外務委員会 第31号
- 発言数
- 92 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1952/06/11
会議録
○仲内委員長 ただいまより外務委員会を開会いたします。 まず理事補欠選任の件についてお諮りいたします。理事近藤鶴代君が、去る五日二十四日一度委員を辞任せられ、二十六日に再び同委員に選任せられました。従いまして、理事が一名欠員となつております。それゆえこの際理事の補欠選挙を行いたいと存じますが、これは先例によりまして、委員長において指名するに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○仲内委員長 御異議なければさように決定いたしまして、近藤鶴代君を理事に指名いたします。 —————————————
○仲内委員長 次にインドとの平和條約の締結について承認を求めるの件を議題といたします。政府側より提案理由の説明を求めます。岡崎外務大臣。
○岡崎国務大臣 ただいま議題となりましたインドとの平和條約につきまして、提案理由を御説明いたします。 インドは、種々の理由により、サンフランシスコ平和條約の当事国とならなかつたのでありますが、本年四月二十八日、インド政府は日印戦争状態終結の告示を発出し、また同日付の両国間の交換公文により、爾後両国間に外交領事関係が開かれることとなつた次第であります。しかしながら、戦争に伴う諸問題を解決し、かつ将来久しきにわたる両国の平和と友好の関係の基礎を確立するための、條約を締結することが必要と考えられたのであります。かかる平和條約の締結については、すでに昨年十二月以来交渉を進めていたのでありますが、ようやく最近に至り議がまとまり、六月九日東京において目印平和條約の調印が行われるに至つた次第であります。 本條約は、国際連合憲章の原則に基いて、両国共通の福祉の増進及び国際の安全と平和の維持のため、友好的に協力する希望を明らかにした上、両国間の恒久的平和友好関係を定めるとともに、今次戦争の跡始末に関することを規定したものであります。この條約は、領土、安全保障等の政治條項を含まない一方、インドがその賠償請求権を放棄し、在印日本資産の返還を約しており、この点、サンフランシスコ條約に比較して、わが国にとりきわめて有利になつておりまして、その一般的内容は、現下の国際情勢に照し適切であるのみならず、日印間の恒久的な平和友好関係を確立する基礎となるものと信じます。 政府は国会の会期もすでに切迫しております現在、でき得る限り、新しい法案等は提出しない方針で来ておつたのでありますが、このインドとの平和條約は、特に日本にとりましては重要な意美があり、かつその内容はまことに公正妥当なものと信じておりまして、これが東亜の諸国の、いまだわが国と国交回復に至らざる国々にとりましても、非常に好影響を與えるものと考えられましたので、国会末期であつて、はなはだたくさんの案件のある外務委員会等に、かかる問題を新たに提起することは恐縮ではありますけれども、ぜひともかかる特別の條約でありますので、御審議の上、承認を與えられんことを切望いたしまして、本條約案を提出したわけであります。
○仲内委員長 本件に関する逐條説明ほ、審議の都合上、後刻聴取することこいたします。 —————————————
○仲内委員長 次に国際情勢等に関する件について、質疑を行うことといたします。質疑は通告順にこれを許します。佐々木盛雄君。
○佐々木(盛)委員 私はこの際参議院議員の緑風会の高良とみ女史、衆議院戦員の改進党の宮腰喜助君、さらに帆足君等の、最近のソ連や中共における言動に関連をいたしまして、政府当局の見解を明らかにいたしておきたいと思います。 まず第一に、その中でも特に国民にいろいろな影響を與えておりますものは、高良とみ女史が、ソ連地区にはなわ十八万二千の残留の日本人同胞がおるということでございます。これがもし真実であるといたしますと、今日留守家族や遺家族にとりましては、まことに切実な重大問題でございます。従来ソ連代表部は、公にすでに千八百名の戦犯を残すのみであつて、その他の内地送還は完全に終了したという声明を発表しておつたことを考えますと、今もつて十八万二千の同胞が残留しておるというようなことは、われわれは容易に信ずることができないわけでありますが、これについて外務省といたしましては、どういうふうな見解を持つておられますか。一説によりますと、十八万二千には、かなり信ずべき根拠もあるやに言つておる関係者もあるわけでありますが、これらに対して、はたして何らかの信ずべき根拠があるかどうか、また外務省の調査によれば、一体どれくらいのものがただいま残つておると想定されるかというふうな点に関しまして、政府の見解を明らかにしてほしいと思います。
○岡崎国務大臣 高良女史の北京からの電報というのも、一応高良女史の名前で電報は来ておるそうでありますが、これは実際に調べてみなければ、あるいは聞いてみなければ、高良女史がはたしてその通り打つたかどうかはむろんわからないわけであります。しかし、かりにこの電報が高良女史の電報であると考えまして、その内容について見ますと、今佐々木君の言われましたように、何か一向わからないもの募りまして、ソ連側ではいろいろの時期に、いろいろの径路を通じて、戦犯関係の者以外は、もう送還すべき人は一人もいないのであると言つておつたわけであります。われわれはそれに対しては非常に納得できないわけでありまして、数字もかなり正確に調べまして、とにかく生存者、死亡者、生死小門の者を合せれば三十四万余りになるという主張をしております。また現実に一人もいないというのは、また死亡した人は別だというならともかくも、とにかく非常に多数の人がおりまして、普通の状態でも千人に幾人という者はなくなるわけであります。それか何年もおつたのでありますから、少くとも死亡した人はこれだけだという数字がなければ、とうていこれは納得できないわけであります。でありますから、われわれは常に、まだソ連領には生存している人あるいは死亡している人が相当数あるのである、その根拠はこれこれであるとつて従来説明しておるのであります。今度の十八万何がしという数字につきましては、われわれがかなり正確に、ある時期においてなくなつたとか生きておつたとかいうことを集めました数字によりますと、生存者としては非常に多い数字であります。これもわからないのでありますが、もしこれが事実とすれば、今までわれわれとしては、とにかくなくなつておるかもしらぬが三十数万という者がおるのだという主張をしておりましたのに対して、ソ連側では、戦犯関係二千人弱の者を除いては、ほかにいないのだと言つておつたのと違つて、とにかく十八万でもおるのだということになつておる点では、われわれの主張にかなり近づいたものであるとは思いますけれども、この電報の事実もしくはどこから得た根拠であるかというような点がまだ全然わかりません。私どもはそれがはつきりするまで、こういう問題をあまり断定的に考えたり、とにかくいいニュースであるからといつて、これを大きく取扱うことは差控えるべきだと考えております。断定的に言えないことはむろんでありますが、これを大きく取扱いますと、一日も早くと思つて国内で待つております家族の人たちは、ソ連側が今まで、もう一人もいないのだ、と言つていたのに対して、十八万いるということで、非常に大きな希望を持たれるのは当然のことであります。そしてあとでもしこれがまた何らかの理由で、誤伝であつたとかあるいは間違いであつたとかいうようなことになりますと、今度はまたそれが家族等に與える失望は非常に大きいのであります。従つて正確なる材料の出るまでは、われわれはただこれは一つのニュースとして聞いて、またこれを確かめる方法等も別に考えて見ますけれども、これだけでもつて非常に喜んだり、あるいはこれを前提としていろいろの措置をとるというようなことは、まだ時期が非常に早い、こう考えて、慎重な態度をとつておるような次第であります。
○佐々木(盛)委員 もとより今回のいわゆる高良情報なるものの信頼性ということに対しまして、われわれは多大の疑いなきを得ないわけであります。従いまして責任ある当局といたしましては、これに対する対策もまた慎重でなければならぬことは申すまでもございません。しかし一面また、まだ帰らないむすこや夫を持つておる留守家族たちの身にとりましては、まことにこれは切実な問題でもございます。従いましてきわめて早い機会にこの十八万二千という残留同胞の問題の真相を把握されまして、その確実な真相の把握の上に立つて、たとえば国際連合であるとか、あるいは万国赤十字であるとか、その他の適当な外交のルートを通して、一刻もすみやかにその真相を明らかにすると同時に、もし残留しておるならば、すみやかに内地帰還ができますように御努力のほどをお願い申し上げておきます。つきましてはこれに関連いたしまして、高良女史の打つて参りました電報で、われわれの容易に見のがすことのできない問題があります。それは十八万二千の残留同胞と引きかえで日本と単独講和をしよう、日本がもしソ連との単独講和に応ずるならば、ソ連は十八万二千の残留同胞を返してやろう、こういうふうなことを言つて参つておることであります。われわれの正常なる国際常識から申しますと、これが完全に共産主義陣営の謀略宣伝であるとわれわれは考えるのであります。しかしこれまたその遺家族や留序家族の人々の身から考えますと、何とかしてそれでは早く単独講和を結んで、そうしてまだ帰らない人々を早く返してくれという気持が何人にも起つて来ることであろうと考えます。従いまして政府といたしましては、この際にこの問題に対して正しい見解を披瀝して、そうして遺家族や留守家族の了解を求めることも必要であろうと考えるわけであります。つまり十八万と引きかえの単独講和説なるものについて、外務当局は一体どのような見解をもつてこれに対処するかということに関しまして、政府の見解を明らかにしていただきたいと思います。
○岡崎国務大臣 私は何も根拠はないのでありますが、高良女史の電報なるものがはなはだ疑わしいという一つの大きな理由は、この抑留者送還を條件に講和を結ぶという点であります。これほどこつけいな、また常識のはずれた提案といいますか、考え方というものは、私はあまり聞いたことがないくらいに思つておるのであります。従つて宣伝だとすれば、非常に愚劣なことだと思います。何となれば平和條約なるものは一定の形がありまして、日本としてもサンフランシスコ條約に基きまして、これと同様のものもしくは実質的に同様の條約を結ぶということが原則になつております。従つて他方にいかなる有利な條件をもらつても、原則はこのサンアランシスコ條約になるのは当然であります。もつとも日本側にとつていくらでも有利な條約は結んでもさしつかえないわけでありますが、相手方にはサンフランシスコ條約以上の有利な條件を與えるべきでないというのが原則であります。もつともそういう有利な條件を與えれば、サンフランシスコ條約締約国にも同様の利益を均霑させるということにはなつておりますが、その條文の精神はそういうことであります。他方抑留者がかりに十八万人おつたとしますれば、それをソ連側が認めるのでありますれば、これは條約を結ぶ結ばないにかかわらず、日本に送還すべき義務が当然あることは、ポツダム宣言に照しても明らかでありますし、また国際法の規定なり、もしくは国際慣習から申しても当然のことであります。従つてそういう者がおるということを確認しますれば、ソ連側に、それを送還する義務は当然出て来る。今まではそういう者は一人もおらないということで、話の継ぎ穂がなかつたが、こういう者がおるとしますれば、これは條約を結ぶ結ばないにかかわらず、当然やらなければならぬことになつております。従つて私はこれを條件として、平和條約を結ぶのだというようなことは、おそらくとうていあり得ないことであり、またそんなことをソ連の当局が言うはずもないと思いますので、この点でこの電報は、はなはだ何だか信用ができないような気がいたしておるような次第であります。
○佐々木(盛)委員 日本人抑留者の送還は、申すまでもなくポツダム宣言の第九條かにおいて規定されておることでございまして、戦争の終了と同時に、すみやかに日本へ送還して、平和な産業に従事させるという確約があるわけでありますから、従つてソ連としては抑留者をすみやかに返すべき法律上の義務を持つておるわけでありまして、もとより講和條約と引きかえになるべきものではなかろうと考えます。従つてソ連が日本に対して単独講和を要求するならば、その前に日本は、まずもつてソ連に対するポツダム宣言の完全な実行ということを要求すべきでなかろうかと考えるわけであります。この点に関しましては、ほぼ外務省の見解と私は同じ見解を持つております。 次にもう一つ承つておきたいことは、今回の高良女子の電報によるところの捕虜引きかえに単独講和を結ぼうという情報といい、あるいはさきの中共地域と日本との間の通商協定といい、これはわれわれの国際通念をもつていたしますならば、まさに噴飯ものであり、きわめて幼稚な外交論議のようにわれわれは考えるわけではあります。しかしながらこれが日本の国民に與えておりますところの影響というものは、かなり大きなものがございます。従つてその結果というものは、日本の外交推進の上にも、私は悪い影響はあつても、いい影響はなかろうと考えておるわけであります。従いまして見方によりましては、この高良女史やあるいは宮腰君や帆足君などのソ連や中共地区における言動というものは、ことごとく共産主義陣営の謀略宣伝に乗つたものでありまして、いたずらに世道人心を惑乱し、そうして国民の正しい国際知識というものを誤つて誘導しつつある。その結果というものは、外交推進の上に妨害を来しておるとも考えられるわけでありますが、こういう者に対しまして、外務省は外交の責任を持つておるわけでありますから、何らかの形式によつて、これに忠告を與える必要があろうと私は考えるわけであります。われわれ議員といたしましても、高良女史といい、あるいは宮腰君といい国会議員の身分でありながら、長期にわたつて国会を欠席し、しかも外国におつて、日本側でないところの共産主義の側に立つて、日本の内部を撹乱するような言動に対しましては、私は政府当局といたしましても、何らかの形において忠告を與え、注意を喚起する必要がありはしないかと考えるわけでありますが、外務省といたしましては、これに対してどういうふうな見解をお持ちになつておりますか、これを承つておきたいと思います。
○岡崎国務大臣 これは旅券発給の場合にもいろいろ議論になつたのでありますが、われわれは一つには、モスクワ経済会議等に出席することは、御本人がいかに考えられておつても、その周囲の形勢なり零囲気なり、またその他いろいろの手段によりまして、自然に日本の利益を害するような行動もあり得るのである、行かれる本人が、ある人ならいい、ある人ならいけないというのでなくて、たれでもそういうところへ行けば、日本の利益を害するような結果になり得ることが当然想定されるからというので、一つには旅券の発給を拒んだのであカます。そこで現実においては、われわれのおそれておつたような事態ができたのでありますが、これにつきましては、またいろいろの方法もあろうと思います。忠告を與える必要もありましようが、国会の方でも、一定の期間を切つて外国へ渡航を許されたのだと思いますが、それが意外に延びておるという点においては、国会側でどういうふうに考えられか、審議の問題に関連しても考慮せらるべき問題と思つております。また旅券法からいいましても、私はこれは明らかに旅券法の違反であると思つております。ただ、違反であるがゆえに処罰できるかどうかということになると、これは処罰規定のない場合には、違反であつても処罰はできないのであります。こういう点は、これらの人々が日本に帰られた場合に、その事情を調査し、旅券法の規定に照しまして、もし処罰する必要があり、その根拠があれば処罰もいたしますが、旅券法には必ずしも全部に処罰規定がついておるわけではないのでありまして、そのいろいろの理由等に照して適当な処置をとる以外には方法はないわけであります。それは今ここでこうやるということは申されないのでありますが、これらの人々が帰国後、その事情をよく調査いたしまして、その結果に基いて、旅券法に照して適切な処羅を講ずべきものは講ずる、こういうことになると考えております。
○佐々木(盛)委員 高良女史、宮腰君、帆足君の行動は、先ほども大臣の御指摘の通り、明らかに、旅券法に対する脱法行為であろうと考えます。従つてこれは法規に照して適当に措置されることは当然でございますが、当局の考えでは、これらの人々が内地へ帰還した上で、あらためて事情を聞いて措置をするというお話でございますけれども、聞くところによりますと、高良女史は再び北京からモスクワへ入るということでもあります。このまま荏苒日をむなしゆうしておりますと、その間にいわゆる共産主義陣営の謀略宣伝というものがしきりに活発に行われ、その具に供されて、高良女史やあるいは一部の心なき人々がおどつておる、こういう現状でございます。従いまして内地帰還を待たずして、私はすみやかに何らかの方法によつて、あなた方の行為は明らかに旅券法の違反行為、脱法行為である、日本の当局としてはまことに迷惑しごくであるという趣旨のことを通告し、注意を喚起する必要があろうと私は考えます。従いましてそれらのことに関しまして、処罰の問題とはおのずから別個に、今日日本が迷惑いたしておりますこれらの事柄に対しまして、外務当局はどういうふうなお考えを持つておられるかということを、明らかにしていただきたいと思います。
○岡崎国務大臣 外務省としましては、これらのいろいろ現地で発表いたしました意見が日本に伝えられて来ておりますから、こういうような正式の委員会の会合におきましても、私なり外務省のほかの者が、外務省の見解はいろいろ述べておりまして、これが新聞にも伝わつておりますが、そのほかに外務省としましては、いろいろの種類の方法によりまして、たとえば講演も行いますし、あるいは今後必要があらば、パンフレットのようなものも考えておりますが、こういうものによりましても、ある情報は、これは聞違いである、ある情報はこういうふうに考えるべきものであるというような点はできるだけ詳しく新聞にも伝え、国民にも伝わるようにいたしたいと考えております。また高良女史等に関する、今どうしたらいいかという御意見につきましては、御意見は考えの一つの方式でありますので、われわれもその御意見に基きまして、さらに研究いたしてみます。
○仲内委員長 並木芳雄君。
○並木委員 私もただいま佐々木委員から質問のありました点について、ぜひ確かめておきたい点がございますので、その点をまずお聞きいたします。 先ほど来大臣の答弁を聞いておりますと、十八万二千という数字は根拠がないということは強調されておりますけれども、日本の方で確実に調べたという数字については言及しておりません。この点私ども引揚げの促進を念願するものとしては、非常に今まで遺憾に思つておりました。政府の調査もむずかしいのでしようけれども、ときどきその数字がぐらついて来る。この点は共産党からつつ込まれたりして、政府の答弁もあいまいな点があるけれども、今日現在、日本政府の責任ある数字として、ソ連地区、中共地区などにどれだけの残留者がおるのですか、それをまずお尋ねします。
○岡崎国務大臣 政府としては別に数字がいろいろぐらついおるわけではないのでありまして、これは多分お手元にも行つておると思いますが、昨年の七月二十五日の日付で外務省情報郡から「引揚問題に関する外務省発表、情報部長談並に国際連合総会議長宛外務大臣書簡」というものが出ております。この中に、生存者が何名、死亡者が何名、生死不明者何名として、合計して三十四万五百八十五名という数字が出ております。なおこれにつきまして、説明として、これは留守家族の届出とか、あるいは抑留者の現地通信とか、帰還者の報告等でわかりた生存者を集計したものであつて、その氏名及びある時期においての動静も判明しておるのである。従つてある時期においてはこれらの人々は生きておつたのだということもわかつておりますが、その後の状況はむろん報道がありませんからわかりません。それからまたこの数字は、これがたとえばシベリア地区におると推定されておる数字でも、その後にどこかに移動されれば、これはわからないわけであります。われわれとしては、過去何年間、ソ連側に対しても、これらの数字に対する報告——たとえばどこに何人おる、何人は死亡したというような数字を要求しておりますけれども、一向にそれに対する回答がありませんので、これは以上正確な調べ方は困難でありますが、とにかくいろいろの方法によりまして、これだけの人は死亡しておる、これだけの人はある時期においては生きておつたという数字はずつとこまかく、シベリアその他のソ連領、南樺太、千島、北鮮、満州、関東州というふうにわけてちやんと出ておるので、これをごらん願えればけつこうだと思います。
○並木委員 その七月の数字は私どももいただいておるのです。しかし今日まで一年近くたつておりますので、その間には相当内地の関係だけでも政府の調査は進んでおると思うのです。このために相当の予算も計上して、今さで政府は調査を進めておつたのですけれども、その間全然数字に変化がないというのは、これは私どもは信用することができないのです。最近スマトラとかフィリピンなどでも相当多数の内地帰還の人々があるような状態でございまして——帰つて来ることは非常にけつこうでございます。しかし一年になんなんとする今日、全然その数字に変化がないというのは、政府としては非常に怠慢じやないかと思うのですけれども、ではその数字は今日現在として幾人が生存しておるか、そういう数字をあらためて言つていただきたいと思います。
○岡崎国務大臣 われわれの調べるのは、要するに帰還者の報告とか、あるいは抑留者の現地通信とかいうようなものがおもであります。ところが帰還者はその後ないわけであります。現地からの通信もなかなかたくさんは来ておらないような状況でありまして、それについては、今でもできるだけ、時時刻々に調査を進めて、多少の数字の移動等もあるようでありますけれども、まだ確信を持つて発表するまでに至つておりませんので、もう少し調査を進めてからさらに発表もいたしたい、こう考えております。
○並木委員 その確信を持つて発表できないというところで、やはり反対の立場に立つ人々から非難を受けるのでありますが、先ほど私がお尋ねしました通り、今日現在として政府は何万人残つておるということをここで言明していただきたいのです。
○岡崎国務大臣 今日現在としても死亡者とか生死亡者とか生殆不明者を入れれば三十四万何がしという数字は動かないのであります。その中で、生きておる人がその後なくなつているかもしれぬという点もあるわけでありますが、こういう点はまだはつきりわからないのが非常に多うございまして、これをうかつに発表いたしますと、遺族、留守家族等に対して非常に悪い影響もありますから、できるだけ確認してからでなければ、発表すべきものでないと考えておるのであります。
○並木委員 そこが遺族として一番知りたいところなのです。それで、他の委員会でしたか、岡崎国務大臣の答弁によりますと、十八万二千というのは、大体政府が生存しておると思つておる数字に近くなつて来た。その数がたしか十万見当ですか……。そういうようなふうの答弁を、私どもは間接に知つたのですけたども、その数字をほしいわけです。私どもの調べた残存数に近くなつて来たという以上は、遺家族としても、それじや幾人確かに生きておるのだ、政府として責任のある答弁を知りたいのは当然なのですから、それを私はお尋ねしておるわけです。
○岡崎国務大臣 私が今も申した通り、政府の数字に近づいておるというのは、政府は三十四万とにかくおつたのだ、ソ連側は一人もおらないのだ、こう言つておる。それが十八万という数字が出て来れば、三十四万の方に近くなつた、こういうことであります。大体十万くらい生存者があるだろうというのは、この書類に出ておるのでありまして、要するにわかつております生存者数とあるのは七万七千六百三十七、それから生死不明の数字が二万八千七百九十七、これを合せますと十万余りになるのであります。
○並木委員 その点、政府としてはゆるめずに引揚げの促進をやつてもらいたいのですけれども、御答弁によつても、いろいろの方法をとつて今後確かめてみたい、またどういう方法によつてかソ連とも交渉して行くことも考えておるというのですけれども、そういう方法について、特に大臣としては、この際何か腹案がなくてはならないはずでございます。それをお伺いしたいと思います。
○岡崎国務大臣 これはすでに一部話をいたしておるのもあります。先ほど佐々木委員からも御指摘がありまして、この十八万何がしについても、何か確認する方法をとつたらどうかということでありますが、これもある手段は今とりつつあります。ありますけれども、日本が直接やるのでありませんので、いろいろの国を仲介してやります。その国々の立場もありますので、こういう径路でということを申し上げるのは、まだちよつと早いと考えておりますので、ここでは差控えたいと思います。
○並木委員 それではもう一点お伺いしておきますが、これはさつきの御答弁の中に、旅券を発行しない理由として、日本の利益を害するようなことがあるということをあげられたのです。これは私この外務委員会で大臣の答弁を繰返し聞いておりますけれども、当時生命財産に対して保障することができないから、旅券が発行できないのだということを唯一の理由としておられた。ところが今日突如として大臣が日本の利益を害するようなことということを申されたのは、私としては初耳であり、しからば何ゆえに日本の利益を害するのだということを、この機会にはつきり表明される方が、かえつていろいろな誤解を解くゆえんのものではないかと思うのです。どういうわけでそういう御発言になつたか、説明していただきたいと思います。
○岡崎国務大臣 当時の速記等をごらんになればおわかりになるだろうと思います。私今條文をここに持つておりませんが、その当時たしか旅券法の第十三條と第十九條をあげて、旅券を発行するのは適当でないと考えると説明したのであります。第十九條の方は、今言われました生命財産の問題であります。第十三條の方は、その個人の行為が国家の利益なり、公共の福祉なりに利益をもたらさないという場合に旅券を発行しない、両方をあげております。
○並木委員 先ほど来の大臣の答弁によると、憲法に保障された人権というものを侵害するおそれを私どもは感じているのです。居住の自由、渡航の自由あるいは言論の自由そういうものに対して、日本の利益を害するおそれがあるからということで、それに対して取締りを加えようとする意向が伝えられたことは、これは遺憾であると思うのです。もしそういうことをおつしやる以上は、何分それに基いて処罰すべき根拠がなければならないわけでありますけれども、どういう法律に基いて取調べを進めて行く御所見でありますか、これを伺いたいと思います。
○岡崎国務大臣 処罰する、しないは別であります。旅券法の第十三條では、そういう場合には旅券を出さないことを考えておるわけでありまして、これは並木君も御承知のように、国会の議決を経て法律になつたものであります。
○菊池委員 関連して。この旅券法の違反行為をいたしまして、そうして国際的のちんどん屋みたいなことをやられた、これはまことに国会議員として恥ずべき行動でございます。われわれも同僚議員として、国民に対してこういうことはまことにはずかしい次第でありますが、今後かくのごとき旅券法に対する脱法行為のないように、旅券法の違反者に対しましては、これを制裁する規定がなければ、依然として第二、第三の高良、宮腰連中が出るであろうと思う。これを防ぐために、今後旅券法の違反者に対しましては、巌重なる制裁を加えるために、罰則を設けられてはいかがだろうと思うのでありますが、これに対す外務当局の御意見を承りたい。
○岡崎国務大臣 実は旅券法は、できるだけ旅行に対して自由なる行動を制限したくないという考えから、たとえば外国に行きまして、初めに申請していた土地以外の国に行く場合でも、比較的簡単にその変更ができるような措置を講じておるのであります。これは一般の旅行者にとつては、一々日本政府まで行先の変更の許可を求めなければ行かれないということであつては、現地でちよつとほかへ行く用事ができたとか、視察する必要があるという場合にも、非常に不便でありますので、できるだけ善意に考えまして、旅券法の規定はできておるのであります。ところがその善意に考えてできておりますものを悪用しまして、初めに行かないということを言つた土地までに出がけて行くというようなことがありまして、非常にこれは将来に悪影響を及ぼすようなこともあるかと思います。これらの人々が帰りましたら事情をよく取調べまして、必要あらば旅券法の改正も考慮すべきものだと私も考えております。ただいま研究中でございます。
○仲内委員長 北澤直吉君。
○北澤委員 ただいま問題になつておりますこの高良参議院議員、宮腰衆議院議員の行動につきまして、外務大臣の所信を伺つておきたいと思います。と申しますのは、憲法第七十三條によりますと、外交関係を処理することは内閣の権限になつておるわけであります。ところが宮腰代議士なりあるいは高良参議院議員は、いかにも日本を代表するようなかつこうで、あるいはモスクワの経済会議に出席し、または北京のアジア平和会議に出席しておるわけであります。従いまして、日本の外交が二重三重に行われておるという誤解を外国に與える心配があると私は思うのであります。戦前日本の外交が、外務省の外交のほかに、あるいは軍部の外交あるいは商工省の外交——貿易外交、こういうふうに二重外交、三重外交があつたがために、日本の外交が思わざる不利を招いた例が多いのであります。特に日本の満州に対する政策を見ましても、外務省の外交のほかに、拓務省、関東庁長官の政策あるいは満鉄の政策あるいは関東軍の政策、いわゆる満州に四頭政治が行われた。従つて日本の対満政策というものが四つにわかれておつたというふうな誤解を與えた結果、日本の対支政策に相当の悪影響があつたと思います。今後におきましては、どうしても外交の統一性を保つて、外交が外交の主管者である外務大臣の手元において一元的に行われるということが、今後の外交を強力に進める上におきまして、ぜひとも必要だと思うのであります。従いましで、私は先ほど申しました高良女史あるいは宮腰代議士のような方が、外国に出まして、外務省と違つた政策をいかにも日本の代表者であるがごとくに行うということは、ちようど戦前の二重外交、三重外交の誤解をまた再び繰返すというふうな心配を私は持つのであります。そういう見地から私は日本の外交を今後強力に推進する意味から申しましても、外務省がはつきりした政策をもつて、この日本の外交が外務省の統制下におきまして一元的に行われるように、外務大臣の確固たる態度をお願いするものでありますが、この点について大臣の御意見を伺いたいと思います。
○岡崎国務大臣 お考えの趣旨はまことにその通りでありまして、われわれも過去における弊害もよく知つております。今後そういうことのないようにいたしたいと考えまして、たとえば在外公館に置く各省の人、たとえば大蔵省の人も、農林省の人も労働省の人も、すべて大使館員として、大使の指揮監督のもとに立つ、もとのような財務官あるいは商務官というような別個のもののないようにいたす方針で進んでおります。ただこの高良女史その他の人々につきましては、これは外交の一元化を乱すというほどの大きな問題ではなくて、むしろわれわれからいえば、別に歯牙にかけるに足らないような問題だと思うております。新聞ではむろんニュース・ヴアリューといいますか、ずいぶん大きく報道されておりますけれども、実質的にはこれはもうほとんどイグノアされてしかるべきものであろうと思つておりますので、これらの人々の行動が、外務省の外交の一元化に影響を及ぼすとは考えておりません。しかしながらもしそういう誤解が幾分でもあるとすれば、ただちにその誤解を解くような措置は当然講ずるつもりでおります。
○仲内委員長 林百郎君。
○林(百)委員 高良女史の電報の問題について、まだその高良女史が打つたということがはつきりしもしないうちに、高良女史が二重外交、三重外交をしておるというようなことで、しかもこういう行為に対しては、旅券法によつてまず処罰しなければいかぬということは、少し問題が軽率に取扱われ過ぎていると思う。そこで新聞報道によりますと、高良女史の電報としてソビエト政府が日本との講和との交換で十八万二千人の捕虜を返す意思があると伝えられておる。ところが同じ新聞によりますと、高良女史の電報というものは、今まで英文で来たが、今度はローマ字の電報で一見疑わしい。十八万二千人の捕虜があるということは、ソビエト政府の発表にも反しておる。明らかに捏造であるということが新聞に伝えられておる。かような捏造電報がぎようぎようしくまことしやかに宣伝され、世人を惑わしているのは、政府自身が三十数万というでたらめの数字を出して、引揚げのデマを飛ばしているところにむしろ責任があると思う。そこで岡崎外務大臣は真顔になつて答弁しておるのでありますが、一体この高良女史の電報なるものはだれのところに来たのですか。それをあなたが知つていたら聞かしてもらいたい。(「盗人たけだけしいと」呼ぶ者あり)盗人たけだけしいと言うけれども、私の方は知らない。知つてたらこんなばかなことを言うはずがない。だれのところに来たのでありますか。
○岡崎国務大臣 私はよくは知りませんが、上島善一さんのところにも松岡駒吉さんにも来ていると伝えられております。しかし、私の方からそれは実は伺いたいようなわけです。正確なところは、あるいはまだほかにも来ているかもわからないし、知りません。
○林(百)委員 実は共産党の方もそのことを知りたいので、まさかソビエトが今までタス通信で一人もない、一人もないと言つておるのに、いまさら十八万あつて、これは講和と交換に返してやる、これはまつたく兒戯にひとしいことで、岡崎外務大臣が真顔になつて答弁しているというようなことはまつたくおかしいと思う。そこであなたの言われた今、二人に電報が来たというのですが、その電報については、それがローマ字で書いてあつたのか、英文で書いてあつたのか、あるいはどこから発せられたかということを政府は調査されたのですか、されないのですか。政府は今岡崎外務大臣の答弁されたようなまつたくあなたがあてにならないと言つておる新聞の記事を材料にしておやりになつているわけですか。それだけですか。
○岡崎国務大臣 これはローマ字で来ているそうでありまして、発信地は香港になつていると了解しております。
○林(百)委員 政府はどのような調査の結果それがあわかりになつたのですか。それからもう一つ、香港から来ているとすれば、高良女史が香港から打つたというように解釈していいのですか。
○岡崎国務大臣 これはあてられた御本人からの説明でありまする御本人がそういうふうに言つておられるのであります。高良女史がどこへ行つたか、私は高良女史の番をしておりませんからわかりませんが、おそらく日本に直接打つのは香港を経由するのが一番近道であるので、どこか中国の土地から香港に打ち、香港から日本に来たのだろうと想像はいたしますが、それまで一々神経質に調べるほど、私はこの報道に重きを置いておりませんので、別に特に調査はいたしておりません。
○林(百)委員 そうすると、あなたも高良女史が打つたものと想像されるのですか、それともあなたとしては全然今も言われるように、こういうものについて歯牙にかけるほどのものでもないように考えられているのですか。先ほど北京から香港を通じて打つたと想像されると言われたが、高良女史が実際打つたと想像されるのですか、それとも自分としてはさような電報は打たれるはずはない、歯牙にかける必要はないと思う、こういう意味なのですか。
○岡崎国務大臣 これは先ほど佐々木君の御質問にお答えしました通り、私は、高良女史等のモスクワなり中国なりにおける行動については、別にこれを重要視することはひとつもないと考えているのでありますから、むしろ非常にイグノアしておるような次第であります。そういうことでありますから、どこから打つたのかそんなことはわかりません。また高良女史が打つたのか、そうでないのかこれも佐々木君にお答えした通りわからないのでありますが、ただ捕虜十八万と書いてあるから、これは日本政府の主張に非常に近づいて来ている、あるいはソ連も心を改めて十八万までは譲歩したかもしれない、こうも考えているのでありますが、今申した通りそれについでは単独講和を條件とするなど非常に非常識のことが書いてありますから、はなはだ当てにならない、こう申しておるのであります。
○林(百)委員 自分がイグノアしていると言いながら、それでしかも十八万という数字は、自分の従来言つておつた数字と近づいて来たからソ連も心を改めたのであろうと、そういうソ連の重要外交問題を判断するのに、あなたがイグノアしている、どこから来てたれが打つたかわからぬ電報を取上げて、あなたが対ソ外交方針を言うのは不謹慎じやないか。そんな無責任な、ソ連が心を改めたという、そんなことソ連が聞きましたら落第じやないか。もうすでに自分のつくつたわなに自分がかかつている。イグノアならイグノアで、そのあとソ連が心を改めたかもしれないとか余分のことを言う必要はないじやないか、それはどうですか。それはそのくらいにしておく。 それからもう一つ、これはソ連の正式の発表には、日本の戰犯との通信についてソビエト当局が許可したということが、これは高良女史の談話のみでなく、ソビエト・ロシヤの発表として日本の新聞に出されたのでありますが、こうした日本の戰犯との通信が許されたというようなソビエトの正式な発表、こういうものに対して、政府は引揚げの問題を云々する前に、この戦犯との通信というようなことについて、何らかソ同盟と交渉をして、戦犯の家族の人たちの心配を、少しでも軽くするような方法を講ずることに努力する意思があるかどうか、この点を聞いておきたい。この点は間違いないので、今言つたような出所不明な電報じやなく、正式の発表になつているから……。
○岡崎国務大臣 私は決して笑い事でなくして、ソ連に連れて行かれて、いまだ帰つて来ない人々の家族の心情を思いますと、まことにお気の毒に感じておるのであります。従いまして根拠のない電報とは思つても、十八万とい数字が出て来れば、われわれとしてもこれはおぼれる者はわらをもつかみたいという気持がありますから、つい信じたくなるのはあたりまえなのであります。それを一向ソ連側では何ら通報してくれないので、実は五里霧中でありまして、こんな変な電報であつても研究してみたいというような気持も起るようなわけであります。林君はとかくソ連の引揚げ問題だと興奮されますが、今は冷静にひとつお考えを願いたい。 それから戦犯の問題につきましては、これは戦犯であろうとただの捕虜であろうと、通信等を許されるのはこれはあたりまえの話でありまして、当然通信は許さるべきものと考えております。従つてこれをやられるのは、決して特別の努力も必要としないのでありますが、まあ家族の方々もできる限り手紙等を出しているはずであります。われわれの方では戦犯といつても、だれが戦犯であるか全然発表もしないのでありますから、これはどういうふうにしていいか全然わからないのであります。そういう発表をするならば、せめて戦犯の氏名くらいは発表されるのが適当であろうと思うのでありますが、これらの点についでのソビエト政府の態度は、はなはだ遺憾のきわみと考えております。
○植原委員 議事進行について一言……。いろいろの御意見を伺つておつて私はあまりしやべりたくないのですが、実は今までの高良女史その他に対する委員諸君の発言を聞いておりますと、高良女史のことは、ソ連と申しますか、共産党と申しますか、高良女史自身と申すか知らぬが、一種のプロバガンダだ、宣伝だということについては、皆さん御意見が御一致のようだ。宣伝であるということを承知するならば、その宣伝を用いることは、わなにひつかかることだ。宣伝というものは無視することが一番効果的ですから、どうか皆様方、宣伝だというお考えならば、これを無視していただきたい。新聞は営業上これを大きく取扱つてこういうことをするが、なおさらこれに輪に輪をかけて宣伝に利用されることは、結局高良女史の宣伝、共産党の宣伝に乗ることで、そういう宣伝に対しては、どうか政府はお答えする必要ないと一言言つていただけば、それでよろしいと思う。宣伝にひつかかるほど、宣伝に利用されることはない。皆さん宣伝だという御意見のようだ。宣伝ならば、この重大な会期の迫るときに、こういう問題を取上げないが一番いいと思うから、どうか政府は、宣伝だと思うからお答えする必要がない、こう一言言つていただけば、私はよろしいと思う。 実は私は、今日政府から提案されましたところのインドとの平和條約は、きわめて重大なるものと思つております。この会期の迫つた場合に、何と申しましても、独立日本として今日細心の注意と最大の関心を持たなければならぬことは、一面において米国と協力すること、一面においてアジア十億の民族を日本の国民が忘れないということです。この際においてインドと平和條約を結んだことは、実に日本に対して有利であるばかりでなく、喜ぶべきことだと思います。これに対しては、政党政派の相違なく、ほんとうに国家を思う方において、異存のあろう方はないと思いますので、この問題はほとんど即決するほどにきめていただめたい。そうしてインドあるいはアジアの国民と手を握ることを、日本全国民がどれだけ歓迎し喜んでおるか、これと将来の親善関係を保つて行く意思のあることをはつきりする点においても、これを即時即決するくらいに取扱つていただきたいと思う。これが私の議事進行を述べる理由であります。 それと同時に、私はこういうことをなおさら考えるのであります。実は日本は、インドばかりでなく、アジア十億の民族と提携して歩調を合して、そうして世界の平和に対して行かなければならないのに、今日までは、それに対して手の施しようもなかつたということもありますが、こちらから手を伸ばさなかつたということもある。日本も独立国になりました今日でありますから、どうかこれはお考えを願つていただきたい。アイリピンなどに日本の有力者が行つて親善関係を保たなければいけません。これを政府がほんとうに考慮するならば、アジア諸国に対して、国民を代表する議員のうちから日本の親善使節でも出すくらいに手を広げてお考えになつたらどうか。そこまで極東の問題をお考えなさることがきわめて必要だと思う。それは二重外交にも三重外交にもなりません。ただ一省の大臣がある特使をやるということになつたら、二重外交、三重外交になりましようが、外務省と国会とが一致して、日本の親善使節を東南アジアに派遣するということになれば、ちつとも二重外交にも三重外交にもなりません。それだけにこの際御考慮を拂つてしかるべきではないか。インドの平和條約に対するお礼を兼ねて親善使節を送り、そうしてことにフィリピンなどに寄つて、日本国民の意思を伝えることをお考えになつて行くべきだ。私は今日の日本の国際情勢に対しては、非常な考慮を拂つておるものであります。築国を片手に、アジア十億の民族を背景に持つて、日本が行くべき独自の立場をつくることこそ、この戰後の外交を担当する岡崎外務大臣に與えられた任務であると思いますから、どうかインドとの平和條約を即決することを、国を思う委員諸君に期待する。これだけのものがまとまれば、ここに日本がアジアに手を出すかぎができるのですから、このかぎを十分利用することを委員諸君がお考えになつて、この條約は多くの議論を用いずして、ほんとうに国民の賛同する熱意を示していただきたい。同時にこの時局をになう外務大臣としては、極東の問題に対して積極的に働きかけて、日比の関係などはこちらから手を伸ばしてよくするようにする。それには、世界の平和に対して多年貢献したという経験を持つ向うの信頼できる人でなければ、ただ一時の体裁のためにやつても何の役にも立ちません。ただそれだけのことを御参考のために申し上げておきます。(拍手)
○岡崎国務大臣 ただいまの植原委員のお言葉は非常に適切でありまして、第一に私は御忠告に従いまして、高良女史のことはイグノナすることにいたします。 インドとの平和條約につきましては、これは委員会のお考えによることでありますけれども、インド側の非常にりつぱな、そして大局を考えた態度によつての條約でありますので、この委員会なり、あるいは国会全部として、このインド側の期待にこたえるような態度でやつていただきたいと切望いたします。 また第三の点につきましては、御意見はまことにごもつともでありまして、実は私もそういう趣旨のことを考えておりました。寄り寄り相談をいたしまして、おそらく国会が終了すれば実現し得るのではないかと思つております。
○林(百)委員 実は藩陽からの中国にいる邦人の手紙によりますと、中華人民共和国が在華邦人のために許可した内地送金の道が最近何ゆえか妨害されて来た。このことをただちに調査して、送金の道が再開されるよう政府に善処することを要望するという手紙が、日本国民救援会へ来ておるのでありまして、このことについて、政府が何か知つておることがあつたらお答え願い、さらにその道を打開するように善処願いたいと思うのであります。こういうことを言つて来ておりますが、ごく簡単ですから読んでみます。「五月十二日中国人民救援総会に依頼して送つた家族への送金さえ、香港政府は救済金であるを理由として、五月十九日押えてしまつた。(人民幣二億五千、換算香港ドル六万三千七百七十五)われわれはこの解決のため、さしあたり受取人名義を中日友好協会理事長内山完造、あるいは千代田区九段四の二、淺川謙次のどちらかと変更し、いま一度為替の取組みに努力してみますが、今後こうした困難はなお多く生れると思います。しかし個人の生活のための送金さえ妨害する反動の非人道的な行動にはまつたくあきれたものです。こうした関係で今度の送金は相当遅れるものと思います。またこの次からの送金(五月分はもう集まり、依頼するばかりになつていたのですが)も、こんな状態でははつきり解決するまで見合す以外なくなりました。」これは藩陽の民主主義新聞社の井上という人から日本の小松勝子という人に来ている手紙ですが、こういう、何か最近中国から日本への送金が、妨害されている事実を知つているかどうか、またそういう事実があるとすれば、それに対していかなる善処の道を講ずるか、これを一言聞いておきたい。
○岡崎国務大臣 私はそれは知りません。今事務の方の連中に聞いてもだれも知つておりません調査した上でお答えいたします。
○仲内委員長 黒田寿男君。
○黒田委員 ちよつと時間をいただきまして、ソ連とわが国とのサンフランシスコ條約発効後の関係につきまして、簡単にお尋ねいたします。どうもこのことはわかつたようでわからないのでお尋ねしてみたいと思います。 大体ソ連とわが国との関係が、降伏文書の署名のときから休職状態に入つたことは明らかであります。それからまたその休戦状態は、戰勝国と降伏国との関係として実現されたことも明らかであります。それからサンフランシスコ條約発効までは、この関係が続いておつたと見ることも当然にそう考えられるわけであります。そしてまたこの戰勝国対降伏国の関係は、サンフランシスコ條約締結国との関係におきましては、條約発効と同時に解消したという解釈もなされておるところであります。そこで問題となりますのは、ソ連との関係はどうなるのか、依然として戰勝国対降伏国という関係が続くのであるか、それとも事情がかわつたとして、単なる休戦状態としての戦争状態にあるというにすぎないものになつておるのであるか、この点をまずお聞きしてみたいと思います。
○岡崎国務大臣 こういう状況というのは、国際的にもあまりたくさん例がないことでありますし、いろいろ学者の間には意見があろうと思いますが、われわれの研究した範囲では、第一に初め降伏文書に署名しまして休職状態に入つた。そこに戰勝国と降伏国という関係があるわけでありますが、戦争状態が休職状況で長い間続いておるその間に、降伏文書に関係した国々のほとんど大部分が平和條約に調印し、あるいは別に戦争状態終了宣言その他の国交回復措置をとりまして、日本と平和関係を回復してしまつた。そうするとある一国が、意見が合わないでがんばつておりましても、事実上は降伏関係は結局消滅せざるを得ないと思うのであります。降伏関係を律するものは降伏文書でありますが、降伏文書の内容につきましては実行されている。実行済みのものは実行済みなのでありまして、これをどうするといつても実行してしまえばもうそれで済んでしまうわけであります。われわれの考えによりますれば、この降伏文書の内容については、日本として実行すべきものはすべて実行してしまつた、こう考えておりますから、日本に関する限りは、義務としての問題は残つておらないと思つております。要するに降伏文書の一番残るべき問題としては、各国と日本との間の休戰関係を規定しておるという点で、ソ連との間にまだ平和関係が回復しない間はこの点は残ると思うのであります。しかしながらそれ以外の点は、降伏文書についではもうすべて解消してしまつたと思つております。
○黒田委員 そこがよくわかつたようでわからないのであります。戦争状態にはあるので、これは私は認めなければならないことだと思います。サンフランシスコ條約の第一條の例を見ても、戦争状態はこの條約が効力を生ずるときに終了するということになつておりまして、ソ連とはまだ平和條約ができていないのでありますから、戦争状態にあるということは間違いないと思います。戦争状態にあつて、しかして降伏状態にないというのであるならば、それは単なる休職状態である。どちらが勝つた、負けたという関係は今は帳消しになつてしまつて、休戰状態という関係で、戰争による勝敗の状態は明らかでないという関係において戰争状態が続いている、こういうように見ることになるのでありましようか。どうも私にははつきりしないのであります。戰勝国と降伏国という状態が続いているというのならばはつきりわかるのです。その関係がなくなつてしまつて、しかも戦争状態が続いているというのならば、まだ勝ち負けのきまらない関係にあるところの戰争状態という関係にある、こう解釈するよりほかにしかたがないように思われるのですが、そうでありますか。
○岡崎国務大臣 それは私は初めに申した通り、降伏文書は降伏関係を規定したのでありますから、降伏文書調印当時においては降伏国と戰勝国という区別がはつきりあつたわけであります。ところが降伏文書調印国の大多数が、日本は降伏文書に書かれておる義務を忠実に履行したということを認め出したから、平和條約をつくることになつたわけであります。従つて降伏の一番大きな目じるしといいますか、になつている占領軍というものも解消してしまい、占領軍最高司令官もなくなつてしまい、この政策をきめる極東委員会も消滅し、対日理事会もなくなつた、こういう建前をとつて来ておるのでありますから、日本は降伏した国とは取扱われておらないのであります。そこで、多数の国がそういうふうに認めいるときに、一国ががんばつて、いやそうでないのだということになることは、これは法律問題でないでしようけれども、事実上行えない問題であろうと思います。たとえば第一次欧州大戰の当時、ヴェルサイユ條約に対してはアメリカも中華民国も反対をいたしまして、調印しなかつた。しかしながら事実上ドイツはアメリカなり中華民国に対して、それじや降伏関係におつたとそれらの国が認めておつたかというと、そうじやない。もう独立した国であるけれども、この二国にとつてはこれは平常関係にまだ入るべき條件が備わつておらぬ、こういうふうに取扱つて来たと思うのであります。それと私は非常に似たような関係になると思うのであります。ポツダム宣言なり降伏文書なり、こういうものが実行されてしまえば、それでこれらの関係は終るのでありまして、すでに実行したのでありますから、その降伏文書等に盛られている休戰という問題は残つております。あなたのおつしやる通り戰争状態ということはテクニカルには残つておるのであります。従つて平和條約に署名しない国でも、戦争状態終了宣言というようなものを現に行つておるのでありますから、テクニカルには残つておりますが、私はまだ調印しない国でも四月二十八日以後、日本に対して、自分は戰勝国であるからこうというような主張を言い出した国は一つもないわけであります。要するに平常状態に入るのか、休戦関係で引続き続くかという点はありましようけれども、いつまでたつても、條約を結ばなければ降伏関係にあるのだといつたところで、降伏関係の内容はそれでは何になるか、内容のない主張になつて来るのであります。
○仲内委員長 黒田君に申し上げます。がもう時間が来ておりまして、しかしまだ宮原君が済んでおらないのです。大臣が退席しますので、また次の機会に願います。
○黒田委員 それでは私はこの次に質問します。
○宮原委員 国連軍のうち英連邦軍が呉地区に残留を続けておりますが、まことに占領中の惰力を濫用するといいますか、また地元民衆は占領中の盲従の習性がついておるせいでありますか、最近英連邦軍と一万の労務者との間に、英連邦軍の一種の弾圧によるところの低賃金の強要という事態が起つております。本件についてはもうすでにそれぞれ外務省並びに政府諸方面に陳情がなされておることと思いますから、よくおわかりくださつておると思うのでありますが、そのほかに集団ギャング的の行動が日々呉地区において発生いたしておりまして、本年一月から五月十日までの英連邦軍による犯罪が二百十件に及び、地元民は日々その脅威にさらされているのであります。かかる状態であるにもかかわらず、まだ行政協定は未成立であり、現地においてはまことに絶大な悩みに陷つております。こういう際に、英連邦軍に間接なる折衝等で協定を御進行に相なります政府の御苦心はよくわかるのでありますが、と同時にこの英連邦軍に対しまして何らかの自粛の注意の喚起をしていただきたい、こういうのが地元及びわれわれその選挙区から出ております国会議員としての要望である。これについて外務省とせられては、その成行きを傍観されるわけでもないでありましようが、何らかの注意喚起の手をお打ちになるだけの御決意があるかどうか、こういう点について特に大臣の御答弁が得たいのであります。 なお出先に外務省の機関がないのでその実情についての把握は、あるいは遅れがちになるのではないかと思うのであります。つきましては、外務省の御多用のところではありましようが、相当の係官を御派遣に相なる、場合によれば臨時に出先機関を設置に相なる、また地元の市長を招致して実情を一層深く正確に御把握になる、こういう点について、特に大臣の御注意がいただけておるのかどうか、これだけの点をお伺いいたしておきたいと思います。
○岡崎国務大臣 呉地区等の状況につきましては、私もいろいろ報告を受けておりますが、英連邦軍におきましても、日本国民との協力によつて国連軍としての仕事ができるのでありまして、首脳部としては、できるだけ日本国民の感じに合うような行動をいたしたいと念願いたしておるようであります。しかしながらときどき事件が発生することは事実でありますので、これらについても先方も非常によく知つておりまして、心配をいたしておるのであります。われわれからあらためて注意をしなくても、先方も非常に心配しておるということだけを申し上げます。われわれも常にこの問題ついては話合いをいたしておるのでありますが、今後漸次改善されて行くことと信じて疑わないのであります。そういうふうに、英連邦軍の首脳部は、非常に良心的にこの問題を円満に進めて行きたいという気持に向いておるように感じておるのであります。 それから現地の状況につきましては、その都度警察方面からも法務府からも、また市長等にも私も数回会つたこともありますが、よく報告は受けておりますが、念のためにさらに最近外務省から人を派遣しまして、現地にただいま行つております。さようなふうにしてでき得る限り実情を承知いたしまして、今後の満足なる協定のできるように努力いたすつもりでおります。
○守島委員 私は今大臣が来ておられますので、質問の時間は皆さんに譲りまして、ちよつとこの機会に簡単に申し上げたいと思います。詳しくはあと政府委員の方に申し上げます。実は横須賀、呉みたような大きな土地でなく、小さな土地の接收問題でございますが、地区及び施設を提供する問題で、民意がどうも十分に通らない、それからどうも向うさんがよく了解しないので、そこのところにもう少し外務省は力を盡してもらいたい。中央ではその気持があるかもしれぬけれども、出先ではなかなかそういうふうに行つておらないということがたくさんございます。そこでもう少し外務省の人が現地に行つて実情を見て、向うとの間をうまくやつていただきたい。どうせわれわれが希望してアメリカ軍に来てもらつておるのですから、便宜は十分提供しなければならないけれども、両方で十分了解が行かなかつた結果、両方の感情が悪くなるというようなことは、極力避けなければならないのでありますから、このことだけ大臣の頭の中に入れておいていただきたいと思います。別に御答弁はいりません。
○宮原委員 主として国際協力局の方にお尋ねしておきたいと思います。時間がおそくなりましたので、なるべく簡単にいたします。先ほど大臣にもお尋ねしたのでありますが、英連邦軍との一万の労務者との関係は、本月四日の当委員会で石原政務次官から、労働省ともよく連絡をとつてあつせんの労をとるという趣旨の御答弁があつたのでありますが、本件は政府から労務提供の打切りを英連邦軍及び国連軍に申し入れたから起つた事件でありますので、相当に政府に責任があるものとわれわれは解釈をしておるのであります。ところで労務者の給與四月及び五月分は、昨十日が支拂日になつておりますが、支携われたものであるかどうか、こういう情報はいかがになつておりますか。もし未拂いの場合であればその対策はどうであるか。政府は英連邦軍に労務賃金の円貨立てかえ拂いの提議をなさつたそうでありますが、金利を付することを條件にせられたということでありますので、こういうことが交渉の不調になつた原因にはなつていないのか。まことに英連邦軍の今日までの労務者に対する態度は一方的で、占領中の惰力を利用した不都合なものであるということは、すでにおわかりいただいておるでありましようが、これを地元の交渉にまかせるということになりますと、占領中の盲従の習性が続いておりまして、とうていこれを円満に解決することは困難であろうと思うのであります。明日の十二日には労働者が厥起大会をいたし、われわれにも出席を要請しておるようなせつば詰まつた情勢になつて来ておるのであります。外務当局は出先にむしろ行かれまして、先ほど守島委員からの御発言にもありましたように、出先の英連邦軍というものは、中央における先ほどの大臣の御答弁にありましたような、なまやさしいものではないのでありますから、むしろ外務省が出張せられて、現地で解決をするというだけの御用意をしていただきたいと思うのであります。それに対する御用意を伺つておきたいと思います
○伊関政府委員 昨日賃金を拂いましたかどうか、私の方にもまだ情報が入つておりません。ただいま待つておるのであります。ただ十日には必ず拂うと申しておりましたし、最近の情報では、拂うために特別調達庁の出先等に対して、いろいろ計算がやつかいでございますので、援助を求めて来ている。ですから拂うことは拂うと思いますが、ただ昨日に間に合いましたかどうか、まだ情報が入つておりません。それから先方に金を貸すという問題は一時出ておりましたが、その後立消えになりました。それが金利のせいであるかどうかということまではわかつておりません。ただ向うで、自分の方で金はつくるということになつたようであります。それから労働條件の低下ということでございますが、一度通告をいたしまして、その後労務者側から交渉をいたしました場合に、いろいろと向うは違つた返事をいたしますので、月給をもらつてみませんと、どういうことをいたすかもはつきりいたしませんので、まず昨日十日に拂いましたならば、どういうものを拂つたかということを確認いたしました上で考慮したい。この問題は十分考えておりますが、どういう方法でいつ取上げるかという点につきましては、もう少し、はつきりしたいというふうに今まで考えておつたわけであります。それから現地に参ります問題につきましては、私自身が一度参るのが一番いいと考えておりますが、今のところ早急に出て行く予定はちよつと——出て行ける立場にございませんので、先般来から係官は一人出しております。二、三日うちには帰つて来ると思いますが、その報告によりまして、また私が出て行くかどうかも考えてみたいと思います。
○宮原委員 呉地区の治安の問題は、先ほど大臣にもお尋ねいたしたのでありますが、暴行、凌辱、強盗等の犯罪がすでに外務省の方にも資料が行つておると思うのであります。まことに日々呉市民は現在凶悪犯罪のために脅威にさらされているのであります。これは終戦後占領が始まりましてから今日まで、ずつと続いておるのでありますが、独立後も一層はげしいようであります。この点について、ぜひともこれを根絶するような対策を英連邦軍と直接立てていただきたい、そういうふうに考えるのでありますが、それについての御所見を伺つておきたいと思います。 それから時間を節約するために他の問題に移りたいのでありますが、横須賀地区における追浜地区の再接収問題から、引続き独立後の施設提供の問題であります。これは再接収の声が起つてからすでに半年をはるかに越えた今日、二十二会社の業者というものは、まつたく銀行から締出しを食い、労働者は騒ぎ立て、業績は不振になつて、今やせつば結まりまして、このままへびのなま殺しのごとく、アメリカ軍の具体案の提示というようなものをただ手をつかぬて待つという状態——御催促にはなつておるようでありますが、ただ催促だけでは済まない段階に来ておるのである。でありますから、この問題はすでに期限を付して米軍が真に施設提供についての要望、希望があるものならば、期限を付してわが政府に具体案を提示すべきものではないかと思うのであります。実業界の苦悩というものは、とうてい官界や米軍あたりではわからない問題であつて、業者の苦悩というものはすでに最高潮に達しております。従つて陳情請願というものは、すでに業者の間において足並がそろわず、乱れがちに相なつておるという実情さえあるのであります。今やこの問題の内容をくどくどしく申し述べる段階ではなく、最後の通牒というとひどいかもしれませんが、接收の意思があるならば具体案を即時提示すべきものである。そうでなければ独立後も占領中もかわらない。何の独立のありがたみというものが感ぜられるのであるか。私は米軍の猛反省を外務省の方から強く要請せられるべき段階であろうと信じて疑わないのであります。かかる点における日本の代表であられる伊関局長に御所見を伺つておきたいと思います。
○伊関政府委員 呉地区におきまする英連邦軍関係の犯罪がかなり多いということにつきましては、まことに遺憾だと思つております。英連邦軍司令官におきましても、犯罪の処罰等についてすでに声明を出しておるそうであります。先ほど大臣も申しましたように、この点につきましては今後とも十分折衝をいたしまして、また具体的な方法等につきましても折衝いたしたいと思つております。 次に追浜の問題でございますが、これは占領中でございますかに一度問題になりまして、その際ははつきりとりやめになつたのでございますが、また最近そういうふうなうわさがずつと出ております。それで正式には米軍からは何ら申入れはないのでありまして、一度向うはあきらめた、そしてそのままの状態といえばいえるような、表の形はそうなつておりますが、しかし依然として米軍側にはあそこを使いたい腹があるように考えられますので、そこのところをはつきりしてもらいたいということを幾度か申入れをしておつたのでありますが、最近に至りましては、現地の業界においてもこれ以上は絶対に待てないということを言つておられますし、また私もその通りであるということはよくわかりますので、つい三、四日前の会議におきまして、これ以上もう絶対に待てないということをはつきり申して、それに対して向うも今週中には必ず返事をすると申しておりますので、従来遅れましたことはまことに申訳ないと思つております。
○並木委員 伊関局長にお伺いしておきますが、最近相当解除を期待している向きが多かつたのですけれども、どうも緩和される傾向がないのであります。その衝に当つている伊関さんですからよくわかると思うのですけれども、むしろ施設とかそういうものは、今までよりも擴大強化して行く傾向がこのごろあるのじやないですか、その辺のところをひとつ御報告願います。
○伊関政府委員 関東以北につきましては、私は数字を知つておりますが、従来接収いたして米軍が使用しておりました件数は、大体一千八百件ございました。これが今後引続き使用したいと申しておりますものを数は、約六分の一の二百幾ら、三百件足らずに減ります。でございますから、その数から見ますと、六分の一以下に減つて来ておるわけであります。ただ現実の解除という問題は、すでに解除になりましたものと今後近くなるものというふうに、解除にきまつておりましても、今のところ現実にはまだおいておらぬというものが相当あるわけであります。ちようどこれはまあ普通の家を引越すときみたいなものでございまして、立ちのきを言われましても、引越し先がないうちはなかなか動けぬというふうな関係でありまして、現に郊外に建築をやつておるわけであります。引越し先の準備を急いでおるわけでありますから、大体全部が動くのは来年の初めごろでないかと思つておりますが、今まででも相当数は減つて来ておるわけであります。絶対数はずつと減つております。ただ世間で、また擴張されるというふうな印象をお持ちになりますのは、これは陸上の演習場と飛行場との問題についてでないかと私は思いますが、飛行場につきましては二、三の飛行場につきまして、飛行機がかわつて参りましてジエツトというふうなものになりましたので、従来の滑走路ではどうしても短かい、少し滑走路を千フィートか二千フィート延ばしたいと申しますのが三、四箇所ございます。それから陸上の演習場につきましても、占領中は占領軍でありまして、行政等にも関與しておつたわけでありますが、今度は防衛軍としまして猛訓練を計画しておるのじやないかと考えますが、非常に訓練を強化します関係上、演習場が多少狭くなつて来たという面がございますので、二、三の演習場について、この面積を横張するという提案が向うから出ております。これにつきましては、まだ決定には至つておりませんで、今のところそれらの問題について現地の意向を十分聞きながら、具体的に検討いたしております。
○並木委員 非常にはつきりしたのですが、その予定されている飛行場の名前がわかつたらちよつと教えていただきたい。
○伊関政府委員 問題になりますのは、小牧と伊丹と思います。入間川というのもございますが、それは大したことはございませんので、現地で話がついております。今一番問題になつておりますのは小牧と伊丹、小牧は名古屋の北の方、伊丹は大阪と神戸の中間であります。
○並木委員 これは朝鮮の動乱などの関係ともにらみ合せて、重要事項だと思うのですが、そこで賠償工場のことはやはりおわかりだと思いますが、いかがですか。
○伊関政府委員 あまりよく存じません。
○並木委員 その方は担当じやないのですか。
○伊関政府委員 賠償の方は私どもの関係に入つて参りますものは、現に使つておるものだけでありまして、賠償一般についてはよく存じません。
○並木委員 現に使つているものだけでちよつと聞いておきたいのですが、これもやはり当然返されるものと期待しておつた工場主が多かつたのです。ところが従来通り管理というものを進めて行つて、そこでいわゆる兵器あるいは準軍需品、こういうものをつくらせるようになつて行く、こういう傾向を聞いているのです。それは国際連合軍というものが使う武器とか、そういうものをつくらせる目的であるのか、あるいは部分品をつくらせるのか。事実工場主の手にもどらないで、向うの手で管理してやつて行くという傾向があるのかどうか、そういう点についてひとつ御説明願います。
○伊関政府委員 必ずしも賠償工場に限つておるとは思いませんが、米軍の現在使用いたしております車両等の修理をやつております工場が、東京周辺に約十ぐらいあるのじやないかと思います。これが問題になるのじやないかと考えますが、これにつきましては目下検討中であります。返るか返らぬかというふうな、今後の経営形態をどうするかということは目下検討中でありまして、まだ何ら結論が出ておりません。
○並木委員 もう一つだけ。日本で戦艦でございますか、軍艦のようなものまでもつくらせるというふうに話が進んで来ておりますが、造船所に関してはどういうふうな話合いになつておりますか。
○伊関政府委員 私は日本で軍艦をつくるという話は全然聞いておりません。また造船所は、今のところ造船所でそういうような意味で問題になつておるものはございません。
○並木委員 よろしゆうございます。
○菊池委員 ちよつとお伺いしますが、国内に再軍備の問題が非常にやかましく論議されております。それで国内の再軍備の論者、特に芦田均氏初め旧軍人、改進党系等の人々は盛んに宣伝いたしまして、再軍備をするならばその金はアメリカから出してくれるんだということを、至るところでもつて吹いてまわつているのです。国民はこれを信じております。それで金がかからないならば再軍備もよかろうじやないかというように、国民の気分が傾きつつあるように思われるのでありますが、それでお伺いしたいのです。これはもう選挙のときにも重大な論争の的になると思うのでありますが、アメリカは自衛力の漸増を期待するということを日米協定にもうたつておりますし、またみずから守る意思のない国に対しては援助をしないというようなことを言つて、この言葉を裏返してみますならば、みずから守る意思のある国ならば援助してもいいという意味にとることができるわけなのであります。そういうわけでありますが、日本の将来の自衛力の漸増、すなわち再軍備につきまして、日本の政府といたしましては、アメリカに対しましてその援助方について、今まで何か打診したことがあるでありましようか、どうでしようか、これをまずお伺いたしいと思います。
○石原(幹)政府委員 ただいまお話になりました再軍備の場合に、金をアメリカにおいて出すとかどうとか、こういう話はわれわれのところまでまだ何ら聞いておりません。それから自衛力の問題は、これはもうたびたび言われておりますように、まず国力の充実をはかり、治安力の増大をはかつて、それから後の問題であるということであります。まだこの問題について特別向うを打診したとか、あるいは折衝をしておるというようなことはないと思います。
○菊池委員 軍備を持たない国としましては、今からそのくらいのことは打診しておく必要があると思います。向うから金を出してくれるなら軍備を持つてもいい、憲法改正をしてもいい、出さなければ軍備を急ぐ必要はないというのがわれわれの考え方であります。そういうことを打診しないというのは、うかつ千万であると思うのであります。それで将来軍備を持つとするならば、アメリカは一体どのくらいの軍備を日本に持たせたい考えでありましようか、こういうことについてもまだ打診したことはありませんか。
○石原(幹)政府委員 ただいま日本は、御案内のごとく、憲本において軍備は禁ぜられておるのでありまして、そういう関係からいたしまして、まだ軍備という問題について、公式に打合せするとかどうとかいうことは、いたしていないように私は承知しております。
○菊池委員 打合せでなく、向うの意向を打診したことがないかどうか、かようにお伺いするのです。
○石原(幹)政府委員 私の承知しておる範囲では、そういうことはないようでございます。
○菊池委員 もう一点。賠償の問題でございますが、この前インドネシアあるいはフィリピンと賠償のことについて折衝せられたのでございますが、その折衝に当つた日本の代表は、こういうことを頭に置いておられたかどうか伺いたいと思うのであります。日本の政府としてはどういう考えであつたか。つまり彼らが要求しております——フィリピンは八十億ドルという厖大な金を要求しておりますが、その彼らがこうむつた損害というものは日本軍のかけた損害でない、彼らみずからの破壊行為によつて生じた損害が六割、七割もあります。われわれは現地を見て参りましたが、日本軍の進撃をはばまんがために、みずから橋梁をこわす、あるいは日本軍の進駐を妨害せんがためにホテルをこわす、病院をこわすあるいはその他の大きな使物をこわすといつたふうに、彼らみずからのゲリラ戦術によつてこうむつた損害が五、六割を占めておるということを、われわれは現地に行つて聞いて来ておるのであります。フィリピンあたりでも百万の人命を損じたといつておりますが、彼らは無知にして日本軍の強いことがわからないから、むちやな抵抗をやつて厖大な人命を損じておる、そういうこともこの賠償の折衝に当りましては、そろばんの中に入れて折衝をすべきであろうと思うのでありますが、これらのことを考えないで賠償に当るなんということは、これまた実にうかつ千万であると思うのであります。日本の外務省といたしましては、そういうことを知つておられるかどうかお伺いしたいと思います。われわれずつと現地をまわつて見て来ておるのであります。
○石原(幹)政府委員 先方がいろいろ計算しておりますことについて、はつきりした基礎あるいは内容を言つて来ておるわけでもないのでありますが、これは直接あるいは間接のいろいろの損害をすべて計上して計算しておるのではないかと思うのであります。しかしこの賠償の問題は、この平和條約の賠償條項にもありますように、日本の自立経済をやつて行く限度において、役務賠償を中心として賠償責任を負う、こういう建前になつておるのでありまして、直接、間接のすべての損害額を計上して、それが賠償の基本原則になるのであるというようなことは何もないのであります。今後賠償問題はさらに適当な機会に交渉が再開されまして、適当なるところで話合いがつくのではないかとわれわれは確信をいたしております。
○菊池委員 南方諸国は、この日本の経済の立ち直りについて、ひそかにいろいろなスパイを入れて工場や何かを調査しておる。そして彼らとしても、たとえば彼らの要求の十分の一くらい、あるいは五分の一、六分の一くらい抑えるのではないかという見込みを立てておる。そういう場合において、日本がこれをただちに拒むということもできないのであります。それにはやはり口実がなければならぬ。君たちがごうむつた損害は、君たち自身の手によつて生じたものが大部分を占めておるのである、そういうことが拒む口実にもなるわけであります。それは日本の自立の可能の範囲において拂うことはもちろんでありますが、ただそれだけとなりますと、拒む理由がいかにも薄弱になつてしまうのではないか。日本の経済が立ち直れば立ち直るほど、これを拒む理由が出なくなつてしまうのじやないかと思いますが、こういう点についてどうお考えになりますか。
○石原(幹)政府委員 これは今後賠償の会議がさらに続行されることと思うのでありますが、これは両者忌憚なく、誠心誠意をもつて話合いましたならば、私は必らずや適当のところで妥結を見るものとかたく信じておる次第であります。
○守島委員 さつき大臣に、アメリカ軍に提供する地区及び施設の問題について、もう少し外務省が腰を入れてもらいたい、それの具体的の話をあとで申し上げとる言いました。もう時間が大分たちましたから簡単に申し上げますが、別に私は答弁はいりません。私が経験しましたことを事務当局に申し上げて、そして、相当腰を入れておられるたろうと思いますが、もう少し腰を入れてもらいたい、こういう意味でございます。五月の一日に、場所の問題は私の郷里でございます。糟屋郡の古賀町及び新宮村海岸地帯です。これは演習地です。それから久留米の近所にございます高良内、これは開拓地でございますが、これの演習地の問題です。この問題を地元から持つて参りまして、なるべくお手やわらかにという話がございました。私はそれに対してとにかく日本とアメリカが手を組んで、アメリカの軍隊が日本に来ることを日本が希望しておる。これに対しては十分便宜を提供しなければならぬから、演習地をやらぬということは絶対にいかぬ。われわれは大いに演習地をやらなければいかぬ。しかしながらできるだけこつちにぐあいよいよ向うにも都合がいいのをよく研究して話し合つてやらなければならぬ。簡単にきめてはいかぬ、その点は私は話してやるといつて、伊関局長に電話をかけましたら、あなたは旅行中、それから平川農地局長に電話をかけたらこれも旅行中、それから私は七日に立ちまして郷里に帰りまして、十三日に特別調達局に行きました。そしてこの糟屋郡の問題とそれから高良内の問題を話しますと、どうもその事情が、私の言つて来たことが向うに通じていない。そんなばかなことはない。東京にまで持つて行つて言つているのに、君たちに話がないということはないじやないか。聞いておらぬ。どこから君たちは調査をしてもらつているのだ。と聞いたら、県庁の渉外課から来る。それはおかしいと言つて、私はすぐ隣ですから、県の農地部長のところに行つてどなり込んだ。何だ、東京まで行つているのに君たちが知らぬことはないじやないか、何しているんだ、と言つたら、うろたえ、帰りまして、係官を呼びましたら、いや知つております。こうこう、こういう、そういうふうに君たち知つてるなら、それはいいけれども、それは外務省の方に通じていないじやないか。いやまた通じておりません。そんなことはすぐ通じなければならないというような話をいたしました。それから東京に帰りまして、二十日ごろです。平川君に会いまして、そして外務省系統と農林省系統と県庁も入れまして、もう少し密接にやつてもらいたい、ぼくたちが心配しないでもいいようにやつてもらいたい。ちやんと農地部へ行つておるにもかかわらず、特調には通じていない。こういうことでは困るじやないかという話をして、それから伊関局長のところに行つたらおいでにならなかつたので、田中という課長に話しておきました。多分よく行つておるだろうと思います。ことに高良内の問題なんかは、実は、警察予備隊がけしからぬ。自分たちが使うのはなかなかむずかしいもんだから、アメリカ軍を入れて、アメリカ軍もやるというような名目であれを使おうとした。それは外務省の方でたたきつけてくだすつてそういうことにならなかつた、そうしてよくやつてくださつておるだろうと思いますけれども、そういう点が非常にございまして、地元では政府が同情がない、政府がやつておらぬ。自然そういうふうに言います。大いにおやりになつておるのだろうと思いますが、一つは連絡がとれぬせいだろうと思います。御注意を願いたいと思います。 もう一つは、その後小倉の市長が私のところに参りまして、小倉の昔の陸軍の用地だろうと思います。師団司令部か、旅団司令部のあつた土地だろうと思います。それがアメリカ軍の占領中は、占領しておつた。今度はそれを提供するという。相当広い地域です。そのまん中を道路を通らせぬと周囲をぐるつとまわらなければならぬ。実に不便だ。それで占領されておるときからいろいろ交渉しておつたかけども、向うは許さぬ。ところが福岡の地元の特調に行つて話しても、もうとてもあの司令官はものがわからぬから、市長さんあなた自分で話しなさいとこう言う。また東京に持つて来て話したらこれはなかなかむずかしいから、自分で話をつけなさいと言つたということを私に言います。それはけしからぬ。地元の役人あるいは中央の役人が、とても自分たちでは手がつけられぬからお前が話せ、そんなことをほんとうに言つているならおれが言つてやる。ほんとうにそう言つているのなら私が行つて交渉するから、はたして終局的にそうであるならば、私のところへ言つて来なさいと言つて出しましたら、帰つて来なかつたところを見ると、何とかおさばきくだすつたのたろうと思いますが、こういう例が私は相当あろうと思います。それを私はさつき大臣に言つた。もう少し外務省が腰を入れてもらいたい。そうしてかゆいところに手が届くようにやつてもらいたい。私も昔役人をしました。皆さん御承知の通り役人をしておつて、同一系統のものをたくさん処分しますと、これは事務になつてしまいます。そうすると農林省で調査したから、県庁で調査したからといつてぽんときめてしまう。私が議員になりまして、一つ一つ見ますと、一人々々の生死に関する問題で、私一番よく知つておる新宮村及び古賀町に親類もございます。今選挙区でございますが、ここのところを見ますと、普通の人は、あれは海岸地帶で何にもできぬ、演習地になつてちつともかまわぬじやないかと言うが、さていよいよ行つてみますと、戦争中に土地がなかつたときは、あすこを引揚者が開拓している。それから豚を飼つている。羊を飼つている。それから今度は海岸は地びき網をやらなければならない。それからもう一つは、知りませんでしたけれどもあすこは特殊な砂がとれる。砂をとつてすぐそばにセメント瓦をつくる工場があるのです。自分の親類のことを言つてはおかしいのですが、親類がやつておる。あそこのところへ立人りができぬということになると、その工場はこわれてしまうということになる。どうしてもその土地がいるというのなら、これはしかたがございませんが、そういう点も親心で親切にやつてやる必要があると思います。これは私の方面の比較的小さな三つの地点の問題でございますけれども、全国に非常にたくさんあると思います。私はちつとも質問に立たぬ人間でございますけれども、この問題は日米両国の将来のために、よほど日本が気をつけなければならぬ。アメリカも気をつけなければならぬ。それから私は外務省を出た人間でございますから、外務省もなれない仕事です。こういう仕事は国内の土地の問題だとか、川の問題だとかですけれども、よほど気をお入れになつておやりにならないと、外務省の名誉にもかかわる。さらに大きなことは、日米永遠の——私は永遠と思つております。永遠の親善関係、根本はあくまでも親善で行かなければならないが、そういう末節からきずがついて来るということを考えますから、皆さんをたいへんおそくまで引きとめまして特に申し上げるわけでございますから、御答弁はいりませんが、御参考に供せられてよく手が行き届くようにしてやつていただきたいと思います。
○並木委員 さつき質問したかつたのですけれども、あとへまわした点でもう一点だけ。それは昭和飛行機とか、元の中島飛行機とか、ああいう会社で飛行機をまたつくらせることになつて来るのじやないか、こういうことをよく聞かれるのです。外務委員だからよくわかつているだろうと聞かれるのですが、なによくわかつておらない。いい機会ですからこういう元の飛行機工場に対しての今の方針はどういうふうに話合いが進められておるかということが一つ。 それから航空本部が立川へ来るのか、あるいは府中へ来るのかということははつきりきまりましたかどうか。極東空軍の本部はどこへ移転するか。 もう一つ総司令部の移転が遅れておりますけれども、これはいつ移転が実現するか。以上の点についてお答え願います。
○伊関政府委員 昭和飛行機につきましては、一応あすこが今特殊車両の修理をしておりますが、これをどつかへ移しまして飛行機の修繕をさせてはという案が米軍にもございます。しかしまだ具体化しておりません。今後どうなりますか。今のところちよつと見通しが立ちません。 それから空軍の司令部は、立川でなく府中の方でございます。それから総司令部は目下市ヶ谷に移転中でございまして、十四、五日ごろには移ります。ただ陸軍の司令部は座間の方へ参りますから、これは座間の方が近く建築を開始するという状況でございまして、建ちますのに今後半年はかかる。ですから来年早々じやないかと思つております。 中島飛行機は何も問題ございません。中島飛行機の跡は爆撃されたままになつておりまして、まだ建物が残つているだけであります。
○並木委員 今のところは飛行機の修繕についてだけですか。飛行機そのものを将来つくるという話はございませんか。
○伊関政府委員 それは何も聞いておりません。
○仲内委員長 次会は明十二日午前十時より開会することといたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時十六分散会