地方行政委員会 第22号
- 発言数
- 55 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1949/05/14
会議録
○川西委員長代理 これより会議を開きます。 委員長が都合により出席できかねますので、指名により委員長の職務を代行いたします。 日程を変更いたしまして、去る五月十一日、本委員会に付託されました道路交通取締法の一部を改正する法律案、内閣提出第一九七号を議題として、まず政府より提案理由の説明を聽取いたします。樋貝國務大臣。 —————————————
○樋貝國務大臣 ただいま御審議を願いましたところの道路交通取締法の一部を改正する法律案の提案理由の御説明を申し上げます。 最近におきまして、自動車など高速度交通機関の著しい増加によりまして、道路における交通はとみに混雜の度を増して参つたのでありますが、これに伴いまして、交通事故発生の危險も著しく増大しているのであります。事実道路上における交通事故の件数は、終戰以來増加の一途をたどつており、それによる悲惨な死傷者も日々想像以上の数に上つているのであります。 現行道路取締法は昭和二十二年十一月に制定され、翌二十三年一月から施行されたものでありますが、現在の道路上における交通の実情や、交通事故累増の傾向を考えますと、現行法ではこれに対應するにいまだ不十分のうらみがあるのであります。このような見地から、まず歩行者と車馬との間の事故を防止するために、歩行者は原則として道路の右側を通行することとし、歩行者と車馬とが道路の同じ側で相対面して通行する方式、いわゆる対面交通を採用することにいたしました。次に交叉点における車馬の交通の円滑をはかるために、自動車の右折を、いわゆる小廻りの方法といたしました。またこれに伴つて、交叉点を横断する歩行者の安全がおびやかされないよう、これを保護する規定、その他車馬相互間の通行の順位に関する規定を整備し、もつて交叉点における事故防止をはかることにしたほか、若干の改正をいたしたいと存ずるのであります。 以上の主旨によりましてこの法律案を提出いたした次第であります。何とぞ愼重御審議あらんこてを御願いいたします。
○川西委員長代理 これより質疑に入ります。質疑はこれを許します。川本君。
○川本委員 ただいまの御説明によりますと、第三條の歩行者を右側通行せしめるということに御改正のようでありますが、はたして現在の日本の道路の状態から行きまして、これを急にとりかえることの方が、むしろ今の大臣の御説明にありまするように、事故を防止するという点からいつたら、より多く犠牲者を出すのではないかと思われまするが、まずその点について承りたいと思います。
○樋貝國務大臣 この点はこまかいような大きいような、わかりのいいような惡いような感じがする、どちらともつかぬ議論であつて、実は長い間この点について考えておつたのであります。今日世界の各國ともに対面通行の方式をとつておるそうでありまして、イギリスにおいても戰時中までは左側を通行しておつたのが、今日は逆の方向を通行させるということになりましたそうで、大体自動車よりも歩行者の方が御承知のごとくのろいものですから、うしろから行きました場合に引つかけることの方が多くて、対面通行の方が自動車の來ることを早くから知つておるものですから、よけて自動車が早く通れる、こういうような傾向になるそうで、今お話のごとくに、長い間の慣習であつたものですから、その慣習をとりかえるのはよほど厄介だろうというわけで、この附則もほとんど例のないくらい、十一月の一日からこれを施行するということになりまして、これまでに十分周知の方法を講じたいと思つておりました。御承知のようにこの法案によりますと、人道、車道の区別のないところだけこの方法によりますが、人道、車道の区別のあるところは、人は人道の方を通りますから、右を通るか、左を通るかというようなことについては、この法律は人道については触れておりませんし、また人道、車道の区別のあるところでも、人については罰則の適用はないことになつております。そういうようなわけで、その点では大分意を用いまして、いずれにすべきかということを考えたのでありますけれども、だんだん車がふえるのだから、今のときにこういうふうにやらなければ、あとで事故が起つて見殺しにしなければならぬというわけで、日本は軍が左を通るようにできておりますから、結局人の方を右にする、こういうことになつたわけであります。いろいろ御質問もございましようが、今御質問の点はそれだけであります。
○川本委員 今の大臣の御説明によりますと、歩道と車道の区別のあるところは、普通の通行者は左側を行つてもさしつかえないというように規定を御改正になるそうでありますが、むしろこれがかえつて混乱に陷らしめる原因じやないかと思われます。日本人のように、現在の社会秩序の道徳観念から行きまして、右を通つても左を通つてもいいというようなことをすれば、かえつてその習慣がいつまでたつても、今の人道、車道の区別のないところは、同じように左を行くというようなくせが拔け切れないのじやないかと思います。むしろ私はこの案に対してはあまり賛成はしかねる。ことさら外國がそういうことをしておるから、日本もだんだんそういうふうにして行かなければいけないということは、どうも過去における日本人の惡いくせで、人がやるとすぐそれをまねをして行くという、さる知惠のような感がしまして、外國がやつても日本の國情に沿わないことは、ことさらこれをやる必要はないという考えを私は持つております。特にどうしてもこれをやらなければならぬという御意見ならば、むしろ人道、車道の区別のある道路におきましても、右側通行を励行させるということで、習慣的に右に持つて行くということならば、比較的効果が早く現われるかもしれないと思いますが、依然として右左を自由に撰択させるということになれば、都会におきまする道路はさほど問題でないかもしれませんが、いなかへ参りますると、まつたく狭い道路で、そこへ長い間の習慣と、訓練の行き届いていない現在の日本人をして、右に行く者も左に行く者も、むしろそのためにめちやめちやになるということを私どもは考えております。そうした実例は当局の方へは報告が來ているか存じませんが、たしか一昨年あたり、愛知縣では一時この右側通行ということをやつた。対面通行ということで私どもずいぶん惑わされたのです。今日出ている表も見あきるほど見たのですが、その結果いつの間にかもとの左側通行にとりかえたわけですけれども、それがどういうわけでそういうふうにとりかえたかという点と、それから最初に申し上げました人道、車道の区別のあるところは、むしろ右側通行なら右側通行ということに、いつそそれをおかえになるお氣持はおありになるかどうかという点を承りたいと思います。
○樋貝國務大臣 私の言葉が足りなかつた点もありましようけれども、この法律では区別のあるところには触れないということを申し上げたのです。しかし外國でもあるがごとくに、習慣で日本では右側を通行させることをならさせるつもりでおります。その間約半年くらいあつたら、十分になれて行くだろうというわけで、すぐに実行しなかつたわけであります。從つて通行する場合においても、現在は左ですけれども、特殊の事情がない限りには、右を歩かせるというぐあいになれさせるつもりでおります。その点申し上げなくて、この法律では別にそれに触れておりませんということを申し上げただけでありましたが、そのつもりでおりました。それから福岡あるいは名古屋等において、右側通行のゆわゆる対面通行をやりましたのをやめたのについては、地方だけでああいうことをやりましても、目的を十分に達しないというようなことで、その成績は必ずしも惡くはなかつたのですが、とりやめてしまつたような例があります。それから現在において、御承知の通りに進駐軍方面の車は右まわりをやつておりまするし、通面交通ではありませんけれども、日本のだけが待つておるというような状態になつておるものですから、どうもこの法律も改正しなければならぬというようなことで、ついでに主眼となつている対面通行の点も解決した方がよろしかろうということで行きましたわけであります。それから決して政府が外國でやつているからと模倣するわけではありませんで、これにはいろいろな事情がありましたために、政府内におきましても、どうしたものかという心配もありましたけれども、結局この方式によることがよろしかろう、今においてこの方式をとることがよろしかろうということで、こうなりましたわけで、ただ外國の模倣をしたというだけの事情ではないのであります。そのいろいろの事情を申し上げたいのですけれども、ここでは露骨にそういうことを申し上げかねる事情なのであります。
○川本委員 大体大臣の御説明で了承はいたしましたが、先ほど伺いました車道、歩道の区別の場合に、これを左側通行ということに自由にせずに、同じように右側ということに規定せられます御意思と御自由はお持ちになつておりませんか。
○樺山説明員 歩道と車道の区別のあります場合に、歩道の左側を歩く問題につきましては、この法律にはきめておりませんで、現在はこの法律に基きます道路交通取締令というものによりましてきめております。それによりますと、第八條に歩道と車道の区別のある道路においては、歩行者は道路の右側の歩道を通行することができるが、その歩道の左側によらなければならない、こういう規定になつております。現在は左側通行でございますから、こういうふうになつておりますが、今度右側通行にいたしました場合に、歩車道の区別のある場合におきましては、必ずしもその道路の右側の歩道を歩かなくてもいい、左側を歩いてもさしつかえない、しかしながら左側の歩道を歩きます場合におきましても、道路の右側によりまして歩くようにして行くということで、その点につきましては命令の規定をさように改めまして、すべての場合に歩行者は道路の右側を歩くということを、一樣に徹底してやつて行きたいというふうに考えております。
○川本委員 今の御説明によりますると、わかつたようなわからないような感じがいたしまするが、右側のうちの左側を通るのだとか、左側のうちの右側を通るのだとかいうような、ややこしいことをいつそやめて、右側ならば右側だけしか通れないということにしなければ、現在の日本人にはだめだと思う。このややこしい規定は、取締られる皆さんの方ではよくおわかりになるかもしれないけれども、実際の民衆というものは、表を歩くのに、外國人のように、現在の日本人ではさほど秩序は保てていないのですから、法律を改められる場合に、ただ取締られる方の人のむずかしい考えだけをもたないで、むしろ單純にして、右なら右と一つにきめてしまうということの方がいい。それを歩行者の場合は左を歩いてもいいのだ、右側のうちの左を歩けとかいうのか、混乱に陷れる最大の原因だと考えられますから、これは右ならば右と、すべての法律をはつきりかえるというお考えはないのですか。
○樺山説明員 この表現が非常にむずかしい言葉になつているものですから、たいへんむずかしいような感じにとつていただくようですが、現在におきましても左側通行をやつております場合には、たとえば銀座通りにいたしますと、銀座通りの左側の歩道だけを歩くということにいたしますと、実際上は非常に困るわけでございまして、やはり右側も歩ける、しかしながら右側を歩く場合におきましても、左側通行をして行くというのが現在の状況でございます。從いまして今度右側通行になりました場合でも、やはり歩道はどちらでも両方の歩道を通つていいのだ、しかしながら通る場合には、やはり右側を歩くのだ、こういうことを歩道のある場合におきましても、あるいはまた歩道のない場合におきましても、その右側を歩くということをはつきりいたしておきますれば、ただいまのお話のような点は、実際問題といたしましては、それほど混乱しないのじやないかという感じを持つておりまして、むしろ統一いたしますために右側を皆歩く。歩道のある場合におきましても、右側の歩道を歩けないということになりますと、実際問題として非常な不便がありまして、これを慣習づける上におきましても不自然じやないかという感じでございまして、その点はやはり先ほど御説明申し上げましたように、両方の歩道を歩けるんだということは、実際問題としては、その程度の余裕をとつておくことが、かえつて実際の通行の現実に合うのじやないかということを考えております。
○川本委員 これから先はいくらお話をしても、それこそ左側と右側を歩くものでありまして、一緒にはなれないと思いまするが、巧みな御説明によりまして、銀座通りの例を引かれたので、ほぼわかつては参つておりまするけれども、私は実際問題としてあまり感心しないと思うことは、右側を歩くことそれ自岩が、日本人にして急にそういうことをすれば、必ず事故が激増することは火をみるよりも明らかだ。それよりも現在のままで、これを今のような無秩序な状態でなく、もう少し車馬などに相当な注意を加えて行きさえすれば、私はその他がいいと思いまするが、いくら話しましても、これは帰着するところはないと思いますので、この辺で質疑を打切ります。
○川西委員長代理 御相談申し上げますが、おさしつかえなければ、政府委員に図によつて説明していただこうと思いますが、御異議ありませんか。 〔「異議ない」と呼ぶ者あり〕
○川西委員長代理 それでは樺山説明員。
○樺山説明員 改正案の第三條、ただいま御説明申し上げましたのを図面に表わしますと、一番右にあります図面であります。この図面に從いまして、現在はこちらの交通によりまして、道路の左側を、車も人も同じ方向を向いて歩き、あるいは進行しておるのであります。從いまして、車が人を追越します場合におきましては、人は車の警笛のみによりまして、車があとから來たということを知るよりほかにないのでございます。それから車の方の側から申しますと、晝間もそうでありますが、ことに夜間におきましては、雨が降りますとか、暗くなつたというような理由でもつて、ヘツドライトその他をともしましても、前に行きます黒い影というものがなかなか発見できないものだそうでありまして、そういう意味におきまして、両方の立場から、同じ方向を向いて道路の一つの側を歩くということは、交通の安全、危險防止という点から言いましては、むしろ不合理な歩き方でありまして、それを今回改正いたしたいと存じまする対面通行の方法によりますと、道路のこちらの側におきまして車が從前の通りに左を動いて参ります。反対に歩行者は從來同じ方向を歩いて参りましたものが、右側を歩くようになりますために、車が前方より來るのが自分の目で見えまするし、なお警笛等によりまして、音でわかります。從いまして目と耳両方から車の存在を認識することができまするので、危險防止の点から申しましては一番合理的でもございまするし、また実際的でもあると私どもは考えるのでございます。 それから改正の第二の要点は、交叉点におきまして車が右に曲り、あるいは左に曲る場合の規定を改正したいと存じまするのは、從來は、一番向うの図にありますように、車がこちらから参りまして右に曲ろうといたします場合には、道路のこの交叉点の範囲がこれだけになつておりますが、交叉点の外側をずつとまわりまして、ここで一ぺん待つております。そうしてこつち側の交通信号が青になりました場合に、初めて右に曲るという方法をとつております。それから左に曲ります場合には、これはこちらの青の信号の場合に、ずつと通り拔けて左に曲る、こういうのが現在の方法でございます。これを今回改正いたしたいと思いますのは、左に曲ります場合は大体現在と同じでございますが、右に曲ります場合に、交叉点の中心のすぐ近くの外側をまわつて右へ曲る、こういうふうに改正したいと存ずるのであります。從いまして、実際の交通の流れといたしましては、こちらが進めが出ました場合に、まつすぐ道路の交叉点の中心に近づいて参りまして、徐行いたしまして、こちらが進めの信号にならない場合、赤信号でありましても、このままずつと右側へまわつて拔ける。こういう方法を採用したいと思うのであります。從來は、外側をまわりまして一ぺん待つていて、それから青の信号が出ました場合に行つたのでありますが、こういう方法になりますと、車の通行が非常に円滑になるわけであります。交叉点を通り拔けます時間も少くなりまするし、交叉点全体といたしまして、一時にたくさんの交通量が集積するということがなくて、右に曲る車が早く曲れるという利点がございます。從いまして、これは車を運轉いたします側から申しますと、むしろ非常に都合のいい規定に改正になるのでございまして、從いましてその反面に道路の横断歩道を横断いたしております歩行者にとりまして、多少苦痛を感ずるということにならざるを得ないのでございます。こちらが赤信号の場合でありますから、歩行者はこういうふうに横断歩道を通つております場合に、車が曲つてこう参りますので、その間の相互の交通の順位、たとえば右に曲りまする車が、横断歩道を歩行しておりまする歩行者を妨げないようにこれをつき拔ける、というような規定を、今回新たに條文の中に入れてあるのでございます。改正のごく要点、ポイントといたしましての御説明は以上でございます。
○龍野委員 質問に入りまする前に、ちよつとお尋ねいたしたいことは、先ほどの大臣の御説明によりますると、各國の例でも大部分は右側通行であるというようなお話でありましたが、各國の例では、その右側通行はやはり全國通じてやつておるのでありますか。あるいはニユーヨークとかロンドンとかパリとかベルリン、そういつたような大都市はそういう制度になつておるけれども、いなかの道までも含んでおるかどうかというような実例をちよつと知らしていただきたい。 それからその次は、日本における道路交通取締法というものは、道路という道路は全部これが取締りの適用になつておるかどうか、あるいは一定資格以上の道路に対してのみ、この取締りが適用になるのであるか。それから運轉免許の試驗をする者は大体たれであるか。この三点をちよつとお伺いしたいと思います。
○樋貝國務大臣 第一点の点だけお答え申し上げます。実はアメリカなどでは車は右、人間は左ということになつております。日本では車の方をとても右にはできませんので、それで近ごろ歩いております人の方を逆な方向をとらせようという考えを持つております。車を動かすのはたいへんでありますから、そこでけが人の少いようにと、対面通行をさせることになつております。ただいま申し上げましたようなわけでありまして、必ずしも日本と全然同じ方向をとつておるわけではないのであります。それから全國について同樣であるか、地方においてだけ外國と同樣であるかということでありますが、これはいずれの國においても全國一樣な形式によつております。日本でも全國同じ形式で行きたいと考えております。
○樺山説明員 御質問の第二点と第三点は、私からお答え申し上げますが、道路の定義は道路交通取締法の第二條にございまして、「道路とは、道路法による道路、自動車道及び一般交通の用の供するその他の場所をいう。」というふうに規定されてありますので、この範囲におきまして道路をきめて、この法律の適用の対象にいたしておるのでございます。 それから第三点の自動車運轉手の試驗並びに免許の問題でございますが、自動車運轉手の試驗をいたしますのは、都道府縣の公安委員会、または内閣総理大臣の指定したものというふうに法律でなつておるのでありまして、現在におきましては各都道府縣の公安委員会並びに内閣総理大臣の指定によりまして、東京都、大阪市この二つの自治体の公安委員会におきまして実際の試驗を行つております。なお試驗の合格者に対しまして運轉免許証を交付いたしますが、その点についてはそれぞれの都道府縣公安委員会あるいは市町村公安委員会において、運轉免許証を交付することになつております。
○龍野委員 ただいまの御説明でその点事実はわかりましたのでありますが、大体右側、左側の問題は、一利一害の問題で、どちらから見てもいろいろりくつのあることだろうと思います。私が日本における左側通行の沿革というものについて聞いたところによりますと、日本人は昔から刀をさしておる関係で、人の右に出れば拔打ちされる。從つて左に左にと寄る。自己防衞のために左側を通るようになつたのだということを聞いております。それが何百年にわたる傳統の結果、日本人は默つておれば左を歩くというふうに習慣づけられておるということを聞いております。進駐軍が進駐されて、一時二、三の縣では、右側通行をやつたこともありますが、何としても励行できないために、また大体目下のところでは左側通行にかえておるような状況であります。このたび、また新しく法律が改正されまして、左側通行になるということになりますれば、いわゆる朝令暮改の標本みたいなものになりまして、民衆はさぞかし迷惑するのではなかろうかと思うのであります。現に福岡市のごときは、電車のいろいろなポスターやビラ等には、まだ右側通行ということが載つております。しかし実際は左側通行になつておる。それがまた今度は燒き捨てるようなビラが出て來るということになりまして、民衆は実に奔命に疲れるというようなことになりはせぬかということを心配するのであります。しかし右側通行の問題は、一利一害、必ずしも絶対的でなければならぬとは私は考えておりません。はたして今日右側通行でよいか、左側通行でよいかということは、大局的に判断すべき問題だろうと思うのであります。ことにこの問題は、道路の種類と申しますか、あるいは構造と申しますか、そういうものによつて非常に違うと思うのであります。車道、人道の区別のあるようなところでは、これはほとんど問題はありません。人道のところを人が通ればよろしいし、車道のところは車が通ればよろしいのでありますから、ほとんど問題はない。車道のところを人間が歩くからこそいろいろ故障が起るのではないかと思いますが、問題はそれからもう一つ、いなかの道は右側にしようとか、左側にしようとか申しましても、車が通るのはまん中を通るよりほかありません。西洋の道路のように、坦々たる道路は自動車が同じ道を自由に交叉できるのでありますが、田舍の町村道あるいは府縣道にいたしましても、道のまん中を通らなければ自動車は通れない。むしろ向うと向い合う場合には避けなければならぬというのが、今日の実情であります。そういうところに人間を左側に歩けとか、右側を歩けと言つたところで、あるいは後ろから來る車は注意ができないけれども、前から來る車は注意ができると言つてみたところで、自動車そのものはまん中を歩く以外に方法がないのでありますから、あまり私は右側左側の問題はなかろうかと思うのであります。問題はその中間に属する相当幅の廣い道で、しかも車道、人道のあまり区別がないようなところ、これはなるほど相当の対策を講じて行かなければ危險を生ずるのではないかと思うのであります。從いまして右側、左側をきめるというような朝令暮改な方法よりも、どうしたならば交通事故を少くするかということから、この道路取締規則を考えるならば、私はむしろこの道路取締法の適用になる道路は、こういう道路に限る、また一定幅員以上の道路は必ず人道、車道の区別を設けなければならぬというような、そういう見地から道路取締法を考えるべきじやないかと思うのであります。本法の二十三條によりますと、道路を通行する諸車、軌道車はいろいろな危險防止の装置をいたさなければならぬということがありますが、道そのものも私は危險防止のために、この道路取締法によつてその道路を管理する者に対して人道、車道の区別を設けるように命令することができるというようにするのが、最も必要ではなかろうかと存ずるのであります。それがために非常な建設費がいるのじやないかというような問題もありましよう。しかしながら必ずしも人道、歩道を東京のまん中のように区別する必要はない。何とか線を明示さえできればけつこうであります。そういうような方法をとることが、まず対策として大事な問題ではなかろうかというふうに存ずるのであります。これらの点について道路取締法で、はたしてそこまで考えられるかどうか。 それからもう一つお尋ねいたしたいのは、今日の道路取締りの実際は、取締官が交通違反者をつかまえて、道のまん中で、交通を止めているというようなことを、われわれどこへ行つても見る実情であります。それがかえつて交通妨害になつている。こういうような、取締りの警察官が交通妨害をしている事実に対して、これは法律ではどうにもできないでしようが、そういう道路交通妨害の対策を考えるような方面で行くべきであつて、むやみやたらに、今までの慣行を変更することは、それが致命的な問題であるならば、むろんそれがいかに何百年來の慣行といえども、われわれはただちに改正しなければならぬと思いますけれども、一利一害の問題を、ただ單にりくつの上から行つて、しかもそのりくつが、欧米の道路のような大きな道路に行われる例をもつて、ただちに日本にあてはめるようなことはいかがかと存ずるのでありますが、この辺についての御見解を承りたいと考えるのであります。
○樋貝國務大臣 今御質問の一、二の点についてお答えいたします。徳川時代のはちよつとお記憶違いかと思います。あれは封建時代の話ですけれども、武士は拔打ちがきくから、右を通らなければいけないということになつたわけで、左を通ると拔打ちがきくが、右を通ると拔打ちがきかないから徳川時代の武士の階級では右にされたようなわけで、右と左とちよつと違つたと思います。これは余談ですけれども、現在でも進駐軍方面では皆右小まわりをやつているのですが、二、三の縣でやりましたのは、どうもその縣だけじや困るからというので、二、三箇月くらいでたいていやめましたけれども、進駐軍方面ではなれておつたので、右小まわりでやつたというような状態で、現在も、先日私神戸、大阪方面へ参りましたときにやつておりました。また横浜でもやつているし、東京でも、この間氣をつけて見ましたところ、やはりやつているようなわけで、日本人の車だけが待つているような状態が現在の実情です。どうも小まわりにまわつた方がよかろうというような考えを持つております。 それから人道、車道を区別すると、お説の通りやはりいなかへ行きますと、道一ぱいに人間が歩いておつて、実際まん中を歩けない状態ですが、これはやはり向い合えば、車が向うから來るなというわけで、端へよけることもできます。そうでないと、急にびつくりして、飛び上つたというようなお婆さんなどを、ずいぶん見るのですが、ああいうようなことがなくなるだろう。人道、車道を区別することは理想的ですけれども、これは費用が非常にかかるし、國民の負担になることであるし、現在においては資材その他の関係で実行できない。ですから、しばらくの間この点はあとまわしにして、歩き方だけ直したいということでありましたので、今回の改正は、慣習から言いますと、急に改正しなければならないから、その点非常に混乱があると思いますけれども、当事者として十分に人がなれるように、布告なりその他の手続をとることにしまして、この方法でやつてみた方がよかろう、その方が混乱がなかろう。ことにだんだん車もふえて参ります。最近まで十六万台であつたのが、今二十五万ぐらいに車の数がふえましたし、だんだんこれから車がふえて、急ぎの者は歩行の方がいい。自動車は遅いというロンドンのような状態が現出されるおそれがあるのでありまして、今にして思い切つて改正した方がいいだろうというのが、今回の改正の主眼点であります。それらの点について、なお事務当局からも詳しいこと申し上げますけれども、いろいろそんな点を考慮いたしまして、今度の改正をこの際ぜひしておきたい。それには相当長い周知の期間を與えてやらなければいけないだろうということを考えているような次第であります。その辺ぜひとくとお考え願いたいと思います。
○龍野委員 ちよつとお伺いしますが、交通取締規則で、人道、車道の区別があるところで、車道を歩いておる人に対しては何か罰則がありますか。
○樺山説明員 歩車道の区別があります場合に、車道を歩けますのは、第四條に書いてございますように、「学生生徒の隊列、葬列その他の行列は、車道を通行することができる」というふうに書いてございます。從いまして、これ以外のものが車道を歩きました場合には、罰則があるのであります。
○龍野委員 東京のことは私いなかですから、わかりませんが、ちようど福岡ぐらいの都会になりますと、自動車もさることながら、自轉車というものが交通機関として非常におびただしい数に上つておるのであります。われわれが自轉車に乘つて最も危險に感ずることは、車道を歩いておる人間が多いことであります。自轉車事故による自轉車の轉覆、それによる自轉車を使用しておる者、あるいはぶつけられた者のけがというものは、おびただしい数ではなかろうか。これを全國的に見るならば、むしろ自動車による被害より多いのではなかろうかというふうに存ずるのであります。ことにまた自轉車に乘つておる人が歩道を歩いておるということに対しまして、私はせつかく人道、車道の区別をいたした以上は、歩行者は必ず歩道を歩かなければならぬし、自轉車に乘つておる者は必ず車道を歩かなければならぬということについての、取締り規定の強化をいたしましても、罰則を強化したからと言つて、必ずいつもできるという問題ではなかろうかと存じますが、本法は自動車に対するいろいろな諸法規が完備しておるようでありますが、自轉車に対してどういうふうなお考えをお持ちですか、お伺いしたいと思います。
○樺山説明員 自轉車によります事故件数も多少はございまして、ただいまのような点につきましても、取締り上十分注意して行かなければならぬ点だと思いますが、自轉車の通行につきましては、ただいまお話のありましたような意味の規定は、ただ自轉車は車馬でございますので、車馬として車道を歩くという以外には、その他燈火の規定等はございますが、特別の規定はございません。
○野村委員 今度提案されております改正案は、大体実情に即したもので、特に人、車道の区別のない今日の交通事故の発生の実情から言つても、最も適切であろう。ただ長い間かかつて慣習ができておることに対して、朝令暮改のようなきらいがありますが、しかし今日の実情から思い切つてやることはけつこうだと思います。しかし原則としては、さつきお話のように、なるべくあげて歩行者は右側を行くということに努力すべきであろう。かように考えているわけであります。特に五感に欠陷のあるような人たちが、現在のような人車ともに左側通行するということは非常に危險でございます。こういう点で思い切つて改革すると同時に、このことを徹底するように努力すべきである。かように考えております。それから車馬の右折は進駐軍の車がごく小まわりに右折する。こういうことから大体現在は一つの進歩である。こう考えているのですが、今私らの手元に配付になつております大阪ほか公安委員会から、右折する場合にこれをごく自然に、なだらかに曲げて行くこと——こういうようなことも、十分檢討いたす時間がございませんのでわかりませんが、こういう点の請願に対して、政府当局はどういうふうにお考えになつておりまするか、これを伺いたいと思います。それから最近しきりに罰則を強化されているようです。経済関係その他いろいろな点で今までとは違いまするが、なるべくこういうことは從來においてもこういう法律によらしむるというように行かなければならぬ。特に最近なるべく國民の自由というものを保障している時代におきまして、こういうことは冷たい感じを與える。これを強化せにやならぬということはあまり賛成ができない。こう思うのですが、これを強化せにやならぬ事情もあわせて伺います。以上の二点について伺いたいと思います。
○樋貝國務大臣 今の請願もありましたようなわけでありますが、内閣におきましても、ただいまの趣旨に沿うべく、なるべく早く交叉点から車を拂いたい。少くしたいという考えで、車はだんだんふえておりますから、車に乘つておると交叉点で時間がかかつて仕方がない現状から見ましても、將來を考えてみましても、非常に寒心すべきものがありますから、そこでこれを改正して、まず実行して行きたいという考えで、さしあたりは非常な混雜がございましようけれども、これに馴れてもらいたいという考えでおるわけでありますから、もし小まわりのような請願がありますならば、大体その線に沿つて実行して行きたいという考えを持つております。小まわりにつきましては、先ほどちよつと事務当局からお話がありましたけれども、歩行者に迷惑を與えてはいけないから、なるべくそういう点について迷惑を與えないようにして、右小まわりをさしたいというような考えを持つております。それから罰則をだんだん強化しますについて、貨幣價値が下つて参りましたものですから、三百円や二百円の罰金では問題にしない。ことに経済違反などにおいて、そういうふうな傾向がありますために、罰金の強化はやむを得ないかと思います。それからまた体刑についても、整理をしたい当局の考えがありまして、目下整理をしているというような実情にありますこと、もう一つ裁判に現われました実情を見ますと、法定刑のずつと低いところで判決をして行くというような傾向がありましたために、罰則をもう少し強化して行かなければいけないというような考えがありまして、そうでなければ最低限を切らなければいけないというような声が強くあつたために、体刑におきましても多少程度を高めたという点があります次第であります。これが妥当であるかどうであるかということは、さらに檢討を加えて、事務当局といたしましても、そういうふうに進行せしめたいという考えを持つております。今のお考えごもつともだと思つております。
○野村委員 経済の状況に即應して、というようなお話ですが、今日は必ずしもそうではない。罰金が安いから犯罪を犯すというようなことは私はないと思う。このことは一般交通利用者から非常に冷たい罰則——しかもそれができますと、これによる煩鎖な手続、良心的に再び交通違反を起さないような悔悛の情があつても、なおかつ事務的に警察署へ数回呼ばれたり、いろいろ結末をつけるまでには相当な時日がかかる。さつきもどなたからかお話があつたごとく、事故のあつた違反の場所においては、交通上相当支障がございます。さらに罰金なり、結末がつくまでには相当な時日がかかる、この違反者の良心的の悔悛の情のあるものについては、もう少してきぱきと現地で片づくような方途がとられると、たいへんよいと思う。單にこれは今の罰金では安い——今の経済事情から行きましても、必ずしも私は安いものとは考えない。こういう点に対して、おそらくこういう罰金から來る歳入というものは、政府がこれを考えて國費に充てているわけでもないと思います。問題はこういう犯罪を予防するところに、いわゆる体刑ないし罰金の制度がおかれると思う。單に罰金の多寡にはよらないと私は考えるのであります。この点は單にこの問題ばかりでなく、各般の状況が、最近になつてとみにそういつた取締りなり、罰金、体刑が強化されておることは、非常に私は遺憾なことだと思つておるのです。この点政府においても、ひとつ愼重に御考慮願いたい。 それから右折の問題に対しては、一應予算から見ますればよいと思うのですが、今よくわかりませんが、大阪、神戸、京都において実際試驗的にやつて來た実情は、試驗の結果よいと信じてここに請願に及んでおるのだろうと思います。ひの結果が都市によつては適しないところもあるかもしれませんが、なめらかに右折することができますので、ただ取締技術上において、あるいはどうかわかりませんが、相当試驗をした結果が、公的な公安委員会を通して來ている請願だろうと思うのです。今、大臣の説明でよくその点がわかりませんでしたが、どなたかほかの政府委員からでも、その点をもう一回承つておきたいと思います。
○樺山説明員 大阪の問題は、先ほど御説明申し上げましたように、ただいまお願いしております改正の案によりますと、右にまわります場合に、交叉点の中心に近い外側をまわつて右に拔ける。こういう改正の案を今お願いしておるのでございます。大阪その他で試驗的にやつておりまして、請願が出ておると申しますものは、私の想像では、この曲ります方法を、中心の外側をまわらないで内側をまわつて拔けて行く、ここにございますように、中心点の内側をまわつて、右の方にまわつて拔けて行く。こういうのがよいじやないかという趣旨だと思います。この点につきましては、從來も私どもいろいろ研究をいたしまして、両者の方法の利害得失等につきましても、いろいろ研究をいたしたのであります。大阪の方の行き方にしましても、一つのりくつはあるのでございます。しかしながら東京等におきまする実際のやり方を見てみますと、たとえば田村町の交叉点あたりで非常に事故が多いのでございます。と申しますのは、内側をまわりますと、たとえば同じ方向に向います電車があるという場合に、ここをスタートいたしますと、交叉点に入つて行きます所のすぐ近くから右にまわりますために、電車との間におきまして非常に衝突の危險が多いということが、実際の面において警視廳方面で強く言われておるのでございます。それと何と申しますか、同じ方向を向いて直進します乘物との間に衝突の危險性がある。すぐ交叉点に入りまして右にまわりますために、その間の余裕が比較的なくなるというところに欠陷があるように私どもは考えております。なおもう一つの点は、これは交通信号があります場合は別でございますが、交通整理がない場合におきまして、内側をまわつて入りますのは、一面道路の右側を通行する機会があるわけでございまして、斜に入るためにこちらから参ります車との接触が非常にむづかしくなつて來るというような点におきまして、一利一失は多少ございますけれども、ただいま提案をいたしましたような方がまだいいのではないかという結論に達しまして、お願いをいたしておるわけであります。 —————————————
○川西委員長代理 ただいま法務総裁が御出席になりました。法務総裁は参議院の方及び衆議院の法務委員会にも出席を求められて御多忙の由でありますので、この際御質疑がございますればこれを許します。
○谷口委員 法務総裁にお尋ねしたいので、今日わざわざ御出席を願つたのであります。今私どもの委員会には古物営業取締法案と地方税法の一部改正案が出ておりますが、こ両方に同樣の疑義を持つ点がありますので、それをお尋ねしたいと思つたわけであります。お尋ねしたい第一の問題は、古物営業取締法案の中に、営業者の許可につきまして非常に嚴重な制限がございます。第四條の規定で、右に相当するものは営業許可をしないという條項がございまして、「禁こ以上の刑に処せられその執行を終り、又は執行を受けることのなくなつた後、三年を経過していない者」、あるいは第二号に「許可の申請前三年以内に、第六條の規定に違反して罰金の刑に処せられた者又は他の法令の規定に違反して二度以上罰金の刑に処せられ改しゆんの情の認められない者」それから第四号に「営業について成年者と同一の能力を有しない未成年者又は禁治産者。但し、その者が古物商又は市場主の相続人であつて、その法定代理人が前各号の一又は第五号に該当しない場合を除くものとする。」それから第六号に「同居の親族のうちに前号に該当する者又は営業の停止を受けている者のある者」七号に、「第一号から第五号までの一に該当する管理者を置く者」などのことが書いてありまして、これらの者に対しては営業を許可しない。こういうふうに規定してあるのであります。これは憲法第十四條の「すべて國民は、法の下に平等であつて、人種、信條、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」これの違反にならないか、こういうことをまずお聞きしたいのであります。と申しますのは刑を受けて三年たたない者、あるいはこの法律に関係のあるような、たとえば破廉恥罪でない他の法で罰金以上を、三年間に二度受けた者、それに対して改俊の情のない者にはやらない。今道路交通取締法案が出て審議中でありますが、政府委員の説明でも、この法律に違反して、ちよつと車道を歩いたりして罰金をとられたような人間でも、この第四條の規定によりますとひつかかるわけであります。破廉恥罪を犯して古物営業の取締りの対象になるような範囲内の犯罪であれば、もちろん問題であろうと思いますが、全然そうでない、交通事故、あるいは交通取締りに違反するというような、まあだれにもありがちな、そう大して犯罪というのには、——法律があるから犯罪であるが、だれにも恥しくないような犯罪でも、二度以上罰金に処せられた場合には、改悛の情があると公安委員が認定したとき以外には、許可しないということになつておる。それからまた刑を終つた人間は、現行の刑罰の観念から申しますと、すでにそれは社会的にも、法律的にも罪は消えてしまつて、一人前の、いわゆる青天白日のからだになつておるのでありまして、これによつて他の者と差別されるはずがないと思うのであります。にもかかわらず古物営業をやろうとする場合に、これを許可しないという嚴重な規定ができることは、とりもなおさず國民の平等権を侵害することになるのであると、私どもしろうとはしろうとなりに考えるわけであります。憲法の問題は非常に重大なことでありまして、私ども日本國民が長い間のいろいろな苦しみを経たのちに、御承知のように大きな國家を破滅させるような大戰爭の経驗を経たのちに、やつと確立した近代的な民主的憲法でありまして、これはいかなる困難があつても、どこまでも守つて行く義務が私どもにはあると思うのであります。しかるにこういうようないろいろな法律の点で、知らず知らず制限されてこわされて行くことになりましては非常に残念でありますので、この点法務総裁としてのお考えをお聞きしたいのであります。これが第一点であります。 次はやはり憲法上の問題でありますが、憲法第三十五條には「何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押收を受けることのない権利は、第三十三條の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押收する物を明示する令状がなければ、侵されない。捜索又は押收は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行う。」こういうことになつておるのでありますが、古物営業取締法の二十三條に、「立入及び調査」という條がございます。これによりますと、「警察官又は警察吏員は、必要があると認めるときは、営業時間中において、古物商の営業所、古物の保管場所、市場又は第九條のセリ賣の場所に立ち入り、古物及び帳簿を檢査し、関係者に質問することができる。」こういうことが規定されております。それから地方税法改正案の第四十五條の六には、「道府縣徴税吏員又は市町村徴税員が財産を差押えようとするときは、滯納者の家屋、倉庫等を捜索し、又は錠をはずし、封を開きその他捜索に必要な処分をすることができる。滯納者の財産を占有する第三者がその財産の引渡を拒んだとき、又は第三者が滯納者の財産を隠匿している疑がある場合において、その第三者についても、また、同樣とする。二、前項の規定による処分は、日出から日沒までの間にこれをしなければならない」こういうふうに書いてあるのであります。 これは、つまり盜品があつたり窃盜を捜索したりする必要から、古物商に対して、警察官が必要と認めたときやるということはわかるのであります。また地方税を確保するために、これに対する差押えの処分として、徴税吏員が滯納者のところに行つて、差押えをする物件を的確につかむためにやるのだという事情もわかるのでありますが、しかし今申しましたように、これは責任ある司法当局の令状がなければできないのだというふうに、一般的に憲法で規定してあるとしますれば、單なる地方の徴税吏員、單なる一行政官であるところの警察官が必要と認めたときというような規定は、憲法の基本的な権利を破壞することになり、やはり憲法に抵触するのではないか、こういうふうに私どもは考えるのであります。これも先ほど申しましたと同樣な理由で、憲法擁護の立場から、われわれ國民にとつては非常に大事なことでありますので、法務総裁の御所見を伺いたいと思います。 なお、先ほど私憲法の條章を間違いまして、二十二條の「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移轉及び職業選択の自由を有する。」という條章を落しましたので、つけ加えておきます。これにも触れると思うのであります。
○殖田國務大臣 お答え申し上げます。 まず第一の古物商の許可の條件が憲法に違反するではないかということでありますが、これはただいまお話になりました憲法第十四條の問題と申しますよりも、私は二十二條の職業選択の自由の制限であると見る方が適当であろうと思います。職業選択の自由はもちろん尊重すべきでありますが、これは公共の福祉に反せざる限りにおいて自由を有するのであります。この古物商取締法は、つまり職業の自由は認めるが、しかし公共の福祉の上からして、古物商については特に取締りを嚴重にしなければならぬという建前で参つておるのであります。つまりこの際には、公共の福祉という價値と職業選択の自由という價値とを両々比較いたしまして、何れが大きいかということでこれを決定するほかないと思うのであります。從つてこの許可が、公共の福祉という点から見まして正しいか、あるいは行き過ぎておらぬかというようなことは、そういう面からお考えになるよりほかないと思うのであります。これをかようにこまかく書いておりますのは、職業選択の自由を制限するのでありますから、從つて裁量の余地を狹めまして、許可を公正ならしめるために條件をきびしく定めたものと考えるのであります。その條件をきびしく定めましたために、今のようないろいろな問題を考えることになるのであります。先ほどもお話がありました刑罰を受けた者が、刑の執行を終つた後において、職業選択の自由がないではないかということでありますが、これも古物商というものの本質が、特にこれを制限しなければならぬという考えから來たのでありまして、何も受刑者に対して差別待遇をするという趣意は毛頭ないと思います。かような例は、すでに新憲法後に発布されました藥事法の中に、藥剤師の資格の免許の場合において、さらに一層嚴重な規定すらもあるのでございます。これは國会がどのようにお考えになりますか。國会が行き過ぎであるとお考えになれば、それは國会のお考えの通りにきまるわけでありますが、政府といたしましては、古物商というものの性質上、かような條件はやむを得ないものと考えて附したのであります。私どもはそういう意味合いにおきまして、これは二十二條の職業選択の自由を不当に制限しているものとは考えておらぬのでございます。この必要の程度、有無等につきましては、樋貝國務大臣からも御説明があることと考えます。 それから第二問でございますが、取締法の第三十三條の立入調査と憲法第三十五條との関係、及び地方税法第四十五條の六の規定と憲法第三十五條との関係は、何れもほぼ同樣の原則と考えてよろしいかと思うのであります。憲法第三十五條は、第三十三條以下の條文の配列から見ましても、また第三十五條の中にある「第三十三條の場合を除いては、」という字句から申しましても、刑事事件に対する犯罪捜査の手続を定めたものと考えておるのでありまして、憲法制定の際の議会におきまして、時の木村司法大臣も明瞭にその趣旨の答弁をいたしておるそうであります。 まず古物営業取締法の場合について考えますのに、立入る時間を営業時間中に限定し、かつまた当該職員には証票携帶の義務を課しておるというように、その濫用を愼んでおるのであります。これは犯罪捜査の場合に、特に人権を保障しますために令状の必要を規定しておるという趣旨にならいまして、刑事事件の捜査ではありませんから令状は必要としないが、しかしながらこれにやや趣きを同じくする特別の注意を拂つて、規定をこの古物営業取締法に設けたのであります。たとえば法律的に申しますれば、業者の側の承諾を強制するために、刑罰の制裁は設けておりまするけれども、やはり理由のある場合には承諾を與えなくてもよろしい。特にまた古物営業取締法におきましては、こういうふうに承諾を求めて立入るのでありますから、直接強制とは解しておりません。これは間接強制である。こういうふうに解しております。從つてこの憲法第三十五條の規定はありましても、直接これに関係しないのみならず、またその精神から申しましても、憲法の人権擁護の精神には違反しておらぬ、かように考えておるのであります。そうしてかような法律の規定は、新憲法の制定以來も、実に多数現存をいたしておるのであります。新たに設けられました法律の中にも、多数この種の規定は設けられておるのでありまして、この点につきましては、もはや憲法の解釈上の議論はさしてないものと実は考えておつたのであります。地方税の場合もほぼ同樣であります。つまり滯納処分の手続というものは、やはり刑事事件ではない。これは一般行政上の手続きであります。從つて憲法第三十五條の直接に関係するところではない、こう考えておるのであります。しかしたとい行政の目的のためであるといたしましても、公務員がほしいままに他人の家屋に侵入し捜査をすることは、もとより國民の自由を保障する憲法の精神に添うゆえんではありませんから、そこで國税の場合の例をも考慮いたしまして、差押えのため立入り捜査にあたりましては、当該職員は一定の証票を持つ。かつ差押えのための捜査は、晝間においてのみなしうる。またその処分をするにあたつては、本人その他の者を立合せなければならない。かつ立合人の署名した一定の差控え調書を作成することといたしまして、なお滯納処分に不服のある者は訴願もできる、こういう制度を幾つか設けまして、お話のごとき憲法の基本的人権の保障の趣旨に反しないような措置を取つておるのであります。かような次第でありまして、この地方税の場合も、また古物営業取締法の場合も、憲法第三十五條には直接関係がない。從つて憲法の解釈上、憲法違反と考える点はないのである。しかしながら憲法の人権擁護の精神にかんがみて、それ相当の第三十五條の趣旨にならつた措置を講じておるつもりである、こう申し上げたいのであります。もつともお話のごとくこの点につきましてはいろいろ御異論もありまして、政府といたしましては憲法に違反しないからとて、このままのんびり構えているつもりは毛頭ございません。いやが上にもその執行の公正を確保し、人権の擁護に遺憾なきを期するために、今後國会の力をもかりまして、あらゆる角度から研究を重ねまして、法制の改善には努力をいたしたいと考えております。
○谷口委員 この古物営業取締法案の場合でありますが、刑を終つた者あるいはまたこの古物営業取締法案が目的としているような犯罪に関係のない犯罪、先ほど道路交通取締法の例もあつたのでありますが、こういう二つの場合、これは特別に許可しないというふうに差別待遇をされるということは、やはり憲法違反ではないか。これは刑を柔つてもう青天白日の身になつた人間が、いつまでも古物営業をやろうと思つても許されない。これは恐るべきことだ。それからまたこの法律の目的としているところは、政府委員がこの間から非常に詳しく申されたのでよく存じておるのでありますが、つまりいま非常に窃盗犯が多くて、古物営業をやつている人々が、その営業の中に入つて來る犯罪としまして、窃盗による贓品が非常に入つて來た。この窃盗犯を防止し、あるいは捜査するという立場から、古物営業をやつている方々に対するこういう一つの取締り規定を設けるということが、目的の根本的なところだと思う。こういう犯罪であれば、今常習犯と見られもするし、あるいはまた再びやるだろうというような考え方もできないことはないと思う。しかしそうではなくて、全然こういう法律の目的とするような犯罪の範囲内でない。それ以外の、たとえば政治的な、あるいは労働組合運動をやつておりましても、私どもよく前科何犯というような同志がありますが、そういうような場合、道路交通取締法にもひつかかるというような場合には、そういう連中はむしろ古物営業者としてりつぱな人になるかもしれない。ただそれを罪に陷つたというだけで、こういう法律から除外にされるということは、憲法の精神に反することではないか。今法務総裁の御説明でもやはりそういう点は疑問として残るのであります。 それから立入りの問題でありますが、今法務総裁がおつしやつたように、これは行政処分としての行政官吏がこういうことをやる場合にいろいろと問題があるので、こういう権力の濫用をやらないようにということを、いろいろと手を盡しているというようなお話があつたのであります。ところが、これはやはり濫用にならないようにじやなくて、濫用になりはしないかと私は思うのであります。令状を持つて犯罪捜査するという。令状を持つて行かれる場合にはこれは私は当然だと思う。またこのためには古物営業者のみならず、すべての國民は、警察が犯人を逮捕するとか、あるいは犯罰を捜査するとかいうような点についての必要な目的がはつきりしておつて、正しい令状を持つておるとすれば、すべての國民はそれに協力すべきだ。しかしそうでなくて、ただ警察官が必要と認めた場合というようなあいまいな態度で、たとえば日中でありましてもどんどん店に入つて行つて、いろいろな帳簿を調べたり何かされるとすれば、これはやはりこの法律規定そのものが権力濫用を規定していることになると私は思う。私どもはもしこれを改正するとすれば、この第二十三條の前の二十二條には、御承知の通り者止めのところでこういうことが書いてある。「盗品または遺失物と疑うに足りる相当な理由がある場合においては、警察署長は、当該古物商に対し三十日以内の期間を定めて、」云々ということは、この際問題ではありませんが、この場合は盗品または遺失物であると疑うに足る相当の理由のある場合においては、それを持つて行くということが規定してある。しかし二十三條には、つまり「立入及び調査」のところでは、必要がある場合というような、非常にあいまいな点でやつておるわけです。もしこれを憲法の精神に反しないように改正するとすれば、つまり盗品または遺失物であると疑うに足るものの捜査、あるいは犯罪の防止のために必要があるとすれば、たとえば公安委員会のその旨を記した、何か理由を示したものを持つて、つまり執行令状に相当するようなものを持つて、特定なところへ行つてもいいというならばわかりますけれども、必要と認めた場合には、警察官はいつでも行けるということになると、脅かされる。こういう点の解釈もできますし、実際の法規を見ましても、警察官吏は、これは法務総裁のようにずつと上にいらつしやる方はわからないかも知らないが、ずつと下へ行つて、実際に商人と接触しておる警察官吏の中には、もしこういうことが書いてあると、自由自在に古物商へ衣つて行つて、要らざる権力濫用をやつて、そこに不当、不正なことが行われるということは、よく世間にあることであります。こういうことを防止するためにも、また古物営業者の基本的人権を擁護するために、こういうあいまいなことを書いておくことは、憲法の條章に違反しないというお考えであつても、こういうあいまいなことでは違反行為になると私は思います。こういう点についてどうお考えになりますか。 それからもう一つ法務総裁のおつしやつたことでありますが、こういうふうに憲法の基本的人権に関する各條章に違反にならないという意味で、これと同樣な法律が新憲法下においても、新しい法律でたくさん現われておるという例をあげて見ます。私どもはこれこそ非常に大事なことであると思う。かつての旧憲法下におきましても、相当國民には自由があつたのでありますけれども、あの大戰爭に至る期間におきましては、政治的な、あるいは思想的な、あるいは信仰における、そういう自由の制限が、一つ一つまず実際の問題において、何とかかんとかりくつをつけて、國民は狹められている。その結果有無を言わさず、あの恐しい戰爭となり、國民は絶対の軍閥の專制下に呻吟するような、國を破滅させるような、こういうことになつておる。私はこういう確信を持つておるのであります。新しい憲法下におきましても同樣でありまして、これは古物の問題であるから、これは料理飲食店の問題であるから、これは買出しの問題であるからという、部分的に非常に疑義はあるが、この点でまあまあよかろうと言つて、やられること自身が、つまり新しい法律でいろいろ疑問とする反対論があるにもかかわらず、ぎりぎり大丈夫だということでやつておるうちに、次第に憲法の基本的人権という大事なことが、既定の事実として社会の各方面でこわされてしまう。この結果として逆作用として、こういう事実がすでにあるから、憲法自身も改正していいんだという、恐るべき逆行の精神が生れないとも限らない。こういうことを私どもは非常に恐れるのでありまして、いかなる小さいことであつても、これはたくさん例があればあるほど、こいつは食い止めなければならないと思うのであります。そういう点について法務総裁のお考えをもう一ぺんはつきりさせておいていだきたいと思うのであります。
○殖田國務大臣 お話の点はまことにごもつともでありまして、旧憲法下におきましても、十分人権は保障されておつたのでありますが、ただその運用がよろしきを得なかつたというために、今日のような事態に際会いたしたのであります。これは何人に責を帰すべきものでもなく、國民自身が負うべき責であります。今日におきましても、憲法はりつぱにできましたけれども、この精神を生かすか生かさぬかは、われわれ國民の責任であります。ただいま問題になつております法律の上の御議論もございます。これはごもつともな御議論が多数あると考えます。しかしながら行政上の必要から——行政上の必要と申しますのは、つまり公共の福祉を進めるという必要から、基本的人権に類するものといえども、これは制限しなければならぬ。これは憲法が認めておるところであります。從つてその公共の福祉が重きか、あるいはこの自由の制限が不当であるかという兼ね合いのところで、私はその両方の調和できまするのであると思うのであります。これは政府といたしましては、たとえば古物営業の取締りというようなものについては、かような規定を設けなければ公共の福祉が十分に維持できない。但しその立入りというようなことについては、いろいろこまかい條件を付ける、あるいは営業の許可については、こういう條件を付するというようなことによつて、職業上の自由なり、あるいは基本的人権は十分保障するようにいたしたい。こういうつもりでこの法律ができておるのであります。しかしながら國会が御審議になりまして、この点は行過ぎである。この点はかように改めたい。あるいはこの点はまだ不十分ではないかというお考えでありますならば、これは國会でおきめになることでありまして、政府は何もこの法案を一方的に改めまシて、これで間違いないと申し上げておるわけではないのであります。政府はさような確信を持つて出しておりますけれども、これは政府だけの考えでありますから、國会においてまた別なお考えで御審議になりまして、おきめになることは、これは毛頭異存がないのであります。むしろ將來この法律ができましたあげく、この條文のままで法律が成立したといたしまして、將來これを運用いたしまして、その結果お話のごとき欠陷がどんどん出て参りますならば、それはまた國会でも御修正になりましようし、政府としても、また修正案を提出するに決してやぶさかではないのであります。今日のところこの程度の條文で御心配のようなことはまずあるまい。こういうことでこの提案をいたしておるのであります。この点をひとつおくみとり下さいまして、十分に御審議をお願いしたいと思うのであります。
○野村委員 地方税法の四十五條の條文について、今谷口さんからお話がありましたが、経済の九原則によりまして、徴税をまつたからしめるという点に対しては、最も重要な点でありますが、國税の徴收の面においても正確かどうか。各税務署等のいろいろな実情を見ましても、必ずしも理想通りに行かない。どんなりつぱな憲法があつても、今総裁のおつしやつた通りに、これをりつぱに運営をいたさなければ、その憲法の成果というものは発揮できないことはごもつともであります。こういう点からいろいろな法律案が出て來るのだろうと思われますが、この法案によりますと滯納処分、財産差押えに対して、都道府縣、市町村の吏員が、この法規によつてやられることになりわけです。これは國税の徴收の面においても遺憾な事実が散見できる。しかも嚴格に言つて官紀が必ずしも十分に、寸毫も完結をしておるとはいえないのであります。こういう実情においてこういう俊嚴な法律が、この運用に十分正確を期し、國民が憲法、法律というものを正しく消化できないと同時に、これを徴税する吏員の方々が、これまた正確に行能できなければ、私は非常に危險だと思う。しかし國税と地方税の両税を通して、國民の負担は限度に行つておると思います。しかもその限度も、なおまた國家再建のために、営々としてこれに忍從しなければならぬという状態におかれておることは、われわれも認めるのです。しかし司法処分、司法手続によらずして、こういう行政的の形において、簡易な立入り、あるいは会計帳簿とか、金庫だとか、銀行通帳だとか、そういうものは常識的に考えられると思いますが、あるいは家宅、倉庫、錠前までとりはずして行くというような、非常に深刻苛烈な條文をそのまま行くというときにおいて、現在の徴税官の素質を批判されておる現実において、私は正しくこの法規が行けるかどうか、しかも全國に起つておる反税運動、その他いろいろな面において、正しくこれを運営しておるかどうかということは、私は考慮の余地があると思う。こういう点に対してこういう苛酷な法規が出て、これを完全に実施することができるかどうかということを、非常に私は憂うるものであります。そういう点において私は法務総裁のこれを実際運営する面においての御所見を、この機会に承りたい、こう思うのです。
○殖田國務大臣 これらの法律の運営は、各当該行政官廳において実行するところでありまして、法務総裁といたしまして直接これにくちばしを入れることはできませんけれども、しかしながら政府の一員として考えますのは、お話のごとく、かような苛酷なる——苛酷というのは少し言い過ぎておるかも存じませんが、いろいろときびしい法律ができますことも、これまた國民の現状——官吏の側におきましても、國民の側におきましても、いろいろな現在の状態からいたしまして必要である。こういう規定を設けなければ、とうてい徴税あるいはその他の行政を完全に実行できないという建前からできておるのであります。この規定のみを私は責めるわけに行かないと思うのであります。政府の行政官吏の側においても、またこれを受ける國民の側においても、同じくこの法律を、かような規定を発する事態があるのではないかと憂うるのであります。問題は結局官吏の側においても、國民の側においても、さらに一層不断の訓練を積み、教養を高め、知性を高め、そうしてこの法律を完全に運用するような状態に至らなければならぬと思うのであります。政府といたしましては直接の責任者でありますから、むろん行政に当ります者の素質を向上せしめ、これを訓練し、さらにその監督を十分にいたしまして、この法律をしてあくまであやまちなからしめたいと決心いたしておるのであります。むろんそれらの点につきまして非常な努力と決意とを必要とするのでありまして、今回の行政整理等におきましても、その固い決意のもとに、実は行政を簡素化しつつ、その能率を大いにあげたい、そうして立派なる官吏をもつて行政を運営して行きたい、こういう考えを持つて実は事に当つておるのであります。御心配の点は重々私どもも了解ができるのでありまして、今後は一層の努力をいたしまして、それらの点について万遺憾なきを期したいと思うのであります。もちろん法律を実行いたしまして、いろいろと欠陷も出て参るでありましよう。また必要な、不十分な点も発見して参りましよう。それらは今後皆さんの御協力によりましてこれを訂正し、改善して行くことには、もちろんやぶさかではないのであります。
○久保田委員 法務総裁も御承知のことと思いますが、古物営業取締り法の第一條の中に、この法律において古物とは、一度使用された物品、もしくは使用されない物品で使用のために取引されたというのがあるのであります。これについてこの間からいろいろ伺つておるのでありますが、はつきりしないのであります。私法務総裁に伺つておきたいと思いますのは、たとえて言うならば、三年、五年前から自分の家に必要でないものがあつた。反物があつたというような場合に、これを古物業者の人に一應依頼するというような場合に、これが警察の方から調査に参られましたときに、すぐ警察につれて行かれまして、書類をつくられて、法務総裁の所管のもとにまわされるのであります。そういう方々は非常に氣の毒です。息子が戰死して孫を養つて古物営業をやつておる、あるいは主人が戰死してその子供を養つておるというような人たちらが、次から次へとその営業権を取消されて行くということになるのでありますが、しかしそれと反対に、衣料品配給統制規則でしたかの臨時物資需給調整法の第一條におきまして、消費者の所有するものを除くという文句があるのであります。こういう点等の限界がはつきり大臣からお答え願えないのでありまして、この点を一應法務総裁から、はつきりひとつお答えを願つておきたい、かように存ずるのであります。
○殖田國務大臣 ただいまの御質問は非常にこまかいことでありまして、私も今ここでお答えができませんが、事務当局がおりますから、事務当局にひとつお願いいたします。
○間狩政府委員 先日も御質問がございましてお答え申し上げたのでございますが、結局古物営業取締法におきましては、古物の定義を第一條のように定めております。他の配給統制の規則法令によりまして、それぞれの統制を受けるということは、実は全然別個の問題でございまして、今お話のような点は、衣料品配給規則におきましても出て來る問題なのでありますが、それは衣料品配給規則をいかにするかということで考えるべき問題でございますので、先日も長官から答弁をいたしましたように、若干不自然な点もございますので、衣料品配給規則の問題といたしまして研究をいたしたいということをお答えいたしておりますので、それでもつてひとつ御了承いただきたいと思います。
○久保田委員 そのお答えであるなら、結局この間からいろいろ尋ねておりまして、それは同じことになつてわからない。今申しました第一條と、また國警の方からお答えになります問題と、非常に食い違いがあると思いますので、法務総裁にお尋ねしたのであります。
○殖田國務大臣 それはさようなことはありそうなことに思いますが、伺つてみますと、これは実際の具体的な事件が起りました場合、彼此比較檢討いたしまして、最も妥当なる解決をするほかに道がないと思います。いかなる場合においても、いかに規定いたしましても、そういうことは出て來るだろうと思います。いろいろな法律が競合いたしますから、その間に矛盾もございましようし、一見調和のとれない問題も出て参ると思います。それはもしお話のごとく檢察の手に移りましたら、檢察当局をしてよく愼重に研究させまして、実情に即した、法の精神にそむかないような解決をさせるほかないと考えます。一々ここで今の問題についてかような解釈があると、はつきり申し上げかねるのではないかと思います。
○谷口委員 さつきの質問の続きで、最後にお聞きしておきたかつたのでありますが、公共の福祉のためにというふうに、盛んに法務総裁はおつしやつておられるし、また自分の見解がそうであつても、國会がそうではないという見解をする場合は、いつでもその方に行くというふうにおつしやつておられるのであります。これは殖田さんなかなかずるい言い方で、三十五人の共産党相手に、二百何十人の民主自由党としては自由自在なんですが、そういう数の上ではなくて、新しい憲法ができたというあの歴史的事実の中に、眞実なもの、眞理、そういうものの観点から、たとえ少数党の言い方であつても、多数党の考え方であつても、それでああだ、こうだと多数できめるのでなくて、政府の中で法律の問題を扱つていらつしやる法務総裁が、こういうやり方をやつても違憲でないという考え方を持つていらつしやるのか、私はどう考えても違憲だと思うのであります。違憲であるかないかは、ただ法文の上での理論的な解釈もできると思いますし、法律学者はよくやつているのであります。たとえばこの場合差押えの問題でも、税金を課せられた納税者が、これはどう考えても不当だ、そこで更正決定を頼んでみる。地方税の場合はしかるべく訂正方を申出る。そういう間でも差押えができる。しかも競賣もできるという建前になつている。ところが最近では税金が非常に過重でありますから、いろいろな点で納税者の納得の行かないような状態が、非常にたくさんあつて、あれからもこれからも、納税するについての適切な課税を期待する申出があり、從つて納税する期限も遅れるような場合もあるのであります。これはきのう申し上げたのでありますが、滯納するということは、もはや惡い人間の一つの犯罪的行為ではなくて、非常に税金が重くなつて、やりきれないほど國民が背負わされているというこの中では、もはや一般的なことである。しかも税務署あるいは地方團体の徴税係から來る課税のやり方の中に、非常に納得のできないものがたくさんあつて、これを是正方を願うような、そういう期間中にもなされる差押えであり、競賣である。從つてこれはある特殊な人間に対するものでなくて、一般的なことになつている。そういうときに、こんなひどい、今民主自由党の委員の方もおつしやつたように、非常に苛酷な條件で、有無を言わせずに錠前をはずし、あるいはどこでもひつくりかえすというようなやり方で、行政措置としてやる、こういう恐ろしいやり方をやつている。それこそ公共の福祉に反する。公共の福祉というのは、どういうふうに法律上お考えになるか知りませんが、これは國民全体の利益のためであります。これは決して政府の福祉ではない。だから國民全体を憲法の基本的な人権の立場から、その利益を守つて行く。これをやはりどこまでも守るという立場に立ちたいと思うのであります。そうすると、この古物営業取締法案という問題で言えば、許可の問題、立入り及び調査の問題、あるいはまた地方税法改正の問題で言えば、財産の捜査というような條章は、そういう実際の立場から見ると、憲法のもとにはつきりと保障されている基本的人権の侵害になる。この点について國会で侵害になると言うならばなるのであり、そうでないと言うならばそうでないというような考え方でなく、法務総裁として、なるほどそうだ。これはやはり直すべきだというお考えを持つていらつしやるか、こうやつていいのだ。こういうふうにして國民を苦しめてもいいのだ。それで憲法に反しないのだというお考えかどうか。それをはつきりお答えしていただけばいいのであります。
○殖田國務大臣 谷口君のお話をまつまでもなく、憲法の精神に違反するような法規は、断然それを改むべきであります。ただ、今具体的の問題になりました法律は、必ずしも憲法には違反しておらぬ、こう考えるということを申し上げたのであります。しかし今後の運営において、この具体的の問題のみならず、多数の法律、法令あるいは命令等において、憲法違反の疑いのあるものが多数存在し、また將來も出て來ると思うのであります。それらにつきましては、私法務総裁といたしましても十分に研究をいたしまして、憲法の精神に違反しないように、またもし違反とはつきり思われるものがあるならば、この改正を提議いたしまして、だんだんに直して行く。こういうことは私も今日決意をいたしておるのであります。政府においても、もちろん憲法の精神に反するような法規を、そのまま存続せしめる意思は毛頭ございません。なるべく政府としても憲法の精神に最もよく合致するように、法制を直して行きたい。これはもうその考えに毛頭間違いはないのであります。もしただいま谷口委員のお話のごときことがございましたならば、どしどしおつしやつていただきますれば、それについて十分傾聽いたしまして、研究を続けまして、何分の措置を講ずるにやぶさかではないのであります。このことを申し上げておきます。
○門司委員 総裁がお出でになつておりますので、お聞きしたいと思います。実は先ほど谷口君からもお話がありましたし、他の委員からもお話があつたと思いますが、差押えの條項がこの地方税法の中にありまして、四十五條に一切の捜査権が與えられております。憲法の三十五條を見ると、司法権に基く捜査権は許されておりますが、行政権に基く捜査権があるかどうか、これはどういうふうに御解釈になつておるか、これはきわめて重要な問題でありまして、司法権に基いて、むろん証拠のあつた場合に、司法官が令状を持つて捜査することはいいと思います。しかしこれらの問題は、地方の行政官といつても、町村の役場の吏員であります。いわゆる徴税吏であります。しかも地方の町村の徴税吏までが、家宅捜査にひとしいこういう権限を持つことになつて参りますと、私は非常に人心に及ぼす影響が、かなり大きな弊害が起つて來はしないかということが、実際問題としては考えられます。それから法的には先ほど申し上げたように、三十五條の解釈をいたしますならば、これは司法権に基く捜査権であつて、こういう行政権に基く廣範囲の捜査権はないと考えておりますが、その辺の解釈はどうなつておりますか。
○殖田國務大臣 その点につきまして、先ほど谷口委員の御質問がありましたのでお答えいたしたのでありますが、この憲法三十五條の規定は、刑事事件の捜査に関する犯罪捜査の手続を定めたものでありまして、地方税法第四十五條の六の規定との関係については、お互いに独立のものである、こう考えておるのでありまして、それでは地方税法第四十五條の六が、憲法の精神に反するではないかというお話でありましたので、憲法の精神には反しません。これは徴税の必要から、かような規定が出て來たのでありまして、從つて憲法の精神に反するようなことがあつては相なりませんから、嚴重なる規定を設けて、判事の令状に匹敵するほどの手続を規定しておる。從つて憲法の精神にも反しないでやれるということを、実は申し上げたのです。ところがそれではどうも憲法の精神が守れぬではないか。こういうお話でありましたので、実はただいまのような御答弁をしておるのであります。從つて今のお話のごとく、これを運用いたしまして、実際の成績が新憲法の精神を蹂躙するような事態が出て來たというようなことになりますれば、この法律につきましても、さらに一層の嚴重な規定を置きまするか、あるいは特別な考慮をしなければならぬ事態が來ると思うのであります。ただいまのところこの法律で、まず間違いのない程度に、憲法の精神は保持できるものと考えて提案をいたした次第であります。
○門司委員 どうもはなはだ不満足でありますが、それよりも先に聞いておきたいと思いますことは、われわれはこういう捜査権を用いる者は、憲法の中を見ましても、大体三十五條に規定されておる以外には見当りません。大体行政官が簡單にこういうことができるかどうかということが、憲法の條文ではあまり見当りませんから、いずれの憲法の條文の基本によつて、こういうものをお書きになつたかということであります。それからさらにつけ加えて申し上げておきますが、先ほどの法務総裁の御意見は、もしぐあいが惡ければかえてもよいという御意見であります。それではちよつと國民は困ります。單にこれが法律について定めた、あるいはその他憲法で定められた範囲における一つの條項であつて、法律だというならば、それが惡ければ法律をもつてこれをかえることはできるかもしれませんが、基本的なものがそもそも憲法に違反していはしないかという、きわめて大きな疑いを持つものであつて、これをやつてみて憲法違反であつたら取消すということでは國民が迷惑いたします。もし憲法違反の條項があつて取消すというようなことになれば、最高裁判所に提訴して、最高裁判所の決定を待つ以外にないと思うものです。その間にこれらの法律が施行されれば、この被害はわれわれ机の上で議論しておるわけにはいかない。そういうことをわれわれは憂えるのです。これが法務総裁のように憲法違反の疑いがあればかえてよいというのは当然であつて、それまでの間、われわれ人民に及ぼす影響がきわめて重大でありますので、從つてもし法務総裁の方でそういうお考えがあれば、明白になるまでこの條項を撤回願いたい。われわれこう考えておるのでありますが、この点のお考えをひとつ承つておきたい。
○殖田國務大臣 私の今申し上げましたのは、この問題になつておりまする法律が、憲法違反である、憲法違反の疑いがあるということを申し上げたのではありません。ただ今日の地方吏員の程度とか、何とかいうもので、この法律を運用いたして参りまして、その結果法律のらちを越えまして、憲法違反のような問題を惹起する憂いがあるのではないかというおそれもありますので、運用してみて、そういうことが頻繁に出て來れば、法律の書き方が惡いのだから法律の條文なりを改めて、りつぱな法律にしたいということを申し上げたのであります。また基本人件ではありましようけれども、憲法三十一條にもありますように、「何人も、法律の定める手続によらなければ云々」と書いてありますので、法律によつて定めれば、公共の福祉のために、相当に自由を制限し得ることは、憲法自身が認めておるので、その範囲内でやつておるつもりであります。
○門司委員 私はこの点がよくわからないのです。法律で定めれば公共の福祉のためにならよいということは三十二條にも書いてあります。さらに十二條にもそういうことがはつきり明記してあります。ありますが、この問題はそれよりもう少し深く立ち入つて、刑事事件の場合には、はつきり三十五條に規定してあつて、そうして司法権の発動はそれによつて行われる。しかし行政権までそういうことは実は憲法の中に書いてありませんので、われわれはその点非常に危惧するのであります。片方は当然國家の福祉のために行うには、司法権の発動によつてできる。しかし行政権の発動によつてできるというような條項は、ただ法律で公共の福祉のために定めることができるからということになりますと、これはおのおのの見方でありまして、法律は御承知のようにときの政府がかわり、議員がかわつて参りますると、おのおのの解釈がかわつて來るのであります。從つて必ずしもあなたの今お考えのようなことが、——あなたはそういうようにお考えになつておるかもしれませんが、多くの人は、公共の福祉よりも憲法の基本人権に触れる問題だというように解釈しておるのでありまして、その点の解釈が少し考え方が違つておりますので、意見の食い違いがあるものと思いますが、いずれにしましても私の聞いておりますのは、三十五條以外の規定で、憲法に基いてこういう制定をしてよいという、ただ單に公共の福祉のために、法律で定めることはできるという三十一條あるいは十二條というものだけでなくて、ほかにはつきりした憲法上の根拠があるかということであります。
○殖田國務大臣 たとい三十五條の規定がありませんでも、私は三十五條のような精神は、憲法全体に流れておると思います。從つてその精神に反しない限り、その精神に沿うた規定をなす以上は、その他の法律でも、それに類する規定をしてさしつかえない、こう考えるのであります。憲法三十五條の規定のできましたのも、從來の古い憲法でもその精神はあつたのであります。特に刑事事件につきましては、それが常に蹂躙されておる、その精神を犯されておる。從つて刑事事件だけは、ぜひともこれを保障しなければならぬというので、特にあの規定が加わつたものと考えておるのであります。しかしながらその精神においては、行政の問題であろうと、刑事事件であろうと同樣であります。でありまするから私どもは、何もあの三十五條の規定を蹂躙したような規定を所在に設けようというのではないのであります。なるべくこの精神を汲んだ、ほとんどこれに匹敵するほどの條件を定めて、そうしてただいまのような行政の処分をしようというのであります。しかしながらお話のごとく、それだけでは不十分だ、あの憲法三十五條と同じような規定をそのまま置いたらどうかというようなお話も出て参つておりまして、これは私は今後の研究課題としまして、十分に考慮はいたしたいと思つております。しかしただいまのところ、さればと申して現在問題になつております法律が、憲法違反の疑いがある。だからただちにこれは提案を引込めろとおつしやつても、それには同意いたしかねるのであります。
○門司委員 そうなつて参りますと、さらにお聞きしてみたいのでありますが、それならこれの施行にあたりまして、三十五條には御承知のように、はつきり令状を出す條項になつております。この場合に今総裁の御意見では、判事の令状に匹敵するような公正なものを出させるということでありましたが、この改正案によりますと、税の問題は市町村長から離れまして、おそらく徴税吏というものが別に設けられて、これは実際から見ますと、村の收入役がそういう形になるのでないかと思いますが、別個の形においてこれが行われるように、この改正はなつておると思います。從つてこれは裁判所の判事と同じような権限を持たせるという根拠が一体どこにあるかということであります。ただ法律でその権限を與えればいいというだけの考えであるか、あるいは憲法上に基くそういう権限を與えてもいいという條項があるのか、この点をひとつ聞いておきませんと、地方には裁判官の数はきわめてわずかでありまして、ことにいろいろな條件の上に立つておりまして、全部公正な人だということは言えぬのでありますが、一万二百幾つか持つております市町村あるいは都道府縣に、全部裁判所の判事と同じような権限を與えるということになつて参りますと、そこに非常に危險がある。もし選ばれた人が今の判事のような形において、職務についておる方であれば、われわれも一應信頼することができますが、しかし町村の徴税吏に対して、もしそういうことができるということになつて参りますと、きわめて危險性があります。この点をどうお考えになりますか。
○殖田國務大臣 町村の徴税吏員を判事同格に置くのではありませんが、國税徴收の場合と同じに扱おうというのであります。國税徴收では、今度の地方税法の規定と同じようなことが從來も行われておりますが、今後も行つて行くつもりであります。それはたとえば一定の証票を持つて行く、あるいは晝間でなければ捜索をし得ない、あるいは本人その他の者を立ち合せる、また立合人の署名をとつて差押え調査をつくるというような、こまかい條件があるから、さしつかえなく行くのではあるまいかと考えております。しかしながら税務署の職員ならまだいいが、市町村の吏員ではおぼつかない。実はこういうお考えであるようであります。それは人の問題でありますが、十分に吟味いたしまして、また町民、村民がこれを十分に監視しておりますから、私はさような非違はないであろうと考えております。しかしながらやつてみまして、どうも至るところに間違いだらけであるというようなことになりますならば、さつそくまた改正の問題を考えなければならぬと思います。それから令状なしにやるということがどうかということが眼目と思いますけれども、刑事事件でないから令状はいらないのである、こういう考えをいたしておるのであります。令状に類するものを今後設けてはどうかというお考えだろうと思いますが、これも今後の運用によりまして、十分に考えなければならぬ問題だと思つておりますけれども、ただいまのところその必要はないと考えておるのであります。
○門司委員 実は私は今の法務総裁の意見では承服できないのであります。それは税務署の数といいましても非常に少いのでございますし、各税務署の署長は相当の角度から選ばれております。しかし町村の実体は、おそらく收入後あるいはこれらのことにあたる人は、必ずしもそれだけの人格と手腕と経歴の持主ではないと思われます。町村にはいろいろなものがあるので、その点を憂うるのでありまして、いいかげんにと言うと怒られるかもしれませんが、あるいはいかがわしいような人たちが、何かの事情で町村の收入役その他に就任されておる場合に、罰せられる者が往々にして公正妥当を欠くという危險性を多分に持つておることを、一應申し添えておきます。 それからもうひとつ大臣にお聞きしておきたいと思いますことは、古物営業取締法の第一條にあります問題でありまして、一度使用された物品もしくは使用されない物品で使用……。(「それは聞いたがわからぬのだ」「質屋に入れればいいんだ」と呼ぶ者あり)臨時物資需給調整法との関係はどうなるのですか。國民の所得になればいいのだということになれば、われわれは当然新しいものでもさしつかえないというふうに解釈するのですが……。
○殖田國務大臣 そのお話がありまして、私は実はこまかく法規を存じませんので申し上げられませんが、しかし政府委員と委員との質疑應答によりまして、これはとても法規の解釈だけでは決著がつかない。実際の具体的の処置にあたつて、われわれが常識的に十分に愼重な態度をもつて臨んだならば、おだやかなる解釈がつくのではあるまいか。そこで私はその方面に一層努力をするということを申し上げました。
○門司委員 私はそれを聞いておりますのは、この法律が施行されまして、ただいまも質屋に入れればいいというお話がありましたけれども、質屋に入れても、流してしまうと質屋さんがひつかかりますから、危險であります。ここで一應あなた方の御解釈を聞いておきまして、それが速記録にはつきりしておりますれば、あとの取扱いは非常に樂になるのであります。法律の中に明記しなくても、この取扱いはこうすべきだという御解釈がつけば、非常に明朗になるのであります。それが明朗になりませんと、業者に迷惑をかけ、同時に國民に迷惑をかけるようになりますから、その点を実はお聞きしたのですけれども、今の法務総裁の御意見が、どうもこれを全部認めるわけにも行かぬというような御解釈になりますと、ちよつと困ると思うのですが。
○殖田國務大臣 そういうわけではない。解釈は一應は政府委員より申し上げた通りの解釈なのであります。しかしながらそれにもまだだんだんと疑義を生ずるというお話でありますから、それはもう実際の具体的の場合処置するほか道がありませんということを申し上げたのであります。
○川西委員長代理 午前の審議はこの程度にして、一旦休憩をしたいと思います。なお午後三時から再開することにいたします。 午後零時五十七分休憩 ━━━━◇━━━━━ 〔休憩後は開会に至らなかつた〕