法務委員会 第47号
- 発言数
- 264 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1952/05/09
会議録
○佐瀬委員長 これより会議を開きます。 破壊活動防止法案、公安調査庁設置法案、公安審査委員会設置法案、以上三案を一括議題として質疑を継続いたします。加藤充君。
○加藤(充)委員 委員長は委員会の開会を宣して、私に質疑の通告順に従う発言を許されたのであります。しかし、この法案のような重大な内容を持つた法案の審議にあたつて、出席者與党 四名、野党残念ながら共産党二名という状態であります。こういうふうな体たらくでは十分な審議の実体を整え切れないことは明白であります。にもかかわらず委員会の成立を宣せられたる委員長の処置も、はなはだ不当であり遺憾であると思うのであります。また政府側を見ましても、重要な法案であるにかかわりませず、例によつて例のごとく、あらゆる会合には率先成立以前から押しかけておるという問題の悪名高い行動の特審局のメンバーだけがいち早くそろつて、関係大臣の出席はまだないのであります。まつたく遺憾きわまる状態であります。私はこういう状態で発言をさせられておるのでありまするが、私の発言に対して責任のある明確な答弁がなされ得るかいなかも疑問である。私がただしたいと思う相手方はこの席におらないのであります。一片の蓼々たる官吏や、あるいはまた特審の連中の言葉の多い、のの字を書きながらの陳弁みたいなものを聞いてもいたし方ないと思う。しかし順序ですから質疑をやります。 この法案の末尾には、要約されて立法の理由書が述べられております。「平和條約の効力の発生後の事態にかんがみ」と記述されております。それから政府配付の破壊活動防止法案の概要と称する資料に基けば「占領下においては、占領目的遂行のために出された法令や指令が、国内の治安維持に重大な役割を果してきたことは、一般の知る通りであるが、これらの法令や指令は、講和條約の効力の発生に伴つて、いずれは失効することになつている。従つて、若しこのままで推移すれば、われわれは、治安維持の法令の重大な部分に、近き将来空白の事態を迎えねばならないことになる。」これでは声を大きくして暴力主義的破壊活動云々、こういうことを政府は申し述べておりまするが、結局占領命令、占領秩序の維持確保のための立法だということを政府は今指摘した法案の立法理由並びにそのみずから配付した資料の中に明らかにしておると思うのでありますが、この点についてまず政府の御見解をただしたいと思います。
○吉河政府委員 お答えいたします。過ぐる占領下におきまして、最高司令官の指令またはその要求に基く各種の政令が、占領軍の管理政策として定立されたことは申すまでもないことでありますが、これらの法令のうちには、わが国内の民主主義、平和主義の健全な育成、発達をはかり、治安を確保するために役立つた法令もあることも疑いのないところでございます。これらの法令が講和條約の発効とともに早晩その効力を失うことも事実であります。しかるに先般来御説明いたしました通り、独立を迎えたわが国内におきましては、わが国の国家社会の基本秩序を破壊せんとするがごとき暴力主義的なる破壊活動の危險が現存するのでありまして、これに対しましては純然たる国内立法としての法的措置を講ずる必要があることは申すまでもないところであると信ずるのであります。
○加藤(充)委員 それではお尋ねいたしますが、日本政府は過去約七年間にわたつて、いわゆる占領命令、ポ政令の制定をやつて参りました。そうしてこのたびの国会におきましても、その整備をやりつつあるのであります。それでお尋ねいたしますが、こういうことを前提に考えてみますると、政府の見解によれば、占領期間中においてもまだ治安立法が足りない点があつたということになるのか。あるいはまたポ政令その他のものの整備統合をやりましたけれども、それでは不足の部分が出ておるというのか。この点が明確にされなければ一般的な話では断じて受取りがたいのであります。それで右の二点、占領下におけるポ政令、こういうようなものの相次ぐ制定にもかかわらず、治安立法の点で遺憾があつたのか、あるいはポ政令を整備したけれども、なおそれでは不足する分があるというのか、どつちなんです。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。この破壊活動防止法案は純然たる国内立法として国会の御審議を仰いでおるわけであります。それでこの法案を必要とならしめる理由につきましては、先般来るる御説明申し上げた通りであります。占領下における各種の治安法令が日本の占領下における治安確保に役立つたことも事実でありますが、これが講和発効後におきまして早晩失効することもまた明白な事実であります。しかるにもかかわらず現下の事態におきましては新たなる国内立法を定立する必要を認めまして、この法案の御審議を仰いでおる次第であります。
○加藤(充)委員 私の質問に対してひとつも答えておらぬと思う。国内治安の維持というものは、日本の自主的な立場でなさるべきものだと思う。占領下においては占領命令でいわゆる占領秩序が保たれておつた。そこには重宝するものもあると政府は言うのです。私は重々指摘してお尋ねしたのでありますが、ポ政令というものは失効すべきものだということは当然であります。だからわが党のごとく、いわゆるポ勅令に基いた幾多のポ政令というものは、講和発効とともに当然これは効力を失い、新たな立法措置が日本国民の自主的な権威と責任においてなされなければならないということを強く主張して参つた。ところがそれにもかかわらず、政府は、ポ政令が失効するという論理的な建前になる、だから失効すべきものと失効せざるものとをやりかえなければならぬ、ポ政令の、占領秩序のための治安政令のごときものは、ほとんどそのままが新しい国内立法としての形式と価値づけを先般来し続けておるのであります。従つて今の特審局長の話は、私が最初に二点出して確めた点の答えにはなつておらぬ。これは明らかに占領制度の秩序を維持確保するという建前よりも、占領制度の秩序維持のためにほとんど抜け目のない万般のポ政令というものがはなはだしく出されておる。それを立法化したにもかかわらず、新たにこの治安立法というものを出すというのでありますから、今の答弁によつては、占領秩序以上のこの弾圧的な立法あるいは制度の確立を日本の政府みずからが意図しておる、こう断ぜざるを得ないと思うのです。責任のあるごまかさない——望むのは無理かもしれないけれども、今少しく男らしいいい返答を求めます。
○佐藤(達)政府委員 違つた口から御説明申し上げます。ただいまの御指摘は結局先ほど特審局長が答えた通りと存じますけれども、結局占領下においてわが国の秩序は多少遺憾なところでございますけれども、占領軍の力によつて維持されておつた。その維持の基準になつておりますものとしては、今御指摘になりました通り、いろいろなポ政令というものもそれでございます。それからさらにたとえば三百二十五号の裏づけになつておりますいろいろな御承知のような指令が、そのまま裏づけの形となつて治安維持のために役立てられておつた。従いましてそういうものを総合して今回の法案というものを比べて見ますと、結局今回の法案は、それらのものがなくなりましたから、わが国が自主的の立場で、必要やむを得ない限度の治安のための立法をしようというのでありまして、占領当時より上まわつておるのじやないかという御懸念は、私はそれはないと考えておるわけであります。
○加藤(充)委員 空白の事態を迎えねばならなくなるという点は、それならばどういう点なのか、具体的に指摘してほしい。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。先般来御説明申し上げました通り、現下わが国におきましては、国家社会の基本的な秩序を破壊せんとするがごとき暴力主義的な破壊活動が、団体組織によりまして行われる危險が現在するので、これらの危険に対しまして、これに対応する法的な態勢がないということが、一つの空白であると考えておるのであります。
○加藤(充)委員 どうもただひたすらこの法案の通過だけを強行しようとする態度を確認する以外に、何ら私が質問し、並びにみずからが先ほど指摘した文書ないし資料にその理由をうたつておりまする点の、具体的な解明がなされない。これ以上の押問答は無用であり、しかも今までの問答の中に、その意図は、陳弁にもかかわらず、われわれは先ほど来指摘した点が間違いでなかつたという確信を強めただけでありまするが、次の問題に移つて行きたいと思います。 今特審局長は、国家治安とやらの維持ということを言つておる。これを破壊する暴力主義的破壊活動云々ということを言う。私は、今までの問答で、こういうものは、取締るという立場に立つて、何ら空白の余地がないほど、万般の対策が講ぜられておる、その対策を講ずる仕方においても、いわゆる占領秩序、占領制度というものを維持するための占領命令というものが、国内的に表現すればポ政令というものが、完全にそのまま立法化された今日でありまするから、空白などを生ずる余地は全然ない、こういうことを指摘したのであります。問答で発展させて行きますが、この法案は、前会以来繰返されておりますように、公共の安全の防衛のために、暴力主義的破壊活動を取締るということを言つているのであります。発言の響きと文字の配列から言いますると、まことにまことしやかに聞えるのでありまするが、しかし私は公然と胸を張つて、その愚劣にもひとしい言葉の繰返しをやり続ける、こういう態度を見のがすわけには行かないのであります。言葉たくみに配列されておりまするけれども、防衛さるべき実体、国家、社会の秩序というようなもの、それと憲法秩序というようなもの、とりわけ基本的人権との関係、こういうようなものとの関係から、憲法的な究明が一つも明らかにされておらない点が第一点。 それから第二点は、破壊活動は取締らなければならないと言うけれども、しかしそのいわゆる規制の仕方自体が、憲法の精神あるいは憲法の條規によつて、いかに基礎づけられておるかということは、少しも明確にされておらない。そこで防衛さるべきところのいわゆる社会秩序とは何だ。これは先ほど指摘しました資料などの文字を拾つてみますると、国家社会の安全とも言われておるし、国家社会の基本秩序とも言われておるし、あるいは進んで正義と人道というような言葉でも言われておるし、あるいはまた国家正義というような言葉でも表現されておるのであります。こういう点について、国家社会の基本秩序というものは何だということを、まず確かめておきたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。この法案は、破壊的団体の規制をなすとともに、かかる破壊活動にかかる刑罰規定を補整して、公共の安全を確保することが目的でありまして、これは申すまでもなく第一條に掲げてあるわけであります。この公共の安全と申しますことは、日本の社会が憲法の規定するこの基本法をもとといたしまして、そのもとにおける各法律が平静に行われ、平穏なるところの社会秩序が行われて行く状態、それが公共の安全であると私どもは思つておるわけであります。
○加藤(充)委員 あなたはまた言葉の繰返しをやつておるにすぎない。朝憲を紊乱する云々というのが、多分今度の法案にもうたわれて規定されておると思うのであります。この朝憲というのは何だ、それを紊乱するとは何だということになれば、国家の政治的基本組織を不法に破壊することを言う、政府の顛覆、邦土の僣竊のごときその例示規定なりと解すべく、政府の顛覆とは行政組織の中枢たる内閣制度を不法に破壊するを言う、こういうような説明がなされたばかりでなく、こういうような論理と文章によつて、幾多の人間が朝憲を紊乱した、あるいは治安維持法違反というような罪名で、いろいろな残虐な取扱いを受けた事実を、歴史的にわれわれは経験しておるのであります。こういうような点と関連して、いま少しくつき進んだ国家社会の基本的な秩序とは何ぞやというような解明を、立案者はなさるべき職責を持つておると思うのであります。今のような答弁では、私どもが尋ねたいと思うことを一つも答えておらぬということになると思います。
○關政府委員 お答えいたします。お尋ねにつきましては、私どもは繰返すようではありますが、日本国といたしましての基本法たるところの憲法と、そのもとに制定せられたるところの各法律秩序が整然と平穏に行われ、平穏なる社会生活が行われること、これが国家の基本組織秩序が行われておる状態であると思つておるわけであります。
○加藤(充)委員 するとお尋ねするが、旧帝国憲法と、それから現在の日本国憲法との間に明らかな質的な違いがあると思うのであります。従つてまたその観点から、国家の政治的基本的組織というようなものについても重大な質的な変化がなければならないと思うのでありますが、こういう点の関連においていま少し具体的な意見の開陳をしてほしいと思う。
○吉河政府委員 お答えいたします。日本国憲法は主権在民を宣言いたしまして、国民個人の自由と人権を基礎にして国家を編成し、社会の基本的な秩序を制定しました。国民大多数の意思に基いて国政が行われるような建前になつておるのであります。かような日本国憲法のもとにおける国家統治の基本組織、国民大多数による国民のための統治の基本的な組織並びに基本的な政治方式というものが平穏に維持されて行かなければ、民主主義の発達を望むことはできない。この状態が公共の安全でありまして、治安の中核をなすものと考えておる次第でございます。
○加藤(充)委員 それでは治安維持法の関係の判決文にあつた言葉を引用してその点をさらに確かめたいと思うのですが、「政府の転覆とは行政組織の中枢たる内閣制度を破壊するをいう。」こういうことをいつておるのでありまするが、こういうような点については、それはどういうふうな変化を遂げたのか、遂げなかつたのか。
○吉河政府委員 御質問の趣旨がよくわかりかねるのでございますが、治安維持法におきましては、御承知の通り、国体の変革とか、私有財産制度の否認というような事項を……。 〔「そんなことを聞いているのではない。判決文のことについて聞いているのだ」と呼ぶ者あり〕
○佐瀬委員長 もう一回加藤君から質疑の点を明らかにしていただきましよう。
○加藤(充)委員 かわつたというけれども、そのかわつたところはどこがかわつて来ているのか、私どもには今の説明ではわからない。だから旧憲法の時代に、国家の政治的基本組織の破壊ということに関連して、政府の転覆とは、行政組織の中枢たる内閣制度を不法に破壊するものをいう。不法にという言葉は、破壊という言葉がありさえすれば、あつてもなくても同じだと思うのでありますが、そういうことが判決文などに書かれておつたのであります。それじや今の憲法の中に、国家の政治的基本組織あるいは国家社会の基本秩序というものとの関係において、こういうふうなところがどのようにかわつておるのか、その点を明らかに説明してもらいたい、こういうのです。
○吉河政府委員 お答えいたします。先ほど御説明申し上げた通り日本国憲法におきましては、主権在民を宣言いたしまして、国民大多数の意思によつて、国民のために、国民による政治機構が規定されておるのであります。これを不法に破壊せんとすること、これが公共の安全を破壊せんとすることであると考えておる次第でございます。
○加藤(充)委員 今の答弁で質問がそうなつたから、そういう答えになつたのだとも思われる節がありますが、先ほど局長みずからの口だけでは、おおむ返しに言つた基本的人権、国民の福祉、こういうようなものとの関連から、この政府の転覆というような事柄がどういうふうな関係を持つものかということが説明されておらないと思うが、その点との関係で答えてほしい。
○關政府委員 お答えいたします。お尋ねの点は、たとえば第七十七條の内乱の罪などに関連いたしまして、たとえばこの中の、朝憲を紊乱することを目的とするというような表現が、新憲法と旧憲法とのそれにおいていかなる差があるかというようなお尋ねかと存ずるのでありますが、この点につきましては、新憲法下の朝憲の紊乱という言葉は、憲法におきまして、たとえば内閣であるとか、あるいは司法であるとか、あるいは国会であるというふうに、国家統治の基本機関として設定されてあるそういう基本的な秩序、基本的なものを根本から否定し去るというようなものが、新憲法下における朝憲を紊乱することを目的とするという内容に相なるものであります。旧憲法の時代におきましては、その点がこの憲法のもとにおける刑法のこの規定の解釈とは幾らか違う点もあるかと思うのであります。 次に基本的人権との関係でありますが、御存じのごとく、基本的人権は憲法の各條章に規定されてありまして、その保障の道は、刑事補償法、あるいは人身保護法とか、各種の法令に現実に具体化されているわけであります。人権は、憲法のもとにおけるそれらの各法律の條章に従つて保護さるべきものでありまして、またすでに今日までいろいろの法律が出ておりまして、人権の保護につきましてはほとんど至れり盡せりの手当が盡されていると考うる次第であります。
○加藤(充)委員 それじやもう一つわきの方からお聞きしましよう。「帝国憲法は、言論に関する臣民の絶対的自由を認めず、ただ法律の範囲内においてその自由を保障するに過ぎざるをもつて、帝国臣民は、学術の研究、社会政策、その他何らの名義をもつてするを問わず、常に必ず法律の範囲内においてなすことを要し、その範囲外において言論の自由を享有することを得ざるは勿論なり。」こういうふうな文章があるのであります。こういう点と、今説明された法律の範囲内において、そして言論の自由、その他の新しい憲法が保障している基本的人権、こういうものが具体的にどういうふうにかわつたのか、その点を明らかにしていただきたい。
○關政府委員 この点につきましては、法案自体と直接の関係がありませんし、またたいへん講釈的になりまして恐縮でありますが、考えているところを申し上げてみたいと思うのであります。憲法の規定は御存じのごとくやはり歴史的に変化して来ているのであります。当初の英国のマグナカルタあるいは権利章典等から、さらに十九世紀初頭の憲法から、戦後における憲法に至りまして、各種の自由、人権の保障に関する規定の実現の方式が著しく変化して来ているわけであります。私どもはやはりその時代々々における歴史的文化の発達を反映するところであろうと考えているわけであります。当初におきましては、ただいま御指摘のごとく、日本国憲法も一つの現われでありますが、法律の定むるところに従つて制限するとかいうふうな表現があつたのであります。ところが戦後における各国の憲法におきましては、かような相対的な自由の規定を一歩進めまして、著しく絶対的な制限を、絶対的な形式において規定するように相なつたのであります。これらは戰後において、国際連合において制定された世界人権宣言を見ましても明瞭でありまして、それには明らかに法律によるとかあるいは公共の福祉のために制限するとかいう相対的な制限をなくしまして、犯すことができないというふうに絶対的な制限の様式をもつて表現して来たのであります。しかしながらその反面私どもが見のがしてはならない点は、常に世界人権宣言においても明らかなごとくに、これらの自由権は公共の福祉のために利用する義務を負うという、義務ということを明らかに前に押し出して来た点であります。この点がやはり世界的な文化の流れといたしまして、権利としては絶対的なのを認めるが、その権利をやはり公共の福祉のために利用する義務を負うという考え方を明らかに打出したものと考えるべきでありまして、日本国憲法もおそらくその流れをくむものと私は考えるのでありますが、第十二條、第十三條に、これらの自由権は公共の福祉のために利用する義務を負う、また利用されなければならないというふうに書いてあるのは、この世界の文化の流れの歴史的な一つの現われであると私は思うのであります。この点につきましてはかような絶対的な表現はいたしておりますが、そのような権利はすべて無制限なものではなくして、公共の福祉のために利用する義務を負うということに相なるのでありまして、この義務に反して濫用されたものは法の保護に値しないものである。このことも世界人権宣言の根底に横たわつておる趣旨であります。かような次第でありまして、最高裁判所の憲法の公権解釈におきまして、昭和二十四年、きわめて最近の時期であるが、これら憲法に保障される自由権も絶対無制限の恣意のものではなくして、公共の福祉によつて調整されなければならないと明確に判示しておるのであります。かような次第でありまして、もちろん公共の福祉による調整ということは、そこにかつての法律によるとか、あるいはそのときの都合によるというふうに、きわめて安易にその制限がとられることは、もとより避けなければならないのでありますが、公共の福祉のための調整というその一つによりまして、やむを得ない場合、これらが濫用されて公共の安全ないしは公共の福祉に重大なる危害を及ぼす場合は、やむを得ない措置として最小限度の制限はなし得るものであると考えておるわけであります。
○加藤(充)委員 るる言葉の多い話があつたのでありますが、私は憲法九十八條ないしは九十七條等の関連で、今の話は落第であると思う。特審の役人や検事局としますれば及第点をつけられるかもしれないけれども、憲法の精神から考えれば残念たがら落第点以下の点数しかない。各自の行使にまかされておつて、行き過ぎたときには、行き過ぎたときに問題になつてチエックされる。これが法の保護に値しないという実体なのでありまして、この精神が憲法の前文であり、あるいは憲法を貫く精神であり、今指摘した九十七條、九十八條あたりに明確にうたわれておる根本原則だと思うのであります。先にもあなたの言葉にあつたが、社会的秩序、公共の安全というようなものは、結局そのときどきの政府のいわゆる恣意に基いて判断されてはならないのであります。権力の執行者の恣意に基いて判断されてはならないのであります。こういうところに発展があつても、こういうところに私はこの根本的な憲法秩序あるいは秩序を裏づける原則、精神というものが貫かれなければならないと思うのであります。ましてやそれがいわゆる逆コース的なやり方で、刻々発展する、変化するという形で逆コースにひん曲げられて、誘導されて行つてはならないと私は思う。今の点から見るならば、あなたの説明なり答弁というものがてんでなつてないと思うのだが、その点まだ言葉があるならば承つてもいいと思う。大体あなたが引用した世界人権宣言、こういうようなものの、いわゆるきわめて政府的な見解に類すると思われる見解をここに指摘しますが、それにおいてすらあなたのようなことにはなつておらぬ。「惟うに、人権の保障と公共の福祉とは、憲法における二つの極である。十九世紀の憲法は、旧レジームにおける絶対主義の政治を排斥して成立したものである関係から、当然に、人権の保障に重きを置いたということになろう。そうして、憲法を單に国家組織の法律と解しないで、近代国家が憲法を必要としたという意義において理解するときは、憲法は、国家に対して人権の保障を明かにするための国家の組織を規定した法律ということになるのである。」続いて「そうして、憲法についていうときは、人権がその保障を完うせられるところに、国家的統合が最高度に充実せられることになるのであり、」言葉をかえて言うならば、このことは人権の保障、人民の福祉——これは憲法で保障するところでありますが、それの拡充、それの発展、向上というところにこそ変化というものが認められなければならないし、国家というものはそのために努力されなければならないというのがいわゆる民主国家としてのあり方だと思う。ですから人権の保障を無視して公共の福祉を考えることは許されないのでありまて、これを公の秩序だとかあるいはまた先ほど指摘したように、国家の正義とか人道とかあるいは国家社会の安全だとかあるいは国家社会の基本秩序というようなものでこれを侵すことはできないのである。従つてこの世界人権宣言の中にも「人が最後の救済手段として、虐政及び圧制に対して反逆することを余儀なくせられないようにするには、人権は法の規定に依つて保護せらるべきことが緊要であるに因り、」云々のことが規定されております。しかもこの精神はアメリカ独立、これらの権利、すなわち基本的人権を安固ならしめるために人民の間に政府がつくられるのであるから、その正しい権力は被治者の同意に基くものである。いかなる形態の政府にせよ、もし、これらの目的を破るに至つたならば、人民は、何時でも、その政府を変更し、または廃止して、その主義を根底とする新政府を樹立する権利を有することを自明の真理であると信ずるといつております。従いまして、改革の流れ、進歩の流れ、人権の保障というものがますます強められて行き、発展させられて行くのでなければ、その流れが自由な水路を與えられなければ、暴力革命が起るのは必然であるということも、この思想の中には言われておると思うのであります。そういう点から考えまするならば、私が先ほど来繰返して確かめておる、この政府の転覆というようなものについては、いわゆる主権が天皇から国民の手に移されたという憲法が確立され、従つて基本的人権、国民、人民の福祉をその背骨として確保せなければならない大精神から——精神じやありません、憲法の明文から言うならば、先ほど来のあなたの説明では、偉大なる、革命的な国家の基本組織あるいは基本秩序の大転換ということについて、あなたは少しも理解しておらない。こういう立場でこの法案の立法をし、この法案の運営をするというのはもつてのほかのやり方で、あなた方こそがこの憲法の秩序というものを、破壊する考え方の具体的な現われである、破壊する言動であると指摘されてもしかたがないのであります。こう思う。
○關政府委員 御質問の点は、法案と直接の関係がありませんので、御答弁の限りでないと思つておりますが、この点につきまして、私どもの考え方の基本を申し上げてみたいと思うのであります。 私どもも、フランスの人権宣言及びアメリカの独立宣言の中にさような意味のことが書いてあることもよく了承しておるわけであります。しかし、私がかえつてお尋ねいたしたく思うのは、しからばその後における世界の憲法、世界の人権宣言及び日本国憲法のいずこに、かくのごとき文言が書いてあるかということであります。これが否定されて来て、いずこにも書いてない。やはり近代社会におきましては、このような、法を中心として、法による支配、法によつて各人が行い、しかも議会を通じてつくつた法に従つて、お互いが健全な社会を営んで生活して行く、これがフランス革命あるいはアメリカ独立というような、苦難を経て現代に到達した世界最高の理念であると思うわけであります。従いまして、現行の日本国憲法は申すに及ばず、世界の人権宣言には、いずこにも暴力を肯定する表現は全然ないのであります。しかし、フランス人権宣言ないしはアメリカの独立宣言に、あるいは百年前、二百年前のそれにはそういうことが書いてある。書いてあるが、今日の憲法にはいずこにも書いてないということは、百年前、二百年前の社会がやはり進化いたしまして、法律による支配、お互いのつくつた法によつて、お互いが平和な社会を建設して行くという、そういう社会がそこに発達して現代の社会に到達して、われわれの社会文化の理念は、あくまでも武力を否定して、お互いが法により支配し、法によつて健全な社会を建設して行くというところにあると私どもは確信しておるのであります。かような憲法の基本的な考え方に立脚いたしまして、この法案をつくつた次第であります。
○加藤(充)委員 そこらは、私が日本憲法の條文を一々引用しなくても明らかなことだと思うのでありまして、その考え方がきわめて危險であると思うのであります。そういうあなたのような考え方の中に、変化、同時に発展というような合理づけが行われるならば、そのこと自体がはなはだしい逆コースなのであつて、われわれはあなたが言つたように、幾多の犠牲を払つて獲得し、到達したこの段階と申しますか、こういうような制度というか人権の保障というか、こういうようなものは、いわゆる変化だとか発展だとかいうことによつて逆コースになつて断じて破られてはならないということ、このことは憲法の條文にも明確にうたわれておると思うのであります。あなたは変化だとか発展だとか言いながら、逆コースに押しやる。そういう立場で、この立法が当然であるという考え方自体が、恐るべき反動であり、人権を蹂躪するものではないか。それこそが、いわゆる国家、社会の安全とは何だ、国家、社会の基本秩序とは何だということを、まず冒頭に私が質疑したゆえんのものである。今こそあなたは、数重なる問答のうちに、こういうようなものは無価値なもので、われわれは自分の思うように、自分たちの解釈で憲法自体の解釈すらかわるのだというやり方で、これを逆コースに押しやる、これが本法案の意図であるということを、あなたの答弁自体が自己暴露しているじやないか。とんでもない話だと思う。われわれは、まことしやかな言葉の羅列や言葉の繰返しによつて、そういう不逞な、ほんとうに危險な破壊活動というものが、権力を背景にしてまことしやかに行われておつてはたまらぬということを懸念するから、との法案は重大な法案だと価値判断している。それでは言おう。ここに、これはマーク・ゲインの「ニツポン日記」にも記されておつたし、また当時たまたま日本に来ておつたソビエト記者の日本記、日本におけるアメリカ人という本の中にも指摘されているいわゆるマーク・ゲイン事件というものがある。マーク・ゲイン事件というものが問題になつたのは、農林省の五百六号室で開かれた例会の模様をさぐり出して、マーク・ゲインがシカゴ・サン紙に報道したということが発端になつて起きたものであります。そうしてそこに暴露された記事というものは次のようなことである。もし今あの宣言が書かれるとしたら——というのは、ポツダム宣言が話題になつたときに、彼らは——集まつた連中、ここには三人ほどの占領軍の大佐の名前が出ておりますが、彼らは腹をかかえて笑い出した。もしあの宣言が今書かれるとしたら、それは別のものになるであろう、われわれとしては強力な日本を持つことを希望するときがやつて来るかもしれないと彼らは語り合つた、こういうようなことである。しかもなおこれはヴアージニア州に帰ろうとしたアメリカ将校の話をマーク・ゲインがシカゴ・サンに送つた記事でありますが、私は保守主義者です、ですけれども、日本で起つておることは、私が支持しているような保守主義とはまつたく違つたものです云々。それでマーク・ゲインは、日本の政治情勢をよく理解しておつて、マツカーサーは財閥解体の計画を拒否している。日本にいるアメリカ人は右翼化しているという彼の記事が、日米両国の民主的な人たちの間に生き生きとした反響を呼び起した、こういうことがいわゆるマーク・ゲイン事件の内容なんだ。マーク・ゲインがみずから訴え、あるいは今指摘した、大局的な立場にあると普通世間的には理解されるソビエトの記者のニッポン日記に書かれているのであります。ああいうことになると、あのときはあのときだが、今になつたら情勢の変化だとかこういうことで、そんなことは違うものになる、これが発展なんだ、変化なんだ、それで基本的秩序というものも、その理解は、ときどきに発展し、変化するのだ、そしてビール腹になつて、権力に酔いしれた連中が、大きな腹をかかえ、頭をなでながら、そうしてこんなことを大笑いで話をされたのでは、秩序もへつたくれもたまらぬじやないか、憲法なんか問題にするのもおかしくなつてしまうじやないですか、どうなんですか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。外国人の批評もいろいろあると思うのでありますが、日本国憲法は国民個人の自由と人権を基礎といたしまして、立憲的な代筆制を制定しておるのであります。これは最も民主的な制度であると考えます。日本国憲法は、先ほど来御説明申し上げました通り、暴力の行使によつてその政治目的を貫徹するがごときことは、絶対に認めていないのでありまして、あくまで公正な言論によつて政治を運営することを規定していると考える次第であります。
○加藤(充)委員 あなたは非常に人を責めるには苛烈でありながら、自分を守るときには至つて寛大だ。それであなたは、個人というものをここに前面に出して来たが、個人というものは社会の中の個人である。個人というものが憲法に保障されておるような福祉の保障を受け、基本人権の保障を受けるというのは、秩序の中、制度の中で受けるのである。それを保障する制度というものが、いわゆる社会の基本的秩序ということにならなければならないのであると思うのであります。しかも、それじやお尋ねするが、こういう憲法がありながら、こういう民主主義の大原則が世界の人権宣言の中に容認され保障されておりながら、それにさからうような政府、それにさからうような政治こういうものが、あつかましく強行されて来た場合、権力を担当した者によつて、権力みずからが憲法秩序というものを破壊する、すなわち個人の人権というものを破壊する。人権というものは、同時に個人の生活であります。こういうようなものを破壊するときに至つて、それじや合法的に云々というけれども、それを脱却して行く、その不法、不当な権力の行使というものを、どうしてこれを払いのけて行くのか、その具体的説明を承りたい。
○關政府委員 お答えいたします。これもたいへん講釈的になりまして、法案の審議とは直接関係はないかもしれませんが、お答えいたしたいと思います。世界人権宣言の中にも、各人がその生存の目的である幸福を追求するのは、社会生活を通じてのみ可能である、その社会生活の健全な発達に各人は協力する義務があると規定されていることは明らかな事実であります。この社会生活においては、すなわち人権宣言の中にも書いてあるごとく、自由人権のそれに対して協力する義務があるというふうに書いてあるわけであります。従いまして、お尋ねの点は、憲法の保障する自由人権というものは、お尋ねの御趣旨を考えますと、絶対的なもので、侵してはならないというふうに考えられるのでありますが、これらの点はすでに現行の基本法であります刑法の中にも、たとえて申しますならば、脅迫罪であるとか、あるいは名誉毀損であるとか、あるいは猥褻のごときものは、あなたの言葉をお借りしますれば、明らかに言論であり、出版であるわけであります。しかしながら、これらがすでに普遍の原則として犯罪として規定されているわけであります。これらはやはり公共の福祉に害があるから、これを犯罪として規定し、やむを得ず処罰するということに相なるわけであります。かような次第でありまして、私どもは、この法案に規定するような暴力主義的破壊活動は、基本的秩序を破壊するものでありまして、国家としてこれらの破壊活動に対しまして、必要やむを得ない、最小限度の規制をなすことは、やむを得ざるところであると確信して疑わないのであります。
○佐瀬委員長 今の質疑の点は、憲法と破防法の基本的問題にも関連しておりますので、一応佐藤法制意見長官の御意見も承つておきたいと思います。
○佐藤(達)政府委員 ただいま關政府委員から及第点に達する御答弁をいたしたのでありますが、私の考えておりますところをつけ加えて申し上げたいと思います。私は学問がございませんので、きわめて素朴に考えるわけでございますが、きわめて素朴に考えました私の一応の気持は、公共の福祉というものは、結局翻訳すれば、これは一人一人の人の基本的人権が集まつた形を一括して公共の福祉と観念できるんじやないかと思うわけです。そこで憲法は民主主義の原則に立つておる、ということは、これも素朴な話ですけれども、一人々々が主権者として政治に参與する、参政権を持つておる。これは基本的人権として参政権を持つておる。参政権の行使によつて、憲法を改め、あるいは政治の機構を改め、政治の行くべき道筋をきめて行くというのが、根本の考え方であろうと存ずるのであります。従いまして、そういう見地から申しますと、少数の人たちの暴力によつて政治が曲げられて行くということは、結局他の人々の参政権という基本的人権を無視したことになるわけであります。それでは何にもならぬわけであります。他の基本的人権が根本からくつがえされるということになる。そこで先ほどの、革新のための自由なはけ口——革命とおつしやいましたが、革新というのがいいと思います。革新のための自由なはけ口を求めなければならぬというお言葉は、敬服して拝聴いたしました。それは日本国憲法におきましては、主権者の代表である国会において、憲法の改正を発議される、そうして国民の投票に付してその見解を求められる、これがりつぱなはけ口として憲法にきめてあるわけであります。従いまして、その基くところは、各個人々々の基本的人権としての参政権ということを考えれば、元にもどりますけれども、少数の人の暴力によつて奪われてしまう、あるいは無にされるということは、これは何としても默視できないところではないか。そこでそれを何らかの形で、やむを得ない限度において禁圧しなければならない。これはしかしまた、御心配のように、他の基本的人権との関係がまた出て参りますから、その間の調整はこれは立案にあたつて十分慎重に考えなければならぬというわけで、われわれとしてはこの案を立案したというのでございます。
○加藤(充)委員 あなたは国会で国民の完全な意思が反映されておつて、国民がひとしく杞憂するところのものが、ここで万全のはけ口を見出されなければならないし、また見出されておるはずだし、はけ口は国会にあるというふうにあなたはお考えですが、このような重要な法案がここで何名によつて審議されておるか、しかもこの結果というものは、一ぺんもここに出て来ていない人たちでも、表決のときには一票になり、一人になるのです。多数決というものがここまで腐敗し堕落した実体というものを、ここまで現出して来てしまつたときにおいて、国民がこの実体を知つたときに、この国会が、あるいは具体的にこの委員会が、自分たちのせめてものはけ口だという確信が持てるかどうか。議会主義、民主主義という言葉の中で、多数決が神聖なものだということで、一切合財を合理化することはできない。それは時と場合にもよると思うが、ここまで来て、この重要な法案が国会の審議にあてられているという実体になつて来ているときに、これをはけ口と言うのは、あまりにあつかましいと思う。国民は一体これをどうしたらいいのか。絶対多数をとつた與党は、四年間というものは、国会に解散の規定がない。国会の不信任の決議が通らなければ解散がないので、あぐらをかいている。多数決は民主主義の大原則だ。先ほど指摘したフランスの人権宣言にもありましたし、アメリカの人権宣言の中にもうたわれておるように、制度としてそういうはけ口がなくなつてしまつたようなときにおいては、これはやつぱりそれを変革して行くということは、人民の当然の権利である。これが基本人権の最後の原則的な一点であるということを指摘しているのです。この点はどうなんですか。 それからもう一つ、私はここで「アメリカの審判」という本の文章を引用してみたいと思うのでありますが、フアシズムというものは、民主主義をその敵から守るという名目のもとにこの国にやつて来るであろう、ということを言つておる。反動主義者のように、既成の民主主義、資本主義の形骸を頑固に守ろうとすると、そこには必ず自由の抑圧、言論の彈圧、研究の制限、対外的には武力に訴える態度が生れる。こうした態度の人々も、もちろん民主主義と資本主義との擁護を声を大にして叫ぶけれども、彼らが擁護しようとしているのは、民主主義、資本主義そのものではなくして、帝国主義的——というのは私の注釈ですが、結局注釈を加えれば、日本では帝国主義的独占資本、それもまつたく買弁化した彼らの既得財産を守ろうとするにすぎない。民主主義と資本主義とが存続し得ないとすれば、私の信ずるところでは、強圧と抑圧と不平等等の政治を主張する、独断的で知識のない人々のためである。こういうようなことは、オーエン・ラチモアが赤——共産党の手先であるというレツテルを張られかかつた、このアメリカの議会の取調べにあたつて、一貫して貫いて来た彼の立場であります。あなた方は、はけ口というようなことを言い、結局それはあくまで国会がそれを保障すると言うが、そういうことの中には、今オーエン・ラチモアの言葉を引用したようなことをあなたたちがやつているし、またこれからますますやろうとしているということを自白している以外の何ものでもない、こう私は考えるわけです。先ほど来質問したところをもう一回返答してもらいたい。
○佐藤(達)政府委員 だんだん私の御説明がおわかり願つたようでありまして、たいへん幸福に存ずるのでありますが、ただいま御引例になつたように、フアシズムによつてわれわれの基本的人権としての参政権をねじまげられることのないようにというのが、この法案の趣旨でありまして、その点においては憲法の精神にもまつたく合致する点であると考えております。
○加藤(充)委員 私は自分だけで時間をとらずに、ほかの人にもやつてもらいたいと思うので、もう一点でとどめたいと思います。私は世界の良識的な立場で、まずこの法案を見て行きたい、こういう立場をまずとりたいと思うのであります。その立場からここに引用して、それに対する見解をぜひ明らかにしてもらわなければならないと思いますので、引用で恐れ入りますが、しばらくの時間をそのために許していただきたい。私が手元に持つております本は、「赤い中国の横顔」という本であります。これは中国に二箇年半滞在したアメリカの記者によつて書かれたものであります。「或る有名な政治家は近代中国の様相を次のような言葉で述べている。「過去百年間のあいだの中国の国家的地位の低下と、国民の精神的な萎縮とは、主としてその原因を不平等條約に帰すことが出来る。不平等條約の履行、即、中国のあますところのない屈辱の記録であつた。……本来は帝国主義の一象徴にすぎない少数の外国人兵士と警官とが、中国の社会生活、政治生活を窒息させた巨大な権力となつた。」」こういう文章に続いて、「これは毛沢東の言葉でも、スターリンの言葉でもない。蒋介石の言つた言葉なのである。蒋はその著「中国の運命」の中で、中国の「国家的屈辱の記録」を詳細に述べている。」こういう書出しをもちまして、続いて、「西欧諸国の侵略は一八四二年に調印された中英南京條約に初まつた。……帝国主義諸国は治外法権制度をしいた。……諸外国は軍隊を駐屯させる権利を獲得した。一切の政治、司法、軍、警、関税、交通、鉱業、宗教、教育に関する重要点——国家としての中国を維持する上に不可欠な一切の文化、国防、経済上の要項——は、既に今迄に相ついで諸外国と締結された條約を通じて売渡されてしまつているのであつた。……何かの争点についての折衝が始まると、必ず外国の軍艦はその砲門のおおいをはずし、中国の官吏や商人を威嚇し、中国政府や地方の政庁に圧力を加えて、彼等の要求を通すことができた。……中国政府と国民は外国人を恐れるように條件づけられていた。……中国の将兵は帝国主義者たちに威嚇されても、反抗するだけの勇気に欠けていただけでなく、反抗しようと思いつきさえもしなかつた。……租界は犯罪人の避難所となり、中国の法律の権威は地におち、中国人の法律を守る習慣はそこなわれた。……租界の警官が中国人に加えた非人道的な拷問は人間としての礼節に欠けたものであり、筆にあらわすさえも耐えがたい。……なおその上、諸外国の得ている、国内の河川をさかのぼり、沿岸にそつて交易し、開港場に工場を建て、鉄道を敷設し、鉱山を開き、自国の銀行を通じて通貨を発行する、などの諸権利は、すべて彼等の経済侵略の影響を増大させる助けになり、中国の経済にはかりがたい損失をこうむらせた。……わが国の市場には外国商品がはんらんし、自国の製品を売りひろめることができなかつた。……伝統的な手工業は凋落し、新設の機械工業も繁栄しえなかつた。中国の輸入超過は増大する一方であつた。……中国の経済は弱体化し、貧窮化し……農業は退化し始めた。貧困化した村々では、灌漑用水路は修理されないままになり、提防は崩れ、飢饉がひろがり、小村落は荒野になつた。」最後に、「租界は麻酔薬の根源地になつただけでなく、淫売婦や、賭博者や、泥棒や強盗の隠れ場所にもなり、美しい、繁栄した諸都市が悲惨と混沌の地獄となつた」というのである。これは、今では売国奴となり果てて台湾に余命をつなぐ残党となり果てた蒋介石が、まだ国民党の首領として国民党の政府をつくり上げて、中国の人民の信頼と支持を一応ごまかしながらも獲得し続けることができた時代に、彼の書いたものであるのであります。彼すらもこの立場を裏切つたために、先ほど来言つた御承知のような立場と運命に置かれたのであります。 私はここで最後の質問を申し上げますが、日米講和條約あるいは日米安全保障條約、それに続く行政協定、それの遂行のための国内諸立法、そしてこの法案もまさしく治安の面から来る重大な背骨的な、柱的な意味を持つたものであると思うのでありまするが、幾多の條約遂行の立法、同時に政治が続けられて行つております。日本人が国民としてその生活、あるいはまた憲法に保障された基本人権の点からいつても、また同時に民族の運命からいつても、この占領と言いますか——問題がすぐに文句が出そうだというならば言葉をかえてもよろしいと思うが、不平等な前古未曽有の屈辱的な條約の遂行をやることに対して、これを打破つて行かなければ生活も基本人権の保障も何もないのである。従つて日本の憲法はこの基本人権というものを保障してもおりまするし、民族の立場に立ちましても、このようなものを打破して行くということが日本の国民の希望であり、意思であります。こういうようなときに民族の独立あるいは平和憲法を守る、平和の確保をあらゆる手段を盡して守つて行く、獲得して行くということは、これは奪うべからざる個人としての日本人の権利であり、同時に私は民族としての自主権の内容だと思うのであります。こういう点から判断して、先ほどの蒋介石の「中国の運命」と称する出版物の一内容から見ても、政府は大いに反省し、先般来重々各委員あるいは公聴会の公述人からも述べられている点、こういう点から考えて、こういう法案というようなものを撤回すべきであり、こういう法案こそ国を売りつぶすことに相なるものだ。これは蒋介石すらが指摘しておる通りである、こう思いますが、政府のあとで泣き言をたれないようなはつきりした責任のある回答を、この機会に承つておきたいと思います。
○清原政府委員 いろいろ御意見を承りましたが、政府といたしましては現下の情勢にかんがみまして、本法案は御審議の上通過せられることを希望いたしておるのでありまして、断じて撤回する考えは持つておりません。
○加藤(充)委員 そういうやり方で、あなたは戰争中に何をやつておつたか知らないが、やはり同じようなことを言つて、現下の状態ということで日本人を二百五十万も殺傷するような、また諸外国の人民に迷惑をかけるような破廉恥きわまる侵略戰争のその権力の末端につながつて、おそらくたいこをたたいておつたと思うのであります。今日この国難の現状・蒋介石の文章を引用しただけでもはつきりわかつて、胸に五寸くぎを打たれる思いをわれわれがしなければならないときに、今日の立場でこれをやらざるを得ないというようなことをふてぶてしくも言つておるということになれば、これはえらいことに相なつてしまうということをあなたは日本人として考えないか。蒋介石もその立場を貫く限りにおいては、おそらく国民の支持を失うことがなかつたろうが、ああいうことに相なつてしまつたのは——結局いつまでも国民を十二歳としてばかにするわけには行かない。日本民族は断じて十二歳でないということは過ぐるメーデーにあの皇居前の広場で示された。いろいろな批評はあろうが、あの日本人の行動というものの中に、日本民族いまだ死せずということ、屈辱的なこの占領の継続、独立の回復をもたらせないような講和條約というようなものに満足ができるかという根性前をあの形で爆発させたりしたものだと私は思うのであります。今の答弁では、私どもはあなたの今後の責任を追究する上から言つても満足できないと思う。一体あなたは戰争中にどういうことをやつておつたか、そういうことからひとつ自分の立場として、同時に政府の立場としてそのことを言つてもらいたい。おざなりの問答や言葉の繰返しや文字の配列をくふうしたり、あるいは四回も五回も名前屋に見てもらつたりしたような巧妙なインチキなペテンに満ちたこの破壊活動防止法案というようなものであなたたちの本質はごまかされはしないと思う。その点どうです。
○清原政府委員 政府の見解は先ほど申し上げた通りでございます。
○佐瀬委員長 猪俣浩三君。
○猪俣委員 十二時半にお晝にするそうでありますから、その前に一点だけ、佐藤さんがお見えになつておりますので、佐藤さんにお尋ねいたしたいと思います。かりに破壊活動を防止する何らかの法案を用意しなければならぬといたしましても、このただいま審議いたしておりまする破壊活動防止法案なるものは実に不体裁である、乱雑きわまるものだと私は思うのであります。あなたは近く法制局長官にもなられるそうでありますので、そこであなたの御意見を承りたい。その根本的な欠陷は、いわゆる破壊活動をやる団体を行政的に規制するという問題と、この破壊活動に従事いたしましたる個人に刑事責任を負わせ、これを処罰するという問題とをこの一つの法案に練り上げてつくられた。これは私どもに言わせますれば、相当の政府の陰謀があると考えるのであります。しかし私は持時間が少いので、今その点について詳細に皆さんと問答しているわけに行かぬし、いずれ討論の際に申し上げたいと思いますが、純然たる法技術といたしましても、こういう行政処分と刑罰措置とを一つの法案につくり上げるということに非常に無理があり、かつ非常に理解が困難なのであります。行政処分の必要があるならば、それはそれ自体としての單独法をつくり、刑罰に関しましては、基本法である刑法があるのでありまするから、それを補整、改正すればよろしいと考える。しかるに政府は何がゆえにこれをごつちやにしたかということに対しまして、政府委員の答弁は、刑法は基本法であつて、恒久法である、これは眼前に差迫つたところの破壊活動を防止するために急遽つくる臨時法であるからかような状態になつたというような答弁をなされたのでありまするが、木村法務総裁は、いやこれは恒久法である、こういうようにも答弁しておりまして、答弁が一致しておらぬ。政府の法務府特別審査局から出しました破壊活動防止法案逐條解読を見ますと、やはり臨時法のようなことが書いてある。そこでこの解読書が権威あるものだといたしますならば、法務総裁の答弁とは食い違つておる。そこでさような、一体何がゆえに刑罰規定は刑法の改正に持つて行かなかつたのであるか。そうしてこういう刑罰規定と行政処分とをごつちやにすることは、法体系として一体いいことであるかどうか。この点についてあなたの御所見を承りたいと存じます。
○佐藤(達)政府委員 前会もお答えしたことがあると存じます。また今ちようどお言葉にも出て参りましたが、この根本の考え方は、前にお答えした通りであります。見にくいではないかという点については一応ごもつともなところがあると存じます。しかしこれは私の個人的の考え方でございますけれども、見やすくしようという見地にかりに徹底して考えますと、ほんとうはこの破壊活動関係のものは規制、処分の條文も、あるいは罰則の條文も全部こつちの方に集めておいた方が一般の人が見るのには便利ではないかというのが、私は本来の趣旨じやないかという気がいたします。そうなつて来ますと、おのずから刑法の内乱罪とかあるいは艦船転覆とか列車転覆とかいうような條文も、もう一度刑法をまる写しのものをここへ書くのが最も親切じやないかというようなことになりますけれども、それはまたそれとして、刑法に書いてあるものをこつちに持つて来たのでは、裁判所ではどつちの條文を引用したらいいかというような疑問も出て参ります。従いましてそういう見地からも、刑法に残つているものは刑法の條文を引用することになつて、とにかく第三條をごらんになればわかるのでありますから、その点は曲りなりにもここで実現しているのじやないかということでがまんをして、こういう形にしたわけであります。
○猪俣委員 たとえば第三條の「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対するため」これこれという規定をしておいて、これがたとえば騒擾をやつた場合には刑法の騒擾罪より多くこれを処罰する、かような必要がありますならば、刑法の騒擾罪に一條入れればよろしい。そうしてそこへみな統一すればいいわけです。あなた方はこういう法案をつくられたことについては、私もあなた方の陰謀遠慮のあることを察知しておる。それだけ私どもに危険性があるのであります。これは法務府で出されました、ただいま申しました解説書の書き方にも現われておるのでありまして、たとえばこの第三條の方でも、この四枚目の終りでありますが、こういうことが書いてある。「先ず暴力主義的破壊活動の観念であるが、注意すべきは、これは、純然たる行政上の観念であつて、刑事法上の観念ではない。即ちそれは破壊的団体の規制という行政処分の原因となる事実である。」こういう説明を、しておる。これはもつともです。なぜかならば、これが刑罰の構成要件として考える際に、「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対するため」というようなこういう漠然たる言葉が刑罰の構成要件になるべきものじやない、であるから確かにこれは行政処分上の、行政法上の観念であつて、刑事法上の観念でないという御説明が妥当だと思う。しかるにかような説明をしておきながら、処罰するときになると、これは構成要件に入つてしまう。ここにごまかしがあると思うのです。あなた方がこの第三條を書くときは、これは刑事法上の文句じやない、こういう頭でこれを書いておいて、処罰するときにはいつの間にか刑事法上の文句になつてしまう。この「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対する」ということは構成要件に入りませんか。入る以上は刑事法上の観念になるじやありませんか。これはどういうわけですか。説明書の四ページに、これは行政上の観念であつて、刑事法上の観念ではない。これはどういうわけか。これを御説明願いたい。
○佐藤(達)政府委員 ちよつと先ほどのお答えに漏れがありましたから、ただいま重ねて陰謀らしきお疑いをかけられましたので、その点弁明さしていただきたいと思います。今のお尋ねにも関係いたします。政治上の主義、施策を推進し云々は、御承知の通り罰則の第三十九條においても、あるいは三十八條におきましてもはつきりと罰則の規定にかぶせておりますからして、法規上の疑いは全然ないわけでございます。それから陰謀云々につきましては、これは実は陰謀をしようと思えばもつとやる方法があるのであります。お言葉のように、たとえば刑法を改正して入れようということになりますれば、附則のしつぽの方かどこかに、刑法第何條中次のように改正する、第何十何條の次を左のごとくかえるというようなことで、何かこれに加わつたような形で実はカムフラージする手もあるのであります。そういうことは避けまして、堂々とここに列挙したということだけは十分御了察願いたいと思います。
○猪俣委員 今の意見長官の意見に私は意見があるが、先ほど申しましたように、これは討論のときに申し上げる。質問時間が少くて、私はこういうことにこだわつておると、ほかのことが質問できなくなる。そこでもう一点、先ほど私が質問しました法務府特別審査局の破壊活動防止法案逐條解説書の四枚目の終りから五枚目にかけてありまするこの暴力主義的破壊活動の観念は、行政上の勧念であつて、刑事法上の観念でないというのはどういう意味なんですか。
○關政府委員 お答えいたします。この法律第三條に規定してある「暴力主義的破壊活動」という一つの條件によりまして把握している一項の行為は、これはすべて破壊的団体を規制する行政処分の條件となる活動でありまして、その意味におきましてはこれは行政上の純然たる概念である。かように考えて、さような説明を掲げた次第であります。
○猪俣委員 そこで私は最初から言いましたね、行政処分の規定と刑罰の規定とをごつちやにするから妙なことが出て来るのです。あなたは第三條をつくるときに、これは行政上の観念であるというような頭でつくつておきながら、それがあと処罰の規定になると、構成要件に入るじやないですか。「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対する」ということは犯罪構成要件に入るのです。犯罪構成要件に入るとすれば行政上の観念じやないじやありませんか。この第三條を受けまして、そうしてこれと対照いたしてこの処罰が出ておる。そうして処罰に同じ言葉が繰返されております。第三十八條をごらんなさい。「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対する」これこれやれば「五年以下の懲役又は禁こに処する。」重刑になつている。犯罪構成要件に入つているじやないですか。どうしてこれが行政上の概念ですか。そこであなた方が、まず行政法上の観念のような頭で考えながら、さしみのつまのような考えでちよこつと処罰の規定を置いているのです。そうして扇動とか、予備、陰謀、教唆、それを非常に目立たないようにちよこつと書いておいて、そうして大部分はこれは行政処分の観念だというような頭で、そうしてほんのちよつと補整のためにつけ加えたのだというような形でおりますが、今言論機関にしろ、日本学術会議にしろ、あるいはその他の文化団体にしろ、労働組合にしろ、最も恐れておりますることは、この濫用であり、その濫用されるおそれはどこにあるか。予備、陰謀、教唆、扇動、こういうナチスの拡張正犯論を基礎にした一つの考え方、ナチスにおける御用学者が拡張正犯論というものを戰時中編み出して、ナチスの政権の補強工作に使つた、こういう法理論にあなた方の頭が立脚して、こういう扇動とか、教唆とか——私は後にも聞きますが、無限に処罰できる範囲を広げたりそうしてそれをまるでつけたりのようなかつこうをしてこの法文は使つておるのでありますが、それが重点なんです。それをこういう政治上の主義施策、——團藤教授に聞いてもよく説明ができない。こういうものを構成要件にして、終りの方でびしやつと処罰しておる。二年のものを五年に処罰しておる。こういうやり方が私ははなはだ危険性があると考える。行政上の概念でつくつた概念でもつて刑法上の犯罪構成要件にそれをでつち上げてしまう。そこに実に危險性かある。それがさつき指摘したようにごつちやな法律であるからそうなる。あなた方は、これが行政上の概念であるならば何ゆえに三十八條に同じ文句を処罰規定として置くのですか。そうすれば構成要件に入るじやありませんか。その説明をしてください。
○關政府委員 お答えいたします。この法案におきましては第一條におきまして「団体の活動として暴力主義的破壊活動を行つた団体に対する必要な規制措置を定めるとともに、かかる破壊活動に関する刑罰規定を補整し、」というふうに真正面からこの法案の中にどういう事項があるかということを私どもは考えておるわけでありまして、ごらんいただきますれば中にどういう規定があるかということはわかるはずであります。この第一條の規定に従いまして、第二章から第五章までが大体規制に関する規定、第六章の中に破壊活動に関する刑罰規定を補整いたしまして、こういう規定があるわけでありまして、そこに決して何ら意図はないわけであります。この暴力主義的破壊活動は、純然たる行政上の観念でありまして、私どもここに刑法の各條を羅列いたしましたのは、過去の各治安立法の法的欠陥を検討いたしまして、いかに確実に、しかも濫用の危険を防止して、最も必要な最小限度において規定するにはどのような方針をとつたらよろしいのかという根本方針に顧みまして、いろいろ、のことを考えました結果、かような外面的に現われた行為をキヤツチする。キヤツチするについては刑法においてすでにかくのごとく明確に規定され、判例に確定し、また学説においてもおおむね一致しておるところの規定をこの中に取入れるのが最も安全確実であり、また一般の方々もすでに刑法において確められた概念であり、その解釈については最高裁判所その他の判例において明確にきまつておるところであります。かような行為をこの中に取入れるのが最も安全であつて、しかも一般に対して無用の危惧を抱かせないというので、第三條に掲げた次第であります。第三條にかような規定を掲げまして、そうしてこれを暴力主義的破壊活動と観念いたしまして、その破壊活動に関して現下の事態にかんがみましてこれを必要最小限度防止する。これを放任して実害行為が発生するまで、これをそのまま放置いたしますならば恐るべき被害が発生する、発生するまでほとんど手をこまねいておつてよいということは、私は社会の安全を保持する基本的観念から見て矛盾すると思うのであります。あくまでもかような危険な行為に対しましては、その実害の発生する前に国家はそれに対して相当の規制をなし、相当の刑罰をもつてこれに臨み得るものと私は考えるのであります。さような次第によりましてこの破壊活動からなる刑罰行為に対する若干の刑罰規定を補整いたした次第であります。
○猪俣委員 あなたは非常に能弁であるが、さつぱり答弁の中心点がわからない。たがそれはそれといたしまして、今過去における判例、学説において確定した用語を使つたのだという御説明がありましたが、しからば第三條の「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対するため、」この政治上の主義というのはどういうのであつて、施策はどういうことであり、推進することと支持するのはどう違うのかというようなことについて判例、学説がありましたら、あるいは過去の判例にこういう言葉を使つておるのがありましたらお示し願いたい。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。この法案第三條の政治上の主義云云についての御質問でございますが、これは政治資金規正法に大体類似の用語を使つております。こういうものも参考にいたしまして本法案に規定したわけであります。
○猪俣委員 類似の規定がある——あくまで類似であります。それから判例学説は御答弁にならない。政治資金規正法というああいう法律にそういう類似の言葉がある。しかしこの破壊活動防止法の場合におきましてはこれは三十八條によつて相当の重刑に処せられることになつておる。判例、学説も一定しておらぬ。ああいう特別の法律にそういう言葉が出ておるにすぎない、これは一種の一般的の刑罰法になつておるのでありますが、これは政治上の主義とか、施策ということは今政府委員が説明されたような刑事法上の慣例語じやない、熱した言葉じやありません。これは新しい言葉だと思います。前に團藤教授は戦時刑事特別法にあつたようだという説明がありましたが、戰時刑事特別法を調べてみますと、その第七條には「戦時ニ際シ国政ヲ変乱スル」という言葉がある。政治上の主義、施策なんという言葉はありません。「国政ヲ変乱スル」という言葉であります。そこでこういう言葉は刑事法上の言葉じやないと思う。確かにこれは特審局の解読にありますような行政上の観念、行政上の言葉だと思うのです。ところがそういう不確実な言葉によつてこれを処罰するというところに、私は問題があると思う。その根本原因は、行政処分と刑罰処置とを一緒くたにしてしまつたために、立案者も頭が混乱してしまつておるのじやないかと思うのです。これはこれだけで、これが団体活動を規制し解散することであるならば、この説明はいいと思うのですか、これは三十七條以下の刑罰規定の構成要件に入つてしまう。こういう刑法の刑罰の構成要件に入るような言葉といたしまして、まことにこれは習熟せざる言葉で、ここに相当の危険が生ずると思うのであります。しからばついでにこの政治上の主義、施策、行政上の施策、経済上の施策、これは一体どういうふうに異なるのでありますか。なお施策を推進するのと支持するのとはどういうふうに違うのでしようか、この説明を願いたい。推進するとはどういうことをいうのか、支持するというのは一体どういうことをいうのか。
○關政府委員 お答えいたします。ここに書いてありまする「政治上の主義」と申しますのは、政治によつて実現しようとする比較的、基本的、恒常的、一般的な原則でありまして、たとえば社会主義、資本主義、あるいは議会主義であるとか、または無政府主義であるとか、かようなものがここにいう「政治上の主義」であると思うのであります。 次に、政治上の施策とは何かということでありますが、この政治上の施策とは、かかる主義に基きまして、具体的な與件に応じて個々の施策を生み出す基礎になる比較的、抽象的な、大綱的な原則で、これがその施策となると思うのであります。たとえて申すならば、炭鉱国家管理であるとか、あるいは物価体系の改訂であるとか、農地の再分配であるとか、こういうような一定の基本的な原則に基きまして、比較的、具体的、臨機的、特殊的な、與件に応じて、一般的にきめられる一つの方策、これが政治上の施策であると考えるのであります。そうしてこの「施策を推進し、」と申しますのは、みずからそれを策定してそれの実現を企図すること、これが推進であると考えるのであります。支持するということは、すでに存する主義または施策につきまして、その実現を希望し、またはその実現に協力することを支持と考えるのであります。また「これに反対する」とは、すでに存する主義または施策につきまして、その実現を希望せず、またはその実現を拒否するというための外部的な行為を「反対」と考えるのであります。
○猪俣委員 とてもわからぬのであります。(笑声)これは私は頭が悪いせいかもわかりませんので、実例についてお尋ねしたいと思います。しからば五月一日のメーデーについて、実例をとつて御説明いただきたいと思う。破防法反対をもつてあの騒擾を起したら、これは政治上の施策に対して反対をしたということになるのであるかどうか。
○吉河政府委員 破壊活動防止法案の立案は政府の施策でございまして、政治上の施策であると考えておる次第であります。
○猪俣委員 そこでなお、五月一日メーデーのことが出ましたから、ついでにお尋ねしたいと思います。神宮外苑で吉田内閣打倒演説をした者は——そうして破壊活動防止法のごときは実に人民にとつて許すべからざる法律案であるから、これはどうしても打倒しなければならない、なおまた人民広場を人民に使わせぬなんということはとんでもない話だ、裁判所までが政府のやり方はよろしくないと判決したじやないか、大いに破防法反対のために人民広場で気勢を上げようじやないかという演説をした者がかりにあるといたしますならば、あのメーデーは騒擾罪として調べられておるようでありますが、この演説をした人は教唆、扇動、そういうものに入りますか入りませんか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。その扇動演説が、宮城前広場に多衆が集まつて暴行脅迫をしろというような内容のものであれば扇動になると思いますが、ただ集まれというような言動では扇動に相ならぬと考えております。
○猪俣委員 そうすると、明治神宮外苑で、宮城広場へ集まつて破防法反対の気勢を上げろということだけでは、あの騒擾罪の扇動にならぬという御見解でありますか、重ねてお尋ねいたします。
○吉河政府委員 さように考えております。
○猪俣委員 しからば、日比谷公園へ集まれという演説をやつた。そこで日比谷公園の方面へ向つて進んで来たが、途中で自由党の本部を取囲んで、わあわあ騒いで、火をつけて焼いてしまうとか、ぶち殺してしまうとかいう気勢を上げたとするならば——宮城広場へ集まれ、そうして気勢を上げろ、諸君の実力でこれを阻止する以外に道がない。もう院内で野党は少数党で多数党に押されてしまうから、労働組合が中核体となる院外団体でこれを打ちつぶすよりしかたがないというようにあおつた、そうしてその気勢でもつて宮城広場に出かけて、途中で自由党本部を襲撃したという場合には、この演説者はどういう責任になりますか。
○吉河政府委員 お答えいたします。御質問の趣旨がはつきりいたしませんが、もし演読者が自由党の政治上の主義を攻撃しまして、自由党本部を、途中で火を放つて燒いてしまえというような演説をすれば、もちろん各号の放火、騒擾等の扇動に相なるものと考えております。
○猪俣委員 そうすると、重ねてお尋ねいたしますが、自由党の本部を襲撃せよという言葉がない限り、破防法打倒のために大いに実力を行使して気勢をあげろということだけでは、本法り扇動あるいは教唆に入らないという御答弁と承つてよろしゆうございますか。
○吉河政府委員 御質問に対して一般的にお答えすることはきわめて危険であると思いまして、事案としてはすべて具体的に、現実的に現われるものと考えられるのでありますが、少くとも騒擾の扇動は、多衆結合して暴行脅迫をせよというような言動がなければ、扇動罪にはならぬと考えております。
○猪俣委員 なおあなた方は、実例についての答弁は非常に危険であるという、まあその心持はわかりますが、われわれといたしましては、実例に対してはつきりした答弁をしてもらいませんと、立案するときには相当ゆるやかなような答弁をして、一旦法律ができてしまうと、びしびしやつつけられるというのが今までの慣例である。私は軍機保護法違反事件で弁護をいたしまして、痛切に感じていることで、戰時中でありましたけれども、あの軍機保護法の審議に対しましては、相当議員諸君がきわどいところまで質問いたしておつたために、その衆議院、貴族院の速記録を提出して、それだけが唯一の参考資料として、第一審、第二審ども無罪の判決を受けた。陸軍大臣はこれは軍機だといつてがんばつてきかなかつた。検事もそれを鬼の首をとつたように振りまわして、そうして処罰して、それでも二年間くらいぶち込まれておりました。無罪になりましたけれども、何にもならぬような形になつたのだが、そういうような危險のためには、微に入り細をうがつて具体的事実について皆さんから確信のあるところをここに速記にとどめておいてもらわぬと、後に裁判問題になつたときにも困るのであります。それで具体的事実についてはつきりした答弁を私どもは要求したい。
○佐瀬委員長 猪俣君に申し上げますが、なお時間を要するようでしたら、午後にまわしまして、一旦打切りたいと思います。
○猪俣委員 それではそうしていただきましよう。
○佐瀬委員長 午前中の審議はこの程度にとどめ、暫時休憩いたします。午後は一時半から再開いたします。 午後零時四十三分休憩 ————◇————— 午後二時六分開議
○佐瀬委員長 休憩前に引続き会議を開きます。 質疑を継続いたします。猪俣浩三君。
○猪俣委員 先ほど第三條の二号の、「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対するため、」という文句が、本法においては犯罪の構成要件になつておる。かようなことが他の、過去の法律にあつたか。あるいは学説、判例があるかという質問をいたしました。特審局長は、政治資金規正法をあげられましたが、これは犯罪構成要件としてその言葉が使われておるのですかどうか、そこをもう一度お尋ねいたします。
○吉河政府委員 政治資金規正法第三條に「政党、協会その他の団体の定義」といたしまして、「この法律において政党とは、政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、若しくはこれに反対し、又は公職の候補者を推薦し、支持し、若しくはこれに反対することを本来の目的とする団体をいう。」二項といたしまして「この法律において協会その他の団体とは、政党以外の団体で政治上の主義若しくは施策を支持し、若しくはこれに反対し、又は公職の候補者を推薦し、支持し、若しくはこれに反対する目的を有するものをいう。」というふうに規定されております。そうしてこういう政党その他政治団体に対しまして、各種の義務を課しておるのでありまして、この義務に違反した場合におきましては罰則の適用がある。こういうふうな建前になつておるわけであります。
○猪俣委員 私もそれはもう少し研究してみますが、これが犯罪構成要件になる定義になつておるのかどうか、私は疑問だと思うのでありますが、これはあとの問題にいたしたいと思います。そのほかに学説あるいは判例で、この定義をしたものはありますか。
○吉河政府委員 お答えいたします。勉強が足りないかもしれませんが、判例はないと考えております。
○猪俣委員 そうすると、法律としても政治資金規正法をあげられただけであり、学説及び判例もないという御答弁であるならば本法のこの言葉ははなはだ犯罪の構成要件としてはまれなる言葉であるということはお認めなさるかどうか。
○吉河政府委員 政治資金規正法に関する解釈として、学説というのは適当であるかどうかわかりませんが、かような用語についての解釈がなされているのであります。
○猪俣委員 私の質問に対して答弁なさつておらない。先ほど關政府委員の答弁では、この第三條に用いた言葉は、学説上判例上あるいは他の法律上習熟した言葉のみを使つたという説明がありましたので、私は質問いたしたのであります。そうするとどうも政治資金規正法という名前をあげられただけであり、その政治資金規正法についての説明だけであり、あと一般的にこういう政治上の主義とか施策の定義というようなものは、学説も判例もないというふうに理解いたしますならば、この本法第三條の二項の言葉というものは非常に真新しい、あまり犯罪の構成要件としてはないところの言葉であるということを御認識あるかどうか、こういう質問なんです。それに対してお答え願いたい。
○吉河政府委員 お答えいたします。従来犯罪の構成要件とじてこういう言葉が使われているとは考えておりません。ただいま御説明申し上げました通り、政治資金規制法に掲げられまして、その規正法につきましての各種の学説と申しますか、解釈は出ております。
○猪俣委員 政治資金規正法の刑罰と本法の刑罰とは非常に趣旨が違うのでありまして、私はそれは前例にならぬと思うのであります。刑罰法規の犯罪構成要件としては、ほとんど本法をもつて嚆矢とするのじやないかというところに私どもは多大の心配があるのであります。そこでこれはまた後ほどにいたしまして、第三條の一項でありますが、それは先ほど申しましたように、こういう教唆あるいは扇動あるいは予備、陰謀というようなものを広汎に処罰いたしまするのは、これは私はナチスの御用学者の考え出した拡張正犯論という思想が根底にあるのじやないかと疑われるのでありますが、それはさておきまして、非常に広い範囲にまで処罰できるような組立てになつておりますので、そこでひとつ幅を確めたいと思うのであります。 そこで内乱の予備をいたしました者は、第七十八條で処罰せられることは申すまでもありませんが、その内乱の予備をした者を幇助した者は、これはどういう処罰になりますか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。第七十九條によりまして、内乱、内乱の予備陰謀の幇助が独立罪として規定されております。
○猪俣委員 そうすると内乱の予備の幇助は七十九條の独立罪と相なつておるわけですが、そうするとこの幇助を教唆した者はどういうことになりますか。
○吉河政府委員 お答えいたします。現行刑法の解釈としては、刑法の一般の原則の適用があります。
○猪俣委員 そうすると刑法の六十二條の教唆罪になるという趣旨に解釈できるのですが、そうするとこの教唆者を教唆した者はどういうことになりますか。
○吉河政府委員 六十一條二項の問題になると思つております。
○猪俣委員 そうしますと、ここに実行でも何でもない内乱の予備というものがあるとすると、この内乱の予備というものを幇助した者も処罰される、教唆した者も処罰される。またその教唆者を教唆した者も処罰される、ここまで広がるということには間違いないのですね。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。現行刑法の解釈上さようになると考えます。
○猪俣委員 私は内乱罪の幇助、教唆ならまだわかりますが、内乱罪の予備をやつた者、その幇助から、教唆から教唆者のまた教唆まで処罰できる規定に相なつております。ここに私は相当の疑問が出ると思う。そこで皆さんに私は團藤教授じやありませんが、内乱の予備の幇助あるいは教唆、教唆のまた教唆というのは実例としてどういうことになるかはつきりわかりませんが、それをひとつ実例で御説明願いたいと思います。どういう実例を予測されてかように相当広範囲のつながりまでを処罰するような案をおつくりになつたのであるか、その御説明を願いたい。
○吉河政府委員 お答えいたします。ただいま御説明申し上げましたのは、現行刑法の規定について御説明申し上げたのでございます。本法におきましては、この教唆を独立犯として規定したのでございます。
○猪俣委員 現行刑法の説明だというのですが、私は現行刑法とこの法律を練り合せて設問しているのです。実際問題としてこうなるんじやないか、この法律が適用になれば現行刑法は適用しないのですか。そうじやないでしよう。現行刑法の問題だつて、この法律の問題だつて二つにわけた問題じやないのだ、実際問題が起ると、内乱の予備、その幇助した者、その教唆をした者、教唆者をまた教唆した者までが処罰されることになるではありませんか、現行刑法とこの法律と相まつてそこまで行き得る見通しのもとに、あなた方はこれをおつくりになつたのだろうと思う。だからそういう実例をお示しください。
○關政府委員 お答えいたします。法律家であられる猪俣先生に刑法の講義をすることになつてたいへん恐縮でありまするが、刑法におきまして内乱の予備、陰謀に対する幇助を処罰しておりますが、その実例として考えられますのは、御承知のごとく予備とは実行に着手する前に、犯罪行為を実行する目的をもつてなす行為になるわけであります。これは犯罪の実行着手以前の行為になるわけであります。たとえて申しますならば、内乱を起す目的をもつて兵器、資金を集めるというような場合がありますると、その兵器を集め、資金を集める、これが内乱の実行行為に接着して行われる場合には、これは予備罪を構成するものと思われます。その場合にたとえば武器がおれのところにあるから持つて行けとか、あるいは資金を供與するというのは、その幇助と相なるものと思うのであります。
○猪俣委員 そうするとその教唆のまた教唆ということはどういうことになりますか。
○關政府委員 お答えいたします。ここに今申し上げたような内乱の予備の本犯者がいるわけであります。これに対しまして、他の者が君ひとつこの現下の事態にかんがみて、大に内乱を起せ、そのために兵器、資金を集めて準備しろ、こういうふうにしたらよかろうと言つた。その者が、よろしい、そこで犯意を生じて内乱の予備をいたしたと仮定いたします。その場合、他の者が教唆者でありまして、その教唆者に対しまして、同様な趣旨を言つて、君はひとつ現下の事態にかんがみて内乱を起すなり、自分でやるなりあるいは他にやらせるようにひとつ努力しろ、こういうようなことになりますと、そこに教唆の因果関係が生じまして、教唆者を教唆するというようなものが生じて来ると考えるのであります。
○猪俣委員 内乱の陰謀をやりました者は、これは七十八條で処罰されますが、内乱の陰謀の幇助はどういうことに相なりましようか。
○關政府委員 お答えいたします。内乱の陰謀の幇助につきましても、七十九條によりまして、「前二條ノ罪ヲ幇助シタル者ハ七年以下ノ禁錮ニ処ス」ことになつておりまして、七十八條の予備陰謀を幇助した者も、七十九條によつて独立の犯罪として処罰されるわけであります。
○猪俣委員 その幇助することを扇動した者はどうなりますか。
○關政府委員 お答えいたします。現行の刑法にはその規定はないのでありまして、扇動の問題は本法の三十七條以下の規定に関係して来るわけであります。
○猪俣委員 そこで実例でもつてまた確めたいと思いまするが、ある文明批評家がありまして、憲法改正とか、破壊活動防止法とかいうようなものは、実にこれは許すべからざることである。しかし院内における野党の勢力は貧弱で阻止できない。これは労働組合が実力を行使するよりしかたがない。宮城前広場でも何でも行つて、そこでひとつわめき散らすよりしかたがないというようなことを私なら私に話をし、私がそうだと思つて、労働組合の幹部に話をした、幹部会でもそうだということで、総会を開いて宮城前に行つて、大いに威勢を示して、わめき散らそうというような相談をして、そうして宮城前広場に行つて、警察官に対しまして盛んな暴言を吐いたとする、あるいは焼打ちするぞとか、みな殺してしまうぞというような、ただ口先でそういう気勢をあげたとする、こういう口先で焼き払うぞ、殺すぞというような気勢をその大衆の中からあげた者がある、そうしてそれが一地方の静謐を害する程度になつたとすれば、これは騒擾罪でありますか、ありませんか。それが騒擾罪であるとすれば、この文明批評家及び私及び労働組合の幹部及び総会構成員による総会の決議をした者、こういう者の責任は、どういうふうになりましようか。
○關政府委員 お答えいたします。まず実例でございますから、問題の意味をはつきりいたして、條件を特定してお答えいたしたいと思います。お伺いいたしましたことを私は次のように理解しております。甲という文明批評家がありまして、猪俣先生にこの破防法ははなはだ悪い法である。しかし国会においては多数党が横暴をきわめて、これをのんで通してしまう、こういうことになると文明に逆行するものであつて、労働者の権利、組合の権利は蹂躪される、宮城前に行つて大いにわめけ、宮城前に行つて暴言を吐いて、そこで大会を開いてわめけ、こういう事実だと拝承いたしますが、これだけの事実に限定いたしますれば、私は本法に該当する事項はないと思います。と申しますのは、第三條第一項一号の内乱は申すに及ばず、また第二号の騒擾におきましても、多数が結合して暴行または脅迫をいたすということが條件でありまして、ただ宮城前に集合いたしまして気勢をそこであげる、いろいろな暴言をそこでお互いに吐き合うということでありまするならば、これは暴行または脅迫には何らならないのでありまして、この第三條の一項の一号の内乱はもとより、第二号の騒擾の行為にも当らないと思うのであります。 〔委員長退席、鍛冶委員長代理着席〕
○猪俣委員 私の今の設例は一地方の静謐を害する程度の多衆が集合して殺すぞ、燒き払うぞと脅迫的言辞をなしたという設例でお尋ねしたのでございますが、そういう場合にも騒擾罪になりませんか。実際はやらない、ただ気勢をあげて、みな警察なんてこれは政府の犬だからたたつ殺すぞとか、あるいは自由党本部を燒き払つちやうぞというような気勢をあげておる、メーデーのときのように何千名というああいう多人数がそういう気勢をあげて、あるいは自由党の本部を取囲んでここを燒き払うとか、あるいは中にいる者はみなぶち殺すぞと言つて、ただわあわあ騒いでいる場合、これは騒擾罪になりますか、なりませんか。
○吉河政府委員 お答えいたします。その大勢集まつてわめき散らすという御設例でありますが、それが脅迫になる場合におきまして、多衆が集まつて脅迫して、しかも一地方の辞靜を害するような事態が現出されましたときには、それは騒擾罪になると思うのであります。そのわめき方がどういうわめき方でございますか、ちとわかりかねます。
○猪俣委員 私はわきめ方を今具体的に説明しているのです。たたき殺すぞ、燒き払うぞという言葉で、わあわあ言つている、よく大勢になると実際そういう気勢をあげがちなんですよ。犬どもみなたたき殺すぞとか、ここをみな燒き払つちやうぞというようなことを言つて、わあわあ言つていたという設例であります。
○吉河政府委員 お答えいたします。たとえば自由党の本部を囲みまして、ここを燒き払うぞというような言動をするというようなことは、確かに脅迫になると考えておるのであります。
○猪俣委員 それではこういうふうにお聞きいたします。その文明批評から出ますが、自由党というものはけしからぬから、あそこへ行つてひとつみなでおどかしてしまえ、こういうことを話をし、それを私が労働組合の幹部に話をする、幹部は総会に諮つて、ひとつおどかそうじやないかということで——あるいはおどかすという言葉を用いたりいたしましよう。用いてそれが実現したという場合にどうなりますか。
○關政府委員 お答えいたします。これも法律の解釈になりましてたいへん恐縮でありますが、御質問のような点はむしろ騒擾の問題と思います。騒擾の規定の暴行または脅迫の、多数結合して暴行または脅迫をなしたる者、暴行と申しますのは、人または物に対する実力の行使、不法なる方法による害悪というようなことに相なるわけでございます。また脅迫と申しますのは、その脅迫する害悪の告知が相手方に通ずることが要件になると思います。従いまして野原のまん中でおれはだれを殺すと言つたところで脅迫罪にはならぬと私は思うのであります。従いまして今猪俣先生のお話の中で、多数そこに寄り集まりまして、もしその場合にあるいは自由党の方々をそこへ連れて来て、そしてその方々に対してそういうことを申すようなことがありましたならば、害悪がそこで告知されますから脅迫罪が成立いたしますが、全然自由党の方もだれもいない、要するに仲間の方だけで大いに気勢をあげて盛んにやれやれと言い合いましても、それは相手方に害悪の告知のしようがないのでありますから、お互いの間だけの気勢の張上げということだけにとどまる問題であろうと思います。またそれが場合によりましては、第三條の、もしその中の中心分子の方がほかの者を扇動するというような意味合いがありまするならば、そういうことの犯罪の成立は考えられるのでありまするが、そのこと自体が騒擾の罪をなすというようなことは考えられないと思うのであります。
○猪俣委員 これはこの程度にとどめておきますが、もう一つ、大会の決議で、五百人が集まつたうちで三百人はひとつ暴動をやろうじやないかという相談をしたが、二百人は反対した。大会としては多数決で決議になつたという場合に、三百人と二百人の責任はどうなりましようか。
○吉河政府委員 お答えいたします。暴力主義的破壊活動が団体の活動として行われたかどうかという問題に触れると思うのでありますが、さような多数決をもつて団体意思を決定するという方法が構成員の意に基いて定められている場合には、それは団体の意思となります。それでその意思に基いて構成員なり、役職員なりが団体のためにこれを実行した場合には団体の活動となり得るものと考えております。
○猪俣委員 その反対をした二百人は騒擾の現場に行かなかつたのでありますが、大会ではとにかく構成員として大会の決議に服するということになつた場合に、そこで私は刑事上の問題をもう一つ聞きたいのですが、大会の決議には反対投票をしたけれども、大会としては大会の決議を尊重するということがこれは構成員の至上命令ですから、それを尊重するという立場にある。しかし現場へ行つてあばれたのではないが、その二百人は何らかの責任を負うのであるかどうか。これは国鉄の熱海会議のとき実際に起つた問題でありまして、法律上多少の問題があるのですが、そういう場合はどういうふうな取扱いをなさるおつもりでありますか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。その団体の三百人が現場へ乗り出しまして騒擾をやつたという場合におきましては、刑事上の責任はその三百人に加えられると考えております。
○猪俣委員 そうすると騒擾をやろうじやないかという決議には賛成したが、現場へ行つて現実に実行しなかつた者はどういう責任になりますか。
○關政府委員 お答えいたします。お尋ねの点につきましては、いわゆる共同正犯につきまする大審院あるいは最高裁判所の従来の判例から考えてみますると、おれたちみなでやろうと言つたところが、ある者がたまたまいかなる理由なるか、そこまでわかりませんが、何らかの事情で行かなかつた。しかしやる意思はあつてやることを決議した。たまたま自分は行かなかつたが、ほかの者が行つてやつたというような場合になりまするときに、やはりこの法案との関連において考察いたしますと、騒擾の陰謀罪が成立するわけであります。そういたしまして、現実に騒擾を起しました場合には、従来の大審院及び最高裁判所等のとつている共同正犯の理論から、おそらくそのたまたま行かなかつた者も共同正犯として処罰されるかと思うのであります。
○猪俣委員 それからこの第三條の一号のロでありますが、「その実現の正当性若しくは必要性を主張した文書若しくは図画を印刷し、頒布し、公然掲示し、若しくは公然掲示する目的をもつて所持すること。」、「その実現の正当性若しくは必要性を主張し」この「実現を容易ならしめるため」これは一体扇動とか教唆の中に入らぬものですか。扇動とは、これはまた別な行為としてお考えになつておいでになりますか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。扇動は御承知の通り、不特定または多数の者に対して中正の判断を失して犯罪実行の決意を創造させる、または既存の犯罪実行の決意を助長せしむるような勢いを有する刺戟を與えるとということになつておるのでありまして、扇動される多数人の実行の決意に刺戟を與える行為でございます。ただいまお尋ねの、「又は」以下の実現の正当性もしくは必要性を主張した文書等の印刷、頒布とは関係のない別個の行為であると考えております。
○猪俣委員 今あなたの定義なされた扇動、その一つの例としてこの実現の正当性、もしくは必要性を主張した文書、こういうのが出て来るのが妥当だと思うのであります。これは一つの実例なのです。扇動というのは抽象慨念のようたが、実例としてこういうことが扇動に入るというのなら説明はわかるが、扇動とは別個のものとしてこういう規定を置くということは私どもはよくわからない。今扇動の定義としてあげられたのは昭和五年の治安維持法に関する大審院の判決のお言葉だと思うのでありまして、御承知の通り昭和五年あたりは最も治安維持法を、審判する裁判官でも、検察官でも、張り切つておつたとき、昭和六年は満州事変に突入する直前でありますから——一体この大審院の扇動に関する説明ははなはだおかしい、わからぬ点があると思います。たいていの者を処罰せんとして編み出された、そういう当時の時勢に適応したような扇動の定義だと私は考えるのでありますが、今日法務府ではそれを金科玉條としてとつておられるようであります。結局この法律が治安維持法に非常に似ているとすれば、おとりになるのももつともかと思うのでありますが、それはそれといたしまして、どうも私はこの扇動ということと以下のことと二つ書いてあると、ごちやごちやしてよくわからないのでありますが、公然掲示する目的をもつて所持する。ある文書を所持する者は、公然掲示するという目的が一つある、いま一つ実現を容易ならしめるためという目的が一つある。この二つの目的があつた場合に、所持した者を処罰する、こういうことに理解してよろしゆうございますか。
○吉河政府委員 御質問の通りでございます。
○猪俣委員 次に公然掲示することがこの第三條の一項一号のロのやはり犯罪となつておるのでありますが、公然掲示することを扇動した者はどういうことになりますか。
○吉河政府委員 別に犯罪にはなりません。
○猪俣委員 そうするとこれを頒布することを扇動し、印刷することを扇動したらどうなりますか。
○吉河政府委員 別に暴力主義的な破壊活動の中には含まれておりません。
○猪俣委員 しからば公然掲示することを教唆し、頒布することを教唆し、印刷することを教唆したらどうなりますか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。刑法の適用がありまして、教唆犯の適用があるものと考えております。
○猪俣委員 そうすると教唆したというのと、扇動したというのとは、事実上非常に違つたことが出て来るのでありますが、どうもこの扇動の定義から教唆を区別することが私どもはつきりわからない。扇動も犯意を創造させるような大審院の説明になつている。ただ中正の考え方を失わしめるということがちよつと加つておるだけで、結局犯意のない者に犯意を越させる、つくり出すという説明になつておるので、実際問題としては、今あなたの説明だと、公然掲示することを扇動しても罪にならないが、教唆したら罪になるという、有罪、無罪、きわどいところでわかれて来ると思いますが、その意味から考えて教唆と扇動の区別、それをはつきり説明してください。
○吉河政府委員 お答えいたします。ただいまお尋ねの公然掲示することを教唆する、あるいは頒布することを教唆する、これは刑法の一般規定の適用がありまして、教唆犯が成立する、刑法に規定しておりまする教唆犯は従属犯でございまして、教唆を受けた者がその犯意をその教唆の結果新たに生じまして犯罪の実行行為をする。その場合に教唆が犯罪として成立することになるわけでございます。ここで問題になつておる教唆は、刑法一般原則の従属犯としての教唆の適用が問題になる、従いましてただいま申し上げた通り、教唆を受けた者が実行正犯として犯罪を実行しなければならぬ関係になると考えておる次第でございます。扇動はただいま申し上げた通り、不特定または多数の者に対してその行為自体、決意を創造させるとか、または既存の決意を強固ならしめるような刺激を與える行為でありまして、これを受けた者、扇動された者が犯罪を実行するといなとを問わないのでございます。独立犯として本法案では規定している次第でございます。 〔鍛冶委員長代理退席、委員長着席〕
○猪俣委員 私は異論がありますが、議論はやめて、お聞きだけいたします。教唆しても相手が教唆に乗らない場合でも独立犯としてこれは処罰されているのでありますが、教唆しても相手がそれに乗らない場合には、刑法の大家でありまする泉二新熊氏の説明によると、これは一種の不能犯だ、こういう説明をされている。しかるに不能犯のような説明をしている学者があるものを処罰するということは、第一これはナチス拡張正犯論が背景にあると私どもは考えるゆえんでありますが、そこである正犯が、実行に着手してこれを遂げなかつたものは未遂罪として、未遂罪は各論におきまして特に未遂を処罰するという規定が置かれない場合には処罰されないのであります。まあ教唆したけれども、相手がこれに応じない場合には、不能犯までに考えないでも、一種の未遂みたいなものだと思うのであります。そこでたとえば騒擾罪を考えてみましても、騒擾罪の未遂は処罰してない。未遂というのは申すまでもなく実行に着手して遂げなかつた、しかも障害未遂も中止本途もこれは論じないのであります。そうするとある騒擾罪を起そうという連中が、何か障害のために遂げなかつたという場合でも、これは罰せられない。騒擾罪は本途罪はございませんから罰せられない。しかるに教唆したというだけでこれが処罰せられるということは、私は刑の均衡を破つておるものだと思うのであります。ただ人が応ずるか応じないかわからぬ、教唆したというだけでそれで独立罪として処罰するわけであります。実際騒擾をやろうという者が何か障害にぶつかつて、実行に着手しようと思つたけれども、遂げなかつたというだけで無罪ということになりますと、はなはだ刑の均衡を破つている。それですからこの前も言つたのですが、昭和二年に司法省刑法改正予備草案の二十七條では、やはり教唆の独立を認めているけれども、未遂犯を罰せざる罪においてはこの限りにあらずということをつけ加えることを忘れない、ところが本法におきましては未遂罪のないところのものに対しまして教唆だけを処罰する規定を置いている。私が拾つてみただけでも、この條文において未遂を処罰していないのは七十八條、七十九條、九十五條、百六條、百十七條これはいずれも未遂罪を処罰しておりません。しかるに本法においては教唆、未遂それを全部独立罪として処罰している。これは私は刑の権衡を失したものだと思いますが、それに対してどういう御意見がありますか。
○關政府委員 お答えいたします。改正刑法仮案におきまして教唆犯を独立犯罪として規定する場合に未遂を犯罪として規定するにとどめてあるということもよく了承している次第であります。本法におきましてはなるほどお尋ねの通り未遂罪を処罰していないものにつきましても、それらについての教唆を独立罪として規定しているのであります。その中で騒擾の罪につきましては百七條に「暴行又ハ脅迫ヲ為ス為メ多衆聚合シ」云々という規定がありましてこれは騒擾の既遂行為の前の段階の規定であるのであります。これはまた別個の角度からこの百七條を検討しなければならないものと私どもは考えているものでありまして、終戦後の立法におきましてあおり、そそのかす、あるいは教唆というようなものを一つの独立罪として規定いたしておるのでありまして、これらの立法例並びにこの種の行為の危険性を現行の事態から考えまして、公共の安全を確保するためにはぜひこの程度のものは新たに犯罪として処罰するということが必要と考えまして、規定いたした次第であります。
○猪俣委員 危険性からいえば自分からやろうというのがよつぽど危險ですよ。人にやれというよりも自分からやろうと思つて着手したんだけれども途げなかつた。障害にぶつかつて遂げなかつたというのは無罪なんです。しかるにやれと言つた者だけ処罰されるということは、あなた方がどう説明なさつても刑の権衡が失していると思う。一等危險なのは実行やるやつで、そそのかすやつはその者がやるのかやらぬのかまるでばくちのようなもので、実際やるかどうかわからないという状態です。やろうと決意したほど危險なやつはない。あなた方は実行をやろうとして、しかも何か障害にぶつかつてやらなかつたものを無罪にしようとする、そそのかすやつを有罪にしようとしている。そこにおいてこの法案は何をねらつているのかということに私ども疑問を持つているが、それは意見になりますので、私はしいて答弁いただかなくてもよろしゆうございます。
○佐瀬委員長 今の点について政府から発言を求めております。關政府委員。
○關政府委員 なおお答えいたします。今の点につきましては、この法案におきまして現下の事態にかんがみまして新たに危険なる行為、これを防止し、犯罪として処罰する。危險なる行為として取上げたのは第三條第一項のたとえば二号において予備、陰謀、教唆、扇動というふうに掲げてあるわけであります。そこで予備と申しますのは、実行の着手の前の段階で犯罪の実行を目的とする一切の行為を含むわけであります。そういたしますと未遂の行為はこの予備が新たに犯罪として規定してございますから、未遂の段階の行為はすべて予備を伴つて、予備の段階を経て未遂の段階に到達するものであると私どもは考えるわけであります。かような次第でありまして、この法案は現下の事態にかんがみまして予備、陰謀、こういう本犯の実行の着手の前に危險なる行為を取上げておりますから、お尋ねのような点もこの法案全体のシステムといたしましては合理的に解釈できるものであると私どもは考えているものであります。
○猪俣委員 それから今度第七條に関しまして、第七條を見ますると「暴力主義的破壊活動が行われた日以後当該団体の役職員又は構成員であつた者は、」これはできないとこうなつておりますが、この特審局の説明書を見ますと、ただ構成員や役職員がこれこれの活動ができないだけであつて、団体そのものは存在しているのだという説明になつておりますが、そうするとたとえば、これは共産党諸君には悪いが、日本共産党というものは解散を命ぜられた。ところがその役職員、構成員は活動はできなくなるが、団体としては残つている、解散命令じやないということを相当詳しく説明なさつているようである。そうすると日本共産党という名前は存在し、その団体はある。そこでその構成員でもない、共産党員でもない、役員でもなかつた者が日本共産党という名前で新聞を発行する、あるいは何か活動をやるということは、それはさしつかえないのでありますかどうか。
○關政府委員 お答えいたします。第七條の解釈はお尋ねの通りの解釈と私ども考えているわけであります。この第七條におきまして、第六條の解散の効果を第七條の範囲にとめましたのは、過去の治安立法であるとか、あるいは外国の事例なども検討いたしまして、最小限度に、合憲的な程度におきまして、人権を尊重する意味合いにおきまして、最小限度——破壊活動をした、それから決定が効力を生じたその日から構成員、役職員だけの活動を制限する、それ以外の場合は制限をしない、これがやはり人権を尊重する最小限度のラインである、さように考えているわけであります。従いましてお尋ねのごとくその役職員、構成員は全然ほかの他の人々がその日本共産党という名前を使い、あるいはやりますならば、これは別の問題に相なるわけであります。但し元の第七條の活動の制限を受けるところの役職員、構成員と共同して協力してやりますならば、刑法の共犯の関係がそこに成立するものであると考えるのであります。
○猪俣委員 今度は十五條についてこの「提出された証拠であつても、審理官が不必要と認めるものは、取り調べることを要しない。但し、審理官は、当該団体の公正且つ十分な審理を受ける権利を不当に制限するようなことがあつてはならない。」と規定がありますが、審理官が、何らかの事情から公正かつ十分な審理を受ける権利を不当に制限するような状態でこの証拠を取上げない、取調べないということが起つた場合に、その審理の効力はどうなるのでありますか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。この規定を濫用いたしまして、相手方の正当な意見、弁解を不当に制限した場合には、それは違法な措置となる。「不必要」という言葉をこの法文で沖つておりますので、審理官が非常にかつてな解釈をするように誤解を受けるのでございますが、この言葉は民事訴訟法第二百五十九條の言葉を採用したのでございまして、この法文の一項と二項とを相関連して考えますると、不必要として制限を受ける場合は、大体次の三つの場合であろうと考えておるわけでございます。すなわち、第一としましては、立証の趣旨がまつたく不明なもの、第二といたしましては、事件とまつたく関連性のないようなもの、第三といたしましては、審理を著しく遅延させる目的をもつて提出されたと明らかに認められるものというようなものが、この「不必要」の内容になるものと考えておる次第でございます。
○猪俣委員 そうすると、さようなことはありますまいけれども、ある間違つた審理官がありまして、当該団体の公正かつ十分な審理を受ける権利を不当に制限したようなことがあつたならば、違法である。違法であるとすれば、これが裁判になつた場合に違法の審理ということになるわけですか。 それから二十一條であります。「公安審査委員会は、公安調査庁長官が提出した処分請求書、証拠及び調書並びに当該団体が提出した意見書につき審査を行い、」こうありますが、ちよつと前にこれも私お尋ねしたことがあると思うのですが、意見書の中には証拠が含まつているのだというような御答弁があつたと思うのですが、この二十一條の意見書は、いわゆる意見書であつて、立証ができるのですか、できないのですか。
○關政府委員 お答えいたします。この法案の全体の立て方といたしましては、公安調査庁の審理官の手元において、双方十分なる証拠を出し合つてやるという考え方を基礎にしているわけであります。そのために、第十九條第三項におきまして、「前項の請求の原因たる事実を証すべき証拠は、当該団体に意見を述べる機会が與えられたものでなければならない。」というふうに書いてあるわけであります。要するに、団体に対し意見を述べる機会が與えられたものでなければ公安審査委員会に送り込めない。かつてに隠した証拠でもつてぱつと決定する、あるいはその証拠をぱつと出して決定にしてしまうということはできない建前になつているわけであります。しこうして第二十條の四項によりまして、当該団体は委員会に対しまして意見書を提出することができることになつております。この意見書と申しますのは、処分請求書でこれこれの請求をする、そして公安調査庁の審理官によつて各種の調査がありまして、あるいは先ほどお尋ねの第十五條について証拠を採用しなかつたというようなことが、ずつと全部過去の事実となつて出るわけであります。さようなことも一切含めて意見書をここに書き得るわけであります。意見書の内容といたしまして、これこれの証拠があつたが採用しなかつた、あるいはこれこれの証拠があるというふうに書きまして、その内容として証拠を援用して意見書をつくつて提出することができるものである、かように考えているわけであります。
○猪俣委員 私どもやはり訴訟をやつておりますと、あとから証拠の見つかる場合があるので、そこで公安調査官の手を離れて、公安審査委員会にもうすでに事件が移りましてから新なる証拠が出た場合に、それを公安審査委員会に出せるものかどうかという点でお尋ねしているのですが、それはどうなるのでありましようか。
○關政府委員 お答えいたします。その点につきましては、意見書の内容として証拠を表示いたしまして、これを公安審査委員会の方に出す、かようなことができるものと考えているわけであります。
○猪俣委員 意見書の中にこういう新しい証拠が見つかつたということを書いて出す。そうすると、それをやはり一種の証拠として公安審査委員会では取扱うわけでしようか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。公安審査委員会に対しまして、証拠の取調べの請求はできないことになつております。ただいまのような場合におきまして、公安審査委員会が事案の内容を決定する重大な証拠を、公安調査庁において審理しなかつたというような心証に到達する場合は、これは事案の運命に関する決定がなされたと考えております。
○猪俣委員 こういう立て方はやむを得ざる立て方だと思いますけれども、普通の訴訟形態からすると逆になつておつて、普通は裁判のところにあらゆる証拠が出されるようになつている。ところが本法によると、普通の訴訟から行けば検察庁に当るような公安調査庁長官のところへ証拠でも何でも全部出してしまつて、そこで口頭弁論みたいなことをやつていただき、審判官のところは書面審理になつてしまう。これはどうも逆だと思うのです。一種の審判ならば、相当裁判制度というものを取入れないと、ただ輿論をごまかすために別な機関でやるぞという体裁だけでつくつたという非難があるのです。あることがどうも弁明できないようなことが起る。この規定を見ますと、口頭弁論主義は公安調査庁で行われておつて、実際の審査委員会ではまつたく行われない、これはごまかしだ、こんなことでは権利の擁護にならぬ、裁判所の審理がよろしいという議論も出て来ると思うのですが、どういうわけでこういうふうに逆みたいになつたわけですか。公安調査庁で弁論主義をとり、公安審査委員会では逆に書面審理になつてしまつた。これはどこにその理由があるわけですか。
○關政府委員 お答えいたします。お尋ねの点につきましては、従来もしばしば御質問を受けましてお答えいたした点でありまするが、あらためて政府の考えておりますところをお答えいたそうと思います。団体規制の事務は、すなわち内閣が全責任を持つて処理すべき行政事務と考えているわけであります。しかしてこの行政処分を行うにあたりましては、行政的処分でありまするからして、司法裁判所のごとき構成をとることは必要ではないのであります。事案の実体に即応いたしまして、適正公平に事件が運ぶように構成いたしまするならば、憲法の線に合致するものと考うるのであります。しからばどういうような構成をとるのが憲法の線に合致するかという問題でありますが、これにつきましては次の三つの條件が必要と私どもは考えているわけであります。第一には、団体に対して不利益処分を與うるその以前に団体の意見、弁解を十分に聞くこと、証拠の提出をなすに十分なる機会を與えることであります。第二におきましては、かような意見、弁解並びに証拠の提出が公正に行われることが要件と思うのであります。第三といたしましては、この行政処分の適法、不適法につきまして、すべて裁判所に訴えることを規定する。この三つの條件が行政処分を行うにあたりましての憲法に合致する條件であると私どもは考えているわけであります。つきまして、この団体規制の処分を行うことは、先ほど申し上げましたごとくに純然たる行政的な事務であり、行政上の処分でありまして、次に、しからば今申し上げたような條件の線に乗せてこの行政処分を行うに、まず機関の構成をどうしたらよろしいかというふうなことが問題と相なるのであります。終戰後各種の行政処分に関する立法例が多々できておるのでありまするが、それらの規定はおおむね調査する機関と決定する機関とが同一なのが原則であります。自分のところで調査して自分のところで決定をする、それでその決定に対して不服ある者は裁判所に訴えるというのが原則であるのであります。ところでいろいろ考慮いたしまして、この団体規制の事務の重要性にかんがみまして、まず公正を期する意味におきまして調査する機関と決定する機関とをわける、そして民主主義の原則によつてこの重要なる行政処分を行うことが最も憲法の線に沿い妥当であると考えまして、公安調査庁と公安審査委員会の二つの機関を設けまして、相対峙して不告不理の原則をそこに確立し、権限の集中することを避けたのであります。さて、かように二つの機関を対峙いたしまして、次の問題といたしましては政府においては行政機構簡素化という線を強く打出しているのでありまして、他の役所におきましては人員を減らし、あるいは部局を減らすというような事態があるのでありますからして、できるだけこの線に沿つて二つの機関を構成するというのが次の段階の行政になるわけであります。そこでこれらの点を考慮いたしまして、さきの三つの條件を果すために、第一におきましては、公安調査庁におきましては、第十條以下の規定によつて、当該団体に対し十分なる意見、弁解をなす機会を與え、また十分に証拠を出す機会を與えまして、団体の権利の保護に十分なる道を開いたのであります。かような次第でありまして、すでにこの段階におきまして、行政処分の事前措置としての適法な合憲的な道はすべて十分に盡されておると考えておるのであります。それ以上さらに重ねて小さい審査委員会におきましてかような事務を繰返すことは必要もなく、また当を得ない、かように考えましてこういうようなシステムをとつて規定いたしたのであります。
○猪俣委員 その次に二十六條でありますが、「公安調査官は、この法律による規制に関し、必要な調査をすることができる。」とありますが、この調査の手続は二十七條以下にのつとつてやるのでありますか。二十七條以外に、自由かつてに調査権というものを持つているのでありますか。
○關政府委員 お答えいたします。二十七條以下の規定は、二十六條のうちの一部と申しますか、あるいは特別な事例と申しましようか、そういうふうに考うべきものと思うのであります。二十六條は、二十七條ないし二十九條等と、ほかに任意の方法によつて調査いたすわけであります。この調査につきましては、ここに書いてある通り全然強制的なものはなく、まつたくの任意のもので、相手方の承諾を要する、あるいは相手方の承諾とかそういうことに全然関係のない方法によつていたすのでありまして、これにつきましても嚴格なる準則をつくりまして調査の事務を遂行させたいと考えておる次第であります。
○猪俣委員 そうすると、この二十六條の「調査」というのは、自由無碍にできるものだというような御説明で、そうしてまた強制権はないのだと言うのでありますが、調査をしに来た者に対して調査を拒む——たとえば労働組合など調査に来た者に、何しに来た、帰つてしまえというような乱暴な言葉を使つて追い返してしまう場合は、これは公務執行妨害になるのですか、ならぬのですか。
○關政府委員 お答えいたします。お尋ねのような場合におきましては、決して公務執行妨害罪は成立しないものと考えております。
○猪俣委員 そうすると、二十六條の公安調査官の調査に応じないことも自由であるし、それを拒むことも自由であるし、退去を命ずることも自由であつて、公務執行妨害罪にははまらぬと理解してよろしいですね。私の質問はこれで一旦やめておきます。
○佐瀬委員長 佐竹晴記君。
○佐竹(晴)委員 私はこの際刑政長官にただしておきたいのは、過般のメーデーにおける宮城外苑の騒擾事件と本法案との関係についてであります。承るところによれば、政府としても、與党としても、今回の騒擾事件にかんがみて本案を急速に成立せしめなければならぬと考えるようになり、與党のごときは、すでにある程度の修正もやむを得ないとなつていたものが、急転して無修正で押し通そうとする線が出ているかに聞くのであります。政府といたしましてはこの新事態と本法案との関係についてどうお考えになつているか、これを承りたいと考えます。
○清原政府委員 本法案の成立につきましては、先般のメーデー当日の事件に関係なしに、かねてからぜひ成立を希望しておつたのであります。
○佐竹(晴)委員 今回のメーデーに関係する騒擾事件の取締りについては、現行法ではどこにいかなる欠点があつて、本破防法の成立を見なければ、それがいかに補われないのか、これを私は具体的に示されたいと思います。ただいま刑政長官は、本法案とメーデー関係の騒擾事件との間には何の関係もなく、前からこの法案の成立を急いでおる、早く成立せしめたいということをこいねがうておる旨の答弁がありましたが、しかし政府においては、もうすでに今回の事態にかんがみて、急速にこの法案を成立せしめてもらわなければ、不十分であるということをおつしやつておるのであります。率直にさようだといたしますならば、このメーデー関係の騒擾事件等を取締るについて、現行法では不十分であるのかどうか、どこに欠点があるのか、本法案を成立せしめなければそれが補うことができないものであるかどうか、これはぜひともお示しを願いたいと思います。
○清原政府委員 お答え申し上げます。メーデー当日における騒擾事件につきましては、目下東京地方検察庁において鋭意捜査中でございます。いまだ事案の真相を十分報告を受けておりませんから、本法案と騒擾事件との具体的の関係、あるいは当日の騒擾事件について従来の刑法はいかなる欠陥を持つているかということについて、詳細申し上げる段階に達しておりませんが、ただ騒擾事件自体について抽象的に申し上げれば、騒擾事件は現行刑法百六條によりますれば、その扇動とか何とかにつきましては、規定を欠いておることを申し上げたいと思います。
○佐竹(晴)委員 政府はまことにうかつであると存じます。まつたく責任を解していないかのごとき答弁を承ることは、はなはだ遺憾であります。今回のごとき事件は、破防法がすでに成立していたといたしましても、必ず起つたに相違ないでありましよう。しこうしてすでに惹起した事件については、当局は遺憾なくその取締りを行つており、また行動を起した者に対する検挙に全能力を発揮いたしておるのであります。それで十分ではないでありましようか。かりに本破防法がすでに成立していたといたしまして、まずその機能を発動するのは団体に対する規制でありましよう。今回のメーデー事件については、すでに法務総裁が説明いたしておりますがごとく、総評主催のメーデーは無事に終了いたしまして、日比谷で解散をしている。事件はその後に起つたことである、しかもその行動は都学連と一部労働者であつて、組織労働者ではない、かようにはつきり当席において答弁をなさつている。従つて組織的な労組に対する——そういつた団体に対する規制の対象となる大したもののないことをはつきりおつしやつている。ついで刑罰規定は刑法の補整であることがしばしばここで説明せられておる通りでありまして、本件のメーデー事件にこの補整された規定を持つて行かなければ治まりがつかないというものは少しもございません。最も問題になつているのは扇動の規定でございますが、すでにもしその扇動を罰するという規定が成立しておつたといたしましても、今回の事件にそれが何ほどの役立ちになるでありましようか。あるいは言うかもわかりません。もしこの扇動を罰する規定がなかつたならば、神宮外苑その他で宮城広場に集まれといつて扇動した者を取締るのに都合が悪かつた、それがあればたいへん都合がよかつたと言うかもわかりません。しかしこの扇動の規定がなくても、すでに刑法騒擾の規定を適用いたしまして、どしどし現実に検挙をなさつている、かように考えて参りますならば、今回のメーデー事件が起つたから破防法を早急に成立をせしめなければならないとか、あるいは扇動などという文句も修正なしに押し通さなければならぬなどということは、まつたく皮相な見解であります。冷静を欠いている妄論と言わなければなりません。かようにある事件が起ると、たちまちこれに便乗いたしまして、その空気で押し通そうとするようなことでは、百年の大計たる国家治安方策を確立いたすことは、とうてい期し得られません。そんなことだといたしますると、政府がいかに口をすつぱくいたしまして、この法案が決して正常の言論や組合活動を制圧しようとするものではないと弁解をしてみたところで、今に何か一つかわつた事件が起つたならばすぐぐらついて、その空気に押されて不当に法の拡張解釈をして不法の弾圧に出るに相違ない。さらにまたたちまち法律改正案を出して不法制圧に出て来るに相違ないという危惧が一層濃厚に起つて参るでありましよう。本法案のごときはこういつた具体的に起るところの事案はどうあろうとも、こういつたことによつて微動もされる法案ではないと思います。信念をもつて提出し、信念をもつて審議しなければならぬ事項である。従いまして今日少々ばかりの事件が起つたから、この成立を急ぐのだと言つてみたり、あるいはすでに修正に決していた重要なる部分も修正なしに押し通そうとするなど、これはまつたく軽挙妄動であります。政府といたしましても、すでに法務総裁は当席において先ほど申し上げますごとく相当この事件に立ち入つての見解を述べておる。政府といたしまして、これについてはつきりしたところのお考えがなければならぬと存じます。いま一つ、この際むしろこういつた法案に対しまして、こういう事件のためにとやかくといろいろ考えるなどということは、まつたくの無用のことであり、かえつて有害のことであることを政府としてはお考えにならないでありましようか、承つておきたいと存じます。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。御承知の通りと存ずるのでありますが、この法案は五月一日の騒擾勃発前政府において立案決定いたしまして国会の御審議を仰いでおる次第であります。法案の審議中にかような事件の起きたことをきわめて遺憾とするものであります。この法案は御審議を願つておりまする通りに、すべての騒擾事件をすべてこの法案で取締ろうというような企図をもつて立案されたものではないのであります。この法案のねらいは政治目的をもつて騒擾を行うような団体を規制しようというところにあるのでございまして、これに必要な罰則を補整したのであります。また五月一日の騒擾事件の具的体内容につきましては、刑事事件としては東京地方検察庁で目下警視庁とともに鋭意捜査中でございまして、近日中にもその具体的な内容は明らかにされるものと考えます。背後団体の活動としてなされた点があるかないか、あるいはこの騒擾に関して政治目的をもつて扇動したものがあるかないかというような点についても、近く明らかになると考えております。
○佐竹(晴)委員 第一條についてお尋ねいたしたいと思います。第一條には「この法律は、団体の活動として暴力主義的破壊活動を行つた団体に対する必要な規制措置を定めるとともに、かかる破壊活動に関する刑罰規定を補整し、もつて、公共の安全の確保に寄與することを目的とする。」とございます。この「団体の活動として」という文句は、その前段の行政的規制だけに関するものでありますか。それとも後段の刑罰規定にもかかるものでございますか。過日来の政府説明では、本法案はおる団体の役職員、構成員等が団体の活動として暴力主義的破壊活動を行つた際、その団体に対して行政的規制を加えることの必要なことを強調するとともに、他面刑罰については団体と関係なしに個人を対象とするものであることを明らかにされました。しかしその刑罰は行政措置の條件と同様に団体としての破壊活動のあつたことを前提とし、その団体活動をした役職員である個人を罰する趣旨でございますのか、それとも団体の存在やその団体のための行動に限らず、また役職員たるといなとを問わず、広く暴力主義的破壊活動を行うものには、すべてこの法律を適用する、この罰則を適用する精神でありましようか、いまだこれは明らかにされていないと考えますので、明示を願いたいと存じます。
○關政府委員 お答えいたします。この「団体の活動として」という修飾語は、「団体に対する必要な規制措置」だけにかかるのでありまして、「刑罰規定」にはかかつていないのであります。従いまして三十七條より四十條までの罰則は、暴力主義的破壊活動をなした個人に対する科する規定であります。なおこれにつきましては、第三條の一項の一号、二号のこの各号の行為でありまするが、これらはすべて刑法に規定されてありまして、これは団体の活動としてなされた場合も、あるいはそうでない場合も、一律に刑法の條文に従つて処罰しておるのでありまして、これらとの関係にかんがみまして、この法律におきまして補整した部分をその既成類型の元の形と同じように扱うのが、立法上妥当であると考えまして、かような措置をとつた次第であります。
○佐竹(晴)委員 第一條には「団体の活動として暴力主義的破壊活動を行つた団体」云々と言い、次いで「かかる破壊活動に関する刑罰規定を補整し」云々とございます。この「かかる破壊活動」とは、団体の活動としての破壊活動という意味を持つておるものと解するほかはございません。従つて団体として破壊活動をした役職員か構成員だけを罰する趣旨であつて、団体に関係なしに、個人的な破壊活動をした者を取締る規定とは見られないのでありますが、文理解釈上どうでありましよう。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。まことに表現が不手ぎわな点があるのでありますが、ここで「かかる破壊活動」とうたいましたのは、暴力主義的破壊活動という言葉を二度繰返すことは條文立案上きわめて煩瑣であるという心配もありますので、「暴力主義的破壊活動」だけを受けまして「かかる破壊活動」としたのでございまして、「団体の活動として」というところまでは含まれていないのでございます。
○佐竹(晴)委員 本委員会始まつて以来、法務総裁並びに政府委員は口をきわめて本案は団体として破壊行動を対象とするものであることを強調なさいまして、かつ行政的規定と刑罰規定との間に均衡を失するような区別は何らこれを示さなかつたのであります。そこで団体行動としての破壊活動のみを罰する趣旨であると理解せざるを得なかつたのみでなく、去月二十六日、本委員会における私の質疑に際して、天皇制の廃止を叫んで演読会を開いた者があつたとする、この場合にたまたまこれに反対する者があつて、乱闘となつて暴動化したとしたならば、本案第三條に該当するかとの問いに対して、特審局長は、御質問のような偶発的事態として騒擾が起きたという場合においては、団体の活動とは認められませんので、該当しないと信じます、と述べておられますが、これら政府の説明はお間違いでございましようか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。私の言葉が足りないのでおしかりを受けた次第でありますが、先般お答えいたしましたのは、団体を規制する原因とはなり得ないという意味において、お答えしたつもりでございます。
○佐竹(晴)委員 先般私がお尋ねしたのは、刑罰に関係することのみについてお尋ねをし、すなわち天皇制の廃止を叫んで演説会を開いて、騒擾、暴動が起つたとき、そこでこの問題について、これが結局第三條に言うところの破壊的暴力主義的行動となり、それがひいて刑罰に処せられるのかという趣旨をお聞きいたしたのでありました。あるいは私の問いの趣旨が徹底いたしておらなかつたかもわかりませんが、ただいまの御説明の通りといたしまするならば、この点は前からもつと明確にされていなくてはならなかつたと私は考えます。私はさらに進んで、いわゆる団体とは何か、これはもうたびたび承つたのでありますが、ここに若干の質疑をいたしておきたいと存じます。多数人の継続的結合体または連合体という、その継続的というのはどういうことでございましようか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。継続的とは、団体自体相当期間団体として存続するものでなければならないという意味で、継続的という言葉を使つたのでありまして、一時的な集会というようなものと区別さるべきものである。団体が一つの結合体として相当期間社会的に存続することが必要である。そういう団体の意思として、そういうことが主観的にも認められなければならない。現実にそれでは何年存続しなければならないかという問題ではないのでございまして、団体それ自体につきまして、相当期間社会的に存続するということが認められなければならない、こういう意味でうたつたのでございます。
○佐竹(晴)委員 そういたしますと、米の統制撤廃に反対いたしまして、国民大会を開くといたします。しこうしてそこに各種の団体が集まつて連合体をつくつた、そういつたものでなしに、個々ばらばらの市民が集まつてそこに結集をした。そしてそこには米の統制撤廃反対期成同盟会といつたようなものが、そのときできたといたします。しこうしてその団体は、農林省へ押しかけて暴動を働いたといたします。しかしそれらの人々の間には何ら役員その他をつくることなく、その日をもつて解散をいたしたといたします。当日の暴力行為、騒擾行為というものについては、何ら本法の適用を受けない性質のものでございましようか。
○吉河政府委員 お答え申します。たいへんデリケートな設例でございますが、この法案におきましては、団体とはこれを構成する個人の意思とは離れて、団体としての意思を決定して、その意思に基いて行動をするというものでなければならない。個人が一つの目的のために集まつたにしても、そこに団体としての意思決定をするような態勢が整わないのは、団体とは認められないというふうに考えております。たとえばお尋ねの期成同盟会というものが、その実体の内容におきまして、共同の団体としての意思決定をなし得る態勢を持たないというものでありますれば、それは団体ではない、団体名を仮称した群衆とか、一時の集会というものにすぎないものと考える次第でございます。
○佐竹(晴)委員 いわゆる継続的というものは、そうした意味であつて、にわかづくりの団体等はいわゆる団体ではない、その団体の威力を発揮して、あるいは騒擾を起し、殺人をやり、電車、汽車を転覆しても、本法案の適用を受けないものといたしますと、巧妙な連中は、一時限りのそういう暴動のみを目的とする団体等によつて、こういう法規の適用を免れ、所期の目的を達しようとするものが生れて来るではないかと存じますが、かような場合にはいかがでありましようか。
○吉河政府委員 ただいまのお尋ねのものに対してまで行政上の規制処分をかける必要はないと考えております。かようなものに対しましては、その個人の犯罪につきまして司法処分をもつて足るものと考えております。
○佐竹(晴)委員 メーデーのごときはどうでございましよう。メーデーを構成いたしますいろいろな団体がございす。あるいは全官公労組もあれば、日教組もあり、繊維、金属、私鉄、その他いろいろな労働団体がある。ところがこの法規では、そういつた団体の連合体がまた団体だということになつております。そうすると、これらの労働団体は永続性を持つております。しかしメーデーは一日限りであります。いわゆる連合体というものは、こういつた一日限りのメーデーでも、永続的な各個の団体が寄り集まつて参加いたしました場合においては、総評主催のもとにおける一個のメーデーとして、いわゆる団体の行動としてそのメーデーの指揮者その他が、本法案におけるところの騒擾とかその他の刑事上の案件について、本法案によつて取締りを受けるものか、それともメーデーというものは一切本法案におけるところの団体ではない、單なる刑法の制裁を受けるにすぎない、こういうのでございましようか。
○關政府委員 お答えいたします。メーデーを主催するある団体を想定してみますと、これはこの法案に言う特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体に当るか、あるいはその連合体に当るか、かような御質問と存ずるのであります。これもなかなかデリケートな問題かと存ずるのでありますが、それを主催するにつきましては、その事前に、本年度のメーデーを実行するという目的がそこにあるのでありまして、そのもとに多数の者が集まつて、二月前、一月前にそこで各種の団体から代表者が集まつて、メーデーを遂行するという共同の目的が設定されるわけであります。そうしてそこに各種の団体が集まりまして、事前に相当長期間にわたりましていろいろな打合せをいたしまして、行事をなし、そうしてその最後にまた各種の跡始末の問題も出て来て終結する。かような経過をたどるものと仮定いたして考えてみますに、やはり一応のところは、これもその特定のメーデーときわめてその結合の程度はゆるやかではありまするが、さような段階のものはやはり一応団体というふうに認められるものではないかというふうに考えているわけでございます。
○佐竹(晴)委員 特審局長の御答弁と食い違つたように思いますが、それだといたしますと、米の統制撤廃反対運動等についても、集まるといつたつてその日に号令してその日に集まるものじやないのです。これはやはりポスターもはりましようし、それは何日にどこでと場所もきめなければなりません。協議も行うでよう。そういつたことでそれはメーデーも一つの団体だとおつしやるならば、先ほど言つたところの米の統制撤廃反対の運動をするところの集会もやはり団体だということになるのじやなからうかと思いますが、ひとつ御解釈を御統一なさつたらいかがでごさいましよう。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。先ほど米の統制撤廃期成同盟会の御質問がごさいましたが、設例の点につきましては偶然に個々の市民がこの大会に集まつたという御設例でございましたので、答えいたしますが、もしこういう期成同盟の大会を準備し、これを推進するというような主催団体がその背後に結成されておるような場合におきましては、それは団体として認められる場合が多い。むしろ団体として認められるのではなかろうかと考えておる次第でございます。
○佐竹(晴)委員 ある団体の役職員が正規の機関にはからないで、しかも団体の名義を用いて構成員を動員して、かつてに行つた行動は、いわゆる団体としての活動ということができましようか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。御質問のような場合は団体の活動とは認められないものと考えております。
○佐竹(晴)委員 それならば逆に団体の役職員会を開いてその決議を経たのであるが、表面にこれを出して来るとあとがやつかいであるというので、その役職員が個人として実行いたしました場合、これはその事実が明らかになつたといたしますならば、団体の活動として見るべきでございましようか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。団体としての意思決定がなされた以上、それが偽装された場合といなとを問いません。やはり団体の意思決定に基いて行われた役職員、構成員の行為は、団体の活動と認められるものと考えております。
○佐竹(晴)委員 過日来説明を承つておりますと、具体的事実については、客観的にたれが見てもそれは団体の行動と見得られるような状態のものならば、団体の行動と見られるのだという趣旨の御説明であつたように私は理解いたしておまりす。もし団体の構成員が団体の機関の意思に反して行動したが、しかし客観的行動においてはまつたく団体の活動と見るほかはない状況でございした場合に、それを団体の行動と見られるのであるかどうか、それを確めておきたいと思います。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。御質問のような場合は、団体の活動とは認められないものと考えます。
○佐竹(晴)委員 第二條についてお尋ねいたしたいのでございますが、法務総裁は思想を取締る考えはない、ただただ暴力的破壊活動のみを罰するのだ、かようにおつしやつたのであります。ところが第二條には思想、学問の自由等を不当に制限するようなことがあつてはならぬとございます。従いまして正当な制限は加えることができると反面解釈をすることができます。正当であれば思想を制限することもできると解釈しなければなりません、この不当の制限ができないのは当然のことであとまして、これを書いても書かぬでも同じではないかという見解が過般来すでに出ております。また正当な制限というならば、その正当な制限とは一体どのようなものであるか、すなわち不当な制限のできないのは当然であつて、これは書かぬでもよいじやないか、いま一つは正当な制限ならできるというなら正当な制限とは一体どのようなものであるか、これをお示し願いたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。第二條は單なる訓示規定にとどまるものでありますならば、これはまつたく念のための規定でありまして、お尋ねの通り書く必要はないのであります。しかしながら私どもとしましては、この法案の重要性にかんがみまして、この二條は單なる訓示規定ではないのでございまして、もし規制及び規制のための調査が必要かつ相当な限度を越えたことになりますれば、それは第二條違反でありまして、訴訟によつて争い得る問題であると考えておるわけでありますが、第二條は法案全体にかぶる重要な規定と私どもは考えておるわけであります。第二條の精神はさようでありますが、さて正当ならば制限をし得るかという問題でありますが、これは要するに制限の方から考えてみますと、本法のの條件に合し、本法の規制する手続によつてこれを制限する、こういうことにほかならないと思うのでございます。
○佐竹(晴)委員 憲法十三條に、ありまする「すべての国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」とこうありますが、この公共の福祉に反する場合に、個人の自由を制限することができる、それが正当の制限であるという趣旨ではないのでありますか。
○關政府委員 お答えいたします。問題を憲法の線に乗せて考えますならば、さようなことに相なると思うのでありまするが、この法律の線に即して考えますと、第二條は「目的を達成するために必要且つ相当な限度においてのみ行うべきであつて、」かように書きまして、この法律において制限し得るのは、この法律に規定する條件とその手続に従つてのみ制限し得る、かようなふうに考えているわけであります。そのことがすなわち憲法の公共の福祉との調整の線である、かように考える次第であります。
○佐竹(晴)委員 私の主としてお尋ねいたしておるのはそういう手続によつて適当になされたる結論というのでなしに、その結論が出て来る根拠となるべき正当なる理由というものをお尋ねいたしたかつたのであります。それがただいま關政府委員のお答えによりましても、公共の福祉が基本になるということを承つたのでありますが、さてしからば、この公共の福祉が一体どのようなものであるか。これはさように簡單に固定的に不動のものではないと思います。独占資本主義時代における反動、独善政府のもとにおいては、一般勤労大衆の自由と幸福とを犠牲にいたしまして、金融資本や大産業資本擁護の立法、その他国政を惜しげもなく遂行しております。このあり方はそれらの人から見れば公共の福祉とお考えになつているでありましよう。ごらんなさい。大衆は住むに家なく、せめてひざを曲げるに足るところの住家をつくりたいと念願をいたしまして、せつかく設けられた住宅公庫に飛び込んで参りましても、抽籤でないと当らないという状態で、しかもなかなかこれが当らない。ところが他方鉄筋コンクリートの大ビルディングは至るところにそびえ立つております。政府や物持ちの側から見れば、それが公共の福祉でありましよう。かつて池田大蔵大臣は、白い御飯は金持が食うものだ、貧乏人は麦めしを食つておれとおつしやつたのであります。しこうして時の政治勢力は米の統制撤廃をして、金持に白い御飯の食いほうだいということにしようといたしました。なるほど大蔵大臣や金持からごらんになれば、貧乏人には麦めしばかり食わせておいて、自分たちだけは自由に白い御飯を食べほうだいとすることが、それらの社会の人にとつてまことに幸福でありましよう。その社会の福祉には相違ございません。しかし一般勤労大衆は泣いておる。 ところが、これを少し場所をかえ、立場をかえて考えてみまするのに、英国はどうでありましよう。労働党が政局を担当いたしておりましたころは、目の悪い者にはめがね、歯のない者には入れ歯、これを全額国庫負担でやるといつたぐあいに、国民大衆の生活安定のための社会保障制度を中心にして国政を運用いたしておりました。ここに公共の福祉が存在するといたしておつたのであります。かように公共の福祉と申しましても、時と所と立場を異にいたしまするとき、必ずしもこれは一定不動のものではございません。その解釈いかんではどのようにでもなります。だから、わが日本において、今日国民大衆が住居に事欠き、食物に困つている時、住居を與えず、またもともと平等なるべき人間に食いものの差別までつけまして、これが公共の福祉であるといつて、これに反対する言論をする者は公共の福祉を害するものだといたしまして、逆にこれを押えることができるといたしますならば、これはゆゆしき問題であります。かようなありさまでありますから、今日ここに治安立法に際しましても、かくのごとき一人よがりの公共福祉の観念に基いて、これに反する場合は憲法の保障する基本的人権でも制限ができるといたしましたならば、一体国民は何によつて個人の自由と幸福追求の権利を確保することができるでありましようか。過日公聴会で東京大学の鵜飼公述人はこう言つております。すなわち憲法第三章の保障いたします国民の権利は一般的公共の福祉の問題で、禁止することはできない。それが許されるのは各條項に特に定めのある場合だけに限る。すなわち第二十二條に居住、移転及び職業選択の自由、第二十七條に勤労の権利、第二十九條に財産権等がおのおのその條文によつて法律をもつて規制できると書いてありますので、それだけができるのであつて、その他の自由は制限することは許されないものと思うとおつしやつているのであります。まことに妥当なる見解ではないでしようか。何かしらそれによりどころがない限り、公共の福祉といつたようなぼんやりした言葉で、時と所と立場を異にいたしましてどのようにでも解釈が振りまわされるところのそういつたような公共の福祉を土台といたしまして、その公共の福祉に反するのだから国民の基本的人権も押えることができるといつたならば、これはまつたく国民はよりどころを失つてしまうではないかと思うのであります。政府の所見を伺いたいと思います。
○佐藤(達)政府委員 お答え申し上げます。公共の福祉という観念につきましては、掘り下げて考えればいろいろむずかしいことはあると存じますけれども、私の信じておりますところは、先ほども触れました通りに、貧富の差というようなものは全然眼中にない。人が生れながらの人としてのその個人をつかまえて、それらの個人の集まつて形成されておる社会の福祉というふうに考えておるわけであります。従いまして、その社会の福祉という見地から、憲法で保障しておる基本的人権を制限することはできるかどうか。それについて、ただいま鵜飼氏の意見を紹介なさつたわけでありますが、さような見解も、これは学術研究の自由でありますから、ありましようけれども、われわれとしてはこの憲法の第三章に関しまして、ただいまある條文にそういう字句がある、あるいはないということで、あるものについて許され、ないものについては制限が絶対に許されないというようなものではないと考えております。これはすでに言論の自由に関しまして、最高裁判所において判決がなされ、公共の福祉上やむを得ない制限はあり得ることを決定いたしておりますし、またいろいろな過去の法律におきましても、たとえば言論あるいは表現関保におきましては、公職選挙法等による制限もあるわけであります。これらはやむを得ない限度における制限は認められておるものと考えざるを得ないと私は思つております。
○佐竹(晴)委員 遺憾ながら私どもによりどころをお與えいただきますだけの根拠をお示し願えませんことば、はなはだ物足りません。しかし時間がございませんので、他日を期しまして、さらに質問を進めて参ります。 第二條第一項にいわゆる「不当に制限するようなことがあつてはならない。」というのは、第二條第二項に言うところの「正当な活動を制限し、又はこれに介入するようなことがあつてはならない。」というのと同一趣旨でございましようか、それとも想違いたしましようか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。第二條はただいま他の政府委員からもお答え申し上げました通り、規制並びに規制のための調査の基準を規定したものでございまして、第一項は個人の立場からこれを規定しております。第二項は団体活動の点からこれを規定しておるのでございまして、その根本の趣旨とするところは同一でございます。
○佐竹(晴)委員 第三條関係及びこれと表裏をなします刑罰との関係も承つてみたいと思います。これは先ほど猪俣委員もるる述べておりましたが、一面この行政的規制のために、第三條で、団体を中心といたします破壊活動を規制しておる。ところが刑罰の規定には、暴力主義的破壊活動などという文字を抜きまして、先ほど仰せのごとく個人の行為を処罰する規定になつております。がしかしこの法案は一連の表裏をなす関係にあるとしか見られないので、猪俣君がおつしやつておりますごとく、これは何といつても団体規制を前提とし、そうしてその裏側から、これに反する者を罰する、こういう規定でなければまつたく理解できません。両者を切り離して別個に行政的措置に関する規定と、刑罰に関する規定とを截然区別をいたしまして、その他條件を別々に定めますならば、誤解を生ずることなしにのみ込みがつくのでありますが、私も偶然に先ほど猪俣君の質問いたしておりますのとやはり見るところをひとしくいたしまして、非常に不可解な点の多いことを感じました。冒頭に申し上げましたごとく、すでに第一條の規定から、その案をおつくりになつた方々は団体活動に関する行政的規制と刑罰に関する規定とを頭の中で非常に混同されておる。従つて非常に不可解な点がありますが、まず第三條について、この第三條の規定の内容を十分に理解するのでなければ、さらにまた刑罰に関する規定の内容を十分に理解することができませんので、私はこの両者に関して行政的規制に関する事項と刑罰事項、この両面にわたつての結論を得るに適当なる第三條の解釈をお願いいたしたいと考えます。 まず第一に、三條の一のイ内乱罪について。政府委員の説明によれば、内乱罪の朝憲紊乱というのは、国家統治の基本的組織を破ることで、單に政府打倒とかいうことは含まれていない。制度そのものの廃止を言うことであると説明をなさいました。そこで私は去月の二十六日に、先ほど申し上げましたごとく、質疑をいたしまして、天皇制廃止あるいは国会の二院制廃止を唱えて演説会を開いて、たまたま反対者が出て乱闘となつて暴動化したといつたようなときにどうかという点をお尋ねいたしました。これは特に刑罰に関係いたしてであります。もちろんその演説会が団体主催であつたならば、団体に対する規制の問題も起つて参りましようが、私のここでお尋ねをいたしましたのは、主として刑罰に関係いたします点であつたのであります。ところが先ほど申し上げました通り、特審局長は偶発的な事件であるから、団体的行動とは言えないから本法案の適用はないとお答えになりました。そこで私はここでさらに聞いておきたいのは、天皇制廃止といつたような事項は、いわゆる国家統治の基本事項を破るものとして朝憲紊乱の対象となる事項であると考えるかどうか。いま一つ偶発的な事件はすべて問題にならないと考えてよろしいのか、これを承つておきたいと思います。
○吉河政府委員 お答えいたします。ただいまお尋ねの天皇制の廃止は、天皇は憲法に国民の象徴として規定されておりまして、国家統治の基本組織の中に含まれるものと解釈いたしております。 また第二の問題につきまして、天皇制の廃止を題目として演説会が開かれる。たまたまそこに反対者が現われて騒乱が起きたというような場合でございますが、その騒乱が暴動化した場合に、騒擾罪となる場合があるかもしれませんが、よもや内乱罪とはなるまいと考えておる次第でございます。内乱とは、国家の基本的な統治組織を不法に破壊する目的で暴動を起すということにあると考えております。たまたま天皇制廃止というような問題についての演読会で騒乱を起したというような場合におきましては、たまたまその機会に行われたというのでありまして、内乱罪とはならないと考えております。
○佐竹(晴)委員 天皇制廃止ということがもし朝憲紊乱罪に関する対象となるといたしますと、あとはただいま御説明になりました偶発的に起つた問題について、偶発的であるから問題になるかならぬかというだけであります。しかし偶発的であるからこれは問題にならぬといつたようなことになりますと、それは恐るべき結果を生ずるではなかろうか、この問題が朝憲紊乱になるか、あるいは重なる騒擾事件になるかということはしばらくおきまして、かりにある政治上の主張をするため演説会を開いたといたします。最初は暴力を振う考えはごうもなかつたといたします。ところがたまたま反対者が出て参りまして騒乱となつた。そこでこれを制圧しなければ自分たちの政治的主張を貫徹することができないと考えて、やにわに偶然に殺意を生じましてその反対論者を切り殺したといたします。偶発の殺人であるから、そして本法にいうところの三十八條以下にうたうところの「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対するため、」殺人を犯したということにならない、こう御解釈になるでありましようか。すなわちその場合に、最初は自分たちの政治上の主義、主張、施策を推進する、あるいは支持し、反対するという——それは穏健に行くものと考えておつたが、それに対する反対者が出たからやにわに、偶然に、偶発的に殺意を生じた。よしおれたちの主張はこうやらなければ通らぬというので反対者を片つぱしから切つて殺したとする。これは偶然だから重なる刑法上の案件であつて三十八條に該当しない、かようになつて参るものでございましようか。
○關政府委員 お答えいたします。お尋ねのような場合におきましては、刑法第百九十九條の規定のみが適用になる問題と思うのであります。本法の三十七條から三十八條、三十九條、四十條までの規定は、第三條、第一項、一号のロと、二号のヌだけのことを規定いたしたものでありまして、その他の規定は、ここに刑法の條文は掲げてありまするが、この既遂類型につきましては、すべて刑法の規定にのつとつて処罰するわけであります。決してここに掲げてあるような、刑法の各條項の特別な犯罪類型を、ここに規定しておるのではないのでありまして、要するに基本の刑法の規定をここに借りて来まして、暴力主義的破壊活動という行政措置の條件となる概念を、ここに設定したのでありまして、その点御理解しにくい点が多分にあるものとは存ずるのでありますが、趣旨はさようなところにあるわけであります。この規定の中の罰則は、要するに今申し上げたように、第三條一項、一号のロと二号のヌだけの規定が書いてあるわけで、あとの点は、すべて刑法の規定に従つて犯罪として処分する、かような関係に相なるわけであります。
○佐竹(晴)委員 三條にひつかけまするから、これが理解しにくくなつて来る。それと関係なしに、三十八條だけを見てみるならば、「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対するため」に、たとえば殺人罪なら殺人罪を犯した、あるいは騒擾なら騒擾を起したとする。最初は穏やかにやろうと思つておつたが、反対者があるので、こちらも繰出して大乱闘になつた。主催者が騒擾をむしろ積極的に起したとする。あるいは主催者側が片つぱしから反対者の側を切りつけたとする。そのときに、それが政治上の主義、施策を推進するために、反対党をやつつけることが目的であつたといたしまするならば、これは単なる殺人ではない。單なる騒擾ではない。やはりこれは三十八條に書いてある政治上の主義もしくは施策を推進したり、あるいは支持したり、反対するための一つの行動であるとしてやはり三十八條に該当するものではないでありましようか。
○關政府委員 お答えいたします。三十七條について申し上げますれば……。
○佐竹(晴)委員 三十八條で……。
○關政府委員 三十八條について申し上げますれば、これはたとえてみますならば、刑法第百八條の予備、陰謀、教唆または扇動だけでありまして、犯罪の既遂になつた場合は、全然書いてないわけであります。百八條などの罪について申し上げますれば、その予備、陰謀、教唆、扇動だけが三十八條に掲げてあるだけでありまして、既遂の場合はこの法律の関しないところでございます。それで既遂の場合は、たとえて申しますならば、御質問のような趣旨をこの法律に現わしたといたしますならば、「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対するため、刑法第百八條の罪を犯した者は」云々と書きますれば、御質問のような趣旨が出て参るのでありますが、私どもとしましては、犯罪の既遂類型につきましては、刑法にある規定をもつてすべてまかなうべきものであつて、それ以上拡張解釈とか、構成要件とか、犯罪類型をつくる必要はないと考えまして、既遂類型は、全部刑法の規定によつてまかなうことといたした次第であります。
○佐竹(晴)委員 次に第三條の一号のロの教唆、扇動その他についてでありますが、まず何と申しましても、扇動が一番問題になつております。過日来お示しの、戰前の大審院判例によれば、「扇動とは、不特定または特定多数の者に対し、中正の判断を失して実行の決意を創造せしめ、または既存の決意を助長せしむべき力を有する刺戟を與える意思表示である。」というのでありますが、しからば中正の判断を失わしめて実行の決意を創造せしめる意思表示は、これはまさに教唆ではございますまいか。さらに既存の決意を助長せしむべき力を有する刺戟を與える意思表示とは、これまた共同正犯ないし幇助の行為ではございますまいか。すなわち、ことさらに扇動を規定せずとも、内乱に関する刑法の條文、その他刑法各條の文面で足りるものではないでありましようか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。御質問の第一点は、教唆と扇動との関係であると考えるのでありますが、御承知の通り、教唆は他人をして一定の犯罪を実行する決意を新たに生ぜしめるに足る行為でなければならない。教唆は犯罪行為を実行する者——正犯の拡張形式とか、修正形式とかいわれておるのでございますが、教唆の場合におきましては、教唆する者が正犯に対する認識を持たなければならぬのでありまして、正犯たるべき者をして、犯意を新たに抱かせて、その犯罪を実行せしめるということが教唆になると考えておるわけであります。従いまして、くどいようですが、教唆はその相手方である正犯たるべき者に関する認識がなければならない。扇動は不特定または特定多数の者に対しまして、犯罪実行の決意を創造させるとか、あるいはすでに存する決意を強固ならしめる刺戟、力を有する刺戟を與えるということでありまして、扇動された者が、これによりまして犯罪を実行するといなとを問わないのであります。この教唆と扇動とは、法律の概念上明確な違いがあります。実際問題といたしまして、扇動は主として他人の感情に訴えるような場合が多いということが説かれておるのでありますが、これはまた実際上の問題で、法律上の概念の問題ではございません。次に幇助の問題でございますが、幇助はやはり正犯の拡張形式、または修正形式といわれておるものでありまして、幇助が成立するためには、正犯に対する認識が幇助者になければならない。だれがやるかわからないような幇助はないわけでございまして、幇助するには幇助される者、正犯たるべき者に対する認識が幇助者になければならない。そして幇助が成立するためには、その正犯たるべき者が、実行の決意がすでに存在することが要件になつておりまして、こういう者に対して実行を容易ならしめる行為を行うことが、幇助の成立要件になつております。かように考えておる次第であります。
○佐竹(晴)委員 不特定または特定の多数の者に対する、たとえば演説により犯意を創造せしめる。これはかりに不特定でありましようとも、そのことによつていよいよやろう、そういう実行の決意を創造せしむるものであつたならば、これはまさしく教唆ではないでしようか。かりに相手方が不特定であろうとも、たとえば私の党つにおいて、党員がたくさん集まつた。そこで私は一場の演説をした。よしひとつこういうことをやろう、騒擾なら騒擾をひとつやろうじやないか。米のあり制撤廃反対のために、ひとつこういうことをやりましよう。そこで党員は不定多数ですが、みな私の言うことを聞いて、じややろうと言つて、騒擾罪に参加をしたといたしましよう。私のその一言によつて彼らの犯意ができたのであります。不定多数のものであるがために、教唆が起らぬという理由はなかろうと存じます。次いで幇助についてでありますが、たとえば通常あります殺人なら殺人について、向うが殺意を持つている。そのときにピストルを與えてやつた。あるいは一定の場所へ到達するのに金がない。その路銀も與えてやる。汽車賃も與えてやる。これはみんな幇助と思います。そのときに金を與えて、その実行行為を容易ならしむるのが幇助ならば、さらにまだ十分の決意を、決意は持つておるけれども、非常に薄弱な、やめようかどうかといつたようなことを考えておるときに、よろしい、君のところの家庭はおれが見る、やりたまえ、こう言つたら、金を與えたことが幇助ならば、私のそういつた激励もまた幇助にならぬと言えましようか。この区別をはつきりしていただけません限りは、こういう法律の適用について非常に拡張解釈等が行われて、善良なる者を苦しめる結果に陥るおそれがございます。これをひとつ明示願いたいと思います。
○吉河政府委員 お答えいたします。教唆、扇動、幇助の関係につきましての概念につきましては、先ほど申し上げた通りであります。さて実際の場合に、ただいま御質問のように、大勢の党員を集めて、一緒にやろうというようなことを言いまして、同意を得た、みんな意見が一致して、一緒にこれからやろうというような場合におきましては、それが陰謀となる場合もあると思います。またそれが正犯を認識している場合におきましては、教唆となる場合もあると思うのであります。これは具体的な事件につきまして、具体的な事情に基いて適用される問題であろうと考えておるわけであります。また御質問のように、幇助には、助言幇助という形もございます。すでに実行の決意を持つておる人間に、さらにその実行の決意をいよいよ熾烈ならしめるような助言をするというような場合もありまするが、従犯が成立するためには、正犯に対する明確な認識がなければなりません。これは法律概念としては、ただいま申し上げた通り、教唆、扇動、幇助の関係は、はつきりとしておるのでありますが、実際の問題としましては、ただいま御質問の通り、それが扇動をもつて律せらるべきものか、あるいは従犯をもつて律せらるべきものか、あるいは教唆をもつて律せらるべきものかということが、具体的な場合にきまるのではなかろうかと考えております。
○佐竹(晴)委員 政府はいつも、本法案では、たとえば暴力主義的破壊活動といつたようなことも第三條に明定をしておるし、明確だ、こうおつしやつておりますけれども、先ほど私がただして参りますと、各所においてデリケートであるとお答えになるし、ただいまの趣意に対しましても、具体的事件については、いろいろと解釈ができることがはつきりいたしました。そこで扇動などという文字を用いますと、なおさら非常な不安を一般国民に與えはしないか、これが一般社会からの本法案に対する危惧であります。新聞雑誌その他一般演説会等において不測の嫌疑を受け言論の自由を抑圧せらるるとの危惧に対しまして、やはり政府はデリケートである、あるいは解釈いかんによつてはどうでもなるということを自然に物語つておられます。ここにおいて世論があげてこれに反対し、正常なる言論と、一般的組合活動を制圧するに至るおそれが多分にあるから、これはとうてい賛成ができないという気持が起つて参ります。質疑応答を重ねて参りまするうちに、私どももそういう気持がいたして参ります。しかして一般正常なる言論人、また組合活動をいたしておりまする人々は、それぞれの立場に立つて、現実に立脚して、この問題に対する具体的な危惧というものを感じておる。決して架空的な想像によつて批判をいたしておるのではないのであります。たとえばここの公聴会に出て参りました山根公述人が述べておりますように、大正七年寺内内閣のときに、米騒動に関して大阪毎日が「白虹日を貫く」と書いた。これは秦の始皇のときのことで、内乱が起るという意味の文句だそうでありますが、これが問題にされまして、内乱の扇動だ、朝憲紊乱だといつて、嫌疑を受けて、遂に大阪地方裁判所において体刑の処分を受けた、それのみでは足りないとして、検事局は新聞発行禁止の処分を要求した。ところが世論が猛烈にこれに反撃をいたしまして、遂に内閣総辞職の余儀なきに至つた、これほどの事例が起つておることに思いをいたしまするならば、今後今回のような広汎な、しかもあいまいな文字を用いて、一般的言論の自由と権利を侵害する事態が起らないとどうして保証ができましよう。現に明確であるという刑法の規定においてすら、「白虹日を貫く」と書いただけで朝憲紊乱に問われ、あの大毎日が発行禁止をせられるまでに責められておるといたしまするならば、これよりもさらにあいまいでありますところの扇動などという文字を加えて、そうして広汎に取締ろうといたしまするならば、これは一般の言論人や組合活動者に対して危惧の念を與えざらんといたしましても、これは免れることができないと思います。これでも決して心配はないと、かようにおつしやるのでありましようか。いま一つただしておきたいと思います。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。扇動につきましては終戰以来多数の立法例がございまして、くどいようですが御参考に申し上げますが、国家公務員法にも規定されております。そそのかし、あおりという表現を使つております。なお地方公務員その他いろいろと立法例があるのであります。ひとり内乱の扇動のみが問題になるわけではなかろうと考えておる次第でございます。特に扇動という言葉がこの法案の規定から、いろいろと御批判を招いておるのでありますが、この扇動という言葉は、普通社会活動の強力な武器として行われる宣伝というような言葉とは、おのずからその内容が違つておりまして、明確に犯罪の実行の決意に対して有力な刺戟を與える行為というものを、扇動として考えておるのでございまして、先ほど米騒動の事件につきまして、大阪毎日新聞でございますか、新聞紙法違反に問われた事実の御引用があつたようでございますが、扇動罪につきましては、すでに申し上げたように、明確にその概念がきまつておるのでございます。これを取扱う司法警察官並びに公安調査庁職員の十分なる研修というものをもつていたしますれば、濫用のおそれは防止できるのではなかろうかと考えておる次第でございます。
○佐竹(晴)委員 研修よろしきを得ますと、たいへん知惠がまわり過ぎて、これより危いことをやりかねないのであります。むしろ法律によつてわれわれの基本的人権を保つことができるようにひとつ御苦心を払つていただきたいものと、私どもは念願するのであります。 本條一のロにおいて、イ号の行為の実現を容易ならしめるために、その実現の正当性もしくは必要性を主張した文書もしくは図画を印刷し、頒布し、公然掲示し、もしくは頒布し、もしくは公然掲示する目的をもつて所持することまで破壊活動だとなつておりますが、こうなりますと、さらに範囲が非常に広まつて参る危險が起ります。過日公聴会において西島公述人は、内乱罪の扇動について、マルクス主義の立場から社会革命の必然性を説いた論文を掲載して、その影響を受けた青年が、革命の実践行動を行つた場合どうなるか、という危惧の念を発せられております。まことにごもつともであると存じますが、こうした危惧に対しまして、政府はどのようにお考えでございましようか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。ここに規定しておりまする「実現の正当性若しくは必要性を主張した文書」について申し上げますが、内乱が現実に日本において行われることの正当なこと、または必要なことを主張した文書でございます。單に革命の到来の必然性を説くというものは、この「文書」に当らないものと考えております。
○佐竹(晴)委員 特審局長が常にそういう御意見を堅持し、指導せられまして遺憾なきを期します間は、そのお言葉を信じます。しかし必ずしも局長がいつまでもその御職務におつきになつておるとは考えられません。かつて東京大学のある教授がクロポトキン研究の結果を発表いたしたことがあります。これによると、人間社会は、支配せず、支配せられず、ただもう渾然一如となつて融和される素質を持つているのだということ、すなわち人間がさように進化する必然性があると論じた、ただそれだけである。クロポトキンの理論を紹介して、そうしてその必然性を説いたのであります。ところが、これは政府機構や権力を否定し、統治を破壊するものだといつて、朝憲紊乱罪として刑事上の処分を受けた例は、判例にちやんと残つております。いわんやその実現の正当性もしくは必要性を主張した文書印刷云々、所持云々ということになりますと、恐ろしく広い範囲で、学問や研究の自由を奪われてしまうということにならざるを得ないと考えますが、政府の御所見はいかがでございましようか。
○關政府委員 お答えいたします。ロの規定でありますが、これは文書、図画を印刷し頒布するその行為をなす者が、この号イに規定する行為の実現を容易ならしめ、そういうようなことが早く実現するようにという目的、意欲が本人にまず第一に必要なわけであります。そしてその印刷し頒布しようとする文書自体の中に、日本において内乱が起る、その実現は正当なのだ、それは当然必要なのだということを明らかに主張してある、さようなことが要件になるわけでありまして、二段にしぼつてあるわけであります。たとえば前例などによりまして、こうなるというような一応の意見をつくりまして、それを文書にいたしましても、もしその人に、日本における内乱という事態が早く起るようにということを容易ならしめる意図がなければ、この項には当らないのであります。
○佐竹(晴)委員 これはきわめて重大な点でございますから、また他日を期しまして伺うことにいたします。 さらに伺つておきたいのは、昨日大西委員の質問に対しまして、特審局長は、扇動とはある意図のもとに、ある目的をもつてする場合でなければならないとお述べになりました。いわゆる扇動罪は目的罪であるのか、その目的を要すると解釈なさいます根拠は、どこにございましようか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。刑法におきまして、扇動は一つの行為でございますから、そこに行為者の主観的な要件がなければならない、不特定、多数の者に対して、中正の判断を失して、犯罪実行の決意を創造させ、または既存の決意を助長させる勢いを有する、刺戟を與えるということの認識がなければならないということを申し上げたのでありまして、特に扇動罪が目的罪であると申し上げたわけではございません。
○佐竹(晴)委員 結局、認識を必要とすれば足りるのであつて、いわゆる犯罪構成要件の内容を認識して、それでもやるというだけでいいのでありましようか、それともそれ以外に何ものかを付加すべきいわゆる目的というものが必要でありますか、いま一度お伺いしておきます。
○吉河政府委員 本法案に規定されております扇動罪には、別にただいま申し上げた以外に目的を必要としないことになつております。
○佐竹(晴)委員 先日吉田安委員の問いに対して、特審局長は、交番燒打ちの例に対して、あの交番を焼打ちせよという指示をしない程度では扇動にはならないとお答えになりました。またその後文書による扇動に関しても、これこれしかじかやれと書かない程度では扇動にはならぬとお述べになりました。しかしさように具体的に、あの交番を燒打ちせよ、こう言つたら、これはまさしく教唆で取締りが完全にできるのではございますまいか。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。扇動はただいま申し上げました通り、犯罪実行の決意を創造せしめるものでありまして、その犯罪の内容が具体的にならなければなりません。教唆は正犯に対する認識を要するのでありまして、扇動は不特定または多数の者に対して決意を創造または強固ならしむべき刺激を與える行為であるわけであります。そこにはつきりとした区別があるものと考えております。
○佐竹(晴)委員 あの交番を燒打ちせよ、自分がこう言つたら、おそらく不特定、多数のうち何人かはやるであろうと認識をいたしました場合には、どうでしよう、教唆にならぬでしようか。
○吉河政府委員 教唆にはならないものと考えております。
○佐竹(晴)委員 それはとんでもないことであると思います。少くとも私どもの理解いたしております範囲内の判例とはよほど御意見が違うと私は思いますが、論議はいたしません。 さらに第三條の二の「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対するため、左に掲げる行為の一をなす」ときは、暴力主義的破壊活動をなすものであるということになつておりますが、その中には騒擾、公務執行妨害等を包含しておりますし、またその予側、陰謀、教唆、扇動をも規定いたしております。そうなりますと、先ほど私が申し上げました一、二の点以上にさらに一層広汎な関係にわたりまして、正常なる言論や組合活動を抑圧するおそれがあるではないかと存じます。私はこの点を憂えますために、昨月の二十六日私の質疑に対しまして答弁を留保されまして、大臣よりお答えすることになつておりましたが、本日お見えになつておりません。法の解釈を前提とするものでございますから、政府委員よりお答え願いましてけつこうでありますが、ストライキやメーデー等に際し、暴行等の起ることは、これは通常あり得ることであります。これを予見し、そのような暴行行為が起り、騒擾化しても、なおストライキやメーデーを断行しようとする決意をもつて指導し、指揮をいたしました者、またはストライキやメーデーにおいて警官との衝突を引起すことが、これは通常あり得るので、今度自分がこれを指揮したならばおそらくそういう事態が起るだろう、警官と衝突して公務執行妨害に問われることがあるかもしらぬが、そういう事態が起つてもかまわぬという、いわゆる未必の故意、認識を持つた上にそのメーデーやストライキを指揮いたしますと、ただいまここに私の述べましたいわゆる騒擾とか、その他の公務執行妨害とかいつたことが、それが先ほど申し上げました「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又は反対」に関係なければいけませんが、その他の要件を満たしておるといたしまして、それが騒擾とか、公務執行妨害とかいつたものに触れまするときに、そのストライキやメーデー等の指導者はやはりこの法律によつて取締りを受け、また本法案におけるところの罰則の適用を受けるでございましようか。
○吉河政府委員 お尋ねのような場合は、本法案に触れないものと考えております。ストライキやメーデーの指揮者がなるべく事故を起さないように専任監督をする義務があるというようなことを法律で規定しまして、その義務を怠つたことについて罰則を科するというような行き方の立法例も、理論としては考えられないことはないのでありますが、この法案におきましては、そういうような立て方は一切いたしておりません。騒擾や暴動のごときものを扇動しない限り、本法案におきまして刑責を問われるというようなことはないと考えております。
○佐竹(晴)委員 これは私が法律学校に入つた当初に教わつたことでありますが、群衆の中へ自動車で乗り込んで行つた。そうすると人をひくかもわからぬという懸念があつたが、ひいてもかまわない、おれは乗るのだといつて乗り込んで行つて、遂に人をひいたならば、これは傷害殺人罪で、これは未必の故意があるとして処罰される。しかし断然自分の技能その他に信頼して、絶対に人をひくことはないという確信を持つてやつて行つた場合には、いわゆる未必の故意あるものと見られない。私どもはそういうふうに聞かされた。そこで私がここにお尋ねしようとするのは、メーデーの場合におきましても、あるいはストライキの場合においても、通常騒擾その他が伴うということがあり得る。従つて暴動化するかもしらぬということを予見し、よし暴動化してもなお遂行するという考えのもとにやつたといたしますならば、その他の條件が備わつておるといたしますと、本法に言うところの騒擾あるいは公務執行妨害のいわゆる未必の故意を持つておつたとして、本法におけるところの特別の刑罰を受け、あるいはそれを指揮した団体が行政上の規制を受けるというようなことになるおそれはないであろうかというのであります。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。ストライキやメーデーの指揮は、ただいま御質問のような群衆の中へ自動車を乗り入れるというような行為とは、本質的に違う行為であると考えております。群衆の中へ自動車を乗り入れること自体が轢殺、傷害その他の事案を巻き起す必然的関連を持つ案件であると考えておりますが、ストライキ、メーデーその他の行為が必ず暴動を起す必然的関連あるものとは考えておりません。
○佐竹(晴)委員 群衆の中へ自動車に乗つて行く場合には、これはもう殺人の意思がある、そういうふうに簡単に考えて参りますと、東京の運転手はみんな殺意を持つている。群衆の中へ行かぬ者は一人もありません。そういう極端な解釈も困るし、といつて未必の故意を持つておるのにこれを否定するものも困る。このメーデーの場合におきましても、あるいはストライキの場合においても、やはり通常起り得ることは通常判断ができるのであつて、こうやつた場合にきようは暴動が起るだろう、よし起つてもこれを遂行するよりほかない、犠牲者が出てもいいのだということを予見し、未必の故意ありと認められる程度に認識いたしておつたならば、やはりこれは問題として取上げられはしないかという危惧の念が起ります。しかし絶対心配がないと保証していただきますから、まあ一応この点はこの程度にいたしておきましよう。政治上の主義、施策を推進し、または反対するための演説会や市民大会や国民大会などは日常開かれることでありまして、その正当性を論じ、支持し、あるいは非難し、排撃をするところの新聞その他の文書戰が行れるというようなことも、毎日のように展開されておることであります。こういつたような言論戰において賛否が対立、喧騒を引起しますとも常にあり得ることであります。そこで主催者やその反対者があらかじめこれを承知の上で出席をいたしまして、そうして自分たちが予見したごとく騒擾が起つた。そこで警官がやつて来て制止をするということになると、衝突が起つて暴動化する。そういつたようなときに、その主催者というものが、騒擾が起つたり警官との衝突は、少くともこういう問題を扱うときにおいては免れ得ないという場合であつたならば、そういう客観情勢のあるものであつたならばどうであるか。先ほどは主観的な方面だけをお尋ねしたのでありますが、客観的に見て、たとえば前の米騒動の事件のごとき、そういつたような社会情勢のもとにおいて、こういうことをやればこういうようになるだろうという客観情勢に立つておる場合に、なおこれをやつたときには、やはり本法案の適用を受ける結果になるのではないでしようか。
○關政府委員 お答えいたします。御質問の趣旨は実例でありましてお答えするには、行われる條件を一応繰返しまして、そのような各場合においてお答えしようと思います。 米暴動のような場合に、米の配給とかいろいろな問題につきまして、各種の文書戰が行われる。そうしてそれにつきまして、ある主催者がありまして会議を開く。そうしてそういうような状態のもとには、各地の米暴動の、こういうことをやれば必ずこういうことが行われるというような、ある社会的な條件がそこにある。その場合に、そういうことを予見して、そういうことが起きても、それを遂行しようというような——そういう各地に暴動が起つた。ここでも開けば必ず暴動が起きるというような條件を限定いたしてみて考えてみまする場合に、この法律との関係においてどうなるかという問題があるわけであります。その場合におきまして、その主催者が、はたしてここにいう団体に当るかどうかという問題が一つ生じて来るわけであります。たまたまあつちでもやつているから、ここでもひとつやろうというふうに、数人が單に一時的な意味において結合して、まだここにいうところの団体の程度にまで至らないものでありまするならば、それはすべてこの法案の関する問題ではないのでありまして、きようなシステムによつて衆を集めたところが、予期通りそれが暴動化した。そうして騒擾になつたというのでありますと、これは純粋に刑法上の問題でありまして、刑法によつて律せられる問題と思うのであります。 次に問題をこの法案の線にもどして考えてみまするに、そこに団体的なものがあるかということが一つの問題になると思うのでありますが、あらかじめ数十日前から、あるいは米の配給確保期成同盟会というようなものをつくりまして、そのために数人の者が団結をいたしまして、その目的達成のためにあらゆることをやろう、そうして各地に起つておるから、このようなことをやろうというようなことを、もしその団体が意思決定をいたしまして、遂行いたしますと、その団体の行為はこの法案の対象になる場合もあるかと考うるのであります。 伺いましたお話は、右のような條件のもとにおいては、さようなことが考えられるかと存ずるのであります。
○佐竹(晴)委員 選挙運動にも騒擾がつきもののようでありまして、ある政党の党員あるいは運動員などが徒党を組んで、反対党の事務所や候補者の事務所へあばれ込んだり、あるいは演説会場へやつて来て、たたきこわしにかかつたりなどすることがよくある。しこうしてこれが政治上の一つの主義、主張を貫徹するために、相手方の反対覚をやつつけることが、一番その目的を達成するゆえんだと考え、しこうしてそこに衝突騒擾といつたようなものが起ることがよくある、こういつたような案件もみな本法案で取締ろうというのでありましようか。
○關政府委員 お答えいたします。政党に属する一部の人が、反対党をやつつけるためには、反対党の有力な指導者を殺害するのに限るというような意図のもとにやつた場合に、この法案の対象になるかというような御趣旨と存ずるのでありますが、お尋ねのような場合におきましては、問題は政党とは全然関係がない問題だろうと私は思うのであります。むしろその行為者が、従つて政党がこの法案の対象となるというようなことは全然考えられないのであります。ただ問題はそれらの実行行為者が刑法の規定に従つて処罰されるというだけの問題が生ずるのだろうと思うのであります。
○佐竹(晴)委員 いま少しく、それでは一つ事例をかえて聞いてみるといたしましよう。かりに政府のお考えになつておるような暴力主義的破壊活動をする団体があるといたしましよう。それがかりに政党であつたとする。その破壊活動を阻止いたしますために、今度はその反対の主義、主張を持つておるものが、向うの事務所や演説会やその他へあばれ込む、そうして向うさんのなすところの破壊活動を阻止するために、こちらがさらに別個の破壊活動を起すといたしますと、そのあとの方の破壊活動もやはり破壊活動ということになつて、本法の規制を受けるというようなことになるでありましようか。
○吉河政府委員 お答えいたします。実はそういう事態の発生することを予防したいというのが、この法案のねらいでございまして、破壊活動を団体活動としてやつた団体は、いずれも破壊団体となるのでございます。
○佐竹(晴)委員 この際聞いておきますが、暴力主義的破壊活動というものが犯罪であつて、そういうことはいけないということになりますと、それを阻止し、それを防衛する行動に出たものは、これは正当防衛として処罰を免れるのじやないでしようか。しかしもしそれを正当防衛で許されるということになると、党と党との私闘ということになる。私闘というものが許されるか、これは相当微妙な問題だと思いますから、ひとつ十分に、もしそこで即時お答えができなければ、あとで総裁の御意見を聞いてお答え願いましてもよろしゆうございます。十分な確信をもつてお答え願つておきたい。
○清原政府委員 お答え申し上げます。暴力的破壊活動を行う団体があるといたしましても、これに報ゆるにさらに暴力をもつてする——本法案の規定のごとき破壊活動をなす場合は、刑法所定の正当防衛とは認められません。従いまして前段の破壊活動をなしたところの団体はもちろん、それを阻止せんとして、さらに破壊活動をした後者の団体、ともに本法案に触れるものと思います。
○佐竹(晴)委員 それではこう聞いていいのですか。暴力主義的破壊活動をする場合には、これに対して正当防衛を行使する権利はその場合に限つてない、こう解釈していいのでしようか。
○清原政府委員 お答申し上げます。個人間における暴力による実力救済は許されぬのであります。ただ刑法所定の正当防衛権の行使し得るのは——御説明申し上げる必要もないのでありますが、きわめて限定せられた條件でありまして、今御説明のごとき場合においては、單に向うの活動に対してただちに実力をもつてこれを阻止する、そういう一般的の御質問でございまするから、そういう場合には刑法の正当防衛の適用される範囲はありません。ほとんどありません。
○佐瀬委員長 その点は国家のための正当防衛が許されるかどうかという理論の問題もあるようでありますが、なお佐竹委員が指摘したように、かなり重要な問題も含んでおるようでありますから、政府において十分御研究の上に、後日説明あらんことを希望いたします。
○佐竹(晴)委員 政党の話をいたしましたため、最初の質問に対してぴんとした答えがなかつたので、少し飛躍したお尋ねをしたのであります。ひとつあとへもどしまして、先ほど選挙運動のことを話しておりましたから、公職選挙法を中心とした点を少しお尋ねいたしてみたいと考えます。 公職選挙法には、選挙の自由妨害として、暴行その他による自由の妨害、職権濫用による妨害等を規定いたしております。また選挙事務関係者に対する暴行脅迫を規定し、選挙会場等の騒擾をも規定いたしております。ついで多衆集合による選挙の妨害、これは選挙人、候補者等に対する多衆集合による暴行脅迫、投票所、開票所における騒擾、多衆集合して投票、投票箱その他関係書類の抑留、毀壊、奪取等を規定し、ここで選挙妨害に関する扇動罪の規定も設けております。この行為中には、本法第三條に該当するものも含まれておると思いますが、もし含まれておるといたしまするならば、本法と公職選挙法の罰則、これは特に罰則についてでありますが、どういう関係に立つか、いずれによつて処断されるか、公職選挙法の方が重いものがあります。又軽いものもあります。それで、きめるならばこれは一律にきめなければならぬのでありますが、一律にきめますと、たいへん都合の悪いものもでき、その間統一解釈があるならば、ひとつ承つておきたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。この條文と本法との関係につきましては、まだ研究もいたさないでおる次第でありまして、明確なお答えはいたしかねる次第であります。ここに掲げる犯罪と、本法に規定するものとは、場合によつては一所為数法のような関係になり、場合によつては併合罪のような関係が成り立つかと思いますが、なお詳細な点はよく比較検討いたしまして、お返事いたしたいと思うのであります。
○佐竹(晴)委員 この際騒擾罪の附和随行に関する扇動の関係について、いま一度政府の意思を確かめておきたいのでありますが、政府委員といたしましては、騒擾罪の附和随行に関する扇動はあり得ないとお答えになりました。それは扇動というのはその構成要件の実行者に対する扇動であつて、附和随行者というものに対する扇動ということは予想いたしておらぬというように理解いたしておるのでありますが、その通りでありましようか。いま一度これを確かめておきたいと思います。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。御質問の通りでございます。ここの法案に規定しておりまする扇動は、騒擾という構成要件の該当の犯罪が行われることを扇動するのでありまして、言いかえれば、多衆が集合して一地方の辞譲を害するような暴行脅迫をなすことを扇動することを意味するのでありまして、首魁を扇動したり、率先助勢を扇動したり、附和随行を扇動したりするというようなことは含まれないものと解釈しております。
○佐竹(晴)委員 刑法百六條の騒擾罪を見てみますと、首魁とかあるいは今言つた附和随行をする者が出て参りますし、勢いを助けるような者も出て参ります。行為をなします態様を異にはいたしておりますが、それ自体、そのことがおのおの騒擾の具体的構成要件ではないでしようか。つまり騒擾罪に参加をして、附和随行をいたしまして、この附和随行をするということがやはり騒擾罪の勢いを助け、附和随行することによつて騒擾罪が大きくなるので、その附和随行を押えるための規定でありましよう。附和随行ということそれ自体が一つの犯罪の構成要件でなければならぬと思いますが、いかがでありましようか。
○關政府委員 お答えいたします。刑法百六條のこの犯罪の規定でありまするが、これは内乱の方も同じような規定になつておるのであります。これにつきましては、私どもといたしましては、さきに局長から御答弁いたしたように、この犯罪の構成要件は「多衆聚合シテ暴行又ハ脅迫ヲ為シタル者ハ騒擾ノ罪ト為シ」——これが多衆集合して暴行または脅迫をなすという、一つの群衆犯罪として特殊な構成要件をとつた規定であると思うのであります。しこうして一、二、三というのは、それに参加したものに即応して処罰の階段を置く、かように考えるのであります。従いまして一、二、三号は、構成要件と称すべきものではない、かように考えているわけであります。従いまして、多衆集合して暴行または脅迫した、かような事実を教唆し、または扇動することが、本法案における騒擾の教唆または扇動となる、かように考えておるわけであります。この点につきましては、いろいろ学説の違うところもありましようし、また御議論の点もあると思うのでありますが、私どもといたしましてはさように考えておりまして、單に三号の附和随行者だけを教唆し、あるいは扇動した者が、ただちにもつて騒擾の罪、すなわち多衆集合して暴行または脅迫をなすものの教唆または扇動になるものとは考えていないのであります。
○佐瀬委員長 ただいまの政府の見解は、犯罪の構成要件と犯罪の類型を区別した観点の上に立つての御見解に承知いたすのですが、そういうことになるわけでありますか。
○關政府委員 お答えいたします。その通りでありまして、構成要件は、多衆集合して暴行または脅迫をなすということだと考えておるのであります。
○佐竹(晴)委員 騒擾罪と銘を打ちまして、その騒擾罪の中に、首魁、それからその他勢いを助けるとか、いろいろなことを書きまして、その騒擾罪の一番基本的なものは、多衆集合して暴行、脅迫をなすものでありましよう。ところが、それに勢いを助ける者がある。附和随行する者がある。これも全部ひつくるめて、これを騒擾罪と称しておることは間違いないと思います。特に「百六條」と書いてあります。その文字がなければいいのでありますけれども、百六條とあるといたしますならば、「百六條(騒擾)」この文字の中には、附和随行が含まれておらぬという解釈はどうしても出て来ないのです。もし百六條のうちの「附和随行」をのけるのだつたら、これを除外した百六條何号の罪となさいません限り、百六條の一号、二号、三号、全部が、百六條(騒擾)の規定ということになります。そこで百六條の騒擾に関する行為の扇動ということになりますと、附和随行者は五十円の罰金で済む。ところが、それに対しまして、金を與えて、君、出席したまえと言つて扇動したといたします。あるいは教唆したといたします。そうすると、本條で三年以下の懲役になる。附和随行して、勢いを助けて騒擾を大きくした張本人は五十円以下の罰金で、これに汽車賃を考えた者は三年以下の懲役などという解釈のおそれが出て参ります。なるほど今の解釈は、そういう不合理を防ぐがための御解釈かもしりませんけれども、それでは私どもは安心なりません。百六條(騒擾)に関する行為とお書きになりますと、この言葉のうちに附和随行というものが含まれないという根拠をはつきりといま一度承つておきたい。
○關政府委員 お答えいたします。また言葉を繰返すような次第でありますが、騒擾の罪の予備、陰謀、教唆、扇動というような行為は、多衆集合して暴行または脅迫をなす、こういう全体としてのこれを予備し、陰謀し、そうして教唆、扇動するということを意味しているものであると私どもは考えているわけであります。従いまして三号の附和随行、これだけの、お前、行けということになりますと、それは多衆集合して暴行または脅迫をなすというこの全体の要件に当らないのでありまして、私どもにおきましてはさように解釈いたして立案いたした次第であります。
○佐竹(晴)委員 立案のお気持はわかりますが、これが法律となつて出て参りましたときには、附和随行がのけられているという根拠はどこからもおそらく出て来ない。大勢のものが集まつたときに、教えられて来たとか、あるいは汽車賃をもらつたとかいつて、次から次へととんでもないところまでひつぱられるおそれがあるのじやないか。そういつたところまで持つて行く必要はちつともないのであつて、従つてそういう危惧の念を起させる必要はないのでありますから、政府としてのお考えはそうだといたしますと、これははつきりとこれを御明示なさつておいた方が適当ではないかと私どもは考えるのであります。 さらに私は進んで行政的規制に関する点についてお尋ねをいたしたいのでありますが、本案の中心問題は、破壊活動をする団体に対する規制の点であります。この問題はきわめて重大でありますが、時間の制約を受けておりますので、だんだん時間が迫つて参りますから、これをごく簡略にし、ことに各委員と政府委員との間に相当掘り下げた質疑応答が行われておりますので、その重複を避けまして、ここに若干の質疑を試みたいと思います。 まず第一に前提といたしまして、この点は概要をこの間明らかにされたようではありますけれども、十分に私はまだ理解しておりません。世耕君から予算の点を聞いておつたようでありますが、公安審査委員会、公安調査庁の機構、規模、公安調査官の資格、身分、並びに委員会と調査庁との関係等、こういつたことをひとつ承りたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。まず公安調査庁の組織であります。法案に規定してありますごとく、公安調査庁は法務府の外局として設くるのであります。外局の権限は、国家行政組織法によりまして定まつておりまして、この組織法によつて定まる権限のほかに、公安調査庁におきましては、この法案による団体規制のための調査と請求の事務を扱うことになるのであります。 機構といたしましては、長官が一人おりまして、その下に一人の次長を置きまして、中央には三つの部を置くのであります。総務部と、調査第一部、調査第二部、その下に所要の課を置きまして、それぞれ事務を分掌せしむることになるのであります。それが中央の機構でありまして、そのほかに、公安調査庁においては地方支分部局を置くことになつているのであります。地方支分部局は、大体今の高等検察庁所在地に公安調査局というものを置くのであります。公安調査局のないその他の府県に四十二の地方公安調査局を設置いたしまして、この全体に約千六、七百程度の職員を配置いたしまして、その事務を途行いたしたいと考えているのであります。そのほかに、調査庁の職員の資質の向上、その訓練の強化をはかるために、特別に本庁に公安調査庁研修所を設けまして、職員を常時ここに收容いたしまして、この法案の実施につき遺憾なき教養、訓練を施したいと考えているわけであります。これが公安調査庁の機構の概要であります。 次に公安審査委員会でありますが、これは委員は、委員長外四人の委員をもつて組織するわけであります。これも法務府の外局として設置いたしまして、今申し上げた委員は、法務総裁がそれぞれ両議院の同意を得て学識経験あるところの各界の人材をここにお迎えして、委員会のりつぱな構成をいたしたいというふうに考えているわけであります。委員の下に三人の委員補佐がおるわけであります。三人の委員補佐は、委員の指揮命令を受けまして公安調査庁より送つて参りました事案につきまして、委員の命を受け、委員と協力して下調べをいたしまして、委員の公正なる審査判断の資に供する、かようになつているわけであります。かように公安調査庁と公安審査委員会を法務府の外局として設置いたしておきまして、この団体規制の事務は、規制のための各種の証拠を収集して各種の調査をなすこと、そうして規制のために決定をなすこと、こういう二つの事務を分離いたしたのであります。これは自分のところで調査いたし、さらに決定までいたすことになりますと、そこに権限が非常に集中いたしまして、とかく専断に流れやすいのであります。そこで決定の事務と調査の事務を分離いたしまして、調査の事務は公安調査庁においてこれを担任し、決定の事務は公安審査委員会においてこれを担任する、そして一方の公安調査庁の請求がなければ審査委員会においては決定の発動はなさない、また公安調査庁は自分のところではどうしてもできない、かようにいたしまして公正に事が行われるようにいたしたのであります。公安調査庁には公安調査官というものを置きまして、各種の調査、団体規制のための証拠資料の収集の事務を担任いたさせることになつておるのであります。公安調査官は公安調査庁の職員の中から必要な訓練と所要の教養を経た者を調査庁の長官が任命する特別なる職でありまして、本法案の重要性にかんがみまして、十分なる訓練と教養を経た者に調査官の職を與えることにいたしておるわけであります。調査官は純粋に公安調査庁だけの職員でありまして、公安審査委員会の方には全然関係のないものであります。
○吉河政府委員 なお補足して御答弁申し上げます。先般来申し上げている通り、公安調査庁はその主体は現在の特別審査局を基礎としまして、これを発展させたいと考えておるのであります。これに要する予算につきましては、目下法務当局として大蔵省と折衝中であります。先般も申し上げたのでありますが、大体経常費としては四億円前後の金を見込んでおるわけであります。いろいろ調査その他の費用も加わりまして、これは初度設備の費用であります。
○佐竹(晴)委員 結局この審査委員会の方では補佐役三人、それに下調べさせるというような程度で、これはやはり公安調査庁に集中をされておることがきわめて明確であります。公安審査委員会というものは名目だけで、実は十分なスタッフもお持ちにならず、結局公安調査庁のすえぜんを食うといつたような程度のもので、公安調査庁が調査研究をなさいました書類を書面審理して、そうして盲判を押す、こういつたような結果になるではなかろうか。御説明ではりつぱな独立の外局である、機関である。そうして国会の承認を得たところの有能達識の士をもつて充てるのだ、何人の制肘も受けずに、独立して決定権を行使するのだ、これは言葉だけはさようにおつしやるけれども、実際は結局公安調査庁の御意見通りに盲判をつく機関、いわば外部に対する申訳の機関というようなことになるおそれはないでありましようか。
○關政府委員 お答えいたします。この点につきましては、すでに数回総裁よりお答えした点でありますが、委員になつていただく方々につきましては、国会の御承認のもとに各界の有能達識の方々になつていただくような次第でありまして、すべて独立自由、準司法官的な立場において判断していただくわけでありまして、決してそのようなことはないものと信じておる次第であります。
○佐竹(晴)委員 独立の機関とおつしやいましたが、たとえば公安調査庁も一行政庁でございまして、一般行政庁同様、世相や時の政府の動向に左右されるということは当然のことであります。これが政略的に利用され、政府と反対の立場にある者が常に制圧されるおそれのあることはいうまでもなく、これは單なる御説明だけでは容易に安心することができないのであります。むしろこれは司法裁判所の判断に委する方が国民に対してははるかに安心感を與えるではなかろうかと思うのでありますが、どうでございましようか。
○關政府委員 お答えいたします。この団体規制事務を行う機関の構成につきましては、次のような考慮からこの制度をとつた次第であります。この団体規制の事務は、政府といたしましては純然たる行政事務であつて、政府の責任においていたした処置に対して、適法なりや違法なりやを司法裁判所によつて判断する、これが行政権と司法権を対置させた憲法の精神に合致するものである、さように考えておる次第であります。さような前提のもとにおきましてこの機関を二つにわけて行う、かように考えて二つの機関を対置させた次第でありまして、現行の各部の行政処置をなす立法例などから見まして、この制度が最も適当なるものであると考えてさようにいたした次第であります。
○佐竹(晴)委員 時間が迫つて参りましたのと、他の発言者もあるようでありますから、私は行政的規制については、せつかくの御説明でありますが、その根本的な根拠等についても納得できず、また私どもとしての考えもありますが、議論になることを避けまして、また適当の機会に譲ることにいたします。 時間がありませんからごく簡單に一、二お尋ねいたしておきたいのは、第四條の三に「特定の役職員又は構成員に当該団体のためにする行為をさせることを禁止する」かようにございますが、この禁止処分は、団体に対して通告をいたしますと、そういう役職員や構成員に通告をせずとも効力を生ずるのでございましようか、また役職員の代表者なら代表者の一人に通告することによつて、団体並びにその構成員に対しても効力を生ずるという趣旨でございましようか。
○關政府委員 お答えいたします。第四條は規制の処分でありまして、処分の通告は第二十三條にあります通り、決定は、公安調査庁長官及び当該団体に通知しなければならない。 前項の通知は、公安調査庁長官及び当該団体に決定書の謄本を送付して行う。 決定は、官報で公示しなければならない。」かような取扱いにいたしておるわけでございます。従つて四條の三号のこの決定も、当該団体に通知され、同時に官報に公示されるわけであります。団体といたしましては、その通知を受取りますれば、おそらくその理事長の行為といたしまして、特定の役職員その他に通知を出すことと考えるのであります。これと違反との関係でありますが、違反はもしかりに特定の役職員その他がその通知そのものを知らなかつたならば、そこにやはり犯罪が構成するとは考えられないのでありまして、そういう通知かあつたことを特定の役職員が知つてこの処分に反するということになりますと、四條の二項の違反になる、かようなことに考えるのであります。
○佐竹(晴)委員 この二十三條に「通知しなければならない。」とありますので、通知をいたしましたが、それが到着をしなかつた場合、つまり民事訴訟法にいう送達不能であつた場合効力が生ずるかどうか。それと、その「決定は、官報で公示しなければならない。」とありますが、通達と公示とどちらによつて効力を生ずるか。
○關政府委員 お答えいたします。委員会の決定の効力の発生の時期につきましては、第二十四條に規定してありまして、第二十四條の第一項の第二号によりますと、「第四條第一項又は第六條の処分を行う決定は、前條第三項の規定により官報で公示した時」にその効つ力を生ずる、かようなことになつておるのであります。
○佐竹(晴)委員 私のお尋ねしたいのは、二十三條第一項の通告がされなかつたのに決定が公示された、そういつたときでもなお公示だけで効力を生じましようか。
○關政府委員 お答えいたします。二十四條の規定によりまして、官報の公示だけで決定は効力を生ずるものと考えておるのであります。
○佐竹(晴)委員 そういたしますと、この「当該団体に通知しなければならない。」ということは、ほとんど意味をなさぬことになつて参るのじやないのでございましようか。
○關政府委員 お答えいたします。手続を進める必要から、また画一的に効力発生の時期を確定する必要から、決定は官報に公示したときに効力を生ずるというふうに規定いたしたのであります。また第二十三條の一項は、これは單なる訓示規定ではありません。やはり当該団体をできるだけの調査をいたしまして所在を確かめ、そしてこれに通知をする、こういうことに相なるのであります。もし十分わかつていて、通常の手続によつて通知することができるにもかかわらず通知しなかつたことになりますると、この決定の効力につきまして訴訟によつて争い得るものであると考えるのであります。
○佐竹(晴)委員 行政的規制については、権利の濫用並びにそれによつて侵害された団体その他の役職員、構成員等に対する救済の方法等について、なおもつと徹底的にお尋ねをいたしたい点がございますが、時間がありませんので、時間が許されまするならば他日これをお尋ねいたしたいと存じます。 なお昨月二十六日に法務総裁にお尋ねをしておきました治安確保に関しまする法制の一環といたしまして、集団示威取締法、ゼ・ネスト禁止法、プレス・コード立法化等については、その後一向にお答えがございません。一体どういう構想のもとにどういう方法でやろうとしておるのか、またやらないのか、これもきわめて近い機会に御答弁を願いたいと存じます。並びにこれもその際お尋ねをいたしたのでありますが、治安関係の行政機構改革の問題であります。これは木村総裁が総裁になるその前後から相当重大な問題になつておりましたが、一体治安機構をどういうふうに持つて行こうとなされておるのか、これも大臣よりなるべく早い機会にお答えを願いたいと存じます。 時間がございませんので、私はこれで打切ります。
○佐瀬委員長 世耕弘一君。
○世耕委員 政府委員の方々もお疲れのようでありますから、私は六時まで数点にわたつて簡單にお尋ねする予定でございますから、そのおつもりでお答えを願いたいと思うのであります。 最初にお尋ねいたしたいことは、第三インターナシヨナルの共産主義団体が日本の国内である団体と呼応して活動を開始した場合に、この法律のどれによつて取締られるかという問題をまず承つておきたいと思うのであります。
○吉河政府委員 本法案は、日本国内におきまして外国人が団体を結成して活動する場合に、それが破壊的団体と認められる場合には、当然行政上の規制がかけられると考えております。
○世耕委員 いわゆる世界共産主義なるものが日本の暴力革命をやる共産主義者と呼応して、その活動を援助するために資金あるいは物資あるいはその他あらゆる方法に基いてこれを援助するか、した場合、この第三條をもつてそれが取締れるかどうかもう一度伺いたい。
○吉河政府委員 お答え申し上げます。内乱につきましては、刑法にその施行の範囲について規定がございまして、第二條に「本法ハ何人ヲ問ハス日本国外ニ於テ左ニ記載シタル罪ヲ犯シタル者ニ之ヲ適用ス」、第二項としまして、「第七十七條乃至第七十九條ノ罪」の規定がございます。当然さような国外における活動内乱を援助するような活動は、刑法の適用があると考えるのであります。外国にある団体に対しては行政上の規制は加えられないという建前になつております。
○世耕委員 世界共産主義運動は世界的な革命運動であり、その目的とするところはすなわち不信、欺瞞、あるいは他の団体、あるいは官庁とかその他へ潜入し、あるいは諜報、サボタージユ、テロ行為ということが世界共産主義運動の大体の形式でありますが、さような形式が結局あらゆる形において日本の革命運動を成功に導くということは予想できるのであります。そこでこの間も新聞に一部報道されましたが、たとえば診療所の医者が、看護婦が、あるいは薬剤師がこれに参画して、しかもその施設を活用して破壊活動を容易にせしめている。あるいは目的達成に協力しているというような場合が、現実の問題として現われて来ているのでありますが、かような場合は今御指示なさつた刑法の適用で十分間に合いますか。但しは今日のこの法案をもつて適用するお考えであるかどうか、かように私はこの点疑問を持つのであります。
○吉河政府委員 本法案に規定する破壊活動の内容でありまするが、刑法に所定の各犯罪につきましては、刑法総則として従犯の適用もあるものと考えております。またかような団体がこの法案に規定されたような破壊団体と認められる場合に、当然行政上の規制が加えらるべきものであると考えております。
○世耕委員 行政的というお言葉がちよつとはつきりしないのですが、この法律に当てはまると、こう解釈してよろしゆうございますか。
○關政府委員 お答えいたします。この法案の規定は団体の規制という行政処分が行われる限りは、団体としてさような活動が行われるということが條件に相なるわけであります。従いまして、もしある団体がありまして、さような医療の施設その他に従事する構成に対しまして、団体の方針としてかようなことをいたすということをはつきり打出しまして、そうして各種の計画をいたし、各種の施策を推進いたしまして、その統一的団体の方針のもとにさようなことをいたしますと、やはりそのような活動はこの第三條に規定する内乱の予備行為、あるいは陰謀ないしはこの実行行為というものに対する結合した一つの幇助の犯罪になるのじやないかと考えます。従いましてそのようなことが団体の活動と認められまする限りにおいて、この規制の條件の一つに該当する関係がそこに生ずるというように考えたわけであります。
○世耕委員 この法規がただ破壊活動を防止する一つのかかしのような役割をするならば、ある場合はある程度見のがして大目に見ていてもいいところもありますが、破壊活動を根こそぎすくいとつて撲滅するのだということについては、相当私は抜け穴があると思う。一例を申し上げてみれば、たとえば団体ということを目標にして政府が説明をなさつているけれども、団体という形でなくて団体活動することが実際問題として考えられる、ばらばらになる、いわゆる集団的でなしに今度は分散的な活動を開始する場合、あらゆる形で現われたときにどういう方法でこれを押えて行くかということが問題じやないかと思う。アメリカの材料並びに文献をいただいたものやその他のものを調べてみますと、相当綿密にこの範囲が限定されているのでありますが、われわれの手元にただいまお出しくださつている法案では、その点はなはだあいまいな点が非常に多い。ある意味においては人権蹂躙等の問題も起つて来ないとも限らない懸念が多いように思うのであります。これは適当な例ではないと思いますが、ごく適切な一つの例といたしまして、日本共産党が外国の第三インターナシヨナルの指導を受けて、あるいは資金を提供される、あるいはその他の援助を受けて活動しておつた場合にどう取締るか、これはどの法案をもつてお取締りになるかということが想像できるのであります。 時間を節約する意味においてもう一つお尋ねいたしておきますが、第三インターナシヨナルの性格と日本共産党の性格にどれだけの差があるか、どこに一線を画して引くのかということも、これをわれわれが検討しておく必要があるじやないか。これはあらためて共産党の諸君もお尋ねするだろうと思いますが、一応念のためお尋ねしておきたいと思います。
○關政府委員 お答えいたします。ただいま御引用になりましたアメリカの国内安全保障法の禁止規定は、外国の支配によつてアメリカ合衆国に全体主義的独裁制を樹立する活動というふうに、その活動に関する広汎な行為を禁止している。かような御趣旨の点だろうと思います。この法案におきましては、そのような主義というようなことはとらずに、一に外に出た外形的な行為によつてこれを押えて行くという考え方をとつたのであります。これがむしろアメリカのその方の法案に比較いたしますと安全確実なる方法である。しかも一般の人権の侵害に対して濫用というようなことは考えられないような性格の方法であると考えられるのであります。御承知のごとくに、治安維持法におきましては、国体を変革し、私有財産制度を否認するという目的、いわば主義的な目的を犯罪の中心といたしまして、その目的遂行の行為というふうにつけ加えておるのでありまして、それが今から見ますと広汎な思想の統制、禁圧にまで発展したものと思うのであります。この法案におきましてはフアシズムであろうと、あるいは共産主義であろうと、あるいは資本主義であろうと、あるいは統制主義であろうと、修正資本主義であろうと、その主義のいかんは問わないのであります。さようなものはすべて憲法のもとにおきまして自由なるものである。思想の自由については絶対にこれを侵してはならないという一線を画しまして、すべて外に現われた行為によつてこれを評価する。危険なる行為を取上げてこれを規制する、そうしてその行為の分につきまして最小限度の罰則を設ける、かような考え方をとつているわけであります。
○世耕委員 そうしますと、第三インターナシヨナルの定義と日本共産党の定義をもう一ぺん簡單に定義づけていただけませんでしようか。
○吉河政府委員 かつて第三インターナシヨナルという団体が存在しておりまして、世界各国の共産党をその支部としており、本部をモスクワに置いておる。宣言、綱領、規約等も発表されておるのであります。ただいまその資料を用意しておりませんので、後日資料を整えまして提出したいと考えております。
○世耕委員 予定の時間を過ぎましたから、私はあとの質問を残して一点だけお尋ねしておきますが、第三インターナシヨナルの主たる目標は世界革命である。しかもその世界革命の本部というものがいずれかにあつて、その本部の指令、指導、保護によつて世界革命を行うということになるわけであります。それが定説だと思います。そういう関係から自然独裁制であり、われわれのいう民主主義とか自由主義とか、民族の決意によつて新たなる独立した政治を行わんという意義を打たないということが、明らかに区別できると思うのであります。しからば日本共産党はこれに類似しておるのであるか、あるいはそういうことに全然関係がないのであるかということが、今後のこの法案を審議する上において重大なるポイントじやないかと私は考えるのであります。ことに往々誤解を生ずるのは、共産主義思想それ自身は批判すべき何らの理由がない。ことに日本においてはりつぱな政党として認められておるのだから、この点については論議する余地はない、私はかように思うのであります。その第三インターナシヨナルのテーゼと日本におけるところの共産主義のテーゼとの間に区別があるにもかかわらず、同一に解釈される傾向があるのであります。これを要約して申しますと、共産主義を奉ずる世界的な観念を持つ者の大平は、祖国を日本以外に持つということにある。こういう関係からアメリカではいわゆるアメリカの祖国の忠誠を外国に売るものなりとして、非常に嚴格な処罰規定があるように私は承知いたしておるのであります。こういう見解から日本におけるところの共産思想のあり方、当然この法案提出の建前から政府側には確固たる見解があつてしかるべきだ、かように私は考えるのであります。これはある意味において共産党の代弁になるかもわからぬ、政府側の所信をはつきりここで聞いておきたいのであります。過般来公述人等の意見を聞きましたが、これは共産党を対象にしておるのじやないか、むしろ共産党を取締るとか、あるいは共産主義を取締るという名目が正しいのじやないかといわれるまでに目標になつておるのであります。この見解をむしろ明確にしていただく方が法案通過の上に便利じやないか、かように私は考えるのであります。
○關政府委員 お答えいたします。御引用になりましたアメリカの国内安全保障法が、冒頭におきまして、共産主義運動の世界的危険、世界的な関連を持つた共産主義運動の危險ということを十数項目にわたりまして強調し、その現実を認めまして、国内のみならず国際的な厖大なる力を持つておる共産主義運動の危險ということを強調し、その前提のもとに外国の指導によるところの全体主義的独裁制を樹立することに関する各種の政治的行為を取締るということは御指摘の通りだと思うのであります。(「アメリカはフアツシヨになつておるということがいわれておるじやないか」と呼ぶ者あり)たとえて申しますならば、昭和二十五年一月のコミンフオルムの批判というがごとき、何がしの外国からの影響というもののあることもすでに御承知の通りと思うのであります。現下の事態におきましては、先ほども申しましたように、すべて外部に明らかになりましたところの暴力主義的なるところの行為、この行為を基準として団体を規制し、必要なるところの措置をとる、これが憲法の精神に最も合し、人権を最小限度に必要やむを得ざるところの制限の範囲にとどめる道であると考えまして、かような立法をとつた次第であります。
○世耕委員 最後にもう一点だけお尋ねしておきますが、外国の使節に対する随員あるいは国際関係団体の者あるいは貿易使節団に随行して来ていろいろな宣伝とか、あるいは国際団体を結んでその団体を有利に活用して破壊活動を助成するというような問題も考えられるのでありますが、その取締りはどの條文に当てはまるか、やはり三條に包含されるのであるかどうかということ、それから具体的なこととして申し上げたいのは、たとえば勧告とか教導とか唱道とか助言とか建言とか助成とか信奉とかいうような言葉、これが扇動、教唆の範囲内において使われるかどうか、さような場合はどの條文に当てはめてお取締りになるか。もう一つは支持という言葉があるし、また支援という言葉がある。これも巧妙な使いわけをすれば使いわけられると思う。支持、支持者というような特殊な用語を日本でも使う場合があろうと思います。これが相当有力な活動を開始するのです。そういうようなものに対してはどういうふうなお考えをもつて臨まれるか。それからもう一つは、これはアメリカにもあるように説明がありましたが、共産主義戦線団体——コミユニスト・フラント・オルガニゼーシヨンというのと、共産主義団体すなわちコミユニスト・オルガニゼーシヨンというのは、アメリカでは同一に解釈して、非米活動の対象としておるようでありますが、日本ではこういうところまでこまかく区別して研究されておるかどうか。とにかく過般来各委員より熱心に教唆、扇動等について質疑応答があつたと思いますが、その教唆、扇動という言葉では言い表われないような、支持とか唱道とか助言とか建言とか協同とか勧告とかいう別な意味の活動の範囲が、教唆、扇動の中に相当現われて来るものと思うのであります。そういう場合はその他という言葉が当てはまるのかどうか。法文にはありませんけれども、それに準ずる何か適用の範囲がおありになるかどうか、承つておきたいと思います。
○關政府委員 まず第一点の外国人が日本に来まして各種の破壊活動をした場合にどうなるかというお尋ねの点でありますが、この点につきましては、現在の日本と諸外国との関係は、各国別にきわめて複雑な関係になつておるのでありまするが、これを要約して簡單に申しますと、国際法上の見地から見まして、日本に裁判権がある場合におきましては、その外国人に対しましては、日本の法律が適用され、当然この刑法を初め各種の罰則の適用があると考えているわけであります。そういたしまして、お尋ねの支持であるとか、あるいは教唆であるとか、使嗾であるとかいうようなこの語でありますが、お尋ねのような言葉は、わが国の立場におきましては、おおむねの場合は教唆または扇動というようなことで解釈できるのではないかと考うるのであります。世耕先生は多分アメリカの各種の法律にこまかくいろいろな言葉をあげて書いてあることを御指摘になつたと思うのでありますが、アメリカにおきましても、すでに憲法制定前の原則によりまして、この各條に掲ぐるようなかような重き罪につきましては、その扇動罪は当然に処罰されているのでありまして、その点につきましては、アメリカの事例は私どもが想像する以上に言論のいわゆる自由はないのであります。ここに第三條に掲げるような行為、重き罪につきましての扇動罪というものは、憲法の制定される前からすでに犯罪として規定されているのであります。これは英国においても同様と私どもは聞いておるのであります。そこでその扇動のほかに、最近できましたスミス法であるとか、あるいは国内安全保障法のごとき、扇動のほかに、教唆があるとか、支持があるとか、使嗾であるとか、あるいは唱道であるとか、さまざまな言葉をここに使つております。それは私もこまかく研究したのではありませんが、大体私どもの知つているところでは、要するに行為者が各種の遁辞を設けて免れるというようなことがあつてはいかぬから、各種の辞典に基いて各種の用語を使つて精細に規定して各種の遁辞を全部防ぐ、さような立場から精細な規定をしているように考えられるのであります。このようなことも一つの考えでありますが、日本の今日の段階におきまして、また今日の各種の法律体制から見まして、一応かような教唆、扇動というような規定をもつて、十分にまかない得るものではないかと考えるものであります。
○世耕委員 最後に団体の意義についてでございます。公認団体は問題はないと思いますが、非公認の場合、あるいは秘密結社、あるいは秘密団体、あるいは細胞組織というような場合の団体の解釈はどういうふうになさいますか。これはどなたかから質問があつてお答えがあつたならば、私はそれでけつこうだと思います。
○關政府委員 この法案における団体と申しますのは、もとよりその団体が法律上の人格があるかいなか、あるいは何々会といい、あるいは何々協会といい、何々組合という名称のいかんを問わないのであります。またそれが今お言葉のような公然とそこに現われているか、あるいはいわゆる陰に隠れているかというようなことも、問うところではないのであります。要するに特定の共同目的を達成するために多数人が継続的に結合している、かような実体を備えますならば、その現実をキヤツチいたしまして、これを団体と観念しておるのであります。
○佐瀬委員長 本日はこの程度にとどめ、次会は明十日午前十時より開会いたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後六時十七分散会