内閣委員会 第36号
- 発言数
- 38 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1952/06/28
会議録
○八木委員長 これより会議を開きます。 請願日程の審査に入りますが、本日の請願日程全部につきましては、前回の委員会におきまして採択の上、内閣に送付すべきものと決定いたしましたものと同趣旨のものばかりでありますので、同様に決定いたしたいと存じますが御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○八木委員長 御異議がなければさように決定いたします。 —————————————
○八木委員長 次にお諮りいたします。本日は恩給に関する件を議題とし、参考人として石丸志都磨君、永持源次君、榎本重治君、藤村益蔵君及び黒田麗君より御意見を承りたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○八木委員長 御異議がなければさよう決定いたし、これより参考人の方々より順次御意見を承ります。御意見はきわめて簡単に、なるべくお一人十分程度にお願いいたしたいと存じます。では石丸君より願います。
○石丸参考人 恩給復活連盟の会長をいたしております石丸でございます。本日は内閣委員会に参考人としてお召しをいただきましてありがとうございました。 およそ戦後は時事の問題が常に混雑をいたしまして、これが爾後の建国にたいへんな影響を及ぼすことは歴史の示すところでございますが、私は明治十一年に西南戦役のあとに熊本におりました。また内地の混乱——東京事変というようなことで東京でこれに関与いたしておりました。それから第一次欧州大戦の際に、ロシヤの崩壊の姿を親しくシベリア方面でみたのでございます。そのときの状態が何だか近ごろの日本の状態に似たものが非常に多いのでございまして、もし取扱いが間違うと、たいへん将来に害を残しはせぬかということを心配をいたしておる一人でございます。私は明治のことに関係をいたしておりますので、先輩、同僚、及び私どもの率いた部下とともに、明治時代の外国の戦闘に従事いたしておりました。その従事いたしました人々のことを思いますと、実に涙なきを得ないような事柄が現実には多々あるのでございます。また私の同僚及び後輩の人々が今回の戦争に従事いたしておりまするが、これらの人々が、不幸にして敗戦のために今日世人から白眼視されるような状態にあるのを見まして——私はちようどこの明治の日本の国力盛んであつたときのことに従事し、また国力の衰えた今日の状態を見て、そのちようつがいのような位置におつたものでございますから、双方のことを思えば、まことにこのままで行くと重大なことが起りはせぬかということを憂慮いたしておつたのであります。しかしながらこの戦後の人の問題につきましては、政府及び国会において必ずやりつぱに御処理していただけるのだと思いましたので、昨年これらのことについて若干の意見を申し出ましたが——われわれの同僚もしくは後輩の人々から恩給の問題について請願をしたいということを申しましたけれども、それは政府及び国会でおやりくださるであろうからしばらく待つたらどうだと言うておりました。ところがたまたま国会が開けます際に、ポツダム政令のあの制限の年限を一年間延期していろいろ調査する、こういうことになりましたので、そのことがわれわれの仲間に非常な衝動を与えたのでございます。また戦死者や戦病死者の遺族及び傷痍軍人に対する援護の方法を特別にお取上げになりましたが、その結果を見ますと、私どもが恩給の精神においてかくあつていただきたいと思うこととは、たいへんな差があるのでございます。ただ傷病兵に対するところの援護の物質的なものは、ややこれらの者が生活し得るように思われ、従来の恩給とやや似たところがあるのでございますが、遺族に至つては、私ども先輩、同僚及びかつて率いたところの部下、それらのものを考えてみまするときに、非常なる差があると思うのでございます。そういう事情でございますので、何とかせねばならぬと考えておりまして、まず私どもの仲間の若干の者から、私どもの意のあるところを請願をした方がいいというので請願書を出したのでございます。しかしそれは広く及ばないようにしたい、こう存じたのであります。というのは、そういうことをいたしますと、ややもすると他の方に脱線することがしばしば従来例があるので、そうしたくないのでございまして、当時この私どもの請願をごらんくださつて、国会においても政府においてもお取上げくださるなら他はやりたくないのです、こう申し上げたのでありますが、一般の各地方では平和克復とともに、私どもが心配しておりましたより以上のものが騒ぎ立てまして、あちらこちらから請願が出る、こういう姿でございます。従つてこれらのことを私どもがお世話することになつた次第であります。ところがそれらの請願のうちで遺族及び傷痍軍人に関しては、とにかく本年度の特別の御処理で生きて行かれるという形だけはできたようでございます。しかし普通恩給及び普通扶助料、これらのものはさきに申し上げましたように、今度の戦役には関係のないものが大部分でございます。恩給権もちやんと持つております。証書もいただいております。それらをこのまま一年遅らすということは、年齢の関係からまことに気の毒に思うのでございます。現に私も七十五でございまするが、幸いに子供らが生きて帰りましたために、子供らに食わせられ家も残りましたからよろしゆうございますが、しからざる者はずいぶん悲惨なる状態に陥つております。その実例といたしまして、文官及び陸海軍双方に関係をする実例を申し上げて御参考にいたしたいと存じます。 それは浦和市にお住まいになつております平柳錫生という六十六歳の御婦人であります。この方は、御主人の平柳竹志という方が歩兵の中佐でありまして、私よりも数年の後輩でありますが、この方は昭和十二年に病死をいたしまして、扶助料をいただいておつたのでございます。この未亡人はその扶助料によつて、男のお子さんを四人りつぱに育てて行つたのでございます。その長男は大使館の一等書記官として外交官となつておられましたが、阿波丸事件で戦死をされたのであります。次男は大学を出ましてから、幹部候補生として歩兵の中尉になりました。ところがこれはニユーギネア方面で戦死をいたしたのであります。三男は海軍を志しまして、優秀なる成績で卒業しましたが、コレヒドールで砲術長として戦死をいたしました。四男は航空兵の大尉としておりましたが、これもまた昭和二十年の振武隊の特攻隊長として沖縄沖で戦死をいたしたのであります。かくのごとく長男は外交官でありましたが、一家ことごとく武に志し、みんな死にました。しかるにその結果はどうなつたかと申しますると、御長男は文官でございましたから恩給が来たのでございますが、これには未亡人及び子供がありまして、それを養うのに一ぱいであります。ところが母親は何にもないのでございます。子供は全部なくなつたのであります。何らのことができなかつた。それがこの間ようやく特別なお手当だけは若干いただくことになりました。こういうふうになつておりますために、何らか早く処置していただかないといかないと思うのでございます。 また私どもの大先輩である方々で海軍の方面でございますれば、島村提督のごときは日清戦争のときの司令長官であられた方と思いますが、その御夫人は今生存しておられます。ところがこれは何にもない。それで非常にお困りになりまして、お知合いの方の御援護のもとに生きておられます。また最近まで生存しておられた方の側を申しますれば、私どもの先輩である大井成元大将は、御承知の通りにシベリア事変のときに偉勲を奏して帰つて来られまして、後に貴族院議員もしておられましたが、家を焼かれてお子さんがないために、山口県の萩のいなかの農家の物置小屋に住んでおられまして、他の助けは受けないとがんばつておられましたために、とうとう昨年農家の物置小屋で九十二歳をもつて終つたのであります。また最先輩でありまする奈良大将、この人は御承知の通り長らく侍従武官長をお勤めになり、また枢密顧問官もお勤めになつたのでありますが、家は焼け、柏木の元のお住いのところに十坪くらいのバラックを建て夫婦でお住まいになつておりますが、子供がなく、養う人がおりませんために非常にお困りの状態であります。ところが一方奈良大将に相対して鈴木貫太郎大将のことを申し上げますと、この方は御承知の通り侍従長、枢密顧問官、総理大臣という経歴を経ておられますために武官としての恩給はありませんが、文官としての恩給があるのでございます。この間ようやく文官としての扶助料を未亡人がいただかれるようになりました。このように同じく武官でありながら、一方は侍従武官長、一方は侍従長であつたという差によつて、一方は文官としての恩給がいただけるが一方はそれができない、こういうへんぱな姿が現われているのであります。上級者の窮状は以上のような姿でありますが、次にそれでは一般の徴兵から出た者はどうかということについて実例によつて申し上げてみたいと思います。 私ども恩給をいただく者の百分の九十までは、これら兵卒出身者の人々であります。将官は百分の〇・三くらい、また正規将校は陸海軍をみな入れて百分の八くらいということを統計で承つておりまして、大部分が下士官出身者でありますが、これがまた非常に困つておるのであります。その例として、これはちようど昨日来たのでございますが、山形県に陸軍中尉の小口甚蔵といつて七十二歳の老人がおります。この人は明治三十四年徴兵として第八師団に入りまして日露戦争で殊勲を奏し金鵄勲章をいただいたのでございます。爾来二十四年間勤務をいたしまして、恩給をいただいて退いたのであります。ところが大東亜戦争のときには六十四歳の老齢でありながら在郷軍人会の分会長を勤めておりましたため公職追放になつたのであります。当時山形県下の防衛のため郷土部隊が編成されますや、本人は六十四歳の老躯をひつさげ、みずから率先して国土防衛のため中隊長としてたこつぼ戦術だとか竹やりの訓練に努めたのであります。本人としては銃後の守りは当然軍人のやるべき仕事であるとしてやつたのであります。ところが満州に出征していた子供は裸で帰り、孫は病気で寝込み、何もなくなつて食うにも困る状態になつたのであります。自分は老後の生活の保障は恩給に信頼しておつたため、すべてをなげうつて最後までお国の防衛に努めたが、こうなつてみるとどうにもならない、国亡びて山河ありと言つて本人は歎じております。武士は食わねど高ようじというたとえもあり、軍人であつたがために敗戦の責任を痛感して今日までがまんして来たけれども、もうどうにもならない。しかもラジオで一年待てとなつたものですから、本人はたいへんにがつかりしました。そして自分の気持をここに書きまして、そうして請願をいたしておるような次第でございます。 以上のようなことでありまして、私は古い人間でありまするので、当時の先輩同僚とともに、これらの人々のことを何とかせんければならぬ、こう考えております。そして今度の戦争に従事した人はたくさんな人がおるようでございまするが、それらに恩給を与えるということは、なかなか困難な事情がございましようが、おのずから本末順序をお考えくださいまして、そうして今申しますような老年の者をまずお考えを願いたいものだと存じます。かく申し上げます間にも、私がこの請願のお世話をいたしましてから、私と同じく士官学校を出身した者がすでに今日まで七人死にました。大体において月に一人ぐらいずつ死んで参ります。私どもよりまだ十年ぐらい古い方がありますが、これらはもうほとんど幾らもありません。こういう状態であります。その実例は本年の三月三十一日でございますかの統計で、五十歳以上でございますれば八万八千人ほどおる、もしこれを五十五歳にすれば一万六千人だ、こういうふうに数が違うのでございます。また今朝の新聞で見ますると、昨日の審議会で今まで今度の戦争に従事した者は七百二十五万人と、こう言うておつたのが、昨日恩給局長のお話で見ますると、これが五百八十二万人、予算も最初は二千三十億円というようなことを参議院ではお託でございましたが、昨日はこれが千六百三十億円と減じた、こういうふうになつております。これをもつて見ましても、いかに軍人が続々倒れて行くかという事実がおわかりだと存じます。いわんやもう五十歳から五十五歳以上では、さつき申し上げたように約六、七万人も違うのでございます。そういうふうになりまするから、どうぞこの老齢軍人の恩給ということは、それらのことをお考え願いますれば、予算なたかは問題でない、こう私は確信しておるのでございます。また扶助料は、普通恩給はわずかに一万五千人だということを承つております。これもまた逐次に減じております。実際数からいえば一万何千人か存じませんが、それより多くはなつておらぬと思います。まずこれらのことをとりあえずおやりくださいまして、そうして爾後の本式のことにお移りくださるようにお願いしたい、こう私は存ずるのでございます。戦犯者のこと等もございまするが、それはまた他の方からお話があるだろうと存じまして、私はこれで結びたいと存じます。ありがとうございました。
○八木委員長 次に永持源次君にお願いいたします。
○永持参考人 まず第一に、内閣委員の皆様が恩給ということについて関心を持たれまして、今日この会合を開かれ、われわれを参考人としてお呼出しになつたということについて、厚く御礼を申し上げるとともに、一層関心を深められまして、公正なお考えで早く恩給の復活をしていただきたいということをまずお願いしておきます。 恩給につきましては、申し上げればきりはございませんが、時間の関係もございます。ただいま石丸氏から詳しくいろいろお話もあり、これからまた皆様からお話があると思いますから、私は単に戦争受刑者のことについてだけ一言聞いていただきたいと思います。御承知と思いますが、戦争受刑者の恩給を受けるところの資格、権利、これがなくなるということは、二十一年の勅令できめられておりまして、その勅令は今なくなりましたが、そのあとに先般公布されましたところの恩給法の特例に関する件の措置に関する法律が出まして、その方に移りまして、その方では本文からただいまのことは削られましたけれども、附則にそういうものに対してはなお従来の例によると、言葉はごくやわらかになつているようでございますが、依然その規定は残つているのでございます。これが全廃できなかつたいきさつは、国際上の関係とか、そのほか何か複雑ないきさつがあるように漏れ承つておりますが、私どものお願いといたしましては、今度軍人恩給復活の法律が出ますときには、そういうことを一切削除していただきたいというお願いでございます。 この戦犯者につきましては、いろいろ見方もあると存じますが、ひとしく国家のために戦争に従事いたしまして、そうして敗戦という現実のために犠牲になつたというものが大部分と思つております。もちろん中には強盗、強姦というような、国内法でも刑罰を受け、恩給の権利を剥奪されるというようなことをやつた者もございます。そういう者にまで恩給を復活していただきたいとお願いするわけではありませんが、大部分の者は職責上刑罰を受けたいわゆる責任罰、こう考えている。そうして長いものは、戦争から引続きまして十数年を肉親と離れまして、今なお鉄窓のもとで呻吟をしております。その家族は一家の柱をなくなしまして、非常に困つている者が多いのでございます。また死にました受刑者の遺族に至つてはなおみじめなものがございます。そうして世の中からは妙な目で見られております。まことに気の毒で同情にたえないわけでございます。どうぞその辺のところをお考えいただきまして、こいうものに対する恩給を復活するよう御考慮を願いたいと思うのであります。しかしここには国際上いろいろめんどうな問題もあると思います。国際上なかなかむずかしいというようなことになりますれば、とりあえずの処置といたしましては、刑の終つた者、また受刑者の遺族というものに、この恩給を受くるところの資格または権利を復活するように、ひとつ御配慮をお願いしたいと思うのでございます。最近受刑者の家族の援護につきましては、両院で御審議になつているということを承りましてまことに喜んでおる次第でございますが、さらに百尺竿頭一歩を進めてこの恩給問題に頭を向けていただきたいと思うのでございます。なお受刑者のことについては、いろいろお願いしたいこともございますが、本日は恩給のことに限りまして御配慮をお願い申し上げておきます。 終りに、初めに申し上げました軍人恩給復活について、非常に関心を持たれておるということについて御礼を申し上げ、なお皆様の御努力に期待をいたしまして、深い感謝の念を申し上げると同時に、この戦争受刑者に対しましても、同じように御配慮をお願いしたいということを申しまして、私の陳述を終ろうと存じます。ありがとうございました。
○八木委員長 次に藤村益蔵君にお願いいたします。
○藤村参考人 私は前後八年間陸軍省恩賞課に勤務しまして、遺族及び傷痍軍人並びに出動軍人の援護に当つておつたのであります。出征の門出にあたりまして、あとのことは全然心配するな、国家の補償なり援護なりがあるから一死報国働いてくれと言うて、その門出を送つたのでありますが、今や遺族及び傷痍軍人につきましては、わずかな援護金が下賜されることになりましたが、生存者につきましては、何らの補償もないというような状態でありまして、私は往時を顧みてまことに断腸の思いがするのであります。私ほど大うそつきはなかつたと私はみずから恥じておる次第でございます。軍人は戦争に勝つことのみを教育されたのでありまして、世の中に出ますとまつたくつぶしがきかないのであります。私は陸軍から東京大学の法学部に三年間聴講を命ぜられまして、いかに軍人の教育が一般社会の教育と隔たつて、かたわの教育であるかということを痛感したのであります。その後陸軍を出まして朝鮮総督府の御用係を勤めまして、一年半そこに勤務したのでありますが、文官は退職をしますと、やはり一般の産業、経済方面に非常な関係のある仕事でありますから、退職をなされましても、つぶしがきくのでありますが、軍人はなかなかつぶしがきかない。その後私はマレーの軍政官を拝命しまして、多くの司政長官、司政官が内地の各所から来られたのでありますが、この勤務ぶりを見ましても、その感を深くしたのであります。陸軍におきましては、このつぶしのきかない軍人が退職した場合におきまして、恩給だけではとうてい生活ができないから、退職武官職業補導部を恩賞課内におきまして、今までほんとうに片寄つた仕事をしております退職武官に対しまして、職業再教育といいますか、職業補導をやつておつたのでありますが、これもなかなか思うようにいかなかつたのであります。そういうふうな状況でありまして、軍人は最初から、退職をしましたならば恩給の恩典にあずかるということを考えておりましたし、これに非常に依存をしておつたのでありますが、現在のような状態では非常に苦しんでおるということは、私が喋々するまでもないと考えるのであります。 以上申し上げますことによりまして、文官の方は退職されても何とか仕事がありますけれども、武官はなかなかできないという特異性を御認識くださいまして、今度の審議に当られましても、文官の恩給と不公平がないように、ひとつ御審議願いたいとお願いする次第であります。多くの戦死者、遺族、傷痍軍人並びに復員軍人でありますから、国の財政もたいへんだろうとは思いますけれども、私が大局から希望を申し上げますのは、今度遺族及び傷痍軍人の援護法が通過をしまして、今支給の段階にあるのでありますが、私は衆議院の厚生委員会に公述人としてお招きを受けまして、その席で私の意見を開陳したのでありますが、今の援護法は新聞にあります通り、御燈明料と言われておりますように、非常に額が少いのであります。これは私は一時的のものとは存ずるのでありますけれども、あれではとうてい遺族が生活することがむずかしいという状態でありますから、今度の恩給法の審議に当られましては、今の援護法の弔慰金なりあるいは年金なりは相当増額していただきたい、これをお願いする次第であります。 次は老齢者に対する軍人の恩給であります。今お二人からるるお話になりましたことでおわかりになつておることとは思いますけれども、この老齢者はさつき申しましたように、つぶしもきかない上にもう働く能力がない、まつたく一種の傷痍軍人というような性格を帯びて来たのでありますから、どうか遺族及び傷痍軍人並びに老齢軍人の恩給につきまして、重点的に御審査願いたいと思うのであります。 これをもちまして私の公述を終ります。
○八木委員長 次に黒田麗君。
○黒田参考人 順序といたしまして榎本氏からお願いいたしたいと思います。
○八木委員長 それでは順序として榎本重治君にお願いいたします。そのあと黒田君にお願いいたします。
○榎本参考人 私ただいま御指名にあずかりました榎本重治でございます。大正四年から昭和二十三年まで最初海軍参事官、その後海軍書記官と改名されましたが、それから海軍大学校教官などを兼務したりなどして同一職務に三十何年勤めておりました。軍縮会議にもたびたび参りました。 本日は旧軍人軍属の恩給に関する意見を述べろというのでお呼出しにあずかりまして、非常によい機会をお与えくださいましたことを皆様と同様厚く御礼申し上げます。 これから申し上げますことは、全般の問題につきましてなまいきのようでありますけれども、少し根本問題にも触れてお聞取りを願いたいと存じております。それからまた多少疑問の点も持つておるのでありますから、その疑問の点もお聞取り願いまして、広いお心持をもつて御理解くださるようにお願いしたいと思います。 一番初め順序といたしまして、連合国軍最高司令官の出しました指令のことについてちよつと申し上げたいと存じます。この連合国軍最高司令官の覚書によりまして、元軍人、軍属、それからこれらの者の遺族に対する一般恩給等は剥奪されてしまつたのであります。剥奪と言いましても、これを根本から奪つてしまつたのか、あるいは停止したのか、あるいは支分権だけを押えたのか、それはわかりませんけれども、ともかくも恩給は当人どもの手には入らないということになつてしまつたのであります。もちろん多少の例外はありまして、傷痍軍人とか、あるいは判任官から上つた人々などには、普通恩給も、あるいは特別の増加恩給などは給せられておりますが、それはごく例外であります。もちろん御承知のことと思います。そうしてこの処分の対象となつた者は、先ほどからるる皆様からお述べになつたように、今度の戦争には全然関係のない人で、今度の連合国軍との共同動作に参加しまして、連合国から非常に感謝され、賞揚された者、及びその遺家族までこの妙な処分の巻添えを食つてしまつたのであります。これは忘恩といいますか、まことに妙な処分の仕方でございます。元軍人軍属遺家族の受けます恩給というものは、御承知の通り、国家が恩恵的に下さるものではなくて、これは公法上の契約に基く関係から生ずるところの当然の権利なのであります。これはこの間の参議院の内閣委員会における応答などを拝見いたしましても、はつきりわかつております。これは見ようによると、一つの保険のようにも思われるのであります。そうしてこの恩給権というものは、一つの明らかな私有財産と認めることができると思うのであります。私有財産というものは侵害してはならないということは、近代における要件でありまして、ことに正常の組織を持つておる国家においては、これは当然なことなのであります。このことは国内関係のみならず、国際法上におきましても、明らかに認められておるのでありますへーグの陸戦法規にも、「家ノ名誉及権利、個人ノ生命、私有財産並宗教ノ信仰及其ノ遵行ハ、之ヲ尊重スヘシ。」としてあり、これは四十六条第一項であります。第二項は、「私有財産ハ、之ヲ没収スルコトヲ得ス。」と明定してございます。有名な英国の戦争法規学者にスペートという人がございます。この人の著書のうちに、私有財産の保護に関する規定というのは陸戦法規におけるところの大憲章である、マグナ・カルタでありますということを申しておりまして、そのことは、アメリカの一九一四年の陸戦に関する訓令中にも、特にこれを引用してございます。アメリカの陸戦に対する訓令でございます。もちろん私有財産であつても、軍事上の必要があれば、徴用したり徴発したりすることはあります。しかしながらかような場合には、必ず相当な賠償をするということが建前になつております。敵国の占領地における動作でありますが、その場合でも相当の補償を与えることが原則になつております。あるいは日本………。 〔私語する者あり〕
○八木委員長 静粛に願います。 〔「委員長々々々」と呼ぶ者あり〕
○八木委員長 ただいま参考意見を聴取中ですから、御静粛に願います。
○榎本参考人 あるいは日本は無条件降服をしたのでありますから、占領軍は国際法に定める義務から解放せられまして、何でもやつてもさしつかえないのだという俗論もあるかもしれません。しかしながら日本の降伏文書には、「日本帝国大本営並二何レノ位置二在ルヲ問ハズ一切ノ日本国軍隊及日本国ノ支配下二在ル一切ノ軍隊ノ聯合国二対スル無条件降伏ヲ布告ス」と規定してあります。一切の日本の軍隊が敵国に無条件降伏したことはまことに明らかであります。わが国の軍隊が無条件降伏をしたことは、ただいま申し上げました通りに明瞭でありますが、これによつて連合国はわが国の軍隊に対する処置は、その欲するままにしたのであります。しかしながら軍隊に対して欲するままにしたとは言いながら、これによつて連合国は、国際法の規約から全部解放されて、切捨てごめんをしてもさしつかえないのだ、何をしてもさしつかえないのだということは出て来ないのであります。現にへーグの陸戦法規の第三十五条には、「締約当事者間二協定セラルル降伏規約ニハ、軍人ノ名誉二関スル例規ヲ参酌スヘキモノトス。」と定められております。降伏の場合に参酌しなければならないということを規定してあります。すなわちこの場合においても、なお軍人に対しても、国際法の範囲内でやらなくてはいけないということを示しておるのであります。従つて、いわんや一般占領地の占領行政等におきましては、なおさら国際法規慣例を無視してさしつかえない、任意の行動をしてさしつかえないという結論は、どこからも出て来ないのであります。一九一四年発布の一これは一九一七年に改正しておりますが、米国の陸戦訓令のうちには、かように規定してあります。二百九十四条です。敵の領土に設けられた政府が、軍政政府ミリタリーガヴアメントととなえられようと、民政政府シビル・ガヴアメントととなえられようと、それは問題ではない。その性格は同一であつてまたその権原も同一である。それは力によつて設けられたものであつて、その行為の適法性は戦争法規によつて決定される。こう書いてあります。占領軍もそこにいろいろ統治組織をつくろうが、それはすべて戦争法規によつて適法性が決定せられる。こうアメリカの訓令にも書いてあるのであります。ポツダム宣言の中には、日本の国民を欺瞞して世界征服の挙に出しめた者の権力及び勢力の永久除去、日本国の戦争を惹起し、遂行する能力の破砕などが重要な条件となつておる。それに基いて連合国軍は日本軍隊を解体し、戦用施設物件を毀却し、政治上の責任者及び軍人は追放し、あるいは裁判に付して処断するなどの徹底的な処置を講じたのであります。これらの一連の処置として、軍人軍属及びこれらの者の遺族に対しては、恩給、遺族扶助料を受ける権利をも奪つてしまつたのであります。なるほど軍人中にはその実力を悪用し、本分を越えて行動した者も多少あつたことは否定できませんが、かような行動を助長しあるいは共謀した者が軍人以外の者——軍人以外の者には一般の公務員も入つておりますが、軍人以外の者にも多数あつたことはきわめて明瞭なのであります。軍人中にいかがわしい者が多少あつたからというて、軍人及びそれに準ずる者だけを摘発して、その全般を非難することは少し早計かと存じます。一例をあげますが、当時連合艦隊司令長官であつた山本五十六海軍大将が、これは兄事して非常に尊敬しておる友達でありますが、その親友に送つた手紙、昭和十六年十月十一日、これはほとんど戦争まぎわでありますが、その中に「大勢は既に最悪の場合に陥りたりと認む之が天なり命なりとはなさけなき次第なるも今更誰が善いの悪いのと言つた処はじまらぬ話なり。独使至尊憂社稷の現状に於ては最後の聖断のみ残され居るも夫れにしても今後の国内は六かしかるべし個人としての意見と正確に正反対の決意を固めその方面に一途邁進の外なき現在の立場は誠に変なものなり之も命というものか」ということがあるのであります。今度の戦争開始にあたりまして政府の命令に従つてやむなく任務に服した、遂行したということは明らかにわかるのであります。これは一つの例にすぎませんが、軍人の大部分は山本元帥と同様の立場にあつたものと存ぜられるのであります。日本には抗命罪とかいうようなものがあつて、命に服せざる場合にはこれは罪人になるのであります。それから同時に従来の日本の慣例からして管理関係をじままに持するということはできないのであります。ことに軍隊においては、おれはいやだからやめるということは許されないのであります。これは外国と非常に違うところであります。市ケ谷裁判のときに、いやならなぜやめなかつた、やめないのはそれに同意した証拠じやないかということをよく検事が言われましたけれども、日本の今までの制度と言いますか、あるいは慣例からそういうじままなことは許されないのであります。命あればこれ務め、これ従わざるを得なかつたのであります。従つて軍人軍属を特に摘発して、その責を問おうとすることは、ポツダム宣言の趣旨を厳格に解釈いたしましても合理的であるということは言えないのであります。無遠慮にいえば、二、三の者の行つた非行の責任を連坐罰として全体に及ぼしたというふうにも見えるのであります。連坐罰は御承知の通り古い刑事思想であつて、近代ではこれはだれも考える者さえないと思うのであります。これはまた先ほどたびたび申し上げましたへーグの陸戦条規のうちにも、「人民二対シテハ、連帯ノ責アリト認ムヘカラサル個人ノ行為ノ為、金銭上其ノ他ノ連坐罰ヲ科スルコトヲ得ス。」、第五十条でありますが、これは明記してあります。連坐罰が禁止してあるのであります。かように考えて参りますと、軍人軍属及びこれらの遺族に対する恩給、遺族扶助料を受ける権利を奪つた処置は、国際法上から見ても、ポツダム宣言の趣旨からいたしましても、根拠がないとも言えるような事態なのであります。また多くの場合彼ら軍人軍属また遺家族にとつては、唯一の生計の資料たるべき性質のものを奪つた点におきまして、人道上からもすこぶる論議の余地のある行為であると存ぜられるのであります。なおこういうこともあります。占領軍のとつた処置にして国際法上根拠を持つていないものは、一般に無効と判定せられることが定説のようであります。オツペンハイムという人の「国際法」という本の中には、「占領軍の執つた行動が国際法上許容された行為でなかつた場合には、戦後原状回復権により、これらの非合法行為は無効とせられることは明らかである。……若し占領軍が合法的根拠なくして私有財産又は公有財産を収得売却した場合には後日補償を支払うことなくして買得人から返還せしめることが出来る。」、その本の第二巻の三百七十七ページのところですが、そういうふうなところまで書いてあります。それからまた日本と連合国との平和条約の第十九条に「この条約の効力発生の前に日本国領域におけるいずれかの連合国の軍隊又は当局の存在、職務遂行又は行動から生じたすべての請求権を放棄する。」と書いてありますけれども、しかしこれは軍人軍属などがその恩給権に対して日本政府に請求するその権利を主張する場合にじやまになる規定とは、少しも思われないのであります。要するに日本軍人軍属及びこれらの遺族に対する恩給、遺族扶助料を受ける権利を奪つた覚書というものは、はなはだ根拠の薄弱なもので、見ようによると、それは発令当時から効力がなかつたものとも言えないことはないと思うのであります。重大な疑義があるのであります。いわんや、これは政策上の問題を申し上げるのは申訳ありませんが、政策上から見てもはなはだおもしろくないと思うのであります。理由なくして苛酷な取扱いを受けた者はどんな偉い人間でも相当な感情に打撃を受けることは、これは争われないと思うのであります。先ほどもたびたび申しましたが、スペートという人の「陸戦法規」という本の中には、一八七〇年にドイツがフランスを非常にいためつけたことを記載して、そのしまいに持つて行つて、「ドイツ官憲の方針は真の目的を適時に達成する眼目を忘れ、人民を絶望の勇に追い込んだ。」そういうことが書かれでおるのであります。いずれにしましても連合国軍最高司令官の恩給に関する覚書は、平和克復と同時にその効力を失うに至るものであることはこれは疑いのないところであります。何となれば、それは占領軍の権力に基いて発せられたもので、しかも占領軍の撤退猶予期間中といえども占領軍の行動及び安全にも関係ないからであります。まつたく内政上の規定と見るべきものであります。従つてこれは講和条約発効、平和克復と同時に、ただちにその瞬間から効力がなくなるもの、原則上なくなるものと存じます。原因やめば効果もすなわちやむというのは、これは法律上の原則のように思われます。特にこの恩給のごとき、直接人権といいますか、人権に関するような処置に関するものについては、これは即刻そのときから効力を失うべきものと存ずるのであります。占領軍の出した命令というものの効力は、平和克復と同時にただちになくなるというのはこれは定則のようであります。これに対しては、もうほとんど異説はないと存じます。 それが最高司令官の命令についての愚見でありますが、引続きまして、二十年勅令五百四十二号、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く恩給法の特例、昭和二十一年勅令六十八号、これについてちよつと申さしていただきたいと思います。連合国軍最高司令官の覚書はただいま申しましたポツダム勅令によつて実施に移されたのでありますが、これについては位下述べるような数点御研究の必要があるんじやないかと存ぜられるのであります。連合国軍最高司令官の指令が国際法上適法のものであつたかどうかということについて重大な疑義があるのでありますから、この覚書に基いて発せられた勅令、それに続いて閣令なども出ておりますが、これも同様の疑義が生ずるのであります。根本が、基礎の指令の有効性について重大な疑問があるのでありますから、その指令をただ文書に直して日本国民に発布したというだけのものでありますから、同様の疑問がこれに残るわけなんであります。これは勅令の形で、いかにも日本の主権に基いた普通の意味で従来の勅令のように考えられますけれども、実はそうではない。ただ占領軍司令官の命令をそのままただ日本国民に伝えただけのむのであります。日本の主権に基いたものではないのであります。これは実質からいえば連合国軍最高司令官の命令なんであります。それがただ日本文になつて日本の法令のようなかつこうをして日本国民に布告されたにすぎない。従つてこれについて非常な疑義があるのも、この最高司令官の指令にすでに疑義があるから当然この勅令についても疑義が生ずるわけなんであります。従つてもしこれが国際法上適法ではなかつた戦後原状回復によつて、原状に回復すべきものだという判定が下れば、この勅令六十八号というものは初めから無効なものと宣言しなければならないのではないかと考えられるのであります。少し過激かもしれませんけれども理論上はそうなると存じます。 それから、なおまた占領軍のする行為というものは、大体において占領期間中において終ることを目途とすべきものであります。その効果が占領が終つてもなお続くということは、占領軍の他国の主権がその国に及ぶことになりますし、それはおもしろくないのであります。原則としては占領が終れば、ただちにそのすべての効果が終らなければならないと思うのであります。従つてこの六十八号がかりに適法だといたしましても、その効果はやはり占領と同時に終るべきものと考えるのが至当と思われます。 それからなおその次には、この勅令六十八号は占領軍最高司令官の指令そのままであるように説明されたのを私聞いたことがありますけれども、両方合せてみると、必ずしもはたして同一であるかはなはだ疑問があるのであります。指令のうちには、バイ・リーズン・オブ・ミリタリ・サービス——軍役の理由により云々となつて、そういう人間から恩給をターミネート——これもまたわからないのですが、やめろという意味でしようが、これは基本権を奪えというのか金をやるのをちよつと待てというのかわかりませんが、ターミネート・バイ・リーズン・オブ・ミリタリ・サービスとなつておりますが、日本ではこの指令を国民に布告する場合に軍人軍属、こう漠然とした今まで使いなれた言葉でもつて軍人、軍属、遺族も含めてみんなこれのうちに入れてしまつたのであります。指令の中には、軍役の理由によりそれによつて得た報酬や恩給などをとれとあるのでおりますが、こつちの方ではそういうことはかまわず、ただ軍人軍属及びその遺族からは恩給をとつてしまえ、こういうことをやつたのであります。これがはたして正確にして同一の範囲のものであるかはなはだ疑問があるのであります。これはアメリカの考えなどから見ますと、ミリタリ・サービスといいますのは、大体において軍隊の構成員あるいは戦争の場合に軍隊に従属して随伴して歩く人などのする行動をさしてミリタリ・サービスといつているようです。普通の官庁の、海軍省、陸軍省そういうようなものに内地でもつて服務している人間、そのすべてまでをミリタリ・サービスに服するものだとは解釈していないようであります。ことに政務次官、ああいう人をミリタリ・サービスに服したものであるという考えはアメリカの慣例にはないように思う。アメリカの軍法会議の統一法、これは年号は忘れましたけれども最近の現在施行されているものなどを見ますと軍役に服するものと認められて、軍法——ミリタリ・ローを適用されるものは軍隊の構成員、沿岸測地部員及びその他の機関の軍に配属され、ここに勤務するもの、戦時出動中の軍隊に勤務し、あるいはまたこれに随伴するもの、そういうふうな限度に限られておりまして、軍人の予後備役のごときものも、現に政府から俸給を受けてないようなものは、この軍法の適用を受けておらないのであります。従つてアメリカの観念をもつてすれば、こういう人はいわゆるミリタリ・サービスに服するものとは考えておらないと思うのであります。そういう関係でもつて連合国軍最高司令官は日本政府に対して命令をしたのではないかと思う。その範囲の人間、今度の戦争に関係したもの、それの構成部員となつて働いたものは恩恵的な何かうまいことはしやしないか、そういうことをさせてはどうもならぬから、それから恩給とか特殊な恩典をとつてしまえ、こういつたのではないかと思う。昔からの何十年か自分たちの戦友として働いたものの未亡人の遣族扶助料までとれというような非常識なことを指令したのではないと思う。しかるにもかかわらずそういうことをとかく研究せずに当時の政府が軍人軍属というような、日本で言いなれた言葉でありますからミリタリ・サービス、海軍省、陸軍省の人間は問題なくミリタリ・サービスだ、やつつけてしまえということをやつたのではないかという気がしてならないのでありますが、これは私の誤解かもしれません。しかしながら今私が申しましたことが幾分なりと理由ありとすれば、その連合国軍最高司令官の指令からはみ出した部分については、これはまつたく根拠のない日本の命令が国民に対して下されたものと思うのでありますから、初めから無効と存じます。それですからその部分だけは少くともかりに最高司令官の指令が有効で、その指令を実行した日本の勅令も有効であつたとしても、そのはみ出した部分だけは、これはまつたく無効のことをしたのであるから、これは原状回復によつて元へもどさなければならないもの、こう考えます。 それからもう一つ御参考に申し上げたいことがございます。勅令六十八号第一条によつて、例外として総理大臣が指定した者は恩給をとられる災厄から免れたのであります。それはどういう人かと申しますと、判任官を何年か勤めて非常に成績が優秀であつた者は、優遇の意味を幾分含めまして、特進して高等官に採用されたものであります。この人は例外に普通恩給も一般文官と同様に給ぜられておるのであります。これは当時非常に問題がやかましくなりまして、判任官から上つた人人が非常に怒りまして、団体を組んで政府に陳情したりしました結果かとも存じます。これはまことにけつこうなことでありますが、今除外例になつておりますのは、高等官四等どまりの事務官、理事官、翻訳官というような人々であります。しかるにふしぎなことには、これは事務系統の人だけでありまして、技術系統の人で同様な人が幾らもあるのであります。長年工員見習から工員になり、それから判任官となり、技手になり、それらを長年勤めあげて、やつと優遇の意味をもつて技師に採用された人は相当にあるのであります。海軍には海軍技手養成所というものがございました。長年工員をいたしまして成績優秀な者をそこに入れて、技術を修習して技手になるのであります。二年かそこらで技術と普通学などを勉強しまして技手として働くのであります。そのうちでまたごく優秀な者は、長年技手を勤めあげますと技師に任用されるのであります。この点は事務系統の事務官、理事官などと全然同一で、むしろ工員見習とか工員をしていた期間が長いのであります。しかるにもかかわらず、工員見習を長くやつて工員になり、それから技手を長くやつて非常に成績優秀であるがために、優遇の意味をもつて技師になつた者は、恩給は給せられないのであります。これは非常な不公平であります。何のためにかような差別を設げたか全然わからないのでありまして、この人人から非常な不平が出ております。私のところにもたびたび法制上の問題などを聞きに来られたことがございます。これはまつたく理由のないことで、おそらく技師といえば勅任官まであるから、四等どまりの者とはたいへん違う、だからこれは恩給をつけてやる必要はないのだというような考えが、当時事務当局にあつたのかもしれません。しかしながら、工員からだんだん上つて、やつと優遇の意味で技師になつた者が、勅任官などになれる道理はありません。これは奇跡的にあるかもしりませんが、普通にはありません。大体やめるときに四等くらいに得進させていただくようなものでございまして、これは全然事情がかわらないのであります。しかるにかかわらず、一方においては恩給を給せられ、一方は恩給を給せられないというような不公平なこともございます。これは一つの事例で申し上げたにすぎません。いかに六十八号、それからそれに関連した閣令などにずさんな点があるかわかります。人の生命にも関するような重大な権利を、非常にずさんな目分量でもつてやつて、あるいはやかましく陳情したものは通したというような形跡さえある。形跡があるとは私は申しませんが、しかしあつたという誤解を一般に生じておることは、よほど考えたければならない点と思います。 はなはだ長くなつて申訳がありませんが、国内法の関係で恩給が保障されている点だけを申し上げたいと思います。これは釈迦に説法で、私がはなはだなまいきだとおつしやるかもしれませんが、一応申し述べさせていただきたいと思います。
○八木委員長 ちよつと榎本参考人に申し上げます。時間が経過しておりますが、あと委員側からの発言の御要求などもありまするし、有益な御意見のようでございますから、適当な機会まで待つことができれば、急所だけ簡潔にお願いできたらどうかと思います。
○榎本参考人 国内法では、皆さんも御承知の通りに、憲法では「財産権は、これを侵してはならない」とあります。公務員法には「相当年限、忠実に勤務して退職した者に対しては、恩給が与えられなければならない」とあります。それから恩給法には「公務員及其ノ遺族ハ本法ノ定ムル所二依リ恩給を受クルノ権利ヲ有ス」と書いてあります。従つて公務員が相当年月忠実に勤めてやめれば恩給をもらうということは、日本の法制上きまつたこどであつて、これは申し上げるまでもないことであります。恩給権の消滅とか年数の除算とか恩給受給資格の喪失とか、恩給の停止といつたようなことはありますけれども、これはすべて犯罪とか懲戒その他の特殊の事由によつたもので、軍人軍属というふうな一定の身分を持つた者であるがゆえに、それに恩給を給しない、あるいは恩給を薄くやるという規定は全然ないのであります。これは日本の法制上からいえば一視同仁であるべきものと存じます。軍人軍属といえども、これはみな国家に対して忠誠を誓つて誠実に服務したものでありまして、一般公務員と異なるところはないのでありますから、差別待遇の出ようはずはないのであります。従つて軍人軍属及びその遺族といえども、これは恩給法上明瞭な権利を持つていると存じます。それで軍人恩給に関するあの指令によつたポツダム勅令が出たために、軍人の恩給権は廃止されてしまつたという説もあるようでありますけれども、これはとんでもないことでありまして、先ほど申し上げました通りに、占領軍の司令官り命令の効果というものは、その根本までも奪うことはできないのでありまして、占領中の事態だけを律すべきものである。それによつて将来の恩給を受ける権利の根本まで奪つてしまうということは、条理から言つても、国際慣例から申しましても、占領軍の司令官の命令の限度から申しましても、さようなことはできるはずがないのであります。日本の勅令などの条項から見て、恩給は給せずとあるから、これは根本からなくなつてしまつたのだとか、あるのだとか、そういう枝葉末節の問題をとらえて論議するのは、はなはだ当を得ないように感ぜられるのであります。 それからちよつと申し上げたいことは、最近成立いたしました法律二百五号は、私の考えではちよつとふしぎなような気がいたすのであります。これは平和回復と同時にその瞬間から、最高司令官の恩給に関する覚書というものは当然消えてなくなつておるのであります。従つて、その後六月ごろになつて、平和克復の時分にすでになくなつてしまつた覚書をただそのまま国民に布告したにすぎない。ポツダム勅令も同時にその運命をともにしておるべきはずです。これはもう日本の国内法とは事実上いえない。実質上はこれは最高司令官の命令そのものなのでありますから、当然占領終了と同時にこれは効力がなくなつて、すつかり消滅しているはずであります。それを法律二百五号をもつて、六月ごろになつてその法律としての効力を来年の三月三十一日まで持たせるということは、これは理解するに困難のような気がいたします。局部のものの効力を延長するというのですから、これは非常に難解な法律であると私は存じております。 それから簡単に申し述べますが、軍人軍属及びこれの遺族に対する恩給支給上の気がついた点がちよつとあるのであります。第一は、支給する恩給は正式の恩給でなければならないと存じます。これらは当然の権利でありますから、国家が国民に対して約束し、公法上の契約によつて管理関係を生じ——まあ近ごろは管理関係ばかりではありませんが、国家が約束をして一定の権利を国民に与えておるのでありますから、やはり国家としてはその権利はあくまでも認めて責任を負わなくてはならない。その権利に対して、国家として、負うたところの義務は履行しなくてはならないと思うのであります。従つてこれはどうしても恩給を給さなくてはならない性質のものである。正当の権利を奪つて、恩恵的に、お前は困るだろうから、これだけお燈明代をやるからまあしばらく生きているというのではいけないと思います。これは正当の権利を持つているのです。正当の権利を持つているものを押えておきながら、あめをやつて默つていろというのは、はなはだ正道を踏んだやり方ではないと存じます。それから支給せらるる恩給は、一般恩給と同一基礎観念でなければならないと思う。文官と軍人、その間に恩給を給する基礎観念に違いがあつてはいけないと思います。軍人に対しては、もう老いぼれ軍人だからかわいそうだから少し金をくれてやれと、恩恵的な考えを持つていたらとんでもないことだ。やはりこれは彼らの持つている権利を尊重して、権利を尊重するのは近代国家のとるべき方法だというお考えのもとにやつていただけばはなはだありがたいと存ずるのであります。もちろん軍人のうちにも変な考えを持つて過激な行動に出て、ずいぶん国家悲運の因をなした者もありますから、そういう者には懲罰的な意味をもつて恩給をやらないのだという考えもけつこうでしよう——けつこうとは申しませんが、そういう考えもあり得るかもしれませんが、その場合においては、だれがはたしてそういう悪いことをしたか、これは明白な証拠をもつて摘発しなければいけないと思います。ただ漠然と、一人、二人やつたからといつて、先ほど申したように、連坐罰的な考え方で軍人全体が悪いという考えはよくないと思います。それから一定期間を限つて、たとえば満州事変前の者にはやるが、満州事変以後の者については特殊な考慮を払うということを言いますが、これはちよつとしろうと考えといいますか、あまり正確な考えではないと思います。何ゆえに満州事変以後はぐあいが悪いか。このぐあい悪いことをした者は、先ほど申しましたように、その人間を摘発して、その人間に対して特別の考えをするとかいうことをすべきではないか。みんな軍人軍属は国家の命に服して誠実に勤務に服した者でありますから、それに対して甲乙の差別をつける理由はないのであります。 それから軍人の加算年の問題などもありますけれども、加算年の問題も、ただ一概に、軍人は加算年が多いからこれを削つてしまえ、財政上の理由からこれは削つてしまえというように十ぱ一からげにやることは危険だと思います。軍人に加算年を付したのは、現在やはり文官に加算年を付する、特殊の業務に対しては加算年を付するということがありまして、それと同一の観念に立つておるのでありますから、むやみに加算年は削つてしまえという考えは危険かと存じます。この点は各加算年についてよく御研究を願いたいと存じます。 以上たいへん時間をとりまして御迷惑をかけましたが、先ほども別の参考人から申し上げました通りに、軍人軍属は、武士は食わねど高ようじのような気概でやつておるようでありますけれども、あまりに困難がひどい、しかもその困難がどうもふに落ちない、何ゆえに自分らはこれだけの懲罰的な取扱いを受けるのか。それから、ほかの者とのつり合いがとれないということになりますと、ますます思想上にも変化を来さないとも限らないのでありますから、その点から見ましても、公平な、すみやかな——これは、窮迫しておりますからすみやかな方がよいと思う。すみやかなおとりはからいが願わしいと存ずるのであります。たいへん長くおじやまいたしました。
○八木委員長 ただいまの榎本重治君の発言中に、庄司、井之口両委員が、委員長の許可なく何か私語をいたしたようでございますが、もし速記録に掲載されているようなことがあれば委員長において適当に処置いたします。 次に、黒田麗君にお願いします。
○黒田参考人 私は元海軍軍人であつた者であります。これまで常に述べられたことでありますが、この恩給の問題に関しましては、根本的にはもちろん海軍、陸軍とも問題は違つておらないと思うのであります。また、述べたいことのおもな点も今までにもう述べられております。それからまた実例も話されましたので私は申し上げませんが、ただ、特に強調いたしたいと思います一つ二つの点だけを項目をあげるのにとどめさしていただきたいと思います。 まず、文官に比べて武官が非常に片手落ちの処遇を受けておるということであります。追放された文官が、追放解除になりますとすぐ恩給が復活したのでありますが、軍人に限りましては、今度のように、軍人恩給特例審議会というようなものを設けて審議するというようなことになつております。これは、占領下ではやむを得ない経緯があつたかもしれませんが、決して公平な処遇ではないと考えるのであります。過去の総力戦下におきます文官と軍人軍属との職責のことも考えてみますと、軍人は命を捨てて強制的な義務に服したという点が異なつておりますが、戦争遂行に関する職責は、抽象的な考え方からいたしますれば文武かわりはないと考えるのであります。この同一の職責に対しまして、文官は解除とともに恩給が復活されるけれども、軍人軍属は追放解除になつても恩給が復活しないということは、まつたく片手落ちなお取扱いであると思うのであります。ことに同じ文官でありながら、軍属という名になつておりますがゆえに差別待遇を受けております。また身命をなげうつということを強制されております義務のある軍人が、文官より悪い待遇を受けるということは、筋が通らないのではないかと思うのであります。先ほど榎本氏から、苛酷な取扱いを受けて刺激をされた結果が恐ろしいということでありましたが、こういう均衡を欠いた取扱いは、ことにそれが長く続きいつまでも待たされるということは、待つのにも限度があるのでありまして、耐え切れないというようなことになりましたその憤激の結果は、私は非常に憂慮するものであります。 次に、恩給制度と社会保障制度の関係でありますが、元来恩給は、国家公務員がその在職中に国家に対しまして尽しましたために生じましたことに対する国家保障であるという考えからいたしますると、これを社会保障にするということは見当違いではないかと思うのであります。他の民主主義の国におきましても、ことに社会保障制度が発達した外国におきましても、恩給制度を廃して社会保障制度でやるという国はないように聞いておるのであります。でありますから、社会保障制度をもつて恩給制度にかえるということは、理由が成り立たないと思うのであります。その詳しいことは省略させていただきます。 これに関連することでありますが、給付が上も下も一律平等であるということは、私どもといたしましては絶対に避けていただかねばならぬと思うのであります。今次の遺族や傷病者の援護に関する法律によります給付は、臨時の措置、応急の手当といたしますれば一応受取られるのでありますが、これが長く続くということには反対せざるを得ないのであります。今日軍備は撤廃されましたが、恩給制度は過去に対する国家保障であります以上は、過去を無視した臨時措置が長く続くということは違法ではないかと思われます。いずれの国も大将と二等兵との遺族に対する給付が同一である国はないと思われます。でありますから、この一律平等という給付は、つまり今次のこの援護措置は、ぜひとも本年度限りにしていただきまして、私どものお願いいたしたいと考えますのは、恩給制度をすみやかに復活していただきたいということであります。 以上であります。
○八木委員長 これにて参考人よりの意見聴取は終りました。この際時間は経過しておりますが、委員より発言を求められておりますので、順次これを許します。他の会議の関係もありますから、ごく簡潔に願います。庄司一郎君。
○庄司委員 ただいままで参考人の諸君よりいろいろ有益なるお言葉を聴取いたしまして、たいへん得るところが多かつたと思うのであります。全国的な連絡会議も持たれておるようでございまするが、本委員会としては皆さん方の御意見を尊重され、つとめて有効なる調査研究を進めて行かれることはもちろんでありますが、あなた方の方で集められたる全国的な資料のプリントされたものでもあれば、またこれからでもされたならば御提出を願いたいと思うのであります。 なおこの際遺族の扶助料等の問題について、むろんこれは恩給局の方面にも調査資料は出ておるとは思いますが、全国より集まつた請願あるいは陳情書の合計はすでに数百を越えておるのでございまするが、特に緊急を要する、たとえば五十歳とか五十五歳以上の者とかあるいは遺族の未亡人とかの数に関して、参考資料として最も適切な御調査があれば、すみやかに適当な機会までに御提出を願いたい。なお予算措置の伴う問題でありますがゆえに、予算委員会等においても相当関心をもつて真剣に討議されておる問題であると思います。先ほどどなたか参考人のお話の中に、金額において一千三百億とか、そういうことをある政府委員が述べられたというようなお言葉もありましたが、わが国の総予算七千億円ということからいたしますと、なかなか困難な面もあると思います。しかしながら本末を誤まらず順序を追うて、一気呵成の解決はできませんでも、たとえば五十五歳以上だとかあるいは未亡人は一ぺんに解決がつく可能性があると考えられますが、それも数の面においてあるいは年齢の関係において、いろいろそこに問題があると思います。従つてそういう面に対する調査の資料をつとめてすみやかに御提出願いたいと思います。本日は時間もありませんし、午後一時より本会議もあり、また他の委員会もこの部屋であると思いますので、私は以上の一、二希望を要請いたしまして、別に御答弁は必要でございません。緊密なる連繋のもとに、本問題を社会問題化せずして、円満にひとつ目的を達成して行きたいという信念の上で要請を申し上げた次第であります。時間もありませんので、私はこれでやめます。
○八木委員長 平川篤雄君。
○平川委員 一点だけ石丸さんにお伺いします。恩給復活連絡会というものが、どういうお仕事をなさつておるか知らないのですが、いろいろお考えもあろうかと思いまして、一点だけお聞きしておきたいのです。ただいまるる各参考人からお述べになりましたことは、まことにもつともでありまして、大部分の者は軍人恩給を復活することに異存はないはずであり、またわれわれ親族や近所の者を通じまして、その困窮の状態も見ておりまして、何とか早くこの問題は解決しなければならないと思うことは、決して皆さんに劣つていようとは思わないのであります。ただ問題がはなはだ困難でありまして、ただいま庄司委員からもお話になつておりましたように、あなた方の方のお持ちになつております意見、資料というものを参考にいたしたい点が多多ございます。ことに本日参考人の御意見をお述べになりました中で、私明らかにしておかなければなるまいと思う問題は、一体この生活保護と申しますか、当然これは恩給権という権利でございますから、生活保護ではないのでありますが、しかし事実問題として生活を保障し得るに足るものを恩給の中において要求せられるか、恩給という原則の中において生活という問題を重視せられるか、あるいは単に過去にやつておりました給与をもとにしての、何と申しますか恩給法による計算によつて得られるものだけで満足をせられるかというような問題は、非常に大きな問題であろうと思うのです。これはどこが非常に大きな問題になるかと申しますと、現に皆さん方もいろいろお聞きになつておると思いますけれども、わが委員会が先般恩給の不均衡是正という問題を扱つた。これは決して現在退職しておる公務員の問題ではなくて、将来軍人恩給においても起るべき問題なのです。つまり過去のあなた方のとつておいでになりました給与体系というものと、現在の給与体系というものは違うのです。これは当然出て来るのでありますが、さらにその問題を一層困難にいたしますのは、先般もちよつとおふれになりましたが、召集や徴兵によりました軍人、特にいわゆる下士官などの扶助料であるとかあるいは傷痍軍人の恩給というものにつきましては、これがただいまの給与の観念とは全然違うのであります。結局はがき一枚で召集に応じたような考え方が給与そのものにも入つておりまして、これを今の生活給に引直すということになりますと、これは非常な問題が出て参りますと同時に、これを恩給で考えるということになりましたら、その給与の見方というものがこれまた問題になつて来るのであります。きようここにお並びになつております五人の方は、いずれも当時相当な地位にあられた方のようでありますが、いわゆる兵卒、下士官というような方々の声ははたしていかなるものであるか、私はその叫びが十分にお聞きできなかつた点があろうかと思いますので、この点についての御見解があればこの際特にお示しを願いたいと思うのであります。これは非常な根本的な問題でありますので、私の聞きました点にももつと説明を必要とするのかもしれませんが、時間がございませんので、ひとつ御推察になつてお答えをいただいたらけつこうだと思います。
○石丸参考人 ただいまの点で申し上げます前に、先ほど小口甚蔵君の例を申し上げたのは、すなわち今のあなたのお尋ねのことの御参考に申し上げたわけであります。過去においては、徴兵になりまして家庭の事情これを許し、また農家の次男、三男、また中小工業家とか、そういうふうな者でむしろ恩給をいただくまで兵隊におつて、そして恩給をいただいたならばそれを資本にしてと申しますか、生活の一助にして行こうというような観念のもとに従来はやつておつたのでございます。従つて先に数字的に申し上げました九〇%までは下士官だ、徴兵出身だというような、そういう類の者が最上級は中佐くらいまで特別の人が行つておるのでございます。それでそういう者は、当時におきましては一例を申しますれば、恩給なりあるいは扶助料なりによつて少し足し前をすれば相当の生活ができたのでございます。今日に至つてはそうは行きません。また兵でございますれば、兵の給与を基準にして考えますれば、これはたいへんめんどうでございますので、御承知の通り仮定俸給でございますが、そういうものをきめまして、それによつて恩給法はきまるわけであります。ですからして、それによつてやれば兵卒の恩給も過去の、さき申し上げました小口君あたりは、中尉で千何百円くらいしかいただいておりません。兵卒でございますれば、百何十円、二百円、三百円、そういうのがたくさんあるのでございます。ですからしてそれをそのままではいけません。それらのことはそれぞれ研究をしていただかねばならぬ、こう思うのであります。また兵卒の方は、今日の状態から申しますると、ただ恩給だけではやはり食つて行けません従つて社会保障制度とあわせてやつていただかぬければいけない、こういうふうに思います。さきに国会を通過いたしました扶助料の問題でも御承知の通りに、両親でございますれば、五千円なのです。それではまつたくいかぬのでございます。何らかの処置をしていただいて、両々相まつていただかなければいけない、こういうふうに私は考えております。
○平川委員 これは先ほどどなたかのお話でもございましたが、ひとしく戦死者の場合でありましても、かなりいろいろな議論をなさる方があると思う。ましてただいま私が申しますように、全然給与の観念が当てはまつていない下士官以下の方と、あるいは将校というような方々との間の給与は、恩給法の今の仮定俸給をいかように定めまするにしても、やります場合には相当これは問題が出て来ると私たちは思うのであります。というのは、あまりにいわゆる大将とそれから二等兵の間の開きが多いからして、今のやり方を考えてみますと、大体において現在最低の公務員と最高の公務員との間の幅をそのまま二等兵とあるいは大将に当てはめて行くということにいたしますと、最低限がただいま生活給の考え方になつておりますから、低いところは比較的よいといつては悪いのでありますが——、実際は食えないのでありますけれども、しかし相当な上り方をするのでありますが、かえつて大尉だの中尉だのという、しかも長年下士官からたたき上げたようなたくさんな階層が、やはり低くなるのではないか。ひいては下も満足しないが、中ほどの者も満足しないというような結果になることを私どもおそれているわけです。同時に先ほど庄司さんが言われましたように、これは何とか政治問題、社会問題にしないように解決をしたいという念願は私どもにもあるのであります。むずかしい国家の財政の中におきまして、千六百億というような大きなものを支出することはできないのであります。そういたしますと、一体どこがその妥結点であるかということになりますと、実際問題としてなかなかこれは苦しむのであります。そこで軍人恩給を支給さるべき方々の中でいろいろな問題が起りますものが、ひいては社会問題になり、重大な政治問題になつて現われるのでありますが、一本のお考えというのはどういうのですか。これはもちろん現在の公務員、あるいは一般文官の恩給とりというものとの均衡も考えなければならぬのでありますが、原則的に軍人恩給を復活させようと御運動になつておる方々の中に、ずつと下の階級の人たちとずつと上の階級の人たちとの意見がある程度この点では一緒になるのだというものがあれば、たいへん私どもは便利をいたすのでありまして、問題が早く解決するのではないか、そういう点はなかなかむずかしいのでありますが、そうした御意見が将来においてもありますならば、できるだけわれわれにそれを通じていただきたいということを念願いたしまして、私の質問は打切ります。
○八木委員長 井之口君に発言を許す前に申し上げたいのですが、所要時間はどのくらいですか。共産党時間に延びないように、一問だけぐらいにしてはどうですか。
○井之口委員 いや三、四問あるのです。
○八木委員長 皆さんにお諮りしたいと、いつも委員長が迷惑しますから……。
○井之口委員 委員長はそこのところを超党派的に運営されれば……。
○八木委員長 では適当な時間に制限するということで、発言を許します。
○井之口委員 それじやお尋ねいたしますが、きよう参考人としてお見えくださいました方々は、大概元軍人の方でいらつしやるとか、それから恩給復活連絡会の関係者の方々でいらつしやいますので、大体御意見は同じと思います。榎本さんの御意見によつて大体総括されているだろうと思いますので、榎本さんにお尋ねいたしますが、このポツダム勅令によつて恩給を受ける権利が剥奪されているが、この勅令は無効なものであるというふうなお考えであります。勅令という名前であるから、従来の勅令と同じように聞えるけれども、そういうものではなくして、無効のように思われるというふうな御意見でございました。しかし終戦後ポツダム勅令によつていろいろな法律が出ております。たとえば追放されるとか、いろいろ法案が勅令によつて出されておりますが、そうしたものまでもこれは当然無効なものであつて、実質上国民はこれに服従する義務がないものであるのかどうか、どういうお考えでありますか。ただ恩給についてだけそういうようなお考えをお持ちになつておるのか。
○榎本参考人 ただいま私が申し上げましたのは恩給だけの点について意見を申し上げたのでございます。
○井之口委員 日本国民として当然われわれは広い観点をとらなければならぬのでありまして、われわれがただ恩給だけを考慮するというふうなことではないはずでありますが、他の部分に対してはいかなるお考えを持つておるか、お尋ねいたします。それからまたわれわれは権利としてこれを受取らなければならぬというふうなお考えのようでありましたが、戦争前にすでに日本の軍関係の方々並びに官吏の方々というものは、非常に国民より別個の取扱いを受けて、別個の特権を持つて、そうしてこうした恩給などというものも厖大な額に達し、当時恩給亡国論というものさえも出ておつたようであります。もしこれらの一切の権利を復活しなければいかぬというふうなお考えでありましたならば、またああした時代の軍閥並びに官僚の跋巵ということが日本の政治に起つて参りまして、そうして国民生活を非常に圧迫するという結果に立ち至るのじやなかろうかと思いますが、この点について御返事を願いたいと思います。終戦後起りました多くの民主主義的な改革に対しましては、従来の恩給を受けるような方々はこれを否定せられるのでありましよう。それから今軍人の方々で千葉辺やその他の演習地に入植して農業を営んでおられる方々がたくさんおるのであります。その方々の今日のいろいろな政治一般についての考えを承つてみますと、将官の方々——大将、中将、少将という高官の方々はもう相当の年配に達せられまして、従来の政治に対してもある程度の批判をお持ちになつて、そして将来日本は戦争というものに対して大いに警戒しなければならぬ、今のような軍備を拡張するというふうなことをして、アメリカの手先になつてしまうようなことがあつたならば、日本は建国以来の独立を失うのであつて、たいへんなことであるというふうなお考えを持つて再軍備などにも反対していらつしやるようであります。そしてそういうことが可能になりますと、単に官吏や軍人のみならず、日本国民の多くの方々が養老年金を受けて、社会保障制度を徹底して、老後を安楽に暮す——働いた人々として当然の権利を受けて、老後を穏やかに暮すことも可能であります。しかもその軍人がアメリカ軍隊の手先になつて勤めなければならぬというふうなことになり、しかもそれに対して厖大なる恩給を払つて行かなければならぬということになりましたならば、将来日本の国は恩給亡国どころの騒ぎじやなくて、アメリカのために日本民族自体が破滅するような状態に立ち至るじやなかろうかと思う。そう、いう考えが将官の方々にほぼ了解されて、この方々は再軍備にも反対しているように承つている次第であります。なお大佐、中佐、少佐等の佐官級の方々は当然働く能力を非常にお持ちになつていらつしやるでしよう。そしてその中にはいろいろ日本の将来のことをお考えになつていらつしやる方々もあるそうでありますが、この中からアメリカの軍隊の方にむしろ忠勤を尽して、そして再軍備の方にいろいろ協力し、再軍備の幹部級の仕事に協力し、そして場合によつては、蒋介石とかいうような連中とも連絡をとつて……。
○八木委員長 井之口君に申し上げます。御意見は他日にお譲り願いまして、参考人に対する質問だけにしてもらいたい。
○井之口委員 わかりました。そういうような状態だそうでありますが、こういうようなことになつて、そういうアメリカ軍のために働いて相当の収入を得て、今の世の中に時めいて、ばりばりでやつているような人たちにも恩給を払わなければならぬようなことになつてもいいというお気持をお持ちになつていらつしやるでしようか、承りたいと思います。なお兵に対しましては、先ほど御質問がございましたから、この点は省略いたしますが、そこら辺をどうお考えになつていらつしやるか、率直な御意見を承りたいと思います。
○榎本参考人 今いろいろ御意見がごさいましたが、どうも私に対する御質問の趣旨がちよつとはつきりしませんでしたが、ただこれだけは申し上げておきます。軍人軍属が権利として恩給を主張するのであつて、それは国が財政上困つても、あくまでも主張するというのではありません。国の困難な事情は、いくら軍人軍属がばかでも、門外とも、国外も国内治安も非常に乱れて、非常な困難な状況にあるということは、軍人軍属も十分知つております。知つておりますが、しかしながら権利を持つておるそれを適当に認めていただきたい。国をつぶしてまでもその権利を主張するということではございません。彼らの主眼として最も望むところは、公平な常識的な解決を願いたい、こういうのであります。がむしやらにただつつぱるのではございません。
○八木委員長 これにて本日の会議は終了いたしますが、この際参考人の方かに対し、委員長として一言ごあいさつ申し上げます。旧軍人恩給復活に伴い、この問題を当委員会はかねてより調査審議中でございますが、本日は、参考人の方々には御多忙中おいでを願いまして、貴重な御意見を拝聴できまして感謝いたします。今後は十分これを参考として、われわれ適正なる成案を得るよう推進して参りたいと存じます。ありがとうございました。 これにて散会いたします。 午後一時四十二分散会