農林委員会 閉会後第1号
- 発言数
- 32 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1951/08/20
会議録
○委員長(羽生三七君) それではこれから委員会を開きます。 最初に昭和二十六年度の補正予算について、これは勿論農林省関係の予算についてでありますが、最初の当初要求、それから大蔵省の査定及び農林省の復活要求の経過等について、農林省関係当局から説明を聞いて、それから質疑に入つて頂くことにしたいと思うのであります。なお、その結果によつて大蔵省から政府委員に来てもらうか、或いはこちらから大蔵省に出向いて交渉するか、それらの点は後刻改めて御相談をお願いしたいと思います。取りあえず最初農林省側から只今の問題について説明を聴取することにいたします。それじや速記を一時中止して下さい。 〔午前十時五十一分速記中止〕 —————・————— 〔午後零時八分速記開始〕
○委員長(羽生三七君) 速記を始めて。それでは北海道産の種馬鈴薯の輸送問題で、岡村委員から発言されることになつております。
○岡村文四郎君 北海道の種馬鈴薯の輸送についてお伺いいたしたいと思いますが、北海道産の種馬鈴薯は御承知のように、国内における馬鈴薯の生産を確保するために、欠くべからざる重要なものでありますが、季節的の関係から非常に毎年困難を来しておりますが、十月までに本土に輸送を終らなければなりません関係で、現在御承知のように青凾連絡が夜間航海をとめておりますために、普通十六運航が十四運航に減つておりますので、あらゆる面の滞貨が非常に増しておりまして、馬鈴薯を内地に送ります予定の期間内に必要な輸送を完全にできるかどうか、非常に憂慮いたしておるようなわけでありますが、若し予定の輸送ができませんと、国内の馬鈴薯の生産に重大な支障がありますので、又一方、北海道の農家に非常な損害を及ぼすような関係で、極めて重大でありまするがために、我々は非常にこれを憂慮し心配しておりますが、完全に輸送ができるようなお見通しがあるかどうか、御当局にお伺いいたして見たいと思います。これは関係当局、農林省なり国鉄、海上保安庁からの御説明を承われば結構だと思いますが、如何でしようか。
○説明員(鹽見友之助君) 北海道の馬鈴薯につきましては昨年大体二百万俵を貨車輸送によつてやつておりましたのです。それで今年も要求としては二百十一万俵を種馬鈴薯用、及び食糧用として、種子用が百大十一万俵、食用が五十万俵、合わせまして二百十一万俵、大体昨年と同じ程度のものを青凾航送によつて鉄道輸送にかけて頂きたいと、こう考えております。それを私の名前で国鉄のほうに申入れてございますけれども、現在の青凾連絡船の関係を非常に国鉄のほうでは大事をとつておりまして、現在のところそれだけのものが輸送できるというふうな見込はないわけでございまして、是非議会においてもそういう点、力を入れて、国鉄のほうに対しても輸送を完遂できるようにお力添えを願えれば非常に幸いと存じております。簡単でございますが……。
○岡村文四郎君 海上保安庁は来ておられますか。
○委員長(羽生三七君) 来ております。国鉄の木島輸送局長から御説明を求めます。
○説明員(木島寅藏君) 今年の五月の十日頃と思いますが、あの頃機雷が出ましてから、旅客輸送は晝間に切り換えて、その他貨物のほうも夜間をやめまして、大体晝間運航を建前として進めて来ておるわけであります。でその後、あとで海上保安庁のほうから御説明があると思いますが、最近におきましては七月の末頃に出て参りまして、その後は出ておりません。で私のほうといたしましてはこういう事態がいつまでも続くのでは誠に困るのでありまして、殊に秋冬、秋の繁忙期にはこういうことでは実際うまくないと思いまして、海上保安庁のほうとも御相談申上げ、その他関係いろいろなほうと協議いたしまして、海上保安庁のほうでもできるだけのことをして頂くし、私のほうでも探照燈をつけるとか、その他のことの準備を着々進めておりまして、そうして九月の繁忙期までには夜間運航ができるようにしたいと目下調査、研究、準備をいたしております。それができれば昨年と同程度のことはやれると思います。簡単でございますが……。
○委員長(羽生三七君) それでは海上保安庁の鎌田警備課長に願います。
○説明員(鎌田亮之助君) 津軽海峡の浮遊機雷対策といたしましては、海上保安庁といたしまして、浮遊機雷の最もたくさん出現しました五月以降につきましては、保安庁の巡視船、それから掃海部の持つておりますところの掃海船十隻を以ちまして、龍飛、白神の最も狹いところに哨戒線を設置いたしまして、常時二隻がここの哨戒線で見張りを続けております。そのほか凾館と青森に基地がございまして、そこに港内艇及び哨戒船に向かないところの他の巡視船が待機しておりまして、漁船、それから一般の航行船舶、及び見張りしておりますところの船からの情報によりまして、直ちに情報があれば飛び出して行つて、これを処分いたして来たわけであります。ところがこの白神、龍飛の線は一番海峡の狹いところでありまして、見張りするには大変都合がいいのでありますが、非常に潮流、海流の合算でもつて最強流になつておる場所でありますので、これを夕刻まで見張りをやりましても、その後この海峡内に流入しまして、この連絡船航路附近にその安全な海水が流れて来る時間というものは、割合に短くなつて来るわけであります。従いまして夕刻まで見張りをしていた有効な状態が一刻でも長くこの連絡船の上に及ぶためには、どうしても哨戒船を外方に出さなければいけないということが結論付けられまして、水路部あたりの実地調査、並びに今までの調査資料を参考にいたしまして、今度の九月以降は、今まで張つておりました白神、龍飛の線を更に西側へ十マイル以遠に出しまして、権現崎、それから松前燈台から弧状型に外方へ張り出した哨戒線を設定いたしたいというふうにいたしております。そうしまして、この権現鼻から松前燈台に至ります哨戒線が大体二十一マイル半ばかりになるわけであります。これは技術的にこれだけの哨戒線を確保しますには、どうしても三隻が常時この哨戒線を守つていないと見落しをする懸念がある。それは若干技術的になりますが、説明申上げますと、この辺は海流が大体潮流と加えまして大体一ノット前後、こういうふうに考えております。それから哨戒につきましての保安庁の巡視船のこの見張能力からいたしまして、大型船でございますと千五百メートル、それから中型でございますと七百メートル、それから極く小さい船で二十三メートルでございますが、これらの船でまあ普通の海面であれば、五百メートル以内ならば機雷を発見できる、こういうデータに基きまして計算した結果、三隻あれば大体見張りすることができる。従いましてこれらの巡視船が今申上げました哨戒線に夕刻まで完全に見張りをいたしますと、日没後視界が悪くなりましても、この見張りをした完全な状態の海水が流れて、あの海峡内へ侵入するわけでありますが、その海水が連絡船の航路にいつ達するかということを、非常に細かいデータによつて計算した結果を申上げますと、この海峡の北に寄つた白神の極く近所を通る線でありますが、これが大体八時間半でございます。それからこの中央線が十時間、それから南に寄つた龍飛の附近を通る線が大体八時間半でございます。併しこれは最も朝流、海流の強い合算から計算しましたものでありまして、時間的に申上げますれば、最も危険率の高い時間をとつて、而も最短時間を計算したものであります。従いましてこの潮流が反対になる場合も当然考えられますので、潮流が西流のときは更に弱くなりますので、時間的にはもつと長く確保できるという結果になります。従いまして海上保安庁といたしましては、この哨戒船確保に九月以降八隻を流動いたしたいと考えております、そのほか恒久的に考えますのは、この白神、龍飛に見張所を設置したい、それからでき得るならばレーダーを装置したい。これはもう少し技術的に研究をしないと有効であるかどうか確信できませんので、目下研究中である。そのほか今度は連絡船自体につきましても、直接連絡船がこの機雷に対して防衛をして行くということが絶対必要でございますので、この点に関しましては、国有鉄道側と協議しました結果、さつきもちよつと局長さんから申上げましたように、探照燈をつけて、それから見張を増強する。それから見張用の眼鏡を増して行く、それから保安庁といたしましては、直接この機雷を発見しまして、みずから避けることのできないような事態に立至つた場合に、機雷を直接処分するというために警乗員として各般二名警乗さしております。これが又直接な仕事に役立つことと思います。大体そういう状況でございます。
○岡村文四郎君 青凾連絡船の浮遊機機雷のために、これは国鉄は自分の仕事で申すに及びませんが、海上保安庁では実に大努力をして下さつておりますことは承知しております。それで私月に往復八回あの船に乗つております。よく機関長や船長などと話をしておりますが、私の言うようなことはなかなか実現ができないようでありますが、今までにも多少の滞貨や不便なら我慢ができますが、今度の農産物の出廻りになりますと、これはそのままにできないものがありますために、どうしても、今いろいろお話を承わりますと万全の策を講じて、海上保安庁のほうで警戒をして頂く準備ができておるようでありますが、これは私はどうも途中で聞きますと、要は警戒に当つて頂く保安庁のかたがたの経費がいつも足りないので、努力をするその報いがそれに合うようにしむけてもらわんといかんと思います。それから例えば青凾連絡船は今国鉄でやつておられますが、船長や機関長全部につきまして話を聞きましても、あれを切離して株式会社にでもするならば、実にサービスもよくなるし、これ以上便利もよくなるということを口々に言つておることを考えますと、海上保安庁のかたがたが自分の職務であるというので相当の手当をしておると思いますが、夜間の警備にもつかなければなりますまいし、その面に特段の御配慮をされて万遺憾のないようにして、今後の北海道から本州に参ります輸送については、大努力をして頂きたいということをお願い申上げます。 それから、これは想像でありますからわかりませんが、ヘリコプターで哨戒をして、それで大体行けるのじやないかということを言つておる人がありますが、ヘリコプターは今丁度国内にあるかどうかわかりませんが、そういうことをすれば可能かどうか、そういうことも一つお聞きしたいと思います。
○説明員(鎌田亮之助君) ヘリコプターにつきましては、確かにこれは空中から見張るのでございまして、飛行ができる範囲におきましては非常に有効であります。従いまして海上保安庁といたしましては、ヘリコプターをこういう機雷捜索に活用したいということで、私のほうの航路警戒部のほうから計画して願いを出しておるわけですが、又一方この警戒部関係で一般沿岸の哨海、それから救難関係から行きまして、ヘリコプターを利用したい。両方から出ているわけでありますが、これにつきまして極東空軍のほうから航路警戒の補正予算でこれは出しているわけでありますけれども、これについては将来警救部として一般のパトロールに使うためにヘリコプターを要請しているから、これを活用してやればよかろうというような御返事が参つているわけであります。従いまして航路警戒部のほうは一応それで工合が悪いというようなことになりますが、警救部から出している報告につきましては目下予算折衝をしておりますので、これが通れば来年度は実現するかと思います。
○委員長(羽生三七君) それでは只今の問題はこの程度にいたしますが、関係方面において積極的な御努力をお願いいたして置きます。 —————————————
○委員長(羽生三七君) 次に甚だ時間が切迫して恐縮でありますが、種々の関係で約二十分ぐらいの範囲内で京都の平和池の防災溜池決潰の件について質疑を願いたいと思いますが、これについては先日も本会議で建設委員会関係の議員から御発言があり、農林大臣からも答弁があつたようでありますが、当委員会では溝口さんが現地においで下さつたり、或いは宮本さん等も詳しく事情を御承知でありますので、特に両委員を中心にこの問題をお聞き願いたいと思います。
○溝口三郎君 一昨日、十八日の本会議におきまして、社会党の三輪議員から災害復旧に関する緊急質問の中で、本年七月十一日に起りました京都府下平和池の決潰の問題につきまして質問がありましたが、それに対して根本農林大臣からの答弁があつたのでありますが、質問の要点は京都府下の平和池は農林省の所有地であつて農林省の直轄事業である。そしてそれは二十二年度から着手した防災溜池である。決潰の原因は七月十一日の豪雨のさなかに、工事施行の欠陷から決潰したのだということ。その結果百名ぐらいの死傷者を出し、家屋の流失倒壊も多数あり、耕地堤防等の流失したり埋没したりしたそれらの損害も非常に激しく、今日におきましても家屋を失つたかたがたが約三十七世帯ぐらいあります。百二、三十名のかたがたが今バラツクの中に雑居しているのだ。防災溜池を作るために平和池というような名前をつけたのだが、本当にそれは実情からいつて魔の池である。この責任に対して農林省はどういう見解をとるか、そして又それの災害対策に対してどういう措置をするかという質問があつたのでございます。実際にこの災害の結果を目のあたり見まするときに、涙なくしてはこれを見ることのできないような非常に悲惨な状態になつております。私も現地に参りまして実に痛恨の思いをいたしたのでございます。 その質問に対しまして、農林大臣からは懇切な御答弁があつたのでございますが、その要点は、平和溜池は農林省の直営ではなくて、京都の委託事業であるのだ。災害の直接の原因になりましたのは、余水吐の水が溢れて堤防に洪水が溢流したのが最大の原因であるのだ、その余水吐の計算はこれは過去五十年間の雨量の記録に基いて、その当時農林省の技術者、京都府の当事者等ができるだけの検討をしてやつたのであるが、七月十一日の雨量は、その過去五十年間の最大の記録に対して二倍乃至三倍ぐらいあつたのが最大の原因になつたのであろう。なお、その原因の一つといたしまして、防水溜池は台風期においては、これは溜池を空渠にして置くべき管理規定であつたのが、満水をしていたことは事実だ、この管理上の問題もあるのだ、なおこの防水溜池の容積は、これは十六万四千立方メートルであつたのだが、その流域におきまする山崩れが百数カ所の集中した山崩れのために、その溜池に土砂が約三万六千立米も堆積したのである。なお、余水吐の構造はこれは特殊の型でトンネルの形であつたということも附加えて申しておられました。只今まで愼重に調査をいたしているが、まだ決壊の原因については今の段階では結論には到達するところまでは行つていないが、徹底的に科学技術的にこれを究明して、責任の所在を明らかにしたい。いずれにしても決壊による惨害は、これは未曾有の惨害であるのだ、自分も胸がはりさけるばかりに心を傷めているのだ。決壊直後におきまして農林省においても政務次官、事務次官、局長、係員を速かに現地に派遣して現状を調査し、その善後策を講じているのだ、今後何とかして万全の措置をとつて、そうして復旧に努力をいたしたい。以上答弁の大要はその通りだと考えているのであります。速記によりませんから若干の相違はあるかと思いますが、趣旨において大した違いはないと思います。 ここで、今年の水害、これは七月二日のケイト台風の水害が九州の東岸から四国、近畿、中国関東と宮崎県以下十八県に亘つての大水害があつて、それに続いて七月の七日から七月の十一日にかけて、豪雨による水害が山口県ほか二十九県、殆んど七月初めから七月の中旬までにおいて日本全国を水害が荒し廻つて、その農林、水産等の被害は約二百六十億にも上つている、そのほかに農作物の被害も相当にあるのだ、その七月二日から七月の七日にかけましての水害のなかで、耕地の関係の被害は約二百億ぐらい、大体七月の終りの農林省の報告にありますものでございますが、そのうち特に大きかつたのは山口県、京都府だと思います。山口県におきましては一県で四十四億にも上り、そのほかに林業関係で六億八千、京都府は耕地関係は十億八千ぐらいでございます。山林の関係は約八億ぐらいであります。京都府全体で十六億の被害があつたのでございますが、それために京都府の被害のうちで平和池の所在地の南桑田郡亀岡町を中心とした四カ町村におきまする被害が、これが六億ぐらいに耕地関係がなつているのでございます。先ほど申しましたように、約百人ぐらいの死傷者も両方から出、家屋も全壊、流失、半壊等非常に多数に上つているのでございます。罹災者の総数も約四千人ぐらいに上つているようでございますが、この平和池の近郷におきまして五カ所ぐらいの溜池が、これは古くからの溜池もあります。中には八十年前にできまして平和池の殆んど半分ぐらいの大きさの観空寺池というようなものもこれも決壊いたしているのでございます。これらの原因につきましては、これは徹底的に科学的に技術的に検討中であるという大臣の御答弁でございますが、いずれにしましてもこれは工事の欠陷によるか、管理方法の不適宜によるか、設計の可否、又は気象の異常災害、どれによるか、而もそれらの組合せがちよつと複雑でもあり、判然しないところもあり、三輪議員の質問と農林大臣の御答弁との間にまだ私ども、大体においては了解いたしているのでございますが、まだはつきりしない点が実は残つているように考えるのでございます。ところでそれらの点につきましていろいろの誤解があつたり、そうしてこの真相が公表されるのが、延びて参りますと、いろいろの誤解が生じたりなお社会不安等も出るようなことがありますと困ると思つておりますから、今日の段階におきましてもう少し詳しく技術的にも事務的にも、そうして政治的にも今日御答弁を願える点は、一つできるだけはつきりして置きたいということから御質問いたすのでございます。 只今いろいろの事情から農林省に対する批判の的に実はなつているのでございますが、今申上げましたようないろいろの複雑した原因等もありまするが、それらについてはどうか率直に御答弁をお願いいたしたいと思うのでございますが、第一にお伺いいたしたいのは、先ほどの質疑と御答弁との間で委託か直営かということは、これははつきりしたようでございますが、この二十二年度に着手いたしましたときは、これは災害防止の委託要綱に基いて京都府委託事業として事業を開始したのでございます。二十四年度からは国費の負担、国費の補助事業にこれが変つて同年度内で工事を完了して来た委託要綱の内容、その條件等につきまして只今土地の所有の問題等も質疑にあつたのでございますが、そういうような点についても委託要綱の内容を先ず知る必要があると思いますが、その要点につきましてなおその要綱のうちに防水溜池というようなものの意義も入つているのかどうか。それらの要点を簡明に御説明をお願いいたしたいと思います。
○説明員(平川守君) 只今の問題につきましては櫻井部長のほうから御説明をいたしたいと思います。
○説明員(櫻井志郎君) 只今溝口委員から御指摘の通り、結論といたしましてこの溜池が決壊をし多数の死傷者を出し、又多量の財産に損害を与えたということは、農業用の施設を所管しております主務省といたしまして誠に遺憾至極に存じている次第であります。 第一の御質問の委託の問題でございますが、これは二十二年六月十五日農林省開拓局長命で出ておりまして、その内容の第一番といたしましては、この要項により農林大臣の委託する災害防止施設事業は、水害を防止する目的を以て行う左の各項の一に該当する事業とすると、こういたしまして、防水溜池の実情に関する事業ということがこの委託要綱の根幹をなしております。この要綱によりまして、京都府に委託し、京都府の事業として出発しておるということでございます。
○溝口三郎君 只今の委託要綱のうちに、引継ぎのような事項は入つていないのですか。
○説明員(櫻井志郎君) 引継ぎのようなことはございませんで、第七番に、委託事業者は……、つまり京都府でございます。工事に着手したとき、又は工事が進行したときは遅滞なくその旨を農林大臣に届出なければならないということがございますだけで、今の御質疑の引継ぎ云々という問題については触れておりません。
○溝口三郎君 私の質問した要点は、三輪議員から、農林省の直営事業になつておるが、これは委託事業でございますが、農林省所有地における平和池というような御質問であつたのでありますが、私は法律の専門でないからわかりませんが、委託事業をやりまして、その耕作物なり土地の所有地というものは、引継ぎができない間は農林省が責任を持つのかどうかという法律上の解釈によつて、土地の所有地は農林省の所有地だというようなことがいえるかどうか。この点は一つ法律的に御研究になつているのでありましようか。
○説明員(櫻井志郎君) 法律的には私責任ある答弁をするだけの能力がございませんので、なお詳しくは、又間違つておりましたら後刻訂正さして頂きますが、この事業は京都府への委託事業でありまして、京都府の予算にもその後歳入歳出予算を計上いたしております。従いましてその溜池の引継ぎなり或いは水没地なりが国の所有というようなことは私全然ないと信じております。
○溝口三郎君 只今委託の点につきましてですが、これはなおそのあとに継いで補助事業というようなことも関連しております。これはどうか御研究になつて頂きたいと思います。 それから大臣の御答弁にありましたのでお伺いいたしたいのでございますが、六月の末にはこれは空虚にして置くべきなんです。それを満水していた事実はありますか。これは管理規程にそうあるのだということになつておりますが、この管理規程の骨子になるようなことを具体的に御説明頂きたいと思います。
○説明員(櫻井志郎君) 管理要網を今定めまして、管理者は亀岡町長ということに指定いたしております。亀岡町において行うものとする、こう規定いたしておりまして、その内容を見ますと、台風期を過ぎた非灌漑期といたしまして、その非灌漑期が十一月から五月の末までだと、こう指定いたしておりました。この非灌漑期は、代掻き用水として満水位までの貯溜を認めるが、六月末までには完全空虚になし、次の台風期に備えるものとする、かようにはつきり規定をいたしておりますが、併し但書がございまして、最高水位七メートルまでの貯水を認めることはある、併しこの場合には知事の承認を別途に受けなければならない、かような規定であります。骨子だけ申上げます。
○溝口三郎君 なお二十二年度には五件防水溜池を委託した。二十三年度四年度はやらずに、二十五年度になつて十六件補助事業として採択をしておる。二十六年度にも二地区くらいあるように伺つております。それらの完了したのも、工事中のもあると思いますが、同じような委託事業なり補助事業で現在工事が、防水溜池というものが進められているのでありますが、この防水溜池の地区別に、これは溜池の規模、大きさとか、余水吐、樋管、余裕高というようなもの、計画洪水量と計画放水量、溜池の調節水量と雨量の基礎、これらの点について極く簡潔に一つ表にでもして、全体にどういうような計画をしていたんだというようなことを、これは資料として委員長から提出するようにお願いして置きます。これはできたときでよろしうございます。
○説明員(櫻井志郎君) わかりました。
○溝口三郎君 それから防水溜池ということにつきまして、これは委託事業をしたことは、私実はその当時開拓の技術的の責任者でもあつたのでありますが、特に防水溜池というものが新らしい理論であるのだ。だからこれは試験的に全額の経費をやつて、そうして委託事業として龜岡町あたりがある。それで委託事業だから農林省の全責任だというような陳情書を出しておるのでありまして、私委託事業の定義を伺つたわけであります。なお試験的にという言葉、この意義についても、これはその当時におきまして、私は溜池の構造、築堤方法については何ら普通の堰堤と変りがないのだ。ただ普通の灌漑用の溜池はこれは満水さして置くものなんだ。そうして防水溜池のほうは台風期にはこれは空虚にして置くんだ。そうしてこの放水量の計画についてはこれは既往の記録からも見て、そうして絶対にこれはオーヴアーフロアーしないような計画をするというようなことで、試験的にこういうようなものができるかどうか。そしてそれが決壊するかしないかというような、そういうようなことを試験的に全額で委託したというようなことがあると、私は誤解を招くと思つております。その当時に考えましたことは、私はこういうような溜池を十万カ所ぐらいも全国に普及すれば、これは日本の水害等というものは根絶するのだ。アメリカ等においては、一九一一年頃にすでにミシシツピー川の支流のマイアミ川等の流域にも大きなものを五カ所くらいこしらえて、そして小溜池の分散配置ということは、これはカンサス州等においても一九三二年頃にも一平方マイルあたり一カ所くらい、約五万個くらいを急速にこしらえようというようなことが外国においても進捗していたのでございます。日本におきましてもどうかそういうような防水溜池を設置して、災害の防止をしたいということを私どもは念願をいたしていた次第でございます根本の計画洪水量、計画排水量等につきましては、相模川の与瀬のダムは、あれは昭和十年頃に農林省で計画をいたして、今はそれが完了されているのでございます。計画の放水量等の判定がうまく行けば、その後非常な水害がありましても、それが下流方面に対しても非常に効果がある、相模川の与瀬のダム等は、私は日本においても優秀なものだ、そしてああいうものは全国ではもうこれから三、四十か四、五十ぐらいしか作る余地がないのじやないか。だからどうしても是非とも小さい溜池を分散、配置することが風水災害防止の、私は根本の施設になると考えておるのでございます。そしてそれをやります場合にも、日本としては、私はこれは是非とも重要な施設であるので、早急にこれを普及さしたいのであります。而も丁度龜岡町は京都の市外にあるのでございまして、私はその当時技術的にもこれは模範的なものをやろうというようなことで、京都府並びに京都大学等の技術者のエキスパートを動員して、これらの計画なり、工事の施行にも参加して頂いて、私自身とすれば計画の決定についても何らの不備の点はなかつたと、今でも実は信じておるのであります。併し不幸にして皮肉にも防水溜池、平和池というものが決壊いたしましたことは、これはいろんな理由があると思いますが、日本の技術史上において未曾有の惨害を起したことについては、私は技術者の一員としても、この当時採択しました責任者としても、重大な関心を持つておるのでございます。どうか将来どういうふうな結論が出るかも知れませんが、技術の上に若し誤りがあつたというようなことならば、これは私はこの責任は私技術者としての、その当時最高の技術者としての、私個人、一個人の責任に負うべきものであると私は覚悟しておるのでございます。こういうようなことのあつたために技術陣が萎縮をして、そうして折角重要な施設であるにもかかわらず、これが将来頓挫するとか、これをやめてしまうというようなこと、そしてこういう技術に携わることを、これが将来技術者がこれを避けるというようなことができたならば、これは私は日本の技術水準のためにも非常に惜しむべきことだと思います。どうか真相については本当に徹底的に技術的に科学的にこれを究明して頂かれんことを私は切に念願をいたしておる次第でございます。ただ、この技術的にそうして科学的に究明すると言いますけれども、日本の只今の技術の水準におきましては、私は非常に困難だと思うのでございます。只今の日本の技術水準、特に土堰堤というようなものにおきましては、これはアメリカ等から比べますと、最近に知つた事実でございますが、私ども考えても、三十年も一実は遅れておるのじやないか。現在日本にある土堰堤が約二十万カ所がある。そうして一律にこれは中心刃金式例えば平和池と同じような構造のものでございます。今アメリカ等においてはそういうものは実は三十年くらい前の古いタイプなのです。もつと科学的にやれば、相当の岩盤で、数十メートル行つても達しないような川の上にも立派なゾーンタイプのダムができるというような、そこまで技術が進んでいる。そうしてそういう技術的の工事の施行方法もやる必要があるのです。幸いに二、三年前からは農林省でもそういうような態勢で実はおやりになつておる。そうしてもう一つは先ほど私は技術的の責任は自分で負うのだということを申上げましたが、これは昭和二十四年の七月からの農林省の設置法におきましても、その技術行政は中央からこれは現場まで直通すべきものだ、最高の責任者は一人であるから、現場の人は幾ら優秀な人があつてもそれは独立して活動してはいけないのだ、統制をすべきものだというような現在のこのアメリカ等の立派な技術行政と同じようなことにして行こうというようなことで、実はそのときは行政整理のときでございましたが、参議院で修正可決をして頂いて、只今の農地局にあるような立派な制度ができたのでございます。そうしてやや技術行政が芽を吹いて来たのであります。これを活用して是非ともこの問題についてはあらゆる方面から検討して頂いて、そうして悪いものは悪い、そうしてもつと技術を進歩させるなら進歩させるような、禍を化して幸福にさせるというような建設的な意向を以て一つ農林省はやつて頂きたいと考えるのでございます。この技術的そうして科学的に調査なさるということ、これはあらゆる面から調査をされる必要があると思うのでございます。土堰堤の設計、工事の施行等についても、これは地理的、地質的の調査もあると思います。又土堰堤の安定條件等について土質工学的な調査等いろいろな要件があると思います。それらについても一つできるだけ調査して頂く必要があると思います。只今まで言われておりますこの溜池決潰の直接の原因が余水吐の設計の如何にある、余裕高が多かつたか少なかつたかということがこの直接の原因だと思いますから、それにつきまして計画放水量がどういう考え方でやつたのか。そうしてその当時の雨量の條件、五十年間の最大の雨量の條件と本年七月十一日の雨量の條件、農林大臣の御説ではこれは二、三倍にも上つていたように聞いております。それらの技術的のことに亘るのでございますが、全水吐の設計、これはオーバー・フローしちやいけないのだということを根本の原則にして設計を立てておることは当然であるのでありますが、どうもまだ日本の現状におきましては、その余水吐の條件、余裕高をどれだけにするとか、計画洪水量の確実性についてはどういうふうにとつたかというようなことについては、殆んど、私は定論がないのじやないかと思う。農業土木のハンド・ブツク、これは殆んど全部の技術者が指針にしておるハンド・ブツクでございますが、それらについても土堰堤等については、計画洪水量については殆んど触れていない。可知博士等の著書等によれば、これは計画洪水量というのは既往の雨量が稀に増加したようなものの一倍半くらいから二倍くらいを将来はとるべきじやないか。このことが絶対安全だろうと思いますが、法規の点とか農業経済等から、私はそういうものをそのままとるわけには行かないのじやないかと思う。私の著書の灌漑排水論等にはやや詳しく時間雨量、四時間雨量等をどういうふうにとるかというようなこともほぼ普通に言われておるような点は書いてあるのでございます。
○委員長(羽生三七君) ちよつと速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(羽生三七君) 速記を始めて。
○説明員(櫻井志郎君) 溝口議員の只今の御質問の御要点は、決壊の原因はどこにあつたのかということだと存じますが、それでよろしうございますか、その御質問の要点は……。農林省といたしましては、まだ結論的に到達いたしておりませんから、甚だ遺憾とするわけでありますが、只今まで出しました中間的ないわゆる結論に近ずきつつある過程を御報告申上げますと、あの設計で見まして、そしてこの池が、この目的が空虚の状態を守られておつたとするならば、ここに過去の五十カ年の記録雨量に対しましては安全であるという結論が出ております又この記録雨量に対しましては安全である、こういう結論が出ております。今度の雨量でございますが、このたびの雨量は龜岡町の観測でございまして、実際問題といたしましてはあのダム・サイドは龜岡町の観測所より約二百米高位の地点にありますので、あの寒冷前線の局部的豪雨状態から推しましても、当然高位地には記録雨量よりもやや大きい雨量もあるということは当然推定されますが、併し龜岡町の記録雨量をとつて申しますならば、やはりあの池が空虚の状態にあつたならば、安全であるという結論は出ます。ただ実際問題としまして、恐らくは龜岡町の記録雨量よりもなお例えば、二、三〇%以上の記録があつたろうということが推定されますのと、あの三百六十町歩の非常に小さな流域内に二百九ケ所の山崩れ地帯がございまして、当時溜池の安全を確めに行つた管理人の報告に徴しますると、その山崩れが少くとも八時以後、溜池決壊が大体九時半と推定されておりますが、その期間の極く僅かな時間的な間に二百九ケ所の決壊が起つたであろう。そういたしますと記録破りの記録雨量に附加えるに局地的な豪雨、なお予想されなかつた大きな山崩れ、こういう問題が山積いたしまして、それが決壊の原因を作つたのだという推定にまで現在達しております。
○溝口三郎君 建設部長の御答弁で技術上の問題は了解いたします。なおこの対策等につきまして農地局長、政務次官等から御説明を頂きたいと思いますが、今日は時間の都合があれば明日でもよろしうございます。大変有難うございました。
○委員長(羽生三七君) それでは午前中はこれくらいにして暫時休憩いたします。 午後一時五分休憩 —————・————— 午後一時五十四分開会
○委員長(羽生三七君) 午前に引続き会議を開きます、一寸速記をとめて……。 午後一時五十五分速記中止 —————・————— 午後二時二十一分速記開始
○委員長(羽生三七君) 速記を始めて、本日はこれにて散会いたします。 午後二時二十二分散会 出席者は左の通り。 委員長 羽生 三七君 理事 西山 龜七君 岡村文四郎君 委員 池田宇右衞門君 白波瀬米吉君 瀧井治三郎君 宮本 邦彦君 江田 三郎君 門田 定藏君 小林 孝平君 三橋八次郎君 赤澤 與仁君 飯島連次郎君 加賀 操君 溝口 三郎君 三浦 辰雄君 事務局側 常任委員会專門 員 安樂城敏男君 説明員 農林大臣官房長 鹽見友之助君 農林省農地局長 平川 守君 農林省農地局建 設部長 櫻井 志郎君 海上保安庁警備 課長 鎌田亮之助君 日本国有鉄道輸 送局長 木島 寅藏君