内閣委員会 第10号
- 発言数
- 35 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 1
- 開催日
- 1950/10/20
会議録
○土倉委員長代理 それではこれから委員会を開会いたします。 本日は委員長が不在なので、私が委員長の職務を行います。 行政機構に関する件を議題とし、参考人としておいでくださいました漁港協会長の井出正孝氏より、行政機構改革に関する忌憚のない御意見を承りたいと存じます。 御意見を承ります前に、一言ごあいさつを申し上げます。本日は御多忙中のところ、わざわざ本委員会のために御出席くださいましたことを深く御礼申し上げます。忌憚のない御意見を承りまして、本委員会の行政機構改革に関する成案を得るために、重要なる参考といたしたいと存じますので、率直に日ごろお考えの御意見をお話くださいますれば、まことに幸いと存じます。では井出さんお願いをいたします。
○井出参考人 ただいま御紹介にあずかりました私井出と申します。御紹介にもありましたが、私ただいま漁港協会におります。水産の方のことなどをおもにやつておりますものでありますが、ただいままでいろいろ見聞いたしました範囲を広く総合いたしまして行政機構の問題についての私の考えを述べさせていただきたいと思うのであります。行政機構に関しまして、私のごとき者が、御参考になるような意見を持ち合せておるかどうかは、非常に懸念をされるのでありますが、せつかくの仰せでありまするので、私できます範囲におきますものをとりまとめて、かつただいま委員長のお言葉にもございますように、率直なものとして申し上げる次第であります。はたして御参考になりますかどうかわかりませんが、何らかこの大きな問題をお考えいただきます上に参考に願えれば幸いと思います。 さつそくこの行政機構の改革の問題について、私が平常考えており、またただいまの段階において、いろいろ日常見聞するところから思い合せて考えておりまするこの機構に関する基本的な考え方というふうなこと二、三を申し上げてみたいと思います。 その第一は国の行政庁というものはこの新憲法下にありますように、できるだけ行政執行機関という性格に徹底をするようにやつて行く必要があるという点から来る問題であります。現在は従来のように行政官庁がただに政策、立法の企画的機能をやつておるように思うのです。これは私は早いうちにむしろ国会の業務に移すべきものが多いのじやないかと思う。そういう意味において現在行政庁が相当大きな仕事の分量としてやつております予算案の編成の問題であるとか、それに関する各種の調査であるとか、それから重要な法律案の立法、それからそのほか重要政策の企画というふうな業務、これはひとつ早い時期に今申しましたように、ほんとうに立法府でありまする国会の業務に移すようにし、行政庁はこれに関する権限を早いうちに縮小して行く方がいいのじやないか、これが今後の行政機構の改革の一つの要点にすべきものじやないかと思います。ただこれを移すについての経過的の実際問題として、国会方面においてそれだけの実質をただちに備えられるかどうか問題でもありますので、この移りかわりをできるだけ円滑にやつて行く方便というふうな意味において、当面としては行政機構を考えて行く必要があるのではないか、そういう意味から申せば、企画に関する、つまり行く行くは国会の主要な任務に移すべき仕事を、むしろまとめた行政官庁にしておいて、それがある時期は国会の企画の働きと実質的によく協調してやつて行くというふうなことをして行くことが、まず第一に大切ではないか、こういうふうに考えております。 それから次には一般の行政事務でありまするが、御承知のように戰時戰後にかけての特殊な事態に特殊な必要から、いろんな行政事務が多くふえておりますが、これは最近の事態に即して早くこれを整理簡略化して行く、そうすることによつてほんとうに行政事務としてやらなければならない仕事だけを残して、その仕事の運営を迅速的確にやつて行くということをやつて参る必要があるのではないか、ことに産業経済方面の施策というふうなものには、順次いわゆる平時化して参りますので、従来の統制であるとかあるいは取締りであるとか、保護助長というふうに、各個の産業経済なり個人の社会生活活動にまかせておくべきものに国家権力がいろんな意味においてかなり介入しております行政事務というものを、その必要性のないものは早く整理して参る必要がある。そしてまたある部分は非常に中央集権的になつておりまする権限を、地方自治体にあるいは委譲して、それによつてその地方々々の必要性によつて、あるいはやりあるいはやらないという取捨選択までもやらしてもいいものもあろう。そういうような意味の地方自治への権限委譲というようなことを考えて、それによつて国家行政機関として正味やるべき仕事に十分のしぼりをかけて参る必要が第一にあるのではないか。 それからもう一つの問題として、やはりこれは国家行政機関としての活動の実質の問題といたしまして電気、通信事業とか、ある意味の貯蓄金融事業をやつております郵便貯金を含めます郵便事業というようなもの、それから食糧管浬の事業、これは現在食糧の專売的の性質からでありますが、それから国有林野の営林事業等は一般の行政機関という組織から引離して、国鉄、專売というようなものと同じような意味において、できるだけ独立採算制のもとに公共企業体に移すということにした方がよくはないか、そういうことによつてほんとうに人材をこれに收容し、そのための仕事ができるということ、また仕事の能率が上つて参るということが考えられます。ものによつては将来さらに民間資本をこれに投入して参る契機にもなるというようなことにおいて、これらの仕事をそういう意味合いにおいて第一段階として移すのがよろしいのではないかという、これは私の私見なのであります。 それからその次は大して大きな問題ではありませんが、最近非常にどつちかというといろいろできておりますいわゆる行政委員会制度というもの、これはよほど考えて行く必要がある。これは非常によい制度であると思いますが、特に三権分立、特に立法と行政という面がかなり截然と分業になつて参ります場合には、特殊の專門的な行政部門、やはり広い意味の立法をしつつ行政を執行して行かなければならない。その間の立法と行政の中間的な組織機能を行わせようとしてアメリカあたりの国においてもすでに発達した制度の一つのように思われますが、そういうものがいい場合もあろうと思います。しかし今いろいろ出おりますものがはたしてこういう趣旨に合つておるかどうか、かえつて二重の行政組織というようなことになつて来て、国民一般としては非常に困るというような面もあるように思うのでありますので、これらの点は現存のものについて検討してみる必要があるような気がしております。 それからもう一つの問題としましては必ずしもそう省を減すばかりが問題ではないと思います。省によつてはむしろ非常に違つたいろいろの広汎な仕事を一人の大臣が受持つておるというようなことから、当然ある仕事がもつと国民の需要によつて分化発達しなければならないのに、これに手がかけられていないという結果、その部分の国民生活なり活動が発達しない、あるいは産業が発達しないというような犠牲的の立場に立たされておるものもある。そういうようなものはあるいは大臣を多くしても、省を多くしても、むしろそれぞれの仕事が能率的に的確に行われる意味においては必ずしも省を減す、併合するということのみが行政制度あるいは機構の改善の問題ではなかろう、こういうように思います。これらの四つ五つのものが私の考えております根本的な考え方であります。 これに伴いまして二、三ほんのこれは御参考でありますが、具体的に現在の国家の行政組織に対してどんなふうに考えたらよいかということであります。これはまつたく私案で、先ほど述べましたのも私案でありますが、この点はさらになおよほど具体的な問題としては考究を要する問題があるのでありますが、一応私の考えを述べさせていただいて御参考に願いたいと思います。 まず第一は、現在あります経済安定本部というふうな機構でありますが、これはもはやこれの当初置かれました――とにかくバツクになりますいろいろな事態を変化しておりますので、その当時置きました趣旨に基く制度としては、ほとんど存立の必要がなくなつているものでありますが、ただこの期間にいろいろ仕事をしました結果、これが持つています一つの行政官庁としての能力はかなり利用すべきものがあるように思うのであります。そういう意味において、この経済安定本部をむしろ改組しまして、かりにこれを一つの総理府の中の総合的な官庁というふうなものにしまして、あるいは企画的というような性格のものをつくりまして、これに予算案の編成、それから財政、金融、経済、社会というふうな相当大きな――教育というふうな特殊なものは別としてもよいと思いますが、主として国民の生活上非常に重大な活動に関する重要な政策、これらの部門に関する重要な政策というものを、あるいは立法的に、あるいはその他これに準ずるような政策を総合的に立案、企画するということをここで総合的にやつたらどうか。それからそれらの行政部門というものの施策は、とかく行政官庁の分立いたします結果、総合調整するというふうな組織にこれをやつて参ることが、非常に効果があるのではなかろうか。経済安定本部の有しまする総合的の企画及び調査能力というものは、かなり副産物として貴重な遺産を残していると思いますので、これを利用するという考え方であります。それからかたがたこの組織の相当部分は将来国会においてもこの程度の付属機関をおそらく要するという際に、これがただちにそちらに転化し得る一つの前提組織にもなり得る。国会の付属機関とする場合に、もちろんいろいろの立場からそのまま移すわけには行かないものもあろうと思いますが、国会が自主的な国策の立案機関となる場合における一つのかなりの素地になるというふうに考えております。 それから第二番に、これは大した問題ではありませんが、行政組織運営が何としても非常に多くなりまするので、国の行政機関及びこれに関連する広い意味の行政機関の活動の督励、監督、監査ということをいろいろやる必要があるという意味において、ここに前の本多国務大臣がおられますが、御所管であつた行政管理庁の監査機能をむしろ思い切つて強加して参る必要があろうと思います。これに伴つて経済、安定本部の経済調査庁というふうなものは、ある意味において廃すべきものであろうと思います。この中の主要な仕事でありました民間の経済統制違反の糾彈という仕事は、経済統制自体の分量が今後非常に縮小され、わずかなものになつたので、その点においてもういらなくなる。またそれに関連する行政官庁その他の査察的なこともやつていますが、これらはむしろ総合的な行政の査察、監察というふうなことで一元化して行く必要があろうと思います。そうでないと、こういう監督を受けます方面においては、非常に監察の応接にいとまがないというふうな傾向も是正して参る必要があろうと思います。 それから第三番目には、従つて大蔵省の立場というものを企画的なものを除きまして、きわめて現実の行政官庁にしてしまう。つまり国税の徴收であるとか、あるいは国家收入の一部でありまする專売事業の監督であるとか、あるいは歳出、歳入に関しまする主計事務を行うという組織にいたした方がいいじやないか。なお大蔵省にはそのほかに金融機関、あるいは保險などに対する監督行政、それから預金部資金の事務とか、あるいは外国為替管理の事務というふうなものもあります。これらの国民経済、産業に関しまする事柄をどうするかということは、なお少し私もまだ割切れません。一応大蔵省にそのまま移すのがしかるべきであろうか、あるいはその中のあるものは企画庁的なものに移すべきか、あるいは産業経済に関する省の組織いかんによつては、産業省あるいは経済省というふうなものへこれを移す方がいいかというような問題を考究してみる余地があるのではないか、こう思つております。 それからその次に産業省になりますが、農林省に関しましては――農林省という役所は非常に広い範囲の行政事務を分担しておるように存じます。ことに農業に関する行政と、それから林野、水産という全然別問題の行政事務を三つ兼ねておる点において、農林省の行政というものは非常に行き詰まるおそれがあるように思うのであります。かような意味において農林省の現在の所管の中から林野行政及び水産行政のこの二つの部門はむしろ他へ移すべきものがあるじやなかろうかと私は思つております。そういう意味において、実質的の農林省にやつて参るという方がよろしいのではなかろうか。 それからその次に第五番目に気がつきますのは、建設省と、ただいまの農林省の林野行政部門と一緒にいたしまして、あるいは国土省というふうな行き方にして、一つの省にこの二つの仕事をまとめて参ることが適切ではなかろうかと思います。それからなおこれは大した問題でありませんが、総理府にございまする北海道開発局というごときものもかような省になりました際においては、これを統合して、こういう官庁を別にする必要もないじやないか。これは私見でありますが持つております。その方が北海道の開発ということのためにもよろしいのではないかというふうな感じを持つておるものであります。 それから第六番目には、水産に関する仕事のためには、これは日本としましては、今後発展すべき一番大きな部門と思うのでありまするから、これを一省に独立して、これに関する民間の仕事の発展を專門的にはかつて参る必要があろう、またその価値があろうというふうに考えております。 第七番目に、現在の通商産業省につきましては、これは先ほど申しました大きな意味における産業経済に関する省をどうするかという問題に関連するのでありまして、ただちにどうという結論は出ません。まず一応現在のままに大体はして考えて行つたらどうかという考えを持つております。ただこれはごく近い将来に貿易行政の一元化というふうなことをほんとうにはかつて参る必要のある際にこれをよく考えて、この部分について、現在の大蔵省の替為管理の仕事などが別になつており、あるいは海外の通商の情報というふうな仕事が外務省と別になつているということの障害を早いうちに除くようにしたらよいのじやないか、これは日本が外交関係を十分に持つております時代においても、外務省の通商交渉事務と、当時の商工省の貿易事務とは非常に問題があつたように思います。私はこれらの点が、新しい事態に即して活動が回復する際には、初めからそういう禍根のないように一元的なものにする必要があろうと思います。單に外交の一元化というような題目でこれを別にするという考え方は、やはり実際的でないという感じを持つておけます一人であります。 なお通商産業省に関しての問題の所在として、電力行政と国土の総合的な開発との関係をどうするかよく考えてみる必要があると思つております。 それから重複いたしますが、先ほど来申しましたように、大蔵省のやつております金融あるいは保險行政というようなものとの関係をどうするかということであります。 それから八番目に電通省と郵政省、これは先ほど申しましたように、これの主要なる現業的仕事が別に公共企業体になるということがあればもちろん、そうでありませんでも、この二つの省はこれを二省にすることがよいのかどうか。ことに末端の業務機関などを見ましても、従来郵便局で一本でやつておつたのが二枚看板になるとか、施設が別になるというようなことがあつてはたしてよいのかどうか。しかしそれがたとえば電気通信事業の方を発達させる上に必要なものがあるかもしれませんが、これらはむしろもう一ぺん一省にまとめた方がよいのではないかという考えをもつております。 それからほかの関係の省につきましても、そのほかたくさんありますが、たとえば運輸省などにつきましては、こまかい問題でありますが、船舶行政の中の漁船行政というようなものは、これらの專門の仕事につきましては、水産行政部門にすべて引渡すのがよいのじやないか、もとより一般の船舶と漁船との範囲をどういうふうに見るかというようなこまかい問題もありますが、漁船に対しまする行政部門は水産行政部門に移してしまう必要があるのではないか。それから運輸省において倉庫行政などもやつておりますが、これなどもむしろそれぞれの物資の産業庁であります運輸省、通産省、農林省というような方面にこの仕事を移す方がよいのじやないか。これを運輸行政というような一本化によつて行政をやつて行く実質がどこにあるか、むしろこの産業行政の一部にした方が倉庫というようなことはよいのじやないかと思います。それから自動車行政につきましても、道路行政との一元運営をもう少しはかつて行くことも考える必要があるのじやないかと思つております。 最後に厚生省について私の気のついております問題は、元の軍関係の施設をかなり引継いで利用しておりまして、国立病院あるいは療養所あるいは特殊の職業補導施設というようなものがありますが、どうもこれらが非常に多く抱え込んでいて、はたして中味の運営が適切に十分に行われておるかどうか非常に疑問であります。むしろこれらはほんとうに必要なものだけを行つて参り、その他を廃止するなり、あるいは他の適当な経営形体に移すなりする方がよいのじやないかというふうに考えます。これらはあまり行政組織そのものに直接関係のあるほどの問題ではないのでありますが、ちよつと気のついた問題として申し上げておきました。大体私の考えております点は以上のような次第であります。
○江花委員 観光行政は今の井出さんの御意見からどんなところに持つて行つたらよろしいでしようか。
○井出参考人 観光は実質的には旅行が大部分ですから、運輸省にまかせたらどうかと思つておりますが、今これは厚生省がやつておりますが、どうもあまりぴんと来ないのです。ある程度国土計画的な部分があれば建設省方面に関係しますが、私はむしろ運輸行政部門の方が実際的じやないかと思います。
○江花委員 建設省でできるような気もしますが、観光事業というのは運輸省あたりの方がよろしいじやないかと思つております。
○青木(正)委員 出先機関についてはどう考えておられますか。
○井出参考人 ただいまの国家行政機関の地方出先機関の問題は、結局国家としてそういうふうな地方行政事務がいるかいらないかをまず先に検討しまして、ずいぶんいらぬものがあろうと思いますから、そういうものはやめるなりしてしまう、それからいるものでも、それを府県に権限をまかせてもよいものはむしろ移して行く、そういうふうにして行つたらよいと思います。それでもなおどうしても国の直接の行政機関としてやつて行かなければならないものは、残すというふうな考え方で、これはかなり整理できるのじやないかと思います。
○土倉委員長代理 ほかに御意見、御質問等はございませんか。なければこれで打切ります。本日は御多忙のところまことにありがとうございました。 引続いて幸いに渡米議員の本多市郎君が見えられまして、アメリカみやげとして、われわれに行政機構の問題についてごらんくださいましたこと、その他のみやげ話をわれわれに参考に聞かせていただければ幸いと思います。
○本多委員 約二月ばかり米国の主として地方行政の視察ということで各地をまわつて参りましたが、その間にさいぜんちよつとお話申し上げた通り、イリノイ大学で十五日間講義を聞きまして、午前三時間、午後三時間それぞれ地方行政に関連する重要な問題について全国的な権威者を集めて――これは学者はもちろん、現職の市長、局長でも全国的に地方行政については有名だという人には、ちやんと講義をしていただくようにスケジユールができております。われわれ五名のために通訳がついて、実に熱心な講義をやつてくれました。あとの三日間を、イリノイ州政府の各部門についての実地視察をこの人たちと重ねましたので、大体アメリカの人たちの地方行政制度についてその観念を思想的にのみ込み得たような気持がいたします。しかしとうてい複雑な向うの行政機構の内容、利害得失までは及ばないところでございました。ことに連邦政府につきましては、連邦政府の機構の図面をもらつた程度でありまして、その機構の利害得失なんという点までは話を聞いているとまもなく、主として地方制度のことで終つたような実情で、御参考になるようなお話はないと思いますけれども、ことに内閣委員会の行政機構というその御指定にはあてはまらないことになるかもしれませんが、向うの制度も具体的にはまだ大いに足りないところがありますが、思想的に知り得た範囲のお話を申し上げて、御参考にしていただければまことに幸いと存じます。 向うの地方制度を考えるについてまず第一に考えなければならぬことは、アメリカの人たちはアメリカ合衆国というあの連邦制度を一つの国家とは思つておりません。アメリカ合衆国は連邦の組織であつて、この一つ一つの州が国家であるという観念を強く持つております。そうして連邦は連邦憲法の上において承認され、各州が委任したところの事項については主権を持つておるけれども、その他の事項については、各州に主権がある。各州が国家であるという強い観念を持つております。連邦に讓つた主権のおもなるものは、軍事、外交、郵便、度量衡、為替制度、それから二州以外にわたる取引に関する事項、それから厚生と申しましようか、福祉と申しましようか、貧民救済とか、老人の手当とか、福祉に関する事項、こういうふうなことが憲法でもきまつております。こういうことについては連邦の議会で決定されておる場合に、主権を持つておる。しかしそれ以外の場合は刑法にしても民法にしても、商法にしても、その他のいろいろな手続法、行政法にしても四十八州が別々に自分で法律をつくつてやつておるのでありまして、これは連邦も最高裁判所からずつと裁判機構を下まで持つておりますが、州でも自分の管轄事項である今申し上げましたような法律については、最終の判決をする最高裁判所を持ち、下部機構も持つてやつている。この思想が行つてみますと非常に強く、十六人からの專門家の講義を聞きましたが、どの講義も一番最初にアメリカ合衆国は單一の国家ではない。州が国家であるということを強くわれわれにのみ込ませようと思つて説明してくれました。それでありますから州がまつたく独立国家的な性格を持つておるのであつて、連邦に従属するものではなくて、連邦はただ都合のいい仕事を組合組織でやらしているという考え方が根本になつております。しかし現在の実情はただいま申し上げました委任事項が、非常に重要な軍事、外交等の問題を含んでおりますから、その軍事外交上のことからだんだん中央集権化が進んで、非常な單一国家的性格と申しますか、われわれが見ているアメリカのような性格にかわりつつあるということは言えますけれども、思想としては強い思想を持つております。この連邦の最高裁判所、地方裁判所の判事、それから州の最高裁判所から地方裁判所の判事というようなもの、これはみんな人民の直接選挙でやつております。 州には上下両院がありまして、これは普通は年に一回議会を開いて二年分の予算をきめる。法律もためておいて二年分を決定するというやり方であります。州のやつているおもなものは道路の建設維持で、また連邦から福祉事業としての交付金がありますから、その金と自分のところで上る財源とで、貧困者の救助というような厚生事業、病院の建設維持管理、大学の経営というようなことをやるのですから、まことに州の仕事も簡單で、州の仕事は、カウンテイーという、その下部組織になつておる郡と申しますか、それは市町村とか、学校とかに補助金をやる仕事がおもな仕事でありますが、州の財源になつているのは売上税、ガソリン税、自動車税、酒、タバコ税などがありまして、所得税という一番大きな税は連邦税になつております。但し財産税は市町村の財源であります。その市町村の財源たる財産税も、州によつては幾分市町村と二重になりますけれども、課しているところもあるようであります。しかし連邦と州の関係はまつたく別々に税金を持つて独立しているものでありますが、ただ連邦が指定するところの道路などについては補助金が出る。また道路とか、福祉事業とか、盲者とか、こじきというものに対する社会保障制度実施については、これは連邦の仕事となつておりますから、交付金が来る。こういう制度でつながりがありますけれども、全然別なものであると言わなければなりません。この州の税金の中で、ガソリン税は別会計になつておりまして、道路の建設維持というものに充てられる。このガソリン税と自動車税でアメリカの舗裝道路はどんどん伸びて行く、これは別会計で処理しております。道路局というものはこの税金をとつて、そうして自動車税とガソリン税は特別会計で、道路に出しておる。それで道路が非常に発達して行く。しかし全体の性格を見ますと、州もまた連邦でとつてもらつて補助金としてもらうのは一番やさしい方法でもありますし、また各州がよけいもらうようにという運動をするものですから、近ごろでは連邦政府からの補助ということになれば非常に依存をする度が高くなつて来る。高くなればそれだけ中央集権化されて行く。中央集権化はアメリカ人の考え方としては絶対反対であるけれども、しかし補助金の運動はやるということで、今日では大体平均すれば、その財源の二割程度は連邦からの補助というところまで行つているということでございます。そういう関係で連邦のとる税金が、戰費のためもありますけれどもだんだん大きくなつて、今では国民の納税総額の七割五分を連邦でとつておる。ですから税の大部分は中央で集められてしまう。そしてそこのところへ何とかして補助金を交付してくれという運動をやるというようなことで、思想は地方分権だけれども、事実は中央依存になつておるような状態で、それが州と連邦との関係でございます。その州の下にカウンテイーと申しまして、日本で言つたら県に当るか郡に当るものがあります。このカウンテイーというのがちようど中間的な機関として、裁判と、税金を取立てることと、道路の警察、それから各自分のカウンテイー内の市町村にかわる財産税を一まとめに取上げて、それをその市町村できめた税率に応じて分配してやるという総合的な徴税機関の働きをしております。このカウンテイー裁判所は、独自に最高裁判所を持つているわけでなくて、州の最高裁判所の第一審的性格を持つているだけであります。このカウンティーでは出生とか婚姻とかの登録や、選挙の事務も管理しております。この選挙の事務も、これはあらゆる選挙の事務をカウンテイーがやつて、市町村にはやらせないというようなことで、カウンティーの役人が市町村の選挙をみな管理してやつております。このカウンテイーの行政も、やつぱり道路警察と道路の維持管理をやつて行くというようなことがおもなることでございます。 このカウンテイーという大わけにわけたその中に、今度は市町村があろわけですが、実はアメリカでは市町村を形成している地域はまだアメリカ全土の三%にしか当らない。九七%まではまだ市町村になつていない地域で、人口においても八割程度が市町村の中に入つていて、市町村以外の所に住んでいる人たちはまだ二割から残つているというような状態で、私ども日本で市町村の地域に入つていない所は一つもない立場からいつて、この話を聞いて驚いたのですが、市町村を形成しているものはわずか三%である。それでこのカウンテイーというのは、市町村のできている所にはその市町村相手に政治をし、またその市町村にその自治体の内部のことはやらせますが、市町村のない所の行政はこのカウンティーが直轄しているわけであります。市町村外でありますからカウンテイーが直轄する。こういう意味においてカウンテイーというのは、その市町村を編成していない所の自治的な、政治も所管しているし、また一方州政府の出先機関のような立場で仕事もしているという、両様の性格を持つつているということができると思います。またその下にタウン・シツプとかタウンとかいうものがあるのですが、それはほんの一部分で、全体的ではありませんから省略しておきます。このタウン・シツプにわかれておれば、それが一つのカウンテイー内の選挙区に利用されているというような程度でありまして、このタウン・シツプもほんのわずかしか残つておりません。 今度は自治体の話でありますが、このカウンテイーという――カウンテイーに入らない土地は一つもない。県なり郡なりという單位には全部わけてあるが、その中にいろいろな自治体が発達しております。そのおもなるものは日本で言う市町村に相当するものですが、この市町村ばかりでなく、学校については学校区というものが、地方公共団体として独立に思い思いの地域で、市町村とその地域を同じゆうするものは非常に少い。思い思いの便利な地域で学校区をつくつて、学校区が公法人になつて学校を経営しておる。その学校に要する税金は、その学校区が税率をきめて、とつて、学校の経営をやる。その税金は市町村の財産税と同じようにカウンテイーに率を通知してやれば、カウンテイーは財産の評価委員も徴税機構も持つて、その申し込まれた通りの率をもつて、還付してやる。それから市町村はもちろんあります。ところがこの学校区についても、ちようど州と連邦政府との関係と同じように、その財産税に対するある制限のある税率でとつていたのでは、なかなか学校の経営ができないというので、州の方から補助してもらうという傾向になつております。学校区は少い所でも二割、多い所は八割までも州の補助だけで経営するというふうに、この面でもやはり中央へ中央へと依存して行く傾向があります。 それから向うの市町村の話でありますが、日本では市、町、村と三段階にわけますけれども、向うでは大体シテイーというのとヴイリツジと二つにしか名前の上ではわけることができません。タウンとかタウン・シツプとか申しましたが、それも一つの州の下部組織のカウンテイーの行政区画であつて、これは機械的に何マイル四方でわけるというふうにわけてある、ほんとうの行政処理上の名前にすぎないのであります。タウンとかタウン・シツプとかいう名前は、日本の町というのに当るように語学では習つておりましたけれども、全然自治体ではないのであります。結局シテイーとヴイリツジで、シテイーも百五十人くらいしかないシテイーもあれば、八百万も擁するニユーヨークのようなシテイーもある。ヴイリツジも二万くらいのヴイレツジもあれば、小さいヴイリツジもあるというわけで、日本のように三段階で名前をわけることはできません。市の中で小さいのが町で、タウンの中の大きいのが町というふうに、上下からわけて観念的にこれを区分して行く以外にはないと思います。 この学校区を初め市町村のとる税金は、ただいま申し上げましたように財産税でありまして、そのほか使用料とか何とかいうものもありますけれども、ほとんど財源は全部が財産税に依存しております。この市もまたいろいろなことで州に向つて補助金を請求して、州では補助金、行政費が一番うるさいのだと言つておりました。 この市の機構ですが、市の制度についてアメリカは非常に複雑だということは聞いていましたけれども、あれほどまでにまちまちなことをやつておるとは実は私どもも予想していなかつたのであります。市はただいま申し上げましたように、隣から隣に大きなのや小さいのがあるのですけれども、ほんのくつついているような市でも、まつたく違つた制度で運営しておる。これは市をつくるのも学校区をつくるのと同じような観念で、これくらいの地域のものが共同で市制をやれば、安い税金で、自分たちが個人々々ばらばらよりも、もつといいサービスが受けられるだろうというふうなことから発起して市をつくるものですから、非常にその内部の制度に至りましても思い思いになるわけでありまして、一つの市でためしてみたところが、能率が上るよということになると、それではこつちもやろうかというようなことになつて、だんだんその制度も幾つかの形式に落ちつきつつはありますけれども、それが隣から隣にまちまちで常に変化しつつあるというところに、アメリカの自治制の特色があるといわなければならぬ状態であります。これを学校の先生は四つに区分して話をしてくれましたが、第一には、多数市会主義で市長の権限が非常に弱いもの。これはどういう意味かと申しますと、選挙区が市内にあつて、選挙区ごとに市会議員が出るから、市会議員の数が多くなる。多いといつても日本のようには多くないのでありまして、ニユーヨークもこの制度でやつておりますけれども、ここは非常に多いと言われておりますが、二十五名であります。シカゴはまた飛び離れて多くて五十名、それ以外のところは十五名以上のところはあまりないという状態であります。これが多数市会主義で、市長の権限が弱いものであります。市長の権限がなぜ弱いかと申しますと、市の各局長を初め、おもなる重要な役人は全部市民が直接選挙できめる。ですから市長は任命権がありませんから弱いわけです。それから予算の編成権などもありません。シカゴあたりでも予算の編成権は市の委員会を中心に行われて、市長にはありません。そういうようなところとか、市長として、市会で決議をした場合には何らの拒否権もないというようなところは、これを弱体市長制と言つております。ところが市会議員の数が少くて市長の権限の強いものというのはそれのちようど反対で、市会議員の数は五名から九名で、市長はその市会からまつたく独立した立場にあつて、一定の條件のもとに市会の決議といえどもこれを拒否することができる。そうして市の各局長を初め理事者を任命する権限をもつているというのが少数市会制の強力市長制、こういうふうに言つております。 それから委員制度というものがありますが、これもたいてい三名ないし五名の市会議員が選ばれて、この三名ないし五名の市会議員が委員組織で市政を運営して行く。そうして議長になつた人が市長になるが、委員としての権限はほかの委員と少しもかわらない。その五名なら五名の市会議員が各部局の局長になつてしまつて、局長として仕事をしつつ市全体の方針を定めるときには、市会議員として、市長を議長として相談をして行くという制度でやつております。これなども政党色のあろ議員が出たりすると、その立法と行政というか、政策の決定と実施とが一緒の人がやるのですから、非常に弊害があると言いますけれども、アメリカのように政党色が自治制についてはないということになれば、人物を得たときには非常に能率が上るし、タコマ市などにおいてはこれをやつておりますが、市長にしても局長にしても若手の実業家出身で、市民の信用を得てばりばりやつております。市会議員は方針を決定する委員であると同時に、局長になつてしまつて、一部門を受持つてやつているというようなやり方をやつております。 今日アメリカで一番人気のあるのは少数市会議員による支配人制度で、これは非常に流行しております。これは五名、一番多いところが九名でありますが、その五名なり九名なりの市会議員が、全市を一つの選挙区として選ばれます。そうしてこの人たちの仕事は、まず第一にはだれにそこの市政をまかしてしまうかという支配人を選定することが一番大きな仕事でありまして、あの人はどこそこの市におつて非常な成績を上げたそうだとか、あるいはあの人ならば会社の経営で手腕があつたから、この市の支配人にしてもりつぱにこなせるだろうとか、いろいろなことを考えて、この人なら市政をまかしても能率を上げ得るという人を選ぶ。この選ぶのがその市会の第一の仕事です。それを選んだらその人に市の役人の任命権までまかして、そうしてこれを一段高い立場から常に見て監督をしておつて、悪い人間なら首を切るという権限だけを持つているという制度でありまして、その行政権にはこまかく干渉をしないで大局的な方針は示すけれども、一切をその支配人にまかせるのであります。このやり方は企業会社の支配人制度によく似ているように思います。これが今日アメリカで最も能率を上げ得る制度であるというので流行いたしております。これらの制度は、政党色が濃厚な場合にはうまく行かないだろうと思いますが、向うの市の憲章というようなものを分析して先生が説明してくれましたが、大部分の市がその市の選挙に関する限り政党色というものはなくなつてしまうのであります。それで市の憲章の中に、市会議員、市長その他市の役員の選挙に関する限り政党色を現わしてはならないという禁止の憲法をつくつているところが相当あるのでございます。向うでは連邦議会についてはもちろん政党色がはげしく、州においても州の知事の選挙、州の上院議員、下院議員の選挙には非常な政党色を発揮するわけであります。カウンテイーになればまだ幾分政党色があるが、だんだん薄らいで来て、市町村の選挙となるとこの政党色というものを忘れてしまうというのが常であります。ことに少数市会議員選挙のところでは、政党色は市の憲章で禁じているところが大部分であるという話であります。 これらの制度を見まして、どの制度でも、すぐに日本に当てはめてみようというほどのものはありませんでしたけれども、ただ一つ、市政というものは、市民に対して、どういうふうにして安い経費でりつぱなサービスを提供し得るかということを考えて運営すればいいのだから、そんな国家のような大きな政策はないのだから、十分にその道に腕のある人間を信用して使うということと、議員にしても、そう大勢集まつて激しい討論などをやるよりも、少数で懇談してやつた方が仕事の能率が上るのだという考えから、議員の数が市町村に関する限りは非常に少いという点が日本でも考えなければならぬことではないかという感じがいたします。 全体の機構を見ますと、アメリカの機構の中にも、拔け道とか欠陷というものを非常に多く見出すことができると思います。州でとつている売上税というものはちようど日本の今までの取引高税と同じで、小売屋さんがその販売のたびごとに一円なり――州によつては二銭のところも、三銭のところも、五銭のところもありますが、二銭なり、三銭なりを現金でとつて、それを申告して納税して行くのでありまして、大きなところでは帳面はかつてに自分でつけているのだから同じことだろうと思いますが、料理屋、飲食店に至るまでみなそれをやつております。それをやるのだから、日本で取引高税を実施したときと同じように、お客さんからはとつていても、もしうそをついて申告して、税金をごまかしたらどうするかというような穴は、日本の場合と全然同じようにあるわけであります。これはそればかりではありません。あらゆる販売の機構というようなものにも、いたずらしたらどうなるか、ごまかしたらどうなるかということがたくさんあるのであります。そういうものを聞いてみると、向うではそういう悪いことはしないというような答弁である。する者が絶対ないことはないだろうと言つて聞いてみると、いや、たまにはあるだろうけれども、あつたからといつて、別に予算が狂うほどの悪いことはしないと言う。州の予算局などに行つてみて、大体税金の自然増收はどれくらいあるかと聞くと、自然増收というものはないのがあたりまえだけれども、まず三%を越えたことはないと言う。それでは申告納税で予算通り上らないようなことはないかと聞くと、それは上らないようなことはない、これも越えても五パーセントである。つまり五パーセントぐらいしか初めの見積りに対する狂いはないと言う。今度はカウンテイーの税をとつているところに行つて更正決定があるかと聞いてみると、更正決定はない、あつても大体一パーセント以下だ、百人に一人くらいしかあるまいが、そういうのはよくよく悪質であるとか何とかいう評判を立てられた家であつて、更正決定は一パーセント以下だと言う。滯納はどうかと聞くと、税金も全部が銀行か郵便局に拂い込んで納めに来るが、この滯納は五パーセントぐらいしかないというわけです。それから今度はシヤトルで日本人からほんとうの話を聞いてみようと思つて聞いてみた。シヤトルはホテル業に関する限り日本人の業者が昔は三百六十軒もホテルを持つていたそうだが、今では二百五十軒復活しているのですが、その人たちを集めて聞いてみると、連邦の所得税にしても、州の売上げ代金にしても、市の財産税にしても、申告納税で申告が否認されて更正決定を受けた者はいまだかつて一人もおりませんという。実にうらやましい話だと思います。そういうふうに拔け道はあつても、その政府なり自治体なりの計画が狂うほどの悪いことはしないというところに、非常に学ばなければならぬ点があるように思います。でありますから、大体この機構にしても、制度にしても、日本に移してすぐにこれはいいという名案がありませんが、むしろ精神的な方面で、民主主義の高度は徳義心と申しましようか、日本は大いにこれから修養しなければならぬという感を深くして帰りました。 それで連邦政府の行政機構が直接内閣委員会としては参考になられることと思いますが、これはさいぜん申し上げました通りに、連邦政府の機構は英語で書いてあつて、十分よくはわかりませんが、表をもらつて来た程度でありまして、とてもその内容を御説明するというだけの知識を持つておりません。また州の機構についても、できるだけ州の機構図だけはもらつて来ましたが、これも内容をお話するというわけには行かない。ただしかし連邦についても州についても、私の一つの考えとして、予算というものとその他の行政というものとはまつたく切り離すべきものではないかというような考えを、かねてから持つておりましたので、どこへ行つても、予算とそのほかのものとか一緒にやつているかやつていないか、またやらせるとすればどういう弊害を生ずるかということだけは、至るところで意見を聞いて参りました。日本のように、金をとる方も、使う予算を立てることも、国有財産の管理も、またその他の企業までも大蔵省が経営しているなどということは、これはもうアメリカ人か夢にも考えられないことであつて、予算は予算という立場から立てる、また税金をとるところの收税局は收税局で税法通りとれるだけとるということで、全然両方が冷靜な立場でやつておる。日本のようになつておれば、追加予算の財源には、少し税務署の役人に馬力をかけさせれば困らぬというような機構では、そういうとり方になるのも機構のせいじやないかと考えておりましたので、この点だけは連邦から州からカウンティーからみな聞きましたけれども、それはどうも弊害のもとであろうということでありまして、どこもそういうことをやつているところはない、予算はまつたくの予算だけを、一つもほかの事業を持たないで公平に割当をしているという点でございました。 それからこの行政機構については、自分の所管事項でもありましたので、実は十分な時間もなく、また語学も不自由なために、十分聞くこともできませんでしたけれども、ずつと見て感じましたことは、各市役所でも州の役所でも、各局課に訪問客がまつたく少いことであります。前もつて約束をしなければ、課長といえども一般の人になかなか会うものではないと思つておるし、また一般の人たちも、約束なしで突然役所の課長さんとか局長さんに面会するなどということは、考えるものではないと思つておるらしいので、非常に少い。もつとも少い反面には、行政事務が理論的に整理されておる。税務署とはいいませんけれども、徴税課というようなところにもお客さんはほとんどありません。台帳が整然とできていて、もう誤りの余地がない。その上に納税者は申告が全部是認されておるので、大体書きそこないでもない限りは間違いが起らないというところまで行つておるわけであります。そういう閑散な状況をずつと見て、税ばかりでなく、ほかの行政事務についても、向うの制度は、非常に責任者が明らかになつていて、その責任者が必ず仕事については理論的の根拠を持つておる。行政事務が非常にこまかく縱割りになつていて、その受持の係長なり課長なりという名前の人が、そのことに関する限りは最高の権威者であつて、その人が理論的にちやんと準備をしておるから、決裁を受けるときには上の人に相談するかもしれぬけれども、大体その人が直接自分で処理するから、ほかにたくさんの人はいらぬというところまでこまかく割られている点でありまして、そのために、課といつても三人か五人くらいしかいない課もあるし、一部屋の中に幾つもの課が入つているところもありますが、課長のもとに使つている助手の事務員は幾らもいない。課長が決定した文書をタイプライターで打つて出すとか、あるいはその課長が下書したものに基いて清書をして立案するとかいうくらいのものでありまして、とにかく日本のように感じで行政事務を運んでいるというようなことでなしに、必ず理論をつけて、その理論が解決されて切めて動いて行くというふうになつており、しかも事務が非常にこまかくわけられて、責任者がきまつているのでありますから、その人がその道の判断をするには最高の知識を持つている人というふうになつているようでありまして、この点は日本も大分よくなつて来ましたけれども、まだ日本には五十人、百人という課もあります。そういうところはほとんど追込み制度で、だれか手のすいている者はないか、集まれというような兵隊さん式の仕事さえ行われておりますから、これは日本もやはりこまかく割つて、一課などというものはごく少数にして、そうしてその課長が、狭い範囲ではあるけれども、そのことに関する限りは理論的に全責任を負つて処理する。上の人たちが感じでどうしろ、こうしろということは、全然その余地がないというところまで行かなければうそだと思います。向うの方のお客さんの少い理由を尋ねてみますと、われわれ各局課の者に陳情したつて何にもならない。だから陳情はすべて議会の委員会あるいは議員に行くのであつて、われわれのところではもう理論通りに事務を処理して行くだけだから、陳情があつたからというてどうすることもできないし、陳情は一つも来ないということで、役人が仕事に專念して大いに研究することができる、陳情はもつぱら議会が引受けるというようになつております。 私も十八年ぶりにアメリカを見まして、まつたくアメリカが日本の破壞されている間に進歩していたということをいろいろ感じましたが、しかし物質的な方面の進歩は、これは金のない結果だと思えばしかたがないのですけれども、何人にも不愉快な感じを持たせないように、そうして悪いことはしないのだということで、お互いに信用し合つて行けるような向うの人たちの観念だけは、大いに敬意を表さなければならぬという気持を持つて帰つて来た次第であります。
○土倉委員長代理 ちよつと伺います。大分はやりになつているというマネージヤー・システムと称するものは、少数の責任者に全権を與えて、ゴチヤゴチヤしたことをしないで一人でやつて行くというのですが、それをやつているシテイはあるのですか。
○本多委員 やつているところはまだ三割にも達しないでしよう。けれどもいいと思うことは、一万二千の市町村が一年のうちにぐつとみなまねてしまうのです。
○土倉委員長代理 大体日本の市町村と同じですね。
○本多委員 市町村はアメリカが一万二千、こちらが一万五百ですから、以たようなものであります。
○土倉委員長代理 そこでもう一つ、市の議会などは二年分の予算を一ぺんに議決しておくというお話だが、その次年度の議会は何をやるのですか。
○本多委員 それは州の議会です。州の上院、下院というのは、二年分の予算を決定し、二年分の法律を決定して、二年目に一回通常の議会を開くというのが普通です。
○土倉委員長代理 その次年度の議会は何をやるのですか。
○本多委員 次年度の議会は開かないのです。二年に一回しかない。州としてはその方が大部分です。
○土倉委員長代理 ほかに御意見ございませんか。
○江花委員 今のお話では州で臨時議会を開いて追加予算、補正予算をやるのですか。
○本多委員 連邦の方ではどうですか、州の方では、臨時議会の話を非常にやかましく聞いてみましたが、やはりあることもある。それであまり追加予算というものでばたばたするようなことはやらぬものらしい。ワシントン州では、船の都合もありまして、十日ほどいましてオリンビアという州のあるところへ行つて、知事や主税局長などにもみな会つて、時間をかけて聞いて来ましたが、追加予算というものもなかなかやらないで、足りないところは足りないままで穴になつているところも大分あるようです。あそこではつまり政策をきめるのに、議会側から提案してきめる場合もあるが、今度は人民側から提案すれば、人民側の提案が、選挙のときにこれに賛成するか、しないかというレフレンダムにかかろわけです。そうしたら、共産党系の人たちが動いて年寄りに手当を出せという養老年金の制度をやつたんだそうですが、これが、年寄りを大事にすることは非常にいいことだというので、レフレンダムのときにずつと入つてきまつちやつた。きまつてしまつたからしかたなしに実行したのだが、それまで行こうと思つていなかつたのに大きな手当をやらなければならぬことにきまつてしまつたので、どうにも大きな穴が明いてしまつた。追加予算もまだきまらないでいるが、一ぺんきまつたものは二年間は変更ができないという法律だそうです。それで今一年たつているのだけれども、年寄りに出す年金のために、ワシントン州だけで一億九千万ドル欠陷になつている。そこでようやく二年の期限が来るから、今度の議会でこの穴をふさいでもらう追加予算を出して、年金制度をもう少し緩和してもらわなければ持たないということでした。そういうふうで追加予算を生ずるようなことも少いんじやないかと思いますが、しかしそれは絶無ではないと言つておりました。 もう一つついでですけれども、これは社会保障制度が非常に人気を得てやつたのですが、これには一般の人たちも、うつかりしてやり過ぎたというので、非常に戸惑つているような形で、六十五才以上の年寄りで何にも職についていない場合には、一月七十五ドルずつくれる。そこで年寄りはつまらぬ仕事をして骨を折るよりも、遊んでいて七十五ドルもらう方がいいというので遊ぶ者が非常にふえて、市役所の前の芝生の上や公園という公園にそういう半分中気みたいになつてうろうろ遊んでいるのは年寄りばかり、七十五ドルあると簡單な食事をして暮して毎晩一ぱいずつ飲めるそうです。(笑声)それがいい酒を飲むんだつたらいいのですけれども、だんだん強くなつて悪い強い酒ばかり、年金もらつて飲むものだからみんな体をこわしてしまうといつて、州知事なども年寄の健康という面からも心配しておりましたが、向うで七十五ドルといえば最低生活費ですけれども、日本と比べるとたいへんな違いで、日本ではお巡りさんの收入が一万円としても三十ドル、向うのお巡りさんは、平均して二百三、四十ドルもらつている。そういう違いがあります。そういうふうで、追加予算絶無じやないと思いますけれども、第一予算を二年分ずつきめて行くというやり方ですから、あまりそういうことが起きないようにやつて行くんじやないかと思います。
○江花委員 それから財産税というお話がありましたが、あれは日本で終戰後一ぺんかけたあの財産税ではないわけですか。
○本多委員 この財産税は今日、日本で言う地方税の固定資産税に以ておりますが、こつちの固定資産税は事業の用に供する償却資産と土地家屋でしよう。向うのは事業の用に供するというような制限はありません。借家人でも自分の持つている銀行預金、それから家具類、こういう道具類まで評価して全部財産に入れる。但しその更正決定を受けたことはないというのですから穏やかなものだと思います。
○江花委員 さつきのお話で何か市町村が成立つているところが三%とか、それは州内ですか。
○本多委員 いや、アメリカ全土四十八州の面積の三%です。
○江花委員 わかりました。それからもう一つ、カウンティの面積はどのくらいですか。
○本多委員 数字は知らないのですが、カウンティはまず一州が五十ないし百くらいにわかれていると思えばいいのです。
○江花委員 そうしますと、面積で割つてみればたいがいわかるのですね。
○本多委員 しかし大きな州と小さな州がありますから、そうとも言えないのですけれども、四十八州全部違いますから同じ数のはございません。今ここに書いてある三州か四州例が出ていますけれども、やはりそんな程度。イリノイ州が百二、カリフオルニア州が五十と出ております。カウンティというのはこんな範囲内で区分されている。またカウンティというのは州の法律、憲法を実施する州の行政区画でもあるのです。けれどもカウンテイはカウンテイ独自の税金をとつて、そしてまたカウンテイ独自の自治制もやつている。そのやつている仕事はつまらないもので、さつき申し上げた通りですが、今度は市町村以外の保健衛生というようなものは全部カウンテイがやつている。その他の大筋はみんなカウンテイがやつているわけです。
○青木(正)委員 ちよつとお尋ねします。役人の数はどうなんですか。仕事が細分されておりますと……。
○本多委員 役人の数はこれは仕事の量がわかりませんから多いとも少いとも言えませんけれども、大体われわれの勘では日本の役人の数の三分の一で済ましているだろう、そうみんなが感じて帰りました。
○青木(正)委員 シテイとヴイリツジとの区分は。
○本多委員 ヴイリツジとシテイの区分、内容についてはちよつとわかりません。ほとんど区分はないと思います。ただシテイに対してもヴイリツジに対しても、やはり人口の多いところ、少いところによつて、州の方で許すいろいろな権限に違いがあるようです。それだけの違いです。人口百五十人のシテイもあるし、八百万人のシテイもある。
○江花委員 今のお話でタウンとタウン・シツプについて……。
○本多委員 タウンとタウン・シツプは、たとえばイリノイ州なら百二のカウンテイにわかれております。これは郡といいますか、そのカウンテイの中を機械的にずつと六マイル間隔をおいて、ずつと網をかぶせたようなわけ方をして、それをタウン・シツプと言つております。そのタウン・シツプが何をやつているかというと、カウンテイの前線機関として少しは機関を置いているようです。行政主任とか、財産評価人とかいうものを置いているし、カウンテイのいろいろな役人などを選挙するについて、そのタウン・シツプが選挙区となつて、そこから一人ずつの代表者を選挙するというふうになつているようです。
○土倉委員長代理 いやどうも本日はありがとうございました。 午後三時散会