文部委員会 第20号
- 発言数
- 48 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1952/05/08
会議録
○竹尾委員長 ただいまより会議を開きます。 日程の順序を変更いたしまして、まず若林義孝君外二十二名提出、産業教育振興法の一部を改正する法律案を議題といたします。提案理由の説明を求めます。若林義孝君。
○若林委員 ただいま議題となりました産業教育振興法の一部を改正する法律案につきまして、その提案理由を御説明申し上げます。 産業教育振興法は、御承知の通り、さきの第十国会において成立したのでございますが、これが実施後の状況にかんがみまして、この法律の目的を達成するためには、さらに次の諸点につきまして改正を加える必要があると考えられるに至つたのであります。 その第一点は、第三條の「(国の任務)」の内容が、地方公共団体に対する奨励ということに重点が置かれ、国自体の責任として、国立の学校等に対する任務のあることが明瞭を欠く形となりまして、誤解を生するおそれがありますので、この点を修正し明示しようとするものでございます。 第二点は、「第三條の二」として新たに條文を起しまして、学校における産業教育関係の実験実習から生する収益を尊重し、これを従来の予算の外にそれだけ増額して、その実験実習に必要な経費、またはその実験実習に従事する生徒、学生の厚生経費に充て得るようにしようとするものであります。と申しますのは、産業教育は実験実習が生命でありますから、その効果を十分ならしめるためには、これに相当の経費を充当しなければならないのでありますが、現在これに対する予算は、一般にきわめて不十分であるばかりでなく、実験実習から生する収益は、国または地方公共団体の収入に組み入れられ、どの程度学校または生徒のために還元支出されるかは不明でありまして、生徒、学生の努力の意欲をそぐことはなはだしく、中にはこの収益予算を過大に見積られる結果、教育上幾多の弊害を見つつあるのであります。また一面には、生徒自身も実験実習のために、被服、器具、あるいは消耗品費等、相当大きい負担を余儀なくされるものであり、夏季においてはまた著しい空腹を伴うものであります。これは特に農、工、水産の学校において著しいのであります。これらの事情に顧みまして、この収益をなるべく多くその実験実習のための経費、さらに進んでは生徒、学生のための厚生費に充て得るようにいたしまして、実験実習の教育効果をできるだけ高めようとするものであります。 次に第三点は、「第三條の三」といたしまして、産業教育に従事する教員の資格、定員及び待遇に関し、特別の措置を講ずることを規定するものであります。産業教育は技術教育が重要な部分を占め、実験実習に重点が置かれておりますため、すぐれた技術と経験とを持つ教師を、比較的多数必要とするのでありますが、現在その資格、定員及び待遇について特殊性がなお十分に認められておらないのであります。そのため他の学科に従事する教員に比して、その勤務内容も、また時間的にも苦労が多く、優秀な教員がなかなか得がたいのであります。産業教育の振興のためには、優秀な教員を得ることが最も重要なことでありますので、これらの特殊性に応じた特別の措置を講ずる必要があるのであります。ただその具体的な措置については、幾多の法令の改正にまたなければなりませんので、ここにはまずその基本的精神だけを掲げて、今後の方向を指示することといたしたのであります。 最後に第四点といたしましては「第三條の四」として、この種教育に要する教科用図書の編修、検定及び発行等についても、特別の措置を講じようとするのであります。すなわち、産業教育はその内容が多種多様であり、これに要する教科用図書はその種類がきわめて多いのにもかかわらず、その各種教科書の所要部数は比較的に少いのを常としております。このために、その編修、検定及び発行には特別の措置を講じなければ、部数の少い教科書は多くは発行されず、たとい発行されても、その価格ははなはだしく高価となり、教育目的を果す上に、著しい支障となるのであります。 以上その主要な点について申し上げたのでございますが、各位の十分な御審議をいただきまして、なるべくすみやかに本法案を成立せしめられますようお願いする次第であります。
○竹尾委員長 本法案に対する質疑は、次会に譲ることといたします。 ちよつと速記をとめて。 〔速記中止〕 〔委員長退席、岡(延)委員長代理着 席〕 —————————————
○岡(延)委員長代理 速記を始めて。 議事日程を追加し、義務教育費国庫負担法案(竹尾弌君外十四名提出、衆法第四〇号)を議題といたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○岡(延)委員長代理 御異議なしと認めます。よつて日程は追加せられました。 これより義務教育費国庫負担法案を議題といたします。提出者より提案理由の説明を求めます。竹尾弌君。
○竹尾委員 義務教育費国庫負担法案につきまして、その提案理由を御説明申し上げます。 申すまでもなく、義務教育は、憲法に定められた重要な国民の義務であり、同時に権利であります。従つて国といたしましても、この義務教育につきましては、その一定の規模と内容とを、すべての国民に対して保障すべき責務を負つているものといわなければなりません。そしてこの責務を果すためには、まず国が義務教育について確実な財政的裏づけをすることが何よりも必要であると考えるのであります。 従来義務教育費に対する国の保障といたしましては、義務教育費国庫負担法という法律がありました。この法律は周知の通り、地方財政において最も大きな地位を占める義務教育費を地方のみにゆだねることが、結局は義務教育の進展を阻害するのみならず、地方財政を危うくするおそれがあるという認識に基いて、昭和十五年に別に法律をもつて義務教育に従事する職員の給與を都道府県の負担とするとともに、この法律によつてその平額を国が負担することを定めたものであります。 この制度によつてそれまで教員の俸給の不拂い、遅拂い等の事態があつたものが解消され、爾来この制度は義務教育の支柱となつて来たものであります。ところがこの制度はシャウプ使節団の勧告に基いて地方財政平衡交付金制度が創設されるに及び、遂に昭和二十五年度から廃止され、現在に至つているものであります。すなわち現在は、義務教育については財政上国の特別の保障というものはないのであります。その反面、義務教育費はどうなつているかと申しますと、再三の給與ベースの改訂及び物価の上昇等によりまして飛躍的に増大しているのであります。特に教職員の給與費は、昭和二十四年当時の二倍以上となつており、都道府県の一般財源に対して三五%から四五%に膨脹し、地方税収入の七五%を占めるに至つたのであります。このため、地方公共団体独自の税収入で義務教育費をまかなうことのできるのは、わずかに九都府県にすぎず、中には義務教育費が脱収入の二倍、三倍に達している県すら少くないことが報告されているのであります。そこで、各府県間の教員の待遇及び定数はますます不均衡がはなはだしくなるとともに、全般的に低下の傾向が顕著となつているのであります。 他方学校の維持運営費につきましても、その三分の一は父兄の寄付金にたよらざるを得ないのが実情であり、しかもようやく建物はできても、その中身が伴わないのが六・三制の現状であります。これでは憲法に保障する義務教育の無償も、またシヤウプ使節団の勧告に基いて寄付金を解消するために大幅な市町村税の増税を実施した意図も、有名無実となつているというよりほかはないのであります。 さらに学校の建物につきましては、戰時中は荒廃のまま放置され、また戰災によつてその多数を失い、その上六・三制の実施によつて戰後校舎の不足は大な政治問題化したことは周知の通りでありますが、現在すでに耐用年数四十年を越えた校舎は、実に二百八十万坪の多きを数えまして、そのうち使用禁止を命ぜられている危險校舎が四十四が坪にも達しており、なお年年これが累増の傾向にあるという憂うべき状態にあるのであります。 このように重大な段階にる義務教育につきまして、その財政的な裏付けをする制度は、いわゆる六・三制建築補助及び若干の補助起債を除けば、平衡交付金制度のみという状態であり、これではとうていこの緊急の事態を解決するわけには参らないのであります。そもそも平衡交付金制度と申しますのは、ニユーヨーク州の教育平衡交付金制度の構想を、日本において地方行政全般に及ぼしたものでありまして、この制度がアメリカで成功いたしましたのは、單に財政力の相違からばかりでなく、これが教育費のみを対象としており、しかも教育費の算定も税收入の測定も容易だからであります。ところがわが国におきましては、地方のすべての行政費を対象としており、複雑な地方税体系のもとで国がその行政全般について財政上の責任を負うという制度でありますので、そこにはどうしても無理と欠陷が伴い、交付金の額の決定は常に政治問題化し、義務教育費のような額の大きい、しかも重要な経費が圧迫されるという結果を招来しているのであります。従つて義務教育費のように、憲法上国がその最終的責任を負うことを要請されており、しかも地方財政においてきわめて大きな地位を占めている経費につきましては、どうしても平衡交付金制度とは別に国庫がこれを補償する制度を確立し、義務教育の妥当な規模と内容とを国民のすべてに対して保障いたしますとともに、地方財政の安定をはかることが必要であると考えるのであります。 以上がこの法律案の提案理由であります。 次にこの法律案の骨子を申し述べますと、まずこの法律案は、昭和二十八年度から実施すべき義務教育費国庫負担制度等につきまして必要な規定を設け、附則においてこの趣旨を実現するため、昭和二十七年度についてさしあたり地方財政平衡交付金制度の特例に関して所要の規定を設けたのでございます。御承知のように、本年度はすでに予算も定まり、また国庫負担制度を実施いたしますためには、なお相当の準備も必要でありますので、このような方法をとつたわけであります。 次に逐條御説明いたします。まず第一條は、ただいま御説明いたしましたような、この法律案の基本的な理念及び目的を定めたのでございます。 次に第二條は、教職員給與費及び教材費の国庫負担について規定してございますが、その第一項には、国が義務教育費のうち、現在都道府県の負担している義務教育に従事する教員、寮母及び事務職員の給與費及び市町村または都道府県の負担している教材費につきまして、それぞれその総額の二分の一を下らない額を負担することを規定いたしております。第二項は、教職員給與費の総額の算定方法を定めてありますが、それは、教職員一人当りの給與費の平均單価に教職員の総数を乗じて算出するという方法をとつております。教職員の総数は、まず全国の公立の小学校の児童数に五十分の一・五を乗じて小学校の教員数を算出し、次に全国の公立の中学校の生徒数に五十分の一・八を乗じて中学校の教員数を算出することになつております。この五十分の一・五、一・八という数字は、従来の義務教育費国庫負担制度においても用いられて来たものでありますが、これは実際に一学級について教員が一・五人あるいは一・八人必要であるということを意味するものではなく、一学級の児童生徒数を五十人と仮定した場合の数字でありまして、実際には一学級の平均児童生徒数は小学校で四十四人弱、中学校では四十五人弱となつております。またこの教員数のうちには、校長、養護教諭、産前産後の教員及び病気、事故、研修等の補充教員も含まれているのであります。次に全国の公立の盲学校及びろう学校の小学部の児童数に十分の一・五、中学部の生徒数に十分の一・八を乗じてその教員数を算出し、また、全国の公立の盲学校の寄宿舎に寄宿する兒童及び生徒五人に一人、全国の公立のろう学校の寄宿舎に寄宿する兒童及び生徒八人に一人の割合で寮母の数を算出することにいたしております。さらにこうして算出いたしました義務教育諸学校の教員及び寮母の数に百分の二・四四六を乗じて結核教員の数を算出いたします。従来の国庫負担制度におきましては、この率は百分の一・三三となつておりましたが、その後結核教員数の増加によりまして、この率を変更する必要が生じたのであります。最後に、結核教員を除いた教員及び寮母の数に三十分の一を乗じて事務職員の数を算出いたしました。この数は大体現在置かれている事務職員の数を基準にしたものであります。 以上の算出方法によりまして算出される教職員数の昭和二十八年度の推定は、教員約五十三万四千人、うち結核教員数一万二千七百人、寮母約千五百人、事務職員約一万七千人となる見込みでございます。また、教職員給與費の総額は、昭和二十八年度におきまして約九百八十億円程度となる見込みであります。 第三項には、教材費の算出方法が規定されてあります。教材費の内容は、図書、地図、掛図、オルガン、顕微鏡、映写機、幻燈機、その他国語、算数、理科、音楽、保健体育等の各教科の学習に必要な教材教具のすべてを含み、その総額は、教職員給與費に百分の十を乗じて算出することにしてありまして、昭和二十八年度におきましては約九十八億円となる見込みでございます。 第四項は、国庫負担金の各地方公共団体に対しまする配分基準、その他その配分に関し必要な事項を法律で定めることを規定しております。国庫の負担金は多額に上り、地方公共団体の財政に重大な影響を與えるものでありますので、それを如何に配分するかは、地方税の改正と関連して考慮しなければならないので、後に法律で定めることにしたのであります。 第三條は、教職員給與費の平均單価の算定方法を規程いたしております。その方法は、毎年度国立学校の教職員の例に準じまして給料諸手当等の教職員一人当りの平均單価を合理的に算出し、これらを合算して算出するのであります。 第四條は、義務教育諸学校の校舎の建設にかかる地方債に関しまして地方財政法の特例を規定し、毎年度老廃朽校舎を順次更新できる道を開いたのでございます。まず第一項は、地方財政法第五條におきまして地方債を発行できる場合が限定されておりますので、義務教育諸学校の校舎の建設事業費は、その特例として扱うものであることを定めております。第二項は、その地方債の総額の算定方法を定めております。すなわち小学校は一・一坪、中学校は一・四六坪、盲学校及びろう学校は八・一八坪にそれぞれ全国の公立の学校の兒童、生徒数を乗じて算出した坪数を五十年で更新するものとして五十分の一を乗じた坪数を建築するために必要な額によつて、起債の総額を算出するという方法をとつております。なお、各学校の坪数は、各学校に必要な最小限度の教室その他の施設の坪数を合理的に算出し、これを兒童生徒一人当りに換算したものでありまして、盲ろう学校におきましては、教育上欠くことのできない寄宿舎の坪数をも含んでおります。かくして算出されました地方債の昭和二十八年度における総額は、約九十億円となり、毎年約四十万坪の校舎が更新できる見込みであります。第三項は、この地方債をもつてまかなわれるべき校舎の建設に関する事業計画の基準その他必要な事項すなわち危險な校舎とか、使用年数の古いものから順次地方債を認めるというような基準を法律で明確にいたしまして、地方債の効率的な使用をはかろうとしております。 第五條は、戰災及び災害を受けた校舎の復旧費について国がその半額を負耕することを規定しております。この措置によりまして、従来復旧が遅れ、義務教育の実施に支障を来していたような事態が解消されることが期待されるのであります。 次に、附則におきましては、まずこの法律のうち第二條から第五條までの規定は昭和二十八年四月一日から施行し、第一條の基本的な理念に基きまして昭和二十七年度は地方財政平衡交付金制度の特例を設けまして、第三項から第六項までにおきまして義務教育に従事する職員の給與に関する基準財政需要額の合理的な算定基準を定めるとともに、第七項において地方財政委員会が各都道府県の基準財政需要額を算定する場合には、あらかじめ文部大臣に協議することといたしたのであります。 次に、第八項におきましては、盲ろう学校の義務制が現在小学部の五年までとなつており、これが昭和三十一年に完成することになつておりますので、その経過措置を規定しております。 第九項におきましては、当分の間第四條に定める地方債のほかに六・三建築補助に伴う地方債が存続するわけでありますから、その点を明らかにいたしております。 最後に第十項におきまして、この法律の施行に伴い地方財政法に改正を加える必要がありますので、所要の改正を行うことにいたしております。 以上がこの法律案の骨子でございます。この法律案は教職員の給與費を確保することにより、教職員の生活を安定させ、教職に専念せしめるとともに、教材費の確保によりまして、校舎はできたが中身の整わない学校に教材を整備いたしまして、百億に上るPTAの寄付金を解消し、千三百万人の父兄の要望にこたえ、起債によつて二百八十万坪に上ります老朽危險校舎の解消をはかり、市町村長及び住民の熱烈な要求にこたえんとするものであります。従つて、この法律案は、最小の国費をもちまして、最大の効果を上げるものであります。独立日本の門出にあたりまして、憲法に保障された義務教育が国策の根幹であることを明らかにし、防衛力漸増と相並んで、教育文化を尊重するゆえんを中外に宣明するもので、その意義はきわめて大なるものがあると確信いたしております。 議員各位におかれましては、義務教育の重要性と地方財政の実情を十分御理解をいただき、愼重に御審議の上すみやかに御可決くださるようお願い申し上げます。 〔岡(延)委員長代理退席、委員長着席〕
○竹尾委員長 本法律案に対しまする質疑は次会に讓ることといたします。 —————————————
○竹尾委員長 次に、学校教育に関する件を議題といたします。この際文部当局から発言を求められております。これを許します。稻田大学学術局長。
○稻田政府委員 先般五月一日のメーデー当日の事件につきまして、その前後の経過の概略につきまして、ごく簡單に御説明申し上げます。 最近学生運動の一つの著しい傾向といたしまして、全学連の影響を受けます一部学生の行動があつたのであります。その数は必ずしも多くないのであります。むしろ各大学学部におきましては非常に少数であり、全般の学生とは非常に遊離したような存在ではありますけれども、その行動が漸次尖鋭化して参つたのを見受けまして、各大学当局といたしましては、学園の自治を守る上から、十分関心を寄すべき事象であるとして、注意して参つたのであります。 先月来の各重要産業関係のストライキと関連いたしまして、全学連におきましても、四月二十八日及び五月一日を期しまして、全国各学校のストライキを指令したように見受けられるのであります。この動きを察知いたしまして、各大学当局としても、特別の政治目的を有する集会あるいはストを目的とする集会、ないしはそれに先行いたしますビラあるいは張り紙等を禁止する等、注意を拂つて参つたのであります。その結果、全般の学生の愼重なる態度もございまして、二十八日及び一日両日とも、学部をあげて授業を放棄するとか、あるいはいわゆるストに入るというような事実はなかつたのであります。 しかし一部学生が任意参加という形におきまして、一日のメーデーの場所であります神宮外苑に集まつたのであります。その数は都下全学校を通じまして、われわれといたしましてはおおよそ二千五百名内外と推定いたしております。そのうち相当部分が、デモ行進の後におきまして起りました宮城外苑の騒擾に参加いたしたのであります。個々の大学におけるいかなる学生が、その場においてどういう行動をしたかというような点につきましては、一方捜査も進められておりますし、学校当局におきましても、目下周密な注意をもつて調査中であるのであります。それらの状況が判明いたしますれば、各大学ともそれぞれの機関に諮りまして、学則に照し、適当なる処置をせられることを期待いたしておる次第でございます。 またこれら少数の特殊な学生の動き等につきましては、もちろん各大学とも十分それに対処する態勢を整えておられまするし、さらに根本問題といたしましては、学生全般が十分学園の自治を守り、健全なる学生の自治活動をするというような点につきまして、その動きを学校当局が全教官をあげて適切な指導をするというような態勢につきましては、各大学当局も十分とられておるように見受けられますので、今後その当局の善処を期待いたしておる次第でございます。 一応概略の御説明をいたした次第であります。
○竹尾委員長 本件につきまして質疑がありましたら、これを許します。
○若林委員 私は、全般的のものでありますが、これがたまたま五月一日に矯激な態度として現われて来たと思うのでありまして、教育全般に対しまして、いわゆる独立後の日本の教育というものについて、愼重に検討すべき材料が提供せられておるのではないかと考えるのであります。ただいまこれに関して、どういう考えを文部大臣がお持ちであるかというようなことを伺おうとは思わないのでありますが、すでに昨日、東京における各大学長をお呼びになりまして、いろいろ御意見をかわされ、お聞きになつた愼重な態度に対しては、つつしんで敬意を表するものであります。 最近、教育問題としてわれわれの耳目に触れ、きわめて強い関心を持つて見守つておりますことには、愛媛県の高等学校の教職員の異動に関して物議をかもしたようであります。なお和歌山県におきましては、一県会議員の言辞に関係いたしまして、和歌山県一部の同盟休校といいますか、全体休校を教育委員会が指令したというような事実もあるのでございますが、これなども教育委員会法に欠官があるのか、あるいは教育基本法にその欠陥があるのか、あるいは教職員の特例法に欠陷がありますのか、検討を要すべき問題だと思うのであります。愛媛県あるいは和歌山県の事態につきまして、その後、われわれは新聞以外に承知いたしておらないのでありますが、当局として御調査になりました事柄を承りたいのが一つ。 それから世間では、教育に関係ありますことは、全部文部大臣の責任であるがごとき誤解を招いておるのであります。だから新聞では、文部大臣が、おやめになるということを言われないにもかかわらず、辞意を漏らされたごとく書いておる。あとで文部大臣はこれを お取消しになつておるのでありますが、そういうふうな臆測が新聞記事になつて出るということは、すべて文部大臣が、前の古い制度のごとき一種の監督権を持つておるがごとき誤解を持つておることから発するものと思うのであります。前のごとく強力な監督権があるとかないとかというようなことについてのよしあしを、ここで論議ようとするのではないのでありますが、これは私たち将来大いに、教育制度並びに文部大臣の権限その他について検討をし、また新しき法的措置を講ずる必要があるならば講じ、あるいは大学管理法その他も、これに対処得る大学管理法その他を考究して行く必要があるのじやないかと考えるのであります。特に承りたいのは、愛媛県と和歌山県のその後の状況と、文部省としては文部大臣の現在の権限、いわゆる責任の範囲外にあるということを、少し国民全体に明確に周知徹底する必要があるのじやないか、そうでたければ、こういうことが起つておるにもかかわらず文部大臣は何の責任もとらない、いわゆる世の中の責任感というものについての観念をゆるめる一つの動機になるのではないか、こういうように私これを非常におそれておるのでありまして、何か機会のあるたびごとに、その点を国民の頭に明確に植えつける必要があるのじやないか、こういうふうに考えるのでありますが、一応この点について御所見を承つておきたいと思います。
○天野国務大臣 このたびいろいろな方面において、文教上に不幸なことが起つて来たということは、まことに残念なことに思つております。それらの点については、今後どうして行くかということは、十分研究をいたしたいと思います。近く中央教育審議会を設けるのも、そういう趣意もありまして、よく検討して戰後の教育の向うべきところを確立いたしたいと考えております。 なお、ただいまお尋ねのありました愛媛県その他における事情につきましては、局長から答弁させることをお許し願いたいと思います。
○久保田政府委員 和歌山県の関係の問題は、当該の県会議員が辞表を出されましたので、委員会側もその関係者側もそれを了として、ストライキ関係からその問題は解決をして、一切の解決をしたという意味の報告を受けております。愛媛県の関係は、県会議長、知事、そうした関係者が調停に入つて、それらの原案を一切もとにもどしての調停に入つておるということを伺つておる状況でございます。
○若林委員 事実そのままの報告で、新聞の方がもつと詳しいわけでありますが、和歌山県の点をもう一点伺つておきたいのは、教育委員会が各学校に対して休校を指令するあの措置が、妥当であつたのであるかどうかということが一点と、それから愛媛県の分は、一応今局長が御説明になつたようにわれわれも承知いたしておるのでありますが、もう一度また逆に、もとにもどしたやつを、またもとに返して行く運動が盛り上つているということを耳にいたしておるのでありますが、その点をもひとつ承りたい。事態が非常にはげしくなるようであるならば、これは文部大臣は今監督権がないのでありますから、国会へでも来てもらつて、われわれ直接聞くようなことになるのじやないかというようなことを憂えるのであります。どうぞひとつ、その点を耳にしておられるかどうか。
○久保田政府委員 愛媛県の、また一部の原案をもとして、それに調停の労をとつておられるという段階までは、私も十分承知しておりますが、その後の今お話のように、またそれをもとしてという関係のことは伺つておりません。また和歌山県の教育委員会が、学校に対して休業を指令することがどうであるか。この問題については、私どもも今多少の疑いを持つておりますので、そういう意味合いから研究いたしておりますが、ああいう休業を指令することが、その際事態を収拾する上に非常に役立つたのであるかどうかといつたような面から考える問題と、法律問題として、委員会がそういうことを指示できるかできぬかといつた問題と、両面があると思つております。あの際そうしたことがどの程度に妥当であつたのか、またそうせざるを得なかつたのかといつたような関係を今研究いたしております。
○竹尾委員長 浦口君。
○浦口委員 最初に愛媛県の問題でありますが、これは文部省が、まだただいま局長のお話では、あまり実情をつかんでおらないと思いますので、ちよつとつけ加えて申し上げておきます。 それは、この問題は、紛糾をいたしましたので、一応四月十五日に県会議長の立川氏と元県教委の白石という議員が仲裁に入りまして、もとへもどすという案が出たわけであります。ところがその後具体的に解決に至らないために、PTA並びに同窓会その他が奔走いたしましたところが、その後またいろいろないきさつがございまして、名前は申し上げませんが、ある日教組の幹部の話によつて、それはもとへ返さない、現状で行くのだというふうな意見が伝わりましたので、非常にまた紛糾をいたしまして、四月二十九日に御承知の高等学校教職員組合の方で、これを具体的に追究いたしましたところが、問題の人事は松山東高校の校長と、松山商業高校の校長の異動にからむ問題でありますが、仲裁に入りました立川氏以下がもとに返すという言辞をくつがえして最初の発令通り実施する、実施してみて、もし支障があれば考慮する、こういう通知をPTAが文書で受取つております。そこで事態が非常に紛糾をいたしまして、高等学校教職員組合としては、このままではひつ込みがつかないというので、声明書を発しまして、重大決意をするという段階に来ているのが現状だと思うのであります。 ただいま若林委員からもお話がございましたが、私がお尋ねしたいのは、これは昨年と私は記憶いたしておりますが、県の日教組から一部の高等学校教職員が脱退をいたしまして組合をつくつた、そのことから発しておりまして、その当時において、すでにいろいろ怪文書が飛んでいる。たとえば、高等学校教職員組合、いわゆる脱退組の幹部に対して、今にお前の身辺に重大なことが起きるというような怪文書が、去年の春から飛んでいた。そういうようなことは事務当局の方で多分お調べになつておると思うのでありますが、現実にそういう文書が出ているとすれば、これは單なる人事にからむ風説であるとか、あるいは杞憂にすぎないということではないと思うのであります。そういう資料を持つておられるかどうか、その点をまずひとつお伺いしたいと思います。
○久保田政府委員 事態は、おそらく浦口委員のおつしやるようなことがあるかと思われますが、私どもの方には、そういう資料をいただいてもおりませんし、そうした方面からの情報も持つておりません。
○浦口委員 そこで、若林委員からお話のありましたように、文部省に直接の監督権はないと思いますので、これは日教組にどうした動きがあつたか、あるいは高教組の意見がはたして正しいか、それは私は今現地を見ておりませんので、いろいろな情報から察するところだけを申し上げるのでありますが、今全国的に日教組から高教組が分裂して行くというふうな気配が非常に強いのです。こうしたことが人事問題にからんで、教育委員会がいずれに巻き込まれるとか巻き込まれないとかそういう問題でなしに、こうした組合の争いが人事問題にからむということは、非常に教育上に大きな心配を感じますので、適当な機会にこの真相を究明することを強く希望するのでありますが、文部当局としての御意見を承つておきたいと思います。
○天野国務大臣 文部大臣の監督権はございませんけれども、これに助言をすることはできることでございますし、また今浦口さんのおつしやつたようなことが事実だとすれば、日本の教育を阻害するものだと思います。でありますから、私はよく事情を調べて善処したいと考えております。
○浦口委員 そういうふうにぜひお願いいたします。 次に、和歌山県の問題は、今局長の話では、西川県議が辞職したので解決したと思つておる、こういうお話であります。その問題はその問題として、解決しておるという見解も一応認めますが、問題は教育委員会の今後の動き方に非常に重大な問題があると思います。実はこの問題が起きましたときに、先月の二十三日、法務府に連絡をいたしましたところ、法務府では某婦人の事務官をあちらに派遣をいたしまして、過日帰つて参りました。私けさ参りまして、いろいろ事情を聞いてみました。もちろん、これは文部委員会といたしましては、法務府と別な見解で考えるべき面がありますから、法務府の見解と文部委員会の見解が必ずしも一致しないということはあり得ると思うのでありますが、ただ今後の問題として残ることは、こういうことであります。教育委員会が、先ほど局長のおつしやつたように、五百何校の同盟休校を指令したということではないように私は調べておる。最初この西川県議の人権問題、いわゆる差別待遇に対する発言が問題になりまして、県会その他でも西川県議個人の進退問題についていろいろ論議をしましたが、本人がなかなか反省をしない、あるいは辞職もしないというふうなことから、共同鬪争委員会ができまして運動を展開いたしましたが、どうしても西川県議が反省をしないということから、それではそうした差別待遇を受けた子供は学校へやらないということを決議した、私はそういうふうに承知をしております。ということは、文部省も御承知の通り、和歌山県は非常にこうした問題の多いところであります。そこで、日ごろから積善教育というものが行われておりまして、そうした人権問題について、差別扱いをしてはいけないという教育が積極的に行われておる。そこで闘争委員会といたしましては、そうした教育を積極的に行つていながら、その教育に反する行動をした県会議員をどう処分もできないということは、日ごろの教育と実際との食い違いが出てる。そういう教育をしながら、事実起きた問題に対して何とも解決のつかないようなことでは、学校教育というものはうそになる。だから、そういう学校にやる必要はないといつて、一部のそうした差別待遇をされたとみなされる児童が学校へ行かない、こういう事態が起きた。そこで教育委員会といたしましては、この事態を非常に心配をいたしましてそうしたことなしに解決したいと努力をしたということは、われわれ認めることができます。ところが、どうしても事態が紛糾をいたしまして、鬪争委員会がこれを撤回しない。そこで何日か、日にちは忘れましたが、その晩深更まで教育委員会は非常に審議を重ねたということを聞いておりますが、どうしても撤回されないので、このまま行くならば、差別待遇を受けたとみなされる子供だけ休んで、ほかの者が行くということになると、そうしたことを現実に肯定することになり、むしろ大きく現わすことになるので、子供に対する影響が非常に強いということで、やむを得ず全県下の小中校全部の学校に同盟休校を指令せざるを得なくなつた、こういうことをわれわれは聞いておるのであります。そこで問題は、法務府の見解は、基本的には、こういう同盟休校をさせることはもちろんいけない。これは法律的に考えてもいけないと思いますし、事実の上においてもいけない。しかし、そうせざるを得ない事態に立ち至つた問題の方が非常に大きい。その問題の大きさと、同盟休校をやらせることによつて起る弊害と比べた場合に、弊害の方が小さい。だから、あえてこうした行動に教育委員会が出ざるを得なかつたことは認めなければならぬのではないか。これは教育を受ける児童の権利を侵害することにならない。これは法務府の一事務官の見解でありますが、そういう見解を私はただいま聞いて来たのであります。一応そういう理論も成り立つのでありますが、しかし問題の大小ということと、問題が大きいからそうした、子供を同盟休校に持つて行つてもいいということは、教育の本質と非常に違う。そこに非常に大きな問題があると思うのであります。そこで、この問題が起きましたときに、和歌山県の一教員という名前でNHKから「私たちの言葉」で放送されておりますのを写して来たのでありますが、この中で、一教員という方が、もちろんこの西川県議の人権侵害に対する非行は徹底的に追及をしなければならぬ。しかしなぜ休校するかということを、小学校の児童にはなかなか理解させにくい。まして一年や二年の低学年に至つては、家庭の人に何で休むのかと問われても、答えられないのが当然であろう。一部の児童生徒によつて行われようとした同盟休校ということも、高等学校の生徒ならいざ知らず、小学生にはおそらく兒童の自発的な行動でないので、当然それはわからない。そこで西川県議の問題が人権侵害になるということで、それに抗議するために教育を休ませたことは、逆に教育を受ける権利を侵害したという逆の面が出て来る。こういう一教員の非常に大きな悩みが訴えられておる。私もこれには非常に同感だと思いますので、要は、この問題の大きさは承知いたしておりますが、そのために子供を利用したということではないと思いますが、現実にそうした学業を休ませたという行動に出でしめたというところに、非常に大きな問題があると思うのです。この委員会でも、かつて問題になりまして、私も発言したと覚えておりますが、何か一つの法案に対しまして——これは利根川開発法案でしたか、これを通してもらわなければ私たちはおちついて勉強もできないというような、小学生からわれわれにはがきがこんなにも厚く来ました。こういうことが、一年や二年や三年の小学校の生徒の意思によつて出たかということを、文部省考えてほしいということを要望したことを記憶していますが、私は民主主義、自由主義教育の名のもとに、こうしたことが、子供の自発的な意思でなしに、やはり何かの力によつて統一した行動が行われるということは、私は非常におもしろくないと思う。こういう事態は戰争中にもあつた。アメリカの何という軍艦であつたか、これが日本の潜水艦に沈められた、日本の小学生に、アメリカの生徒に対して慰問文を書かせたというようなことを、当時の文部省は積極的にやりました。私はこういうことに対して、幼い子供の気持をおとなの気持で利用するというか、強制するというか、そういうかつこうは教育上おもしろくないと思つておりましたが、同じような事態がまた起きることを私は非常に心配をするのです。そこでこの問題は一県議の問題でなしに、文部省としては十分に真相を調査していただきたい。教育委員会の立場も、われわれはよく察せられますために、少し事態が大きいので、ほかの方法では解決がつかないから、この方法もやむを得ないというようなことになりますと、今後そうしたことが頻発しないということは断言できなくなりはしないか。どうぞその点について、文部大臣の御見解を承ると同時に、今後の適当な方法がありますならば、今御答弁いただかなくてもよろしゆうございますが、お尋ねしておきます。
○天野国務大臣 浦口委員のおつしやることは、すべて同態でございます。たとい事柄がよくても、子供にそういうことをさせるということは、私は非常に教育上いかがかと、平生から心配いたしているものでございます。でありますから、このことは、やはりよく事情を調べませんと軽々しく判断をすることはできませんから、私はよくこの事情を調べまして、適当に考えて行くつもりでございます。
○渡部委員 メーデー事件その他のいわゆる学生事件という問題について、若干質問をしたいと思いますが、その際私申し上げておかなければならぬことは、メーデー事件のような、あるいはその他いろいろ学校当局と官憲とが衝突したような場合に、いつも学生が悪いんだというような見地から報告され、また学生が悪いんだというような立場から問題の解決が提出されるように見えるのでありますが、しかしわれわれはもつと事態を認識してからはつきり報告し、かつ認識された後にどうすべきかということを、お互いに考えてみる必要があると思うのであります。今度の事件にしましても、きわめて計画的に事実が歪曲されております。われわれが多くの目撃者から収集した資料によりますと、政府当局が発表し、あるいは新聞の一部が報道したような内容とは、はなはだ異なつた事件の性質があるのであつて、しかも文部当局としましては、政治をやるものとしましては、この事件の内部で起つた個々の問題ではなくて、このような事件がなぜ起きたのか、この事件の本質と歴史的な意義というものはどこにあるかということについて、深く反省してみる必要があると私は思う。これは実に重大な事件であります。第一に、私はこういう点について御報告申し上げてこれについての御意見を聞きたいと思う。この問題に対する当局の発表というものは、非常に計画的に歪曲されておる。第一に、これは全学連と朝鮮人とそれから自由労働者のわずか八千ないし一万の人々によつて引起された破壊的な行為であるというようなことが、既定的に言われております。しかしながら、そうではない。このような形で、事柄がごく一部の特殊な人たちだけによる單なる破壊的暴力的な行為だと考えるところに、あるいはそういうふうに宣伝するところに、計画的な歪曲があるのであります。そうではない。この問題は、実は数年の間アメリカ帝国主義者によつて占領されておつた国民が、ことに再軍備が強行され、破防法が強引に国会に提出されているという中で、アメリカ帝国主義者に対して、またその手先であるものに対して、日本国民の大きな不平、不満というものが爆発したんだ、公然とした形での抵抗運動が開始されたという重大な事柄である。これはこの要素をまつたく無視している。これを無視しては、この事件の性質というものは少しも真実に触れることはできないと思う。これを無視しておるところに、一部の者に限つてこれがやられた破壊行為だというようなことに限つて報告されるところに、実はこの問題の重大さの前に戰慄を覚えたところの政府や、アメリカ帝国主義者の計画的な事柄があつたと思うのです。またそうすることによつて、破防法を一挙に通過させようとする陰謀も、この報道の中に、報告の中になされておる……。
○竹尾委員長 渡部君に御注意申し上げます。学校教育に関する問題でございますから、あまり問題から離れないように、簡單にひとつお願いいたします。
○渡部委員 わかりました。——事の本質をはつきりさせておかないと、政府の発表せられただけでは、私たちは質疑応答の真実に触れることはできない。こんな真剣な問題について、笑いながらやつているべきときじやない。今申し上げたように、この問題は、とにかく現在の政府の施政が、そうして、ことにそれがアメリカ帝国主義者によつてなされているということに対する国民的の反感の集中的な現われとして出たのであつて、これは四・一二、四・一八のゼネストとまつたく同じ性質を持つておるものである。まつたく同じ性質が、異なつた形で現われたにすぎません。再軍備に反対し、破防法に反対するという、そうして日本の民族の独立と平和を守らなければならぬという国民の気持あるいは国民の意思が、ある場合には労働者のゼネストとなつて現われるのであり、ある條件のもとでは、たとえば人民広場におけるように、警官が民衆の正々堂々とした進撃に対して破壊的な暴力的な彈圧を加えて来るような場合には、真劍に日本の独立と平和を守らなければならないとする民衆、ゼネストを鬪つたところの人たちは、同時に警官の暴力に対しては、実力をもつて対抗しなければならぬわけです。それなしには、一歩も問題を解決することができないところにまで民衆は押し詰められておるのです。 そこで、私は大臣にお聞きしたいのでありますが、大学の学生が事を起す場合に、いつも学生が悪いんだ、学生が一部の人たちによつて煽動されたんだというふうに考えますけれども、事の本質を見てごらんなさい。学生は一体何のために今日ああいうふうな真劍な動きを示しておるかという、何のためかという問題を一つ考えてごらんなさい。(「一部分だけだよ」と呼ぶ者あり)そうではありません。すべての学生が注意して関心を持つておることは、今日自分たちが、学校において満足な教育を受けることができないほど生活も窮乏しておる。しかも生活をそのように窮乏させておる問題は、これは教育費が非常に多く軍事費負担のために削減されているということに原因するものであり、またそういう現在の政治からして、自分たちの家庭が非常に窮乏して来ておるということに原因があるんだということを、学生たちは全部感じております。そういう問題の上に立つて、しかも今再軍備がどんどん進められようとすれば、学生諸君にとつては、自分たちがその再軍備の中に巻き込まれて、自分たちが再び戰争に動員されて生命さえも失わなければならないかもしれない、こういうことに対して学生は不安で反対の気分が非常に強いということは事実であります。これを文相はどういうふうに認められるか、同時にまた学生諸君は、このような状態が進んで行くならば、日本はさらにアメリカ帝国主義者の隷属のもとに、日本民族全体の破綻、あるいは全体の破滅的な状態に追い込められないとも限らないという現状に対する純真な憂えから、学生諸君は、どうかしてこのような状態はかえて行かなければならない、このような状態をかえるためには、国内においては再軍備政策をやめて、そうして日本国民自身の手による自由な経済の発展、自由な民主主義的な状態の確立、そのためにはまたアメリカ帝国主義の日本支配というものをかえて行かなければならない、アメリカ帝国主義を日本から追い拂うことが前提であるんだ、こういう真劍な気持を学生諸君は持つておるのです。こういう前提がなかつたならば、学生運動というものが今日起るはずはありません。従つて、すべての学生運動というものは、今申し上げたような客観的な、政治経済的な事実の中から、今日生れて来ておるのであります。この学生運動がどこから生れて来るのかという問題を考えることなしに、学生運動の性質、学生運動をどうするかとう問題を考えることはできないはずであります。大臣はこの点、それでもできると考えられるかどうか、これが第二点であります。 第三点は、学生諸君がそのような情勢のもとに、そのような気持と意思とをもつて真劍に、純真に、自分たちの考えを貫いて行かなければならぬ、それを貫くことこそが、自分たち学生の生活を守るだけでなしに、学生の権利と自由を守ることによつて、同時に日本人の権利と自由を守ることになるのであるし、またそのようにしてのみ日本の独立と世界の平和が守られるんだという学生の純真さと確信から出るところの行動に対して、そういう学校内においてもまた学外において、国民に訴えようとする学生たちの動きに対しまして、初めから徹底的に彈圧を加えて来る。学園の自由を侵して学内に侵入して警官が彈圧を加えるだけでなしに、平和に署名の運動をやつておる者に対して、暴力的な彈圧を鉄かぶとが加えて来る。それならば、一体学生たちは、どうして自分たちの意見を伝えて行つて、自分たちの目的を達する動きを大きくして行くことができるのでありましようか。学生は、そういう鉄かぶとの襲撃に対して、これを排除することなしには、どうしても自分たちの利益を一歩も前進することができない状態に今日追い込められておる。この点を文部大臣はどういうふうに考えられるか。従つて学生の運動、純真にして、また日本民族の独立と平和を守ろうとする、そのやむにやまれない熱意を国民の前に伝えようとし、それによつて国民と結びついて自分たちの目的を達しようとする学生の動きに対して徹底的な彈圧を最初に加えて来る警官隊、あるいは政府の政策でありましようが、そういう事柄について、どういうふうに考えられるか、この三点をまずお聞きします。
○天野国務大臣 人間は動物と違つて、いつでも理想を持つておるのでございます。理想の実現ということが人間の本質なのです。だから、現実には満足しないというのが、人間の大体の傾向なのです。ことに、若い人たちが現実に不満足を感ずるというのは、当然だといつてもよいくらいなのであります。ただわれわれは、いかにして理想を実現するかが問題であります。憲法を破壊し、暴力をもつて理想を実現しようということは、徹底的に排撃しなければならぬと考えております。
○竹尾委員長 渡部君に御注意をいたします。あまり前置きを長くせずに、質問の要旨を述べてください。
○渡部委員 私の質問に対しては、お答えになつておりません。憲法を破壊し暴力的に問題を実現するとおつしやいますけれども、今日、学生なら学生が、その目標を達する自由な行動を、憲法は保障しておるはずである。しかしながら、この自由な行動に対して、政府は頭から彈圧政策をとり、これに対する暴力的な彈圧を試みておる。この関係を一体どうしたらいいか、これをお聞きします。
○天野国務大臣 憲法の第十二條に、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。」とありますが、私はこういうように考えております。
○渡部委員 公共の利益というのは、 一体何の利益であるか。これはアメリカ帝国主義者の利益でもなく、またそれの手先である吉田内閣の利益でもありません。公共の利益、それはほんとうに勤労大衆、ほんとうに国民の大多数の利益を前提にしなければならぬはずであります。従つて、この国民大多数が今日再軍備に反対し、そうして破防法に反対して立ち上つておる。それが先日のゼネストとなつて現われたのであり、メーデーのあの事件となつて現われているのでありまして、こういう事柄に対して、正々堂々と行動している者に対して彈圧を開始しておる。ここに問題の発端があり、ここに暴力的な衝突に展開しなければならかつた前提があるわけであります。従つて、こういう事柄に対する警官の暴力的な彈圧が日々行われているという事実に対して、大臣は肯定されるかどうかということを聞いているわけです。
○竹尾委員長 文部大臣からはお答えがないそうであります。
○渡部委員 お答えがないというのは、どういうわけですか。議員の質問に対してどうして答えない。
○天野国務大臣 答えは前と同じです。
○渡部委員 それでは、私は質問を保留して次に述べます。
○小林(信)委員 私もやはりその問題でお聞きするのですが、今までメーデーの騒擾問題につきまして、文部大臣からもお聞きしたし、今局長からもお聞きしたのですが、しかし、それはすべて行政的、事務的な面についての御発表のように承るので、もつと広く教育的な立場に立つて考えてみますと、私はこの問題をもつと深く考えなければならぬのじやないかと思うのです。それは、その心情がどうであつても、とにかく自動車を焼くとか、人をどうするとかいうふうな問題は、やはりしてはならないことなんです。そういう場合に、われわれ最も理想とする立場から考えますと、そこには第三者の人たちも相当いただろうと思うのですが、そういう人たちがその行動を阻止する、あるいはその行為はいけないと言つてとめるような人が、もつとなければならない。そういう社会を私たちは要望しなければならない。それが日本の文化をほんとうに高める教育行政の一番大事な点だと思うのです。そういう点から考えてみますと、実際私は目撃しなかつたのですが、いろいろ話を聞いてみますと、そういう行為に対して、一般の人たちがきわめて傍観的な態度をとつている。中にはこれを見て拍手する、何かその行為に対して賛意を表するというふうな傾向すらあつた。それはその渦中にあつた人たちだけでなくて、見ておつた人たちがそういうふうな態度であつた。これは私は日本人の今の国民全体の持つている重大な問題であつて、これをどうするかということが、やはり大きく行政面にも考えられて来なければならぬと思うのですが、だれにそういう点を考えていただかなければならぬかといえば、やはり文部大臣だと思うのです。あるいは私たちだと思うのです。そういう場合に、どこまでそういう問題の原因を究明して行くかが問題だと思うのですが、ただいまの局長の御発表によりますと、まだそういう点がしつかり考えられておらない。いずれ事実が判明すればというふうなお話なんです。しかし、私は残念ながら、この根本的な原因の究明の仕方が、何か事務的に、関係のある学生の、しかもそれに対しては警察的な、悪かつた者に対しては処罰するのだというようなことで調査をされるように承つたのですが、どういうふうな究明の仕方を、根本的原因について究明するその心構え、方法というようなものを、文部大臣あるいは文部当局はお持ちになつているか。私はこの点お聞きすることが、こういう問題に対して私たちのなさなければならぬ問題だと思うので、お伺いしたいと思います。
○天野国務大臣 今小林委員の申されたことは、まことにごもつともなことであつて、つまり、いつでもこれは純真な気持でやつたとか、純真な気持でやりさえすれば何をやつてもいいというような考えが一部にあるのです。五・一五でも二・二六でも、おそらく私は青年は純真な気持でやつたと思うのです。しかしどんな純真な気持でも、自動車を焼いてしまうとかいろいろな乱暴をすることはよくない。それは私と小林さんとは全然意見が一致していると思う。ただその次に、見ていた者の傍観的な態度ということがよくないということ、これは私は日本において、まだほんとうの意味における個人主義というものが発達して来ていない。だから、家と国というような観念は十分あつても、社会生活というものに対する自覚が十分できて来ないということは、日本の教育のまだ不十分なところに根源を持つていると思う。そのことは、ひとりそういう場合だけでなくして、たとえば学園の自由を守るといつても、少数の者が学園の自由を破壊するようなことをしても、大多数の者は、そういうものに近寄るとつまりぬから近寄らないというのが、大体り傾向なんです。組合なんかにおいても、少数の人がいつでも引きずつて行く、大多数の者は発言の勇気を持たないのですか、そういうことはどうしんらそれを直すかと小林さんから問われれば、私はこれは教育によるよりしかたがない、知性の開発ということによつて、一般の教養が高まることを待つよりいたしかたないのであつて、急にこれをどうもできない。だから今度のような問題にどう対処するかと言われても、私はどこまでも教育目的に対処しよう。だから、文部省はなまぬるいなまぬるいと言われますが、私どもは教育的に対処するよりほか道がない、こう考えております。
○小林(信)委員 大臣のお考えになつている点は、もちろん私は決して否定しておつたわけでもない、もちろんそこにあると私も考えておつたんですが、どうも今度の問題あたりは、世間一般がすぐに何か計画的なもので、ある特殊団体が動いたんだ、こういうようなものはどうすることもできないのだというようなことでもつて終つておりますけれども、それではいつになつてもそういう問題を解決することはできない。やはり深くそういう日本人の教養の程度というようなものを考えてこういう問題をいつも検討しなければばらぬと思います。そこで今大臣は、まだ日本人は完全な個人主義というものを持つに至つておらないから、そういうことは今のところどうすることもできないのだ、今のような考え方ではできないのだと、こうおつしやられるのですが、單にそれだけでは、私はまだいかなる方向を考えてこの根本的な原因を追究するかということには不十分だと思うのです。それは教養の程度が云々ということでなくして、占領下、あるいはほんとうに独立したという自由な立場、こういうところにも大きな問題があるし、あるいは占領下におけるところの占領政策、あるいは占領政策ではなくて、政府の施策というふうなものに対しても、そのときには言えなかつたけれども、今度はそういうことが自由に言えるのだというような複雑なものがあることは、私はやはり考えて行かなければならぬじやないかと思うのです。大臣の今おつしやられたことは、きわめて根本的な問題ですが、しかし、いつもそのときの社会情勢、いろいろな問題がからまつて、こういうふうなものが生じて来るわけです。大臣に私がお願いしたいのは、今の基本的な教養の問題だけでなくて、これに包蔵するものを究めていただいて——大臣は現内閣に列しているから、現内閣の政策が正しい、こういう自信を持つておられることは当然だと思うのですが、しかし、教育行政を担当する大臣としては、いたずらにその政策に自信を持つておられるだけでは、やはり非常に危險があると思うのです。相当客観的な立場から、こういう問題はこういうところから生れておるんだ、しかしその行政やむを得なければ得ないだけに、それに対する措置はとつていただかなければ、大臣が今のような考えだけでお進めになると——一つの内閣に席を置く以上は、その政策に対しては、信念を持つてこれを曲げることはできないというようなものだけで進んだら、非常に危險だと思うのです。大臣はこういう問題は、教育でこれを矯正する以外にないとおつしやるのですが、それには時間が長くかかるのではないかと思うのです。そこで、学生の行動等につきましても、そういう社会的な環境から受ける影響が非常に敏感なだけに、文部省としましても、最初私が申し上げましたこの原因を究明する心構えを、あらゆる角度からしていただかなければならぬと思うのです。そういう点につきまして、先ほど局長さんからお話があつたのですが、局長さんからも、どういう心構えでこの問題を究明するか、ひとつ承りたいと思います。
○天野国務大臣 私は小林さんのお尋ねに対して、何で拱手傍観しているか、こういう一点をとらえて、その心理的な解剖を幾らかしたのですが、私の言つたことは、こういうことの起る一つの契機であつて、決してこれが全般だと考えているわけじやございませんから、その点小林さんに誤解のないようにお願いしたいと思うのです。私は一つの契機をあげたのですが、それを含んでいる。それによつて動かされる背後にあるいろいろな社会的な事情というものは、私もよく考えておるつもりでございます。だから、たとえば学生を指導するにあたつても、ただ一種の教訓的というようなことでなくて、ほんとうに認識を深め知識を啓発するということに努めると同時に、他方においては、学生の育英資金とか福利施設とか、そういうことに十分努力を注いで行こうというわけでございまして、今あげたのは一つの契機であつて、これを私が全体と考えているわけでないということを御了承願いたいと存じます。あとは局長からお答えいたします。
○稻田政府委員 先ほどの御説明の末尾にも申し上げましたように、本質な解決といたしましては、学生の理解と自覚と熱意に訴えて学生の自治活動を健全に振興する。それに対して学校の教職員が心を一致して適切に指導する、これが本質的な問題だと考えております。
○小林(信)委員 私のお伺いするのは、この事件の真相をきわめるとともに、その原因をきわめなければいけない、そのきわめ方の方向を私はお伺いをしておるのです。今の局長のお答えは、措置というようなものだけですが、そういう究明の仕方は、今日は非常に複雑な社会情勢にあるのでありますから、そういうものをできるだけ広く頭の中に入れて考えてもらわなければならぬ。その措置は、ただいまのお答えのように、そういう簡潔な言葉で表現されるかもしれませんが、かような方向で、今一般に流布されておるような学生の行動に対する批判のような形でこれを究明して行かれる場合には、依然としてほんとうの皆さんが考えておるような方向に学生諸君を進ませることは、私は不可能だと思う。私はぜひともその究明して行く方向をこの際承りたいと思います。
○稻田政府委員 文部省とし、また学校当局といたしましては、学生に関しまする問題を見まする場合に、やはり総合的な観点に立ちまして、諸般の事情を総合的に検討し調査すべきものだと考えております。
○小林(信)委員 そういうふうに申されれば、それまでだと思うのですが、諸般の情勢というものについて、私はこの際お尋ねしたい。実際そういう態度だから、依然としてこの問題が解決できないとことになるのです。それでもそれでお進みになられるわけですか。
○稻田政府委員 学生個人、個人の置かれておる学園、学園の置かれておる社会、それらの相関関係を十分相関連せしめて、学生という点に焦点を合せて調査すべきものだと思つております。
○小林(信)委員 どういう気持でおられるのか……(笑声)こういう問題は、ほんとうにお互いに腹を割つて話をし合うことが大事だと思うのですが……(「委員会ではだめだ」と呼ぶ者あり)委員会でやるよりほかに、究明するところはないと思うのです。そういう態度でおいでになるならば——文部大臣、それでよろしいかどうか、文部大臣にお聞きしたいのです。しかし何かはかに機会があるそうですから、今日は控えまして、その機会に質問することにいたしますが、ただいままでのところでは、ただ暴力的な行為というだけでもつて終つておるのですが、学生のとつた実際の行動というものを具体的に調査されておるかどうか。それから学生は大学生だけであるか、高等学校の生徒もあるのか、そのほかの学生も入つておるのか、その点御調査になつておられますか。いろいろ参考にしたいことがあるのでお伺いしたいのですが、なければまたいずれかの機会でもよろしゆうございます。
○稻田政府委員 学校当局が調査いたしておりますのは、單にこの事件という問題だけでなく、最近の学生の動向、学生のいろいろな傾向という広い基盤について、すでに得ておる調査の基礎に立つて、今回の事件を見ておられるわけであります。 第二の御尋ねの、具体的な人数等につきましては、目下捜査中の案件でありますので、ある程度は私どもも伺つておりますけれども、しばらく御容赦いただくべき性質のものだと考えております。
○浦口委員 別な観点から一つだけお尋ねしておきたいと思います。今度のメーデーに、学生が計画的に一つの指令のもとに行つたものか、あるいは先ほど渡部委員からお話がありましたように、国家の情勢あるいは社会情勢から、やむにやまれぬ若人の気持で行つたのか。私はここで私の結論を申し上げるつもりはありませんが、ただ問題は、学生ももちろん社会の一員ではありますが、教育を受けておるという立場からいえば、私はやはり完全な一社会人として、社会に責任を負うべき立場にあるかどうかということに、一つの疑問を持つておる。未成年者が犯罪を犯したときは、犯罪そのものとしては、もちろん当人の責任でありますが、親がそのうちの大きな責任を持たなければならないということは常識であり、当然だと思う。そういう意味合いで、先ほど局長から、今度の事件で昨日各大学の学長その他とお話合いになつて、今後そうしたことのないように学校も善処する、こういうお話を聞いたのですが、こういうことは、われわれ今まで何回も聞いておるのです。そこで私は、教育者としての立場と、いま一つは、その教育の本旨にのつとつた教育行政者としての立場、この三つの面でお考え願わなければならないと思うのであります。こうした学生が、一部とは思いますが、おりますことは、各地の国立大学で例があるのであります。そこで私、北海道大学に参りまして、島学長と先月もあそこに起きました事件について三時間も話したのですが、そうした学生がおりますことは、社会情勢あるいは一般の情勢から影響を受ける者もあるが、何と申しても、これを直接教える教授陣そのものに大きな原因があり、責任があると思うということを私は言いまして、明らかにわれわれの目に映つております教授の名前を、私ははつきりあげて、こういう人はどうかということを申し上げた。ところが学長は、いやそういうことは考えている、またそうした会合がそういう教授を中心に研究の名のもとに夜間行われていることを知つているが、何ともできない、こういうことを答弁されておりましたが、そのあくる日に、その講師が検察当局に被疑者として上つたのです。私はそこでお尋ねしたいのですが、昨日の会議でも、学長その他が、今後そうしたことを起さないように、特段の努力と熱意を傾けてやるというお話ですが、一体具体的にどういうふうなお話合いがあつたか。私は学生を処罰することは——その起きた事態に対しては、処罰すべきものだということは考えておりますが、何と申しましても、社会人としては一人前ではないということを考えたならば、教授に対しても、ふだんにおいて、あるいは今度の具体的な事件において、その両面において何らかの形で責任をとつてもらわなければ、私はこの事態は——文部大臣の教育者としてのお気持はわかります。われわれも早急にこれを法律や一片の訓示でなくしてしまうということは、決して考えておりませんが、だからといつて、私はただ時を待つているのでは、おそらく不可能だと思う。そういう具体的な面で、どういうふうな話合いがあつたか。またそれに対する文部行政面としての当局の御意見をお聞きしておきたいと思います。
○天野国務大臣 私は浦口さんと、こういう点では意見が一致しているのです。学生はやはりたとい選挙権を持つているような年齢でも、学生というもののあり方が、ただの市民、国民というものに一つの規定をつけ加えていると思うのです。ちようど国家公務員は、一個の国民ですけれども、国家公務員というあり方がそれに規定をつけているように、そういう規定をつけている。その規定はどういうことかといえば、今おつしやつたように、まだ準備をしている。一つの立場に立つて社会を指導するというようなその立場をとるまでの準備をしている。それだからして、準備をしている者がその立場に立つて社会を指導するということは、学生本来のあり方に沿わないと私は思つております。これは法律上許されておつても、そういうことは望ましくないことだということが、学生というあり方からいえると考えております。それならば、これをどう指導して行くかということについて、一般に認識を深め、知性を開発することによつて自覚を高めるというようなことでは、それはもちろん手ぬるいことですが、一般的にはそういう方向に行きます。しかし教育行政としては、今おつしやるように、学生に対して非常に悪い影響を及ぼす教授には考えてもらうということも、学長としては十分考えることだろうと思いますけれども、そこに法律上は教育公務員特例法というものによつて、非常にむずかしい面を持つている、こういうことでございますので、法律的なことは、詳しくは局長から申し上げます。
○竹尾委員長 本日はこれにて散会いたします。 午後一時四分散会