考査特別委員会 第32号
- 発言数
- 1,524 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1949/08/05
会議録
○鍛冶委員長 これより会議を開きます。 本日は日本製鋼廣島製作所争議事件について調査を進めることといたします。 ではさつそく本件について証人より証言を求めることといたします。ただいまお見えになつておる証人は板垣茂さん、松井並三さん。これより日本製鋼廣島製作所争議事件につき証言を求むることとなりますが、証言を求める前に、各証人に一言申し上げますが、昭和二十二年法律第二百二十五号議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならぬことと相なつております。 宣誓または証言を拒むことのできるのは、証言が証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または証人とこれらの親族関係のあつた者及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するとき、及び医師、歯科医師、薬剤師、薬種商、産婆、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあつた者がその職務上知つた事実であつて職秘すべきものについて尋問を受けたときに限られておりまして、それ以外には証言を拒むことはできないことになつております。しかして、証人が正当の理由がなくて宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることとなつておるのであります。一應このことを御承知になつておいていただきたいと思います。 では法律の定めるところによりまして証人に宣誓を求めます。御起立を願います。松井さん代表して読んでください。 〔証人松井善一君各証人を代表して宣誓〕
○鍛冶委員長 署名御捺印を願います。 〔各証人宣誓書に署名捺印〕
○鍛冶委員長 証言を求める順序は板垣さんそれから松井さんといたしますから、松井さんはしばらく元の控室でお待ちを願います。 板垣茂さんですね。
○板垣證人 はい。
○鍛冶委員長 あなたは日鋼廣島製作所の所長代理をしておいでのようですが、いつからおやりですか。
○板垣證人 所長代理になりましたのは昨年の十一月です。はつきりしたことは今ちよつと覚えておりません。
○鍛冶委員長 大体でよろしゆうございます。あなたの製作所は賠償工場に指定されたようでございますが、賠償工場としては、どういう性格というか、どこの管理に属するものであつて……。
○板垣證人 賠償工場として指定されたのはGHQから指定されました。
○鍛冶委員長 いつですか。
○板垣證人 昭和二十一年の春でございます。たしか四月か五月だと思いましたけれども、そのときには鉄鋼関係の工場として賠償指定を受けました。それからその後、昭和二十一年の八月の半ばごろと記憶しておりますが、そのころに兵器工場としての指定を受けました。そして直接の管理監督と申しますか、そういう命令その他は廣島軍政部から受けております。それで管理責任者として廣島縣知事、それから私の方の工場の製作所長が管理担当者ということになつております。
○鍛冶委員長 あなたの方の製作所は企業合理化をやらなければならぬことになつて、それに伴つて人員整理を行わなければならぬということになつたそうですが、それらの大体の経過をお話していただきたいと思います。
○板垣證人 大体において昨年の十一月ごろから非常に金融面においても逼遣して参りました。それから約二千百人の從業員を持つておりまして、大体月々の生産目標としてあげておつた額が六千八百万円から七千万円という生産目標を立てて、いろいろ仕事を続けておつたのですが、最近の半年くらいの間は大体四千五百万円がらみ、仕事が多いときでそのくらい、少いときには四千万円を割るというような状態が続いておりました。工場の力としては七、八千万円の仕事はできる自信は持つておりますが、今年に入つてから四月以降にいわゆる経済九原則、ドツジラインといつたようなものからいたしまして、さらに工場の経営の実態を再検討した結果、廣島製作所として受注し得る金額が三千八百万円、こういう結論に達しました。それであらゆる経営の合理化、経費の節約というようなものを考慮に入れまして、生産計画、資金計画をいろいろ勘案いたしましたが、いかにしてもこれはある程度の人員整理をしなければならないという結論に達しました。その前から労働組合とは企業再建委員会というものを持ちまして三月ごろからいろいろと——元來私の方の工場は、労働組合は五つの製作所が連合会をつくつておりまして、その連合会と中央経営協議会というものを開きまして、そこで会社全体に関する問題はいろいろと協議しておりましたが、その中央経営協議会の小委員会式のものとして、企業再建委員会というものを三月ごろから開いて、いろいろと企業の実態を組合と協議しておりました。それで五月末に会社として結論が出まして、その結果として六月にそういう結論の発表という段取りになりました。それから引続いて六月二日の午後に、席島製作所といたしましてこの経理状況、生産状況、生産計画というような細かな数字を出しまして、所長から詳細に説明すると同時に、解雇基準、退職手当の問題をあわせて提示いたしまして、組合に、これは会社としては最後案である、しかし組合に何かこれに代る良案があれば、それも考慮に入れて合理化をやりたいということを発表しました。その後にいろいろの争議が起つたわけでございます。
○鍛冶委員長 ところであなたの方と労働組合との間に労働協約が効力を失つたということですが、それはいつからどういうことで効力を失つたのですか。
○板垣證人 労働協約につきましては、先ほど申し上げました中央経営協議会において、日本製鋼所労働組合連合会と本社の社長との間で、その協議を本年二月末から開いているというかつこうなんでございますが、それには廣島からは勤労部長、勤労課長、人事課長というような人たちが出て来て、いろいろ協議したわけでございます。
○鍛冶委員長 本社で……。
○板垣證人 そうでございます。私はその詳細については今ここで、暗記しておりませんが、概略のことを記憶にあることを申し上げますと、二月末日に会社案の労働協約の案を出しまして、それを審議を始めた。そしてたしか三月の初めから半ばごろまで、経営協議会と小委員会の間でその案を練つたのでございますが、これは大体新しい労働組合法その他の法規の改正の素案をもとにしてつくつた案なのでございます。その後四月に、ちよつと日にちのことは覚えておりませんが、次官通牒その他が出た関係上、新しい労働組合法に最初の素案といくらか変つたところが出たというので、会社案に若干の修正を加えまして、またそれをもとにして議論をし、五月の三日が古い労働協約の有効期間の切れる日でございますので、五月三日までにさらに正式の協議会を持とうと言つて、会社側から提案したのに対して、組合の都合で五月十七日までこの会議が持てませんでした。十七日に最後の会合をいたしましたときに、今度は組合側の案が出て参りました。会社案と組合案とを両方から並行的に審議をして行きましたが、結局まとまらない。それは大体において私の方の会社案と申しますのは、新しい労働組合法にのつとつた形で案をつくつたのに対して、労働組合は全金支部日鋼分会、これは廣島に関する限りのことでございますが、その新しい労働組合法そのものを否認してかかつているという形の組合であるがために、これは根本的にまとまる見込みがない状態に立ち至りまして、それで五月三日に切れている旧協約をそのまま一日ずつ延長して行きながら協議を続けたのでございますが、五月二十四日、もう妥結の見込みなしということで、五月二十四日に覚書を取交しまして、一應労働協約はここでなくするということになりました。
○鍛冶委員長 そうすると、それは新しい労働組合をつくらぬから、もうこれで前のは効力がないんだという覚書ですか。
○板垣證人 協約有効期間満了後の就業規則並びに労働契約に関する覚書といたしまして、五月二十四日より無協約になるについては、表記に関する取扱いを左記の通りとする。一、就業規則、かつこして賃金規則、災害給與金規定、その他項を並べてありまして、就業規則並びに会社、組合両者協議の上調印決定した労働協約並びに給與に関する決定は本有効期間満了後にかかわらず残存するものとする。但し將来これを変更する必要があつた場合は、個々の問題につき法令の定めるところによる。昭和二十四年五月二十四日……。
○鍛冶委員長 これはここに書いてあるものだけは前の効力があるものと同様に取扱う、そのほかはすべてないものだ、こういうことですね。
○板垣證人 そうでございます。
○鍛冶委員長 これは刷りものですが、一部もらえるものならあとでもらつておきとうございます。
○板垣證人 さしつかえないと思います。
○鍛冶委員長 そこであなたの方から六月二日にお出しになつた整理案はどういうものでしたか。
○板垣證人 三千八百万円の受注を元にいたしまして、それへあらゆる経営のいろいろの作業の方式の改善とか、その他を織込みまして、ある程度の配置轉換も考えるということで経費の節約の案も出しまして、結局において約七百名の人員整理をしなければ工場が立ち行かない。それでその七百人を減らしました残りの約千三百五十名くらいの人間になると思いますのですが、その千三百五十名の人間を配置いたしますれば、三千八百万円の仕事ができる。こういう次第でその調書を提示いたしまして、六月六日までに一應組合の考えを聞くということを申してありますので、それを無制限に延ばされたんではこちらは非常に困りますので、一應何分の回答を六月六日にもらいたい、こういうふうにして提示いたしました。六月二日のその説明会という名称で協議をいたしましたのですが、これは非常に平穏にその日のその会議は一日くらいかかつたかと思いますが、終りまして、その後この問題は非常に重要な問題である、であるから組合には十分の議を盡してもらいたい。この問題に関する限り、組合大会、あるいは職場大会、執行委員会というようなものは就業時間中に許可を得てやるならばすべてさしつかえないから許可を得てやつて欲しい。それでその間のこの問題に関して費した時間に関しては、給料も支拂おう、こういうふうにして提示いたしました。
○鍛冶委員長 そこでどうなりました。
○板垣證人 それでその日の説明会が終つて、組合の代表がおのおのの職場に帰りますと、もうすぐにその日の午後からは無許可の職場大会を各所で開き始めました。これに対しては翌日抗議を申し込んでおいたのでございますが、引続いて三日には午前中組合臨時大会を開かして欲しい、こういう申出がありましたので、これはかねてから約束してありましたので、許可もいたしましたし、結局午前中というのが午後一ぱい、まる一日費して組合大会を開いたわけです。そうして結局その組合大会の決議を持つて参りましたのですが、それは五項目くらいの決議で、その一つに馘首絶対反対というのが一項目、一番大きな問題でございました。その六月三日になされた決議が、結局このたび解決に至るまで終始一貫した組合の態度であつたのでございます。
○鍛冶委員長 その決議に対しては、あなたの方でどういう対策をとられたのか。
○板垣證人 それでは大体二日以後の組合と会社との交渉の経過並びに争議状況について御説明申し上げます。三日はそういうことで組合大会で終日暮れまして、決議文を所長に持つて来たということで終りましたのですが、四日からは組合の大体の情勢といたしましては、首切り絶対反対の署名運動と称して、これを工場の中でそういう帳面を持つて、課長、工場長、あるいは部長クラスのところまで各職場ごとに、事務所にいれば事務所に、七百人の人間で取り囲む、また表に出ればそれについて歩いて、首切り反対に署名しろ、こういう運動を行う一方盛んに組合の人たちは外部にも出て行きまして、外部で首切り反対の署名をする。一方社宅街に参りまして、家族会というようなものをつくるためのいろいろの運動をする。それでわれわれの立場から見ておりますと、無許可外出、それから集團的な職場放棄という事態が連日行われまして、仕事はほとんどできない。それでそれに対して組合側に、一体これが組合の指令によつてやつていることか、あるいは山猫争議なのか問合せましても、一向にそれに答えて來ない。それでその事態の収拾にも全然無関心でおるというような状態でありました。 それから交渉の方は、四日からまた引続いて、所長を中心といたしまして組合と連日——一日に一回ないし二回の会議を持ちましたのですが、それは終始三日の組合大会の決議の首切り絶対反対ということがその本流になつておりまして、そのために、会社側の説明がこまかな説明に入ろうとしても、なかなかそれが入れない。それで組合側は、ただ三千八百万円という生産計画そのものがいけないのだ。われわれが一生懸命働けば、七千万、八千万でもできるじやないか。それに対して会社が三千八百万円しか注文がとれないというのは、これは経営者の責任であり、また吉田内閣の責任であるというような議論で、結局三千八百万円論に終始したわけであります。それで一向に進捗しない。組合の代表の発言者というものも、毎日新手がほとんど入れかわり立かわり出て来る。こちらでは主として私がこまかな数字の説明などにがかつたのでありますが、常に向うは新手の質問者が出て來、発言者がかわつて来る。そのたびにまた前の問題を、同じことを説明する。一向に話が進まない。六日までそういうような状態で、六日には一應この絶対反対というのでなくて、組合はこういう考えを持つているという考えくらいを出してほしいということを言いまして、結局八日の午後の会合におきまして、組合から一つの案が提示されたのであります。その組合の案と申しますのは、私の方の工場ではTA・ワンという形式の職業用ミシンをつくつております。これが新しい生産計画では、月五百台という数字をあげておるのでございます。そのTA・ワン型の職業用ミシンを千台つくれば、約九百万円の生産があがつて来るじやないか。これで完全雇用ができるじやないかという組合の案でございました。それを私たち聞きまして、それは一應いい着眼である。われわれとしても、経営者がミシンをつくるという計画を立てるにはいろいろのデーターを集めて、愼重検討の結果やつたものだから、それで五百台という数字は出ているのだけれども、一應それはわれわれも眞劍にもう一度考えさせてもらおう、こういうので八日の午後の会合を打切りまして、それについて、われわれも部課長集まりまして協議いたしました。それで八日の午後に組合と会うというときに午後一時と言つて指定をいたしましたところが、組合は実はそのミシン千台案のデーターを書類にしておるのでまだ刷り上つていない。それのできるまでもう一時間待てというような回答がありまして、結局三時ごろから開きました。その最初に出て來た組合から提示されましたデーターは、半分以上は会社のいろいろ職制において、原價計算その他の関係でつくつたデーターをただ刷り直して、これは実費課から出た資料によるという説明が出ておつたのですが、結局そのあとに、ミシンに関するある工場においては晝夜二交代制でやる、そういうことをすれば千台できるという説明なのでございます。その案をもつて参りまして、これは読んでもらえばわかるのだ。別に説明する必要もないから読んでくれ。こういう提示を受けまして、私からその一々の項目についていろいろ質問をして、それではこれに対する回答をするからちよつと休憩をもらいたいと言つて、約三十分の休憩をいたしました。ようやく会議を再開いたしまして、私が答えました要旨は大体こういうことなんであります。晝夜交代をやつて千台をつくるということは可能である。但し新しい生産計画は、残業は全然しないでやらなければ原價計算的に引合わないというので、その工賃は定時間作業で考えている。晝夜交代にやつて非常な夜勤手当を出したり、それから晝夜交代をすると、私どもの方の工場は汽車通勤の関係でどうしても残業せざるを得なくなります。それでやつたのでは、千台できてもこれは原價計算的に赤字になる。それから千台をつくれることはわかつておるけれども、今の四百台がらみの生産を千台に引上げるまでには、三箇月ないし半年の日数の準備期間がいる。その間の金繰りをどうするかという問題、それから資材に関しては、ミシンは重要物資でない関係上、これの物資の割当というものがしかく円滑にはいただけない。そうすると、これはあるいは金で解決のつくものもあるかもしれないけれども、現在五百台の生産計画でも物資はどうしても不足がちなのである。これも金である程度解決がつくかもしれないけれども、今会社がこういうことを考え出したのは、金に詰まつての話である。これも非常にむずかしい問題だ。それから致命的な問題は、そのミシンの賣れ行きの問題である。今私の方のつくつております職業用ミシンが全國に代理店綱を持つておりまして、それの引受け得る台数が三百七十台、それを五百台にするというのは、約百台はどこか輸出向に出す手を打たなければいけない。これは輸出についでもいろいろ骨を折つているけれども、まだ目鼻がついていない。約一年前から手をつけております。そうしてこれは業者がおのおの秘密なものですから確かな数字を申し上げられないのですが、そのときに言つたのです。今全國でTA・ワン型の職業ミシンがつくられておるのが月産千百台である。月産千百台のうち五百台が日本製鋼廣島製作所である。あとの六百台というものは、これは相当有力な——会社名は申し上げませんが、有力なメーカーが三社ございます。これが六百台つくつている。その有力なメーカーがなぜ三世で六百台しかつくれないか。これは力がないのでつくれないのではなくて、賣れ行きの目途がないから六百台しかつくつておらない。そこに日本製鋼所廣島製作所がこれを今五百台から一躍千台にして、市場に出まわる台数千六百とした場合に、一体たれがそれをさばくのか、これに対して組合から、それは従業員が一人一台づつ責任を持つて賣るというような議論も出ましたが、こういうことは、前にも私の方で横浜製作所においてヒーボーというものをつくりましたときにそういう問題も起りましたのですが、実行不可能な問題、そういうことで、組合の案を蹴つたんでございます。それに対して組合側は、二十分の審議で打切つたというような話をしております。一方工場の情勢を申し上げますと、先ほど申し上げましたように、日々山猫争議のようなことが行われておる。このままで推移したならば、たとい整理が行われたにしても、日本製鋼所は戸を締めなければならないという事態を招くと考えましたので、私は所長の口から九日の日に、それではもうこれで会社の責任において会社側が最後案と考えた案を実行させてもらうからということを申しまして、十日にまたその問題を議論しましたのですが、それに対しても同じような押問答の結果、十日には、それでは本日から希望退職者を募るということを申しまして、十日に希望退職者の募集の掲示をいたしましたが、これはすぐに破られてしまいました。改めて十一日に張りましたが、これも破られてしまいまして、結局十一日に解雇者の家へ解雇通知を郵送すると同時に、午後三時ころだつたと思いますが、組合長に会社の勤労課長から解雇者名簿を送達したわけであります。
○鍛冶委員長 幾ら解雇しました。
○板垣證人 そのときは六百六十二名、これはいろいろ組合で協議している間に、会社の方でも修正も行いましたし、それから解雇基準について、嚴正に当てはめて行つた結果が六百六十二名という数になつたのです。
○鍛冶委員長 それは六月十一日ですね。
○板垣證人 そうでございます。
○鍛冶委員長 それについて、組合の方から改めて協議の申出ででもありましたか。
○板垣證人 六月十日に組合は、会社が最後の回答をいたしまして実行させてもらうと言つたものですから、闘争宣言というものを持つて参りまして、十一日に会議をした結果それを渡したところが、組合は四時まで各職場で職場大会を開いておりました。そうして十一日は——私の方は、先ほどから申し遅れておりましたが、給料が遅配になつておりました。それで六月十一日は五月分の給料の遅配分の分割拂いを行つた日なんでございます。その給料が、いつも四時の終業時間に渡されるものですから、四時になつて給料を受取るまで職場大会を開いておりました、給料を受取つた後、四時すぎに本事務研の傍の廣場に全員集合いたして、今度は組合大会を開いたわけです。それで勤労課長が組合長のところへ解雇者名簿を持つて行つたときに、むき出しで持つて来たんでは困るから封筒へ入れてくれというので、封筒へ入れ直してまた持つて行つたのですが、それをもつて組合大会を開いて、すぐ所長に蹴返せという決議をして、それを返しに参りました。しかしそのときはもう四時過ぎておりましたので、会社の者は皆帰つてしまつたあとだつたのです。たまたま秘書課長と人事課長が工場に残つておりまして組合員につかまりまして、これをお前が保管して、明日所長が來たらば從業員の見ている前で所長に突つ返す取計いをするように骨を折れ、こういうことを申しまして、その誓約書を書けというようなことを言われました。それで人事課長と秘書課長が、預かることは預つてよい。これは組合の事務所へ置けないものだから、預かつてくれというので、表に何も書いてない封筒に書いたものですから、預かれと言えば明日まで預かるけれども、所長にそれを突つ返すような取計いをする約束はできないと言つて、結局預かることだけは約束しようと人事課長がバルコニーから話しかけたのでございます。すると、ちようど下の事務所の回りにつめかけていた二千の從業員が、われわれの頭の上から物を言うやつがあるか、降りて来いといきなり連れ出されて、私どもの事務所の前に戦争中防火用水の目的をもつて大きな池をつくりましたが、その池の深さは人間の背の立たないくらいの深さなんであります。その池のまん中に丸い島がありまして、その島へ追い出されて人事課長と秘書課長が責め立てられまして、結局人事課長は夜十時ごろに卒倒して病院へ連れて行かれた。秘書課長はもうそういう約束はせぬことを言い張つて、十二時四十五分まで——組合が翌日何か行事があつたと思いますが、人事課長は十二時、秘書課長は十二時四十五分くらいに預り証だけを渡して許されたということでございました。
○鍛冶委員長 卒倒したのはたれですか。
○板垣證人 人事課長です。
○鍛冶委員長 秘書課長がその証書を書いたのですか。
○板垣證人 そうでございます。
○鍛冶委員長 そのときに何かけがをしたというのはどうですか。そういうことはありませんでしたか。
○板垣證人 けがをしたようなことは開いておりません。
○鍛冶委員長 その前に、あなたの方で何か第三者を含めない交渉なら應ずるとか言われたことがあるというのですが……。
○板垣證人 そういうことははつきりは言つていないのですが、ちようど六日かと思いますけれども、最初二日に発表いたしましたときは説明会、それから四日以後も説明会の形式でやつておりました。ところが六日だと思いますけれども、突然組合側から今日は團体交渉にしてくれということを言つて來ました。
○鍛冶委員長 六日ですね。
○板垣證人 六月六日です。六日にそういうことを言つて、いよいよ顔を合せたとたんに、團体交渉にしてくれということで、そのときに社外の全金属の本部の人が一人入つておりました。それでこの問題はまだ内部の問題であるし、社外の人を入れて話をするよりも、社内の人間で、ほんとうに工場のことがわかつている人だけで話した方が解決は早いから、それで一應これは團体交渉ということでなく、流会になりました。その後にこの問題は、最初に私から組合に、今度の問題は非常に重大な問題である。それだから愼重に両方議を盡して、模範的な交渉をしようじやないかということを申しましたのに対して、組合から文案をつくつて参りまして、協定を結んだことがございます。その協定書は、六月五日に結んだ協定書でございます。会社、組合間の日常業務処理又は紛争中といえども会社は正当な組合活動を阻止又は妨害するが如き行為をなさず、組合は破壊的、暴力的行為は一切行わないことを確約する。」こういう協定を六月五日に結び、さらに六月六日には、そういう問題のあつた直後において、組合からの話合いがあつたので、私の方から文案をつくつて、もう一つ協定を結んでいるのですが、「企業合理化についての六月二日会社提案は、会社としては日鋼廣島の再建についての日取案であるが、尚組合の意見を徴する余地あるものであることを確認する。尚企業合理化については二日より協議したが、更に会社、組合間のみで本問題に関して最善の努力を拂い、速やかな解決に双方誠意を盡す事を確約する。」それでこの協定書の文案は会社側でつくつたのですが、これを協定するときに、「会社、組合間のみ」でというこの「のみ」という字は、組合側が入れてくれというのでこの「のみ」を入れたんで、「のみ」を入れることはわれわれの方としては最も希望するところだ。それでこれは入れたわけなんです。
○鍛冶委員長 その六日に、今あなたおつしやつた、だれかほかの者が入つたというのは、そのとき初めてでございますか。
○板垣證人 そうです。それまでは協議会には社の人間だけで話しておりました。
○鍛冶委員長 どういう人が入つておつたのですか。
○板垣證人 全金属の本部の坂本光平という人だといつておりました。これは賠償指定工場でありますので、私の方では出入についてはすべて署名をとつておりますから、それでその人が坂木光平氏であることは、その入門のサインで知つたわけでございます。
○鍛冶委員長 わかりました。そこでそういう大騒ぎが十一日にあつてから、さらに十二日には一層大きい騒ぎがあつたようですが、その模様を承りたい。
○板垣證人 十二日にはそういうことが十一日にあつたことを報告は受けましたのですが、私は朝八時四十五分ごろに、勤労部長と慶島市内で会いまして、同じ自動車で会社に入りました。会社へ入りますときに、西門と称しております門を自動車で入ろうとすると、組合の青年部の若い人が、私の入るのを守衛所で見ておりまして、急いで走つて行く姿を認めました。そうして私は所長室へ通るのに、秘書の部屋を通つて入るのですが、秘書の部屋を通りがけに秘書に、今から部課長会議を開くからすぐ集めろということを言つて、所長室へ行つて上衣を脱いで、自分のいすに腰をかけるとほとんど同時ですが、電話がかかつて参りまして、とりましたら、それは組合の執行委員の松田敦巳君の声で、きのうの解雇者名簿の件について所長に会いたいが会つてくれるか、こういうことを言つて参りました。それに対して私は、署長はきようは午前中は廣島市内のいろいろな連絡があるので、午後にならなければ見えない。私がかわつて会つてもいいけれども、会うならば勤労部長を通じて言つて來てもらいたい、こういうことを言いました。私の方でいつも組合と交渉するときには、勤労部を通じてやる習慣になつておりますから、そういうことを言つたのであります。そうすると松田君は、勤労部長も来ているんですかと言つて電話を切りまして、それからほとんど五分もたたないうちにデモが押しかけて参りまして、所長室の前の廊下を赤旗を持つて踊り狂つて、とびはねる、ガラスをぶちこわされる、それから秘書の部屋にも三十人くらいかそれとも五十人くらいの人間が、これは青年行動隊の人たちですが入つて、秘書の室を占領される、ほとんどもう所長室におつても、秘書と所長室との間のドアを開け放されて、そこからのぞいたりして、部課長はそのころに大分集まつて來てはおりましたけれども、この会議を開くこともできないような状況でありました。そうこうしているうちに、また松田君から勤労部長に、團体交渉を開きたいからということを言つて参りまして、それに対して私勤労部長に指示いたしまして、組合が組合員を全部工場にもどして、職場にもどつて平静な状態になおらなければ、團体交渉などを開くことはできない、それで團体交渉は開くから、平靜な状態にもどしなさい、そうして團体交渉の場にはデモをしかけたり、それから大衆の圧力をかけるというような行動をされたときには、いつでもその交渉を打切るということを組合に通達させました。これは非常に混乱した場面でしたので、文書などでつくる余裕がなかつたので、すべて口頭でございます。電話連絡でやつておりました。それに対して組合では、それでは一考しようというような意思表示があつたそうでございますが、事態はますます惡化して行くばかりで、事態の收拾はつかない。そのうちに午後一時ごろに私に呉から電話がかかりました。そのころには交換手が職場を放棄してしまつた関係と思いますが、電話はすべて直通になつてしまつて、交換台を使うことができないので、所長室の電話は使えないで、守衛所の電話に私は呼び出されて行つたわけでございます。電話を終つて出て來ると、もうすでに組合員がスクラムを組んで、きのうの人事課長、秘書課長を監禁した中の島に通路をつくつて待つておる。それで私はまだ君たちの代表とこれから話をしなければならぬ問題があるので、所長室へ行くのだから通してくれ、こう言つておると、そこへ書記長の越智一見君が走つて来て、どうしたんですかということをほとんど一言二言言つておる間に、私の両腕を押えるのがきつかけになつて、みんなでわつしよいわつしよいというわけで押し出されたわけであります。押し出されて行きまして、私は助けてくれということを十数回言つて押し出されて行つたわけであります。それで正面玄関の車寄せの柱の前に力盡きてすわつてしまつた、こういうわけでございます。 (発言する者あり)
○鍛冶委員長 静粛に願います。その中の島へ押し出されて行つたんじやないですか。
○板垣證人 中の島まで行かないうちに、私は玄関のところで坐つてしまつたわけであります。
○鍛冶委員長 玄関というと事務所の玄関ですね。
○板垣證人 そうです。それでその次には約一時間くらいののちと思いますが、これはあとで本人たちに聞いたのですが、今板垣が下で大衆に取囲まれてまつ青になつている、いつ殺されるかわからないという状況だ、それで松田敦巳、越智一見君が所長室に——所長室は当時もう部課長全部集まつておりましたが、そこへ行きまして、一言釈明してもらえば板垣は帰れるんだから、だれか来て釈明してほしいというので、それではというので若い課長、工場長の人たちが四人ばかりそれじや行こうと言つたら、きみたちじやだめだ、それじやというので、もう一人松本という所長代理が行くと言つたら、それでは勤労部長も來てくれというわけで六人おりて参りまして、中の島に闘争本部がそのときあつたのですが、そこへ行つて釈明をいたしました。釈明をいたしましたけれども、これは全然それつきりで、またその六人も私のわきへ坐つた、そうこうしておりますうちに、今度は守衛所にいた警備の担当をやつております総務部長付の長門という男がおりますが、それのところに組合の北平勝美という教育宣傳部長が参りまして、何か言葉の行き違いから謝罪せいというようなことで、長門を手取り足取り連れ出して、これは中の島に連れて行かれました。それから長門君がいなくなると、十分に警備の任務が盡せなくなるので、ちようど総務部長の鈴木という人が、その朝工場がら銀行方面にちよつと用事があつて出まして、戻つてきて、そのときに守衛所にいたのであります。長門にかわつて守衛をいろいろ指揮していたのも、これもしばらくすると、いすごと連れ出そうとした。それで鈴木君はそのいすからすべり落ちて横になつていると、今度は足でけり出されて、また結局私たちのいるところに出された。それで日が暮れるころになつてから、今度は二階にいる部課長等も一人ずつ同じように、手をかけるな、手をかけるなというので、いすごと押し出したり、あるいは連れ出したりして、次々と出されて、結局十二人の部課長が玄関前に引出される。それから八人くらいの部課長の人が所長室に残つておつたのですが、これは二階で別に入れかわりたちかわりいろいろおどかしたり、すかしたり、いわゆる人民裁判的なことが行われた。私たちの方には、その間に組合の幹部の人たちはその闘争本部にいて、いろいろ夜の準備をやつて、その間家族と称して、家族の人も実際に來たでしようが、そのほかの人たちも盛んに入つて來た。外部の人も入つて來て、かわるがわる尋問を継続する。
○鍛冶委員長 あなた方にですか。
○板垣證人 そうです。それで夜の九時か十時か——時間の記憶がはつきりないのでありますけれども、九時か十時ごろになつて、林執行委員長から、ただいまから團体交渉を始めますというようなことを宣言して、私らの前に三十人くらいの人間でいろいろ始めかけたのですが、私は團体交渉というものはこんな状態では開くことはできない、これでは正当な判断をすることはできないし、團体交渉はお断りすると、終始もうそれ以外にはほとんど口をきかないで黙つていたのです。
○鍛冶委員長 そこで向うで尋問をしたときには、最後には何か申渡しみたいなことでもやつたのですか。
○板垣證人 申渡しのようなことも——個人的な攻撃もやりますし、きさまそれでも男か、これが鬼の張本人だというようなことを言つてみたり、それから泣いてみたりおとしてみたり、いろいろなことをやりました。
○鍛冶委員長 被告とかなんとかいう言葉まで使つたとか、そういうことはないですか。被告板垣とか……。
○板垣證人 まあいろいろそれを話して、たとえば首切りをやるのはきみらの本旨じやないんじやないか、二、三箇月後にはきみらの背後の権力はみななくなつてしまうのだ、今われわれと一緒にやろうじやないか、だからきみらが社長に言いつけられてそれをやつているなら、社長のところへ一緒に行こう、社長がまた吉田に言いつけられているなら、古田のところへ行こうというようなことも言われました。
○鍛冶委員長 それはいいのですが、あなたが人民裁判と言われるその内容を聞きたいのです。被告板垣というような言葉を使つたのですか。
○板垣證人 そういうことを言われたこともあります。
○鍛冶委員長 かわるがわる聞くのですか。
○板垣證人 そうです。社内の人間ばかりでなくて、社外の人も來ているので、これは経験のない方はおわかりにならないと思いますけれども、それでやられると混乱して、ほとんど記憶力も何もなくなつてしまうのです。三時間もそういうことが続くと……。私は一番長くかかつたわけですけれども、一時ごろから翌朝の六時まで続いたわけです。
○鍛冶委員長 そのほかの部課長はどうでしたか。
○板垣證人 それぞれ先ほど申しましたように、時間は六時に一應終つたわけです。
○鍛冶委員長 その間に人事本省に陥つた者、なぐられて負傷した者がおつたそうですね。
○板垣證人 なくられての負傷は私は存じませんけれども、ただ精神的な非常な混乱から卒倒した者が六人かおります。
○鍛冶委員長 負傷した者もおつたんじやないですか。なぐられたか、ひつぱられるときに傷ついたりした者は……。
○板垣證人 そればおりました。長門、それから総務部長の鈴木、この二名は負傷しております。勤労部長は卒倒して、これは私の隣におりましたが、もう手がけいれんいたしまして、非常に冷たくなつてしまつて、初めは手を握つていてくれと言うから握つていましたが、非常な冷たさになつている。それから手をもんでやつていると、そうしていてもらいたいと言う。私が片方の手をもんでいて、向うの手もまただれかにもんでくれと言つておつたわけです。
○鍛冶委員長 それでも放さずに尋問しておるのですか。
○板垣證人 それで私は医者を呼んでくれと言つて、結局一時間くらいしたら医者が参りました。緒方勤労部長はたしか五時か六時には別室へつれて行かれて、そこで一晩中ソアアーの上へ寝かされておりました。
○鍛冶委員長 それからその晩十一時ころに占領軍のたれかが來たということですが、そういう事実はありましたか。
○板垣證人 來られました。
○鍛冶委員長 たれが来たのですか。
○板垣證人 これは私は名前を知らないのですけれども、來られまして、それ以後はかなり静粛になつたのです。
○鍛冶委員長 それは工場内に入つたのですか。
○板垣證人 入りました。
○鍛冶委員長 入るときに妨害したとかいうことですが、そういうことはありませんね。
○板垣證人 それは私は見ておりませんでした。
○鍛冶委員長 けれどもあなた方を救い出すことはできなかつたわけですね。
○板垣證人 そうです。
○鍛冶委員長 あなた方がそういう目にあつておることは……。
○板垣證人 私はその人に呼ばれていろいろ状況の説明をいたしました。
○鍛冶委員長 その晩ですか、十一日の晩ですか。
○板垣證人 十二日の晩です。
○鍛冶委員長 あなたは向うにひつぱられて、玄関前で尋問を受けておつたのでしよう。
○板垣證人 その間に一時間半か二時間くらいだつたと思いますが、二階でどういうことかということをお話いたしました。
○鍛冶委員長 そのときは組合員はあなたを放したですか。
○板垣證人 アメリカ人が來て、來いと言つてつれて行かれました。そのときには、私が行くと同時に組合長もついて行きました。
○鍛冶委員長 それでいつごろ帰つて行つたのです。
○板垣證人 何時ころでしたか、三時くらいじやないかと思います。はつきりしたことを覚えておりません。
○鍛冶委員長 その間はあなたは二階におつたわけですね。
○板垣證人 そうです。
○鍛冶委員長 それから帰つてからあなたはどうなりましたか。
○板垣證人 帰られたのか、あるいは二人か三人か來られたので、そのうち一人の方は朝まで残つておられたようです。
○鍛冶委員長 あなたはその人と一緒に部屋におつたのですか。
○板垣證人 秘書の部屋にいろいろ状況を説明させられる間だけおりました。所長室には組合員と部課長が入つておりました。
○鍛冶委員長 それからあなたはあまり尋問を受けぬことになつたのですか。
○板垣證人 三時ころまでは私は秘書の部屋におりました。
○鍛冶委員長 そのときは尋問を受けてないのでしよう。
○板垣證人 そうです。
○鍛冶委員長 帰つてからは……。
○板垣證人 帰つてから続きをやりまして……。
○鍛冶委員長 二階でか、下でか。
○板垣證人 下です。
○鍛冶委員長 あなたは帰れと言われて帰つたのですか。自発的ですか。
○板垣證人 帰れと言われて帰つたのです。
○鍛冶委員長 下へ降りろと言われて行つたのですか。
○板垣證人 はあ。
○鍛冶委員長 ここに写眞第一がありますが、これは池の島……。
○板垣證人 今まで名前がなかつたのです。
○鍛冶委員長 池の島から長門氏が出ようとしたら、途中何か島へ行くまで飛び石みたいなものがあるのですね。そこで止められているような写眞ですが……。
○板垣證人 これは十四日でしよう。
○鍛冶委員長 十四日にもそういうことがあつたのですか。
○板垣證人 十四日にはちようどこういうことがありました。これに抱き止められているのは私です。
○鍛冶委員長 これは長門氏ですか。
○板垣證人 池の島の方にいるのが長門君です。これも私です。
○鍛冶委員長 これは皆十四日ですか。ここには十二日というのはないのですね。よろしゆうございます。それから十三日にはなお一層騒ぎがひどかつたようで、何か進駐軍が出て來られたというのですが、十三日の模様を……。
○板垣證人 十三日には六時に一應われわれ二階へ上りまして終つたのです。その後すぐまた追いかけて來まして、今から三十分ぐらい後に團体交渉を開いてくれということを言われました。それに対して私は、もう頭が空つぽになつている。それで、こういう状態で團体交渉は三十分では開けない。そのときは非常に気が弱くなつていた関係と思いますが、それでは今から二時間後に所長を連れて来て團体交渉を開けということを言つて参りました。二時間で所長を連れて来ることもできない。それではということでごたごたいたしまして、八時四十五分ぐらいから再度團体交渉を開かざるを得ないようなはめになつて参りました。それで今度はちやんと團体交渉をする場所でやつたのですが、組合員はやはり前日のままの態勢でとりかこんでおりますので、その監視の中で團体交渉を開いたということになります。その交渉を開いておりますと、軍政部の係官が、その交渉が始まつて三十分くらいしたときと思いますが、私と林君と二人を呼び出されまして、そのときに、ここは賠償指定工場である。賠償指定工場には軍政部の許可のある者でなければ入れない。それに何か外部の人が入つているようだが、これは組合長すぐ退去させるべきだというような話と、私の方には、賠償指定工場として一体どういう手続で入場を許可しているのかというような、主として賠償工場の管理担当者とそこの従業員の心得というようなことでいろいろ注意を受けたわけでございます。そのときに余談という形か何かで、占領軍の係官と林君との間の一問一答を脇で聞いていたんですが、こういうことがありました。十二日の状況は、これは何か。ストです。それでは今日は何か。今日はストですと言いかけて、今日は休日ですというような——ちようど電休日でした。明日はどうか。明日もこのまま行けばスとです。このストは——新しい労働組合法がちようど十日から施行されたわけです。労働組合法の規定に從つて無記名投票でやつたストか。いやそうではない。大会形式できめた——大会形式できめるというのはどういうことを言つたのか、満場一致できめた。その大会形式の満場一致というのはどういうことか、全員が拍手したから満場一致と認めました、それからこのストに対してはあらかじめ経営者の方に予告したかといつた質問に対して、闘争宣言を十日に発しております。闘争宣言にはいつから罷業状態に入るかということをうたつてあるかという質問に対して、そういうことは書いてありません。これは非合法なものだと思うかどうか、そうだというような問答をしております。
○鍛冶委員長 それからさらに解散させいと言われたのじやないですか。
○板垣證人 解散させいということは言われないと思います。
○鍛冶委員長 そのとき何か解散させるように放送したというようなことを聞いたのですが、そういうことはありませんか。
○板垣證人 十三日にはそういうことはありません。 そこで十三日午前中の團体交渉はうやむやで終つてしまいまして、午後一時からまた向うから言つて來てやりました。そのときに結局きのうのような状況を見ても、まだ首切り案を撤回しないかということを向うから言われたのに対して、私は今となつては撤回できないと言つた。その瞬間にまた軍政部の係官から組合の代表全員と会社の代表全員が呼び出されまして、繰返し賠償指定工場としての心得を、今度は執行委員全員と、それから会社の部課長全員に注意をされたわけです。それで團体交渉も終つて、組合の方もすべてそれで終つてしまつたわけなんですが、組合の方では前の晩に徹夜をしているのと、それから何か——これはうわさですからはつきりはわかりませんけれども、組合の内部から、きようもカソ詰にするなら事力でも帰るというような声が出たというような話で、組合員は前の晩は寝てないということも大きな原因だと思いますけれども、三時ごろ全員工場を退去しました。
○鍛冶委員長 午後ですね。
○板垣證人 はい。十三日はそういう騒ぎがあつたものですから、われわれはま、だ残つておりましたが、檢察廳からその監禁を受けた被害者全員すぐに検察廳へ來てくれ、こういう電話がかかつて参りました。それで私たちはそこを脱出いたしまして、結局倒れた者などもいるものですから全員は行くことができませんで、部課長全部をとにかく廣島市内に分宿させて、私と総務部長と六、七名の者が檢察廳へ行きました。いろいろその前の晩の話などの調書をとられました。そうして終つたのが八時過ぎでございました。それで八時過ぎから市内で所長を中心にしていろいろ協議いたしまして、結局もうこのままの状態では賠償保全の責任は全うできない。それから職場の秩序は乱れて仕事はしないという状態で無警告ストである。またわれわれの身辺にも危險があつて、とても工場を開いておくことができない状態であるという判定のもとに、無警告ストに対抗する手段として工場閉鎖を決意いたしました。その結論までにもいろいろ議論がありまして、結局工場閉鎖を決意したのが十一時過ぎでございました。それで実はどこへも連絡がとることができないので困つたのです。そうかといつてもう一日延ばしたらばストで出て來るが、今ならば工場から全員出ておる。これを延ばしてまた騒ぎを始めたときにやつたらこれは警官の出動を見なければならないようなはめになるだろう。今はちようど全員工場から出ておるときだから、その機会にやれば摩擦がなく工場閉鎖ができるのじやないかという見方から、翌朝工場閉鎖をするということに決定いたしたわけであります。それから塀のないところもありますので、仮の囲いをいたしまして、六時五分までに工場閉鎖の立札を立てました。そうして私はとりあえず軍政部まではまつ先に報告に行かなければいかぬというので、七時に出て呉まで行きました。それで軍政部の係官に工場閉鎖をしたといつて説明をしているときに、八持ちよつと過ぎでしたが、今お前の工場に五百人が、塀を乗り越えて不法侵入したという報告が來たぞというお話でございました。それで私もそれじや工場へ帰るからと言つたら軍政部の係官がおれも行くというので、ジープに乘せてもらつて工場へ帰りました。
○鍛冶委員長 だれですか、一緒に來たのは……。
○板垣證人 ダガーという大尉で、軍政部長代理です。それからあとはその日の八時ごろまでは日本製鋼所廣島製作所の労働組合として私のところへいろいろ会見を申し込んで来たり何かしました。それで今拝見しました写眞はそのときの写眞でございます。あの日の二時三十分ごろだつたと思います。そこで二時三十分ぐらいに組合側が團体交渉を開きたいと言うから、それより君たちがそこを出るのが先決問題なんだ、出た上ならまた話をしようじやないか、私は團体交渉は今後も誠意を持つて続ける、それからその交渉の場所は双方協議の上きめるということを約束して帰るときです。この写眞は……。
○鍛冶委員長 それで帰さぬと言うのですか。
○板垣證人 はい。何かそこで私をとめていたのは黒神貞松君でしたか、帰さぬといつてとうせんぼうをしたのです。
○鍛冶委員長 それであなたはとにかく帰つて来た。長門氏は……。
○板垣證人 長門氏はあとから帰つて参りました。
○鍛冶委員長 そのときダガー大尉が來られての模様を聞きたいのです。
○板垣證人 私はそのとき実は應接室に入つておりまして、もうそのときは社外の人が実は家族の者だといつてどんどん入つて來て、所長代理に一目会わせろといつて、つきまとつているものですから、私は應接室へ入つたきりで一歩も外へ出なかつた。ですから應接室内のできことは知つておりますけれども、外のことは應援室から大衆がいろいろやつておることは見ておりましたが、建物の内部のほかの部屋のできことは知りません。
○鍛冶委員長 報告は受けているでしよう。
○板垣證人 大体の報告は受けておりますけれども、占領軍の方のことは、会社の者との接触は聞いておりますが、組合の方とのことは聞いておりません。とにかく中の島に行かれて有川武典君と話しておられた。そのうちに二階にもどつて來られて、そのときに林君と、松田君、越智君、渉外部長の竹田君ぐらいの人たちがダガー大尉と何か話しておられるところは見ておりました。それからその後に晝間でしたか、過ぎでしたか、私も顔をはつきり知らないのですけれども、その日ぐらいからか、そのときにもうできていたかしりませんが、共同闘争委員会の委員長の松江澄氏がダガー大尉と何か話をしておられたということは後に聞きました。しかしそれもどういうことを話しておられたか存じません。
○鍛冶委員長 退去させろという命令があつて、マイクか何かで退去させることを命令した、こういうことですが、聞いておいでにならなければおいでにならないでよろしゆうございます。
○板垣證人 聞いておりません。
○鍛冶委員長 それではよろしゆうございます。それから賠償施設物件の保管のために、知事に対して進駐軍から命令があり、それから知事から警察に対して出動を命じたということですが、この点はいかがですか。
○板垣證人 これは新聞で私承知しただけで、知事と軍政部とのいろいろ命令の往復とか、あるいは知事から警察署への関係ということは、全然存じておりません。ただ先ほど申しましたように、十四日の八時過ぎ——ちようど日の暮れるころですから八時ごろと思つておるのですけれども、林君と松田君ともう一人越智君だと思いますが、この三人が——越智君です。この三人が私に会いに来て、今君らがここに入つていること自体が間違つているのだから、この建物の中で君たちと会うことはできない。できないけれども非公式に会おうと言つて、そのときもそういうような話をしたのです。それから交渉は別に持つという話をしたのですが、そのときが組合と私たちと直接話のできた最後であつて、その後はもう知事と共同闘争委員会との話合いになつて、そうしてこれもうわさですが、何か知事に、自分が直接出て來なければ、代理人とでは話をせぬというようなことを共同闘争委員会は言つたとかいう話で、十一時ぐらいだと思いましたが、懸の賠償課の人から知事の命令で、全員退去させろということを会社の所長から傳えろと言われたのですが、もう私の方ではそういう機能は全然ないから、これを傳えることはできない。しかも組合だけの問題でなくて、共同闘争委員会との話合いになつているようで、われわれのところから言つても通ずる道はもうないようです。知事から直接傳えてほしいということをお願いしたわけです。それで知事の方で結局あの山から拡声器で放送されたのです。
○鍛冶委員長 十五日の……。
○板垣證人 十五日の午前四時でございます。
○鍛冶委員長 そのときあなたは……。
○板垣證人 工場の中におりました。
○鍛冶委員長 そのことは聞えましたか。
○板垣證人 断片的に聞えました。組合はもうそのときに歌を歌い、サイレンを鳴らしたり、あらゆることをして聞えないようにやつていました。
○鍛冶委員長 最初の一ぺんは聞えたが、その次からじやまをしたというのじやないのですか。
○板垣證人 間でも断片的には聞えてはおりましたが、私の事務所から山まで距離にして約六百メートルくらいあるので、はつきりは聞きとれません。労働組合員のおつたととろは、川のへりにいた人たちは三百メートルそこそこのところだつたから、これは聞く気なら聞えたと思います。
○鍛冶委員長 それから警察官が入つて退去させたようですが……。
○板垣證人 警察官が入つて退去させまして、そのときは私は應接室の窓から見ておりました。
○鍛冶委員長 午前……。
○板垣證人 午前五時——私が警察官の姿を見たのが午前五時三十分ぐらいかと思います。
○鍛冶委員長 それは相当な騒ぎだつたでしような。
○板垣證人 警察官は三十人か四十人の人が一隊となつて、二列の縦隊で棒は持つていますけれども、棒を下げて相手の顔は見ない。相手の顔は見ないで上の方をながめてそばにやつて來ます。やつて来ると、組合側の方はいきり立つてスクラム組んでおりますから、わつしよわつしよとやつて非常に興奮しておるのです。幾つの除も來られましたから、ある隊のごときは最初から約三十分くらい対峙したままで待つておられたのもありました。結局警棒を持つたままで組合側と接触する。接触すると、組合の方はいきり立つて、中に力の強いところがどこかにできて押し出して來る。押し出して来たのが自然にどこかスクラムが解けて五人か六人が列のうしろに出てしまう。四十人かの警官の一稼は二列になつておりますから、うしろの列を通るときは戦意を失つておとなしく出て行く。そういうことを二、三回繰返しておるうちに、フアイテイング・スピリツトの旺盛な人間だけが飛び出して行つてしまう。そのあとに残るのはおとなしい人間だけで、これは靜かに出ます。ですから警察官のやり方を見ていて実にうまいものだなと感心しました。
○鍛冶委員長 そのときは相当傷害があつたり何かしましたか。
○板垣證人 傷害はあのときには新聞で見たのですが、組合側の発表が軽傷三百何十名、重傷二十何名とかであつたと思います。私も非常に心配いたしまして病院長にすぐ連絡をとりまして、どういう状況だと聞きました。それから病院の方から担架に乘せてすつかり死人を出すようなかつこうで出て来るのがあるのです。それで非常に心配しまして病院長にどうなつたのかといつてやつたところが、一番重い傷が額に裂傷を負つた程度で、裂傷を負つたのは鉄か何か鈍器でたたかれたようなので、むしろ電柱についておる金がありますが、あれに自分でぶつけたのじやないかというのが、院長の見た話でした。それが一番重い方で三針縫つた。あとは擦過傷程度で、あのとき会社の病院で手当をしたのが、二十何人か三十何人でした。
○鍛冶委員長 裂傷は何名ですか。
○板垣證人 裂傷はそれ一名です。それから黒神貞松君が捻挫したのと、わきの下をけがしたのがありました。黒神貞松君は最後まで残つておりまして、黒神貞松君は最後に、守衛の見張所の建物があるのですが、その上に上つてしまつて盛んに警察官に対して演説をやつておつた。そのうちに警察官がそれにとり合わないでいたものだから、自分でどこかからおりた。どうしておりたか、私それは見落しましたが、それでおりてから最後に一番おとなしかつた人か何かが五、六十人建物の陰の方にすわらせられていた人たちがあつた。そこの列へ黒神君が入りました。香川君もそこに入つて行くのを見ました。それらがみな出てしまつてから、警察官があの人たちを出そうとしたならば、前列の方にいた連中がみなスクラムを組んだまま仰むけに倒れて動かなかつた。そういう人たちを出すために、警察官は一人に両手と両足とに四人ついて連れ出した。途中までそういうことをしていた人でもたいがいはちよつと連れられるとまた歩いて出て行つたようですが、あのときに黒神君がワッと大きな声で泣き出して、それで足を捻挫したというわけでした。
○鍛冶委員長 高いところから飛び下りたときに捻挫したのではないのですか。
○板垣證人 それはどうか私は知りません。
○鍛冶委員長 何か死人があつたということを言つておりますが……。
○板垣證人 死人は絶対ありません。そういうことは先ほど申しましたように病院から担架のままおおいをかけて連れ出した人間がありましたのを見て死人と思つたのかもしれません。
○鍛冶委員長 何か黒神君がワツと大声を上げておつたでしよう。はたの者も一緒に泣いてそれを写眞にとつて死人が出たということになつておるが、そういうことはありませんか。
○板垣證人 ワツと泣き出して向うの建物の中にどうかして入つたのです。ちようど新聞社の人たちも、それから日映の人たちも應援に來たりしていましたから、その人たちが一齊に向うの建物の中に飛び込んで行きました。その中で私はどういうことがあつたか反対側の建物の中におりましたので存じません。
○鍛冶委員長 そういううわさも聞いておりませんか。さつきちよつと言つたのですが、ダガー大尉が來られて、林組合長だろうと思うのですが、林組合長に解散をさせるようにせよと言つた。なかなかがえんじなかつたが、とうとう林君はマイクか何かを使つてそれを組合に傳えたということだが……。
○板垣證人 傳えました。十時に言われて十時二十分までに出ろと言つて、どういう話をしたかその前の方は知りませんけれども、ダガー大尉が林君に十時までに全員を退去させろと言つたというのは私わきからちよつと通りすがりに聞きました。やがて林君が下へおりて行つてそれをマイクで傳えまして、そのとき入つていた人数は八百人ぐらいだつたと思います。それが大体六百五十ぐらい、あと百五十ぐらいと思われるまで一應退去を始めたのですが、そのときにだれが言つたか、工場閉鎖に疑義がある。あるいはこれはうわさで私が直接聞いたわけではございませんが、一度この工場を出たならば二度と入れないからみんなもう一ぺん全部もどれと言われてもどつて来たのであります。
○鍛冶委員長 その疑義があるといつて叫んだのは、黒神君だということですが、どうですか。
○板垣證人 これもはつきり私本人の言つたのを見ておりませんから……。
○鍛冶委員長 疑義があるということを言うた者があることだけはあなたは見ておりますね。
○板垣證人 ええ。
○鍛冶委員長 今聞いたそれぐらいの負傷者で、死者もなかつたのですが、非常に宣傳が大きくて死者何名、負傷者何百名というので、新聞から号外並びに張札までどんどん市内にやつたということですが……。
○板垣證人 はい。ありました。
○鍛冶委員長 大体どんなことを言つておりましたか。
○板垣證人 不法弾圧という言葉でそれを片づけているのです。不法弾圧の実況と言つて新聞に写眞をかつてに映し直したのだということで非常に誇大なポスターが出ていたようです。
○鍛冶委員長 組合書記局からニュース第二報というものが出ておつたようですが、そういうことは御承知ないですか。
○板垣證人 組合の方のニュースはなかなかわれわれの方には入りにくいものですから……。
○鍛冶委員長 「五・三〇虐殺事件廣島日鋼において起る。廣島日鋼ストに協力出勤した廣鉄組合員一名死亡、廣船組合員一名瀕死の重傷、今からも続々重軽傷者続出の見込み。虐殺された同志を帰せ。」こんなようなことを書いて出しておつたようですが、これはお聞きになりませんか。
○板垣證人 聞いておりません。
○鍛冶委員長 この争議に加盟した團体を先ほどおつしやいましたが、どういう團体とどういう国体が加盟しておつたか御承知ありませんか。
○板垣證人 これも組合の方でないとわからないのですが、六月十五日の夕刊廣島に載つたところで在廣各組合、廣船というのは三菱重工の廣島造船所です。廣船、國鉄、全逓、全鉄、電産、日通、日発、日映演、配炭公團、教職組、朝煙、全学連、全新聞、通産省というようなものであります。
○鍛冶委員長 通産省というのは廣島の通産省ですか。
○板垣證人 通商産業局です。
○鍛冶委員長 それも出て來たのですか。
○板垣證人 はい。
○鍛冶委員長 それで一番多いときは何千人ほどおりましたか。
○板垣證人 いろいろと組合側の報道はあつたようですが、私が目撃したのでは一番多いときで八千ぐらいかと思います。これはちようど十五、六日かと思いますけれドも、どちらか忘れましたが、私の方の隣の東洋工業という工場がありますが、そこの工場の組合が、これは終始中立の態度をとつておりまして、それで会社側に対して東洋工業の組合から、早く解決して労働者の生活を見てやれということを勧告に來られたのです。デモに参加するという意図はなかつたらしいのですが、二千幾らという数になつている。それが來られたときに全金組合が全部それを包囲して出さなくしてしまつた。そのときが一番多かつたのではないかと思います。そのときに結局やり方がひどいというので、その東洋工業の組合などは非常に反省して、廣島で現在産業防衛会議というのと産業復興会議というのといわゆる民同派と左翼派とわかれてしまつた。そのきつかけはおそらくそのあたりにできたのではないかと思います。
○鍛冶委員長 そのあとさらに組合大会であるとか人民大会というものを工場の外で行われたということですが、それはどのようにお知りです。
○板垣證人 これは最初の一日、二日は工場の前の廣場、延命神社という神社がありますが、この神社の前の廣場でやつております。
○鍛冶委員長 十五日ですか。
○板垣證人 十五日ごろから梅雨に入つて雨が降つて参りまして、それで組合の人たちが十六日か——十五日はたしか青天井でやつていたのですけれども、十六日以後は戦争中に私どもが約千人の人間を收容する寄宿舎を持つておりました。それが現在ほとんど使われないで遊んでいて、その食堂も約千人收容力があるのです。その食堂を大会場として占拠した。それから寄宿舎も全部占拠してそこへ寝とまりしていたようです。十六日以後は主として松石寮という寄宿舎、そこを……。
○鍛冶委員長 あなたの会社の寄宿舎ですか。
○板垣證人 そうです。
○鍛冶委員長 近くですか。
○板垣證人 すぐ工場の裏になつております。
○鍛冶委員長 十六日に人民大会をやつたのですか。
○板垣證人 やりました。
○鍛冶委員長 それから後ですか。
○板垣證人 それから後に松石寮に行つたり、懸廳の廣場でもやつたこともあつたようでありますし、元戰争中練兵場だつた児童文化会舘のあたりでもやつたように聞いております。それは確かであるかどうか知りませんが……。
○鍛冶委員長 その大会でえらい人が來ていろいろ激励演説をやつたということですが、その点はお聞きになりませんか。
○板垣證人 一番先に來られたのが、田中堯平代議士と加藤充という方がおいでになつたのが、十六日ではないかと思います。それから春日正一氏も見えたと開いておりますが、これはどうか知りません。前のお二人は大会の松石寮に見えられたかに聞いております。
○鍛冶委員長 田中君と加藤君ですか。
○板垣證人 はい。
○鍛冶委員長 春日君は。
○板垣證人 春日さんはどうか存じません。
○鍛冶委員長 産別の菅氏は。
○板垣證人 管議長が見えたのは、これも十六日ぐらいだつたと思います。
○鍛冶委員長 これも大会へ出て行つてやつておりましたか。
○板垣證人 これは新聞にみな出ておりますから……。大会にはどうか存じませんが、何か菅議長の宿舎で共同闘争委員会が開かれたというようなことは新聞に載つております。
○鍛冶委員長 それから全逓の山口委員長は。
○板垣證人 菅議長と一緒に写眞に写つております。
○鍛冶委員長 どういう行動をしたかは御承知ありませんね。
○板垣證人 新聞で知つた範囲です。
○鍛冶委員長 どう書いてありましたか。
○板垣證人 懸廳に行かれて懸知事に会つて、両方に、組合側にも懸知事にも何かいろいろ進言したというようなことでした。
○鍛冶委員長 そのほか指導的立場に立つて目立つた人は御承知ありませんか。
○板垣證人 共闘委の役員の方だろうと思います。
○鍛冶委員長 いや、そのほか自由法曹團の原田香留夫という人もそうですか、廣島の弁護士ですか。
○板垣證人 そうです。この人は騒ぎが始まる前からうちの組合には絶えず出入りしていろいろやつておられました。
○鍛冶委員長 騒いだときもあなたのところに……。
○板垣證人 常に見えておつたようです。
○鍛冶委員長 社内に入つておつたのですか。
○板垣證人 ある日には社内にも入つて來たり、また工場閉鎖後、十四日、十五日のときにはどうか私は存じません。
○鍛冶委員長 それまでは來ておつたのですか。
○板垣證人 それは入門の手続をせられて出入りしておられたから、サインによつて出入りされたことがわかつておりまする
○鍛冶委員長 同じく自由法曹團高橋何がしという人はおりましたか。
○板垣證人 高橋武夫という方ですか。
○鍛冶委員長 その人です。
○板垣證人 大体組合側で法律的な連絡をやつていたのはその自由法曹團の原田弁護士、高橋弁護士、椢原弁護士、この三人の方だというように聞いておりました。
○鍛冶委員長 高橋氏も入つておりますか、入つておらなかつたのでありますか、あまりあなたの社の方に……。
○板垣證人 これははつきりわかりません。
○鍛冶委員長 共産党懸委員長徳毛……。
○板垣證人 徳毛氏はほとんど工場には來られなかつただろうと思いますが、これもどうか存じません。
○鍛冶委員長 大会で演説やつたとかいうことは存じませんか。
○板垣證人 組合の方の大会にはわれわれ出たことはありませんし……。
○鍛冶委員長 春日氏は何か変各で來ておつたといううわさがあるそうですが。
○板垣證人 何か私もうわさですがそういうことを聞きました。
○鍛冶委員長 何と変名して来ておつたか聞きませんか。
○板垣證人 そういうことは存じません。
○鍛冶委員長 さらにその大会から続いてデモに移つたようですが、そのデモの大きなもので御承知のものをお聞きしたい。
○板垣證人 デモの大きなものは大体懸廳には非常に頻繁に行つておりましたし、懸廳と警察、市役所、檢察廳にもかなり行つたようでした。一番大きなのは懸廳、警察、市役所関係だと思います。市役所の中に警察局がありましたから……。
○鍛冶委員長 それについて向うに行つてからの様子は御承知になりませんか。
○板垣證人 それはやはり新聞で見た程度で、私は実際のところは何も見ておりません。ただデモの行進の状況はときどき自動車ですれ違つたりして見たことはありますけれども、十八日、九日以後のデモは私の見た範囲においては前の方の三分の一、うしろの方のごくわずかというのが本当のデモのようでありまして、まん中を歩いておるのは私の方の者で、腰に弁当をぶら下げた本当に意気消沈したようなかつこうをして歩いているのが本当の私のところの従業員だつたと思つて、その人たちを見て一日も早くこれは工場を再開しなければならぬということを考えた。
○鍛冶委員長 あとさきはさまれて動いておるわけですか。
○板垣證人 ええ。
○鍛冶委員長 幾日くらいそういう騒ぎは続きましたか。
○板垣證人 デモを盛んにやつて動いたのは七月三日ぐらいまでと思います。
○鍛冶委員長 たいてい毎日やつておるのですか。
○板垣證人 六月の末には、二十六日ぐらいから、もう休ませろという声が出たとかいうことで、半分ずつ三日ずつ休むというようなことを言つていたようでした。そのころにはもうかり出しても大分集まつて來ないというような状態であつたように聞いております。
○鍛冶委員長 七月三日ぐらいまで続いたのですか。弱くなつても……。
○板垣證人 はあ。
○鍛冶委員長 そのような騒ぎをしたとすれば、廣島市民は非常な不安にかられたものじやないのですか、その点はいかがですか。
○板垣證人 たしかにそうだと思います。不安にかられて、新聞の投書欄にもいろいろ出ているのですが、少くとも白晝警察署の窓ガラスをぶちこわされて、現行犯をつかまえることができないというようなこともありましたし、それからこれは新聞が少し大げさに書いているかもしれませんけれども、市の警察局長が大衆の前にひつぱり出されて、頭をなぐられたというようなこともあるので、これはどういうことになるのかというので、市民、懸民にも非常な不安を與えたと思います。
○鍛冶委員長 そのほかこれらの運動をして歩いた人心が、八月革命とかいうことを宣傳して歩いたということを聞いておりますが、その点はお聞きになりましたか。
○板垣證人 玄関の前に土げざして尋問を受けたときに、そういうことをいろいろ教えてもらいました。
○鍛冶委員長 どういうことを言いましたか。
○板垣證人 先ほどちよつと申し上げましたけれど、どうせ二箇月もすれば工場の経営はおれたちがやるんだ。そのときお前はすぐ首は切られる。それで一緒にやろう、ついて来いというようなことを……。
○鍛冶委員長 われわれが工場を経営するという上に、もつと政治的に何か革命……。
○板垣證人 そういうことですな。
○鍛冶委員長 市中でもそういうことを言いふらして歩いた者があるのじやないか。
○板垣證人 町の方はことに激しかつたようですが、船越、海田の家族会議あたりでは、それは盛んに宣傳したようです。
○鍛冶委員長 そこでこの争議をここまで持つて來たのは、一体どういう勢力で……。これはあなたの方の工場だけでないとおつしやいましたが、それらはいろいろの方面を総合して、どういう勢力がここまで持つて來たものだとごらんになつておりますか。
○板垣證人 大体この争議のもとは、六月二日に、先ほど申しましたように、会社が発表したことから始まつたわけです。それから六月四日の中國新聞、これはのちの共同闘争委員会の委員長のおられる新聞ですが、それに地域人民闘争を行うとともに云々という記事が載つているわけなんです。この地域人民闘争というのは、一体何かということは私は知らなかつたのですが、その後にいろいろ起つて來るもの、それからそれが権力闘争であつて、町村会議員をおどし上げたり、それから地方権力をおどし上げたり、こういう姿になつて現われて来たわけです。それから六月四日にこういうことを予言したというのはどういう意味なのかという問題と、それからそのほか六月五日には夕刊廣島の記事で、廣島地方会議吉田書記長談として載つている中に、反動政府は警察の暴力を前面に押し出して首切り、低賃金はますますひどくなるであろう、こういうようなことを言われているのですが、この吉田書記長という方も後には私の方の共同闘争委員会の副委員長になつておられます。このときにやはり警察の暴力云々ということを予言しておられる。それが十日の後にそんなような姿になつて現われて來た、これが一脈相通ずるものがあつて、この方々が——これは想像になりますけれども、そういうことを言つておられる一連の人たちが結局やられたことだと思う。
○鍛冶委員長 それは政党的にはどういう人です。
○板垣證人 まず日本共産党の方だと思います。
○鍛冶委員長 今あげられたような人人はすべて共産党ですか。
○板垣證人 そういうふうに聞しております。
○鍛冶委員長 現在は廣島は相当に平静になりましたか。
○板垣證人 少くとも私の方の工場は平静になりました。
○鍛冶委員長 あなたの方は工場はいつから再開しました。
○板垣證人 七月十三日に再開しました。
○鍛冶委員長 どういう経緯から再開するようになりました。
○板垣證人 七月三日に第二組合が名乘りをあげまして、七月の八日に第一回の團体交渉を開きまして、その團体交渉の最初が工場再開という問題だけで、それから連日團体交渉を開いておるのですが、結局われわれとしてもその従業員のために、工場閉鎖中は生活を考えると、一日も早く開いてあげなければならないと考える。しかし今開くことによつてまた賠償施設の保全ができないということと、それから流血の惨が起るだろうということで、これはまた四囲の情勢から見て、それを保護してもらうだけの警察力に動いてもらうわけには行かない、そうなつて來ると、これはそういう危険のなくなるまではどうしても工場再開ということはできないだろうというふうに考えておりましたけれども、第二組合が七月三百に約二百二十名ぐらいの人数で名乘りをあげて第一回の團体交渉を開き、八日にはすでに八百幾らという数をすでにとつている。日々非常な勢いで大きくなつて、結局四分の三以上の勢力を占めてしまつた。それで工場再開した曉には、賠償施設の保全はきつとわれわれの力でやつてみせる。それから流血の惨というようなことも必ず防いでみせる、われわれが責任を負つてやるからというような意気込みを示し、われわれはもう争議をしようという腹はない、閉鎖しておく理由はないじやないかということを言われて、確かにそうである。一方全金の方の組合の様子を見ていて、まずそのころには大分人数も少くなるし、外部の應援もほとんどなくなつてしまつた。それでこれは少々の犠牲は拂つても、第二組合の熱意に動かされて、工場再開をせざるを得ないという決意をいたしまして、七月十三日に再開した。一方地労委が十二日からあつせんに來てくれまして、それで十三日にはちようど再開するということを地労委にも申しました。地労委といたしましては、それから懸知事も間に入つていそれまやつてくださつていた関係で、何とか解雇者も一應入れてやつてくれないか、それは工場の中へ入れなくてもいいからどこか一定の地域を限つて入れてほしい。それは第一組合の方なんですが、第一組合がその約束を守れるならば、流血の惨を起らなければ私どもとしてはそれに越したことはないということから、工場再開は第二組合の熱意で決意をしたのです。そして地労委のあつせんによつて解雇者もとにかく三日間だけ定の地域を限つて入れるということにして、工場を十三日に再開いたしました。十四、十五の二日は解雇者は、一定の地域といいましたけれども私物の整理その他があるので、工場に入れて私物の整理をさせました。引続いて六日間ばかり解雇者も入れて——これは組合事務所だけということで入れて、午前中だけぐらい入つていましたが、だんだん日に日に減つて行つてしまつて、最後には五十名ぐらいしか出て來ないという状態になりました。それで仕事の方は從つて十四、十五は解雇者が入つて工場にいるものですから仕事はできませんでしたが、十六日から全面的に工場は操業しておるわけであります。
○鍛冶委員長 現在は見通しがついたわけですね。
○板垣證人 はあ。全部現在は——第二組合とは先月の二十八日それから第一組合とは三十日に調印を終りまして、すべて争議は解決したという形になつております。
○鍛冶委員長 解雇についての処分も……。
○板垣證人 ええ、全部できました。
○鍛冶委員長 ほかに何かありますか。
○吉武委員 大体証人から承りましたので日鋼事件の全貌はわかつて参りましたが、大事な点をもう一度はつきりお聞きしてみたいと思います。例の人民裁判の問題ですが、人民裁判にかけられました方はあなたほか何人でございましたか。
○板垣證人 玄関前の廣場で土下坐してやられたのが十二名でございます。
○吉武委員 名前をもし御記憶でしたら——よろしい、職名と両方ほしいですから、あとでその書類をいただきたい。それから人民裁判にかけられました時刻ですが、十二日は朝の何時ごろから夜の何時ごろまでありましたか。
○板垣證人 十二日に私が出ましたのは午後の一時ごろです。それから翌朝の六時までです。
○吉武委員 あなたがかけられました前に、すでに人民裁判にかかつていた人はありませんか。
○板垣證人 私が一等先でありました。
○吉武委員 前日はあつたけれども、その日はあなたが一番先。
○板垣證人 そうです。
○吉武委員 その問受けられました暴行、脅迫の極端な点を伺いたいのですが、あなたは大分御遠慮になつて表現されているようですけれども、私ども承つたのでは日中にそこで入りかわり立ちかわり裁判を受ける。それで苦しくなつて日陰にちよつと入れてくれないかと言つて申し出たのに対して、なまいきなことを言うな、お前たちかぜを引くよりこの方がいいのだと言つてむりやりにひつぱり出したということですが……。
○板垣證人 そういうこともありました。ことにばくちの常習の人間だとか、それから会社に入つて来る前身が博徒の子分であつたというような連中がまわりについておりましたから、それでほとんどわれわれ坐つておりまして、西日だんだん廻つて参りまして帽子をかぶつていないところに普段日なたに出ていない人間が出たわけですから、それで卒倒した人間も出たのだと思います。日陰の方へと体をずらそうとすると、体に密落しているものですから、きさまかぜを引くよりも日なたがいいだろうからもつと暖いところに出ろというようなことで押し出されました。
○吉武委員 それ以外に手にかけてなぐつたようなことはございませんか。
○板垣證人 それは私の見た範囲では総務部長が押し出されて來たときにいきなり一人飛び出して来て、総務部長の頭をなぐつてぱつと隠れたのがおりましたが、それがだれであつたかはつきり覚えておりません。覚えてないというよりも顔を見落しました。
○吉武委員 その人民裁判にかかつて倒れられた方は結局何人ですか。
○板垣證人 下に出たのが五人、上で一人と思いますが……。
○吉武委員 そうして倒れたときにそれをどこかに運んで治療しようというのを妨げようとしたことはございませんか。
○板垣證人 妨げようとしたことはございません。ただ医者が、普通であつたならば工場の構内におる医者ですから、私が呼んでたいがい十分か十五分で來られる範囲のところが、そのときは一時間ぐらいたつてからやつと來てくれた、連絡がつかなかつたためだと思います。
○吉武委員 それから人民裁判に出るまでの関係は、やはり腕力によつて押し出したというように開いてよろしゆうございますね。
○板垣證人 そうです。
○吉武委員 あなた自身はどうですか。腕力によつてつき出された。
○板垣證人 そうです。、
○吉武委員 それからその、今の組合の首謀者と思われる人は、先ほど委員長の質問に対してお答えがあつたようですが、大体共産党員であると聞いてよろしゆうございますか。
○板垣證人 大体この争議を指導した人はそうだと私は考えております。
○吉武委員 その実際の人民裁判にかかつたときに腕力沙汰でやつたというのは、今博徒だとかなんとかいうようなお話を聞いてみますと、それは組合員なんですか、外部から連れて來た……。
○板垣證人 組合員です。
○吉武委員 それからあなたの組合に第二組合ができたそうですが、そうしますと第一組合の当時は大体どの組合に参加しておられましたか。
○板垣證人 産別の全金属です。
○吉武委員 そうすると大体共産糸によつて指導されておつた組合ですね。
○板垣證人 と私は考えております。
○吉武委員 次にもう一つお聞きしたいのですが、あなたのそういう共産系に指導されておつた組合ですが、今度の六月の事件の前までにそういう暴行なんかに訴えた行為がございましたか。特に六月にそういう行為が顕著になつたか。
○板垣證人 その前には私の承知しておる制囲では暴力行為というものはなかつた。
○吉武委員 そうすると先般の福島事件の廣田工場においても同様六月に特に顕著な現象としてそういう暴行が行われておる。あなたの工場も同じような状況だ、こういうふうに承知してよいわけですね——それから整理は大体完了したのですか。それともそのままうやむやになつて現在やつておりますか。
○板垣證人 整理は完了いたしました。
○吉武委員 それから第一組合と第二組合と二つあるようですが、第二組合は今何人くらいおりますか。
○板垣證人 第一組合は新しい労働組合法を先ほども申しましたようにネグレクトしてかかつておりますから、結局それで新しい労働組合法でいう非組合員まで数に入れておると思うのです。それで第一組合に名簿を出せと言つても出して参りませんので、はつきりした数は何人と考えておるかわかりません。第二組合は約千百名。
○吉武委員 それから今残つておる者は全員でどのくらいか。
○板垣證人 全員で千三百五十人です。
○吉武委員 そうすると第一組合に残つておる者は現在職員では二百人ですか。
○板垣證人 その中には部課長も入つておりますから、私は第一組合と第二組合とダブつて入る人間がないと考えれば百六、七十人のものだと思います。
○吉武委員 わかりました。そうしますとあなたの六月事件で組合員及びその家族が何千名も押しかけて、盛んに乱暴な闘争をやつておつたのですが、それが事件後において第二組合で建設的な組合にほとんど大部分が参加しておるという事実を見ますると、その大部分はごく一部の共産党によつて煽動されて、こういう暴行事件を働いたと言いますか、参加されておつた。ほんとうに自分の自発的な気持で乗り出したのではないというふうに見られるのですが、それはどうですか。
○板垣證人 私もそういうふうに考えます。
○吉武委員 今の一般の組合員あたりがこほしている言葉というものはどういう言葉があるか、一、二河か御記憶があればお聞きしたいのですが……。
○板垣證人 結局これもうわさで、私直接聞いたわけではありませんが、第一組合の執行委員に残つておるものが、われわれは初めのときには幾らでも、最後まで應援してやるといつてしりをつつかれてやつて来た。それでここまで来て振りかえつてみたら、だれもついて來ないじやないか、一体これはだれが責任をとつてくれるのだといつて、今の新しい執行委員長あたりに食つてかかつているというような話も聞いております。結局冷靜に考えてみた結果は、いろいろ感情上の融和ができないような点があつて第一組合に残つておる人たちの大部分でも、やはりそういうふうに考えるだろうと思います。
○吉武委員 そこで先ほどのお話のように、共産系の組合ではあつたけれども、從来そういうふうな態度でなかつたのだが、特に最近そういう現象が現われて来た。これは先ほど申しましたような福島懸の事件、あるいは東京近辺に行われた各種の事件を総合して考えましても、やはり六月前後にそういう同じような形の暴行事件が頻発しておるという点から見て、その背後に共産党のどこからかの指令が動いておつたのじやなかろうかという点は、一般に言われておるところですが、あなたの組合に共産党の議員連中などが行かれたという事実は、先ほどの証言によつてわかつたのでありますが、それ以前に何か秘密の指令その他が流れたような形跡はございませんか。
○板垣證人 そういうようなうわさは聞いております。何か日鋼事件については五人の人が指導しておいでになるというようなうわさを聞いております。
○吉武委員 五人というのは、廣島の五人ですか、東京中央の……。
○板垣證人 東京において……。
○吉武委員 それはどういう名前ですか、大体……。
○板垣證人 名前は存じません。
○鍛冶委員長 その五人というのは、さつき言つた春日君は入つておりますね。
○板垣證人 人つております。
○鍛冶委員長 次は田中君は……。
○板垣證人 入つておるように聞きました。
○鍛冶委員長 加藤君は……。
○板垣證人 入つていないようです。
○鍛冶委員長 全逓に関係ある土橋君はどうですか。
○板垣證人 入つておるように聞いております。
○吉武委員 あと二人。 〔「聽濤君はどうだい」と呼ぶ者あり〕
○板垣證人 ああ、聽濤さん。
○吉武委員 あともう一人はお忘れになりましたか。
○鍛冶委員長 伊藤律君じやないですか。
○板垣證人 ああ、伊藤さんが入つております。
○吉武委員 それからその人たちが日鋼事件に対してどういうような方法でやれとか、何か多少示唆を與えたようなものの聞込みはございませんか。
○板垣證人 その内容は知りませんが、今の五人の方が日鋼の担当の方だといううわさを聞いております。
○吉武委員 わかりました。
○鍛冶委員長 ほかにありませんか。——大橋君。
○大橋委員 この共同闘争委員会というのは今どういうことになりましたか。
○板垣證人 今もあるのだろうと思いますが、存じません。
○大橋委員 この争議の犠牲者、特に刑事訴追を受けたような人たちに対して、共同闘争委員会はどういう救援の手を延べておられるか、御承知ありませんか。
○板垣證人 存じません。何かうわさではこういううわさを聞きました。第一組合の方が第二組合に合流したいのだけれども合流できない。その理由として刑事訴追を受けている人間がある。これを何か法廷闘争をやらなければならぬ。法廷闘争をやるのに金がない。ところが第二組合の方は産業破壊分子絶対排撃というスローガンを掲げておりまして、これと一緒に法廷闘争をやることはできない。それで法廷闘争には何かほかの意図も含んでいるかしれませんけれども、その金が五十万円くらいいるのだということを第一組合の幹部は、これもうわさですが言つているそうであります。その金の出所がないので、何か第二組合と合流して、第二組合から金をひつばり出さすということを言つているが、第二組合はそういう手には乘らないと言つておるというようなうわさは聞いております。
○大橋委員 そうすると共産党の諸君は、おだてるだけおだてて、あと犠牲者は自分で始末しろというまことに冷酷なる態度をとつておられるということになるのですな。
○板垣證人 そうだと思います。
○大橋委員 これは各地において同様の態度を共産党はとつておられまするから、廣島もまたその例外でないと思います。 それからもう一つ伺いたいのですが、この松石寮を占拠されたということをあなたは言つておられますが、これは会社で管理しておつたものですか。
○板垣證人 そうでございます。
○大橋委員 管理の責任はどなたにありましたか。
○板垣證人 これは結局所長にあると思います。
○大橋委員 そうしてその占拠に対しては暗黙に承認されたわけですか。
○板垣證人 承認はしておりませんけれども、追い出す実力は持つていない。
○大橋委員 だれか番をしておりましたか、どうですか。
○板垣證人 番といつてそこに住人はいるのですから、その中の者が大体管理をやつている。その者も組合員ですから……。
○大橋委員 その人間が引入れたわけになりますか。
○板垣證人 引入れたよりは、むしろ押しかけられた方だと思います。退去命令は最後には出しましたけれども、最初のころには出しませんでした。
○大橋委員 それは出したのはいつごろですか。
○板垣證人 出したのは七月の十四日かと思います。
○大橋委員 それからもう一つ、この人民裁判その他の暴行が行われておりまする際に、組合側では何か凶器のようなものを示すとか、あるいは用いるとかいうことはございませんでしたか。
○板垣證人 凶器はありませんでしたけれども、かしの棒みたいなものは持つて歩いておりました。
○大橋委員 投石はどうでしたか。
○板垣證人 投石はその後にはありましたけれども、十二日から十三日にかけてはありませんでした。
○大橋委員 それから塀がこわれたようですね。
○板垣證人 はあ。
○大橋委員 これはいつこわれたのですか。
○板垣證人 十四日、十五日、十六日ぐらいまでたびたびこわれております。
○大橋委員 設備機械はいかがでしたか。
○板垣證人 設備機械は、現場にあるものの被害はほとんどないと思います。
○大橋委員 投石をしたりこん棒を持つたりしておつたのは、概して組合員ですか、それとも部外者ですか。
○板垣證人 一番多かつたのは、その暴行、乱暴をしたのが部外者だと思つております。
○大橋委員 それで結論としてお伺いしたい点は、外部の應援というものがなければ、この争議はこれほどむちやくちやな暴行状態までは至らなかつたろうということをお考えになつておられますか、どうですか。
○板垣證人 そういうふうに確信しております。
○大橋委員 最後に、松石寮のモーターが盗まれたというようなことはありませんか。
○板垣證人 これは水洗便所の揚水用の小さなモーターでございますが、それが三個がすでになくなつておるというようなことを……。
○大橋委員 それは出ましたか。
○板垣證人 まだ出ません。
○大橋委員 平生工場の中の人たちは、そういうものを盗んだしする習慣がありますか。
○板垣證人 中にはそうい不心得者もおりますけれども、あの混乱状態で、現にあの松石寮を占拠されておる際に、松石寮というものはわれわれが図面をもつてしてもとにかく千人の從業員を収容する建物ですから、それが碁盤の目のように廊下がついております。それで自分が一体建物のどこにおるかということは、よほどなれた者でない限りわからない、そういう構造になつております。そこで逮捕命令が出て、警察官が何度もあそこに隠れている者を逮捕に行きましても、みんな手放しでもどつて来てしまうというような、向うには守るにやすく、攻めるにかたいというような構造になつておします。それで向うは非常に便利にできておるところへ入つておりましたが、実は一箇月ぐらいあとで聞いたのですが、あそこが博徒の巣窟になつておつて、警察官は來ない、絶対に安全だというので、松石寮が賭博場になつております。
○大橋委員 そうすると、その賭博の寺銭なんかは共産党の收入になつているんですか。
○板垣證人 それはどうですか知りません。
○塚原委員 守衛長が組合員と衝突したのは十二日ですか。
○板垣證人 そうでございます。
○塚原委員 そのころから、十一日ごろから友誼團体の指導者がどんどん侵入して来たというふうに聞いておるのですが、守衛の任務というものはまるで喪失した。從つてだれでも入れるようになつてしまつた。あなたの方の工場は、入場するのに非常な制限があると聞いておるのですが、はたしてこの十一日から外部の者がどんどん無断で入つて来たのか、あるいはそれ以前にも、厳重な規定があるにもかかわらず会社に入つておつたというような事実はございませんか。
○板垣證人 規定が非常にやかましくしてありますので、みんな入つて來る者には署名をさせて入れております。外部の方は……。それで特に夜陰に乘じて塀を乗り越えたとか何とかして入つたのは別でございますけれども、そう十三日以前には部外者が無制限に入つたということは私は考えておりません。ただこの争議の應援のために來られた人で入つたきり出ない人があるのです。これは泊り込んでいたんだと思います。のちのちの日かでおりましたから……。
○塚原委員 会社以外の者が應援に來られた。その方をどうして入れられたのですか。守衛はそれを拒むでしよう。
○板垣證人 これは組合事務所まで連絡に行くんだということで、組合事務所までという約束で入れました。
○塚原委員 しかしあの門は許可を得た人から入れて行くんじやないんですか。
○板垣證人 そうです。
○塚原委員 そうするとその門は入れないわけじやないんですか。
○板垣證人 平時にこの争議の始まる前までは、軍政部並びに懸の賠償課と話合いをつけまして、たとえば日常出入りします商人であるとか、お得意さんであるとか、こういう人は始終参りますから、これを一々許可を得ていたのでは非常に事務が煩雑になりますので、そういう人は特に許可をしてもらつて、所長限りで入れさしてもらつておりました。通行証も出してはおりますけれども……。
○塚原委員 そうすると、十一日の前は、守衛の任務というものは完全に全うされておつたのですね。
○板垣證人 しておりました。
○塚原委員 脅迫その他の事実によつてむり押しして入つたということはこの前はあまりないですね。
○板垣證人 ありません。
○塚原委員 それから林春一という方が委員長になられたのは、昨年の何月ですか。
○板垣證人 昨年の十月くらいかと思います。
○塚原委員 今度の五月の第五國会に労働法の改正問題がかかりましたときに、全金属の指令によりあなたの方の組合も何か一應の騒ぎをやろうという態勢を示したということを聞いておりますが……。
○板垣證人 あれは二時間ストをやりました。それでこれはストであるからといつて、いろいろこれで一もめしたのでありますけれども、結局彼らは、賃金の遅配をやつていたものですから、賃金遅配のためにストをやつたので、決して労働法改悪反対のためにストをやつたのではないと言つて逃げました。
○塚原委員 そのころは、大体先ほどの吉武委員の御質問でもわかつたのでありますが、あなたの方の組合というものは非常に穏健な組合で、林という人が委員長になつてから、逐次左旋回をして來ている。五月のときにもそれほど大したことはなかつたというふうに了承していいのですか。
○板垣證人 大体林が組合長になつたのは十月と申しましたが、その前に八月ころに私の方で組合が何かひとつ討論会みたいなことをやつて、そのときに共産党員の人たちがほんとうに名乘りをあげて、そのときにほんとうに組合の性格が一変したということをある組合員は言つております。
○塚原委員 進駐軍の質問に対して、六月十二日ですか、これはストである、十三日はストと言いかけて、休日であると言われたのでありますが、その間において、無記名投票というものは全然用いず、全部拍手によつてこれを満場一致とみなしたというふうに答えておりますね。
○板垣證人 そうです。
○塚原委員 ところがその後七月に入りましてから、七月の三日にまた職場大会が開かれておりますね。そのときに基本線の再確認という問題について相当活発な議論がかわされたというふうに聞いておるのですが、これを採決するときにも、一部の者は無記名投票を主張したが、大体こういうことをする者は青年行動隊といいますか、こういう者が、発言しようと思うとわきに行つておどかす。相当の脅迫をして、とうとうこれを挙手投票によつてきめてしまつたというような事実を聞いておるのですが、間違いありませんか。
○板垣證人 私もそういう話を聞いております。ことにそれは第二組合ができましてから、たびたびの團体交渉の休憩時間などにいろいろ実情を聞いてみますと、すべてそうらしゆうございます。
○塚原委員 今あなたがおつしやつた第二組合というのは、日鋼廣島製作所労働組合になつているのですね。
○板垣證人 そうでございます。
○塚原委員 今これは千名くらいになつておるのですか。
○板垣證人 千百名くらいと思います。あるいは二、三十名それより少いかもしれませんが、千百名くらいと聞いております。
○塚原委員 この連中は、最初百六十名くらいが蹶起して、今までの林春一君なんかの一派の者のやつておるやり方というものは、ことごとにわれわれは乏しきに耐えて行こう、八月、九月までがんばろう、そうすると暴力革命は達成するんだというようなことばかり述べまして、経済闘争から政治闘争に持つて行こうというのに非常な不満を覚えて、この百六十名が蹶起して、逐次これに対する参加者が出て来た、その間にこの百六十名に同調して集まつて來る者に対して相当の暴力、脅迫、威嚇が行われたということを開いておるのですが、証人はそういうことを開いたことがございますか。
○板垣證人 それはいろいろ実際もありましたし、それから宣傳においても非常に惡疎な、その宣傳も普通のビラを出すとかなんとかいう宣傳でなく、ほんとうにまことしやかな、耳から耳に傳わるような宣傳をされて大分それで恐れをなした人間もあるようです。
○塚原委員 それからあなたのところに黒神という方はおりますか。
○板垣證人 おります。
○塚原委員 これはどういう方ですか。
○板垣證人 これは昨年の四月か五月に私の方の工場に入つて來た者ですが、その前は日本共産党廣島懸支部というのか本部というのが八丁堀というところにありまして、そこに六箇月常駐の責任者の最右翼の方だつたそうです。その前は三菱造船にいた。それで三菱造船は二週間以上無届欠勤というので解雇になつているのですが、私の方に入つて來るときの履歴書では、戦争に行つて、帰つて來て百姓をやつていたということになつております。
○塚原委員 どうも会社は非常にうかつだつたと思うのですが、こういう札つきを入れて、しかもこれが中心人物になつて動いている。それから私は現地に行きまして組合の方にお会いしましたが、入つてわずか一年や半年くらいの者が、会社のことはわからないで勝手なことを言つておるというような印象を深くして來たのですが、どうも経営者側もそういう点においては少し欠けるところがあつたのではないかと思うのです。そんなことは余談ですが、それから先ほど十五日から十七日の間に警察官が相対峙して、警察がうまい処置をとつて、うまくこれを撃退したという話がありまして、組合側ではこのときに何名死者、三百何名負傷というような誇大な発表をしておるということを申されましたが、これは私は現地に行つてよく調べて参りまして、実際小さなけがをした者で病院で治療を受けた者は三十名か二十九名と聞いております。しかもこれは擦過傷程度のものであつて、何ら苦痛を覚えるものではない。彼らはけがをするとすぐ病院へ行つて医者の手当を受けたようなかつこうをすることがすきですから、それをむりに行つてやつたのが三十名か二十九名、これが実際であると私は確信しております。しかも担架に乗せて町の中を連れて歩いたというのは、日射病か何かで倒れた者を、それつというわけで担架に乘せて、むしろをかぶせて、死んだ死んだ、暴行によつて死んだんだというようなことで町中をねり歩く、乘つておる本人はだんだん元気になつて來て、どうもうちへ早く帰りたいが、死んだんだから黙つておれということで、家族の者はおろおろしながらそのあとをつけて歩くというような、われわれの想像もできないようなことをやつたと聞いておるのですが、証人はそういうことはお認めになりませんか。
○板垣證人 町の方のことは存じませんけれども、担架が出て行つたのをこちらから見ております。私はその当時はあそこに入つたらまわりはとりかこまれておりまして、あの工場はだだつ廣いことはだだつ廣いのですが、出口を塞がれると表に出ることはできないのです。
○鍛冶委員長 高木君簡単に願います。
○高木(松)委員 一点だけ、十二日の二階の所長室におつた課長は——営業部長はおりましたね。
○板垣證人 おりました。
○高木(松)委員 資材課長がおりましたね。
○板垣證人 おりました。
○高木(松)委員 設計部長がおりましたね。
○板垣證人 おりました。
○高木(松)委員 ほかに四名課長がおつたね。
○板垣證人 倉庫課長と秘書課長とそれから……。
○高木(松)委員 そこであなたは下でいわゆる人民裁判をやられておる。上の人民裁判の様子は、直接見なかつたであろうがあとで聞いたろうと思う、私の方では比較的はつきりしておるが、香川、池田、黒神というような者がかわるがわる裁判長になつて、その裁判のしぶりは、顔を上げろとか、声が小さいとか、お前の顔は吉田に似ておるではないか、お前は資本家の犬だとか、お前はおしかというようなことをかわるがわる問い詰めて、今回の首切には賛成かどうか、賛成したら承知しないぞ、反対だと言えというようなことを言つたり、黙つておると、何で黙つておるの、だというようなことを言つて、結局最後に八月には必ず人民政府ができるのだから、お前たち人民政府ができたら絞首台にのつけて最後の結論をつけるのだと、そういうことを言つた人がおるのですが、あなたの耳には入りませんか。あなたは二階のことだからわからなかつたろうが、そういうようなことを言つて人民裁判にかけたということはお聞きになりませんでしたか。
○板垣證人 聞いております。
○高木(松)委員 その通りですね。
○板垣證人 はい。
○高木(松)委員 下でも当然その通りじやないですか。
○板垣證人 下でもそれに類するようなことは言つております。ナホトカに連れて行つて重労働にしてやるとかいうようなことは言つておりました。
○宇田委員 第一に日鋼争議の新聞記事の問題に関してお伺いしたい。御承知のごとく廣島地方では中國新聞と夕刊廣島、これが地方新聞として特別に大きな新聞です。中國新聞の福永記者と私との対談で、福永記者の言明によりますと、たしか十五日と思つておりますが、オート三輪車で争議のある本社に向つて行つた。入つて行くと福永記者の前に中國新聞の記者と、この反動記者めが、と言つて、オート三輪を皆して手をかけてひつくり返したということをまず第一に私に言明いたしておる。そこでその問題はなぜそういう話が出たかと申しますと、その後のいわゆる知事に対して、懸廳を中心として行われましたデモンストレーシヨンでありますが、それが私の目で見ると大体五百名くらいと考えておりますのが、翌日の新聞記事に二千名と書いてある。しかしそれには括孤して、但しこれは主催者の発表だという註釈がつけてある。そこで私は福永君に、君、きのうは自分も行つてみたんだが、五百名くらいしかいなかつたのに、なぜ二千名と書いたのかと言つたら、いや、ああ書かないとやられるのだということをはつきり申した。つまりオート三輪を記者が乗つておるままでひつくり返し、さらにそういうような共産党員と申しますか兇徒と申しますか、争議團本部の方から牽制されて心にもない数字を、但し主催者発表と註釈は書いてありますが、そういうふうに新聞社が牽制された。さらに夕刊廣島の、たしか吉井という、私懸会におつた時代から詳しいのでありますが、その人から、何しろ共産党の勢力が強いので私ら非常に困るんだということを言明いたした。そこで私の証人にお伺いしたいのは、この日鋼争議について新聞記事が歪められた——著しくでもあるいは若干でもいいのでありますが、あなたのお考えになつておる通りの、あなたが実際に感じられた、あるいは見られた通りの新聞記事が出ておるか、あるいは非常にゆがめられた記事が出たかということを具体的にお伺いしたい。
○板垣證人 新聞記事につきましては日々非常に注意をもつて見ておりましたですが、御説の通りまつたくゆがめられた記事が多くてわれわれ非常に迷惑したのであります。ことに夕刊廣島という新聞には絶対これは私どもは相手にしないというまで考えたくらいうそつぱちを書かれて困つたのであります。大体これはどういう原因かわかりませんけれども、夕刊廣島はことに全金に都合のいいようなことのみ書かれ、会社側の言つたことはあまり都合のいいことは書いてなかつたということを見聞きしております。
○宇田委員 具体的なものがあれば……。
○板垣證人 具体的なものど申しまして、実は私これは切抜いてはらせまして一通り目を通して來ようと思つて、とうとう暇がなくて通しておりませんが、準備がはなはだ十分にできておりませんので、しどろもどろであります。
○宇田委員 原則として、中國新聞あるいは夕刊廣島といつた新聞記事が著しくゆがめられた報道をしたということは確認されますね。
○板垣證人 いたします。
○宇田委員 それでは次にお伺いいたしますが、檜山という民自党の廣島懸支部の幹事長——これは本社のある町に住んでおるわけですが、いわゆる争議團のデモンストレーシヨンが邸を中心にして行われて、代表が應接間に乗り込んで來た、幹事長は何か公用で出ておつたそうでありますが、その留守宅を非常な暴言を吐いて恐喝したということを聞いておるのでありますが、証人はそういうことを御承知ですか。
○板垣證人 何か檜山さんの屋敷垣根をこわしたとかいうことを聞いております。
○宇田委員 さらにお伺いしたいのは、附近の五箇町村の町村長さんのお宅に争議團の方が執拗に行つて、早くお前らの責任で解決しろということをたびたび強要したということをお認めになりますか。
○板垣證人 開いております。
○宇田委員 五箇町村というとどういうことになりますか。
○板垣證人 六箇町村でしよう。海田市、船越、府中、矢野、畑賀、中野であります。
○宇田委員 もう一つ、そういうような町村長の家とか檜山幹事長の家とか、懸廳その他の人民大会に、あらゆる人員が出動を命ぜられた。これはある年寄りの参加者ですが、もうわれわれは大儀なんだ、こんなものは出たくないんだが、争議團側からは一日百五十円づつ手当をくれるというし、会社の方からは日当がもらえるし、両方からもらえるから、あまり損が行かないからまあついて歩くんだということを言明しておるのですが、そういうことはお聞きになりませんか。
○板垣證人 そういうことを言つて來たらしい様子がございます。この会見直前の、解雇者を工場の組合事務所まで入れたときに、解雇者たちが盛んに、百五十円づつ日当を出すと言つたじやないか、それを出せというようなことを組合の執行委員の者に責め立てているのを聞きました。
○宇田委員 そうするとかり出すときには、手当を百五十円出すと言つてかり出して、現在では結局うそを言つてほつたらかしたということになりますね。
○板垣證人 そういうことになると思います。
○聽濤委員 どうも本人の知らぬうちに自分の名前が出ておるのですが、今日鋼争議について東京の共産党で、五人争議の指導の担当をやつている。春日、田中、土橋、伊藤律、私というような名前が出ているのですが、あなたはそういうことを言われるぐらいなら、何か根拠があつて言われておると思いますが、それはどういう根拠から……。
○板垣證人 私は根拠があると申しておりません。
○聽濤委員 だれからお聞きになつているのですか。
○板垣證人 だれということなく、いろいろな人に会つているうちに、そういうようなことを二、三の人から伺つたわけであります。
○聽濤委員 そうしますと、そのうちだれか一人か二人でも覚えておりませんか。
○板垣證人 覚えておりません。
○聽濤委員 どうもあいまいですが、それではいろいろの人というのは、どういう種類の人ですか。
○板垣證人 争議期間中いろいろな方にお目にかかつて、御声援をいただいている方もありますし、罵倒された方もありますので、そのうちのどういう方でしたか、覚えておりません。
○聽濤委員 声援している人もあり、罵倒している人もあると言うのですが、どつちの側ですか。
○板垣證人 両方にまたがつていたと思います。
○聽濤委員 私はこれ以上追究するわけではないけれども、あなたもこれほどのものを出されたからは、もう少しはつきり、何か根拠のあることを言つていただけませんか。
○板垣證人 初めから根拠あることと申しておりません。ただうわさとして申し上げただけです。
○聽濤委員 このことはこれ以上聞いても何も出ないから仕方がありませんが、そうしますと、八月革命とか暴力革命というようなうわさも、だれから出たのか、どの方面から出たのか、あなたは何も確実なものは承知していないわけですね。
○鍛冶委員長 人民裁判で言うたとさつきから何遍も言われているので、すが……。
○聽濤委員 ほかにいろいろ聞きたいのですが、またあと神山君が控えておりますから、前の方をちよつとお尋ねしたいと思います。これはあなたに御確認しておいていただきたいと思うのですが、大体今度のああいう争議になりますまでの組合との関係などの重要な日付ですが、たとえばいよいよ團体協約、労働協約——これはもう協約がなくなつたと会社側が声明したのは五月二十五日ですね。
○板垣證人 そうでございます。
○聽濤委員 それから会社側の方で、企業整備の再建案——これは労働者にとりましては首切り案になりますが、これを出されたのが六月二日ですね。
○板垣證人 そうです。
○聽濤委員 それからこれに対し組合側が、組合の再建案というものを出したのが六月九日……。
○板垣證人 八日の午後です。
○聽濤委員 それからその方の話も結局だめになつて、会社の方でとにかく会社案を実力をもつて行使をすると宣言したというのか。
○板垣證人 実力行使をするとは申しませんけれども……。六月の九日に会社の方でやらしてもらうとまず一應言つて、それで十日になおまた会つて、そのときにはいよいよやらしてもらうと言い、希望退職者をまず募るということを言いました。それで実際に解雇通知を出したのは十一日です。
○聽濤委員 そうすると、事実上九日というところでいろいろな交渉がすべて切れてこれで最後の決裂状態の時期が來たわけですね。
○板垣證人 そうです。
○聽濤委員 大体ずつと見ましても、今度の争議に対する系統的な足取りと申しますか、交渉のあとがはつきり出ると思うのです。第一五月二十五日から六月二日——一週間もたつかたたないうちに首切り案が出ております。それからそれについてすでに團体交渉の最後の決裂の時期が來ておる。こういうところで、しかも内容になつておるのが七百人という大量首切りでありますが、ここで会社の方でこの数百人に達する首切りを一回にやる。これは今日の情勢で首を切られる者にとりましては、たいへんな事柄でありますから、これはどうしても簡単に收まるまいということは当然お考えになつたろうと思うのですが、いかがでございましよう。こういう最後の決裂状態になつたときに……。
○板垣證人 それですから、組合には愼重に協議をしたいということで、その機会は十分に持つてくれと言つたのですが、組合は結局お説の通りたいへんなことにすることに汲々としたということは、二日にすでに午前中で今度の——実は想像で人の腹の中まで入つて見て來たようなことまで言うようですが、首切り絶対反対ということだけで、そのほかのことは会社との交渉の経過とか、あるいは会社の出した條件とか、会社の説明した諸種の資料であるとかいうものは、組合のごく一部の代表の人と私ども会つて話をしたが、ごく一部の人だけで握りつぶしておつて、それを一つも組合員には知らしていない。それで、ただ事事に違つたこと、たとえば退職手当は一人平均五千円ずつしか出さないのだというような宣傳をして、結局お説のたいへんなことにすることにのみ汲々として、これを円満に收めるように、ほんとうに眞劍になつて考えて、この問題を処置しようという気持の片鱗さえも見られないので、私どもはもうこれ以上話をすることはむだたと考えたのです。
○聽濤委員 ところで、そういたしますると、この首切り問題について非常に問題になつたのは、あなたはそういうふうにおつしやつておりますが、まず第一には、組合にとつてはこの首切りの発表される一週間ほど前に無協約状態が宣言されてしまつておる。ところがそれにもかかわらず、——これはあなたもさつき証言しておられると思うのですが、就業規則についてやはり覚書をとつて——協約がなくなつてもこれこれのことについては双方協議してやるという覚書までとつておるそうですが、そういうものまでも無視されておる。こういうふうな中で首を切られると困るということが、根本の問題だつたのじやないでしようか。そこのところが会社側と組合側とでいくら言つても押問答で話がつかなかつたというのが眞相じやないのですか。
○板垣證人 協議をやるというように今おつしやいましたけれども、個々の問題について協議をするとはうたつてありません。先ほど委員長の方に差上げたあの書類に、法令の定むるところによるというふうに約束しております。要するに今度の協約の改訂の問題が妥結に至らなかつたという問題も、根本的に全金の組合が新しい労働組合法を全然無視してかかろうというところから出発しておるので、結局その経営権と最後に対立した五つくらいの項目があるのです。その一つに、一番大きな問題だと思いますけれども、経営権と労働権あるいは人事権といつたようなものも最後の決定は会社にあるということを全然無視しようという態度、結局それは……。
○聽濤委員 それはいいです。わかつています。しかしあなたそうおつしやいますけれども、新しい労働法というのはこの当時すでにできておりましたか。
○板垣證人 十日から実施されましたけれども、その前に今年の春にはその行く筋道だけは世の中の人にはわかつていたわけです。
○聽濤委員 あなた先ほど御自分でも委員長の質問に証言なさつたと思うのですが、大体会社側の労働協約案というのは、新しい労働法の草案をもとにしてやつた。さらに次官通牒なんかで第二次の修正を引続いてやつたと言われておるのですが、しかしこれはまだ法律ができていない、また次官通牒も労働運動の点で問題が起つていた。これは権限もないのにいかにも政令であるかのごとくに出したというので憲法違反の問題も出ておつたくらいのものである。そういう中であなたがやられたということは、はなから新しい協定ができないということを予想してつくつたのだと私は思う。あなたは新しい労働法を労働者の方は無視しておると言いますけれども、これは法律も何もまだ出ていはしない。これは労働運動について非常に大論争のあつた問題です。そういう問題をあなたが言われることは、むしろ会社の方は再建案を近く出すための準備としてこの協約を事実上破棄してしまう、争議の初めからそういう計画でなさつたわけじやないのですか。
○板垣證人 いや、そうじやありません。
○聽濤委員 五月分の賃金の未拂分というのはどれくらいの額になつておるのですか。
○板垣證人 いつころでしたか、三分の一はとにかく給料日に拂つたのです。三分の一を月末に拂つて、三分の一を十一日でしたか、それから二十日ごろに三分の一、そのくらいでした。
○聽濤委員 五月分の給料の千六百万円のうち、未拂い分が千二百万になるというので、この問題と首切り問題と合せて組合の方が会社を相手にして仮処分の申請をしておるということを御存じでございますか。
○板垣證人 そういううわさは聞いております。
○聽濤委員 こういう問題がこの争議の内容になつておると私は思うのですが、こういう状態で六月の九日には事実上決裂状態になつてしまつた。そこであなたはいろいろなことが起るだろうと予想されなかつたですか。
○板垣證人 予想はしましたけれどもあんないろいろなことが起るとは思いませんでした。
○聽濤委員 あなたの方でそれに対してどういう手をお打ちになりましたか。起るべきいろいろな事柄に対して会社側がいろいろ策戰を練つただろうと思いますが、どういう策戰を立てられたのですか。
○板垣證人 いや別に策戰のようなものは立てません。
○聽濤委員 ところが五日後の十四日に工場閉鎖をやつた。これはよく会社側が争議の戰術としてやるわけですが、このときにもう次の日には警官隊の大量の出動があつた。こういうわけで労働者を会社と官憲とが一緒になつて職場から出してしまえば、労働者は闘うすべも何もない状態になつてしまうのです。だからこういうことをやつてそのあとで不法侵入だというので官憲が弾圧して來る、全國いたるところでこういうあれが非常に強く現われている。これはあなたにお聞きすればそんなことはないと言うかもしれないが、大体五月二十五日以後の重要な日付を見ますと、結果において非常にそういう傾向が濃厚なのです。あなた方はそれについて警察側あるいはその他と連絡をとられたようなことはございませんか。
○板垣證人 警察その他と連絡は、十一日からたしか四人の警官が工場の中に入つておられたはずです。
○聽濤委員 それで工場閉鎖前後に起るいろいろな騒動に対して警察と前もつて連絡なさつた事実はありませんか。
○板垣證人 ありません。
○聽濤委員 多分あなたはそうおつしやるだろうと思いますが、ただ重要なことは、どこでも労働争議の場合に行われる会社側の手口というのはまつたく酷似しておりますので、労働者はこれに対して非常な憤慨と疑惑を持つておると私は思います。これがやはり争議のこういうふうな大事件になつて來る根本の問題だと思うのです。 もう一つお聞きしたいのは、あなたは人民裁判だとか何とか言われているから、おそらくみな労働者が惑いからこういうことになつたとおつしやいましようが、しかしこれだけの大事件が起つたその根本問題は首切り問題であつて、これは労働者にとつては命にかかわる問題である、そういうものが原因になつて起り、しかもこういうふうな全体的な大きな問題になつたことに対しては会社側として責任をお感じになりませんか。
○板垣證人 会社としては遺憾に思いますが、これに対して会社が責任があるとは考えておりません。
○聽濤委員 それであなたの態度はよくわかりましたが、そういう態度がかえつて争議を激発しているのだと思います。 もう一つ質問しておきたいと思いますが、廣島日鋼の事件につきまして廣島警察署がつくりました報告書の中にも、廣島日鋼の会社側のとつた態度には納得ができない云々ということが書いてある。こういうふうに警察にまで批判されているのですが、あの事件について会社は何の責任も感じないというのがあなたの態度ですね。
○板垣證人 その警察というのは、警察のどういう方がおつしやつたのですか。
○聽濤委員 廣島の警察局の日鋼事件概況の中にある……。
○板垣證人 その警察局にもしそういう御意見があれば私は幾らでもお答えしたいと思つておりますが……。
○聽濤委員 そのほか市長、懸知事の態度、その集いろいろあるのですが、あとに讓りましよう。
○神山委員 まずあなたの所の資本構成について一言お聞きしたいと思います。
○板垣證人 資本金は一億二千万、それから祉債は今よく覚えておりません。
○神山委員 それじやまたあとで詳しく適当な機会に調べてもらうことにして、アームストロングとビッカースの資本が入つておることは御承知でしようか。
○板垣證人 これは戰争以前に入つておりましたが、今その大部分は持株整理委員会に行つていると思います。
○神山委員 今のお答えは、その点だけでいいわけです。戦前には約二十パーセントが入つていたわけであります。その次に製品のおもなものをお尋ねしたい。
○板垣證人 廣島では車両関係のものが六、七十パーセントやつておりました。それから山関係の炭車であるとか、コンベア、それが十数パーセント。あとはミシンであるとか、ミルク・セパレーター、私どもの方で商品関係と言つているものであります。
○神山委員 あなたの今の御説明でわかりますように、国鉄と非常に重要な関係のある車両が大体六十パーセント。その次に現在の製品の第二次的に重いものは、山に関係しているということですね。このあなたの場合、経営困難になつた直接的の大きな原因は國鉄で予算が削られたこと、さらに炭鉱関係が全般にわたつて危機にあるということが直接の原因じやないですか。
○板垣證人 そうと思います。
○神山委員 その次にはシャム車両をおやりになりましたね。いつまでにその製品ができ上りましたか。
○板垣證人 あれは五月末納期の仕事でした。
○神山委員 このシャム車両を完成するにあたつては、ずいぶんあなた方にしましても、気合いをかけられて、やられたと思いますが、労働者諸君も一生懸命やつたということを開いておるのですが、どうですか。
○板垣證人 すべて一生懸命やつてもらいました。
○神山委員 その場合に労働者諸君に、将來のことについてはあまり心配するなというふうなことをおつしやられたことはありませんか。
○板垣證人 その事情を申しますと、この四月ごろから船越、海田の町に、日本共産党船越細胞というような名前で郷土産業日鋼を守れというようなことを書いて、それはありがたいことなんですけれども、逆に日鋼が今にもつぶれるということを盛んに宣傳してくれたんです。それでそういう宣傳ビラを見る人は、組合がやつている、こういうふうに言う。お宅の組合がああいう宣傳をする、いや、私の組合じやない、これはあそこにもちやんと船越細胞と書いてあるじやないですか。船越細胞というのは決してうちの組合ではなくて、組合とは全然別個のものであるということを説明したんですが、その宣傳がだんだんに行きわたつて、先ほど申し上げました近隣大筒町村の町村長とか、町村会の議長とかいう人たちが非常に心配してくれまして、会社へ、一体ああいうひどい宣傳が始まつたけれども、お宅は一体どうなんだということを心配して聞きに來てくれた。約一箇月くらい前です。
○神山委員 大体そのくらいでいいでしよう。その場合に今おつしやつたように、組合と共産党の区別を非常に明確にしておられるとまことにけつこうでありまして、いつでもそういうふうにしていただくと、ものがもめないのですが、それはそれとして、市町村長にお会いになりましたときには、あなたの方の赤字をどのくらいというふうに御発表になりましたか。
○板垣證人 赤字の発表はしておりません。
○神山委員 していない。それじや市町村長が一方的に聞いたというのでしようが、四月の下旬にこういう話が出たことはありませんか。
○板垣證人 ……。
○神山委員 なければ、あなたの方で発表したことがないとおつしやればけつこうですが、組合側では九百三十万円、これはなぜ九百三十万円かというと……。
○板垣證人 その数字は六月二日の発表した数字です。
○神山委員 これをなぜお尋ねするかというと、警察の報告の中でも九百三十万円が基準になつておつたようですが、組合側ではもつと少い数字だと言つている。また市町村ではもう少し大きな数字だというふうに聞いたという、いろいろな報告があるのお尋ねしたのですが、大体九百三十万円と発表しておられますが、そこに前後若干の開きがあつたことも考えられる。そこで争議その他の経過の点については、今聽濤委員が大分開きましたので、実は私の方には党の機関で調べたものや組合その他の團体から來た非常に驚冨な資料があるのでありますが、今日ここで全部をあなたにだけひろげてもしかたがありませんので、簡單にしまして、先ほどの聽濤君とダブらない点だけ一、二経過だけお聞きしますが、あなたの方で六月二日に大体の方針を発表なすつたわけなんですが、そのときに組合の幹部諸君は現場にいたでしようか。
○板垣證人 現場と言いますと……。
○神山委員 船越の工場ですね。
○板垣證人 船越の工場に大部分の人はおりました。
○神山委員 大部分の人はいましたが、佐藤副委員長その他重要なメンバーは当時東京に行つたんじやないですか。
○板垣證人 佐藤副委員長はずつと東京におりました。
○神山委員 その他にも組合側から言えばこの問題については相当重要な役割をする人が東京に行つていたのですが、その場合重大事項について話したいから上京せよという三十一日の招電があつて、それで行つたというようなことを言つておるわけなんです。行つてみて大したことがなかつたのに……。さらにこれはもしも必要ならば資料として提供してもいいのですが、勤労部長の私信によりますと、これがある場合組合幹部を分散させるというふうな策に使われたのじやないだろうか、こういうことも考えられる。
○板垣證人 それはたいへんな手違いがあつて、これは本社の方の勤労部長からの連絡の不十分な点で手違いをやつたのですが、これについては組合員によく話しまして、組合も当時納得してくれていることなんです。
○神山委員 あとで納得できればけつこうですが、今私の申した例はほんの一斑ですが、先ほど申しましたシャム車両の場合にしましても、あるいは気合いをかけてくれ、それからまたあとは心配する必要はないと会社が言われ、またそれを信じて來たのに、シャム車両が終るとすぐ首切りの問題が出て來た。しかもその場合に組合の幹部を分散させるような形もとられて來たというのだが、あなたは経営者側の立場だし、組合職員にすれば自分の生活を守る立場だというので、意見の食い違いの一つの條件になると思うのですが、その点あなたはどういうふうに考えられますか。
○板垣證人 非常にその間の事情を説明すると長くはなりますけれども、先ほどもちよつと話がありましたけれども、何も心配ないんだということは言つておりません。特にその先ほどの船越と海田あたりで宣傳されたことに対して、釈明する意味でいろいろと市町村長には話はしたのです。それは何も会社の内情について非常な悪いことを話す必要はないので、かなり将來の見通しは明るいというような話をしたものですから、すぐ組合員に——そのときの原稿はまだちやんとありますが、所長が放送で今日は八箇町村の有力な人が來たから、こういう説明をした、しかし会社の現状はしかくなまやさしいものじやないんだ、それで諸君らの奮起をお願いしたい、御協力をお願いしたいということを話したんです。決して楽観すべきものだということをしやべつたわけではないのであります。
○神山委員 まあそのくらいでいいでしよう。それから今度は問題が起る経過を簡單に日記に見ても、それから三日から十一日までの間に、先ほどあなたのお述べになりましたようないろいろな、組合としては余儀なきに陥つた。たとえば二百からあなたは山猫みたいになつたとおつしやいますが、組合としては七百名も首切りをされてたまるかというわけで、目をつり上げたというふうなところに、ずいぶん意思の疏通を欠いたところがあつたと思う。しかも十一日の團体交渉がうまくまとまらない。組合側に言わせますと、その前の再建案が二十分でけとばされておるというふうに言つておるのですが、あなたの御説を全部承れば組合員諸君も、本委員会も納得したかもしれない。ところが組合員の大多数は、二十分間でけられたというような考えを持つている。このことが非常に不満だつたと思うのであります。そういう條件があつたから、十二日の場合にもあのわつしよい、わつしよいとみこしをかついだという話になつて來る一つの條件になつたと思うのです。そこであなたがここでおつしやつたことに対して、二、三お尋ねするわけです。あなたのことを鬼の張本人というような惡口を言つておつたのですが、これはあなたは思い当りませんか。
○板垣證人 何もありません。
○神山委員 それからあなた自身助けてくれというふうにおつしやつた。それからまた玄関の下の門のところにすわらされた、こういうふうにおつしやつておりますが、あなたは柔道五段ですね。
○板垣證人 そうです。
○神山委員 あなたの方が、組合の諸君に挑戦して行つたというふうな見方をしている人もある。それから二人手をつけたというのも、殺気立つた中であなたに乱暴させないためにしたという見方をしている人もある。そこで今のあなたの言葉の中に、つい心にもなくそういうやつとしやべつている。こういうふうな気持があつたことが、お互いの間の対立を激化していると思う。現に長門という守衛は組合員に向つて、ほいとと言つている。ほいとと言うのはどういう意味ですか。
○板垣證人 それは長門君があそこにいて、北平君がそばにくつついて、二時間あまり長門を初め守衛の人たちの悪口を言つていた。そこへ総務部長が帰つて來たわけです。総務部長が來たから、長門君がタバコのケースを出して一本いかがですかと言つて総務部長に勧めたわけです。そこで今まで惡口を言つていた北平君がそこに出て來て、おれにも一本くれということで、それで長門君は、内心かんかんに怒つていたと思うけれども、ここはがまんすべきだと思つて黙つておつた。ほいとというのは、廣島の言葉で乞食ということです。それを一本くれと言つたから、ほいとめと小さい声で言つたわけです。それで向うは乘ずる機会をねらつていたわけですから、うまく乘せられたわけです。
○神山委員 乘せられたと思つたのはあなたの表現なのですが、組合員諸君に言わせれば、この長門という守衛は日ごろ非常に生意気で、横暴である。組合員に対しては、非常に昔流儀の彈圧的な態度であつたというので、特にねらわれていた。それがいわんやほいとめというようなことを言いますから——私も実は山口懸の人間なので、ほいとぐらいはよく知つておりますけれども、そのほいとと言われたから、よけいかあつとしたというようなことは一方的にもなるわけで、あなた自身あのときに人民裁判を受けたというふうにほんとうに感じているのか。それとも一方では、あなたが自分ですわり込んだというような意見もあるのですが……。
○板垣證人 それは今度いよいよ解決するときに、全金の組合の幹部連中と團体交渉で私が会つたときに、こういうことを言いました。実にうまいことを言えるものだと思つたのは、十二日には板垣さんの部屋に行つてすわり込んでお願いしなければいかんと思つたから、われわれは板垣さんの前にすわり込んでお願いしたのだ。それを不法監禁などとはひどいじやないか。実にぬけぬけと言つておるけれども、私があのときの組合の指導者であれば、應接室から——私の会社にはろくなものはありませんけれども、一番いいアーム・チェアを持つて行つて、そこへまずすわらせる。そうすればまだかつこうがついたのですけれども、これは後にあるところから手に入れた写眞もありますが、少くとも土下座をしていたわけですから、アメリカの人も來られて、実にいいものを見た。日本では人民裁判というものがあるそうだが、それを今までは見たことがなかつた。今度は実にいいものを見たと言つて喜んで帰られたのです。
○神山委員 そこであなたにすいぶんいろいろなことを言つたようですが、あなたをほんとうに絞首台にあげるなどと言いましたか。
○板垣證人 そういうことも言つておりました。
○神山委員 それは組合の幹部が言つたことですか。
○板垣證人 幹部ではないですな。
○神山委員 そうでしよう。そういう点はあなたと直接——そう言つては失礼ですが、経営者の代表のあなたと組合の代表の幹部と対等の立場で話しておつて、それを取巻いておる者が絞首台とか鬼とか——それはあなたが柔道五段だという意味ではなくても、七百名の首をちよん切るというふうに受取つている者から見れば、鬼あるいは蛇のように見えたかもしれないのですが、そういう蔭の方から言うのをあたかも組合の幹部諸君が言つたかのごとく言つておる。ことに吉武君のごときは、自分で労働次官をやつておつたくせに、共産党と共産主義とを混同してしまう。從つてあなたの場合も、絞首台にのせるぞと言つたことは、やはり蔭の方のやじ馬から出て來た、あるいは組合大衆の中から出て來たということになると、眞相が違つて來ると思うのです。そこで十四日ですか、十六時に從業員の方からあなたにお目にかかつて團体交渉をやろうじやないかということを申入れしたことがありますか。
○板垣證人 十六時でしたか、もつと遅かつたと思います。二十時ぐらいだつたと思います。
○神山委員 それに対してどういう態度をおとりになりましたか。
○板垣證人 私は、今あなたのやるべきことは、ここをとにかく出て行くことだ、閉鎖されている工場に入つておるということは許されないことだから、出て行つてもらうことだ。その上だつたら交渉は開こう。その前に、二時半に私は自分で市まで出て行つております。そこでも約束しておるのです。へたな文章でしたけれども、私は署名して來たのです。今後も会社は誠意をもつて交渉を持つ、組合と協議の上、決定した場所で交渉を持つというふうに書いてございます。
○神山委員 そういうようなことが実際に現われないで、團体交渉を拒否されたというふうに組合側では言つておるわけです。
○板垣證人 非常におかしな宣傳をしております。
○神山委員 それでこの場合、先ほどのあなたのお話にも関連するのですが、新聞社が非常に手まわしよく、中國新聞の場合、あるいは夕刊ひろしまですか、ひろしま夕刊ですか、どちらも権力闘争とか警官の出動云々ということをすでに四日も前から言つておる。從つて計画的ではないかとおつしやつておるのですが、実ば公安委員会は二日に万一の場合の対策を立てている。さらにその後も公安委員会と警察とあなたの間には、相当緊密な連絡があつた。警察はもう十二日、十三日すでに動員態勢に入つておる、こういうふうな事実もあつたわけです。從つてどちらが先に権力闘争なんということを言い出したかということは、これは立場も違い、また後に公安委員長も見えることなので、そこで聞きたいと思うのですが、こういうふうに一方的な問題の扱い方が双方にあつた。組合側は今私が言いましたように、十四日にあなたに拒否されておると言つておるのだが、あなたは文書を書いてやつたという。こういう重大な食い違いがあるわけです。全体を通じて私が指摘しておるのは、双方の間で十分問題を解決するための意思の疎通がなかつたということが感じられるのです。その点あなたとしては十分手を盡されたと思われましようか。
○板垣證人 思つております。
○神山委員 次に十五日の警官が入つて來たときの模様ですが、あなたの先ほどのお話を開いておりますと、労働者というのは相当あわて者で、お巡りさんが手錠を持つておるその前で、自分でスクラムを組んで歌を歌つて勢いに余つてお巡りさんの方に飛び込んだと言われておりますが、あなたはそういうふうにごらんになつたかもしれませんが、これは委員長、あとでこの新聞を集めていただきたいのでありますが、六月十六日の毎日新聞に出ております写眞、それから先ほど宇田委員が反動新聞だと言われた中國新聞の六月十六日の写眞によりますと、そうひとりでに飛び出しておらない。もし必要があれば私の方にまだほかにも写眞がありますから、あとで提出いたしますが、お巡りさんが相当労働者の中に飛び込んでおる、そうしてえり首をとつかまえておるのもある。こういう点は、あなたはごらんになつておりませんか。
○板垣證人 さつきも言いましたが、組合の方の人で——もつともさつきの私の言つた言葉では、フアイテイング・スピリツトの旺盛な人は手を出した人もあります。そういうのは警察官の方が引きずり出して、そういう人たちが検挙されたのだと私は見ております。
○神山委員 あなたはそうごらんになつたでしようが、私はその混乱状態の写眞を、組合が出すのではなくて、新聞の写眞によつて申し上げたわけであります。これは事実と若干違つておる点があるかもしれません。それから負傷者のことも大分ここでいろいろ問題になつておるのでありますが、たとえば先ほど塚原委員のごときは、組合側の発表によれば死者九名、重軽傷三百名、こう言つておりますが、同じ毎日新聞によれば組合側の発表もそうなつておらない。組合側の発表でも重傷が九名で軽傷が三百名、こう言つておるわけです。また警察の発表も、やはり二十二名の負傷者が出ておる。毎日新聞の記事によりますと、組合側に重傷六名、軽傷が七十六名、警察側に軽傷十二名を出しておる云々、こういうふうになつておるわけです。從つてあなたがごらんになつたように、なまやさしいものでなかつたということは、立場の違いがあり、見方の違いもありましようが、こういう新聞によつてもうかがわれるのじやないかと思いますが、いかがですか。
○板垣證人 私が見た範囲では、先ほどどなたかおつしやつたように、あの附近で病院の手当を受けるとすれば、少くとも私の方の工場の病院に來られたはずですが、それが二十九名か三十名で、そんなに大勢の人がけがをしたように思つておりません。
○神山委員 ですから私の申し上げておるのは、組合側から九人の死者が出たというふうに言つた事実はないということを言つているわけです。また三百名の負傷者があつたということは、少し多過ぎるにしても、この場合相当の負傷者があつたということは第三者が認めておるというふうに言つたのです。その次に四人で手足を持つたという問題ですね。これはあなたはどうお考えになりますか。ただ手足を持つて静かに持ち出したというふうにごらんになつておりますか。
○板垣證人 立たせるまでの間だと思つております。たいがいの人は……。特に工場の三人か四人の人は四人で持たれた人がありました。そのほかの人は手だけ持つて上げてたいがい出て行きました。
○神山委員 あなたがおつしやつたので私も思い出したのですが、手足を持たれて行つた人の中には、胴突きというのがありまして、手足を持つて上の方にあげておいて、反対に下の方にどんと落しておるわけです。こういう事実をあなたはごらんにならなかつたですか。
○板垣證人 見ません。
○神山委員 私の方にこれは写眞がありますから、あとで提出いたしますが、胴突きを食つておる。從つて黒神君の場合にしても、彼が悲鳴をあげて泣いたとおつしやつたのですが、診断書によりますと、左の腕が捻挫して一時気絶したのは胴突きを食つたのが直接の原因である。こういうような事実がありますので、私は今あなたとここで事実を争おうというのではなくて、あなたの証言が、あなたの立場からなされた一方的なものだということだけを立証しておけばいいのです。 それから新聞記事の信憑性について大分決定的のことをおつしやいましたが、これは新聞記者諸君も聞いておられることですが、共産党から新聞記事はあてにならぬと言われ、また経営者であるあなた方から新聞記事はあてにならぬと言われる。私たちはこの記事が全部正しいと言つておるのではありませんけれども、あなたの新聞に対する見方だけによつて、この負傷者の問題や労働者諸君が他の市民諸君と立ち上つた状況を一方的に判断されることは、どうかと思います。ことにこの事件が起つたのは六月十五日以降のことでありますが、先ほど塚原委員のごときは引揚者のことまでも引合いに出しておる。ところが引揚者の第一陣が日本に帰つて來たのは、この事件があつて十日以上たつた後のことであります。こういうことまでチャンポンにして事件の眞相をおうい隠すような発言があつたので、この眞相をはつきりしておく必要があつたわけです。(六月事件だ」と呼ぶ者あり) そこで今度はあなたに直接関連はないのでありますけれども、しかしあなたの証言の中に出て來ておることなので、お尋ねします。今そこで吉武委員や菅家委員が六月事件とか六月十何日事件とかいうようなことを言つておりますが、最近傳えられておりますところの、共産党が暴力革命をやるというふうなことを一番先に言い出したのは、ほかでもない廣川弘禪君が六月十五日に言い出したことなんであります。わが共産党の方針がはつきり発表されたのは六月十八日で、あなたのところの事件があつた十五日を去ること三日ないし四日の後に私たちは方針書を発表しておるのであつて、これと関連させるようなあなたの証言が先ほどあつたのでありますが、あたかも共産党の中央本部の五人の代議士がこの事件を担当してやつたというふうなことをいまだにあなたは断定的に——うわさですから、うわさと言われれば別問題ですが、言えますか。少しこれはこじつけではありませんか。
○板垣證人 それはうわさとして先ほど申し上げたのでありまして、何も信憑性云々という問題じやないと思います。
○神山委員 いや、ですからあなたがうわさとして開かれたこと、あるいはあなたが自分の経営者としての立場からいろいろお述べになつたという上では信憑性があるでしようが、事実の眞相をほんとうについておるかどうかということについては、問題は別に存在するということを私は言つておるわけです。 最後に、一番初めの問題に帰つて來るのでありますが、あなたのところの経営がこういうふうな困難な状態になつた直接の原因は何でありますか。——あなたが言いにくければ私がかわりに指摘してもいいのでありますが、九原則を一方的にとつて民主自由党が今度の第五國会で通したところの予算及びこれに関連する諸法規だ、それが現にあなたのところの車両生産に致命的な打撃を與えておる、中小炭鉱を中心にしてあなたのところの鉱山機械に致命的な打撃を與えておる。このことこそがあなたのところで企業整備を行わなければならない、数箇月にわたつて遅配、欠配をやらなければならない、七百名の首切りをやらなければならない直接の原因ではないでしようか。わかりませんか。
○板垣證人 わかりません。
○鍛冶委員長 では済みました。御苦労さまでした。 それではこれより三十分休憩いたします。 午後三時五十一分休憩
○鍛冶委員長 休憩前に引続き会議を開きます。 松井善一証人より証言を求むることにいたします。 松井善一さんですな。
○松井證人 はあ。
○鍛冶委員長 あなたは廣島地方検察廳檢事正をやつておいでのようですが、いつから検事正になられましたか。
○松井證人 本年六月八日着任いたしまして、爾来勤務しております。
○鍛冶委員長 去る六月廣島管内日鋼廣島製作所に発生した争議に起因いたしまして、あなたの方で取扱われるようになつた事件が起つたようですが、概略をお述べ願いたい。
○松井證人 事件は捜査を完了し、また捜査中のもの合せて四件あります。完了した分から申しますと、六月十八日に廣島市役所前で市警察局長に対し暴行を加えました暴行事件、これはすでに捜査も完了し起訴いたしました。起訴と同時に身柄は釈放いたしております。 その次は六月十二日の晝過ぎから十三日のあけがたにかけまして会社内で行われました会社の幹部を不法に監禁致傷したという事件であります。これもほとんど捜査が完了いたしまして今起訴いたしましたのが十四名、これは檢事が起訴いたしましたのは三回か四回にわけて起訴いたしました。現在身柄は全部保釈で出でおります。 もう一つは十五日の朝方起りました工場に対する侵入ないし退去であります。これはまだ現在捜査中でありまするが、近くいずれかに決定できる段階になつております。これに関する身柄は最近逮捕状によつて拘束しました一人だけ拘束いたしております。あとは釈放になつております。
○鍛冶委員長 何人ですか。
○松井證人 これは今捜査中でまだ起訴不起訴の決定はしておりません。何人ともだれとも名前は申し上げられません。 もう一つは会社の組合長とそれから廣島懸労働組合協議会長という肩書でしたか、中國新聞に記者として籍のあります松江澄、この人二人が告訴人になりまして、弁護人三人代理人となつておりますが、知事と警察隊長、市警察長、市公安委員長、この四名を職権濫用罪等で告訴した事件があります。この事件も大分捜査が進捗いたしまして、捜査の進捗段階は今七、八分という程度のところです。これはまだこのような次第でありますので、起訴、不起訴とも決し定いたしません。以上の通りで、捜査中のものが侵入ないし、不退去罪の事件、それから今の告訴事件、こういうことになつております。
○鍛冶委員長 一番最初の暴行事件はもう起訴が決定しておるのだがこれは何名ですか。
○松井證人 一人です。
○鍛冶委員長 最初から一人だけですか。
○松井證人 被疑者一人であります。
○鍛冶委員長 逮捕状が出てまだ檢挙されぬ人間がありますか。
○松井證人 逮捕状が出て、まだ逮捕されないのはないと思います。私らの方は原則的に任意出頭の方法をとりましたので、むやみに逮捕状を出しておりません。
○鍛冶委員長 これらの者の所属しております團体、もしくは政党等についておわかりでありましようか。
○松井證人 これは私らの方といたしましては取調べの対象が犯罪でありますので、その者が何党に属しようが、何組合に入つておろうが、その点についてはあまり重点は置いておりませんので、詳細なことはわからないのであります。ただ取調べの際に現われましたので、ほとんど組合員でありますが、はつきりわかりませんけれども、不法監禁致傷で十四名事起訴いたしました中の十名ぐらいが——私どうもはつきりわかないのです。直接取調べた者はないのですから、報告を聞いて記憶に残つておるところを申しますと、十名くらいが共産党に籍のある人だと聞いておりますが、その点はよく覚えておりません。
○鍛冶委員長 あなたの先ほどおつしやつた暴行事件から承りますが、暴行事件は廣島市役所前へたいへん大勢押し寄せて起つたと聞いておるのですが、それらの事実はおわかりですか。
○松井證人 概略のことはわかります。たしかあれは六月十八日だつたと思います。元の練兵場が市民農場というのですが、そこで廣島縣産業復興会議とか何とかいう会議が組合側で持たれました。そこでたしか何らかの決議がなされておる。その決議を持つて市役所前に大勢集まりましてその大勢集まつておる前へ市の警察局長を呼び出しましていろいろ質問があつたようで、そのときに行われた暴行事件です。
○鍛冶委員長 そこで承りたいのはデモ隊が市役所前へ行つているからといつて警察局長がそこへ呼び出されるということがはなはだ不可解なんですが、どうしてそこへ出なければならなかつたのですか。
○松井證人 私その場にいませんし、またその交渉を見たのでもありませんから存じません。どういうような話合いでそこへ出るようになつたのか私は存じません。
○鍛冶委員長 それで暴行を働いたというのはどういうことをしたのですか。
○松井證人 これは市役所職員組合の書記長八谷が発起人になつて、大衆が興奮したといいますか、空気が非常に興奮状態になつたときにうしろから行つてげんこでなぐつた、こういう事件であります。
○鍛冶委員長 詳しくおわかりにならなければやむを得ませんが、警察局長ともあろうものをデモの力によつて市役所前に呼び出して説明させるということ自体が大いなる暴行だとわれわれは思いますが、責任者はおらなかつたのですか。
○松井證人 私らの方といたしましても、ただ單にげんこでなぐつたということだけを見ますれば、きわめて簡単な事件でありますが、いやしくもなぐられた人が市の警察長であり、また場所が何千と称する大衆の前であり、なぐつた人がおそらく教養のある人だと思うのです。市の職員組合の書記長がなぐつたというのでありますから。事案そのものはきわめて簡単な暴行罪でありますが、意味は相当重く見なければならぬものと考えまして、取扱いとしては簡單な事件ではありましたが、起訴したような次第であります。
○鍛冶委員長 そういう重大なる事件を起した一種の集團暴力とも認められるのですか。
○松井證人 そこは私らの方の立場からしますれば、何らかの証拠関係の結びつきがありませんと、ただちにこの被疑者の背後にこれありと断定できませんので、あのときの突発事件として、証拠上とり上げ得なかつたのであります。想像すればどんなこともできますが……。
○鍛冶委員長 その次の不法監禁ですが、この十四名は不法監禁についてどういうことをした者ですか。
○松井證人 個人々々のやつた行動は私覚えておりませんが、概括的に申しますと、会社の幹部が事務所の二階におるのを外へ連れ出すような方法を講じまして、それにはいろいろあつたようですが、いわば團体交渉の名儀を使つたそうですが、そこで整理の案を撤回しろというふうにずいぶんきつく強要したということが大体の概略です。そのためここにも名前は忘れましたが、会社側の幹部の人で、四人はかりが脳貧血あるいは心臓衰弱症というのでしようか、そういうので倒れたのがたしか四人くらいだつたと思います。その他多少の怪我をしたような人もあつたと思いますが、それはどの程度かよく覚えておりません。とにかく早いので十二日の晝ごろから始まりまして、ある者は二時、三時、五時、六時というふうに順々に引きずり下されまして、ある者は守衛所から出された者もあります。そうして翌朝のたしか六時か、七時ころまで、俗に言えば罐詰にされた。それで脳貧血を起したわけであります。それはあるときには数百名、あるときは千数名も取囲んでおつたという状態なんです。
○鍛冶委員長 そうするとこの十四名は……。
○松井證人 その中で証拠上最も責任を問わなければならない人として現われた人がそれだけであります。
○鍛冶委員長 それから不退去罪についてはおもにどういうものでありましたか。
○松井證人 これも初め十五日の朝、警察官が不退去罪の現行犯として逮捕いたしまして、われわれの方に送置を受けましたのがたしか二十八名だつたと思います。それは逐次十日間内に取調べ、取調べが済むと同時にみな釈放いたしました。十日目には一人もいなかつた。これらももちろん侵入あるいは不退去罪と打つべきは明らかなのでありますが、とにかくわれわれといたしましては、事件の形式的な処理はしたくない、できるだけ眞実の実体をつかんで、そうして責任ある者に対しては、責任をとるようにしたいというのがわれわれの信念でありまして、そのために二十八名の取調べは十日間で済みましたけれども、いろいろな指導関係とか、あるいは主たる責任者とかいうふうなものの証拠を集めて、これを明瞭ならしめるために時間をとつておりますので、これも先ほど申しましたように、近くいずれかに決定すると思います。事件としてはまだ未決であります。
○鍛冶委員長 これは朝、工場構内から退去せしめるときに、妨害をした者と聞いておるのでありますが、どのような妨害か、そのようなことはおわかりになりませんか。
○松井證人 大分こまかいことは、取締り主任官は正確な証言ができるかもしれませんが、私にはどうも正確な証言はできかねます。
○鍛冶委員長 これらの者が検挙されておるときに、人民大会とか、何とかいうものを起して、先ほど言つたようにデモをもつて市役所に行き、またその次には懸廳に行き、あなたの檢察廳にも行つたということですが、それはいかがですか。
○松井證人 私の方へも初めごろは五、六百名、千名くらい赤旗を立てて、まあ一種のデモに來ていました。
○鍛冶委員長 それは幾日と幾日ですか。
○松井證人 さあ、それは多い日には三回、人数は違います。
○鍛冶委員長 いわゆる不退去罪が起つたのは十五日の午前ですか。
○松井證人 十五日の午前五時であります。
○鍛冶委員長 順序を追うて聞かしてもらえばわかりますが、その日のうちに参りましたか。
○松井證人 日にちの点はちよつとメモしておりませんから正確な記憶はないのですけれども、初めころは毎日あるいは隔日と言つていいくらいデモ除の押しかけがありました。そうして検事正に会わせろ、あるいは取調べ主任檢事に会わせろというので相当続きました。しかし終りごろになるとだんだんに減りまして、四、五十人、五、六十人となりました。最近はまつたくありませんでした。
○鍛冶委員長 多いときは五、六百名……。
○松井證人 はい、あつたと思います。
○鍛冶委員長 それは何日くらい続きましたか。
○松井證人 その後、今申し上げたように毎日と言いたい日もありますし、また間を二日置く日もありましたが、初めから終りまでだと申しますと、二週間くらいのものでしようが、これも不正確でありますから、そのおつもりでお聞取りを願います。帰ればメモがあるのですが、その点メモしておりませんから、わかりません。
○鍛冶委員長 それでただ会わせろというだけですか。事実会いましたか。
○松井證人 必ず会いました。会わずに帰つたことはありません。必ず数名の代表者と会いました。
○鍛冶委員長 どんなことを言つておるのですか。
○松井證人 たいがい不当彈圧あるいは不当拘束というのが主たる話でありました。
○鍛冶委員長 暴行脅迫したような事実はありませんでしたか。
○松井證人 私らのところでは、もちろん声が荒くなるというようなことはありますけれども、暴行脅迫というようにはまだ感じませんでした。
○鍛冶委員長 ところがあなたの檢察廳の前で板垣工場長代理を監禁したことがあるそうじやないですか。
○松井證人 それは私は見ておりませんから、正確な供述はいたしかねますが、そのことは檢事から開いております。
○鍛冶委員長 いつころ、どういう機会にやつたのですか。
○松井證人 あれはたしか証人か何かで主任檢事が呼び出しまして、帰るときに赤旗を三つに組んで、間にはさんでどうとかすれば帰してやる、どうとかすれば帰さないとかいうことで、その証人がまつ青になつて檢事の部屋に飛び込んで來て今こう言われておりますが、——何とか書けと言つたとか、入れと言つたとか、とにかくある行為を満足にすれば帰してやるというように旗か何かではさんだと言つておりました。それは日時はよく覚えておりません。とにかく檢事が会社の幹部を証人として呼び出した日のことであると覚えております。
○鍛冶委員長 そこで檢事の方に逃げ込んだのですか。
○松井證人 あとへ帰つて檢事の部屋へ逃げ込んで來たそうです。
○鍛冶委員長 それからどういうことになりましたか。
○松井證人 それからたれかがそんなことをせずに帰してやれといつてついて行つたのでしよう。それから間もなく帰つたのだろうと思います。その後の様子は聞きませんが……。
○鍛冶委員長 それらについても何かあなたの方で手を下すべき犯罪事実ありとお認めになるほどじやなかつたのですか。
○松井證人 その点についてはまだこれといつて犯罪容疑として捜査には着手しておりません。
○鍛冶委員長 少しりくつになりますが、そういうことが市内でちよいちよい行われることになつたらたいへんなことなのですが、それはやむを得ないものなのですか。いやしくも檢察廳の前なのですからね。われわれはそういうことがかりに諸所で行われるということになつたら、たいへんなことだと思います。いわんや檢察廳の前においておやと考えるのですが、まあその程度にしておきましよう。とくと御考慮を願つておきましよう。それからこれらの被疑者の逮捕にあたつてはたいへん困難であつたとかいうようなうわさがあるようですが、そんなことはありませんでしたか。
○松井證人 先ほど申しましたようにできるだけ任意出頭の形で呼び出しをかけたのですが、それで出ないのが多いのであります。やむなく逮捕状の請求をいたしまして、判事から逮捕状をもらつてやつたのですが、警察の方では自分の方で行くと必ず衝突するというふうに考えましだのか、衝突の起らないような方法で逮捕を執行したいというふうな考えであつたらしい。そのために逮捕がはかばかしく行かない。それであるときには私の方から所轄の署長あてに、できるだけ早く取調べを済ます意味におきまして、逮捕状の執行をしてもらいたいと言いますけれども、なかなか行かない。そこでこれではあまり長引きますので、檢察事務官に逮捕状を持たせて執行にあたつたことが二度あります。最初執行に行つた場所は会社の寮の松石でありますが、これは会社のすぐ横にあるのです。そこへ最初にやりましたところが、このときには目的の被逮捕者を逮捕し得ずして帰つて参りました。その次のときには二名ほど逮捕を執行して帰つて参りました。相当事務官はまじめに熱心に活躍しております。
○鍛冶委員長 それは事務官だけですか。警察官も補助について行つたのですか。
○松井證人 そのときは檢事がまず出まして、事務官が最初のときには本名ばかりでしたが、後に三十名か四十名行きました。船越署は市署といつたところが全体で十二人しかいないのですから、それが少し手傳つてくれたというふうに聞いております。主動力は檢察事務官の方でやりました。
○鍛冶委員長 これはあなたの方でお認めにならなければ別ですが、かような大きな事件になつたのは、一日鋼製作所だけの問題ではなくて、これをきつかけにいわゆる地域人民闘争とか権力闘争とか名づけるある一部政党の指導に基くものだという世評なのですが、あなたの方でさようにお認めにはなりませんでしたか。
○松井證人 私どもの方では先ほど來申し上げておりましたように、取調べの対象が犯罪にわたつておりますからそこに主眼を置きましたので、一部政党の示唆があつたか、指令があつたかということについては、何らの考えを申し上げることはできないのであります。ただ私の方で現われますのは犯罪容疑事実を取調べる際に、たまたま捜査線上に現われる人物があるいは党員である、党員でないというのがあります。それがその場合党員で、その党員が党の指令で動いておる。あるいはそうではなくして党員自体の考えで動いているのか、あるいはその人が何か別の労働組合に入つておる。その組合の関係でやつておるのかわからないのです。しかし党員が浮かび出たことは間違いないのです。
○鍛冶委員長 何党員ですか。
○松井證人 共産党員です。
○鍛冶委員長 ごのデモは廣島市内だけではなくてまだ近郷にもこういうことが起つたのではありませんか。船越は廣島市内ですか。
○松井證人 土地の関係は例の工場のある船越町が六、七分、廣島市が三、四分だと思います。船越あるいは海田市の方にはデモ的な行為があつたということを聞いたように思います。
○鍛冶委員長 呉はいかがです。
○松井證人 呉でも市役所かどこかに押しかけたということを記事で見ましたが、それが日鋼関係と直接連鎖があるのかないのかということは、よく存じません。あつたことは間違いない。
○鍛冶委員長 かように廣島縣の主要地にわたつて騒擾が起つたとすれば、非常に社会不安をかもしたことと思いますが、この点はいかがです。
○松井證人 その点はまつたく同感です。
○鍛冶委員長 それについて現在は何ら不安を感じないまでに至つておりましようか、なお不安があるようでしようか。
○松井證人 これは廣島市あるいは縣だけでなしに、われわれはそういう問題については新聞の傳えるところよりわからないが、まだ何らかの不安感は持つておるかもしれません。何かあるのじやないかという不安感はおそらく廣島のみならずあるだろうと思います。
○鍛冶委員長 ことに廣島では近く革命が起つて人民政府が樹立されるのだと言いふらしておる者があるので、非常に人心が動揺しておるという人もあるのですが、その点はいかがです。
○松井證人 そういうことを言うておるかもしれませんが、私は何も正確な筋からそういうことを聞いておりませんので、何も申し上げかねます。
○鍛冶委員長 先ほど言われた新聞その他で見ての不安というのはどういうことです。新聞その他で見ての不安というのはそんなようなことじやないのですか。
○松井證人 とにかくいろいろな点から、さらに行政整理がありまするので、それに関連しての人心の不安だろうと思います。近く人民政府が樹立されるというような具体的なことを私ども直接には耳にいたしておりませんので、わかりません。
○鍛冶委員長 現在はこれに対して不安のないように、あなた方の方でとつておいでになろうと思うが、具体的にどういうことをなさいましたか。
○松井證人 私らの方の発動は御承知のように檢事同一体の原則で動いております。最高檢の方から何らかの指令がありますれば、その指令を忠実に遵奏することになつております。今これでいかなる指令が來ておるかということは申し上げられぬのであります。
○鍛冶委員長 できるだけやつておいでになることと思いますが……。
○松井證人 それはともかく各種の情報を得まして、できるだけ不安感を除きたい、かように考えます。
○高木(松)委員 証人は裁判所でやる特定人の犯罪の証拠というような観念をもつて証言されておるのじやないかと思うのだが、考査委員会は要するにその事実を起した人が特定の人間と定まらなくても、逆に事実のあつたことだけでもわれわれは明瞭にしたいのですから、あなたの直接見たこと及び間接に聞いたことをそのまま述べてもらわぬと、裁判所じやないからその点大いに考えてもらいたい。 そこでさきほどお話になつた警察局長を市民廣場に引き出したというときにどういうことで引き出したのであるかという問に対して、その点はつきりいたしませんが、あなたが直接見たのではなくても間接に係り檢事や何かから聞いたことでもよろしゆうございますから、その詳細のことをお述べになつていただきたい。
○松井證人 それは先ほど申し上げましたように、市民廣場で大会が行われ、そこで何箇條かの決議がなされ、その決議を持つて行きまして、その釈明を求めることになつたのであります。その何項目について釈明を求めたが、その項目など覚えておりません。たしたそのうちの一つには、十五日の朝警察権を発動したのは進駐軍の命によるのかという問いがあつたので、警察局長は、もちろんそれは命によつてやつたのだ、もしその命令がなかつたとすれば辞職するか、辞職するという問答があつたということを聞いております。
○高木(松)委員 それで私の聞かんとするところは、その現場に來てからの話でなく、現場にひつぱり出されて來たというのは、警察隊長の自由意思で來たのか、そうでなく、そこにむりにある圧力をもつて引出されて來たのかと聞いておるが、どつちでしようか。
○松井證人 これはそうなるとまつたく想像の話になります。
○高木(松)委員 想像でもよろしゆうございますが、いろいろな材料であなたの気持に映つたものをそのまま言つていただければいい。
○松井證人 何人でもおそらくいろいろな話をし交渉をする際には、一人二人の小人数で話す方を好むのが人情だろうと思う。大衆の前でいろいろな意見を求められることは、とかく人間ですから、あるいは興奮し、あるいはおじけて、本当の自由意思は持ち得ないかも知れません。そういう意味合いから言えば、おそらく警察局長はそういう場に出ることをいやがつたに違いないと思う。しかるに現実には出ているのですから、その間にはあるいは何といいまするか、ぜひ出てもらいたいというか、あるいはときにはうしろの方から大きな声が飛ぶとか何とかそこにある言動があつたために、私は局長は大衆の前に出たものと、こう思う。どういう声が飛んだとかいうことは私は覚えておりません。
○高木(松)委員 いまひとつ聞きたいことは、警察隊長は暴行事件の被害者ですから、この暴行事件の被害者として証人としてお調べになつたでしようが、この警察隊長はどういうことをお話しになつているかをお聞きになつておりますか。
○松井證人 その問題につきましては、あの事件がありました翌日、私の所に参りまして、きのう実はこういうことがありまして、まことにどうも残念千万だというような話がありました。そのときに、ああいうふうに大勢の前でひつぱり出されることはつい気おくれといいまするか、自分の思うことも言えないで困つたという話で、なおまた松葉杖をついた黒神、三角巾をして首にかけた竹田、この二人がまさしく警察官にやられたのだ、これに謝罪しろということであつた。なおこのときも、これ以外にたくさん警察官にやられたのだから大いに責任をとれ、謝罪をしろということがあつたそうです。それについて公安委員も頭を下げましたから、私もつい頭を下げました、こういう話をしておりました。そのときに自分が謝罪したのは、自分の目の前におられる二人の諸君がけがしたのはそのときのけがに違いないと思つて、そのけがは認めるという意味で言うたのを、全部を警察がこの通りにやつたという意味で謝罪したごとく、その後には吹聽されておりますが、非常に困つたというようなことも述懐しております。
○高木(松)委員 それから第二の問題である不法監禁ですが、不法監禁は時間的に言うと相当長いようですが、その監禁の状態についてお調べになつたことはありませんか。
○松井證人 とにかく主任檢事は、二階の事務所から引つぱり出されて、下の廣場で大勢に囲まれて、翌朝その囲みが解けるまでの事情は、一應聞いていると思います。その紬かしい事情は私は一々は聞いておりませんので、よく覚えておりません。
○高木(松)委員 それから特に任意出頭の形で呼出した。私どもから言えば、こういう問題は一日も早く鎮圧しなければならぬのですから、そういう疑いのある者があつたら、早急に解決すべき問題だと思うので、任意出頭ということになるとなかなかその目的を達せられぬと思うが、どういう考えで任意出頭の形式をとられたか。
○松井證人 やはり一應はその形式をとりました。それで應じない者は逮捕状というつもりで、いわばできるだけ不拘束で実情を調べたいという方針でありました。だからこれに應じない者に対する逮捕状は非常に早く出ております。
○高木(松)委員 そこで一、二、三、四、まで起訴になつていない事件もあるようですが、この事件を捜査して行つて、少くとも背後にこれを使嗾するものがあるという事実があつたならば、それはあなた方の捜査範囲の中に入つて來るのではありませんか。
○松井證人 とにかく不法監禁、不退去、暴行、この三つですが、それでああいうふうな犯罪をやらすような教唆という問題が、もし証拠上現われて來ますれば、われわれとしても考慮しなければならぬ問題だと考えております。
○高木(松)委員 捜査の範囲に入つて來ますね。そこでお尋ねいたしますが、私どもの調べたところによると、相当裏面に大きな勢力があつて、これを教唆し、そして事件を起しているように思うが、この点についてあなたの方ではどうお考えになつておりますか、はつきりしたものがなくとも、疑いだけでもかけたような事実でもありますか。
○松井證人 それは先ほど申しましたように、十四日のあの事件以後——これは前からもありますが、共産党員である人が争議が起ると常に出入りが激しくなつたとか、あるいは十四日の退去事件後、つまり工場閉鎖後は、党員であり、あるいは代議士である人が、そこで演説したというようなことはあります。そのことがあるから、何かあるのじやないかという想像をすればできます。具体的にどうのこうのという証拠はありませんので、何とも申し上げられません。
○高木(松)委員 そこでいま一つお尋ねしたいことは、今お話になつたように、共産党の最高幹部の方々がしきりにこの事件の前後にあの方面に出入りして、いろいろな行動をとつているようだが、これに一つの疑いをかけて、これを明らかにしようと努力されたことはありませんか。努力したとすれば、どの程度まで明らかになつたか、その点を明らかにしていただきたいと思います。
○松井證人 私らの方の捜査は御承知のように、何か疑うに足る十分な理由がなければ、むやみに人を逮捕することはできません。
○高木(松)委員 逮捕と申し上げているのではなくして、逮捕するまでにも、あなた方はいろいろな傍証を固めて逮捕まで行くのですから、その間における傍証その他の材料で、とにかく疑いをかけることのできるような事実はありませんでしたか。
○松井證人 ただ出入りが多いとか、あるいはある人に対してこんなことを言つたとか、またはこういうような激励演説をしたというのが、われわれの知り得る材料です。それ以上に具体的の材料は持つておりません。
○高木(松)委員 そこで私の聞きたいのは、その具体的の事実を聞きたいのです。今あなたの口から出ただれが行つて、どういう激励をしたということを調べたというから、調べた内容とか、出入りした人の行動とか、そういう具体的の事実についてお知りになつておることがありましたら、詳細に述べていただきたい。
○松井證人 それは人は大体わかつておりますが、演説の内容はおそらくわからぬと思います。
○高木(松)委員 その人というのはだれですか。
○鍛冶委員長 メモをごらんになつてよろしゆうございます。
○松井證人 共産党の廣島地区委員の森繁平という人がおります。
○高木(松)委員 一人ずつ具体的にわかつておる程度の行動を明らかにしていただきたい。
○松井證人 森君は日鋼と向い合いに朝鮮人連盟の事務所があるのですが、そこにその当時常時居住しておつたようであります。その関係もありまするか、とにかく組合活動が活発になつたころから、しばしば姿を見せておる。ことに争議が始まつて以來は、ほとんど毎日のように出入りしておるということがあります。これは守衛の証言であります。
○高木(松)委員 そういうことを具体的に聞きたい。要領さえ盡していただけばよい。
○松井證人 また森が巡査に対して、君たちは今ここに入るすじではないじやないかと言つて追い出すようなことを言うた。これは巡査の証言です。同じく構内にあそこの日鋼專属の土建業者で、戸田初一という人がおりますが、君はここへ來るすじではない、君は公安委員ではない、出て行つたらよいだろうと言つた、これは戸田の証言です。それから十四日の朝工場を閉鎖しまして、十五日までですが、そのころ出入りした人は、十四日の午前十一時ごろに、廣島縣労働組合協会会長の松江澄、共産党代議士田中堯平氏、これは午後二時ごろで、何か應援といいますか、激励といいますか、演説したそうですが、内容は知りません。その次には午後の三時半ごろ、これは廣島地方労働組合協議会書記長吉田治平、これもおそらく党に入党しておる人じやないかと思いますが、これも激励演説をした。午後四時四十分ごろ、廣島の弁護士原田香留夫、この人も演説したそうであります。それから時間はよくわかりませんが、そのころ共産党の廣島縣委員長徳毛宣策という人が、職場死守の演説をしたというようなことを聞いております。大体その程度です。
○鍛冶委員長 さきの不法監禁のときの被害者はお調べになつておることと思いますが、その供述、証言等は大体お聞きでありましようか。
○松井證人 御承知のように、私は直接調べませんので、ただ中間報告とか、あるいは起訴の際の最後の総括的の報告しか聞きませんので、一々のこまかしい問題については、今覚えておりません。
○鍛冶委員長 そういう加害者どもは、どういうことを言つておるとお聞きになつたか、それをお聞きいたしたい。
○松井證人 起訴状に現われておりまするのは、ほんの一部分だと思いますが、それでいいですか。
○鍛冶委員長 それでもけつこうです。
○松井證人 一番初め監禁の場所にひつぱつて行かれたのは、板垣茂、これを、初めとしまして、幹部の者その他青年行動隊員らが、それぞれ板垣を逃すな、スクラムを組め、そして中へ閉じ込めて、本人が助けてくれとか、乱暴してくれるなというような一とを絶叫するのに耳をかさずに、守衛所内から室外に出して、本館前の事務所に連れて行つた。これは一つの断片です。こまかしいことば聞取りを見れば一番よくわかるのですが……。また他の幹部を二階の事務所から下の方へ連れ出す一つの方法としましては、板垣所長代理が大衆にもまれているのを知らぬか。あのままほうつておけば命にかかわるようなことがあるかも治れない。それはおれは知らぬぞ、部、課長らが行つて、すぐ板垣も帰れるから、大衆の前へ行つて話してくれというようなことを言つて連れ出したというようなこともあります。それからある者は、行くか行かぬか、返事をせい、さあ行けというような……。また椅子に腰掛けたまま押し出してひつくり返つたような者もあるようです。だからその場合場合で、首切り案を撤回しなければ、三日も四日も帰さぬ、今夜は徹夜でいじめてやるんだ、あれが首切りの張本人だ、鬼のようなつらをしておるのを見てくれと言つた。これは断片ですが……。 それから守衛ですが、何か言葉の使い方の穏やかでないものがあつた。それを取り上げまして、タバコをくれと言つたのを、ほいとのようなまねをするな、こう言うた。それをきつかけに……。
○鍛冶委員長 それでようございましよう。
○大橋委員 検察廳におきましては、労働争議として現われましたる十二、十三日の事件をお取調べになつておると思いますけれども、その結果幾多の犯罪行為が行われておると思うが、この労働争議は不法な争議として考えておられますか。それともこれは労働者として当然になすべきことをなしたのだと考えておられますか。
○松井證人 私らはいわゆる正常な労働争議そのものに対しては何ら介入する権限もないし、考えもありません。しかしそれが一たび治安に関係を持つようになつて來ますと、これは職責上断固として臨まなければならぬ、こう考えております。労働運動自体に対しては何ら関渉も容喙もする権限もなければ考えもありません。
○大橋委員 するとこのたびこの事件に検察廳が介入されましたのは、そこに犯罪行為が伴つておる。從つてこの争議は不法な争議である。こう見られてやられたのですか。
○松井證人 不法なる争議と言いまするか、とにかく争議中に犯罪容疑としてこれに臨まなければならない事実が現われたから検察権を発動したわけであります。
○大橋委員 その結果ただいままでに取調べられました事件は先ほど伺いましたように家宅侵入並びに要求不退去罪と不法監禁致傷罪、この二件だけですか。
○松井證人 労働争議関係の犯罪としましては、労働争議に直接関連しておるのはこの二件で、あとの市警察署長をなぐつたのは関連と言えば関連していますけれども直接のものとは違います。
○大橋委員 不法監禁致傷罪と侵入不退去罪とは、これは関連事件としてはお扱いになつておらないのですか。
○松井證人 別罪です。
○大橋委員 それから不法監禁致傷罪は共謀としてお取扱いになつておられますか。
○松井證人 共謀ですか。被疑者を……。
○大橋委員 そうです。共同謀議ですが……。
○松井證人 共謀の被疑者として扱つております。
○大橋委員 その共謀者の氏名はどういうものですか。
○松井證人 これは起訴しておりまするから申し上げましよう。七月八日に起訴いたしたのが、工員の越智一見、同じく徳永宗、同じく伊藤不二夫、同じく池田啓三、同じく香川一彦、同じく長谷計、同じく大下博行です。それから七月十八日が工員の竹田太一、林春一、黒神貞松、中田昭一の四名で、七月二十八日に松田敦己、これは室蘭に逃走しておりましたのを逮捕状で逮捕しました。それから有川武典、北平勝美の三人で、たしか以上で十四名だと思います。
○大橋委員 このうち日鋼の工員は何名おりますか。、
○松井證人 ほとんど工員だと思います。
○大橋委員 その共同謀議は現場で行われたとお認めになつておられますか。
○松井證人 共犯関係ですか。
○大橋委員 共犯の伴う謀議はいつ成立したのですか。
○松井證人 とにかく全部共犯者として起訴したと御了解願えればいいと思います。いつ共謀を行つたかということはちよつと申し上げられません。
○大橋委員 むろん御確信はおありでしようが、捜査上の必要から控えられたいというのですね。
○松井證人 はい。
○大橋委員 なおこれらの人のほかに共同謀議の容疑ありとして捜査なさつた方はありませんか。工員以外として……。
○松井證人 今の十四人の中で竹田太一というのがおります。これは七月十八日に起訴した四人のうちの一人ですが、これは三菱三原車両の工員です。日鋼製作所の工員とは違います。
○大橋委員 これはどういう事情でこの現場に居会わせておりましたか。
○松井證人 應援に來たのです。
○大橋委員 それはたれからの要請で現場に應援に來たのですか。
○松井證人 その点は捜査官として捜査しているかどうかしりませんが、私としては存じません。
○大橋委員 これは工場側から直接に應援の要請があつたのでしようか、それとも共産党の機関からお前特に應援に行くようにと指令があつたのでしようか、その辺の御調査はわかつておりませんか。
○松井證人 主任檢事は知つているかもしりませんが、私は知りません。
○大橋委員 もし許されれば後日お知らせ願いたい。 それから侵入罪につきましては全然今お話になることは御希望にならないのですか。
○松井證人 先ほども申し上げましたように近くいずれかに確定しますが、まだ捜査中でありますから……。
○大橋委員 捜査中の人員の概数はどのくらいになつておりますか。
○松井證人 これも申し上げかねますから御了承願いたいと思います。
○大橋委員 それでは質問を撤回いたします。 それからただいま伺いますと、これらの檢挙中にいろいろ釈放運動のためのデモがあつたそうですが、これらの代表に検事局の方がお会いになつておられ、また檢事正御自身もお会いになつて……。
○松井證人 私も数回会いました。
○大橋委員 そういう際に彼らは不法行為を正当化する理由を述べておりはしないかと思うのですが……。
○松井證人 自分たちのやつたことは決して悪いことではないのだ。それをつかまえたから不法檢挙だというように……。
○大橋委員 その正当化の理由として、彼らはどういうことを述べておりますか。
○松井證人 正当化についての理由の言い方は知りませんけれども、われわれは普通の争議行為と思つてやつているのだというような言い方です。ときにはお嬢さんみたような交渉はできないと言つておりました。
○大橋委員 そうして檢察廳においては、それは普通の争議行為と見ておられないというわけですね。
○松井證人 少くとも不法監禁致傷罪と侵入不退去罪と考えております。
○大橋委員 その際のデモの指導者はどういう人々でありましたか。
○松井證人 それは主任檢事に会いに來て、文句を言つた人が指導者だと思いまするが、これは帰えれば一々記録としておりますからわかるのですけれども、私はちゆうに覚えておりません。
○大橋委員 大体共産党員が多かろうと思いますが、これもまた後に知らせていただこうと思います。 それから特にお伺いしたいのですが、検察官の自宅に対してデモあるいは面会を強要しておるような事実はございませんか。
○松井證人 これはないと思います。あればただちに私に報告してくれるはずですが、報告がないところをみればないのだと思います。
○大橋委員 それからこのお取調べの経過を通じて、共産党のこの事件に対する方針なり、あるいは意図なりについては、おぼろげに輪郭を画かれておられると思いますが、どういうふうに御監督なすつておられますか。
○松井證人 どうもその点は先ほど來いろいろのお尋ねがあつたのでありますが、私らの方では具体的の事実を知りません。先ほども申しました通り、これこれのことがあつたからあるいは何らかあつたのじやないかと思うだけであります。
○大橋委員 そうすると共産党が背後にあるのであろうというような推測はしておるけれども、確固たる証拠がないからこの場合は控えたい、こういうことですか。
○松井證人 先ほどの佐々木さんの御質問で申しましたが、あの程度の材料があるということです。
○大橋委員 それから本件全部を一括いたしまして、検察廳に任意出頭を求められました人員の数はどのくらいに上つておりますか。
○松井證人 不法監禁罪は初め全部任意出頭を求めました。その十四名のうち五名は、その当時知事が斡旋して交渉を開始するようにしたが、その知事の斡旋の場合に組合代表として出ておるということを伝聞しましたので、この取調べは遠慮しました。だから十一名に対して任意出頭を求めてそれで出て來たのがたしか六名だつたかと思います。これは取調べの途中被疑者の供述その他によりまして拘束の必要を檢事が認めましたので、その日に逮捕状で逮捕したのであります。その他任意出頭の呼び出しに應じない者はその後何日かたつて逮捕状を出しました。
○大橋委員 その逮捕状の出された判事に対してもやはりメモが行つておりますか。
○松井證人 判事の方には行つておらぬでしよう。ただ勾留理由解除のときには数百名がにぎやかな歌を歌つて裁判所に行く姿を横からながめました。
○大橋委員 それと関連いたしまして呼び出されました参考人はどのくらいの数に上りますか。
○松井證人 数十名と言いますか、あるいは百数十名と言いますか、これはちよつと私としては証言いたしかねます。
○大橋委員 よろしゆうございます。それからもう一つお伺いしたいのは、先ほど來証言の中でありました組合長と松江君の告訴にかかる知事、警察隊長、市警察長、公安委員長の職権濫用に関する事件、これについてはどういう訴状になつておりますか。
○松井證人 その被告訴人が共謀してああいうふうな行為に対して暴行傷害を加えた。これは何らかの権限がないのにやつた行為だから職権濫用だという意味のものだと思います。
○大橋委員 そうすると暴行傷害というのはどういう傷害を指すのであるか。
○松井證人 それは告訴状に添付してあります診断書が五十通前後ございます。告訴状に添付しております被害者と称する者の診断書でございますが、それをわれわれの方で調べたのです。その傷害の程度は今知らないのですが、程度はほとんど赤チンキをつけて帰らしたような程度だと思います。中には診断書に三日あるいは五日というようなことが書いてあるのもあるが、ほとんどは治療日数が書いてないでそこは空白になつております。ただ挫傷とか踏まれてこすつたとかいうようなことで赤チンキをぬつて帰した程度であります。
○大橋委員 なおこの診断書を出しました医師についてお取調べになつたことはありませんか。
○松井證人 それは主任檢事が調べております。
○大橋委員 どういう性質の医師かわかりませんか。
○松井證人 おそらく音通のお医者さんで、何もたくらみを持つような医者ではないと思います。
○大橋委員 そうすると大体現在の段階において事実関係は明らかになつておるのじやないですか。
○松井證人 ただいまあなたの御質問になつておる問題ですが、つまり組合の方でこの告訴事件で非常に困つておる問題が一つあります。と申しますのは、告訴状のこれこれを調べてもらいたいという証人のほとんど全部が出て來たのです。ところが二人出て來ないのがある。これはおそらく共産党の廣島地区における機関紙かと思われるのですが、廣島民報というのがあります。その廣島民報の記者の二人の名前を告訴状に載せてあるのです。二人を呼び出すのにいくら呼んでも來ない、電話をかけたら今行きます、今日來るかと言つたらあす行きます、自動車を迎えにやるからと言つたら今ちよつと会議をしているからと言つて絶対に來ないのです。
○大橋委員 そうすると現在までの段階においては犯罪の容疑者と見るべき犯人はないけれども、あと二名の者が残つておるために最終の決定ができかねるというような……。おそらくその証人は共産党員じやないのですか。あとの二名はこれが出頭することによつていよいよこの犯罪が成立だということが明らかになることをおそれて故意に出頭しないのではないか。從つて永久にこの事件は完結しないというおそれがあるのではございませんか。
○松井證人 私の方で出て來ないのでずいぶん手を盡して取調べ、主任官は非常に困つておるようでした、何と申しましても出て來ない、二人を自動車で迎えに行つても出て來ない。
○大橋委員 そうすると今のところ別に檢察廳としてはその方を強制的にお呼び出しになる方法はございませんね。
○松井證人 今の刑事訴訟法ではちよつとむつかしいと思います。
○大橋委員 そうするとこの告訴状のある者は何ら事実のないところに宣傳のためにかような告訴状を出した、そうして一方においてはこれをぜひ調べろということによつて宣傳の効果をあげる。しかし最後的にはこの取調べが完結するということは結局自分たちの虚偽と欺瞞とが暴露することになりますから、最後的にはこれを完結することをできるだけ妨害して引き延ばす、これが彼らの態度であるということが明らかになつたです。
○神山委員 先ほどの証言の中に戸田初一という人の名前が出たのですが、この人は日鋼の専属の請負ですか。
○松井證人 多分專属の請負とか聞いております、土建業者です。
○神山委員 日鋼と特殊の関係があるということは当然ですね。
○松井證人 そう想像できますね。 〔「前身は暴力團じやなかつたか」と呼ぶ者あり〕
○神山委員 もちろん前身は暴力團で今もそういう傾向があります。先ほどの証言の中で今度の不法監禁とけがをさせた致傷罪ですか、その内容をお述べになつた点は私も聞いておつたのですが、あなたはああいうふうなことになるのがどういう原因から起つたかということは一言もお述べになりませんでしたか。何かお気づきのことはありませんか。
○松井證人 それは争議なかりせばわれわれの調べておるところの事案は起らなかつたと思います。
○神山委員 争議はどうして起りましたか。
○松井證人 その点はわれわれの問題外であります。
○神山委員 それで先ほど鍛冶委員長が警察署長がしきりに前に出るのは何らかの暴行があるのじやないかと思わぬかということを聞いておつたのです。これは上田市警局長が人民大会の前に出たことが何らか暴行と関連させなければ考えられない。こういうわけですが、あなたのところに各民主團体の代表者が数回來ておりますが、あなたがこれらにお会いになりますときには何か暴行か脅迫でもあつてお会いになつておりますか。
○松井證人 私としては暴行を受けておりません、もつとも暴行という言葉の内容を腕力の行使と見るか、あるいは威圧と見るかはその人の判断によつて違うと思いますが、何らか威圧を加えんとする態度であることは明らかであります。
○神山委員 あなたがお会いになる場合には威圧があつたからお会いになつたのですか。
○松井證人 いやそうではありません、向うの方の意思は威圧でありますけれども、こちらは、受ける方はそうではありません。
○神山委員 あなたの方としても、当然職権に基いて正しく執行するために天地腑仰に恥じず、生々堂々とお会いになるでしよう。それにもかかわらず上田市警局長の場合にだけ、どうして威圧に感じて出たかもしれないというような推測ができますか。
○松井證人 それは先ほど申しましたように、人と人とが交渉する際によく立場を理解し、お互いの主張を理解するためには、大勢の前ではできないのが私は普通だろうと思います。できるだけおとなしく、静かに打合わすのがほんとうの交渉だと思います。ああいうふうに大勢の前に出されることは、たとい市民の治安を守る局長といえども出られない。これが普通だろうと思います。しかるにそれが出ておるというのが現実ですから、その間に何らかあつたかもわからぬけれども、威圧か暴力か、あるいはだましたのかどうかそれはわからぬが、とにかくそう申したのであります。
○神山委員 ですから私の申したのは、だましたのか威圧を食つたのかわからないように、あなたと同じように自由意思で出たかわからない。
○鍛冶委員長 違う。根本的に違つていることを君は言つておる。そんなら聞いてみよう。
○神山委員 何をだ。
○鍛冶委員長 向うから檢事正は会いに來ておる、局長は前にひつぱり出されておる、それを言つている。それは違つておるよ。
○神山委員 委員長、おれの質問に対して途中でそんなことを言わんでもいい。おれが聞いているのは、いろいろなそういうふうな場合の可能性がある。暴行云々というような表現を使うのは問題だと言つておるのだ。しかしこれは見解の相違ということになるからいいとして、それでは檢事正にひとつお尋ねしますが、あなたは当然この問題の大体の動きについては御承知だと思いますが、先ほどから他の委員諸君が、共産党がこれに大きな指導をしている、ある場合には高木委員のごときは親切に中央からわざわざ指導しているというようなことを言つているわけであります。というのは聽濤代議士でありますが、廣島ではこの聽濤代議士及び共産党の中央に関連する闘士も含んで、合せて五人の指導部があつて、これに対して対策を立てて指導していたというふうなうわさがあつたということをお聞きになつたことはありますか。
○松井證人 主任検事は聞いておるかもしれませんが、私は存じません。
○神山委員 それから先ほどあなたのおつしやつたことに関連するのですが、現在の社会不安と言われるもの、すなわち廣島に不安があるだけではなくて、全國に社会不安があるとおつしやつた。これは最近の三鷹事件は共産党がやつたんだ、下山を殺したのも共産党だと言わんばかりの宣傳が盛んにあり、高萩、平の事件もありますので、あなたが社会不安と言われる現象があるかもしれぬ。しかしその一番底に何がこういうことをさせるか、何が彼女をそうさせるか、これを一体お考えになつておるか、どうですか。
○松井證人 私として社会観や政治観を述べる筋ではないと思います。
○神山委員 その政治観は聞かないが、今度の不祥事件と言われる場合に、争議なかりせばこういうことはなかつたとおつしやつたでしよう。争議が起つた直接の原因、一番根本の原因、これをさかのぼつて行きますと、民主自由党の政治や政策の結果起つておる、こういうことをお考えになつたことはありませんか。
○松井證人 それは政治観や社会観は申し上げかねます。
○鍛冶委員長 では済みました。御苦労さんでした。 —————————————
○神山委員 議事進行について一言いたします。昨日の議院運営委員会の申合せに從いまして、各委員会は原則として午後五時に打切ることになつておるのであります。それはすでに先月の末に議院運営委員会の理事会で決定して、その旨を各委員長諸君に申入れしてあるはずでありますが、不幸にして鍛冶委員長は知られなかつた。今度の場合は、昨日成規の文書をもつて申入れしてあるはずであります。從つて賢明な委員長としては、この申合せの趣旨に從つて委員会の運営を正五時に打切られるように私は強調せざるを得ない。なぜかと申しますと、この申合せは暑中における職員諸君の健康状態を考えまして、國会の正常なる運営もさることながら、これを正式に運営すると同時に、國会職員諸君の現在の困窮した苦しい状態を少しでも軽くするために、特に土曜日のごときは半日勤務ということにわざわざ連合軍側のサゼツシヨンに基いてなつておるのであります。それにもかかわらず、本考査委員会は、どういうわけでありますか、終始特定の、非常に一方的の事件を持ち出されて、しかもその運営にあたつては一日おきというふうな非常にむりなことをして今までもやつて來ておるのであります。これは國会全体の運営の立場から見ましても、また昨日の議院運営委員会の正式の申合せの精神にかんがみましても、まことに遺憾しごくであります。從つて本日以後ただちに、昨日決定いたしましたように五時に委員会を打切られるようにされることが必要であると私は考えるのであります。 さらに私は一言したいのは、本考査委員会が常に定足数を欠いておる事実を強調せざるを得ない。特定の議決がある場合などには、非常に時間を延ばして、委員会の開会を遅らしたり何かある作為を行いまして、定足数を集めて、集めて來るやいなや一方的に議決される例が遺憾ながら今まで一、二回あつたのでありますが、その後黙つて見ておりますと、ほとんど定足数を欠いておる。昨日のごときは証人に対して共産党二名、民自党二名しか残つていないような事実があるのであります。こういう点については委員長はいかなる考えを持つておるか。この点について責任のある明答をしてもらいたい。これについてわれわれとしてはまた態度を保留したいと思いますが、以上二点について、委員長の責任のある御答弁を願いたい。
○鍛冶委員長 私に対する質問ですからお答えいたしますが、神山君の仰せられる通り、その御趣旨に沿うべくやつておりますから、できるだけひとつ御協力のほどをお願いいたします。 ただいまお見えになつている証人は、金子敬通さん、戸田初一さん、松江澄さんですね。これより日本製鋼廣島製作所争議事件について証人より証言を求めることといたします。 証書を求める前に、各証人に一言申し上げますが、昭和二十二年法律第二百二十五号議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証書を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならぬことと相なつております。 宣誓または証言を拒むごとのできるのは、訳証言が証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または証人とこれらの親族関係のあつた考及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するとき、及び医師、歯科医師、薬剤師、薬種商、産婆、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあつた者がその職務上知つた事実であつて黙秘すべきものについて尋問を受けたときに限られておりまして、それ以外には証言を拒むことはできないことになつております。しかして、証人が正当の理由がなくて宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることとなつておるのではあります。一應このことを御承知になつておいていただきたいと思います。 では法律の定めるところによりまして証人に宣誓を求めます。御起立を願います。戸田さん代表して読んでください。 〔証人戸田初一君各証人を代表して宣誓〕
○鍛冶委員長 署名捺印を願います。 (各証人宣誓書に署名捺印)
○鍛冶委員長 証言を求める順序は戸田初一さん、金子敬通さん、松江澄さんの順序にいたしますから、戸田さん以外の方はもとのところでお休みください。 戸田初一さんですね。あなたは廣島ブロック安藝地区公安委員連絡協議会会長というのでありますか。
○戸田證人 さようであります。
○鍛冶委員長 これはどういうことでこの協議会はできておりますか。
○戸田證人 これは懸下一般の公安委員会には懸公連というものがありまして、国家と自治体との連合の警察運営についての協議をする会で、廣島は廣島市が局になつて、安藝、佐伯、安佐という関係で、安藝郡は安藝郡下六筒町村の警察の連絡協議会であります。
○鍛冶委員長 縣公連の中の安藝郡の公安委員、こういうことですね。
○戸田證人 さようであります。
○鍛冶委員長 あなたはいつからそれをおやりですか。
○戸田證人 これは公安委員会というものが認められた当時から、ずつと引続いてやつております。昨年の三月からです。 それから委員長にお願いしておかなければならぬのは、証言をいたしますにあたつて、日にちとか、時間とかいうものがあまり記憶にない点があるいはありはしないかと思いますから、その点あらかじめ御了承を願つておきます。
○鍛冶委員長 わかりました。できるだけ正確に願います。 あなたは日本製鋼廣島製作所に始終出入りしておいでになりましたか。
○戸田證人 さようであります。
○鍛冶委員長 どういう関係で出入りなさいますか。
○戸田證人 大正十年から引続いてあ、すこの專属請負業といたしまして、現在まで毎日というわけではありませんけれども、参りまして仕事の取引をしていただいております。
○鍛冶委員長 建築ですか。
○戸田證人 建築土木です。
○鍛冶委員長 この日鋼廣島製作所に六月に入つてから争議が起つたようですが、大体どんなような争議であつたのですか。
○戸田證人 大体六月二日に整理案を会社でこさえたというようなことで、それから十一日まで各委員と交渉しておつたような状態であります。十二日から多少混乱したような結果でございます。
○鍛冶委員長 どのような混乱になりましたか。
○戸田證人 私はその日十一時ごろに会社に参りましたところが、事務所の二階の廊下、それから下に赤旗が立つて労働歌をうたつておりまして、もちろん庶務はすでに占拠され、秘書も占拠され、所長室に各部課長、工場長がおられまして、それで所長室へは参りませんけれども、とりまいて交渉を続けておるような次第であります。
○鍛冶委員長 交渉でしたか、どういうのですか。
○戸田證人 それは團体交渉をするから外に出てくれというような交渉を続けておりました。それで会社側とされましては、こうたくさんの人間が騒動してはどうも穏やかに交渉はできないから、委員を選択してくるなら交渉する。こういうようなことを言われたように考えます。その日の大体のいきさつを私が知つております範囲で申し上げてよろしゆうございますか。
○鍛冶委員長 できるだけ簡単に……。
○戸田證人 それで十一時ごろ参りまして、十二時ごろに部課長と板垣所長代理と三人ばかり人垣をつくつた中を玄関まで出られて、引続いて多少時間を置きまして各工場長が全部寄りまして、そして私は早速西側の入口に参りました。ところがそこに取締り本部の課長が引ずり出されて、西側に出されて、こつちに顔を出して、こういうぐあいにして顔を内にしていた。その間いろいろのことをいたしましたが、まあ暴言というか、いろいろの行動もしておりました。ところがちよつとこちらを見ますと、そこに鈴木総務部長がちようどこういう窓ぎわにおられました。そしてぐるりを取巻いて何か交渉しておるところを見まして、これは鈴木さんあぶない、かように見まして、私は声をかけました。そうしていろいろの交渉がありましたけれども、鈴木さんといたしましてはあまり口もきかず、ただ黙然としておられたのであります。ところがそのときに、約三十分ぐらいいたしますと、森という共産党の党員——これは有名な人でありますが、それがちよつと來い。こう言われたので、何か用かと言うて外へ出たんです。出ていろいろの話を——話と申しましても、あなたはここへ何しに來られた、どういう必要があつて來られた、と申しますから、私はこうこうでここへ約三十年間出入りしておる。それからちよつと向きますと鈴木さんが腰掛けの上に載せられて、わつさわつさと抱いて表に連れられて行つたような状況であります。そこで私は事重大である、かように考えまして、早速一船越の警察署へ参りまして、三好署長に、そこに公安委員もおられまして、事情をよく話したところが、そういうわけだつたのか、それじや放つておけぬというので、署長みずから各署へ行つて應援力を要請せられたような次第であります。
○鍛冶委員長 それで署長はどうしましたか。
○戸田證人 署長は電話で何か交渉せられたようであります。
○鍛冶委員長 それから何か出て來ましたか。出て來ませんでしたか。
○戸田證人 だれがですか。
○鍛冶委員長 警察の方で……。
○戸田證人 出て來ませんでした。
○鍛冶委員長 どこへどういう交渉をされておつたかそれはわかりませんか。
○戸田證人 それは大体において廣島の局と、それから縣の方と交渉されたようです。それから進駐軍の方へも連絡されたようです。
○鍛冶委員長 だが具体的には何もやらなかつたですか。
○戸田證人 やりませんでした。
○鍛冶委員長 あなたはそのときその状態を見てこれはたいへんだというのは、どのようにたいへんだと思いましたか。
○戸田證人 それはすでに長門という取締課長もそういう現状であるし、それからまた署長代理の板垣さん初め工場長までが民家の前に出されて、そうしてコンクリートの上に立たされて、周囲は全部組合員が囲んでおるし、鈴木さんはそういう状態で拉致されたということで、しかも白晝かくのごとき行動をされたことは、どうも見るにしのびない。もちろん私も公職を帶びている関係上、つまり船越町の公安委員会の委員長といたしましてこういうふうに思つた次第であります。
○鍛冶委員長 ただ單にむちやをやるという意味ですか。これは放つといたらたいへんなことになるという意味ですか。
○戸田證人 それは放つといたらば——そのときの考え方は、こういうようなことをしかも白晝にすることはまことに乱れたという考えの上におきまして、私の感想といたしましては、私の子供が学校へ行つておりますが、これは偉い者にしたらこういうことになるのだ、勉強というものはあまりさせるものでない、かように考えました。
○鍛冶委員長 法治国として許すべからざることだというわけですか。
○戸田證人 法治国として白晝、しかも大衆の面前でわつしよわつしよやつて、委員を連れて行つてそうして乱暴を働く、かように考えまして放つておくべきでないと私は考えたのであります。
○鍛冶委員長 そういうりくつが主だつたか、私の言うのは、これは放つておいたらどんなことをされるかわからぬという、そういう身体の不安を感じられたかどつちですか。
○戸田證人 そのときの状態を見ますと、放つておいたらどういう問題が起きるかわからぬ、かようには考えました。
○鍛冶委員長 その通り警察署長に言われたわけですね。
○戸田證人 その通りを——どこそこでこういう状態だ、しかしこれに対しての署長の考え方はどうだと言つたら、どうも十人二十人の自治体警察ではどうすることもならぬ、他に應援を求めなければならぬという関係で、他から應援を受けたようなわけです。
○鍛冶委員長 ところが事実上應援に來なかつたわけですね。
○戸田證人 來なかつたと申しましても、安藝地区全部寄せましても百人くらいしかおらぬ、とうてい百人くらいではいけぬということを考えて、それであらゆる方面に應援の要請をされたように思います。
○鍛冶委員長 寄つて來る時間が簡単には行かぬから、こういうわけですね。
○戸田證人 そこで私の申すことは、警察というものが二本建であるので、養成いたしましてもなかなか簡單にはやつて來ない、これは何とかしなければ、こういうような状態になつた場合にはこんなことではいけない、ということを私は考えました。
○鍛冶委員長 その後会社はずいぶん騒ぎになつたようですが、その点は御承知ありませんか。
○戸田證人 十三日はそういうわけで、十三日、十四日は私気分が惡くて家で寝ておりました。
○鍛冶委員長 十五日の状況は。
○戸田證人 十五日の状況は、朝の八時半に警察の人が二人ほど來まして、それで私としまして寝ておるわけにいかぬというので——そのときは警察側と組合とのいきさつは、門外でどなつておつたような状態でありますが……。
○鍛冶委員長 その後船越の警察が争議團に襲われたようですね。
○戸田證人 それは十四日です。十四日の晩に私は家におつたが、中島惣次が参りました。八時ころだつたと思います。たいへんだ、船越の警察がとり囲まれた、何とか方法はありませんか……。
○鍛冶委員長 十四日ですね。
○戸田證人 そうであります。そうして中島惣次の申しますには、警察の机の上に上つて交渉しよつた。外には二、三百人の人間がおり、中には四、五十人おつて交渉しよつた……。
○鍛冶委員長 それでどうしましたか。
○戸田證人 それで私は、年寄のくせにそんなあぶない所に行つちやいけないと申しますものですから、そのときは参りませんでした。
○鍛冶委員長 それで警察に何を言うて行つたのですか。
○戸田證人 そこに私はおらぬのでありますから。ただ中島惣次がそういう報告に参りましただけですから、あまり詳しいことは知りませんが、私の所に來るのに、何ゆえに警察は警察官を招集してやらぬのかということを交渉に行つた。
○鍛冶委員長 そのとき警察は招集しておつたのですか。
○戸田證人 警察は一部は招集しておつたような気がいたしました。
○鍛冶委員長 そのほかその辺の公職者とかいろんな所へ非常な脅迫がましいことを言つてデモをかけたそうですが。
○戸田證人 事実であります。
○鍛冶委員長 あんたはやられなかつたですか。
○戸田證人 私の所には來ません。ところがその前に奥海田村の村長が参りまして、どうも困つたことができた。とにかく議会を開いてくれ、その理由はいわゆる首切り反対で議会を開いてくれと朝晩言つて來る。どうしたものかというような話でありましたけれども、それはあなたの考え方で、この労働問題に対して必ず議会を開かなければならぬ性質のものかと言いました。ところがそれは重要だから、重要ならしようがない、議会を開かなければならぬというわけで、私としてはそこは何とか言うてやつて、そのあとはあなたの自由だから、あなたの自由かつてにせい……。
○鍛冶委員長 なるべく大きい声で、はつきり言つて下さい。
○戸田證人 そこで海田市の奥海田村長は私のところにも参り、役場にも参つた。私は現場におらぬものですからよく知りませんが、あとで聞きますれば、船越の町長佐古田利雄という人の家へ行つて、おれには巡査が應援に來るからたき出しをやつてくれ、どういうわけでそういうようなことをするのかと申しまして……。
○鍛冶委員長 米のたき出しですか。
○戸田證人 それは実際はないのです。それからまた役場に参りまして、ちようどそのとき町長は留守だつたから、助役を外に出してそうして道端でいろいろな話をした。これは私な見たのでなく、聞いた話ですが、そのときの助役の言われるのは、いろいろな問題があつたけれども、しかし要するに道路では交通妨害になるから学校の校庭へ行つて交渉してくれというので、その人は足が悪いのでびつこを引いて來られて、いろいろな交渉を受け、その結果としては町長としてはどうすることもできない……。
○鍛冶委員長 それから廣島市内を何日もデモをやるし、呉その他にもデモがあつたということを聞いておりますが、そういうことは聞いておりますか。
○戸田證人 聞いております。
○鍛冶委員長 そのたびに警察はそれを取締ることはできませんでしたか。
○戸田證人 できません。全然手をつけず……。
○鍛冶委員長 それはどういうのです。運動がはげしいから、運動をやつて歩く、デモをやつて歩く者が多いから手が出ないのですか。
○戸田證人 そういうわけではございません。警察はなるべく労働運動に対しては引込み主義で、手を出しません。
○鍛冶委員長 労働争議には手を出さぬが、そういう不安なこと、——人心がずいぶん不安がるでしよう。治安が保てないでしよう。そうすれば当然任務としてやらなければならぬでしようが……。
○戸田證人 われわれが五人や十人行つたところでとうてい鎮圧できぬのだからというような関係で、あまり手を出さない。これがいわゆる自治体警察の最も悪いところだと思います。
○鍛冶委員長 これに対して附近の人々はどう言つておりますか。これは将來どういうことになるだろうと言つていたでしよう。
○戸田證人 十六日の日でございます。晩にかけまして製鋼所の塀の外に一万内外の運動員あるいは朝鮮人連盟、外部團体が参りまして、そうして石を投げたりなんかして乱暴を働いたようです。それに対して警察としては、そのときに警察の巡査はその中に何百とおりましたが、それに対しての取締りはやらぬようでした。
○鍛冶委員長 あなた方としても、こういう不安なことをどうすればしずめられるかというようなことを苦心されたようですが、手の出しようがなかつた……。
○戸田證人 手の出しようがなかつた。それで私の考え方は、一箇所にこういうことがあつたのでさえ、こういうような地方民の不安がおびただしい。至る所にこういうような不安な状態があつたら警察は一体どうするんだというような、非常に警察力の弱いことを感じているような次第であります。
○鍛冶委員長 今は平穏になりましたか。それでもまだ不安が続いておりますか。
○戸田證人 現在は、稔やかになつた。
○鍛冶委員長 大丈夫ですか。
○戸田證人 大丈夫です。
○鍛冶委員長 それではよろしうございます。
○神山委員 ちよつとお尋ねしますが、戸田さんは戰時中谷組という土木組にいらつしやいましたね。
○戸田證人 あれは合資会社として中谷組とともにあすこの事業を一緒にやりました。
○神山委員 そのとき一緒に合資しておられた日吉文左エ門ですか、その当時労務報國会の会長をやつていらしたことはほんとうですか。
○戸田證人 あれは中谷庄之助といいまして、大阪におりますが、その親戚にあたる日吉文左エ門という者がやりました。
○神山委員 あなたがこの労務報國会の会長をしたわけではないのですか。
○戸田證人 私がやつたわけではありません。
○神山委員 それから先ほどからお聞きしておりますと、三十年間会社と親しくしていらつしやつたそうですが、どういう関係で会社に出入りしていらつしやつたのですか。
○戸田證人 それは三十年前のことでございますから詳しいことは存じませんが、仕事があればさしてもらいたい。簡単に申し上げますと、そのときに製鋼所としては臨時建設部で工場の拡張をするのに人夫を十人ばかりいる。それを私に命ぜられまして、それが機縁となつて現在に至つております。
○神山委員 そうすると、人夫を入れていらしたわけですね。一番盛んなころは何人ぐらい入れておりましたか。
○戸田證人 それからずつと製鋼所に入る職工は、みな私の方から臨時雇として供給しておりました。多いときは四、五百いたわけです。
○神山委員 それで飯場といいますか、あるいは親方といいますか、そういうものになつていたわけですか。
○戸田證人 飯場はありません。
○神山委員 このごろの言葉でいうと中間搾取といいますか、一應あなたのところで請負しておつたわけですか。会社と非常に密接な関係があつたわけですね。
○戸田證人 はあ。
○神山委員 今若い者はいらつしやいますか。
○戸田證人 今はそういうようなことはできないことになつております。
○神山委員 それにもかかわらずやはりあなたのところの輩下というような人が残つているのではないですか。
○戸田證人 それは製鋼所だけではなく、ほかの方面にも多少事業がありますからその方に使つている人もございます。
○神山委員 そういう人が今度の争議の中に顔を出しているものですから、ちよつと聞いてみたかつたんです。それから六月二日に船越の公安委員会が開かれたという話はお聞きになつていませんか。
○戸田證人 聞いております。
○神山委員 これはどうでしよう。三日に会社が首切り案を発表したわけですが、その前に船越の公安委員会と連絡をとつて……。
○戸田證人 日にちはよく覚えておりません。
○神山委員 二日ですが、廣島の警察署長と公安委員会に対して警備を強めるというようなことを言つておりますが、これはお聞きになつておりませんか。
○戸田證人 知りません。
○神山委員 あなたは海田市の公安委員でいらつしやつて、これは船越の話ですから、その内容はお知りにならないわけですな。それから十四日に、やはり公安委員、懸知事、岡谷檢事、この人たちが集まつていろいろ相談をしているような事実がありますが、御承知ですか。
○戸田證人 知りません。
○神山委員 それは知らない。連合協議会の会長であるあなたには知らせないで、ほかの公安委員諸君が——定数はあつたでしようが、縣知事その他と会つて打合せしたということなんですか。
○戸田證人 船越の公安委員と会つたかどうか知りません。
○神山委員 船越の公安委員の名前は知りませんか。
○戸田證人 根石一誠、佐古田利雄。
○神山委員 それで根石さんはお医者さんですね。佐古田さんは何ですか。
○戸田證人 あれは金物商です。
○神山委員 別にこの人は会社に特別に関係あるというふうなことはありませんね。
○戸田證人 佐古田君はありますよ。
○神山委員 どういう関係でしようか。
○戸田證人 あれはあそこのスクラツプと申しますか、あそこの工場内を整理しまして、——機械建築の整理をしてそれをとにかく圧搾してどこへ納めるのか、どうするのかしらないけれども、その仕事をしております。
○神山委員 それから日吉さんは日吉組を持つておりますが、関係ございませんか。
○戸田證人 それはありませんね。日吉君の子供は関係あります。ところがその公安委員は養子でありまして、それは現在タバコ屋をやつております。
○神山委員 それではそのタバコ屋でないそのお父さんですか、公安委員をやつておるのは……。
○戸田證人 文左エ円氏は死んだのです。
○神山委員 息子さんがやつておるのですね。何をやつておりますか。
○戸田證人 会社の中の荷揚げだとか、運搬とかやつております。
○神山委員 やはりそういうふうな運搬や何かに従事しておる。組をやつていらつしやるのですね。
○戸田證人 日吉組というのをやつております。
○神山委員 これで明らかになることは、戸田さんは会社と非常に古い関係を持つていらつしやるということと、公安委員でいらつしやる佐古田さんと日吉さんもこの会社と非常に密接な関係があるというわけですね。
○戸田證人 関係はあります。
○神山委員 それではこれでけつこうです。
○鍛冶委員長 それでは済みました。 —————————————
○鍛冶委員長 金子敬通さんですか。
○金子證人 はい。
○鍛冶委員長 あなたは日本製鋼廣島製作所の労働組合の組合長をしておられるのですか。
○金子證人 はい。
○鍛冶委員長 いつからですか。
○金子證人 七月八日からであります。
○鍛冶委員長 そのとき初めてできた組合の組合長ですか。
○金子證人 そうです。
○鍛冶委員長 それではその前からあつた組合とは違うのですね。
○金子證人 違います。
○鍛冶委員長 六月早々廣島製作所でたいへん争議があつたようですが、大体どういうことからどういうことになつたか概略の筋だけをお話願いたい。
○金子證人 これは一應断つておきますが、私は職場議長をやつておりました関係上、抽象的なこともありますし、また日時におきましても多少違いがあると思いますが、その点御了承願いたいと思います。六月二日に七百三十二名の首切りが発表されたということを執行部よりわれわれ職場に傳達があつたわけであります。しかる後において自治的サボに入れという組合よりの指令がありました。それから三日でしたか四日でしたかはつきり記憶しておりませんが、今後の首切りに対する運動方針を決定するために大会をいたしました。この大会の席上におきまして首切り絶対反対という運動方針を決定いたしました。その大会の席上におきましては全金廣島支部書記長、それから廣船並びに共産党廣島支部——名前は記憶しておりませんが、これらのあいさつがありました。それから後におきましては、闘争本部より逐時指令が参りまして、一日の行動を指令しておりました。十日だつたと思いますが、例によりまして現在團体交渉をやつておるから、圧力をかけるために、デモ行進をやつてくれ、これは本館前だという指令がありましたので、私の率いる三百五十名を連れまして工場より出て参りました。しかるに本館へ面接行けばいいのに、川端を傳つて表門の方から入つてくれという声でありましたので、その方向に私は出て参りましたのですが、正門のところに参りますと、もはや時間は遅いからこれより警察にデモ行進をもつて圧力をかけるというような結果になりまして、われわれ機械工場並びに鋳造工場が東門のところで合併しまして、船越警察に、労働運動に対する彈圧は決してしないという確約書を書いてくれと交渉に参りました。この場合におきましては鋳造工場並びに機械工場総員八百名くらいの人員をもちまして参りましたのですが、双方の議長は私が勤めました。しかしちようど船越警察署長もお留守でありましたので、次席の中本部長に種々懇談いたしましたのですが、署長が留守でいかんともし難いという御回答でありまして、確約書の件につきましては何ら得るところなくして実は引上げて帰りました。十日は大体そのくらいでありまして、十一日は朝から本館に押かけてデモ行進をやつたと記憶しております。十二日はやはり朝からデモ行進に移りまして本館へ参りまして、本館前廣場において——十日か十一日かはつきり記憶しておりませんが、首切りの名簿を会社側より組合へ手交された、その書類を一應われわれは首切りを認めないのだから返すというので、本館前の中の島におきまして会社側の当時ちようど残つておりました最高責任者たる松岡人事課長並びに大久保秘書課長、この両名を呼び出しまして突き返さんとしたのでありますが、これに関しましては彼等はわれわれは最高責任者でないから受取るわけには行かないというので、そこで押し問答をいたしまして、結局預かつておくということで一應大久保秘書課長が預かりまして、金庫へ納めるという約束でありました。その際におきましては組合員としましては人事課長並びに大久保秘書課長が中の島から出るのを坐り込みで拒んだという行動をとつた者が一名おりましたが、そのほかはスムースに大体行つたような状態です。
○鍛冶委員長 人事課長は卒倒したというが……。
○金子證人 いやそれはその翌日だつたろうと思うのです。十二日は朝から大体デモ行進に移りまして、本館を上下上下とやりまして、大体二時半ごろだつたと記憶しておりますが、ちようど板垣所長代理が電話が來たというので守衛所に出かけまして、そこらの小ぜり合いにつきましては私は遠く離れておりましたのでよく存じませんが、出て來たところをピケをもつて迎えてワツシヨワツシヨでつきまとい、おしまくり、ける、たたくというような暴行は私は横から見ておりました。それで板垣所長代理は悲鳴を上げられまして、助けてくれという声を二回聞きました。そういうわけでありまして、一應玄関先に連れて参りまして、そこに所長代理はすわり込んでしまつたのでナ。すわり込んだのかたたきのばされたのか、どういうかつこうだつたのかはつきり私は見受けませんでした。次に起りましたのが守衛取締りの長門氏が鈴木総務部長に対してタバコを吸えと言つて出しましたのを、一組合員の北平勝美が手を出してわしにもくれということでごたごたしておつたということです。それで言葉のかけようが惡かつたというのでまた引きずりだされてたたきのばされた、その現場はちようど私行つて見たのですが……。
○鍛冶委員長 いや一人一人でなくてもいい、まとめて何人どこでどういうことになつているかということです。
○金子證人 次に鈴木部長がやはりそこにおりましたのが、そういう態度でやはりひつぱつて行かれました。しかる後に四時ごろだつたですが、事務所の階上におります会社幹部の緒方部長並びに松岡人事課長、次に夕刻に入りまして鋳造の山下工場長というふうに次々に引きずり出しまして玄関先にすわらせました。そして公開團体交渉というような形式によりまして罵詈雑言をもつて、まつたくわれわれ意識ある者には見ておれないような行動がとられました。それで十二日の十一時過ぎだつたと思いますが、GHQかどこかの方がお見えになりまして、板垣所長代理に会いました。この際組合員の妨害もありましたが、GHQの方より制止されて引込んだようなかつこうです。その晩徹夜いたしまして、十三日には朝大体九持ごろだつたろうかと思いますが、團体交渉を持つということに話が決定しまして、本館前の事務所において團体交渉を持つようになつておりました。その当時長門氏はあやまり証文を書けというようなかつこうで、やはり人民裁判というものですか、そういう形のものでやつておりました。私は十三日の十時ごろにちようど兄貴が危篤だという知らせを受けましたので、一應申し出まして帰りまして、十四日、十五日の事件のありました当日には出ておりませんので、その間の事情は存じません。十五日の朝私は会社へ事件があつたというので責任上行こうと思つて、兄貴の苦しんでおるのをそのままにして実は出かけたようなわけですが、時すでに大体治まつておつたような事情でありましたが、私が参りまして、廣船だつたと思いますが、廣船の青年部の副部長とか何とかいう方だつたそうですが、警官と押し問答をやつたこともありますが、これは私は現場におりませんので目撃しておりません。こういう経過におきまして大体十五日の夕方から松石寮に場所を移行したのだと考えております。そこにおきまして今度は外郭團体の應援がありまして、大々的に展開されたというようなかつこうであります。
○鍛冶委員長 外郭團体の應援はどの程度にあつたのですか。
○金子證人 その日その日によりまして違いますが、一番多いときは大体七、八千人ではなかつたかと記憶しております。
○鍛冶委員長 いかなる團体がおもですか。
○金子證人 廣船、國鉄、電鉄、縣教、坂発電、朝連、大体このくらいしか私は記憶しておりません。
○鍛冶委員長 これはおのおの何百人ずつみな引連れてやつて來たのですか。
○金子證人 何百人ということは言えない。わずかの人員もおりましたが、大体大きなのは廣船でございます。
○鍛冶委員長 全逓はどうです。
○金子證人 全逓も参つておつたように記憶しておりますが、これは私も自分の職場を支配しておりましたから、あまり記憶しておりません。後には出品の徳山鉄鋼だろうと思いますが、あすこからも來ました。それから三原車両、こういうところも來ました。
○鍛冶委員長 それから特に目立つてやつたのは青年行動隊というものを使つてやらせたそうですが、それはどうです。
○金子證人 ちよつと待つていただきます。その前に大体われわれはこのストライキに自信を得るごとく法律的並びにスクラムの組み方並びにデモ行進の仕方という面においてわれわれは教育を受けました。これは各職場を巡回したのだと思いますが、私のところには三原車両の竹田太一、これは全金分会の組織部長か何かやつておつた人物です。
○鍛冶委員長 全金の組織部長だね。
○金子證人 だろうと思います。はつきり記憶しておりません。
○鍛冶委員長 それから青年行動隊というものは、組合員中でそういうものをつくつたのか。
○金子證人 この点についても私ははつきりのみこめておりませんが、大体青年部というものは解散したというふうに聞いておりましたが、いつの間にやら青年部が復活しておつた。そうして青年行動隊というものができておつたことでありまして、私らとしては全然その面についてはタッチしておりませんので、よく存じないのですが、青年行動隊なるものはありました。
○鍛冶委員長 これもやはりそういう特別なものが來て争議の指導、訓練をやりましたか。
○金子證人 その面については私は存じません。
○鍛冶委員長 それから従業員家族会とか家族大会とかいうものをやつて、争議をやることを非常に教え込んだという話ですが、これはどうですか。
○金子證人 教え込んだということは、私は現場を見ておりませんから知りませんが、われわれ組合員並びに、大体大会の席上において各部落ごとにおいて町村別というようなことで家族会を開いて、地域人民闘争を展開してこの闘いに勝つという面について協力してくれというようなことはありました。
○鍛冶委員長 だれがそういう指導をしたのですか。
○金子證人 私もはつきり記憶しておりませんが、私が聞いた点においては、西村龍三という執行委員が私らに申したと思います。
○鍛冶委員長 共産党か。
○金子證人 共産党ではないが、大体その系統を帶びている人だと思います。
○鍛冶委員長 先ほど会社の幹部に対してそういう不法監禁、暴行、人民裁判等をやつたというが、あなた方に対しても不協力だということで何か人民裁判をやつたことがありますか。
○金子證人 私が組合長になりまして、團体交渉を持つべく予備交渉の会談に会社へ参りました。これは七月六日か七日だつたと思います。大体交渉委員は六名ばかりで参りましたが、一應交渉が終つてあとは署名、捺印という結果になりましたが、大体空気がおもしろくないという情報を得ましたので、他の方には帰つていただきまして、私と書記長が残つておりました。そして書類ができて署名、捺印いたしまして、帰らんとしたところが、すでに赤旗を下げた青年隊らしき者が二、三名各門にかけて行きました。これはおかしいぞと言つておりましたが、ちようどわつしよいわつしよいとやつて來まして、さつと守衛所に入りかけて來ましたから、私はこれはおつてはあぶないと身の危険を感じましたので、守衛所の裏の休憩所にかくれておりました。彼らは守衛所の中に押しかけて入りまして、おいここに新組会長がおる、書記長もおるというようなことで、罵詈雑言をぶつかけて参りましたが、私らは相手にせずそのままにしておつたのであります。ちようどそこへ團体交渉に來られた方と会社側の大森勤労課長が、そこで会うから來てくれと言われるので、私はまたもとの守衛所の事務所に出かけたわけであります。そうしてちようど朝連また組合員等が押しかけて参りまして、議長を選出して、ただいまより彼らに対して質問應答するから、活発なる意見をはいてくれというようなことで、いろいろな罵詈雑言が出ました。そしてその間朝連の——これは氏名ははつきり覚えませんが、朝連の方が参りまして、私の胸ぐらをひつつかまえたので、私はあなたちよつと待つてくれというふうに話しましたが、貴様どこだというふうにして、私の住所も書記長の住所もすべて聞まきして、いいか、つらを覚えておけ、かたきをとつてやるからな、というような脅迫的なことをやりました。また外におります人物は、外に引きずり出せ、たたき殺してやる、こいつらは裏切者だ、というような言を吐いておりました。そういうふうにしてわれわれは非常に恐怖を感じておりましたが、ちようど会社側との話合いが済みましたので、また裏にわれわれは隠れたわけです。隠れたところが、逃すなという言も出ましたが、われわれは知らぬ顔で振りきつて逃げたわけです。そうして裏に入つておりました。ところが今度は家族部隊に呼びかけて、家族部墜をもつてまたわれわれにリンチ的な行為をもつてやつて來た。
○鍛冶委員長 どんなことをしたか。
○金子證人 あなた方は裏切者である事、あなた方はきんたまがありますかというようなことで、非常に日本の女性としては見られないような言でありました。
○鍛冶委員長 その議長を選ぶというのはどういうのですか。君の尋問をする場合の議長か。
○金子證人 そういうわけであります。
○鍛冶委員長 それがいわゆる人民裁判か。その裁判長か……。
○金子證人 裁判長ではない。議長であります。
○鍛冶委員長 人民裁判と言えば、そういうことになる。
○金子證人 私は人民裁判の内容についてよく知りませんから……。
○鍛冶委員長 そういうのを人民裁判と言うのじやないか。それならさつき板垣所長代理その他を人民裁判的と言つておつたが、それはビういうのだつたか、だれか議長でも選んでやるのじやないか。
○金子證人 これははやり言葉で私らも言つているのです。
○鍛冶委員長 それはどういうやり方をやりましたか。
○金子證人 議長は共産党の黒神、そして交代しましたのが同じく共産党の中田という青年部の副隊長をやつている男です。
○鍛冶委員長 所長代理とか各部長が尋問を受けたときも、大体そのようなやり方でしたか。
○金子證人 所長代理の析には、これは罵罵詈雑言でまつたく統制がとれなかつたわけです。
○鍛冶委員長 被告板垣とか、首をあげろとか言つてやつておつたのじやないか。
○金子證人 やつておりました。今まで貴様はおれたちをあごで使つていたから、今からおれたちが貴様をあごで使つてやる、起立、というような調子でやつておりました。
○鍛冶委員長 声が低いとか何とかやつたでしよう。
○金子證人 そういうことも聞きました。
○鍛冶委員長 君もそうやられたのですか。
○金子證人 私は声の低いということは言われたことはありません。私ははつきりした態度で、言明しましたから……。
○鍛冶委員長 そうするとただ罵詈誹謗ですか。
○金子證人 そうです。
○鍛冶委員長 何か暴行を加えるようなことはありませんでしたか。
○金子證人 暴行を加えるようなことはありませんが、ただ朝連の方が胸倉をつかまえてやつたわけです。
○鍛冶委員長 しかし君のような者でも恐怖観念にはかられたわけだろうね。
○金子證人 私のような者でもというお言葉でありますが、私はまつたくおとなしい人間ですから、恐怖を感じました。
○鍛冶委員長 板垣さんなんか入口のコンクリートの上でやつたんだそうですね。
○金子證人 コンクリートでなくて、あそこは砂になつておつた。
○鍛冶委員長 それから上の方の残つておつた部課長もやられたそうですが……。
○金子證人 それは上の方ではあとから話を聞きましたが、檢事とか判事ができたとかいうようなことでした。
○鍛冶委員長 それだ、そいつを聞きたい。
○金子證人 私ははつきり知りません。私は私の工場を握つておらなければならない関係がありましたので……。
○鍛冶委員長 どういうふうに聞いておつた。
○金子證人 檢事、判事をこしらえて、上でやつておつたということを聞いておりましたが、はつきりしたことは私知りません。あとから聞いた話ですから……。
○鍛冶委員長 ほんとうの裁判だな。それでは……。そこで争議團が工場をそういうふうに不法占拠したときに、進駐軍が見えて退去命令が出たという話ですが、これはどうですか。
○金子證人 私はその際にはおりませんので知りませんです。休んでおりました。
○鍛冶委員長 話は聞いておりましたか。
○金子證人 話は聞いております。
○鍛冶委員長 どう聞いておりました。
○金子證人 進駐軍からの撤去命令というようなことについては、私は具体的に聞いておりませんので、ここで言明できませんが……。
○鍛冶委員長 一体この争議はあなたの方の組合員だけの争議であつたのですか。先ほどから言われたように、はたの者も來ておつたようだが、はたの者が働きかげてできた、こういう争議なのか。組合員が主になつてやつた争議なのか。どつちか。
○金子證人 当初におきましては、組合員の争議でありました。しかるに日時を経るに從つて組合の争議でなくて外郭團体の争議というような形態に持ち込まれた傾向が多分にありました。
○鍛冶委員長 それはさつきから言われた十日からですか、十一日からですか。
○金子證人 大体十一日ごろからだと思います。
○鍛冶委員長 さつき家族会から進んで地域人民闘争に入れという指令があつたと言われたね。持つて行けと言われた。
○金子證人 いやこれは家族会をもつて、地域人民闘争を展開する、こういう意味であります。
○鍛冶委員長 そういう指令なんでしよう。
○金子證人 それは闘争本部の指令として出ました。
○鍛冶委員長 その地域人民闘争というのはどういうものか。
○金子證人 これは私は内容については、それぞれ担当者をこしらえましてやつたものですから、内容についてはタッチしておりません。
○鍛冶委員長 それではあなたの工場では、いわゆる産業防衛闘争ということは聞きませんでしたか。
○金子證人 それは産業防衛闘争という点についてはちよいちよい聞いたことはありますが、覚えておりません。
○鍛冶委員長 そういう名前は覚えておりますか。
○金子證人 覚えております。
○鍛冶委員長 それは要するにあなたの工場なら工場の産業を防衛せよ、こういうことなんでしよう。
○金子證人 そうです。
○鍛冶委員長 從つて首切り反対とか、整理反対、そういうことになるのだろうが、それが進んで地域人民闘争ということはどういうことかわからんですか。
○金子證人 いや、これは私は具体的に聞いておりませんから、趣旨そのものが私が申しておることと、また向うの指令されたことと違つておりましても不都合だと思いますから……。
○鍛冶委員長 よろしい。それじや私から聞こう。地域人民闘争というのは一つの工場だけで争議をやらんで、その辺の友誼團体というか、各工場を合同して大きな力で地域的な争議に持つて行け、こういうことでしよう。
○金子證人 大体そういう意味でありました。
○鍛冶委員長 そういう意味でそこへ持つて行つたんだから外郭團体の争議になつて來るということは当然じやないか。
○金子證人 そういうふうに感ぜられるのでありますが……。
○鍛冶委員長 そうしてそういうものを指導しておつた者はおもにどういう者ですか。
○金子證人 これは表面立つて聞いておりませんので、存じません。これはだれが指導したものか……。
○鍛冶委員長 さつきから言つたようなおもだつた者はたいがい共産党ですか。
○金子證人 いいえ、私の組合では共産党というものは首脳幹部では二、三名しかおりませんので、心当りは、ちよつとはつきり知りませんです。
○鍛冶委員長 ところが争議がだんたん大きくなつて、工場閉鎖をした後には、外で人民大会をやり、またさつき言つた松石寮ですか、そこらで始終大会等をやつておつて、毎日デモに出ておつたということは間違いありませんか。
○金子證人 大体毎日デモに出ておりました。
○鍛冶委員長 そういう騒ぎをやつておつたときに、共産党のえらい人たがたくさん來てこれを指導したり煽動をやつたということであるがどうですか。
○金子證人 私が聞きましたところでは、田中堯平という代議士ですか、と、それからもう一人何とかいう代議士がおいでになりました。
○鍛冶委員長 あなたは演説を聞いたか。
○金子證人 私は中途年端しか聞いておりません。
○鍛冶委員長 とにかく演説は聞いたね。それは田中代議士かね。
○金子證人 はい。田中堯平、加藤充ですか、この二名がおいでになつたようにわれわれは執行部から聞きましたのですが、あとからの大体風評によりますと、春日正一さんという方がおいでになつたということを聞いております。
○鍛冶委員長 春日という代議士は何か偽名で行つたということを聞いておるが、そういうことは聞きませんでしたか。
○金子證人 それは私はあとから開いたものですから……。
○鍛冶委員長 そのほか自由法曹團というのは……。
○金子證人 自由法曹團では原田香留夫、並びに高橋……あれは名前は何というのかよく存じませんが、そういう方等がおいでになつたように記憶しております。
○鍛冶委員長 そうしてみな演説をやつた……。
○金子證人 高橋弁護士はあまりやらなかつた。ただ法的の面ばかりだつたと記憶しております。
○鍛冶委員長 あなた方新組合をこしらえたのはどういうわけなんですか。
○金子證人 これにつきましては、われわれは大体当初におきましては、労働者が享有する労働権を確保するためには、完全雇傭というものを死守しなければならないというふうに全金分会からも指導されて参りました。それでわれわれもそうでなくてはならないのだというふうに信じておりました。しかしながらわれわれはそれに対して、六月十日以降決然立つて闘争を展開して参りましたのでありますが、時日を要するに從いまして、何らの進展する段階を見出すことができなかつた。また指導理念というものが、架空論でありまして、しかもそれに革命的意図というものが多分に含まれておつたという面であります。大体根本原因はこれであります。
○鍛冶委員長 そこであなた方のような人は、これはこんなふうなことをしておつてもいかんからひとつ……。
○金子證人 これが眞の労働者の姿であるかいなかということをわれわれは反省したわけであります。
○鍛冶委員長 それで自然集まつて來たのですか。
○金子證人 これは自然集まつたのではなくして、大体地域的にこういう気持の人が相互に集まりまして、これではいかんという姿を発見いたしましたものですから、これは何とかしてわれわれの自主的な解決による遂に運ぶようにしようではないか考えまして、地域的な代表者が寄り合いまして、何とか弁論戰をもつてこの大会を終結の遂に持つて行くようにしようと闘つて参りましたのですが、たまたまわれわれの発言を阻止されまして、これが成功を得なかつたわけであります。
○鍛冶委員長 闘つたというのはどこと剛つた……。
○金子證人 弁論戰をもつて闘つたのであります、大会の席上において……。
○鍛冶委員長 それで……。
○金子證人 これは成功に終らなかつた。これではだめだと言つておりますときに、大体七月五日に鉄道が首切りを実施する。これと提携して立ち上つて、革命的に持つて行かなくてはだめだというような言質をとらえましたので、こういうことでわれわれが鉄道の首切りにまで巻き込まれて云々やつておつたのでは、とうていわれわれの生活は保障されないという面から、決然三日に分裂という決意をしたのであります。
○鍛冶委員長 三日。
○金子證人 そうであります。
○鍛冶委員長 それでどうしたのですか。
○金子證人 そうしまして三日に大体われわれの声明書なるものを読み上げまして、席をけつて立た。そして延命寮に集結いたしました。延命寮に集結しました人員は徒歩者が四十名程度で、あと自轉車に乗つて來た方が二、三十名程度、大体七十名程度であります。それから逐次ふえまして、夕刻には百八十名程度、その翌日には四百名、その翌日には六百名、その翌日には八百名、九百名、こういうふうに人員が増加して参りました。
○鍛冶委員長 それで現在幾ら持つておりますか。
○金子證人 現在千六十二、三名であります。これを結果から見ましても、いかにわれわれが自主的に活動を続けておつたかということがはつきり言えるわけであります。
○鍛冶委員長 この争議中にも穏健なる組合員は、このようなことでは労働争議は行き過ぎていかぬ、こういうことを考えておつたのではないですか。
○金子證人 その面がこういうような大きな膨脹を來した。
○鍛冶委員長 そうでしよう。そういうことを考えておつた者は大半でしたか
○金子證人 大半以上だつたと思います。
○鍛冶委員長 それをむりに一部の者がひつぱつて行つたわけですね。
○金子證人 まあ煽動者と言いますか、そういう指導者によりましてわれわれは指導されたわけであります。
○鍛冶委員長 それから組合の、あなた方に対して指導する面においても、暗い面があつたのではないですか。
○金子證人 この面につきましては、大体争議に入る首切り発表という際におきましても、その首切りの十一項目というものがあつたわけであります。これも何らわれわれは聞いておりませんし、また臨時退職手当規程というのもありましたが、これはお前たちが思つておるような表ではない。十分の一か、五分の一くらいしか考えられない。人によつてはそういうような十分の一と言う人もありますし、また五分の一というようなことを考えておりましたので、われわれとしましてもある程度半信半疑でおりましたが、私は職場区長を勤めておる以上、統制を乱してはいかんということで、黙つては聞いておりましたが、そういう面で非常に眞相を発表されていなかつたということは言い得ると思います。
○鍛冶委員長 さつきあなたは、六月三日に七百何十名の首切りを発表したと言いましたね。
○金子證人 七百三十二名。
○鍛冶委員長 これも事実はなかつたのですね。
○金子證人 結果から見れば、事実ではなかつた。
○鍛冶委員長 十一日に初めて発表したのでしよう。
○金子證人 そうであります。
○高木(松)委員 あなたはこの種の争議行為が続けられたら、日本の産業は崩壊してしまうと思いませんか。
○金子證人 この面におきまして、われわれはこれは生産復興ではなくして、破壊だという解釈をいたしました。
○高木(松)委員 結局崩壊してしまいますね。
○金子證人 そうです。
○高木(松)委員 日本の産業が崩壊してしまつたら、労働者というものは餓死することになりませんか。そういうふうに考えませんか。
○金子證人 お説の通りです。
○高木(松)委員 それで現在——むろんあなたが第二組合をつくられておるのだが、これは自己反省をして、共産党のようなものに引きまわされてそういう渦中に入つてしまつたのでは、自分が餓死の一途をたどるばかりだというような考え方で、いわゆる第二組合をつくつたということになるのですね。
○金子證人 これは、私は共産党とははつきり言明しません。これに関しましては極左分子、こういう言葉を使いたいと思います。
○高木(松)委員 共産党と極左分子とは、われわれの解釈では一致しているのたが。
○金子證人 そうですか。
○吉武委員 私は証人の、今高木君が言われたように、共産党一派の暴行あるいは脅迫の中に敢然と正しい組合運動に立たれました点については、非常に敬意を表するものであります。一点お尋ねしたいのは、先ほどあなたが言われました中に、全金属の組織部長の竹田太一というものが來て教育をしたと言われましたが、これは本部の全金属の組織部長でありますか。
○金子證人 これは廣島縣支部であります。
○吉武委員 この人は共産党員ですか。
○金子證人 党員だという事話であります、はつきり私は知りませんですが……。
○吉武委員 これは何日ごろ來て指導を……。
○金子證人 大体六月五、六日ごろであつたと記憶しております。
○吉武委員 そうして指導するうちに、先ほどあなたの言葉の中にも、こういう連中の革命的な行動についてわれわれに引きずられてはならないというようなお言葉がございましたが、その教育指導の中に、ただスクラムを組むとかそういう指導ばかりでなしに、何かそういつた革命的な行動についての教育というものはなかつたですか。
○金子證人 その面についてはありませなんだですが、ただ法的にわれわれの今後進むべき道は正当なものであるという自信をつけました。
○吉武委員 それはあなたがお考えになつて……。
○金子證人 そうであります。私が考えて……。
○吉武委員 從つて竹田君の指導した中に、あなた方が考えられないようなことを指導したと思われるのですが、その点についての証言がほしいのです。
○金子證人 その点について、私は資料を持つておりません。
○吉武委員 もう一つお聞きしたいのですが、その指導するうちあるいは争議中を通じて、これは先般の福島事件等においても同様な言葉が用いられておるのです。八月になつたならば自分たちの政権ができるのだとか、あるいは革命が行われるのだとか、そのときには絞首刑にしてやるぞというような、同じような言葉を使われておるのですが、あなたの争議中において、そういう言葉をはいたのをお聞きになつたことがありますか。
○金子證人 これは聞きました。それは争議終了後におきまして私も聞いております。もう一、二箇月したならば、われわれは大手を振つて工場に入つて來るのだという言をはいております。
○吉武委員 これはどういう人が言つておるのですか。
○金子證人 それは伊藤不二夫です。
○吉武委員 それは組合の人ですか。
○金子證人 これは今度退職された方です。(「共産党かね。」と呼ぶ者あり)共産党に入党したということですが、その面ははつきりしません。
○鍛冶委員長 組合の何をやつておる人ですか。
○金子證人 それは青年行動隊の方で、このだび檢挙された方です。
○吉武委員 それから青年行動隊の話ですが、これは一般の組合の中で、そういう二重の組織がよくないということは当然のことです。一旦解消したのがまた秘密裡にできておるというふうに聞いておるのでありますが、この青年行動隊に参加しておる青年というものは、大体あなたの言葉で言う極左分子でございますか、あるいは一般のものですか。
○金子證人 いやこれは青年部員全般であります。
○吉武委員 全部で……。
○金子證人 はあ。
○吉武委員 その青年部員全般はあなたのつくられました健全なる組合に改まつて入つて來ておりますか、その連中は依然として共産分子に引きずられて残つておりますか。
○金子證人 いやわれわれの傘下に入つて來ておる者もあります。
○吉武委員 そういう人々はどういうことを漏らしておるでありましようか。これはほかの方の事件についても述べられておることですが、自分たちは共産党の連中のおだてに乗つてやつたけれども今から考えるとばかを見たというような言葉が往々に使われておるのですが、そういうことを言つていませんか。
○金子證人 そういうことは二、三承りましたが、私は大体組合員に接触する機会が少くありまして、戰術面にのみかかつておりましたのではつきりいたしません。
○吉武委員 それであなたの組合は今回のような無謀な争議を通じて新しい正しい組合が生れたのですが、あなたの方の地区においては先ほどのお話のように、廣島の日鋼事件に友誼團体と称して相当他の方面の組合もこれに参加しておるのでありますけれども、同じような悩みと言いますか、同じような気持というものが多数の正しい労働者諸君のうちには欝然として起りそうに思いますが、その点の気配はどうでございますか。
○金子證人 ただいまの御質問の趣旨はわかりません。
○吉武委員 あなたの組合は今回のああいう暴行ざたによつて初めてこういう革命的な無謀な組合運動者とは一緒にはやれないというところで新しく生れたのですね。そういう気持というものはあなたの附近の今回それに参加された他の友誼團体あるいは他の組合の中にも私は多数の労働者のうちにはあり得るのではないかと思うのです。今度の事件を通じてですね。でありますから、これはあなたの工場ばかりでなしに、ほかの工場にもそういう気持というものが起りそうに思うのですが、それはお耳になさつておらないでしようか。
○金子證人 その面につきましてはまだここで私が言明するだけの資料を持つておりません。
○塚原委員 先ほどお話の中に一点疑問の点があるのですが、その点だけ伺つておきたいと思います。 六月の十一日に解雇者の名簿を組合側に手交いたしましたね、このとき松岡人事課長と大久保秘書課長を池の中の小島に呼んで交渉した、このときこの名簿を受取つたということをあなたは言われましたが受取つたのですか。
○金子證人 いやそれは預かるというのです。
○塚原委員 それはその間にやはり相当脅迫めいたことはあつたのですか。
○金子證人 これは、最高幹部ではないから受取るというわけには行かない、預かつておく、あすの朝渡す。
○塚原委員 それはきわめて平穏裡に行われた交渉ですか。
○金子證人 大体労働者的運動といたしましては比較的平穏たつたと思います。
○塚原委員 ところが檢察廳で松岡人事課長の不法監禁というような点で調べておるというふうに聞いておりますが。
○金子證人 それは不法になりますかどうかということは私は存じませんですけれども、彼らが帰らんとする場合におきまして、その飛石の所で鋳造工場の池田という人物が通さないというようなことですわり込み戰術をやつたということははつきり認めます。
○宇田委員 簡単にお伺いいたしますが、証人は代議士の田中さんと加藤さんの演説を聞かれたというのですが、その内容はどういう内容の演説ですか。
○金子證人 これは私は中座いたしましてはつきり記憶しておりませんが、大体こちらの状況を調査に來たというようなお言葉でありまして、とくとこちらの状況を中央に反映するというようなお言葉であつたように記憶しておるのですが、これははつきり記憶しておりません。
○宇田委員 激励演説ですね。
○金子證人 はあ。
○宇田委員 それから山崎という、社会党だが、左翼の懸会議員が演説したというのですが。
○金子證人 聞きました。
○宇田委員 それから争議資金の問題ですが、巻間では四、五百万円も争議資金が争議團本部に集つたというのですが、何か具体的にお聞きになつたことはありますか。
○金子證人 それは資金カンパ面のみでありまして、大体全金本部並びに産別からも來たように聞いておりますが、はつきり記憶しておりません。
○宇田委員 あなた方の関係しておる組合もあつたであろうが、デモに参加する一般の組合員に百五十円の手当を特別に出すということでデモに参加したということをお聞きになりましたか。
○金子證人 これは蔭ながら聞いておりますが、表立つて聞いておりません。
○宇田委員 そういうことがあつたらしいですか。
○金子證人 そういううわさは聞いておりました。
○宇田委員 そういたしますと、事実かどうかはわからないわけですね。
○金子證人 はあ、わかりません。
○宇田委員 もう一つ、あなたは共闘本部の指令によつて工場内のデモに参加しておつたら、にわかに命令がかわつて警察に行つた。檜山氏の一家にデモに行つた組は知りませんか。
○金子證人 知りません。
○宇田委員 行つたということはお知りになつていますか。
○金子證人 それも知りません。
○宇田委員 その他町村長役場等にデモに参加した他の責任者の名前はわかりますか。隊長というような者は。
○金子證人 はつきり記憶しておりません。
○宇田委員 今後とも調査すればわかる可能性はあるですか。
○金子證人 わかるかもしれません。
○小林(進)委員 六月三日に組合側は大会を開かれて首切に絶対反対するということを決議されたわけでありますが、その決議に対しては、あなたの御意向はどういうのでございますか。やはり大会の決議に全面的に賛成だつたわけですか。
○金子證人 そうです。
○小林(進)委員 今でもそのお気持にかわりはございませんか。
○金子證人 これは要するに指導理念というものがそういうふうに私は指導されたのであります。実際問題といたしましてわれわれとしましては労働運動という問題については非常に浅いという面から、結局首切りがわれわれの頭上に下つて來たらどういう結果をもたらすかというような指導方法によつておりましたら、われわれもそれを信頼したわけであります。
○小林(進)委員 それでは首切りには絶対反対であるということを承認されておるわけですか。それではあなたがこの組合闘争というものがどうもあなたのお気に沿わぬという心境にかわられたのはいつからですか。
○金子證人 これは大体十二日ころからであります。
○小林(進)委員 十日の警察へのデモまではあなたも賛意を表していられたわけですね。警察にデモに行くというようなことについて不服は何もなかつたですか。
○金子證人 不服はないことはありません。われわれとしてはばかげたことだという考えは持つておりました。
○小林(進)委員 先ほどのあなたの御答弁でも、もう一度お聞きしますが、結局首切りに反対する、そういうふうに指導されたのであつて、今になつてみると少し考えがかわつているというふうに大体なつたように聞いたんですが、今のお考えはどうでありますか。やはり首を切るのが当然だというようにお考えになりますか。
○金子證人 大体会社が再建整備が必要だということは、要するに創立以來特殊事情のあるところの製作をやつておりました。從つてこれは終戦と同時にこういう事態が來るということはやむを得ないだろうということは考えておりましたです。そうしてたまたま日本が向めて経験するところの経済の大激動というものが起つて参りましたので、これは首切りが起つて來るということはやむを得ぬのじやないだろうかということは現在思つております。
○神山委員 今経済の激動が必然だ——戰争に敗けたからでしような。それでその激動が必然だという場合に、あなた方の工場はまだ日にちがあるのではないか、たとえばあなたのところで一番大きな役割をやつたのは車両生産だ。その次には炭坑用の機械だ、もしもこういうふうなものが平和的な産業として続けば、こういうことにはならなかつたのじやないですか、どうですか。
○金子證人 その点につきましては、現在の日本の事情がああいうふうに車両も制限されたという面におきまして、これはわれわれ工場の労働者としては何らなすすべがない、こう考えております。
○神山委員 それでは組合では再建案というものを出したことは御承知でしようか。
○金子證人 知つております。
○神山委員 これはどうです。
○金子證人 これに関しましては、われわれもミシン新宣傳一千台という再建案が出ましたが、これを一千台出すのには何箇月要するか、これを軌道に乗せるには何箇月要するかということは、過去のミシンをやり始めました経験を目算しまして大体三箇月ないし四箇月、長ければ半年を要する。であつたならば、かかる時代においてこれを一千台目ざしたところで、これは無謀な策ではないかという考えを持つております。
○神山委員 それじやあなたの考えとしては、この首切りもしがたがないということですか。
○金子證人 要するにある程度やむを得ないのではないだろうかと思います。
○神山委員 あなたは十三日から兄さんのところにおいでになりましたわけですか。
○金子證人 十三日の十時ごろから十五日の朝までです。
○神山委員 その前に工場の前で家族の方にお会いになつたのじやないですか。
○金子證人 どこの家族ですか。
○神山委員 あなたの家族の方はいらつしやいませんでしたか。
○金子證人 來ませんでした。
○神山委員 それではほかの家事族の方が來て、組合の書記長なんかを取囲んで、みんなで何とかしてくれというふうなことを言われて、泣いておられたことはありませんでしたか。
○金子證人 書記長をつかまえてですか。
○神山委員 ええ。
○金子證人 そういうことは聞いておりません。
○神山委員 そうしますと、あなたはこの第二組合が結成される前に、すでにいろいろな再建会、その他の動きがあつたということは御承知でありませんか。
○金子證人 これははがきをもらつておりますから知つております。
○神山委員 その再建会というものはどういうふうな人が、どういうふうにやつておるかは、あなた御承知ありませんか。
○金子證人 この件に関しましては、再建会は一箇所にあつたのではないのであります。これは各地域において再建会というようなものがあつたように感ずるわけです。
○神山委員 まずはがきのことを聞きますが、はがきを大分出しておりますが、あなたはそれをどの程度知つておりますか。
○金子證人 私は三通か受取つたように記憶しております。
○神山委員 六月十五日に、千五百通、六月十八日に千五百通、六月二十一日に千五百通、六月二十四日に千五百通、六月三十日に千五百通、こういう事ふうに相当大量になつておりますね。
○金子證人 その千五百通という数字はどこから出た数字ですか。
○神山委員 これは私の方からあとであなたにお聞きしたいことなんです。
○金子證人 いや、私の方であなたにお開きしたいのですが……。
○神山委員 あなたは私に聞く何らの権限がないのです。私があなたに聞く権利はある。從つてあなたにお聞きしたいのは、こういうふうなはがきを出すような再建会があつたということはあなたは認めるかというのです。
○金子證人 それは私にはわかりません。
○神山委員 認めないが、とにかくそういうような再建会からはがきが來たということは認めていますか。
○金子證人 來たということは認めております。
○神山委員 それからこの再建会なんかが新聞廣告をしたのは御承知ですか。
○金子證人 これが新聞に出ておつたのは知つております。
○神山委員 七月五日に出ておつたですか。
○金子證人 これは日にちははつきり記憶しておりませんです。
○神山委員 あなたがその地域における運動が起つたと言う前に、今大分あなたの気にさわつたらしいのですが、私はこういうことを申し上げたのは理由があるのです、これは首切り発表がもう二週間も前から、五月二十ごろから組合員のうちにまで手をまわされて、会社からある程度手が打たれたということが言われておるのです。こういうことがなければ、今私が述べたような厖大なはがきが出るはずはないのですが、こういうことを伺つたことはありませんか。
○金子證人 その点につきましては私は知りません。
○神山委員 あなたは安藝文化研究会というのを御存じありませんか。
○金子證人 それは知りません。
○神山委員 從つて、あなたはこの再逮会の動きをよく御承知ないのでありますが、この再建会というのは、先ほど言いますように首切りを前にして、職場の一部をねらつて会社側からいろいろ分裂策動をやつていて、それにはわざわざ東京の本社から、これは一説によれば鉄鋼連盟からも行つたという意見がありますが、とにかくわざわざ人間が行つて、そうして先ほど言つた安藝文化研究会という名前を使つて、あなたもさつきから言つておられるように地域的にいろいろな活動をすでに始めていたわけです。それがあるからこそ、先ほど言いましたようにあなたにも三通行つたというような厖大なはがきがまかれ、また新聞廣告が出た、こういういきさつがあつたわけですが、これを御承知ありませんでしたか。
○金子證人 この面につきましては、地域ごとに起つたというのはわれわれもこの同志の一人です。これは私の村で、私はこういう考えを持つた同志です。でありまして、この再建会なるものがいかなる行動をとつておつたかという面については私は存じません。御質問の趣旨は、再建会なるものがこういう行動をとつておつた。それでこれは首切りが発表になる前からこういう行動をとつておつたという御質問でありますが、われわれとしてはそういうことについては全然関知しておりませんから存じません。
○神山委員 ですからあなたの知らない間に、あなたのまじめな意見にかかわりなく、こういうふうなはがきが五日ごろ出ておるというような事実がある。それからまだたくさんの事実が私の方ではあるわけですけれども、そういうふうな事実があつて、紛擾が起つて來ておるということをあなたに参考までに確めたかつたのですが、あなたが御承知ないのをそれ以上私はとやかく言うことはないのです。そこであなたは先ほどの証言の中で、自分は組合運動には縁が浅い、こういうふうにおつしやつたが、そうですが。
○金子證人 そうです。
○神山委員 あなたは戦時中にどういう地位におられましたか。
○金子證人 戦時中は私は職工をしておりません。
○神山委員 何をしていましたか。
○金子證人 私は軍隊へ出ておりました。
○神山委員 軍隊でいかなる階級にいましたか。
○金子證人 私は陸軍の准尉でした。
○神山委員 そうしますと下士勤務ですか。下士か何かから上られたのですか。
○金子證人 もちろん軍隊では下士からでなければ准尉というものにはなれませんので、そういう系統を行つております。
○神山委員 私の伺つたのは、下士勤務を自分で志願されたかどうかを聞きたかつたのです。
○金子證人 志願じやありません。
○神山委員 そうじやなくて徴兵でひつぱられて……。
○金子證人 私は下士適任証を持つて一應満期したわけであります。
○神山委員 おれだつて上等兵だつたから知つておる。それで勤務しておる間に准尉になつた、こういうわけですか。
○金子證人 そうです。
○神山委員 ただあなたが組合運動に経験が浅いとおつしやつたことと何も結びつけるわけではありませんけれども、前から准尉であつたというようなことも、この動きに全然関係がないというふうには見えない。あなたの意思にかかわりなく、こういうことがあるというのは、あなたはここで先ほど証言されたときに分裂の決意をされたのは七月三日だつた、こうおつしやつたですね。
○金子證人 そういう言ははいておりません。
○鍛冶委員長 三日、だとは言わない。
○神山委員 いや、二十七日の大会には行つたのだが、少数派で意見が負けたのでしよう。
○金子證人 二十七日ですか、そういう言をはいた覚えはありません。
○神山委員 いつの大会で負けたんですか。
○金子證人 二日の大会で負けたのです。
○神山委員 そのときには脱退しなかつたが、三日には脱退されたでしよう。
○金子證人 そうです。
○神山委員 だから私はそこを聞いておるのだ。その三日に決意される場合に、あなたは國鉄と一緒にやるというふうなことが気にいらぬ、それではいつまでも片づかぬ、そういうふうに言われたのはわかりますが、ちようどあなたが決意して、そのときに集まつた人が合せて七十名、夕方になつて百八十名、四日になつて四百名、五日になつて六百名、七日になつて八百名、こういうふうにここで言われたわけですが、ちようどその同じときに、七月五日の日に緒方勤労部長が東京の本社と連絡をとつている電話なんですが、再建会が新労働組合準備会を結成するのは二日の予定であつたが、一日遅れて三日にできました、これは万やむを得ません。現在までの準備会の人員は七月三日に二百名、四日に四百八十名、本日七百五十名を獲得しました、こういう報告をしておるわけだ、從つて私のここで言つているのは、あなたの眞劍な意図にかかわりなく、あなたの背後に会社がこういうことをやつていたということが一つの事実としてある。こういうことを言つているのです。
○金子證人 この件につきましては、私はそういう事実をつかんでおりませんので、ここではつきり知らぬということを言明いたします。
○神山委員 私の言つておることは、あなたの眞劍な意図にはかかわりなく、労働組合運動というものは複雑怪奇なものでありますから、こういうことがあるということ、しかも再建会その他の問題が——先ほども言つたようにあなたに葉書を送つておるという事実もある。新聞廣告をしたという事実もある。こういうことから見れば、あなたのまじめな意図にかかわりなく、心にもない結果に陥つている。こういうことを私言いたかつたわけです。そこで今の第二組合がどうなるか、第二組合の情勢がどうかということは言明の限りでないとおつしやいましたが、地区の他の労働團体はこの、第二組合に対してどういうふうに見ておるか。お聞きになつたことはありませんか。
○金子證人 地区の各労働團体にはいろいろな批判の目がありますので、ここでどこがどうだ、ここがどうだということははつきり申し上げられません。
○神山委員 批判の目があるということは、産別系はそういう第二組合をほとんど問題としないで、それよりも労働者の利益のために合同しようじやないか、こういう見方をしている。問題なのは総同盟系なんですが、総同盟系さえもやはり結成の動機には疑いを持つている、從つて積極的には應援できない、こういう立場に立つている。中立系もやはり同じように結成の動機に疑いを持つている、積極的には應援できない、今までの行きがかりを捨てて即時合同してもらいたい、第一組合としてはこういうような意向を持つていると聞いておりますが、あなたは聞いておりませんか。御承知ありませんか。
○金子證人 これは承りましたが、この件につきましては、一方の線というのは、現在の全金分会並びに労組というものを解散して、第三組合というような形でもつてやつたらどうかということにつきましての御相談は、私がこちえへたちます前日の日に、こういうことを全金分会に申したということを申しました。
○神山委員 ですから何らかの形で統一を求めている。ところがここで旭の浦座という劇場を借りた。そこの賃貸料の問題だとか幹部の運動費だとか、あるいはその他の費用の点でずいぶん疑惑が残つておるし、あなたの組合の大会に戸田組の配下の人が入つていたとかいうようなことも、やはり疑惑を持たれる根拠なんです。ここのところをやはり考えていただきたい。特に九日の晩には、あなたは入つていないと思いますが、組合の幹部の諸君がうんと酔つぱらつて歩いていたのを見たのもあるということもありますので、いろいろな批判があるわけです。ここで最後にお聞きしたいのは、これからの問題にもあるのですが、争議が起つて來た直接の原因は、あなたも御承知のように、長い間賃金の遅配があつたわけですね。しかもまた首切りがあつたわけですね。
○金子證人 ちよつと待つてください。これは私に何を言つておられるのか、どうも私ははつきりのみ込めないのです。今酒を飲んだとか言われましたが……。
○神山委員 そういううわさがあるということが先ほどのような疑惑があるというふうに言われる根拠になる、こういうことを言つたわけです。そこで私が今あなたにお尋ねしておるのは、争議が起つた根拠になつたのは、長い間の賃金遅配が大きな原因だ、またとにかく七百名を首切るということを一方的に会社側から言われたことが今度の争議の大きな原因ではなかつたか、そういうことを言つておるのです。
○金子證人 これは一方的と申しますか、この面についてはわれわれはこの交渉の眞相がはつきり披瀝されておりませんから、わかりません。
○神山委員 それではわからないとおつしやるなら、私もこれ以上あえて追究することはしませんが、こういうふうな事情があつて約午五百名のあなたの仲間が長い間苦労されたわけでありますから、現在またいろいろな手違い、行き違いがあつて、あなたの意図にかかわりなく、うしろで行われておる運動に関連しておるわけでありますから、一日も早く統一されて、少しでも労働者諸君の生活を守るように活動されることをお願いしておきたいと思います。
○石井委員 今神山君が証人の軍隊関係を非難するようなことを聞いたので、一言申します。私も伍長から召集されて長い間いたので、曹長一等級から准尉になろうというわけになつたのですが、大体証人は伍長勤務をやつて、それから長い間軍隊にいたので、長い間戰争生活をした関係で自然に准尉になつた、こういうわけですね。
○金子證人 途中で私は現役を志願いたしました。
○石井委員 大体あのころ、もう幾年たつたら帰れるかわからないというので、若い人は現役を志願するというような傾向になつたのですね。
○金子證人 そうです。
○石井委員 それから今度急速に第二組合ができたというのは、共産党や全金属の指導する争議方針というものが、問題を解決するということには向わないで、争議を拡大する、激化する、そうして最後においては工場をつぶしてもなんでも社会不安が起れば革命が達成する、こういう傾向ばかりたどつて、問題の解決にはあまり努力しない、こんな傾向を一般のまじめな組合員が考えたので、これではいけないというところから自然発生的に第二組合をつくろう、こういうのですね。
○金子證人 その通りです。
○石井委員 労働者の方では、自分たちの立場を考えたり、いろいろと社会の情勢を見て、なるべく良心的に問題を解決したい、工場としては人員を整理しないで済むものならばできるだけ整理しないで済ませたい、ところが吉田内閣の政治ではどうも首切らざるを得なくなつた、しかし何としてもこういう経済情勢の上であるから、最小限度に犠牲を少くして問題を解決したい、こういう気持で第二組合をつくつたわけですね。
○金子證人 そうです。
○鍛冶委員長 では済みました。 —————————————
○鍛冶委員長 松江澄さんですね。
○松江證人 そうです。
○鍛冶委員長 あなたは廣島懸労働組合会議議長、それから日鋼防衛共同闘争委員長をやつておいでになりますか。
○松江證人 廣島縣労働組合協議会会長。それから廣島懸産業防衛会議準備会日鋼防衛共同闘争委員会委員長。
○鍛冶委員長 そのほか廣島地区放送労働組合長もやつておりますか。
○松江證人 地域的なものは廣島地区労働組合会議の執行委員長もやつております。
○鍛冶委員長 労働組合会議の何ですか。
○松江證人 全日本労働組合の中央委員並びに中央闘争委員とそれから廣島支部の執行委員長をやつております。
○鍛冶委員長 廣島地区放逸労働組合長というのは……。
○松江證人 そういうのはありません。
○鍛冶委員長 この廣島懸産業防衛日鋼防衛共闘委員会ですか、これはいつどういうことからできたのですか。
○松江證人 大体昨年あたりから一般の企業は、いろいろの点で行き詰まりを見せ始めておりましたけれども、今年になりましてから、総選挙の結果現在の吉田内閣ができて、その吉田内閣の政策が、いろいろその反動的なあるいは買弁的な政策が全日本的な範囲でもつて、基幹産業を中心としていろいろな企業に対して圧迫を加へ始めました。その例といたしましては、たとえば造船関係にしましても、集中生産の結果非常に製作が制限されております。そうして、しかもそのつくつておるものが外国の船をつくつておる。そのために從業員たちは非常に低賃金労働強化が行われておる。こういうことがいろいろありました。こういう状態は單に造船部門に限らず、車両部門あるいは繊維部門あるいは鉄鋼部門、その他各重要部門にいろいろと現われて参りました。特に鉄鋼、石炭部門などはストックがありながら、実際その石炭がそういう鉄鋼のほしいところにはまわつていない、そういう状況が現われております。さらにこの集中生産というものが、單に反動的に中小企業を圧迫するということだけでなしに、そのきわめて買弁的な性格を露骨に現わして参りまして、その結果たとえば造船部門におきましても……。
○鍛冶委員長 簡單に趣旨だけ述べてください。
○松江證人 造船部門におきましても、向うから注文された船をこつちがつくるというだけでなしに、一時吉田内閣が向うと交渉して、その結果だめになりました例のリバテイ船の問題にしましても見られますように、あるいはまた以上のような葉中生産政策によりまして、國内市場をきわめて狭隘にしております。一方世界的な資本主義の一般的な危機がきわめて激化して参りましで、その結果アメリカにおいて起きた農業生産を中心とする経済恐慌、これがさらに世界的な規模で発展して参りまして、その結果外國市場もきわめて狭くするという結果になつて参りました。 それではこういうふうなきわめて買弁的、反動的な集中生産政策が、いかにして中國地方あるいは廣島縣、廣島市周辺に現われているかと申しますと、具体的な例をあげて申してみますと、たとえば……。
○鍛冶委員長 そうこまかく言わぬでも、大体でいいです。
○松江證人 非常に関連があるの で……。たとえば中國地方におきましても、表筋の車両製作部門、たとえば三原の三車であるとか、あるいは岡山縣の汽車会社、あるいは山口懸の方の車両関係、あるいは造船関係におきましては、廣島造船あるいは因島の製作所、それから玉野の造船、山陰の木造船、そういうふうなところにこの直接的な影響が非常に現われて参りまして、廣島懸の場合におきましても、具体的に申しますと……。
○鍛冶委員長 そんなことを言わぬで、大まかでいい。
○松江證人 非常に関係ありますから……。廣島懸におきましても、たとえば車両方面……。
○鍛冶委員長 一々でなしに——大抵あなたの言われることはわかつている。だから、これは行きづまつたという話でしよう、廣島懸で……。
○松江證人 その行きづまり方が違うのです。
○鍛冶委員長 その行きづまりをどうするのですか。
○松江證人 たとえば集中生産を受けていない廣島造船なんかでは、船がつくりたくてしようがないというのにかかわらず、船がつくれないというので、街頭へ進出して、街頭で署名運動を行つている。しかも集中生産を受けた玉野造船では外國船をつくつて、それが賣れなかつたので、また低賃金労働強化になつてかえつて來る。また山陽方面では廣島の木造船が非常に打撃を受けまして……。
○鍛冶委員長 そんな具体的な一々言わぬでも、総合して言つてもらわぬと、時間がない。
○松江證人 総合して言つております。木造船あたりが非常に影響を受けまして、経営者も組合と一緒に何とかしなければいけないという状態になつて参りました。そして市内におきましても、いろいろとこういう現象が現われて参りまして、あるいは税金のために非常に小さな企業は困つて來るとか、あるいは資材や價格が統制を受けて非常に困る、そういうふうな現象がきわめてたくさん現われて参りました。そこでこういうふうな現在集中的に現われて來ているこの吉田内閣の反動的あるいは買弁的な集中生産方式のために、廣島縣の中のいろいろな企業がまさに崩壊に瀕している。従業員におきましては、異常な低賃金で、あしたの生活をどうしてもやつて行けない、配給もとれない、こういう状態が現われて來たのであります。さらに経営者におきましても、單に組合だけでなしに、経営者でも何とかこれは切り抜けなければならない、こういうようなことを考え始めておりまして、そこで廣島地方労働組合会議が五月に会議を招集しまして、おもに中小企業の労働組合関係の代表者を集めまして、そこで一体こういう中小企業の崩壊をどうしたらよかろう、こういうことをいろいろ討論をいたしました。廣島の特産である針の工場などはレートがかわつたために、毎月数十万円の赤字が出る、あるいは精米機をつくる工場はつくつても賣れない。こういうことを何とかしなければならない、こういうふうなことがいろいろ論議をされました。とにかくわれわれ組合だけではなく、経営者もほんとうに困つているのじやないか、しかしわれわれ組合が、労働者が中心になつて、立て直して行かなくてはどうしてもこれは救うことはできない。そうして具体的な実例を上げて、経営者にもこの点をほんとうにわかるように話合わなければならない。しかし一つの企業内で、一体技術的にこれができるだろうかどうかという問題、この点も大分討論をされました。しかし現在の中小企業、郷土産業の崩壊は一企業内における技術的な、金融操作では絶対に救い得ない。この根本は現在の反動、買弁的な集中生産政策をどうしても直させる以外に途はない、こういうことに結論がつきまして、組合はこのことは本能的に生活に追われて実際に感じておりますが、経営者の方はどちらかといいますと、まだ必ずしもすぐに組合について來るという状態ではない。と申しますのは、聞くところによりますと、経営者が……。
○鍛冶委員長 あなた、ここで何も演説をする必要はない。君に言わせると、こまかく言えばわかるというかもしれんが、そんなこまかいことを聞いておつてはきりがない、だからそれをどうして防ぐというのでしよう。
○松江證人 経営者の方は賃金を少し下げてくれれば企業は何とか盛り立てて見せるといつて、それは実際にやつた所もあるようです。ところがそのときには一月たつたら賃金を元に戻すから下げてくれ、そうすればうちの企業を何とか盛り立てるからということで、組合員の中では同調した人もありました……。
○鍛冶委員長 どういうものが寄つてこの闘争委員会をつくつたかと聞いているのです。
○松江證人 とにかくこういう組織体をつくつて、労働者が中心になつて中小企業者、民族資本家、そうしてできればこれに賛成をする地方議会の議員、そういう人たちも一緒にひつくるめて、そうして地方全体が郷土産業のために立ち上らなくてはならぬじやないかというような結論が出ました。この会議を終り、その後経営者とも一緒に会議を持とうということになつておりましたが、それがなかなか持てませんでした。ちようど六月の初めになりまして、廣島地方労働組合会議の総会が持たれました。この総会の席上では、当面の問題として労働法規改悪の問題あるいは教育の問題、あるいは郷土産業防衛の問題、中小企業の問題、労働強化、首切りあるいは行政整理反対、こういう問題がいろいろ出されました。これをいかにするかということをみんなが討論をいたしましたが、その結果集約されたのがすなわち産業防衛闘争、われわれの郷土の産業をわれわえ自身が守つて行かなければならないという結論でありました。
○鍛冶委員長 よろしい。そこで構成團体になつた友誼團体はどういう團体ですか。君はここで君の言うことをしやべろうと思つて來たのならば証言にならぬですよ。君の意図をわれわれは聞いているのではない。どういう團体がその中に入つたかと言うのです。
○松江證人 それで今まで話しましたような結論に基いて、産業防衛会議をつくろう、こういうことを決定し、とりあえずその準備会をつくろうということになりまして……。
○鍛冶委員長 中途のことはよろしい。
○松江證人 どういう團体が入つておるかと申しますと、この準備会の中には國鉄廣島支部、國鉄廣鉄支部、全逓廣島懸本部、電産、教組、日農全新聞その他そういう全懸的な組織を持つ組合が集まつて準備会をつくりました。その以後また準備会を二回重ねて持ちまして、その結果準備会に入つて來る組合が拡大されましで、その場合の組合を申し上げますと、先ほど申し上げました国鉄廣鉄支部、同廣島支部、全逓、電産、教組、日農、全官労関係の全気象、全商工、全農林その他海員組合、それから全金属、全新聞、その他現在こまかいことは覚えておりませんが、廣島縣中のほとんどといつていいくらいの懸單位の組織を全部網羅したのであります。
○鍛冶委員長 よろしい。それでそれは朝鮮人連盟と何か関係がございますか。
○松江證人 産業防衛共同闘争委員会の中に入つております。
○鍛冶委員長 日鋼製作所はどういう関係でこの中に入つておりましたか。
○松江證人 組合ですか、組合は共同闘争委員会に入つておりません。
○鍛冶委員長 入つておらぬ、全金属としてこの中に入つているのですか。
○松江證人 全金属として組織の中に入つておりますが、直接日鋼としては入つておりません。廣島の全金属支部が入つておるわけです。しかし日鋼は別にその共同闘争委員会の出す指令のようなものには一切束縛されておりません。
○鍛冶委員長 日鋼廣島製作所は賠償指定工場であつたということは知つておいででしたか。
○松江證人 それは知つておりました。
○鍛冶委員長 ところが六月に入りまして、この日鋼で争議が起り、その争議が大きくなりますと、今あなたの言われる廣島懸産業防衛共同闘争委員会ではこれに対する應援だというので、この工場へ外郭團体の人たが非常に多く入つて來たと言いますが、そういう事実はありましたか。
○松江證人 今の委員長の御質問ですが、日鋼の防衛闘争委員会というのは前からできておつたわけではありません。それは産業防衛準備会ができておつた、ちようどその総会に日鋼の問題も報告されておる。ところがたまたま争議が起つた。それで警官が断圧するというので、とりあえずみんながおつとり刀でかけつけた。そこででき上つたのがこの共同闘争委員会になつているのです。
○鍛冶委員長 そうすると日鋼でもあらためて共同闘争委員会というものをつくつたのですね。
○松江證人 そうです。
○鍛冶委員長 それは幾日ですか。
○松江證人 それができ上つたのが十四日——十三日に一應提案がなされて決定はされておりましたが、実質的にでき上つたの十四日であると思います。
○鍛冶委員長 そうすると十日、十一日には外郭團体は入つておつたのじやないですか。
○松江證人 私は行つておりませんので、そこのところは知つておりません。
○鍛冶委員長 十三日には行つたのですね。
○松江證人 十三日に一回顔を出しました。
○鍛冶委員長 ところが十三日に廣島軍政隊のダガー大尉が日鋼製作所へ來られて、この工場は賠償指定工場であるがゆえに、よその者が入つて行かぬから、立ちのきせい、こういう命令が出たと聞いておりますが、それは聞きませんでしたか。
○松江證人 十三日には私はまだよく聞いておりません。
○鍛冶委員長 あなたは十三日に行つておつたでしよう。
○松江證人 ちよつと覗いたたけなので聞きませんでした。
○鍛冶委員長 聞いたでしよう。
○松江證人 はつきりは聞いておりません。
○鍛冶委員長 そこで十四日にあらためて進駐軍からこれを撤退せしめよという命令が出たということは聞きませんでしたか。
○松江證人 警察の方から聞きました。
○鍛冶委員長 それはどこへ命令があつたと聞きましたか。
○松江證人 警察の方ですか。東署長の瑞木署長がそう申しておりました。
○鍛冶委員長 それは幾日ですか。
○松江證人 十四日です。
○鍛冶委員長 そこで十四日に東署長から聞いたのですね。その命令を受けたのは知事ではなかつたのですか。
○松江證人 私が聞いたのは瑞木東署長であります。
○鍛冶委員長 いや、進駐軍から命令を受けたのは懸知事ではなかつたのかというのです。
○松江證人 そういうことは全然聞いておりません。
○鍛冶委員長 そこで十五日の朝になつて、知事から拡声器か何かで向いの山から争議團に対して命令であるから賠償指定工場であるがゆえに、全員立ちのきせいという命令があつたそうですが、それはどうですか。
○松江證人 何か警官がどんどん入つて來るという情報がいろいろ入つて参りまして、大分警官が取巻いている、そういう上に、何か山の上の方に大型のマイクロホンがあつて何か言つているらしいということを聞いておりましたが、中の方ではインターナシヨナルを歌つておりますし、どういうことを言つておるのか知りません。
○鍛冶委員長 最初の一ぺんは聞えたが、インターを歌つたり汽笛を鳴らしてそれを聞えないようにしたということですが、最初の一ぺんは言つておつたでしよう。
○松江證人 おりました。
○鍛冶委員長 聞いておつたでしよう。
○松江證人 何か言つておるということは聞いておりました。
○鍛冶委員長 あなたはダガー大尉から直接東署長の前で立ちのきせいということを言われたそうですが……。
○松江證人 ダガー大尉から私に言われたというよりは、私がダガー大尉と会つたということはあります。
○鍛冶委員長 東警察署でですか。
○松江證人 いいえ、現地で……。
○鍛冶委員長 そのときはやはり立ちのきせいという命令があつたのじやないですか。あなたにだけですか。一般の中に入つておる者に対しての命令ではなかつたのですか。
○松江證人 一般の者の前ですか。
○鍛冶委員長 そうです。
○松江證人 一般の者の前でそういうことを特に私に言われたということは覚えておりません。
○鍛冶委員長 あなたに対してだけでなく、いわゆる争議團に対してそういう話があつたのじやないですか。
○松江證人 ダガー大尉ですか。
○鍛冶委員長 そうです。
○松江證人 東の署長からそういう話があつたのだということは聞いております。
○鍛冶委員長 あなたは東署長と一緒に会つたのじやないですか。
○松江證人 そうです。会つております。
○鍛冶委員長 工場でですか。
○松江證人 工場というよりか本館で……。
○鍛冶委員長 そのときは一般に命令せいと言つたのじやないですか。
○松江證人 私に対してですか。
○鍛冶委員長 いやそうじやない、争議團全体に対して……。
○松江證人 争議團全体に対して——もう少し具体的に言つていただけるといいのですが……。
○鍛冶委員長 ダガー大尉から、その会社の事務所の方で東署長と一緒にあなたが聞かれたのでしよう。
○松江證人 東署長にダガー氏が命令されたというわけですか。私らのおる前で——何かそういういうなことは言つておられたようにも覚えております。
○鍛冶委員長 あなたにも命令したというのですが、それはどうですか。
○松江證人 私あてに命令されたというのですか。
○鍛冶委員長 ダガー大尉からあなたに——。
○松江證人 私あてに命令されたということは覚えておりません。
○鍛冶委員長 松江共闘委員長にも命令した、こう言つておるのだが、これはどうですか。
○松江證人 それはダガー大尉がそう言われておるのですか。
○鍛冶委員長 あなたに対して……。
○松江證人 私に対して立ちのけと……。
○鍛冶委員長 闘争委員長であるがゆえに立ちのかせいと言われたと聞いておるが、どうですか。
○松江證人 私、当時のことは詳しく覚えておりませんけれども、そういう命令のようなことを言われておつたようだということは覚えております。
○鍛冶委員長 あなたはほんとうに覚えがないのか、どうだね。
○松江證人 それを私にお前こうこうしろという命令を受けたということははつきり覚えておりません。
○鍛冶委員長 林組合長に対してはみな退散させろと言われたそうですね。
○松江證人 私は現場にいませんし、そう言われたときは知りません。
○鍛冶委員長 そういうふうなことを聞きましたか。
○松江證人 そういうふうなことを言われたらしいということを聞きました。
○鍛冶委員長 そこで林組合長はマイクを通じて全体に立ちのきを命じたそうですが、それは何時ころでしようか。
○松江證人 私は知りません。私が行つたのは多分晝前だつたと思います。
○鍛冶委員長 午前中ですから……。
○松江證人 午前中——何時ころですか。私はマイクを通じての放送ということは、私の耳に聞いておりません。
○鍛冶委員長 これは組合の者に対してお前が組合長だからやれと言われた。それから組合外の者がおるものだから、あなたに対して共闘委員長として組合外の者を出すようにせいと言われたと聞いておるが、どうですか。
○松江證人 林委員長に言われたというのは、私は現場におりませんから、私は申し上げられません。私に対してはむしろあの日にわれわれの方から軍政部の方にもお会いしたいと思つてお願いしておつた。ところがなかなか会えなかつた。それでもお会いしてお話をしてみようと思つて待つておつたわけですが、とうとうそういう形では会えなかつたわけで、たまたま日鋼の人か組合の人か話しておられるところへ偶然行きまして、そこでさつき言つたようなお話をされているのを聞いた。こういうことです。
○鍛冶委員長 あなたの話を開くと、よその者にダガー大尉が話しておるのをあなたは聞いた、こういうふうに聞えるのですが、そう言うのですか。
○松江證人 私は十四日の晝前に参りまして、軍政部の方が來ておられるということを聞きまして、お会いしていろいろ話してみようと思つて二階へ上つて通訳の人に頼んだわけです。ところが今忙しいからというような話でなかなか会えなかつた。晝過ぎになつてたまたま廊下のところかどこかで日鋼の組合の人が話されておるところで、ちようど偶然私が行きまして話をした。
○鍛冶委員長 そのときにあなたにこれを退散させろと言つたのですか。瑞木署長に言うのをあなたは聞いたのですか。どつちですか。
○松江證人 私に対してもそういうことに関するようなことは言われたようですが、今私は明確には覚えておりません。
○鍛冶委員長 言われたようだというのはおかしいじやないか。そこで朝へ移りますが、その知事の退去命令があつたが、出ましたか。
○松江證人 知事の退去命令はさつき申し上げましたように、何か言つているということは聞きました。あるいはまた退去しろというふうに言われているのだということは、私も間接に聞いております。しかしただわれわれとしては賠償指定工場であつても、どこまでもこのたびの問題は純粋な労働争議である。このことは極東十六原則によつてもわれわれに認められている労働者の基本権利であるとわれわれ確信して、そういうふうな命令というものは出るはずはないだろう、こういうふうに確信をしまして、從つてわれわれはほんとうにそこ以外に日鋼の人たちの働く場所がない。ほんとうの職場なんだ、死に場所である。だからどこまでも職場を死守するというように、日鋼の人と一緒な階級として立ち上つたわけです。
○鍛冶委員長 そういう信念のもとに出なかつたわけだね。
○松江證人 そうです。
○鍛冶委員長 そこで重大になつて來るのだ。それは十五日の朝だね。
○松江證人 そうです。
○鍛冶委員長 そういう命令が出るはずはないとあなたは信じておつたわけですな。
○松江證人 そうです。
○鍛冶委員長 そうすると十四日にダガー大尉から面接みな退去しろと言われたことはどういうことなのですか。
○松江證人 私はそういう形でお前出せと言われたことははつきり覚えておりません。ただ何か指定工場であるというふうなことで瑞木署長に命令を出されたということは聞いておりますが……。
○鍛冶委員長 君に言うたか言わぬかということを聞いておる。
○松江證人 私は今委員長が聞かれたような形で私にそういうこと言われたことは覚えておりません。
○鍛冶委員長 どう覚えているのか。
○松江證人 大分前のことでありますから、今その当時どういう言葉でどういうことを言つたかということは覚えておりません。
○鍛冶委員長 知つていることを知らぬと言うのは偽証になりますが、よろしゆうございますか。
○松江證人 ほんとうにはつきり覚えておりません。
○鍛冶委員長 瑞木署長が言つたことははつきり覚えておりますね。
○松江證人 瑞木署長に退去しろというふうなことを言われたことは大体覚えております。
○鍛冶委員長 それでもよろしいか。それを聞いておるにもかかわらず、さような命令が出るわけはないと信じたということとはどうしても合わぬのですが、それはどういうことなんだ。
○松江證人 これは実はそれからあと瑞木署長が警察側として組合に面会を申し込んで参りました。その前にもわれわれは瑞木署長に対して、一体どうなるかと聞きましたら、どうも退去しなくてはいかぬ、君たち退去してくれと言われるので、退去してくれと言われるがそういう正式命令が出たのか、何か文書で命令が出ましたか、それなら見せてくれれば私は堂々とインターを歌つて退去しますということを言つたわけです。ところが東署長はそれがそうでない、実は困つているのだというふうなことを言われたのは覚えております。それからさらに晝過ぎ四時ごろだつたと思いますが、瑞木署長が人をよこして組合の人たちと話がしたいということを言われまして、また本館の二階で——これは夕刊廣島の記者も立ち会つていたと思いますが、警察側と日鋼の組合と、共同闘争委員会の代表の両者が面会をいたして話合いをいたしました。そのときに瑞木署長は実は警察も非常に困つているのだ、だから何とかここはひとつ穏便に君たち出て行つてくれないか、こういうふうなごとを言われておりました。そういうことを言われておつたことは覚えております。從つてわれわれも日本の警察官が確固たる信念をもつて行動する結果、非常に困つた困つたと言いながら何とか穏便に出て行つてくれないかと言うのを聞いて、われわれも先ほど申しております確信、これは純粋の労働争議であり、極東十六原則によつて與えられておるものである。從つてそういう暴力を與えられることはないだろうという確信をますます深めて、その職場である工場を日鋼の人たちは守り、また組織労働者は階級としてこれを戰つて行く……。
○鍛冶委員長 困つた困つたというのはどういうのです。出てもらわなければ困るというのでしよう。
○松江證人 瑞木署長の言葉ですから私察するところ出て行つてもらわなければ、自分が板ばさみになつて困るという意味か、そこはよくわかりませんが、何しろ日本警察官としての自主性ある態度でなしに、何かどうも困つた困つた、君たちもいろいろ言いたいことがあるだろうが、何とか出て行つてくれないか……。
○鍛冶委員長 板ばさみになるというのは進駐軍から命令があるからじやないのですか。
○松江證人 私は知りませんけれども、瑞木署長がそのように言われております。
○鍛冶委員長 その前に、あなたが聞いておるにもかかわらずそういう命令が出るわけはないと言われるあなたの言葉に矛盾があることを指摘しておきます。
○松江證人 これは私としては矛盾はありません。
○鍛冶委員長 これだけ言つても事実と反しておれば偽証になるがよろしゆうございますか。
○松江證人 よろしゆうございます。
○鍛冶委員長 その後においてもいろいろ騒ぎがあつて、会社のガラスがこわれたとか、塀がこわれた。そういう事実はお認めになりますか。
○松江證人 その後ですね。
○鍛冶委員長 十五日までです。
○松江證人 十五日までは私は知つておりません。
○鍛冶委員長 十五日以後にあつたことは……。
○松江證人 以後に私の聞いておるところでは、附近の子供たちが非常に警官のそういう暴行あるいは官憲の彈圧、これに非常に憤慨をして何か小石を投げておつた、こういうことは聞いております。それからもう一つ聞いておるのは、組合が外へ退去させられたあと、木で柵ができました。門ができました。それをつくつたのは何とか組というやはり日鋼の下請の組だそうです。ところがそれに対して、つくつたけれども、あれはおれたちがつくつたのはよく考えてみたら、自分たちで自分たちの身を縛るようなものだというので、自分たちがつくつたものを自分たちではずしに行つたということを間接的に聞いております。
○鍛冶委員長 争議彈が投げたのではなく、子供たちが投げたというのですね。
○松江證人 そういうように聞いております。
○鍛冶委員長 それからさらに十八日から二十一日などの人民大会を開いて、それからデモをもつて市役所及び縣廳を襲つたという事実はありますか。
○松江證人 襲つたということはございません。
○鍛冶委員長 俗に言うデモをかけたということは……。
○松江證人 俗に言うデモ行進、それは十八日に市役所に対して、二十一日に縣廳に対して行いました。
○鍛冶委員長 市役所に行つて公安委員並びに市警察局長を大衆の前にひつぱり出していろいろ尋問されたそうですが、それはどうですか。
○松江證人 ひつぱり出したことも尋問したこともございません。ただわれわれがデモ行進して行きまして、あらかじめ代表でもつて今度の事件についてお話したい。ついてはみなで話したいということを申し出て、向うの方も自主的に市警の局長と野口公安委員、波多野公安委員、それから少し遅れて濱井市長、これが出て参りました。これに対してもわれわれは決して尋問ということはいたしておりません。ただきわめて平和的な言葉でいろいろ質問し、向うも答えたのであります。
○鍛冶委員長 暴行を加えたと申しますが、そうですが。
○松江證人 そういうことは知つておりません。
○鍛冶委員長 あなたはおつたのだろう。
○松江證人 私はおりました。
○鍛冶委員長 それでそういうことを知らぬのですか。
○松江證人 そうです。
○鍛冶委員長 懸廳ではどうでした。
○松江證人 どうでしたというのはどういう……。
○鍛冶委員長 だれか呼び出して……。
○松江證人 懸廳では私たちが参つたときに、縣知事はどこかに出ておりましたが、國警隊長だけおりました。それから懸知事が帰つて参りましたので、われわれとしては懸知事にも國警隊長にも副知事にも、ぜひ大衆の前に出ていただきたい。大衆は直接あなた方と話したいと言つておりますから、こう申したら、懸知事はどうしてもがえじませんでした。そこでちようど産別の菅議長等も見えておられまして、それではひとつ問を持つて一應あいさつに出て、それからあとは代表團ときちんと話されたらどうか、こう言われましたので、私が大衆に特にはかりまして、そういうことに決定いたしました。そうして一應知事と副知事と國警隊長が縣廳横の大衆の前に出て、懸知事が代表してあいさつを述べました。そしてまたひつこんで、あとは代表團で交渉しました。
○鍛冶委員長 國警隊長が出たら大衆がいろいろ質問を浴びせたのではないですか。
○松江證人 いろいろ質問を浴びせた……。どんな質問を浴びせたかということは今覚えておりません。
○鍛冶委員長 全然浴びせなかつた。
○松江證人 質問は浴びせたかもしれません。
○鍛冶委員長 具体的にどういうことをどうしたかということは……。
○松江證人 問いですね。やはり大衆がそれぞれ口々に言つておりましたから、そういうことはあつたかもしれない。あつたでしよう、おそらく……。
○鍛冶委員長 質問を出しておつたのでしよう。あなたは一体どういう意味でそういうことを言うのですか。
○松江證人 どういう意味とは。
○鍛冶委員長 質問を出しておつたのだろう。大衆がおつたから……。あつたかもしれないというのはどういうことか。
○松江證人 大衆は人民廣場で大会を持ちまして、縣知事に対してはどれどれ、國警に対してはどれどれというようにそれぞれ決定して、質問書を紙に書いて來ております。從つてそれを代表團が持つて來て質問したわけです。
○鍛冶委員長 質問をしたのだろう。
○松江證人 代表團が質問したわけで、直接大衆がやつたのではありません。
○鍛冶委員長 それで大衆の前で質問したのだろう。
○松江證人 違います。縣廳の二階の應接室で代表團とした。
○鍛冶委員長 私はそれを言つているのではない。大衆の前へ行つたときに質問した者は相当おつたろう。
○松江證人 大衆の中からですか。
○鍛冶委員長 ええ。
○松江證人 それは覚えておりません。
○鍛冶委員長 隊長に質問したのだろう。
○松江證人 質問をですか。よく覚えておりません。
○鍛冶委員長 よく覚えておらぬ、そのほか附近の町村でも町会を開いて町長であるとか公安委員長のところヘデモをかけたということを聞いておりますがどうですか。
○松江證人 附近というのは日鋼附近ですか。
○鍛冶委員長 廣島附近です。
○松江證人 船越、海田市の方でやつたじやないかと思います。これも私は直接共同闘争委員会としてそういうことをやつたのではありませんので、そういうことはよく存じません。日鋼の方でもしやつたのだらそうだろうと思います。
○鍛冶委員長 呉はどうですか。
○松江證人 呉は共同闘争委員会としてそういうことを言つておりませんが、よく知つておりませんが、あるいはやつたかもしれません。
○吉武委員 証人に二、三お聞きしたいのですが、あなたは十二日に日鋼の工場の方においでになりましたか。
○松江證人 私は十二日は行つておりません。
○吉武委員 おいでにならない、そうすると十五日に初めておいでになつた。
○松江證人 十三日です。
○吉武委員 そうですが、それでは十五日にもおいでになりましたか。
○松江證人 はいそうです。
○吉武委員 それはあなたは十五日においでになつたのはだれかに頼まれておいでになつたか。
○松江證人 全然頼まれておりません。
○吉武委員 そうするとあなは日鋼の組合員でありますか。
○松江證人 日鋼組合員でありません。
○吉武委員 組合員でない者がどうして工場の中に入れますか。
○松江證人 労働者として同じ労働者の仲間が非常に争議で困つている。ましてや警官の弾圧があるかもしれないということを聞けば、何をさしおいてもかけつけるのが当然であります。
○吉武委員 それは不法侵入であつても行くということでありますね。
○松江證人 そういうことは考えておりません。
○吉武委員 考えていなくも、その組合員なら争議に参加することは当然だが、組合員でない者がよその建物に入ることは許されない。特に賠償指定工場ならなおさらのことであります。それをあなたは法律に違反しても同僚の争議だからおいでになつた、こういう意味ですね。
○松江證人 私は十三日、十四日と最初から入るときに門衛所で門鑑もらつて入つております。
○吉武委員 だれから……。
○松江證人 門衛からもらいました。
○吉武委員 門衛の名前は覚えておりませんか。それは確かですね。門鑑はどんなものをもらいましたか。
○松江證人 こんな木の札です。穴があいておつて焼印などあつたと思います。
○吉武委員 それから先ほど委員長からお尋ねになつたが、はつきりしないでもう一ぺんはつきりしてほしいですが、十四日の工場で東署長とお会いになつたときダガー氏が、ここは賠償工場だから退去しなさいということを直接にあなたに話があつたですか、なかつたですか、その点はつきりしておきたい。
○松江證人 ダガー氏ですか、先ほども申し上げましたように私とお話をいたしまして、そのときの文句が今あなたの言われた通りであつたかどうかということを私はつきり覚えておりません。
○吉武委員 出て行きなさいという意味のことを直接あなたに話があつたかなかつたか。
○松江證人 何かそういう退去に関する話のようなことがあつたかもしれないということは、私もはつきりどんな言葉でどういうことをお前にしろと言われたのかは覚えておりません。
○吉武委員 出るという現わし方はたくさんあるでしよう。しかし出ろということと、出ないでいいということの話ははつきりしておると思う。出ろといわれたか、出なさいといわれたか、それともちよつと言葉が多かつたかは別として、内容として意味ははつきりするでしよう。あなたが意識が不明なわけじやないから出ろと直接話がありましたのですか、なかつたのですかどつちかはつきりすればいいですよ。
○松江證人 それがたとえばだれに対してどうしろと、こういうようなことを私がはつきり覚えていないから今申し上げられないわけであります。
○吉武委員 あつたことは覚えておるでしよう——それがあなたに直接話があつたかどうかこういうのです。
○松江證人 そういうことに関して話があつたことは覚えているが、あなたの言われたようにあつたかどうか……。
○吉武委員 どういう形で言われたか。
○松江證人 それをはつきり覚えておりません。
○吉武委員 どんなような形か覚えてなくとも、ぼくの言つたような形でないかあつたか話を覚えているはずだ。
○松江證人 その詳しいことを覚えておりません。
○吉武委員 それでは全然立ち退けという意味のことがあつたかないかも御存じないですか。
○松江證人 それがお前立ち退けといわれたのか、あるいはほかの人に言われたのかそこのところは私はつきり覚えていない。
○吉武委員 わかりました。もう一つはつきりしておかなければいかぬのだが、そうするとあなたに直接話があつたのか署長にあつたのかは覚えないけれども、立ち退けという意味のことがあつたようだ、こう聞いているのですが、それも覚えないのですか。
○松江證人 私が覚えているのは、私ども、それから東署長にも何かそういうことに関する話があつたことは覚えておりますが、それが具体的にどんなことを言われて、どんな内容であつたかは、今覚えておりません。
○吉武委員 だから、そういうふうな意味のことを言われたことは覚えているのだな。それを覚えておりながら、十五日にあなたは入つて退去されないのは、その意思に反して、自分たちは入つた、こういうことなんですか。
○松江證人 私はさきから言つておるのは、そういうことに関した話があつたことを覚えておるが、そんなことは覚えていない。それに対して、退去しなかつたのは、私としては、これは純粋な労働争議であつて、賠償指定であつても、労働争議にはかわりない。これは極東十六原則によつてはつきり規定されておる労働者の当然の権利であつて、経営者の工場閉鎖に対して、労働者は戦う権利を持つておるのはあたりまえだ、こういうように私は確信しておりました。そうして日鋼の労働者もまた職場が日鋼の工場ですから、当然これは労働階級として一緒に助けて闘うことは当然であり、またわれわれの権利である、私はそう確信をして残りました。
○吉武委員 そうすると、そういうことをGHQの方から話があつたけれども、自分たちは権利を主張して入つた、こういうのですか。——わかりました。 それからもう一点、これは委員長から言われた点でありまするが、はつきりしなかつたから、もう一度はつきりさしてほしいのですが、市役所へあなた方デモと一緒においでになりまして、そうして市長を前に出されましたね。それに委員長の質問に答えて、あなたは自発的に平和的に、おとなしく出られたと言つておられますが、ほんとうですか。
○松江證人 ほんとうです。
○吉武委員 出ないと言われたやつをむりに出されたことはないでしような。
○松江證人 私はそのときの代表でありませんから、詳しいことは知つておりませんが、決して暴力その他をもつてひつぱり出したのではない。
○吉武委員 いや、暴力でなく、脅迫……。
○松江證人 もちろん脅迫なんかしておりません。
○吉武委員 そうすると、本人は出ないとも言われなかつたのですね。
○松江證人 それは私は詳しいことは聞いておりません。しかし暴力、脅迫という事実はなかつたことは確信もしておるし、私もそう聞いております。
○吉武委員 その市役所の前には立ち会われたわけですね。
○松江證人 前に立ち会う……。
○吉武委員 一緒に立ち会われたんですか。
○松江證人 そうです。
○吉武委員 代表として中に入りませんでしたか。
○松江證人 入りません。あとから入りりました。
○吉武委員 そうすると、出るときには一緒に出られたわけだな。
○松江證人 出るとき……。
○吉武委員 市長が前に出られたときには一緒に來た……。
○松江證人 いや違います。私があとというのは、大会を済む前に途中で上田市警局長が、黒神という負傷者が前に出て來た場合に、いろいろわれわれの質問によつて明らかに黒神君の負傷は警官の泰行による負傷であるということを認めて、公安委員と一緒に大衆の前へ頭を下げて謝つた。それで——軍政部の命令の件ですか。
○吉武委員 いや、そうじやない。
○松江證人 そのことに関連してですか。
○吉武委員 いや、そうじやない。デモで行つて市長なりあるいは市警局長なりを前に出すのについて、他の方の人々の証言によると、脅迫がましく出ないというのをむりやりに出された、こう言つておるのですが、あなたはそれは平穏裡に、平和的に、自発的に出られたという証言の食い違いがある。それだからあなたにもう一度その点をたしかにしていただきたい。
○松江證人 私は平穏裡にと言つたのは、決して暴力や脅迫、そういうことは一切なかつた、こういう意味で申し上げておるわけです。われわれが黙つておつても、デモが近づけば、おれの方から要求がなくても出て行つてやろうというような警察局長や公安委員は当時の廣島にはおりません。だから当然前もつて代表が行つて、これこれデモが來るが、ひとつお話がしたいから出てもらいたいということを交渉した結果、そういう脅迫とか暴力の事実なんかなくして、局長、公安委員が出て來られた、こういうように報告を受けておるし、私も確信をしておる。
○宇田委員 証人に二、三お伺いするのですが、私は証人は中國地方における労働運動の大先輩であり、オーソリテイーであるという今の肩書を聞かされて考えるのでありますが、わずかに一箇月か二箇月に足りない間の重要なるポイントになる問題をほとんどお忘れになつた。そういう記憶力の惡いことでは、その下に働く労働者諸君の人々に対しても同情するのでありますが、その問題は第二といたしまして、たとえば廣島市役所の前における人民大会か市民大会か知りませんが、その場合に局長があなた方の面前で殴打されたであろうこともお知りにならぬ、これが第一、その次には知事が賠償工場であるから速やかに占拠した労働者諸君は退去しろということを船越の山から放送したことも、あなたは共闘委員長である重大な責任者であるにもかかわらず、そういうふうなことは放送したというが、私は直接干與しないというふうな、ここでも一つぼけられるのであります。 最後に私はいろいろあなたの話を聞いておりますが、終始一貫証拠なきものは罰せずという問題について多分な御考慮を拂われておるというふうに拝聽するのでありますが、この問題は少くとも軍政部のダガー大尉、さらに東署長の瑞木氏とあなたと三人の立会のもとに話されたものだと考えるのですが、あなたはこの問題については撤去せしめようというふうな関連した話であつたと思うという点まで確認されるのでありますが、しかも相当の時間を費しておるので忘れた、大体そういう話であつたろう、こういうふうに思われるのでありますが、相手の二人はダガー大尉にせよ、瑞木署長にせよ、それは匹夫野郎ではないのでありまして、相当な地位にあり、むろんあなたよりか記憶力がよいと思うのでありますが、二箇月もたたぬのにそういう重大な問題をお忘れになるような方ではない。特にあなたも中國新聞の論説委員という新聞界としては最高の地位におられた方でありまして、二箇月もたたぬのに、この労働問題、労働争議、あるいはこの日鋼問題についての重要ポイントをなすところのダガー大尉が、君を通じて退去をせしめるというような重大問題が忘れられるべきものではない。あなたは忘れたということを証言されるのでありますが、もしそれ大体においてその問題についてのお話があつたまでは確認されるので、今後ダガー大尉あるいは瑞木署長がもしはつきりと証言されたならば、いかようなる証言になるかわかりませんが、その問題について確認されるあなたは用意があるかどうか、この点を特にお聞きしたい。
○松江證人 最初に中国地方と言われましたが、私は中國関係の労働関係はしておりません。そうして指導者というほどのあれではありませんし、みなと同じ労働者として立つているつもりです。それからなお重要なるポイントは、少くとも労働者の私としてはそういうことにあるのではなくて、どこまでもなぜこのたびの争議が起きたかというのが要点であり、それをいかに労働者が防ぐのかということが要点であると確信しております。さつき言われた今の瑞木署長なり、あるいはダガー大尉がどういうことを言われるか私にはわかりませんから、聞きもしない先から、こう言われたときには無條件で確認するということはできません。
○神山委員 今の点ははつきりしておいた方がお互いのためだろうと思う。警察の報告によりますと、これは十四日午前十時五十分に至り、現場にいた軍政部員より警察官に対して全員の退去措置方を要請された、こういうふうになつておるのであります。この点は國電ストの問題の場合にも至るところで起つた問題でありますし、それから廣田工場にも明らかになつておりますように、当考査委員会でなぜ連合軍側の命令があつたということがそれほど問題になるのですか。私は不可解なのでありますが、この場合共通の点は、連合軍側でこれを指示ないしは勧告なり好意的サゼツシヨンであると言つているのに対して、ふしぎにも本考査委員会の書類の中には命令となつている。先日も廣田工場の所長はそれは指令ではない、これは日本政府がやることである、從つてここで言うことはどうかということまで言つておる。本件の場合にも從つて軍政部員であつてただちに日本の警察機構その他に対して直接の指示権はないのであります。從つてこの場合警察が警察官に対し工場内の全員の退去方を要請された、こういうふうに書いてあることは正しいのである。從つてこれを証人がかりにそばで聞いていたとしましても、この問題の取扱い方そのものにおいて意見の違いがありますし……、(発言する者多く、聽取不能)それに関…しまして工場の労働者側の報告も、この点はもし諸君が十分聞きたいとおつしやるならばこまかな材料を提供しますが、大体においてこの問題が命今であるかいなかという問題について工場の労働者諸君が論議しておる。文書による正式の命令でなければ退去しないという者が三分の一だ。ここで出ようとした者が三分の一である。その他の者も三分の一ある。最後に最終的な討議によつて全員がこれは正式の文書でなければ退去しないと言つておる。この工場から退去の命令が出たという根拠はこれは賠償工場である。從つてここから工場閉鎖そのものも命令したというふうなことが傳えられておるのでありますが、この点について後には当事者側がいろいろ違つた声明をしておるのでありますが、証人は後に呉の労働課長のマレー氏やあるいは先ほど吉武委員はGHQと地方軍政部と取違えておりましたが、GHQの労働課員のブラツテー氏や第八軍の労働係りのドーテ一氏、こういうふうな人々はどういうふうにこの問題について答えているか。これをお話になれば問題の眞相が明らかになると思う。もしこの点についてあなたが知つていることがあれば明らかにしてもらいたい。
○松江證人 私が共同闘争委員会の代表者数名と一緒にその後いつだつたか覚えておりませんが、呉の今で言う民政部、当時の軍政部に行つて軍政部長のトルーデン中佐並びに労働課長のチャーチル・マレー氏にお会いしました。最初トルーデンに会いましてトルーデンに対していろいろと話をしました。どういうことを言つたかということは詳しく覚えておりませんが、トルーデン氏は今度のことに関してわれわれに対し命令だということを口頭で言われております。それでわれわれがこれは労働争議だと思うのであるがということでいろいろと聞きますたら、自分は労働関係のことは関知しない。それはひとつマレー労働課長の方へ行つて聞いてくれ。こういうことを言われました。それからわれわれはまたマレー氏にお会いしましていろいろと日鋼の労働関係のことについてお話をいたしましたが、われわれが賠償指定と労働争議との関係について質問をしましたところが、マレー課長は自分は労働関係のことはわかつておるが賠償指定関係のことはよくわかつておらぬ。自分は関知しない。これはひとつトルーデン中佐の方へ行つて聞いてくれ。こういうお話でありました。そこでわれわれが一番目的としておつた労働関係と賠償施設の関係、この関係について明確なる解答は得られないで帰つて参りました。
○神山委員 それではGHQの労働課員やあるいは第八軍の労働係りドーテー氏に会つて聞かれたことはありませんか。
○松江證人 ありません。
○神山委員 それではおなたがこの問題についてはつきりしないのはもつともですが、組合側の代表がGHQに行つて話したときも、工場閉鎖の命令をしていないということは言われておるわけです。だからこの点の経過の具体的なことをあなた自身はつきりしていないのでこのくらいにしておきます。 その次に十八日の人民大会で上田市警局長を引張り出して頭をぶんなぐつたとか何とかいうことがあるということですが、上田局長は暴力的に連れて來られなかつたということはあなたは証言しておられます。この場合何らかの確約書みたようなものを書いておりませんでしたか。
○松江證人 先ほども言いかけたと思いますが、われわれがいろいろ質問をいたしております際に、市警察局長はこのたびのことは軍政部の命令でやつたのだということを言つたわけです。それでわれわれとしては間違いないかと言いましたら間違いはないと言われました。もし命令でなかつたときは何か責任をとられるかと言つたら、自分は辞職すると言われました。そこでその二つの事項を書いてもらえないであろうかと言いましたら、それでは書こうというので現場で書かれておりましたが、うまく書けないからというのでまた席を移して、大会の途中で中に入つて書きました。その際にその書類にこれは暴行、脅迫等の事実なくこれを定めたのだということを市警局長が書いておりました。
○神山委員 後に共産党の代表者が懸知事に会つて、これが命令であつたかどうかという点に触れておりますので、あなたはこれはお聞きしませんが、そのまた確約書というのもわれわれは見ておるわけです。この点はまた別の機会にするとして、もう一つお尋ねしたいことは、あなたはこの事件に関係しておられたときに共産党員であつたのですか。
○松江證人 この事件に関係しておるときには党員ではありませんでした。私は七月の十六日だつたと思いますが、入党の決意を宣言して手続をとりました。
○神山委員 簡單でけつこうですが、今まで非党員であつたあなたが共産党に入つた動機について聞きたいと思います。
○松江證人 私は一昨年組合に関係しまして、昨年地労会議の委員長とか、縣労の会議長に選ばれました。また新聞関係の委員長になりました。そこで自分としてはいろいろ組合関係で一生懸命やつて参つたつもりであります。そうして新聞におきましても昨年の十二月に一週間にわたつて中國新聞が発行できなくなつたような大きな争議ができまして、そのときには組合員と一緒に闘つて遂に組合の勝利に終りました。そういうふうにしていろいろ組合関係のことに携つておりましたところ、今度の吉田内閣になりましてから先ほど申し上げましたようないろんな中小企業を破壊させ、労働者をほんとうに窮屈な生活に追い込み、とうとう中には死にまで至らしめるような状態が現われて参りました。たとえば今度の日鋼の問題にしましても、われわれが現場に参りますと、現場のあの日鋼の毒が流れておる附近のきたない長屋で汚い着物を着たおかみさんが子供さんを抱きながら、今度の争議がだめになつたら自分たちは餓鬼道に陥る、こういうようなことを涙を浮べて言われておりました。あるいはまたこのたびの争議に対しまして、家族の方、あるいは小さな子供、あるいは関係もない廣島市内の人々も、あるいはそれ以外の人々も……。
○鍛冶委員長 証人に言いますが、動機というものと遠因というものは違うのです。動機はどうかというのです。
○松江證人 このたびの日鋼の争議に見られるように、單にわれわれの組合だけということではなく、労働階級として階級の上に降りかかつた大きな火の子を皆で守ろうという、どこまでも階級としての闘争のために立ち上つた姿であります。そうしてこの闘争の過程において、ほんとうに日鋼に現われているように、たとえば基幹産業である國鉄の関係におけるように、あるいは中小企業の破壊におけるように、この日鋼の問題は、單に日鋼に起きただけの問題ではなくて、今のこの反動的な買弁的な吉田内閣の集中生産政策が……。
○鍛冶委員長 証人に何べんも言うが、質問していることに答えなさい。ここで君の演説を聞いているのではない。そういうことを言うなら止めますよ。動機だけを言えというのに何を言うのですか。
○松江證人 簡單に申し上げます。簡單に申し上げます。具体的な闘争を通じて——頭の中でなしに、この目でこのからだで、具体的な闘争を通じて日本共産党の政策こそがほんとうに日本民族の独立を守り自由と平和を守るものだ、こういうことがはつきりと感得できましたので、労働階級の前衛である共産党に入るのが一番よい、こう私は確信して入りました。
○神山委員 もう一つ最後にお尋ねいたします。あなたの入つた共産党というのは、このごろ世間の新聞紙その他によりますと、八月には暴力革命をやる予定になつているらしいのですが、このごろは大分ずれまして、九月あるいは十月には暴力革命をやると言つているのです。私は共産党の中央委員としてそういうばかなことのないことを知つておりますが、あなたが党に入つたのは、暴力革命をやるために入つたのですか。
○松江證人 決してそんなことはありません。また入つて日も浅いのですが、決してそんな党ではなくて、共産党こそがほんとうの平和を求めている党だと信じております。
○菅家委員 最後に一点聞きます。この証人は自分の都合のよいことは記憶をたどつて述べているが、不利益になると皆記憶がはつきりしない、忘れたと言つておる。
○鍛冶委員長 この証人だけではありません。共産党員は大ていそうです。
○菅家委員 共産党の証人の共通点である。共産党の議員が質問すれば述べる。それはよろしい。そこで一点簡単に伺いたい。工場に入るとき門鑑をもらつて入つたと証言されたが、それは幾日ですか。
○松江證人 十三日、十四日。
○菅家委員 このときは守衛も門衛もおらなかつたのでありますが、どういう人からもらいましたか。
○松江證人 おりました。
○菅家委員 名前は忘れたというのでしよう。門衛は全部呼んで來ればわかりますか。
○松江證人 顔は覚えておりません。
○菅家委員 それではよろしい。
○鍛冶委員長 もう一ぺん言うが、きみはかえりみてうそを言うているとは思いませんか。
○松江證人 思いません。
○鍛冶委員長 きみを偽証罪にすることは本意でないから言うのです。十四日には工場が閉鎖になつているので門衛なんかいるわけがないのです。帰りなさい。 本日はこれにて散会いたします。 午後八時五分散会