電気通信委員会 第13号
- 発言数
- 17 件
- 登壇者
- 6 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1951/11/21
会議録
○委員長(鈴木恭一君) これより会議を開きます。 前回山田委員から質問が電波監理委員長にございましたが、丁度御出席がなかつたことでございますので、本日御答弁を頂きたいと思います。
○政府委員(富安謙次君) テレビの問題につきまして御質疑を前回も頂いていたのでありましたが、そのとき私他の委員会のほうに参つておりまして中座をいたしました。そのとき長官のほうよりお答えを申上げたような経緯を経ておるのでございまして、私が今日お答えを申上げることも、いろいろ重複いたしましたりするかも存じませんが、ひつくるめまして、私よりこの際テレビに関しまして電波監理委員会はどういうふうに考えておるか、大体の心のかまえ方、又それに従つて今どういう段階にあるか、殊に標準方式をきめることにつきまして、どんなふうに考えているか等の点につきまして、改めて私より御説明申上げさせて頂きたいと思うのであります。 先ず以て当委員会におかれまして、最近にアメリカの事情をも現地について篤とお調べになつてお帰りになつて、いろいろと御報告を聞かせて頂き、又御意見を拝聴いたしましたことは、私どもにとりまして大変仕合せでありまして、誠によき参考となり、それらのことも十分に考慮いたしながら私どもは毎日々々職責に当つておる次第でございます。大変仕合せだと思つております。先ず根本的にテレビジヨンに対しまして、どういうような心のかまえ方でおるかという点に関しましては、先般来折々この席におきまして申上げたこともあるのでございまするが、何分にもこの問題が文化、教育、産業、生産、その他日本の将来に対しまして、非常に大きい関係を持つておる極めて重要な事柄であるということに対しまして、私どもは職責を行います上において、万々遺漏なきを期するために、この点に関しましては一つの諮問機関を持ちたいということを考えておるのであります。その諮問機関におきましては、各方面のあらゆる権威のあるかたがたから代表的の御意見を伺う機会を持ちたいと思うのであります。そういうようなかたがた、財界でありまするとか、言論界でありまするとか、技術の世界でありまするとか、学界でありまするとか、そのほか先ず良識で考えて、この方面からこういう人ならばというような、と思われるようなかたがたに、適当な方法を以ちまして十分に自由に御意見を述べて頂くという機会を得まして、それによりまして、私どもは十分に私どもの進み方の誤りなきを期したい、かように考えておるのでございます。その目途に従いまして今着々と実現の準備をいたしておるというのが現状でございます。多分その諮問委員会と申しまするか、諮問機関におきましては、しばしばここでもお話に出ました通りに、一体テレビジヨンに対して日本は経営の形態をどんなふうに考えているのか、或いは又テレビジヨンを日本に実現する時期についてどういうふうに考えるべきであるか、どういう規模で以てどういうふうに出発するのが一番日本としてとるべき方策であるのか、それから更に又ここでもときどきお話に上つたと存じまするが、現在の法律、そのほか法制の建前を以てしてはこ問題に処するには足りないのじやないか、立法的な処置を先ず構ずべきではないかなどということも或いは問題に上るのではないかと忖度をされるのでありまして、すべてそういうような根本的な大きい問題につきましては、その機関におきまして、只今申したような権威あるかたがたの全く自由な御意見を伺うことによつて、それを十分に尊重しながら、私どもは私どもの職責を尽したい、かように存じておるのが先ずこの問題に対する心のかまえ方の第一なのでございます。と同時に又これと並行いたしまして、私どもはテレビジヨンの標準方式というものを決定をするということをいたしたい。それはそれ、これはこれとして進みたいという考え方を持つておるのであります。標準方式というものは極めて重大であるし、今申しましたような根本的テレビのあり方とも関係をいたすことはこれはもう勿論でありまするが、同時に又そういうような根本的なあり方はあり方として、標準方式のほうをもきめるということができないことではないと考えまして、それはそれ、これはこれという行き方をとりたいと、かように考えておるのであります。 テレビの問題につきましては大体お手許にかねてお配りをいたしましたこの資料の中にもありますように、一年前から海外技術調査ですか、そういうようなものを利用いたしまして、善用いたしまして調査をいたしておるのでありまするが、殊に標準方式につきましては、大体この夏から秋、そんな時分から標準方式につきまして私どもは考え得る限りの方法によりまして考究をいたしておるのであります。この標準方式に関しまして実験の成績を持つておりまするもののその成果、成績を調べまするとか、或いは又生産業者の意見を聞きまするとか、関係の工業界等と話合いをいたしますとか、そういうようなことをできるだけ綿密にいたすことは申すまでもなく、更に関係の官庁、それからメーカー、学界、それから只今実験の成果を持つておりまするNHK、それらあらゆる方面からの技術者の意見をも十分に尊重いたし、一面又外国からテレビについて得ました資料等をもできる限り綿密に調べました上に一応の案というものを作るということに向つて歩を進めたのでございます。そしてその案を、御案内のように電波の質に関する事柄でありまするから、公聴会にかけなければなりません。公聴会にかけるときには案として世間に公表されるわけでありまするから、公聴会に参加する人たちは申すまでもなく、テレビに関心を持つておる、そうして見識と造詣を持つておるあらゆる面からそれに対して批判が起ることを予期しておるのでありまして、そういう批判を十分に聞き、そして最後に私どもは私どもの判断をそういうような一般の考えをも聞いた上できめたい。そういう考えを以て先ずその公聴会にかける一応の案というものをきめたい。それを成るたけ早くいたしたいというのが私どもの現在立つておる段階なのでございます。それはそう急がないでもいいじやないかという考えもあり得るわけでありまするけれども、それに対しましては、私どもの存じよりといたしましては、これは成るたけ早くきめたいということを考えております。何を申しましても、先ず標準方式をきめるということがテレビの関係につきましてメーカーそのほかの関係者が動き出す第一歩で、方法の検討というものと関連するわけでありまして、現に生産工業界等におきましても早くそういうような標準方式を定めて欲しいというような陳情も受けておるのでありまして、これは尤もだと思うのであります。テレビを日本に実現することになれば生産工業界は無論活発にテレビに対しまして工業が起ることと思うのでありまするが、それに対して準備もそれぞれ有力な業者としていたしておるようでありまするが、準備と申しましても、準備の準備と言つていいくらいな程度にしか今の段階ではないと思うのでありまするが、それらの人がそういうような準備をいたしまするにつきましても、先ず日本においてどういう標準方式がとられるのかということがきまらなければ、呆然手を束ねると言うのは言葉が過ぎるかも知れませんけれども、大体そういうようなことになるのではないか。こういう方式がとられるということで似て、それに従つて業者は業者としてできる限りの準備にどんどん着手するということにならなければならないかと思うのであります。或いは又テレビジヨンの実現に対しましては、いろいろ実験の段階も経なくてはならないと思います。実験の段階が綿密丁寧であればあるほど事柄を慎重にする趣旨に叶うことは勿論でありますけれども、同時にまた実験に余り丁寧親切過ぎると言うと悪いかも知れませんけれども、その実験の仕方によりましては、もうこれで満足だという実験の成果を得るなどという時日の来るということは、テレビのごとき毎日々々新らしく進んで行く事柄につきましては期待できないのでありまして、早い話が毎日来る雑誌を見ても、始終新らしいこと、新らしいことが技術の方面などにおいては現われて来るというような実情であり、さようなテレビのような問題につきましては、成る段階におきまして先ず手を付けるということがどうしても必要ではないか。実験は十分であればあるほど結構でありまするけれども、同時に又これを或る段階におきまして、そのときにしておる実験の成果によつてとにかく着手するということでなければ、いつまでもいつまでも見送るというような結果になる虞れもあるようなテレビは性質であるとかように考えておりまするので、現にNHKを初民間におきましてもいろいろ実験をしておる。それでその実験をするのは標準方式に従つて実験がされておる段階なのでありまするけれども、その実験につきましても、日本において将来とるべき方式がどういうものであるかということを知るということは実験者にとつて極めて都合がいいことであり、又実験の成果を最も有効に、能率的に或る方式に集中してやるということが日本全体として一番望ましいことではないかと考えるのであります。実験はあらゆる実験があればあるほど結構でありましよう。そうしてどういうふうな方式によつて実験をするのも実験者の自由でありましようけれども、同時に又、その実験を最も有効適切にするためには、日本全体として考えたときには、やはり我が国がとるべき方式はこういうことであるということがわかつたほうが極めて有効になるのじやないかという点などもあると考えまして、いろいろな点から考えまして、先ず標準方式をどういうようなものにとろうとしておるのかということを知るということは、いろいろな面に対してやはり成るたけ早くしたほうがいいのじやないか。それをきめるのはやはり電波監理委員会の職責であつて、私どものいたさねばならんことであるし、又そういうようなことがさつき申しましたような根本的な問題とは別に、それと並行して行われるべきである。こういう考えから私どもは成るたけ早い機会において標準方式を持ちたい。その標準の方式も繰り返えして申すようでありますけれども、極めて重大であるということに鑑みまして、決して私どもは軽々しくそれをきめるというような心持は毛頭ないのでありまして、私どもの考え得るあらゆる方法を尽しまして、用意を重ねまして調査をいたした結果、一応の案を作り、これを世間にさらしまして、そうしてそれに対して広く意見を聞いて、その上で最後に私どもが日本としてとるべき標準をきめるのだということに到達いたしたいのであります。このような考えを以ちましてその一歩々々を毎日進んでいる。そしてある程度早くそういうような私どもの行き方に従つて事が運んで参りますように、切に切望しているというのが大体の考え方であり、又今日の段階であります。なおお尋ねによりましてお答えしたいと存じまするが、大体私の申上げることはこれを以て御了承願いたいのであります。
○山田節男君 今問題になつておりますテレビジヨンの標準方式については、極く最初からの経過並びに電波監理委員会のこれに対する態度を詳しく聞いたわけであります。成るほど富安委員長が言われるごとく、テレビジヨンの標準方式を速急にきめる必要があるという理由にも一部の理由はある。ただ私が第一に了承しかねる点は、発表されたテレビジヨン方式の試案が一〇〇%か九〇%か知りませんが、とにかく主要なる技術的レベルにおいてはアメリカのスタンダードとは全く符合しておる、ここなんです。これは私は何もアメリカに一辺倒式標準方式をきめるといけないというそういう極めて偏つた意見ではありません。我々調べている範囲でも、又電波監理委員会のほうから説明があつたように、この標準方式についてはまあ国際CCIRできめたものでも四つある。その中で殊にアメリカ式を日本はとるべきだという試案を出された。この前の会においても標準方式について世界各国の状況を長谷長官から説明がありました。我我がまあ見たところでは、アメリカの標準方式というものをとつておるものはアメリカとメキシコ、カナダぐらいなものである。数から言えば極めて少いけれども、ヨーロツパ各国のものがむしろ数が多い。成るほど我々は電波監理委員会の当局からヨーロツパのテレビジヨンの現状を聞きました。聞きましたが、私も技術家ではありませんけれども、例えば電波監理委員会の試案の標準方式から見ましても、フレーム・フリケンシーは三十、而もこれは日本の今の電流は五十サイクル、それに六十サイクルをあえて使う。そうして世界各国の情勢を見ますと、殊にイギリス、フランスを見ますと、フレーム・フリケンシーは二十五であります。それからフリケンシー・バンド、いわゆる周波数の帯域幅といいますかこれが六メガサイクル、で、この六メガサイクルのフリケンシー・バンドをきめていいかどうかについては、電波監理委員会がいろいろな專門家、メーカーのかたからいろいろ聞きましても、多少論争の種になつたという話を聞いております。併しあえてここに六メガサイクルというフリケンシー・バンドをきめられた、これ又ヨーロッパ殊にイギリス、フランスのように独得の立場からテレビジヨンを研究しておるところもある、フランスのごときは日本の六メガサイクル、この二倍の十二メガサイクル、十四メガサイクル、七メガサイクル、七メガサイクルというのが殆んど数から言えば絶対多数である、そこに六メガサイクルをあえてきめられた、そうなると技術的な理由はたくさんあると思う、そこで殊に標準方式をきめることについてこういうことを考えなければいけないと思う。前に申上げました鉄道のゲージにたとえて、例えば自動車にいたしましても、アメリカ式の自動車、ヨーロツパ殊にイギリス、フランスのようなガソリンの消費量が少くて済むような小型なもの、アメリカのように馬力の強い、ガソリンが幾らでもあるという立場でやつた自動車、日本としてどつちを選ぶか、私は標準方式を選ぶということの心がまえについてはこういうことを電波監理委員会としては考えなければならん、特に委員長のおつしやつたようにこのテレビジヨンは科学の進歩によつて日に日に新らしくなつておるのですから、アメリカの標準方式は今最善だということをおつしやるが、第一にお伺いしたいのは、この間いろいろな報告書から総合されたようなヨーロッパのテレビジヨンの現勢をお聞きしましたが、果してそういうこの機械の種類とか部分的に見られた程度のヨーロツパ方式とアメリカと比較して、アメリカが絶対にいいのだという責任のある結論に達し得られたのかどうか、この点をはつきり説明して下さい。
○政府委員(富安謙次君) 大分技術の点に亘りまするので、私の申上げるのがぴつたりとお尋ねの御趣旨に副い得まするやら、又ただ極めて常識的なことにとどまるような答弁しかできないというお感じをお持ちになるかとも思うのでありますが、大体におきましてお説明のありましたように、アメリカの方式とこの原案というものが密接であるとは私ども素人ながら了承いたしておるのであります。併しアメリカの式とどの程度密接しておるのかというような詳細な点に亘りますというと、技術のことに亘るのであつて、私としては的確な御返事を申上げかねるのであります。私などの考えといたしましては、成るほどおつしやいましたように方式はたくさん少くとも四つぐらいのものが類別的に数えられるそうでありますが、併しアメリカの方式というものと、それからこれを採用していまする国の数から申しますれば、これは随分国によつてまちまちであり、アメリカでなく欧州の国々などによりまして、それぞれ方式が違つたものをとつておるようでありまするけれども、同時に又力ということから言えばアメリカのものが、若し世界大勢ということで行きますならば、各国まちまちであるというけれども、力で言えばアメリカの方向のほうが大勢を支配しておるのではないかと言えるのではないかと素人的に考えておるのであります。併しアメリカの方式と今この原案に仮に出しておりまする方式との関係等の技術に亘る詳しいことにつきましては、技術を心得ておりまする政府委員のほうからお答えを申上げさして頂きたいと思うのであります。個々の方式がとにかくアメリカとの関係がどうなるかという細かいことは別といたしまして、この原案を決定いたしますまでには委員会といたしましては、先刻も申上げましたように考え得る限りの方法を尽したのであります。若しこれよりほかにこういういい案があるからということを新らしく私どもは新知識として得たならば、これは十分それを考慮いたすことに決してやぶさかではないのでありまするけれども、私どもが得ました資料と私どもが考え得る方法を尽した結果、十分論議をしたので、論議をしたあげく一応は態勢をここにきめるというのがあの案のできた経緯、由来なのでありまして、これよりほかに何か新らしく考え付かなかつた案ができたとか、或いは又新らしいその後の進歩によりまして、こういうようないい方法が考え得るということでありまするならば、これは別でありまするけれどもそうかといつてそういうものを待つていたらいつまでも私どもはちつとも動けないということになるのであります。これは先刻もお話にありましたように、日進月歩している、そういうような事柄に処する態度といたしましては、とにかくその段階におきまして或る方式なり、或るものをとらえて出発をするということほかないと、かように考えてこの案を作つたのであります。この案を作るまでには十分私どもといたしましては考え得るだけのことを尽したのだということに御了承願いたいのであります。細かく申上げますならば、もうこんな問題につきましては技術に関する知識を持つている人が、銘々が銘々の意員が別々だというくらいに言つても過言ではないというくらいに考えております。私も委員長といたしまして、そういうような論議の席にはしよつちゆう出まして、まあ聞いてもよくわからないのでありまするけれども、わからないながら美人としていろいろ技術專門の人たちが論議するのを伺つておるのであります。そしてそれは極端に言えば銘銘が銘々意見が違う、問題によりましてはそれくらいのものだと思うのでございます。そして非常に複雑ないろいろな事柄が集つて、そこで最後にあの方式として、式と申しましても御承知の通り十数項目に亘つておるものでありまするけれども、その各項目について銘々技術官が自分の技術的良心に従つて論議したのであります。そして大体それはすべてのものが一致してまとまるようにということを期待したら、これはいつまでたつてもそういうことは期待できないのじやないかとさえ私は思つているのであります。大体におきましてもう意見を吐き尽して、とにかく結論を得なくちやならない。日本としては結論を得なくちやならんということになりますれば、銘々持つている学者的或いは技術的良心というのは別としてその日本の取つている方向に向つて自分の技術造詣を傾けて協力するということにしなければならないし、又そういう意味におきまして委員会といたしての意見を決定いたしたのでありまするから、すべての人が初めから終りまで全く異論なしにあの案ができたなんという、そういうようにあり得べきものじやないと思うのであります。十分に論議を尽して、随分もう日を重ねまして、その上にあれを一応作つたのであります。若しあれに対する別にこういう案があるのじやないかということが、その論議において私どもが考え得なかつたようなことが出て来たり、或いは又或る対案があつて、その御主張を十分に伺えまするならば、勿論私どもはそれを容れるにやぶさかでないのであります。又あの案も繰返して申しまするように、そういう意味で出したのですから、それに対しまして十分な御批判と御検討を各方面から頂くことを期待いたしておるのであります。
○山田節男君 今の技術的な委員長のできない、まあ我々のわかる程度の技術的な説明の補足を電波監理官の誰か……。
○政府委員(長谷愼一君) 只今のことにつきましてお答え申上げたいと思います。実は前々回の当委員会のお席におきまして、お手許に差し上げました資料に基いて、この聴聞会にかけようと思う電波監理委員会の原案につきまして、主なる技術事項につきまして、何故こういう結論に達したかということを一通り申上げたのでありまして、又その点を繰返すのもどうかと存じますが、実は今山田委員からお話のありましたごとく、現在はイギリスとフランスはほかの国と非常に変つた方式をとつておりますので、同じ方式をほかの国がイギリスの方式なり或いはフランスの方式なりをとつておる所は、例えばフランスの属領とか、そういう所ではフランスの国の式を採用したいというような計画を持つておるようでありますが、ほかの国は持つておらないのであります。従いまして世界の各国の現在行なつておるテレビジヨンの実施されておる姿を見ますというと、アメリカの五百二十五本、これはアメリカ及び南米、メキシコ、アメリカ大陸が大体この五百二十五本という走査線の数の方式を使つておるわけでありますが、そのほかでは御案内のようにイギリスとフランスだけがやつております。ヨーロッパの諸国は現在実験なり或いは近く本格的な計画を立てまして、本格的な事業に移る段階にあるようでありますけれども、まだこの前も申上げましたように実験の段階にあるこれらのヨーロッパの実験段階にある国々は、国際無線通信諮問委員会の推奨を一度いたしましたものを採用しておるのでありますが、先ほど電波監理委員長からのお話もございましたように、その後実際にテレビジヨンが実施されておる世界の現状を見まして、今申上げました諮問委員会も前にある種類の方式、具体的に申しますと、走査線の数六百二十五本という方式を正式に推奨することはやめまして、ただ世界に現在行われておるのは英国方式、フランスの方式、米国の方式及び目下実験中のはこういう方式があるということだけを示しまして、各主管庁がそれぞれの国の状況によつて判断の上でそのうちのどれかを採用するのがよかろう、又違つた方式を考え出すということは、今後のプログラムの相互中継というような点から考えましても、余り好ましくない、その四つのうちのどれかを採用したがよかろう、こういうような意見に変つて来ておるのであります。今申上げましたような事情でございまして、私どもといたしまして、いろいろ研究討議を経た結果、結局諮問委員会の一度提案されましたところの六百二十五本、画の数が毎秒二十五枚という方式か、或いは五百二十五本、毎秒の像の数が三十枚という方式になるか、いずれかの比較検討に結論としてはなつたわけであります。この両方の比較検討をいろいろの面からいたしました結果、この案にございますように五百二十五本の毎秒の画の数が三十枚というこれはアメリカの方式と同じものでございますが、そのほうが、これは実際上申上げますというと、いろいろ先ほど来御意見がございましたように、画の精密度、或いは目にうつるちらつきとか、そういう点を考えますというと、その式の、私どもはブラウン管と申しますが、テレビジヨンの画がうつる大きな一種の真空管であります、これの製造技術、そういうものに関連いたしまして、一概には申上げられないのでありますけれども、六百二十五本の二十五枚という画のテレビジヨンの方式のほうが見る人の感じがよかろうか、或いはむしろ五百二十五本と走査線は減つても、画の毎秒の数が多いほうがちらつきが感じないかという点は、いろいろそのときの製造技術上の問題に関連して参るのでございます。そういう点もいろいろ勘案しました結果、五百二十五本の三十枚という方式に到達したわけでございます。なおこれは極めてほんの御参考でございますけれども、従来日本において、これは正式に国の責任ある機関が認めたものではありませんけれども、実質的には朝野の関係官が十分討議をしまして、戦争後一つの法律上或いは規則上に則つた標準方式ではございませんけれども、現に日本においてこういう標準方式と申しますか、こういう方式で研究なり或いは製造上の準備も始めようということで、暫定的に関係者が了解を遂げておる方式がございます。これは五百二十五本の走査線で画の数は毎秒二十五枚、あとは大体私どもが公聴会にかけようと思う原案と同じでありますが、変つて参りましたのは毎秒の像の数が二十五というのを三十枚に引上げて、ちらつきが目に感じないような方式に変えた点でございます。この二十五枚とか三十枚という毎秒の画の数の関係はこの前も申上げましたように、従来はそれぞれの地域の電力のサイクルと丁度関係がありました、いわゆるフイールド・フリケンシーの丁度半分の数が、画を送るほうと受るほうの同期を保つ関係からそれを結付けて利用しておつたわけです。ところが御案内のように、各国とも非常に電力事情のいい所はいざ知らず、特に日本のような所では五十サイクルの電力でも五十サイクルに保つていられるという状態は非常に電力事情のいい時期だけでございまして、昨今のようでありましては、五十サイクルのところが四十数サイクルに下つてしまう、そういう問題がございます。それからヨーロツパ各国では御承知のようにテレビジヨンを現に実験し、将来の計画をいろいろ考究しておる国がお互いに境を接しておるわけでございまして、当然プログラムの相互交換ということが起つておる。その場合にそれぞれの国の電力事情によつてサイクルの違つた所へ画を送るというと、非常に良好なプログラムの電送ができないことになりますので、最近は電力のサイクルには独立した同期方式をとろうということになつておりまして、現在、最近できておりますのはどんどんこの同期方式をとつておるわけです。従いまして、日本の場合は特にこの前申上げましたように、関東と関西地区が電力のサイクルが違う、而も日本においてプログラムの全国的な中継ということも考えた場合には、どちらかに統一しなければならんということが当然起るわけです。その場合に実は二十五枚にとるべきか三十枚にとるべきかということをいろいろ検討いたしました結果、先ほども申上げましたが、目に対するちらつきが画の数が多いほうが感じない、それから実際的に本格的な放送を始めましても、当分は相当フイルムによるテレビジヨンを実施せざるを得ないであろう、フイルムは御案内のように一秒間のこまの数が二十四でございます。この二十四とテレビジヨンの毎秒の画の数は二十五枚と近いほうが一見いいように思いますが、技術的には実は三十のほうがずつと楽なんです。従つて私どもはやはりこれは三十のほうをとるべきだ、こういうようなことから、今申上げましたことはいろいろ考えました点のほんの一、二の例を引いて申上げたのでございますが、先ほど当委員会の富安委員長から申上げましたように、私どもとしましては、手の届く範囲でいろいろ研究調査をし、討議をした結果この原案になつたわけでございます。なおその間には、成る関係する人々の間には必ずしもこの案に賛成でなかつた人もございます。又はつきりこの席で申上げますが、たまたま現在本格的なテレビジヨンを日本でやりたいという申請書をお出しになつておる方々があるわけでございますが、そういう方とは利害関係が極めて強くなりますから、御意見は伺つておりません。これらの方の御意見も我々としては十分頂かなければいけない、又いろいろ御意見の違つた人も正式な公聴会において十分討議をし、その論拠を裏付けるところの資料なり証明なり等をお互いに交換をしまして、審理官の公平な判断によつて最後的にはきめて頂くというような考え方から、成るべく早く公聴会の機会を得たいと思つておる次第でございます。
○山田節男君 さつきの富安電波監理委員長の御説明の中に、とにかく一応標準方式を試案でもいいから早く出して、これをきめなくてはメーカーも困る、陳情書も出ておるようなわけで急がなくてはいけないということを非常に強調されておるようなわけですが、たまたま今度アメリカに参りまして、権威者の人に会つて、こういう人たちはテレビジヨンの現在の進歩の過程においては常にトップをウオッチしておる、見つめておる人である。そういう意味から私は非常に緊張して聞いたのでありますが、そういう人に言わせるとアメリカの標準方式が決して最善ではない、或いはヨーロツパ、特にフランスやイギリスでやつておるものが或いはよりいいかも知れない、であるから、このテレビジヨンを今日本として急ぐ必要はない、こういう意見を述べておる。然るに冨安電波監理委員長は今日の客観情勢から、日本の客観情勢から見ると、とにかく急がなければいかん、だから標準方式をとにかくきめてもらわなければ困る、こういう御見解を承わつたわけです。その急がなくてはならん理由として例えば日本のメーカーが困る、或いは実験するにしても或る一つの標準方式がきまつていないと非常に困るというお話ですが、こういつたようなとにかく世界のテレビジヨンに関して世界の大勢を支配しているとみずから言われるこのアメリカにおいて最高権威者はそういうことを言つておる。そこに今の富安電波監理委員長の気持と私は差違のある点があるかと思う。そこで成るほど我々国民として電波法或いは放送法に基いて電波監理委員会は公共の福祉のためになるようなテレビジヨンの放送を望まれることは、職責上当然だと思う。併し先ほどから何遍も申上げておるように、このテレビジヨンの影響する部面が単なるテレビジヨンという技術的なものにとどまらない、成るほどいいことばかりのほうを見れば非常によろしいのですけれども、今日日本の置かれておる国際情勢下における日本の経済状態、或いは工業水準、こういうものから見て、私は慎重にも慎重に考えなくてはいけない、これは富安電波監理委員長も御異論はないと思う。そこで急がなくてはならんということをおつしやるのですが、長谷電波監理長官からもお聞きしたが、成るほどヨーロツパのほうもいろいろ調べておられるように伺います。そこで念には念を入れるということで、あらゆる論議を尽したということをおつしやいますが、私はこのテレビジヨンの標準方式をきめるという重大問題を、まあ最後的ではありませんけれども、取りあえず日本の標準方式をきめるということになれば、電波監理委員会としては少くとも専門の技術家か、若し電波監理委員会にそういう技術家がいなければ民間の研究者でもいいから最高権威者をヨーロッパ、アメリカ、殊にイギリス、フランス、アメリカ、このテレビジヨン、オンリーとして本当に専門的なレーテストの最高の標準を見て来るというだけの労をして品物を造るべきだ。成るほど日本にもテレビジヨンの研究者はたくさんあるように伺います。それで電波監理委員会としてはそういう方面の最高権威者、或いはそういうメーカーの専門家たちを呼ばれて意見を聞かれたことは、これは私も十分高く評価するのでありますが、テレビジヨンはこの進歩のテンポが非常に早い状況でありますから、一応電波監理委員会としては標準方式を如何にすべきかということについては、物の順序としてアメリカの権威者がそう言つているところから見ても、私は一応ヨーロツパのイギリス、フランス、それからアメリカの標準方式を専門に一つ研究なさるべきが当然なやり方じやないかと思う。殊に委員長がおつしやるように、今日の日本のテレビジヨン技術というものは外国に比べると二十年以上も遅れている、私もそれを承認せざるを得ない。そういう状態であればあるほど私は先ほど申上げたように、一応現在の各国の標準を見て、長所、短所を探究されて、それに基いてこの標準方式作成の主要なエレメントにするという、それだけの意気込を持つてもらいたいということを私は希望しておる。そこでとにかく急がなくちやいかんのだと、とにかく標準尺度がないからメーカーも困るじやないかということをおつしやいますが、私の知りたいことは、それではメーカーが一体このテレビジヨンの各部分品に対して現在そういう正確なものを造り得る能力があるのかどうか、そういう点、スタンダード、標準方式がきまれば、それに従つてこの現在のような日本の工業水準で品以てヨーロッパ或いはアメリカ並みに進歩する見込があつてそういうことをお急ぎになるのかどうか、その点を一つお聞きしたい。
○政府委員(富安謙次君) 先ずテレビジヨンの方式を急がないで、專門の知識を持つておる者を海外に派遣をして、その報告を待つというようなことをすべきではないかという御所見のように承わつたのであります。これも御意見としては、誠に御尤もな一つの立派なお見識であると考えるのであります。ただそのことが私どもの考え方によりまするというと、直ちに日本にテレビジヨンを実施する時期と関係をして来ると思うのであります。調査はすればするほどそれに越したことはないのでありまするけれども、同時に調査を綿密にすればするほどその実現が先に延びるということはこれは当然な話なのであります。それらの点につきましては、というのは一体日本にテレビジヨンを実現するのがどういう時期が最も然るべきであるかというようなことにつきましては、先刻申しました日本の各界を代表するような御意見や良識の集まるところ、帰一するところに尋ねたいと、こう思うのでありまして、只今おつしやいましたような手続を踏んで、多少それがためにどれだけか期間が延びようとも、そのほうよりもむしろ綿密にするということのはうが大切だというような御意見が一致を見ますれば、勿論私どもはそれに従うのにやぶさかではないのであります。 それからもう一つ考えますことは、成るほど技術の知識ある者をアメリカそのほかへ出して調査をさせることも結構でありまするけれども、先般来しばしばここでもお話に上つておりまするように、もう今日が明日、明後日と言つても見通しのできないほどにしよつちゆう変つて行くようなこういう性質のものでありまするので、たとえ三カ月なり数カ月なり技術を向うに行つて調べて参つてこれならということで始めましても、その始めた時分には向うのほうで更に又新らしいものができるというようなことがあるのではないかと、私は素人でありまするけれども、そういうふうに考えておるのであります。これは調査をやればやるほどと言いましても、一体どこまでやればその調査が完全だということは、なかなか見通しがむずかしいのではないかと思います。だから満足の行くまで見送るのである、待つのであるというならこれは又一つの考え方であります。我々はそういう考え方を持つということが日本全体として意見がきまりますれば、これも私どもはその方針によつて従うのでありまするが、まあ私どもの考え方といたしましては、内外諸般のいろいろな情勢をも考えまして、帰着するところそういうような諮問委員会を作りまして、その諮問委員会の御意見によつて従おうというのが考え方なのであります。併し同時に又標準方式のほうは、そういうような時期とは別に標準方式として先ず案を作つて、それに対して国内において論議をすると、広く意見を集めるということはこれはしてよろしいことであるし、しなければ手を束ねて何もしないということになるのではないか、それでは私どものほうの職責上如何かとも考えられますので、標準方式のほうは只今申しましたような方法によつて、只今我々が入手いたしておりまする資料、データ、材料、知識、そういうようなものによりまして一応の案を作つて、それを衆議、国のよき意見に問うということをいたしたらどうかというのが私どもの考え方なのであります。 それから最後にメーカーのお話がありましたが、これも私は素人でありまして、甚だ不十分なお答えしかできないと思うのでありまするけれども、私どもが素人として知り得た限りにおきまするというと、有力なメーカーは、テレビというものに対するメーカーとしての仕事の重要性、大きさというものを十分に知つておりまするので、有力なるメーカーはこのテレビに関する器機の生産に従事したいという熱意は持つておるしそれに対しまして、さつきも申しました言葉によりますれば、準備の準備というようなことで鋭意画策をしておる状況であるように伺つております。勿論、只今の設備なり資料なりによつて果してやつて行ける自信があるかないかということにつきまして、的確なお答えというものは困難かと存じまするけれども、私の素人ながら聞いておるところによりましても、例えば月産二、三千台とか、それくらいなものを生産して行くような規模と仮定いたしましても、そのためには先ず少くも五七億の金を用意しまして、それによりまして製造するための設備、機械、そういうようなものを整えるというようなことが必要なように聞いております。どういう規模で始めるかというようなことによりまして、どれだけの資本を用意しなければならんかというようなこともきまるのでありましようし、簡単に答え得ることではないと存じまするけれども、この有力な生産業者がテレビに取付く熱意に燃えており、そうして又その人たちがテレビ生産の任務を負うて日本として立上り得ない、でき得ないようなことでは私はないと、できるのだということを素人としては伺つており、又考えておる次第でございます。勿論、これから資力を用意し、設備をいたして、相当な困難にも打ち勝ちながらやらねばならないことであるとは存じまするけれども……。
○山田節男君 大変長い時間を占領して恐縮ですが、私これを最後に御質問申上げます。いろいろ電波監理委員長の標準方式に関するお話を伺つたのでありますが、私はどうしてもこの電波監理委員長が標準方式を速急にきめなくちやいかん、第一メーカーもそういう点を非常に熱望しておるというようなことをおつしやるのですが、その点どうも私ははつきりしないのですが、それではこういうことを私一つお聞きしたいのです。勿論日本としても直ちに公共放送或いは商業放送で始めるということは、これはちよつとまだいろいろな方面から見て無理だと思う。そういう見解に立つております。そういう点から標準方式ということをきめるというようなことについても、先ほど来申上げましたような意見から私は演繹しますと、やはり日本も実験中、ヨーロツパのああいつたようなたくさんの国々がまだ実験中である。日本も今の工業水準から見て、メーカーが早くテレビジヨンを作りたいと言つているとおつしやいますが、これはいろいろな方面から見てそう簡単に行くものではない。そこで標準方式をおきめになる過程においていろいろ論議されたと言われるが、今とにかくNHKで過去もう相当長い間、この電波三法の布かれる以前からすでにこのテレビジヨンに関しては研究しておるわけです。而もアメリカのこの標準方式に似たようなやり方でやつておるわけです。ですから昨日も新谷委員からもちよつと指摘がありましたが、これはただアメリカがよく進をおる、ヨーロツパはこれこれであるというような机上の論議を主としたようなきめ方、これは非常に危険だと思う。そこでこれは飽くまで実験に基いたものでなければならない。そこで今のNHKのやつておるものを、これはNHKの資力の点において、或いは陣容の点において不足すれば、これは又これを補う方法、それからNHKにやらせなくても、これを電波監理委員会の直属の実験局か何かにして、これは飽くまでもデモンストレートして行かなくちやならん、技術的なものですから……、そういう意味でNHKの今の実験局よりほかのものがあれば、それでよろしうございますが、飽くまで実験によつて、実験の論議によつて標準方式をきめるというやり方が、最も最高の技術を要するものであるだけに、私はそういう結果において標準方式が極めて実際的であるという今までの電波監理委員会の御説明を聞くと、いや何でもアメリカが大勢を支配しておるのだから、アメリカのものをやつておけば間違いない、こういう態度に私は心がまえが見える。そこに委員長もおつしやるように、この非常に変転極まりない進歩の過程にあるテレビジヨンをその中途においてつかままえるということにおいて非常に私は危惧を持つものであります。そういう点で私は今の委員長の心がまえ、これは一応諒といたします。併しこれを更によくするために、そういつたような既存の実験所というもので実験的にこれを研究されて標準方式というものを、同じ結果になるかも知れないけれども、念には念を入れるという意味でそういうことをおやりになる気持はないかということをお聞きしたい。
○政府委員(富安謙次君) 標準方式をきめるのに実験を先ず行なつて、その実験の成果を待つてきめるべきではないかというのは、誠に御意見としては御同感なんであります。ただ併し、それも私どもの存じのよりに従いますというと、その実験を行いまするにもどういう方式によつて実験を行うかということがよほど重大な問題になるのではないかと思うのであります。実験と申しましても、実験のことですから、あらゆる方法で、あらゆる方式で実験をするというのがそれが本当の実験としての一番大きい効果のあるやり方ではないかと思うのでありまするけれども、そういうようにあらゆる方式を銘銘実験するということは、そういう行き方というものは時の問題もありましようし、又金の問題もありましようし、そういう事情が許す環境、状態の下におきましては、これはもうあらゆる人があらゆる方式、あらゆる方法によつて実験をしてもらう、その成果を総合、集中するというのが一番望ましいのでありましようけれども、テレビの問題のごときにつきまして、そういうような理想的な、仮に理想的と申しますならば、実験ということの性質にかなつたような理想的な方法を果してとり得るかどうか、とるのが一番賢明であるかどうか、一番適切かどうかということが問題になるのではないかと私どもは存ずるのでありまして、もつと端的に申しますれば、そういうような実験は成るほど結構である、実験は是非テレビの実現の前にはしたい、段階を踏みたい、又方式決定についてもそれをしたいのでありますけれども、その実験者がどういう方式によつてこの方式を実用に移したらどうなるかという実験をする、そのためにも方式を定めるということが実験者にとつても都合いいのではないか、都合いいということは、少しやわらか過ぎる言葉かも知れませんが、そういうことでないと、実験を一番短い期間において一番金の面から申しましても、有効適切に実験をするにはこういう方式に集中して実験するということが、一番所期の効果を上げる趣旨にかなうのではないかというふうな考え方を持つておるのでありまして、実験することは結構であります。併し実験を是非したい、実験をするについても、どういう方式によつて先ず実験するかというようなことを示すということが実験者にとつても一番望ましいことであるのではないか、かように私どもは考えておるのであります。
○新谷寅三郎君 関連して私も二、三お尋ねしたいのです。富安委員長の御説明は、委員長としてのお心持は私もよくわかります。併し結論としまして私は了承できない、と申しますのは、再再申上げましたように、これは単なる一つの事業として考えるべき問題でないと思う。仮に聴取者の立場から言いますと、一台の受像機が十万円ぐらいだとすると、三百万台ぐらいの普及を目標にして行つた場合の、国民全体からこれを目分量にいたしましても、大体三千億ぐらいの投資をすることになるのです。ですからこれのやり方如何ということは、国民全体に非常に大きな影響を持つということを考えますが故に、こういうことを申上げるわけであります。今山田委員に対するお答えの中にいろいろありましたが、その中でも例えばテレビに関する技術がどんどん進歩発達する、だから見て来たところで、帰つて来た時分には又違つたものができて来るから無駄だとおつしやるのですが、私はそう思わないのです。終戦以来テレビ専門でアメリカ或いはイギリス、フランス等に責任を以て視察し研究に行つた人がどなたかございますか。今、電波監理委員会の机上で入手しておられる報告というものは、各国のオーソライズされた報告が必ず入ることになつておりますかどうか。そういうことについても私は疑問を持つのです。でありますから、そういう段階も経ないで、而も昨日懇談会でちよつと申上げましたが、政府の責任のある機関が標準方式をきめる場合に、単にNHKがこの数年間実験をした試験をしたそのデータを唯一の頼りにして、そして日本におけるテレビ方式をここで確立しようというような、そういうやり方は余りに私は軽卒だという結論を持つておるわけです。従つて今山田委員から言われましたような実験方針というようなものを、これは今仮に富安委員長が実験のためにも標準方式は必要なんだ、これは私多少語解しておりまして、法律を読んで見るとそのようです。この点は私は余りいい法律でないと思うので、まあ立法論になりますることは避けますけれども、この現在の法律の下ではそうなつておるようですから、実験のためにも電波監理委員会規則を制定し、その規則を制定するには公聴会にかけなければならんということになつておりますから、日本の誰もが実験或いは試験のためにも電波を使えないということで今抑えられておるのですね。こういうふうなことは避けたほうがいいと思うのですが、まあその点はおきまして、仮に実験のためにこの標準方式を一応きめて、これによつて実験はやつて行くのだということであれば、私はこれは極めて結構なことだと思います。併し富安委員長の言葉の中には、実験のためにもなるというようなお言葉があつたように考えておるのですが、にもなるでは困るのです。標準方式をおきめになつて、一応の試案でお出しになりますと、それによつてすぐに今度は免許の申請が出て来るでしよう。今度は免許すべきかどうかということを審査される段階になる、そういうことが始まる。私はこれは初めに申上げたように、単なる一つの事業とかいうような観念でなくて、一つの国民全体にはつきり根を下した、国民全体の利害に大きな影響を及ぼすものだから、責任のある官庁が責任の持てる、確信のある方式を見出さなければならんということを痛感する、そのためには端的に申上げれば、電波監理委員会が主体になつて、電波監理委員会がその責任において実験をどんどんおやりになつたら如何かと思います。その結果の公表は、これならば間違いない、この方式ならば日本では育つて行くという確信を持たれたときにそれを公表して、その方式に従つて或る事業体なり或いは団体なりに対してテレビを実現させるというようにおやりになるのが至当であると考えております。 特に私が指摘したいのは、これは私だけの意見かも知れませんが、カラー、テレビに関する問題です。今日私から言うまでもなく、普通の放送でスーパーの受信機さえも普及していないのです。それがテレビが隣りの国に非常に盛んになつたというので、すぐにテレビを欲しがる国民なんです。ところがテレビでもすでにカラー、テレビジヨンというものがアメリカではも、う相当に進んで、受像機の生産が一時とめられておりますが、これはもう実用化されるということは明らかなんです。聞くところによると、欧洲大陸でももうカラー、テレビに切換えようというので、今その準備に入つておる国がたくさんあるそうです。隣りの国にカラー、テレビがどんどん普及して行つた場合に、自分の国は経済力がないのだから、又非常に費用がかかるからカラー、テレビは暫らく見合わして白黒で結構だと考えるかどうか、これは非常に疑問だと思うのです。幸いにして日本は今テレビについては今スタートしようとしているのですから、私の考えではこれは可能かどうか、技術的には私は知りません。知りませんが、このカラー、テレビを実現できれば早くこれは実現するのがいいのじやないかという考えを持つております。特に私がアメリカで見るところによると、白黒の受像機で以てカラーは送れません。RCAの方式によりましても或いはCBSの方式によりましても受けられません。カラー、テレビの受像機によつて白黒の受像ならこれはできるそうです。そういうことが可能であれば白黒の受像機を今国民に持たして、それによつて将来カラー、テレビジヨンが送信された場合にそれをカラーで受像できるというような方式があれば、これは国民に大きな負担をかけなくて済むと思うのです。それは逆だと思うのです。そういう状態だとカラーテレヴビイにおいて実現しようとすると、又国民は新らしくそこでカラーテレビの受像機を買い直さなければならんということになることはもう必然的なんです。私はそういうことを政策として政府の責任ある当局は十分に考えて、そうして可能性の有無、これは経済的にも技術的にも可能性の有無をよく検討した上で、国民にもよく納得させてスタートすべきだという考えを持つておりますので、そういう点から申しましても、私は今度のこの標準方式の決定についての委員長の今までの御説明では私はまだ納得ができない。これらの点についてお答えが願えれば、できる範囲で一つお答え願いたいと思います。
○政府委員(富安謙次君) 御満足が頂けるかどうか存じませんけれども、只今の御言葉に対しまして一応私の考えを申上げたいのであります。 その前に、先ほど山田委員のお話に対しまして、調査に出したところでそれは結局又すぐ新らしいものができて無駄ではないかというようなふうなお言葉があつたのでありますけれども、調査をしても無駄ではないかというと、大変その言葉が強く響きますので、さような言葉を用いたといたしますれば、これはもう御発言に対して非常に失礼な言葉を用いたので、私はそんなふうに申上げた趣旨ではございませんから、どうぞ誤解のないように……山田委員に対する礼儀がありますから、一応言葉の言訳をさせて頂きたいと思います。ただ日進月歩であるということを考えなければならんということを申上げただけであります。どうぞその点は山田委員に対しても特に御了承を願いたいのです。そういう意味で申上げたわけではありませんから……。 それからこの実験の問題でありますけれども、実験にも役立つということであるのでは承服できがたい、実験のために方式をきめるのだということならとにかくと、こういうような趣旨に拝聴したのでありますけれども、実験のためにもとは私もそういうふうに申し上げましたが、それは実験の目的のみに方式をきめることを役立てたいという趣旨ではありませんので、先ほども申しましたように、生産工業界に対する指針と申しますか、これは指針というのでは或いは言葉が強過ぎるかも知れませんが、とにかくそのことを頭に置いて準備をするようにという方向を知らせるということの程度かも知れませんが、とにかくそういうような生産業者に対する関係、そのほかすべての点から考慮いたしまして、方式を先ずきめる、その一つとして実験にも、実験をする人にとつてもそれが役立つという意味で、にもということを申したのでありまして、これを実験のために命令して指針を与えるというようなことでありまするというと、実験をなんといいまするか、束縛することになるのでありますが、そういうようなことよりも私どもの心持ちといたしましては、実験はもう非常に実験があればあるほど望ましいのであります。併しながらその効果を集中的にするには、この方針があつたほうが一番賢明ではないかという程度、そういう意味でありますので、実験のために指針を、標準方式を作るのだというのとは少し考え方のズレがあるわけでございます。それならば、進んでそういうような考え方でなく、もつと方針をしかときめて、お言葉にありましたように、電波監理委員会自身がそういう機関で以て十分に実験をしてオーソリテイというものを作つて、そうしてそれに従つて、国の方途を確立して導く、導くという言葉は悪いかも知れませんが、進んで行つたらどうかというのも確かに御意見としては一つの立派な御見識と思うのでありまするけれども、それを実現するということになりまするというと、これはなかなか一朝一夕にすぐにそういうような方法を実現に移すということには、申すまでもなくいろいろ考えなければならん難関があるのでありまして、なかなかその方法をとろうとすれば、容易にはできないことであると思うのであります。効果は極めて適実であるかも知れんし、行き方としては正しいのかも知れませんが、現実の問題として考えましたときには、又別にいろいろそういう方法をとることについて予算のこともあるし、どういう具体的な方法によつてこれを実現するかということについて考えなければならん諸多の問題が起つて来ると思うのでありまして、要するに問題はこういうことになるのではないかと私は考えております。でこのテレビの実現というもの、一体いつ頃に日本に実現するのが一番適当であるか、又そのために只今の御発言にもなりましたように国全体が使う資本、金の問題であります、経済問題であります、日本の経済の実情ということを考えて、そういうような大きな国としての負担になるような一つの投資と申しまするか、金の使い方であります、そういうような問題をどの程度に、どんなふうに考えるか、テレビの重要性とこれがために使う国としての資本の使い方をどういうふうに調節按配するかというような二つの点に帰着するのではないかと思うのでありまして、そういうような点につきまして、私どもは先ほど事申しましたような各界の人々の広く意見を求めまして、それに従つて進むべき方向の誤りなきを期したい、こう思うのでありまして、お説も誠に御尤もだと思うのでありまするが、それらの点もやはりそういうような方法をとれば、例えば時期がこういうようなことになつてしまつて、それは当然そんなことはできていいじやないかという考え方とか、或いは又そのためにこういうふうな金をかけることになる、然るにこちらのほうの方法によればこういうような金ということに差向きはなるんだというようなことも、考える必要もあると思うので、それらの点について広く意見を求めたいと、かように考えるのであります。カラー・テレビの問題につきましても、だんだんと私どもこの席におきましてもいろいろ知識を得、いろいろ伺つたのでありますが、一足飛びにカラーに行くということも確かに一つの方法でありましよう。併しながらそういうことになれば、これ又今も申しましたように、テレビを日本に実現する時期ということに直ちに関係して来るのではないかと思うのでありまして、日本は今すぐにカラーのほうを入れるということはこれは申すまでもなく、随分困難なことではないかと思うのであります。やや先へ行つてでなければできんと思うのであります。併しそうしたほうが一旦白黒の階段を踏んで、そのために金を使うということを避ける方法になるのであつて、やや先へ延びても白黒段階を踏まんほうが適当なんだというような意見が、それが国の各方面を代表する意見であるということを私ども認識いたしますれば、そうなりますればそれは又そういうふうに考えていいのでありまするけれども、只今のいろいろ私どもの知り得ました資料と調査等によりましては、先ずその白黒の段階を踏むほう炉諸般の状況に照して適実ではないかとこう考えで、出発といたしましては白黒で行こうということを考えておる次第でございます。
○新谷寅三郎君 簡単に申上げますが、今お答えがございましたが、それは例えば諮問委員会でもこしらえて、各界の意見を聞く、まあ非常に結構なことだと私は思う。電波監理委員会が必ずしも各界のあらゆる問題に通暁しておる人たちばかりじやありませんので、それを補う意味では結構だと思うのですが、併しその諮問委員会で右と言えば右にする、左と言えば左にするということではやはり困る。やはり責任を持つておられるのは電波監理委員会自身だと思うのです。殊に標準方式の、ごとき多少技術的な問題につきましては、これはやはり電波監理委員会が責任を負つてもらわなければ困る。今日私これは報告にも指摘したのですが、日本では技術の交換、総合ということが行われてないのです。それをおやりになるのは電波監理委員会をおいてないと思うのです、テレビに関しまして、ですから電波監理委員会が今の実験問題にいたしましても、これは標準方式をきめればどこかがやつてくれるだろうというのではいけないので、こういう国民的な問題については電波監理委員会がこれはみずから経費を出しておやりになる方法もあるでしようし、或いは他の経費を充てて、電波監理委員会の責任においておやりになる方法もあるでしよう、とにかく実験の段階では諸外国を見ましても、アメリカを除きましては大体国営又は国営に準ずる形で以て実験を遂げて、そうしてそれを事業に移しておるわけでありますから、これは私は電波監理委員会の責任上、少くとも電波監理委員会の名において、或いは電波監理委員会の命令によつて何かの機関で実験をする、その結果は全部公表して、それによつて初めてどういうふうな事業体がどういう形でやつたらいいかということを考えて行く段階に進むだろうと思うのです。ですから私が飽くまで希望しますのは、諮問委員会も結構ですし、それから国会における討論も結構でありまするけれども、実施官庁は電波監理委員会です。電波監理委員会みずから責任の持てる、そうして確信の持てる方法で以て確実に進んで行くという方法で、なければいけない、一体どこに責任があるのかわからないような、そうして諮問委員会がそう言つたかやりましようというのでは、それはいけないと思う。 それからもう一点は、これは私は他日に質問を残しておきます。電波監理委員長にお尋ねしてもこの点は十分なお答えが得られないと思いますから、いろいろ国際関係からいたしましても、今非常に日本の置かれておる立場がデリケートでありますから、このテレビの問題につきましても、そういう国際関係のいろんな点に私は影響を及ぼすと思います。これは委員長にお願いして別の機会に官房長官なり或いは外務大臣なりに御出席願つて、そこで御質問したいと思うのです。 前の点につきましては、これはもうお答えは要りませんが、私は飽くまでも電波監理委員会が責任を持ち、そうして確信の持てる方法でやつてもらわんといけないと思う。実験も然りということを重ねて申上げます。
○平林太一君 この際私から意見を申上げておきたいと思いますが、只今富安君から諮問委員会の件、これをお話しになりましたが、このテレビの実施をいたすために、テレビ方式決定のために特にこの諮問委員会を設けるということは、慎重に一つお考えに相成つた上でなければ相成らんと思う。要するにこの決定は、やはり電波監理委員会が終始責任を持つべきものである、ところがこの諮問委員会というものを今回新らしく殊にこの場合に作るということになると、この決定に対する責任を諮問委員会に転嫁するというような結果が客観的に現わされる状況になることを非常に考えなければならんと思います。諮問委員会は当然今富安君の御説明のありました通り、その委員会の構成はいずれも斯界の権威者、或いは有力者を網羅するということでございます。又委員会の性質から言えば、さようなことも無理からんことでございますが、そういうことになりまするというと、勢い監理委員会がこの委員会から決定に対する圧力を受けるという結果になるということを非常に我々としては憂えなければならないのであります。そうでありますから、諮問によつて万全の措置を講ずるということは極めて適当なことでありますから、そういうことをおやりになることはよろしいが、只今からあえて会というものを設けなくても監理委員会はここにそれらの権威或いは有力者を自由の立場において、又将来とも自由を監理委員会が固持するためにそういうような諮問を徴するというその方法によつてもできると思います。つまり個々に招致するなり或いはみずからそれを訪ねて意見を求めるなり、そういうようなことについては不可能のことでは私ないと思います。そういうことによつて十分に諮問委員会を今回設置せられるということの御趣旨は達成されるのでありますから、そういうような方法のほうがよろしかろうと思います。委員会をこの際設置いたしますと、つまり委員会といたしましても最終には委員会としての何か結論なり或いは勧告と申しますか、何か意見がまとまつて、それがいわゆる監理委員に対する要望なり要求になる。さような要求が起るのは理の当然ですが、勢いそういうことにならないと又諮問委員会に対する折角の何に対しての監理委員会としては礼を失するというようなことに相成るのでありますから、よほどこれは一つ御注意を願いたいと思います。国会には参議院、衆議院とも電通委員会がありますから、十分これらに対して、その諮問を受けるような機会があります、これもあります。又別の民間の委員会、若しそれをおやりになりますならば、できるだけ公聴会において誠実な態度を示しまして、公聴会の中には権威者も入るし、又有力者も入つているわけでありますから、いわゆるこの決定に対してきめる基準というものは飽くまでもやつぱり国民的なものとして、いわゆる広く知識をあらゆる面に求めるということ、衆智というものを非常に尊重せられることが大切だと思います。有力なる権威の方面の意見のみにとどまらず衆智を広く天下に求め、そうしてそれによつて方針をきめられるということは、今日の電波監理委員会の人的いわゆるスタッフと申しますか、そういうものにおいて遜色のないものであると、私は高くこれを評価しているものでありますから、決してそのような、いわゆる有力、権威などというようなこと、そういうようなことでは万全を期せられない、ということは私はもつと電波監理委員長は御自身の今日持つておられます電波監理関係のことに対し高い権威をこの際示されることが極めて妥当だと思います。標準方式を決定されるごとに対して公聴会を開き、公聴会の結果、公聴会の何によつていわゆる委員会が考えておりまする意見と異つた場合には、直ちにこれは改められることにやぶさかでないということでありますから、どんどん変え青くということでありますから、その方法に対しましては、私は余りこだわりをいたさないのでありますから、そういうことを私は申上げておきたいのでありますから、でき得れば私はこの諮問委員会というものは白紙に返しまして、今私が申上げましたような方向で行くことが、この電波監理委員会としましては極めて無難な行き方ではないかと、かように考えるものでありますから、これに対して御意見がありますれば特に承わりたいと思います。 それから又私は時期の問題に対しましては、只今富安君からお話があつて、これは急速にいたすべきだということに対しては私も同感でありまして、同時に又山田君が非常に御注意になつておりまする、急がなくてもいいじやないかという御意見に対しましても、必ずしもこれは急がなくてもいいということに対しては、ただ漫然としてこのことがそれほど必要なものでないから急がんでもいいというのではなく、極めてこれを実施せんとするに当つて、むしろ非常に重要視して十分これをお考えになり、殊に最近海外等の事情も御覧になられての結果そういうことになるのでありますから、時期の問題に対しましては、おのずからこれは処置が調整されて行きますれば、それを促進されるということに対しては、私は反対する理由はないと思うのでありますから、ただ十分にこの際時期よりも、それほど時期を超越した大きな問題であるという考えで私はあると深く存ずるのであります。それでありますから、時期に対しましてはそれらのことが一切整備されて行きますことを前提といたしますから、やはりこれは急ぐということを、促進するということを、眼目に置きましてお進みになりますことが極めて妥当だと思いまして、委員長のお話の今急いでおるということに対しては十分賛意を表する次第であります。先日も私はマイクロ・ウエーブのことにつきまして、今日日本においてどういうものができておるか、これは日本のものは間に合うのか、或いは海外のものでなくては間に合わないのかという政府の御説明を承わつたのでありますが、大分研究所等においては相当立派なものもできておるというような話も先日伺つたのであります。そういうことでありますので、具体的に一つ考えなければなりませんことは、先日私もこのことはお話を申上げておいたのでありますが、いわゆる非常に何か技術とか或いはその研究というようなことに高いものにのみこれは拘泥してはならん。要するにこれを利用するものは国民大衆でありますから、その多数のいわゆる大衆というものを目標にして方向をきめるということが極めて私は大切だと思います。余りこのことを考え過ぎまして、そうして高いものにのみこだわりますというと、ややもいたしますれば、やはり燈台下暗しということを生じまして、本質の聴取者というものに対しまして、利用者というものを没却したきめ方がここに発生して来るということを憂えなければならないのであります。例えばテレビジヨン放送の実態というものは公共放送で行くことがいいか、或いは非公共放送で行くことがいいか、これはいわゆる商業放送というものに具体的にはなるのでありますが、そういうことを具体的に考えるべきである。今これを公共放送で行くべきか、非公共放送で行くべきかということを富安君にお伺いして即答を得るということは、誠にこれは御迷惑のことと思いますから、このことは私はお尋ねすることは差控えます。併し胸中期するもの必ず私はあるであろうと思いますから、この点十分一つお考え願いたい。 先ず第一に公共放送で行くべきものであるか、非公共放送で行くべきものであるか、いわんや今日の世界の趨勢というようなものから見ましても、十分それをお考えになられると思う。 それから第二には番組として、番組としていずれもこれが利用されることになるのでありますから、それが番組として使われるときに公共的なもののほうがいわゆる番組としての本質を発揮することができるかどうか、非公共放送の場合のほうが合致するかどうかということであります。 それから第三には、何といたしましても、一つのこれは経営というものが伴いますから、いわゆるこれができるだけ全国の利用者が安易に利用のできるような仕組にして行かなければならん、要するに普及ということが非常に重大になつて参りますから、その普及という場合にはどの形態で行くことがこれが十分に普及されて行くか、例えば今日常識的な議論でありますが、新らしく一つの企業形体として出て来ますものが、一切を何もかも新らしくどんどんここで作つて行くということが長足に普及されるか、又完全な普及がされるか、それから又すでに若干何か基盤があり、若干の今までにそれに繋がりをつけるような用意がある施設なり、又関係があるというようなことを利用されるというような方法で行くことが普及の上において非常に便利に行くかということをも考えるべきであると骨。それから現在いよいよ事業を開始いたしましても、でき得れば放送担当者の能力というものが、これは一度に全部一所へ集めて来るよりも、やはり現在何か若干そこに基盤のあるものを利用して行きますれば、そういう点について非常に有利に動くものである、これは速記録にありますから、後日どうか一つお調べを頂きたいと思います。 それからテレビジヨンの技術研究というものにつきまして、私は今日までいわゆる突然一つの企業形態として現われて来て、そうして収支とも企業で行くということと、それから少くとも今日まで多年いわゆるテレビの研究というものが自然不離不即の間に行われて来たという一つの場所がありますならば、そういう場所をこの際十分に重視いたしまして、そうしてこれに対する方針というものをきめられるということが国家経済のいわゆる有効な非常な活用に大きくなるわけであります。新らしく始めまして、そうして今まで何かあつたものが全然無駄になつてしまうというようなことは今回のような大きないずれにいたしましても負担なり、経費に現われて行くことに対しましては、国家全体の国力を有効に使うか使わないかということにつきまして、非常に大きな影響、関係を生じて来るものと思いますから、この点をも十分にお考えになられて、私はそういう感覚なり、今私が申上げましたような方向で行きまするならば、おのずから私はこの監理委員会というものはあえて他の知識を求めることなくして、極めて公明正大なる、そうして良心的な結論というものができるのではないか、こう私は考える。但し私の考えておりますことは技術に対しましては極めて足らざるものが多いのでありますから、この点には若干欠けておると思いますが、併しこの放送というものは、所詮はこれを利用しますものは皆技術ではない、いわゆる施設を通じまして、それぞれの経済的負担をして利用するのでありますから、これらのことに対しましては、技術も大切ですが、技術ということに拘泥せずして、飽くまでもこれが利用普及をするということを重点にいたしまして、そうして普及利用がしやすいような、簡易に利用されるような方法を目標としてこの決定をすべきものであるということに私は深くこれを信じて疑わない次第でありますが、そういうようなことを十分に電波監理委員会は改めて一つ大乗的な見地に立ちまして、抜本塞源的な何を考えまして、従来のいろいろ細かいお立場をあくせくと考えないで、大きな雄渾な気持を持ちまして、これに対する方針をおきめになるということをこの際強く申上げておく次第であります。只今申上げた一、二の事例に対しまして、委員長からこれに対しましては御意見がありますれば、この際参考として承わつておきたいと思います。
○政府委員(富安謙次君) だんだんと御意見を伺うことができまして、大変有難く存じております。これはお尋ねということでもないようでありまするし、又お答えというわけでもありませんけれども、この御発言に関連いたしまして、ただこれだけを私は申上げておきたいと存じます。諮問の機関を持ちましても、責任がどこまでも電波監理委員会にあるということは申すまでもないことであります。私どもは法律によつて権限を与えられまして、その職責を持つておるのでありまして、その職責に従つて私どもは動くのであります。それならばよそからそれを、その私どもの動きに対しまして何か諮問の機関とかいうものを持たないでできるべきはずではないか、若し諮問したいならばここに誰にでも行つて聞いて知識を補給するということで足りるのではないか、諮問委員会などというものをなしでやることはどうなのかという御所見のように承わつたのであります。諮問委員会と申しまするが、これはまだ私どもはそういう構想を持つて準備をいたしておると、こういうことでありまして、何か規定の類に基きまして、一つの諮問委員会という名の付くものを設けて、それに対して何とか委員という形式的な例えば辞令が出るとか何とかいうわけでその組織、形式を持つた委員会を作るというようなことではないのでありまして、何ら規定なんかには基かないで、全く委員会と申しますか、委員長と申しまするか、極く普通にこういう場合に申しまするブレーンと申しまするか、私どもの知識を補つてもらう意味においてそういう機関に諮問をいたすという方法をとりたい、これだけのことなのでございます。お言葉の中にもそういうような機関ができて、何か私どもの権限を行いまする上においてよそから圧迫というようなことはあれだというようなことですが、そんなような事態に処する性質のものでは万にないと存じております。これもそういうような機関をどういうふうに最もよく善用して行くかという具体的の方法になるのでありますが、この運用と申しまするか、具体的の方法などにつきましても、御承諾を得ましたその権威者のかたがたの、こういう方法で行くのが一番いいというような御意見があれば、それに従つてやつて行くのがいいというぐらいに考えておるのでありまして、諮問機関というものはいろいろあると思いますけれども、諮問案というものを示して、それに対して答申を書類で求めるなどということは、少くも今私は考えていないのであります。そのお集まりの方々の御意見に従つて、それの十分運用の方法を考慮いたしたいとは存じておりますけれども、只今私どもの考えておりまするのは、全く非公式に御意見を私どもに知識の補給として頂く、こういうことでありまするので、お言葉にありましたように、それなら個々に聞いて歩いたらいいじやないかという、それも御尤もでありますけれども、個々の御意見と申しましても、やはりその問題に関係する方が一堂にお集まりになつて、いろいろその立場立場において、而も共通な一つの問題について一緒になつて自由な御討議、御意見を伺うなどということが最も私どもの期待している目的を遂げるに適切ではないか、こう考えるものですから、仮にこの諮問機関というようなことを申しておるのであります。形式張つた諮問委員会というような委員会というのが適当であるかないかなども問題であると考えているぐらいな程度の諮問の機関なんでございまするから、いろいろ御心配頂きまするような、それが私どもの進み方を圧迫するというようなことは、とんでもないことであると私は考えております。で、その御意見を十分に尊重するということはこれは申すまでもないことでありまして、十分に尊重をいたしまして私どもの意見をきめる、そうしてそのきめたことに対しては、電波監理委員会として責任を全面的に持つということは、これは申すまでもないことなんであります。そういうような諮問などをせずに、権限に基いてやればいいじやないかというような御意見でありますけれども、それも事柄自体によることでありまして、本件のごとき事柄を処理するに当りましては、そういうような方法をとることが私どもといたしましても職責を尽す上に万全を期するゆえんであると信じまするので、そういう方法をとりたいということを、大体各方面の御意向もそういう行き方については御賛同頂けるかと存じておる次第でございます。併しいろいろ御心配頂きましたような御趣旨に対しましては、十分に考慮いたしまして、御心配のことのないように万全を尽すことにいたす所存でございます。
○山田節男君 まあ、今日この標準方式をきめることについての電波監理委員会の心がまえ、それから将来の方針を電波監理委員会の委員長の口を通じて聞いたわけですが、私は標準方式が今回出されているということについての扱い方について初めから疑問を持つておる、と申しますのは、御承知のように、日本は今日非常に民主的な、世界で最も民主的な憲法下において、従来の官僚主義を打破しなければいけない、打破しなくてはいけないと思う。今回の電波監理委員会の標準方式の取扱方、そこに私は多分に疑問があるので、わざわざ富安委員長の御説明を聞いたわけであります。 テレビジヨンは申すまでもなく極めて特殊な、極めて高度の技術的知識が要るわけです。そういうような特質があるということと、それから電波監理委員会としてこの電波監理委員自体がどういう自分の仕事に対する哲学を持つておるか、これは私が、アメリカが民主的な国であつて、殊に電波行政に対しての根本哲理と申しますか、根本哲学はいわゆる空間は万民の共有である、その万民の共有するととろのパブリツク・ドメインということを言うのですね。放送とか電波の監理というものはこれは放送法、電波法でやつておる、公共の福祉のためにやるということは当然なこと、そういう建前で考えまするというと、今標準方式をこうして試案をお作りになつた経過、このテレビジヨンの特殊性から見て、たとえ電波監理委員会の設置法によつてこの標準方式なら標準方式を一応きめて、それを聴聞会にかけなくてはいかん、こういう建前からその手続を踏むことは法律に従つて極めて合法的なことで異存はありません。このテレビジヨンの特殊性に鑑み、又電波監理委員会としては、殊にテレビジヨンその他電波放送ということになれば、すべて万民共有の空間に対する使用という重大な鶴からしますれば、いろいろこの経過に述べられたように、学者、技術者、或いはメーカー等の御意見をお聞きになつておる建前になつておりますが、それほどの重要なものであれば、又特殊性に鑑みて電波監理委員会に技術の審議会があろうと、又他の諮問委員会があろうとも、それはアメリカとは全然いろいろ事情が違うと言いますが、アメリカのごときは一九四一年にああしていよいよテレビジヨンの放送を正式に決定するという前には、いわゆるナシヨナル、テレビジヨン、システム、コミツテイというものを作つて、更にその機関としてメーカーの団体まで作つて半年有余に亘り極めて慎重なる検討をいたし、そうしてそれをFCC、連邦通信委員会に報告の形をとらして、そうして連邦通信委員会は更に公聴会にかけてやつた。この事例を見ても、私はどうも今回の電波監理委員会の標準方式をお出しになる心構え、経過を今日御説明を聞いて、依然としてやつぱり日本の官僚主義の悪いところが無意識に出ていると思う。富安委員長、或いは長谷長官という最も民主的な官僚において然り、これは誠に残念なことで、電波監理委員会の皆さんがそういうことを意識しておられるかどうか、それは知らない。併しアメリカの物の扱い方、殊に電波監理行政に対する扱い方は飽くまでも空間は万民共有のものである、それを委託される電波監理委員会というものの哲学がそこから出ている。こんなこういう扱い方は果してそういう民主化の下、民主主義の立場から見ていいか悪いかということ、成るほど合法的に法文ではなつておりますけれども、法文というものはどんなにもなる、精神というものが私は一番大切だと思う。そこで私は多分に疑問を持つておる。だから私はしつこいながらも今日まで質問して来たのでありまして、私の希望としては、こういう取扱方をしないで、この特殊性に鑑みて電波監理委員会は一つの別の委員会でも作つて、そこで電波監理委員会は最高の技術者、権威者というもの、民間の権威者の声を広く聞いて、そうしてそこに一つの案を作られて、そうしてこの国会に出す。すべて公聴会におかけになつて、こういうような問題につきましては電波監理委員会で十分検討されることが大切である。形式上の問題、先ほど平林委員からお叱りにあつたようなこの経営体をどうするか、或いはこれを全国の放送網にする場合にどうするかということになれば、これは電波監理委員会に密接な関係がありますけれども、電波監理委員会の管轄以外の問題は経済問題、或いは将来の電気通信の事業の問題と密接に関連して考えなくてはならん。そこで私は申上げますが、こういう扱い方では首肯しかねる、一つ是非そういつたような、極めて民主的な空間は万民の所有だという建前で以て一つの慎重にやつたということの経過においてやり直せとは言わないが、そういうような取扱いをすれば、今後の電波に関して起きて来る問題についていろいろ電波監理委員会の態度、心がまえというものが確立されることになる私はこれは絶好の機会であると思う。又こういうものはほかのものとは違つて、特殊の資金が要る、電波監理委員会にとつてこの点を特に要望して、期待しているがために、今回のこの標準方式の試案を出されるというやり方、或いは心がまえについて飽き足らざる点があるということを申上げておきます。併し電波監理委員会の委員諸君並びに行政担当の人は誠心誠意を以てやるということについては私は疑いを挟むものではありません。その扱い方についてはやはり日本の今日持つておる官僚の悪い点が無意識的にもそこに暴露されておるという点を私は非常に遺憾に思います。今までいろいろ思上げたのでこれ以上思上げませんけれども、この意のあるところを電波監理委員会の将来のために、日本の今後の非常に増加する空間を使用する大元締としての電波監理委員会として再思熟考されることを私は要望しておきます。そういう点から私は甚だ今回の試案のこういう方式をお出しになる扱い方については、その方式については非常に遺憾であるということを私は一言表明してこれでとどめておきます。
○委員長(鈴木恭一君) それでは本日はこれで散会いたします。 午後零時四十三分散会