法務委員会 第49号
- 発言数
- 270 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1952/05/12
会議録
○佐瀬委員長 これより会議を開きます。 破壊活動防止法案、公安調査庁設置法案、公安審査委員会設置法案、以上三案を一括議題とし、質疑を継続いたします。大西正男君。
○大西(正)委員 まず第三條に関連してでありますが、第三條の一号、ロに規定してあります「せん動」、この中には、アメリカのマツカラン法に規定してある「唱道」というのがございますが、この唱道というのは、本法案に定められておる扇動の観念の中に入るかどうか。入るとすれば、その理由を承りたい。また入らぬといたしましたならば、両者の相違を承りたいと思うのであります。 それから次に第三條二項の「団体」でありますが、この団体につきまして過般来、いろいろ各委員長から質問があつたところでございますが、この際もう一点伺いたいのは、暴力行為等処罰ニ関スル法律に規定されておる「団体」と違うか違わないか。違うとすれば、どの点が違うのか。それから昔の治安維持法の「結社」というのと違うのか違わないのか。違うとすればどういうふうに違うのか。それから団体の中には財団法人は入るのか入らないのか。以上の点についてまずお伺いいたします。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。御質問の第一点、この法案第三條の第一項、一号、ロの「せん動」が、アメリカのスミス法に規定されている「唱道」と同じかどうかという御質問であろうと思いますが、唱道の意味は、外国の法律に使つておるアドヴオケートという言葉を訳したものであると考えております。アドヴオケートと申しますのは、打出して広めるという意味に使われていると考えておるのでありますが、この法案における扇動は、従来から御説明した通り、犯罪実行の決意を創造させたり、既存の決意を助長させる勢いを有する刺激を與えるものであるというふうにお答え申し上げました。かような次第で、特定の問題または事項をとらえ、これを打出して広めるという唱道とは、同一でないと考えておる次第でございます。 次に暴行為等に規定する「団体」の概念と、この法案第三案、二項に規定する「団体」と同じかどうかという御質問でございますが、団体につきましては、暴力行為に限らず、憲法その他広くいろいろな法律で規定されておるのでありまして、これらの法律におきましては、すでに団体というものについての、社会的に一応一般概念として、その内容が定められておるということを前提として、いろいろ法律にこれを規定しているものと考えておるのであります。この法案におきましては、それを明確化しまして、本法案においては、「団体」とは「特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体」というように、明確に定義したわけでございます。それでは治安維持法の「結社」と「団体」との違いはどうかという御質問でございますが、結社というものは御承知の通り、フランス革命以来歴史的、社会的にこれを表現の自由として用いられて来た言葉でございまして、通例の意味におきましては、結社とは政治目的を持つ結社とか、団体とか、あるいは秘密結社とかいうような特別な意味に大体使われておるのでありますが、法理上の突き詰めた観念は、やはり共同の目的を持つ多数人の継続的な結合体というふうにならざるを得ないのではないかと考えておる次第であります。 次に財団法人は「団体」であるかどうか。財団それ自体は法律によつて特に設定された概念で、団体ではございませんが、その財団法人として特定の財産を取巻く人々の間に、自然的事実としてそこに人的な結合が生れて、それが多数人の継続的な結合体と認められる場合には、団体と認め得るものと解釈している次第でございます。
○大西(正)委員 今ちよつと聞きのがしましたが、財団法人というのは……。
○吉河政府委員 お答え申上げます。財団の中核をなす財産それ自体は、団体ではございませんが、この財産を取巻く人々の結合体が、本法にいう共同の目的を達成するための多数人の結合体というものが、現実に成立していると認められる場合におきましては、これは団体として考えられるというふうに解釈している次第であります。
○大西(正)委員 今の唱道でありますが、アドヴオケートというのはやはりアメリカのマツカラン法にも明らかに規定されておるのでありまして、その唱道するということは扇動の中には含まれない。こういうお話のように承つたのでございますが、しかしながら扇動というものは結果の発生がなくても、それ自体が一つの規制の対象となる、あるいはまた刑罰を論ずるその対象となりますが、そういう際に何らかの捜査官なり、調査官のある想定、結果に対する主観的な想定のもとにそういうものを取上げなければ、なかなか現実の問題として取上げ得ないのではないかと思うのであります。これは実際問題を考える場合にはたしてその間に截然とした区別ができるかどうか、これはきわめて疑問だと思うのでありますが、いかがでしようか。
○吉河政府委員 御質問の趣旨でございますが、扇動罪の捜査なり、調査におきまして、これが捜査や調査に当る者が一つ一つの想定を持つ、持たなければなかなか調査なり捜査ができないのではなかろうかという御質問でございますが、調査官なり、捜査官なりは、扇動という犯罪あるいはその行為が行われたと疑うべき理由があるという場合には、捜査なり、調査を発動するのでありまして、扇動の法律上の概念をこれらの捜査官に明確に認識させておくということは非常に必要ではありますが、それ以外に何らかの想定、たとえば具体的な場合においては、かくかくの特定人がこういう場所において扇動するのではないだろうかというような想定と申しますか、そういうような想定は持つべきではないと考えておる次第でございます。
○大西(正)委員 私はやはり今の説明では十分納得が行かないのでありまして、卑近な例を引けば、早大の事件における警察官の行動というものは、もちろん今後十分に調査する必要があり、その調査のもとに立つて論ずる必要があるのでありますが、あの行動を見ましても、現在法務委員会でいろいろと関係人から述べられた言葉を聞きましても、警察という一つの団体がある思い過しか何か知りませんが、一種の想定のもとに何らの不穏の態度が発生しておらないのに、みずから暴力を振つておるという事態が看取されるのでありまして、そこにこの問題にやはり関連をして、そういつた警察官なり、あるいはまたこの法案が規定しておる捜査官なりが、主観的な想定に基いて行動を起す場合が多々あり得ると思うのであります。そういう意味で、私はただいまの御説明では納得が行かないのでありますが、一応この点は打切つておきたいと思います。 次に伺いますのは、この第三條二項の「共同目的を達成するため」というのは、共同目的をかりに有するという言葉を使いました際に、両者に何らかの相違があるのでありましようか。一応承つておきたいと思います。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。第三條二項の団体の定義として、「共同目的を達成するため」とうたつてありますので、これが共同の目的を有するというふうに書き出した場合とどういうふうに違うかという御質問だと思いますが、大体同じだと考えております。いやしくも団体がが今日の社会活動として、個人が団体を結成して活動するというためには、そこに個人の主観とは離れた、一つの団体としての共同目的を設定いたしまして、この共同目的を達成するためにそういうふうに考えておるのでありまして、共同の目的を有すると書き出した場合とも大体同じであろうと考えておる次第でございます。
○大西(正)委員 次に第四條に移りますが、第四條一項二号の「機関誌紙」の定義につきまして、かねて各委員からお尋ねがあつたと思いますが、もう一回明確にしておきたいと思います。定義をお教え願いたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。本法で規定いたします「機関誌紙」と申しますのは、「団体がその目的、主義、方針等を主張し、通報し、又は宣伝するために継続的に刊行する出版物をいう。」こういうふうに相なつているわけであります。そこでこの定義の中で、はたして機関誌紙でありやいなやを判定するための要素といたしましては、それによつて団体が目的、主義、方針等を主張するそれは自分の団体内の者に対しての場合はもとより、また団体外に対して主張し、通報し、宣伝するという、その内外を問わないのでありまして、しかもかようなことが一回ばかりでなくして、継続して行われる、もとよりこれは継続の意思を持つていれば適用されるのでありまして、現実にそれが行われているということは必要でありませんが、少くとも継続的にやるということが必要であるわけであります。そして特にここで刊行と申し上げたのは、これは單に手で書いたというようなものは含まれないのでありまして、機械的な方法によつて印刷刊行するという意味と解するのでありまして、さようなものをここで機関誌紙と定義しているわけであります。もちろんこれは特定の形式あるいは題名を持つているわけであります。しかしあるいは題名がないという場合もおそらく考えられます。そういう場合もあろうと思いますが、いずれにしてもそういうふうな形式で、継続的に機械的方法によつて刊行される、かようなものをここに機関誌紙と定義いたした次第であります。
○大西(正)委員 そこで現在発行されております普通の日刊紙、そういつたものも、これはこの機関誌紙の中に広く含まれ得るのでありましようか。
○關政府委員 お答えいたします。いわゆる通常の新聞の問題でありますが、單なる事実の報道のみを扱うということになりますと、それはここにいう機関誌紙ということには当らないと思うのでありますが、その中に、その団体の目的、主義、方針等の主張、通報、宣伝というようなことがありますならば、そこに、ある団体がその背後においてやつておるといたしますならば、それはやはりその団体の機関誌紙というようなことに相なるかと思うのであります。かような観点から考えてみまして、新聞紙その他のものもこれに入るのか入らないのか判定すべき問題だろうと考えているわけであります。
○大西(正)委員 普通の日刊紙もいわゆる社説と称するものを欄を設けて主張したりしておりますが、そういう意味で、その主張は別に政治に関係ないこともありましようし、政治上の主張をしておることもあります。政府の施策を援助するような社説を掲げることもあれば、政府に対して反対の意思表明写ること募ります。いろいろあるのでありますが、そういうものも——そういう主張をしておる場合に、またそういう主張は継続されるものと思うのでありますが、そういう意味合いにおきまして、單なる事実の報道だけには、新聞は事実上とどまつておらない、そういう場合に、それもやはりこの法案の機関誌紙の概念の中に入り得るのでありましようか。
○關政府委員 お答えいたします。お尋ねの通り、普通の新聞紙には報道と意見と二つの面があるのでありまして、一応この機関誌紙という定義の中には、そのような意見があり、目的、主義、方針等の主張がある場合も多かろうと思いますから、形式的には一応入ることに相なろうかと思うのであります。しかしこの第四條に掲げますことは、要するにかような機関紙によつて暴力主義的破壊活動が行われるということが、第四條の「機関誌紙」の実体をなすわけでありますから、一般の新聞紙のごときは、かようなものに該当するというようなことはほとんど考えられないと思つております。
○大西(正)委員 ほとんど入る場合がないとおつしやいますが、その点がまた非常に疑問のある点でありまして、それゆえにこそ、一般の国民に対してこの法案が不安を與えておるのだと思うのであります。でありますから、この点は、政府が独断をもつて、そんな場合はない、あり得ない、ある場合が少いのだということは、必ずしも断定できない問題だと思うのであります。次に、たとえば普通の政党その他の機関紙というものは、Aという政党があつて、その政党みずからが機関紙を出しておる場合は定型的でありましようが、Aという団体を構成しておる政党が、それ以外に別個の株式会社あるいはその他の形においてBという新聞社をつくつて、そしてそのBがAの機関紙たる使命を果しておるというふうな場合、またその機関紙を発行する人が全然個人でやつておる場合もあり得ると思うのでありますが、政党を構成する以外の個人がそういうものを発行し得る場合も考えられるわけであります。そういう場合に、一体この第二号に規定してある「団体がその目的、主義、方針等を主張し、」云々というのは、その「団体」は、Aという政党とは別につくられたBという株式会社をさすのであろうと思うのでありますが、そういう場合に、またそれが個人であれば、これはもう団体ではない、そういう場合に、一体禁止するのはだれに向つて禁止をするかということを承つておきたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。ただいまのお尋ねの第一点は、Aという政党がありまして他にBというある会社をつくりまして、そして自分のいろいろな主義主張をそこの発行する新聞に載せた場合はどうなるかというのが、第一の御質問であろうと思いますが、これは要するにこの法案におきましては、ある一つの団体があつて、団体の活動として機関紙が出されるということが、この法案の構成要件になるわけであります。従いまして、現実の事実といたしまして、政党とその新聞社とがまつたく別個の団体であるというふうに考えられますならば、問題はそれが政党のものと考られるか、あるいはその別につくつているものが政党と統一的な一つの団体的な活動と認められるかという問題が、まず第一にあるだろうと思うのであります。従いまして、もし実は名前はBとしているが、実際的には主義その他の面から見てまつたく一つのブランチであつて、一つの機関としてつくられたにすぎないというような関係がそこに認められますならば、その政党自体の活動と相なり得るというふうに考えられる場合もあろうかと思うのであります。またそういう実際的な事実の認定によりまして、全然そういうことが認められないということになりますと、B自体の、その団体が発行するものとして考えられるかという問題になるのでありますが、これはもちろんそのBが政党との関係がなく、やはりそこに一つの団体がありますならば、その団体が発行するということに、相なりまして、はたしてその団体がこれに該当する問題が生ずるかいなかという問題に相なると思うのであります。次に個人の問題でありますが、これも考え方の基本は同じであるわけでありまして、個人という別個のものがそこにあるが、はたしてその前の政党と同一の団体的活動と認められるかどうか、認められるといたしますならば、それはむろんその個人のものも団体の活動と認められる限りにおいては、ここに第四條の問題が一応考えられるわけであります。しかしそう認められないということになりますと、それは個人の活動でありまして、この法案の団体の活動として、そういうような機関紙が出されるということにはならないであろうと考えられるのであります。
○佐瀬委員長 その場合、いわゆる外郭団体といわれるものの機関紙は包含するかいなか、この点に対する御意見を承りたい。
○吉河政府委員 お答えいたします。通例の意味におきまして、外郭団体は本来の中心的な団体とは、別個の団体というふうに認められておるのでありますので、外郭団体の機関紙がただちに中心的な団体の機関紙であるとは考えられない場合が一般であろうと考えておるのであります。
○大西(正)委員 ちよつとあとへ返りますが、この括弧の中に規定してある定義でありますが、これは主張し、通報し、宣伝することを主たる目的としておる、あるいはそれに付随しておる場合、主たる目的としておることを要件としないのであつて、付随しておる場合でもいいということになるわけでしようか。
○關政府委員 解釈としてはお尋ねの通りであります。
○大西(正)委員 そこで第四條の一項——本文にもどりまして、第四條の要件は、過去において破壊活動をしたということがまず第一にあつて、第二には将来何らかの破壊活動を行うであろうというおそれのある場合、この二つになるのでございますが、ところで私過去という言葉を使いましたけれども、必ずしも過去ではなかなくて未来のこともあり得るわけでありますが、ただいまを標準として考えますと、一回はその破壊活動が現実に発生をしたということが要件であろうと思います。ところでその一回発生した場合に、その発生自体をもつて、将来もその団体が継続して同じようなことをやるかもわからないというおそれがありと認定される場合もあり得るのではないかと思うのでありますが、それはいかがでしようか。たとえば刑法その他には、観念は違いますけれども、業として何々をやつた場合に取締りの対象になる。業としてというのは、の行為としては一回だけでも取締りの対象になる場合があるのですが、それと同じような、類似した意味合いにおきまして、今日の時点を標準にして言いますならば、今日以前には何らの破壊活動行為はなかつたが、たとえばあさつてにでも破壊活動行為が現実に発生をした、その発生したことによつて最初の要件を満たすとともに第二の要件をも満たし得る場合があり得るか、そういうことも想定をしておられるか、この第四條からそういうことが言い得るかどうかを伺いたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。そういうような場合は、この第四條の場合では、考えられないと思うのであります。それは、過去の一回の暴力主義的破壊活動をまず條件とし、さらにそれに「継続又は反覆して将来さらに」というふうな條件をここに附加いておりますが、この法案自体の建前から申しますと、団体の将来の暴力主義的破壊活動の基盤をなくするということが基本の考え方でありまして、いわば暴力主義的破壊活動をやるような性格の団体が、たまたまたつた一回何らかの関係でやつて、あと全然ないというふうなことは、この法案の規制の対象になるわけではないのでありまして、一回過去にやつたということを取上げましたのは、要するに一回やつたにもかかわらず、さらに将来継続または反復してやるということが明瞭に認められるということは、この実体の評価といたしまして、団体がそういうふうなことをやるような性格を持つておるのである。そこでそういう団体は公共の安全を確保する上においてきわめて危険があるからして、将来においてその活動の基盤を排除するという考え方なのであります。ただ過去において一回やつたというだけではいけないのでありまして、その継続または反復してということは、これは明瞭に証拠によつて明らかに認めなければならないのであります。従いまして、過去の一回だけで刑法の業務上というようなことの推定は、この法案ではもとより避くべき認定と思うのであります。
○大西(正)委員 そこで、この法案は、実に一面においては行き過ぎがあり、一面においてはきわめて不徹底な感がするのであります。過去における暴力行為は、裁判を通じてその団体が暴力活動をやつたのだということの認定は必要でない、またこの法律の施行前の行為も取上げる、こういう態度を一面においてはとつておられるかと思うと、従来そういつた行為がなかつたものについては、将来一回だけそういう行為が起ることは認容しよう、規制の対象にはならない、その行為がいかに恐るべき行為をやつても、一回だけは許してあげましよう、こういうわけですか。
○吉河政府委員 お答えいたします。第四條の規制は、将来その団体が再び暴力主義的な破壊活動を行う明白な危険性を基礎としまして、これに対して保安的な措置を講ずるのでございまして、やはりこの條件は必要だと考えております。
○佐瀬委員長 ただいま大西委員が問われた中に、団体の活動として暴力主義的破壊活動を行つた団体、これは本法施行後のいわゆる本法の暴力主義的破壊活動を行つたものに限定する趣旨であるかどうか、本法施行前における本法に該当するような活動をも含めた趣旨であるかどうか、その点もこの機会に明らかにしておきたいと思います。
○關政府委員 先ほど、大西委員から一回は認めるではないかというお尋ねでありますが、規制の條件としては確かに一回の暴力主義的破壊活動をなすことは、その一回だけはこの法案では規制はいたさないのであります。その理由は、要するに団体の活動は憲法上から申しますならば、結社の活動になるのでありますから、簡単に一回くらいでやるということは、自由権の制限上行き過ぎたものである。やはり一回やつてから、それが継続または反復されるというところに、団体がこういうような破壊活動をやるような性格を帯びて来るから、そういう団体だけを扱う、その程度にとどめるのが憲法の保障する結社活動、団体活動の自由権を尊重するゆえんである、かように考えまして、お尋ねのごとく非常に手間ぬるいようなことでありますが、憲法の自由権の保障という点から見て、この程度のところにラインを引くのが相当と私どもは考えているわけであります。第二点といたしまして、本法施行前の暴力主義的破壊活動が、この第四條におきまして、団体の活動として暴力主義的破壊活動を行つたという、そのことに当るかどうかという問題と思うのでありますが、これは、この法の解釈といたしましては当ると私どもは解釈しているわけであります。従いまして、この法律施行前に暴力主義的破壊活動を行つた団体がここにあるといたしまして、それが本法施行後におきまして継続または反復して暴力主義的破壊活動をなすというような場合におきましては、この條件を満たすものと思うのであります。一般の行政処分の例といたしましては、すべて法律施行前の行為も、これを行政処分の一つの條件のうちに加えるというのは、立法例の認むるところでありまして、その線に沿いましてさように考えるのであります。しかしここにある継続または反復して将来行われる行為は、この法案施行後の行為でありますから、それが過去の行為の継続または反復でありますから、無限にさかのぼるということは考えられないのであります。要するに、将来継続または反復して行われるその暴力主義的破壊活動と直近した期間、時間的に見ても直近した期間におけるその団体の暴力主義的破壊活動だけが、この第四條におきまする団体の活動として過去において暴力主義的破壊活動を行つた、そういうことに相なると思うのであります。
○大西(正)委員 私どもが最初に持つておつた疑問は一向氷解されないのでありまして、施行前の行為を取締りの対象にしたり、それから裁判を通じて認定されないようなものも問題にする。しかもそれをあとの條において行政機関で認定するなんということは、まことに不穏当、不当なものであると私ども考えるのであります。 それからあの表はまだできないのでありますか。——表ができないのでお尋ねする点もちよつと明確にすることが困難かもわかりませんが、第一項の一号、三号、示威運動とか集団行進、公開の集会において過去の破壊活動行為が行われた。将来継続して行うかもわからない破壊活動行為は、そんな集会や示威運動には関係のない場合があり得ると思うのであります。また第二号の機関誌紙によつて過去の破壊活動が行われた場合、将来予見される破壊活動行為は機関誌紙とは何ら関係のない場合もあり得ると思うのであります。そういう場合に、過去においての機関誌紙あるいは集会、そういつたものを禁止するというのはどういう根拠でそういうふうになるのでありますか。将来のおそれというものは機関誌紙には関係がない、集会にも関係ないのに過去のやつをとらえてやるというのはどういうわけですか。
○關政府委員 お答えいたします。この第四條の一項一号、二号の関係でありますが、これにつきましては第四條第一項におきまして「将来さらに団体の活動として暴力主義的破壊活動を行う明らかなおそれがあると認めるに足りる十分な理由があるときは、左に掲げる処分を行うことができる。但し、その処分は、そのおそれを除去するために必要且つ相当な限度をこえてはならない。」これは本法第二條におきましても「目的を達成するために必要且つ相当な限度においてのみ行うべきであつて、」かように書いてあるのでありまして、今お話のように、全然将来においては機関誌紙あるいは集団の活動で行われないということが明らかになりますれば、それができないのであります。さような自由権をここで禁止するのは、おそれを除去するために、相当な限度を越えているものと私は思うのであります。やはりそれは明らかに認められる第二條及び第四條の「必要且つ相当な限度」というこの法律上の解釈によりまして、適切妥当なるふうに考え、そしてそのおそれを除去する相当かつ必要な限度においてのみ各種の一、二号の行為を考えて行こう。かようなことに相なるのであります。
○大西(正)委員 もう一ぺん明確にしておきたいのですが、そうしますと、将来のおそれがある活動も、この一号、二号に規定されている示威運動、集団行進、公開の集会において行われるおそれがない場合には問題にされない。また第二号の機関誌紙において将来破壊活動が行われるおそれがありと認められない場合には第二号には該当しない、こういう御説明だと了承してよろしゆうございますか。
○關政府委員 お答えいたします。言葉は若干違うのでありますが、要するに将来におきまして第四條第一号あるいは第二号のこれらの活動によつて破壊活動が行われないということがまことに明瞭である場合には、かような規制措置はできないものと考えるのであります。
○大西(正)委員 もう一ぺん明確にしておきたいのですが、将来破壊活動のおそれが一号に規定している集会その他において行われるものと認められない場合と、それから第二号の機関誌紙において将来破壊活動を行うおそれがあるとその具体的事実によつて認められない場合は一号、二号には該当しない、こういうことでございますか。
○吉河政府委員 御質問の通りであると考えております。たとえば過去において機関誌紙によつて破壊活動を行つた、将来機関誌紙によつて破壊活動を行うおそれは認められないという場合には、かけるわけには行かないというふうに考えております。
○大西(正)委員 それは第四條一項の但書によつてそうなるというのでございますか。
○關政府委員 さように解釈しているのであります。
○大西(正)委員 政府の御意図は一応明瞭になつたと思います。しかしそういうことは法文自体ではそういうふうに解釈されないので、これは政府の御答弁にかかわらず、この法律ができたならば、運用する機関がみずから解釈し得る権能がありますから、まあ今御答弁になつた政府の御趣旨が必ずしも実行されるとは限らない、そういう保障は別にないということになると私は思うのであります。 そこでもう一ぺん第四條に関しましてお尋ねしますのは、たとえ一号の集団示威運動、集団行進または公開の集会において行われる破壊活動というものは、第三條に規定します行為が全部含まれるのでしようか、それとも事柄の性質上含まれないと思われるものもあるのでしようか。また同じく第二号に関してそういう関係が生ずるのでしようか。お伺いしたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。第四條の一号、二号の取上げ方でありますが、団体の破壊活動はおよそ活動として考えられる一切の方法によつて行われると考えるのであります。しかしその一切のものをここで取上げるということはやめまして、特に公共の安全に重大な関係があるこの一号の集団的な活動と二号の機関誌紙の活動を重点として、それから三号の特定の役職員等の「当該団体のためにする行為をさせることを禁止すること。」という三点で取上げたのであります。そこでおそらく団体活動というべきものはこの特に一号、二号のほかにさまざまな類型がそこに考えられるのであります。そこで第三條の各号の破壊活動と一号、二号との関係でありますが、これは一概にこの場合はここで行われないだろうというふうには私ども断定いたしかねる場合が多かろうと思うのであります。要は破壊活動が発生するその現実の事態を見て、あらためて考えるよりほか方法がなかろうと思うのであります。申すまでもなく、大体の想定といたしましては、一号の方は集団的な行為でありますから、たとえば第三條の一項一号の方の内乱における暴動というようなものであるとか、あるいはロの教唆、扇動というようなこととか、ないしは二号の方の騒擾であるとかいうような集団的なもの、またリの公務執行妨害であるとか、あるいはヌの扇動であるとか、かようなものの類型は、この集団体な行為によつて行われる場合が多かろうと思うのであります。また機関誌紙の方は、これは文書による活動でありますから、ある場合は扇動的な行為ないしは「実現の正当性若しくは必要性を主張」することというような活動が、この形によつて行われるものである、かように考えているわけであります。そこで一概にこれがこれというふうには明確にここで区別して申し上げかねる次第であります。この点で御了承願いたいと思うのであります。
○大西(正)委員 その点につきましては、ひとつ早急にその表を作成して、委員会にお示し願いたいと思います。 次に、第六條に移りまして、第六條は「解散の指定」の規定であります。この第六條は、団体の個々の行動に対して禁止するというのではなくて、団体そのものを解散の対象とするものでありますから、第四條に規定されているものよりも條件が加重されているということが常識的にも考えられますし、それからまたこの法案の文字の書き方も、一応そういうふうに考えられるのであります。ところでさように考えられるにもかかわらず、これを検討してみると、第四條においては、集会とか示威運動、集団行進、こういう場合を規定をして、そうしてそういつた場合に行われる破壊活動に限定をされておりますが、第六條は、こういつた制限は全然ない。ないからして、考えようによりましては、第三條に規定されておる破壊活動のうちで、最も危険が切迫しておらないと考えられるようなものでも、第六條は全部をひつくるめてその対象になし得る余地があるし、また第六條はそれら全部を含める趣旨で綱を広げているというふうにも解釈されるのでありますが、その点はいかがでしよう。
○關政府委員 お答えいたします。この法案におきましてはもとより解散の処分はその団体に対するところの最後的処置ではありますが、事解散という一つの重大な処分でありますからして、権利の非常な大きな制限になるわけでありますので、原則として、団体には制限的な規制、第四條の処分で行くということを建前としているわけであります。それで第四條の処分ではどうしても目的を達成できないという場合に、この第六條を動かして団体に解散の指定をする、かような建前をとつているわけであります。そこで第六條の但書におきましても、すでに御承知くださるように、「第四條第一項の処分によつては、そのおそれを有効に除去することができないと認められる場合に限る。」と、かようなふうに相なつておるわけであります。そしてまた、委員会におきましても、かりに公安調査庁におきまして、第六條の請求をするというふうに意見を付して請求をして参りましても、第六條のこの規定から、これは第四條の処分でよろしいというふうに委員会で認めますならば、第四條の処分をなし得るというふうに規定してあるのであります。第一さように考えておりますとともに、また規制の條件をなすところの破壊活動におきましても、すべて第四條と同じようなふうに考えることは、解散という重要な処分に対しまして、やや均衡を失すると考えましたので、この第六條の三号の場合だけにおきましては、団体が第四條第一項の処分を受けた後、第三條第一項第二号ヌの「一の予備、陰謀、教唆又はせん動等」の所為については、処分を受けた後、さらに団体活動として破壊活動をやつて、将来さらに継続または反復して行くという條件を加重しているわけであります。これは要するに、これだけの破壊活動ならばすぐ解散まで——内乱あるいは騒擾の実害行為と同じように考えることは少し酷と考えましたのでさように條件を加重した破壊活動の場合を考えたのであります。
○大西(正)委員 ここで加重されておるということは法文の表面の字句からいいますと、私もそうなると思うのであります。ところが今先ほども申しましたように検討すると、この破壊活動の中で、第四條第一項の一号、二号に該当しないものがあつて、つまりこういつた集会において行われたのでもなく、また機関誌紙を通じてやられたものでもない、こういう過去の行為があつて、そうして次の予想される行為もそれらに該当しない場合などにおいても、この第六條においてすべてを網羅する意味において、いずれも漏れないように規制の対象にしよう、しかもその規制は何かというと、解散になる、解散以外にはないのでありますが、こういうことになるのであつて、なるほど法文の上では加重されたように見えるけれども、実際は広めて、いかなる破壊活動行為も漏れないように、すべてを網羅し、しかもそれを解散に持つて行こうというふうな場合がこれにずいぶんあるように考えるのであります。そこでお尋ねいたしますのは、解散の指定でありますが、私の聞くところによれば、アメリカにおきましては、たとえば「経済往来」の五月号によりますと、最高裁の調査官をしておられる河原氏が、文書、図画の発行禁止やまた団体の解散は、アメリカの判断では行政処分ではできない。こういうことを言われておりますが、いかがでございましようか。
○關政府委員 お答えいたします。まず最初の点でありますが、第四條で規制できないような行為も第六條にすべてかけて来るのではないかというお尋ねでありますが、この点は私どもはさように考えておらぬのであります。また法律の上から見ましても、すべてさようになつていないと思うのであります。それは第四條の第一項におきまして、一号、二号になるほど特定な活動を取上げておりますが、三号におきましては、その破壊活動に關與した特定の役職員または構成員というふうにあるのでありまして、これらに対しましては、すべての破壊活動を條件といたしまして、その活動を行為させることをやめさせることができるのであります。従いまして第六條と第四條とにおきましては、條件の間には何らの差異がなかなか、第四條でできないことを第六條でするのではないかというようなことは、法律の規定自体からなつていないのでありまして、第四條で取上げることはすべて第六條で取上げますが、第六條においては、その上においてなお條件を加重しておるということに相なるのであります。 それからお尋ねのアメリカの事例でありますが、アメリカにおきましては——私はまだ団体の解散というような点は、はつきり調べてはおらないのでありますが、たとえば法人の解散とか許可の取消しとか、いろいろな制度がやはりあると思うのでありますが、それらの制度は必ずしもさようなことに相なつておるのではなかろう、やはり日本のように各種の場合があるのではないかと、ただいまのところ考えておるのであります。また新聞紙の場合につきましては、アメリカでは新聞紙の発行停止ということは、憲法上からきわめて重要な一つの問題に取上げられているようでありまして、今日までの例を見ますと、二つの例があるようであります。一つは裁判所侮辱罪によりまして、裁判所侮辱の記事を掲げた新聞紙に対しまして、裁判所が発行停止をかけるということがあるのであります。いま一つは、裁判所がその記事の内容自体から刑罰に処した場合に、さらにこれに対して同じようなことを書いてさらに発行したという場合に、これはやはり一つの裁判所侮辱、裁判の命令を侮辱したというような意味合いにおきまして、これも裁判所法によつて発行停止をかけるというような制度があるやに伺つておるわけであります。それ以上についてまだ調査したことはありません。
○大西(正)委員 今私のお尋ねしましたことに対するお返事ではないのでありまして、それはなるほど発行禁止や団体の解散——解散という言葉はアメリカで使つてなくとも、それに該当するものがあるかもしれませんが、それは御説明にありましたように、裁判所がやる。そこで私のお尋ねしたのは、行政処分でそういうことがアメリカの判例ではできないということになつておるのだが、行政処分でそういうことをした例がアメリカにあるかどうかをお尋ねしておるわけです。裁判所でやるということについては、別にわれわれはそれを否定するわけではございませんが、行政処分によつてそういうことをやつたのがあるかないか、これを伺うわけであります。
○關政府委員 お尋ねの点につきましては、先ほど申し上げましたように、たとえば法人制度の許可取消しというような点につきましては、一応日本のような制度もあるやに聞いておりますが、まだそこまで調査したことはありません。
○大西(正)委員 政府はその例については知らない、こういうふうに了承いたします。そこで私どもは常に申し上げておりますように、団体の解散とかあるいはその他の規制にいたしましても、行政処分でかかる重大なことを片づけてしまうということについては、われわれは反対せざるを得ないのであります。日本におきましても、なるほど商法あるいに民法に解散命令の規定がありますが、それらはやはり裁判所がやることになつております。行政処分で許されておるのは、その設立に許可主義をとつておる民法で、主務官庁の設立の取消しというのがありますが、解散というのはありません。従つてわれわれは新憲法に規定された重大な自由権を制限するこういつた処分を、軍行政処分でやるということは、これはアメリカの例にも発見されないし、日本の従来の行き方もそうでないのであつて、ことに新しい憲法ができた今日におきましては、はなはだ不当であると考えざるを得ないということを申し上げておきたいと思うのであります。 次にお尋ねいたしますのは、第六條に関連しまして、第四條と同じ趣旨の質問でありますが、第六條一項一号、二号にありますところの「破壊活動を行つた団体」、それから二号の「破壊活動を行い」云々の団体、これはやはり第四條と同じように、政府の御見解としては、過去の行動であつて、そうして裁判に関係なく、また施行前の行為もこれに入る、こういう趣旨でございましようか。
○吉河政府委員 御質問の通りでございます。なお先ほどの御質問中に、日本の現在の法制においては、行政処分をもつて法人その他の解散をした実例がないではないかというような御質問がございましたが、この点につきましては、先般来私どもからも行政処分をもつて法人の解散その他を規定した各種の立法例があるということを御説明申し上げている次第でありまして、その具体的な法律の名称等も、もし必要でありますれば、御紹介申し上げます。
○大西(正)委員 今の局長のお話はいずれも占領治下の話でありまして、十分存じておりますし、今それをわれわれは問題にしているのではございませんから、そういうふうに御了解願いたいと思います。 次にお尋ねいたしますのは、少しこまかくなりますけれども、今団体等規正令がまだ六箇月生きるわけだと思いますが、それによつてやはり届出制度が——そこは私は明確にしておりませんが、あるでしようが、これがなくなれば、団体の役員とか構成員とかいうものは別に届出は必要でない。そこで第七條で「暴力主義的破壊活動が行われた日以後当該団体の役職員又は構成員であつた者」というのは、どういうふうな証拠で認定されるか、伺つておきたいと思います。
○吉河政府委員 お答えいたします。団体の構成員というのは、特定の団体という多数人の結合体の一員たる資格を持つ者でなければならない。それから役職員とは、団体の意思決定、代表、業務執行上についていろいろな機関構成を持つ場合に、これらの機関の基幹たる地位についているものでなければならない。これらはすべて実質的に証拠をもつて認定されなければならないと考えるのであります。さてその証拠がどういう証拠だというようなお尋ねでございましようが、これは一々証拠が限定証拠でございませんので、各種の客観的な証拠をもつてこれを認定する以外に方法はないのであります。
○大西(正)委員 その点はあまりこまかくなりますから、打切りますが……。
○佐瀬委員長 先ほど政府委員の説明で、戦時中のものがおもに行政処分による解散を認められた立法であるという大西委員の質問に対して、戰争前の学校法人とかなんとかについてそういう例があつたかどうか。従来の説明で何かその点に触れておつたように記憶するのですが、もしその資料があれば、あらためてこの機会に御発表願いたい。
○關政府委員 今日の法制上におきまして、団体が解散されるという制度を調べてみますと、次のような事例があるわけであります。それは非常にたくさんありまして……。
○佐瀬委員長 年代とそれから法律の名前だけでも、簡單に御説明願つておきます。
○關政府委員 一つは純然たる行政処分をもつて法人等を解散する例であります。これはすでに御承知のごとく民法第七十一條、私立学校法第六十二條、事業者団体法第八條、水産業協同組合法第百二十四條第二項、消費生活協同組合法第九十五條第三項、農業災害補償法第八十條第二項、健康保険法第三十九條、これらは純然たる行政処分をもつて許可の取消しその他の処置によりまして、法人格を消滅させているわけであります。これらにつきましては、その事前の聽問手続であるとかいうようなことは何ら規定されておらず、まつたく行政庁の一方的な認定によつてなし得るような措置がとられているのであります。 次には行政庁において聽聞手続等その他当該団体の意見を聞くことによつて、法人または団体の解散を命じ得るという例があるのであります。第一は、聽聞手続によるものは、保険業法第百八條第六号、同法第十二條第一項、第二項、また二としては社会福祉事業法第四十四條第一項第六号、第五十四條第二項、同第三項の規定によりまして、簡單な聽聞手続によつて解散が行われているものであります。 次には行政庁の免許の取消しによつて、法人または団体が解散される例があるのであります。これは一としては、証券取引法第百三十四條第一項第五号、第百五十五條等がございます。二には、商品取引所法第九十八條第四号、同法第百二十一條第一項、三としましては、銀行法第二十三條、第二十七條第一項、四としましては、無盡業法第二十五條、第二十九條第一項、五としましては、医療法第五十五條第一項七号、同法第六十六條、かようなものが行政庁の免許の取消しによつて、法人または団体が解散されているのであります。 次は裁判所の命令をもつて解散するのがあります。これは手続としましては……。
○佐瀬委員長 政府委員に申し上げますが、その程度でけつこうです。後日あらためてその点を資料として各位に御配付を願います。
○大西(正)委員 今あげられました例は、いずれもたとえば民法にいたましても、公益法人あるいはある種の経済活動を行う団体が、きわめて限られた意味合いにおいて、たとえば政治上の主張をするとかなんとかいうことでなしに、そんなこととは全然関係のない、きわめて限定された経済活動をする上について、その逸脱されるおそれのあるものについては、設立自体を官庁が許可するという趣旨に立つて、許可主義に立つておるものをほとんど含んでおるのではないかと思います。そういうものにおいてそれから逸脱した場合に、主務官庁が設立を取消す。その取消した結果、解散の事態が発生するということであつて、破壊活動防止法で問題にしておる集会、結社、言論の自由、その他表現に関する憲法の問題としておる点とは、全然別個であると思うのであります。憲法の問題としておる、重大な問題に関して一応国民が自由を認められて、結社を結成し、団体を結成したものに対して、その憲法の保障する自由を制限する場合において、これをびようたる行政官庁にまかして、それによつて憲法の自由を制限することの不当ということを、われわれは今論議しておるのであります。そういう意味において、そんな御引例になりました例示というものは、われわれはとるに足らないものだ、かように考えておりますから、その点御了承願いたい、こういうわけであります。
○吉河政府委員 たいへんお言葉を返すようで申訳ありませんが、ただいま政府委員が御説明申し上げました事例は、すべて許可主義によるもののみを問題にしておるのではございません。届出によつて活動する法人等につきましても、もとよりその事例があるのでございます。
○大西(正)委員 そういう言葉じりをつかまえて申し上げたくありませんが、とにかくそれを設立するについて行政官庁が關與しておるのです。届出をさすとか、許可をするとか、そういうふうに關與したものについての問題であつて、届出とか許可とかいう言葉じりをつかまえて私お言葉を返すわけではありませんけれども、私の当初から申し上げておる趣旨におきましては、それらはとるに足らない例だ、こういう私どもの考えは一向にかわらないということを申し上げておきます。 次にお尋ねいたしますのは、第十三條でありますが、第十三條に規定されております証拠というのは、証人、鑑定、検証等すべてのものを含むのでありましようか。それからまたこれに関連をいたしまして、問題とされた団体側から、かりに証人をそこで調べるとすれば、これに対して反対尋問というふうなものが、つまり対審ができるか、これをお伺いいたします。
○關政府委員 お答えいたします。この証拠の中には、お尋ねのものをすべて含んでおりまして、またそういう当該団体側においてそういう者に尋問することも、もとより可能であると考えております。
○大西(正)委員 憲法第三十八條には「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」とありますが、これは憲法第三十七條との関連において、刑事訴訟手続に関連する原則だ、まずそういうことが考えられるのでありますが、しかしそれに限定をされる必要もないかもわからないという疑問もあるのであります。そこで第三十八條の「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」というこの一項は、公安調査庁における審理におきましても、やはりこういつた原則が行われるものであるかどうか、それをお伺いいたしたいと思います。
○關政府委員 行われるものと考えております。
○大西(正)委員 次に第十四條に関連をいたしまして、五人以内の立会人を認めておりますが、何ゆえにこの審査におきまして、公開主義をとらなかつたか、また公開主義とをらないということが、憲法違反にならないか、その点を伺つておきます。
○關政府委員 お答えいたします。憲法における公開の原則は、これは司法裁判に限られたものであると私どもは考えております。従つて行政上の処分につきまして、どういうふうにそれを聴聞のときに扱うかという問題は、また別個の観点から、現行の各行政処分の場合の例とか、あるいは本件のこの審理の実体、内容等にかんがみまして、公正、迅速に行うには、この程度でもつて妥当であると考えて、かような規定を設けた次第であります。 〔委員長退席、田嶋(好)委員長代 理着席〕
○大西(正)委員 行政処分であるから、公開主義をとらない。こうおつしやるのでありますが、別にアメリカの例をならう必要はもちろんございませんけれども、マツカラン法におきましても、その委員会における審理というものは、これは公開主義をとつております。この重大な問題につきまして、内部で、きわめて限られた人々の中でやつて行くというふうなことは、私どもとしてはきわめて妥当を欠いておると思うのであります。また先日の他の委員からのお尋ねによりまして、これに対する政府の御答弁は、調査機関と決定機関がわかれておるから、これは非常に民主的だとおつしやいました。また一面においては、行政簡素化の意味において、非常に手続を簡素にしたというふうな例をあげられておりましたが、私どもはまつたく民主主義というものの把握においても、政府の御答弁と非常に食い違いがあるわけであります。なるほど形の上では、調査機関と決定機関が分離されておりますが、いずれもそれは法務府の外局であつて、そして公安審査委員会というものは、調査庁が調べた証拠、それはいずれも書面になつて来るのであります。その書面は、かりに第十三條によつて証人その他を調べたといたしましても、その陳述の調書である。そして公安審査委員会は、その陳述をした証人それ自体には、全然触れることができない。その要旨を書いた調書に基いてしか判断を下すことができない。なるほどそれに基く判断は、何人にも拘束されないように自由でありましよう。しかしその自由を保障する何ものもないというふうな、こういう行き方が、はたしてほんとうの民主的であるかどうかということは、きわめて疑問があると思うのであります。また行政簡素化の点からいうならば、第二十八條その他に規定されておるように、情報の交換とか、いろいろございますが、むしろ公安調査庁とか、委員会などというものをやめてしまつて、そして情報を集める機関は、あるいは調査をする機関は、一本にした方が、行政簡素化の面にも沿うと思います。それをやらないからして、情報は二重あるいは三軍に収集しなければならない。これは巷間のうわさでありますから、私は別にうわさを信ずるわけではございませんが、従来の特審局においての情報というものは、警察から大部分もらつておるなどと悪口を言つておる人もある。別に私はそれを信用するわけではありませんけれども、そういう非難すらあるのであります。またそういつた行政機関が、お互いに対立をして——対立といえば政府御当局はお気に召さないかもしれませんが、別々に存在をし、そしてそれらが情報を互いに競つて集め合うということになると、そこに一種のセクト主義が発生をして、そして自分の情報は、なるほど法文の上では交換しろとと書いてあるが、つまらぬ情報は差上げるけれども、大事な情報は交換しないというようなことが、過去においてはよく起つたことであります。そういうことを彼此考覈しますと、むしろそんな幾つも同じようなものをやめて、十本にして、そして判定を下す決定機関は裁判所において行い、そして調査あるいは捜査をする機関は、検察並びに警察機関において一本化してこれを行う。警察あるいは検察庁を強化、整備するという面に力をいたすのが、これがむしろ行政簡素化に沿うとともに、事務の運営におきましても、能率的になると私どもは考えるのであります。そういう点から申しまして、先日来の政府の御答弁というものは、われわれとは意見の一致と見出すことができない。民主主義の原則の御理解においても、われわれと相当隔たりがあるように思うのであります。また行政簡素化という目的から行きましても、われわれの見解とは隔たりがあるように思うのでありますが、そういうふうにわれわれ理解してよろしゆうございましようか。
○清原政府委員 お答え申し上げます。ただいま警察、あるいは検察庁、あるいは特審局の関係について、いろいろ御指摘をいただきましたが、本法案に規定いたしておりますような行政上の処分を、犯罪の捜査の衝に当つている警察あるいは検察庁に、その権限をあわせて付與することは、かえつて権限の集中化になり、その濫用を恐れなければならないことになるのでございます。従いまして、御指摘の行政簡素化という面だけを取上げて、これを国家警察あるいは地方警察に與えてしまつてはどうかという御意見は、成り立ち得るかと存じますが、本質的に考えました場合には、これはぜひとも両者画然たる区分をいたしまして、行政的の規制を行う面は、本法案の規定するような構想によつて行うことこそ、民主的であろうかと考えておるのであります。なお警察及び特審両方面の緊密な提携につきましては、もちろん御指摘の通り、きわめて緊要でございますから、現在におきましても、その線に沿つてお互いに協力をいたしておる次第であります。
○大西(正)委員 私の質問は大体終るのでありますが、今おつしやいました行政簡素化の面については、私どもの言うこともいいかわからないが、民主主義の原則では、まだなかなか讓れない、こういうお話だと思うのであります。しかしこの法案によりますと何べんも申しましたように、公安審査委員会というものは、すえ膳を食うだけであります。事実そうだと思います。観念上は、その職務を行うについて判断する、独立だとおつしやいますけれども、そういう保障は何らありません。裁判所が裁判を行うについて、独立だということは、憲法においてもいろいろ身分を保障したり、その他裁判所の独立性に関する重大な保障が與えられている。しかしこの法案においては、委員会は調査庁が出して来た書類しか判断の材料にすることができない。しかもそれは書面審理である。だからそこへ出された料理を食うだけであつて、みずから料理して、みずからこれを味わうということはできない建前になつております。決定機関と調査機関をわけたといつても、それは形式的な分離であつて、そこにほんとうの民主主義の原則が行われるはずはないと思うのであります。やはり警察並びに検察庁は、犯罪の捜査に関し、またこの調査に関して、検察庁がその頭に立つて、そうして検察庁の良識をもつて警察官に対していろいろ指揮ができるとおつしやるのだから、それによつておやりになつたらいいと思います。そうしてその判断に対しては独立性を保障された裁判所がその判定を下す、こうやるのがもう一番民主主義に合致をした事柄であろうと私どもは思うわけでありまして、ただいまの御説明では、私どもは遺憾ながら納得ができないわけでございます。そのほかお尋ねしたいこともございますけれども、他に委員の方がお控えになつておりますので、私は一応この程度で質疑を終ることにいたします。
○田嶋(好)委員長代理 田万廣文君。 〔田嶋(好)委員長代理退席、委員 長着席〕
○田万委員 いろいろ御答弁があり、また鋭い質問もございまして、大体政府委員の考えておられる点も、われわれほぼその線は了解できたと思います。ここで私は第一條「公共の安全の確保に寄與することを目的とする。」という点についてひとつお尋ねしてみたいと思うのであります。それはたびたび他の委員からも御質問がございましたが、私どもの見るところでは、この破壊活動防止法案は、政府公共の安全を保持する法案であると言われておるけれども、反対にきわめて不安な立法だというように考えておるのであります。この不安な点がどうして出て来るかという点を申し上げますならば、かつて治安維持法というものがございました。この法律ができました当時と、施行せられてから後の状況というものが、非常に大きな食い違いがあつたのであります。私はその点について考えますのに、現在までに政府委員の方々から非常に巧妙な御答弁がありましたが、かつて治安維持法が旧帝国議会において論議せられました際においても、そのような御答弁があつたように私は記憶してるのであります。その一つの実例として私は申し上げたいのは、今申し上げた旧帝国議会における治安維治法の審議の記録の抜萃がございますが、言論関係に対する点につい星島二郎代議士が政府に質問しております。その考について述べるならば、内閣が更送して、反動内閣がこの條文をたてに言論、結社を圧迫したら、この中の一條だけで日本の結社というものの大部分は倒壊するであろうという質問をしておることに対して、若槻礼次郎、時の内相の答弁としては、どう言うておるかといえば、「星島君の御質問の第一点であります所の人類の向上を図るに付ては、思索の自由を許して置かんければならぬと云ふ御議論に対しては、私も全然同感であります、面して現内閣は思想の研究に付て、圧迫的方針を採つて居るや否やと云ふ御問に対しては、決して左様な考はありませぬ、言論文章の自由は何所までも害せないようにせんければならぬと云うのは、現内閣の心掛けて居る所であります、唯々併し是には一定の制限があります、国体を破壊しても、言論文章は自由であると云うことでは国家の治安を保つことは出来ませぬ、」という答弁がなされております。ちようどこの答弁と政府の皆様方が御答弁になつている点とを思い合せますと、ただ「国体を破壊しても、」という言葉にかえるに「破壊活動防止」という言葉を置きかえただけにとどまると私どもは考えるのであります。なおその議会におきまして、原夫次郎代議士がこういうことを言つておつた。本法第三條並びに第四條の扇動はあいまいな、危険な文字である。刑法の教唆罪が成立すると同時に、さらにまた扇動という隠れたる威力ある強威的文字を使つて、裁判官が一片の新聞記事を扇動であるとして、起訴し、罰する場合はどうするかという質問に対して、時の法相小川平吉氏は「扇動を何故罰するか、教唆の程度まで行かない者を何故罰するか、斯う云う御質問と承知致しましたが、之が即ち本法の特色であります」という答弁をなさつておるのであります。この点は現在論議せられております破壊活動防止法案に対して、木村法務総裁は「本法の骨子」という言葉を使つておられます。「骨子」という言葉と「特色」という言葉の違いこそありますけれども、いうところの意味はまるで同じなのであります。しかもかくのごとくにして議会を通過いたしてできました治安維持法というものが、どれほどいわゆる民主主義的なあらゆるものを破壊して行つたかということは、政府委員の皆様方もよく御承知のことであろうと思いますが、私どもは、かつての旧帝国議会における治安維持法の論議の点と、現在の破壊活動防止法案が本国会において論議せられておる点とを思い合せますと、まことに危険きわまりない法案というふうに感ぜざるを得ないのであります。公安の安全の確保に寄與するということを目的とすると言われておりますが、はたしてこの法案によつて、その目的としておるところの公共の安全というものが確保せられるかどうかこれは私は多大なる疑問があるのであります。まずこの点について大分問題が大きくなりましたが、政府委員の御答弁を繰返して承りたいと思うのであります。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。この法案が公共の安全を確保する反面、非常に不安な立法として、濫用のおそれがあるのではないかという御質問でございまして、治安維持法の立法当時の事情を御指摘になつたのでございますが、先般も御説明申し上げました通り、この法案は治安維持法とは根本的にその内容を異にするものであると考えておるのであります。この法案による規制及び処罰を行うにあたりましては、きわめて悪質なる暴力主義的な破壊活動を要件としておるのであります。治安維持法が結社の目的として国体の変革、または私有財産の否認というような、きわめて広汎かつ漠然たる内容を盛り込んでいるのとは本質的に区別があるものと考えております。そうしてこの法案におきしては、いかなる結社といえども、暴力主義的な破壊活動を行わない限りは結社活動は自由であります。治安維持法のごとく、いやしくも団体を変革し、あるいは私有財産を否認するというような目的を持つ限り、その手段、方法のいかんを問わず、一切の結社活動、または結社外の目的遂行行為を処罰するというような建前とは根本的に異なつておるものと考えておるのであります。また治安維持法の扇動罪は、こういう国体の変革、私有財産の否認というような目的の実行に関する扇動罪の規定でありまして、本法に規定するような特定の内乱とか、騒擾とかその他の犯罪行為の扇動とは、その立て方を異にするものと考えておるのであります。 なお治安維持法につきましては、先般も御説明申し上げました通り、これを運用する場合におきまして当時、の行政検束の制度とか、あるいは違警罪即決の処分というような処分制度が捜査に利用されまして、非常な行き過ぎが行われたものと考えておるのでございます。かような点につきましても、現下の警察制度並びに刑事訴訟法の制度は、人権蹂躪をする余地のないほどまでに巖格に規定されておりまして、加おうるに国民の批判、国会の監視というものもありまして、厳格に規定されておるものと考えておる次第であります。
○田万委員 ただいまの御答弁によると、治安維持法というものは、はなはだその処罰対象が漠然としておつたが、本法案において処罰の対象としておる事実はまことに明瞭であるからして、御心配にならないでけつこうだという御説明であつたのであります。私どもはこれは立場がかわりますから、水かけ論になると思いますが、この法案くらい漠然とした処罰対象を持つておるものはないと思います。前の治安維持法は国体の変革とか、朝憲紊乱とかいろいろありますが、非常にはつきりしておる。今度のこの法案の非常に危険を特に感じますのは、三十五條にもあり、それ以前の條項にもありますが、とにかく「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、」この政治上の主義または施策という言葉は、これは皆さん方においては明確におわかりかもしれませんが、われわれ国民側から言うならば、きわめて不鮮明な、あいまいな言葉になるのであります。こういうような不鮮明な治安持持法とかわつた——しかもはつきりした目的を持つておつた治安維持法さえあれだけ濫用せられたにかかわらず、ましてや本法案のように非常に不確定なあいまいきわまるものを対象にして取締らんとする法案については、どれだ危け險性を帯びるかということは、今からはつきり私は予見し得るのであります。ただいま特審局長の吉河さんからはきわめて御明快な御答弁がございましたが、私は明快であればあるほど気色が悪い。この案については私は吉河特審局長のいわゆるこの法案が施行せられても、かつての治安維持法ができた当時と状況も違うし、また内容もはつきりしておるのだから、危険な事態は絶対発生しないと断言できますか、この点をさらに再確認していただきたいと思うのであります
○吉河政府委員 お答え申し上げます。この法案第三條の第一項二号の政治上の主義云々について御指摘がございましたが、これは第二号に掲げる騒擾、放火、殺人、その他の行為についての主観的要件として、しぼりとして掲げられておるのでありまして、政治上の主義、施策を推進し、云々の目的を持つて、かような活動をなすというようになつておりまして、具体的な犯罪行為が客観的な要件として明確に列記されておるのでありまして、この意味におきましても、治安維持法の国体の変革とか、私有財産の否認というものとは、立て方が根本的に違うものと考えておる次第でございます。
○田万委員 本法案の第一の目的は暴力主義的破壊活動をする団体の取締りにあると思うのであります。先ほどの御答弁によると、実質的にはこの法案の客体になつておるところの団体というものは、第四條によれば、「暴力主義的破壊活動を行つた団体に対して、当該団体が継続文は反覆して将来さらに団体の活動として暴力主義的破壊活動を行う明らかなおそれがあると認めるに足りる」といういろいろの條件をつけてございますが、かつてそういう前科のあつた団体に対して、その団体で再びそのようなことを繰返すおそれのあるものに対するいわゆる制裁規定、規制ということをねらつており、現在この法案が通過して、その施行される以前に間違つた暴力主義的破壊活動をやつた団体があるとして、その団体にも適用せられるという先ほど御答弁がございましたが、しからば今日現在さような団体がありますか、もしあるとするならば、その団体はどういう団体なのですか、それをお示し願いたい。
○吉河政府委員 お尋ねの点につきましては、先般資料をお手元に提出いたしまして、御参考に供したのでありますが、かような団体の存在する疑いがありまして、目下私どもにおきまして調査中でございます。
○田万委員 目下調査中とおつしやいますが、私どもははつきり事実はわかつておるのではないかと思うのです。極右極左の暴力主義的破壊活動を取締るということを法務総裁は言われております。極左の方は大体見当がつきますが、極右の方はさつぱりわれわれにはわからない。それを今政府委員はわかつておらないというけれども、はつきりわかつておると私は考えるが、わかつておるならば、それをむしろ良心的にここで発表なさつて、そうして将来そういう団体が再びあやまちを繰返さないようにせしめることが、ほんとうに国家治安を維持するゆえんではないかと考える。ひとつ勇敢に、全然わからぬはずはないので、ちよつとでもわかつていることがあれば、お漏らし願いたい。
○吉河政府委員 暴力主義的な破壊活動を行う団体につきましては、その政治的な立場のいかんを問わず調査しなければならない建前になつております。しかしながら、現在それではどういう具体的な団体があるが、出してみろと仰せになりましても、まだそういう最終的な結論は達していないので、申し上げかねる次第でございます。私どもといたしましては、ただいま申し上げた通り、政治上の主義主張のいかんを問わず、さような団体活動が行われるおそれがある場合につきましては、鋭意これを調査すべき立場にあるのであります。まだ最終の結論には達しておりません。
○田万委員 次に一つお尋ねしたいのは、先ほど第一番にお尋ねした問題と関連するのであります。この法案が通過しても、——われわれは心配しておりますが、決して心配ないという確信のある御答弁があつたのでありますが、もし不幸にして現在政府委員が確信を持つて御答弁になつた事実と違つた、きわめて不安定な客観的事実が発生した場合に、これは少し言い過ぎかもしれませんけれども、皆さんはどういう責任を感じられますか。きわめて明確な答弁をなさつておるのです。絶対にないと言つて……。それとあわせてひとつ質問したいことは、この法案をずつと通じて私ども非常に遺憾な点は、間違つた行政処分をやり、そうして国民の権利を不測に侵害したというようなものに対する制裁規定といいますか、こういうものは一つも見えません。この点は今までの政府の答弁によると、たとえば正当なる労働組合その他の団体を抑圧した場合に、どういう責任が発生するかという他の委員の質問に対して、——いわゆる第二條第二項の違反でありますが、それは職権濫用罪が刑法上成立する、あるいは国家賠償にも応ずるのだ、また行政訴訟の方式もあるのだと、いろいろ御答弁がありましたけれども、それをやつた人自体に対する制裁というものは積極的に規定がないのであります。私どもの見るところでは、この法案に基本的人権を侵してはならないということに関連した訓示的な規定はたくさんありますけれども、積極的に基本的人権を侵害したところの役人に対して、法律がいかなる制裁を加えるかという点については一つも規定されておらない、この点はどういうことに相なりましようか。
○關政府委員 お答えいたします。もとよりこの法案の執行及びその処分は重要なる問題なのでありまして、これが実施に当る公務員に対しまして、一般の公務員以外に特別なる処罰の類型であるとか懲戒の規定を設ける必要があるのではないかというお尋ねでありますが、これらは現在の警察官とかあるいは検察官、その他各般の法権を行うところの一般の公務員のレベルにおいてこれを考察してみまして、現行法の一切の規定をもつてまかなうことが妥当であると考え、特別な犯罪の類型あるいは特別な制裁処置を規定いたさなかつたのであります。
○田万委員 私どもは政府が言う通りこれは特別法だといます。かような「暴力主義的破壊活動」ということで第三條に列挙されております行為は刑法にあるのであります。ことに現在の刑法では取締りの対象として非常に困ることが多いという事実があるから、この破壊活動防止法案という特別法を制定しなければならないという説明があつたのであります。しからばこれは明らかに特別法である。ゆえに特別法から発生するところの国民に対する基本的人権の侵害に対しては、特別なる制裁規定があつてしかるべきじやないかと考えるのですが、ただいま關さんのお話では、その必要はないと言う。私はあろうと思います。そういうふうにお考えになりませんか、特別法だから特別に責任規定をこしらえるという必要はございませんか、都合のいいときには特別法で、悪いときには一般法にならしてしまう。これは男らしいやり方ではないと思います。いかがでしようか。
○關政府委員 お答えいたします。その点につきましては、特別法だとすればすべてそれに対して特別なる公務員の責任規定を設けるかという問題でありますが、現行の一般立法におきましては、さようなことをとらないのが建前になつておるのであります。たとえて申しますならば、鉱山保安法のごとく非常に各人の人権に対して重大なる制約をなす規定もありますが、それらにおきましても別に特別なるところの責任規定を規定しておらないのであります。現行法の一般的なものによつてまかなうのが妥当であると考えておるわけであります。
○田万委員 次にお尋ねしたいの本会議で私が質問しました通り、この法案の各條項を通じてみますと、検閲の復活ということを非常に濃厚に感ずるのであります。たとえば現在の政府の転覆とか総理大臣に対する攻撃というようなものに関する文書活動におきまして、原稿の作成、印刷物の頒布等について暴力主義的破壊活動と見られるおそれがあるというので、その文書をあらかじめ公安調査官のところに見せに行く、そうしてその内意を伺うということが反覆繰返されることになるだろうと思うのです。これは実際問題です。そういう場合に任意に原稿、印刷物というものを提供するのではありますが、実質的に見るならば、明らかにこれは検閲と同じ結果になろうかと考えるのでありまして、検閲の復活を意味するのではないか、憲法第二十一條第二項においては、検閲をしてはならないという規定が明示されておりますが、これに違反することになりはしませんか
○關政府委員 お答えいたします。法案の運用にあたりましては、さようなことのないよう私どもとしては十分なる戒心をいたして行く所存であります。お尋ねのような書類につきましては、事前に持つて来いと言うことはできないこと、またいたさないことは申すまでもありませんし、また法案の趣旨の指示、説明、一般への普及宣伝などにおきましても、特段の考慮を拂いまして、さようなおそれがないように十分な戒心をして運用をいたしたいと思うのであります。
○田万委員 次は第六條、第七條、第八條、第九條、これを通じて団体の解散を取扱つておりますが、この解散について質疑を試みたいと思います。 先ほど大西委員からもこの点についていろいろ触れられたのでありますが、およそ団体の解散ということには、民法、商法あるいは刑法等におきまして定説がございます。すなわち団体は、民法、商法上は法人と権利能力のない社団、それから組合というふうにわかれており、刑法上は団体、結社にわかれておるのでございます。解散は団体が目的の範囲内において行為能力を喪失することであつて、解散のあとに清算が続いておりますが、清算は財産関係の整理能力だけをいうておるのは、皆様御承知のところであろうと思います。営利法人の解散や民法上の法人の解散もそれぞれ商法や民法できまつております。このような現行法上の定説があるのにかかわらず、かつてに団体幹部をその役職から追放することを団体の解散というておることは、私は不可解ですが、この点はいかがでございましようか。
○關政府委員 お答えいたします。第六條におきまして「解散の指定」というふうに、解散という言葉をここに置きましたのは、私ども必ずしも当を得ておるものとは考えていないのでありまて、いろいろの用語を考てみましたが、結局これ以上適当な言葉がないからここに解散という言葉を設けた次第であります。解散の指定をいたしますと、その効果として第七條、第八條、第九條というものが出て来るわけでありまして、言葉自体につきましては十分とは思つておりませんが、いろいろ考えまして、他の立法側もいろいろ調べまして、結局かような言葉を十分ではないが使わざるを得ないというので、ここに掲げた次第であります。
○田万委員 私どもの見るところでは、団体というものはいかなる団体でありましても、個人をもつて構成せられておる。その団体の構成員である個人がこの破壊活動防止法案にひつかかつた際には、それぞれ所定の刑罰を受ける。団体そのものを懲役に処するということはむろんできない。団体というものを今まで処罰の対象にしたのは、食糧管理法などで、あるものを罰金に処するというような規定があつたように記憶しますが、懲役に処するということは、人間でありませんからできません。個人を取去つた団体というものは私は意味はないと思う。従つて個人を罰する規定がないならともかくとして、この法案において明らかに相当な重い体刑を科しておるのでありますから、団体の解散をことさらにこの法案にうたつても、かりに追放してもあとにかわつて役職員が出て来るということになると、団体の解散にはならないと思います。皆さんは強いといいますけれども、弱いというような見方もありますが、いかがですか。
○關政府委員 お答えいたします。個人の処罰等をもつて足りはしないかというような御意見と存ずるのでありますが、この法案の立案にあたりましては、個人の処罰だけでなかなか、現下の破壊活動が団体組織を基盤としてそれを通じて行われる、これによりましてやはり団体に対して心要な規制をすることが、目的を達成する意味において最も心要であると考えていたしたのであります。外国などにおきましてもいわゆる破壊団体を解散をする、ないしはその結社を禁止するというような考え方も、やはりそういうものを通じての活動が危険であるからという考え方でありまして、本法案の団体の規制等と基本的な考え方は一致するものであると考えている次第であります。
○田万委員 いろいろ御答弁がございますが、破防法は第六條におきまして「解散の指定」という言葉を使つておりますが、そこには解散の本質たる団体行為能力の喪失というものは、これは今申し上げましたようにないのであります。ただこの第七條を引出す合言葉として「解散の指定」という言葉を使われておるように思うのでありますが、団体等規正令の解散をここに引出す心要もことさらに私はないと思うのであります。政府の逐條説明書によりますと、解散の指定というのは確認行為というふうにいわれておりますけれども、しからばそれは何を確認するかというと、私どもにはわからないのでありますが、この確認をする客体というものは、どういうものを目標にしておられるのでありますか。
○吉河政府委員 申し上げます。御質問の要点は第六條の処分に関する法理上の点に関するものと考えておるのでありまして、私どもはこの第六條に規定する処分は、次のように考えているわけであります。暴力主義的な破壊活動が団体によつて行われた、そしてその団体が継続または反覆して将来さらに暴力主義的な破壊活動を行うおそれがあるということを確認する。行政処分といたしましてはその確認が行致処分の中核になるわけでありますが、その確認をすることによりまして団体を構成している役職員構成員に対して、それぞれ第七條以下に規定する法律上の禁止の効果を及ぼす処分である、かように考えておりまして、解散の指定の効力が発生いたしました場合には、第七條以下の禁止が発動して来るわけでございます。かように考えております。
○田万委員 政府の真に意団しているところは、実は秘密結社であるところのたとえば何々組と称するような極左、極右の団体、あるいは法人格のない社団としての第三国人の団体やあるいはその連合会に対して、破壊活動に対する処分としての団体幹部の役職員の追放であろうと私どもは考えるのであります。これはこれでとにかく一応了解するといたしましても、條文を虚心坦懐に拝見しますと、わが国にある数万の会社あるいは財団法人というもののことごとくの法人が第九條の適用を受けるように私は考えるのであります。会社には会社の解散の規定あるいはその手続が詳しく書いてあり、非営利法人には民法第七十一條に、公益を害したとき主務大臣の許可取消しという方法もございます。破防法の解散はまつたくこれと関係なかなか、連絡は全然ないように思うのであります。解散について破防法としましては民法、商法に応じて特別法とはならないと考える。何となれば普通法と特別法というものは、同一の法律体系の系統の二なの法律における関係であつて、共通の地盤が必要であると考えるのでありますが、民法上の解散の系統と保安の処分のあいのこのようなこの破防法との間では、全然この地盤がないように考えられる。この点についての御説明はいかがになるのでありますか、伺つておきたいと思う。
○關政府委員 お答えいたします。第九條の第一項の「その法人は、解散する。」ということは、解散事由が各單行法に規定してある事項のほかに、いま一つここに附加したものである、かように考えるのであります。その方針の確定したときは、その法人はこの法律によつて解散いたしまして、あとは解散の手続が各法人によつて行われる、かように考えております。
○田万委員 第十三條と第十五條の関係を承りたいと思います。第十三條によりますと、「事実及び証拠につき意見を述べ、並びに有利な証拠を提出することができる。」という規定がございます。これは一応納得ができるのでありますけれども、第十五條の不必要な証拠という点につきまして、「審理官が不必要と認めるものは、取り調べることを要しない。」片一方では「有利な証拠を提出することができる。」という規定があるにかかわらず、第十五條においては審理官の一方的考えで、不必要と認めるものは取調べないということは、これは大いに矛盾していると思うのでありますが、いかが相なりますか。
○關政府委員 お答えいたします。第十五條の「不必要と認めるものは、取り調べることを要しない。」という規定でありますが、これは実はこの団体規制の事件が裁判所に参りますと行政事件となりますが、手続は民事訴訟法によつて行われることになるのであります。そこで民事訴訟法の二百五十九條にこのような用語例がありましたからそれを借りて来たものでありますが、考え方といたしましては、かつてに審理官が判定し、これをしりぞけてしまうということはできないわけでありまして、第二條の実体的な「規制及び規制のための調査は、前條に規定する目的を達成するために必要且つ相当な限度においてのみ行うべきであつて、」この種々の権利、その他日本国憲法の保障する国民の自由と権利を、不当に制限するようなことがあつてはならない。また同條第二項の団体の正当な活動を保障する規定とがかぶつて来るわけでありまして、決して自由かつてになし得ないものであります。なおこの内容につきましては、何を不必要と認めるかという基準でありますが、これは一つとしては、立証の趣旨がまつたく不明であるもの、あるいは事件とまつたく関連性がないもの、または提出されたが、きわめてその審理を遅延させるためにのみ出されるもの、そういうような規定が、民事訴訟法上の各種の條文と対照いたしまして、この不必要と認めるものの一応の基準ではなかろうかと考えている次第であります。
○田万委員 不必要と認めるが、あるいは必要と認めるかという限界については、第二條の規制の基準に従つてやるのであるから心配はいらない、民事訴訟法の條文の同じようなものをここに持つて来たにすぎないのだという説明がありましたが、現在の裁判所における証拠の採否については、御承知の通りきわめて公平に行われております。條文の体裁からいえば、少くとも一方においては有利だと思う証拠を提出する、しかし審理官の方では必要がないのだというふうに食い違つて来た場合、そこに大きな問題が出て来ると私は思うのであつて、きわめて非民主的な取調べをやられたとかなんとかいう問題が起きて来ると思う。これはむしろ「審理官が不必要と認めるものは、取り調べることを要しない。」というような蛇足をのけてしまつて、そして証拠として出たものはすべて調べる。かりにそれがただいまのお話の立証の不明なものとか、あるいはいいかげんなもの、それを証拠として一々調べると非常に煩瑣になるからして、そのようなものは不必要としてけつてしまう、取捨選択する——第二條の規制の基準があるとしても、それは審理官の考えにおいてやるのだうといことは、きわめて間違いが起りやすいうといよりも、誤解されやすいと私は思う。この点について「不必要と認めるものは、取り調べることを要しない。」という文言は、これはむしろ蛇足的で、いらないものだと私は考える。これは見解の相違で、どこまで行つても關さんと平行線だと思うのですが、私の考えている点について、私が言うのは全然意味がないとお考えになりますか、どうですか。私の考えがいいと思えば、これを全然打切つてしまうといことも考えられますが、いかがでしようか。
○吉河政府委員 お答えいたします。第十五條の前段だけの規定にいたしておきますと、あるいは御質問のような疑いが起きるかもわからないのでございますが、但書で「審理官は当該団体の公正且つ十分な審理を受ける権利を不当に制限するようなことがあつてはならない。」としぼつてございますので、前段、後段をかれこれ対照して御検討くだされば、審理官がもつぱら主観的な判断で独善的に証挺をけ飛ばすうといようなことは行われない。またさようなことを行つた場合におきましては、ただいま他の政府委員からも申しました通り、第二條の精神にも反することに相なると考えておるわけでありまして、実際この不必要と認められるうといものが動き出すのは、ただいま御説明申し上げたような立証の趣旨まつたく不明なものとか、あるいは事件とまつたく関連性のないものとか、故意に訴訟の審理を遅延するためにのみ提出せられたと明らかに認められるものというような場合が、第十五條の実際の運用として問題になるものと考へております。かような前段、後段の関係に立ちまして第十五條は必要な規定と考えておるわけであります。
○田万委員 どうもわかつたようでわからないのですが、しからば立証の不十分なものとか、あるいは鮮明でないものというようなことを、不必要な場合であるというふうにむしろ列記せられた方が親切な規定になると私は思う。いかがです、そこは。そこまで説明ができるのであれば、こうこうこういう場合が不必要な場合に該当するのだということを書かれれば、受ける方もはつきりして来るし、ただいま特審局長から説明があつた但書、「審理官は、当該団体の公共且つ十分な審理を受ける権利を不当に制限するようなことがあつてはならない。」これがあるから大丈夫だというようなことからいらぬということになれば、もういらぬ話になつてしまう。
○關政府委員 お答えいたします。これは民事訴訟法第二百五十九條の場合に、同じ問題と思いますが、実際の審理のプロセスにおきましては不必要なりやいなやその程度のものの審理をしなければならないわけであります。問題はもし全部調べなければならないことになりますと、提出された証拠を全部受理しまして、全部内容にわたつて親切な調べをしなければならないということになるわけであります。不必要であるかどうかという程度のことは裁判所においてもいたすのでありますが、もちろんこの審理官も内容だけをちよつと見て、これは必要である、不必要であるということの判断はいたすわけであります。問題は審理の公正、迅速なる処理という点から見まして、訴訟審理上関係がないというようなものは、中に立ち入つてそれだけの取調べをする必要がないというのが第十五條の趣旨であるわけであります。そこで今申し上げたような大体私どもの不必要と思う基準は、訴訟法のごとく精細に各條文があげてありませんから、審理官の審理の迅速というものは庁令その他ををつて規定いたしたいと思うのでありますが、その中には今申し上げましたような標準をあげまして、あやまちなきを期したいと思つております。
○田万委員 最後に一点だけお尋ねしたいのでありますが、公安調査庁から請求があつて、公安審査委員会で調べる、その調べにおいて不公平な取調べが具体的にあつた、それはどういうような方法で救済が一応決定されるまでにあるのでございましようか。
○關政府委員 お答えいたします。第二十條の第四項に、「当該団体は、第一項の通知があつた日から十四日以内に、処分の請求に対する意見書を公安審査委員会に提出することができる。」この意見書は、私どもの考え方といたしましては、一応公安調査庁において証拠の整備、収集その他をいたした、しかしそれだけではまだ不十分であるから、これこれの一定の収集した証拠によつて、公安調査庁長官はこの請求をなすのが妥当であると考えて請求した、その請求の内容を向うに知らせるわけでありまして、最後に調査庁の請求に対する意見、弁解の機会を與えたのが、この意見書であるわけであります。この意見書の内容では、要するに審理官の取調べのことについての意見も述べて、その証拠の採否あるいは証拠の価値判断等につきましても、十分なる最後の弁解の機会といたしまして、一切のことを書き得るもの、こういうふうに考えております。
○佐瀬委員長 田万廣文君、時間の関係がありますから、簡潔に願いたい。
○田万委員 公安調査庁の取調べの際に、不当な取調べを受けたというようりな場合において、それを受けた側における救済というものについては、やはりさようなことが言えますか、別な意味ですか。
○吉河政府委員 事実上公安調査庁長官に、審理官の措置についての是正を求めるというようなことは、さしつかえないものと考えております。
○田万委員 言葉の上では、非常にきれいな言葉でけりがつくのでありますけれども、実際問題として、これは現在の警察制度で、事実無根のものが起訴せられておる。しかもその起訴せられた原因は、自分が人を殺しもしないのに、殺したという供述がなされております。それは現実にあつた問題でありますけれども、相当強制あるいは拷問にかけられ、その悩みに耐えかねて、殺しもしないものを殺したという調書をとられておるのです。こういう事実に対して警察側を裁判所が証人として申請する。そうして警察側が出て来て、自分がこの被告に対して強制あるいは拷問にかけて事実無根のものをあるとして殺人罪の調書をとつたというようなことを言う警察官は、おそらくは気違いじやない限りはどこにも一人もおらぬと思う。しかしながら世の中には実際問題としてそういうものがあるのです。自分の家内が殺された、しかるにかかわらず、一番気の毒な被害者の主人を警察にひつぱり出して、そうして夏の暑いときに、自分の方には扇風機をかけて横になつて、そうしてこれを否認したら足でける、あるいは首になわをかけて振りまわすというような乱暴なことをして、心にもない自白をさせられた人間がある。そうして真犯人が出て来て警察にあがつた。そうして公判廷においては証人として警察官が出て来たときには、みな私は決して無理をして調べたんじやない、本人の自由なる意思に基いて調書をとつたと言うが、実際にはそうじやない。真犯人が出て来たからよかつたけれども、出て来なかつたらどうなるか、ほんとうに拷問、強制にかけられて、心にもないところの自由をした人間をだれが救つてくれるか拷問あるいは強制にかけられた事実をだれが立証してくれるか、警察官を何百人、何千人呼んでもそれを立証するものはない。そういうことが現実にあるからして、たとえばこれは違うけれども、この法案から言うならば、この法律で調査官が調べた時分に無理があつたということ、しかもこれが公開主義でなかなか非公開で秘密主義でやられたら、だれがこれを証明してくれるかと思うと、まことに私は心配が大きくなる。その点について、最後ですから、あなたたちに、それが無理があつた場合に責任あるどういうふうな救済方法があるかということをお伺いしたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。司法警察官の被疑者、容疑者などの取調べについては、別に立会人であるとかいう公開の制度はないのでありますが、この法案におきましては、事審理官に関する限りは、第十四條によりましては当該団体の方からは五人以内の者が出頭し、また一般の取材業務に従事する新聞記者はそこに立ち会つておるのであります。もし審理官におきまして不当な措置がありますならば、それらの者が十分立証することができるのであつて、刑事上ないし民事上あるいは行政上の措置がとれるものと思うのであります。
○佐瀬委員長 加藤充君。
○加藤(充)委員 特別のはからいだそうなので、えらい恩に着て発言を処女のごとくおとなしく簡單にやります。 先般来の審議で、暴力主義的破壊活動は取締られなければならない、こういうことが繰返し言われて参つたのであります。審議が続けられましたけれども、防衛さるべき実体すなわち国家社会の基本的秩序とは何だ、これの憲法的な究明は依然として不十分であります。答弁はこのことの根本問題について少しも触れておりません。政治的活動の自由、こういう点は、新しい憲法のもとにおいて主権在民の原則の中では嚴として貫かれなければならない問題であつて、その考から見れば、内乱罪、政府転覆の罪というようなものは、存続の余地が論理的に憲法制度的にあり得ないと思うのであります。騒擾罪と反政府的な政治活動とを混雑させて、騒擾罪が許されるというような御答弁であつたが、これはごまかしもはなはだしいと思う。私はこのことについては、一、二前に触れましたから、その次の問題について最後にお尋ねしたいと思うのであります。 政府は公安調査庁、公安審査委員会と、調査機関と決定機関とをわけておいた、こういうんだがら、何らさしつかえない、これで民主主義的だ、こういうのであります。しかし先ほど来申し上げましたような主権在民あるいは民主的な原則に立脚いたしますときに、こういうような重々問題になりますような機構制度を持つということその持たれた機構制度は重々配慮され、問題になりまするような機能を持つということ、こういうような問題は、それ自体憲法違反ではないか、しかもその基礎になりますのは、行政処分にこういうような問題をまかせてしまうということ、ここに問題があると思うのであります。でこれは断じて合憲的かつ民主主義的な方法ではないと思うのだが、これはどうか、この一点。 それからついでですからお尋ねいたしますが、こういう攻撃非難に対して、政府はきわめてずるく賢く立ちまわりまして、第二條の規定を持つておるのであります。しかし私はここで具体的な事例を引いて第二條がインチキであるということを指摘し、政府の確たる答弁を求めるものですります。これは先般新聞記事に出ていましたように、二十九日夜十時半ごろ、学生風の男が新宿の東京生命グラウンド附近でアジビラを張つておつた。ところがパトロールの巡査二名のうち一名の発射したピストルによつて、そのうちの岡田宗太郎君が命中弾を受けて銃傷を受けたという事実であります。これはおそらく軽犯罪法などに基いて、街頭でビラを張つたりしちやいかぬというようなことになるのではないかと思うのであります。ところが軽犯罪法の第四條には、「この法律の適用にあたつて国民の権利を不当に侵害しないように留意し、その本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用するようなことがあつてはならない。」と、明文にうたわれております。ところが街頭をごらんなさい、少しイデオロギー的なビラであるということになれば、ピストルを乱射してまで、生命を奪つてまで、パトロールの警察官が暴力の限りを盡しておりますが、ストリツプであるとか、あるいは見るにたえぬ、聞くにたえぬような各種の出版物や印刷物は、氾濫するように張られまわつております。こういう事実から見て、第二條のこの規定の精神と、今指摘しました軽犯罪法第四條の規定の精神とを、われわれの得心の行くまで——特審局の得心じやなくして、われわれの得心の行くところまでひとつ説明をしてもらいたいと思う。 それからもう一つ。五月五日の毎日新聞の記事です。「米軍捕虜、細菌戦を自供、平壤放送、四日夜の平壤放送は去る一月十三日に共産軍の捕虜となつた米空軍の二中尉が米軍の細菌戰実施の真相を自供したと述べ、自供書の全文を発表した。」こういうようなものがあつたあとへ、注として、「平壤放送は共産政権の傀儡放送で、本記事はこの事実を念頭に入れて評価さるべきである」こういう注がついておるのであります。毎日新聞は日本の大新聞であります。結局これは前に出た刑事特別法——アメリカの軍機保護法を日本に適用するというあの法律、これに基くものであると思うのですが、しかし破壊活動防止とやらのこの法案が通過すれば、こういうような言論出版その他報道の場面まで、たいへんな影響を受けて、おそらくすべての新聞が気のきいたことを書けば、今指摘したような注を一々つけなければならない。うかつには書けぬ。じやなければ事前に審査を求めて行くというような、事前検閲の制度が実現されて行くと思うのです。こういうようなやり方は、母法といわれるマツカラン法にありますけれども、しかしそのこと自体は、アメリカにおいても、事前検閲制度の尤たるものとして、憲法違反、人権蹂躙、民主主義の原則に反するということで問題になつておつて、まだ裁判所方面の判決や判断はないと聞くが、この点についてお尋ねしたいと思う。
○關政府委員 お尋ねの第一点は、公安調査庁、特に公安審査委員会のごときは、違憲のものではないかというような御趣旨と拝承するのでありますが、政府におきましては、違憲ではない、憲法の線に沿つた機関であると考えているわけであります。この点につきましては、従来びくびくお答え申し上げた点でありますが、団体の規制事務は行政的な事務であつて、それはまた政府の責任をもつてなすべき事務である。かようにいたしまして、その機関構成は、その不利益処分をなすがゆえに、十分に団体の意見、弁解を聞き得ることと、次にはその意見、弁解を聞くのが公正に行われる、次には司法裁判所に訴え得るというこの三点が、憲法が合法的、適法的なる手続として規定しておる精神であろうと考うるのであります。従いまして、この憲法の行政措置に要請する適法なる手続を、かような機関のわくにおいて行うのでありまして「その点は憲法の要請するところに合致するものであると思うのであります。また、本法第二條はまつたくの空文的なものではないかとして、軽犯罪法の規定を御援用になつてお話があつたのでありますが、私どもとしては、この第二條の精神におきまして、この法律を運用いたさなければならず、また運用いたすよう極力努力いたすつもりであります。またただいま学生風の実例についてのお話でありましたが、私どもはまだそれがいかなる事実関係において行われたかということを了承いたしませんから、この点については返答申し上げかねる次第であります。 次に事前検閲の問題でありますが、この点もしばしばお答え申し上げた点であります。本法案の中においては、事前検閲は一点も取上げていないのでありまして、またその運用におきましても、決してさようなことのないように、十分なる考慮をして運用いたしたいと考えておる次第であります。
○加藤(充)委員 それは先ほど引きました五月五日の毎日新聞の事例ですが、先ほど指摘したような注を一々つけなければ、新聞の記事もあぶなくて書けないような事態、こういう金魚のうんこみたいなものを記事のあとへつけ加えて行くというような体裁を、あなたは好ましいと考えるのか。また好ましくないとするならば、こういうような注を一々書かなくてもやつて行けるような方法にしなければならないと思うが、この法案でそういうことが保障されているかどうか、この点を最後に聞いてやめたい。
○關政府委員 さようなお尋ねのような注は、新聞社が自主的におやりになつているところでありまして、この法案とは全然関係がないことであります、この法案がかりに施行されるようになるといたしましても、さようなことはこの法案が期待しないところでもあれば、また予想だもしないところでありまして、さようなことは、新聞社の自主的な御判断、責任ある自主的な御行動に基いてなされるところであろうと思うのであります。
○加藤(充)委員 これは新聞社をばかにしていると思うのです。大新聞がこういう不体裁なことを好んで書くわけはない。あなたは自主的だ自主的だと言うが、ばかなことをやつているのは人民どもだというようなことを言つているが、あなたたちがこういうことをやるから、安全にしようと思えばこういう不体裁なことをしなければならないのである。あなたが、公安調査官は任意的な方法で決して人権を蹂躪しないでいたします、人権は保障いたします、合憲で民主的な原則は守りますと言うが、そういうようなことで任意的だというならば、あなたたちが任意的なことというのは、馬にけられて死んでしまえということにならなければならないのであつて、あなたの正体がはつきりわかつたので、時間がないからこの程度でやめます。
○佐瀬委員長 以上をもつて暫時休憩し、午後二時半から再開いたします。 午後一時二十六分休憩 ————◇————— 午後三時一分開議
○佐瀬委員長 休憩前に引続き会議を開きます。 質疑を継続いたします。山口好一君。
○山口(好)委員 逐條にわたりましての質疑が他の委員から相当に繰返され、詳細なる政府の御答弁があつたのでありますが、なお二、三点私から御質問をいたしておきたいと思う点がございます。第一にこの法案の適用の範囲と申しましようか、これは大体におきましてこの第三條において限定されましたような破壊的活動、これを行いました団体及び現実にその行動に出ましたところの個人、この両者を、団体はその行動を規制いたし、個人の点につきましてはその行為を処罰する、こういう規定になつておりますが、そういたしますと、この法案の適用に相なりまする範囲は、大体その行為者が処罰せられて、しこうしてこの行為者と関連を持つて、しかもその行為者の行為が団体の意思に基くものであるという、そういう理由で団体が規制せられるのでありますがゆえに、いつでもこの法律において規制適用せらるる場合は、団体の行動と見られる場合、すなわちその個人だけの引離した行動ではなしに、その個人あるいは一定の団体人の行動というものが、必ず団体と関連を持つ場合でなければならないのであるかどうかという点をまずお伺いいたします。
○關政府委員 お答えいたします。お尋ねの点の実際の運用面は大体お尋ねのようなことに相なるものではないかと思うのであります。この法案において団体とは、広く定義しておりますが、要するに破壊的活動をした団体であつて初めて、一応この法案の取締りの第一の條件を満たすのでありまして、さようなことを全然しない団体は、この法案の関係にはならないのであります。 次には、その破壊的団体となりますには、その団体の構成員、役員等によりまして、団体活動として認められる破壊的活動が行われることが必要でありまして、それらの個人の犯罪というものは、刑事訴訟法によつて捜査訴追されるのでありますから、さようなことの行われるのは、通常の例としては、おそらく先にさような個人の処罰があつて、それによつて破壊的団体である団体の活動というものが行われたというような認定があるものと考うるのであります。さような破壊的団体を基礎に一)て、この団体が継続または反覆しておるというような條件がその上にかぶさつて来まして、この法案の団体規制の面が発動して来るものと思うのであります。 〔発言する者あり〕
○佐瀬委員長 加藤充君、静粛に願います。
○山口(好)委員 ただ私が非常に懸念いたします点は、今までの暴力主義的な破壊行動につきまして、その個人なりあるいは多衆なりがこれを行いました場合に、その行動と、そのうしろにあります団体との連繋、関係というものがはつきりいたさなかつた事実が多いと思うのであります。そういう行動がなされました場合に、とかく個人なり集団なりというものは、うしろにあります団体とそれは切り離された行動である、自分一個の考えにおいて行つたのである、こういうふうに主張をする場合が多いのでありまして、またその団体との関連、関係についての証拠の収集は相当困難であつたのが事実であります。しからば、この法律におきましては、やはりそういう破壊的な暴力主義的な行動の行為者を処罰すると同時に、そのうしろにありまして、これを援助し、教唆し、あるいは扇動する、あるいはこれを力づけて行きますところの団体を、ほんとうに取締らなければ効果が上らないのでありまして、この辺のところはどうお考えになつておりますか、承りたいと思うのであります。
○關政府委員 お答えいたします。外部に現われました個人の行動と、それが団体としての活動として行われたかどうかとい関連の証明が、きわめて困難であることはお尋ねの通りと思うのであります。この点につきましては、団体の活動というようなことが、今日の現行法の上からどういうような資料をもつて認定されておるかというようなことは、たとえて申しますならば、法人であるとか組合であるとか、あるいは権利能力なき社団等について、各種の判例あるいは学説、その他事実上の各種の研究がなされておるのでありまして、それらのことを資料といたしまして、次の問題としましては十分なる公安調査庁等の調査力の徹底遂行と、公正なる運用をはかりましてこの問題を適正に処理いたしたいと考うるのであります。
○山口(好)委員 なおもう一、二点お尋ねしたい。本法をめぐりましての野党諸君などの反対としましては、この団体の規制を、原案におきましては行政処分にいたしております。こういうことを行政処分で行うことは、不穏当であるというような反対が多いのでありますが、政府におきましては、これを司法機関による司法処分ということに改めてもさしつかえないと考えておられますかどうか。もしそれがどうしてもできないという考え方なれば、これは何ゆえに行政処分をもつてやらなければならないのであるか、この理由を御説明願いたいのであります。
○關政府委員 お答えいたします。お尋ねの点は、この法案の立案の一つの基礎的な考え方に関連して来るわけであります。この法案におきましては、刑事的な責任を問うという建前をとつていないのでありまして、暴力主義的破壊活動を一回なした団体に対しまして、継続または反覆して将来団体の活動として暴力主義的破壊活動をなすおそれがあるという條件のもとに、これに対して所要の規制措置を加えるのであります。かような処置は、公共の安全を確保する上におきまして、緊急やむを得ざる措置としてとるのであります。緊急やむを得ず公共の安全を確保する必要からとるということの処分の性格自体から見まして、これは純然たる行政処分であり、内閣が責任をもつて行うべきものである、かように考えているわけであります。もしかような処分を司法裁判所の責任といたしますならば、国家治安の根本が司法裁判所の全責任ということに相なるのであります。そこで政府といたしましては、かような治安の根本に関係する処置は、裁判所で行うのは相当ではなかなか、むしろこれは政府が責任をもつて行う純然たる行政事務であつて、その政府が行いました処分につきまして、適法なりや違法なりやを裁判所が御審判になる、かような建前が、行政と司法との二つの権限を分立対置させた憲法の精神に合するものである、かように考えたのであります。かような基礎的な考えから行政権で行うことにいたしました。しからばその行政権で行うにはいかなるシステムがよろしいかということに相なりまして、諸般の事情を考慮いたしまして、このような公安調査庁、公安審査委員会の二つの機関を対置させ、第十條以下の手続によりましてこの事務を行うことといたしたのであります。
○山口(好)委員 なおそれに関連いたしまして、団体の規制のうち、解散の指定でありますが、政府から出されました解説書によりましても、説明が明確を欠いておるのであります。解散の指定の効力を、ここではつきりいたしていただきますれば、これが行政処分として行われることも是認されるということが、はつきりいたすのではないかと思うのであります。解説書にも「解散」とあつて、あたかも団体が解散してしまう、その命令のごとく考えられやすいがそういうものではないと、こういうふうに説明されておるのでありますが、なおここで、この解散の指定の効力につきまして明確なる御答弁を願いたいのであります。
○關政府委員 お答えいたします。この法案第六條には「解散の指定」というふうにして、解散という言葉を使つてあるのであります。法人制度などにおきましては、法人という人格を消滅せしむることをもつて解散というふうに考えているわけでありますが、この第六條に掲げてある「解散」という言葉は、さきにも御説明いたしましたごとくに、団体がすつかり解消してなくなつてしまうというようなことは実は意味していないのでありまして、第七條、第八條、第九條の効果が解散の指定に伴つて生ずる、こういう意味におきまして「解散」というふうに書いているわけであります。個々の問題の考え方の基礎といたしまして、人の団体的な結合を実際上なかなかしてしまうということは、最後の手としましては、おそらく実力的な強制を伴わなければ不可能なことであろうと考うるのであります。しかしさようなことまでして、その結合自体の結集をなくしてしまうということは、これは憲法上から見ましても非常に考慮すべき問題でございまして、この法案としてはさような建前はとらなかつたのであります。解散というレツテルを張つた団体に対しましては、第七條、第八條、第九條の効力が出まして、その制限を受まるのであります。すなわち解散というレツテルを張られた団体におきましては、第七條によりまして、解散の処分が効力を生じた後は、当該処分の原因となつた暴力主義的破壊的活動が行われた日以後、その団体の役職員または構成員であつた者は、団体のためにするいかなる行為もしてはならないということに相なるのであります。従いましてその期間に団体の構成員、役職員であつた者が、一切の団体活動はストツプされるわけであります。これは一切の団体活動でありまして、ただ例外として、この法律に基く訴訟の提起、あるいは財産または事務の整理に通常必要とされること以外は、全部ストツプになるわけであります。そういたしまして、団体活動がその人々に関する限り一切停止されるわけであります。かように期間を区切り、しかも当該団体の役職員、構成員、その期間内のそれと限定いたしましたのは、憲法の精神から見まして、制限は必要最小限度にとどめるという趣旨から、かような範囲に限つたのであります。そうしまして第八條は、第七條のうらはらの、裏づけの規定でありますが、かように団体活動をストップいたしまして、そうして次には第九條によりまして、もし団体としての財産があるならば、財産はそれぞれ自主的に処理いたしてしまう、こういうふうな立て方をとつて行くのであります。この立て方は、見ようによりましては非常に手ぬるいように感ぜられるのでありますが、憲法の人権の保障というような点から見まして、必要最小限度の措置といたしまして、かような程度にとどめて規定いたした次第であります。
○山口(好)委員 もう一点だけ伺います。この法案についてまた一つの非難点になります点は、例えば第六條のこの規制にいたしましても、「第四條第一項の処分によつては、そのおそれを有効に除去することができないと認められる場合」こういうような表示がありまして、その他の部分につきましても、かように行政機関の一方的な裁量によりまして、解散の指定を受けるとかその他の処分を受ける、こういうふうな場合が相当多いのであります。すなわちこの行政機関の一方的な裁量によりまして行われるのでありますから、この裁量を誤りますと、ここに非常な濫用を生じ、実に危惧すべき事態を招来いたすと考えるのであります。そこでこうした裁量の点についてはいろいろと條件が付されておるのだ、こういう御説明でありましたが、條件が付されておるといたしましても、なおそこに相当大きな裁量の範囲が残されておるのであります。この点の危惧につきまして、政府はこういう法案ができたる場合に、万全の策として何らかの方策をそこにお考えになつておるかどうか承りたい。
○關政府委員 お答えいたします。この法案におきましては、第四條及び第六條の規制処分は、委員会において認定することに相なつているわけであります。そこで委員会はもとより行政委員会でありますから、行政権が認定するということに相なるのでありますが、この点における考え方といたしましては、たとえば公安調査庁におきまして一方的に証拠を収集し、そして一方的に公安調査庁において認定するということも考えられるのでありますが、それでは権限が集中し、とかく独断に流れていけないという心配を除去するために、この委員会を設けまして、決定の事務は委員会に担任させたのであります。それでこれは準司法的なもので、裁判所、原告、被告というような三面的な構造はとつておらないのでありますが、当該団体が委員会へ意見書の提出ができるということなどは、考えようによつては準三面的な構造をとつているというふうにも考えられるのでありまして、これは裁判所に準ずるような意味合いにおきまして、独自、独立の判断機関であると私どもは考うるのであります。今日各種の行政処分は、行政官庁が自分で証拠を牧集し、自分で認定する、こういうのがほとんどすべてであります。それらに比較いたしますと、類例がない慎重な手続であると私どもは考えている次第であります。そうしてこの委員会の違法な処分に対しましては、すべて裁判所の三審制度によつて争い得るのでありまして、今日憲法のもとにおける各種の違法の処分の救済という建前から見まして、本法案のとつておる構成は、現在あります国家の全体の行政処分というようないろいろな他の立法例に比較いたしまして、最も慎重をきわめたものであり、その意味から見まして、行政権が一方的な独断的な認定によつて事を処するということは、最も少いものであると考えているわけであります。
○山口(好)委員 大体これで終ろうと思いますが、なお一点、いろいろと問題になつております第三條一項及び二項の教唆、扇動の中の扇動であります。これは私前にもその範囲について御質問をいたしたのでありますが、政府の考えとしましては、この扇動という行為の範囲を、その現場における直接的な行為に限定する、こういうような意思はございませんでしようか。これを広く解釈いたしまして、集団的な行為の行われた現場外における特に文書、出版物などによります間接的な行為まで含めるということは、非常に範囲を広くし、従つて濫用のおそれを大ならしめるのであります。これをその現場における直接的な行動に限定をする、こういうような意思はないかどうか、それで足るのではないかと私は考えるのでありますが、政府の御所見を伺います。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。扇動罪につきましては、政府としては現場において群衆を目前にして直接行われる場合に対しまして、文書その他の方法による場合の方が、むしろきわめて危険性が大であるのではなかろうかと考えておる次第であります。内乱というがごとき、きわめて大規模な犯罪が遂行されます危険性のある事態にかんがみますときに、非常に広汎な国民に対して宣伝が行われる危険性がある、しかもそれは文書によつて行われる危険性がきわめて多いということを考えてみますと、具体的に現場において群集に対して行動をもつてする扇動に比べまして、むしろ文書による数万、数十万の国民大衆に対する扇動行為というものが、きわめて社会的にも危険なものと考えておる次第であります。
○山口(好)委員 これで終ります。
○佐瀬委員長 田嶋好文君。
○田嶋(好)委員 もう大分議論も出盡した形でございます。本法案審議の最終段階に入つたようでございますから、私はあまりくどいことはよしまして、簡単に四、五御質問いたしまして終りたいと思います。 本法案で中心になりますのは、各委員の質問を聞いておりますと、やはり第二條、第三條というところであります。私もやはり第三條が相当問題になるのではないかと考えておる一人でございます。ことに「せん動」とか「施策」というような言葉が法律的には抽象的でないと言われますが、国民一般から考えれば抽象的である、ここに法案に対する議論の焦点があるのではないかと思います。私も多少疑問になつて参る点があるのでございます。結局扇動の場合、口頭で扇動する場合と、先ほどお答えくださいましたように、文書をもつて扇動する場合とがあるのでありますが、文書の扇動にはやはり印刷をしなければできない。印刷したものを扇動のために使つて初めて扇動というものが行われる。ところがわれわれの考えといたしましては、印刷してしまつてそれが外部へ出てしまうと、これはもうおしまいであつて、むしろ危険なのは扇動すべき印刷を未然にいかに防止するか、こういうことがこの法案で考えられないと、してしまつたものを、さあ扇動だといつて検挙しても、扇動してしまつて、しかもそのあとには暴動でも出たということになると——この扇動をつくつた意味というものは、具体的な暴動に入らない、破壊活動に入らない前にこれを処置するというための扇動罪じやないか。そのもう一つ前になりますのは、その文書の印刷の段階、これを考えなければいけないと思うのでございますが、印刷している場合を見つけたとき、これは一体どういうようなことになるのでございましようか、これはどういうふうにして取締ることになるのでございましようか、ひとつお教え願いたい。
○關政府委員 お答えいたします。第三條第一項の一号、二号における教唆、扇動は、もとより方法を問わないのでありますから、あるときは文書等によつて行われることもあろうかと存ずるのであります。その場合におきましては編集とか印刷とかいうような行為は、この法案においてはそこまでを取締る必要はなかろうと考えているわけであります。
○田嶋(好)委員 そうすると、その場合はほかに何か取締りのための法規でもあるのでしようか、今後それが危険であるとすれば考えなければいけなが……。
○吉河政府委員 まことにごもつともな御質問ではありますが、扇動罪を打ちまして“さらに扇動を企てるというような予備行為を処罰するということは、現在の段階におきましては、そこまで踏み込むことは妥当ではないのではなかろうか、といたしましてかような暴力主義的な破壊活動を団体といたしまして行いました場合におきましては、その団体が将来継続または反覆してこれを行う明白な危険の存する場合につきまして、その団体の活動を規制することになりますので、その規制の内容に含まれる場合には、さような行為は禁止される場合もあると考えられるのであります。
○佐瀬委員長 ただいまの点でありますが、扇動の予備行為は、本法の対象にすべきではないという政府委員の御意見に基いて、本法案をながめてみますと、公然掲示する目的をもつて文書を所持するということが規定されてはいますが、この所持はやや扇動行為の段階においては予備行為のようにも思われるのでありますが、これに対する政府の御所見はいかに相なつておるか、この際承つておきたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。この第三條第一項の一号のロでありますが、この前段の「教唆若しくはせん動」ということにつきましては、これはその行為の態様を問わないのでありまして、口頭もあろうと文書であろうと、あるいはかりにその他の方法が考えられますならば、その他一切の行為を意味しているわけであります。次の「又は」以下は、これは文書だけの活動をとらえたものでありまして、「この号イに規定する行為の実現を容易ならしめるため、」そういう主観的意図のもとに、「その実現の正当性若しくは必要性を主張した文書」こういうものに行為の態様を限定いたしまして、この行為だけにつきまして、以下あげるような、「印刷し、頒布」、公然掲示し、若しくは頒布」というような行為を対象としたものであります。そこで一号のロの前段は、行為の態様を問わないという意味合いにおきまして、非常にこの意味において広い範囲において押えられることになると思います。「又は」以下の方は、文書活動、出版活動という狭い面におきまして、行為の各種の態様をかように分析して、危険なる行為を押えたものであります。
○田嶋(好)委員 そうすると私の考えですが、扇動というものは私たちは今申しましたように、文書の扇動などの場合には、扇動自体よりもその予備を処罰しなければ意味をなさない。ところがこの法律は予備は処罰できない。傍観しておらなければならないといいますと、教唆と扇動を特にここで区別しなければならぬという理由が、どうも見出せないように思うのでありますが、特に教唆以外に扇動を設けなければならないか。ひとつの演説をやる、これも具体的な犯罪を示してやれば教唆になるわけでありまして、扇動に入れる必要はないじやないかというようにも考えられる。いろいろこの間から野党の議員から具体的な例をあげて言つておりましたが、これは扇動でなく教唆の部分に入ると思う。具体的犯罪をあげてやる、火をつけろ、人を殺せ、これは教唆だと思うのですが、そういう場合に数唆と扇動を特にわけなければならない理由があるのかどうか。それからこの教唆には結局教唆の予備、この間説明を受けておりますが、教唆の予備とすれば、教唆の予備でほとんど扇動も含まれるじやないか。そうすればとかく世の中から誤解を受けております範囲が非常に広く考えられる扇動、これはなきにしくはないじやないか。こういうように考えられるのですが、この点どういうふうにお考えになりますか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。教唆の予備は立法論として御質問であろうと思つておりますが、ここで規定されております教唆と扇動との違いにつきまして申し上げたいと思います。教唆は御承知のこととは思いますが、他人をして一定の犯罪を実行する決意を新たに生じさせるに足る行為である。従いまして独立犯としての教唆が成立するためにも相手方、いわゆる正犯たるべき者に対する認識がなければならないということは明確な概念であると考えるのであります。ところが扇動行為につきまてしは、不特定または多数の者に対して、犯罪実行の決意を創造または強固にするような刺激を與えるというのでありまして、正犯たるべき相手方についての認識を必要としない不特定または多数の者にそういう行為を行う行為といたしまして、行為の概念が非常に明確に区別されているものと考えている次第でございます。
○田嶋(好)委員 わかりました。そうするとこの扇動でもう一つお聞きいたしますが、たとえばあるところで一つのマイクを通じて、屋内から屋外に多数が集合しているということを想像して扇動的言辞を弄した。ところが実は屋外には多衆はいなかつた。その予定した屋外には多衆がいなくて、予定せざる屋外に、意識しない多数の人々が集まつた。それがそのマイクの扇動を聞いて行動に移つた場合、これは一体扇動になりましようか。
○關政府委員 お答えいたします。お尋ねの趣旨は、マイクをもつて屋外に話をした、自分としては甲という場所に集まつた者に話をするつもりであつたのが、そこには人が集まらないで、乙という場所に、自分の予想しないところに人が集まつた、この場合に自分の言つたことが扇動になるかならないかという問題と拝承いたしました。今のお尋ねの説明でありますが、マイクによつて自分の意図は、甲という場所にいる者に対して言つたところが、その甲という場所が純粋にきわめて特定されてあるというような人々の集まりであつて、全然ほかの人には通じないだろうというようないろいろな條件のもとにありますならば、問題はやや別個になりますが、しかしマイクによつて外に通ずるということ自体が、すでに一般的に、自分としてはそういうことを外に向つて宣伝するのだという意思があるわけでありまして、しかもそれは不特定の多数の者に言うということに自分の意思があるのでありますから、たまたま甲の場所に人が集まらず、乙の場所に人が集まつても、その場合はやはりそこに扇動罪が成立するものだろうと思うのであります。それはたとえば甲と思つて殺したところが、たまたまそれが乙であつたというような殺人の事例を考えてみましても、要するに自分としてはそういうことを扇動するつもりだつた。たまたまかねての自分の期待に反しましてそこに集まらなかつた、そしてその他の人が聞いたということになつても、要するにそれは不特定な多数の人たに向つてそのことを宣伝する、扇動するというその人の意思にかわりはありませんから、私はやはりそこに扇動罪が成立するものだろうと考えるのであります。
○田嶋(好)委員 よくわかりました。それでは先を急ぎましよう。第三條のリですが、「凶器又は毒劇物を携え、」こういうことになつております。これは人間に制限を付しておりませんが、多数の中でたつた一人でもこれを持つておればいいのか、それともやはり多数集合の場合は、ある程度の多数の者が持つ必要があるのか。
○關政府委員 お答えいたします。この「凶器又は毒劇物を携え、多衆共同してなす」という規定でありますが、これにつきましては、少くともそこに参加した多数の者が、多数全体として凶器または毒創物を携えたということが、この字の上から必要であろうと私どもは考えるのであります。従いまして、多数は行つたが、その中の一人がたまたま持つておつた、その他の多数の者はそういうものを持つて行くことも反対であるし、知らないというような場合には、これには当らないのでありまして、「凶器又は毒劇物を携え、多衆共同してなす」というこの要件は、要するに凶器または毒劇物を携えということも、少くともそこの全体のものとしてそういうようなことを考えて行つたということに相なると思うのであります。
○田嶋(好)委員 どうも今の答弁は不明確です、たとえば原子爆弾が凶器になるか、毒劇物になるかは別ですが、少くとも現在は原子爆弾、原子兵器というものはできておる。おそらく小さい原子兵器というものはあると思うのですが、その原子兵器を一つ持つて行つた、ほかは何も持つてない。だがこの原子兵器を使えば何方という人間を殺傷することができる、一度にして東京の一部を灰燼に帰することができるという危険があるわけであります。こういう場合はどうなるのですか。凶器に入るか毒劇物に入るかという点から論じなければならぬのですが、これはどうなるのですか。
○佐瀬委員長 また同時に多数の人が個別的に持つておつて、相互に他の人が持つておることを認識しないという場合も含むかどうか、あわせて御答弁願いたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。この「凶器又は毒劇物を携え、」ということと、「多衆共同して」という関係でありますが、一人の人が——お尋ねの原子爆弾が凶器に入るかいなかは別問題といたしまして、凶器を持つておる、そういうことを多数がよく認識しておりまして、共同して第九十五條の執行妨害をいたしますれば、このリに当るものと思うのであります。そうしてただいま委員長からお尋ねの、各人がばらばらに持つておつた、ところが全体としては知らなかつたというような設例でありますが、各人がそれぞれ持つておれば、実際の事例としましては、すべてそれぞれが持つておるということを何らか認識できる場合が多かろうと思いますから、実際の問題としては、さような事例は、この「凶器又は毒劇物を携え、多衆共同してなす」という事例に当るだろうと思うのであります。しかしながら純粋にもし全然お互いの連絡がない、全然もうすべてそんなものを持つて行かないというふうに、すつかりだれも彼も信じて、自分だけだ、横の連絡が全然ないというような事例を考えてみますと、それは純粋にもしさような事例があるといたしますれば、その場合には当らないものかと存ずるのであります。
○田嶋(好)委員 大事な点ですが、答弁は明確を欠くのです。一体凶器とはどんなものが入るのですか、まずこれから究明して行かなければなりません。
○吉河政府委員 御質問の凶器につきましては、従来非常に判例も学説もいろいろと出ておるのであります。大体凶器とは——それは凶器である以上は器物でなければならぬ、その器物は人の身体に危険な器物でなければならぬ、その構造または性質上、人の身体を傷害し得べき器物でなければならない、かようなふうに考えているわけであります。特にこれは殺傷用の目的でもつてつくられたものということには限らないというふうに大体考えておるわけであります。
○田嶋(好)委員 そうなりますと、短刀のようなものも入ると思うのです。短刀を一人が持つておつた、しかも集まつた人は何千人——そこで今の説明を聞きますと入るようにも思いますが、たつた一人の人が短刀を持つておつたというだけで何千人がこの処罰の対象になる、これはいかにもひどいような気がいたしますが、これは権衡上どうなるのでしよう。
○關政府委員 お答えいたします。ただいまの御設例の場合におきまして、その千人が全部協議いたしまして——全部といいますか、千人なら千人の集団が集団の意思に基いてだれも持つていない、お前一人だけ持たせるというふうなことにいたしまして、もし持つて行くという場合が考えられますと、この條項に当ると思うのであります。問題となりますものは、このリは団体規制の一つの原因行為であるとともに、刑事罰的には教唆扇動ということに相なるわけでありまして、その上から見まして、今の御設例の場合は、たまたまその一人が全然多衆の意思に反して、ひそかに自分一人だけの考えで持つていたというような場合には、このリには当らないのであります。従つて、かりに多衆の共同の背後にある団体に対しては、この規制の処分は及ばないものと考えるのであります。
○田嶋(好)委員 そこなのですが、その場合はそう言いたいでしよう。ところが、先ほど私が言つた原子爆弾、原子兵器をだれにも相談しないで、一人だけ持つておる。そしてだれも知らぬ間にぽかんと投げた、これはたいへんなことだが、この場合には一体どうなるのですか。
○關政府委員 法律の解釈といたしましては、短刀の場合も原子兵器の場合もまつたく同様でありまして、個人が多衆のものと無関係で自分でひそかに持つておつた場合には、この団体規制の破壊活動にはならないものと思うのであります。
○佐瀬委員長 主観的な問題でなくして、客観的な事実として、人を殺傷し得る物を持つて多衆が共同したということであれば、本件の構成要件は充足されるのだというふうにも解釈されるように思われるのですが、やはり主観的に認識という問題が相互に必要かどうか、最後にこの点も明確にしてほしいと思います。
○吉河政府委員 大体關政府委員がお答えしたところと思うのでありますが、さらに委員長のお言葉もありますので、この点を検討いたしまして明日お答えいたしたいと思います。
○田嶋(好)委員 それでは明日お答え願いましよう。そこでこの凶器ですが、この間のメーデーで、私は読売新聞の生のフイルムで見たのですが、これは具体的な例です。朝鮮人らしい女の人がそこにあつたビールびんかサイダーびんか知らぬが、それをたたき割つて、とがつたびんでおまわりさんのけつをぶすつと突き刺しておるというような状態なのでありますが、サイダーびん、ビールびん類も相当凶器性があるのですか、これは一体どうなるでしよう。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。ここに申しております凶器は、こん棒とか——うちようとか、おのとか、ハンマー、のこぎりのごときものももちろん凶器に入ります。ビールびんをたたいてギザギザにして人を殺傷するということは、よく巷間行われるところでございまして、かようなものも凶器に入るものと考えます。
○田嶋(好)委員 大分わかりました。そうすると、この凶器というものは、その場でつくつたものでもいい、こういうことになるわけですか。
○吉河政府委員 お尋ねの通りでございます。
○田嶋(好)委員 今度は項を進めまして、第十九條の二項によりますと、「処分請求書には、請求の原因たる事実を証すべき証拠、当該団体が提出した証拠で取り調べたもの」こういうようになつておりますが、この証拠は、ほかの條文をずつと調べておりますと、処罰について心要であり、かつ主体の方に、つまり請求する方に利益な証拠、こういうように解釈されますが、この証拠の範囲はどういうことになりましようか。
○關政府委員 お答えいたします。第十九條の二項の「請求の原因たる事実を証すべき証拠、当該団体が提出した証拠で取り調べたもの」と、こういうふうになつておりまして、調査庁長官において、自分の手持ちの証拠で、証拠請求の原因たる事実を証すべき証拠はもちろん出すのでありますが、当該団体が提出した証拠で取調べたものは、利益不利益にかかわらず一切提出いたすわけであります。
○田嶋(好)委員 不利益なものも入つておるのですね。わかりました。そうすると、この不利益なものというのは、あとで不必要ということで限定されておるのですが、不必要なものに入るでしようか。不必要なもの、これはやはり委員会の認定でございますから、ここで言えないかもしれませんが、不利益なものは不必要なものと解釈されるものになるか、ならないのであるか。
○關政府委員 当該団体側におきまして、さような公安調査庁長官が認定するごとき暴力主義的破壊活動の存否を争うがごとき証拠は、きわめて重大な証拠でありまして、不心要な証拠でなくて、むしろ、さような証拠は必要な証拠と思うのであります。従いまして第十九條の二項によりましては、当該団体が提出した証拠で取調べたもの、それはすべて第十五條におきましても、その存否を争うがごとき重大な証拠は、すべてこれを受理して取調べなければならないのでありまして、不必要という標準の範囲内のものではないと思つております。
○田嶋(好)委員 そこでもう一つだけお尋ねいたしますが、「当該団体が提出した証拠で取り調べたもの」こうなつておりますが、当該団体が提出したものであつても、取調べないことができるのか、当該団体が提出したものは必ず取調べをしなければならないか。ここらあたりが不明確になつておりますが……。
○關政府委員 第十五條におきまして、「審理官が不必要と認めるものは、取り調べることを要しない。」と規定いたしておるのでありますが、不必要と認めて取調べないものがあるわけでありまして、さようなものは第十九條二項によつて提出する必要がないと考えておるわけであります。なおこの「審理官が不必要と認める」というのは、自由かつてに不必要と認めるのではない次第でありまして、事件と全然関係のないものであるとか、あるいは立証の趣旨が不明なものであるとか、あるいは著しく時期に遅れているというような、民事訴訟法において合理的に認められている基準によりまして、審理官がそれを行うように準則を定めたいと思つております。
○田嶋(好)委員 準則を設けることになりますれば、この準則を設ける場合、今までの例によりますと、準則はもう法務府でかつてにやれるからというので、法務委員会等の意見を徴せられることはまれなのでありますが、やはりこれは非常に重要な点でありまして、この点を誤りますと、この法律をつくつた意味がないことになります。私たちの懸念いたします点は、提出した証挺は必要、不必要にかかわらず全部調べてやる。但書の趣旨がそれではないかと思うので、そういうことを期待しているわけです。だからおつくりになるということを信頼いたして私は安心するのでございますが、この規則をおつくりのときは、多くの意見をお聞きになつて、各委員が懸念をしております点が解消されるような方法をお考えくださいますよう、特に要望しておきます。
○關政府委員 お尋ねの点につきましては、私どもとしては次のように考えている次第であります。当該団体から十分なる証拠資料を提出させ、一切の利益、不利益の証拠を出させて、(「不利益な証拠も出させるのか」と呼ぶ者あり)さらにまた十分なる意見を述べさぜるということが必要と相なるわけであります。そうしてこの行政処分が公安審査委員会によつて行われるのでありますが、その処分の適法、不適法につきましては、すべて本法案の第二條が頭にかぶつて来るのでありまして、必要かつ相当な限度において行われなければならぬということに相なるのであります。そしてこれらの行政処分の事件は、すべて裁判所におきまして、原則として民事訴訟法によつて行われるのでありまして、民事訴訟法の規定によりますと、ただいまの証拠の問題なども、各種の法文に詳細なる規定があるわけであります。もとよりそれらがすべてこの事件の前の調べであるところの審査委員会の取扱いについて適用されるわけではないのであります。しかしながら趣旨といたしまして、著しく不当、不法なるものがありますならば、証拠の取調べにつきましても、第二條の趣旨におきまして、団体の権利を不当に制限したということに相なりまして、裁判所によつて取消しまたは変更を命ぜられることに相なるのであります。従いまして、委員会におきましても、裁判所において、民事訴訟法上の見地から、取消しまたは変更を求められるような決定はなさないと思うのでありまして、すべて慎重な手続によりまして、民事訴訟法上の見地から取消しまたは変更が求められないような慎重な考慮のもとに事が行われると思うのであります。
○田嶋(好)委員 もう一つ念を押しておきますが、不利益な証拠まで出せるということで、今共産党の諸君もびつくりしているようですが、それで安心をいたしたのであります。利益な証拠も不利益な証拠も出る——これは当然であります。そこで問題は証拠の問題で、物的なものではなかなかて人的なものを請求した場合、この証人は宣誓でもさせて、偽証というような規定でも設けて調べるのですか、ただ調べてくれというのでそのまま調べるのですか。
○關政府委員 この審理官の審理におきましては、偽証というようなことは考えておりません。本人の自由な意思の発表にまちまして、うそのことを言うた場合にこれを処罰するという強制はかけていないのであります。
○田嶋(好)委員 私はこれはまたそれでなかなか問題になると思うのです。たとえば共産党にはまことに申訳ないのですが、当該団体が共産党というようなものになつて来たとすると、これから利益、不利益の証拠が出せるわけですから、出して来る。おそらく人的なものも出して来る。その場合に、証拠の請求をするものはすべて自分の団体に利益のものであるから、これはなかなかほんとうのことを言うものではありません。そういうことを宣誓もさぜないで、言いたいだけのことを言わせて、それを証拠にして、さあ解散だといつても、なかなかできるものではないと思うのですが、相手が相手なんですから、これはよほどはつきりした一つの制裁規定でも置いて証人を調べなければ、ただ調々てみても意味のない証拠になるのではないか。また反対に、共産党は怒るでしようが、反対の立場からでも、同じように偽証しようと思えばできる。ここに不明朗の点が生れると思うのですが、これはお考えになつていただく必要があるのではないですか。
○關政府委員 審理官の審理における場合に、いわゆる偽証の罪というような規定を設けてはどうかという御意見と思うのであります。規定に対する一つの考え方としては、もとよりさようなことも考えられるのでありますが、今日行われております行政処分における各種の聽聞の制度などを検討してみますと、さような制度まで設けているものもないのであります。従いまして、この制度におきましては、そこまで規定せず、一に各人の自由な御発表にまつ、そしてそれらをすべて委員会の自由な心証によりて判断をしていただく、こういうように構成いたした次第であります。
○田嶋(好)委員 それはあとでよく研究することにいたします。 次に第二十六條について伺います。「公安調査官は、この法律による規制に関し、必要な調査をすることができる」となつております。この調査というのは強制的なものでなかなか、任意の調査になりましようが、これは設例ですが、道ばたでたまたま行き会つた人がけしからんことを言つた、この法律に触れるようなことを言つた。ところが、だれか連れ立つておつてやれば問題は起りませんが、たまたま調査官が一人であつた。この場合その人から聞いたことを調書にしようとするのですが、向うの人がかえんじない場合に、自分でこういうことを道ばたで聞いた、こう言つて調書をつくつて出す。これはやはり証拠資料になりましようか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。かような場合にその報告書が具体的な信憑力を持つている場合には、公安調査官は証人になり、その報告書は証拠になり得るものと考えております。たとえば写真などを作成する場合におきましても、場合は違いますが、同様であると思います。
○田嶋(好)委員 この新刑事訴訟法の司法の原則といたしましては、伝聞証拠というものは証拠力のないものというのが原則になつているのですが、この調査にやはり伝聞証拠というものまで入ることになるのでしようか。そうして証拠力を持つということになるのでしようか。
○關政府委員 お答えいたします。刑事証訟法におきましては各種の規定がありまして、証拠能力についてもいろいろ明確な規定があるのであります。ところが行政事件におきましては、現行の法律制度といたしましてさような規定がないのでありまして、しかも行政事件が訴訟になりました場合は、す べて民事訴訟法によるわけであります。民事訴訟法におきましては、刑事訴訟法のごとき証拠に関する法律が明確に限定しておらないのでありまして、すべて裁判所の自由心証でいかなる証拠でも判断するということの建前になつているのであります。この法案におきましても、現行の行政事件に関する一般の原則並びに民事訴訟法の訴訟となつた場合は、すべてさようなものは委員会及び裁判所の自由な心証にまきかせるべもので、特に制限は設けないのであります。
○田嶋(好)委員 そこでもう一つお聞きしなければならぬことになるのですが、実はこれは行政処分であるということが政府の主張であります。われわれもこれを認めるのであります。しかし行政処分であつても同じ行政処分でなくて、これは準司法的なものであるのじやないか。改進党の諸君のように、だからこれは司法的なものにすべきじやないかという意見が生れている法案であることは御承知の通りであります。私たちも同様なものを感ずるのでございますが、そういたしますならば、やはり行政的な立場に立つてものを考えるよりも、司法に準ずるというような立場に立つてこの法律を作成し、この法律を解釈して行くことが無難な行き方だと思うのです。これは私の意見になるかもしれませんが、無難な行き方になると思う。そういう私の意見からいたしますれば、私はこの調査等についても行政的なものでなかなかて、司法に準ずるものとして、やはり刑事訴訟法できめた証拠関係、要するに間接伝聞というものは、あまり証拠力として重要視しないというような立場で、この調査をしぼるということを考える余地はないのでございましようか。やはり無制限に伝聞証拠でも間接証拠でも、何でもかんでもとにかくよろしいという行き方がいいのか。たくさんの委員諸君から出ている議論のように、これは準司法的なものであるから、やはり無制限でなくて、ある程度の権利擁護の立場から制限を設けるのがいいというようなお考えになれないのか。どこまでもこれはこのままの規定で押し通すことが、国家治安確保の最善なる方法と考えられるのか。
○關政府委員 お答えいたします。お尋ねの御趣旨は準司法的というふうにお話になりましたが、結局証拠の問題について刑事訴訟法的な考え方をとるか、民事訴訟法的な考え方をとるかという二つのことに相なるのではないかと思うのであります。刑事訴訟法は御承知のごとくに、証拠につきまして特に一章を設けまして、各種の能力を制限する規定を設けているわけであります。ところが民事訴訟法は原則として裁判官の自由心証という建前をとつておりまして、こまかい刑事訴訟法のごとき規定は持つていないのであります。ところで現在のわが国の制度におきましては、行政事件は原則として民事訴訟法によつてすべて裁判が行われるのでありまして、この団体規制というこれも結局行政事件として民事訴訟法によつて裁判が行われる次第でありますから、特に著しき例外として刑事訴訟法的な証拠の制限を置くことは、法律全体の体制として当を得ないものであろうと考えております。
○田嶋(好)委員 そうすると審査の問題になつて参りますが、証拠は民事訴訟法的な立場で行くべきだから、調査もやはり無制限に調査をして出したものを裁判官が自由心証で判断するように、公安審査委員会の委員が自由心証で審査する、こういうことで行つた方がいいというふうに聞けるのであります。この公安審査委員会の審査というものはまつたく自由心証で行くのか。このままで行つてまつたく自由心証という点が確実に実現できるのか。たとえば公安審査委員会には調査権限がない、ただ出された証拠の判断だけであります。ところが民事訴訟法の裁判官は、その際証拠を判断するについてはみずから証拠を調べて、その証拠を証拠づけるところの証拠をまた必要とあれば調べることができる。そして自由心証を得るからそこに確実な証拠が出て来るということになる。ところが公安審査委員会は、民事訴訟法の裁判官のように調査権、審査権を持つていない、ただ出された証拠を頭で判断するだけということになりますと、そこにやはりお説のようなことからいつても不安が一つ生れるのでございます。調査はお説のことでけつこうだと思う。その主義、その行き方だといたしますと、けつこうだと思いますが、その行き方だとやはり審査委員会の審査の権限の問題で多少障害が起るのでないかと思います。これはいかがでございますか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。公安審査委員会が公安調査庁から送られました証拠につきまして、証拠の価値を判断する、これはあくまで自由心証によつて判断さるべきものと思うのでございます。その場合におきまして提出された証拠だけでは心証を得られない、いま少し調査しなければ心証を得られないというような事態でありますれば、心証を得られない証拠として却下されなければならぬ。理由不備というような事態になるものと考えております。
○田嶋(好)委員 それではお尋ねいたしますが、証拠に対する却下の規定はない。ないが、その証拠が不適法であれば、その証拠の却下が全般の請求の却下になるというと、やはり証拠に重い軽いの——却下になつた場合に、出された全部の証拠の一つでも不備なものがあつたときに、全体の請求が却下になるのか、その中の全部が不適法でなければ却下にならないのか、ここらあたりを明確にしてほしいと思います。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。公安審査委員会におきまして、証拠に基いて事実の有無を認定する場合におきましては、利益、不利益の証拠、提出されたあらゆる証拠につきましてその内容を価値判断いたしまして、これを総合考覈するわけであります。従いまして、個々の証拠につきまして、ただいま申し上げましたように、心証があれば、これは省かざるを得ない。他の証拠の心証によつて補えればまたこれで認定をすることができるものと考えるのでありますが、自由心証を得ることのできないような証拠が、要素に関する重要な証拠であつて、事案の認定をすることができないというような場合には、それが重要な理由として事案全体が却下されることに相なるものと考えております。
○田嶋(好)委員 これがまたむずかしいことになるのでありますが、審査委員会が、処分の請求が理由ありと認めたときは、どういうわけでその理由を認めたか、それからその理由はどういう証拠で認めたかというようなことは決定書に書くわけですか、書かないわけですか。決定書の内容はどうなるわけですか。処分決定書の内容は判決になるのですか。
○關政府委員 委員会の決定書につきましては、第二十二條に「決定は、文書をもつて行い、且つ理由を附して、委員長及び決定に關與した委員がこれに署名押印をしなければならない。」ということになつておるのであります。その詳細なことは第二十五條によりまして、「公安審査委員会における手続に関する細則は、公安審査委員会の規則で定める。」ということになつておりますから、裁判所のルールのごとく、さらにこまかく規定いたしたいのであります。「且つ、理由を附して」ということの中には、私どもの考えるところによりますれば、処分としてこういう処をなす。そうして次にこれこれの理由があつて、これこれの理由は、これこれの証拠と認められるというふうに書くことに相なるであろうと考うるのであります。
○田嶋(好)委員 第二十五條は非常に大切な、むしろ法律よりも大切なものがこの細則の中に盛られるのですが、細則に対する原案はまだできていないのできていないのでしようか、できているのですか。
○關政府委員 この條文におきまして、一応かようなことは細則に讓つた方がよくはないか。ことにこの條文では、かようなことは細則になりはしないかというような想定は持つておりますが、まだ原案はできておりません。
○田嶋(好)委員 これは非常に重要なことが含まれる手続細則だと思いますので、ぜひ早くおつくりを願つて、またわれわれの方へもお示しを願いたいと思います。なお今の点でございますが、証拠判断は理由の中に入らしていただくようにぜひ希望いたしておきます。しかしこの証拠判断ですが、判決が一番むずかしいのは、証拠を二十出したとすれば、そのうちの十九までがいかぬので、一つだけの証拠で判断するという例がたくさんございます。ここらあたりもたいへんむずかしい点ですが、ルールとしておきめ願うときに、誤解のないようにおきめを願いたいと思います。 それから第二十九條へ入りまして、これは非常に重大な規定だと思うのですが、「司法警察員が暴力主義的破壊活動からなる罪に関して行う押収、捜索及び検証に立ち会うことができる。」これなんです。具体的な例といたしましては、五月一日の皇居前の暴力、あれは現在は法律がないから、おそらく暴力主義的破壊活動という罪で調べてはいないと思うのであります。刑法に基く犯罪として調べておるのでございましようが、しかしわれわれの考えによると、やはりあのメーデーの騒擾事件というのは、何だかそんな気がする。この場合、今法律ができていないから仮定論になりますが、事実は具体的です。この具体的な事実を今警察官は刑法の規定でやつている。あの騒擾事件でもやはり立ち会つてよいような気がするのですが、今の場合は法律がないから立ち会えないのですか。しかもまだ調査中であるので、暴力主義的破壊活動という断定はまだ出ていないのですが、この場合一体立ち会うことができるのか、できないのか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。司法警察官が押収、捜索、検証をやるのは捜査の段階でございまして、そういう嫌疑のもとに一定の犯罪が行われた場合におきましては、押收、捜索、検証を、裁判所から令状を得て行うという建前になつております。たとえば騒擾事件が政治目的のもとになされたという嫌疑は十分立ち得るわけでありまして、そういうような場合に、押收、捜索、検証等が司法警察官によつて行われるという場合には、公安調査庁の調査官は、これについて行つて現場を立ち会つて見るということができる建前に考えております。
○田嶋(好)委員 盛んに共産党諸君から、特高の復活だ復活だということを言われておるのですが、この場合、これもやはりそういう言葉の対象になる條文だと思うのですが、暴力主義的破壊活動からなる罪の警察官の押收、捜索、検証に立ち会うことができるということになりますと、全部の警察官が将来特高的な動きをするようになるではないかという一つの懸念が生れる。むしろその場合には、調査官がやつた場合は起らない。日本全体の警察官が調査官と同じ活動をするような、警察全体が特高的なものになるという心配も反面生れるのであります。これはどういうようにお考えになつておりますか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。暴力主義的な破壊活動に対しまして、その内容となる犯罪に対しまして、司法上の捜査を行うかどうかということは、司法警察官の自主的判断にまつわけでありまして、公安調査庁からさしずがましいことを、あれをやれ、これをやれというわけには参らぬのであります。あくまでも司法警察官の責任におきまして、自主的判断のもとに捜査が行われる。その捜査が行われる場合について行くということでございまして、決して特高的な立場ではないと考えておるのであります。
○田嶋(好)委員 最後に一つ、公安審査委員会の規定であります。第五條によりますと、委員長及び委員は、「両議院の同意を得て、法務総裁が任命する、」こういうことになつております。これは私たち今まで体験したところによりますと、両議院の同意を得て任命する委員というものは、すべて政府の最高責任者が任命いたしているようであります。議院の同意を得て法務総裁——要するに総理の下におる一つの省の長官、これが任命するという例はこれをもつて嚆矢とする、初めてだと思うのでございますが、何か特別な理由があるのでございますか。
○關政府委員 お答えいたします。立法例としましては、総理大臣でなくて国会の御承認というのは、たしか文化財保護委員会がこれに当るかと存じております。それで、さような立法例もありますし、問題は両議院の同意を得るということが問題であります。またこの委員会の設置される役所が法務府にありますから、かような、法務総裁が両議院の同意を得て任命するという立て方にいたした次第であります。
○田嶋(好)委員 そのりくつではちよつとこの法律の説明にはならないようです。とにかく私たちは立法府としての権威を持つておる。行政府としては総理大臣が権威を持つております。司法部は最高裁判所が権威を持つております。そうすればわれわれ立法府の同意を得た者を総理大臣が任命するのでなくて、総理大臣の下の法務総裁がこれを任命するということは、立法、司法、行政の三権分立の立場から、どうも変則のような感じがいたします。文化財保護委員会でもというようなことですが、その委員会とこの委員会を同列に置いて考えるということになると、非常にこの法律の制定そのものについてあなた方自体が認識不足である。私たちはこの法案は非常に重大な法案だと考えております。要するに日本の国をあげて大騒動を巻き起すような立法なのです。そこを考えないで、まるで文化団体と同じように考えられてこの法案を提出され、審議されるということになると、與党自体も、えらいどうもという言葉で政府の不見識を疑わなければならなくなつて来ると思う。これはむしろこの委員会が権威を持つ。これがこの法律をして権威を持たすことであり、この法律を国民が信頼して樹立せしめるようになると思う。これはあなたにぜひともひとつお考え願いたいと思いますが、いかがでありますか。
○吉河政府委員 お答えいたします。御質問の点非常にごもつともな点だと考えるのでございますが、従来各種の委員会が内閣総理大臣のもとに設立されておりました。その立場からも、行政組織の上からも、当然総理大臣が国会に対して御同意を得て任命するという建前になつております。ただいま御質問の通り、なるほど両院の同意を得る、権威ある国家の最高機関たる国会の同意を得るというようなきわめて重大なことではありますが、一面振り返つて行政組織の面からいたしますと、先ほどいろいろと御説明申し上げた通り、公安審査委員会は法務府の外局として設置される建前になつておるのでありまして、もとより法務総裁が両院の御同意を得るためには、事実上総理大臣の御了解を得なければならぬということは当然でございますが、組織の面から考えまして、一応法務総裁が両院の御同意を得て委員を任命するという立て方をとつた次第でございます。
○田嶋(好)委員 そういうこともまたわかりますが、一方この法案が問題になつておりますのは、やはり行政の行き過ぎによる人権の蹂躪、人権の保護を逸するということを心配してやつておるのであります。従つてさきにも申し上げましたように、司法にまかせという議論も相当活発に行われている。法務府の外局という観念に基いてはそうなるでありましようが、むしろ司法にまかせというような議論のある立場からこの法案をながめるときに、やはり権威あるものとして、委員会は法務総裁の下という観念でなしに、法務総裁と同列くらいの立場に置いて、公平な職権と権威ある職権を行うということの方が、この法律を将来国民に納得さす上からいつてもいい方法ではないかと考える次第であります。また実体論からいたしましても、法務総裁のもとにある調査庁の持つて行つたものを、法務総裁のもとの機関でまた審査するというようでは、すべて法務総裁の意見が調査から判決に至るまで加味せられるという一つの疑惑を招いて来るわけであります。やはり調査庁は法務総裁のもとにあつて、法務総裁の意見を入れることはけつこうだ。しかし法案にもうたつてあります通り、自由心証に基いて委員会が独立した権限を行う、こういう法案の趣旨からいたしまして、法務総裁の鼻息をうかがうような委員会では、独立ということ、自由心証ということ、権威ある判断ということ、これはちよつとむずかしいように思いますが、この点からいたしましてもどういうようにお考えになりましようか、私はこれはぜひお考え願いたいと思います。
○吉河政府委員 たいへんごもつともな御質問だと思うのでありますが、さてこの公安審査委員会をそれでは総理府のもとへ置けばいいというような考え方も一応考えられるのでありますが、今日の行政機関といたしまして、こういう委員会は法務の行政に当る部門に属するので、法務府は法務行政として裁判所に次ぐ非常に厳正公平な立場を信條とする役所でありますから、その法務総裁のもとにというとたいへん語弊がありますが、外局としてその独立性を確保しながら付置するのが、一番政治性から離れて中正な判断ができるのではなかろうか。外国の例などをひつぱつて来て申し上げるのは非常に申訳ございませんが、アメリカの国内安全保障法におきましても、その委員会はアメリカの法務総裁のもとに設置されて、しかもいろいろ独立の判断をするというような建前にもなつております。この法案におきましては、特に先般来御説明申し上げた通り、委員長と委員をわけまして、特に各種の実質的な條件を法律にうたいまして、国会において適否を御判定願いまして、それを前提といたしまして法務総裁が任命する。あくまで国会の御判定を前提としまして委員を任命するというような、実質はさような立て方になつておるのでございますから、御了承願いたいと思う次第であります。
○佐瀬委員長 アメリカの場合はアターニ・ゼネラルの組織下にあるわけであります。日本の司法行政の機構改革において、将来法務府が法務省とかというふうに改革された場合も一応考えられるのでありますが、政府はこの案においてその点を考慮した上の起案であつたかどうか、この点一応伺つておきたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。ただいま委員会のお尋ねの点につきましては、行政組織の改革の問題も考慮いたしまして法務府に置くのが最も法的に確実である、かように考えまして委員会を法務府外局として設けた次第であります。
○田嶋(好)委員 そういう規定だものですから、第十四條に、「委員会の庶務は、法務総裁官房においてつかさどる。」こういうことになつておる。これではまつたく、いわば実際上の自主独立であり、自由であり、何ものにも制限せられぬと規定してありますが、私たちの従来の経験によりますと、官房において庶務をつかさどる、法務総裁が任命するというと、よほどしつかりした人でないと、なかなか左右されないでは済まないように思うのでございますが、この点は質問ではございません。どうかもう少しりつぱに懸念なく行く方法があるとすれば、まだ法案は通過したわけじやないのでありますから、虚心坦懐に研究しながら、世間の誤解を受けないで——皆さんのおつくりになつた当時の気持、今まで説明した気持を私は信頼しますので、人権を擁護し、世間の疑惑が起きないために、自由を最高限度に守つて行く、この趣旨にかなつた制度が生れますような御研究をお続けくださいますことをお願いいたしまして私の質問を終ります。
○佐瀬委員長 鍛冶良作君。
○鍛冶委員 ずいぶん審議が盡されましたので、大体は盡きておるように思いますが、ここでなるべく考えをまとめるために、念のために各條の問題のあるところを御質問申し上げたいと存じます。 第一條の「公共の安全の確保に寄與する」ということが、最もこの間から問題になつたのでありますが、ただ立法者が公共の福祉のためだ、安全を保障するためだというだけでは、憲法上定められたる人権の侵害はできないということは、この間からも論議が盡されているところであります。従いましてかような法律をつくらなければならぬには、ぜひともこれがなくてはいけないのだ、この法律がなくては公共の安全が保障できないのだという事実がなければならぬ。皆さんの意見もそうであるし、私もさように考えます。そこで必要のないことかはしれませんが、いま一度ここで念を押しておきたいのは、日本の現状は、このままでは公共の安全は必ず破壊される憂いがあるかどうか。しかもその破壊されるであろうところの不安はまさに迫つておるかどうか。しこうして、この法律をつくられければいけないものであるか。これをあらためていま一ぺん御答弁を願いたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。ただいまお尋ねの点につきましては、御意見の通り、当面の公共の安全を確保する意味においてぜひとも必要である、これがなければ公共の安全の確保というものができないという現実の事態が、この法案の立案のスタートになるものと、私どもも考えているのであります。現実の事態において、公共の安全を確保する上においてどうしてもこの法律が必要だ、かような判断がこの法案のスタートになると私どもも考えるわけであります。この案につきましては、この法案を当委員会におきまして御審議をお願いする冒頭におきまして、特審局長より、最近のわが国内における暴力主義的破壊活動の実態の概況という報告におきまして、詳細に御説明申し上げた点でありまするが、私どもといたしましては、今日各地に頻発しておりますところの各種の暴力主義的な諸種の犯罪が、従来に見ざる危険性を持つて続発していることを、認めざるを得ないのであります。警察襲撃であるとか、あるいは税務署の襲撃であるとか、しかもその襲撃も、火災びんやあるいは凶器を携えるとか、各種の恐るべき道具を携えまして、ここに襲撃をなしておるのであります。およそかような現象は、わが国におきましては明治の立国以来——明治の当初におきましては、ややそれに類したことがあつたのでありますが、その間数十年間にわたりまして、かつて事例を見ない現象であると私どもは考えるのであります。かような危険な活動が行われているその背後におきましては、あたかもこれに相応するがごとく、かような活動の正当性あるいは必要性を主張したり、あるいはこれを宣伝扇動するがごとき不穏な文書が、配付されているわけであります。しかもその文書は、ここ一、二年間の占領下におきまして、占領法令等に基きまして、各種の行政上の措置あるいは刑事上の犯罪の捜査によつて見ますると、相当組織的な方法によつて配布しているということが、明らかになつたのであります。さて、かような二つの事例を結びつけて考えてみまして、これと現下の国内法令をもつて、はたしてかような危険な活動に対処し得るかいなかという点を判断してみまするのに、私どもとしては、現下の今日の国内法令をもつていたしましては、とうていこれに対処し得ないと考えるのであります。国内海令をもつてこれらのものに対処いたしまするならば、特にその正当性の主張ないしは宣伝扇動等の各種の危険なる行為を、このままこの流れにまかして、実害行為の発生するまで手をこまねいて持つているといたしまするならば、国家は恐るべき事態に直面するであろうと考えざるを得ないのであります。かような内乱であるとか、あるいは政治目的の騒擾であるとか、あるいは殺人であるとか、こういうような恐るべき実害行為は、すべて結果が発生するまで手をこまねいて待つているということは、現下の事態といたしまして、国家の公共の安全の保持上、まことに忍び得ざるところであると思うのであります。従いましてこれらの事態に対処いたしまして、それらの実害行為が発生すればもとより、発生する前におきましても、これを扇動し、これの正当性を主張し、一切を雪だるま式に回転する恐るべきこれらの行為に対しまして、何らかの措置をとらなければ、恐るべき危険がここに招来すると考えられるのであります。 かような事態で、さていかなる措置をとり得べきかという次の段階といたしまして、疑いといたしましては、かかる危険な政治的な活動と、さらにその後における各文書による扇動の行為というようなことを掘り下げて考えますると、そこには、団体組織によつてこの種の破壤活動を繰広げているという疑いが、多分に深まらざるを得ないわけであります。これにつきまして、これらの破壤活動が団体の組織を通じて行われているという疑いが深いのでありまするから、一つの考えといたしましては、その組織自体の活動を規制することが、ぜひとも必要であると考えるのであります。これはあえてわが国のみならず、世界各国のこの種の破壤活動に対する一つの施策といたしまして、団体の結社を制限し、あるいはすでに結社されている団体が破壤活動をなした場合には、これに解散を命じ、あるいは団体の各種活動を規制するというような立法例が、最近ぼつぼつ各方面にできているわけでありまして、それらの事例も参照にいたしまして、まずこの法案における破壤的団体の規制ということを、設ける必要があると考えるのであります。その次に、かかる暴力主義的破壤活動からなる罪についての現行の刑罰法令が、現下の事態にかんがみまして十分でありませんから、これに対して所要の最小限度の補整的規定を設けること、これも必要と考えるのであります。 以上のような考慮によりまして、憲法の精神であるところの人権の尊重、一切の行政的、司法的な各種の政、施策において、人権はあとう限り尊重しなければならないという線に沿いまして、おのずから必要やむを得ざる、最小限度の可能の安全を確保するための法的措置として、かような立法を必要と考える次第であります。
○佐瀬委員長 今の点ですが、本法案第三條によると、政治上の主義、施策の推進というふうな立言をされて、もつぱら本法のねらいが政治秩序の維持といつたことにあるようでありますが、経済的秩序の破壤の防止ということは、この立案過程においては問題として提起されなかつたかどうか。その点を伺つておきたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。この法案におきまして、暴力主義的破壤活動という概念を定むるにつきましては、結局国家社会の基本的秩序を破壤するというところに、焦点を置いたのであります。従つて国家社会の基本的な秩序ということに相なりまするから、おのずからそれがすべて政治的な関連を持つて来るのでありまして、すでに刑法内乱罪のごときは、本来それが政治的な含みを持つた犯罪であることは、申すまでもないところであります。従いましてそれに準じまして、第二号に、各種の危険な暴力主義的な破壤活動も、全部政治上の目的を持つて国家社会の基本秩序をゆり動かす、これを破壤してしまうという行為に焦点を集めたのであります。 経済的な問題につきましては、それが純粋に経済の範囲にとどまるならば、そこまでこの法案として対象とする必要はなかろう、その経済的な観点からの問題の取上げ方が発展いたしまして、政治上の問題となつたときに取上げて、対象とするのがよいのではないか、かように考慮いたしまして、政治上の目的を持つた破壤活動の範囲に限定いたしたのであります。
○鍛冶委員 ただいまの御説明によりますると、われわれも納得はいたしまするが、ここでさらに問題が起つて来るのは、そのような危険があるといたしますれば、はたして第三條の行為を律することにおいて、目的を達せられるかどうかという疑念が生じて参るのであります。その一番大きいものは、過日来議論が出ましたが、今日のいろいろの政治上の動きは、国内だけではなくて、インターナシヨナル的なものである。国外からかような危険を助長するような事実があつた場合に、これに対する処置をどう考えておられるか。参考としてお出しになつたアメリカの国内安全保障法などを見ますると、第一番にこの点の防止を目的としておるようでありまするが、これはどのように考えておいでになりまするか、ここで承つておきたいと思います。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。国外からいろいろな破壤的な影響なり指導なりが、日本国内に加えられました場合におきまして、日本国民がこれを受付けなければ問題はないのでございますが、この影響のために、国内におきましてそのような暴力主義的な破壤活動を、個人として行つたり、あるいは団体としてこれを行うような場合におきましては、当然この法案によつて規制されなければならない。また外国人がわが国に参りまして団体を結成し、この法案に規定するような暴力主義的な破壤活動を行うような場合におきましては、この団体に対してもまた規制が加えられなければならない、かように考えておるのでありますが、国外からの破壤的影響自体に対しましては、これはこの法案だけではなくして、政府のあらゆる施策と相関連しまして、これを防がなければならないと考えておる次第でございます。
○鍛冶委員 いろいろ考えられますが、私は一つの例をもつて質問します。ここでは非常に文書、図画の宣伝、扇動を禁止しておれるのですが、国内に入つて国内で持つておればこれは罰せられる。しかしこれが輸入の際に税関で見つかつたらどういうことになりますか。
○關政府委員 外国からある種の不穏の文書が、税関を通じて輸入されるという場合でありますが、これは関税法の規定によつて、税関官吏が一時とめ置く程度のことはできるようになつていると聞いておりますが、たとえばこの法案といたしまして、頒布しとかいうような事項から見まして、犯罪を行つた者が国外にある場合には、国外において行つた場合にもというような規定がない限りにおきましては、この法案はすぐ動いて来ないだろうと考えております。
○鍛冶委員 そうすると、黙つて見ておつて、だれかが持つて行くのを待つておるよりほかない、未然には防げぬということですね。これはよほど研究していただきたいと思います。時間の関係であまりこまかく申し上げません。
○佐瀬委員長 今の点ですが、この法律の土地的効力の限界という問題が、一応考えられると思うのであります。ただいま鍛冶委員の質問にもあつたように、外地における犯罪というものについて、特に予備、陰謀、教唆、扇動というふうに、刑法の規定以外に、犯罪の成立が擴張されておる関係をも考えて、外地における犯罪というものを予定した場合、この法律がそれに適用されるかどうか。刑法二條の規定では、そのまま本法が外地に適用されるということは、できないではないかという疑念がありますが、この点に対する政府の御見解はいかがか、伺つておきたい。
○吉河政府委員 委員長の御質問の通りであります。御承知の通り刑法第一條には国内犯が原則になつておりまして、特別な犯罪につきましては国外犯も適用される。ここで刑法に規定される各種内乱に関する罪は、国外犯としても適用されるのでありますが、補整されました教唆、扇動の正当性を主張した文書の印刷頒布というものは、やはり第一條の適用を受けざるを得ないと考えております。
○鍛冶委員 もつとこれは研究してもらいましよう。 第二條ですが、過日来ずいぶん議論されたのでありまするが、政府側の御答弁によれば結局注意規定だということに帰着すると思います。そこで私が疑問に思いまするのは、ほんとうの注意規定ならば、何もここへあらためて入れる必要もないことだ。ここに書いてあります正当な活動を制限し、またこれに介入するようなことがあつてはならぬ、またこれを濫用してはならぬ、こんなことは言わぬでもわかり切つておることだ。しかるに本法においてこれを入れなければならなかつたのは、理由が何かあつたろうと思います。考えてみれば、これを入れなければならぬほどの重大なる法律であるがゆえに、特に入れられたのだと思うのでありまするが、それとも気休めに入れられたものであるか。これをお聞きしたいと思います。
○關政府委員 第二條の性格につきましては、今日までしばしば御質問を受けたのでありますが、私どもといたしましては第二條の違反につきましては、裁判所におきまして適法なりやいなやを争い得る、実質的な規定であると考えている次第であります。規制の上におきましても、また通知であるとか証拠調べであるとか、あるいは委員会の決定の内容も、すべて本條に規定する目的を達成するために、必要かつ相当な限度において行うべきものである。この限度を越えたという反対意見も立ち得るでありましようから、これらの点も第二條違反として裁判所において争い得るものである、かように考えている次第であります。規制及び規制の事務を行う公安調査庁の職員が、この第二條に従つて行わなければならないのはもとより、もしかりにこの規定に違反いたしますならば、裁判所において相手方と争い得るものである、かように考えている次第であります。
○鍛冶委員 どうもそれだけの説明では納得いたしかねます。何もこれがなくても、そんなことはできるはずだ。不法があつたり行き過ぎがあれば、行政処分が悪かつたといつて訴訟をやるのはあたりまえのことだ。特にあなた方がこの第二條を入れなければならぬのは、本法は重大である、しこうしてかようなことの弊害に降りやすいからこれを入れておいた方がいい、これから来ているのではないか。一般とかわらないけれども、ただ注意に入れたとおつしやるのですが、それでは私は納得行きません。いかがですか。
○吉河政府委員 ただいま御質問のように、この法案の運用は国民の自由と人権に影響するところきわめて大なるものがありますので、慎重の上にも慎重にこれを運用しなければならないものと考えておるわけであります。そういう意味もありまして、特にこの法案が濫用と紙一重である——必ず濫用を招くおそれがあるとは考えていないのでありますが、国民個人の自由と人権に影響することがきわめて大なるものがありますので、この第二條に明記いたしましたような次第であります。かような立案の他の立法例を参考としたわけでもございませんが、警察法におきましても、やはり濫用防止の規定を明記いたして、戒めておるような次第であります。
○鍛冶委員 そこでお聞きしたいのは、それほど重大なる法案であるがゆえにこれを入れられたとすれば、先ほどのお答えのように一般行政法に基く救済規定だけではなくて、本法は特に慎重を期すべきものだ。その慎重を期すべきものを慎重を欠いたということになると、本法によつて取締るのだといつて、これは刑罰その他罰則の程度はかまいませんが、ある程度の本法の第二條を犯したる場合の制裁規定を設けられても、理論上さしつかえないものと思いますが、この点はいかが考えられますか。
○關政府委員 この法案は国民の自由と人権に影響するところが多く、そのために第二條をただいま御説明したような趣旨において設けたのであります。しかし、さような意味合いのものであるが、さらに進んで、たとえば第二條違反の特別な構成要件をつくつた犯罪を規定するかどうか、あるいはこれを特別な要件として、公務員の懲戒の規定を設けるかどうかという御趣旨のお尋ねと思うのですが、それらの点につきましては、この法案全体の構成としまして、審査委員会と調査庁の分離とか、あるいは強制的な調査権をほとんど持たないとか、各種の規定をここに設けておるのでありまして、それらと、現在国家の制度として行われておる各種の特別立法における調査権であるとか、あるいは各種の公務員の調査権限と比較対照いたしまして、特にこの法案においてのみ特別な職員の職権濫用罪をつくるとか、または特別な理由を懲戒の原因として新たに創設するというような、そこまでの責任を公安調査庁の職員に課するのは、法律全体として、国家の公務員として見るときに必要はないと考えておるわけであります。現行の公務員法、刑法または国家賠償法等の規定によつてまかなうべきものではないか、権限の内容から見てさように考えている次第であります。
○鍛冶委員 それ以上は議論にわたりますので、その程度にしておきます。 そこで第三條に移ります。この第三條の一号のイとロでありますが、イの犯罪は団体で行うと同時に個人でも行い得るものと考えます。ところがロに至つては、大体において個人の行為を処罰するための特別刑法をつくられたものと考えますが、この点はどうでありますか。
○關政府委員 私どもはこのロも団体によつて行い得るものと考えておる次第であります。と申しますのは、たとえて申しますならば、教唆もしくは扇動という行為につきましても、先日のこの法案を必要とする客観的事態、ないしはそれの説明またはそれの参考資料として差上げた各種の印刷物などを見ましても、主として印刷物のような形で行われることが多いのであります。印刷物のごときは個人で出すより、むしろ団体として出す、団体活動としてかような活動をするということの方が、常に社会的な現実として見ますれば多いのであります。個人がたくさんの金を使つてさようなことをやるというよりも、むしろ団体が団体組織を通じて資金を獲得し、その資金によつて多くの出版活動をなす、そうしてこの教唆もしくは扇動行為をなすというように考えるのであります。またこのロの「又は」以下におきましても、これは主として出版活動でありますから、今申し上げたように、むしろさような団体活動として行われることの方が多いものであろうと、私どもは考えておる次第であります。
○鍛冶委員 それではこまかく伺いますが、団体で教唆するということはどういうことでありますか。そういうことはあり得ますか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。団体が団体の意思として内乱の教唆を決定いたしまして、構成員、役職員がそれに基きまして教唆活動をやるという場合も考えられるものと思います。
○鍛冶委員 そうすると、それは代表者ですか。団体の代表と認めるのですか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。団体の活動として教唆が行われるというわけでありまして、団体の活動として行われるには、団体の意思決定がなされて、団体の役職員、構成員が——代表に限らず、団体の役職員、構成員がその意思に基いて行う行為が、団体の活動と認められるわけであります。従いまして、代表者のみに限らず、構成員によつても、その教唆行為は行われるものと考えます。
○鍛冶委員 その次はロを読んでみますると、「この号イに規定する行為の教唆若しくはぜん動をなし」こう書いてあります。そうしてイは内乱、内乱の予備、陰謀、または内乱の幇助でありますから、あとの文書図画をもつてするものには、たとえば文書図画をもつて内乱及び内乱の予備、陰謀及び内乱の幇助をしてもかまわないようでありますが、「又は」以下は、これは独立したる一つのものと思いますが、文書図画をもつて内乱の予備陰謀を扇動及び教唆したら、どういうことになりますか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。内乱、内乱の予備、陰謀、あるいは内乱の幇助のようなことが、文書によつて行われる場合もあり得るので、当然その方法のいかんを問わず、内乱の予備罪、内乱の陰謀罪あるいは予備陰謀の幇助罪というものが成立すると思うのであります。また次に、教唆または扇動にいたしましても、文書によつて行われる場合、文書によらずして行われる場合もあり得ると考えております。しかし「又は」以下の、実現の正当性もしくは必要性を主張した文書の印刷頒布は、特にその形を文書の形にしぼつております。これは内乱の教唆または扇動とは別個の観念でございまして、直接内乱実行の決意を創造させる行為ではありません。あるいはその決意を助長させる行為ではありません。現実に日本において内乱が行われること、あるいは行うことの正しいこと、あるいは必要なことを主張した文書なり図画なりを印刷し、またはこれを頒布する等の行為を処罰しておるのであります。内乱のごとき重大な犯罪につきまして、これを推進して達成せんとすることが、団体活動をもつて行われる危険性がきわめて多い、組織的計画性をもつて推進される危険性もまた大きいということは、さきに關政府委員から御説明申し上げた通りでございますが、ここに正当性もしくは必要性を主張した文書というものは、直接内乱実行の決意を創造させたり、あるいはその決意を強固ならしめる勢いを有する刺激というものではないのであります。しかし内乱を行うためには、みなその気にしなければならない。多数の民衆をかつてその気にする。内乱が実際に行われること、あるいは行うことが正しいのだ、これは必要なのだという意識を植え込むということが、内乱の第一歩でございまして、これが恐るべき危険性と社会的違法性を持つ。これこそ現在の段階におきましては、国家として防衛しなければならない犯罪行為であろうと、考えておる次第でございます。
○鍛冶委員 どうもそこに疑念があるのです。私はこれを読んでみますと、「この号イに規定する行為の教唆若しくはせん動をなし、又はこの号イに規定する行為の実現を容易ならしめるため、」こう書いてありますが、この扇動と文書によるものと全然異なつた犯罪のように、私は見受けたのです。ところが先ほどの説明を聞くと、やはり文書図画にしても扇動ができ得るのだ、こう言われるのでわからなくなつて来る。そこでこうお聞きします。しからば文書図画をもつてかりに内乱の予備、陰謀を正当なものであると主張したといたしましよう。そのときにはロの前段の犯罪として認められるのか。それとも独立したる文書図画の、ロの後段の犯罪として認められるのか。さらにそこへ扇動ではないけれども、予備、陰謀になるということも、山口君かだれかからも質問がありましたが、これも考えられます。かようなときに全然別個なものが一所為数罪になるのか。これをひとつ明確にしておいてもらいたいと思う。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。内乱の予備陰謀、内乱等の幇助、あるいは教唆といい扇動と申しますが、これは内乱行為に接着する行為である。内乱、予備陰謀、幇助は御説明申し上げるまでもありません。教唆、扇動は内乱を実行する決意を創造させる、あるいはその決意を強固ならしめる行為であるというふうに考えておるのであります。この文書によりまして、内乱が実際に行われること、あるいは行うことの正しいこと、あるいは心要なことをうたいまして、それでそれを基礎にいたしまして、内乱をやるというような扇動が行われた場合においては、これは扇動罪の適用があり、同時に現実の場合におきましては、それが実現の正当性もしくは心要性を主張した文書の印刷、頒布という行為に、一所為数法の関係において適用を受ける関係もある。しかし法律の概念としては、これは両者が区別される概念であるというふうに考えております。扇動は不特定多数人に内乱を実行する決意を創造させたり、あるいは既存の決意を強固にするような刺激を與える行為でなければならないというふうに考えております。
○佐瀬委員長 「又は」以下の文書活動は、扇動の範疇に属するのだというのが、先般の公聽会における團藤教授の見解であつたように聞いております。またさように解釈するのが、一応刑法上の常識と思われるのでありますが、政府の見解は、文書活動は扇動罪とは別個の独立犯罪であるという観点に立つての御見解のように承りますが、さように承知してよろしいかどうか。この点を明確にしておきたいと思います。
○吉河政府委員 ただいま委員長から御指摘の通りでございます。扇動罪とそれから実現の正当性もしくは必要性を主張した文書の印刷、頒布は、全然別個な犯罪であります。実際の場合におきまして、一つの特定の具体的事実につきまして、これが一所為数法の関係をもつて適用されることがありましても、法律概念としては全然別個の概念であります。
○鍛冶委員 大体わかりました。それでは念のために伺います。「又は」以下の行為があつても、單にこれを印刷しもしくは掲示し所持しただけで、その上に教唆をしたり「扇動をしたりしなかつたならば、ロの前段の罪には当らないのだ、かように解釈してよろしゆうございますか。
○吉河政府委員 御質問の通りでございます。
○鍛冶委員 その次はまた問題ですが、教唆及び扇動は、特殊の騒擾が起つた場合のみやるのだと思つておつたら、先ほどの御答弁では、そうじやなくてもあり得る、こういう御答弁でした。そこでお聞きしたいのは、教唆も扇動もいずれも実行行為がなくても、このロの前段によつて処罰する考えであるかどうか、それを承りたい。
○吉河政府委員 御質問の通りでありまして、教唆につきましては、刑法の規定する教唆は、教唆された者が犯罪を実行しなければなりません。しかし独立罪としてここに規定してある教唆は、教唆された者が犯罪を実行することを必要としない建前になつております。扇動におきましてももとよりさようでございます。
○鍛冶委員 そこでこの間から問題になつたのですが、扇動は新しい規定ですが、教唆は前から刑法にある共犯の一つであります。片一方は犯罪にならぬでも、共犯が成り立つものかどうかという大きな疑念が出て来るわけです。もつと極端な場合には、この間猪俣君が言つておりましたが、教唆はしたが、相手方にその能力がなかつた、結局教唆は不能犯に終つている、さような場合でも、ひとつやらせようと思つて教唆したのですから、相手方がどうあろうと、法律によつてかりに不能犯を教唆しても罰する、こういうことになると、いかにも刑法の原則と相反するように思いますが、その点はいかがでしよう。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。ここに規定する教唆は、独立罪として規定いたしまして、相手方をして内乱を実行する決意を、新たに生じさぜるに足るような教唆をいたします。相手方がこれを実行しなかなかても、独立罪として教唆の犯罪が成立する、かように考えております。
○佐瀬委員長 その点は刑法の理論上の、いわゆる従犯の独立性を認めたというのではなくて、本法において新たな犯罪の形態を認めたというふうに解釈されるように、政府の御説明では伺われるのですが、その点はいかがですか。
○鍛冶委員 それともう一つお聞きしたいのは、刑法の原則論から反しはしないかと思うのです。何といつたつて教唆のごときは共犯なんですから、そこで私が聞くのは、相手方が不能犯だつた、不能な者を教唆しておつた、それでも教唆したことは事実なんですから、あなたの言うところでは罰しなければならぬでしよう。それで一体さようなことが、刑法の原則論からさしつかえないものかどうか。その点であります。
○佐瀬委員長 あわせて御説明願います。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。不能犯というお言葉を承りましたが、この場合におきましては、教唆者が教唆した相手方が、何らかの理由によつてそれに応じない、犯罪を実行しないという場合におきましても、教唆犯は成立する。教唆罪を独立犯として規定しておりますのは、この法案に限らず他にもございますが、すべてその立場で教唆犯を独立罪として規定しておる次第でございます。
○鍛冶委員 どうも私の質問の趣旨が徹底しない。不能犯と言うと語弊があるけれども、不可能な場合を私は考えておる。向うがやる可能性があるのをやらなかつたのならば、われわれはそれは疑問は起らない。相手方がピストルを持つておると思つて、そのピストルをもつてやつてみろと言つた。ところがあにはからんや、ピストルを持たなかつたので、できなかつた。そのときにはどうなるか。具体的な例で伺います。
○關政府委員 お答えいたします。その問題は、刑法の原則の解釈の問題だろうと思うのであります。ただいまお尋ねの点は、要するに相手方が教唆の趣旨も理解しなければ、犯罪実行の能力がない。極論いたしますと、たとえば赤ん坊に対して教唆罪が成立するかどうかというような問題になると思うのでありまして、私としては、現行の刑法として赤ん坊に対する刑法原則の教唆罰は、成立しないだろうと思つております。従つてまた全然犯罪の責任ある意思判断もできない、その程度は心神耗弱なりやあるいは心神喪失なりやいなやは、もとよりいろいろと議論もあると思いますが、とにかくまつたく心神を喪失した者に対する犯罪の教唆というものも、成立しないと思うのでありますから、この法案におきましても、そういう者に対していかに教唆しても、それはこの法案の独立罪としての教唆罪も、成立しないものだろうと思うのであります。
○鍛冶委員 これはどうせ裁判所に行つてからの問題でありましようが、一定の方針だけは明らかにしておきたい。そこでこの扇動というものはずいぶんめんどうなんですが、この間田中堯平君が質問しておりましたように、政府の答弁では、それくらいのことでは該当しないように聞えたのですが、どうも聞いておつて、はなはだふしぎに思つたのです。実力を行使せよ、かような政府はつぶしてしまえ、力でやれ。なるほど口だけで言いました。かようなとき、こういうものは扇動にならないのだということになると、たいへんどうも——そうかといつて、なるというならば、どこに限界があるか、こういう重大なことでありますが、もう一ぺんその点詳細に説明を願いたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。一般に言葉あるいは文書による犯罪というものは、きわめてデリケートなところがあるわけであります。それでこれを法律上の構成要件から考えてみますと、たとえば殺人の扇動は、要するにある特定人を殺せということが、明示もしくは黙示の表現によりまして、そこに合理的に認定できる、こういう條件のもとに、ある殺人罪の教唆とか扇動というもが成立するのであります。従いまして明らかにある特定人を殺せというふうに言いますれば、これは明瞭でありますが、そうでなくてもそういうふうに認定する場合が、場合によつてはあり得るかと思うのであります。そこで先日来の田中委員の御設例に対しましては、おおむねの場合、現下の法律のもとにおける正常な活動範囲における一般的、抽象的なそれだけの言葉として考えてみますれば、もちろんそれが一つの殺害を意味するとか、あるいは政府の転覆を意味するとか’あるいは騒擾罪を扇動するというような言葉は、それだけでは一般的、抽象的な言葉でありますから、すぐに看板ができないから、いずれもおおむねの場合にこれを否定的にお答え申し上げた次第であります。しかしながらすべて言葉は、その言葉の用いられる客観的な事態のいかんによりましては、内容が異なつて来るものであると私どもは考えているわけであります。たとえて申し上げますならば、あるまつたく悪いことをしないと覚悟している者に対して、お前実力を使えと言つてみましても、せいぜいそこらへ行つて大きな声をする程度のことしか考えられないのでありますが、たとえばふところにどすを入れてすでにそれを使つて、ある犯罪を遂行しようというような決意をした者に対して、お前実力を使えと申しますならば、その言葉はすでにその犯罪を遂行せよということに相なると思うのであります。従つてその事案丸々の具体的なところにおきまして、使われた言葉の意味を検討いたしまして、決定しなければならないと思うのであります。それでこの前の田中委員の御質問に対するお答えは、すべて抽象的な一般的なものとして、さようないろいろな客観的な條件を抜きにしまして、その言葉自体からはたして殺人の教唆扇動であるとか、あるいは騒擾の扇動という言葉は出て来ない、そういうような意味合いにおきまして、一応否定的にお答えいたした趣旨なのでありまして、もとよりいろいろな客観的な事態に応じまして、その実力行使というのがどういうことをするか、どういう意味であるかということは、具体的な場合におきましては、さらに検討を要することが多かろうかと思うのであります。
○鍛冶委員 たとえば税務署の問題なんかでも、むしろ、旗などを立てて行つて交渉をし、うまく行かなければそこの玄関にすわり込んで、何とかまけてもらうようにせなければならない。ただすわり込んだからといつてまけてくれるものではないのだが、そこにははなはだ不穏当なものが含まれるように心得ます。また、ただすわり込んだだけでおとなしく帰ればよろしゆうございますが、帰らずにそれがガラスをこわしたり、中へ飛び込んだということになりますれば、それでも責任がないのでありましようか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。大勢でむしろ旗を立てて税務署に押しかけるのは、公安條例違反の教唆に相なる場合もあるかと思いますが、内乱の扇動とか騒擾の扇動または教唆につきましては、ただ今仰せの程度では、抽象的一般的な設例としてはむしろ否定的にお答えせざるを得ない。税務署へ行つて言うことを聞かなければ、たたきこわしちやえというような言葉をお使いになつたというような場合におきましては、相当重大な問題になるというふうにお答えしたはずであります。
○鍛冶委員 ここでずいぶん問題になるのですが、いずれも現定のときに現定の問題をつかまえて判断しなければならない。しこうしていつも言われる最終の判断は神聖なる裁判所で判断してもらう。これはわかつておりますが、裁判所へ行く前に、行政的の判断によつてこれを圧せられることが一番問題になるわけであります。これは何べん言うてもしかたがないかもしれぬが、もう一ぺん扇動であるか、扇動でないかという限界は理論上どこに求めるか。これをひとつできるだけ明確にしてもらいたいと思います。
○吉河政府委員 お答えいたします。それ自体抽象的な議論に走るかとも思いますが、扇動とはあくまで犯罪実行の決意、犯罪をやろうという決意を相手方に想像させる、あるいはすでに相手方が持つておる犯罪を実行するという決意を強固にするという点に、問題の重点が置かれなければならない。具体的な環境のもとにおきまして、扇動者の言動が犯罪実行の決意を想像さしたり、既存の犯罪実行の決意を強固ならしめるというものであれば、それは扇動罪にかかわる犯罪でありますから、その内容はそれぞれの場合におきまして、殺人とか放火とか騒擾とかあるいは内乱にいたしましても、それぞれの内容が含まれなければならないと考えております。
○鍛冶委員 これはちよつとおかしな質問になるかもしらんが、もしもと思うから言うのですが、先ほど証拠の点に対しては、二十五條できめたる政令でやるという御答弁でありました。規則できめるのですが、かようなことに対しても何か標準を示すような方法はないものでしようか、いかがですか。
○關政府委員 お尋ねの御趣旨は正確にわかりませんでしたから、いま一度お願いたします。
○鍛冶委員 今お聞きの通り扇動というものに対しては、なかなか理論上はつきりした限界がつけられない。裁判所ではつけてくれましよう。しかしわれわれの心配するのは、その前における行政官の認定であります。これが一番問題になるところだと思いますがゆえに、これを今説明せられたように、かくかくかくかくまでは扇動だ、これからは扇動でないのだ、こういうめどを規則とか何かでつける方法はないのか。これは少し無理な質問かもしれませんが、心配の余り申し上げるのですが、何かそこらに名案がございませんかということです。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。御質問の点は実際の法の運用にあたりまして、公安調査庁の調査官なりが調査する場合、あるいは司法警察官が犯罪捜査としてこれを捜査する場合に、しかく明確に扇動罪の規定を運用するかどうか。その点につきましては、この法令によりまして、実は扇動につきましても教唆につきましても、すでに法律概念としては判例があるのでございまして、これは裁判所で事実を認定する場合におきましても、大体判例に基いて事案を認定して行くものと考えております。しかし具体的な事実にこういう概念を適用する場合に、行き過ぎがないだろうかというような御質問だと考えるのでありますが、この点につきましては、この法令の周知徹底がきわめて重大な問題になると考えておるわけであります。私どもといたしましては、ひとり公安調査官のみならず、全司法警察官に対しましても、この法の周知徹底については、でき得る限りの努力をいたしたい。また警察官のみならず検事に対しましても、判事に対しましても、この趣旨は十分に御納得の行くように、周知徹底をいたしたいと考えておる次第でございます。
○鍛冶委員 判事に対してはどうか知りませんがそれは参考書として出すよりほかないが、検察官、警察官及び調査官に対しては、法務総裁の訓令とか、あるいは指示とかで出されるのではないかと思いますが、さようなことも考えておいでになりますか、いかがですか。
○關政府委員 お答えいたします。ただいま局長からお答えいたしたごとくに、扇動なりまたは教唆というような言葉は、すでに一応とにかくある判例によつて示されているところであります。それで結局かようなことは私どもが扇動と認めても、裁判所において扇動でないといたしますれば、国家の公権的解釈は扇動でないことになりまするから、結局的におきましては、すでに判例の示すところによるということに相なると私は思うのであります。従いまして私どもとしましては、過去においてこの種の犯罪について教唆とはどういうことを教唆といつたか、あるいはすべて今まで立法例として扇動罪が規定してあつて、扇動とはこういうことを扇動と言うと、裁判所が判例において示しておる。その種の判例の全部を牧集いたしまして、それを標準にいたしまして、第一線の調査官に配付いたしまして、さようなものを一応の基準といたしまして、その内わくにおいて事をいたしたい、かように考えておるのであります。
○鍛冶委員 いずれさようなものをお出しになるならば、こわれこわれにも前もつて見せて、相談していただければけつこうだと思います。 次に第三條の第二号で、委員長からの質問がありましたように、「政治上の主義若しくは施策を推進し、」というときに、経済上の問題はどうかというのに対して、そういうものは入らぬという話です。しからば第二項の「この法律で『団体』とは、特定の共同目的を達成するための多数人」こう書いてあります。これは政治目的がなかなかともすべてのものが入るものと解釈せざるを得ぬが、そうかどうか。それと、第一項第二号の「政治上の主義若しくは施策を推進し、」との関係を明らかにしていただきたいと思います。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。この法案第三條第二項に掲げました「団体」は、特定の條理上の解釈から、当然除外されるべき団体を除きましては、団体平等の見地から一律に抽象的に団体の内容を規定しておるのであります。しかし暴力主義的な破壤活動が団体の活動として行われなければ、取上げられない関係になるのでありますが、先ほど来申しました通り、団体の活動として行われるためには、その構成員の個々の意思とは離れた団体の意思決定に基いて、構成員なり役職員なりがこれを実現するためにする行為でなければならない、ということが考えられるのであります。そういたしますと、役職員なり構成員の行為は、団体という意思決定に基いて、その実現のためにする行為でなければならない。そうすると、団体は何のために意思決定するのかと申しますと、これは団体の目的を達成するために意思決定をして活動するのでございます。従いましてある社交クラブが、こういうような意思決定をする、その目的達成の手段として暴力主義的破壤活動をやるというようなことは、事実問題としてほとんど考えられないのではなかろうか。それで団体の活動は、団体という意思決定に基かなければならない、そして構成員、役職員の活動でなければならぬが、それは団体の目的を達成するための活動として行われなければならないことは、当然言われなければならないと考えておるわけであります。 次に政治上の主義もしくは施策のことについて御質問がございましたが、これは行政上の問題とどういうふうに関連があるかという点も、先般来御質問のあつたことと存ずるのであります。行政というのは、やはり一つの法律を前提といたしまして、具体的な法律関係につきまして、行政機関がその権限に基いて行う行為でなければならない。この場合に、行政機関の行う行為はいろいろあると考えるのであります。一般的には法律を前提として、その法律の執行として具体的法律関係について処分を行うのでありますが、これの法律を運用する場合におきまして、政府の指導を受けるということも当然でございます。かような意味におきまして、行政行為の中には、その事柄によりましては、政府の施策を実現するという性質を持つものもあり得ると考えるのであります。この問題を離れまして、この行政行為に対しまして、これをいわゆる政治問題として取上げるという立場も考えられるのであります。行政機関が行う行為に対ししまて、その行為の当否を個人的な立場から論じて、救済を仰ぐというようなことは政治問題ではございません。しかしこれを社会公共の立場に立ちまして、これがひいては政府の施策なり、政府の指導なりが間違つているのだというような点に入りまして、これを批判攻撃するというようなことになりますれば、たとい取上げた問題が個々の行政行為でありましても、これはやはり政治上の主義もしくは施策を推進し、支持し、反対しというような問題になつて来るのでございまして、これはそういうような関係として理解すべきものではなかろうかと、実は考えているようなわけであります。
○鍛冶委員 わかつたようで、わからぬようですが、具体的の例で言うと、たとえばPTAを考えましよう。これは政治上の団体ではありませんが、りつぱな団体と言い得るのじやないかと思いますが、PTAの会をやつた。そして学校の処置が悪い、もしくは経営者なり、あるいは都立なら都のやり方が悪いといつて、不平を唱えて遂に騒擾にまで及んだといたしましたら、本法の規定の適用になりますか、なりませんか。
○吉河政府委員 その場合に、学校の具体的措置が政府の施策なり主義なりに基いて行われたものだというので、取上げて攻撃すれば、政治上の主義なり施策なりに対して争うという問題になると思うのであります。
○鍛冶委員 そうすると、もうぺんこういうふうに聞きましよう。それでは団体そのものの政治上の主義もしくは施策の推進ということがなくても、相手になるものが政治上のものであればはまるのだ、こう聞いてよろしゆうございますか。
○關政府委員 お尋ねの通りであります。その団体において取上げる問題が、たとえば政府のとつておる政治上の施策に反対するということになりますれば、この法案第三條第一項第二号該当の、政治上の施策に反対ということに相なるのであります。
○鍛冶委員 十五條ですが、これはずいぶん問題になりましたが、それと十三條と両方対照して考えますと、十三條には「並びに有利な証拠を提出することができる。」こうなつております。そこで十五條では「不必要と認めるものは、取り調べることを要しない。」こうなつておりますから、第一の疑問が出るのですが、私の考えでは、十三條に言われるような有利な証拠は、不必要と認められないものであろうと思うが、この点はいかがですか。
○關政府委員 お答えいたします。十三條と十五條との関係におきまして、ここに十三條でいう「有利な証拠」というようなものは、もとより十五條におきまして「不必要と認める」ことができないものが多かろうと思うのであります。
○鍛冶委員 多かろうじやない。もしそうだとすれば、省くこともあるということになると、十三條が空文に終るじやないか。そんなことはないと思うが、いかがですか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。おそらく団体の当事者は、提出する証拠は全部有利な証拠だとおつしやるだろうと思うのであります。しかし先ほど来申し上げました通り、中には立証趣旨の完全にわからないものもございます。中には事案とまつたく関連性のないものの含まれている場合もあると思います。また中には明らかに審理を遅延さぜて、一年も二年もだらだらやらせるというような目的で、提出されたものと認められるものもあると思うのであります。こういうものだけをはねるという趣旨でございます。
○鍛冶委員 もちろん私は主観を言つておるのではありません。これは客観でなければならぬ。だれが見ても有利な証拠だと思うものまでも、不必要だといつて省けるものではない。そうでなければ十五條はいらない。ただいま説明のあつたように、不必要と認めるべきものはこの三つのうちでと言われた。これも私は大賛成である。かように考えてみると、客観的には不必要というものはきまつておるわけである。だからそういう意味で、不必要なものはとらぬのがあたりまえなのだ。しかるにもかかわらず、ここで「不必要と認めるものは」とこう書いてあるから、いかにも調査官の自由裁量、もつと悪くいえば、専断で断わることも入れることもできるように読めるのです。むしろ私はこの「認める」という字をなくして不必要なものは取調べぬでもよろしい。もつと言えば自由裁量の余地はほとんどないのだ。もちろんそれは三つにはまるかはまらぬかはありますけれども、そういうことを先ほど言われた規則の中とか何かに入れてやられれば明白なので、民事訴訟法などは、先ほどだれかが言われたように、裁判官がやるからある程度人が信用する。ところがこれは相手方を持つている。けんかの相手方である行政官がやるのだから、それを「認めるものは」というと、どんなことでもやられる、そうなると困ると思うのですが、一考の余地はありませんか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。この法案で突然「不必要」というような言葉を使いましたので、いろいろな御質問を受けるのであります。先ほど来關政府委員の申しました通り、法務府令等におきましてこういう趣旨は明確に規定して、誤解のないようにしたいと考えております。
○鍛冶委員 次いで、いつも問題になりまするが、二十一條です。これはまつたく書面審理でやれということになつておるのです。過日来の説明で書面審理をとられた理由はよくわかりましたが、先ほどからもよく問題になりましたように、いかに書面審理をやろうとしてもこれはもう一つここに、この裏にある証拠があつたらいいのだが、この点を聞いてみたらいいのだがと思うときまでも、さようなことはやつていかぬのだ、ぜひとも書面審理でやれ、ここまでしいなければならぬ理由はどうもないように思いまするが、いかがです。
○關政府委員 お答えいたします。委員会におきまして、全面的な公開のもとに直接な審理をするということも、もとより考えられるのでありますが、先日来申し上げたような次第でありまして、これが行政処分として行われるものであること、そうしてその次に、行政機構簡素化の、政府としての行政機構に対する基本的な方針というような線からいいまして、かようなラインをきめたものでありまして、委員会につきましては、必要な証拠調べの手続は認める建前をとつておるのであります。すでに審理官におきまして、十分なる証拠の収集及び相手方の弁解も聞いております。また意見書を直接当該団体は委員会に提出することができるのでありまして、これによりまして委員会として、書面ではありまするが、公正な事実の認定ができるものであると考えておるわけであります。
○鍛冶委員 あなた方の行政処分をせなければならぬ理由、しこうしてかようなことは早急に決定すべきものであるから、かようにした。この御議論はよくわかりましたが、あえて遅れもせぬから、このくらいのものはいいじやないかというようなものまで、やつちやいかぬという理由はどこにあるか。そのために遅延するとか、そのために煩雑になるというならこれはいかぬけれども、別に煩雑にもならぬから、このくらいのことは調べてもよかろうというときに、やつていかぬと言わなければならぬ理由はどこにありましようか。
○吉河政府委員 お答えいたします。先ほど来御説明申し上げました通り、委員会の構成は審理決定の機関ということに踏み切つておりまして、そのために公安調査庁におきまして審理の手続をとつておるのでありまして、公安調査庁長官は、処分の請求については責任をもつて処分を請求する。しかし委員会が、十分な理由なし——これはいろいろな場合があり得ると思います。見解の違うことも多々あると思うのでありますが、理由なしとすればこれは棄却せざるを得ない。棄却した場合におきましては、当該団体の名誉のためにも、これを官報に掲示する建前になつ(おるのでありまして、委員会が面接証挺を審理する、調べるという立て方はとつていないのであります。この点はどうか十分御了承願いたいと思うのであります。
○鍛冶委員 私の質問に対してのはつきりした返答になつておらぬのです。その御趣旨はわかるのだが、とめる理由がわからぬ。しかしその程度しにておきましよう。問題になるようなものだけきようは拾つて申し上げますが、三十條です。この「公安調査官は、関係人又は参考人が任意に提出した物件を領置することができる。」これは強制してとらぬということでしよう。けれども、これはわれわれは何十年弁護士をして知つておるのですが、かようなことは行われないのです。本法においては、今までのような、名は任意であるけれども、強制取上げをしておる事実はとめられるという何か保証はございましようか。
○關政府委員 第三十條の点におきましては、この公安調査官は相手方を強制して出させるということはできないのでありまして、あくまで相手方の任意な意思の発動として提出していただいたものを、領置するという建前なのであります。調査官としましては、その実際の事務の運用におきまして、ほんとうに相手方の自由な意思において出し得るような各般の処置を講じて、この領置の処置をとる。かようにいたしまして、あやまちがないようにいたしたいと考えておるわけであります。
○鍛冶委員 そのあやまちなからしめる具体的方法がございましようかと聞いたのです。抽象論ならよくわかつている。
○吉河政府委員 お答え申します。任意の領置をしないで、強制的に品物を取上げるというようなことについての措置、これは現行の刑事訴訟法の運用につきましても、同様なことが考えられると思うのでありますが、こういう場合についは、どしどし公安調査庁の長官に、その処分についての救済を求めるということが考えられるのではなかろうかと思うのであります。
○鍛冶委員 もう一つ聞いておきたいのでありますが、二十九條です。先ほどから議論になりましたが、二十七條の第一項、第二項及び二十八條があるのに、二十九條で立会つて見なければならぬというその理由が私らにははつきりしないのですが、その捜査の方法を見ておらなければ、はつきり頭へでも来ないという意味ですか。それとも捜査すれば、特別の、自分の思うような証拠でもとつてもらえるという意味でしようか。どういうお考えなんですか。
○吉河政府委員 お答えいたします。検察庁あるいは司法警察官なり裁判所が、いろいろな証拠書類を事件に関して持つておるわけであります。こういうようなものの証拠物件についても、これを拝見できる。しかしこの証拠物件が、現実に押収、捜索、検証等におきまして、現場において発見された状態において、これを立会つて拝見するということは、証拠に対する公安調査官の心証の上にも、きわめて意義のあることであると考えて、かような建前をもつて、二十九條を規定した次第であります。
○鍛冶委員 これはしばしば言われることですが、なるほど公安調査官には強制権はないといえども、このとき一緒に行けば、司法警察官及び検察官と同様に、強制権の行使ができるというねらいがあるのじやないかとみなに疑われるのですが、さようなことはございませんか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます、絶対に押收、捜索、検証の手助けとか、いろいろ干渉がましいことを言うということはできない建前になつております。
○鍛冶委員 それから二十七條を読んでみますと、これは司法警察にある場合、あるいは検察庁にある場合だけを書いてありますが、裁判所に行つたらできない意味でありましようか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。検察官を通じてお願いする建前を考えております。
○佐瀬委員長 本日はこの程度にとどめ、明日は十一時より再開いたします。本日はこれにて散会いたします。 午後六時四分散会