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13回国会衆議院1952/05/10

法務委員会 第48号

発言数
208
登壇者
12
会派数
2
開催日
1952/05/10

会議録

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 これより会議を開きます。  破壊活動防止法案、公安調査庁設置法案、公安審査委員会設置法案、以上三案を一括議題として質疑を継続いたします。田中堯平君。——間もなく法務総裁も出席される予定でありますから、質疑をあらかじめ継続していただきたいと思います。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 第一条から時間の許す限り逐条にわたつてお尋ねをします。  まず第一条の、これまでも各委員からいろいろ問題になつておりました「公共の安全」という点であります。公共の安全というものはまことに漠たる概念であつて、これは悪用しようとすれば幾らでも悪用できるという筋合いの表現であるわけであります。そこで憲法には公共の福祉という規定があり、政府の解釈では基本人権でも公共福祉のゆえをもつて制限し得るという見解でありますが、この公共の安全なるものと公共の福祉というものは、この間の政府答弁によると、公共の福祉の方が広くて、公共の安全の方が狭い観念だということでありましたが、それはどういうことかもう少しく詳しく説明していただきたい。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。「公共の安全」とは、先般御答弁申し上げた通り、日本国憲法のもとにおける国家統治の基本組織並びに基本的な放流方式をいうのでありまして、すなわち国家社会の基本秩序が平穏に維持されている状態をなすものと考えておる次第であります。この公共の安全はもとより公共の福祉の重要な部分を占めるものと考えるのでありますが、公共の福祉よりもやや狭いのではないかと考えておるわけであります。積極的に社会公衆の衛生状態を改善するというようなことは、もとより公共の福祉ではございますが、ここに申しまする公共の安全というものに含まれないのではなかろうかと考えておるわけでございます。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 公共の福祉は公共の安全よりも広い概念だということでありますが、そこでもう少し立ち入つてお伺いしたいのは、国民の、主として経済的方面の問題は公共の福祉に含まれるが、公共の安全は主として治安方面のことをさす意味、かように解釈すべきでありますか。それからいま一つは、公共の安全は公共の福祉なるその広い概念のうちの一部分であるのか、あるいは一部分以外にもはみ出しておるものかという二点についてお伺いします。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答えいたします。国民の福祉を積極的に増進する面もとより公共の福祉の中に含まれると考えておるのでありますが、公共の安全に、ただいま申しました通り、国家社会の基本秩序が平穏に維持されている状態というふに考えるのでございます。で、これに対する侵害が治安の面におきまして重大な問題になるということも、申すまでもないところだと考えるのであります。この公共の安全は公共の福祉よりはみ出しているものではない、公共の福祉に包含されているものと考えておる次第であります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 私どもの考えでは、公共の福祉も公共の安全も、これは最大多数の最大幸福。種々雑多な人によつて構成された国民であるから、どうしても利害相いれない部分があることはもちろんでありますけれども、最大多数の安全のため、利益のためというのが公共の安全であり、公共の福祉であるというふうに考えております。国家社会の基本秩序の安全なる状態と言われるけれども、しからば一体国家社会の基本秩序というのは何かということになると、これまた最大多数の最大幸福を守る状態が、基本秩序が確立されておるという状態だろうと思う、その点に関する見解はどうですか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。国民の大多数の意思に基きまして、日本国憲法並びにそのもとにおける各種の法令が定立されておるわけであります。国民の最大多数が、日本国憲法並びに日本国憲法のもとにおける法令によつて、国家社会の生活を遂行して行くという建前になるのではなかろうかと考えておる次第であります

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 まあ形式論理的にはそういうことになるのでしようけれども、命の憲法の精神がそのまま現実の国会や内閣の制度に遺憾なく実現されておるかというと、これはおそらく私だけじやなく、日本国民の最大多数がノーと言う。なるほど多数の意向によつて選ばれた選良が形成する国会であり、その国会のまた多数党が政府を形成する。そうして最大多数の人々の利益になるような安全が保障できるような政治を行うというりくつの建前ではあるが、現実の問題をここに拾つてみるというと、そうではないゆえんがはつきりするわけである。早い話が、この破壊活動防止法案にしましてもが、これはもう国論をあげてといつても過言ではないが、反対をしております。ことに労働者諸君は、何百万というものが結集をしてこの破防法反対のゼネストを打つているし、また将来も打とうとしている。一言にして言うならば、最大多数はこの法案には反対しております。にもかかわらずこれを強引に押し通さなければならない内外の事情が、自由党政府にこれを要求しているわけであります。そうなると、国民の最大多数の利益も安全も阻害をされるところの悪法が、ここに国会という形式上にまことに民主的なる制度を通じて実現する非民主的な政治となつて現われて来るわけなんである。そうすると、生きている国民という団体、これは一体いかなる手段に訴えて自己の生存の安全を保障しようとするか。どうしてもこれは単に国会や政府だけに頼つてはおれぬというので大いに輿論を喚起するであろうが、またそれも片つぱしからぶつつぶされて行くということになり、ことにこのような破防法が通過をし、また刑事特別法その他の反動弾圧立法が次々とできて行こうものならば、輿論さえも立てることができなくなる。そうすると、いよいよ窮地に追い詰められた国民なるものは遂に自救手段に訴えなければならぬ。どんなにいじめられても、そうでござんすかと言つてそのままひつ込むわけに行かない。遂には自分の実力によつて自分の生活を切り開いて行くという方法以外にはないことになる。だからこそ近代立法は、どこの国においても、そういうことにならないように国家の法律をもつて人権を徹底的に保護しなければならぬと規定している。ことに基本人権、言論、集会、結社、出版、その他の自由、学問の自由、良心の自由というようなものは、これはもう厳格に守らなければならぬということは、どこの国の憲法でもこれを規定している。わが国の憲法でもしかりであります。ところが本法によるというと、公共の安全の名をもつて徹底的に制限を加えよう、弾圧をしようということになるのでありますが、ここに至つて遂に看板になつている公共の安全というものが、みずから泣かなければならぬという大きな矛盾に逢着するのでありますが、その辺は、実はこの前法務総裁にもその一端を質問したところでございますが、政府当局からもつと明確なる、かつ法律的なる見解を述べられたい。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 私の未熟な見解でございますが、一応考えておるところを申し上げたいと思います。国会は申すまでもなく国民の多数の意思に基きまして、これを国家の意思として確定する作用を営むところであろうと考えるのでございますが、国民はこの国会制度を憲法としまして定立しまして、これをまた活用し運用する責任を持つものであると考えている次第であります。すべてはこの国会を通じて国家の意思が定立されて行かなければならないと考える次第であります。人権は御質問の通りあくまで守らなければならないのでありまして、国民の自由と人権を基礎にして国家社会の基本的な秩序が成り立つているものと考えるのでございます。この人権、自由は絶対無制限のものではない。これを極端に濫用いたしまして、公共の福祉を侵害するという場合におきましては、どうしてもこれに対しましてその濫用を制限しなければならないものと考えておる次第であります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 ここで論議をいくら展開してもしようがないとは思いますが、過般来の政府の答弁の中にちよろちよろと現われておる、そんなことを言つても社会主義国においてもやはり弾圧法規があるではないかというような趣旨のことがちよろちよろと漏れておる。ところでこれは趣が全然違う。これは資本主義、言いかえるならば階級社会における立法と比べて平面的に理解すべきものではないのです。特審局長も新人会のメンバーであつたそうですから、おそらく階級対立や社会国家の発展の法則は理解しておられると思う。社会主義、さらには発展した共産主義の国というような国々における立法、これは刑事法規にしても、あるいは行政手段による自由に関する制限の規定にしても、これはもうごく少数の謀反者に対する制裁規定であるわけであります。実質的にそうなんです。ところが資本主義の社会では、これはもう実質的にはまつたく一握りの特権階級が支配しておる。形式的にはなるほど国会なる民主制度を立てておるが、その裏を返して見れば、実際的には少数の独占資本家をバツクとする、あるいはそれが露骨に表面に出ておるところの少数寡頭支配にすぎないわけなんで、そのためにこそ国民の大多数というものが失業をしたり、中小企業が破産をしたり、首つり、夜逃げというような悲劇が相続く、そのためにまた戦争というような被害も起きて来るわけなんです。そういうふうに少数の者が多数を支配しておる国のこのような治安立法というようなものは、これはまつたくけしからぬ話だ。少数が多数を支配するための武装装置になるわけです。暴力装置になる。ところがどこの国も、社会主義になろうが、共産主義社会になろうが、すべてが神様になるわけではないけれども、ごく少数は——環境がよくなるので犯罪も非常に減つてはおりますけれども、それにしてもやはり長い間には遺伝というものがあり、じじいの時代、ひじじいの時代の遺伝質が遺伝をして、やはり窃盗癖がやまないというのもごくまれにはあるわけなんです。こういうものに対してはやはり何とかしないと、社会の秩序を乱し公安を乱し福祉を乱すということになるので、これに対する取締り規定はあるわけです。ただここに気をつけなければならぬのは、社会主義、共産主義の国といえども、無限の将来に向つて発展を続けて行く。そうして階級が完全になくなつて、また生産力が非常に増大をして来る。経済的生活は何らの不安もない。わずかの労働時間、たとえば一日に四時間なら四時間という労働時間だけでほしいものは何でも配給を受けることができるというような高度の共産主義社会ともなれば、おそく犯罪というものはなくなるでありましよう。遺伝質といえども再教育再教育、教育によつてどんどんこれを遷善改過して行くことができるので、おそらく犯罪というものはなくなるでしようが、それは遠い将来のパハラダイス。そうなつて来れば、初めて弾圧法規というものは必要がなくなつて来る。その過程にあるソ同盟、あるいその他のそういう方面へ指向している国々、そういうところの立法というものは、なるほど形の上において見れば、あるいはアメリカのスミス法やマツカラン法に似たような、あるいはそれよりも酷烈に見えるものがあるかもしれない。けれども、これは漸次解消する過程にあることを見のがしてはならぬと思うのです。  そこでよその国のことはどうでもいいが、日本の国において今の現実の状態、このような法律をつくる、公共の安全ということに名をかりてこういう弾圧法規をつくりましようならば、実際は日本の民族が発展をし、よりよき社会へ到達をしようとする貴重な努力が、芽がつみとられてしまうという結果になるのであります。これは見解の相違で、今議論をやつてみたところでしようがないから、この点はおいておきますが、そういう見解のもとで、私はこれからずつと以下の質問を展開して行きます。第一条には本法案の目的ということが規定してある。そこで団体に対する規制措置とそれから刑罰規定の補整という二つが目的になつているわけなんです。そこでお尋ねするのは、この中のいずれが主目的でありますか、主眼でありますか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。団体に対する規制並びに刑罰規定の補整が目的にはつきりと打出されておるのでありますが、いずれが主、いずれが従という関係にはないものと考えております。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 それはちよつとおかしいじやありませんか。本法の提案理由を見ますと、随所に結局団体に対する規制措置ということが本法の主眼であると見られるような表現が見られる。たとえば提案理由の一枚目の終りから「すなわちこの法案は、この要請にこたえて、まず暴力主義的破壊活動を行つた団体に対し、行政措置をもつて所要の規制を行い得るものとしたのであります。」ということであり、その二、三行後には「次にこの法案は、暴力主義的破壊活動に関して若干の罰則を補整する」という趣旨のことが述べてある。その順序の配列や、さらにおしまいから一ページばかりのところに「これを要するに、本法案の目的は、もつぱら団体組織により国家社会の基本秩序を破壊する暴力活動の危険を防止することにありまして」云々、それからまた提案理由の書面以外にも、法務総裁等が新聞記者会見などにおいて、破防法の主眼を説明しておられる、それによつても、やはり暴力主義的破壊団体を規制することが主眼であるという趣旨のことを言つておるわけです。今の特審局長のお答えとは少し違うのじやないかと思いますが、どうですか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。法務総裁の提案理由、その他この法案の解説におきまして、この法案の内容を明らかにするために、多くの規定の大部分を占める団体規制について、これを強調されていることは、ごもつともなことだと考えるのであります。公共の安全を確保するために、団体規制と並んで、破壊活動に関する刑罰規定を補整することも、また同様に必要なのでございまして、この両者は相互に不可分の関係にも立つものと考える次第でございます。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 不可分の関係にあることはわかるが、しかしもし刑罰規定の補整ということだけならば——それじやありますまいけれども、それも同じく主従の関係のないような重要なる目的であるということであるならば、これは法案を二つに割るべきである。一つのものにまとめるということは、そもそもおかしなことじやないか。片方が主眼であつて、片方は従的なものであるから、ついでにここで規定しておこうというなら、いくらか意味があると思いますが、その辺はいかがですか。二つが同価値として主目的であるということならば、そんなものを一つの法案に混在せしめてはいかぬ。立法技術上非常にまずいし、将来これは問題が起きることになる。だから団体活動の規制ということが主目的じやないかと思いますが、間違いありませんか、どうですか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。立法技術上、団体の規制と刑罰規定の補整を一つにまとめて本法案を作成した理由につきましては、先般来法制意見長官その他によりまして御説明申し上げました次第であります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 どういうふうに説明されたか、私はそれを聞き漏したかもしれませんから、もう一ぺん……。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 公共の安全を確保する目的をもちまして、国家社会の基本秩序を破壊する暴力主義的な破壊活動を防止するということのためには、かような破壊活動を行う破壊的な団体に対する規制措置も必要である。同時に、破壊活動に関する必要最小限度の刑罰規定を補整することもまた必要である。この見地から、この法案におきまして、団体の規制、刑罰規定の補整を合せて規定したものでありまして、基本的な法典である刑法の改正によらず、この法案によりまして刑罰規定を補整したという点につきましては、先般来法制意見長官その他からも詳しく御答弁申し上げた通りでございます。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 団体に対する規制と、それから刑罰規定の補整、この二つが目的である、それは主従の関係はない、いずれもが本法の目的であるというふうなお答えでありました。それならそれとして承つておきます。そこで団体に対する規制措置ということが、憲法違反ではないかということは、盛んにこれまで論議をされて来ました。私もやはり団体に対する規制措置ということは、これは本質的に憲法違反だということを考えております。いや、団体に対する規制すべてがでなしに、本法に規定されておるようなやり方というものは、完全に憲法に違反しておると思う。そこでいろいろ意見を承りたいのですが、本来団体規制の理念といいましようか、思想といいましようか、それはどこから出て来ておるか。先ほど申しましたように、階級社会では、なるべく処罰しないように、制裁を加えないようにということが、処罰の理念でなければならぬ。だからこそ、憲法の解釈からが、国が人民に権利を保障する基本法であるという観念で解釈をしておるわけです。あるいは刑法にしてもが、いわゆる罪刑法定主義の原則を打立てて、何々の罪を犯せば何々の処罰を受けるぞということを明示して、それ以外のことは自由にやつても処罰しない。道徳的に責め立てられようとも、国家はこれを刑事的な処分に付せないというふうに、どこまでも国民の権利を最大限に認めて行こうとする立場が、これが階級社会では重要なことであります。しかしこの団体に対する規制ということになりますと——今申しましたように、憲法や刑法というようなものはへなるべく国民の権利を最大限に守ろうという関係から、個人を対象にしておるわけです。刑法が団体を処罰の対象としておらぬ、原則的には団体に犯罪能力なしということであることは、私が言うまでもない。今日に始まつたことではなしに、団体はやはり昔から実際には個人以上の犯罪を犯して来たのであります。にもかかわらず、団体に対してはただ個人を処分するという方法を通じて、団体に規制を加えるというのが、これが資本主義階級社会における理念である。それをそれでは間に合わない。そういうことをしておろうものならば、いじめられた被圧迫階級、国民の最大多数というものは、自救行動に出て来る。志をともにする者が相集まつて、実力に訴えてでも、自分たちの住みよい社会をつくろうということをやり始める。少数階級の方では、それではおれの方の立場が立たないから、それはいかぬのだというので、個人を処罰するだけでは間に合わなくなり、そこで団体までもみんなやつてしまえということになるわけであります。ナチが拡張正犯論を振りかざして、あのような暴政を行つたのも、結局ナチの少数独裁権というものを補強するための政策であつたことは、今や明らかである。その当時はおそらく政府委員の皆さんも、あのナチの観念が正しい、やり方が正しいということを謳歌された人であるかもしれないけれども、今日にしてみれば、あれは間違つておることは、これはもうほとんど政府委員といえども異論はないでしよう。そういうことをやろうとすることに本法はなるのでありまして、団体を規制するということは、これはことに本法に現われたような団体を規制する行き方をすれば、あとでずつと各項にわたつて触れますが、まずお尋ねをしておきたいのは、これはまつたく憲法違反だと思うが、政府はどうお考えでありますか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。御質問の通り、刑法その他の刑罰法令は、原則として個人を対象といたしておりまして、すでに行われた犯罪につきまして、国家刑罰権を発動する建前になつておるのでありますが、現在の法令におきまして、国家社会の基本的な秩序を維持するためから、ひとり刑罰法令のみをもつてその危険を防止するという建前にはなつていないのでありまして、将来実害の発生する危険が現在ある場合におきましては、これに対する保安的な措置もまた合憲的措置として認められているのであります。このことの例につきましては、すでに先般来他の政府委員からもいろいろな法制につきまして申し上げている通りでございますが、現在の事態におきまして、団体による暴力主義的な破壊活動の危険が現存する場合におきましては、この団体につきまして必要な保安的措置をとるということも、決して憲法違反ではない、その条件、手続等が厳格に規定されている場合におきましては、決して憲法違反ではないと考えている次第でございます。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 長年法律だけで飯を食つた方々はそうなるかもしれぬが、もつと事を実質的に考えないといかぬと思う。団体の暴力主義的破壊活動があるから、だから団体をやつつけなければならぬと、そう簡単には行かない。大体団体というものについて、悪性と言おうか、あるいは犯罪能力でもいいが、そういうものがあるかというのです。それはなるほど十人、二十人が集まつた博徒の集団とか、あるいは強窃盗の団体というものは、古今東西みなある、あるがそんなものを今この法案が対象としておらぬことはこれは明らかだ。そんなものは放置しておきましても、大した問題にはなりはしない。人間は本来社会的動物であるので、相寄り相ともに生活をしなければ生きて行かれない、そこに団体現象が起きるわけです。だから人間が、各個人が生きて行くために社会を組む、これは一つの団体でありますが、これに悪性があろうわけはありません。人間か生きるために牛を食おうが、馬を食おうが、鶏を食おうが、食するためにあらゆる自然を利用する、犠牲にするということは、これはまあ宗教的な観念から言えば犯罪であるかもしれない。けれどもわれわれの政治的、法律的世界では、そんなものは犯罪にも何もなりはしない。すなわち生きるということを前提として、生きておるところの人間の集団というものは、これは各人が生きるために最も合理的な団体を組んでやつて行くわけであるから、団体そのものが悪性を持つということはあり得ない。あるとしてもさつき言つたような例外的な変質者の集まり、強窃盗の団体とか、桃色クラブというものがあるにすぎない。けれどもこんなものはもちろんそれは取締りも必要ではあるが、あなた方が心配しておられる本法によつて規制しようとする団体ではないことは明らかた。してみると、何か政治上のこと、経済上なことを相寄つて遂げようとする団体であるに違いない。それも元をただせば、いかにして飯を食つて行くかということが元になる。生きることが犯罪でない限りは、その手段としての団体に犯罪性があろうわけはない、悪性があろうわけはない。これをあなた方はごく形式的に犯罪をする団体、正当なる団体というふうに区分をして、犯罪性を持つた団体だからこれを弾圧いたしたと、こう来るわけなんです。もつと事を実質的に考えて、どうすればこの現下の情勢において日本国民が飯を食つて行けるか、発展できるかというまじめなる謙虚なる態度から出発しなければだめですよ。どういうお考えですか。その辺のことをもう一ぺん腹からの意見を聞かしていただきたい

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。先ほど来申し上げておる通り、暴力主義的な破壊活動が団体によつて行われるとき、その団体が国家社会の基本秩序に対しましてきわめて重大な危険性を持つ、しかもこの団体が将来さらに暴力主義的な破壊活動を行うおそれある場合におきましては、国家としてもこれに対しまして所要の予防措置をとることは日本国憲法にも反しないところであると信じております。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 どこまでも形式的な隠れみのに隠れて意見を通そうとされる。無理からぬことであるが、政府の答弁は一から十まで国家社会の基本秩序という隠れみのの中へ逃げられる。ところでこれをもつと実質的に考えてみようじやありませんか。国家社会の基本秩序とはこれは何ですか。国家社会の基本秩序というのは実質的には最大多数の国民がどうやつて生活するか、どうやつて発展して行くかということを規制することが国家社会の基本秩序でありましよう。憲法の条文にどう書いてある。天皇制のことをどうしてある、これが基本秩序だ、これを破壊しようとするやつは破壊活動として処罰の対象になるなどというような形式的なしやくし定規の考え方ではなしに、もつと実質的に考えてみましよう。国家の基本的秩序というのはどういうことでありますか、または何ゆえ国家の基本秩序が必要でありますか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。現在の日本国家は、御承知の通り国民個人の尊厳を基礎としまして、この個人の平等の立場に立ちまして、その人権と自由を尊重し、日本国憲法及びそのもとに定められた各種の法令を制定して、民主主義的な制度を立てているのでございます。この制度は国民の福祉と繁栄を増進する最も適当なる制度であるというふうな建前をとつているものと確信いたしております。従いまして暴力を行使して、かような制度を破壊せんとすることは絶対に許されないものと考えております。     〔「パンパンとパンパンを抱いているやつが平等か、お互いに平等なんてインチキ言うな、ごまかしだ」と呼ぶ者あり〕

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 加藤君静粛に願います。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 基本秩序々々々々、どこまでも基本秩序は基本秩序なりという答え以上には一歩も出ないようであります。これはまたあとで伺うことにして先へ進みましよう。提案理由を見ますると、こういうことが書いてある。「これら一連の事犯は、広汎且つ祕密な団体組織によつて指導推進されている疑いを深めざるを得ない」云云。そこで過日この委員会で石川達三公述人等から、この法案は提案理由を見ると明らかに共産党弾圧を暗示しておるというふうに見られるという旨の公述をしておられますが、提案理由並びにこの法案の全体をずつとつぶさに見ますると、これはやはり共産党をやつてやろう、マツカラン法は共産主義ということをはつきり明示しておりますが、本法もやはり共産党を弾圧してやろうということが、少くとも政治的には主目的であるということに読みとられますが、そういうことでありますか、どうですか。

清原邦一刑政長官

○清原政府委員 本法案は、その思想の左であると右であるとを問いません。いずれの思想でありましても、いやしくも本法案に定める破壊活動を行う団体に対しましては、断固としてこれを取締りたい、かように考えております。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 この法案によつて共産党を弾圧することが目的だ、どういうふうにお答えあろうとも、目的であろうことは、これは私のみならず多くの人々が同じ推断を下しておると思いますが、問題はあなた方がねらつておられるような目的、言いかえるならば共産党並びに共産主義的な、あなた方の言葉で言えば過激主義の団体、こういうものを壊滅に導くならばということが主たる目的でありましよう。     〔委員長退席、山口(好)委員長代理着席〕 そこでお尋ねするのは、実は国民あるいは民族というものの生活力は、まことに偉大であり執拗であります。いかなる弾圧があろうが、いかなる法律がつくられようが、そうでございますかと言つてみずから生命力を放棄するような民族はありません。これは歴史が示しておるし、現に全世界の歴史をおひもどきになれば、搾取弾圧のもとに置かれておつたような民族は、あちらでもこちらでもみんな総決起しておる。イラン初めエジプトを含むアラブ十三国においてもそうでございますが、ごく手近かなフイリピンにしても、あるいはヴエトナムにしても、マレー、ビルマ、みなこれをやつておる。朝鮮においてもやつておる。どんな弾圧をしようと、法律をつくろうと、そんなことでへこむ民族の生命力ではありません。そこでこのような共産党などの尖鋭団体を壊滅に導こうとするこの法律の目的が、一体この法律で達成されるとお考えであるか。もつと具体的に聞きましよう。たとえば共産党、共産党は結党禁止をやられたところで、へい、そうでございますかと言つて解散するような、そういう腰抜けではありません。たとえて言うならば潜水艦みたいなものであつて敵襲のはげしいときには水面下にもぐります。青天白日の日ともなれば、また水面上に出て大いに活動する。目的は民族の独立、みなの生活ができるようにということなんだ。それが達成されるまでは、地下にあろうが地上にあろうが、活動を停止することはありはしません。してみると、あなた方のこの法律の目的で一体共産党はどうなるとお考えですか。何とかなりましようかね。それをひとつ、あなた方の自信のほどを承りたい。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。先ほど来申し上げました通り、日本国憲法は民主主義制度を規定しておるのでありまして、いろいろな政治上の主義主張はすべてこれを包容しまして、公正な論議によつて事を解決するという建前をとつておるのでありまして、この法案はかような制度を破壊する暴力主義的破壊活動を防止せんとするものであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 破壊主義的暴力活動、これを防止することはたいへんけつこうな話である。けれども、大体民主主義の社会では、国民の、主張、輿論に従つて政治をすると先ほど言われたが、共産主義思想といえども、思想として、またそれを宣伝することについて、何も異存はないというような趣旨のことも再々述べられた。ところで、それならばなぜ共産党の機関紙はこれを停刊にし、その他の平和擁護のための演説会をやればすぐぞろ引かれる。ありとあらゆる弾圧を下している。共産党並びに共産主義者の発言の機会を、発表の自由を一切剥奪しておるではありませんか。現にそれを破防法以前にやつておる。破防法が出ればますますこれを大つぴらにやつておるではありませんか。そのようにして、正しい主張を主張しようとしても、どつこいお前にはものを言わせぬということになる。そうすると、ものを言わぬでもいいような社会をつくりましようということになるじやありませんか。それはどうですか。それでもまだわれわれの言うことだけが破壊活動でありましようか。私に言わせるならば、政府のそういうような言論封殺——言いたいことを言う、国民全体に、おれはこう考えておる、あなた方はどうお考えであるかという、国民の判断に訴える手段一切合財をあなた方は奪い去つておる。これが破壊活動ではないか。どうでしようかね。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。日本共産党の機関紙「アカハタ」並びにその同類紙、後継紙に対する停刊の措置は、占領中占領軍の最高司令官の指令に基く行為として行われたものでありまして、本法案においてはかような指令とは関係がないのであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 あまり白々しい答弁はなさらない方がよろしい。この法案をごらんなさい。この法案とすりかえに団規令なるものが廃止されることになつている。団規令の身がわりよりももつと幅の広い弾圧の法規になつて現われておるのでありますが、これは占領治下においては占領軍がオール・マイテイーであるがゆえに何とも仕方がないというりくつも立つ。あなた方の口によれば、自由独立の日本になつたはずだ。それなのに占領治下と同じようなことをまたぞろこの法案で継承し、拡大強化して民論を抑圧し、一切の運動を抑圧しようという、これはまつたく占領政策の継続ということではないか。あなたは占領治下のことであつて、この破防法とは何の関係もないと言われた。少しも関係がないどころではない、それの拡大的発展ではありませんか。発展的解消ではありませんか。一つもその本質は解消しておらない、発展の中にみな承継されておる。これはだれもがそう思いますが、政府はそれでも関係がないと言われますか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。この法案は、御承知の通り日本国憲法のもとに、純然たる国内法として立案されたものであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 そこでさつきの質問のついでをまたやらなければなりませんが、ついでに聞いておきましよう。破壊的団体であるという断定のもとに、ある団体に対して解散命令を出すとする。その団体はそれをせせら笑つて相手にしない。地下にもぐつて従来に倍する活動をやつておる。政府はどういう手段をとりますか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。この法案におまましては、団体に対して解散の指定がありました場合におきましては、従来の役職員、構成員は団体のためにする活動を禁止されるのであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 おそらくそこがこの法案のねらいでありましよう。解散をしても言うことを聞かない。そこでその解散指定を受けた団体の役職員を次から次かららつきようの皮をむくようにして全部葬り去つてしまうというのが目的でありましよう。ところがそれがあさはかな考えなんだ。実は、あなた方がお考えになるように暴力団体や犯罪団体ではないのですよ。それならばしらみつぶしができましようけれども、国民というバツクを持つておりますぞ。だからたとえばある団体が現在党員二十万なら二十万、それの骨つぽいものをあらかた片づけた、何万というほど片づけた。これでもつてこの団体の活動は閉塞してしまうであろうというような、そういうことを考えられている。まことになまやさしいところがある。私が言いたいことは、最初から一貫したことを私は申し上げておる。団体に悪性はない、民族という団体、国民という団体に悪性はありません。これは生きるためにはいかなることもやらなければならないのだ。民族が生きるために、国家が生きるためには何でもしなければならない——と言つて他国を侵略することはいかぬけれども、いかなる手段にも出なければならない。そうでしよう。そうしてみると、ある団体が国民の支持を受けておつて、そうして地下にもぐつてあらゆる困難にもかかわらず闘つておる。あなた方はある団体の幹部をうの目たかの目で探しておるがどうしてもつかまらぬ。世間からあざわらわれておる。どこに原因がありますか。それは国民が支持している証拠なんだ。国民が反対しておるなら、ここにおりますぞと突き出して来てあなた方に協力するはずであります。だれも協力せぬじやありませんか。そうなるのですよ。だから国民をバツクに持つた団体が、形式の上では一部少数であろうとも、この幹郡をごぼう抜きしてみて、それでもつて団体が規制できるなどとなまやさしいお考えをなさるところにまことに笑止千万なところがある。それでも自信がおありになりますか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 この法案は暴力主義的な破壊活動を行うところの破壊的団体を規制して、その危険を防止することを目的とするものであります。さような団体が次から次へと結成されますれば、規制が繰返されることとなるのであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 まあそういうことをやつて行かれれば、規制の主体たる国家なり政府なりが規制されることになるでありましよう。だがそれはこのくらいにとどめまして先へ進みましよう。  第二条に移ります。第二条はこれまでの質疑応答によると、これは単なる訓示規定ではない。団体規制の標準を設けたものであるという御答弁でありました。またこの法案の見出しにも第二条の前に「規制の基準」というふうに銘打つてある。そこで何が基準になるかというのでいろいろ探してみますと、第二条第一項の「前条に規定する目的を達成するために必要且つ相当な限度」というのが御主張の基準であろうかと思います。それからまた第二項、ここでは「労働組合その他の団体の正当な活動を制限し」云々とある。制限してはいけないということが書いてありますが、基準と言われるのは、この正当なる活動を制限してはいけないとか第一項の必要且つ相当な限度にとどめなければならぬという趣旨、この二つをさすのでありますか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。御質問の通り第二条は規制並びに規制のための調査の基準を規定したものでございまして、その基本的な規定は「必要且つ相当な限度」というところではつきりと示されておるのでございます。第一項は、さきにも申し上げました通り、これを個人の立場から規定し、第二項は団体の立場から規定しておるのでございます。「必要且つ相当な限度」につきましては、その内容は合理的に判断して必要やむを得ない限度をいう。必要であるからといつて無制限に何でもやるわけにはいかない。それはやはり妥当な範囲でなければならぬという趣旨でございまして、必要であることや妥当の範囲は、社会通念に照して合理的に判断されるべきものと考えておる次第でございます。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 そこであまり相当でない限度にわたつて調査をしたりしては人権侵害になるので、それで基準ということを言われるのでありましようが、ところで法律は厳格でなければならぬ。ここまでは調査するぞ、ここまではやらぬぞという境目を示す基準であるなら、今言われたような「相当な限度」とか「正当な活動を」云々というふうな、しかも御説明によれば、社会通念によるということでありますが、調査をする方の主体は政府でありますので、社会通念をかく解したといえばそれまでです。自由かつてなことができるのであつて、このような空々漠々たる文句をもつて、これが基準であるのだというようなことは言えないと思う。もし基準であるならば、もつと具体的に、アメリカ立法のように、これはやる、これはやらぬというふうに一線を設けないと、実際は濫用ということが起ります。それならまるであつてもなくても同じ基準じやありませんか。これを何とかこういう基準ではなしに、ほんとうの基準という名称に値するようなものにするわけに行きませんか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。基準でございますから原則的に規定したわけでございます。これを認定するものは公安審査委員会であり、終局は裁判所にあると考えておる次第であります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 第二条には「この法律による規制及び規制のための調査は、」云々と一項も二項も書き出しはそう書いてあります。そこでお尋ねするのは、本法によれば団体の規制と破壊活動に関する刑罰規定の補整と二つが目的になつておる。そこで破壊活動に関する刑罰規定の補整に関することについては、調査は全然なさないのでありますが、またさらに団体規制の手づるとして団体規制の一つの方法としてこれはやはり刑罰規定の補整に関する部分にも調査はまたがると思う。そういう調査を同時並行してやられることと思うが、その刑罰規定の補整にかかわる調査ならば、第二条の基準制限に従わなくてもいいという意味でありますか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。暴力主義的破壊活動に対しましてはこれを調査いたします。この調査の基準は第二条に規定しておるところであります。犯罪の捜査として行われる場合におきましては、刑事訴訟法に厳格な規定が置かれておりますので、それをもつて足ると考えておる次第でございます。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 それは刑事訴訟法に規定はちやんとありますが、しかし司法警察官と協力して行うという規定もできておるし、実際上はやはりこれはむしろ司法警察官よりは、この面に関しては行く行くは調査官の方が主導的な役割に立つことは火を見るよりも明らかなんです。だから司法警察官が本来主導的な立場で捜査すべきものを、実際は破壊活動防止法に関してはあなた方が主導権を握ることになるのです。だから実際に行われるのは第二条に規定してあるような団体の規制だけの調査じやないのです。そういうものはそれはなるほど形式の上では司法警察官が先頭に立つて刑事訴訟法に従つてやつているのだ、おれの知つたことではないということかもしれないが、実際上はあなた方の方で指揮する形になるのです。それはこの制限を無視する形でやつてもいいということになりはせぬかということを伺つているのです。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。捜査に対しまして公安調査庁が主導権をとるようなことは絶対にないものと考えております。調査は任意の調査でありまして、強制の調査ではございません。この任意の調査はすべてにつきまして二条の基準に従わなければならないと考えております。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 ついでに二条ではないけれどもちよつと今任意の調査と言われたから、それに関連して便宜上今お尋ねしておきます。  先般来任意の調査ということを盛んに説明しておられる。ところで任意の調査と言つても司法警察官を実際上は使うような形になる。この規定では協力になつており、立ち会うという形になつているけれども、実際はこれは指導することになると私は思いますが、ともかくも司法警察官と一体になつてやることになるわけだ。ここに強制捜査の性質を帯びて来るということと、もう一つは、第三条第二項の「リ」、これによれば「検察若しくは警察の職務を行い、若しくはこれを補助する者、法令により拘禁された者を看守し、若しくは護送する者又はこの法律の規定により調査に従事する者に対し、凶器又は毒劇物を携え、多衆共同してなす刑法第九十五条(公務執行妨害、職務強要)に規定する行為」をやつた者は破壊活動として処罰されることになつておりますが、任意じやないじやありませんか。本法によつて調査に従事する者、調査官が調査をしようとした。ところがどつこいそれは拒否する、こう出た。そうすると処罰をもつて裏づけられた第三条の「リ」に該当するじやありませんか。任意じやないじやありませんか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。任意の調査に対しましてただいま御質問のような劇毒物を携えたり、凶器を持つて多衆共同してその調査事務の執行を妨害するということが該当するものと考えております。決して強制の調査ではございません。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 司法警察官と共同の問題はどうですか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 本法におきまして司法警察官と共同の場合は、司法警察官が暴力主義的な破壊活動の内容となる犯罪につきまして捜査をする場合、家宅捜査等の場合におきましては、公安調査官はその調査に立会することができるという建前になつております。それ以外の場合におきまして司法警察官の捜査を代行するようなことはございません。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 なお第二条につきまして、これは第二条全体が一応基準の規定というふうに説明はされるものの、さつき申したような理由で結局は訓示的なかざり文句に終るであろうことをわれわれは疑わない。が、なお一つ、二つお尋ねしておきたいことは、第二項の正当なる活動は制限してはならぬということですが、以下ずつと各条についてお尋ねすれば次第にわかつて来ると思うが、どうも私どもの検討してみたところでは、葉をちぎり枝をちぎり根を切りとりというふうで、ほとんど大衆活動、大衆闘争というものはできない状態に本法によつて置かれるわけでありまして、どうも労働組合その他の団体の正当なる活動というものは何も残らぬ。もし残るとするならば、あの戦争中の産報労働組合、資本家の意のごとく軍部の意のごとく政府の意のごとく、右向け左向けさせられたあの産報の労働組合、労働組合とは名ばかりであつて、実は産業を通じて侵略態勢へ奉公するところの組合でありましたが、そういうふうなことに陥りはせぬか。正当なる労働組合の活動などというものが一体残るかということを懸念するのでありますが、どういう範囲のものが正当なる活動として残るのか、これを御説明願いたい。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。労働組合その他の正当な活動の点につきまして御質問がございました。正当な活動は先般来御答弁申し上げた通り、法令に違反しない活動というふうに解釈しております。その活動の実態を正当なりやいなやと判断してかつてに価値づけるわけではございません。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 そこでこれに関連して一つ相当重要だからお聞きしますが、ある労働組合がこの賃金ではとても生活ができぬというので賃上げ闘争を起す。おそらくそれはただそれだけとしては、特審局長も正当なる組合活動と認められるだろうと思う。ところが今日のような政治経済がまつたく同一体となつており、一つの経済を主張しようとすればただちにこれは政治に直結するというような、そういう時代ともなつて来ますと、いわゆる経済闘争なるものと政治闘争なるものの境目はつかなくなるのであります。     〔山口(好)委員長代理退席、委員長着席〕  これは先般来私も相当詳しくこういうことについては意見を述べたのでここでは省略しますけれども、そこで政治闘争と呼ばれるものは、これはどうなんですか、正当なる活動の中に入りますか、入りませんか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 労働組合も政治活動の自由を持つているものと考えております。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 それでは第三条についてお尋ねします。まず第一に、この第三条の見出しに(定義)と書いてある。これはもちろん暴力主義的破壊活動とは何かということの定義でありますが、お尋ねするのは暴力主義的破壊活動というものの定義がなぜ必要であるか。内容は刑法に載せられている犯罪であります。刑法の中の犯罪でも各章を区切つていろいろと書いてはあるが、しかし何も暴力主義的破壊活動というて内乱とか騒擾とか放火とか殺人とかいうようなものを一縛りにしてわくをかけて、これが暴力主義的破壊活動なり及びその教唆、扇動、陰謀なりが破壊活動なりと一まとめにして銘を打たなくつてもよさそうに思う。これはたとえば刑法学者が財産に関する罪は財産罪あるいは生命、身体、名誉等の自由に関する犯罪は自由に関する犯罪というふうにいろいろと区分しておりますが、それはただ説明の便宜上、理解の便宜上用いた区分わけであり、一つの名称づけであるわけなんです。ここでわざわざ暴力主義的破棄活動というような定義を設けて、一つの銘を打つというのは、これはもつぱら団体規制のための必要から生じたものであるかどうかということです。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 大体御質問の通りでございます。この法案第四条第一項、及び第六条の団体規制の行政処分の対象となるものは、特定の行為をした団体でございますが、この場合にこの行為を包括いたしまして、総括概念として暴力主義的破壊活動という概念を規定したものでございます。この概念は立法技術上規定いたしました概念でありまするが、これはただいまの御質問の通り、団体規制のための概念でございまして、行政上の概念に当るものと考えておる次第であります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 まず内乱という点からお尋ねしたいのですが、内乱というのは、これは一体何か、刑法の規定には、政府の顛覆、邦土の僭竊、朝憲の紊乱を目的として暴動を起すというふうになつておりますが、一体今日、あなた方の主張せられる民主主義社会であるならば、内乱罪の成立の余地があろうかということです、結論から申せば。順序を追うてひとつ御説明を願いたいのは、政府の顛覆以下の三つの目的、これは単に判例や学説に出ておる文字解釈だけではなしに、もつと実質的な説明をまずお願いしたい。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お尋ねの第一問は、今日の民主主義社会において内乱罪の成立の余地があろうかという御質問でございますが、先般御審議の資料として提示しました文書等によりましても、明らかに武装反乱をもつて今日の憲法制度を顛覆するというようなことの必要性を主張した文書があるわけでありまして、内乱罪の成立の危険なしとは断じ得ないものと考えておるのであります。また内乱罪の目的でありまする朝憲の紊乱という言葉について、具体的な解明をという御質問でございますが、現在日本国憲法のもとにおきまして定立されておりまする国家統治の基本組織というものは、この朝憲紊乱の具体的な内容をなすものでり、これを不法に破壊せんとすることが朝憲紊乱の具体的内容であると判断いたします。たとえば内閣制度、国会制度、裁判制度というようなものは、いずれもこの国家統治の基本組織に該当するものと考えておる次第でございます。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 国家統治の基本組織はたいへんけつこうですが、これが実は生きものなんです。しよつちゆう発展をして行くし、また発展をしなければならないのです。一定不変の固定的なものじやないわけなんです。たとえば憲法には、両院制が規定してある。天皇はこれは国民のシンボル、国家のシンボルということになつておるが、しかし、さればといつて、この憲法のために日本国民が生きなければならぬのじやない。生きておる国民が最も都合よく生きるためには、憲法といえども改正しなければならぬ。だから早い話が、天皇制廃止の方がよろしい、二院制はいらぬ。一院制の方がよろしい、さらに進んで共和国の方がよろしいというので、共和制度を主張する。ところがその主張はよろしいけれども、手段が暴力主義的であつては困るというお答えでありましよう。が、先ほど来言うように、そういう主張をしようとすると、お前らはけしからぬというので、新聞は発行停止、演説会は解散、演説をやつたやつはしよつぴかれるということになつておるじやありませんか。そうなると、いやでも応でも腕にものをいわせようということにならざるを得ない。それだから私は言うんですよ。民主主義社会であるなら、あなた方の讃美しておるところの民主主義社会なら、暴力の必要はないんです。というのは、おれは天皇制はいかぬと思う、二院制は経費がかかるだけで、事務の能率は上らぬし、つまらない、一院制の方がよろしい、いろいろりくつはあるし、主張はあるわけなんです。国民輿論に訴え、国民大多数がそれはその通りだということになつて、その多数の意向が議会に反映をし、憲法改正ともなり、その他の諸法規の改正ともなつて、政治がかわつて来るということになる。言いかえるならば、民主主義の徹底した社会、国家においては、だれがひもじい腹をかかえて暴力に訴えますか、だれが命を的に暴力に訴えますか、そんな愚かな者は生きておる人間にはおらぬわけなんです。だから私は言うんです。民主主義社会ならば内乱というのはこれは必要はないんだ。内乱罪というのは、御承知のように、明治四十年の刑法で規定されたものであります。当時は民主主義でもなければ輿論政治でもない。天皇制絶対尊厳であつて、朕が意思は絶対の時代である、だから天皇に対して弓をひくとか、天皇制をどうするこうするということをやると、お前は死刑だぞというので、内乱罪ができた。この現われた文字をごらんになつても、邦土僭竊、今ごろそういうことがあり得ますか。九州なら九州を、これはおれの領土であるというので、将門がやつたように偽宮を建てたりなんか、愚かなことがあり得ようわけがない。朝憲紊乱ということにも、ちようど天皇制はなやかなりしころのかおりが残つておる、民主主義の社会ならば必要はない。絶対の専制政治のもとにおいてこそ、内乱の可能性があり、また内乱を極悪罪として処罰する必要があつたわけなんです。民主主義であり、流れる水は何らのさしさわりもなくとうとうと流れて行くというような社会であるならば、何ら内乱罪が起るわけはないじやありませんか。内乱をあなた方危惧しておるということは、とりもなおさず民主主義を放棄した実質上の独裁専制の国になりつつあるという証拠じやありませんか、これはどうです。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。今日天皇制の廃止あるいは共和国の建設その他憲法改正にからむ論議は許されておるものと考えます。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 それは私が言うたところなんです。あなたはそう答えるから——論議は許されておる、手段が暴力ではいかぬじやないか、そうお答えになるから、それで私は言つている。民主主義の世であるならば、暴力に訴える必要がないではないか、だれが腹がひもじいのに命までかけて暴力に訴えるか、訴える者はありませんよ。生きるために最後に残された手段しかとり得ないような窮地に追いやられると国民が——共産党じやありませんよ、国民が立ち上る。だからそれはすでに民主主義の社会でない証拠なんです。もつと露骨にいえば、あの現在の日本の状態というものを考えてごらんなさい。両条約を結び、行政協定を結び——世界中が笑つているような行政協定を結んで、その趣旨に従つて、アメリカの極東経営のお役に立つように日本を再編成することが今日のあなた方の任務になつているわけです。そうでしよう。そういう非民主的な社会、アメリカ自身がもはや少数のウオール街の独占金融資本家どもの支配下に陥つて、えらい階級対立を起して、主義社会としてはもう終末期に近づきつつある、そうして国内の矛盾に耐えかねて、もう世界中をあばれまわつておる。日本もその一つの犠牲ですよ。だから日本に現われた政治というものは、実質的には独裁専制政治になりつつあるではないか、民主主義とは言葉の上だけだ。だからこそ再びあなた方が内乱を取上げなければならないことになつたのじやないか、そのことを聞いておるのです。民主主義、民主主義と言われるが、一体民主主義の社会になつておるか、民主主義の社会なら内乱が起るごとき余地はない。この意見に対してどういうふうにお考えですか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。現在の日本国家は民主主義社会として育成しつつあるものと考えております。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 まあこれ以上論議をいたしましてもむだでありましよう。そこで今度はいろいろ設例をもつて第三条の意義を明らかにしておきたいと思います。  まず内乱罪の行動でありますがこれは、刑法学者はいろいろ説明しておる、判例にも出ておりますが、実際問題として、今日の情勢で、たとえば五月一日のメーデー事件、双方ともけが人、死人が出た、武器というほどでもないが——片方は明らかに武器だ、鉄かぶとに拳銃をもつて撃ちまくつた、十人近くの死者を出したということであるから、これはもう明らかなる武器でありますが、とにかく片方はそういう武器である、片方は手持ちの旗ざを等々で渡り合つた、しかもこれは私たちに言わせれば、こちらが正当防衛であつて、警察側の方が不法侵害であると思うけれども、それは今論議いたしません。ああいう事態にまで立ち至つたという、これは単なる騒擾でありますか、それとも第三条の一項の一の内乱ということになるのでありますか。目的は旗じるし、スローガンなどに出ておるように、悪法を廃止すべし、アメリカ駐留軍撤退しろ、あるいは民族の独立、戦争反対、再軍備反対、これはなるほど朝憲の紊乱とか、邦土の僭竊には当らぬかもしれぬが、国家統治の基本組織、言いかえれば実質的にはアメリカの御所望のように日本を再編成し、これを運営する統治の基本秩序、これに反対をして流血の惨を見たということになるから、どうもあなた方のお考えでは、あれは騒擾ではなしに暴動、従つて内乱という要件を満たしそうでありますが、これはいかがでありますか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 五月一日の騒擾事件につきましては、東京地方検察庁におきまして、騒擾罪の容疑のもとに目下捜査を続けておる次第であります。私どもといたしましては、絶対に内乱のごときものに該当するものでないと考えております。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 そこで実際問題についてもう少し明らかにしていただきたい。それならばあの五月一日のメーデーが、どの程度まで激化発展を遂げたならば、内乱であろうとお認めですか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。仮定の問題に対してお答えするのは非常に危険でございますが、一つの抽象的な設例としてお答え申し上げます。先ほど来申し上げました通りに、内乱は、朝憲紊乱を目的として暴動する、その内乱罪と認められるには、社会通念に照しまして、それにふさわしい規模と態様を持つものであろうと考えております。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 そうすると、五月一日の広場事件は、あれは規模がまだ小さい、あのくらいのことで日本のいわゆる国家基本の統治組織がでんぐり返る危険はないから大丈夫、それからまた掲げておるスローガン、目的も、どうもはつきり朝憲紊乱というふうなものには該当しないように思う、それだから内乱ではないというふうにお考えですか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 先般来申し上げておりますが、法律というものは具体的な事実についてこれを適用さるべきものでありまして、具体的な事実を引用されていろいろとこちらで御答弁することは、それぞれの裁判所並びに検察庁の所管に属することでございます。抽象的な設例として申し上げた次第でありますが、内乱にはそれ相当な目的がなければならない、またそれを実現するための暴動は、社会通念に照して相当な規模と内容を持つものでなければならぬと考えておる次第でございます。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 日本共産党はアメリカの植民地になることは反対をしております。それからアメリカの道具に使われて、極東侵略戦争の肉弾に使われることは絶対に反対しております。日本は完全な民族の独立をしなければならない、平和産業は無制限に発展しなければならない、国民生活はどんどんと向上するようにあらゆる政治を組み立て直さなければならない等々のことを考えておるようであります。そこで私が今簡単に言つたことやら、特審局長専門の今までの調査の結果、総合して現実の日本共産党なるものは、この内乱を計画し、これを推進しつつある団体であるというふうに考えられますか、どうですか。これももし具体的なことがぐあいが悪いということなら、抽象的設例としてでけつこうです。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。さような結論には到達しておりません。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 次に少しばかりこまかい——あとでいろいろ設例について聞きたいことがあるが、ちよつとその間にこまかい問題について一つ、二つ聞きますが、この教唆、扇動というのは、これは口頭による分だけではなしに、その他あらゆる方法が含まれるのでありますか、教唆、扇動の方法いかん。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。御質問の通りでございます。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 そうするとたとえば演劇団が革命的な思想を体現した演技をやる、あるいは診療所が貧民街に設立されて、その経営の衝に当る者が貧民諸君の治療に当りながら啓蒙活動に従事し、革命思想を植えつける、これはみな教唆、扇動になるのでありますか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。ここでこの法案に規定されておりまする教唆、扇動は、現実に内乱を実行すること、あるいは内乱の予備、陰謀を実行することを教唆し、実行することを扇動することでございます。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 そういたしますと、あらゆる手段が入るというのは少しおかしくなつて来る。たとえばあらゆる手段といえば、身ぶり一つも教唆、扇動になり得るわけです。それつと言つて指一本振つただけで、方法のいかんを問わずということになると、教唆、扇動ということになるのでありますが、それつと言つて指一本振つたのでは何ら具体的な思想は入つておらぬ。内乱を起す、これは入つておりませんね。これはどうでしよう。手を振るということは……。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 先般来お答え申し上げました通り、教唆は他人をして、犯罪を実行すべき者をして、一定の犯罪を実行する決意を新たに生ぜしめるに足る行為でなければなりません。ですから扇動は、不特定または多数の者に対しまして実行の決意を創造せしめたり、既存の決意を強固ならしむべき力を有する刺激を与えるものでなければなりません。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 少しも具体的なお答えがないので、はなはだ困却しておるのです。私の聞いておるのは、手ぶり足ぶり、あるいは芝居をやる、漫画を描く、あらゆる手段がある。演劇や舞台はもちろんだが、あるいは文書を書くことはもちろんだが、文書や演説はこれは問題になりません。おそらくは、これは教唆、扇動の方法として一番多く用いられるものであろうと思う。その他万般の方法があるわけなんです。それがみな入るかということを聞いておるのです。たとえば手一本振つて、それつと言つてみただけなのに、結果から見ればとうとう内乱になつてしまつた。これは扇動になりましようか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。御設例の場合でございますが、手を一本振つて、それつと言つたようなことはよもや扇動や教唆には該当しないものであろうと考えておる次第であります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 お笑いになるが、これは私は事実を言つておるのです。名前は秘しますけれども、ある偉いアジテーターがあるのです。ある事件のときに、その人は平生から非常な革命思想の持主であり、また実践家であることは大衆はみな知つておる。それでわいわい言つておるときに演台に現われて来て、何も言わない。それつと言つただけで、それで皆さつと行つたわけなんです。それで事を起した。これは内乱ではありませんが、大きな暴動的なことが起きたことがあります。それつと言つて手を振るということは、これはやはり扇動か、教唆になりましようか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。非常に多数の者が武装をしまして、いまや行動に移らんとするような場合に、手を振り上げて指揮をとるというような場合には、暴動の率先助成なり、指揮者に該当するものと考えております。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 まあその辺にしておきましよう。  次にもう一つ小さい問題をついでに……。この三条の一のロの末尾に、「若しくは頒布し若しくは公然掲示する目的をもつて所持すること。」とあります。これはたとえば一枚のビラを持つておる。なるほど一枚のビラでも公然掲示の可能はあるわけなんです。頒布ということになると、一枚では頒布ができない。自分のものであるので、もう一枚なければ頒布できないわけなんです。そこでこれは小さい例ですけれども、あなた方が調査官として、これは公然掲示あるいは頒布の目的をもつて所持しておるものだと認定する場合、やはりいろいろと証拠がいるわけでありますが、ビラは一枚持つておつてもやはり公然掲示であり、頒布の認定の資料になるか、あるいは二枚以上でなければ多くの場合はならぬかということなんです。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。御質問の通り、頒布は特定または不特定の多数人に配ることでございます。頒布の目的をもつて所持するという以上は、一枚では頒布目的の所持にならない、これは御質問の通りでございます。公然掲示の場合は一枚でも公然掲示できるのでございます。この場合におきましては本来頒布するようなビラを、これを掲示するというようなことはきわめてまれなる場合である。通常の場合においてはビラは頒布するために持つということが認定されるわけであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 人に読ませるために持つておるというビラは、これは頒布に当りますか。それとも公然掲示ではもちろんないと思いますが、人に読まして、自分は所有権を譲ろうという意思はない、これはおもしろい、読ましてやろうというのでポケツトに入れておつた。これはどうなりますか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 御質問の場合は回覧その他の場合になると思いますが、さような場合は含まれません。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 回覧の場合は入らぬ。念を押しておきますが、そういうわけですね。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 回覧は頒布行為ではございません。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 それでは教唆について一つお尋ねいたしますが、教唆行為が二人の対談のうちになされた、ところが相手はスパイであつた、特審局のスパイであつた。それで筒抜けに向うにばれてしまう。もちろん実害を発生するゆえんもありません。これはやはり教唆罪になりますか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。ここに教唆として、独立犯として規定しましたのは、先ほど申し上げました通り、他人をして一定の犯罪を実行する決意を新たに生ぜさせるに足る行為をなすことでありまして、相手方がこれを実行する決意を持つといなとを問わないのであります。     〔委員長退席、田嶋(好)委員長代理着席〕

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 ですから相手が特審局のスパイ様であつたならばせせら笑つておつただろう。けれども当人はもつともらしい顔をして聞いておつたから、これはしめしめというので、一生懸命教唆をやつた。翌日はすでに筒抜けになつておる。これはふんづかまりますね。教唆罪になりますね。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 教唆に該当するものと考えております。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 特審局のスパイでなくても、単なる対談の場合でも、ただ二人の場合でも同様でありますか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 御質問の通りであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 さらに進めまして、第三条の「その実現の正当性若しくは必要性を主張した文書若しくは図画」云々、これは先般来大いに論じられておるので、その点については言いませんが、まことにこれは重大なる規定であります。えらいことになる。そこで私のお尋ねしたいというのは、内乱の正当性や必要性を、たとえば私がここで論議しましたような口調でやるならばこれはひつかかるであろうが、実は特審局長も御承知だろうと思うけれども、マルクス、レーニン主義というのは必然性を分析しておるわけです。一定の社会は一定の条件のもとにくつがえる。新しい社会に交代をする。かかる方法によつて人類社会は漸次発展をして行き、また飛躍的発展を遂げるというわけなんです。これはサンエンテイフイツクに必然性を説いておる。けれども実は人間の頭の中は理知と感情というふうに一応区分はしておるけれども、統一的な頭であるので、やはり必然性ということはやがては必要性であり、それではやらなければならぬということになるのである。必然性を説かれるならば多くの人は必要性を感ずることになる。そこでお伺いするのは、正当性と必要性だけを対象とするのであつて、必然性のことにはこれは不問に付しておるのかどうかということであります。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。日本において内乱が現実に行われることの歴史的必然性を説くというものは入らない、該当しないものと考えております。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 近代頭の進んだ人々の社会で、やぶからぼうにそれ天下をくつがえそう、それ革命をやろうと言つたところで、だれも相手にしません。そこで最初から私が繰返すように、国民の今の苦痛は何か、何がその元かということを分析をする。その分析の結果はたどりたどつて、必ずアメリカ支配は、これはくつがえる。日本の買弁政権もくつがえる。日本民族の日本になるのだ。これは心然性なんだ。これは科学的に感情を交えず分析をして著述をやる、見る者は初めてそうか、そういう必然か、しかもそれは正しい、大多数の者が生きる道であるから正しい、それやれということになる。それでもこれは単なる必然性を著述したのであるから、第三条ではやらないということになりますか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。必然性を単に説くものは該当いたしません。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 大衆運動にはしよつちゆう集会がつきものでありますが、ことに屋外の集会、デモというようなことは、これは単に幹部会を開いたり、役員会議を開いたりというだけでは大衆運動は片がつかない。どうしても集会なり、総会を持つたり、あるいはさらにはこれが屋外に出てあるいはデモという形になるわけなのです。大衆の団結権、団体行動権は憲法で規定されておるのでありまするが、しかもこれは長い歴史の苦闘の結果獲得をした人類の貴重なる宝であるわけなのであります。ことに被圧迫階級の貴重な宝、その方向によつてのみ被圧迫階級は自己の運命を切り開き得るという唯一無二の宝なのであります。それに基いて常に集会をやり、あるいはデモをやる。ところがこれは第三条の一項二号のイ、これにみなひつかかる結果になる。これは単に労賃の値上げということを要求しての組合総会やデモであるならばひつかからぬとおつしやるが、今日はもうそういうものはない。みんな政治目的にくつつくわけなのです。賃金の値上げ、一銭一厘の値上げさえも政治に直結している。だからなぜ賃金を上げてくれぬか、その次に突き当る問題は、政治が悪いから、アメリカがおるからいけないのだとすぐぶつかつて来る。共産党の宣伝じやない。労働者は身をもつて敏感にこれを体得しておるわけです。そこで勢いどうしても政治上のスローガンを掲げることになる。いわゆる第三条第一項二号の「政治上の主義若しくは施策を支持し、推進し、又はこれに反対するため」になるわけなのです。スローガンを二号の今読んだこれに該当するものを一つや、二つは必ず掲げる。経済目的を並べてこれを掲げる。しかも多数の集会をやる、デモをやる、これは騒擾に必ずなります。だから私は第二条の質問のときに、正当なる活動とは何だということを聞いたわけなのです。集会、デモは憲法で規定しておるけれども、ほとんど空文に帰することになりはしませんか。これはいかがですか。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。憲法に規定する集会、デモが必ず騒擾になるという御意見には賛成いたしかねるのであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 ただ抽象的な、賛成いたしかねますということじやなしに、私がるる説明しましたように、事実大衆運動というのは何ですか。労働者が大衆運動を起すということは、みんなで頭の中で勝手なことを考えておつて、おれはこう思う、おれもそう思うということを次から次へ申し合せるということじやないのです。どうしても団結、団体行動というこの武器以外にとりつく武器はないわけです。それを憲法は近代憲法なるがゆえに保障しておるのです。それに基いて集会、結社、団体行動をやろうとすると騒擾は必ずつき物なのです。必ずというのはちよつと過言でありますけれども、多くの場合は騒擾はつきものなのです。そうすると第三条の一項の二号でやられることになる。そういうことになりませんかということを聞いておるのです。具体的に説明していただきたい。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。私どもは世界いずれの国におきましても、騒擾のごときものが憲法上認められるということは考えることができません。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 私の聞いておるのはそうじやないのです。これは騒擾罪の規定のないような刑法がどこの国にもあるとは私も思つておらぬ。問題はここに破防法第三条の一項二号が取扱つているこの騒擾というのは、これはもう刑法上のことじやないでしよう。刑法だけじやなしに、刑法としても罰するけれども、それを私は言つているのじやない。そうでなしに団体規制の根拠になるじやないのですか、及びそれの扇動、教唆をすれば独立罪として罰せられるのじやないのですか。そういうことになるから私は聞いているのです。それはまつたく憲法の認めた団体行動権や団結権を蹂躙することになりはしませんか。事実これは、もうこういう法律ができたら大衆行動はできませんよ。それはどうなのですか。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。第三条の第一項の二号イに規定する騒擾は、もちろん「刑法第百六条に規定する行為とありますので、行政上の観念ではありますが、刑法上の騒擾と同一の行為であります。それは結局におきまして、刑法もこの法律も最高裁判所の公権的な解釈により決定せられるのでありまして、騒擾は結局同一のものであると私は考えるのであります。従つて第二条に規定するがごとく、この法案は正当なる活動はごうも妨げないのであります。刑法によつて騒擾のごとき集団行為が犯罪として規定されるのは当然のことでありまして、世界いずれの国においてもかような行為は明瞭な犯罪、しかも危険な犯罪として規定されておるのであります。特定の国におきましては、かくのごとき行為はより以上の重大なる刑罰犯罪とし、日本国の刑法に見るがごとき軽い刑でなくて、非常にそれ以上に重き刑をもつて、ときには銃殺のごとき刑をもつて処断されておることは十分御承知のことと存じます。この法案は厳格に刑法上の行為を規定し、そのほか教唆、扇動というふうに厳格に規定してありまして、決して正当なる労働者の集団行為、集団行進というようなことは取締りの対象になるということはおよそ想像し得ないことと存ずるのであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 あなた方は良心的でないですね。そういうことを言われると私は大いに言いますよ。私の言つておるのは、騒擾罪を処罰するような刑法は、どこの国にもある。私はそれを今非難攻撃しているのじやないのです。ところがどこの国にも、文明国にはそれと同時に労働諸法規が設けられて、労働者の権利が特別に規定されておるのです。わが国の労働諸法規でもやはりこれをちやんと認めている。憲法も認めている。そこで大体団体交渉権や団結権を認めるそのことが、これは特に刑法の騒擾の規定の修正というような意味を持つものだろうと思う。本来ならばそういうふうなものはブルジヨア法概念からいうならば困るけれども、しかしながら今階級闘争が激化して来るし、被圧迫階級が有力になつて来て、何がしのおつりをやらぬことにはかえつて騒擾が大きくなる。そこでおつりを少しやるという程度のお恵みが、やはり憲法の団体交渉権やあるいは団結権あるいは労働諸法規による権利として認められておるわけなんです。それは刑法の規定する騒擾そのものに対する修正がちやんと規定されておると見なければならぬわけです。だから修正前の労働組合法には、刑法の規定を排除した規定が第一条第二項だつたか、確かにあるわけです。そういうふうに法理念がちやんと明らかに掲げられた労働法規が外国にはあるはずです。日本にもあつた。そういうわけで、単に騒擾を処罰するのはあたりまえではないかという態度では、労働運動も大衆行動も理解することはできない。私はそういう点からものを言つておる。だから本法のようなものを設けて憲法や労働諸法規や、せつかく長年の苦闘の結果ここまで到達した法益を、一朝にしてその機能を奪い去る結果になるということは、私が実例をもつて言つた通りです。もし多数が集結して一つの希望を通そうとすれば、勢い何がしかの騒擾的な行為になるわけです。それをことごとくひつかけることができるので、第二条に労働組合その他の団体の正当な活動はこれを妨げないということになつておりましても、これは単なる飾り文句になつて、正当なる行為は何にもなくなる。あなたがおいでになる前に特審局長にもうすでにお伺いしたことなんですけれども、これは正当なるということになると想像し得ることは、ある労働組合がこれでは賃金が安くて飯が食えぬ。それで大会を持つたりデモを組んだりすると、騒擾にひつかけられ、かつ本法のこれにひつかかる。第三条の二のイにかかるから、まあまあこれはひとつ代表を選んで、三人なら三人で賃金を幾ら幾らに上げてほしいということを資本家に対して泣きを入れる。これはおそらくあなた方の正当なる団体行動、正当なる団体活動ということの適切なる例であろうと思う。戦時中の産報でもこのくらいのことはやつておりました。戦時中の産報のごときはわれわれは労働組合とは思つておりませんが、それでもこれくらいのことはやつている。その程度のことも本法の実施後は許されなくなるのじやないか。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。勤労者の団結権及び団体交渉権に関連してお尋ねの点につきましては、私はまつたく反対の見解を持つものであります。御意見のごとく勤労者の団結権及び団体交渉権というものは、長き歴史的苦闘の結果そこに形成せられて来た一つの権利であることは私も十分承知しているところであります。しかしてそれらの権利もやはり憲法のもと、法律のもとにおいて行わるべきものであります。そのために暴力の行使というようなことが許されるということは、これはとんでもない話でありまして、労働組合法第一条の第二項はすでに田中委員におかれましても十分御承知と思いますけれども、念のためにここで読み上げますると「但し、いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない」というふうに書いてあるわけです。もちろん集団の多数蝟集するということは公然認められますから、それに伴う当然のことが、あるいは民事上、刑事上の問題の若干の調整はあると思うのでありますが、断じて暴力的の行為があつてはならないということは、法律が定めるところであります。およそいかなる国の労働組合法におきましても、お尋ねのような、そういうような規定はどこにもないと私は思うのであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 それは大言壮語であります。私今ここに外国の労働法規を持つて来ておらぬけれども、私の記憶に存する限りでもそういうことはありません。日本の労働組合法を改悪されて、今読まれた通りに暴力の行使はこれを正当行為と解してはならぬというふうになつたけれども、改正前の規定を御承知でありましよう。改正前の規定の方が正しい姿なのです。改悪されて、もうすでに反動化されて、そういう反動立法になつておる。そういうインチキな労働法規では基準にならぬのです。もし必要ならばあとでお目にかけてもいい。それはそれでいい。それでいいが、ともかくもこれによつてあなた方が第二条で保障されておる正当なる活動は制限しないということが必ず空文になる。これはきまりきつております。しかしそれを今ここでいろいろ論議してもしかたがない。先へ進みましよう。  第三条の二号のリ、これは文字解釈の問題ですが、「この法律の規定により調査に従事する者に対し、凶器又は毒劇物を携え、多衆共同してなす刑法」これこれの罪、そこでこれは凶器又は毒劇物を携え」かつ「多衆共同して」という意味でありますか。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。意味としてはお尋ねの通りであります。「凶器又は毒劇物を携え」そして「多衆共同してなす」こういうことに相なつております。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 そうすると多衆というのは二人以上のことでしようが、そこでまずお尋ねしましよう。たつた一人おつた、それが何か凶器を持つておつた、そうして公務執行妨害をやつたという場合には、このリには該当しないのでありますか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 たつた一人の場合は該当いたしません。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 二人以上のときは該当しますね。イエスですか、ノーですか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お尋ねの通りであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 「凶器」はわかりますが、「毒劇物」というのはどういうものですか。たとえば人糞とかあるいはとうがらしの目つぶしとかいうのは毒劇物になりますか。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。この法案に規定する「毒劇物」とは、人体に接触または吸飲等によつてその身体に傷害を与えるものをさすのであります。たとえて申しますならば、硫酸、塩酸、硝酸または黄燐というようなものが要するにかようなものであつて、人のからだに接触するとかあるいは飲むとか振りかけるとかいうことによりまして、人の身体に傷害を声えるものを毒劇物と称するのであります。人糞はこれには当りません。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 とうがらしの目つぶしは……。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 とうがらしももちろん毒劇物ではありません。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 いや、何もそれをやろうというわけで聞いておるわけじやありません。ついでに文字解釈をもう一つ聞いておきますが、この三条の第二項「団体の支部、分会その他の下部組織も、この要件に該当する場合には、これに対して」云々、そこでお尋ねするのは、本部、支部というふうな、あるいは分会というふうな組織を持つた全国的な団体で、そうしてその一つの支部が本法に違反をしたという場合に、団体規制は、その支部なり当該分会にのみ適用されるのであるか、あるいは本部、全体の組織に適用されるのであるかということです。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。お尋ねの通りであります。その支部だけであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 たとえばここに全国的な組織があつて、全国に五十なら五十という支部を持つておる。その下には無数の分会があるというふうな場合、そのうちで十なら十という支部が本法に違反する行為をやつた、また何千とある分会のうちで百なら百という分会が違反行為をやつたという場合に、これを集積して、かかるがゆえにこの団体は破壊主義団体であるという認定の基礎になるがならないかということであります。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 なりません。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 そこで最初に申しましたように、この第三条の主として教唆、扇動ということの実際の適用を明らかにしておく必要と、私はいろいろな設例をしてみたい。まず演説ですが、たとえばこういう内容の演説をやつたとします。設例ですからもちろん抽象的なものとして考えられてけつこうです。アジア侵略の共同の敵アメリカ帝国主義者どもを葬れ、中国はすでにこの偉大なる事業を完成し勝利をした。朝鮮でもこの闘いを勝利的に推進しつつある。ヴエトナムまたしかり、ビルマ、マレー、フイリピン、いずれの国、いずれの民族もアメリカ帝国主義並びにその亜流たる英仏侵略主義と闘つている。わが日本国民もこれらアジア兄弟と相提携して実力をもつてアメリカ帝国主義を追放しなければならない。真の民族の独立を闘い取らなければならない。まあかりにこういう演説をぶつた人があるとします。そうするとこれは該当するかせぬか、該当するならばどこに該当するか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。実力が何を意味するか、ただ実力では当りません。殺人とか放火とか、いろいろな具体的な内容が出て来ますと問題になります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 大分はつきりして来た。その次にこういう演説をやつたとします。民族の独立、基本人権を闘いとることは正義である。日本を植民地化し、憲法を破壊し、人権を蹂躙しているアメリカ帝国主義並びにその番犬吉田反動政府を打倒しなければならない。そのためにはいかなる手段に訴えようとも完全に正義であり、少しの躊躇も必要なことではない、という趣旨の演説をしたとします。これはひつかかりましようか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 だんだんむずかしい御設問になりますが、いかなる手段内容かはつきりしておりませんので、それだけでは該当しないものと思います。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 それでは、五月一日のメーデー・デモ事件は、明らかに国民がアメリカの植民地支配に対する燃えるような反抗心を抱いておることを証明する。そのことはアメリカ自動車の転覆放火、アメリカ軍人に対する暴行等の中に明らかに現われておる。民族の欝積せる怒りと欝憤の爆発が、すなわちこのメーデー・デモ事件の真の意義である。このメーデー・デモの姿は、さらに発展を遂げ、全民族的な総決起となつて、初めて実力によつて彼らの追放と民族の独立は闘い取られるであろう。これもかかりませんか。具体的にすでに五・一メーデー・デモのことで、犯罪と称するものが引例されている。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。当らないものと思います。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 今不景気であるのに、税金が高い。店はぶつ倒れる。農民も非常に四苦八苦しておるのに、さらに税金がやたらに高い。農民も商人も労働者もそうですが、悪税反対というので、非常に運動しておるわけであります。そこで税金闘争ということが今も起りつつあるが、将来大いに発展して来ると思います。そこでかりに悪税によつて非常にいじめられた部落なら部落、村落なら村落があるとします。そこで村民大会を催した。そこで組織者なり指導者の一人が演説をぶつた。その内容は、もうどうにもならぬ、だからひとつ税務署へ押しかけて行こう、気勢を添えるためにむしろ旗を立てて、はち巻をして行こうじやないか、そうして税金を負けるという約束をせぬことには税務署の周囲にたとい二日でも三日でもすわり込もうじやないか、弁当を二、三日分用意して来いというような演説をしたとします。これはどうでしよう。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。すわり込み陳情をしようというようなことではないかと考えておりますが、入らないものを考えております。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 同様に職業安定所の労働者の闘争が今盛り上つております。御承知のように都会で二百四十円見当、いなかでは二百円見当しか日給がもらえないのでありますが、これが実は月のうち十五日か二十日くらいしか労働が割当てられない。家族が自分を入れて五人というのが平均になつているようですが、とてもこれでは飯が食えぬということはわかり切つている。そこで生きるか死ぬかというので職安労働者が闘争を起している。あぶれ反対闘争、仕事をくれ、たつた十五日の働きでは飯が食えぬじやないかという必死の闘争をしております。そこで演説をぶつた。われわれは憲法に保障されているところの生活をする権利がある、食つて行く権利がある、餓死しなければならぬ義務はどこにもない、政治家が悪いからこういうことになる、あれだけ厖大な予算を組みながら鼻くそほどの失業対策費用しか出さぬじやないか、けしからぬ、まず職安に押しかけろ、場合によつては職安をたたきつぶしてしまえというような相当激越なる演説をぶつたとする。最後の職安をたたきつぶしてしまえ、具体的な方法は示しておりませんが、たたきつぶしてしまえという言葉で演説を終つたとする。これはどうでしよう。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。たたきつぶせということが暴行脅迫を意味するというような場合には、これはなかなか重大な問題になると考えます。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 もう一つ、二つですからぜひとも聞いていただきたい。今やはり日本で政府は再軍備はやつておらぬと言つているけれども、これは政府委員諸君もまさか日本が再軍備への過程を歩いておらぬなどとはお考えでありますまい。どんどんアメリカのための再軍備をやつている。しかも今では警察予備隊という形であるが、これへの応募者さえも、もう一般の輿論が再軍備反対、兵隊はいやだ、アメリカの肉弾に供せられるのはごめんだという考えが徹底しております関係上、徴兵反対という運動が起きております。徴兵反対は飛躍し過ぎるようであるけれども、実は政府の意図がいろいろな方面から伝えられている。すなわちアメリカの選抜徴兵制なるものをしこうとしているということも伝えられている。すなわち純然たる徴兵制度、あの軍国主義時代の徴兵制度というものを復活するわけにはどうもぐあいが悪いので、そこで形は自由応募という形をとりながら、実は政府は各地方団体の長に対してお前の村は十人ほど人を出せ、お前の県では二万人出せというふうに人の割当をして来る。それでもつてその村なり県なりは責任を持つて出さなければならぬ。そうするとそこの区域の壮丁に対して、お前はひとつ警察予備隊——今度は保安隊かもしらぬが、保安隊に入隊希望書を出せというので、勧誘という形ではあるが実は半強制的な方法で兵隊を募る。警察予備隊員も募るということがまあ行われようとしているというふうに流布されております。おそらくはこれは真相だろうと思う。単なるデマではないと思う。そういうふうな過程は、必ず今度は実現して来ると思う。そこで国民は命の問題であるので真剣になつて、ことに学徒及び青年は今実に真剣になつて徴兵反対、再軍備反対、戦争反対アメリカ帝国主義逃げてくれというので熾烈なる運動を起しております。学生の運動を非常に政府の諸君は軽く評価されているかもしれませんが、私どもの見るところではこの問題にも関連して非常に重大なる意味を持つていると思います。そこでそういうふうな徴兵反対、戦争反対というような機運が起つている。その種の催しがあつちでもこつちでも催される。しよつちゆう演説がぶたれる。その演説でこういうようなことが言われたとする。われわれはアメリカ支配を基本とする日本の戦争態勢というものは絶対反対、われわれはそういう政策を行おうとするような買弁政府であるならば、われわれは実力に訴えてでもこの政府を打倒しなければならぬ、われわれは真に民主的な自主的なる民族の平和態勢を打立てなければならぬ、戦争は絶対反対である、徴兵に応募するなというような趣旨の演説をやつたとします。これはかかりますか。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。実力によつて打倒するという表現でありますが、内容がそれだけでははつきりいたしませんから、単にこれだけであつたらば、もちろん法律のもとにおいて活動しているものと思いますから、これだけであるならば該当しないものと思うのであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 どうもあなた方ほんとうにそういうように思うておられるならいいが、大丈夫ですかね。かからぬかからぬと言われるが……。  それではもう一つ。軍事施設があちこちに今どんどんつくられる。及び警察予備隊なり今度の保安隊なりのために、これまた広大なる地面が強制的に取上げられる。そこで農民その他土地に関係を持つているところの国民は、非常に神経をとがらしているわけだ。土地取上げ反対闘争というものも今起つている。将来ますます起る。勢いのおもむくところは、取上げをしようとする政府機関に、あるいはその背後にあるアメリカ政府というものと正面衝突をいたします。われわれは戦争のための土地坂上げに対しては絶対反対だ。アメリカの戦争態勢に協力する意味での今の政府の土地取上げ政策に対しては断固反対だ。それまではいいと思います。それから、それをもし強行しようというならば、これは死活の問題であるがゆえにいかなる手段に訴えてでも、場合によつてはいかなる種類の犯罪を犯してでも、われわれの生活を守らなければならぬという意味のことを演説したとします。どうでしよう。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。ただいまの事例におきまして土地取上げという問題に対する反対、これはもちろん「政治上の」云々という条件に当る問題でありまして、その条件の中にいかなる犯罪に訴えてでもということに相なりますと、その犯罪ということが当然どういうことであるか、大体のところは相当各種の事情から推定されるものである。しかしてそれらのものが三条二号のどれかにかかつているということに相なりますと、さような激越なる文言は、教唆なり扇動なりのいずれかに該当する場合が多かろうと思うのであります。

田嶋好文自由党

○田嶋(好)委員長代理 これにて休憩いたし、午後二時より再開いたします。     午後一時休憩      ————◇—————     午後二時三十五分開議

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 休憩前に引続き会議を開きます。  この際お諮りいたしますが、一昨八日より九日にかけて、早稲田大学に起りました事件について、警視総監田中榮一君、早稲田大学総長島田孝一君、同大学厚生部長兼学生課長瀧口宏君、以上三名の方を参考人といたし、その状況の説明を求めたいと思いますが、御異議ございませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 御異議なしと認めます。よつてさように決します。  なお後刻本件について、文部省当局より政府委員が出席される予定になつておりますから、この点を御報告申し上げます。  それではこれより政府委員及び参考人より、本件の状況について順次説明を求めます。早稲田大学総長島田孝一君。

島田孝一早稲田大学総長

○島田参考人 ただいま委員長からお話がございましたように、五月の八日から九日の明け方にかけまして、大学において事件が発生いたしましたことは、皆様もすでに御承知であろうと思います。私はこの際事件の概要を最初に申し上げまして、皆様の御参考に供したいと思うのであります。  この事件がまず始まりました時刻この事実も、はつきりお認めを願いたいのであります。さらにその後に山本君が、多少気分が悪いというようなお話がございましたので、私どもは礼を尽して、この方を教育学部の学部長室にお移しして、学部区長用のソフアーを提供し、食事も差上げ、かつまた少し気分が悪いから、熱があるようだからという話も伺つたものでございますから、頭を水で冷やしてあげるというまでに、私どもは十分な礼を尽して、この方をお取扱いしたと私どもは信じております。ことに学生数名をつけまして、ほかの者が暴力でも加えることがないようにという注意もいたしたのでありまして、この点はおそらく警察側には当時はおわかりになつておらなかつたことであろうと思うのであります。後に伺いますと、彼がどんな悲惨な状態にあるかわからないから、一刻も早く奪還をするのである、従つてそのために実力行使もやむを得ないと、こういう御解釈があつたようでございますが、私はこの点を委員の皆様に申し上げるにあたりまして、少しもここで誇張をしたり、事実を歪曲して申し上げる考えはないのでありまして、真実の、私の知る限りのフアクトをフアクトとして申し上げておるということだけは、ひとつ委員の皆様が御承知を願いたいと思うところでございます。なお私はいろいろ申し上げたいことがあるのでありますが、第三点として申し上げたいと思いますことは、先ほど触れました実力行使の問題でございます。この点につきましては、御承知のように新聞でも伝わつておりますように、増井警備第一部長、それから衛藤第四方面本部長、それから前の戸塚署長の江間孝三郎、もうお一人私は名前を存じ上げないのでありますが、四人の方が私の自宅においでになりまして、いろいろこれについてのお話がございました。そのときのお話を私申し上げるといたしますと、大体二点に要約ができると思うのでありますが、第一点は、先ほど申し上げた山本君の奪還を何としても断行しなければならない、こういうお話でございます。そのためには、あまりに三者協議会の時間が遷延いたしますならば、そこにおいて実力行使やむを得ない、こういうお話であつたのであります。私は、しかしそれにお答えいたしたのでありますが、第一点につきましては、むろん私といえども、何らこの山本君をお帰しいたしますことに躊躇するわけでないのでありまして、一刻も早く御自由にお帰り願うことを私ども大学当局としては衷心から望んでおりましたことは当然でございます。ただ当時の状況のもとにおきましては、おそらく学生諸君がなかなかいわゆるわび証文でも書かなければお帰しができないということを言い張つておつたことも事実でございましようから、そのデリケートの関係のもとにおいて考えられるということが、この問題についての一つの考え方であるのじやないかと私は思つたのでございますが、私はあげられました第一点について、何ら私自身として反対すべき根拠を持つておらないのであります。ただ第二点でございます。どうしても実力行使をしなくちやならぬというようなお話が場合によつては起るのだということでございますが、しかし私はこういうお答えをしておるのであります。むろん私は学園内に警官の方が実力を行使なさるということ自体、そのものについてはまつたく拒否をする権利も何もないのでございまして、私がかりに了承いたさぬといたしましても、先方でその必要ありとお認めになつたときは、是が非でもおやりになるでございましよう。また場合によりましては、大学自体がみずからの学園の平和と秩序を維持せんがために、警察側の協力を求めなければならぬ場合もあるいは生ずるでございましよう。現に一昨年の十月十七日に起りました大学内の事件におきましては、かかる一つの例が現われておるわけでございます。しかし今回の場合は、私は前回の場合と非常に趣を異にしていると申し上げたいのでございましてすなわち三者協議会とでも名をつけられるような——決して学生だけが警察官の方と相対立して学生の司会のもとに何も行うということではないのであります。大学当局も責任ある者が数名これに参加いたしまして、ことにその場の議長は、ここにおられる瀧口学生厚生部長でございます。この司会のもとにおきまして、まさに解決の一歩手前まで来ておる際に、それでも時間がただ遷延するからという根拠のもとに実力を行使なさるということは、私としては耐え得られないところでございまして、私は最後まで、もうしばらくお待ちを願いたいということを——これはすべて電話連絡でございますが、しきりに希望しておつたのでありますが、遂に私の目的は達することができなかつたわけでございます。  いずれにいたしましても、この問題について、もう一言私はお許しを得て申し上げたいことは、何がゆえに、かかる長時間にわたつて協議会が行われたかというこの点でございます。私は、学生が警官に対しましてかかる行動に出たことはまことに遺憾であるから、一筆書いて今後そういうことがないように誓つてほしいということを要求したのでございますけれども、どうしてもそれを最初お書きにならぬとおつしやるのであります。後にはお書きになるとおつしやつたのであります。今もうすぐ来るから、それまで待て、こういうお話でございまして、結局この時間の遷延を理由にいたしまして、その後起つて参りましたこの実力行使という問題は、いずれにその原因があるかということを賢明なる委員諸君も十分にこの席で御判断を願いたいと思うのであります。大学側がはたしてこれを延ばしたのか、警察側が故意にこれをお延ばしになつたのか、その点をひとつはつきりさせていただいて、この問題についての御判断を煩わしたいと私は衷心から希望いたします。  それからもう一点私の申し上げたいことは、学生が一筆書いて今後かかることの再び繰返すことのないようにしてほしいということを言つたわけでございますけれども、これがはたして妥当であるかどうかという問題、そういうことは学生として警察官に対して要求し得るものなりやいなやという問題でございます。私は多少ここにも学生側にあるいは行き過ぎがあつたのじやないかということを認めます。あるいはそれ以前に起りました、すなわち軟禁の初期の状態においては、あるいは学生側に遺憾の態度があつたのじやないか、率直に私は大学側のかかる事情も皆様にありのままに申し上げたいと思います。しかし私は後に起つて参りました最後の場面について二つだけのことを申し上げたいのでありますが、その第一点は、警察官が、やはりどこからの命令でございますか、上の方から、私が完全な了解を与えてないにかかわらず、実力を行使なすつたというこの点でございます。増井第一部長が、私が了解を与えたと新聞にはおつしやつておられます。私はこの点はどちらを皆様がお信じになるか、これは賢明な御判断におまかせするよりほかないと思うのでありますが、私は最後の瞬間まで、お待ちを願いたいということは懇願しておるのであります。ただ先ほど申し上げたように、原則的に大学というものが警察の実力行使というものをあらゆる場合において拒否し得ないというその原則を認めるのだということを私は確かに言つておりますので、あるいはそれを一つの根拠になさつてそういうことになつたのかもしれない。ことにまた私はここまで申し上げたいのでありますが、最後にちようど一時二十分前くらいでございましよう。時間が私はつきりいたしませんが、おそらく十二時四十分と申しましようか、一時二十分前と申しましようか、その明け方のことでございますが、おそらく戸塚署と想像されるのでありますが、私のところにわざわざ電話をかけて来られました。私はさつそく受話器をとつたのでありますが、みずからおかけになつておる電話をみずからお切りになつて、その後私がいくらこちらからお呼出ししても応答はないのでございます。私はこういう想像をいたしますことは非常におかしいと思いますけれども、おそらくその際が実力行使を御決定になつた時刻であつたのじやないか。しかも私にそういうことを一方的に御通告になろうとなさつたのであろうと思われるのでありますが、そのことは一言もお触れにならないで、ただ私を電話口にお呼び出しになられて、しかも電話をみずからお切りになつて、そのままあとの連絡が断たれてしまつた、こういうことは私非常に遺憾に考えるのであります。私はそういうこまかいことを申し上げる考えはないのでありますが、いずれにいたしましても、その点について私は非常に残念に思つております。  それからもう一つは、今回の学生の態度でございます。私は最近しばしばわれわれの学園内に起ります学生の運動についても、決してこれを是認はしておりません。学生側に非がございますならば、あくまで糾弾する立場に立つておるのでありますが、しかし今回学生によつて示されました実力行使の際における態度というものは、さすがに私は自分の大学の学生を何か弁護して申し上げる考えはございませんけれども、私は相当にりつぱな態度を示してくれたと思つております。  最後に、私は、大学といたしましてこの問題についてどういうことを考えておるかということを、ごく簡単に一言だけ申し上げて、最初の御命令に服したいと思うのでありますが、ただいままで学園内におきまして、この問題の措置といたしまして考えておりますことは、ここに告示といたしまして大学の学生に対して一般に示しておりますことの中にはとんど尽きておると思うのであります。それだけをひとつ読み上げることをお許し願つて、私の参考人としての責めを免れさせていただきたいと思います。私どもはこういうふうな表現をいたしまして、これは新聞にも出ておるので御存じであろうと思いますが、繰返して私申し上げたいのでありますが、  最近の諸大学における状況にもかかわらず、警察の学内連絡が不十分であつたため、それが事件の発端となつたことは遺憾である。但し、当初一部学生に多少穏当を欠く行為のあつたことは認められる。  大学当局、警察、学生の会談が妥結せんとしていたときに、突如武装警官が学内に侵入し、不祥事件を引起したことは、はなはだ遺憾である。この際、真に学園の自治と研究の自由を確保しなければならない。ついては、学生諸君もわれわれ自身の力で学園を守ることをかたく期して、ほしい。なお大学においては、事実調査の上、善処するから、学生諸君においても、再びこのような事態を生ぜしめないよう、十分に自重をせられたい。  こういうことをさきに学生に申しまして、私どもは今後十分皆様の御意見も伺つた上で、大学が大学らしい解決策をここではかりたいと思つておるのでありまして、いたずらに私どもは、警察側の方と摩擦をこれ以上起しまして、事を構えるというようなことは全然考えておりません。のみならず、私がただ一言ここで言わしていただきたいのは、治安の問題はわが国の現下において非常に重要な問題の一つであると信じております。にもかかわらず、警察の諸君があまりに妥当を欠いた態度を今後においてもお続けになるということは、この治安問題をほんとうの意味で十分に解決する上には、むしろ害があつても益なきことではないか。正々堂々と、完全に治安の維持のためにお尽しくださることを私は衷心よりお願いしてやまないし、また大学は正しいかかる態度について、心からの御協力を申し上げるということは、私はここで衷心からお誓い申し上げてさしつかえないと思つております。

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 なお具体的な事実の詳細につきましては、いずれ後日各委員の調査に譲りまして、この際委員長として簡単に二点だけ島田総長にただしておきたいのであります。それは山本巡査のいわゆる軟禁から、実力行使までの間に長時間の交渉を要したようでありますが、妥結に至らず、長時間を要したその理由がどこにあつたかという点と、次官通達が大学の自治と警察権の限界とを調整して大学を管理する上においてすでに不十分ではないかというふうに思われる節があるのではないかといわれておりますが、この点に対する御意見と、この二点だけを簡単に承つておきたいと思います。

島田孝一早稲田大学総長

○島田参考人 ただいま委員長から二点について御質問があつたのでありますが、第一点は、先ほど私触れましたように、時間の遷延は確かに数時間にわたつてあつたわけであります。しかしその原因が那辺にあつたということは、主観的に考えますならば、いろいろ見方もございましよう。ただ早稲田大学を代表いたします私といたしましては、なぜ内容のそう著しく極端でもない一枚の紙をお書きになるということをあれほど長く拒否なさつたか、かつまた、最初はお書きにならないとおつしやつているのに、あとでは、よろしい、こういう情勢のもとにおいては書こうということを表明しておられながら、何がゆえにそれを御実行にならなかつたか、その点からこの時間の遷延というものが遂に起つて参つた。大学側におります私どもとしては、一応そういうことをただいま考えておりますことを率直に申し上げたいのであります。  第二点の御質問でございますが、いわゆる次官通達の問題でございます。この点は、先ほども申し上げましたように、私自身の考えといたしましては、次官通達それ自体は決して広きにわたつているとは考えておるのではございませんで、公安条例に基きますところの集会並びにデモが学園内において行われたことについてのみ考えられた通達であると私は解しておるのでありまして、それ以外の問題について現在ございます次官通達というものを援用しようということにおいて、すでに多少の行き過ぎがあるのではないかと私自身は考えているのであります。ただ問題は、先ほども触れましたように、現下の情勢下において次官通達の線を守るということが、本来その通達に示されております範囲外の問題におきましても、必要であるかないかというのが、ただいまの問題であると私は思うのでありまして、私はそれを先ほど申し上げたのであります。問題は別であるかもしれない。しかし精神において、次官通達において示されたその精神、趣旨というものを、大学の場合においては使つていただくということができるならば、私どもとしてはたいへん幸いである、これを申し上げたのであります。しかしならが現在現われております次官通達そのものだけをとつてみますならば、おそらくまだ考慮の上で改善すべき余地も多々あるかと思うのでありまして、これはさらに文部当局並びに警視庁の当局が今後いろいろお考えになつて、これを利用する上において、ただいまのような疑義を生じましたり、あるいは適用の上においてのその範囲が不明瞭であつたりするのを一掃していただくことができれば、なお幸いであると考えている次第でございます。

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 次は、早稲田大学厚生部長瀧口宏君にお願いいたします。

瀧口宏早稲田大学学生厚生部長兼学生生活課長

○瀧口参考人 現在早稲田大学で学生厚生部長をし、かつ学生生活課長を兼ねております瀧口宏であります。当日は東京大学の会議に出ておりまして、その事件の発端について目撃をしておるのではありません。従いまして、その事件の発端につきましては、ただいま島田総長から御説明のありました以上につけ加えることを差控えます。  七時十分ごろでございましたか、私は島田総長のもとまで訪れまして、島田総長がちようど、事件の重大であることを収拾されるために、みずからおうちを出ようとしている場面に遭遇したのであります。私は島田総長に、しばらく待つていただきたい、私がまず行きますというので、それでおわかれをして、ただちにやつて参りましたところ、すでに大学の正門階段前には、二百名近くであるかと思うのでありますが、武装警官が並んでおつたのであります。その先頭に神楽坂の署長が私服でおり、また私の知つている範囲で見受けましたところ、戸塚警察署の次席であるか、三席であるかの顔見知りの方がおられたのであります。この方は武装しておられました。そこで私は署長さんに、今私が一応向うへ行つて事態を収拾するから絶対にこの武装警官を中に入れないようにしていただきたいということを申し述べまして、二号館と本部のちようど中間で固まつてやつておつたものでございますから、そこへはせつけたのでございます。そこでちよつと註釈めいたことを申し上げますが、本来学生部長もしくは補導部長というようなものは、どこの大学へ行きましても、大体一部の学生諸君からは反動の巨魁のごとく見られているものであり、多くの場合に、学生部長が出て参りますと、事態はかえつて急迫になることが多いような場面があるのでございますが、私が参りまして、学生諸君は拍手はもちろんいたしませんでしたが、静かに私を迎え、そうして私が、諸君、まず静かにぼくの言うことを聞いてくれと言つたときに、一言の声もなかつたという状態でありました。私は学生諸君に、軽挙妄動することの絶対いけないことを述べまして、それからただちにそこにおられました二名の私服の方、これは後にわかりましたが、一名の方が、問題になつております山本巡査であり、もう一名の方は、藤沢ですか、藤田ですか、警部補の階級だろうと思いますが、ともかくおいでになつたのは、六時ごろの方で、神楽坂署長の代理としておいでになつたということであつたのでありますが、この両名の方でございました。そうして学生に聞きますと——学生ばかりでなく、御両名にも聞いたのでありますが、当時の段階は、この御両名で一筆書こうという段階にまで到達しておつたというのであります。そこで私は、学生の大勢おる中でもつて一筆書かせようということが、脅迫的な行為であつたとするならば、はなはだ遺憾であると存じましたので、御両名にその旨を伺いましたところ、われわれは書いてもよいのだ、ただ、すぐそこに署長がいるから、それと連絡をとつて、署長がうんと言えば、われわれは書くんだ、こういうお答えでありました。署長がうんと言えば書くということは、すでにこの近くに武装警官が多数おり、そこに多数の学生がおるという段階におきましては、きわめて円満に解決させるための唯一の道であると私は考えましたので、それではお書き願いたいと言いましたところが、そしてまたすでに私が参ります前にこの両名の方々と署長との間には連絡がとり得たそうでございます。これは確認はしておりませんが、学生に言わしめますと、御両名の御意見を署長さんの方に行つて伝えたということを言つておりました。私が参りましてから御両名の御意見というものを署長さんにお伝えするという約束をしたのであります。その際に私が連絡役に当つても、あるいはその御両名のうちのいずれか一名が連絡役に当りましても、学生の多少の動揺は避けられないところであり、学生が多少でも動揺しますならば、武装警官がそこに入つて来るというきつかけにもなるというまことに不運な事態を起す可能生がございましたので、私の課におります川原田というものを呼びまして、そしてこの川原田君に、私だけの意見で、この御両名の御意見を直接署長さんに伝えていただくようにしたのであります。この御両名の意見は最初二回は口頭で、第三回目はたしか、書面に書いていただいて、その書面に書いていただいたのは警部補の方でございますが、紙に書いていただいて、その裏に私がさらに、この事態は署長さんがうんと言つてくださるのが事態を収拾する唯一の道であるからお願いしますといつて、そうして添書をいたしまして持つて行つていただいたのでありますが、不幸にして署長さんからうんという御返事がなかつた。この警部補の方は署長さんにここに来ていただいた方がいい、もしくはいただいてもいいということを言われておりましたが、私としては署長さんをことへお招きするということはかえつてぐあいが悪いと思いましたが、私自身の言葉としては何も先方に申し上げていないのであります。そうこうしている間に文学部の荻野教授並びに根本教授が現場にやつて参りまして私たちの中に入つたのでございます。この三名でもつて何とか事態を収拾しようと思つておりましたところへ教育学部長の佐々木教授がまたやつて参りました。佐々木教授に伺いますと、佐々木教授はずつと二階からこの事態を静かに見ておつて、そうして学生諸君がきわめて冷静に君の言うことを聞いておるというのに自分は感激した、そこでこの事態をすみやかに解決しなければならないと思うから老骨をひつさげて飛び込んで来たんだ、場面が違うかもしれないが、私が解決つけられるならしようということでございました。それから神楽坂の署長さんに、そこに参ります前にお目にかかりまして署長さんと打合せをしまして来られたのであります。その打合せの内容を佐々木学部長から聞いたのでありますが、この事態を解決させるために大学側と警察の方々、警長さんを含めまして、そうして学生をまじえて別室でもつて懇談といいますか打合せというか、そういうものをやりたいと思うがいかがであろうか。これに対して署長さんはそれはその方がよろしい、自分は喜んでそこに行きます、もし陳謝すべきことがあれば陳謝いたしましようと、こういうふうにお答えになつたそうでございます。そこで佐々木学部長さんからこの模様を学生一般に伝え、学生もただちに納得し、私が爾後の方法について伝え、ただちにこれも学生が納得し、そうして別室、つまり二号館の一階の部屋でもつて会談を持つことになつたのでございます。その際先ほど総長が申されておりましたように、四名の者と十名の学生、実は十二、三名入つて来たのでありますが、それを十名に整理をいたしましてあとは返したのであります。十名というのは署長さんの御了解を得ております。そして署長さんと、それから先ほど申しました二名の警官の方、それからあとからいつお入りになつたか明瞭に私は覚えておりませんが少し小太りの、警視庁の方ということを後に報道の方からお聞きしました、そういうような方々が警察側としてお入りになつた次第でございます。そして二言、三言言葉をかわしておりました。署長さんの言われるのに、私はこの事件の発端について何も知らないのだ、だからきようの打合せはここまでで打ちとめて、これはまたあらためてしたいものだとおつしやるので、それではちよつと話が違う、のみならずそれは事態を収拾する道でないということを私も佐々木部長も説きまして、そうしてお願いをしまして、さらに話を進めることにいたしたのであります。この間学生には、私は終始静かにするようにと申しておりました。事実学生はまことに静粛であつたのでございます。このことを裏書きすることといたしましては、たとえば近くの学部で授業を受けておりました学生諸君の中にまつたくこの事件を知らないで帰つておつて、あくる日の朝新聞を見てびつくりしたというような学生もおりますし、そういうような事態であつたということを御了承願いたいと思います。もちろんその間に二言、三言私が申すことに対して多少のやじが飛びましても、そのやじに対しては仲間の者がすぐ制するという事態でありました。もとより一回四階の方からビラをまいた事実がございます。このビラにいたしましてもまき始めるとすぐ学生の大多数がやめろやめろというように申しまして、そのビラまき行為をやめさせたというのでございます。そこで話の方でございますが、その次の段階に入りまていろいろとすつたもんだ話がございましたが、それは省略いたします。その中でもつて先ほど総長が申されました次官通達の問題が出まして、学生から次官通達に反しているというようなことが出まして、これに対して警察の方々から次官通達と逮捕状の問題は別問題であるというお話であるので、私は学生を制しまして、実際それは警察側の言われるように次官通達に逮捕状の文字はないし、事実言われるその通りである。法理論云々ということが警察側から出たのでありますが、そういつたようなことを続けまして、この次官通達のそのままの問題ではないが、次官通達の精神にのつとつて署長さんお考えくださいと言つたことに対しては、署長さんが、私は同感だということを言つておられます。そこでその次の段階は、この交渉が署長さんによつて運ばれたのでございますが、なお言い落しましたが、この会談では終始私が議長としての仕事をし、また学生諸君も、佐々木学部長までも私の議長としての立場を認めまして、発言する場合には必ず私の了解を得て発言をしておつた。中には興奮いたしまして一言、二言学生のしやべつた者があるが、全部私が制すればやめてしまつた。私の了解を得ずに発言をせられたのはこの警視庁から来られたらしい小太りの方だけでございます。あとは全部私の統制のもとに発言をせられたという状況でございます。さてこの署長さんがちよつとお立ちになりまして、私に私語をされたい様子なので、私はそばに行きまして、何ですかと伺いましたら、学生の方から、大きな声で言つてくださいという希望も出ました。それに対して、今署長さんが何か二人だけで話したいらしい、私は承るのだ、君たちは黙つているようにと申しまして、私が署長さんから承るところによりますと、今すぐそこに荻野巡査が来ているから荻野巡査に連絡をとつて一筆書いてもらう。これは書かせるという命令形ではなかつた、書いてもらう。だから連絡を出すのだ、しばらく待つてもらいたい、こういうお言葉でございました。今すぐに、そうしてしばらくという言葉を私はそのまま信じまして、それは十分あればいいのだ、そうしてその事態がここで円満に解決するのだということを考えまして、どうかそうしていただきたいと署長さんに述べたのでございます。署長さんは、たしか警部補の方であつたと思いますが、その方を連絡に出しまして、なお途中に学生がいるといけませんから川原田君——私の課員をつけまして途中まで出した次第であります。その警部補の方がどう連絡されたか。荻野巡査がすぐそこでどこにおられるかということを聞くのは失礼に当ると思いましたので質問も何もいたさなかつたが、しかしながら待てど暮せどお帰りにならない。いまちよつとというお話が三十分たつてもお帰りにならない。そうしてその間に警視庁の太つた方はこのようなことを言つておられた。いたずらに時間を遷延すれば実力行使のやむなきに至るかもしれないという注意をされた。私はそれを、ちよつと待つてください、そういうことを今言われる段階ではない。今ここのところへ解決のための文書が来るのだということを思いまして、待つてくださいと言つた。またその同じ方がこういうようなことも言われた。この山本巡査はきよう午後から大分疲れておる、のみならず病み上りであるから、そうしてまた晩飯も食べていないのであるが、あなたはこの巡査をいつまでもこうして置くつもりかという御質問があつた、それに対して私は別にこの方にいてくださいとも、立ち去つてくださいとも言う権利を持つていない。つまりこの方のからだを私は拘束しているのじやないということを表現いたしまして、但しよくお考えになつていただきたい、今武装警官がそこにたくさんいるんだ、たくさんの学生が静粛に待つているんだ、このままこの方が出て行くと学生がわあわあ言うかもしれない、わあわあ言つたときにただちに事件が起るんだ、だからこのことをよくお考えになつていただきたいということを、こちらから希望なりお願いなりを申し上げて、それで済ました次第でございます。そういつたような、第二問と同じ質問といいますか、注意といいますか、そういつたものがその後もしばしばその太つた方から出されております。また神楽坂の署長さんが相当理解されて来た段階におきましても、その太つた方は、署長さんのうしろに立つておられて絶えず耳打ちをし、またいろいろと激励をしておつたというように私は受取つたのでございます。やがて四十分ばかりでございましたか、帰つて参りましたのを拝見しておりますと、確かに何も持つていない、これはだめだつたかと私はがつかりしておりますと、署長さんいわく、荻野巡査は別に過失があると思わないから何も書く必要はない、こういう御返事でありました。  ここでちよつとつけ加えますが、私が最初に申し述べましたように、そのときに学生はわび証文というような言葉を使つておりましたが、私はそれはいかぬ、わび証文というような言葉は使うな、一筆書いていただくだけでいいんじやないか、しかもその文面も、きようの当初の行動に多少手違いがあつたから、今後こういうことをしないようにするという程度のものでいいんじやないかということを言つたのに対しまして、学生は全部納得したのであります。ですから、大体その程度のものなら書いていただけるんじやないか、こう思つたのでございますが、だめだということになりまして話はまた逆もどりして、初めから次官通達の問題が出ましたり、いろいろなことになつて同じようなことをまた一時間ばかり繰返したと思うのであります。一時間くらいたつたと思うのでありますが、そうしてその次の段階で、署長さんが、それでは荻野巡査に命じて一筆書かせますと明瞭に言われた。だからしばらく待つていただきたい、荻野巡査に命じて——署長さんが命ずるのですからこれは実行できると私は思いまして、やれありがたいと思つたのでございます。そうしてまた連絡のために、警部補だつたと思いますが、その方が出て行かれたのでございます。その方が出て行かれた後に、——出て行かれる前でございましたか、山本巡査が大分疲れて晩飯も食へておらぬということでありましたから、私どもはただちに弁当をとつて差上げましたが、もちろんこれはおあがりになりませんでした。そこでその方が連絡に出たあとで、私は山本さんに、あなたは疲れていてここじや食べにくいかもしれませんから、うしろのいすでおあがりになつて、そこでひつくり返つたらどうかという言葉をかけました。そうしますと、佐々木学部長も、ああそうだ、ぼくは忘れていたが、ぼくの部屋が二階にあるから二階に行つて休んでもらつたらと申しまして、学生諸君いいだろうと言いますと、学生ももちろんそれは賛成だと言つたのです。それから神楽坂の署長さんにも、あなたそれでいいですかと言つたら、署長もそれでよろしゆうございますということを明瞭に言つておられます。それで山本巡査に佐々本学部長がつきまして、そうして山本巡査だけではあとに誤解が起るといけませんので、たしかその警部補の方だと思いますが、その方が一緒につきまして、そうして佐々木学部長の部屋に行つたのであります。佐々木学部長の話を承りますと、学生二、三人を供に連れて行つたそうでございます。この学生は佐々木学部長の顔見知りの学生であつたというのでありますが、その点は私は詳しくは存じておりません。そうして佐々木学部長の部屋に入りまして、ソフアに山本君を横たえまして、晩飯を食べるように勧めたり、多少熱があるというので、水で手ぬぐいをしぼつて学生に額に載せさせたりしたそうでございます。なおその際、佐々木学部長の腹の中で、もし不穏分子が学生におつて、この部屋に乱入して来ることがあつてはいけないというので、佐々木学部長は——この点は私ははつきり確認しておりませんが、多分警部補の方の御了解を得ただろうと思いますが、それははつきり確認しておりませんので別問題といたしまして、とにかく中からかぎをかけまして、御自分がかぎを持つておつた。かぎは決して外からかけたものではありません。自分でかぎを持つておつた。つまりその中には学生数名と——その学生は詰問とか何とかいう意味じやなく、手伝いのための学生であり、学部長の部屋に学部長がおられ、そうしてまた山本君のほかに警部補の方が一人だけついておつた、こういう状態でございまして、これを軟禁というのであるならば、これはどうにも日本語の論理が合わなくなつて来るんじやないかとさえ私は感じておるのでございます。  そこでその次の会談の方の話でございますが、そうやつて待つておりましたところ、いくら待つてもお帰りにならない。先ほどの「すぐそこに」とまつたく同じことであります。そこでそういつたことが起るかしらんと私は考えましたので、今の段階の最初の時期に、署長さんに、それじや今荻野さんはどこにおられるたろう——あまり遠くにいるのではまた時間がかかるので、どこにおられるだろうと申しましたところ、署におるはずだということでした。神楽坂署なら近いわけですから、自動車で行けばそう長くかかるわけじやないと私は判断いたしまして、それじやなるべく早くしていただきたい、われわれも時間を急いでなるべく早く解決したいと思つているからと、その旨を申し述べました。なお警察側から御意見が出まして、この事態を早く収拾してくれなければ困る、早くこの会議を終らせなければ困るという御意見がありましたので、それは実は今待つておるのでありますから、われわれがどうこうということはできないので、警察で今使いを出しているから、その使いが一刻一秒でも早く帰つてくれれば、それだけ早く解決するのですよと申し述べました。  またその前の会談で、山本君をここにほつておいちやいけない、帰してもらえないかとおつしやいましたときに、私は言葉をつけ加えましる、早くお帰ししたい、だから使いの方を早く帰すように署長さんも努力してくださいということをお願いしておるのでございます。こういたしまして、やはり四十分くらいも待つたでございましようか、待ちました末に、何も持たないで連絡の方が帰つて参りました。私は大いにがつかりしたのでございますが、署長さんのお話を聞きますと、自分としては——荻野巡査が、自分としては署長の命令なら書いてもいいが、第四方面の本部長が書くなと言つておるから書けない、こう言うのだとおつしやつた。それが学生の前だつたので、間髪を入れず私は質問を申し上げました。荻野巡査にとつてあなたが直属の上官なら、本部長も直属の上官でしようと言いましたら、そうなんだ、実は自分の上官でもある、こういうお答えがありましたので、そこでこれではしようがないと思いまして、署長さんにお願いいたしまして、署長さん、今この事態はもう一息で解決し得るのであるから、どうか署長さんが本部長に特別に電話をおかけになつて、この事情をあなた自身から御説明になつていただきたい、と申し上げましたところ、よろしいとおつしやいましたので、あいにく電話が前の建物についておる——私たちのおりましたのは二号館でございまして、一号館の本部の建物の私の部屋に電話があるのでございますが、そこへ行きますためには、学生の静かに待つておるその中を通らなければならぬ。そこで私は窓から顔を出して、学生に、今こういうわけで署長さんが電話をかけに行くから、君たちそこをあけろと言つたところ、すぐ一メートルばかり道をあけてくれたのであります。そこで振り返つて、署長さんどうぞおいでになつてください。いや行かぬでもいいんだ。それは困る。私が学生に道をあけさしたからどうぞおいでになつていただきたいと申しましたところ、連絡を出しましたから行かない、こうおつしやいました。それは困るから、どうか直接お話合いになつていただきたい、電話で連絡ができるのでしよう、と言いましたら、それはできるとおつしやいましたので、電話は向うにあるからと申しましたところ、署長さんは出て行かれて電話をかけに行かれたのでございます。署長さんが電話をかけに行かれた後の行動は私は存じません。向い側の私の部屋に入りまして、あとから聞きますと、中からかぎをかけて電話を確かにおかけになつたそうでございますが、そのことに対しては、私は直接見聞したものではございません。  そこで署長さんが電話をかけに行つておられるので、私どもはこの返事を待つておつたのでございますが、その待つておつた時期には、すでに山本巡査と、それからもう一人の警部補か何かの方は学部長室に行つており、署長も向い側の建物に電話をかけに行つており、もう一人小太りの方は、たしかそのとき、いつの間にかもう抜けておられてその部屋にはおられなかつた。おそらくその方は連絡に行かれたのであろうと思うのでありますがおられなかつた。こういう事態で、部屋の中には警察側の方は一人もおらなかつたというように私は了解しております。  そうして私ども待つておりましたら、やや電話がかけ終つた時間じやないかと思うころに、警官がなだれを打つて、静かにすわつている学生の群れに殺到して参つたのであります。私は窓からすぐ顔を出しまして——新聞社の連中も全部顔を出しましたが、学生は静かにしろ、騒いじやいけないということを述べました。私の目撃している範囲では、警官はぞつと侵入して参りまして、みな長い時間でございますからすわつて待つておりましたが、その待つておりましたのを、うしろから足でけつ飛ばしたり、こん棒で頭をなぐるということをやつておりまして、この時期におきまして、一名の学生の抵抗者も、少くとも私の見ている面ではなかつたのであります。ただ警官がなぐる、けるという状態であつたということを申し上げることができるのでございます。そうして警官隊がそういうぐあいでございますから私は急いで飛び出しまして、諸君、警官の諸君、待つてくれ、こういうふうに言つたのでございますが、そんなことはもう血気にはやる警官諸君でございますから聞くべき問題ではない。どんどん進んで行かれる。ひよつと見ますと、けが人がそこにごろごろころがつている。私は課員と一緒にそのけが人をすぐ収容しなくちやいけないというので私の部屋の方に収容させようといたしましたが、すぐ向い側の部屋の入り口のところに約三坪くらいの小さな部屋みたいなものができているのでございますが、その中に十名ばかりの学生が退避しておりまして、そうしていずれも無抵抗でございます。ほとんどうしろ向きになつておりましたが、それを警棒で盛んになぐつている。この現場を私は見た。そこで私は飛んで行きまして、この警官隊にやめてください、やめてくださいと言つた。すると今度は私がなぐられた。私が包囲されて十五、六頭をなぐられた。私は大学の学生厚生部長だと言つたのですが、そんなことはどうでもいいらしいので、そんなことはどうでもいいとか何とか口走つておられましたが、その間にも私の頭を数回なぐつたりしているというような状態で、応援に来てなぐつた人もあるというような状態でした。もつとも遠慮してなぐられたのかもしれませんが、私は現在こぶがここに一つできているだけで、あとは何も負傷がないのでございますが、手の方は二箇所傷を負つております。まだ多少——大したことはないのですが、私はこんなことは問題にいたしませんが、しかしながらはなはだ残念であつたのは、私が身分を明らかにしてもなおかつ何を言つているのだというような態度で、あとから飛んで来られてまでなぐるというような状態なんでございます。それから私は負傷した者を収容しなければならないので、だれか背広の者はいるか、背広の者出ろと言つて、背広の者が多少課員が残つておりまして、その負傷者を収容するという方法をとつたのでございますが、もう倒れて動けない者もございまして、頭から出ている血がノートをぬらしているといつたような状態でありました。あちらこちらに血痕がある。まだ警官は逃げている者をどんどん探してはおつかけるといつたような状態でございました。そこで私どももあちこち救つて歩きました。警官隊はもちろん救援隊じやないのでございますから、こういう負傷した者を救つているはずはないのでございますが、ともかくそんなような状態であつたということを私は正直に目撃したところで申し述べることができるのでございます。その間におきましても、少くとも私の二つの目だけでございますのでこれは何とも申し上げられませんが、目で見、かつほかの方々の見たところでは、どうしても警官隊に対抗して格闘したというのがないようであると申し上げていいのではないか。少くとも私は見なかつた、こういうふうに申し上げることができるのでございます。ある者は突き落されて地下室におつこちてそのまま動けなくなつておりますし、ある者はみずから地下室へ飛び込んだ者もある。ある者は教室の中に逃げ込んだといつたような状態であつたのでございます。それから私がずつと二号館の外の方へ参りましたときに、一隊の警官隊の方々の指揮者らしい人が——その指揮者らしい人がちようど教育学部長の部屋を指さしまして、あそこだあそこだと言われまして、すぐ行けということを言われましたので、私はそう教育学部長の部屋に殺気立つて殺到されたんではかなわないと思いまして、川原田と一緒になりまして途中でその警官隊の先に出ようといたしましたが、途中階段が狭いので制止されて、やつとそのドアの前で一番先頭に立つことができた。そしてその中に入りますと、中ではまだ学部長ももちろんおりますし、学生もおりますし、例の神楽坂の山本巡査もいたのでございますが、そこへ警官の諸君がずつと入つて行きました。あとで聞きますと、その段階の前にすでに神楽坂の署長さんがどう入つたのか一隊を指揮してその部屋に入つておつたそうでございますが、そこまでは私はわかりませんでした。ともかくそこに入つて佐々木学部長にちよつと声をかけ、そしてどうしようかと思つているときに、総員検束だと言う。どうにもならない。そこで佐々木学部長は学部長ですと言つて身分を明らかにした。しかしだれでもいいから検束だと言う。しようがありませんから私も黙つておりました。検束するならしかたがない。出るところに出て物を言おうと思いまして、学部長もにこにこ笑つてしかたがありません。そこで私が先に立つて検束された形でございますが、警官隊もさすがに私どもが身分を名乗つておりましたので、佐々木学部長の両手はとりましたが、私の両手はとらない。私は警官隊の前に立つて、だれか来てくれ、私はどこに行つていいかわからないじやないかというようなことを言いまして外に出たところが、途中でもつてもういい。もういいと言つたつて検束したのだからもういいということはないというので……(笑声)何か表へ出て、中佐ぐらいの階級章をつけられた方のところに行きましたところが、その方がもういいから帰つてくれということを言う。私はそれ以上しつこく言うことはございませんから帰つて来た。こういう状態でございます。そうしてただちにみなを収容いたしまして、それぞれ看護婦も残つておりましたので傷の手当をするなり、あるいは付近の病院にこれを送り込むというようなことを行つたのでございます。そうして大体警官隊も撤去することになりましたので、そうしている間に総長先生が自宅からおいでになつたということも私は耳にしたのでございます。それで警官隊が帰りますので、そつちの方に学生が行つておりまして、帰りがけによくある例でございますが、ばかやろうとか石を投げたりする事態があるとまた紛糾することがありますので、学生にこつちへ来い、こつちへ来いと言いながら一番前に出まして、そこの所は本部の正門前でございますから多少暗いのでございますが、そこであちらこちら歩いておりまして、ちようど警官隊が点呼をとつているのを私は聞いておつたのでございます。そこで警官隊の方には負傷者はほとんどなかつた、第何小隊全員異状ありませんとか、どういう言葉か知りませんが、何がそういつたような、捻挫一名というような程度でございまして、警官隊は何も負傷はなかつたようだということを私は聞きまして、そうして部屋に帰つて参りまして事後の措置をとつた。事後の措置と申しますのは、けが人をどうするかという問題でございました。それでその手当をいたしまして、残つておりました課員全部を集めまして指示をいたしまして、そうして総長先生が来ておられましたので、総長先生のところに教務課長がやはりおりましたので、お伺いした。  こういうのが大体私の見た、そうしてまた聞いた——聞いたといいましても直接的に聞いた部分をなるべく多くしてお話したのでございますが、実情でございます。

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 それでは次に警視総監田中榮一君にお願いいたします。

田中榮一警視総監

○田中参考人 一昨晩の早大事件について私から一応御説明申し上げます。  当法務委員会におきまして過般東大問題等におきましていろいろ御心配いただきまして、東大の大学問題についてはかくあるべきであるという委員会としての御決定をいただきまして、私どもとしましてはその決定に基きまして大体今後とも警視庁、国警、特審局、検察庁、これらが大体打合せをいたしまして、文部当局ともただいま次官通達の内容の具体化につきまして折衝中であります。その折衝中の過程におきまして、再び大学問題がここに起きましたことはまことに遺憾にたえない次第であります。この事案の具体的なことにつきましては先ほど島田早大総長並びにただいま学生生活課長からもお話があつたのでありますが、若干警察側の意見とも違つております点がありますので、はなはだ恐縮でありますが具体的に私からも一応説明さしていただきたいと思います。ただいまお述べになりました方のきわめて絵に書いたような詳しい御意見があつたのでありますが、私は不幸にして現場におりませんので、あのような記述的な詳しい陳述はできないのを遺憾と思いますが、ただ大綱につきまして申し上げてみたいと存じます。  当日、八日の日でありましたか、神楽坂警察署の荻野巡査部長と山本巡査が早大に、ある容疑者の——これはすでに逮捕令状が出ておるのでありますが、その容疑者のことにつきまして、早大について一応事前に調査する必要があるのであります。それは令状を執行するため、さらに早大の事務当局について十分にその者の確認をする必要上、両名の警察官が早大事務当局に出頭いたしたのであります。この出頭する前に荻野巡査はもちろん次官通達の点で、彼も十分懸念もしておりましたので、万一またこうしたことで問題が起つてはというような考えであつたかと思いますが、電話で一応早大管轄の戸塚警察署の方へ、どういうところへ行つたらよろしいのであるか、一応お聞きしたいということで、それで戸塚警察署から早大の学生課へ行つて、詳細尋ねたのであります。     〔発言する者あり〕

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 加藤君、静粛に願います。

田中榮一警視総監

○田中参考人 かようなことで、一応学生課の方へ連絡したのでありますが、学生課の方ではその者の身分は文学部に属しているので、学生課よりも文学部の方で聞いていただいた方がよろしい、文学部はこういうところへいらつしやいということで、学生課の方で御親切に教えていただいたのであります。その教えられた通り、さらに文学部の方へお電話いたしましてこういう人は早大に籍を置いておいでの方でありますかどうか調べていただきたい、もちろん置いております、ついては、これについて少しお伺いしたいことがあるので、そちらの方へ参りたいと思いますが、それじや明日行きましよう、ということで、電話で一応連絡いたしたのであります。その際に荻野巡査は、神楽坂の荻野ということを確かに言つたつもりであります。ところが片方ではそれを聞いてないという言葉であります。これは言つた、聞かないというのは、これは当人同士の関係でありまして、その際に荻野巡査は、先方から神楽坂署の何係でございますかという質問があつたそうでございます。それに対して荻野巡査は、何々係まで言わなくてもいいじやありませんか、ああそうですか、ということで電話を切つたそうでございます。その翌日午後四時過ぎでありますが、山本巡査を帯同いたしまして、文学部のある事務員のところへお伺いしたのであります。その際に山本巡査に、二人で行くのもいろいろ目につきやすいので、君はそちらで待つておれというので、校門の付近——学校の構内であつたと思います。構内の校門のすぐ階段のどこかの付近じやないかと思うのでありますが、校庭のすみの方に山本巡査は待つておつたそうであります。そうすると山本巡査のところへ、これは別に故意ではないと思いまするが、これこれの教室はどこでしようかと、訪問者じやないかと思いまするが、外部の訪問者が聞いたので、巡査は、私はここの者ではありませんのでよくわかりませんと答えた。その言葉を付近におりました学生が聞いておりまして、外部の者が入つておるのはけしからぬというので、たちまち学生が寄つて来て、警察官だろうということで、向うへ連れて行けというので、別の広場の方へ連れて行きまして、大体多いときには四百名から五百名くらいじやないかと思いまするが、四時過ぎから七時過ぎまでこの四百名の中に囲まれまして、とつかえ引きかえ、わび状を書けとか、警察手帳を出せとかいうようなことを言われたのであります。その際にもう一人の荻野巡査はその文学部の事務所から出て参りました。そうすると五、六十人の学生が追いかけて来ました。荻野巡査は、これはいかぬと思つてただちに逃げ出しまして、そうして校門を出て付近の民家に——これはまことに悪かつたと思いまするが、とにかく身を脱するためにはやむを得ずある民家の床下に逃げたのであります。(笑声)そうしてそこへ学生がどやどやと来て、そこの家族の方に、ここにどろぼうが一人逃げたが御存じないでしようか、そういう者は来ておりません。それで学生はそのまま去つたのであります。そうしてしばらくしてから荻野巡査が出て来まして、自分はかくかくこういう神楽坂警察署の荻野巡査であります、実はこれこれこういうわけでここに隠れさしていただきました、まことにすみませんが、こういう事情をひとつ本署の方に知らしたいのですが、というので電話を拝借しまして、本署の方へただちに報告いたしたのであります。その際に荻野巡査は、山本巡査の姿がその辺に見えない、そうして向うの方で学生ががやがやしておるので、確かに山本巡査がそこでつかまつてつるし上げにあつておるだろうということを彼も察したわけであります。その報告に基きまして神楽坂警察署から藤原警部補が巡査部長一名と巡査三名を連れて事件の解決に参つたのでありまするが、この五人の者がまた参りましていろいろトラブルを起してもどうかと考えまして藤原警部補が単身校門をくぐりまして、その山本巡査つるし上げの現場に参つたのであります。そしてどういうことで山本巡査をつるし上げますかということを聞いたところが、とにかく警察官が学校の了解なくして構内に入つたことは、これは次官通達の違反である、だからわび状を出さねばならぬ、こういうことでありました。私は東大問題で、あるいは目黒の東大教養学部においてもパトロールの警察官が尋問された、それからその後にまた東大においてもパトロールの巡査二人が拉致されたとかいうような幾多の事例がございまするので、もちろん早大におかれましても、十分にこの点は、こうした場合のどういう点が次官通達の違反であるか、どういう点が違反でないかということは、十分に学生に御示達願つておるものと実は信頼をいたしておつたのであります。ところが藤原警部補から、この点はこういう事情である、山本巡査は単に荻野巡査について来ておつたので、そうしてここに一時待ち合しておつたのじやないか、それをしも次官通達の違反であるとして拉致して、しかもそうやつて皆さんが四百人もの者が取囲んで自由を束縛するということは、これは間違つた行為ではないか、これはひとつ帰さなければいかぬということをじゆんじゆん事理を尽して説明したのでありますが、学生は断じてそれを承服しないのであります。そうしているうちに、もう時間が四時過ぎから七時になり、三時間も経過した。そこで神楽坂の署長がさらに事態を心配いたしまして、部下を連れて学校に参つたのであります。もう外も相当暗くなつて来まして、その際に中に入る場合においては非常に危険な状態でありまするので、制服を若干名つけまして、制服護衛の上で、署長が中に入つたのであります。山本巡査が負傷いたしておりますので、いつ負傷いたしたのかと聞いてみますと、何でも署長が入つて来たときに、若干逃げた学生があるそうでありまして、その際非常にざわざわいたしまして、その際になぐられたようであります。現在本人は病院に入院して加療中であります。負傷ばどの程度の負傷でありましても、かりに負傷しなくとも、とにかく何ら理由なく、四百各からの者が、二人の警察官を——何らの理由なしと言つてさしつかえないと思う。これは後に学生が確かに違反ではないということを認定しております。しかも三時間も学生が不当に監禁したということは、これは警察側としてはまことに遺憾にたえないのであります。それから署長がまた参りまて、いろいろ事理を尽して説明いたしたのでありますが、これもだめだ。そこで今瀧口さんの仰せのように、中でやろうというので中に入つて、警視庁から、署長と、それから一、二名の者が入りまして、そこで、いろいろ交渉をいたしたのであります。私は今回の事件につきまして、島田総長先生初め、佐々木部長先生、その他各先生の方々が、非常にこの問題について、何とか解決しようとして御努力にたつた点につきましては、警察側としては深甚の謝意を表する次第であります。学校側としましても、誠意を持つて本問題の解決に非常な御努力を願つた点につきましては、私も心から感謝をいたしておる次第でございます。しかしなかなか話が進まないのであります。結局その交渉の要点というのはどういうところにあるかと申しますと、山本巡査が入つたのは次官通達違反である、けしからぬ、了解なくして入つたのはけしからぬ、荻野巡査が構内に了解なく入つたことがけしからぬという、この二点なのであります。山本巡査は、私が説明した通りに、荻野巡査に同行して参つて、ただあそこで待たされておつたという人物であります。従つてこれははつきり次官通達にも何も触れないのでありまして、この点につきましてはいろいろ説明をしました結果、学生諸君もこの点は次官通達には違反してないということを最後に了解してくれたようであります。その次に荻野巡査の問題であります。荻野巡査はすでに署へ帰つておつたのでありますが、荻野巡査は、これは先ほど説明いたしましたごとくに、すでに令状が出ておりまする容疑者の下調査に参つたのであります。いわばこれは令状執行の前提行為と認められてさしつかえないと思います。そういたしますと、犯罪捜査のために、令状執行の一つの行為として、学校に公務を帯びて、特定の場所に、特定人に、一定の時間に会いに行くということは、これは次官通達の趣旨によつて学校長の了解を得るとか、学校当局の承諾を得るとかいうことは、全然必要のない行為であると私は考えております。またそうなくてはならぬ。ところが学生側としましては、とにかくある一定の目的のもとに特定人のもとに来ることも、これもやはり次官通達によつて了解を得なければならない、承認を得なければならないのだ、こういうような解釈であります。この点は条理を尽して、この解釈問題についていろいろお話したのでありますが、どうも理解をしていただけない。そこで山本巡査の方は次官通達に違反していないということなので、それならばもう違反していなかつたということがここでわかつたならば、この精神的にも衰弱している山本巡査はひとつ帰してもらいたい、帰署させてもらいたいということを言つて、山本巡査をかかえようといたしましたところが、すわつておつた学生がいきなり大勢立ち上つて、この巡査を帰してはいかぬ、この巡査を帰すことは問題の解決にならぬ、帰してはいかぬ、こういうことでありました。そこにおりました署長としては、これは容易ならぬ事態になつた、このままではこれはとてもまとまりがつかぬということで、署長としては、もうこうなつたならば、りくつはともかくも、何でもいいから、一札書いて、早くこの巡査を連れもどさなければならぬという気持になつたのじやないかと私は思います。それから学生はわび状文を書けと言います。私どもの考えでは、当然の職務行為を警察官が行うために、しかも事前に電話まで連絡をとつて、特定人のもとに一定の目的で、公務を帯びて訪問した。それが次官通達の違反であるから、学校の構内に入つたことは申訳ないというわび状を書くということは、これは全然りくつにならぬことであります。筋道が立たない。従つて警察側といたしましては、こういう当然の職務執行のために学校に入つた者が、そのたびごとにわび状を書かなければならぬということになつたならば、これはひとり警視庁の問題ではございません、全国の警察におきまして、将来学校の中で犯罪の容疑者を逮捕する場合、あるいは必要があつて学校へ行つた場合において、もしわび状を書いたならば、これは非常な悪い先例をつくる。そしてまた全国の警察に非常な大きな影響を及ぼすことである、かように警視庁本部としては考えたのであります。従つてこうした理由にならないわび状というものは、たといどういう名義であろうが、どういう文面であろうが、これを書く必要なし、書くべからずということに決定したのであります。そこで交渉は——私はこの点は非常にありがたく思うのでありますが、とにかく学校の先生方もたいへん御努力になつたようであります。交渉というものは、結局わび状を書け、書かぬの交渉であります。警視庁としましては、わび状は書く必要なしというかたい見解をとつたのであります。そういたしますれば、書け、書かぬというこの交渉というものは、おそらく今後何時間、数十時間経過いたしましても、結局堂々めぐりである。しかも荻野巡査本人も、自分は当然の公務を執行するために行つたのであるからして、正しく行動したのである。従つて自分は、学校に対して何らおわびするような行為は絶対にやつていない。だから私は書きません。こう言つているわけであります。本人もそういう見解であります。またわれわれもそういう見解であります。これはお聞きになる皆様方も、私はりくつ上から言えば、当然そうでなくてはならぬとお考えくださることと考えます。  そこでこの交渉をこのまま続けるということは、これは無意味であります。一方におきまして、先ほど大学からもお話がございましたが、いわゆる軟禁というものは、個人の自由を束縛することであります。かりに御飯を食べられる状態にありましても、それから便所に行く自由がありましても、その一定の場所から出すことのできない、自由に出ることのできない状態にあるとすれば、やはり軟禁であります。しこうしてかような不法な軟禁をこのままの状態に置くということは、これはすなわち違法な状態を、そのまま放任しておくということであります。従いましてやむを得ず実力行使によつて、この軟禁された山本巡査を連れ出す以外に道がないのであります。  そこで学校側に対する交渉といたしましては、本庁の増井警備第一部長と、それから衛藤第四方面本部長が、早稲田の島田総長のお宅に夜分、恐縮であつたのですが、前の江間戸塚署長が、総長とも非常に親しかつたので、この江間君も同道いたしまして、ほかに一名でありましたか、四人で夜分総長のお宅にお伺いいたしまして、こういう問題が起つたのはまことに残念である。そこで何とかひとつ総長の御出馬を願つて、総長のお力によつて、この問題を御解決願いたいということを、くれぐれも懇請をいたしたのであります。それから、万一このままの状態でおつたならば、警視庁としては、これ以上交渉を続けることも、まつたく無意味になつてしまつて、やむを得ず実力行使に移らざるを得ない状態にあるので、何とぞひとつ御努力を煩わしたいということをお願い申し上げました。そこで総長も、それはごもつともなことである。それではぜひ自分が行こうというので、立ち上つていよいよ出馬されることになつたのでありますが、結局さらに現場に一ぺんよく尋ねてみようというので、現場の方に連絡をとりましたところが、総長がお出にならぬ方がよかろう。ここに佐々木部長もおいでになるし、ほかの人もおるから、できるだけわれわれ努力をしよう。だから総長においでをいただかなくてもよかろう。こういうような現場からのお電話であつたようであります。そこで、せつかく島田先生もおいでになろうというようなお気持だつたのでありますが、現場でそう言うことであるから、自分はそれでは家におります。そのかわり電話連絡によつて十分連絡をいたしたいということで、ではひとつ何分よろしくお願いするということをくれぐれもお願いいたしまして、十時四十分ごろやむを得ず四人は戸塚警察署の方へ帰つたのであります。今から考えてみますと、もしあの場合に、私は——もちろん現場におられる部長先生方は、十分に解決のお見通しがあつたと存じますが、もしあの場合に島田先生が現場の方においでを願つて、何とか解決に御努力願つたならば、あるいは島田総長がお出かけになつたということたけにおいて、私は学生側ももう少し感情をやわらげて、解決したのではなかろうかということを、これはあとから考えたのでありますが、そう考えて、まことに残念に思つております。  そしてその後さらに、いわゆる解決の交渉は、いろいろないきさつがあつて続けたようであります。その詳しいことにつきましては、私はよく了承いたしておりませんが、もう時間は一時四十分になります。交渉を始めましてから九時間、とにかく一巡査が軟禁されておるという状態にあつたのであります。これをこのままやつたところで、どうせあすになつたところで解決する望みがあるものじやない。そこでやむを得ず増井警備第一部長から島田先生の方に、こういう情勢になつては、残念であるけれども、実力行使をせざるを得ないような状態に立ち至つております、ひとつ御了承願いたいということで、お願いいたしたのであります。その点を先ほど島田総長は、自分は全然了解を与えていないというお話でありました。これは結局増井警備第一部長と島田先生との電話の交渉でありまして、増井警備第一部長は、十分自分は確かめた、こう言つておるのであります。その辺は私はどうとうことであるかわかりませんが、増井警備第一部長も、非常におちついた、理性に勝つた人でありますから、私はそうでたらめのことを言う人じやないと思います。相当沈着な方であります。私はその点がほんとうであろうと思います。総長は、現場のことは自分にはよくわからないから、よく現場の方の情勢判断によつて、どうしてもやらなくちやならなければやらざるを得ないじやないかというようなお答えであつたと思います。そこで増井警備第一部長としては、一応総長の御承認を得たものと考えまして、さらに協議をいたしまして、いよいよ実力行使するということに警視庁としても腹をきめて、実力行使に至つたのであります。この点は、私どももできれば実力行使をせずに、解決することを最初から望んでいたのでありますが、交渉九時間に及びまして——九時間以上であります。結局実力行使をせざるを得なくなつたということは、警視庁としても、まことに遺憾に考えておるような次第であります。  それからこの実力行使の際に、いろいろ学生側に負傷者が出まして、どうもこの点はまことに遺憾にたえません。ただ先ほどのお話によりますと、警察官だけが非常に乱暴して、学生は何もしないで、ただ打たれつばなしでおつたように私は承つたのでありますが、現に警察官も二十九名負傷いたしております。無抵抗の者に対して警察官が負傷する理由はないと思います。また警察官もみずから好んで負傷するばかはないと思います。やはり警察官が負傷するからには負傷するだけの抵抗があつたと見てさしつかえないと思います。これは全然学生側は抵抗しなかつたとかなんとかおつしやいますが、あるいは先生のところにおつたのは抵抗が少かつたかもしれませんが、そうでないところにおける——先生のところにおりましたのはおそらく数名か十名くらいの学生だつたと思いますが、その他数百名の学生は別の場所におつたのであります。これが全部スクラムを組み、すわつておる。そうして一歩も入れない。この入れないものを、入るにはどうしてもこれはひつぱり出さなければいけない。そこでこれをひつぱり出せば下からける、げたでなぐる、寄つて来る、倒す、これは相当な抵抗がございました。     〔「見て来たのか」と呼び、その他発言する者あり〕

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 静粛に願います。

田中榮一警視総監

○田中参考人 そこで二十数名ほど負傷者を出しましたが、とにかく警察官の公務に対して相当な暴行をしたものと見てさしつかえないと思います。ただ警視庁側としましては、こうした問題が起るにつきまして、学校側が非常に解決に御奔走願つたことにつきましては私は心から感謝をいたしております。また早稲田の島田総長先生初め、この事件発生とともに非常な御心配を願い、解決に御努力を願つていただいたことはわれわれも了といたします。しかしながら結果においてかようなことになりましたことはまことに残念なことでございます。この問題を振り返つてみまするに、私は大学側におきまして、この次官通達というものの趣旨を十分にひとつ学生側に徹底をはかつていただいて、警察官の正しい職務の執行に対しては妨害をしていただきたくない。またつるし上げをするとか、そういうことはひとつ絶対にやめていただきたい。これは警察は広い立場におきまして治安の確保に努力いたしております。従つてこれは警察官個々の問題でやつておるのではない。大きな治安確保という立場においてそれぞれ重い職責をもつて職務執行をやつておるのであります。こういう点を学生諸君もひとつ十分に理解をしていただきたい。こう思うのであります。それからまた学校側もいろいろこうした場合におきまして、いたずらに次官通達のみにとらわれずに、警察が職務を執行するという場合におきましては、次官通達の線に沿うてやる場合においては御協力をいただきたいということを思つております。  なおこの問題につきまして、これは私の個人の気持でありまするが、島田先生は非常に、今ここでお話になりました通り、ほんとうに人格の高邁な方でありまして、私どもも先生には心から師事いたしております。その先生をかしらにいたします早大であります。私どもはこの島田先生の人格と手腕に絶対信頼いたしまして、本問題をできるだけ円満に、今後早急にひとつ解決すべく最善の努力をいたしたい、かように考えておる次第でございます。以上をもつて私の供述といたしたいと思います。

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 これをもつて田中警視総監の参考供述は一応終りました。  次は文部省大学学術局長稲田清助君にお願いいたします。

稲田清助文部事務官(大学学術局長)

○稻田参考人 ある事件の実相をつかみまする場合に、そのよつて来るいろいろな原因を広く、また深く追究する必要があるのでありまするけれども、時間の関係もございまして、当夜の事件につきましてごく焦点を狭めまして私どもの見解を申し述べたいと考えております。当夜の事件につきまして、学生が、警察官が学内において正当な権限行使に入つて参りました者を、学校当局の手を経ずに直接詰問いたしまして、行動を起したという点につきましては、私どもこの点は学生側の行き過ぎだと考えております。ただその後におきまして学校当局が非常な熱意をもつて事の解決に当られ、学生もまた学校当局の補導の掌握下において、代表をもつて学校当局、警察当局三者において事の収拾をはかつておつたのでありますが、それがたとい非常に長い時間がかかつたとは言いながら、経過交渉中に警官の実力行動を見ましたことは、結果から見まして私どもといたしましては遺憾に考えるわけであります。これらの問題について考えまするときに、先ほど田中警視総監からも言及されましたように、次官通達そのものの解釈、あるいは次官通達の対象以外ではありまするが、学園と警察権の行使の種々の問題につきましては、警察側と文部省あるいは学校側と十分了解を遂げておく必要がある。この点につきましては当法務委員会の委員長の御声明のありました直後におきまして、警視総監をお訪ねいたしまして、爾後お話合いを継続中でございます。適当なる解決に到達いたしますれば、それらの点を明らかに学校側にも流し、また警察側にも流さなければならないと考えております。ただこの間におきまして、警視庁側の御意見を伺つておりますれば、非常に学園という特殊性に対しまして、慎重に御配慮になり、各警察方面を督励しておられる。また学校側におきましても、最近におきましては社会秩序維持という責任をますます痛感せられまして、十分これら警察活動等について大学当局も御理解になつておられるわけでございまするが、ただ一部の学生等におきまして、警察官の学園における正当な行動等が誤解を生ずる問題を起すというようなことが起りましたることは、非常に遺憾でありますので、この点につきましては大学当局ともよくお話合いをいたしまして、それぞれ誤解のないようにいたしたいと思います。また一面警察側に対しましても、事が学園、教育の自主性、あるいは学問研究自由の場でありまするので、警視総監は非常にこの点御配慮をいただいておりまするけれども、各方面におきましても十分この点は御理解になりまして、学校当局と連絡の上、御活動を願わしく考えております。ある事件を力をもつて処理いたしまする場合は、たとい短時間に処置し得たといたしましても、これが他の教育関係に影響するところは微妙でもあり、またときにははかりしれざる大きな逆な効果を生ずる場合もございます。また学校当局が、こうした問題に対処して善処せられる状況を、あるいは外部の方々が見られる場合には、非常にまぬるいようにも見受けられることはあるとは思いまするけれども、教育の場において、青年学生を学校当局がこれを導く場合におきましては、あくまでも学生の理解に訴え、学生の自覚心に訴える、教育者として非常な忍耐と努力をもつて当られるのであつて、その点については相当時間のかかるというような点につきましても、教育の特殊性という点につきましては、十分御理解をいただくべき性質のものだと考えております。われわれといたしましても、こうした問題の起りますことにつきましては、十分今後努力研究もいたしたい、また各大学学長におきましても、最近これら事態の処置につきましては非常に固い決意をもつて当つておられるように見受けられます。これらにつきましてますます私どもは善処いたしたいと考えております。

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 これにていわゆる早大事件の概況説明は一応終了いたしました。近来しばしば大学、学園において学生と警察との間に種々問題が惹起いたしておる折から、本事件はまことに本法務委員会として重大なる関心を有する次第であります。しかし本日はこの程度にとどめ、なお後日あらためて審議を継続する機会を持ちたいと思います。さよう御了承願います。     —————————————

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 これより破壊活動防止法案、公安調査庁設置法案、公安審査委員会設置法案、以上三案を一括議題といたして質疑を継続いたします。田中堯平君。すぐ木村法務総裁も見えますから、質疑の御開始を願います。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 もう少しばかりお尋ねしておきます。  逐条審議でありますが、第三条について今少しく質問したいことが残つておりますので、その点につきましてお尋ねいたします。午前の答弁によりますと、三条の一号のロの「教唆若しくはせん動」、これはあらゆる方法を含むということであります。して見ると文書に書くこと、これまた一つの方法として入るわけだが、そうすると「又はこの号イに規定する行為の実現を容易ならしめるため、その実現の正当性若しくは必要性を主張した文書若しくは図画を印刷し、頒布し、公然掲示し、」云々、これは実は教唆とダブリやしませんか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 扇動といい、教唆と申し、その概念の内容につきましては先ほど来御説明申し上げた通りでありまして、教唆は、他人をして犯罪を実行する決意を新たに生じさせるに足る行為であります。扇動は、実行の決意を創造しまたは既存の決意を強固にするような刺戟を与える行為でございます。いずれも実行の決意にかかわる行為であります。お尋ねの「又は」以下、つまり内乱が実現されることまたは実現することの正しいこともしくは必要なことを主張した場合、という文書の内容になるわけであります。それ自体としては、実行の決意というものに直接相関連する問題ではないと考えておる次第であります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 いや、関連する問題でないといいましても、ある文書を書く、それがお望みの内乱教唆の内容をもつておつた、そういう文書を発表すれば、方法のいかんを問わないという教唆の内容ですから、教唆罪になるのじやありませんか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 扇動なり教唆が——内乱の教唆とか内乱の扇動が、内乱を行うことが正しいのだということを説きまして、しかる上内乱を行うことを教唆したという場合におきましては、教唆罪が成立すると考えるのであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 そうすると、その場合には口号の、文書もしくは図画の印刷頒布という方は不問に付して、ただ教唆罪として打つわけですか。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。「教唆」「せん動」及びこの、「又は」以下の「その実現の正当性若しくは必要性を主張」するということは、この字の異なるごとくにその概念は異なつておるものでありまして、お尋ねの点は一つの文書の中に、正当性が主張されてありあるいは扇動が主張されておるといたしますならば、それは一個の行為にして数個の罪名に相当する、かようなことになると思います。この概念は文字が異なるごとくに異なるものであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 その次にやはりこのロ号ですが、「印刷」をするという行為、あるいは「公然掲示する目的をもつて所持」するという行為、これは内乱の扇動あるいは教唆の予備といいましようか、そういうことになるのじやありませんか。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。それは異なるのであります。予備または陰謀と申しますのは、内乱行為自体にきわめて接着したものでなければならないのであります。これは現行法におきましては、放火とか殺人等の予備というものの判例の示すところによりまして、そういう実際的な内乱行為に接着したものでなければならないわけであります。ところがこのロ号の、「又はこの号イに規定する行為の実現を容易ならしめるため、その実現の正当性若しくは必要性を主張した文書若しくは図画を印刷し、」というのは、この内乱行為に接着するということは必要でないわけでありまして、この意味におきまして、予備または陰謀とは異なるわけであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 法務総裁が見えたから法務総裁にひとつ……。本法案が非常に重大なゆえんの一つは、思想弾圧の結果を引起すということであります。政府、ことに法務総裁は、過般来繰返し思想弾圧をする気持はない、この法案によつて思想弾圧にはならぬということを、るる答弁されておるにもかかわらず、つぶさにこの法案を見ると、思想弾圧の危険どころじやない、これはもう必至であります。そこで私はもう少しこの点について究明したい。  この法案では予備、陰謀、ことに教唆、扇動を独立罪として取扱つており、そうして内乱の実現の正当性を唱えたり、あるいは必要性を主張したりということになると、すぐにこれは暴力主義的破壊活動として処罰を受けなければならぬ。そういうことになりますと、政府でいくら思想を弾圧しないと言つてみたところで、ここに明らかに文字となつて弾圧が書かれてあるので、これはもうどうにもならぬことになると思うのです。その点について、どういうわけで政府は思想弾圧の結果にはならぬとおつしやるのか、われわれの見るところでは、憲法の保障している思想の自由というのは、ただ脳みその自由なる活動を保障するという意味ではないわけで、アメリカの高名な判事も言つておるように、あらゆる思想がみな宣伝であります。ただ頭の中の脳みその活動が自由であるということではないのであります。表現の自由は日本の憲法では別条をもつて規定してあるけれども、これは明らかに一体をなすものであつて、どんな思想を持つていてもよろしいということは、同時にどんな思想を発表してもよろしいということなんです。宣伝をしてもよろしいということなんです。ところが本法によつてこれは片つぱしから取締られることになる。単に政府の所見は、脳みその活動は自由である、それは保障する、それに対してまでこの法律によつて干渉はせぬというのならば、およそ思想の、自由ということはナンセンスに終る。鉄かぶとをかぶつて乱暴、狼藉をやる今の警官隊とか、あるいは鉄かぶとの外国兵、こういう者こそ脳みその活動がちやんと鉄かぶとで保護されておるから、一番思想の自由が保障されておることになるが、これはとんでもない話だ。どういう理論的な考えから思想弾圧はやらない、本法の関するところではないと言われるのか、詳しく御所見を承りたい。

木村篤太郎法務総裁

○木村国務大臣 お答えいたします。この法案の趣旨とするところは、たびたび繰返して申しましたように、思想弾圧を企図しておるものではなく、また事実においてさような憂いはないのであります。御承知の通り、思想とはわれわれ万人千差万別でありまして、それが発表されて初めて出版、言論となるのであります。われわれが思想を持つておるだけでこの法案の対象となるべきものではないということは、法三条を見ればきわめて明瞭であります。その思想たるやいかなる思想であろうとも、この法案の対象とならないことは言をまたないところでありまして、この法案の趣旨とするところは、いわゆる破壊活動、ことに内乱だとか内乱の幇助だとか、その他騒擾だとか汽車の転覆だとかいうような行為の実現を期するためにいろいろの文書宣伝をしたり、あるいは言葉で宣伝をしたり、そういうような危険なことを取締ろうとするものでありまして、その文書に表われなかつた、あるいは出版物に表われなかつた内部の思想についてこの法案は少しも含むところはないのであります。ことに法三条は、主としてかような危険な破壊活動を行いまた行わんとする団体を規制せんとするものであります。その構成員がかような目的を達するために、あるいは文書で宣伝をしたり、あるいは言論で扇動をしたり、あるいは教唆をしたりというような行為を対象としておることはきわめて明瞭でありまして、内部に包蔵された思想はいかなる思想であつてもこの取締りの対象にはならないのであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 法務総裁はまつたく私の質問を誤解されておる、私の言うのは、法務総裁が今述べられたような思想の自由を保障するというのは、真の思想の自由の保障ではないという意味です。ただ脳みその内部的な活動がいくら自由に保障されたところで何にもならない。あの治安維持法の時代においてだつて、ただ頭の中で考えておることを罰するすべはなかつたでありましよう。私の言う思想の自由ということは、発表の自由、表現の自由、宣伝の自由を伴つておる思想の自由なんです。ただ頭の中でかつてなことを考えても、これは何も処罰の対象になるものではありません。今は問うたこと以外で答えられたのであるが、この法は少しも思想の自由を束縛しておらぬと言われる意味は、ただ脳みその自由活動を許すというふうに政府は考えられておるかどうか、発表の自由ということに解しておられるかどうかということを法務総裁からお答えを願いたい。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答えいたします。思想の自由は思想の発表の自由を含むということは、まさにお尋ねの通りであります。しかしながらこの法案で問題にしているところは、現実に内乱の実現を企図して、その実現の目的のために扇動をする、教唆をする、あるいは実際に内乱が行われることの正しいこと、また必要なことを主張した文書を印刷するというような事柄を取締つておるのでありまして、これらの行為はもはや法の保護には値しない悪質危険な行為である、当然法をもつて取締ることができるものと確信いたしております。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 法務総裁が答えないつもりならば、私はしようがないから今度別の問題を伺います。この法案では、団体を規制することと、それから刑罰規定を補整するという二つの目的があげられております。午前にも伺つたことですが、法務総裁からお答え願いたいことは、この法案を通じての主たる目的は団体を規制することにあるのでありますか、それとも両方とも同じ価値に置いての規定でありますか。

木村篤太郎法務総裁

○木村国務大臣 お答えいたします。どちらに重きを置き、どちらを軽く見るとは考えておりません。両方とも同一に取扱つておる考えであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 そういうお考えでありますと、この団体を規制するということも非常に重視されておるし、両方とも重要視されておる。そこでまず団体の規制の方をお伺いいたしますが、個人に対する死刑にも値すべき団体の解散、活動停止という処分、あるいは機関紙の発行を停止するというようなことが、いとも簡易な手続で行われることになつておる。政府答弁によると、これは明らかに行政処分の対象であるから行政手続でよろしいのであるというドグマに立つてやつておられる。その辺はきようは論議しませんが、この団体の死命を制する処分というものは、日本の法律でもほかには別にないと思う。たとえば会社の解散の規定を見ましても、裁判所がちやんと解散の決定を出さなければならぬことになつておるし、あるいはアメリカのマツカラン法だつて、裁判所の判決が確定するまで団体の活動は依然として存続することになつております。ところが本法によるといとも簡単にすぽつと切られておる。解散ということは簡単にお考えになるかもしれませんが、実に重大なことです。あまりにも団体活動を軽視されておりはせぬかというきらいがある、それはどうですか。

木村篤太郎法務総裁

○木村国務大臣 決してあなたの仰せになるようにいとも簡単にやつていないのであります。またほかの例も幾多あります。これは政府委員から申し上げます。ことにこの団体の規制につきましては、きわめて慎重なとりはからいをしおるということはしばしば申し述べた通りであります。ことにこのお取扱いについては、本人を呼んで意見の弁明を聞き、また立会人もそれに参加させるというように、きわめて民主的にとりはからつておるということは、むしろほかの法案の団体の規制よりも非常にすぐれた点があるとわれわれは確信しておるのであります。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。この法案におきましては、お尋ねのごとく、その団体を解散するということはもとよりきわめて重要なる問題でありまして、憲法上認められたるところの結社の自由とかあるいはその他団体行動の自由というものに対するきわめて重大なる問題があることは、私どもも十分に考えた次第であります。従いましてこの重大なるところの自由権に対しましての制限でありますから、よほど慎重に考えなければならないことは私どもも十分了承しているわけであります。従いましてその第一といたしましては、第三条におきまして、きわめて危険中の危険な行為だけに限定したのは、第一にこの理由からであります。しかもこの危険な行為を一回やつただけでは団体には何らの規制措置は講じないのであります。一回かくのごとき危険な活動をなした団体が、さらに「継続又は反覆して」将来やる、その可能性が十分に認められる、かようなことになつたその団体を規制するということに相なるわけであります。これはもし一回すでにあつたそのような団体が、継続または反覆してさらに同種の破壊活動をなすということになれば、国家公共の安全の確保上そういう団体が破壊行為をやるまで手をこまねいて待つておるということは、公共の安全確保という国家の責務から見まして、そういうことは合理的に考え得られないのであります。国家といたしましては、公共の安全を確保するために、その団体が再び破壊活動をするということに相なりますれば、それは事前にストツプをかける、これは国会が権威を持つて制定し得る法律で、当然制定する権限の範囲内だろうと私は確信しておりまして、この点もまたよく憲法が公共の福祉という観念を規定しておることから当然であろうと私どもは考えておるわけであります。かように規定いたしておるのでありまして、むしろこれらは継続または反覆して破壊活動をなす、こういう条件が十分に規定されておりますから、およそ通常の法のもとにおける適正な行為をなす団体がこの法律の規制の対象となるがごときことは、ほとんど考えられないのであります。すべてさような破壊活動を反覆または継続してなすという国家公共社会におけるきわめて危険な団体だけがこの対象となることは、この法文を見ていただけばわかるわけであります。しかもこのような破壊団体の解散に対しましては、第十条以下によりましてきわめて精密な手続きをとつておるわけであります。現行法におきまして各種の団体に対する規制の処置は、すでにこの国会を通じまして幾つかの法案が制定されているのであります。それは一つは法人の解散でありますが、法人の解散は、各種の現行制度におきましてはおおむね——たとえばある行政庁か許可を与える、そうするとその行政庁が独自に調べて独自の判断でこれを解散してしまうというきわめて簡易安直な手続をとられておるのが一般の例であります。しかるにこれにおきましては、第十条以下においてきわめて慎重な審議の手続をなすに加えまして、調査する機関と決定する機関とを二つ分離しているわけであります。これは現行法におきまして、行政処分といたしましてはほとんどこの例が一つもとられないくらいであります。かような手続もとつておるのでありまして、簡単に安直にということは当らないのであります。むしろ現行法の行政処分の各種の手続中におきまして、最も慎重な手続を施しておるものと思つておるわけであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 どうもあなた方の話を聞いておると、個人の命を奪う死刑というような問題の方が、団体の解散ということよりも、はるかに重大な問題である。団体の解散のごときはそう重大に考えなくてもよろしいというふうに価値判断が非常にずれておるように思うのです。これは実は午前中もるる述べましたように、個人が生きて行くためにはどうしても団体、社会がなければならぬ。そこでことにこういうふうに進んで来た人類の社会では、団体というものは個人の命に比べて重要なものです。だから団体の死命を制するようなことを司法処分にまかせないで、行政処分に一任するということは何としてもわれわれは承知がができないことに政府側の説明によりますと、たとえば司法処分と行政処分との性質の相違は、司法処分の場合には現実のケースに対して判断を下すのであつて、本案が対象としておるような問題は、これは将来に対する危険を予防するというような見地からいろいろな判断をし、処置をするのであるから、行政的な処置をすべきであるというようなことが説明されておる。けれども、実際はそういう資格、はつきりした区別があるわけではない、現実に問題があればこそ、こういうふうな措置をとらなければならぬというので、将来と現実といつてみたところでそうしたはつきりした区別はない、むしろ個人よりも団体——団体というものが命を奪われると、それに所属するところの個人は、実は生理的に頭がついておるだけであつて、所属員はまるで死んだと同様首のない人間と同じようになる場合が往々にしてあるわけであります。そういうふうに重要なものであつてみれば、人体に対し自由を制限するというようなことが、司法に一任されておると同じ法理論で、団体の活動を制限し、その死命を制するというような処分は、当然、ことに近代社会では、司法処分にまかさるべきだというふうに考えておりますが、しかしこれは過日来ずいぶん行われた議論でありますので、先に進みましよう。

加藤充日本共産党

○加藤(充)委員 ちよつと関連して……。総裁がたまに出て来まして雨夜の星のように常にいなくなるので、この際、お尋ねしたいうちの一、二点だけ、簡単にお尋ねしておきたいと思います。  蒋介石も「中国の命運」という著書の中で、中国は、不平等条約の履行の過程において、見るにたえざる、筆に表わすにもたえがたいといわれている実情に落ち込んで行きましたが、その実情を詳細に述べております。飜つて、日本とアメリカとの間に結ばれた両条約、日米行政協定を押しつけられた日本の実情は、これよりひどい実情にあり、また落ち込みつつあることは必然であり、その兆候はすでに顕著に現われていると思うのであります。米国から莫大な資本と資材が援助されましたこの腐敗と売国の蒋介石政権というものを、中国の独立と平和を念願するいわゆる中国の愛国者たちが、御承知のような実力抵抗の行動で打倒し、新しい人民の基礎の上に立つた政権を打立てて行つたのであります。この行動に対して総裁はどう考えているのか。これを不当だと言うのであるならば、どういう方法が残されているというのか。これを承つておきたいと思う。  なお急ぎますから、反戦独立の愛国運動、民族運動というものを弾圧しなければならないというような法律を持つ国、あるいは持たされている国は、植民地と言われてもしかたがないではないか。またその法律を喜んで制定するというような政府は、傀儡の政府だと言われてもしかたがないではないか。またそういうような意味合いの法律、政策というものに賛成する者は、いわゆる売国の徒輩であるとののしられても、申開きの言葉がないと思うのでありますが、その点をひとつ承りたい。

木村篤太郎法務総裁

○木村国務大臣 愛国者なれば、決して破壊活動のようなことはやらぬはずであります。破壊活動をやるような団体もしくは個人は、愛国者でないことは断言できます。さような意味において、今日の破壊活動防止法案なるものは、国家治安から見て愛国的にこれを作成したものとむしろ私は言えると思います。中国のことは外国のことであるから、お答えの限りではありません。

加藤充日本共産党

○加藤(充)委員 そういうようなばかげたことで、むずかしい国際情勢の中にさおさして行く今後の日本の国政を担当される責任が、あなたは果されると思つていらつしやるのか。

木村篤太郎法務総裁

○木村国務大臣 私は十分に思つておる。

加藤充日本共産党

○加藤(充)委員 思つているなら、かつてにしろと言わざるを得えないのであります。問題のけじめは、自分たちの日本が日本民族として独立を回復をしなければならないというのは、国民の多数の一致した希望であり意思であります。このことは明瞭であります。それをしも法務総裁は御否定になるのか。日本としてそういうようなものはもつてのほかだという考え方なのか。こういうことを真剣に考えるならば、中国の独立回復のあの人民の運動というものは、どういう価値判断をしなければならないか。われわれは十分な関心を持つて、同時にこれを現実の問題として評価しなければならない責任を、とりわけ政治家というものは持つはずだと思う。これがないというならば、とんでもないアンポンタンだと言わなければならない。それはどうですか。

木村篤太郎法務総裁

○木村国務大臣 私は繰返して申し上げたような次第で、いやしくも愛国者であれば、日本の内乱を企図したり、騒擾を企図したり、あるいは汽車を転覆したりするような行動に出るような団体は、規制せざるを得ないと考えております。

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 加藤君、時間の関係がありますから簡潔に。

加藤充日本共産党

○加藤(充)委員 日本が落ち込みつつある独立喪失の状態、隷属の状態からどうして脱却するのか、具体的の方法を示してもらいたいとおれたちは言つたが、それに対しては示さないのである。まるで問題にならない答弁をやつているのである。私は問答無用のような感があるので、もう一つ確めておく。  この法には正常なる活動ということを言つている。それに対比して不法なる暴力主義破壊活動だという。私はここであなたに正常なる活動とは何ぞやということを確かめたいが、とりあえず憲法の基本的人権、そしてそこに規定されている事柄、それに基く国民の憲法至上的な行動というものが正常な活動と言えると思う。憲法こそその規範であり基準であると思う。第二条によれば不当に制限することがあつてはならないというような文句があるが、これは今の前提に立てば無意味な言葉であると思うのである。こういう無意味な言葉をこの法案の中に盛り込んだ意図というものは、これは深いたくらみがあつてと私は指摘せざるを得ない。この文字の挿入は不当な制限を合法化するためのたくらみである。一例を言うならば、労働組合法に正当なる労働行為という文字を入れたために、不当なる干渉が労働組合のいろいろな活動の上に加えられているという実情は、これはだれしもが否定できない。加えないと言つたところで、現実に加えられておる労働組合の労働者の一人一人に聞いてみれば、はつきりあなたたちの一方的な押しつけと違つている。こういうような事柄は、正当なる労働行為、あるいは正当なる争議行為というような、飾り文句に見えるようであつて、しかもたくらみの深い残忍な言葉が挿入されているからだと私は思うのである。そこで正常なる活動、不当なる干渉はしてはならないというような意味合いの文句を、しつかりと得心の行く説明を承りたいと思う。

木村篤太郎法務総裁

○木村国務大臣 団体の正常なる活動というのは、憲法及びその憲法下において制定された法律に準拠したる活動であります。この法案に規定された暴力的活動というのは、法律を無視した活動であるのでありますから、この法案の対象となるのはもちろんのことであります。

加藤充日本共産党

○加藤(充)委員 あとはほかの人に尋ねることにして、もう一点だけ尋ねておきます。  普通の人はあたりまえのことでありますが、この法案は至るところがあいまいである、至るところに濫用のおそれがひそめられておるということを指摘しております。私は一歩進んで法の体裁ないしは内容からいいますると、そのことは実は濫用ではない。濫用に見えるような事柄を当然に合法化する、しかもそれを行政権力、行政作用の一元にこれを集中さしておるということ、国家権力のこういうようなやり方をやるのがこの法案のねらいである。先ほども指摘しましたような文字の挿入のやり方、あるいは配列の仕組みというのもねらいはそこにあるので、まさにこの法案は、この法案を持つこと自体がナンセンスであり、あるいはこつけいであるというような本質を持つておる。まさに法制化された無法律状態の実現を企図しているものである。私は濫用をおそれる前に、濫用を合法化し、一切の行政権のフアシズム的な行動によつて、憲法による一切の基本的人権を蹂躙して行つてしまうという恐るべき本質をこの法案が持つておる、濫用をおそれるのではなく、この法案自体が濫用の合法化である、こういうように思います。これは私のりくつだけではなしに、真剣にフアシズムの再建をおそれて、ポツダム宣言あるいは平和民主憲法というようなものを実現し発展させて行こうとするものであるならば、ワイマール憲法下においてこれを事実上廃止し、そうしてあの恐るべき姿を全世界民族の上になげ与えて行つたナチスの歴史が証明していると思うのでありますが、この点だけ最後に伺つておきたいと思います。

木村篤太郎法務総裁

○木村国務大臣 この法案を恐れられる人はおそらくかような破壊活動を行わんとする意図があつたものと私は思います。そういう意図のない者はこの法案において何ら恐るるところはないのであります。しかもこの法案の実施についてはきわめて民主的にこれを行うということはしばしば繰返した通りであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 第四条、問題がたくさんあるのですが、「団体の活動として暴力主義的破壊活動を行つた団体に対して、」云々、そこでお尋ねするのは、本来団体が暴力主義的破壊活動というような——これはここに定義してあるような暴力主義的破壊活動ならば一応問題は別として、この暴力主義的破壊活動というのを国家社会が困る不正の行為というふうに俗な観念で置きかえてみますと、団体がそういうふうな困つた行動をやるということがどうも私にはのみ込めない。午前中ちよつとこのことについて聞きましたけれども、団体そのものはこれは個人の集合であり、個人の生活を守るため、あるいは文化を高めるための、あるいはその他の諸般の目的を持つた団体であるわけで、団体そのものが不法行為をやろうということはそもそもまことに解しかねる。もつとも法人の不法行為という問題もあれば、団体にも不法行為ということもあるはずであるが、しかしこれをこの大げさな法律によつて取締らなければならぬというような対象にはもちろんならぬはずだと思いますが、まずその点を、午前の答弁では非常にわからぬので、もう少し詳しく説明してもらいたい。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。この法律で団体と申しますのは、特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体ということに相なるわけであります。そこで社会における人の結合にはいろいろの段階があるのでありまして、その段階、たとえば個々に集まつた単純なる群衆から、あるいは法人格を持つているいろいろの団体があるわけでありますが、この結合の中で特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体、つまり各個人々々を離れまして特定の団体自体の共同目的を達成するために多数人が継続的に結合している、そういう実体をキヤツチいたしまして、ここに団体と観念いたすのであります。現実におきまして団体において各種の機関誌あるいは新聞紙を出し、または各種の集団行動、運動をなし、または各種の演説会をなす、すべてこれは個人の行動でなくて、むしろ団体が主宰する団体の活動であることは十分御了承願える点と思うのであります。かような現実をキヤツチいたしまして団体の全体の意思に基いて行われた活動が、社会的に考えてあり得るわけであります。かようなものを団体の活動と私どもは考えているのであります。現に各種の現行の立法例におきましても、たとえば法人などにおきましても法人が目的以外の行為をなして公共の安全を害した場合、あるいは法人が公共の福祉を害した場合というような規定をもつて解散の事由といたしているのでありまして、現行法におきましても各種の立法例におきまして、法人という団体が目的以外の各種の不法行為をなしあるいは公共の秩序を乱し、あるいは犯罪的な行為をなす、そのゆえにこれを解散さすというような法文の立法例が多々あるのでありまして、さようなことも考覈いたしまして、団体として暴力主義的な破壊活動をなし得る、そうしてその団体の活動をキヤツチして公共の安全の確保の上に必要最小限度の規制を加える。かような考え方に立脚しておりまして、ごうもその点が実体的に見まして、また法律的に見まして、不明であるとかあるいは明確を欠くとかいうような点はないものと確信している次第であります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 会社がどろぼう会社であつたという例はあります。午前にも言つたように、どろぼうの集団というものも法人じやなくてももちろんそういう集団はあります。けれどもこういうものはおよそ本法が対象としている問題ではありはしない。そういうものは問題ではなしに、これは国家の基本秩序——あなた方が言つているそれを不安ならしめるものを処罰するというのが基本目的でありますので、だから政治団体、労働団体あるいは農民団体、文化団体が、何かそういうふうな政治、経済、文化というものに関して主義、主張を貫くためにいろいろな行動に出る、これを取締ろう、弾圧しようというのが本法の目的であるわけなんで、そういう立場から私は聞いているわけです。そしてそういう文化団体、経済団体、政治団体、そういう諸種類の団体はどろぼう組合であつたり、ばくち打ちの集団であつたり、どろぼう会社であつたりということはあり得ないわけです。これは人間の善性を信頼しなければなりません。一つの団体がある、何か必要があるからその団体があるわけで、こういう政治を実現しようじやないかという——これがもしどろぼうしようじやないかということが一つの綱領でありましたならば、そういうものは決して政党にもなり得ない、労働組合にもその他の団体にもなり得ません。まつたくのどろぼう団体として小規模な日影の草みたいな存在になつて、ほつたらかしておいたつてじきにこれはつぶれてしまうものである。あなた方が恐れて対象にしているものはそれじやない。それを私は言つている。だからそういうふうな団体が不法行為を犯すわけはないじやないですか。もしも不法行為というものを規定しなければならぬということになれば、これはきつと時の少数権力、支配権力が自己に都合が悪いだけでそいつを不法行為なる名をかぶせて弾圧してしまう政府の補強工作に使うということしかありはしない。これは過去の歴史を見ても同じことでありまして、ナチがやつた、その他の独裁政権がみなこいつをやつている。古くは秦の始皇帝もやつている、そういうわけであります。そこで私は団体というものを善性を持つた人間の集団、しかもまじめな綱領を掲げて——それは一時は客観的に見てどうもこれは間違つているという批判を受けることもありましようけれども、ともかくもよかれかしと思つて団体を組んで行動している、それが不法行為をする団体——ここでは破壊団体というふうな規定もしてありまするが、そういうふうなものであろうわけがない。これをお尋ねしているわけです。どうしてそういうことが可能であるかということです。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答え申し上げます。先般来御説明申し上げた通り、本法案に規定するような暴力主義的な破壊活動が、団体組織によつて行われる危険があるのでありまして、この危険に対して対処しようとするのが本法案のねらいであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 それではもうこの点についてもう一点だけでやめますが、この問題はそれじやお説の通りまことに危険だ、団体の暴力主義的破壊活動がきざしている、あるいは現に起きている、危険だから本法をつくるということを一応私も承認したとしましよう。しかしそういうふうな危険があるとしまして、かりにこれを放任しておく、まあいいじやないかと言つてほつたらかしておく、そうしたらどういうことになりますか。そうすると困るのはだれでありますか。だれがつぶれるのですか。日本民族が死んで行く、つぶれるのでありますまい。それについてはどういう御見解ですか。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答えいたします。御前中から申し上げておりまする通り、困るのは民主主義社会が破壊されることであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 まあそれはそれでおいておきましよう。先を急ぎます。  第三条の第二項になりますが、団体の定義なんです。これはこの間から、地方団体あるいはその他何とかはこれのうちに入つておらぬということが——あれをもう一ぺん明確にしてもらいます。いかなる団体がこの中に入るのか。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。本法の第三条第二項は、団体として特定な共同目的を達成するための継続的結合体というように書きつぱなしになつております。しからばその団体はどういうものかというような一応疑問が生ずるわけでありますが、この法律及び他の法律とのいろいろな関係から、法律的な解釈をいたしまして、次のような団体はこの法律の団体の中に入らないという法律上の解釈が生ずるわけであります。第一には、血族的な、家族的な団体はこの法案の対象に入らないのであります。第二といたしましては、憲法のもとにおける地方公共団体、これは公共組合、営造物法人、というものも含めての意味でありますが、これらは国家統治権を行使するものであり、しかも法律で設立されている。それを行政処分をもつて解散を命ずるということはすでに法律的に矛盾があるわけでありますから、これらは当然に入らないわけであります。その次には、たとえば日本銀行法であるとか、あるいはそういうふうに特別なる法律によつてその組織、設立自体が規定されておる、かようなものも行政処分によつてそれの解散を命ずるというようなことは、法律と行政処分との関係から申しまして、不可能と存ずるのでありまして、それらを廃するのはやはり法律を廃することによつてそれを解散するということが正当と存ずるのであります。かような次第でありまして、今申し上げたようなものは、この団体から、現行法の解釈といたしまして当然除外されるべきものである、かように存じておる次第であります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 その次に「団体の活動として」云々ということですが、これは先般来の説明を聞いておると、団体の意思として行つた行動はこれに入るということなんです。ところがおそらく本法が対象として将来問題の起きる諸団体では、意思決定の法則ということは非常にうやむやになつておる。会社法その他によつてきめられる法人などでは厳格なる意思決定の機関が規定されておるけれども、しかし農民団体とか、何々クラブというようなものは、その辺がまことにルーズになつておる。いかなるものが団体の意思として決定されたものであるかということを認定するのに困難を来すと思う。そこでお尋ねするのは、これは団体の意思として認める、これは発動して行動したのであるから団体の責任を追究するということになるのであるか、どういうことが基準になるのであるかということを説明してください。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。団体の意思決定につきましては、その団体自体の規則その他によりまして、かような方法によつて決定するというふうに規定されてある場合もあるかと思うのであります。もちろんそれらの方法によつて団体の意思が決定されれば、それが団体の意思と相なると思うのであります。ところがこの法案において問題となりまするのは、たとえば法人であるとかいうふうに、組織自体ががつちりしているものだけを対象としているのでなくて、特定の共同目的を達成する多数人の継続的結合体というふうに規定してあるわけであります。そこで、それらの団体の組織あるいはその構成は種々さまざまでありまして、またその意思決定もきわめて複雑多様なものであると思うのであります。しかし大体において、団体が存在する限りにおきましては、それが個人を離れて一つの結合体である限りにおきましては、いかなる方法においてか団体の意思が決定さるべきものでありまして、団体が意思的な存在である限りにおきましては、何らかの形において意思決定の方法、組織があると思うのであります。  次にこの法案において問題になりますのは、法律行為的な行為でなくして、暴力主義的な破壊活動という事実上の行為であるわけであります。この二つの結び合いから申しまして、意思の決定は、今申し上げたように、既存の意思決定の機関を通じて行われる場合もありましようし、あるいは事実上の暴力主義的破壊活動という、この事実行為をなすためにほかの方法によつて決定される場合もありましよう。おそらく各種の事案に即して事実上の認定をなす。健全なる社会通念によつて、何が全体としての意思に基くものである、団体自体の意思に基くものであるというふうな認定をいたすことに相なるものであると思うのであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 結局何のことやらわからぬ。お説によると、都合のよいような場合には団体の意思として見、ある場合には団体の意思としては見ないというようなことになると思います。たとえば五万なら五万という組合員を有する全国的な労働組合というようなものが、少数の執行委員会で決定した事項を行つた。これがはからずも破壊活動になつたという場合に、やはり団体規制を受けるということになりましよう。場合によつてはならぬこともあるかもしれぬが、その辺のことは政府の方でもう認定しないというふうに承つてよろしいのですか。大体そのときどき、その場所、その事態によつて認定するというふうなことになるわけですか。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。それらの問題につきましては、決して無責任に行うものではないのであります。すでに会社法等法人制度におきましては——何が団体の意思であるかというような点はすでに判例、学説において明確に定まつているわけであります。その他現行法におきまして政治資金規正法ないしは事業者団体法等の団体におきましては、どういうものが団体の意思で、何が団体の活動であるかというようなことは、すでに立法例としてわれわれの眼前に提供されている一つの資料があるわけでありまして、かような資料を参考といたしまして、現実にある証拠によりまして団体全体の意思として認められる。これは健全なる社会通念によつて合理的に決定さるべき問題であると思うのであります。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 時間がないので、その点はやめましよう。  では最後の一問にとどめておきます。先ほど早稲田大学の事件がここで問題になつた。聞いていると、まつたく新聞に現われた以上の暴挙を警察官がやつていることが明かになつております。ところで私は、正当防衛ということが国家権力に対しても成り立ち得るかどうかということをつくづくあのとき考えた。これは大いに破防法に関係があるわけなんです。あのように何百という武装警官が飛び込んで来て、静粛に地べたにすわつて空腹をかかえながらも夜の一時過ぎまでも待つておる、こういう学生諸君に対して、まつたく暴虐の限りを尽してけが人を出すというようなことになつておる。これは明らかに国家権力が不法行為を犯したものだ。そういう場合に、何をするかというので、自分を守るために学生がそれ相応の手段に出て正当防衛と考えてやつたとする。これは一体どうなりましようか。やはり暴力主義的破壊活動になりましようか。その学生組織なるもの及びその学生組織の活動は団体規制及び暴力主義的破壊を受けましようか。今早稲田事件を聞いたわけです。これはまつたく警察権力は暴挙に出ておるというわけなのです。これは仮設なら仮設でいいのです。まだ未定の事件だからそういうことはわからぬじやないかというならば仮設でもいい。ともかくも、何百という武装警官が入つて行つて、そうして静粛に待つておるのに——片方では、その問題を、一室に控えて警察当局と学校当局と学生の代表とが三者会談をして話がまとまりかかつておる、それにもかかわらず、静かに待つておる学生に飛びかかつて行つて大きなけがをさせておるというような事件、そういう場合に、何をするかというので、たとい国家権力の処置であろうとも、それは不法行為だ、けしからぬというので、みずから立つてこれに反抗しみずから守ることができるか。すなわち正当防衛が認められるかということです。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答えいたします。先般国家のための正当防衛につきまして委員長から御指摘がありました。今また国家の権力に対して正当防衛ができるかという御質問をいただきました。両者まとめて必ず後日明快にお答えしたいと考えております。

田中堯平日本共産党

○田中(堯)委員 私はこれでとどめます。

加藤充日本共産党

○加藤(充)委員 時間がありませんから詳細を承ることができない。また大体において今までの各委員の質疑の中に触れられておる問題でありまするから、そういう問題は答弁が不十分なところもありまするけれども、努めて避けて行きたいと思います。  第三条の一のロの項の「せん動をなし、又はこの号イに規定する行為の」云々の具体的な法的な説明を承りたいのであります。それとあわせて幇助との関係、それから旧治安維持法の目的遂行罪というようなものとの関係、これを明らかにしていただきたい。それから第五条と第八条の脱法行為の禁止というものはいかにもまとものようにも見えるのでありまするが、架空の名義人、だれがどこでどうなつているのかわからないというような人間を仮想上つくりまして、そいつの捜査というようなことで、いわゆる調査活動の中に、あるいはさらに進んでは事実上の刑事上の捜索のところに非常に悪用されるおそれが十分にあるので、悪用をねらつてやつたものではないかとすら思われるのであります。それから第十三条は、この期日の変更延期もしくは続行というようなことが当然考えられなければならないと思うのであります。そうしないと、第十五条の「審理官が不必要と認めるものは、取り調べることを要しない。」という規定——証拠調べでありましようが、これは取調べないことができるという規定とは違います。そうしてさらにその前の第十四条の4の項で立会人——傍聴人ではありませんが、こういうような者を退去を命ずることができるという規定となつて、これは非常に独断専行に即決処分的なやり方を受けることがある、  この点の真意はどうなのか、今お尋ねしたところを返答願いたい。また事実上言いましても意見書の提出や陳述をしなければ不利益になるのであります。しかし長らくの間権力を背景にし、莫大な予算を使いながら用意周到に調べ上げましたものが、かりに不十分であるにいたしましても、それに対する有利な意見なり証拠の提出というようなものは、二週間以内というような期日のきめ方においては不可能であり、これは不可能をしいるものであります。こういう点が一点。それからこの規定は、陳述義務の強要と立証責任の転換というようなものを巧みな形でやつているが、これは刑訴の原理の脱法ではないか。とりわけ十四条あたりの傍聴の規定も傍聴の実体に合つておりませんし、公開の原則に反すると思われるのであります。それからもう一つ、第二十一条の2の項、これは訴因の変更禁止という刑事訴訟法の精神と矛盾することがないかどうか、これらの点。それからもう一つは二十六条の「必要な調査をすることができる」ということでありますが、どんなことでもやれるというのか、大体予想されておりまする方法というものはどういうものであるのか。この点は三十条の「任意に提出した物件」の領置の問題、三十二条の「留置の必要のない物件」と、三十二条の4の「価値のない物件」の廃棄の問題、それから三十六条との関係でぜひ明らかにしておいていただかなければならないのであつて、任意調査だというけれども、実際上は強制調査にひとしいものになつて行くのではな  いか、またそれがねらいではないかと思われるからであります。それから二十八条の「公安調査庁と国家地方警察及び自治体警察」との関係の問題でありまするが、こういうようなものは警察法との関係がどういうふうなことになるのか、将来の調整を必要とするのかどうか。それからもう一つ、第四十二条、第四十一条に罰金刑を科するような問題が選択刑的に並べられておりまするが、これは行政訴訟が確定しない間に、行政処分に伴つていわゆる罰金というようなものが仰せつけられるというようなことになれば、実質上違警罪即決処分の再現になりはしないか。それからもう一つ、これは重大でありまするが、二十四条の問題であります。こういう規定は大体において実効を持たない、実際上の値打がないとわれわれは指摘せざるを得ないのであります。簡単でありまするから理由をいろいろ申し述べることはできませんが、この公安審査委員会あるいは公安調査庁が二つ一緒になつてもよろしいし、不可分な一体的な活動をやるのでありまするし、機能を果すのでありましようから、二つにわけても一つにしても一緒くたのようなものでありましようが、これは人権蹂躪のはなはだしいものとして、そうしてまた無用な制度として廃止になつた旧予審制度、この手続制度を再現するものではないかということ、要するに前の治安維持法の時代におきましては、予審請求の理由書、それから進んで予審終結決定の理由、公判請求の理由、それから有罪判決の理由というものがまるきりこれは公正証書の文言を見るようなもので、版に押した型通りのものであります。こういうようなものでは、先ほどの事実上の予審制度の出現ではないかと憂えられる。新しい制度の喪失と相まつて、裁判所というようなものがまるつきり行政権力の手先となつてしまうのである。憲法のために国家存するにあらず、国家のためにこそ憲法はあるのだというような、憲法と国家というものをはつきり分立した考え方、これは有名な大津事件において、閣議決定をして、時の裁判長児島さんに圧迫を加えた事例というものは、歴史上明らかであります。  それと関連して、その次の三項の問題ですが、百日以内に裁判をするようにつとめなければならないという規定は、人権保障のために、早いことその行政処分の不当な処置からまぬがれさせるためのものであるということが説明されまするが、逆に言えば、これは行政処分の通りに、早いこと片づけてしまえというような運営にならざるを得ないのであります。私は、恐縮でありまするが、ここに一九四四年十月五日に、スイスの新聞に報ぜられたナチス治下の法廷の状況を御紹介して、私の質問の意味を裏づけたいと思います。  「被告の名はクララ・Z夫人、四十九歳——主要な証人は被告の召使いであつた。裁判官が証人たちに宣誓させなかつたのには驚いた。——この証人は少しおどおどしながら証言した。「Z夫人は政治や戦争のことについて話をしたことはありません。Z氏はすでにずつと以前から東部戦線に行つています。長男は、Z夫人が逮捕される三カ月前に召集されました。次男は技師として、オーストラリヤの工場で働いています。次男について私の知つていることはこれだけです。それというのは、Z夫人は家族のことについて私に全然話したことがないからです。夫人の末娘は十七歳で死にました。この娘はベルリン爆撃で死んだのです。Z夫人がこの知らせをうけたとき、私はたまたまその部屋にいました。夫人は最初、私を幽霊のような顔で見つめて、それから大声で叫びました。みんな悪魔の仕業だわ、あの大量殺人鬼の仕業だわ!かわいそうなドイツ!ドイツは何処へ行つてしまつたの。私はこの怒号が明らかに敗戦主義的で、総統に盾ついたものと思いましたので、私は遅滞なくこれを当局にお知らせしたのです。」——弁護人の弁論は正味三分半つづいた。——弁護人は甚だ臆しているように見え、一語一語を注意して話した。かれがそうするのは当然であつた。どんなに害のないことでも、弁護依頼人に有利なことを指摘したために自分が被告にならなければならなかつた弁護人がどれほどいることか!裁判は三〇分でおわつた。Z夫人はその敗戦主義的態度、総統にたいする非礼、ドイツ国民侮辱、国家にそむく言動のために、断首による死刑を宣告された。」というのであります。私は、この事例と、治安維持法下における警察、検事局、予審制度、それから裁判というようなもの、それから、戦争中における、思想事件だけではありません、いわゆる国家総動員法違反、経済統制違反というようなもので、一切の審理がどういうふうな取扱いを受けたか、その控訴、上告の手続の判決というものが、どれだけ人権の保障に役立つたかということを考えまするときに、慄然たるものを感ぜざるを得ないのであります。こういう点で、人をばかにしないで、この行政裁判による人権の保障があるのだということの実体を、われわれが得心行くまで説明してもらいたい。それから百日以内というのは、繰返しておれの言うように、早いこと片づけるというようなことになつたのでは、歴史上事例もあることであり、日本もその事例があるのだから、人権擁護の点には一つもならぬというこの点を指摘しながら質問をしたのであります。  それから時間がありませんから、質問のしつぱなしで続けてやりますから……。

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 加藤君に申し上げますが、たいへん広汎な質問であるから、一応これに対して政府側の答弁を……。

加藤充日本共産党

○加藤(充)委員 答弁の時間が長いとおれの方の持時間がなくなるから、一一書きとめておいて、あとで答弁してもらいたい。

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 それでは一括して答弁を願うことにいたします。質疑を続行してください。

加藤充日本共産党

○加藤(充)委員 それからこれは制度上の問題でありまするが、公安審査委員会の設置、またこれに伴う予算措置というものは、大体四億円程度であるという。ところが先般来、木村法務総裁は十億ということを言つていた。そうすると六億というようなべらぼうな差であります。これはほかの委員も指摘したところでありまするが、われわれはこういうようなもののために、これほど莫大な予算をわれわれの血税でまかなうことを快しとしないばかりでなく、反対しなければならないのでありまするが、この予算措置を説明してもらいたい。そうしなければ、六億というような——機密費でスパイしたという旧特高の政治活動のやり放題ということになつたんでは、あなた方の考える治安は確保されるかもしれぬけれども、人民の生活の乱れということは治安の乱れと同じ意味のようなものであります。治安の裏づけでありまして、そういうものが乱れるということには、われわれは承認しがたいし、反対しなければならないからであります。  それからもう一つ、公安審査委員会設置法の第五条の問題でありますが、これに委員長及び委員が人格が高潔であるということが要件にうたわれております。軍閥といわれた高級軍人などは、あの当時はいわゆる人格高潔だといわれていたのであるが、戦争が終つて、幕をあけてみたところが名誉欲、金銭欲が人一倍強く、女好き、酒好きでどうにもならなかつた。人間的に卑怯下劣なやつばらであつたということが、歴史的にも立証されておるのであります。たとえてみれば、大橋君は国務大臣であります。人格高潔でない者が国務大臣になつているはずはありませんが、二重煙突の大橋君として有名なものである。これが人格高潔な者だとはわれわれは考えられぬ。また汪兆銘のごときものは、あれは明らかに漢好の尤たるものである。民族の裏切者であり。売国奴であつたものであります。売国の処置をした者はこれは歴史の判断するところでありましようが、人格が高潔だというようなことは断じて受取りがたいのであります。こういうような四書五経の講釈を知つておつたりするような者が、人格高潔だというような取扱いを受けるなら、この公安審査委員会というふうなものはまつたく危険きわまりないもの、チンプンカンプンなものに相なるとわれわれは考えざるを得ないのであります。  以上、まずここらで一括的な質問を終つて、あと時間がありましたら、時間のある限り質問を続けたいと思います。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。たいへんたくさんな御質問で、御質問を聞き漏らしたかを憂えますが、順次お答えして行きたいと思うのであります。  まず第三条の第一項一号のロの印刷、頒布、公然掲示等の問題でありまするが、ここで印刷というのは、機械的、科学的その他のいかなる方法によるを問わず、手写以外の方法で文書もしくは図画を製造することをいうのであります。従つて活版、銅版、タイプライターなどは印刷でありますが、炭酸紙などによるものは印刷ではありません。  次の頒布でありまするが、これは有償、無償を問わず、特定または不特定の……。

加藤充日本共産党

○加藤(充)委員 おれはそんなことは聞いていなかつたのだが、おれの質問に答えておらぬじやないか。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 次には期日の変更の点のお尋ねでありまするが、この全体の手続は刑事訴訟法であるとか、あるいは民事訴訟法のごとき厳格な制限をかける必要はないのでありまして、お話を伺いまして審理官の方におきまして変更することももとより可能であると考えているわけであります。  次には、この第三条一項一号ロの「文書若しくは図画を印刷し、頒布し」等の行為と、かつての治安維持法の目的遂行の行為との関係でありますが、治安維持法における目的遂行の行為というのは、御承知のごとく国体を変革し、または私有財産の否認を目的とする結社を組織し、その結社の目的遂行ということに相なつておるのでありまして、その内容の目的遂行には、手段方法を問わず一切の行為をもつて目的遂行罪といたしているのであります。それがある一定の結社を前提とし、その結社のもとにおける一切の方法による目的遂行の行為が目的遂行の行為であるのであります。ところがこれにおきましては、さような結社とか、あるいはある主義を実現する目的というようなことは書いてないのであります。具体的な刑法の七十七条でいう行為をキヤツチしまして、その上での正当性、必要性ということに相なるのでありまして、具体的な行為をキヤツチした上での拡張の形でありますから、かつての治安維持法の目的遂行の行為とは、そこに本質的な差異があると存ずるのであります。  次には、一週間以内にすぐ弁明あるいは証拠を集めるのは無理ではないかというお話でありますが、これはさつき申し上げたように、審理官におきまして事情を伺いまして期日を変更することはもちろん可能だと思うのであります。  次は、公開の制度の問題であります。本法案におきましては、団体側から推薦されました五人の立会人と、新聞通信の取材業務に従事する者に傍聴を認めているのでありまして、事柄の性格と審理の促進の意味からいたしまして、この程度のものをもつて十分に公正は確保されると考えているわけであります。  次に、立証責任の転換でありますが、これは御質問が何かの誤解だと思うのであります。あくまで立証責任といたしましては、公安調査庁長官におきましてこれだけの処分を行いたいと思う場合には、それに対する十分なる証拠を責任を持つて提出しなければならないのであります。  次は、二十一条の二項は訴因の変更ではないかというふうなお尋ねでありますが、これは私どもとしましては、むしろ公安審査委員会が独自の考え方を持つて、大きな請求があつた場合にそれより小さな処分ができる、しかもそれが全体として審理の手続の促進になつて、公共の安全の確保という面からかんがみて合目的である、かようなことはもとより許される点と考えるのであります。  次は四十一条、四十二条の行政処分に関する罪でありますが、これらは処分が決定しない前にすでにかくのごとき犯罪が成立して、それにかような刑罪を科せられるのは不当ではないかというお話でありますが、現行の日本の行政処分の各種の立法例の罰則が、すべてかような建前になつておるのでありまして、その各種の立法例と比較しまして、国家制度といたしまして、かような立て方をするのが、立法技術として当然なことと考えておるわけであります。また予審制度の復活ではないかというお話でありますが、この全体の立て方が、先日来数回にわたつて御説明申し上げました、ごとく、すべてこれは内閣が責任をもつて行うべき行政上の事務でありまして、裁判の刑事訴訟法ないしは民事訴訟法のごとき厳格な規定によることも相当でないのでありまして、かような方法によつてやるのが憲法の規定する人権尊重の精神に合致するものと考えるものであります。  次は、二十六条の内容でありまするが、これは普通でありまするならば、もし強制権の規定がありまするならば、但し特段の規定がなければ行政上の処分はすることはできないという但書をつけ加えるのが普通でありますが、あとの各条をごらんいただけばわかりますように本来強制権は全然持たないわけであります。従いましてこの法律案のこの規定は、純粋に任意の方法によるだけでありまして、もし対人的な問題が生ずるならば、その人の承諾があればいざ知らず、承諾がなければ全然できないわけであります。その人が拒絶することは自由であるのであります。それ以上のことは、何らこれに含んでいないわけであります。  次は、ちよつとあとにもどりますが、五条、八条には何らかの意図があるのではないかというお話でありますが、さようなことは全然ない、すべて行政処分におきましては、その裏づけけといたしまして、脱法行為を禁止する規定は多くの立法例にとられておるところでありまして、これもこの法案の公共の安全確保という目的を達成する上から、かような裏の方から脱法行為を禁止いたしたのであります。  次に、二十四条の規定でありますが、これは何ら実効力がないではないか、特に三項のごときは、かえつて間違つた行政処分を早く確定させる意味に働きはしないかという趣旨の御質問と拝しまするが、これは決してそのようなことはないのでありまして、司法権独立の原則の上にできるだけ早く裁判をしていただきたいという趣旨以外にはないのであります。もし裁判所で事案の審理がどうしてもこれでできなければ、これを延ばしてやることはもとよりであります。普通に進めまして、このくらいでできるならば、問題が問題であるから、できるだけ早く他の事件にかかわらずこの事件を決定して公共の安全の確保をはかりたい、個人の黒白を早く決定して安心するようしかるべき処置をとりたい、かような趣旨において設けた規定であります。  次に予算の問題であります。これは十億と四億という二つの答弁がここに出ておるのでありますが、十億の方は今年度におきまして庁舎新設に要する各種の物的設備に必要な費用を加えたものでありまして、通常の経費は約四億円程度であろうと考えております。  また審査委員会設置法の五条の規定でありますが、これは総裁の責任におきまして人格高潔な士を各界から求めまして御就任を願うのでありまして、各界からそれぞれの有能な方が御就任になつていただけるものと確信いたしております。

加藤充日本共産党

○加藤(充)委員 時間がないので自分としても不本意であり、またよその方からも多分かつこうがつかないものと考えられるかもしれませんが、これは審議のために時間があるのではなくて時間のために審議の発言をさせられておるという委員会の責任であるから御了承を願いたい。いろいろ御答弁があつたのですが、私は今までの説明では得心の行きかねる私の問題点を出しただけで、今御説明がありましたけれども、これについてはわれわれは残念ながら時間の関係で得心が行くまでの質疑応答がなされないのは遺憾でありまするが、すべての点についてわれわれの意を満足するわけには行かない。疑いを漂白するわけには断じて参らないのであります。問題は第三条ですが、先ほど治安維持法と異なつて、これは思想を弾圧しないんだということを陳弁するのですが、教唆、扇動を独立犯とし、いわゆる将棋倒しに重罰を企てており、建前は違いますけれども、主観的要件として目的意図をきわめて重大な問題に取上げております。結局は目的遂行の行為を処罰して行くということに相なると思うのであります。しかも第三条一項一号のロの「せん動をなし又はこの号イに規定する行為の実現を容易ならしめるため」云々のこの条文の形は、問題の性質は扇動にもならないもの——扇動を独立犯として拡張し重罰に処した、ここで刑法の原則を踏みにじつておりまするが、それ以上はどうにもならないものを、説明のつかぬものを、ここらへ持つて来て、何でもそこらにあるものを、処罰したいものをみなここへ並べたというような形、この行為の性格、これの同時に刑法学的な配列と説明が一つもなされていない。そしてそれを追究されると、それは行政措置であるから云々というのであるが、重々各委員から指摘されておりますように、行政措置は行政措置で、すなわちこの法案によつて罰則がそれに随行するのでありますから、これはとんでもない刑法原則の蹂躪であり、むちやくちやでたらめもはなはだしい。治安のためということを大だんびらにかざして、そしてすべてのもの、じやまになるものは、これをりくつがあつてもなくても全部やつつけてしまうという権力主義的な思想が、この文字の配列の中に表われていると思うのであります。先ほどの田中委員の質疑に答えて、思想を弾圧しないと言いながら、一般的な必然性は論じてもかまわない。世界とあるいは人類の問題としての必然性は論じてもかまわないが、その必然性が日本にも現われる。日本も世界とあるいは人類の必然性のわく外に立つわけには行かないのであるということを言うと、もうそこらで怪しくなつて参るのであります。こういうばかげたことは、これは天皇制思想の再現じやありませんか。世界がどんなになつても日本だけは何とかなる、日本は世界の例外であるという、これは天皇制の思想の押しつけをここでまた再び正直に自己暴露しているじやありませんか。大体思想は処罰しないと言うけれども、人類と世界の共通な問題、これは学問の本質であります。そしてそこに必然というもの、学理の結論というものが出て来る。こういうことになれば、日本がその例外だということを言わなければやはり罰せらるんだということになれば、これは学問、良心、思想、こういうようなものの弾圧をしていることは明らかであります。さもなければ神風、伊勢のお札一枚で世界の例外であるというようなことをやつて、あつかましくも他人に聞かせるときは手前たちは例外であるとして、例外をお前たちは八紘一宇の精神として聞かなければならぬのだという押しつけそのものが、この第三条の精神の中に表われている。第三条の精神ばかりじやなく、この法案の全面に現われているほんとうの思想的な体系をなしておると私は指摘せざるを得ないのであります。しかも何ら思想を弾圧するものでないと言うけれども、あなた方は先ほどの問題にありましたように、学園の中の学問の自由——学者の研究室や、学問をしている学問の場所に、ガチヤバイがガチヤガチヤやつて歩きまわるということそれ自体が、きわめて重大な、権力的な圧制なり脅迫を与えて、思想の自由、学問の自由というものを弾圧し束縛をしているものだということをあなたたちは考えなければならぬ。これは「犯罪と刑罰」を著わしたベツカリアがあの遠慮しながらも書かざるを得なかつたという心境を吐露している。私は真理を愛したいけれども、しかし犠牲者にならずに何とか良心を満足して行きたい。良心の自殺行為、学者として、学究としての自殺行為をせざるを得なかつたというべツカリアの心境が著書になつているから、あなた方も弾圧するばかりが能じやない、読んでいるはずだと思う。こういうことをひとつよく考えてもらいたい。そうして少数の意見を表明する権利というものは、そのときには人気のない意見を表明する権利が保障されるということの中に、実質上には確保されるものである。八紘一宇精神で、手前の方だけは例外で、人の方は手前の方の例外を八紘一宇で聞かなければならぬのだというばかげた押しつけの中に、思想の自由というものは確保されるものではない。  もう一つお尋ねいたしますが、先日吉河特審局長は、天皇は憲法に象徴として表われている。これは国家の基本的組織であり、基本的秩序であると言つた。私はこれは重大な問題であると思う。これはどうしてもたたき直してもらわなければならないし、たたき直すまでわれわれは闘わなければならないと思う。憲法は一体どうなつておる。象徴だと言つてあなたは逃げたかもしれないけれども、天皇というものは実質的に憲法の上において、質的に大した意味はないのである。そういう意味合いの象徴なんだ。象徴というものが何らかの意味を持つているにしても、それ以上の過大な意味づけを持たせることはいけない。これは思想的な問題であり、民主主義の問題であり、原則の問題です。さらに進んで社会国家の基本的秩序とは何だというときに、天皇が象徴だということで、これが基本的秩序の中に巻き込まれて来たのでは、とんだことになる。民主憲法の自殺であり、民主憲法の破壊であると断ぜざるを得ないのであります。主権は在民である。この主権在民、この実体は基本的人権の保障である。公共の福祉の拡大強化である、拡充である。これが私は基本的な秩序でなければならないと思うのであります。こういうようなこの基本的秩序なり組織なりの要求なり実現は、主権者たる国民からは奪うべからざる基本的権利である。これがとんでもない要素が入つた基本的秩序や組織だということになれば、主権在民の民主的原則、憲法というものは、これはなくなつてしまう。こういうことを私は考えるのであります。この点。  それからこういうことを無理やりに警察権力——国家権力の象徴としての代表的なものとしての行政権力、警察力で押しつぶそうという、いわゆる警察国家による治安の確立なんというようなものは、これは民主的な治安の確立じやなくして、そういう警察国家というものは究極において崩壊してしまわなければならない。これは人類歴史上にりつぱに証明されておるところの事実であり、あるいは事実以上の原理であると思うがどうか。  それから同じく扇動罪については、国家公務員法、地方公務員法に規定があるんだと言いました。それをまねたのだ、こう言うわけであります。しかしそもそも国家公務員法、地方公務員法というものが出て来た理由を考えてみなさい。経過を考えてごらんなさい。あれは占領政策、占領命令によつて裏づけられたもの、発端したものである。これは悪法であつて、その悪名は世界に名だたるものである。しかもこれがつくり上げられた犯罪的な経過を——われわれはあえて犯罪的と言うが、考えてみなさい、昭和二十三年七月ポ政令でその争議権を奪つて、労働組合の全面的な反抗を予期して、二十三年の十二月、わずかの会期で、選挙内閣として政権を担当した吉田内閣が、はずかしくもなく、恥知らずに政令二百一号で、そうしてこの内容を公務員法として、この権利を奪つて行つたのだ。政令二百一号というものが、結局国家公務員法、地方公務員法の実体である。だから今の公務員の人たちも、われわれも働いた俸給で生活する労働者である、争議権その他労働三法に保障された権利を、講和発効とともに元にもどせ、独立を回復したならばもどせということを言つているではありませんか。こういう点で私は、国家公務員法にその扇動の処罰があるから、これにまねたのだということは、私が冒頭にわずかな時間で寸足らずに質疑しました、この法案の立法理由、提案理由の中に、「平和条約の効力の発生後の事態にかんがみ、」こういうようなものがあつて、現実は占領秩序、こういうようなものを基本的秩序として確保し、その秩序を強化するためではないかということを質問したが、はからずも先日の吉河特審局長の言葉の中に、地方公務員法、国家公務員法に扇動の処罰があるから、これに扇動の処罰をするのはあたかも当然であるというような言葉があつた。それ以外のものは、もうちよんまげ時代の法律や、あるいは明らかに部分的なものであつて、基本的な人権というようなものに関するゆゆしいところの法律にはない事例をあげて来ていると思うのであります。この点明確な御答弁を願いたいと思うのであります。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。ただいまの長き御質問の中で、本法案に関する点と思料される二、三の点につきまして、お答えいたしたいと思うのであります。第三条第一項一号のロにつきまして、非常な拡張で、悪法ではないかというようなおとがめでありますが、私どもはさように考えていないのであります。現下の事態に対処しまして、国家自体として、公共の安全を確保する上には、ぜひこの程度のものは、最小限度のものとして出さなければいけないと思うのであります。さらにこの問題につきましては、しからばわが国だけがかような独特なことをしているかという問題でありますが、比較的にこれを考えてみまして、英国、米国その他民主主義国は、内乱あるいは暴力によつて政府を倒すというような問題につきましては、これらの規定よりより精細な規定を設けているのであります。たとえて申しますならば、教唆するとか、あるいは使嗾するとか、あるいは唱道するとか、あるいは結社するとか、各種の事態につきまして、詳細な規定を設けておるのであります。またさらに英米諸国のみならず、ソビエト連邦におきましても、内乱の規定またはソビエトの政治方式を破壊する行為に関するソビエト刑法の規定を見ましても、それらに増して厳格なる規定を設けているのであります。およそ世界に国をなす国家におきまして、内乱あるいは暴力によつて国家を倒し、政府を破壊するというような活動に対しまして、この程度の規定を設けているのは、まだ軽い方であると私は考えるのであります。世のすべての国におきまして、厳格精細な規定をもつて、かかる破壊活動を防止し、その憲法のもとにおけるところの正常なる民主主義国民の平和なる生活を確保する努力をいたしておるのであります。  次に扇動罪の規定でありますが、これも申し上げるまでもなく、今の説明の中に含まれている点でありますが、現下の事態にかんがみまして、このような危険な行為の扇動は、あくまでこれを防止して公共の安全を確保し、このことによつて健全なる民主主義の育成強化をはからなければならない、かように考えているわけでありまして、お尋ねの点は、公職選挙法とか、あるいは地方公務員法、ないしは国家公務員法にあるだけではないかというようなお話ですが、そうではなくて、たとえて申すならば税法の規定であるとか、あるいは選挙法であるとか、あるいは食糧緊急措置令とか、各種の国民の生活あるいは国家全体の運営上重要な規定にはたくさん盛られているわけでありまして、あえてこの規定のみではないのであります。しかもその行為の態様から見まして、危険性の度合いにおきましては、かくのごとき危険なる行為をここに防止するということは、むしろ世界的に見まして企図するところであります。すべてかくのごとき扇動罪については、世界いずれの国においても慣習的に処罰されることが例となつておるのであります。かような次第でございまして、日本のみならず、国際的にこれを見ましても、決して異例とするものではない、むしろ通例の、及ばざる一つの例にすぎないと、私どもは考えておるのであります。

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 申合せの時間があと十分くらいですから、なるべく要領よく、有効に御質疑願いたいと思います。

加藤充日本共産党

○加藤(充)委員 あなたはアメリカにもある、あるいはいわゆる非自由国家の中にもこれ以上のものがある、こう言つて、一人前の寸法だということを誇ろうとしているのでありますが、それはまつたくのごまかしだ。特審の人たちに、思想だけは勉強しておりましようから、思想やそういうふうな学問の講義をするほど、私はそれほどばかでないつもりであります。しかしオーエン・ラチモアは「アメリカの審判」の中で、ほんとうに真剣になつて訴えている事実を指摘して、アメリカで決してみんながそれでいいということを考えておらない、むしろそういう悪法のために思想の自由が弾圧されて、とんでもないことになつている、われわれは団結してこの問題と取組まなければならない、こういうことを訴えております。あなたの説明をそのまま受取りがたいということ、それは決して共産党であるわれわれだけの独断やひとりよがりではないということの立証のために、読み上げて質疑の補充にしたいと思うのです。先ほどあげました本の中には、「私が行つたことのあるいかなる国におけるよりも米国においてはマルクス主義及び共産主義について正気で考えることは困難である。一九四七年三月のトルーマン・ドクトリン以来、この傾向はきわめて顕著である。ニユーデイーリストは一括して赤と目されるようになつた。恐怖の潮はワシントン中を席捲して、知らず知らずのうちに国民の自由に危害を及ぼしつつある。われわれは研究する自由と自主的研究に基いて意見を公表する自由とを再び確立しなければならない。しからざれば市民の諸権利は死を宣告されたも同然である。共産主義者の理論が正しいか間違つているかにかかわりたく、それが共産党を中心とする政府を持つている数億の人々の生活を形づくつている理論であることを認めねばならない。その限りにおいて、それは単に理論的であるばかりでなく、政治的現実でもあるからである。」と訴えております。またあなたは、非自由国家の中にもそれがあると指摘されるでありましようが、そこではもうすでに民主主義というものが、長い間のその国の人民の努力と犠牲によつて発展されておるのでありまして、それでこそほんとうの民主主義だ、いわゆるあなたが民主主義であると考えているのは、現状の段階で言いますならば、まつたく売国者になり果てた買弁的な独占資本家のための秩序とその利益だけを保障する、それでそのために国会という多数決の制度がある。こういう段階になりますると、国会というようなものもほんとうに民主主義のこの実体を裏づけて行く制度となる機能を持ち切れない状態にあるのであります。このことで先般も指摘しましたが、「赤い中国の横顔」というアメリカの新聞記者の出した著書の一部を御紹介して、私どもの意見が決してそういう独断でない、共産党のひとりよがりでは断じてないということを立証したいと思う。費孝通という博士は、イギリスやアメリカに留学して帰つて来て、解放された中国の清華大学の社会学の教授をしておる人でありますが、その人は、「三十年間「民主主義」という言葉を耳にしてき、三十年間「民主主義」の意味を理解しようとつとめてはきたけれども、外国で発見したものは民主主義の矛盾したすがただけだつた」と彼は書いている。ところが彼は解放された中国に帰つて来て、北京で、一種の市会ともいえる最初の各種団体の代表者会議に出席したとき、初めて「過去六年間、いな、過去三十年間に学んだ以上のことを教えられた。」と告白しております。そうして彼の言葉は続いております。「正直」に言うと、私は全然こんなことは予想してもいなかつた。北京解放以来、私の共産党に対する詳価も、党の寛容さ、責任感、謙譲さ、行政能力、忍耐強さを見せられて、高まつてきてはいた。……しかし私は公然と認める。私は代表者会議に参加するまでは、共産党が民主主義政策を実行しているとは信じていなかつた。」なぜならば「私は民主主義というものには、投票と、投票を求めての選挙戦と、イギリス帝国議会の所謂「陛下の反対党」なるものが、なくてはならないものと思いこんでいた。私は民主主義社会に独裁はない、両者は両立しないものだから、と思つていた。ところが会場にはいつたとたんに、私は幾つものかたまりの人々を見た——制服を着た人たち、労働着の人たち、長衣の人短衣の人。中国のポンポン帽をかぶつている者さえ一人いた。私の眼が会場の表の「代表者」という文字にふれた時、真理が私の頭に射しこんだ。彼等はみんな代表者なのだ!北京に住んでいるあらゆる生活面の人たちがこの会議場に代表されているのだ。だがこれほど高い度合の代表がアメリカやイギリスの議会に見出しうるだろうか?選挙による形式か、それとも代表度の高い実体か、どちらをわれわれは選ぶか?選挙は一つの方法にすぎない。もしこの方法が代表度を増させうるとすれば、これは良い方法に相違ない。だがもしそれが出来ないとすれば、棄て去つていいものである。……反動家どもが武装解除され、彼等の活動が抑圧されたことは、誰にも明白に見てとれる。これが独裁だと呼ばれる、まさしくそのとおりろう。だがわれわれがそのような独裁政治を持つたが故にこそ、われわれの会議場に民主主義を持つことが出来たのだ。……私は独裁政治と民主主義とはまぜ合わせることが出来るものだということを悟つた。」これはそれらの自由労働者の、いわゆるあなた方から言えばやからが言つておることではありません。すぐれた著書を持ち、すぐれた勉強をしており、アメリカやイギリスに留学して、彼がここで言つているように、三十年間民主主義というものを学問で勉強し、実地で検討した人の表白であります。そうなつて来ると、あなた方どうです。アメリカ人のオーエン・ラチモア氏がああ言つておる。反対の世界はこうこうだ、民主主義じやないとあなた方は言つておるけれども、こういうすばらしいまじめな学究の多年の研究と研鑚の結果こういうことを言つておる。これがほんとうの民主主義である。あなた方が守つて行こうという民主主義は、それは先ほど指摘したように、ごく少数の人間が多数の人間を犠牲にし、自分の少数の利益を、多数の者に不利益を与えて自分の繁栄だけをはかるというような人々のための政治の形態ではないのですか、その点をあなたにお聞きしたい。アメリカに例がある、あるいはよその国に例があるというような表面的なことでなく、その変化というものを歴史的に見て行かなければ、実体を見て行かなければならぬと思う。あしだをはいた者と素足者と背比べして、高い低いを比べているようなものであると私は思いますが、その点少しは——私どもの百パーセントの満足とまで行かなくても、形式的な答弁だけで、木で鼻をくくるというような態度をちよつとやわらげて、いま少しつつ込んだ答弁を願いたい。

吉河光貞検事(特別審査局長)

○吉河政府委員 お答えいたします。終戦前の苦難を経まして日本国憲法は確立されました。これは民主主義を基礎とするものでございます。この制度は国民の福祉と繁栄を増進する制度であると信じております。国会は国民がこれをりつぱに運営する責任がある、またその努力をなすべきもの、これが民主主義の中心となつて行かなければならないものと考えております。

加藤充日本共産党

○加藤(充)委員 憲法の一般的な精神を、学生の答案的にいえば、あなたの簡潔な表現というものは、それで落第点ではないかもしれません。しかし私どもは真剣に思うのです。いわゆる五・一五や二・二六事件のように、議会が無能を暴露し、ほんとうに国民の意思、あるいは利益というものを代表し実現する機関でなくなりつつある、それが現状でしよう。私が速記から了解の上で削つてもらえないかというような交渉を受けたのですが、委員会の審議や国会の本会議の議場のありさまを見ても明瞭である、こういうときにわれわれは五・一五や二・二六のような、ああいうやり方でなしに、ほんとうの民主主義というものを立てて行くならば、われわれはもつとこういうものを実体に即するようにしなければならぬと思うのです。ところがあなたたちはこういうような国会がたまたまでき損いになつているのを奇貨として、多数決に便乗して、国会のルールで多数決は合法的だということで、権威があるというような、いわゆるブルジヨア民主主義の論理でこれを押しまくつて、遂にはこの議会制度そのものまで否認して行く、民主主義そのものも否認して行く。先ほど私は一部指摘したのですが、詳細な陳述を展開はいたしませんが、ワイマール憲法の中で、ナチスがどのようにしてどのようなことで、このフアシズムというものを、彼らの世界というものを確立し、打立てて行つたかということ、これの立法の年代記、彼らのやり口というものを見たら、ちようど特審が、あなたが、「平和と独立」の機関紙の弾圧のときにやつたような事柄や、きよう問題になつた早稲田大学に武装警官が乗り込んだというようなことと相まつて、法律のある無法律状態というものをつくつて行く。ちようどこれは、ワイマール憲法の停止をやつたあの大統領命令と同じような意味合いの、破壊活動防止法というものを出して来ている。その歴史的な経験、これで真剣に私は訴えているのであつて、そういう事柄から言うと、あなた方の先ほどの、まあ落第点にはならないかもしれない答弁というものは、われわれが再審査すれば、及第点はつけられない、こう思うのです。あなたはほんとうに民主主義を守るつもりだつたら、占領のときにはあのマツカーサー命令だとか、リツジウエイの命令だとか言つたけれども、制度そのもの、この秩序を維持するということで、そのためにやるようなこういう破壊活動防止法というようなものを、一生懸命汗かいて説明するという努力が出て来ないはずだと思う。

関之検事(特別審査局次長)

○関政府委員 お答えいたします。先ほどオーエン・ラチモアの御本を御引用になりまして、アメリカの実情、それにならつてかような法律をつくつているのではないかというようなお話であります。私は破壊活動の問題に対することにつきましては、各国それぞれその独自の見解によりまして、置かれた客観的状態に対応しているものでありまして、その国の状態について十分検討してみなければ、とかく批評はできないのでありますが、私の個人的な意見でありますが、少くともアメリカの国内安全保障法の規定自体は、多分に日本の治安維持法的な要素を含んでいるものであると私は思います。それで私どもは過去の治安維持法の法的欠陥の是正として、第三条にかくのごとき行為を厳格に規定いたした次第でありまして、その点はそういう意味合いにおきましては、決してアメリカの先例にはならつていないのであります。われわれは民主主義は、外に現われた行為については各個人が責任を負わなければならないということを明確にいたしまして、かようなことを規定をいたしたにほかならないのであります。

佐瀬昌三自由党

○佐瀬委員長 本日の審議はこの程度にとどめ、次会は明後十二日午前十時より開会いたします。  本日はこれにて散会いたします。     午後六時二十四分散会

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