内閣委員会 第37号
- 発言数
- 7 件
- 登壇者
- 2 名
- 会派数
- 1
- 開催日
- 1952/07/29
会議録
○八木委員長 これより内閣委員会を開会いたします。 本日は公報をもつてお知らせいたしておきました請願及び陳情書日程の審査を行います。本日の請願日程中、日程第八、元軍人の恩給臨時措置に関する請願を除く他の各請願は先会採択の上内閣に送付と決定いたしましたものと同趣旨でありますので、これら先会と同様に決したいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○八木委員長 御異議がなければさよう決定いたします。 —————————————
○八木委員長 次に陳情書日程に移ります。陳情書日程中、軍人恩給及び軍関係者の恩給に関する日程第一ないし第三及び第七ないし第九の各陳情書並びに一般恩給に関する日程第四の恩給問題に関する陳情書はいずれも先回委員会において了承いたしましたものと同趣旨でありますので、今回も同様に決したいと存じますが御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○八木委員長 御異議なければさよう決定いたします。 —————————————
○八木委員長 次に日程第五、恩給法中市費支弁教育職員の一時恩給負担区分等に関する條項改正の陳情書を議題とし、文書表の朗読を省略し、政府の意見を求めます。
○城谷説明員 この陳情の趣旨は、市町村立の高等学校以上の先生方の一時恩給を国庫または府県で負担してほしい、こうゆうふうな陳情のように考えるのであります。元来この一時恩給と申しますのはずつと昔にございました退官賜金、つまりやめるときにもらうところの賜金の変形のものであります。これが大正十二年に恩給法が制定されます際に、一時恩給として恩給法の中に取入れられておるのであります。元来この退官賜金は、御承知の通り、その勤務した庁におきまして支弁すべきものが当然のことと考えられておるのでありますが、そういうふうなわけで一時恩給もやはり勤務庁で負担することに相なつておるのであります。従いまして大正十二年に恩給法を制定します際にもやはりその思想を受継ぎまして、市町村立学校の場合は市町村でこれを負担するというふうなことに相なつておつたのであります。ところがその後これが負担の問題につきましていろいろ議論がありましたために、たとえば甲の市町村から乙の市町村へ移る、さらにまた丙の市町村へ移るとしました場合におきまして、丙の市町村でその一時恩給の全額を負担しなければならないのははなはだ不公平じやないか、こういうふうな意見もありましたので、昭和の中ごろにおきましてこの制度を一時恩給の分担、つまり一時恩給を勤務庁ごとに、いはゆる割勘をするというふうな考え方で進みまして、甲の市町村乙の市町村、丙の市町村というふうに、おのおのその持ち分を持つことにしておつたのであります。ところが大東亜戦争の進展に伴いまして、人手その他の関係でこの分担制度が一時中止になりまして現在に至つておるのでありますので、最後の勤務庁が全部これを負担しなければならないというふうな問題に相なつておるのであります。こういうふうな理由といきさつがありますのでこれをこの請願にあるようにただちに国庫負担とかあるいは府県負担というふうなことにしますことにつきましては、今後十分検討しなければならない問題であると考えております。さよう御承知を願いたいのであります。
○八木委員長 これにて政府の意見聴取は終りました。何か御質疑ございませんか——別になければ本日委員会の態度を決定いたしました請願につきましては、本委員会の報告書作成に関する件を委員長に御一任願いまして、本日はこれにて散会いたします。 午後二時三十四分散会