文部委員会 第4号
- 発言数
- 27 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1949/04/04
会議録
○原委員長 それでは会議を開きます。 議題に入るに先だちまして、一言当委員会の内容につきまして、專門員より説明をいたさせます。
○武藤專門員 今期國会では委員会が発足早々緊急な問題をお取扱いになりましたので、專門員からのごあいさつと委員会の所管事項の御紹介が遅れましてまことに相済みません。 まずこの時間を拝借いたしまして御報告申し上げることがございます。今年の一月の初めに宇野専門員がおなくなりになりましたので、一言追慕の言葉と御遺族からのお言づけをお傳えすることをお許し願いたいと思います。 宇野圓空氏は、明治十八年に京都にお生れになりまして、東大を御卒業あそばし、佛教大学、龍谷大学等の教壇にお立ちになりまして、後母校に迎えられて、東大の助教授に任じ、やがて教授に累進されました。この間昭和十七年にマライシヤにおける精米儀礼の業績によりまして、学士院の恩賜賞をお受になりました。退官の後昭和二十二年、一昨年の末から本院の文教委員会の專門調査員に任ぜられ、事昭和二十三年秋に國会法の改正によりまして、文部委員会の專門員となられたのでございます。皆様方御承知の通か、いつも温容をもつて人にお接しになり、しかも職責を講ずべきところは十二分にお養しになつておりました。ことに宗教教育に関してその蘊蓄の一端を委員会に御披瀝になりました。あのときの光景は今なお私どもの眼前にほう、ふつといたしておるところでございます。御葬儀は一月九日築地本願寺で執行されました。時あたかも衆議院の解散中でございましたので、本院からは大池事務総長が親しく花輪を献じ、弔辞をささげました。同日はほかに弔辞み朗読されたものが五つ、捧呈されたものが二十、学校、研究所、諸團体代表者の燒香が三十、会葬者約五百名ございました。京都の本願寺からの應援もありまして、文字通り盛んな御葬儀でございました。去る二月十八日の四十九日の法事も滞りなく終了されたのでございます。この間におきまして、旧文教、文部の委員各位からいろいろ御丁重なお言葉なり、御懇切なごあいさつに浴しましたことは、御遺族の方々の衷心感佩しておるところでございます。皆様方にどうぞくれぐもよろしくというお言づけも伺つておりますので、この席を拝借いたしまして一言お傳え申しておきます。 それから本委員会の職員は、私僭越ながら古参と年長のゆえをもつて御紹介申し上げます。横田専門員それから調査員三名は欠員になつておりまして、調査主事に松本謙君、御厨慶子君。 それからこの文部委員会の所管事項は、衆議院規則の第九十二條に明記されてある通りでございまして、そこには第一に文部省の所管に属する事項、第二に教育委員会の所管に属する事項、第三に新聞出版用紙割当事務廳の所管に属する事項、こうなつておるのでございますが、学校教育に関する事項、教育委員会に関する事項、それだけは横田専門員にお願いしまして、それ以外のことを簡単に今ここでごひろうを申し上げたいと思います。 最初に「一般」と書いておきましたのですが、そこではまずもつて文部省の機構改革のことを申し上げなければならないと思いますが、これは文部当局から御説明があつた方がよろしいと思いますので省略いたします。 その次には國民の祝日における行事のことを申し上げなければならないのであります。國民の祝日に関する法律は、第二回國会の全会期を通じて、前後七箇月間にわたつて旧文化委員会の事審議立案いたしたものでございまして、昭和二十三年七月四日に衆参両院を通過して、七月二十日法律第百七十一八号として公布されたものでございます。この祝祭日の改定の理由とか、新しい國民の祝日の趣旨などにつきましては、当時の文化委員であり、今日文部委事員であられる受田議員の「新しい國民の祝日」と題する単行本に記されております。それからその時の小川委員長の委員長報告が多少敷衍されまして、今年一月の司法省が法規課で出しております「法律のひろば」という雑誌に載せられております。それからまた憲法普及協会の方でも國民の祝日しと題する。パンフレットを今年の一月に出しております。この法律は祝日の九つを規定して、しかもその骨組だけを示したのでございまして、具体的な行事はわざと規定を避けておるのでございます。その都度総理廳が主となつて関係官廳、民間諸國体等の意見を聞いて、一應とりまとめておるわけでございます。本委員会にも随時連絡がございますので、國民の祝日の行事につきましては、委員各位のいろいろの御意尾を今後とも承ることができればはなはだ仕合せに存じます。 それからユネスコのことであります。このユネスコ運動のことは、旧文化委員会において、第一回の國会劈頭の委員会で、オリンピックとともに問題として取上げて以来檢討して来たことであげます。一昨年昭和二十二年九月五日にはユネスコ本部の程天放氏が訪問されたのを機会に、衆参両院の旧文化、外務両委員が集まつて懇談会を開いておりまして、昨年の九月十四日には同じくユネスコ本部から郭有守氏が來られましたのを機会に、衆参両院の文教委員が集まつて懇談会を開いております。民間の各地のユネスコ協力会の数もだんだんふえて参りまして、盛大になつておりまするが、昨年の昭和二十三年七月ご十三日のいわゆる八社会科学者によるユネスコ平和声明、これに対しまして日本の科学者五十余名が、十一月から十二月にかけて檢討して、戰争と平和に関する日本の科学者の声明なるものを公表したことは、皆さまも御承知のことだろうと思います。ユネスコ本部の年次総会も昨年は第三回を迎えまして、べールートで開かれました。これについてG・I・Eのバンス氏が連合國最高司令官並びに日本國の代表として出席されまして、その報告の講演会が今年の一月六日に開かれました。そのときの講演の速記は外務省から皆さまにお送りしてあるはずでございます。その内容は加盟東洋諸國の代表者の活動状況でございますとか、ユネスコの全般的な事業計画、特にユネスコの日本に対する事業計画などが明らかにせられておるわけでございます。旧文化委員会、また文部委員会の態度といたしましては、あらゆるユネスコ関係の会合に精神的な協力をいたしております。社会党の森戸議員が実は文部大臣であられましたときに、ユネスコ議員連盟というものを起されたらどうかというお話がございまして、当時事務総長といろいろ折衝してみたのでございまするが、当時の福田委員長の熱心な御推進にもかかわらず、予算その他のことで行き悩みの状態となじまして、その後民主主義教育連盟の方で仕事として扱つたらどうだろうかということにもなりましたのですが、この連盟もこのたび解散されることになりましたので、この点また考えをかえなければならないだろうと思つております。 それからヴオツクス運動とユネスコ運動との関係、ユネスコ運動とソ連との関係、ないしはこれらと関連して日本のユネスコに対する態度ということが旧文化委員会以來問題とされておつたのであります。これに対しましては、昨年昭和二十三年四月十四日の旧文化委員会において、外務事務官の松井明君から一應明らかにされておるところであります。ごく一部だけ読んでみますと、 日本といたしましては、これ(ユネスコ)が世界的な大きな運動になることをもちろん希望いたしますし、また将来そういう國際的な誤解も解けまして、ソ連の参加したより大きいユネスコ運動というものが日本に及んでくるということが望ましいことなのでありますけれども、これは必ずしもユネスコ問題だけではないのでありまして、國際情勢全般との関連性ある問題でありますから、私どもといたしましては、とりあえず非常な平和文化運動の母体となつている世界的機構であるユネスコ、これにできるだけの協力をして、日本としても文化向上にできるだけのお役に立ちたいというふうに念願をしているようなわけであります。簡單でありますがお答えといたします。こういうような答弁がなされております。 それからバンス博士の第三回ユネスコ総会報告講演の速記録の中にも「ユネスコにソ連が参加するよう現在何らかの努力がなされているでありましようか」という質問に対する答弁が載せられております。ユネスコのことは簡單にこれだけにいたします。 次はオリンピックの問題であります。これも一昨年昭和二十二年の第一回文化委員会以來、随時取上げて来たことでありますが、同時にまたI・O・C、現在のオリンピック委員会の委員の一人である永井松三氏に、委員会にお出ましを願つて説明を伺つたことがあるのであります。今年はこの四月二十四日にローマで総会が開催されますので、永井氏が出席されるはずでございましたが、旅費の調達と時日の下足のために不可能となり、その旨イタリーの委員長であるブランデージ氏に電報であいさつすると同時に、オリンピツクに日本が復帰できるように援助を懇請されたはずであります。この点については関係当局においても非常に残念がつておられるようであります。 その次の第二に移りまして、藝術一般、昔樂、映画、演劇ないし國民娯楽の問題であります。これについてはまず第一に藝術祭の問題が起ると思います。難術祭は毎年文部省があつせんして実行委員会をこしらえて、その実行委員会によつて企画せられ、参加藝能について、優秀なものに文部大臣賞が授與されておるのでありますが、実は遺憾ながらその趣旨が大衆に徹底しておらないうらみがございます。この点は荷檢討を要するのではないかと思います。 その二として日展の問題ですが、この日展に対して書道を入れてほしいという請願は、本院においてこの前の國会で請願採択の結果、本年度から書道が第五部として置かれることになりましたことは、まことに御同慶にたえないところであります。ただ日展そのものについては相かわらずの官展だというような非難が一方にございます。また審査員の人選においても毎年何らかの問題が惹起されておるのでございます。新年度からは名実ともに藝術院の主催となるそうでありますが、本委員会においても御檢討あつてしかるべき問題かと存ぜられます。 その次に近代美術館の設置という問題。これは文化委員会の発足以来、竹尾弌氏鈴木里一郎氏が熱心に唱道されておつたところでございまして、これに附帯して平澤委員からの御希望もありまして、今日までの文展の文部省買上げの目録を今政府に求めつつあります。同時にその現品の所在を明らかにしてほしいという要望をいたしております。 それからその四として、演劇関係につきましては、片山内閣時代にいわゆる國立劇場案が提唱されましたが、これは目下中絶の状態になつております。 それから五として、映画でありますが、これは今年の一月から映画の倫理綱領の徹底と質的の向上がはかられるということになつたのであります。しかしわが國における日本映画の観客の平均年齢が一九、七歳から八歳であるということは、アメリカにおける平均年齢が三十歳であるのに比べて、極端な相違があるのでありまして、映画というものが、企業としてもいかに脆弱であり、またその内容が割に低いものではないかということが、これによつて付度されるのであります。日本映画を守るためにも、この点に不断の努力が必婆ではないかと思われます。それからその六として入場税の問題であります。入場税の問題は、所轄官廳としては地方財政委員会でありますし、國会における所管は地方行政委員会に属するのでありますが、何せいろいろな展覧会、劇場映画等の入場料が十五割であるということは、大衆の負担が非常に重いということで、音樂会は事実上開催の回数が減つております一美術家も展覧会はなかなか開けないというような状態にございますので、この入場料の軽減ないしは入場税の撤廃ということが問題とされております。それで美術家の懇談会からも特にこの委員会にこの点を要望申し上げたいというので、過日書面がこちらにもたらされておるようなわけであります。さらに三月十七日にも毎日新聞社でこの点の関係者の協議がありました。それから映画でございますが、特にニュース映画、文化教育映画、この二つが今日危機に瀕しておるのでありまして、新世界ニュースとか理研二ユースは、実際上その姿を消しておりまして、日映赴のニュースだけがわずかに事業を継続しておるような状態であります。這般朝日文化賞を日映社が受けております「霜の花」とか、「生きているパン」というようないい作品を出しておるのでありますが、何せ事業がはなはだおもしろくない状態であります。入場料がかりに四十円と見積つてみますと、ニュース映画にわたる金は結局四十銭、二番館、三番館に行けば、四十銭から五銭ということになつてしまうぞうでありまして、この点は日映社側からもぜひともこの委員会にこの点お話申し上げたいということで、できれば文部委員の各位が日映社の作品その他の社の文化教育映画をごらん願つて、自分たちの言い分も聞いていただきたいという申入れを受けております。 それから最後にその七として文藝でありますが、この前の國会におきまして、松本淳造委員から、文藝家との懇談会をしたいとの御要望がありました。同時にまた文藝家協会からもこの委員会との懇談会をしたいという話があつたのであります。しかし問題がどうも当面の問題として文士作家の税金問題がありそうだつたのでありますので、この間三月二十五日に理事と評議員の合同の会合がございましたときに、私大藏委員会の專門員と一緒に出てみたのでありますが、結局問題となひました点は、著作権の相続税の問題と事業等所得税の問題、これに附帯しての地方税の問題であげます。著作権の相続税、これは菊池寛、徳田秋聲氏等の遺族にかけられております。これは著作権法に著作権の評價の方法というものはまつたく規定がないのであかまするから、これは当委員会において何らかの対策を講じていただいたらと思つておるわけであります。それから事業等所得税とそれに附帯しての地方税の問題、これは今大藏委員会の專門員に私の方から一應研究を頼んでおるようなわけであります。 それから第三の國宝、重要藝術品、史蹟名勝天然記念物ないし観光事業の問題であります。國宝、重要美術品は、その第一に散逸の点でありますが、この点につきましては、一昨昭和二十二年新國会発足早々の文化委員会の問題となり、委員会の総意に基いて福田委員長が八月三十一日に本会議で緊急質問をされまして、その際に森戸大臣はきわめて懇切丁寧、丁重に答弁をされてお切ます。それは一に関係法規の励行をやる。二に國宝、重要美術品に相当するものは指定を急ぐ、之には、それでも間に合わないときには、博物館等においてその買上げをやる、そういうふうに言われております。ところが、この重要美術品ないし國宝の指定とか、買上げに伴つて、美術品と課税という問題が起つたのであります。当時の博物館長安倍能成氏からこの点お申出がありまして、一昨年十二月二日の文化委員会で問題となつたのであります。これまた文部大臣から懇切な答弁を伺えたのでありますが、大蔵当局からは、税法の上ではいたし方がないという答弁で、結局それなりになつてしまつたのであります。 國宝、重美の問題につきましては、そのほか台帳を完備していただきたいという問題がございまして、國宝、重要美術品の目録、その所在地、所有者がどうもはつきりしていないじやないかと思われる点が間々あるわけです。それから國宝、重要美術品は保存がうまく行つていない、維持がうまくできていないという点がございます。その最もはなはだしいものとしては平泉の中尊寺とか、大分の富貴寺とか、その他例があるわけであります。平泉の中尊寺につきましては、民自党の淺利議員から、ぜひとも現場を視察してほしい、自分がいつでも連絡をとるから、文部委員の方々にその旨博えてほしいということを私言われております。法隆寺の金堂壁画の焼失の件につきましては、あとから申し上げることにいたします。それから國宝、重要美術品の関係法規、これもまた再檢討が必要ではないかと思います。 史跡各勝天然記念物関係につきましては、第一に登呂遺跡の調査発掘のことであります。これは旧文化委員会で多大の関心を寄たものでありまして、これについては一昨昭和二十二年十二月五日、本会議で福田委員長が詳細にこの登呂遺跡調査発掘の請願に関する委員長報告を述べられております。結局昨昭和二十三年度から三箇年計画をもつて全面的発掘調査を行うことになり、昨年度はとりあえず予算八十五万円というものが森戸文部大臣の非常なお骨折りによつて獲得できたのであります。この登呂遺跡の発掘によつて弥生文化と農耕との関係が明らかになり、またあの登呂遺跡の発掘によつて当時の社会機構がいよいよ明らかになるという希望が持てるのでありまして、本年度は百五十万円の予算を申し出ているはずであります。文部当局はこの点については必ずや非常な御努力をなすつておられることと思います。 それから一方また考古学的の濫掘防止のための法的措置ということがございまして、これは博物館当局と日本考古学協会と両方で今調査研究をしております。 それから旧皇室苑地の問題で、皇室が財産税にかえて物納されました苑地として東京都内では宮城の廣場と、白金御料地と、新宿御苑等がございます。これをどういうふうに扱うかにつきましては、文部、建設、厚生三省よりなる委員会ができて檢討されておりましたが、白金御料地につきましては、これは國立自然教育園として文部省所管にすることになつて、このたびその設置法案が出る運びになつております。それから新宿御苑につきましては、いつも問題になりますのが、都の管理という問題であります。浜離宮を都が管理して、ああいう状態にしたことに照しましても、われわれとしてはその点注意を拂わなければいけないじやないかと思います。この皇室苑地につきましては、昨年の夏、前の文化委会員でも一度現地の視察をしております。 それから学生生徒の社寺見学禁止の問題。これは昨年七月九日の文部省教科書局長の名前で、都道府縣知事、教員養成諸学校長あての通牒という形で、学生生徒を引率して赴寺見学をしてはいけないということになつたのです。極端に申しますと、富士山も六合目以上は淺間神社の境内でありますから、先生が生徒をひつぱつて行つてはいけない。日光の男体山も御神体でありますから、先生が生徒をひつぼつて登つてはいけないということになりますが、これらについては部分的に解決を見たところがあります。たとえば日光町においては、現地の軍政部と折衝されて、部分的な解決を見ておりますし、また文部省内におきましても、学校教育局長において今折衝されておるということであります。 その三として観光事業審議会のことであります。これは前の文化委員会の中に観光小委員会が置かれまして、観光行政の簡素化ということが問題の一つとして取上げられたのであります。結局昨年の七月十日に観光事業審議会令というものが政令として公布されまして、その主務大臣が文部大臣、厚生大臣、運輸大臣ということになつたのでありますが、今回の行政機構の政革によつて、運輸省の中に観光局が置かれるということが新聞に見えておりますので、こうなれば問題はまた逆縛するわけであります。今期の國会には、建設省から屋外廣告物法というものが提出されるということでありますが、この屋外廣告物法は、廣告ということの定義いかんによつては、たとえば新聞の号外をはりつけたらどうかというような問題が出て來るわけであります。また屋外に廣告物をはつてはいけないという場所は、史跡名勝天然記念物に指定されておる場所でありますとか、あるいは國宝、重要美術品の指定されたその近所には張つてはいけないことになつておるようでありますが、まだその確定案はできていない模様であります。 四として新聞雑誌その他著作出版に関する事項であります。この用紙の割当事務は、終戰後情報局より商工省に移され、それから総理廳に移されたものでありますが、その間に法的の裏づけがありませんでしたので、第二國会には新聞出版用紙割当事務廳設置法案が提出されて、昨年の八月三日に法律として公布され、國家行政組織法に先がけて即日に施行されております。この事務廳は用紙の絶対量に限度があつて、待つて割当の必要ありという理由に基くものでありますから、あくまでも臨時設置官廳でございまして、この設置法の附則の第三号によりまして、毎通常國会の確認を求めなければ、官廳としての継続はできないことになつております。昨年の末に、当時圓谷さんが文部委員長であられた時代に、この確認をされて、本会議においてその報告をなされておりますが、その際一言割当審議会の設置を促進されたいということを要望されておるのであります。これは政令として公布すべく目下関係当局において研究中のようであります。ただいま政党機関紙への用紙割当の問題が起つております。これはただ問題としてだけ御紹介申し上げておきます。そのほか新聞に関しましては購読調整の問題があり、プレスコードの問題があり、プレスコードの違反ということが経営者だけでなしに從業員にも及ぶという問題がございます。出版に関しましては、三月二十九日に日本出版配給会社が閉鎖機関に指定されたということでありますが、この閉鎖機関に指定されたことに伴う混乱の防止については、当局でいろいろ手を打つておるようであります。今期國会に新聞紙法出版法の廃止に関する法律というのが、法務総裁、文部大臣両者の名前で提出されるように聞いております。それから著作権法の改正の問題であります。これはなにせ外國著作権法令が不明でありますために本格的に手をつけるわけには行かない問題であります。文部省においてもわかつただけ事の外國著作権の法令は印刷しておることでありますし、またユネスコにおきましても、世界的の規模において著作権の改善の問題を研究することになつて、事務局の中に著作権問題研究事務局を置きまして、昨年より著作権法の比較調査に乗り出しております。 それから文学的及び美術的著作物保護に関するベルヌ條約、これには從来日本が加盟しておつたのでありまするが、事務局の経費分担金決定のために、六等級にわかれているうち、日本はその一等級に属しておつたのであります。ところが、一九四四年以來負担額が未拂いになつておつた関係で照会を受けたわけでありますが、日本は今度六等級——一番下の等級に下つたらどうかということになつて、結局外務大臣と文部大臣協議の結果、一月そうきまつたように承つております。しかしこれは等級はかわりましても、この條約から受ける恩典においては全然かわりはございません。 ラジオ放送に関する事項としましては、放送法案の問題がありますけれども、これは今期國会には提出を見合せのようであります。 博物館、図書館に関する事項といたしましては、博物館に関し予算の増額の問題とか、長崎分館の設置の問題がございます。図書館に関しましては、公共図書館法を今期國会に提出される御予定のようでございまするが、これに対する予算の新聞に見えておりました三十六億というものがどう相なつたかと思つている次第であります。これに附帯しまして納本制度であります。これは実は図書館運営委員会の所管事項でありまするが、文部委員会としても重大な関心を持つて來たものであります。國立國会図書館法の二十四條と二十五條において、納本制度ということが認められておるにもかかわらず、現在國立國会図書館に納本されているものは全國の図書出版の約三割にすぎない状態でありますので、これは文部委員会としても、まことに残念に考えて来たところでございます。 公民館のことにつきましては、今期國会に社会教育法案というものが提出されるやに承つております。 あと法隆寺の問題が残つていますけれども、これは私圓谷前委員長の御命令を受けておりましたので、解散中に京都、大阪に出張いたしまして、そのついでをもちまして奈良におもむいて法隆寺の現場の視察をいたした次第でございます。これは私一人が時間をとりますのもなんでございますので、委員長のお扱い次第によりまして、また後に譲つて申し上げることにいたしたいと思います。 では簡單でございますが、一應これで終ります。
○横田專門員 ただいま武藤專門員のお話申し上げましたのは文化関係のことでございますが、私は文教関係の事項だけを簡単に並べて申し上げたいと思います。 文教関係の方の当文部委員会の所管事項といたしましては、御承知の通り教育行政に関する立法と、文部行政当局の法律に関する立案の審議というようなことをやつております。こまかいことは省きまして、まず文部委員会として國家的な大局から取扱う問題として、過去から現在にわたつて残つておりますもののおもなるものを大体あげてみますと、第一に学生運動に関する問題であります。これも行政当局のいろいろな措置は講じられておると思いますが、國会としての措置は、まだ何らやられておられないように感じております。 第二に六・三制の実施状況。これも從來文部行政当局の調査の範囲内で活動して参りましたが、でき得べくんば当文部委員会でも、主体的にもつとこまかな実情調査をいたしたいと思つております。 次に御承知の教育予算の問題、さらに次には新制大学設置の問題、私立学校の最近非常に混乱に際しているときにあたつて、私立学校法、私立学校の金融関係の問題、そういつたものも、今の大きな問題として当文部委員会の一つの所管事項にかぞえられると思います。 さらに、これは一昨年の委員会からしばしば問題にされおりますことで、宗教教育の問題があります。これも当文部委員会で一昨年ちよつと論ぜられましたが、その後あまり手はつけてございませんようですし、それが文教関係の主たる所管問題と思います。 次に教育委員会関係問題といたしましては、來年の十一月から市町村にも新たに教育委員会が実施されることになつておりますので、昨年の十一月に発足しました教育委員会の実情調査ということも、まだ当文部委員会のすべきこととして残つておるように存じます。教育委員会の現在の実際活動はまだ非常に不十分なこともあり、委員会法そのものの中にも修正を要する点が多分にあると存じますが、これらも実情にあたつて十分に調査して参りたいと思つております。特にその教育委員会の問題の中でも、教員の問題とか、先ほど卑し上げました宗教教育の問題、六・三制の問題も教育委員会の所管になりましたが、これらについても、教育委員会の現在の実際の活動状況を十分に調べた上で、さらに当文部委員会で御檢討していただきたい問題だと存じております。 大体申し上げました所管事項のおもなるものは、そのようなものでございます。時間の関係ではなはだ簡單でございますがこれで終ります。 —————————————
○原委員長 それではこれより國宝保存に関する件を議題に供します。御承知のごとく最近本問題につきましては、識者の間に種々要望もありまして、当局の文化行政に、本委員会としては重大なる関心を持つものでございます。また法隆寺の災害問題等に関連しまして、國宝に対して、文部当局が行政の担当者としてどの程度のことをやつておるか、かようなことに関しまして、文部当局より責任ある御説明と御所信のほどを承りたいと存じます。大臣はちようどその筋に行つておられまするので、大臣より所信を承りますのは次会に譲りたいと思います。
○柴沼政府委員 國宝に関しましての根本の問題につきましては、大臣御出席の上で申し上げることと存じますので、ごく事務的な面から、國宝に関しまする行政の今日までの経過につきまして、御報告申し上げてみたいと存じます。 國宝建造物及び宝物類、それに重要美術品として認定されました建造物並びに宝物類、こういうものが國家の文化的な遺産としてきわめて重要な性格を持つておるということは、われわれ関係いたします者は、もちろん非常に大事に考えておるものでございますが、わが國の特殊な歴史的事情から、これら認定しましたもの並びに今後さらに調査いたしまして、認定、指定すべきものは相当数の多い見込みに相なつております。今日までに指定されましたものは、國宝におきましては、建造物で千八百二件、宝物類で五千五百八十六件、重要美術品におきましては、建造物が三百四十六件、宝物類で七千三百三件と相なつておるのでございます。これらのものはいずれも相当年代を経過しております関係から、ほとんどすべてのものが手入れあるいは相当な修理を加えることを必要といたしておるのでありまするが、特にその中の建造物につきましては、その大部分が木造建造物であります関係上、相当ないたみ方をいたしておるのでありまして、專門的な目から見ますならば、國宝として指定されました千八百余の物ほとんどが、ただちに修理に着手しなければならぬほど破損の程度がはげしいと申してもよろしいというほどであります。 明治三十年に古社寺保存法が制定されまして以来、今日まで約八百五十棟ほど修理を完了いたしておるのでありますが、なお手をつけないものが差引きまして、実に一千ほどありまするし、またすでに修理したものでも、再修理を要するものもまた必ずしも少くないような次第でございます。しかし実際にこれが修理は、現在の國宝保存法では、所有者がいたすのが建前と相なつておるのでありまして、國はそれに対して補助金と交付する。それから補助金の交付も、実は杜寺に交付するのが原則でございまして、むろんその他の場合もありまするが、原則はそういうふうなことに相なつております。從つて國の方ではできるだけこれが補助金の計上を多くして参るというのがわれわれの任務と相なつおるのでありまするが、遺憾ながら今日までの情勢におきましては、より緊急なものとせられます案件が多いために、なかなかこの文化方面に予算が多分にまわされるという事態に参りませんで、われわれといたしましては、非常に残念に存じておる次第でございます。これらの國宝のうち法隆寺につきましては、これは建造物並びに宝物ともにわが國で第一級とでも申しますか、ほとんど最高と申してもよいほど最要な地位を占めておるように申されております。そのうち宝物につきましては、昭和九年の法隆寺の十箇年修理計画に基きまして、修理に着手いたしましたあとに、もし万一のことがあつてはというので、実はコンクリートの宝藏を二棟建立いたしまして、それに重要なものを御納するようにいたしておつたのでありますが、建造物につきましては、それが木造であるために、火災の予防につきまして当初から相当くめんをいたしておりまして、実は修理の済みましたものにつきましては、能美式と申す警火装置を装置いたしまして——これは非常に敏感な反照をいたす警報の装置でありますが、これをつけまして、その警火装置のもとを法隆寺修理事務所にひつぱつて参りまして、そこで宿直をしておつて監視をするという方法をとつておつたのでありますが、戰争中のいろいろな事情から、これらの警火装置につきましても生産がすでにできなくなつておりまして、そのためにその後のものにつきましては、警火装置もまだ十分にできておらないのであります。ただ金堂につきましては、五重塔と並んであそこの建物の中のさらに中心的なものでもありますので、金堂の修理だけで四箇所、さらに塔の方にもその程度のものでありますが、消火栓をつけまして、五重の塔の頂上まで届く程度の水圧をも。た消火用水は用意いたしたのであります。しかと実は申し上げるまでもなく、水をもつて火を消すような事態に相なりましては、國宝のものは、物の價値が必ず減殺されるわけでございまして、これらの消火設備なるものは、実はまことに消極的なものであり、また実際の役の立ち方につきましても、相当の疑問があるわけであります。一月二十六日に金堂の内部に火災が起りましたが、これは檢察当局の調べによりますと、一應電氣座蒲團がその原因であるということに相なつておるのでありまするが、まことに申訳のない次第であります。從來念には念を入れて火氣を遠ざけておりましたところへ、どういうかげんか、本年に限つて電氣座蒲團が冬期利用されるというような事実がございました。そのために火災を起しまして、金堂の内面が一様に損害を受けました。木部におきましては、約一寸弱の程度にまで燃え、壁画は火と消火用水のためにその色彩が全部剥落し、一部分は穴が明くというような、非常に申訳のない事態を招来いたしてしまつたのであります。早速現地に行きまして、これが対策を講じました。専門家の意見も徴しまして、少くともこれ以上の損害を生ぜしめないようにという念願のもとに、大体維持手当をいたして参つております。現在焼け残りました現状の剥落を防止するために、アクリル樹脂をもつてその顔料を壁面に固著するという方法を専門家の手によつて実施しておりまして、さらに年度がかわりましたならば、必要な調査が終り次第これを解体して、根本から修理をし直すというようなことも、目下計画いたしておるような次第であります。関係者といたしまして、世界にかけがえのないものの焼失を見るに至りましたことを、深くおわび申し上げる次第でございます。非常に簡単でございまするが、いずれお尋ねによりましてさらに詳しく申し上げたいと存じます。一應從来の経過につきまして、御報告申し上げたような次第でございます。
○原委員長 どなたか御質問ございますか。
○水谷(昇)委員 ただいま法隆寺の焼失の詳細を承つたのでありますが、私どもはこれをまだ洞察しておりませんので、一應文部委員会として視察をいたしまして、善処する必要があると思います。視察の件の動議を提出いたします。
○原委員長 ただいま水谷委員から、出張の件につきまして動議が出ましたが、皆さんの御意見を承りたいと思います。
○水谷(昇)委員 なおそれにつけ加えて、中尊寺も視察したいと思います。
○原委員長 平泉の中尊寺も國宝としては重要なものでありまするが、地理的にわかれておりますので、一應法隆寺だけの問題を進めたらいかがでしよう。
○松本(七)委員 視察することには異議はございませんが、その時期等の問題で、現在非常に差迫つた重要な問題もほかにありますし、一應大臣の出席を求めて詳しく事情を聞いて、その上であらためて私の党としても視察の時期等を檢討してみたい。そうしませんと、ちよつとここで具体的に視察の時期などをきめるわけには参らないと思います。
○今野委員 大体松本君と同じ意見ですが、今日は大臣も見え七ないので、責任の問題とか、そういう問題について私たちの方で調べた結果もありますけれども、どうも十分な討論はできないと思いますから、できるならばこの次にまわして、本日はせつかく日教組の人たちも来ていることで、時間もずいぶんたつたようですから、これでおしまいにしたらどうかと思います。
○松本(七)委員 この法隆寺問題は次会に譲つて、今、今野さんが言われたようにあらためてやるということで、本日はなるべく早く懇談会を開いていただきたいということと、この機会に、それに関連して委員長にお願いしておきたいのは、先ほど武藤さんから御報告がありました用紙割当委員会の現在いろいろ問題になつている政党機関紙の割当だとか、そういうものについて、各党ともいろいろ懇談会を持つて党の意見などを聞いておるようですが、委員会の経過等も、本委員会として至急に檢討する必要があろうと思います。ぜひ割当委員会の当局を呼んで説明を聽取する機会を早くつくつていただきたい。 それから昨年学術会議法ができまして、学術会議がすでに発足しておりますので、いろいろな問題に関連して学術会議との懇談会もぜひ持つて行きたい。この二つの点を委員長によろしくとりはからつていただきたいと思います。
○今野委員 なおそれに関連してですけれども、案件が非常にたくさんあり、また本会議等の関係などで時間がとられがちでありますから、できるならば今後午前中に開くようにしていただきたい。
○原委員長 承知しました。
○今野委員 それからできるならば、予算などの関係もありますから、今後少し頻繁に開かなければならぬのじやないかというふうに考えます。
○原委員長 ごもつともであります。先ほど松本委員から動議のありました用紙割当委員会の説明を聞くことにとりはからいたいと思いますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○原委員長 次会にさようとりはかろうようにいたします。 それから法隆寺の焼失の見学と申しますか、出張の件でございますが、皆さん大体いつごろがよろしゆうございますか。
○受田委員 これは追加予算が提出されたところであるし、全部の議員がそれぞれの立場で活動を開始しなければならぬのでありますから、派遣される議員の数はきわめて少数にとどめて全体の委員会の運営に支障がない程度にし、それぞれの委員会の構成を小委員会にわけて、六三予算の問題と関連する教育予算関係の委員、教育法規の委員、また文化関係の委員とかいうふうに小委員会を幾つもわけて、專門的に調査されるような方法をとられて、この委員会がだらだらにならないように、能率的にできるようにされてはどうかと思います。 それから、そうなれば法隆寺の方へなるべく早い機会に——松本さんの方からも君われましたが、早い機会にこれを実現されて、特にこのような問題は世界的な文化問題でゆるがせにできないことでりますので、われわれ文部委員会の権威においても、これをひとつ早急に解決しなければならぬと思います。 それから今横田專門員からお話がありました中に、体育が抜けておりましたが、この体育のような問題とか、宗教とか、こういう一般的な教育問題も廣くこれに手をつけて、われわれ文部委員会は一城一部の主ではなくて、國全体の文化、文教を担当しているという権威を持たせたいと思いますので、今日せつかくこうして所管事項について説明があつた機会に、われわれ委員がわれわれ文部委員会の担当する事項はどういうことであるかを再確認したことでもあるのでありますので、この機会に自分が特に專門的にやりたいという事柄を各自がひとつ取守つて、全体の線と部分の線とのはつきりした運営がほしいと思うのです。
○岡(延)委員 ただいま共産党の委員の方から日教組の関係があるからというお話でしたが、それは文部委員との関連においてでしようか。
○今野委員 そうです。それはこの前かその前かの文部委員会で決定した文部委員会との懇談会をやる、そういうことです。
○原委員長 それではただいま受田君の御動議がありましたが、委員長としてはこういうふうに考えておるのでございます。まことに小委員会をつくるということは能率的であり、よろしゆうございますけれども、全体の委員が、文部委員会として全般にわたることができないというきらいもあるのでございます。そうしてまたがつて前國会の委員会においては小委員会の人数が少いために、うまくはかどらぬという例も聞いております。まことに一長一短ありますので、皆さんの御意見を承つて、小委員会をつくるならつくるようにいたしたいと思います。
○今野委員 まだ一回も理事会を開いておりませんから、早急に明日でも理事会を開いて、そういう運営のことについて少し相談したらどうかと思います。
○原委員長 さよういたします。受田君の御動議はそのようにいたしてよろしゆうございますか。さようとりはからいます。
○圓谷委員 先ほど一番の問題になつております六・三制の予算については、委員長から大体十五億程度が見込まれているということを伺いましたが、これは確定的でなくて委員長の想像だと思うのです。これだけで満足できないのですが、すでに予算案が提出されることになつておりますし、この上とも五百億のわく内において操作ができるならば、いま一段の御努力をお願いしたいと思います。これについて文部大臣に今日ひとつ会つていただいて、その内容の方も——私も額のことがはつきりしていないのです。党内においてもその額がはつきりしていない。五百億のわく内におい操作が許されるとするならば、もう少し努力したいという考えを持つておりますが、この点もおとりはからい願いたい。そうしてあと文部委員会をまた明日にでも明後日にでも開くように、ひとつおとりはからい願いたいと思います。
○渡部委員 この前の委員会で、われわれは六・三新制学校の建設費の問題について、満場一致で申合せを決定したはずであつたのです。ところがあの申合せというものは、文部委員会の決意を表わしたものであつて、あれはどうしても実現させなければならぬ。ことに今日では御存じのように地方のあらゆる層から、われわれの決定した方向に向つて実現されたいという御要望が出ている。われわれはこの国民の声をはつきり責任をもつて確認した上で、われわれがあの委員会で決定した事項を処理して行かなければならぬ。われわれは單にあれを決議として終らしめたくない。あれを決議として終らしめないためには、われわれとしては財政上の実際問題を解決して行くために、委員会としても全力をあげる必要がある。そこでわれわれはすぐ予算委員会との共同の審議会を持つて、そうしてわれわれ全員一致をもつて決定じた方向が確実に実現できるように、強力に折衝する必要があると同時に、われわれの決定した意見が全國民の要望と一致して遂行されて行くように、全國的な國民運動を起す必要がある。そこまでの決意をわれわれはあの申合せをするときにしているはずだと思うのであります。従つて私が今日第一に提示したい問題は、予算委員会との共同の審議会を持つてほしいということであります。もしもわれわれが決議を決議として終らしめるような習慣がついたならば、われわれの決議するという意味はないわけです。ぜひともそういう方向をとつていただきたいし、委員の諸君もそれだけの決意を持つて腹をきめてかかつていただきたい。
○原委員長 御意見のほどは十分わかりました。明日の理事会でよく御相談の上決定したいと思います。 ほかに御意見がなければ、本日はこれで散会いたします。 午後四時八分散会