞堤を設けることができなかつた。こういうようないろいろな観点を考えて、実は大部分流れて来る水路のところへ持つて行きまして、二つの水路を作つて、その低地部へ流れ込む水の相当の部分をこれに流し、低地部の浸水を最小限度に食止めたいと考えたわけでございます。
○森八三一君 今の御説明は、私の質問したことの本旨には適合しないのであります。それは、私の質問の仕方が悪かつた結果であるかとも思いますが、本件をどうこうということではなくて、災害復旧という場合における取扱い、考え方です。それが具体的にここに現われておりまするので、本件のごとき場合も、当然災害復旧の範疇に入るものという解釈をとられるのか。この種の、原形を非常に変えた結果になる。それは原形に復旧する場合よりも、今後起きるであろう災害等を考えますれば、より適切であり、効果的であろうという結果をもたらすかも知れませんが、ということで、今後も災害復旧という工事の考え方でとり進めて行かれるのかどうかという一点をお伺いしたいと思うのであります。
○説明員(伊藤大三君) この事例の場合においては、我々はこれを正しい。こう存じ、これを災害に対して持つて参りたい。こう存ずる次第でございます。 それから災害復旧の今の超過という問題につきましては、いろいろと議論もございますので、この問題については、改正法以来超過工事と原形復旧というものの範囲を相当各省並びに会計検査院の了解を得てはつきりしたものを最近においては作つておりまして、この範囲を成るべく厳守して参りたいと、こう存じておるわけでございます。
○森八三一君 今の答弁で、今後は成るべく厳守したいというのですが、その成るべくという意味はどういう意味なのか。こういう事件に関連して、今後は適用の範囲というものを二分して明確にせられるということであれば、成るべくというような解釈は存在しないので、もう明確に分けられているのだと……。
○説明員(伊藤大三君) 今の成るべくというのは取消しいたしますから、よろしくお願いいたします。
○森八三一君 それから、まあ今後はそれではつきりいたしましたが、恐らく検査院もそれで指摘された指摘の目的は十分達せられたことと私は思うのでございますが、この事件に関して、検査院は行き過ぎだという指摘をされ、建設省はこの当時の運営規定から行けば、これは当然災害復旧であつたと主張されておる。その一点が対立をしておるということでありますが、恐らくここは検査院の指摘は、この事件がどうこうというのではなくて、今後の国費の使い方がこういうように濫りに行くということであつてはならんということだと思いますので、只今の答弁で、今後はそういうことはやらないということを言明されたので、逆論をいたしますれば、これもいけなかつたという反省があるものと私は考えますので、その点はもうこの辺で打切ります。
○委員長(岩男仁藏君) ちよつと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(岩男仁藏君) 速記を始めて。 建設省所管の批難事項第六百十四号から第六百二十五号までに対して、質疑は終了したものと認めて御異議はございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(岩男仁藏君) 御異議がないものと認めて、それでは今日はこの程度で散会いたします。 午後四時三十三分散会