在外同胞引揚問題に関する特別委員会 第8号
- 発言数
- 33 件
- 登壇者
- 4 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1951/03/24
会議録
○委員長(千田正君) それでは只今から委員会を開会いたします。本日の議題はすでに御通知申上げておつたのでありまするが、特にこの際お諮り申上げたいのは、先般ヨーロツパに御出張なされた社会党の堂森議員から、特に引揚問題に関しまして、ローマ法主庁或いは国際赤十字社等において、非常にこのたびの戦争の犠牲者のことについて各国とも心配しておられて、日本の事情も訴えて頂きました結果、いろいろな重要な参考になるような資料を得られたので、一応御報告をお願いしまして、今後の審議の参考にしたいと思いますので、堂森議員から、出張されてこのたび帰国されまして、特に必要な点についての御報告をお願いいたしたいと思うのであります。御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(千田正君) 御異議ないと認めます。堂森君。
○委員外議員(堂森芳夫君) 一月の初めに社会党の代議士の岡君と二人で日本を出まして、西欧諸国を私たちは廻りまして、いろいろな党の立場から見学をいたしたのでございますが、日本を立ちまする前に、今なお外国におります同邦の人たちの家族のかたがたから、ヨーロツパに行くならば、ローマ法王にいろいろ陳情してくれという依頼で、多数のかたがたから陳情のお手紙だけでも数百通ございまして、依頼を受けております。又国際赤十字社に出て、委員長へ陳情の手紙をことずけてくれというふうな依頼を受けまして、その手紙だけでもやはり数百通我々は持つて参つたわけでございます。最初にイタリーへ参りましたので、ローマ法王庁へ日本の国会議員が二人来たので、在外同邦引揚の問題について陳情をしたいから、法王さんに会見を許して頂きたいということを申出たわけでございます。幸い日本人で、金山という人がヴアチカンにおられまして、この人は日本の外交官をやつておつた人でございます。今度の戦争で引揚間際に奥さんが病気になられまして、引揚が不可能となりまして、ローマ法王庁に身を寄せて、ずつとイタリーに今日までおられるわけでございます。そのおかたが非常にローマの市民、ローマの法王庁に非常な信用のある人でございまして、我々も勿論いろいろ御厄介になりましたが、いろいろの意味で日本のためにやつてくれるかたなのでございます。この人を通じてローマ法王に会見を申込みました。そのときに金山氏の意見では、今までちよいちよい日本からも来ておられるけれども、又その前に二、三名の国会議員も来られて法王さんに会われたけれども、今までの会われたかたがたは、ただ在外同胞の引揚について援助をしてもらいたいという抽象的なお願いだけであつて、具体的な資料がなかつたので、全然法王庁としては取上げようがない、こういうふうなことでございまして、幸い私たちは日本を出ますときに、できるだけの資料を持つて参りましたし、又頭に覚えております、現在諸外国に残つておりますいわゆる戦犯の人たち、或いは捕虜として残つておる人たちの具体的な数字を大体覚えておりましたのと、正確な資料を持合しておりましたので、ローマに着きまして、直ちに陳情書の形で具体的な数字をそこへ織込んで、ローマ法王さんへの陳情書を作りまして提出して置きまして、会見の日どりを法王さんの都合を聞いて決定してもらいました。ローマへ着きましたのが、たしか十四、五日だつたと思いますが、二十一日の日に法王庁でも特別にまあ二、三十分ぐらいならば無理をして会おう、こういうふうな承諾を得まして、私と岡代議士と二人が特別な会見の時間を與えてもらいました。で、ローマ法王さんは非常に語学のうまいかただそうでして、十八カ国語は自由に話せるというかたで、あなたがたどんな言葉でもいいからお話下さいますと、会話はできますから、何でもおつしやつて下さい、まあこういう話でございましたが、かねがねいろいろな人から聞いておるところでは、ものすごい語学の天才だそうでして、下手な英語やドイツ語でやつては恥だと思いまして、ジヤパニーズ・オンリーと言いました。ところが法王さんは、それじやもう私は日本語はできませんから、やむを得ずイタリア語でやりましようと、金山さんがそばにいてくれまして、まあイタリア語の通訳で会見をいたしました。法王さんは、あなたがたから提出されました具体的な陳情書をよく拝見いたしました。で、日本の在外同胞の状態についてはよくわかりましたから、法王庁では全世界に跨つておりますカソリツク教徒に伝えて、今後できるだけのことはいたします。まあこういうふうなお話でございました。そのときに更にヴアチカンの国務卿、丁度日本の総理大臣に当るのですが、そこのヴアチカンの国務卿のモンテーニという人に会いまして、やはり同様な問題についていろいろと具体的に話をいたしまして、懇談いたしました。その席でモンテーニ氏の言いますには、ヴアチカンには現在人口問題の対策委員会が設けられておるので、日本からもどこの国へこれくらい移民をさせたいとかいう問題も併せて具体的に国会あたりから御連絡願えると、カソリツク教徒が住んでおる国々であれば、必ずそういうことは可能であるから、今後もつと御連絡願えるといろいろな問題についても又御協力ができます。まあこういうような返答であつたわけでございます。従つて例えばフイリツピンなどの戦犯の問題につきまして考えますときに、御承知のように、フイリツピンはカソリツク教徒が圧倒的な国でございますから、こうした方面からの働きかけというものは、どうしてももつと積極的にやらなければならん問題であるというふうに私たちは考えたのでございます。ローマ法王と会見いたしました明る日、もう私たちはスイスへ出まして、スイスでは国際赤十字社のルーガー委員長にも面会した。又YMCAのストロングという人、この人は最高責任者でございますが、このストロングさんにも会いまして、一在外同胞の引揚の問題について懇談いたしましたのでございます。YMCAのストロングさんのお話では、各地にありますところのYMCAの組織に働きかけて一生懸命にやつておりますが、何と言つてもYMCAと違つた立場の国際赤十字社にもつと御連絡を願つて御盡力を頼むほうが、我々は勿論協力いたしますが、そのほうがいい、こういう話であつたわけでございます。国際赤十字社に、我々がジユネーヴに着きまして、直ちに在外同胞引揚の問題について委員長初め幹部の諸氏に会いたいということを申出でたところが、丁度委員長が出張中でございましたので、三日後帰つて来るから、三日後の午前十時から全部の幹部が時間をあけて待つております。そうしてホテルへ自動車を廻しますから、赤十字社の自動車に乗つて赤十字社を御訪問願いたい。そして晝御飯を差上げますから、一緒に食事をしながら、いろいろ話を申上げたい。こういうふうな返事でございまして、一日私と岡代議士と二人でルーガー委員長初め幹部の諸氏と会つたのであります。日本を出ますときに、ルーガー委員長がロシアへ行かれまして、ロシアにいる各国の捕虜の問題について熱心な交渉を続けておられたということを内地で聞いておりましたので、その結果についても私たちは聞きたいということから、大きな期待を持つて行つたのでございます。ルーガー委員長に会いまして、それから向うへ参りまして新聞を見ておりましたところが、レークサクセスのほうで、今度ロシアにいる各国の捕虜の問題について、三人の委員を国際赤十字社から選んで出して、この人たちにいろいろ盡力をしてもらうという委員会を作ろうという、そういう結論が出たというような記事がヨーローツパの新聞に出ておりましたので、そういうことについてもルーガー委員長に質したいというような希望もあつたわけであります。ルーガー委員長に会いましたところが、ロシアという国は非常にむずかしい国でございますので、国際赤十字社は全く中立的なもので、決して戦争とか、政治とか、そういうものとは無関係に、人道的な立場から我々は捕虜の問題その他いろいろな問題について力を盡すだけであるということをいろいろ説明するけれども、なかなか了解してもらえないので仕事がやりにくいのだというふうに説明しております。特にルーガー委員長がロシアへ行かれまして、ロシアの当局といろいろ交渉はして来たが、その内容についてはどうしても言えません。これを言えとおつしやることだけは御勘弁願いたい、こういう話でございました。ともかくこの問題については一生懸命に解決のために努力いたしますけれども、ロシアに関しては、はつきりと今ここでどうなるということはお約束はできません。こういうような話でございました。併しこれも全く絶望であるかと申しますると、そうではございません。ロシア或いは中国におる赤十字社と看護婦の人が捕虜としてつかまつておる。或いはいろいろな人たちのことにつきまして、いろいろなあらゆる方法で連絡を付けることが可能になつた場合もたくさんあるので、こういう点については、今後個々の一人々々の調査に重点を置くというような方法で今後はこの捕虜の問題について当つて行くつもりであるし、同時に国際赤十字社とロシアとの間にいろいろ交渉して行くということを言つておられました。この三人委員会の、レークサクセスのほうからの申入れの三人の委員を出せという申入れは、今日では国際赤十字社としてはどうにもなりません。というのは、ロシア側がうんと言つてくれないことには、幾ら委員会を作つたところでどうにもならない。相手国が承諾してくれんことには、国際赤十字社では委員を作つてそこで活動しようと思つても活動が不可能でありますので、国際赤十字社としては、そうした委員を、レークサクセスの申入れのように三人の委員を作るというような事柄については結論が出ておりません、こういう話でございました。そこで我我はいろいろな方面から、今後いろいろな意味でロシアと中国の捕虜の問題については、ますます今後一層御盡力を願うというふうに、抽象的ではございまするが、そういうふうに頼むより仕方がないというような段階であるというように思つたのでございます。たた戰犯としてシンガポールであるとか、マニラであるとか、或いはその他の地方におる人たちの問題について、今後は一日も早く日本へ帰れる、例えば向うで服役しておる人、十年なり、二十年なり或いは無期なり、ともかく有期、無期の刑を得て服役しておる人たちを一日も早く日本へ帰してもらう、そうして内地で服役するということ、それから死刑の宣告を受けた人たちには何とかして死一等を減じて、死刑の執行を許してもらうというところの御盡力を願いたいということを申出たわけでございますが、ルーガー氏もよくわかりました。こういう方面についてはいろいろやつておりまするし、又今後うんとやります。例えばシンガポールにおります戰犯者の諸君は何とかして早く帰れる、早急に帰れるという手筈をきめています。早急というのは一体いつ頃でございますかというふうに我のほうからいろいろと詰寄りますと、四月には帰れるという約束をいたしましよう。これはもう現地との折衝も殆んど終つておりますので、四月には帰れるということをお約束できると思うというふうに約束されたわけでございます。その他マニラにおける戰犯者の諸君に関しても、同様必らず早い機会に内地へ帰れるということはお約束はできます。その他濠州方面の捕虜の諸君についても同様である、まあこういうふうなお答えでございましたわけでございます。我々は今後の更に強力な盡力をお願いいたしまして、数時間の間の懇談を終つたわけでございます。その際に、赤十字社の幹部諸君の話では、個人の調査のカードを作つて、それによつてずつと連絡をとつて本人に内地からの家族たちの消息を伝える、或いはその人の消息を内地へ送るという、そうした連絡をやり、いろいろ調査をやつておられるのであるが、日本からの在来の報告というものが極めて杜撰であつて余りいい資料にはならん、こういうようなお話でございました。例えば私が堂森芳夫、堂森という名前はあまりございませんけれども、伊藤とか、加藤という苗字は多うございますが、ただ伊藤とか、加藤というだけで、或いは一郎、二郎、三郎でございますが、そういうふうな名前だけ、或いは姓名だけのような報告で、そのほか何も資料がないというような場合も相当たくさんあつて、同姓同名の人が何十人、何百人というふうな場合が多いので、それでは調査のしようがないので、今後そうした資料を頂くときには、姓名、それから出身の県、郡、村、或いは市、町、或いは職業、或いはその人の顔、形、姿の特徴、或いは両親のお名前というふうに、できるだけ同姓同名の人の間違いを避けるという意味で、あらゆる資料を添えて送つてもらうように、一つ今後日本のほうにお伝えを願いたいというお話でございました。更に又国際赤十字社のほうでは、いろいろな情報を日本の赤十字社と交換し合つておるが、すぐさまそれが新聞に出されるので、その新聞に出た記事が相手国へわかる、そういたしますると、交渉の非常な妨害になりますので、今後こうした問題については、できるだけ結果が出るまでは新聞に出さずに置いてもらいたいというふうな話でございました。又私たちはその後ドイツへ参りまして、ドイツの国会を訪ねました。国会でレークサクセスのほうへ二回、三回と主張したりして、ドイツにおける在外同胞の引揚問題に対して非常な努力を拂つております。ドイツ社会党の代議士でへーベルト・ウエーナーという代議士がおります。この人にも数時間会つたわけでございます。シユーマツハ社会党党首に招かれて、半日一緒にいろいろ懇談しましたときに、そのときにンユーマツハさんの側近に絶えずおる代議士が丁度ウエーナーさんなんですが、この人をかこんで、その日もたまたま在外同胞の問題について話が出ましたときに、その問題ならこのウエーナー君がもうドイツ一の専門家なんだから、若し時間があつたら、又明日の朝でも出かけて懇談したらどうかというシユーマツハさんのお話がございまして、翌日半日時間を割いてお話したわけであります。そのときにウエーナー氏の言いますには、今までドイツと日本とは、この問題に関しても全く連絡がなかつた。併しドイツへ帰つて来たドイツ人の捕虜の諸君の話では、殆んどの地方で日本人とドイツ人は雑居してキャンプ生活をしておつたということが報告をされておる。従つて日本のほうの側から、ロシアから帰つて来た捕虜諸君のいろいろな報告をもらいますると、ドイツの捕虜の諸君の実情を調べるについて非常に大きな参考になります。又ドイツ人でわかつたことをあなたがたのほうへお知らせすれば、そのことからも非常によくわかる。こういうわけでドイツと日本との密な連絡を特にお願いしたいというふうなことも言つておりました。若しドイツとこうした委員会との今後の連絡をとります上におきまして、私の名前或いは岡君のお名前をお使い下さいまして、今後そうした連絡を願えれば非常にいいのではないかというふうに考えるのでございます。ウエーナー氏の話によりますと、ロシヤ側ではまだ四十万ぐらいはドイツの捕虜がロシアにおるということを中立国側には発表しておるという事実をつかんでおるけれども、併しロシアのほうでは、ドイツに対してはもう戦犯者だけだというふうなことを言つておるというので、ロシア側に対する交渉というものは全く困難を極めておるというふうなことを……、これはまあ同様の問題でございます。これは話を言い忘れましたが、我々はぜめてロシアにおる日本人の残つておる人たちが、戦犯者として千百八十名でございますか、向うの発表、その発表の数字の諸君が現在達者であるかどうか、或いは罪名が何であるかどうかということだけでも日本に知らしてもらうように、ルーガー委員長から御調査を願いたい、或いは交渉願いたいということをよく言つて参つたわけでございます。これはさつき私言い忘れたわけでございますが、こういう交渉もあつたわけでございます。ただ私ウエーナー氏に会いましたときに、ただちよつと日本人として恥かしいと思つたことは、ドイツ人が帰つて来たときに、全部が言うのだ、それはどこのキャンプの中でも、ドイツ人の中にはナチに反対だ、ドイツへ帰つたらナチの反抗運動をやるのだという者があるけれども、日本人のように、同じキャンプの中の者がこぞつて全部共産党員になるということを署名し、誓うというような状態がどうしてもドイツ人にはわからない、日本人はどういう国民だろうということをドイツに帰つて来て言うというようなことを、ウエーナー氏が言うておりました。これは何か、速記はどうか知りませんが、ばかにされておるのかどうか、我々変な気持になつたのですが、これは余計なことですが、そういうことをウエーナー氏は言つております。ドイツの市民で戦争によつてロシアヘつかまつて行つたと推定される数字は、兵隊は別でございます。市民だけでも百五十万はある、こういう推定をしております。その八割ぐらいはすでに死んでおる。こういう推定をしております。ウエーナー氏は、併しロシアに関する限り、国際赤十字社による努力によつて効果が出るということは余り期待はできない、悲観的な観測をいたしますというふうにウエーナー氏は言つておりました。ともかく今日のこのロシアにおる捕虜の問題は、すでに人道的な問題とか、或いはそういう問題ではなくして、もう国際間の政治的な問題となつておりまするので、非常に解決が困難ではないかというふうな考えかたを我々も持ちますし、ドイツの人たちもそういうふうな考えになつておるようでございます。私たちイギリスにも一月ほど残つておりましたので、そういうことに関しては、丁度労働党の諸君が我々と政治的な立場が似ておるという関係から、特に幹部諸君に懇意になつた人がたくさんございましたので、その点について又いろいろと強く援助をお願いしまして帰つたわけでございます。 一々申上げますと、時間が長くなりますので、簡単に御報告を申上げさして頂きました。
○委員長(千田正君) どうも長い間、いろいろ各国におきまして事情を聴取されて、又我々の希望しておる点につきまして御折衝頂きまして、誠に有難い次第であります。厚くお礼申上げます。只今堂森議員から、各国における陳情して頂いた点について、或いは只今の御報告につきまして、何か御質疑がありましたら、御質疑願いたいと思います。
○委員外議員(堂森芳夫君) 前に北京でカソリツクの放送局が、いろいろ捕虜の消息などについて非常に御盡力をしてもらつたことを、日本人は皆感謝しておるわけでございますが、この放選局をもう一度復活さしてもらえないかということを法王庁にも懇請したのですが、政治的な関係で、中国へ放送局を再び持つということは非常に困難ではないかというようなお話でございます。それから赤十字社は、中国ではあらゆる赤十字社の機関を動員して、しらみ潰しに外国の捕虜の人たちの動静を今後一層やつて見せるというだけの非常な誠意を我々に示してくれたということは、これは我々感謝していいのじやないかというふうに思いました。
○委員長(千田正君) 御質問ございませんか。
○成瀬幡治君 シンガポールの捕虜を早く帰すということをルーガー氏が言つたということですが、時期は四月だとばかにあつさり言つたわけですが。
○委員外議員(堂森芳夫君) 遅れれば五月になるかも知れないが、四月にお帰しすることははつきりお約束できます、こう言いました。
○木村守江君 何か根拠があるのですか。
○委員外議員(堂森芳夫君) 根拠ですか、それは現地からの報告が、丁度我々が入つたときに、いろいろ折衝した結果、今電報が入つたと電報を見せました。そうして四月には必ずお帰しできます、お約束できます、こういうふうに非常に慎重なんです。ルーガーという人は成るほど立派な、ヨーロツパでもたくさん会いましたが、なかなか立派な人だと思いました。非常に慎重な、見ていても国際赤十字社の委員長とは思えない立派な人で、非常にものを慎重に言うかたですが、このかたに関してははつきりと向うから言われました、四月には帰すと……。
○木村守江君 それは何ですか、刑期がなくなつて帰るわけですか。
○委員外議員(堂森芳夫君) そうじやないのです。内地で服役するようにして帰す。我々はそういう意味で頼んだのですから……。向うで服役中の人をこつちに移したい、そうすれば家族は許された範囲内において一月に一回なり、二月に一回なり面会できるということは、家族には大きな喜びである、そういう意味で申入れをしたのです。
○成瀬幡治君 日本の新聞が相当先走つて記事を書いて、それが相手の国に知れて非常に不利になつたというようなことで、非常に愼重に扱つてくれ、余りそういうことはやつてくれるなということで、そういうようなことをルーガー氏が折衝しておつて……、そういうことはたびたびあつたわけですね。
○委員外議員(堂森芳夫君) そういうことを言つておられました。主としてロシア関係じやないですかね。そういう意向でしたがね。
○木村守江君 今のお話に関連してですが、内地の巣鴨刑務所に入つているいわゆる戦犯者のあれに対して、二、三カ月前なら一カ月に三回くらい面会できたのですね。ところがこの二カ月ほど一カ月に一回ずつ、一人きりできないということになつたのですが、あれはどういうものでしようね。
○委員長(千田正君) 一応それは何かの方法で調べて……。
○木村守江君 実はこの間私と一緒にいた兵隊が入つているものだからお見舞に行つたのです。ところが今月はもう……今まではよかつたのだが、今月は家族が来て面会しているから駄目だと、今までよかつたのに変だと言つたら、対外関係が好転して来たのに面会を制限するのは変じやないかという話をしたのですが、実際おかしいと思うのです。
○委員長(千田正君) 何かあるのだろうけれども、戦犯はリーガル・セクシヨンのほうの管轄になつておりますから、一応一つこつちからも最近用事もありますから、伺つて置きましよう。
○成瀬幡治君 ローマ法王庁に、今までのものが軍に抽象的なもので、具体的な資料がなくて非常に困つたというお話ですが、それから国際赤十字社のほうでも、個人カードというものを作つてなくて非常に連絡不備であるというような点を指摘されたわけですが……。
○委員外議員(堂森芳夫君) そうであります。
○成瀬幡治君 これは委員長にお願いしたいことは、これの取扱いについては、若しこういうことがあつたら、私たちはあと調べて、相当私は正確な資料が内地としては一応整つた感があると思います。こういうものが若しそういうような希望でありますれば、善処かたをじかに取上げて頂かなければならんと思います。
○委員長(千田正君) 只今非常によいお話を承わつたもので、丁度復員局のほうにも、そういう問題になるような点は委員長からも特にお願いして、又留守家族とも連絡をとりまして、できるだけ正確に向うに伝わるような方法をとりたいと思います。 なお堂森委員にお伺いいたしますが、さつきのお話の中に、このヴアチカンのモンテーニ国務卿が、将来海外移住というような問題が起きた場合において、いわゆる人口問題の再配分と言いますか、いろいろな問題について、移民というような問題を考えた場合に、仮に日本の移民が将来海外へ行くという場合においては、このカソリツクの教徒の多い国に対しての移民は何とか可能なように見えるわけなんですね。
○委員外議員(堂森芳夫君) そうなんです。
○委員長(千田正君) 特にこつちから熱意を示せばでしようね。
○委員外議員(堂森芳夫君) そうなんです。それでモンテーニさんの言葉では、ヴアチカンの中に移民問題委員会というものが作られています。これはイタリアの、国の事情が織込まれておりますから、イタリアは御承知のように失業者が多いわけです。又共産党が非常に多い。力が強い。そこでヴアチカンとしては、どうしてもイタリアの失業問題を解決するという必要に迫られているわけなんですね。宗教的な立場から言つても……。そこでイタリアだけではなしに、各国のそういう問題も取上げよう、ところが残念なことに日本は国際的に孤立しておりますし、ヴアチカンに大使を送つていないわけですね。各国とも大使が来ております。イタリアその他各国同様にヴアチカンに大使が来ている。ヴアチカンに対する各国の大使というものは、ヨーロツパでは、日本では想像できないような宗教的な力が強いものですから、一流の老外交官が来ている。日本からは行つていないわけですね。そこで金山さんが私設大使みたいなものです。非常に立派な人で、人間的に言つても、私はヨーロツパでたくさん会つた邦人の中で一番立派なかただと思います。この人は非常に法王さんの信頼もあるようですし、いわば法王庁の捨扶持であそこにおられるようなものですね。莫大な費用も要るわけですが、我我そういうところまで聞きませんけれども、見たところ法王庁の立派な一室を借りて、自家用車までもらつて悠々と暮しているのですから、恐らく法王庁の大きな庇護の下にあると思います。そのかたにもつと議会なり、国が連絡に当りまして、もつと連絡して、今後やはり具体的になつて来れば可能性があるというふうに考えます。
○委員長(千田正君) もう一点お伺いしたいのは、例えばフイリツピンその他の戰犯者に対しての国内送還、国内で服役させる点、或いは死刑の宣告は受けておるけれども、再審査をして、若し無実の罪であつた場合はこれを免じてもらうとか、或いは減刑してもらうというような運動は、勿論当該国であるところのその国に対しても必要ではあるが、国際赤十字社或いはローマ法王庁を通じて当該国に特に懇請すれば、なお一層の効果があるということは言えるわけなんですね。
○委員外議員(堂森芳夫君) そうだと思います。それから思つたことですが、こういうことはどうでしようか。こういう引揚者の委員会から、今国際的にはまだ我々はこういう事情ですから、旧教徒の有力な、或いは又キリスト教信者の有力なようなかたをヨーロツパへ派遣し、或いは法王庁と連絡の下にフイリツピンやその他の国へやつて、そういうような方法で向うの宗教的なカソリツクの強い、そういう国々へは宗教的な立場の人を派遣して、いろいろ政府当局者或いは国に訴えるという事柄が非常に重要なんじやないかと、私はそう思います。例えば日本の賀川豊彦さんというような人は、我々ヨーロツパへ行きましても、イギリスでは非常にたくさんの、何万という聴衆を集めて説教されておるという話をイギリス人が言うような工合ですから、例えばああいうふうな、あの人はまあカソリック教徒じやないのですけれども、そういう宗教的な立場の人を海外へ送つて行くということが重要じやないかと思います。それはキリスト教を好きとか、きらいとかでなしに、救うための一つの方法として、そういうことは考えられないか。
○委員長(千田正君) 又実際宗教というような立場からも、是非そういうあれをやつて頂けば、これは一つ本委員会としまして検討して、又お願いする場合は是非そうして頂きたいと思います。
○委員外議員(堂森芳夫君) まあフイリツピンなどへ選るとしても、そう経費は要らないのじやないか。飛行機で行けば二人や三人の有力者を送るといたしましても、さしたる経費も要らないのじやないかと思います。
○委員長(千田正君) ほかにございませんですか。
○委員外議員(堂森芳夫君) マヌス島のそうした人たちも、これは希望ではなしに、委員長のお話ではかなり早く帰れる情勢にある、こういう報告でした。戦犯、死刑の宣告を受けた人たちに対する問題はもつと具体的に、こちらから許してやつてもらつてもいいくらいの罪状だというような資料があれば、どんどん送つて、もつと具体的に頼むという努力が必要じやないか、そういうふうに思います。
○委員長(千田正君) 大変有難うございました。 それでは本会議のほうで記名投票によつて採決をするような点があるらしいので、散会をいたしたいと思いますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(千田正君) それではこれにて散会いたします。 午前十一時二十一分散会 出席者は左の通り。 委員長 千田 正君 理事 紅露 みつ君 委員 石川 榮一君 木村 守江君 草葉 隆圓君 長島 銀藏君 成瀬 幡治君 杉山 昌作君 鈴木 直人君 兼岩 傳一君 委員外議員 堂森 芳夫君