考査特別委員会 第30号
- 発言数
- 1,500 件
- 登壇者
- 14 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1949/08/02
会議録
○鍛冶委員長 これより会議を開きます。 平市をめぐる騒擾事件について調査を進めます。早速証人より証言を求めます。ただいまお見えになつておる証人の方は宇佐見吾市さん、菅家徳壽さん、ただいまより平市をめぐる騒擾事件について証言を求めることになりますが、証言を求める前に、各証人に一言申し上げますが、昭和二十二年法律第二百二十五号議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならぬことと相なつております。 宣誓または証言を拒むことのできるのは、証言が証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または証人とこれらの親族関係のあつた者及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するとき、及び医師、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあつた者がその職務上知つた事実であつて黙秘すべきものについて尋問を受けたときに限られておりまして、それ以外には証言を拒むことはできないことになつております。しかして、証人が正当の理由がなくて宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることとなつておるのであります。一應このことを御承知になつておいていただきたいと思います。 では法律の定めるところによりまして証人に宣誓を求めます。御起立を願います。宇佐見さん、代表でちよつと読んでください。 〔証人宇佐見吾市君各証人を代表して宣誓〕
○鍛冶委員長 署名捺印を願います。 〔各証人宣誓書に署名捺印〕
○鍛冶委員長 証言を求める順序は宇佐見さん、それから菅家さんといたしますから、菅家さんはもう一度元の控室でお休み願います。 宇佐見吾市さんですか。
○宇佐見證人 はい、そうでございます。
○鍛冶委員長 あなたは郡山署長をしておいでのようですが、いつからおやりですか。
○宇佐見證人 二十三年二月七日よりであります。
○鍛冶委員長 六月下旬から福島縣一帯にわたつて騒擾事件があつたようでありますが、それについてまず六月二十八日に郡山市会において傍聽人が押しかけていろいろ騒ぎをしたと聞いておりますが、さような事実はありましたか。またあつたとすればその概略を述べていただきたいと思います。
○宇佐見證人 郡山市会は二十七日、二十八日と二日やつたのでありますが、二十七日も大分議会で騒いだ、こういうふうな話がありますので、二十八日もそういつたような事態が起るのじやないかというようなことで、すぐに警察官を若干やり、また署員を万一の場合に待機させておいたわけでありますが、大分やじはいろいろあつたということを聞いております。議長の方から署長に対する要請はなくして済んだわけでございます。
○鍛冶委員長 しかし二十七日にとうてい議事はやれぬというので、議長は散会を宣して、それでいろいろ紛議が起つたということですが、その点はお認めになりますか。
○宇佐見證人 申し上げます。市会が終つてから、署長に対して議長が傍聽の一部の者に議場でとりまかれて出ることができない。早く警察をよこしてもらいたい、こういうような連絡がありましたので、私服警察官三名をやつたのであります。ところがその際には、議場から出まして議長室におつたのでありまするが、警察官の姿が見えますと議長は議長席から帰り、そして一緒に帰つてもらいたいということで、議長室から自宅まで警察官二人とともに帰つたような次第であります。
○鍛冶委員長 その間暴行、脅迫というような事実はお認めになりませんでしたか。
○宇佐見證人 別にそうしたようなことは聞かなかつたのでありまするが、ただ議長室から家に帰るということも、議長としては非常に不安であつたというようなことから、警察官に一緒に帰つてもらいたい、こういうようなことで自宅まで送つてもらうことを要請したのだと思います。
○鍛冶委員長 ついで二十八日はいかがでした。
○宇佐見證人 二十八日はただ市会が終つてから市長のところへ主食掛賣りのことで一緒に縣の方に陳情してもらいたいということで、三十名——四十名でございますか、いわゆる傍聴の一部の者が市長室に行きまして、そうして一緒に陳情に行くことを市長に承認させた、こういうようなことを聞いておりますが、その陳情に行くことが不自然であつたか、あるいは不自然でなかつたかということは承知しておりませんが、大分長くかかつたということは承知いたしております。
○鍛冶委員長 議場においてはずいぶん騒いだようですが、あなた方の方ではそれほど暴行、脅迫等の事実はお認めにならなかつたのですか。
○宇佐見證人 議長としては非常に議事の進行上困つて、再三やじその他の事態をやめてもらいたい。それから最後に退場してもらいたいということを再三要請したが、遂にそれが実現しなかつた。そういつたような間にかろうじて二日の市会も議事を終了したというふうに承知しております。
○鍛冶委員長 退場は命じたが、あなた方の力をかりるようなことはなかつたのですね。
○宇佐見證人 その点は要請がなかつたのであります。
○鍛冶委員長 それから市長室に行つたときには、あなた方の方で警戒か何かやられなかつたのですか。
○宇佐見證人 その点も心配いたしまして、署長としましては助役さんのところに電話いたしまして、現在の状況はどういうような状況であるかということを聞いたのでありますが、それほどでなく今のところは進んでおる、こういうような話であつたので、要請があればいつでも出られるような態勢にあつた。
○鍛冶委員長 あなたが主食掛賣りのことについて縣に一緒に陳情に行つてくれということを市長に要請したというお話でありますが、それは市長は快諾したわけでないでしような。
○宇佐見證人 その席にいたわけではないのでありますが、おそらく快諾ではなかつたと思います。
○鍛冶委員長 強要されたのでしようね。
○宇佐見證人 まあそうでなかつたかというように推測されます。
○鍛冶委員長 この主食掛賣りというようなことは市会や縣会できまることじやないですからね。そんなことを言つたつてむちやな話だ、それを市長が聞くわけがないと思うのですが、それをどうしてそうなつたか、市長がいやでも一緒に行くということにきまつたのでしよう。
○宇佐見證人 さようでございます。
○鍛冶委員長 それが、どういう実情であつたかを御承知だろうと思うのでそれを聞くのでありますが。
○宇佐見證人 大分時間が長くかかつたという点から見て、話の中に相当むりがあつたのじやないか、こういうふうに推測いたされる。
○鍛冶委員長 ところが越えて三十日の夜遅くなつてたいへん押しかけて來たようですが、そのときの実情をひとつ詳細にお述べを願いたいと思う。
○宇佐見證人 三十日の晩に平に事件が起きたというので、縣南から警察官の應援を求めるということで、それで郡山市署の方にも連絡あつたのが八時四十分ころじやないかと思うのでありますが、その連絡によりまして市署としましても非常招集しまして、それに應ずべく準備を進めたのであります。そうして全部そろつて出発完了したのが十一時五十分ころでないかと思うのでありますが、それが出発しますと、その直後警察にデモで押し寄せて來る、こんなふうな情報があつたのでありますが、まさかというふうに考えておつたのであります。ところが零時三十分ころになりますと、それ前に駅前に五十名くらい集つておつたのでありますが、十二時の上りの汽車で福島市に縣会がありましたので、その縣会の帰りの者と駅前で合流しまして、およそ二百人くらいの者が突如として市署の前に押し寄せて來たわけであります。そうして市署の前でじくざくの行進を若干いたしまして、突如入れという何者かの言葉によつて市署に入ろうとしたのであります。ところが市署の態勢としましては平の方に半分應援いたしまして、それからその残りといいましてもまた全部集まらなかつたので二十名足らずで、そのうち監視その他ということになりますと十五、六人であります。その者が玄関におりましてその侵入を阻止しようとしたのでありますが、突如そういつたようなことでその大衆が一度に署内に入ろう、署員はそれを阻止しようと、こういたしたのでありまするが、署員の力が足らなかつたために、結局デモの大衆が署内の受付、今の庭のところでありますが、そこに四十名くらい入つて、あと五、六名、会議室のわきの事務室、そこに入つたのであります。そしてその指揮官であつた増子という警部補でありまするが、それに、平へ應援をやるなというにかかわらずなぜやつたというような三、四名の者が抗議になつたわけであります。そう大勢ではだめだ、三人くらいにしろ。いや暴力は振わないから大勢でもいいのではないか。今の状況は何だというような話のうちに、結局署長に会わせろというふうになりまして、そこに警備主任も來まして、それじや署長に会わせるが、條件がある。早くそとに全部出ること、それから話は紳士的にやることというようなふうにしまして、結局代表五名ということでありましたが、八名であります。その者が警備主任と署長室に來まして、そして平にどうして市署員を應援にやつたか、それから署長は行政整理に対してはどういうように考えているか、それから労働爭議あるいは運動に対して干渉、彈圧するな、こういうような抗議で、さらに抗議文を持つて來たのでありますが、それは平の事件に対して警察官を動員するな、もし動員した場合には、労働者あるいは農民というもので実力で抗議をする、こういうような抗議文でありましたが、それと、今のような抗議があつたわけであります。それで市警としましては、平にやつたのは援助協力によるもので、これは当然要請があれば出さなければならない。それから労働運動ないし爭議に対しては、署長は干渉や彈圧はしない。それから行政整理その他は、署長の権限でなく、これは上の方でやることであつて、署長としてはいかんともする力はないのだ。それで平に行つた警察官をすぐに引返せというようなわけでありましたが、そのとき自分はまだ承知しなかつたのでありまするが、警備主任の方で縣の方に連絡をとつたところが、ではすぐに引返させる、こういうお話であつたのでありまして、應援にやつた警察官を引返すということは、やはり警備主任の方から、すぐに引返させる、こういうようなことで、話は終つたわけであります。最後に立つて行くときに、今の話をおれたちが話したのでは、今署前にいる大衆は聞かない。だから署長からそのことを話してもらいたい。それは君たちは幹部でもあるし、君たちが話せばいいじやないか。早く話をして引揚げるようにしてもらいたい。それではとうてい聞かない。それでは警備主任の方から話すことにするから……。ぜひそうでなく署長からひとつ話してもらいたいと言うものですから、若干雨も降つておつたし、また職場を捨てて來たというような者もあるようでありましたので、それじやそのことを話そうというわけで、玄関を出まして、警察としては労働運動あるいは爭議に対しては干渉あるいは郷在はしないというように申し上げて、私は署長室に引揚げて來た。それで若干不満を言う者もありましたようですが、一同全部それで引揚げたわけです。その際玄関のドアのガラス一枚、それから会計室のガラス、小さいやつ一枚、二枚こわれたのでありますが、これはお互いに押し合つた際にこわれたので、意識的にけるとか、たたくといつたようなことでこわれたのではなかつたというふうに見られたのであります。
○鍛冶委員長 石を投げるとか、暴行、脅迫というようなことはなかつたのですか。
○宇佐見證人 ただその際、司法主任が押されて背中を少し打つた。それから長谷川巡査がやはり押されて、背中を若干打つたというので、二日休みましたが、別にその際に暴行というようなことはなかつたのであります。
○鍛冶委員長 押して、倒されて背中がいたんだのですか。
○宇佐見證人 さようでございます。大勢でどんどん押して來て、警官は少数だつたので、押されたのです。 〔「暴行じやないか」「何が暴行だ」と呼ぶ者あり〕
○鍛冶委員長 それをわれわれから見れば、相当の暴行だと思いますが、あなたはどう思いますか。とめておる警察官を押すようなことは、それはどうですな。われわれは相当の暴行と思いますが、あなたは暴行でないと言われるが……。 〔「誘導尋問するな」と呼ぶ者あり〕
○宇佐見證人 もちろん最初から、力によつて署内に入つて來るということは、もうすでに暴力そのものには間違いないのであります。ただしかし直接に手でなぐつた、あるいはけつたというわけでなく、押し込む際にさつき言つたようなことになつた、そういうようなわけであります。
○鍛冶委員長 そのときは、平への應援隊はもう立つておつたのですか。
○宇佐見證人 はあ。
○鍛冶委員長 どこから引もどして來たのですか。
○宇佐見證人 一應途中からの連絡がとれなかつたために平まで行つて、平に着いたのが午前五時であります。それからまた引もどして來たわけです。
○鍛冶委員長 そうすると、よほど遅く來たわけですね。
○宇佐見證人 警察官の引揚げて来たのは六時ですから、その場合には間に合わなかつた。
○鍛冶委員長 それと同時に地区警察署へも相当行つたそうですが、それはどうです。
○宇佐見證人 今申し上げたのは一日の零時半ごろから一時四十分ごろまでの状況であります。それから次の二回目は駅前に四、五百人の共産党員あるいは国鉄労組、こういうような人々が集まつて……。
○鍛冶委員長 それは何日です。
○宇佐見證人 それは二日の九時半ごろからと思います。
○鍛冶委員長 夜の……。
○宇佐見證人 はあ。そうして十時ごろ行進を起しまして、そうして今の郡山日東第二工場に行つたわけです。日東工場には通用門と正門とあります。その通用門は、最後に締め切るまでは自由に入れます。そこから日東福山の工員の者、その他二、三の者が入つて行つて、その際にすでに、第二工場の労組の組合長でありまするが、そのことを聞きつけて、面会室のところにおつた。そしてその二、三の者が労組長に対して、なぜ今度平に行く警察官を出すのに自動車を貸したか、それをデモの大衆に対して、悪かつたと言つてあやまれ、それから第二工場の從業員をデモに参加させろ、こういう要求をして押問答しておつたのであります。その間に通用門が、だれがあけたとなしにだんだんあかつたわけでありますが、おそらくデモの者の仕業ではないかと推測されるのであります。それが通用門の横になつているあれをとりましたので、通用門があいたのであります。それからそのデモ四、五百人が門の中に入りまして、面会室の前に坐つて、そして組合長に対して、先に交渉したいわゆるなぜ平に行く警察官の應援のために自動車を貸したか、それをあやまれ、それからデモに参加させろというような要求をしたのでありますが、組合長としましては、謝罪をするということもできない。それから参加させることもできないというふうに断わりまして、その間いろいろやじなどの聞きにくいような喧噪の事態が約一時間——四十分ぐらい続いた。十時十分ごろに行つて十時四十五分ごろ引揚げた、こう言つておりますから。その間そこにいまして、そしてこれから市署のところに行くのだというような話で、逐次そこを退去しまして、またデモを組んでまつすぐに市署前に來たのであります。そして市署の前を二回ばかりじぐざくの行進をしまして、それから地区の署前に行きまして全部坐りまして、前に署長に話してあつたということでありまするが、今の労働爭議、あるいは運動に対して彈圧をするなということを、さらに大衆の前で確認をするといつたようなことを求めたのであります。そしてそこで署長からいろいろ質疑應答があつたことと思うのでありまするが、地区署の前に來たのが十二時ちよつと過ぎで、それから一時半ころ退散したのでありまするが、その間地区署前でいろいろ押問答が行われておつたのであります。
○鍛冶委員長 署長は署長室で面談しただけですか。またはあなたと同じように大衆の前に出て何か言明でもさせられたのですか。
○宇佐見證人 大衆の前に出てです。
○鍛冶委員長 それはおとなしくやりましたか。それともまた大衆からいろいろ要求があつて、質問なり何なりがあつてやられたのですか、どうですか。
○宇佐見證人 大分、何と言いますか、その状況は深刻なもので、またその言語等も非常に聞くにたえざるものがあつたというふうに聞いております。
○鍛冶委員長 当時渡部代議士があなたの方に來て演説をやつたり、いろいろな運動をやつておられたということですが、その実情はいかがですか。
○宇佐見證人 三日の午後六時から橘の小学校の講堂で演説会がありました。その際の聽衆は千名を越えたというふうに聞いております。
○鍛冶委員長 どんなような演説をやりましたか。
○宇佐見證人 演説の内容はよく承知いたしておりませんが、結局現内閣のいろいろな批判を中心としたものでないかというふうに聞いております。
○鍛冶委員長 福島縣におけるこれらの騒擾に対しての批判なり、または声援なりはありませんでしたか。
○宇佐見證人 そういう内容までは聞いておりません。
○鍛冶委員長 そのほか郡山周辺その他で、渡部代議士がいろいろ運動されたことはお聞きになつておりませんか。
○宇佐見證人 その前だと思いますが、駅前で——白河から来た際に、駅前に迎えた聽衆に対して演説を行つたということを聞いております。
○鍛冶委員長 白河から、だれが来た。
○宇佐見證人 渡部代議士が……。
○鍛冶委員長 白河から郡山に着いてですね。
○宇佐見證人 はあ。その内容は聞いておりません。
○鍛冶委員長 そのほか、まだ行動について聞きませんでしたか。それだけですか。
○宇佐見證人 そのほか地区委員会に出席した。
○鍛冶委員長 どこのです。
○宇佐見證人 郡山の委員会に出席したということを聞いております。
○鍛冶委員長 それは何日ですか。
○宇佐見證人 その橘小学校の演説会を終つてからだと思いますが……。
○鍛冶委員長 そうすると三日ですね。
○宇佐見證人 ちよつと日にちは今記憶ありませんが、地区委員会に出ていろいろ話をした。
○鍛冶委員長 その話の内容はわかつておりませんか。
○宇佐見證人 それはわかつておりません。
○鍛冶委員長 そのほかは。
○宇佐見證人 そのほかは別に聞いておりません。
○鍛冶委員長 ここに七月一日午前零時郡山市署前無届デモと、こう書いたものがありますが、これは先ほどおつしやつた七月一日の午前零時今ごろあなたの所に押し寄せたときのデモ隊の写眞ですか。
○宇佐見證人 これは市署前のデモ行進の一部であります。
○鍛冶委員長 それから今おつしやつた七月一日の晩だから二日朝ですか、これがあなたのおつしやつた地区署の前に押し寄せて、そうして署長に弁明を要求した。いわゆる坐り込み戦術のようですが……。
○宇佐見證人 これはそうであります。
○鍛冶委員長 そこへ署長をひつぱり出して、そうして言明させたのですね。
○宇佐見證人 この旗のこちらに地区の署長がおるわけです。地区の署の階段がこう三段、四段になつておりますから、その中ごろの階段に職長がおつたわけです。
○鍛冶委員長 それで署長に対して罵詈讒謗をやつたわけですな。
○宇佐見證人 そういうわけです。
○鍛冶委員長 それからこれは平の方でもあつたのですが、あなたの方でも、こういう人々は要所々々に何か檢問みたいなことをやりましたか。
○宇佐見證人 私の方は、そういうことはいたしません。
○鍛冶委員長 ところが平から、あなたの方の平の應援隊が帰つて來たときに、帰りを邀して、そうして乘つて行つた警察官に対して檢問のようなことをやつたという話がありますが、それはどうですか。
○宇佐見證人 それは平に應援に行つた警察官が郡山に着いた場合に、郡山地区署の方では全部歩いて行くのではたいへんだということでトラックを向けたわけであります。ところがそのトラツクの前に來たとき、共産党員その他の代表が、その警察官を取囲んだということは聞いております。
○鍛冶委員長 相当の人間が集まつておつたのですか。
○宇佐見證人 詳しくは聞いておりませんが、相当の人が集まつていたと思います。
○鍛冶委員長 そういうことは偶然に集まるものではない。それはやはり前からそういうことでちやんと用意しておらなければできぬと思いますが、それはどうですか。
○宇佐見證人 そういう点は、どういうような方法で知つて、あるいはどういう方法で集まつたかということについてはわからないわけであります。
○鍛冶委員長 ここに七月五日午後十時半平應援より帰郷せる郡山署員を郡山駅前において通す、こういうことを書いてある写眞があるのですが、こういう事実はありましたか。
○宇佐見證人 その事実は聞いております。
○鍛冶委員長 そこに見えておる顔で知つた者はおりますか。
○宇佐見證人 ここの一番はつきりしておるのは柴田と言います。
○鍛冶委員長 共産党員ですか。
○宇佐見證人 共産党員であります。
○鍛冶委員長 それから七月一日にあなたに対してこういうものを地区警察署長に抗議文として出したということですが、これはお聞きになつておりませんか。
○宇佐見證人 これは承知いたしております。それから今の市署の方に來た場合にも、内容は違いますがやはり抗議文が出ております。
○鍛冶委員長 大体どういうものですか。
○宇佐見證人 私の方に來ておるのは抗議文としまして、平の労働者は炭鉱を守るために、國鉄の首切り反対のために、すべての産業を守るためにみんな眞劍になつて闘つておる。この組合に対し干渉することは極東委員会十六原則に明らかに違反するものである。今や首切りと失業者はすべての社会惡を製造しておることは事実である。われわれはもし警察力を動員しこの干渉を行うならば、すべての労働者農民の実力行使によつて断固抗議する。官憲の彈圧反対。一九四九年六月三十日、郡山地区労働組合会議、國鉄労働組合福島支部印として郡山地区市両署長あてに出ております。
○鍛冶委員長 わかりました。それから七月三日にまた商工会館で、國鉄労働組合その他大勢の者が参集して、何か日本民主青年同盟郡山地区結成準備大会というものを開いたそうですが、それは御承知ですか。
○宇佐見證人 開いたことは承知しておりますが、内容は開いておりません。
○鍛冶委員長 それからあなたの方で、何か進駐軍の憲兵隊長からの命令を受けて行動せられたというようなことはありますか。
○宇佐見證人 それは二回も無届無許可デモをやつておりますから、それを私の方としてはさせたくないというような意味で注意したことはあります。
○鍛冶委員長 いやそれはデモをして歩く者に注意したのでしよう。
○宇佐見證人 デモを二回やりましたから、今後やることになれば必ず衝突が起きるというふうに考えましたので、無届あるいは無許可デモはやらないようにというふうに警告したことはあります。
○鍛冶委員長 いや私の言うのは進駐軍の憲兵隊長から、それらに関して何か指揮なり命令を受けられたことかあるかというのです。
○宇佐見證人 それは好意的に向うから話があつたことはあります。
○鍛冶委員長 あなたの方へですか、それとも憲兵隊副隊長からデモの代表者へ直接やられたのですか、またあなたのところを通じてやられたのですか。
○宇佐見證人 私を通じてやつたこともありますし、それから來てもらつて一緒にやつたこともあります。
○鍛冶委員長 どういうような者を集めましたか。
○宇佐見證人 共産党員の代表、それから國鉄の代表、それから電産の代表、あるいは朝連の代表というような方に……。
○鍛冶委員長 何名ぐらいずつですか。二、三名ずつですか、一名ずつですか。
○宇佐見證人 共産党の代表が二名。
○鍛冶委員長 何という人ですか。
○宇佐見證人 石井良一というのと、桑原某、それから國鉄労組郡山分会の代表、委員長の田中國光、それから郡山地区同代表の副議長の石山輝夫、それから全逓労組郡山市代表の副支部長の菊地某、それから朝鮮連盟の郡山の委員長松本啓八、これらに対して……。
○鍛冶委員長 電産はなかつたのですか、さつきあなたは言われたが……。
○宇佐見證人 電産もあつたわけでありますが、名前をちよつと忘れました。
○鍛冶委員長 わかりました。そこでこのように続けて、あなたの方は少くとも二十七日から七月五日まであつたことがわかるのですが、これらの運動並びに平その他若松、福島等にも同時に起つたようですが、これらはすべて一連の関係があるものとお認めになりましたか。それとも別々のものと思いましたか。
○宇佐見證人 すでに両署長に抗議文を持つて來るのができておるような状況から見て、一連の関係があつたと思われます。
○鍛冶委員長 そしてそれらの運動をやつたものの中心人物はどういう團体に属しており、また党派的にはどういうものですか。
○宇佐見證人 まあ郡山としましては大体共産党員の代表者が中心で行われているように見られます。
○鍛冶委員長 國電とか、朝連とか、全逓とかいう組合の代表者も、たいてい共産党の党籍を持つておるものですか。
○宇佐見證人 大体党籍を持つているように承知いたしております。
○鍛冶委員長 わかりました。
○高木(松)委員 郡山の騒擾事件は六月二十七日から七月五日ごろまで連続的にあつたわけですね。
○宇佐見證人 大体一日の夜おそくから二日の午前二時ごろまで続けてデモがあつて、それから三日もデモ行進をやるということで、駅前の廣場で大会の決議をしたわけであります。しかし先に申し上げましたようにこのデモが行われることになれば、必ず問題が惹起するというふうに考えましたので、できるだけこれを取止めさせたいということで警告をしました結果、二日は遂にデモの決議を取消してやらなかつたのであります。一日、二日、三日、四日、その間は一触即発と申しますか、非常に騒々しい日であつたのであります。
○高木(松)委員 そこで無遠慮なお尋ねになるかもしれぬが、私どもの感じとして、共産党の者が中心になつてさようなことをやつて、約一週間、八日もやつておられたので、今なおあなた自身が何かの恐怖的なものにおそわれているように感ずるが、その点はどうですか。
○宇佐見證人 一時は警察力の点から言つて、非常に自分自身としても心配いたしました。しかし今日においてはそういうような感じは持つておりません。
○高木(松)委員 それならいま一歩進んで失礼かも知らぬが、本日の証言によつて、また國に帰つて問題が起きやしないかというような危惧の念にかられて、お話になつておるというような向きはありませんか。
○宇佐見證人 そういうことはありません。
○高木(松)委員 それではあらためて聞きますが、三十日の晩ですが、あなたのところに代表者として八名が行つたと言つておりますね。この八名はだれとだれですか。
○宇佐見證人 その八名は共産党郡山地区委員長佐久間勇、國鉄労組福島支部書記長、高橋秀雄、國鉄労組福島支部執行委員長渡邊郁造、國鉄労組郡山分会書記長影山常正、同じく大橋耕造、ほか三名と記憶しております。
○高木(松)委員 ほか三名はわかりませんか。
○宇佐見證人 先に申し上げた方に聞けば……。
○高木(松)委員 あなたの記憶でわかりませんか。
○宇佐見證人 わかりません。
○高木(松)委員 佐久間が共産党であることは間違いないが、高橋、渡邊、影山、大橋は共産党でありませんか。
○宇佐見證人 大体党員でないかというふうに考えております。
○高木(松)委員 そこであなたに特にお尋ねしたいのは、このデモ隊五、六百名が來て、代表者を出して、あなたと折衝しなかつたとすれば、平に出した應援隊は引返すことはなかつたでしようね。
○宇佐見證人 そういうわけであります。
○高木(松)委員 そうすると平に應援を出したものの引返しというものは、とりもなおさずこのデモ隊及びこの八名の代表者の交渉の結果そうなつたので、これらの圧力によつてあなたは引きもどすことになつたのではありませんか。
○宇佐見證人 事案の関係から、帰つてもらうことが必要と考えてそのようにとりはからつたわけであります。
○高木(松)委員 それはどういうことです。必要あつて平まで行つたものを、もしこのデモ隊が來てあなた方に命令というか強要しなかつたら平からもどさないものを、これらの強要にあつてもどした結果になつているのじやありませんか。
○宇佐見證人 そういうわけであります。
○高木(松)委員 それなら結局このデモ隊と八名の代表者が、あなたに指令を出したことになりますか。命令を出したことになりますか。
○宇佐見證人 引きもどさなければ結局事態が容易でないというふうに考えましたので……。
○高木(松)委員 そこで私は聞きたいのは、引きもどすということにあなた方が考えを持つに至つたに対しては、暴力なり圧力なりがあつたからなつたのであるし、なお引きもどさないとすればそれ以上の大混乱が起きるから、結局これらの暴徒の命に應じてあなたは引きもどした、こういうことになるのじやありませんか。
○宇佐見證人 そういうふうにもなりますが、事故を起したくないという観点から引きもどしたわけであります。
○高木(松)委員 そこであなたは大胆率直に述べてもらいたいのだが、われわれとして受けとれないことは、そこでもし平から行つたものを引きもどさないとした場合には、相当の問題を引起すというような氣勢、圧力を示しておつたかどうか、この点、どうですか。
○宇佐見證人 もちろん署前に二百名くらいの大衆がいて、そして平の應援を引きもどせというようなわけでありましたから、その間の話合いがまずく行けば、あるいはもつと混乱事態が続き、あるいは起つたのじやないかというふうに考えます。
○高木(松)委員 それからなおこのデモ隊を解散せしむるために、あなたが出て行つてその布告をしたというが、そういうことは一体この八名及びデモ除に圧力を加えられて行動したのじやありませんか。あなたは職権としてさようなことをすべきでないと思います。
○宇佐見證人 そういうわけであります。
○高木(松)委員 どのような圧力を受けたのですか。
○宇佐見證人 早く署の前におるデモを解散さしたいという念からそういう処置をとつたわけであります。
○高木(松)委員 それもあるでしようけれども、それはあなたの自由意思でなく、圧力を與えられたからやつたことじやありませんか。
○宇佐見證人 そういう圧力はもちろんあつたのであります。
○高木(松)委員 それから先ほどあなたのお話の中に暴力を用いないと言つておつたが、多数の人間が威圧的にやつて來て、押合いをやつて、ガラスを二枚もこわすようなことを、あなたは暴力とお考えになりませんか。
○宇佐見證人 もちろん暴力であります。
○高木(松)委員 先ほど委員長に対して暴力というようなことではないというような意味のことを述べられていたが、これは間違いなく暴力ですね。
○宇佐見證人 その通りであります。
○高木(松)委員 それから一般市民は共産党を中心とするこの暴徒のために、どういう不安な状態に陥つておつたのですが。
○宇佐見證人 それは警察がもつと強くなつてもらいたいということと、それから全市にわたつて毎晩のごとくに態勢があのようにやられては、われわれは心配でならない。こういう不安の念にかられたことは事実であります。それで私の方としましても、この不安を一日も早く解いてやりたいというので、三日に警備態勢も整いましたので、それで新聞の方には治安上心配ないという新聞を書いてもらい、また市内の警備態勢は整つたから市民は安心してもらいたい。こういうふうに枢要の箇所々々に郡山警察署の名前ではり紙をいたしました。そして市民の不安の一掃に努めたわけであります。
○高木(松)委員 そういう一つの方法は私も了解するが、一体不安を除去したというような実質的の警備力の充実というものをはかつてあるのですか。
○宇佐見證人 その際は一應の警備態勢はできたわけです。
○高木(松)委員 いや、少くとも一週間八日にわたつているときに、警備態勢は整つているはずだと思うが、それでも一般市民は不安である。今日のあなたの方で警備態勢を整えても、なお不安であることにかわりはなかろうかと思うが、その点はどうですか。
○宇佐見證人 まだ一部のものにはそういつたような心配があると思います。
○高木(松)委員 深刻な不安の根ざしというものがあるのではありませんか。共産党の行動に対しての巷間のうわさとか何とかいう方面から……。
○宇佐見證人 一日、二日の事実については、市民は相当不安を感じているわけであります。
○高木(松)委員 先ほど大体委員長の問に答えたようだが、共産党の指導による一つの計画的の暴動であるというように思われるとあなたの感じを述べておるが、一般市民もさような感じを持つておるでしようか。
○宇佐見證人 中にはそういうような感じを持つておる者もあると思います。
○高木(松)委員 そういう感じを深刻にせしむるような具体的な事実はあつたのですか。この騒擾事件以外に、あなたの話した内容以外に……。
○宇佐見證人 市長のところにデモで押しかけた。あるいは議長のところにデモで押しかけた。あるいは自動車を貸したところに行つて抗議を申し込むというような事態が何日か続いたと思うのです。
○高木(松)委員 ところが今度の一切の暴力、暴動行為に対して、何か一つの集約された指導性がその中にあるように感じられませんか。たとえば権力闘爭とかいうような集約された指導性を與えているというようなふうに感じられた点はございませんか。市長をねらい、議長をねらい、警察をことごとくにねらうというようなことは、権力闘爭をある所で指令してやつているというしふうな感じは起りませんか。
○宇佐見證人 日ごろそうしたような権力闘爭ということが掲げてありますし、実際にまたそういうふうに権力に向つての闘爭が展開されたというふうに自分は考えております。
○高木(松)委員 そこで最後にお聞きしたいのは、日ごろ権力闘爭を掲げているのは共産党の諸君ですか。
○宇佐見證人 中心はそのように考えております。
○高木(松)委員 それですから、その結果として権力闘爭が今度の問題として現われたと断ずることができる、こう了承してよろしゆうございますね。
○宇佐見證人 そう推測いたします。
○菅家委員 大体高木委員よりの質問で終つておるのでありますが、二十六日から約十日間にわたつての郡山市内における騒擾というものは、証人が先ほど述べていること以上になつておるということは、私が目撃しておつてよくわかつておるのです。そこでそのうちに一つ述べておるのをお聞きするのであるが、あなたの方でトラツクの自家用車の組合に交渉して、平に應援に行くというので、十箇所ばかりトラツクを借りる交渉をされて、トラツクを借りた。そこへ共産党の連中が日東紡績へ行つたことは、先ほどあなたがお述べになつたように、夜中に日東紡績を襲つて、門を破つて中に約四、五百名の者が入つて、どうして警察に自動車を貸したと押しかけた。それから市長の所に行き、議長の所へ行き、地区警察署に押し寄せたということは事実だ。日東紡績を夜中に襲つたばかりではない。遠藤組であるとか、渡邊組合長とか、木炭配給所などのトラツクを貸した家へ共産党員が徒党を組んで十人なり十五人が押し寄せて、十月になるとおれらの人民政府ができるのだ、きさまらがこんな警察へ自動車を貸しているのは何か惡いことをしているから、警察なんかへ自動車を貸したのだろう、覚えているというので脅迫をして、みんな夜十時前後襲つておる。そういう事実は証人は承知しておりますか。お聞になつたか報告か何かありませんか。あなたの方へ訴え出た者はあるはずである。自動車を貸した者が、われわれは何のために使う自動車であるかわからないけれども、組合から言つて來たので自動車を出したところが、それは警察が使うというので、相当なわれわれは脅迫を受けておる。こういうことでは不安で困るというので訴えておる。そういう事実はありませんでしたか。
○宇佐見證人 大体自動車を借りましたのは、市の方でなくて地区の方の計画で借りたと思う。地区の方に、警察に貸した自動車のことで、どういうふうに話をしたらよかろうというので、貸した方から地区署の方に問い合せて來た。そこで行つた場合にはありのままに話していいから、こういうふうに借りたところに話しておいたということを聞いておりました。そういうようなわけで、おそらく自動車を貸してもらつたところに、人数はどのくらいかわかりませんが、それぞれ抗議に行つている、こういうふうに思います。
○菅家委員 あなたは抗議程度とお認めになりますが、夜中に人の家の門をたたいて、工場であれば工場が閉まつておる十二時過ぎに、門を破つて押しかけた。人の家の寝静まつたところに行つて、門をたたいて開けさして、自動車を貸したか、と言うことは、抗議程度とお考えになりますか。
○宇佐見證人 その抗議は普通の抗議ではなくて、相当威圧の加わつた抗議であるというふうに解されます。
○菅家委員 もうほとんど脅迫的なことを言つておる。大体四、五百名の者が行つたということはすでに暴徒である。だれの許しも得ないで人の家の門を破り、工場の門を破つて入るのは、暴徒である。暴徒でなければ何であるか。しかも個人の家を五人ないし十人くらいの者が夜門をたたいて起しておる。これは抗議以上のものである。もう一つ、その辺に共産党の委員がおられるが、そんなものをこわがらないで事実を述べなければ眞相はつかめないのであるが、あなたは先ほど高木委員からの質問に、代表者が行つたときに、あなたの部屋で八人から囲まれて、返さなければ事態が容易ならぬことになる。表にわれわれの味方がたくさんおるから、一刻も早く平に行つた警察官を返せという電話をかけろと言われておるではありませんか。
○宇佐見證人 その事実はあります。
○菅家委員 そしてあなたはそのときに、警察力も少い。もし平に應援にやつた警察官を返さないと、今のように群集が押し寄せるということを恐れて、すぐ郡山から行つておる應援隊を返してくれという電話をかけたのは、あなたでありますか、だれでありますか。
○宇佐見證人 それは先ほど申し上げた八人の前で、警備主任がかけたのであります。
○菅家委員 そうすると、あなたはりつぱに脅迫を受けておるではありませんか。一旦出した警察官を途中から返すということはできないことである。脅迫によつて途中からもどれという電話をかけたことは、はつきりしておるのであります。それでわかりました。それから市事内の一般情勢は証人御承知の通りであつて、十日間にわたつて郡山は無警察の状態であつた。晝夜各所において聞くに堪えざるところの演説をいたし、夜は赤旗を打立てて喧騒をきわめ、市内を幾度となくまわつてどうなることかと思つた。そこで警察は頼りにするに足らぬ。人の家の窓、塀、電柱などあらゆるところに張つた張り紙をごらんになればわかるはずです。そこで郡山市民は、警察があつても警察だけでは頼りにならぬ。工場は襲われ、個人の家は襲われるという状況であつたので、民事部に郡山市民から投書がたくさん行つたことは御承知でありましよう。警察だけでは郡山市民は不安である。そこで民事部の方へ何とかしてくれということを盛んに言つたので、憲兵副隊長が郡山だけに來たのではありませんか。若松にも行つておりません。福島はおひざ元でも憲兵は出ておりません。ひとり郡山だけに憲兵副隊長があれだけ率いて來られたのは何のためと思いますか。
○宇佐見證人 ただいまのお話のように、一時はそういうような状況で、署長としましても市民に対して申訳なかつたのであります。また今おつしやるように、民事部の方にもそれぞれ郡山の事案について御心配願いたい、こういう要請も行つておることは事実であります。
○菅家委員 そこであなたは脅迫によつて、應援のために送つた警察官を途中から引返さしたので、それに勢いを得た彼らは、これから連続的にほとんど無届けのデモをやつておる。そこで市民は不安の念にかられたので、憲兵隊に交渉に行つている。そこであなたのところへ憲兵副隊長が來て何と言われたか。これでは郡山市民の不安に思うのはあたりまえではないか、それで呼べと言つて九人の者を呼んでおります。しかも九人の者は共産党員である。共産党以外の者は一人として呼ばれておりません。佐久間勇、國鉄の田中國光、中島重夫、桑原某、朝連の松本委員長、小林労組の永沼卯吉、全逓の佐藤、それからさつきあなたが読み上げた者、石井、田中、菊地、これは全部共産党員です。共産党以外の者はないではありませんか。隊長はあなたの前で何と言つているか。社会秩序を乱すようなことをやつてはいけないということが第一項にあるではありませんか。デモはいけないという單なる話ではなかつた。誓約書をとられている。第二項には社会秩序を乱すようなことをやるならばただちに取締るということを掲げているではありませんか。郡山の事態は社会秩序を乱した状態である。秩序のないところにどうして安寧がありますか。安寧のないところに自由も民主主義もないではありませんか。憲兵副隊長はあなたの前で強く強調して、彼らは平ぐものようにあやまつて、絶対にやりませんと言つて、初めてデモもやめて、一まず郡山の事態が落ついたのは憲兵副隊長が來てからではありませんか。警察力が足りない。しかも署長みずからが脅迫を受けたということを聞いて市民が奮起して、それでどこにも行つていないのに憲兵副隊長が來たというのはまことに重い事件があるので、証人はこれをよくお考えになつていただきたいと思うのであります。しかも郡山だけは全部録音もとつてある。憲兵副隊長がピストルを持つた者を何人か連れて來て、もしやるならというので、それであなたは元氣づいて何か命令を出しているのではありませんか。こういうことの眞相をあなたに述べていただかないと郡山事件の全貌がわかつて來ないのであります。 それからもう一つお尋ねいたします。四、五百名が地区署に坐り込みをやつて惡口雜言ほとんど聞くにたえないことを鈴木署長に向つて言つている。鈴木署長は口を緘してがまんしていたが、ピストルを持つた者に脅迫されている。一向おだやかにならないので、鈴木署長はピストルを持つたものを二人中に入れております。各社がマグネシユームをたいた。ところが佐久間という共産党の地区委員長が、今たいたのはどこの新聞社だ、覚えておれ、とこうはつきり叫んでいることは、そこにおつた者全部が認めておる。これはお聞きになりませんか。
○宇佐見證人 それもあとで地区の署長から聞いております。なお申し上げますが、先ほど詳細申し上げることを何しましたが、今関係代議士のおつしやるように、そうした内容があつたことは事実であります。今の新聞の問題でありますが、これも地区の署長に対して、掲載禁示をさせろと誓約を迫つたということも事実であります。
○菅家委員 新聞にきようの光景を書いてはならぬという誓約をしろということを申込んでおりますが、その晩福島民報の支社の前でおどかしておりますね。支社長の三田君が出て行こうと思つたが、家族に押えられて出なかつたという事実も御承知でありますね。各証人皆述べております。
○鍛冶委員長 それともう一つ、地区署長が言明させられたとき、拳銃を持つた巡査が入ると、あとで石を持つて言うか言わぬかとやつておつたということでありますが、それはどうです。
○宇佐見證人 それは聞いておりません。
○鍛冶委員長 あなたの方は。
○宇佐見證人 私の方はそういうことはなかつたです。
○菅家委員 証人はそのときから、もはや事態も迫つて來たので共産党から、人民政府ができるとお前らは首だとか、いろいろな投書なんかあなたの自宅の方に行つているはずですし、警察署にも行つているはずだ。そういうことで多少証人はおじけずいておられるような感じですが、しかしながらこれではつきりいたしました。
○鍛冶委員長 あなたに脅迫状が來たり、人民政府ができたらお前らそのままにしておかぬということを言われたことがありますか。
○宇佐見證人 私自身にはありませんが、部下の方に、九月になれば人民政府ができるということを話している事実はあります。
○鍛冶委員長 あなたに脅迫状が來たことは……。
○宇佐見證人 それはありませんでした……。
○鍛冶委員長 署員に行つたことはありますか。
○宇佐見證人 まだ聞いておりませんですが、あるいは……。
○菅家委員 これで大体がはつきりいたしました。
○大橋委員 あなたが平に署員を派遣されるとき、どこの要請で派遣されたのですか。
○宇佐見證人 それは警察隊長の連絡によつて……。
○大橋委員 そのときに公安委員の承諾を得て……。
○宇佐見證人 公安委員は前に承諾を得てあります。
○大橋委員 そうですか。そして今度それを引返させるときに公安委員の承諾を得られましたか。
○宇佐見證人 それは時間的に非常に追つていますので、事後において申し上げております。
○大橋委員 いつごろお話になりましたか。
○宇佐見證人 大体この事態の起きる前に公安委員会を開きまして……。
○鍛冶委員長 それは何日ごろですか。
○宇佐見證人 二十八日ですか。その前にもこういうような社会情勢で、いつどういうような事態が起きるとも限らない、そういつたような場合に、当市署としての派遣の要請、あるいは他に應援というようなこと、そういうようなことが当然起つて來ると思いますが、そういう場合には地区の署長と緊密な連絡をとつて、遺憾のない処置をいたすつもりでありますから、あらかじめそういうようなことについては、公安委員会として承認しておいていただきたいというふうに申し上げておきましたし、その後その都度治安状況は報告しております。
○大橋委員 そうすると今の應援隊の引揚げにつきましては、地区署の署長とは連絡をとられたのですね。
○宇佐見證人 とつております。地区署長ももちろんでありますが、縣の警備部長の方とも連絡をとつております。
○大橋委員 引揚げの電話をかける前に連絡をとつたのですか。
○宇佐見證人 電話をかけてから……。縣の方からかけてもらつたわけです。
○鍛冶委員長 警備部長は縣の方へもどしてもらいたいという電話をかけたのですか。
○宇佐見證人 そうであります。私の方がそういうわけで引揚げなければならぬということになりましたので、縣に話しました。縣の方で、ではそこから引きもどせという話がありましたが、途中で連絡がとれないで平まで行つてしまつた。
○鍛冶委員長 それは間違いありませんか。
○宇佐見證人 間違いありません。
○大橋委員 あなたの方は警備主任がかけられたのですか。
○宇佐見證人 はい。
○大橋委員 縣の方から出先の方へさしずをされた……。
○宇佐見證人 縣の方からも、署の方からもかけたと思うのです。
○大橋委員 署の方からかけたのと、あなたの方から縣へかけたのはどつちが先ですか。一番先に縣へかけたのですか。
○宇佐見證人 はい。
○大橋委員 あなたの先ほどの話では、結局それは脅迫の結果そういう処置をとらなければならなかつたとおつしやいましたね。その点確かめておきたいのですが、あなたはそのときに、もしその電話をかけなければ、自分自身について危險があるということを感じられましたか。
○宇佐見證人 そうすることが、その場合の措置として最も適切である、こういうふうに考えたので……。
○大橋委員 実際問題として、あなた自身そうしないと暴徒がいるので危險だ、そういうふうに思われましたか。
○宇佐見證人 そう思いました。
○大橋委員 結局あなたは暴徒の威力によつてやむを得ずそういう措置をとられたわけですね。そうすると明らかにあなたは暴徒の威力によつて、公務の執行を妨害されているのじやないですか。つまり公務執行妨害罪がここには成立しているわけだ。それに対して、被害者たるあなたはどういう処置を今までにとつておられますか。
○宇佐見證人 そうしたような険惡な事態の場合に起きた事態で、その場合、それを法律的に処理しようというふうには考えていなかつたわけであります。
○大橋委員 あなたは公務員でありますから、職務に関して犯罪があつたということを承知されれば、当然告発しなければならぬ義務があると思うのですが、その点はいかがでしようか。
○宇佐見證人 そういうようなことも考えられるわけでありますが、そこまで行くことはどうかと考えて、そのまま黙つていたわけであります。
○大橋委員 そうすると、微罪であるから檢挙する必要はない、こう思つておられるわけですか。
○宇佐見證人 そういうしふうに考えているわけであります。
○大橋委員 しかしそういうものがはたして微罪でしようか。あなたのところから相当多数の警察官を平市に必要があつて派遣している。そこに暴徒がやつて來て、脅迫によつてあなたの職務の執行を妨害している。これを微罪であると考えていると、ほかの人ならばともかくも、司法警察官としてのあなたの常識を私は疑わざるを得ないと思う。目下のところ、忙しくてそこまで手がまわらないのですか。
○宇佐見證人 その当時の状況として、それを取上げるかどうかということについていろいろ考えて、結局そのままにしておいた方がいいと考えたために今日まで……。
○大橋委員 そうすると、あなたは脅迫されているために、これ以上つつついて、また怒らしてもまずい、いろいろ考えると、まあこの辺で目をつぶつて默つていればその方が無難だ、こういうふうにお考えになつておられるわけですか。
○宇佐見證人 そのときの四囲の情勢から見て、それをそのままにしておく方がいいというふうに考えたために……。
○大橋委員 そうすると、そのときの周囲の情勢から見て、この重大な犯罪を檢挙しない方が適当だと考えられたわけですか。
○宇佐見證人 まあそういうふうな結論になるわけであります。
○大橋委員 そうですが。私はこれは実に容易ならぬ事件だと思うのです。少くとも治安の乱れておる際に、要求によつて出したところの警察官を、了解を得ずに一方的にこれを引つ返させるということが、將來この種の治安の問題のときに、どうしてこれを鎭圧することができるか。これは治安上非常に重大な問題であり、またこの際に行われました公務執行妨害の罪たるや、これはきわめて重大なる犯罪であると言わなければならぬと私は思う。この点については、あなたもお帰りになりましたら、よくひとつ檢事局の指揮を受けられることを私は切に希望しますし、また委員長におかれましても、この問題につきましては、とくと当委員会においても適当なる措置をとられるようにお願いします。 それからもう一つ、今のところ郡山市内におきましては、共産党に対する市民の恐怖心というものは相当なものですね。どうでしよう。
○宇佐見證人 一時はそういつたような傾向があつたわけです。
○大橋委員 一時は非常に恐れておつたのですか。そうすると共産党というものは、ほとんど暴徒だというような感想を市民は抱いておりますか。
○宇佐見證人 共産党員というよりも、今のそうしたような行動を、市民が非常に不安であり、また困つた事態であるというふうに考えておつたわけであります。
○大橋委員 その恐怖は、今も多少市民の間に残つておらないのですか。共産党に対して批判すべきものを批判し、あるいは共産党の非違を摘発することは、市民が共産党を恐れておるために、なかなか思い切つてやれないというような事情は、郡山市内の市民一般の間に見受けられませんか。
○宇佐見證人 とにかくあの事態以來、一部の者の行動に対しては、いまだにそうしたような心配を持つておる者は相当あると思います。
○神山委員 七月三日の日に、MPが数名の者を呼び寄せて、あなた方の立会のところで警察に集まつた人たちに対して二、三の條件を出したということをさつきから菅家君も盛んに言つておりますが、それは事実でしようか。そこでお尋ねしたいのは、そこに集まつた人々の名前、それは一部の者ですが、先ほどあなたがお述べになつた中には、共産党の地区委員長である佐久間君の名前は出ていなかつたのですが、あなたの記憶では佐久間君はいたのでしようか、いなかつたのでしようか。
○宇佐見證人 そのときは不在でいなかつたのです。
○神山委員 それからもう一つお尋ねしたいのは、そのときに全逓の代表で行つていた人は菊地君ですか。佐藤君ですか。
○宇佐見證人 あれは電産の代表が菊地という方ではなかつたかと思うのですが……。
○神山委員 全逓はだれですか。
○鍛冶委員長 全逓が佐藤で電産が菊地なのだろう、それはどうですか、わかりませんか。
○宇佐見證人 ちよつとわかりません。
○神山委員 わからなければいいです。菅家君が先ほどここに集まつた人の中に佐久間勇君を上げておりますが、きよう証人として佐久間君が來ておりますので、あとで調べれば事実がわかりますが、署長のお話では石井良一君が桑原君のために党の代表で出ておる。これは署長の証言で明らかであります。菅家君の提出したと思われる資料に基いてできた本考査委員会の資料もこの点間違つておる。佐久間君も出ておることになつている。こういうふうな一見小さなことではありますが、たとえば平の事件の場合につきましても、本委員会でつくつた調査資料がやはり間違つておる。今一々こまかな例を上げることは避けますが、たとえば鈴木磐夫君が前に矢郷炭鉱の委員長であつたと言つておりますが、これはそうでなくて壽炭鉱の委員長であつたということが証人の証言によつて立証されております。私は一、二の例を上げたのでありますが、人間さえも違つておるから、いわんや事実の点になれば非常に間違つておる。これは考査委員会の調査員の行かれた足取りをわれわれが調べたところでも明らかであります。この調査が非常に一方的な調査になつておることにつきましては、後に私は問題にいたしますが、菅家君は昨日私の問題について、資料の問題で不届なことを言つておるので一言言つてみたいのであります。菅家君は植村市会議員から一方的な——証人おかけください。
○鍛冶委員長 神山君、証人に聞かなくてもいいのですか。そういうことは済んでからにしたら……。
○神山委員 私の名前が出ておるからこれについて身上弁明をするのだ。
○鍛冶委員長 それはまた後にしたらどうですか。
○神山委員 もし委員長があとでよいと言うならばあとでもいいのだが、問題は資料の信憑性に関連するから言うのだ——それでは委員長の注意がありますから、身上弁明その他のことについては後にして、菅家君の資料はおよそ当てにならぬということをここに言つておけばそれでよいのであります。 そこで警察力が弱いということが盛んに問題になつておりますが、明らかに三十日以後——菅家君はこれを二十七日以後と言いたいのでありますが、三十日以後警察力が弱いというふうなことを言われるのは、一應理由があるかもしれませんが、それ以前にあなたの警察署で警察力が足りないということを歎かれたことはありませんか。つまりここの警察力が弱いということが問題になつたことはないですか。
○宇佐見證人 はなはだ申訳ないのでありますが、警察力の……。
○神山委員 今私があなたにお尋ねしておるのは警察力が弱いという歎きは、今度のことに関連して初めて起つたのか、それとも前からこういうことは郡山市署にとつては悩みの種ではなかつたのか、それをお尋ねしているのです。
○宇佐見證人 全体的に警察力が弱いということは、私たちも考えております。
○神山委員 ことに郡山で行われた主食の取締りその他が非常に不法であるということは、一般にも認められている点であります。あなた方は命令によつて行われたに違いないのでありますが、このために郡山市署管内の取締り、ことに強窃盗事件に対する緊急の手配その他の点で手落ちがあつたということはありませんか。
○宇佐見證人 大体郡山市内のいろいろな事件については、今日まで適切な処置をとつて來たというふうに考えております。
○神山委員 それではあなたがそうおつしやるからお尋ねするのですが、今年の二月ごろにあつた雜貨商の玉木さんという夫婦が殺されたという事件についての場合などは、あなたは万全の対策をとつたとお考えになりますか。
○宇佐見證人 それは未檢挙になつておりますが、その後も引続いて、現に被疑者の逮捕に向いつつあります。
○神山委員 その後は特別にこれということはなかつたというふうにおつしやるわけですか。
○宇佐見證人 檢挙に至らない点から申し上げますと、はなはだ申訳ないというふうには考えております。
○神山委員 私が今そういうふうなお尋ねをしましたのは、日ごろからそういうふうなうらみがある。その上に警察署の動きそのものについても、一、二の場合かもしれませんが、市民の側から批判を受けたことがあつたということも私たち聞いているので申し上げているわけです。たとえば、これはあなたも御承知のことでありますが、今年の総選挙の直後において、染本ホテルですか、そこであなた方が一ぱいおやりになつたことなんか、市民にあまり明朗な印象を與えていないということがあつたのでお尋ねしているわけですが、しかしきようはそういうことをお聞きするのが中心でないので、その点はお答えがなくてもいいのですが、三十日の事件の起る直接の原因、あるいはきつかけになつたものを、あなたは何だとお考えになりますか。
○宇佐見證人 それは結局平に應援にやつたということが近因、だと思います。
○神山委員 そのもう一つ手前に問題がありませんでしたか。
○宇佐見證人 その前には、きつかけと言いますか、そういうような問題はなかつたと自分は考えております。
○神山委員 二十七日、二十八日に労働組合及び共産党その他の代表者が市議会に押しかけたことがあるのは事実でありますが、この場合はあなたの今の御証言によれば大した問題ではない。私が今あなたにお尋ねしたかつたのは、三十日に福島に郡山の労働組合及び共産党の代表者が行つた。その場合に市長さんは、労働組合側に言わせれば逃げてしまつた。そのあとで三々五々帰つて來る郡山の労働者の中に被逮捕者が出た。このことをお聞きになつておりませんか。
○宇佐見證人 三十日の福島のデモの際に、解散を命じられても應じなかつたというので、結局大橋耕造が檢束を受けたということは聞いております。
○神山委員 それで問題は、あなたは福島における事情をどういうふうに御承知か知りませんが、労働者側に言わせれば、三々五々帰つて來る者をむりにとつつかまえたというふうに言つておるのでありますが、この檢挙がきつかけとなつて、みんなが警察に対して抗議を申し込んだんじやないか。この点は事実としてどうですか。
○宇佐見證人 三十日に市署に押しかけて來た場合に、大橋耕造が福島でなぐられて來たというようなことをたいへんに憤慨して警部補にその話をしたということは聞いております。
○神山委員 その三十日に、トラツクや。ダツトサンで白河や須賀川や三春等から援助に警察官が集中して來たというようなことはなかつたのですか。
○宇佐見證人 先ほど申し上げたように、あの場合には郡山地区の方に全部集つたわけであります。
○神山委員 そうしますと、労働者の方にすれば、そういうふうに地区に集つていることを、あなたの方にしりを持つて行つたのかもしれませんが、平の事件が起つたということを知る以前に、すでに大橋君の檢挙その他のことに関連して、労働者諸君が中心になつた相当の数の者が市署や地区署に押しかけて行つたということは事実でしよう。
○宇佐見證人 福島に起つたことを郡山に持つて來たというしふうに解されるかどうかわかりませんが、私は福島の近因は、警察官を平に出動さしたということをきつかけとして起つたのじやないかというふうに考えておるわけであります。
○神山委員 あなたの方のお考えになるのはそうでしようし、それから労働者諸君もあなた方のところに行つてみて、平の問題が起つて警察官諸君が行くという動員態勢にあるのを警察官から聞いたというふうに言つております。その点はどうでも今はいいことにしておきますが、先ほどのあなたの陳述を聞いておりますと、初め述べられた場合には暴力だ、脅迫だということはあまりお述べにならなかつたのでありますが、高木委員や菅家委員の執拗な誘導尋問に連れて、だんだん脅迫や暴力があつたというふうにおつしやつておりますが、事実の内容を見れば、むしろその場合に話合つたことの中心は、もちろん平のこともありましたでしようが、今後労働運動に干渉するかしないかということが大きな問題になつている。これは当然二十七日、二十八日から労働者諸君にとつては自分たちの生命に関する大きな問題になつている。その問題について福島に行つたところが、福島で自分たちの代表者がつかまつたということで、あなた方のところに押しかけて來たのが問題の中心ではなかつたか。これはいかがでしようか。
○宇佐見證人 そういうようなことも含んで來たかどうかわかりませんが、先ほど申し上げたような状況であります。それから今の暴力の問題でありますが、二人の警察官が背中なり何なり押されたために、一人の警察官は二日休んだ。それは直接になぐつたりけつたりというものではない、その意味を話したのであつて、大体警察へ入れというので実力によつて警察の中に侵入して來たのでありますから、これは暴力そのものには間違いないのであります。誘導でも何でもないのであります。
○神山委員 ただあなたは初め暴力云々ということをおつしやらなかつた、実力で入つて來たとありのままにおつしやつていたのを、後には暴力というふうに言われる。この言葉の與える印象は読む人、聞く人、ここで実情を見ていない人にとつては重大な問題です。從つて私は眞相がありのままに傳えられることが必要だと思うのでお尋ねしたのですが、二日休むような怪我をした人も、決して直接の暴力ではない。そうして中に押し込んで來たのは、今では暴力とおつしやつておりますが、あなたが先ほどおつしやつたように、実際上入つて來たというだけで、それ以上のことを意味していない。この点をはつきりさせなければならぬ。
○宇佐見證人 入つた状況は警察官が十人ばかり表の玄関にいた。それを力によつて押し込められて、四、五十人もが入つて來た、こういうわけでありますから、私の表現の方法が惡ければ先ほどのは取消しておきますが、そういう次第なのであります。
○神山委員 それで署長にお尋ねするのですが、労働者諸君が中心になつてこういうことを起した、これがいいか惡いかという問題は一應おくとしまして、その根拠、どういうわけでこういうことが起つたかということについて、あなたが何かお考えになつたことがありませんか。
○宇佐見證人 どういうようなことからそういうような問題が起きたかということは、いろいろあると思いますが、申し上げない方がかえつて……。
○神山委員 昨日市会議長が來て証言されていることなので、特にあなたが今いろいろな点を考慮されて、言うことを避けたいとおつしやるならば、あえて追究しませんが、郡山の人口の主要な部分が工業、これは中小企業が特に多いのですが、これによつて支えられているということはお認めになりましようか。
○宇佐見證人 その通りであります。
○神山委員 郡山市において、特に木材工業その他が最近非常な危機に陥つているということはお認めになりましようか。
○宇佐見證人 そういうような、不況の状態も承知しております。
○神山委員 この不況の状態が直接労働者の生活に影響を與えて、もちろん首切りは起りますが、その前に賃金の遅配や欠配があつて、非常に労働者諸君が困つたということはありませんか。
○宇佐見證人 困つている面もそれはあり得ると思います。
○神山委員 そういうことがあつたからこそ、市会に対する要求の中に、産業復興会議の設置とか、主食の掛賣りについて適当な処置をしてもらいたいというようなものが、労働運動の彈圧に反対する要求と一緒に出て來る。こういうことになるのではありませんか。
○宇佐見證人 市会に行つたことは、労働者は労働者としてその範囲内のことでしようが、とにかく議場において議事の進行を妨害するというような状況は、どこから見てもその範囲を越えている、こういうふうに見ております。
○神山委員 あなたは私のお尋ねしていることに対して焦点をそらされて、逆に私に一撃を加えられたかつこうになつております。それはあなたの立場上そういうふうにしなければかつこうが惡い。そこで先ほど市民が恐れたというようなことを盛んに言つておられます。また菅家君はその点を特に強調しておられますが、それは恐れた人もあるかもしれない。しかし一方では立ち上らざるを得ない事実があつた。こういう事実を見るときに、恐れた人は町の有力者であり、あるいは警察とある場合には結びついている。現に菅家君がここへ來てぎあぎあ言つているが、菅家君はかつて福島民友社の社長をしていた。その前に郡山市会の有力者であつた。特に商工会議所の顧問をやつておられる。こういうことを結びつけて考えるときに、市民全体があたかも恐れているように言われていますが、これは郡山の比較的物持ちの諸君が恐れているということになるのではありませんか。
○宇佐見證人 あの事態に対しては、心ある者はおそらく不安にかられたというふうに考えております。
○神山委員 そこで問題の本質に帰りますが、先ほどあなたにお尋ねした郡山産業の崩壊、労働者、農民、市民の生活の窮迫ということは、今日突然起つたのではなく、実に民自党の内閣ができたそのときから始まつているのではないか。現に「民主郡山」の中にこういうふうな社説があつたことをあなたはお聞きになつていないですか。民主自由党の政府ができた結果、郡山においても労働者には首切り、低賃金、労働強化、組合の彈圧が來る。第二には、農民には生産費を割る米價と、天くだり的はだか供出、重税が來る。第三に、中小商工業者には資金、資材の大資本家による独占、重税の賦課、大資本、外國資本と競爭の結果倒産の続出。第四に、結局彼らの目指すところは、日本経済の破滅と日本民族独立の喪失である。わが郡山を考えて見るとき、その階級構成は工場労働者、会社、諸官廳勤務者が大部分であり、次は中小商工業者と農民である。ところが郡山に所在する工場、会社はほとんど中小工業であり、また官業である。從つて民自党の政策が強行されるならば崩壊せざるを得ない、ということを二月において言明している。その結果が現に郡山市に現われているではないか。それはあなたが署長さんとして先ほどお認めになつたように、中小企業の崩壊が次々に起つている。産業が危機に瀕している。労働者、農民、市民の生活は危機に瀕している。こういう事実をあなたは認めることはできないのですか。
○宇佐見證人 それは署長として申し上げることではないと思います。
○神山委員 あなたの署長の見解を聞くのではなくて、結果として起つている事実だ。郡山における産業の崩壊の原因だ。それから労働者、農民、市民の生活の窮状、中小工業の倒壊ということは、まさに起つているか、起つていないか、事実としてあるかないか、これを聞いている。
○宇佐見證人 そういう面から失業者その他が出て來れば、犯罪も自然起つて來ることが憂慮されるのであります。その点だけは私の方としては心配しているのでありますが、そのほかは私として申し上げる範囲でないと思うのであります。
○神山委員 そういうふうな客観的な條件があつたからこそ、二十七日、二十八日の市会に対する要求、さらに三十日それを踏みにじるばかりでなく、彈圧があつたということから、自然発生的な大衆的な行動が、三十日以降に起つたということを、あなたはお考えを願いたい。そして先ほど大橋委員があなたに公務執行妨害で告訴せよというような愚かな知恵をつけておりましたが、あなたは事実に基いて率直な判断をされるべきである。また委員長はこういう問題を取上げることはないと、私は賢明なる委員長を信じておりますが、もしもこういうふうな愚かな、しかも本委員会が檢察廳の下請けのようなことになるとするならば、恥を千載に残すことになりますから、十分注意をしていただきたいということを一言申し上げておきます。
○菅家委員 今神山委員はいろいろつまらない材料に基いて、まつたく事実の眞相に遠いところの話から、これが自然発生的に起つたというようなことを言われている。しかも私が商工会議所に関係したとか、私たちだけが恐れたとか言われたが、それならば事実をたくさん列挙しておきたい。証人にお尋ねしますが、こういうことはありませんでしたか。首切りの発表される前後に、福島管理部から退職金を百万円、関係書類を持つて、郡山に來たものを、労組の共産党の者が郡山駅を襲つて、管理部の米本、菊田という両名は、共産党員に脅迫されて、そのまま福島に送り帰されている。そこで郡山警察署にこれを取締つてもらいたいということを言つたので、あなたの方の警備本部から約一個小隊の警察官が行つて、この事件を取り鎭めているのじやないか。そういう事実はありませんでしたか。
○宇佐見證人 汽車が着きますと、そういう事態惡化のようなあれがあつたので、出動の準備をして出したのであります。出たときにはすでに終つたあとであります。それで共産党員かあるいは國鉄の者かわかりませんが、今のお話のように、百万円以上の金を持つて來たという場合に、遂に郡山で手渡すことができなくて、福島に持ち帰つたという事実はありました。
○菅家委員 そのときに労組の十一名が暴行を働いているじやありませんか。そこであなた方の方だけではいけないので、MPが参加してこの事態を鎭めている。郡山においてこういう不詳事件が起きている。そのほかに鉄道公安官を脅迫した事件が告訴中になつている。これも警察に保護を願い出ている。四月三日百二十四号列車が鉄道公安官九名を乘せて行つた。そうすると労組が労働運動と称して——労働運動というものはそういうものでない。百万円の金を持つて來たものを、暴行をむつてこれを送り帰させるなんてことは、これは労働運動を逸脱した行動である。これを警察官が押えることは当然なことであるとお考えになりませんか。
○宇佐見證人 そういう事態に適切な処置をとることが自分の責任であつたのでありますが、時期を失したようなきらいはあるのであります。
○菅家委員 労働運動を阻止したと言つて、何かあなたの方で労働運動を阻止した事実がありますか。郡山に労働運動がどこかありましたか。保士谷にはあります。しかし保土谷には一名の警察官をやつたわけではない。会社の味方をしたわけではない。保土谷の工場はそのままにしているではありませんでしたか。郡山で労働運動を彈圧した事実はどこにもないじやありませんか。
○宇佐見證人 署長としてはそういう事実はないと思います。
○菅家委員 ないのに、こういうことをやつたことを労働運動の彈圧だと彼らは思つている。こういう暴行脅迫を加えた、労働運動から逸脱したことをやつて、当然な取締りをやつたことを、労働運動の彈圧だと心得ている。そういうことは警察官が取締まるのが当然で、労働運動の彈圧でも何でもないのであります。そこで委員長にお願いしておきますが、先ほどの憲兵隊長の命令によつて四時までにデモ参加者の責任者に対して出頭するように手配せよと郡山署に命令があつた。そこで警察署においてはこれらの人々を集めることにした。ところが彼らはそれは進駐軍の名前をかりてそういうことを言うのであるといつて應じなかつた。そこで告示をもつてそれぞれの代表者を集めたのであります。その集めるときの氏名は佐久間勇も入つております。國鉄の田中國光、地区の中島、桑原、松本、永沼、佐藤その他の九名の者を呼んで來いという憲兵隊長の命令であつたのであります。そうしてその中から逃げてしまつた者があるが、どこへ行つたかわからないといつて、その席にいなかつたからもしその席に佐久間勇が参加しておつたということを申し上げたならば、この事実を確めてもらいたい。佐久間勇はあるいは逃げてその席にいなかつたかもしれない。しかし出て來いという進駐軍の命令があつたことは確かである。全部ことごとくが共産党に席を置いているということも明らかな事実であります。これをもつて私が荒唐無稽であるということは、そこに坐つておる人々だけでありまして、これ以上正確なる話はないのであります。そこではつきりした指令を受けたのは何人か、その場所に何人いたかということを委員会で資料をとられることを委員長に要求いたします。
○鍛冶委員長 証人に聞きますが、今菅家さんが言われた事実はわかりませんか。
○宇佐見證人 その事実はあつたのでありますが……。
○鍛冶委員長 佐久間勇というものが入つておつたが、迎えに行つたら佐久間勇が來なかつたという事実は間違いありませんか。
○宇佐見證人 間違いありません。佐久間勇というわけじやないのでありますが、代表に出て來てもらいたいというわけだつたが、出て來なかつたために……。
○鍛冶委員長 それは佐久間勇じやなかつたのか。
○宇佐見證人 代表ならばそういうふうになるわけです。佐久間勇でしよう。
○鍛冶委員長 それでは出て來なかつたのですか。それでは変じやないですか。
○宇佐見證人 出て來なかつたのです。
○菅家委員 佐久間は出ておるぞ。
○鍛冶委員長 その点がはつきりしておればいいのですが、もしはつきりしておらなかつたり、また事実が間違つておればあとで帰つてからその点報告していただくように、それから言われたことと同じならばよろしゆうございます。違つていたならば報告してください。
○神山委員 今のことに関連して、菅家君の言つた進駐軍の命令ということでありますが、それは進駐軍の命令でありますか、あなたは先ほど好意的勧告だとおつしやいましたが、命令と好意的勧告とは少し違うので、一言お聞きしておきたいと思います。
○宇佐見證人 好意的の場合もありましたし、それからそれよりもつと強い場合もあつたと思います。
○神山委員 指令もあつた……。
○宇佐見證人 指令というわけじやないのでありますが。
○神山委員 口頭命令。
○宇佐見證人 そうでございます。
○神山委員 署長さん、あなたも御承知でございましようが、これは非常に重大な問題を含んでいるわけです。実際にこういうふうな命令を発する権限が地方の軍政部や、MPにあるかということは、実は非常に問題になるのでありまして、今も菅家君が発言したので私関連して言うのでありますが、この事件の調査の場合にも、たとえば平事件のときにおいてあの報告書の一部の中には、掲示板の撤去を連合軍側の命令であつたということを言つておる。それが取消されている。從つて今あなたの場合についても、これが命令であつたか、もし命令であるとすればこれを口頭のオーダーであるというふうに言われたのか。それとも文書による命令であつたのか。これは好意的に問題を解決するためのあつせんであり、あるいは指示であるというふうに言われたのか。これは非常に大事な問題でありますからあなたにお尋ねしておきたい。
○宇佐見證人 事故を起させたくないという、要するに向うの心配から出たものだと思つております。
○神山委員 從つてあなたが先ほどおつしやつたように、好意的な勧告であるというふうに言うのが正しい意思と解しておるのであつて、また連合軍の権限はそうでありますが、どうも日本の官憲、あるいはあなたはそういうことはありますまいが、また政党人の一部にも、事ごとに連合軍の名前をかたつてこれを惡用する傾向があるのであします。その点についてはあなたのおつしやつた命令でなくて、むしろ勧告であるということをはつきりさせておくことが必要であつたと思います。これでけつこうであります。
○鍛冶委員長 じや済みました。ありがとうございました。
○神山委員 一言言わしてください。それはきのう菅家君が私が知事あたりから報告をもらつて、それにだけ基いてやつているということを言つておりますが、これはわが共産党を知らないために起つて來る非常な誤解でありまして、上村君から指令をもらわなくても……。
○鍛冶委員長 神山君正式の発言ではない。
○神山委員 正式の発言なんだ。從つて私はこの点であえてうう必要はないが、むしろ菅家君の資料こそが檢察当局の資料と同じことを言つている。現に今も佐久間君であつたか、石井君であつたかという問題は、一見ささやかな問題でありますが、呼び出したのが佐久間君であつたということと、來た人間が石井君であつたということは、大事な違いがあるのであります。全体としてたとえば七月三日の会議についての報告を見でも、あるいは富岡村の事件についても、彼の述べているところは至るところで知つたようなことを言つておりますが、これは檢察廰側の資料におもに基いているのでありまして、彼の資料こそ信憑性がないのであります。この点についてはあえて爭う必要はありませんが、菅家君がきのう一言暴言を吐いたので私は眞相を明らかにしておきたいと思うのであります。
○鍛冶委員長 これより三十分間休憩いたします。 午後一時八分休憩 ————◇————— 午後二時三分開議
○鍛冶委員長 休憩前に引続き、会議を開きます。 菅家徳壽さんですか。
○菅家證人 はい、そうです。
○鍛冶委員長 あなたは福島縣湯木警察署長をやつておいでのようでありますが、いつからやつておられますか。
○菅家證人 昭和二十三年二月七日警察法施行準備訓練期から湯木町署長をやつております。
○鍛冶委員長 福島縣では六月の下旬、諸所にいろいろな騒擾が起つたようですが、あなたの警察には六月二十八日にデモをもつて押し寄せた者がおるそうですが、その概略をお話し願いたい。
○菅家證人 六月二十八日の朝午前十時朝鮮民主青年同盟石城支部湯本分会の朴重根という者が、きのう平に應援に行つたことについて署長に面会していろいろ聞きたいことがあるから行くという電話がありました。それでそうかと言うて待つておりました。午後の三時に行くという電話でしたが、三時より遅れまして、三時五十分ごろ今申し上げました朴重根、共産党石城支部委員長鈴木光雄ほか一名の者、三名が参りました。そうして署長にいろいろ聞くというので署長室で面会しました。そうして鈴木光雄君が、署長は湯本町の警察なんだから、湯本町の治安を守つていたらよかろう、どうして平の應援に行つたか、こういう質問がありました。いやそれはわれわれ警察は、相互應援協助規定によつて事件地の警察署長から應援せいと言われれば、應援に行くことになつておる、そのために應援に行つたのだ。それはいいとしてもわれわれ労働運動を彈圧している。それはどういうわけだ。絶対今後労働運動を彈圧しないという約束をしろ、こういうわけです。それで私は正しい労働爭議には何ら干渉しておらない。万一不法行為があればわれわれは取締りをする。こういうような返事をしました。二、三問答しておるうちに続々あとから三人、五人と入つて來まして、署長室が約二十五、六人で一ぱいになりましたが、そのうち朝鮮民主青年同盟石城支部長金明福というものが來まして、君はわれわれの方に應援なんかよこしてわれわれの労働爭議を彈圧した、謝罪文を書け、こういうようなことを言いました。私は何もそんなに彈圧するというようなことをしたことはない、謝罪文などを書くわけに行かない、そういう筋合いではない、こう申しました。そうこうしているうちに共産党党員であり、隣りの内郷町町会議員の熊田豊治君が参りまして、ぼくは熊田だ、君はけさ磐崎村の長倉に火事があつたところに應援に行つたか。こういう話でした。いや、私は別に應援の請求もなかつたし、本廳の消防團が警鐘も鳴らしておらない、それで應援には行かない。こう言いました。そうすると熊田君は、君らは火事や何かは取締りをしないで、われわれの労働爭議を彈圧するか、こういうわけでありました。私は労働爭議なんかは彈圧しておらぬ、火事については別に必要性がなかつたから行かなかつただけだ、こういう返事をしました。そのうちにおいでになつた鉄道員の吉田正夫君らが大分喧騒して來まして、君はわれわれが納めた税金で飼つておるのに、何で労働爭議なんかの取締りをするのだ、貴様みたいな署長は不適格だからやめろ、罷免すると言いました。私は君たちに言われたつて、やめるわけに行かぬ、私は私で信ずる職務を行使するのだというように應答をしておりました。その間二十数名がおりまして、いろいろなことを喧々囂々と質問しましたり、いろいろな應答をしておりましたが、そのうちに次席の山形警部補が來て二、三問答しておりました。そうした押問答を約一時間二十分くらいやつておりますと、その途中から表の方でわいわい騒いで歌などを歌うやかましい音が聞えて來た。そこでこれは相当大勢來たな、とこう思つておりました。そのうち表へ出ろ、何だ署長室の中にばかりおる、という怒号が聞えて、大分やかましくなつて來たのです。それでこれはうつかり中にいると建物なんかこわされてしまうかもしれぬ、こういうようなことでは困る、というようなわけで、みんなが表に出ろというならば表に出よう、表で問答をやろう、こう言つたら、鈴木光雄君らもそれはよかろう、というわけで、表に出たわけであります。そして署の前に出ますと、約百五、六十人がおりまして、赤旗を振りまわして、歌を歌つたり騒いだりしておつた。私は署の玄関のコンクリートの二段ばかり階段になつておるところに上りまして、そこに出ますと、朴重根と鈴木光雄君、熊田君が、主宰しまして、これから職長が諸君の一問一答に答えるから何でも質問しろ、こういうことになつたのであります。それでその群集からいろいろ質問が出たのですが、一度にわあわあと質問が出て、何を返事をしたらいいか私にはわからなかつた。それで鈴木光雄君に、こう喧騒しておつたのではどれに答弁していいかわからぬから、一つにまとめて君たちが統制しないかと、こう言つたのであります。もつともだというわけで、鈴木君わがいろいろ統制して、君の質問、署長がこれに答えろ、こういうようなことになつたのです。それでおもなる点は、労働爭議を彈圧しないことを約束しろ、あるいは証文を書け、平に應援に行つたのはどういうわけだ、あるいは警察はやみ屋と結託して金もうけをしている。不正だ、君らみたようなのはわれわれが飼つておるのだから泥棒の取締りでもしておればよいのに何で平に行つたというようなことや、それから隣の町の矢郷炭坑の爭議にたまたま病死した人があつたように聞いておりますが、この者は結局君らが彈圧して殺したのだ。これは死んだ人の細君だといつて、四十くらいに見える細君をつれて私の前に來まして、この人に謝罪しろ、こういうような話がありました。さらにまた五月の二十幾日と思いましたが、警察署ができまして落成式があつたのですが、その落成式に出て酒を飲んだ者の名前を言え、内容を述べろ、こういうような質問があつたのでありまして私は、正しい爭議については何ら彈圧をしない。矢郷の爭議で死んだ人に謝罪をしろということについては、警察が謝罪をする筋とは思つておらぬ。私としては警察を代表すする地位におつて謝罪することはできない。それからこの警察署落成式で宴会をやつたのは町長主催でやつたので、私がほしいままに公表したりするわけにいかない、こういうような返事をしたのであります。そうしますと、矢郷爭議については、爭議で死んだ者に対して謝罪ができなければ、個人として見舞をしろということを執拗に迫つたわけであります。見舞というものは本人が自発的にするものであつて、いわゆる礼儀によつてやるものであつて、人に強制されて見舞をしたりする筋合のものではない、というような問答を重ねておつたのであります。それで三時五十分ごろから最初一時間二十分くらい署内でやりまして、その後に署前に出まして、何でも五時から五時四十五分に時計を見た記憶がありますが、そのころまでそういう問答をやつておつたのであります。そのとき赤旗を立てて、インターナシヨナルを歌つて、直ぐ前の郵便局の方から十五、六人スクラムを組んで二組ばかり來て、その群集に加わつたのであります。そのうちに鈴木光雄君が、私の最初に話した話といろいろ違う宣傳を始めたのであります。それで、何だそういう私の言わないことを君らがうそを言つて宣傳するのでは、私は問答に應ずるわけにはいかない、お断りする、こう言うたのであります。そうすると鈴木君や朴重根らが、いや、それではそういうことは言わないから、もう少し問答をしろ、こういうような話になつた。そこでそれではいま十五分、六時まで問答をやるというわけで、六時まで押問答をしておりまして、それでもう約束の時間も來たし、これ以上押問答をしていてもしかたがないから僕はやめる、こう言うて中に入ろうとしたところが、ピケツトを組んで、何だ署長逃げるのか、太い野郎だ、貴様の答弁はのらりくらりしていてさつぱりわからぬ、貴様みたいなのは罷免する、こういうような話をしておつたので、そういうようなことは君らが君らで適当にやるのだから、私は問答を打切つて中に入ると言つたところが、うしろの方にピケツトを組んで、ずつと私が署内に入る自由を押し止めた。何だ君らは、そういうことをしてはいけないじやないか。私は中に入る、ということで、そこで押合いになつた。しばらく押合いしておるうちに、新妻という刑事が、署長がやられると思つたのか、飛び出して來て、その押合いを解除するために努力したのですが、それまでが群集に、スクラムを組んで向うの方につれて行かれました。そのときは私は打つなぐるということは受けませんで、しばらく押合いをやつておるうちに、鈴木光雄君が、もう時間も大分迫つたし、これ以上押問答していてもしかたがないから、また來ることにして、きようは解散しよう、こういうことになつて、その押合い状態が解除されたのであります。それで私は相当長く押問答して疲れたので、自分の部屋に入つて一服しておつたのであります。そうしますと、署の前で赤旗を振つて歌を歌いまして、しばらく氣勢を上げて、それから大分帰る者は帰り、残る者は残つて、約三、四十名の者が署の前で何か演説をしておつたのでありますが、演説の内容は、私聞いておりませんのでわかりません。そしてしばらく十分ばかり休んで、まあ大したこともなかろう、あと署員に警戒したら、よかろうというようなことを言うて、六時半ごろになつたので、私は退廰したのであります。私が表へ出るときに、朴重根君が電話の交換機を監視しているということを一緒に來た連中に命じておりましたので、何だ新井君——朴のことをわれわれは新井君々々々と言うておるのですが、新井君そういうことをしてはいかぬじやないか。警察の電話はわれわれが監視してわれわれが使用するのだから、君たちがそんなふうに勝手に監視してはいけないと制止して、署員に君たち見ておれと言うて、表へ出たのであります。大体六月二十八日はそんなことであります。
○鍛冶委員長 そこでその問答の内容で、平はあなたの方で應援をいつ幾らやつたのです。
○菅家證人 平はその前日二十七日に十名やりました。
○鍛冶委員長 それはだれの要請で行つたのです。
○菅家證人 平市署長の要請でやりました。
○鍛冶委員長 それから労働運動を彈圧したと言われるのは、どういうことで言われたのです。
○菅家證人 まあどういうところで言うのか、そのとき根拠も示さなかつたので、結局平へ應援に行つて取締りをしたり、平素彈圧をしているというような意味に解釈したものと私は思つたのです。
○鍛冶委員長 矢郷炭鉱で死んだ者がおつた、それがお前の責任だとは、どういうところから出て來たのです。
○菅家證人 それは結局爭議中に死んだのは、警察が彈圧をしたから死んだのだ、それだからお前らはこれに対して謝罪しなければいけない。きよう大衆がここに來ているから、君は警察の代表として、ここでみんなにあやまれ、そして惡かつたと言え、こういうような意味であります。
○鍛冶委員長 何かあなたは彈圧された覚えがあるのですか。
○菅家證人 ございません。
○鍛冶委員長 矢郷炭鉱へ行つたことがあるのですか。
○菅家證人 應援に行つたことはあります。
○鍛冶委員長 どういうときに。
○菅家證人 ちよつとここに書いてあるのを見てもよろしいですか。
○鍛冶委員長 ええ。
○菅家證人 六月八日に巡査部長以下十名警備にやりました。
○鍛冶委員長 だれの要請でやつたのですか。
○菅家證人 それは内郷町署長の要請でやりました。
○鍛冶委員長 それから、死んだというのはどうしたのですか。
○菅家證人 六月十三日に山本武太という矢郷炭鉱の採炭夫が、結核性脳膜炎で長らく病氣をしておつて、解雇通知を受けた後、一週間ぐらいで死んだということを聞きました。
○鍛冶委員長 脳膜炎で死んだのですね。
○菅家證人 私はそう聞いております。
○鍛冶委員長 まつたく言いがかりだね。
○菅家證人 私は明らかにそう思いました。
○鍛冶委員長 ところがまた三十日に來たそうですね。そのときの状況を、概略でいいですから述べてください。
○菅家證人 三十日の午前十時ごろ、署の二階である公務を私はやつておりましたが、そうすると署員から、また大勢押しかけて來た、こういう話を聞いたのであります。どういう連中だと言うたら、この間來た人たちだとこう言うので、この間の問答は君らも知つている通り、署長が出て再び押問答しなければならぬというような筋とも思えないから、君らが適宜に應待してみなさい、まかせるからと言うて、渡邊という巡査部長にまかせたのです。そうして渡邊君が主として應待した。その問答の内容は、署長次席がいないがどうしていないのか。署員がさつぱり署内にいないが、どこへ行つているのか、警察署用の三輪車はどこへやつておく。平と内郷と湯本の署長らが、昨日どこかで会合をしたそうだが、その内容を示せ。警察官にどうも素行修まらぬ者があるが、その責任を問う。警察官は公金を横領している、その責任。労働運動を彈圧する係の責任を追究する。警察官はやみ屋と結託して暴利を得ておる。こういう責任を問う。警察官、警察職員は出勤時間外に出勤したりしなかつたりしておつて、自由な行動をとり、職務を放棄しておるのではないか。あるいは労働爭議を彈圧して時間外の仕事をして超過勤務をとつしおる。そういう理由を明らかにして責任を負え。あるいはこのとき出ました渡邊部長は、われわれ労働者を彈圧するのはだれの命令でやるのか、あるいは資本家の手先になつて情報を蒐集して労働者を彈圧しているのはどういうわけか、こういうことについて一々責任を負え。あるいは他町村に應援なんかに行く必要がないのにどうして行くのか。そういう署長は責任を負え。あるいは平市に應援をやつてはならぬ。こういうようなことを詰問したと係官から聞いたのであります。それに対して答弁すべきことは答弁し、答弁の限りでないことは答弁を保留した。このとき來ました人たちは、朴重根、西原新七、渡邊一雄、佐藤一、佐藤多美雄、磯野清治、大井川幸平というような人たち、大体共産党の人や、その他矢郷の人や内郷の人たちも多少おつたと思います。そういう連中が來まして、約二時間、渡邊部長と押問答をしまして、最初署内で代表と言われる人たちが應答したのですが、代表の應答ではまずい、ぜひ外に出て大衆に対して直接答弁をしろというようなことで、結局外に出まして、それぞれ渡邊部長の所見で應答して、約二時間半、零時三十分ごろ、これから平へ行かなければならぬ、早く返答をしろと言つて時計を見ながらおつたというような話を聞きましたが、そういうような問答を重ねまして、十三時半ごろ一應湯本を退去したのであります。
○鍛冶委員長 そのとき何か暴行のようなことをやりましたか。
○菅家證人 そのときは暴行というようなこともなかつたわけであります。前日も私の肩章、これは彼らが君らそんな資格もないのにくつつけていると言つて、階級章を何かこづきまわしたりしまして、あとでボタンを落したり、腕時計をとつたりしましたが、二十八日もひつぱたくというようなことはなかつたと思います。これらの行為は紳士的行為でないことだけは明瞭と思います。
○鍛冶委員長 脅迫的行為であつたことは間違いないですね。
○菅家證人 帰るのを押えて、逃げるとか何とか言つて大衆に警察の署長というものはこういうふうに弱いのだ、われわれが要求すれば何でも出てあやまるのだというようなことを言つておつたのであります。
○鍛冶委員長 そこで平市へ應援に行くなということをしつこく言つたそうだが、何か確約せいとまで言つたのでありますか。
○菅家證人 さようであります。
○鍛冶委員長 書つけを書けとか……。
○菅家證人 やつたのです。結局そのときに押問答をしまして、現在の段階では平に應援には行かない。三輪車は署の車庫の中にあるのだ。署長次席はどこかへ行つていないのだ。こういう返事をしたらしいのであります。
○鍛冶委員長 そこで平に行かぬと確約せいということは、何か平に行くということを予知しておつたのか。
○菅家證人 もちろん明らかにその辺は距離も近いし、平へ行つて警察を強くされることは、その人たちの目的にはかなわないというので、この警察の連中を平にやらないために、いろいろと何といいますか威力を加えたわけですね。
○鍛冶委員長 その日は別に平に何もあつたわけじやないのでしよう。
○菅家證人 その日はまだ何も起きておらなかつた。
○鍛冶委員長 それを平に行くなということから見ると、向うでこれから平で何かを起そうという、こういう意味じやないですか。
○菅家證人 そういうわけと思いますが、ちようどそのころ平市の掲示板撤去問題をめぐつて、三十日の午後四時でしたか、平市署長が共産党の人たちに、この時間までにぜひ撤去するように、撤去しなければ警察で撤去すると言つたという連絡がありましたので、結局それをめぐつて相当波瀾があるということは、私ども知つておりました。これは結局その勢力に加わつて平では一騒ぎなければ納まらぬなと考えていたわけであります。
○鍛冶委員長 そこで平に行くというのはその騒ぎに行つたのですね。
○菅家證人 さようでございます。
○鍛冶委員長 そのときはあなたの方の署ではどのくらいの人員がいて、どんな装備があつたのですか。
○菅家證人 私の方は総員私以下二十七名の署でありまして、三名は警察官再教育のために福島へ行つて長期間いないのであります。それで二十四名おりまして、そのうち外勤巡査が十名ばかりおりますが、この半数が非番で休んでおりまして、結局十九名ばかりが日勤勤務として服務するわけです。そのうち刑事や外勤警察官は、朝事務を打合せれば勤務に出発するので、残つておつたのは十名内外と思います。町の中に働いておつたわけです。
○鍛冶委員長 それから装備とか機動力はどんなものがありますか。
○菅家證人 装備といたしましては拳銃一挺に警棒が各人一本ずつ、三輪車と申しまして小さい野菜なんかつけて歩くような三輪車一台、これだけしかございません。
○鍛冶委員長 それからあなたの方の管内に朝鮮人はよほど多いのですか。
○菅家證人 相当おります。建國促進青年同盟といたしまして、これは大体南鮮の方の政府を支持する團体で、これが青年男子十五名ほどおります。それから朝鮮民主青年同盟石城支部湯本分会と申す團体がありまして、これの方は青年男子八十五名、皆合せまして二百二、三十名いると思います。
○鍛冶委員長 建國青年同盟というのもこの運動に加わりましたか。
○菅家證人 これは常に共産主義を支持しまして、もちろんこの運動に加わつております。
○鍛冶委員長 建國青年同盟ですよ。
○菅家證人 建國青年同盟は加わりません。
○鍛冶委員長 民主青年同盟は加わつた。
○菅家證人 さようであります。
○鍛冶委員長 それで民主青年同盟は平常どんな仕事をしておるのですか。
○菅家證人 共産党の思想の拡充強化に努力しておるほかは二、三の者が古物商の仕事をしておる。ほかはほとんど仕事らしい仕事はやつておりません。
○鍛冶委員長 南鮮の方は……。
○菅家證人 この人たちも仕事がないのが多いようですが、これは豚を飼つたり、あるいはアイスキヤンデー屋をやつたり、総体的に仕事を持つている人は少いようですね。
○鍛冶委員長 そんな共産党の手先みたいなことをやつておつて食つて行けるのですか。
○菅家證人 その前は大がかりにどぶろくをつくつて賣つたのでありますが、それも本年の二月二十六日に私たちが檢挙をしましたので、その後しようちゆうなども相当安く出るようになりまして、どぶろくもそろばんに合わなくなつたので困つておると思つておるのですが、とにかく食つてだけはいるようです。
○鍛冶委員長 そういうことから警察は相当にらまれているのではないですか。
○菅家證人 これはもちろんいろいろな問題がありまして、私赴任しまして署長をやる前に、六箇月ばかり警部補をしておりまして合計二年ばかりおりましたので、いろいろ取締りをいたしておりまして、民青の連中には相当いろいろにらまれているわけです。
○鍛冶委員長 そこでこういう騒動はどういうところからどういう目的でやつたものだとあなたは認定せられましたか。
○菅家證人 原因と目的と申されますと、なかなかむずかしいのでありますが、六月二十一日に土橋代議士が來られまして、その辺の共産党の連中と連日会議をされまして、それから常磐地区の共産党は非常に活発化したということをしきりに聞いておつたのであります。それで結局二十七、八日あたりも平の共産党の掲示板をめぐつて直接な問題になり、ぶつつかつたようなことになつたのでありますが、その前に矢郷炭鉱の生産管理、あるいは労働爭議を激化するところの大量解雇をする、あるいは経営者の仮処分執行申請というような問題がありまして、矢郷炭鉱をめぐつて非常に強烈な労働爭議が展開されて、われわれの聞いている範囲では矢郷とか壽という内郷町の炭鉱は、ほとんど全山共産色に染まつたと言うてもいいようなふうに、もつぱら言われておつたのであります。この山を根拠として結局片つぱしから炭鉱を潰すのではないかというような、いろいろな風評もあつたのであります。それで矢郷は大体あの程度で成功した。この次は常磐の最大炭鉱たる常磐炭鉱をねらつているというような風評が行われて、ちようど六月二十八日、この平事件があつたころ常磐炭鉱株式会社と労働組合の間に労働協約の締結をめぐる折衝がありまして、そして三十日も何か労働組合の連中が会社へ相当大量に押しかけるというような風評もあつたのでありますが、たまたま平署に掲示板問題を契機として事件が発生して、その方に大量に押しかけたために二正面作戰も不可能になつたと見えまして、常磐炭鉱の方は大して押しかけて來なかつたのであります。それで何のためにああいうふうに大量に押しかけて、そして警察をああいうふうにいわゆる占拠した、その目的と言われますと、非常にむずかしくて、根拠の点や何かから責任を負うて申し上げるにはちよつと困難でありますが、結局福島縣を試験台にあの連中が蜂起しているのだというような風評は、われわれ警察職員として当時いろいろな方面から聞いておつた、何か全國的な暴力革命というようなことを常に彼らが言うていることを聞いているので、そろそろこれは実行の段階に入つたのかな、これは重大な問題になつた、そういうように考えておつたので、二十八日の湯本の事件で平にも押しかけておつたので、二十九日の午後内郷署長と平市署長、平地区署長と私と、私の署に集まりまして、いろいろ警備対策を協議したのであります。そのときに私や内郷署長も同意見であつて、この際われわれが應援に平へ集結しておれば、結局力の弱い警察がやられるのではないか。この際よほど内郷というような、平地区の近辺の警察に警備力を持たなければ、とうていこの段階を支障なく乗り切ることは不可能であろうというような結論に到達しまして、そして私はそういうような意味合いから三十日には應援は出さない。應援に行つているうちにこちらがやられてしまつては結局同じことであるというようなことで、いろいろ悲壮な話もありまして、公安委員会にも所見を述べて、委員会の所見もちようだいして、そして警備に当つておつたような次第であります。
○鍛冶委員長 今あなたが言われた暴力革命をやるという話は所々で聞きましたか。
○菅家證人 聞きました。
○鍛冶委員長 そういうことはよく言われておつたか。
○菅家證人 はあ。
○鍛冶委員長 それは、どういうふうに言つているのですか、大体。
○菅家證人 結局共産党の人たちが言うている、そういう指令を出しているというようなことをうちの署員も聞いているし、外部の人も言うている。
○鍛冶委員長 同じようなことは内郷でもあつたようですね。
○菅家證人 ありました。
○鍛冶委員長 そうするとたいへんあなたの方の民心も動揺したことと思うが、それはどうです。
○菅家證人 二十八日と三十日にわたつて二回共産党のデモといいますか、それがありましたので、町の連中も見物に來たものもありましたし、家の近所に見ておつた人たちもありますが、そのときに共産党の人たちと思われる人がいろいろ町に宣傳をして歩いたのであります。その一つの宣傳は、これから警察に押しかけて警察署長にそれぞれ責任を持つて今までの惡いところを糾彈してやるから、みんな立会つて聞いておれという宣傳と、もう一つはたいへんだ、われわれの警察がやられるからみんな救援に集れというような二つの宣傳をしたのであります。町民も相当集りまして見ておつたのでありますが、その後いろいろ聞いてみますと、警察の権威をこういうふうに蹂躙されたのでは、われわれの治安を守るところの警察に対して非常に不安である。何とか警察がもう少し強い執行ができないのか。かれらに押しかけられて、そうして署長があやまつたというようなぶざまなことでは方法なかろうというような意見もありましたし、中にはあれらの大量な組織的な行動に対して、ただ單に君らはわずかの二十人か三十人の署員でぶつかつたところでしようがない。よく機会を見て、数には数をもつて当らなければとうてい強い取締りはできないというような、より高いといいますか、廣い意味な視野をしている人もありました。共産党のそのときの行動に対して、公安委員のある委員も、署長ああいうことでははなはだ弱くて困る。なぜもつと強力に早期に退署を要求しないのか。つまらぬ問答をいつまでも繰返しておつて、君の権威を失墜して、町民に警察不信の声を植えつけたところで何にもならぬじやないか。勇敢にかれらに退署を要求したらいいじやないか。君に対して聞くことがあるなら、一人か二人來ればそれで何でも聞けるし、文句も言つて帰られるはずだ。何も大量に押しかける必要はないはずだ。そういう大量に來た者に対しては、結局そういうものは暴力性を持つておる。多衆の威力を示して署長に迫るのだから、それらに一々ばかまじめに應答しておつたのでは君がへたばつてしまう。こういうような意見もあつたのであります。それで私はそのお話はもつともでありますが、公安委員御承知の通り、私の署は二十数名しかおらないのであり、檢事方面の檢挙について老練な手腕を有している先輩あたりの意見を徴しても、大衆犯罪を現場で檢挙するというような段階は、結局少くとも三倍くらいの実力がなければ完全なことはできないというような話も聞いておる。われわれが二十八日に中に大勢入つてはならぬと署員も断つたのでありますが、結局中へ入つて來たのでありまして、現場で退署を要求するとすれば、一々格闘して相当数足でも折られてあやまるということでもしない限りは、退署を要求しても不可能である。かように私は情勢判断をしたるがゆえに、誠意をもつて答えるべきものがあれば答えるし、答えるべからざるものには、それは答弁の限りでないというて、かれらの満足するまで長く應答をしているよりほかには方法がなかつたのだ。かような説明を公安委員会で行つたのであります。公安委員もなるほどそう言われればそうだ。結局少くとも押しかけた人と同数かないしそれ以上の実力がない限りは、いわゆる不当な警察署に押し寄せるというようなことについても、はつきり中へ入つてはならぬと言うからには、そのならぬことを保証する実力がなければできないという結論に到達して押しかけられたようなわけであります。
○鍛冶委員長 ほかに何かありますか。
○高木(松)委員 二十八日にあなたのところへやつて來た代表者というのはだれとだれでしたか。
○菅家證人 そのときの代表者は、最初鈴木光雄君、朴君は私は何回も会いましていろいろと話をしおりますので、顔見知りでありましたので、やあというようなことで入つて來ましたが、鈴木光雄君は名刺を持つて入つて來ました。そのときに内郷の町会議員の熊田豊治君が私は熊田だと言つてあいさつをして入つて來ました。そのほかは、西原新七、佐藤多美雄、清野常雄、渡邊一雄、遠藤廣、小宮薫、佐藤一、谷薮篤、大井川幸平、磯野清治、末永忠男、吉田和司、吉田正夫、吉田誠司。
○高木(松)委員 それらの大半は共産党の党員ですか。
○菅家證人 共事産党の党員に石城地区の指導者であります。
○高木(松)委員 それでそれらの人が先ほどのあなたのおつしやるような交渉及び指導をしたかはつきり聞取れなかつたのだが、デモ隊として外にいる人たちに対して指導性はこれらの人が握つておりましたか。
○菅家證人 握つておりました。
○高木(松)委員 その指導性を握つていたという具体的事実はどういうところで判断されますか。
○菅家證人 それは先ほど申し上げましたように、私が署の前に出まして、コンクリーの階段の上に立ちましたときに、鈴木光雄君が、これから署長が諸君の質問に対して一問一答をする。何でもみな聞きたいことは署長に聞いたがいい。こういうわけで方々から同時にわつと質問したのでありますが、私がそのとき、こういうふうに一どきに質問をされたのでは、どれに答弁してよろしいか私も答弁のしかたがないから、君らの方でいつぺんにまとめて、これならこれ、あの者ならあの者の質問に答えろ、こういうふうにしなくては答弁のやりようがないし、やつても聞えぬじやないか、こう言いましたら、なるほどそうかと言いまして、そうしてそのように群衆に言いましたらば、群集はそれを納得して一々指示に服しておりました。
○高木(松)委員 それから解散するときも、やはり彼らの指示により、指導によつて解散しているのですか。
○菅家證人 さようであります。先ほど申し上げましたが、この署長はなかなかのらりくらりしてずぶといし、こういう者といつまでも問答していても、今日は大分時間も遅れたし、また押しかけることにして、今日はこれで解散しよう、こういうことでありました。
○高木(松)委員 そういうような具体的事実によつて指導性がこれらの人にあつたということを断ずることができる。こういうことに承つていいわけですね。
○菅家證人 さようであります。
○高木(松)委員 そこで署の前に出る前、署長室においてどういうような圧力があつたのです。いま少し具体的にお話し願います。とにかく署長が署長室からわざわざ出て行つて、その前まで行かなければならぬというような不自然なことは普通の状態ではないと思うけれども、具体的にどういう圧力なり脅迫なり暴行なりを受けているか、その具体的事実を明かにしていただきたいと思います。
○菅家證人 結局さきに申し上げましたような押問答をしておつたのでありますが、私に対しても大胆露骨な嘲罵を浴びせまして、署長はわれわれの税金で飼つておくのに何をよけいなことをしているんだ、やめちまへというようなことを大胆に言うて、相当な強い精神で來ているというふうに客観情勢をまず第一に判断しました。それから署長室の構造は、細長い建物になつておりまして、前の方の幅が五間ばかりで、奥の方が十五間かと思いましたが、署長室は前にコンクリートの一間半ばかりの待合室というのがありまして、その手前に事務室があり、その奥にあるのでありまして、警察の建物の階下の眞中の辺にあるのでありますが、自分の部屋の窓の外の方にたくさん赤旗を持つたり何かして喚声をあげて、署長表へ出ろ、このやろう、ひつぱり出せというようなことを言つておる。これは直接私の耳にも入りました。ここで私はこれは自分が表に出なくては、今署員が十二、三名しかおらない。とうていうちの署員では彼らの署内に入ることを制止することは不可能である、廣い場所に出て私がそれぞれ應答をしたならばあるいはそれによつて了承をして、この建物に対して乱暴をしないで帰つてくれるのではないか、せつかく町から建ててもらつた新しい建物をこわされては町民諸君に私の不敏ということにもなりますので、そういうような情勢判断で表へ出た次第であります。
○高木(松)委員 あなたはそのとき直観で表へ出るならばかえつて危險だが、うちの方が自分の身を守ることができる、しかしどうしても表に出なければならなかつたというような事実はないのですか。
○菅家證人 もちろん署長室におれば部屋も小さいし、多勢入つても部屋一ぱいにしか入れないし、部屋にいる連中はさすがに指導者の連中でありますし、顔の知つておる者もおりますから、まさか私に乱暴狼藉をするということはなかろうと思いましたし、表に出ればどうなるかわからぬと思いましたが、その前からいろいろこれは容易なことでない。われわれの決意でこの治安が乘り切れる段階ではない。もし警察として相当な決意をもつて倒れるならば、結局われらの屍を乘り越えてそこを守つてくれる人があろうということで、私がある程度覚悟をしておりましたので、覚悟をしてからはそう恐ろしいこともありませんし、それから署から出て向うのなす通りに私の誠意をもつて何でも應対して見よう、こういう決意で表に出たのであります。
○高木(松)委員 それでわかりました。そういう決心は内郷の署長もしておりました。それで罷免をするということを署長室で言つたそうですが、だれが言つたのですか。中でも外でも言つたようにあなたはお話になりましたが……。
○菅家證人 指導者の人は比較的言わないようでしたが、鉄道員の吉田正夫、吉田和司、吉田誠二という三名の者が相当露骨にはつきり言いましたのを記憶しております。あと相当言いましたが……。
○高木(松)委員 そこでその三人は共産党員ですか。
○菅家證人 われわれはさように思つております。
○高木(松)委員 それから外に出てからのことを聞くのですが、先ほど新妻刑事がだれかにひつぱり出されて行つて、相当暴力を加えられておるようですが、どうですか。
○菅家證人 結局スクラムを組んで、みんなにひつぱつて行かれましたが、なぐつたとか、なぐらないとかいうようなことを言つておりましたが、けがはなかつた。
○高木(松)委員 それからあなたの町に深澤信という共産党員がおることを知つておりますか。
○菅家證人 承知しております。
○高木(松)委員 これがこういうことを言つておるのです。三十日の午後三時に平の市警察へみんな集合してそうして問題を起すんだ、そこで共産党員はもちろん、民主團体の代表者も全部集るようにと言つて自分がふれまわつて歩いたということを言つておりますが、そういう事実はあなたの方でお取調べの上に現われておりませんか。
○菅家證人 その話はちよつと承つておりません。
○高木(松)委員 これは深澤自身から聞いておりますが。
○菅家證人 別の人が押しかけるという張札をしたという話は聞いて承知しておりますが。
○高木(松)委員 押しかけるという張札をしたのはだれの名前でそういう張札をしてありましたか。
○菅家證人 これは私の町からすぐそばの磐崎村長倉という、同じ常磐炭鉱の一つの鉱業所になつておるのでありますが、そこへ共産党磐崎細胞として張札をした。その内容はきようはこれから平へデモをかける。われわれは死を決して闘うのだというような意味だというふうに聞いておりましたが、その内容はそれ以上ちよつと詳しい記憶がありません。
○高木(松)委員 それから三十日の日に署に來たのは朝の十時ごろですか。
○菅家證人 そうであります。
○高木(松)委員 そのときもこの朴重根その他の人たちがそのデモ隊を率いて指導し指図しておりましたか。
○菅家證人 さようであります。
○高木(松)委員 二十九日の晩にあなたのところへあの方面の警察の署長さんが集まつていろいろ善後の措置の相談をしましたね。そのときその緊迫状態がどうも暴力革命が始まつたというような見方で、あなた方は重大なる問題に逢着したというので対処方法の議を練つたですか。
○菅家證人 さようであります。
○高木(松)委員 それはどういう根拠でそういう考え方が出て來ましたか。
○菅家證人 結局理論的根拠としては、われわれが前にいろいろ聞いたり部下の報告によりまして、そうして現実に押かけて來まして、平、内郷、湯本、あるいは時を異にし日を異にして押かけて來る。また若松、郡山、福島でも起つておるということも私たち承知しておりました。これはいよいよ縣下四市を中心とする四方から立つたのだ。結局警察力の分断と力の削減を企図しておることは明瞭である。このとき最もすみやかなる機会に最も十分なる警察力が結集されるにあらざればわれわれとうてい警察の職務を完遂することはできない。よつてこれは縣の方に新井隊長に連絡してすみやかにその普処を求めなければなるまい。しかし何とか誠意をもつて交渉したら三十日の掲示板の問題だけは事なく乘切れるのではないか、あるいは乘切れないにしても、もう少し時がおそいのではないかというふうに判断しておつたのでむります。
○高木(松)委員 そこで平、内郷、湯本、郡山、福島、若松等のこの種の暴力行為は計画的にやられているとあなたは思われますか。
○菅家證人 さように思います。同時に四方面から一度にやられたということは計画性のあるもの、警察力の分断をねらつておるとわれわれ判断しております。
○高木(松)委員 そこであなたの感じの問題でよろしいが、これは共産党なり、共産党の石城地区なり、福島地区が指導してやられたように考えられますか。
○菅家證人 さように思つておりま
○高木(松)委員 浮び上つて來る顔ぶれを見て……。
○菅家證人 その前に土橋代議士が來まして、そうして二十二日か二十一日か、これを見ますとわかるのでありますが、來まして各方面の共産党あるいは労働組合、それらの方に演説をし打合せをして歩いておられたのであります。その結果常磐の労組及び共産党は急に強くなつた。この際現在の法律及び労働協約というものは反動内閣のつくつたいわゆる人間がつくつたものであるから、われわれが近いうちに百五十名の代議士を獲得して、そうして一切の法律を共産党に有利なる法律をつくるのだ。そんな今までのばかげた法律は君らが團結して守らなければいいのだ、こういうふうに言つて指導したという話を聞いております。それから非常に強くなつたと、みなわれわれの関係者はそう申しておつたのであります。
○高木(松)委員 それでいま一つ聞きたいのだが、あなたの方の一般の市民諸君は、共産党がかようなうしろで綱を引いてこういう行動を計画的に起したものであるということを信じておりますか。信じておると私は聞いておるのだが、どうですか。
○菅家證人 公安委員会から、結局こういう治安の状況を町会にも報告する必要があるんじやないか、それを報告したらよかろ、こういうような私に対する勧告と言いますか、指示がございまして、それで私が町会の懇談会席上に呼ばれまして、当時の治安の状況を説明したのであります。それで明らかに進歩的な人はさように判断しておりましたし、町会議員でもわからない人は、とんでもないことが起つたものだ、今に何があるかわからぬ、警察はもう少ししつかりしなければいけない、こう言いましたが、中に進歩的な人は、日本は革命というものがいまだ経驗がない、この共産党の革命に対して消防團というものが軽々に動くということは相当考えなければならぬ。一般的な犯罪予防、盗難予防とか、町の警戒ぐらいはよいけれども、警察に直接應援することは差控えなければならぬのじやあるまいかというような所見もありましたのですが、これに対して一般の輿論は、さような意見はこの際とんでもない意見だというわけで、圧倒的に町会も、警察に対して消防團がすみやかに力を加えてそうして守るにあらずんば、この町の治安はまことに憂慮にたえない。署長、團長、しつかり君らが相談してやれというような激励を受けておるのであります。
○高木(松)委員 それは共産党の暴力革命が來るからわれわれはそうするのだという考え方でそういうことをお話しになつたのですね。
○菅家證人 さようでありますし、現実に二十八日、三十日の共産党の指導による警察へのデモを目のあたり見た結果、そう言つておるのであります。
○神山委員 先ほどからあなたにいろいろ暴言を吐いたということを言われておるのでありますが、その中に二度もあなたは言つておられるのですが、警察がやみばかりやつているとか、あるいはやみ屋と結びついているとかいうようなことをあなたはおつしやつておるのですが、何かそれに似たような事実でもあつたのですか。
○菅家證人 私はさようなことは断じてないと思つております。
○神山委員 もう一つ聞きたいのは、熊田君からですか、火事のときに何をしたかというふうにあなたは聞かれて、自分はそのときは動員する必要がないというふうにお答えになつておりますが、これもそうですか。
○菅家證人 熊田君はこういうふうに聞いたのであります。繰返すようで恐れ入りますが、けさの長倉の火事に君らはどうして行かないのだ。そのときに私は、長倉の火事は湯本の方にあまり聞えておらないし、湯本の消防團も警鐘を鳴らしておらない、電話で警察に出動方の連絡もないので、われわれはつい行かなかつたのだ、こう申しております。山の陰になつていてちよつと見えなかつたのであります。
○神山委員 もう一つお尋ねいたしますが、青柳隆司という人がおりますか。
○菅家證人 おります。
○神山委員 あなたとどういう関係になつておりますか。
○菅家證人 私とは町民対警察署長という以外に別に関係もありませんが、いつごろでしたか、ずいぶん長い話ですが、町長、町会議員、警察署長、全部いろいろと惡いことをやつているというような意味で街頭演説をしたり、町民大会を開いたりやつておつたので、われわれはさような事実無根のことを流布されたのでは困るというわけで、名誉毀損の訴訟を提起しており、また深夜酒に酔つぱらつて、私の女房が電氣を消して寝ているようなところに來たりしたものですから、住居侵入で檢挙しておつたものであります。
○神山委員 この方はあなたのことをかえつてあなたが一方的に留置したとか、ことにあなたは今青柳君が酔つぱらつておつたと言いますが、あなた自身も十一月十日の晩には酔つぱらつておつたというふうに言つておりますが……。
○菅家證人 幾らか酒を飲んでおつたかもしれませんが、酔つぱらつたり何かいたしません。
○神山委員 あなたは大分お酒が好きらしいですが、そのことは一應おいて、富岡というあめ屋さんを知つておりますか。
○菅家證人 知つております。
○神山委員 ここでもやはりあなたに関連していろいろなうわさ話あるのですが、あなたは御承知ですか。
○菅家證人 何にもわかりませんが、どんな話ですか。
○神山委員 沖野、大久保というあなたの部下の方がありますね。
○菅家證人 ありました。
○神山委員 この人と富岡とあなたの間にあめの問題に関連して何かありませんか。
○菅家證人 それはこういうわけでした。暦日は忘れましたが、福島縣の軍政部行政課長トロツトマン氏が、湯本のある旅館の部屋に私を招致しまして、君は進駐軍が來るから二、三日あめ行商を休んでおれとあめ屋に示達したという話があるがどうか、というようなお話を受けましたので、私はさような経済指導は断じてしない、こう申したところが、沖野、大久保、新田という巡査がいて、冨岡のところでそう言つたのだというような話がありまして、結局それが軍政部の忌諱に触れて、この三君を罷免しろというような内命があつたのでありまして、一時三君には職を退いていただくの余儀なきに至つたことはあります。
○神山委員 後にそれは復職されましたか。
○菅家證人 復職しました。
○神山委員 そういうようなことが、あなたにとつてやみ屋ばかりかばつているとかいうようなうわさを生む一つの根拠になつているということは否定できないと思う。
○菅家證人 さようなことは断じてないと思います。
○神山委員 あなたは主観的にはないと思うが、私はまだたくさん事実を持つているが、あなたの名誉にも関することであるし、ここで直接必要がないから述べませんが、こういうような事実がある限り、そういう惡口を一方で言つても、全然無根拠でないじやないか。またこの青柳君が七月十一日に、炭鉱の労務係である菅野という人になぐられたということはありましたか。
○菅家證人 それはございました。酒の上でお互いが喧嘩をしたのだというような両方の水かけ論でありましたが、いわゆるなぐつたり、なぐられたり相互にあつたということはありました。
○神山委員 それを青柳さんは告発しておりますね。
○菅家證人 告発でなく、告訴しております。
○神山委員 それをあなたの方で何か手をおつけになりましたか。
○菅家證人 取調べて檢察廰に事件として送致してあります。
○神山委員 これは七月十一日の後のことですが、今の青柳君の問題については去年からいろいろ問題がある。こういうようなことや、火事のとき熊田君の言つておることは、山一つ越えて向うだ、しかし全然何らの手を打たなかつたというようなことがあつて、警察の日ごろの動きについて一つの不満があつたということはあなたは考えられませんか。
○菅家證人 その火事について出なかつたのはどういうわけだ、当不当いかんということになれば、いろいろ問題もありましようが、結局認識しない限りしようがないので、それはわれわれ何ともいたし方がございません。
○神山委員 次に矢郷炭鉱の爭議のことですが、矢郷炭鉱の爭議はどうして起つたのでしようか。
○菅家證人 これはいろいろ詳しいことは、隣の町でありまして、ちよつと私詳細にはわかりませんが……。
○神山委員 先ほど大分詳しくお述べになつたのでお尋ねしたい。
○鍛冶委員長 あの程度ならわかるじやありませんか。
○神山委員 それではあなたは矢郷炭鉱の爭議に、あなた自身がやはり十人動員して應援に行つているのだが、なぜ爭議が起つたかということは知らないのですか。
○菅家證人 全然知らないということはありません。多少は知つています。結局共産党の連中がデモやストライキをやつて、営業主はとうていこの重圧に耐えかねて閉山の余儀なきに至つたのだというようなことを承知しております。
○神山委員 あなたはうまいことを言つたが、それでは矢郷、常磐の山は水がよく出る所なのだけれども、矢郷は特に水が出る所で、去年も今年も水が出ていることはあなたは知りませんか。
○菅家證人 炭鉱が水の出る場合もいろいろございますし、常磐炭鉱も出水する場合がありますが、その場合にはそれぞれ災害的に出る場合もあり、恒久的に出る場合もある。恒久的に出る場合はそれぞれポンプをもつて水を揚げている。
○神山委員 そういうことよりか、水が出た事実を知つておるかということなのです。
○菅家證人 あまりよく知りません。
○神山委員 從つて、矢郷炭鉱のことについて炭鉱の経営がうまく行かない、そのことが労働爭議の一つの原因になつている、こういう事実をあなたは……。
○菅家證人 それらのことは管轄の内郷署長が詳細に調査して承知しているし、あるいは石炭地区管理委員会、それらの面で詳細に研究され、檢討され、審議されるものと私は判断して、職務の方も自分の方に多いし、その内容まで調査する力はありませんからわかりません。
○神山委員 矢郷の場合はこういうような問題があつて、それが大きな紛爭の種になつている。賃金の欠配が長いことあり、首切りが出ている、こういう條件があつて、労働者自身とすれば、自分の生活防衞と山を守るために立ち上つている。それを逆に警察が彈圧しているという事実があるから問題が起つている。從つてあなたのところに行つて労働運動を彈圧するなという根拠は、あなたが知つている知つていないにかかわらず、ここにこういうことがあつたのだということを言つている。
○菅家證人 そのときはそういう模様でなかつたのです。
○神山委員 それではお聞きしますが、朴重根君は民青の指導者ですか、朝連の指導者ですか。
○菅家證人 朝鮮民主青年同盟の指導者であり、あわせて共産党と連絡していろいろと努力しております。
○神山委員 共産党のことを私はまだお聞きしていないのだが、朝連と民青との関係を聞いている。朴重根君は朝連か民青かということをお尋ねしたのですが。
○鍛冶委員長 民主青年同盟の指導者……。
○神山委員 先事ほど委員長は民青とおつしやつたのですが、調査員の報告によれば朝連になつている。從つてその事実をお聞きしたかつたのだが……。それではその民主主義青年同盟というのはどういう任務を持つているのかあなた御承知ですか。
○菅家證人 北鮮共産党の指導を受けて、共産運動をたくましくやつているというふうに知つております。
○神山委員 今あなたのおつしやつたことは非常に重大な問題です。というのは、この在日本朝鮮民主主義青年同盟というのは、あなたがおつしやるように北朝鮮からの指導は一本も受けておらない、また日本共産党の直接の指導や統制のもとにあるものではない。そうではなくて在日六十万の朝鮮人諸君が、自分たちの生活防衞と、祖國の再建という大きな目的のためにつくつた民主的な青年團体である。これがもしもあなたが言うようなものなら、どういう根拠に基いて、いかなる事実に基いてそれを言うか。
○菅家證人 それは結局、彼らと私は二箇年一緒におりまして、相当話もしておりましたが、話をするたびに北鮮の方がいいので、彼らは理想境を建設しておるから、われわれはその指導によつてそういうふうにやるのだと言つて、そうして磐城地区の共産党員と常に行為をともにし、土橋代議士と常に飯を食つたりなんかしているから、私どもはそういうふうに思つている。
○神山委員 それはあなたがそういうふうに判断したのですか。
○菅家證人 いや具体的事実に基いて言うのです。
○神山委員 具体的事実と言うのなら、將來証拠になる資料を文書で提出してもらいたい。民主主義青年同盟が共産党の指導下にあるこういうものだということを資料として要求します。
○鍛冶委員長 今言つた程度の、そう思つているということなのだ。
○神山委員 それでは次にお尋ねしますが、あなたは全國的な暴力革命を共産党がやるということをおつしやいましたが、いかなる事実に基いてそういうことをおつしやいました。
○菅家證人 常にわれわれが接触する、いわゆる情報を持つていると目される人や、われわれの部下もそういう話を聞いて來るので、その中から結局結論的にそう信ぜざるを得ないという結果になるのであります。
○神山委員 その全國的暴力革命というのはどういうことなのですか、ひとつお聞きしたい。あなたがいろいろな情報を聞いたとか、また警察官がいろいろ調べて來たというのは別個の問題として情報をだれが提供したか、これを聞きたい。全國的暴力革命をやるとあなたが断定したからには、全國的暴力革命というのは何かということを、あなたは言わなければならぬ。
○鍛冶委員長 彼らの言動から聞いたと言うのでしよう。だからそういうことがあつたのかね。
○菅家證人 常にそういうふうに聞えておるし、また特殊の書面でも見ました。
○神山委員 よろしい。それでは今度問題を轉換しますが、そうすると、百五十名の代議士を共産党がとつで天下を取る云々と言つたというのですが、百五十名の代議士を出すということは暴力革命ですか。選挙によつて民自党は二百六十九名をとつて今絶対多数だ。しかし選挙違反も絶対多数だ。その他の破廉恥罪も絶対多数だということは明らかである。それは別個の問題としても、絶対多数をあくまでとろうということは合法的な方法ではないか。現在の議会制度に基いて百五十名出すというのはどうなのですか。
○菅家證人 その点はおつしやる通りかもしれませんが、そういうふうにして新しく法律をつくるのだから、今の法律は守る必要はないのだ、こんな法律を守るのはばかげたことだと言つておるのを皆聞いております。
○神山委員 おつしやることにあなた責任をもつて言えますか。
○菅家證人 私ここへ來てしやべるからには、責任を持たずには言いません。
○神山委員 新しい法律をつくるということと、法律を守らなくてもいいということは別な問題だが、あなたわかりますか。
○菅家證人 わかります。
○神山委員 そこで全國的の暴力革命ということをあなたは聞いておると言われるが、こん棒を持つて來たり、警察官のパチンコをとつたり、お巡りさんの背中の皮をむいたというようなことではない。全國的暴力革命というのは、全國の労働者諸君が圧倒的多数をもつて、全國民が自分で武装して立ち上る、農民も押し出すというような全國の客観的革命情勢になることである。そういうことを日本共産党はやらないと言明しておるじやないか。從つて平和的方法でやるからということを土橋君が言つておるのだ。この次に民自党内閣をぶつ倒して、百五十名の代議士をとるということが何が惡い。暴力革命はわれわれの意図ではない。支配する方も支配される方も……。
○鍛冶委員長 そこで演説をぶつてはいけないよ。
○神山委員 やじるからしようがないじやないか。
○鍛冶委員長 しかし証人に聞けばいいじやないか。
○神山委員 だから証人は全國的暴力革命ということを知らないのだから、共産党は全面的暴力革命というのは、あなた方の言うようには考えていない。今言つたように、全國民的危機になつて、圧倒的國民大衆が自分で武装して立ち上るときこれが暴力革命だ。しかしそれは今の日本でやつてないから、土橋君が言つたように百五十名の代議士をとると言つておるのじやないか。これでもあなたこれが暴力革命だと言えますか。
○菅家證人 そういうふうに御指導なさつておれば、ああいうふうに大勢がわいわい押しかけて來ることはないのじやないかと、私は常に思つておるのです。
○神山委員 それでは今度お尋ねしますが、どういう人があなたにこういう情報を持つて來ましたか。
○鍛冶委員長 答えられぬなら答えられぬと言いなさい。答えられませんか。
○菅家證人 それはわれわれの部下もいろいろ話を聞きますし、私も外部の人にいろいろな機会に接触して話を聞きますから……。
○神山委員 こういうこともある。最近は民自党の手先の人がそういうことを言つて歩くということもあるから、何の太郎兵衞がこういうことを言つたと言つてもらはないと、共産党はきわめて迷惑だ。責任ある、あなたに情報を提供したという人の名前を——言えないとおつしやれば言えないでよろしいが、しかし言うならば名前を言つてもらいたい。
○菅家證人 われわれもいろいろな人から聞きますが、そう判断を迷うようなこともないと思つて、それはそれ、これはこれと実は聞いておるのであります。
○神山委員 それならば民主自由党の名前が出たが、あなたは最近の新聞にたくさん出ておるいろいろな声明、ことに廣川幹事長がこういうことを言つておるのを御存じですか。 〔「そんなこと言つてない」と呼ぶ者あり〕
○菅家證人 新聞に出たのは拝見しましたが、一々今記憶しておりません。
○神山委員 新聞に出たのを御承知ならよろしい。それで二十九日ですか、あなたと内郷の署長と平の署長が集つていろいろ相談された。この場合にあなたは当然縣と打合せてやられた。しかも大事な点はここだ。これはよく聞いてもらいたいが、若松や郡山、福島で事件があつたから、こうおつしやる……。
○鍛冶委員長 そうは言はぬ。ありそうだからと言つたのだ。
○菅家證人 一番先に三菱廣田工場に相当騒ぎがあつて、警官が自動車で一部行つておるという話も当時聞いておりました。
○神山委員 それはよろしい。郡山は。
○菅家證人 郡山は日にちはどつちが先でしたか、ちよつと今記憶しておりませんが、やはり当時鉄道の方々を中心とする者が、警察その他に相当大量に押しかけて、いろいろ処置に苦心をしておると聞いておりました。
○神山委員 福島は。
○菅家證人 福島もまたいろいろ管理部に行つたり議会に行つたりしておることを聞きました。
○神山委員 けつこうです。それで若松は二十九日にあつたのはあなたのおつしやる通り。問題は少しこまかい問題になるが、郡山は三十一日夜、一日の午前零時三十分から、福島が問題になつたのは三十日、すなわち二十九日の後である。これはどうなんだ。どつちが先か。
○菅家證人 相当險惡な情勢があるので……。
○神山委員 すなわちあなたのおつしやつておるところの、こういうものに基くということがかりにあるとすれば、あなたは日時がさかさまになつておる。だから結果から見てこういうことが第一に推論される。二十九日にあなた方が会つてこういう打合せをしたことが、かえつて三十日の問題を激発しておるのだ。
○菅家證人 いろいろ当時險惡な情勢があるということで、警察力を用いて、警備力を増すということについて苦心しておるという話を聞いておりました。
○神山委員 あなたが今おつしやつたことをおつしやつておればよいが、福島、郡山の問題をお出しになることによつて、あなたのおつしやつておることが信憑力がないことを立証しておる。もう一つ大事なことは、二十九日に近所の警察署長が集つた、そのことがむしろ三十日の事件を挑発したのであるということがわかる。
○鍛冶委員長 もうよろしいでしよう。済みました。御苦労さんでした。 一言皆さんに申し上げます。証言を求める前に、委員各位にお願いいたします。最近委員各位の間に不規則発言が多いようですが、その中でも委員の氏名を呼び捨てにしたり、君をつけなかつたり、野卑な言葉等を使われることは國会の威嚴にも関することですから、お互いに愼んでいただきたいと存じます。なおたびたび御注意いたしたことですが、証言中に委員間でかつてに應酬したり、また証人の証言に対して何らかの示唆を與えるような不規則な発言は、各自自粛して十分愼しんでいただきたいと思う次第です。何とぞこの際あらためてお願いいたしておきます。 —————————————
○鍛冶委員長 ただいまお見えになつております証人の方々は高場市太郎さん、片桐四郎さん、山口茂樹さん、佐久間勇さんの四人であります。ただいまより平市をめぐる騒擾事件について、証言を求めることになりますが、証言を求める前に各証人に一言申し上げますが、昭和二十二年法律第二百二十五号議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならぬことと相なつております。 宣誓または証言を拒むことのできるのは、証言が証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または証人とこれらの親族関係のあつた者及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するとき、及び医師、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあつた者がその職務上知つた事実であつて、黙秘すべきものについて尋問を受けたときに限られておりまして、それ以外には証言を拒むことはできないことになつております。しかして、証人が正当の理由がなくて宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることとなつておるのであります。一應このことを御承知になつておいていただきたいと思います。 では法律の定めるところによりまして証人に宣誓を求めます。御起立を願います。高場さんひとつ代表して読んでください。 〔証人高場市太郎君各証人を代表して宣誓〕
○鍛冶委員長 署名御捺印を願います。 〔各証人宣誓書に署名捺印〕
○鍛冶委員長 証言を求める順序は佐久間勇さん、それから高場市太郎さん、片桐四郎さん、山口茂樹さん、こういう順序でお聞きしますから、佐久間さん以外の方はいま一度もとの控室でお持ち願います。 佐久間勇さんですね。
○佐久間證人 はい。
○鍛冶委員長 こちらから聞くときは腰かけておつてよろしゆうございますが、質問か何かに答えられるときは立つて、なるべく委員長に許可を得てやつてください。それから答弁はこちらの御質問の範囲内のことに制限していただきます。 あなたはどこにお住いでどういう御職業ですか。
○佐久間證人 郡山市阿彌陀町十三番地、職業は政党役員、共産党の郡山地区委員長をやつております。
○鍛冶委員長 郡山地区委員長はいつからおやりですか。
○佐久間證人 このごろは大臣の名前も忘れるころなんで、はつきり覚えていませんが、たしか二十三年の十一月十五日ごろだろうと思います。共産党というのは、何も私がなろうと言わない間にしてくれるんで、私の方もいつなつているかわからない状態なんです。
○鍛冶委員長 さる六月二十七日に郡山の市会に対して、大勢が押しかけて陳情または申し入れ等をした事実があつたそうですが、あなたもそのときおいでになりましたか。
○佐久間證人 私はそのとき行つておりません。
○鍛冶委員長 そこへおいでにならないでも、どういう人がどういうことを言つておつたかを御承知ですか。
○佐久間證人 当日私は秋田の方に行つておつたのでわからないけれども、郡山の労働組合の代表、それから共産党の代表、その人たちが陳情に行つて、今郡山に起つている問題について、郡山市で緊急に処置してくれるように確かにお願いにか行つておるはずです。
○鍛冶委員長 郡山に起つておる問題とはどういうことです。
○佐久間證人 郡山は人口が六万八千あつて、そのうち工場に勤めている労働者の家族が三万もあるというようなひどい工業都市のわけです。ところがこの工業都市が本年に入つてばたばたと保土谷郡山製作所、あらゆる工場を中心として、何のためか知らないが計画的につぶれ始めた。そこでこの郡山の人口の約三分の一を占める人たちの間において——これは福島民報においても書いてありますが、三分の一を占める人たちの間に、主食を配給を受けるたびに、十日分そのまま受取つて行けない家族が非常に多くなつた。いわゆる主食をそのまま受取れない家族が多くなつたことが一つ。それからあらゆる工場に首切り、賃金遅配が起きて來て、労働者の家計が窮迫して來たことが一つ。さらにもう一つは、郡山の商店並びに中小企業家も去年の三分の一に賣上げが減つた。こういう事実から工場も立て直さなければならぬ、こういう問題で、第一番に郡山の産業を復興するための中小企業家、労働者市民の代表を入れた復興会議をつくれということ。それからもう一つは主食の掛賣りの問題、もう一つは首切り反対の問題、もう一つは縣内の郵便預貯金の十一億六千万円を地元の工業に、地元の産業に融資するよう、この案件をもつて陳情に行つたわけです。これが今郡山に緊急に起つておる問題で、これをしなければ郡山がどうしてもよくならない、こういう観点から確かに大勢の労働者諸君が市会に陳情に行つたのだろうと思います。
○鍛冶委員長 これはあなたの方の郡山地区共産党としては、そういうようなことをやるような、何か指導なり指令を出しておいでになつたのですか。
○佐久間證人 別に指導とか指令ということはないけれども、共産党は元來日本の産業を復興し、日本の独立を守ることが建前になつておる。そういう意味で郡山の産業がつぶれようとするときに、これをやらなければ話にならぬわけで、そういう建前から私たちがこの問題を取上げたので、あたりまえの問題で、別にどうこうということはないわけです。
○鍛冶委員長 それから承るが、主食の掛賣りというのは、市会に行つたら実現できることになると思つておいでになりましたか。
○佐久間證人 それは私の方ではわからぬことで、ただ市会に、われわれ郡山の苦しい状態をお願いして、一緒にできるところまで協力してやつていただこう、そういう考えのわけで、もちろんお願いするからには、できるところまでやつて行こうという腹があるのはあたりまえです。
○鍛冶委員長 それから当日傍聽人が議場へ押しかけまして、議長の静止も聞かないし、特定の議員の発言について声援をするし、ほかの議員に対しては議事の妨害をしたというようなことを聞いておるのですが、その点はお聞きになつておりませんか。
○佐久間證人 その点は私もあまりよく聞いておりませんが、國会においても小便をしたり、女の人のほおをなめたり、そういうことが起つていると聞いているので、労働者は非常に天才ですから、あるいはそういうことを物まねをしたのではないかとも考えるのですが、そういう点は私はそのときい合せておらないので、詳しい事情はわかりません。
○鍛冶委員長 知つているかということを聞いたのだが、國会におけることを君は言われるが、それはどういう意味ですか。
○佐久間證人 労働者は物まねがうまいから、多分そういうことがあつたのではないかということを考えた。
○鍛冶委員長 國会で傍聴者がさようなことをしたということを聞いていますか。
○佐久間證人 それは聞いておりません。
○鍛冶委員長 それじやどうしてそういうことを言うのですか。こつちの聞かないことを君はどこまでも主張し切りますか。議会の権威のためにわれわれはそういうことを聞き捨てならぬ。
○佐久間證人 多分われわれはそういうことではないかということを言つたのです。
○鍛冶委員長 議会の傍聴人にさようなことをした者はない。それをあると主張しますか。第一こつちの問わぬことを君は言うのだが、どういう意図で言うのですか。こつちの問わぬことを、そういうことを答えるのははなはだおもしろくない意図から出ているように思うが、取消したらどうですか。
○佐久間證人 傍聽人がやつたことはないということは知つております。だから取消してもよろしい。取消します。
○鍛冶委員長 もつとまじめに答えてもらわなければ困ります。
○佐久間證人 まじめに質問していただきたい。
○鍛冶委員長 一体どういう点でそういうことを言うのですか。一体だれがふまじめな質問をした。どういう意味なんだ。
○佐久間證人 それじや訂正する。ふまじめな、あまりふざけたやじを飛ばさないようにしていただきたい。質問は訂正する。
○鍛冶委員長 あらためてもう一ぺん言うが、委員長の質問に答えてもらいたい。その範囲外のことを言われても、かえつてほかのことを言う意図であると認めるほかはありませんから、りてのつもりで……。 その翌日の二十八日にも、相かわらず市会へ押しかけた者があるそうですね。そのときもあなたは行きませんか。
○佐久間證人 二十八日にもおりません。秋田に行つておりました。
○鍛冶委員長 二十八日の市会でもずいぶん騒いだそうですが、それが済んでから市長に面会を強要して、いろいろ交渉したということを聞いておりますか。
○佐久間證人 二十八日にはおらないからわかりません。
○鍛冶委員長 そういうことはあとで聞きませんか。
○佐久間證人 わかりません。
○鍛冶委員長 三十日にそれらの人が福島へ出かけたようですが、そのときに市長を一緒に強要してつれて行つた事実はありませんか。
○佐久間證人 それは前日の二十九日に労働組合と土地市民團体と市長との懇談会があつたそうです。その節に、郡山のこういう苦しい事情を考えて、じや市長も一緒に諸君たちと行こう、そういうことを自発的に申して出たので、三十日に出かけた、そういうことを聞いております。
○鍛冶委員長 あなたは三十日に行き、ましたか。
○佐久間證人 私は参りません。
○鍛冶委員長 そこで三十日は郡山の人も一緒に縣議会にいろいろ陳情したそうですが、そのとき市長は一緒に行つたと聞いておりますが、どうですか。
○佐久間證人 そのときに汽車までは一緒だつたそうです。郡山から福島駅までは一緒に行つたそうですが、福島駅から降りた途端に、市長は労働組合の人たちと一緒に行かぬ、そう言つてかつてに縣会に行つてしまつたそうです。そういうようなことを聞いております。
○鍛冶委員長 そこで聞きたいのだが、あなたはさつき市長は自発的に行つたと言われたが、自発的に行つたのなら、向うに行つたら隱れたりせぬはずだが、その点はどうですか。
○佐久間證人 市長という人はよく気持をかえる人なので、私もその間にい合せないのでどういうふうにして急に氣持がかわつてそういう態度をとつたのか私にもわかりかねます。
○鍛冶委員長 ところがその福島に行つた一行は、その晩のうちに郡山にもどつて、続いて郡山に待ち合せておる者と合同して郡山市署へデモをやつたというのですが、この事実はいかがですか。
○佐久間證人 三十日の夜ですか。
○鍛冶委員長 そうです。
○佐久間證人 デモというか何か知らぬのですが、郡山市の警察署に行つて、不当な彈圧をやらないようにと、そういうことを陳情に行つたことは、申入れに行つたことは事実です。
○鍛冶委員長 あなたも行つたのですか。
○佐久間證人 三十日の夜ですね。私も行きました。
○鍛冶委員長 何か郡山署でそういう労働運動の不当彈圧をやつたという事実があつたのですか。
○佐久間證人 昨年の暮でしたか、小松に一度首切りがありました。このときは会社側で即日首切り通知を出して、即日立入り禁止を命令して來たわけです。それでこういう状態なので、労働組合が、即日首切り通知を出して即日立入り禁止というようなばかな話はないというわけで、翌日会社の中に入つた。ところが会社側は百二十名の警察官を動員して彈圧して來たという事実があつた。さらにことしに入つて保土谷の賃金遅配の問題——これは三月ごろだと思います。それから國鉄の六月ごろの首切り反対闘爭——このころに警察官が私服五、六名ないし官服の人間を國鉄の職場内に入れて調査を続けておつた。この事実ははつきり警察署のある人間と確認しておるので、いつでもこの証拠は提出できます。こういう事実が続いておつたので彈圧を絶対にしないようにということを申入れに行つたのだと思います。
○鍛冶委員長 小松というのは、どこです。ところですか、工場ですか。
○佐久間證人 小松は工場の名前です。
○鍛冶委員長 郡山にある……。
○佐久間證人 そうです。
○鍛冶委員長 それにしてもどうもえらく期間がある。その事実を今日どうしてむし返してやつたのですか。三月というと三月以上になりますね。
○佐久間證人 いやいや、今申しました六月に國鉄の首切り反対闘爭が來るということで、職場長と一緒に國鉄で今首を切られたのでは困るから守つて行こう。ことに郡山の機関区の状態なんかひどいもので、機関車三十六台のうち満足なのは六台しかないという状態なので、機関区長もつとに首切りをやられたのでは困るということを認めておつた。それで首切りをやらないで、どうしても職場を守らなければならぬというので、区長と一緒に闘つて行こうということでお互いに約束をとりかわして闘爭をやつておつた。そういうときに警察官がしばしば來て干渉し、この交渉を妨げるようなことをやつたという、そういう事実がたびたび起つておつたのです。
○鍛冶委員長 それで署長に、どういうことを要求してどういうことになりましたか。
○佐久間證人 当日ですか。
○鍛冶委員長 そうです。
○佐久間證人 当日、いわゆる代表八名が署長室に入りましていろいろ話した結果、当日平の方に出動させたそうですが、警察署が労働者を彈圧しないということ、今後とも絶対労働運動に干渉しないということをまずお互いに話し合つてきめた。そのとき平に警察官を出したということが出たので、それじや労働運動に干渉しないということを言つておるなら、平に郡山自治警察から出した警官もついでに、帰してくれということを話した結果、それも承知してくれた。この二つがそのとき話した結果きまつた事項です。
○鍛冶委員長 そのとき聞かないならば、われわれは農民、市民と共同して実力行使をやるがよろしいかと言つて迫つた者があるそうですが、それはどうですか。
○佐久間證人 その当時私もその交渉の席に出ておつたですけれども、そういうことは聞いておりません。第一農民、市民の実力行使というものは、どういうものか私もわかつておりません。
○鍛冶委員長 農民、市民はなくてもよいが、もしこれに應じないならば実力行使をやつてこれを阻止するか、それでもよいかと言つた事実はありましたか、なかつたですか。
○佐久間證人 何しろあのときは混雑最中なので、はつきりした記憶はないですが、私たちが交渉しておる間、外の方で何か言い合いはあつたように覚えております。
○鍛冶委員長 いや、署長室で……。
○佐久間證人 はつきりした記憶はありませんが、そういうことはなかつたように思います。
○鍛冶委員長 それからわれわれの目の前で平の應援を帰るように手配せよと言つて、警備主任にそこで電話をかけさせたという事実はありませんでしたか、
○佐久間證人 その事実はあります。向うが承知したから、その通りやつたのだと思います。
○鍛冶委員長 承知した以上はすぐここで電話をかけろとやつたのか。
○佐久間證人 そのときに江花という警備主任が皆さんたちにお誓いしたはつきりした証拠を示すために、皆さんたちの目の前でやつて上げましようと言つて進んで彼自身がやつてくれたわけです。(「ほんとうのことを言え」)それがほんとうです。何しろ出ておつた本人が言つておるの、だから……。
○鍛冶委員長 間違いありませんね。
○佐久間證人 間違いありません。
○鍛冶委員長 先ほど読み聞かせましたが、宣誓して故意にうそを言うと偽証の罪のあることを御承知でしようから——間違いありませんね。
○佐久間證人 間違いありません。
○鍛冶委員長 二日の朝にも——これは二日の朝というか、一日の夜からのようですが、同様にデモをもつて市内の諸所を歩き、さらに今度は地区署へ押しかけて行つたという事実がありますが、この点はいかがですか。
○佐久間證人 デモか何かわからないですけれども、確かにそういう事実はありました。
○鍛冶委員長 これもあなたは一緒に歩きましたか。
○佐久間證人 デモの歩いておるときは、私は地区署に行つて郡山の今後の治安のことについて話しておつたので、そのデモには参加しておらなかつたのです。
○鍛冶委員長 日東工場というのがあるが、そこにも押しかけて行つたそうですね。
○佐久間證人 そこにも行つたそうです。
○鍛冶委員長 どういう目的で行つたと聞いておりますか。
○佐久間證人 それは前日、郡山の日東紡績でトラックを貸したそうです。その点について、労働者が自分の兄弟である労働者彈圧のためにトラツクを出すような労働組合があるか、こういうことは絶対にやらせないようにと、そういう点について抗議を申入れに行つたのだろうと思います。
○鍛冶委員長 地区警察署ではどういうことをやられたのですか。
○佐久間證人 地区警察署では前日の郡山自治警察署と同じように、ただ警察署当局に対して労働運動に絶対干渉しないようにと、その点を約束してもらつただけです。
○鍛冶委員長 それは署長室でそういう要求をされたのですか。
○佐久間證人 私たちが最初代表して行つたときは、署長室でその話があつたわけです。それで夜中に大勢の市民や労働者諸君が來たものだから、署長ももう一度明らかにしようと言つて玄関前へ出て來て、その旨を大衆の前ではつきり言つたわけです。
○鍛冶委員長 これもまた署長が自発的に出たのですか。
○佐久間證人 そのときは前もつて私たちが交渉に行つておつて、その結果皆の前でやろうということになつたわけです。
○鍛冶委員長 今あなたは、署長がやろうと言つたと言うから、署長が自発的に出たように聞えるが、自発的に出たのですか。あなた方が強要して前に出したのですか。
○佐久間證人 警察というのはおつかないので、私たちはそのときは四人くらいで行つたのですが、何十人の警察官がいたので、強要するどころか、話合いの結果きまつたのです。
○鍛冶委員長 強要した事実なしですね。
○佐久間證人 なし。
○鍛冶委員長 次いで三日に郡山市商工会館で日本民主青年同盟郡山地区結成準備大会というものが開かれたそうですが、これはどうですか。
○佐久間證人 その民主青年團というのは党組織とは別なんで、私はよく記憶しておりません。その当日開く予定だつたのですが、あとで聞くところによると、人間が集まらないので流会になつたというようなことを聞いております。それは党とは組織が別なので、はつきりした点はわかりません。
○鍛冶委員長 あなたはそう言われるけれども、共産党の郡山地区委員会が主催してやつたのだということを言つている人があるが、そういうことはないのですか。
○佐久間證人 それは民主青年團というものをおわかりにならない人が言うのだろうと思います。民主青年團はあくまでも民主青年團だ。共産党は政党なんだ。これははつきりしていて、共産党が主催してそういうものをやるということはあり得ない。
○鍛冶委員長 もつと言うてみれば、共産党本部の指令に基いて、縣の委員会でこういうことをやるときめたのだと言う人があるが、それはどうですか。
○佐久間證人 それは今申しましたように、共産党と民主青年團というのは組織が違うのですから、組織の違う方から指令なんて出るはずはないのです。
○鍛冶委員長 それから同じくその三日に、渡部義通代議士が來て演説会をやられたそうですが、それはどうですか。
○佐久間證人 私は三日は、一日中ほとんどおらなかつたので、その間の事情はよくわかりません。
○鍛冶委員長 どこかへ行つておつたのですか。
○佐久間證人 郡山の近くに三春という町がありますが、そこで町の人たちが、共産党について私から話を聞きたいというので、三日はそこに出かけておりました。
○鍛冶委員長 それで晩帰つたのですか。
○佐久間證人 晩帰りました。
○鍛冶委員長 晩何時ごろ帰りましたか。
○佐久間證人 晩は何時ごろだつたか、はつきりわかりませんが、おそらく十一時近かつたのではないかと思います。
○鍛冶委員長 演説会が済んでから、渡邊君を中心にして地区委員会が開かれたそうですね。これにはあなたは出ておられるだろうね。
○佐久間證人 地区委員会というわけではなかろうと思う。集まつた人たちで懇談会をやつたわけです。
○鍛冶委員長 それにはあなたは出たのですね。
○佐久間證人 それには出ております。
○鍛冶委員長 そこで今後の闘爭方針その他を協議せられたというのではないですか。
○佐久間證人 別にそういうことはないと思います。闘爭方針は私たちのアカハタに絶えず書いておりますので、別にまたきめる必要もないことなので、その席上ではそういうことはありません。
○鍛冶委員長 それから渡部代議士はこの前後においてもここに來たのではないのですか。
○佐久間證人 いつですか記憶ははつきりしておりませんが、二十二年ごろ來たのではないかと思います。
○鍛冶委員長 いや二十二年ではない、この六月に……。
○佐久間證人 六月前後には來ておりません。その記憶は私にはないのです。
○鍛冶委員長 渡部君はまず若松へ行つて、若松から郡山へ來たのじやないですか。
○佐久間證人 その通りだと思います。
○鍛冶委員長 初め若松に行くときにも、白河からそこに着いたときにも、駅前で演説をやつたり同志と会つたりしているのだというのですが、これはどうですか。
○佐久間證人 若松から郡山へ來たときですか、郡山の駅前で演説をやつたということを聞いておりますが、私は先ほど申しました通り、三日にはい合せなかつたので、詳しいその間の事情はわかりません。
○鍛冶委員長 三日ではない、もつと先だろうと思う。若松へ行つてこつちへ來たのだから二十幾日、だろうと思う。
○大橋委員 東京から若松に來たときには、郡山で演説しなかつたのですか。
○佐久間證人 そういうことはありません。
○鍛冶委員長 それから郡山市署に憲兵隊の副隊長が來られて、デモの参加者の代表者を呼んで何か注意を與えられたことがあるそうですが、そういう事実はありましたか。
○佐久間證人 その事実はあります。
○鍛冶委員長 あなたは呼ばれて行きましたか。
○佐久間證人 それは三日なので、ちようど私がおらなかつたとき來たそうです。それで地区労の代表の佐藤一彌、國鉄の田中國光、党からは私がいなかつたので石井良一、この三名が行つたそうです。
○鍛冶委員長 それではあなたは呼ばれたけれども、おらなかつたから行かなかつた、こういうわけだね。
○佐久間證人 そうです。そのときいなかつた。
○鍛冶委員長 呼ばれたには呼ばれたのですね。
○佐久間證人 ええ。
○鍛冶委員長 どういう話があつたと聞いておりますか。
○佐久間證人 そのときの話では、今までやつたことは問題ないが、今後無届でデモをやつた場合には責任者を嚴重に処罰するからそのつもりでおられたいと、憲兵隊長がそのとき言つておつたそうです。
○鍛冶委員長 今までのことはさしつかえないというのですか。
○佐久間證人 さしつかえないとは言わないが、今までのは今までだが、今後やつた場合には責任者を嚴重処分するからというお話だつた。
○鍛冶委員長 別に今までのは不問に付するという意味じやないのだね。
○佐久間證人 それはどうなるかね。
○鍛冶委員長 ほかにお聞きになりますか。
○菅家委員 証人にお尋ねするが、先ほど証人は郡山警察署の不当彈圧は昨年の十二月ごろより連続的に行われておつたので、その不当彈圧に対する一つの抗議を申込むために警察に行つたのだと証言している。小松醤油店の爭議は十二月である。そのとき警察が百二十名をもつて彈圧を加えたということを述べておしますが、この百二十名というのは、百二十名ぐらいなのか、はつきり百二十名行つたのか、その点お聞きします。
○佐久間證人 先ほど小松醤油の彈圧と言いましたがそれは間違いで、たしか私の言違いだと思うのです。浜津製作所と言つたはずですが、そのとき言いませんでしたか。
○鍛冶委員長 それは二度念を押したが、小松と言つた。
○佐久間證人 それは間違いました。
○菅家委員 それは訂正するのでしようが……。
○佐久間證人 小松醤油のときに郡山の警察官が百二十名行つたということはない、それは浜津製作所の間違いです。
○菅家委員 それが十二月ですか。
○佐久間證人 日にちははつきり覚えておりませんが、去年の暮の十一月か十二月です。
○菅家委員 浜津鉄鋼の爭議というものを簡單に言つてみると、警察官がただ行つたからといつて彈圧になるものじやない、不当なることを労働者がやればこれは労働運動を逸脱したる行為として取締りを受けるのです。そこで警察官がどういう彈圧をしたか、圧迫したか、干渉したか、その事実を証人は述べてもらいたい。
○佐久間證人 そのときお労働爭議は、先ほど申しましたように社長が労働組合員全員を、その時日は忘れましたが、当日正午サイレンを鳴らして農場に集めて、即日首切り通知を発表し、立入禁止を命令したわけです。そうしてその翌日会社側はただちにその会社内の、あまり正確なことはわかりませんけれども、立入禁止の仮処分を裁判所に申請したそうであります。それで労働組合側もそれではこれはあまりにも労働法に違反している、そういうことでこのままわれわれが即日解雇で立入禁止というのでは話にならぬというわけで、翌日工場の中に入つて一日か二日間ぐらい働いたそうです。そこへ会社側は一方的に申請した仮処分の強行のために、警察官を連れて二、三日後に労働者を工場から追い出しに來た。それが眞相だと思います。
○菅家委員 証人はその現状を目撃してそういうことを証言するのですか。
○佐久間證人 そうです。その時分私も居合せました。
○菅家委員 証人もおつた。それならお尋ねするが、ただ警察官がそこへ百二十名も、何もない労働爭議のところに行つたのではない。しかも労働者は法規違反だと言つて中で乱暴狼藉を働いた。工場長を脅迫し、経営者側に向つて乱暴狼藉をやつて、遂にこれは進駐軍の者が行つて発砲までしておるじやありませんか。普通じやなかなか進駐軍が労働爭議のところに行つて、ピストルをもつて発砲するほどの騒ぎは起りません。現状を証人は見たならば、その事態がいかなる事態かわかるだろう。非常な乱暴狼藉を働くので、やむを得ず警察側の力を借りてそれを鎭めるために、警察官が行つたのだ。そういうことを証人たちは彈圧と考えておる。それは非常な間違いだ。得手かつてなことをしたので、進駐軍まで行つて発砲をしてこの騒ぎを鎭めるというようなことになつたのである。これは警察が行くのが当然であつて、そういうのは労働運動の彈圧というのではない、そういうことを考えているから証人は非常に間違いなのだ。 そして証人は大分さつきからせきこんで浜津鉄鋼所と小松醤油を間違えるような発言を、この神聖なる委員会でなさらぬように、もつとおちついて、これは速記に載つておるのであるから、そういうはなはだしい間違いをしないように。取消せばいいのであるからそこはあえてとがめはいたしませんが、よくおちついてそこに間違いがないようにひとつ証言願いたい。 その当時証人がおればわかるのだが、これは彈圧とは言えない。この間警察署の彈圧が保土谷においてあつたと言うが、その圧迫を加えておる事実があるならばその証拠を示していただきたい。それから先ほど証人は機関庫構内に警察官が行つて組合の労働運動を彈圧した証拠の書類があるとおつしやるが、その書類があればお出し願いたい。
○佐久間證人 浜津鉄鋼所の件からお答えいたしましよう。今菅家委員は労働者側が乱暴狼藉を働いたと言つておるが、あなたは郡山市の浜津鉄鋼所の当時の爭議を見ておるかどうか知らぬが、あのときは私は直接立会つておるが、会社側では斎藤某、さらにもう一人の無頼漢を雇つて、労働組合側が正当な作業を続けようとするときこれを阻止し、あまつさえ新聞に発表になつている通りに、副組合長が警察側から頭を傷つけられて、そうして労働組合の二、三の者も会社側の連中から傷つけられておるという新聞を、あなたはまさか郡山におつてそれを見ないはずはないと思うが、これをあなたが一方的に労働組合側が乱暴を働いたということになれば、私は郡山に帰つて申開きができない。そういうことを言われてだまつて私は郡山に帰れない。そういう点をはつきりしておくために一應言つておくわけだ。
○菅家委員 証人は私の問いに答えずに、私に指さして詰問的態度に出るのであります。委員長からそういうことに対して注意していただきたい。
○鍛冶委員長 議論するのじやないから……。
○菅家委員 われわれは証人の証言を求めるのである。君と派閥的抗爭や議論をしておるのではない。そういう事実がなかつたならなかつたでよろしい。 しからば証人にお尋ねするが、そこにM・Pが來て発砲したという事実はあつたか。
○佐久間證人 それは発砲なんかしておりません。
○菅家委員 よろしい。それは速記に取つておいてください。 それから機関庫というのは、先ほど証人は駅構内に警察官がいろいろ彈圧したというのは、証拠の書類があるということを述べておる。その証拠書類があるならば、それを本委員会に提出してもらいたい。
○佐久間證人 証拠書類があるということをお聞きになつたのは、ちよつと早耳かと思います。私がさつき言つた中で、その当時のことを警察官もはつきり確認しており、そういう確認の証拠は人間もおるので、そういうことを証明できますということを言つたのである。
○菅家委員 書類でなく人間でわかるというのですか。 もう一つ証人にお聞きいたしますが、日東紡績に夜おそく四、五百名の者が徒党を組んで、警察側が自動車を出したのは不都合だと言つたということを証人は先ほどの証言で述べておるが、その当時証人は日東紡績に行かれましたか。
○佐久間證人 私はそのとき一緒に行つておりません。あとからみんなが帰るころ行つて、組合長とお話して、同じ労働者なんだからそういうことをやらないようにしたらどうか。そういう点を話して別れて來ました。
○菅家委員 そうすると夜おそく、そう急を要する問題ではない。警察に自分たちの仲間の労働者を彈圧に行く警察官の自動車を出すことは不都合だというので、夜半門の締つておるのを打ち破つて行く必要はないのであります。そこには行かなかつた、その後にあなたは行つたという、それならお尋ねするが、その後に引揚げて、一時二十分前後であるが、郡山の警察署のすぐ前に、多数の者が、証人初め何名かがおつて鈴木地区警察署長を門前に呼び出して罵詈讒謗、聞くにたえざる暴言を吐いて、いろいろなことを要求しておるということはお認めになりますか。
○佐久間證人 罵詈讒謗だか何だか知らぬですが、両方とも興奮しておつたから相当やりとりはあつたと思います。
○菅家委員 両方興奮しておるとおつしやるが、鈴木警察署長が諸君の前に一言も何ら発しないで、四十分間黙つて立つておつた。直立不動で聞いておつたではないか。
○佐久間證人 四十分間默つておつたということはありません。
○菅家委員 何か発言したという事実はありますか。
○佐久間證人 あります。私も頭が惡いからよく覚えておりませんが……。
○菅家委員 自分の都合の惡いことは覚えてないと言うならばそれでもよろしいが、君たちは盛んに大勢の力をかりて警察に惡口雜言を言つておつた。後ほどその事実を具体的に聞くが、警察署長はがまんをして、君たちが退散するまで何にも言わなかつたというのが、多くの新聞記者その他多数の者が見ておつて、これは歴然たる事実なんだ。そこで新聞社がこの光景をとろうとして写眞のマグネシウムをたいた。委員長、その写眞を証人に示してもらいたい。その光景の写眞を証拠として出しておるのである。そのときに福島民報の記者がそれをたいたのであるが、そのとき証人は、今そこでマグネシウムをたいた新聞社はどこの新聞社だ。覚えておれよ、あとでひどい目にあわせるから、ということをはつきりみんなの前で言うておる。そういうことを言つた事実があるかないかを証言してもらいたい。
○佐久間證人 そのひどい目にあわせるからという言葉は使つていなかつた。
○菅家委員 何も言わなかつたか。
○佐久間證人 いや言いました。今まで新聞に写眞をとつたのは福島民報だと思いますが、福島民報というのは長年の間非常に反労働者的なんで、そういう点から……。(「そんなことはいいよ」)いやこれを言わなくちややはり何で私が怒つたのだかわかりません。
○菅家委員 何で怒つたかを質問しておるのじやない。どういうことを言つたかということを聞いておるのだ。(発言する者多し)
○鍛冶委員長 應酬はやめてください。なんだつたらあとでそつちで言つたらいい。
○菅家委員 新聞社が写眞をとるためにフラツシユをたいた。今それをたいたのはどこの新聞社だ、覚えておれ、あとでひどい目にあわせてやるということを言つた事実があるかどうか、それでいいのだ。
○佐久間證人 そのときに使つた言葉はわからないが、それにたぐいした言葉は使つたと思います。その後その席上でそれにたぐいした言葉がどういうものだかということは、やはり不買同盟を行うというような形でこれが進んで行つたと思います。
○菅家委員 そうするとこういうように解釈してよろしいですね。はつきりは覚えていないが、それに似かよつたところの暴言を吐いたということに承知してよろしいですか。
○鍛冶委員長 菅家さん、ちよつと待つてください。七月二日午前零時十分ごろ郡山市署へ押し寄せた共産党員と書いてある写眞です。そのときの諸君の光景だそうだが、これは間違いありませんか。
○佐久間證人 そうです。
○鍛冶委員長 その写眞をとつたのは福島民報じやないのか。
○佐久間證人 そうかもわかりません。
○菅家委員 そこで証人はかくのごとき暴言を吐いている。新聞社は、報道陣はこの事件を報道する写眞をとる自由を持つておる。また当然なる職責である。にもかかわらず証人はかくのごとき暴言を吐いて、今日は済まないことをしたとお考えになつておりませんか。そういうことは正しい自分の言葉だとお考えになつておるか。
○佐久間證人 私が前にやはり新聞で問題になつたとき、一度福島民報によつて非常に侮辱を受けたことがあつた。それは事実無根であつたが、郡山の共産党に関する限り、二回ばかりあつたのです。それは昭和二十四年になつてからですが、そういう事実がある。その事実に基いてそういうことを言つた。
○菅家委員 もし共産党に関係する証人の不利益な事実があつて、事実無根なことがあつたならば、法律的にそれはいくらでも制裁することもできれば、抗議を申し込む手続もとれる。今新聞社がそういうことをしたからといつて、諸君自体を新聞に写すときに惡口雜言を言つたことをいいと思つておるか、それを当然なことと思つておられるか。
○佐久間證人 以前こういう事実無根のことを福島民報に書き立てられて告訴したのです。ところがそれがうやむやにされてしまつた。そういう事実があつたので私はそのとき言つたことが、一應感情的だつたかもわからないけれども、福島民報に対する非難の言葉としては正しいと思つております。
○菅家委員 そのくらいの程度にとどめて、あとは意見にわたりますから……。しかしながらそれはうやむやにされたと証人は言つておるが、告訴事件がうやむやになるということはない。起訴であるとか、起訴猶予になるということが決定されている問題である。それとは関係ないことにおいて、君は少くとも天下の公党とみずから言つているところの共産党の地区委員長じやないですか。みずから陣頭に立つて夜中に警察署の前に多数のものを頼んで、新聞社が当然な職責をすることを覚えておれ、どの新聞だというような恐喝的な態度をとるということは、今後党のためにも愼まれた方がよろしい。証人個人のためにも愼まるべきことだと思う。われわれも郡山の人であるから忠告するのである。それ以上は何も論戰をしない。そこでその記事と写眞を掲載するのをとめろと警察署長に確約を交渉しておりますね。
○佐久間證人 それは、だれからだつたかわかりませんが、確約しないで済んだ。
○菅家委員 確約せよということを申し込んだでしよう。
○佐久間證人 しかしそれは署長の権限じやないので、そういうことはできないということで、そのまま終りになりました。
○菅家委員 それは証人みずからではなかつたのか。
○佐久間證人 私ではないと思います。
○菅家委員 思いますではない。そういう確約をあなたは言つていなかつたか。
○佐久間證人 私じやありません。
○菅家委員 それを速記にはつきりしてもらいたい。六月二十七日にさかのぼるが、証人は日時をはつきり覚えておられないだろうと思いますが、こういうことを言えばはつきりすると思います。大藏大臣が郡山に講演会に行つたとき、六月二十七日、正確に言えばその晩、郡山の商工会館で講演会を開いて——あなたの方の阿彌陀町十三番地ですか、地区委員会の事務所は、ここに電話がございますね。
○佐久間證人 あります。
○菅家委員 大藏大臣の演説が終るか終らないうちに、電話をかけてよこして、われわれを今夜大藏大臣の講演会に入れなかつたのは不都合である。終つたか終らないか、終つても終らなくても爆彈を持つて行くから承知しているというようなことを地区委員会のあなたの方の電話から、商工会議所に電話がかかつて來た。何人がそういう電話をかけられたか御記憶はございませんか。
○佐久間證人 先ほど一番最初に申しましたように、六月二十七日は私は郡山におりませんので、その間はよくわかりません。
○鍛冶委員長 二十六日の晩だというが……。
○佐久間證人 二十六日の晩もおりません。
○菅家委員 六月の二十七日にはおられなかつた。
○佐久間證人 おりません。
○菅家委員 どこにおりましたか。
○佐久間證人 秋田に行つておりました。
○菅家委員 そうすると、これは共産党事務所からそういうことを電話していたずらをした、いたずらだろう、いくら共産党でもただのおどかしだろう、おどかしに爆彈を持つて行くというようなことは共産党のよくやる手だからね、そういつておいたが、そういう電話をかけられたことは知らなかつたというならばそれでいいのだ。それから七月三日に渡邊代議士が來て演説したとき、あなたは來られなかつた。演説会が終つてから地区委員会に集つておられますね。あなたの事務所に……。集まられた人の名前をちよつとお聞きしたい。何名くらい地区委員会にお集りになりましたか。
○佐久間證人 そうですね、あのときには集つたのが十二、三名程度でしよう。
○菅家委員 大体おもなる人の名は覚えているでしよう。
○佐久間證人 私もはつきり四、五人ばかりしか名前を思い出せませんが……。共産党の市会議員で植村鶴吉佐藤一弛……。
○大橋委員 田中は……。
○佐久間證人 田中は共産党員じやないのです。あとは地区の石井良一がおりました。それから工機部の遠藤知一それくらいでちよつと思い出せません。
○菅家委員 その席上でいろいろなことが協議されておるようだが、協議された覚えておられる案件だけを答弁してもらいたい。
○佐久間證人 地区委員会の事務所では、ただ渡部代議士のあすの日程、それからきようの演説会の内容のいろいろな批判、それから集つた人間が非常に多かつたこと、今までの行動の報告、そういうことを打合せて、地区委員会ではそういうことだけで終りました。
○菅家委員 それ以外のことは何もなかつた。そこでこれは証人に聞いても、そこにおらなかつたということであるからわからないでしようから、他の証人から証言を求めようと思うが、しかしその渡部代議士の演説の批判があつたというからお尋ねするのだが、渡部代議士がこういうことを言つておられるが、それはその晩の批判に出ませんでしたか。人民政府の樹立は、ある一部の者には現在では不可能のように思われておるが、絶対に可能である。この闘爭は始められておる。今度の事件は小さいようであるが、まつたく偉大な成果を收めておるのである。いや革命の時期はまじかに迫つておる。われわれはこのことを深く認識し、ますます努力してもらいたいという結論で結んでおる。そういうような渡部代議士の言つたことは、話題に上りませんでしたか。
○佐久間證人 それは話題に上つておりません。
○菅家委員 それではこれは速記録もありますので、おらなかつたというならばそれでけつこうです。 もう一点聞いて終りにいたします。それはこの日東紡績に、自動車を貸したのははなはだ不都合だと言つて、深更玄関を打破つて多数の者が入つて行つた。市民は非常な不安の念であつて、共産党に対する怨嗟の声が多い。何も四、五百名も行かなくても、委員長である君らが一、二名行けば話はわかるはずである。多数の力を借りて行つたということで、市民は非常に不安の念にかられておる。もし行くならば赤旗を掲げて行く必要もない。革命歌を歌つて行く必要もあるまい。また市会議場の前を通るのに惡声を放つて行く必要もあるまい。にもかかわらず、門衞が支えておる門を破つて押し寄せたから、市民はまさに暴動であると思つた。ところがこれ以外に自動車を貸した者があつた。ひとり日東紡績だけではない。それは地区委員長のあなたがよく御承知でしよう。遠藤工務店、木炭配給所、渡辺組、食糧公團、貨物自動車その他へ、共産党の人たちが四、五人もしくは十人ぐらい隊をなして、その晩どうして警察に自動車を貸したのか、十月になるとわれわれの革命が起きて、われわれの政府ができるはずだ。人民政府ができる。お前たちがそんなことをするとひどい目にあわせるぞ、何か警察に弱味があるから警察に自動車を貸したのだろうと言つて、夜中に共産党員がそれぞれのところに行つて脅迫をしている。おどかしている。こういう事実を委員長たるあなたは御承知になりませんか。
○佐久間證人 私はそのときに最初に日東紡績の方に行つておらないので、その間の詳しい事情はわかりません。あとから行つて、いろいろな入るときの門なんかについてそこの組合長と話して、問題はこういうふうなことになつて、やはり同じ労働者が貸したというので、労働者は怒つてやつて來たのだから、今後労働者がそういうことをしなければ、そういうことも起らないようになるのだ。またこういうことも私がよく話しておくから、ひとつ今後こういうことのないように協力してやつて行こうではないかということで話して別れたので、最初に日東紡績に入つたときの状況は私にはわかりません。
○菅家委員 日東紡に入るときはわからないが、その後の情勢は証人の言う通り、今後そういうふうにしてもらいたくないということで、穏健に行くのも一つの方法だと思う。暴力で行くのは暴徒のやり方、しかも深更である。しかもそればかりでない。そのほかに本人の家を尋ねて行つたという事実を、委員長のあなたは御存じになりませんかということについて、証言を求めておるのです。
○佐久間證人 存じておりません。
○菅家委員 あとからでも個人の家にそういうことで押し込んで行つたという話をあなたは聞かなかつたか。
○佐久間證人 食糧営團に一人だれか行つて——その晩ではない、二、三日後に行つて話したということは聞いておりますが、あれが暴動かどうかわからぬのですが、菅家さんのような階級の人にとつては暴動であつたと思うのですが……。
○菅家委員 それはどういうのですか。
○佐久間證人 多くの市民にとつては、多くの主食の食えない人たちは、あれ以外の共産党に対する……。
○菅家委員 質問以外のことは言わなくてもよろしい。菅家さんあたりは暴動と言われるがと言うが、日東紡績に四、五百人も夜中に押し寄せたというのは、君は暴動とは言わぬのか。ぼくらがそれを暴動というのはどういう意味かね。
○佐久間證人 私はここで共産主義の理論をお話したくないので、それは神山さんがよくお知りになつておるからわかると思いますが、私の立場から言えば、物を持つている階級にとつては、労働者が生きる権利で立ち上ることが一番おつかないのですから、それを暴動というようなことで受取るのはあたりまえかと思うのであります。
○菅家委員 いくらか頭が変になつておるから、そういうことはもう聞きません。夜中に四、五百人も行つて、これが暴動でないと言うことは……。
○鍛冶委員長 菅家君、これはよほど重大だと思いますから、私からあらためて聞きます。 今の君の答えはわれわれにはふに落ちぬのだが、午前零時前後に四、五百名の者が隊を組んで赤旗を立てて、革命歌を歌つて門を破つて押し寄せたというのは、労働者の正当なる行為だと言われるのですか。
○佐久間證人 私はそのときは参加しておりません。あのときは別にトラツクを貸したところ以外には行つておりませんし、それからどこの商店にもほかのところには行つておりませんし、また門をあけるときには、あとから聞いたところによると、やはり話してあけさせたと聞いております。私もあとから行きましたが、別に門も何もこわれておりませんですし、そういう暴行脅迫の形勢はなかつたと考えておるので、そういう立場からそれは暴動ではない。また労働者の生きる権利から、ゴムまりに圧力が加わればはねかえるように、当然ああいう形で起つたのだろうと思います。
○鍛冶委員長 だから問題は、今の日東紡へ午前零時過ぎに四百ないし五百のものが革命歌を歌つて、赤旗を立てて押し寄せることは、労働者の正当なる権利行使だと、こうあなたは言うのですね。(発言する者あり)菅家君は暴動だと言われて、君はそうでないと言われるから、さらにそれは正当なる行為と言われるのか。
○佐久間證人 私は正当なる行為とか何とか——今暴動という言葉が出たから、その点で……。
○鍛冶委員長 これは重大なことです。
○佐久間證人 それではお答えしますが、私は物理学の法則は知つておりませんが、労働者というものはそれと同じように、何かほかから力が加わらない限りははねかえらないもので、郡山の計画は賃金遅配が起つてばたばた崩れる。そういうことが期せずして起つたので、それが正当な権利であるかどうかは私はわかりません。
○鍛冶委員長 けれどもさつき正当な行為だと言うから聞いておるので、それでは正当な行為ではないと直しますか。
○佐久間證人 私はそれはわかりませんと言つている。 〔発言する者多し)
○鍛冶委員長 静粛に願います。もう一ぺんあらためて一聞くが、それじやこれは正当か不正当かわからないが、労働者というものは何かの圧迫があればこれからこういうことをするのだ、こういうことを言うのだね。
○佐久間證人 それは私に聞いてもどうなるかわからない。
○鍛冶委員長 いや、でもそう言つた。労働者の圧迫はゴムまりがふくれるようになるから……。
○佐久間證人 だから吉田内閣の政府がどういうふうに押えつけて來るか、それいかんによつて私の方でどういうふうにふくれるかわからないですよ。
○鍛冶委員長 私の聞いておるのはそんなことを聞いておるのじやない。
○佐久間證人 將來どうなるか私にはわかりません。
○鍛冶委員長 君が言うから君の言うことをこつちは聞いているんだ。そんなふまじめな答弁をするなら……。
○佐久間證人 答えは出ておりますよ。正当かどうか言えと言つたつてあとで労働法か何かで法律できめることだし、私の言い得る範囲のことではありません。
○鍛冶委員長 君が言うたから私は言うておるのだ。ではもう一ぺんあらためて聞こう。深夜四百ないし五百の者が工場に押しかけて門を押しあけて入つて、革命歌を歌つて赤旗を振つて行くということは労働者の正当なる行為とあなたは言われるが、その点は間違いないですか。
○佐久間證人 だから先ほどから言つておるじやないか。正当な行為かどうかということは法律に照らして今後わかる問題で、今はわからないということを言つておるじやないですか。
○鍛冶委員長 そう言わない。それじやさつきの言い直しをしたのか。 〔「惡いとは思わぬのか」と呼ぶ者あり〕
○佐久間證人 惡いとかなんとか言つても、私が指導したわけでもなんでもないのですから……。
○鍛冶委員長 いや君がどう思つておるかということを聞いておる。意見じやない、そのときの感情を聞いておるのだ。自分の認識を聞いておるのだよ。それがわからないというならもう一つ聞こう。今後労働者に圧迫があればそのはね返りとしてこういうことが繰返されると信じておりますか。
○佐久間證人 信ずるかどうかわかりません。
○鍛冶委員長 そういうことはあり得るとさつき言つた。
○佐久間證人 労働者は生きるためにどういうことをやるかわからないということを言つておるのです事よ。
○高木(松)委員 あなたの地区委員は何人おりますか。
○佐久間證人 地区の委員は最近になつてやめたのもありますので、五名です。
○高木(松)委員 その名前をあげてください。
○佐久間證人 名前は私と吉田金之助、渡辺久、佐藤一弛、もう一人全逓の木川という人がおつたのです事が、これは五月にやめました。
○高木(松)委員 それから佐藤君はどこかに……。
○佐久間證人 保土谷です。保土谷化学というところがあるでしよう。
○高木(松)委員 知つております。渡辺君は。
○佐久間證人 これは安達郡新田村という農村におります。吉田君は須賀川の町会議員。
○高木(松)委員 それからあなたですね。
○佐久間證人 そうです。
○高木(松)委員 そうするとこの三十日前後に起きた問題に対しては、この人たちはみんな参加しておりますか。
○佐久間證人 参加しておる人もありますし、おらない人もあります。
○高木(松)委員 おる人はだれですか。あなたが参加しておることは間違いない。先ほどから聞いておる。
○佐久間證人 木川、佐藤この二人は参加しております。
○高木(松)委員 渡辺君と吉田君は。
○佐久間證人 参加しておりません。
○高木(松)委員 その当時どこにおられましたか。
○佐久間證人 それぞれの居住におりました。
○高木(松)委員 それからこれは先ほど委員長からも関係委員からも話したのだが、夜の十二時過ぎにああいう行動をとることはあなたは地区委員長として労働者の正当の行動だとお思いになりますか。
○佐久間證人 それは先ほどお答えした通りです。
○高木(松)委員 いやそれはお答えされましたがその通りのことを言つてください。
○鍛冶委員長 はつきりしないから聞くのだろうから、はつきり答えなさい。
○佐久間證人 先ほど言つたと思うのですがね。
○高木(松)委員 先ほど言つたことは私は聞いておらないから。
○佐久間證人 委員長から言つておるじやないですか。今答えたばかりです。
○高木(松)委員 今答えたのは何も総括的に十二時にやつたのを全部聞いておるのではない。一部分を聞いておる。私は全部の行動があな方としていわゆる正当の行為であるか、穏当の行為であるか、あなたはどう考えられるかということを聞いておるのです。
○佐久間證人 正当な行為だと思います。
○高木(松)委員 夜やることがですか。
○佐久間證人 夜やることかどうかわからないが……。
○大橋委員 簡單に伺いますが、あなたは二十七日に秋田へ行つておられましたね。いつお立ちになりましたか。
○佐久間證人 あれは二十六日の早朝だと思います。
○大橋委員 秋田はどこへおいでになりましたか。
○佐久間證人 秋田の東北の共産党の地区党会議に出席しました。
○大橋委員 そうして二十七日に市会でデモをやるという——デモといつては惡いが、共同で陳情をやるということは前もつてお打合せができていてわかつておられましたね。
○佐久間證人 それは共産党の議員が市会におりますから、市会議員を通じてやるようになつております。当然の話です。
○大橋委員 その共同陳情をやる御相談はだれがなさつたのですか。
○佐久間證人 それは各労働組合で集つてやつたわけです。
○大橋委員 それはどこへ集つたのですか。
○佐久間證人 どこへ集つたか私はそのときは出席しておらなかつたのでわかりません。
○大橋委員 そうするとだれがこの相談をしたのですか。
○佐久間證人 二十七日の朝私がいないときに具体的な相談をやつたと思うのです。
○大橋委員 そうするとその前にはそういう相談はなかつたのですか、二十五日以前には。
○佐久間證人 二十五日以前にでも各労働組合のいろいろな困つた問題があるので、これをひとつ市会に持つて行こうじやないかということが各労働組合に起つておつたことは事実です。そういうことは聞いております。
○大橋委員 各労働組合が共同で相談したことはないのですか。
○佐久間證人 それは私のいるときにはなかつたと思います。
○大橋委員 しかし各労働組合で偶然にも同じような陳情書をこしらえるはずはない。必ずその前にだれか打合せがあつてそれに基いて各労働組合でそういう話が起つたと思うのだが、その大元はだれが考えついたのですか。
○佐久間證人 先ほど申しましたように、郡山の情勢というのはだれもが家計に困つて、だれもが首切りの状態にさらされているのです。どこの労働組合も同じような要求をするのはあたりまえなのです。
○大橋委員 そのことはわかるが、それを解決するために期せずして市会に陳情しようということになつたのはどうしてなつたのですか。
○佐久間證人 それは労働者である以上、また今の法律國家に住んでいる以上考えるのはあたりまえでしよう。
○大橋委員 そうするとあなたはそれについて御存じないわけですか。
○佐久間證人 具体的な相談については存じておりません。
○大橋委員 そうすると当日の朝偶然にその相談が行われてこういうことになつたわけですか。
○佐久間證人 それは地区の労働組合会議というものがありまして、そこで当日相談するようにという話があつたのじやないかと思うのですが。
○大橋委員 地区の労働組合会議に集まるおもな人はどういう方ですか。
○佐久間證人 先ほど言つたように、保土谷の中島という人が議長なのです。調べればすくわかりますけれども、あそこの議長副議長がおもに集つております。副議長の名前はちよつと忘れましたが、保土谷の中島重夫という人が地区労の議長をやつておりました。
○大橋委員 そうするとこれは地区労を中心にして行われた共同陳情である、こういうふうに考えてよろしいでしようね。
○佐久間證人 地区労も共産党も一緒になつてやつたわけです。
○大橋委員 そうすると共産党からはだれが出ましたか。
○佐久間證人 植村鶴吉。それからその前に、忘れましたが、各労働組合から、郡山の場合は七名の市会議員が出ておるのですが、その前もつて労働組合と相談を受けた七名が、市会においては共同して歩調を合わせてやり、その結果市会は万場一致で可決になつた、こういうふうに聞いております。
○大橋委員 そうすると、この相談するについては、七名の市会議員がその相談にあずかつて、その結果共同陳情の労働者のデモが行われた、こういうふうに了解していいですか。
○佐久間證人 そのデモかどうかわからぬですが、大勢自分の出した要求がどうなるか、それを見守りに行つたのだろうと思います。
○大橋委員 その見守りに行くについても、市会議員が指揮をしたのですか。
○佐久間證人 私はその具体的なことについては、当日おりませんからわかりません。
○大橋委員 あなたが想像されるところは、指揮しただろう、こういうわけですね。
○佐久間證人 私はまだ何も言つておりません。
○大橋委員 あなたは市会議員が相談にあずかつたとおつしやつたではありませんか。
○佐久間證人 相談にあずかつたということは、当日デモをやつたとかどうとかいう指導とは、関係ないわけです。
○大橋委員 そうすると市会議員はどういうことを相談したのですか。
○佐久間證人 それは議会に出す問題について相談をしたのではないかと思います。
○神山委員 一、二簡単にお尋ねしますが、渡部義通君が郡山に行つたのは、先ほどお話のように七月三日でありますが、その前に五月のたしか中ごろか、あるいは四月か、そのころに渡部君が行くというようなことは、お聞きになつておりませんか。
○佐久間證人 そうです。五、六月ごろに一度來るというようなことはありましたが、來ないままで終りました。
○神山委員 これは昨日の警察の隊長も証言していることでありますが、渡部君が行きましたのは、議員團の指導によつて、國会が早く終ればすぐ行くという日程を前にお知らせしたことがあると思いますが、記憶していますか——あなたそれだからおこられるのだ。立つて、はいと言えばいいものを、すわてふんふんと言つているから。
○佐久間證人 はい、承知しております。
○神山委員 それからせつかく池田大藏大臣がお見えになつた二十七日の晩に、爆彈を持つて行くという電話をかけるなんということは、まことに不届きしごくだと思うのですが、先ほどの菅家君の質問の場合に、共産党の地区委員会の電話を使つたという話が出ておるのでありますが、地区委員会に電話がありますか。
○佐久間證人 地区委員会は電話があります。
○神山委員 それで今度お聞きしますが、地区委員会の中への出入りはどういうふうになつておりますか。
○佐久間證人 地区委員会の出入りは党員以外には入れないようになつております。
○神山委員 そうしますと、菅家君もそれはじようだんであろうというしふうに先ほど言つておりますけれども、この点はあなたお帰りになつて、じようだんにでもこういう爆彈を持つて行くというようなことを言う人間がいたとすれば、嚴重にこれは調べてもらいたいと思うのです。もつとも電話を盗聴したり、あるいは電話を逆に使う人もおることですから、よくわからないが、こういうことがあつたかないか調べてもらいたい。それから暴力革命の話ですが、どうも共産党が暴力革命をやるということを繰返していますが、それは民主自由党から出ておつて、ことに廣川幹事長から出ておる。そこであなたにお尋ねしたいのは、わが日本共産党が暴力革命をやれというような指示をしたこと、がかつてあつたかどうか。
○佐久間證人 そういうことはありません。
○神山委員 このごろは時期が少しずれまして、十月革命になつておるのでありますが、あなたの方では十月革命が必ずあるとかいうような話をしたことはありますか。
○佐久間證人 そういうこともありません。
○神山委員 あなたは日本共産党は今平和的な方法で日本で革命をやるということは知つておられるのだから当然だが、暴動ということが盛んに問題になつておりますが、全國的な武装蜂起、あるいは全國的な暴動と言われるものは、共産党が自分の頭でひねり出すものではなくして、全國民が、下層の人たちが食えなくなるだけでなくて、支配階級が支配する能力がなくなつたとき、しかも全國民が死をも恐れなくなつたような場合に、單に共産党員だけではなく、まさに全階級が武装して、しかも主としてこれは常備軍の動きが問題である。常備軍が動くときにこそ、かつてソビエト同盟において一九一七年の十月に実際に行われましたように、軍隊を獲得したときに初めてこういうことが問題になる。しかもこれは秘密ではなくて、公然と全國民の前に訴えられて、初めて断固として行われるのだということは、あなた御承知だろうと思う、從つて平あるいは郡山の事件のごときを暴動というがごときは、マルクス・レーニン主義のいろはも知らない人間の言うことであるということを、あなた知つておりますか。
○佐久間證人 知つております。
○神山委員 もしも共産党員でありながら、こういうことを言う者があるならば、党の方針に反し、地方委員会及び地区委員会の方針に反するものとしてあなたは……(発言する者多し)委員長、たまには民自党の諸君に静粛にするように言つてもらいたい。
○鍛冶委員長 それはとめますが、さつきも言うように、どうも証人に聞くのではなくて、そこで演説をぶつのもよくない。
○神山委員 演説はぶつていない。証人に聞いているわけです。從つて將來共産党及び共産党の支持者というような人で、この委員会でも、十月になつたら私どもが天下をとるのだといつたような情報を傳えておる者が、警察官なんかに多いのですが、これは挑発だと思いますから、どうぞあなたは地区の責任者として、將來こういうことのないように、党を嚴粛に指導すると同時に、こういうような挑発がありました場合には、これは当然廣川幹事長の線に沿つたものだとして、これは全党的に闘う必要があると思います。十分心の中に入れておいてもらいたい、これだけであります。
○鍛冶委員長 これで済みました。
○大橋委員 議事進行について。先ほど委員長からこの委員会の運営について適切な御注意がございまして、私どもことごとく賛成いたしておるのでありまするが、一、二の委員はこの委員会の運営にあたりまして、一党一派の宣傳に類する行為をやられる向きがございますが、これはひとつ委員長からとくと御注意を願つておきたいと思います。
○神山委員 賛成であります。ただいまの大橋委員の適切なる意見に大いに賛成するものであります。といいますのは、先ほどの発言の整理の問題につきまして、私たちは默つていたのでありますが、議場が混乱したり、特に不規則発言が多いのは、やはり数の関係もございましようが、民主自由党の委員諸君に多いのであります。しかしこういうことをいまさら言うのではない。私たちとしてはできるだけ自粛するつもりでおるのであります。ただ問題なのは終始私たちが指摘しておりますように、本考委員会が取上げた問題が、最近非常に鋭いものになつている。そういうことに関連しまして、若干議場が荒れるのは、残念ながらしかたがないことでありますが、今大橋委員の言われましたように、ある特定の委員が演説をぶつようなことはこれは見方によることでありまして、もしもそういう例を先に出した人はだれかと言えば、これは名前はあげませんけれども、かえつて夫子自身がそうじやないかということも言われるわけであります。私のごときは決して演説をぶつておるのではなく、事実の眞相を究めるためにやつている。私たちは共産主義者として今ここに被告の立場に立つているような感がありますので、その点の誤解を解くために共産主義者である人間に向つて、君はこういうお考えを持つているかどうか、私は党の中央委員でもありますので、特にこれを確認する必要があるために、ときどきお尋ねするわけでありまして、この点はどうぞ混同なさらないように、地方向けの選挙演説とわれわれが証人に眞相をはつきりさせるために問いただそうとすることとは、どうぞ混同なさらないように、名委員長の名判断をお願いしておきたいと思います。
○鍛冶委員長 時間の関係もありますから、いずれの方でもそういう場合はこちらから注意しますから、よろしくお願いします。 高場市太郎さんですな。
○高場證人 はい。
○鍛冶委員長 こちらから聞くときはすわつておつてよろしゆうございますが、発言されるときは立つてお願いいたします。それから答弁はこちらから聞いた範囲の答えだけでよろしゆうございます。 あなたは三菱横田製鋼所の所長をやつておいでですか。
○高場證人 所長であります。
○鍛冶委員長 これはどういう系統の会社で何をやつておるのですか。
○高場證人 三菱製鋼株式会社と申しますのは、現在長崎に一つの場所、それから東京に一つの場所、廣田に一つの場所と三箇所ございます。第二会社ができますときには、長崎と東京と二つにわけまして、東京ブロックとしましては、東京と廣田と二つが一緒になりまして一つのブロックになつております。主として運輸省のバネを製造しております。
○鍛冶委員長 廣田製鋼所は本年になつて從業員の整理をやられたそうですが、その整理に至つた経緯、それからどういう方法で実際に整理を行われたか、その点を承りたいと思います。
○高場證人 從來廣田製鋼所は毎月赤字続きでありまして、過去一箇年間の業績を見ますと、月平均三百万円にしまして、三千六百万円の赤字を計上しておつたのであります。それは東京製作所本社工場と申しておりますが、從來はその方の利益によつてカバーされて來ました。ところが九原則の実施に伴い、ドツジラインの線に沿いまして、経済界が激変いたしました。先ほど申しましたように、私の方の工場は運輸省のバネを主としてやつております関係上、運輸省の予算が著しく削減された次第であります。七割五分と聞いておりまするが、そういうことのために本社工場の受註が半減したのであります。從つて從來は廣田の赤字を東京の利益によつて補填して來ておつたのでありますが、今後は本社工場である東京製作所自体が何とかしてやらなければならない状態になつたのであります。それで会社側、從業員が一体になりまして、危機突破対策委員会というものをつくりまして、あらゆる面において経費を節減する。製造工程におきましては原單位を引下げる、歩止まりを向上する等、あらゆる方法を講じて、何とかこの難関を突破しなければならないという状態になりまして、対策委員会でいろいろ取上げて研究しましたところが、バネの元になる半製品鋼塊の値段というものが約四割五分の値段を占めておるのであります。それで鋼塊原價を檢討して、これを何とかしなければならぬという考えに及んだのであります。さてその考えに及びますと、從來の鋼塊の原價といいますのは、マル公は一万四千五百円でありますが、東京製作所でつくりますと深川製が一万一千円であります。それから大島でできますのが一万三千円でできるのであります。ところが廣田でやりますと一万九千何百円、約二万円近くかかるのであります。そういう状態でありまして、これをこのまま続けて行つたならば、廣田で物をつくればつくるほどよけいに損が計上されるという結果になりますので、これではどうにもならぬ。この点から考えて行かなくちやならぬということを考えまして、製品の量は、圧延量は從來通りとしまして、鋼塊を月千八百トンつくるとしまして、廣田はできるだけ少くしてもらいたい。ほんとうからいえば廣田は潰してしまつた方がいいのだけれども、者からの関係もあるし、こういう状態はいつまでも続くものでもない、やがては廣田の特殊鋼塊がまたものをいう時節もあるに違いないから、この際は最小限度にしてやつてもらいたいということで、廣田はマル公の一万四千五百円で月三百トンやつてもらいたい。それからインゴツド・ケースというのがあります。これは鋼塊をつくるための型でありますが、それは過去一箇年間非常に成績がよく、採算もとれるのでありまして、これを月八十トンやろう。それから今年になりまして研究しました低燐銑というのがありますが、これは非常にいいものができますし、また本社の大島工場でぜひ必要なもので、ほかから買つておる関係もありますので、これをやらしてもらいたいということで、これを月百トンやろうという計画を立てまして、この程度で廣田が独立採算のとれるやうにやつてもらいたいという話になりまして、この話を五月の十七日に伊東常務が廣田に参りまして、そして全從業員を集めて、そこで現在の苦しい状態、今後どうしてやらなくちやならぬかということについて話があつたわけであります。それについて廣田としてひとつ考えてみてくれということでありましたので、廣田の経営者としてはこれを基礎にしまして、われわれとしましてはなお三百トンのものをもう少しよけいもらいたい。また低燐鉄の百トンというものをもつととりたいというので、いろいろその間折衝もいたしましたが、現段階においてはどうしてもこの線で進むよりほかに方法がないというふうに断念しまして、それから整備計画をやつたのであります。案を立てたのであります。そうして組合に対しては、会社側の方で案を立てて、できたならば組合に提示するからということで案を立てたのでありまして、案を立てる方針としましては、できるだけ一人でもよけいに人員を獲得するという方針のもとに、経費の節約もこれ以上はできないだろうと言われる程度にまで経費を節約する。それから歩止まりの向上も從來の実績を超えて、この程度は可能であろうというようなその最上の歩止まり八三%というものも考え、いろいろにしまして一人でもよけいに残そうという案を立てたのであります。そうしてそのうちに低燐銑のわくの獲得という問題もありまして延び延びしまして、東京の方に参りまして折衝するというようなことのために、それを組合に提示し得るという段取りになりますのが六月の二十七日になつたのであります。私どもが東京との打合せで、東京から帰りましたのが六月の十七日であります。ところがその十七日に組合の方から首切り反対、工場閉鎖絶対反対の確約闘爭を展開せよという指令第一号が出まして、それがきつかけになりまして今次の問題になつたのであります。
○鍛冶委員長 その案は組合に示したのですか。示したらそういう闘爭を展開して來たのですか。示さぬ先ですか。
○高場證人 示すようになりましたのは六月二十七日であります。帰りましたところが、そういう闘爭を展開されたのであります。まず始めましたのが、十八日の午後、鋳物工場から始まつた。
○鍛冶委員長 六月幾日ですか。
○高場證人 鑄造工場から始まりましたのが六月十八日の午後からであります。それから十九日が休みでありまして、二十日には製鋼工場、工作工場、製鋼課、工作課、業務その他にわたつて確約闘爭が展開されたのであります。そして初めの間は就業時間中にはやらない、やつてはだめだということで押えて業務命令を出してやつたのでありますが、しまいには課長を一室にとじ込めて、業務命令を聞かずに確約闘爭が進んで行つたのであります。六月の二十一日になりまして、組合は午後一時から臨時大会をやつたのであります。その臨時大会には各友誼團体も参りましてやつたのであります。申し落しましたが、伊東常務が廣田に参りまして、その話がありますや、組合側におきましては、当然これは整理があるものという予測をしたのでありましよう。五月の二十一日と思います。あるいは一日違つておるかもしれませんが、二十一日には労農懇談会と称しまして、会社側、村会、農業組合、朝鮮同盟、その附近の者を全部集めまして、郷土産業防衞対策という協議をいたしました。その翌る日が四社の執行委員会、四社と申しますのは日発、昭和電工、日曹——昭和電工には廣田の昭和電工と喜多方の昭和電工が入つております。それと三菱と四社の執行委員会、その他縣会、市会、あるいはその他の友誼團体にそれぞれ連絡をとつて、着々闘爭態勢を整えておつたもののようであります。
○鍛冶委員長 しかしあなたの方で案をつくられたのは二十七日だというのでしよう。二十七日の案を見ないうちにこういう騒ぎが起つて、そこで先ほど言われた友誼團体その他は二十一日に大会をやつて、それでだれが監禁されたのです。
○高場證人 それは後になります。二十一日に大会を開きまして、そこで中央闘爭委員会と拡大闘爭委員会が結成されることになつたのです。中央闘爭委員会と申しますのは、從來の執行委員がそれにあたつたということを聞いております。それから拡大闘爭委員会の委員は、各職場から十名について一人ずつが選出されるという話を聞いたのであります。それがきまつたのが二十三日であるそうであります。そして二十二日の日に組合の方から、書記長が書類を持つて参りました。首切り、工場閉鎖絶対反対のために非常事態宣言を発し、闘爭態勢に入るという通告をして來たのであります。それはどういう意味かということを聞いてみたのでありますが、いつでもストライキに入れるということであろうというようなことでした。それから二十三日の午後竹谷書記長が参りまして、二十四日朝中央闘爭委員会、午後拡大闘爭委員会を開くから許可してくれという話がありました。それは勤労課長が聞いたのでありますが、それについては明日返事をしろということでその日は帰して、朝八時半ごろその回答をしたのであります。時間中にやることはよろしい。但し就業時間中の組合運動に対しては賃金は拂わない。これは今度法律によつてきまつたのであるからそういう方針で進む。それで賃金は拂わないからという通告をしたのであります。そうしますと、それがけしからぬということで、中央闘爭委員の連中が所長室になだれ込んで來まして、それを撤回せよ、あれは勧告にすぎないのだ、まだきまつたわけでも何でもない、撤回せよという話があつたわけであります。しかし会社の方針としては、今度そういう方針で進むのだからだめだということを言いましたところが、山口委員長は憤然として、よろしい、会社がそういう考えならおれの方にも考えがあるということでさつと表へ出まして、玄関の表へ出ると同時に、全員事務所前に集合の指令を発したのであります。それでどかどかつと非常な混雜をしたので、われわれはこういうことでストに入つたら会社の案を示す機会もないし、実に困つたことだというふうに考えたのでありますが、集まつた人間がまたすぐに引返して参りまして、所長室に入つて、どういうわけで拂えないのだということをいろいろ詰問したのであります。それに対して会社の方針を言い、それに対して組合の方からも反対があり、あれはただ勧告にすぎないのできまつたものではないのだ、あるいは專從者の賃金を私の方は六月の十五日に打切つたのだが、そういうことに対しても早過ぎる、まだやつていないところもある。なぜそういうことをやるというので、非常に甲論乙駁してやかましいことになりましたので、今紛爭を起したのでは、会社の案もまだできていないし、組合に提示するまでに至つていない。これでストライキに入つたのでは非常に困難であるというので、きように限つては賃金を拂おう。今後はどうするのだ。今後については今日中に相談をして回答するということを言つたのであります。それはもう十二時過ぎておつたのであります。そのときに——自由労働者というのが私どもの方にあるのでありますが、人夫であります。それがどかどかつと入つて参りまして要求を出したのであります。その要求は一完全雇用、二賃上げ、從業員と人夫とは賃金に差があるので、從業員並に賃金をせよというのであります。それを持つて参りまして、私は勤労課長にそれを見せたのでありますが、勤労課長は、こんなことはとてもできない。そうだろう、おれもできぬという話をしたのであります。そうしますと、そこでそれはできないという押問答をしておりますときに、私の方の総務部長がやつて参りまして、総務部長にそれを見せたのであります。ところが総務部長が、これは昨年の覚書通りやるのだということを申したのであります。このときに総務部長は思い違いをしたのであります。覚書をつくつたときと同じ精神で行くのだというつもりでおりましたが、覚書通りで行くのだと言つたのであります。その覚書通りというのは、從業員として使つてはいけないが、人夫として使つて行くのだという覚書だつたのです。そんならその覚書通りやるのだということになつて、総務部長ははつと氣がついて覚書をとつてみますと、総務部長の言つた意見と違う。そこで今のは失言だということを言いました。ところが総務部長ともあろうものが失言するとは何事だ、これは失言とは認めないということで、失言したならしたでいいから、失言したということを書いて判をつけ、そんなばかなことに判をつけやしないと言つた。そうするとつかなければおれが書いてやるというので、新聞紙に赤で、一、昨年の覚書通り実施する、二、私はときどき失言しますから、私の言うことは当てになりませんということを書いて、さあどつちでもいいから判をつけと言つて迫つて來たのであります。事柄があまり簡單な問題ですし、そういうことは判をつくべきものではない、話せばわかることではないか、と言つても、絶対にだめだということで、押し問答をしていました。ところが山口その他の連中がおい、やつているのか、やれやれというので、人夫が入つて來ましたときに、山口は今度はお前たちの番だ、おれたちは帰ろうということで山口は引返したのであります。そういうことで押し問答をしておりました。そうすると約三時になりまして、今度は自由労務者の方は三時十五分前までに回答しなかつたならば、われわれはハンガー・ストに入るということを宣言したのであります。それで私はそういう無謀なことをするものではない、そういうことでハンガー・ストに入るのはおかしいじやないかと言いましたが、一方的にそういうような宣言をしまして、三時十五分になりますと、ハンガー・ストを宣言しまして、三十数名の者がストに入つたのであります。そして所長室を占拠されておりましたが、四時過ぎになりますと、勤労課長がここは所長執務室だからそういうふうにやられたのでは困るから出て行つてくれと言うと、所長がすべて責任を持つているのだから、所長が出るのならばよろしいと言うので、さあ出ようということで、私は隣りの事務室の方へ席を移した。そして中央に腰をかけますと、そのぐるりを私の労務者が全部取囲みまして、ある者はうしろの方にむしろを持つて來てその上に寝てしまう。そうするうちに山口、瀧谷という会社の組合員が続々とやつて参りまして、お前たちはハンガー・ストをやつているのだからものを言うな、ものを言うと疲れるからおれたちがかわりにやつてやるということで、私のすわつておる腰かけのまわりの机に上つてあぐらをかいてやり出したのであります。そこへ外郭團体の会労協の花泉という者がやつて参りまして、ハンガー・ストに入つたということを聞いたので心配してやつて來たということで、いろいろ話があつたのですが、その話というのは、何も新聞に判をつかぬでもいいのだ、首切りを撤回すればいいのだという話であります。そこで山口が言うのには、首切りをぜひやめろとは言わない、首切りをやらなくてはならぬのだつたらもう二箇月待て、もう二箇月も待てば、今の吉田内閣は倒れて、そのかわりに共産党内閣ができるのだ、そうすれば共産党は中共、ソ連と通じておるから貿易も盛んになつて來る、今会社が悩んでおる國鉄の予算が足りないというようなことも予算は元にかえる、そうすれば何ら首を切らなくても済むじやないか、何を好んで今首切りをやらなければならぬか、あなたたちは会社の経営者のような顔をしても、資本家でもないし、一從業員じやないか、だからわれわれと一緒になつて、どんどんわくをとるなり、予算をとるなりして働くのだ、そうすれば首切りをやらなくても済むじやないかというような話を繰返した。
○鍛冶委員長 簡單に願います。
○高場證人 そういう話を山口、瀧谷、八木という連中、会労協の連中も入れかわり立ちかわり聞かせて、その合間にばかやろう、ふぬけ所長、死んでしまえという罵詈雜言が浴びせかけられます。そこへ近所から從業員の家族が続々と子供を負つたりして首切りをやめてくれと言つて押しかけて來た。そこで百数十人の者に取囲まれて身動きもできないような状態に置かれました。そして午後の十時二十五分ごろに、もうこの状態でおつたのではとてもたまらぬから、総務部長に帰ろうじやないかと言つて立ちかけたところが、ハンガー・ストをやつている人間を置いてどうして帰るのか、見殺しにするのか、帰つてはだめだと言つて、二度ばかり帰ろうとしたが、山口、瀧谷に阻止されて帰れない。それじや部課長と相談することもできない、開放してくれと言つたら、三十分くらいなら許可しようと言う。相談のことだから三十分かかるか、一時間かかるかわからない、とにかく許可してくれと言つて、部課長はそのときは八人ですが、應接室のぐるりにすわつて、入口のとびらのかぎをかけていろいろ相談した。なかなか相談もまとまらぬし、そのうち時間が経過して十一時十五分になつたころに、もう時間だ、何をしているかと言つて、外の方でガラスをたたく。つりがねのようなものを廊下に轉がす、たいこをたたく、電燈のスイッチを点滅するというような状態で、非常にやかましくなつ、て來た。そこへ庭の方に面した方からも、多数の者がのぎ込んでわいわいやり出した。そうこうするうちに、二十五日の零時四十分と思いますが、瀧谷進一外三名の者が回轉窓を開けてそこから不法侵入をして來た。不法侵入じやないかといつて阻止したが、三人飛び込んで來て、中から窓を開けて大勢の者をそこへ入れた。約四、五十人入つたと思いますが、私ども並んでいる机の上に土足のまま上り込んで、あらゆる罵詈雜言を浴びせかける。瀧谷のごときは自分の義足を脱いで、それを鼻の先へつきつけて、このにおいをかげ、おれの首を切るならこの足をもどしてからやれ、この義足には鉄のしんが入つているから、おれの首を切るなら、これでお前たちのすねを一本づつ折つてやるのだというような脅迫がましいことを言つて、眠ろうとすると、耳のところへメガホンを持つて來てわいわい言う、いすをゆさぶる、がんがん音を立てる。赤旗を持つて來てインターナシヨナルを歌うという状態で、熟睡せずにとうとう朝六時になつた。朝六時になると戸を開けろ、戸を開けろと言つて、中にいる者も疲れが出たのか外へ出たのですが、そのときにほかの部課長は逃げて家へ帰つた。ところが私が表の方へ帰ろうとすると、自由労務者にさえぎられて、所長は帰ることができない。おれたちはハンガー・ストをやつて飯を食つていないのに、お前は帰ることはならぬと言つて、身をもつて阻止されて、とうとう帰れなかつた。石原乘松という課長が心配して一緒に帰ろうと言つたら、お前らは関係ないのだから、お前らは帰れと言う。所長は帰さないというのでまた引つぱられて事務所の裏庭に行つて周囲から囲まれて、紙と肉を持つて印つけつけとやられた。それが印をつきましたが、そういうふうにして朝十一時ごろになつたのです。少し考えさしてくれということでその包囲から逃れて所長室に入りましたときに、日本共産党の會津地区委員長加藤一太郎、相良新一という人が來ておりまして、どうしたのだという話があつたものですから、今まで申し上げました一部始終をお話しましたところが、それは結局あなたが惡いのじやない、あなたも資本家じやないのだから経営者なんだから、首切りをやめてしまつて、われわれと一緒に手を握つてやれば解決するのだ、そういう氣にならないかという話をじゆんじゆんとして聞かされた。そうして横浜とか、川崎では、経営者と共産党と一緒になつて、やつており、こういうふうだ、川口はこうだ、それから會津の東北窯業でもストライキが起つた、それが五千円もする石炭を……。
○鍛冶委員長 簡単に願います。
○高場證人 そういうことでいろいろ話がありまして、私は非常に疲労困憊しておりましたものですから、午後三時に総務部長が所長、ちよつと話があるからということで助けられて帰つたのです。そのあとほかの部屋ではあとの部課長が確約闘爭でいじめられておりました。そうして午後の十時ごろになりましても帰つて参りませんものですから、私は総務部長を連れてまた工場に帰つて行つたのです。ところが勤労課長と作業部長がやはり確約闘爭でいじめられておりました。そこで入つて行つて、お前たちは早く帰つたらどうだ、解散しろということを命じたのですが、部課長は放つておけ、所長を逃すなということで山口が大將になつて赤旗を振つてぐるりを包囲されたのであります。そこでいろいろな個人攻撃も出ますし、その状態であくる日二十六日の午前三時まで続いた。三時にようやく二十七日の午前九時から話合いをしよう、会社は二十七日の午前九時から会社案を出すから見てくれというと、組合の方は一人でも首切りがあるなら絶対反対だ、そういう話があつたが、それではいつまでたつても話ができないから、それならばどういうふうに話合いをするかということを二十七日の午前九時にきめよう、それならということで午前三時に解放されてようやく帰つたのであります。それでわれわれは非常に疲労困憊しておりますので、また対策を研究するために若松に出ましていろいろやつたのですが、こういう状態で会社案を出したところでこれはなかなかむずかしい。それで非常に身辺の危險を感じますので、警察に保護願いを出して、そうして二十七日の朝八時半に部課長と一緒に会社に行つたのであります。二十七日の八時半に行きましたら、途端に庶務裸の方から確約闘爭が出て來まして、庶務課長がおらないから庶務部長にやるのだと言つて庶務部長に対して始めた。それからまわりまわつて所長の方に参りまして、九時前に所長室が一ぱいになつたのであります。そのうちに約束でありますから、勤労課長と業務課長が山口委員長のところに参りまして、九時から話合いをすることになつておるからということを申し入れましたが、そういう会社の首切り案には一人でも反対だからという話がありましたので、それでは約束が違うから仕方がないから会社の案を九時に発表するということを通告して所長室に帰つて來ました。九時五分になりましたときに部長が、所長九時五分だと言うので、それならとそこで会社の案を発表したのです。
○鍛冶委員長 それはいいが、警察に保護願いをしたその朝警察はどうしましたか。
○高場證人 これから申し上げます。
○鍛冶委員長 一緒に來たのですか。
○高場證人 いや、來ないのです。警察は十時ごろ來ることになつたのです。
○鍛冶委員長 できるだけ簡單に願います。
○高場證人 そこで組合では二百四十四名の首切りをやるということを言つておるのだけれども、実はそうではない、百四十七名の首切りなんだ、これは会社としては、非常に考えたあげくの案であつて、これ以上どうすることもできないのである、勇退する人には非常に氣の毒だが了承してくれと言つてそこで配付したのです。そうしたところが、これをばらまいたかつこうになつたのですが、組合長はそれを見て、そんなものは見るな、そんなものは取上げろと言つて、各人が見ているのを回收した。それですから見かかつた人もおりましたけれども、相当長いものですから、おそらく見ておらぬと思うのですが、そうやつて回收された。私はその前に危險を感じたものですから、窓の外に飛びおりた。飛びおりたところが、群衆に取巻かれて、赤旗を振られて、すいぶんもまれたわけです。その中から逃れて事務室に入りましたところが、事務室は人で充満しておりまして、各部長、課長も一齊に確約闘爭に巻き込まれておりました。またそこへ家族部隊がやつて参りまして、首切り案の撤回を要求する。また患者部隊もやつて参りました。ところが警察が十時ころに——保護願が出ておりましたものですから、來る予定でございましだが、少し遅れたらしい。その時分になりますと、これはあとから聞いた話でありますが、警察が來るということになると、サイレンを鳴らすことになつていた。それでサイレンを鳴らしまして、中で推進隊員配置につけという指令が出まして、推進隊と思われる者がさつと配置につく。それは中におりましてもその様子はわかります。しばらくしまして警察は來たけれども、警察はこわくない、われわれがよく話してやつたところが、帰つた、警察といえども、われわれの正義の前には刃向うことはできないのだ、だから諸君大いにやりたまえということで、また気勢を上げたわけであります。それから十一時ころになりまして、團体交渉を申し込んで來たのですが、こういう多数の二百人もの人間で取巻かれた状態のもとにおいて、しかも脅迫暴行の中で團体交渉はできないということで相当もんでおつたのであります。そこに患者部隊が参りまして、患者が立つて話をするのに、お前たちは何ですわつておるか、立てということで立たされ、われわれのぐるりに人が一ぱい立つておるのですが、その顔と顔の間にまた組合員の顔がありまして、メガホンでわいわい言う。それで話も何もできない。そしてぐるりに机が二段に立ててありまして、腰かけを置いて人がずつと鈴なりになつておりました。われわれはそのすりばちの状態になつておる中におりまして、とてもむし暑いから、開いてくれと言うのですが、耳もとでわいわいやられるのです。それで話もできない。
○鍛冶委員長 それで結局どうなつたのですか。
○高場證人 結局いつまで経つてもこの状態で部課長を一緒にしておつてはだめだから引き離してしまえというので、各個撃破されたわけです。各個撃破されまして、首を切るなら首を切るでよろしい、自分が責任をとつてやめるということにしろと言われまして、午後九時になつて、おれは何も自分の部下を切つて自分だけ所長の地位に残つておろうとは思わないのだということを書いて判をついたわけです。それが午後九時であります。朝の九時からその状態で立ちずくめでいじめられたわけです。そのあと、ほかの部課長に対しても、どうだ所長はこう言つておるじやないか、お前たちは所長を見殺しにするのか、所長と一緒に責任をとれということでほかの部課長に対して確約闘爭を始めた。
○鍛冶委員長 結局とられたのですか。
○高場證人 とられたのです。
○鍛冶委員長 それで結局出しましたか。
○高場證人 結局のところ疲労困憊しまして、部課長の三人ばかりは倒れてしまいましたし、診療所に行つて寝る者もある。そういうふうになりますと、みな解放されまして、二十八日の午前二時ころに家に帰つたわけです。それから私は、会社案を撤回しろという要求がありましたので、部課長をみな集めてまた相談したのですが、疲労困憊しておるので、相談にも何もならないし、この状態では警察が來たつて警察ではどうにもならないということで、会社案は一時保留して、二十九日の午前九時から話合いをするという覚え書を向うが書いて、それに判をつかされたわけです。それで解放されて家へ帰つたのですが、警察の車に保護されて、また若松にみな逃避したわけです。
○鍛冶委員長 そのとき、警察は來ておつたのですか。
○高場證人 警察はとうとう來なかつたのです。そのころになつて、ようやく警察は來ようかというような状態になつておつたのです。
○鍛冶委員長 その前に來たけれども追い帰されたことはあるのだね。
○高場證人 はあ。
○鍛冶委員長 あなたは進駐軍に頼まれたと……。
○高場證人 そのときは、その前のこ十六日の日に、情報部の隊長が見えておりまして、今こういうような状況になつておるということをお話したわけなんです。そうすると、私もそれじや見に行きましようというわけで、進駐軍の隊長が十二時にここに來られる約束になつておつたのです。
○鍛冶委員長 二十七日の……。
○高場證人 二十七日の十二時です。ところが、少し遅れて、時間はよくわかりませんが、一時ごろじやなかつたかと思いますが、そのときもやはりサイレンが鳴つて、赤旗を下に下げて、配置につけということで、それから組合長その他の者が表に飛んで行つたということでほぼそれがわかつたのですが、そのときは、今きわめて平穏に團体交渉をやつておる。ですから何も心配はいりませんという話であつたので、それでは團体交渉をやつておるのに妨げしては氣の毒だから帰ろうと言うて帰られたそうです。それはあくる日私のところへ來られてその話を承つたのです。
○鍛冶委員長 そこであなたは司令部へ呼ばれて、いろいろその事実を述べましたか。
○高場證人 それは、若松へ参りましたところが、若松であしたは司令官が來られるからお前出なければいかぬという。私非常に疲労困憊しておつたのですが、とにかく事実を述べよう……。
○鍛冶委員長 二十八日でしよう。
○高場證人 二十八日です。二十八日の日にその話を聞いた。そして参りましたのが二十九日の朝九時半地区署長のところに参りました。軍政部の話をしてかまいませんか。
○鍛冶委員長 あなたがさしつかえあると思われるものは聞きませんが、さしつかえなかつたらしてください。
○高場證人 この前この話を公表していいかということを軍政部に問い合せたら、これは日本政府のやることだという話で……。
○鍛冶委員長 それでは軍政部から日本政府というか警察に、何か命令なり指示なんかあつたのですか。
○高場證人 はあ。そこでは山口と私と、私のところの総務部長と三人いろいろ話を聞かれまして、これは不当労働行為である。憲法違反であるという話から、高場は辞職するということを言うておるけれども、高場の辞職は認めない。警察も高場を経営者としてやらせろ。それから高場は組合を告発せよ。もしそれについて暴行などを行う場合は、軍政部は軍を出す。共産党であろうと、何であろうとそれは処罰されるんだ。
○鍛冶委員長 わかりました。そこでどうなりました。警察で何か方法をとりましたか、それによつて。
○高場證人 それからそこですぐ山口は、それが十二時半に済みましたのですが、そのあと取調べがあつて勾留されたのです。
○鍛冶委員長 幾日にですか。
○高場證人 その日に。
○鍛冶委員長 二十九日中に。
○高場證人 はあ。
○鍛冶委員長 それはどこでの話ですか。警察ですか。
○高場證人 その後のことはわかりません。どこでどういうふうになりましたかわかりません。
○鍛冶委員長 どこで調べられたかわからぬ。
○高場證人 はあ、そこへ残つたということしだけわかつたのです。
○鍛冶委員長 山口とだれです。
○高場證人 山口だけです。
○鍛冶委員長 それからそのほかの首謀者と目される者はどういう者でした。
○高場證人 そのほかの首謀者と言いますのは、山口、それから竹谷、騎西、八木、星俊美、齋藤信幸という中央闘爭委員の連中であります。
○鍛冶委員長 何の中央闘爭委員ですか。組合の中闘委員ですね。
○高場證人 はあ。
○鍛冶委員長 あなたはそれで告発したのですか。
○高場證人 全部で告発したが、私は山口、竹谷を告発しました。
○鍛冶委員長 六月二十八日ごろから渡部代議士がそちらの方に來たということですが、これについて何か御承知になつておることがありますか。
○高場證人 渡部代議士が見えたという話は聞いておりました。
○鍛冶委員長 この爭議に対して働きかけたようなことはありましたか。
○高場證人 私聞いたことだけなんですが、この爭議について渡部代議士が軍政部に行かれたという話を聞きました。
○鍛冶委員長 警察へももちろんでしような。
○高場證人 警察はもちろん行かれました。
○鍛冶委員長 それから何か労働者を援助したとか何か、そういうようなことは……。
○高場證人 私の聞いたのはその程度です。 〔「演説しておるじやないか」と呼ぶ者あり〕
○高場證人 何か演説をやつたという話は聞いております。
○鍛冶委員長 演説はどういう演説をやつたか。
○高場證人 それは知りません。 〔「どこでやつた」と呼ぶ者あり〕
○高場證人 どこか知りません。
○鍛冶委員長 あなたはお会いになりましたか。
○高場證人 会いません。
○鍛冶委員長 若松で演説をやつたことは間違いないですね。
○高場證人 はあ。
○鍛冶委員長 先ほどあなたはこういうふうにちよつと言われたが、友誼團体をまぜて郷土産業防衞、それから中央闘爭から拡大闘爭になつたと、こういうことですが、これはあなたのところだけの労働爭議とごらんになりまするか、それともそういう郷土産業防衞という名前であらゆる友誼團体と共同一致して、こういうことをやつたものとお認めになりましたか。
○高場證人 これは郷土産業防衞に名をかりて、あらゆる友誼團体と一緒にやるということであつたと思います。
○鍛冶委員長 そのこれを指導したる團体としては、どれが主たるものだと思いました。——あなたのところの労働組合では共産党の人が多いのですか。
○高場證人 私の方の労働組合では、はつきりしたことはわかりませんが、聞いておるところによりますと、共産党員と名のつくものは四十何名、シンパと名のつくものを入れまして百三十名くらいになります。
○鍛冶委員長 ではこの爭議の指導者は。
○高場證人 指導者は全部共産党であります。
○鍛冶委員長 それからその産業防衞隊と称する友誼團体は、共産党が多かつたですか。
○高場證人 全部共産党であると思います。自発にしましても共産党員であり、昭和電工にしましても、日曹にしましても、みな共産党であります。
○鍛冶委員長 それから産業防衞からいわゆる地域防衞闘爭というようなことはお聞きにならなかつたですか。
○高場證人 地域闘爭というのはどういう意味ですか。
○鍛冶委員長 産業防衞というとあなたのところだけの……。
○高場證人 いや、これは私の方だけの産業防衞でなしに、会津地区の産業防衞なんであります。それで私のところが潰れたならば、次は日本曹達、それから昭和電工、日発も間近に迫つておる。全産業が潰れてしまう。これは会津一円のそれのみならず、ほかの中小工業もそうなつてしまう。それだから会津の産業防衞のために立つたというので、これは一三菱廣田だけの問題ではない。だから全会社の者がこれに共同闘爭しなければいかぬということでありまして、自発のごときは三菱が負けてもおれがやるということで、自発は現在なお——私の会社の前に廣田座というものがありますが、それに首切られた者が七、八十名集つておりまして、そこにやはり日発の者が五、六名來てやつております。
○鍛冶委員長 よろしゆうございます。それだけわかればいいのです。 それからその後どういうことになつたのですか。あなたの方はそういう首謀者が引つ張られたので紛議は納まつたのですか。
○高場證人 いや、納まりません。その首謀者の山口が引つ張られましたが、これは檢察廰方面に赤旗を持つてデモ行進運動をやりまして、いろいろ運動が効を奏したのか、それはわかりませんが、七月五日に仮釈放になりました。
○鍛冶委員長 それは起訴になつておるかどうか知りませんね。
○高場證人 起訴になつております。それから瀧谷進一というのも起訴になつております。現在まで七名起訴になつております。
○鍛冶委員長 出て來てからまた爭議をむし返しておりますか。
○高場證人 出て來てからやはり——その前に申しますが、六月三十日にロツク・アウトしまして、そして七月一日に仮処分を申請し、七月一日には山口が出て参りまして、七月七日に当事者審訊をやつたわけです。そして仮処分が許可になりましたので、七月八日の朝五時半に仮処分をしまして、從業員は全部出してしまつてわれわれは会社に入つたわけです。それから解雇通知を出しまして、残留者には十二日から作業をやるから帰つて來いという通知を出したわけです。山口は七月八日の十二時と思いますが——その前に日橋村の村長と、横山若松市長が中に入りましてあつせんしようという話がありました。第一回のあつせんは失敗に終つて、第二回のあつせんでは、無條件でお茶を飲みながら話合つたらどうだろうという話を日橋の村長がいたしまして、よかろうということで私は賛成したのですが、それも向うの方でけつてしまつたわけです。だからもう團体交渉する考えはないというふうに考えましたので、会社としては会社の方針通りやるからということを七月八日に通告したわけであります。そうしたらそれに対して山口の方からは、今後廣田の会社は相手にしないという通報が來たわけです。それでどうするのかと思つておりましたら、七月八日に山口が東京に出て参りまして、それからそのあくる日に総員四十名くらいが東京に出て來まして、本社工場を相手にやり始めました。
○鍛冶委員長 それから三十日にさらにあなたのところから飛火して警察に行つたり、デモをやつたということは……。
○高場證人 三十日は、二十九日に山口がそういうようにやられましたから、そうすると、それを警察の彈圧だ、釈放しろということで警察の前に……。二十九日はまだはつきり知らなかつただろうと思いますから、三十日と思います。二十九日の晩も若干來ておつたように思います。
○鍛冶委員長 それで警察を襲つたのですか。
○高場證人 警察、それから私どもの泊つておりました旅館、それから檢察廳にも、デモをやりましたかどうかわかりませんが、行つたらしい。
○吉武委員 一言お尋ねしたいのですが、あなたのところの組合員は大体何人くらいおりましたか。
○高場證人 從業員全部で当時四百一名でありましたが、部課長が十人おりますから、三百九十一名です。
○吉武委員 組合は御承知のように産別あるいは総同盟、その他の組合のグループがあるのですが、あなたのところの組合はどれに属しますか。
○高場證人 産別全金属であります。
○吉武委員 ただいまの証人の証言を聞いておりますと、これから本委員会が取扱おうとしておる廣島の日鋼事件とまつたく相似た事件であるように見受けられるのであります。首切り反対に名をかこつけまして、多数が押しかけて暴行脅迫の極をきわめておる。これは私は一廣田工場の問題にあらずして、今のお話を聞いておりますると、その首謀者は共産党——山口君は共産党員ですかどうですか。
○高場證人 共産党員であります。
○吉武委員 共産党員が首謀者である。しかもそのやり口を見ると、廣島その他に行われました事件とまつたく申し合わせたように同じやり方をしている。この点勘案しますると、これは一廣田工場に起つた事件でなくして、そこに何らかの連絡があつたように見受けられるのですが、あなたの工場に地区の共産党なり、あるいは福島縣の共産党あたりから何らかの指令あるいは連絡、あるいは中央の共産党本部からだれかが行つてこれを指導したとか、あるいは何らかの文書その他によつて連絡があつたような事実はお聞きになりませんでしようか。
○高場證人 連絡があつたというような事実は聞きませんが、事件当日には全金属から杉山というのが來ておりました。
○吉武委員 何日ですか。
○高場證人 会つたのが二十五日の晝でございます。そのときは、会津地区の地区委員長の加藤一太郎、相良新一とそこで会いました。
○吉武委員 その杉山というのは東京から來たわけですか。
○高場證人 全金属の本部と言つておりました。
○吉武委員 そして何かそれについて共産党のフラク連中と会議をしたような形跡はありましたか。
○高場證人 そういう方面のことは私の方には一切わかりません。組合内部のことは……。
○吉武委員 今お話を聞きますと、あなたの組合は四百名ぐらいで産別系統に属せられているが、党員は四十名ぐらいである。シンパと合わせて百三十名なんだが、その他の組合員はどういうふうな考え方を持つておつたでしようか、この暴行事件に対して。
○高場證人 その他の組合員約三十名程度のものは、民同といいますか、中正な考え方を持つているわけです。残りのものはわからないわけです。ですから非常に勢いのいい方につくという付和雷同派のものが多い。
○吉武委員 それで工場に多数のものが押しかけて行つてすわり込み戰術をやつたり、罵詈雜言を浴びせたというのですが、それは組合員全部がそうだつたのでしはうか。今言つた共産党もしくは共産党シンパの連中だけですか。
○高場證人 共産党、共産シンパの連中と思います。青年行動隊と言われておつたようなものだと思います。
○吉武委員 青年行動隊というのは先般の國鉄ストでも明らかになつたのですが、千葉あるいは東神奈川においても産業防衞隊という組織をつくつて、そうしてそれに青年行動隊が配置されて、いざというときにはサイレンを鳴らして集まる。今お宅の工場の話を聞いてみますと、サイレンを鳴らして動員をしたという、相似たものがあるように見受けるのですが、よくわかりました。
○大橋委員 この爭議中に他の組合員あるいは労働團体に属する多数の人たちが工場内に引入れられたという事実がございますか。
○高場證人 ございます。
○大橋委員 どのくらい入りましたか。
○高場證人 私の方でよくわかりませんが、日発、昭和電工、日曹の連中は、わしは日発のものだ、わしは昭和電工のものだというふうに、先ほど申しました二十五日の午後一時ごろにはそういうふうに名乗つたものですからわかりますし、それから國鉄のものは二十七日の午後七、八時ごろより、夜になりまして國鉄の制服を着て十人ばかり集まりました。それから朝鮮人連盟のものも集まりました。
○大橋委員 その人たちはあなた方の事認を得て構内に立入つて來たのですか。
○高場證人 もちろんわれわれはそういう不法監禁されているのですから、全然承認も何もありませんし、どんどん入つているわけです。
○大橋委員 そうすると組合長あたりの招きに應じて入つて來たわけですな。
○高場證人 そうであります。前に共同闘爭をやろうという話合いになつているものと思われます。
○大橋委員 入つて來た連中は何かあなたに脅迫がましい態度とか、あるいは、要求がましいことを申しましたか。
○高場證人 それは從業員の顔もまだはつきりわかりませんからよくわかりませんけれども、一番はつきりしましたのは、会労協の花泉君というのは從業員と一緒に、それ以上に……。
○大橋委員 乱暴を働いた。
○高場證人 はあ。
○橋本委員 簡単に伺います。福島縣下には、証人御承知のように、いろいろな事件が二十九日、三十日と引続いて起きておるわけでありまするが、今回の爭議をきつかけにして何かある種の政治的な意図を持つての爭議に展開せしめたように考えられるのでありますが、証人のその点についての御感想はいかがでありますか。
○高場證人 その点は私にはわかりません。
○橋本委員 先ほど吉武委員からの質問がありましたように、今回の爭議が、その性質において廣島の日鋼事件あるいはその他國電ストの手口とよく似ておる。こういう点から見て、最近の急激な経済情勢に乘じて、共産党あるいは共産党員あるいは共産主義者の諸君が、何らかこういうきつかけを利用して、一種の社会不安を釀成せしめんとするような意図を内藏しておるというような感じを、証人としては持つておりませんか。
○高場證人 持つております。
○橋本委員 今度はあえて、この会社側の人としてではなくで、今回の郡山あるいは平事件その他関連して起きた事件に対して、われわれ最近まで幾多の証人の尋問を聞きまして、まことに福島市民の一般が非常な衝撃と不安の念にかられたと思うのでありますが、証人のその点についての御感想はいかがですか。
○高場證人 それはわれわれも同感でありまして、もう二箇月すれば、こういう人民政府ができて、こうこうだというようなことが、まことしやかに宣傳されまして、それでこういうふうに各方面に暴動——暴動ではありませんが、こういう事態が起るということに対しては、非常に人心が不安になつておると思います。
○橋本委員 こうした情勢から考えて、全國的にこういうような暴動が起きるということが、やはり共産主義者あるいは共産党員の陰における策動が相当大きな力をなしておるというような感じを、証人はお持ちになりませんでしたか。
○高場證人 そういう事実は私にはわかりません。
○橋本委員 感じです。
○高場證人 感じは持つております。
○橋本委員 それでけつこうであります。
○鍛冶委員長 神山君。簡單に願います。
○神山委員 簡單にやれない。簡單にやろうと思つたけれども、こういうようなことばかり言うから、どうしても眞相を明らかにして置かなければならぬ。まず証人にお尋ねしたいのですが、今あなたの方で何か從業員その他から告発されているようなことがありませんか。
○高場證人 あります。
○神山委員 どういう事件で告発されていますか。
○高場證人 昨年の五月に、仙台から堀技官という人が見えまして、電力問題についていろいろ調査に來られたのですが、そのときに、日発それから配電、その他と一緒に懇親会をやつたということで告発されています。
○神山委員 それは、どんな形で懇親会をお持ちになつたのですか。
○高場證人 そのときには、東京からも私の方の常務も参つておりまして、全部初対面でもあるしということで、接待をやつたわけです。
○神山委員 どこで、どういうような形でおやりになりましたか。
○高場證人 東山の向滝で一晩宴会をやつた。
○神山委員 詳しい資料はありますが、そのくらいにしておいていいのですが、向滝はあなたのところと密接な関係があるらしいが、ほかにも行つたとおつしやいますが、ほかの場合はどうですか。
○高場證人 ほかのところですか。
○神山委員 向滝だけでなく、ほかにもやつておるようですが……。
○鍛冶委員長 証人に申し上げますが、まだその告発事件は済んでいないのですか。
○高場證人 いやもう……。話は聞いておりますが、これは済んでおります。別に何にも……。
○鍛冶委員長 起訴になつたとか、不起訴になつたとか……。起訴になつていないのですか。
○高場證人 全然聞いておりません。
○鍛冶委員長 もしそうでしたら、内容について言うことをはばかられるなら、言わないでもよろしい。
○神山委員 それじや、告発になつていないもう一つの向滝の方、これは二十四年の三月に行つておるでしよう。ありませんか。
○鍛冶委員長 お客さんはだれなんです。それを言わなければわからない。向滝で飯を食つておることはあるだろうが、お客さんを言わぬとわからない。
○神山委員 高場所長、佐藤課長、昭和電工、日曹その他が一緒に、やはり調査官の一向と行つておる、こういうことはありませんか。
○高場證人 それはこの間申し上げましたが、事実無根であります。調査官と酒を飲んだことはありません。
○神山委員 資料はたくさん私のところに來ておりますが、これはあなたの方で事実無根だというふうにおつしやいますが、こういうふうなことが從業員の氣持の上に何らかの影響を與えないというふうにあなたは言い切れますか。そういうことありませんか。
○高場證人 そういうことはないと思います。
○神山委員 朝鮮からお引揚げになるときの模様はどうですか。
○高場證人 この事件に関係があるのですか。
○神山委員 あります。このことがやはり今次事件に、從業員諸君が、先ほどあなたがおつしやつた、暴言をはいたとか何とかいうことの根拠になつておるのでお尋ねします。つまり從業員が罵詈雜言を浴びせたという、そういう罵詈雜言を浴びせるようなことになつたのは、こういうときの様子が関係しておる。ちよつとおつしやつてください。
○高場證人 どういう点か、わかりません。
○神山委員 まず第一に、あなたが先に帰つて來られて、從業員諸君をあとに残して來たというようなことが、一つの不満としていろいろ傳えられておりますが、さらに、これはまああなたの人格を信頼しますが、ないでしようが、退職金その他金品の隱匿があつたというようなことが再々本社でも話に出ておるということなんですがね。
○高場證人 それは事実無根なんです。
○神山委員 あなたは事実無根とおつしやるが、こういううわさがつきまとつておる。こういううわさが今次事件が起つたときに、あなたに罵詈雜言を浴びせた根拠になつていないと思われるか、そうは思われないかということです。
○高場證人 そうは思われません。
○神山委員 思われないなら、それでけつこうです。それで、クラーク軍司令官、オーチス法務課長、ナーリングセード労務課長と若松地区警察署でお会いになりましたか。
○高場證人 会いました。
○神山委員 その際に、先ほど憲法の話が出ましたが、これは山口委員長らの行動が刑法百六條に該当するという申渡しがありましたか。
○高場證人 申渡しでなしに、そういうものだということを、通訳が通訳されるのですから、はつきりした意図はわかりませんが、こういう團体を使嗾してやるということは刑法の百六條に該当するのだというお話はあつたと思います。
○神山委員 それは話でしよう。
○高場證人 はあ。
○神山委員 先ほどあなたかおつしやつたように、これは当然日本政府が処理すべき問題であるのだが、それを好意的に、あるいはそれは惡意かどうか、これは別問題だが、好意的に解決のあつせんをされておるということなんでしよう、あなたのお聞きになつたのは。これは命令としてあなたはお聞きになりましたか。というのは、考査委員会に出ておる文書の中で、これが百六條に違反するというふうに申渡したというように書いてあるのがあつたり、この命令に基いて若松地区警察署がどうしたこうしたということが書いてあるのでお尋ねするわけなのですが、私たちは、こういうことは、命令とか、あるいは申渡しというのでなくて、あなたの先ほどおつしやいましたように、これは原則として日本側が解決すべき問題であるのですが、当然これを何らかの形であつせんされたのではないかと思いますが、いかがですか。
○高場證人 それは常々そういうふうには言つておられます。
○神山委員 從つて先ほどの点については見解を述べられたり、あるいはそういう示唆を與えられたということなのでしよう。
○高場證人 それは私には意図はわかりません。
○神山委員 だけれども言われたこととしては、日本側のやることだということをおつしやつているわけですね事実としては……。 その次には、あなたは産業人として長くいらつしやるわけなので、現在会津地方のいろいろな産業がどういうふうな状態にるか、その点についてあなたのごらんになつているところをお聞きしたい。
○高場證人 会津地区のことは私にはわかりません。
○神山委員 それではもう一つお尋ねしますが、先ほど日曹などの——日発は一應落しまして、名前が出ているのですが、日曹の経営の状態についてはあなたは御承知ありませんか。
○高場證人 知りません。
○神山委員 それではもつとお尋ねしますが、会津の周辺にある小さな中小工場の状態が今日どういう状態であるか御承知ありませんか。
○高場證人 よその状態はわかりません。
○神山委員 それも知らない。もしあなたがそういう状態をお知りにならないで、先ほど郷土産業防衞に名をかりて、こういうことが起つているというふうにおつしやつたのですが、現在日曹や昭和電工にしましても多くの問題をはらんでおりますが、会津のあの盆地地帯ばかりではなくて、これこそさつき吉武委員やその隣りの橋本委員が言つている通りでありますが、全國の中小工場——大産業もあなたのところなんかもそうですが、相当大きな危機に見舞われている。ことに会津地帯は漆器その他、文字通り郷土産業が多いのでありますが、これがほんとうの意味で滅びるか滅びないかというような状態にあるかと思うのです。こういうことをお聞きになつたことはないのですか。
○高場證人 金詰まりで非常に困つているという話だけは聞いておりますが、その程度で内容については聞いておりません。
○神山委員 あなたの工場の——やはりこれも企業整備といいますか、あるいは合理化といいますか、ひとつの整理案を出さなければならなくなつたのは、やはり日本全体のこうした大きな背景の上で起つてきたことじやないのですか。
○高場證人 先ほど申しましたように、運輸省の受注が激減したということは言えます。
○神山委員 そうです。この点特に吉武委員が日鋼の爭議と関連、あるいは似ているというふうに引出したのは非常に特徴的なのでありまして、廣島の日鋼事件も運輸省の予算が削られまして、車両の受注が減つたことが大きな原因なのですが、今特にお尋ねしたいのは、あなたのところにももちろんそれが響いてきているでしようが、この郷土産業防衞ということは決して無根拠なことではなくて、福島縣、特に会津の盆地を中心にしたいろいろな近代工業まで含めて、また古い民族的な産業までが重大な危機に陥つている。この危機に陥つているということを、あなたが今おつしやつたように知らないとすれば、どうして共産党が郷土産業防衞に名をかりたということが言えるか——。お答えができなければけつこうです。
○鍛冶委員長 わかりますか。産業防衞と言われるが、何か根拠があるかということなのです。
○神山委員 私はこういうことを聞いているのです。郷土産業防衞に名をかりたというふうに言われたが、郷土産業の実情を御存じないと言われれば、そういう結論はどうして出てくるか。
○高場證人 馘首反対、工場閉鎖反対というが、私の方では馘首をしなかつたら工場は成り立たないのです。どんなにバランスをとつても、そのままに置けば工場は潰れてしまうわけなのです。そうすると結局、工場防衞、産業防衞ということはわれわれ経営者が考えておるのであつて、何ら今の組合員は考えておるのではない。ただ首を切らない、工場を閉鎖しないという二つのモットーのために動いておるとしか考えられないのです。
○神山委員 今のあなたの御説明で非常にはつきりした。あなたの方では、産業を防衞するといえば、産業資本家の利潤のことだけ考えて首にしようとする。労働者の方では産業をどうするかということを考えている。その次にお尋ねしたいのは、あなたは先ほど各会社、各組合の名前を使つて來た者も大分いる、しかしその大部分は共産党だとあなたはおつしやいましたが、後にほかの委員の質問に対する証言を聞いておりますと、日曹から來たと言う者もいる、昭和電工かも來たと言う者もいる、日発から來たと言う者もいる、國鉄から來たと言う者は國鉄の制服を着ていた、こういうふうにおつしやつているわけです。從つて各々の組合から來たということはわかりましようが、その人人が全部共産党員だということを、あなたはどうして立証することができますか。
○高場證人 それはただちにそうということは言えません。それはわれわれは経営者同士話をするのですが、経営者は経営者で話をしますときに、あなたの方の連中はわれわれの方にやはり加勢に來ているじやないかという話をしますと、いやそれは共産党員だけで、組合員全体の意図ではないのだという話を聞いておりますから、それが私の念頭にあつた。
○神山委員 それはけつこうです。それからあなたは先ほどこういうことをおつしやつた。組合の内情については自分はよくわからないとおつしやいましたが……。
○高場證人 組合の内部のことまでわれわれは立入つて言えません。それから廣田細胞とかいろいろな会議をやつておりますけれども、何をやつているのか私どもわかりませんが、そういうことをやつておるのです。
○神山委員 從つて私逆に言いたいことは、あなたが自分の組合のことがわからないと同じように、他の、たとえばあなたが一緒に会つて話をすると言つた資本家諸君に、どうして自分の組合だけでなしに共産党だということが言えるだろうか。あなたと同じようにわからないのがほんとうじやないですか。
○高場證人 いや、しかし共産党員であるかどうかということはわれわれもわかつています。
○神山委員 あなたのところはわかつているでしようが、さつきの懇談会の場合に、組合そのものが何を決定しているかということは、あなたのところでなくてその相手の工場長などに、あなたがおつしやるようにはつきりわかるかどうか、それは問題じやないですか。ですから私が今お尋ねしていることは、あなたが共産党らしいというふうにおつしやるのでしたら、私はそれでよろしいのだが、あなたは先ほど共産産と認めるというふうな少し強い言葉でおつしやつたので、眞相を少し明かにしておきたいと思つたのですが、その点はよろしい。 それから内部の組合活動の問題についてでありますが、二十三日にあなた方の方で組合活動に制限を與えるようなことはしておられませんか。
○高場證人 先ほど申しましたように二十三日にはやつておりません。二十四日の朝、就業時間中に大会を持つことはよろしい、しかしその賃金は拂われないということを申しただけです。
○神山委員 その場合、就業時間中の組合活動は認めないというふうにおつしやつたのでなくて、就業時間中の組合活動については賃金は拂わないと……。
○高場證人 そうです。やることはかまわないが、賃金は拂えないということを申しました。
○神山委員 ただこういう点を誤解を與えている。あなたの正しい意図がそのまま素直に通じていないということは遺憾ですが、さらに先ほど証言なさいました総務部長でしたか、覚書の問題について失言をしている。これも一應後には事情は明かになりましたが、こういうふうな不手際が不必要に組合員を刺激したというようなことはお考えになりませんか。
○高場證人 よくその点については説明をしたのですが、なかなか了解してもらえないわけです。
○神山委員 從つてこういうような点が了解できないために二十五日に起つたことを、二十七日になつてまたあなたの方で首切り案を出されたことが一方的なやり方だというふうな印象を與えておるわけなんです。事実問題として私は言つておるのですが、さらにここでお尋ねしたいことは、警察官の問題なんですが、先ほどのお話ですと、警察官は二十七日には來ていないとおつしやいましたが……。
○鍛冶委員長 來たけれども追い返された。
○神山委員 二十六日には來ておりませんか。
○高場證人 二十六日には來ておりません。
○神山委員 二十五日はいかがですか。
○高場證人 二十五日の晩には若干來たらしいですが、それも追い返されたらしいです。
○神山委員 若干というのは……。
○高場證人 数字はわかりません。
○神山委員 組合側では二十五日の十一時に武装警官二十数名が來ておる。翌日の二十六日にも朝八時に武装警官が二十数名來ておると言つておる。
○高場證人 二十六日の朝八時にはわれわれ若松に出てしまつたので……。
○神山委員 わからないですか。
○高場證人 わかりません。
○神山委員 二十六日の日にはスクラムを組んで帰したということはあるらしいのですが、それからこういうことがある。もう一つここでお尋ねしておきたいのですが、佐藤庶務課長が若松に常駐されるようになりましたな。
○高場證人 常駐という意味ではありません。
○神山委員 どういう意味ですか。これは警察との連絡のために特におやりになつたということでないですか。
○高場證人 われわれの了解としては経営者協会なり警察の方へも保護願いは必要でありますから……。
○神山委員 二十六日にまた会社の根拠を若松市清水屋旅館にお移しになつておりますね。これはどういうわけですか。
○高場證人 そういう状態で工場におつたら非常に危険だから、若松へ逃避したわけです。
○神山委員 こういうことは、あなた方の方では危險状態と思われるかしらぬが、從業員諸君としては、会社の方が不誠意で逃げて行つた。しかも佐藤庶務課長は警察との連絡のために若松に常駐しておる。また二十五、二十六、二十七と武装警官が連続的に來ておる、こういうことがあるとすれば、ことに二十七日になつて、あなたの方で前に一應話合つたにもかかわらず、一方的に首切り案をお出しになつておるとすれば、事態が紛糾するようになるのは、あの場合考えられませんか。
○高場證人 ちよつと今のお話は違います。打合せがあるにもかかわらずというお話でしたが、二十六日の午前三時にはとにかくどういう方法で話合いを進めるか、それも二十七日の朝九時に話合いしようということであつたのです。それが二十七日朝八時半に会社に出ましたところが、先ほど申しましたように、庶務課の方の確約闘爭が始まつたから、その間に石原勤労課長が組合の山口君のところに行きまして、九時に話合いをすることになつておるのだが、どういう方法でどうするかと言つたら、なんだそんなことおれは知らぬ。会社側の一人でも首切る案には話合いはできないとつつぱられたので、それではしかたがないから、みんなあんなに騒いでおるのだけれども、会社の案を九時に発表するからと言つて発表したわけです。
○神山委員 組合側では、二十五日の午後十二時に所長と組合の間に首切りを留保して協議するという話合いがついて、それで一応、確約闘爭を打切つた。二十六日の午後一時先ほどあなたのおつしやつた家族や何か來て会議をやつたのでありますが、二十七日にその二十五日のあなたとの話合いがうまく徹底していなかつたか、あなたの方では話合いではなかつたとお考えになるかもしれませんが、組合側では一應話がついておると思つておる、こういうようなことであるにもかかわらず、あなたの今のお話では、二十六日の場合にはまだどういうふうにして將來まとめて行くか、こういうことを話合おうと言つておつた。ところが二十七日山口君の方でけつて來たからとこういうふうにおつしやるが、かりに二十六日に話合いがついてないとしても、從業員の方では首切りを前提とする再建案ということであれば問題にならないというふうに陥つて行く、追い込まれて行く、こういうことはあなたの方ではお考えになつたことはありませんか。
○高場證人 もう一度申してください。
○神山委員 結論的に言いますと、あなたの方では二十六日にこれは何とか話合おうというようにお考えになつていた。ところが山口君の方では一人でも首切つたらだめだ、自分の方の案で行こうと言つておる。ところで組合側では二十五日にあなたと一應何とか相談しよう、首切りはしないようにという話があつた。しかし私は二十五日はどうでもよいのです。二十六日にあなたのおつしやるように、かりに整理の問題について二十七日に話合おうということになつていたのに、一方的に首切りを会社は発表した。こう言つておる。
○高場證人 それは先ほど申したように、そうでなしに、山口君に話したが、そんな一人でも首切るような案については相談に乘れないのだとけられたので、しかたなしに会社の案を発表したのです。
○神山委員 まあこまかい経過については、今言うように私の方で組合側から受けておる報告と、あなたのおつしやることと部分的に相違があります。これはいろいろな場合当事者間にありますので、こまかい点は相違するだろうが、私が先ほどからいやなことを聞いておるのは、全体としてあなたの方がむずかしい経理の状態に陥り、また從業員とあなた方経営者の間には、必ずしも意思の円満な疎通がなかつた。今度の問題になつたのもやはりその点で、今例をあげたように会社側の考えておることと組合側の考え方と部分的に違つておる。しかも警官が來る、こういうことで二十七日の場合に、先ほどからおつしやつておるような状態になり、さらに三十日には問題が紛糾したということになつて來たのではないか。
○高場證人 ちよつと申し上げますけれども、会社としては会社の案ができまして、できたらこれを組合に提示をして、何日かかかつて組合の力で檢討してもらつて、それについて建設的なよい案があつたら、また出してもらつて、さらに檢討して進めて行くという考えであつたのです。にもかかわらず二十七日でなければ発表できない案をもつて、東京から帰つたとたんに、十八日からそういう闘爭に入つて來たのであつて、しかも一人でも首切ることは絶対反対だ、工場閉鎖は絶対反対だということになつたら、初めから話合いができないわけです。われわれの考えておるところの会社案を一應よくくんでくれて、どういう計算からこういうふうになつたのだ、これを檢討してもらつた上でなければわれわれ話合いに乘れないわけです。
○神山委員 その点を今指摘しましたように、あなた方のお考えが組合側に徹底しない、また組合側の考えておることがあなた方に十分通じていなかつた、意思の疎通を欠いた点もあつた。それでこういう事態になつたということは認めて、一應確認してよいですか。そこであなたは先ほどの他の委員の質問に答えて、福島縣全体にこういう事件が起つた。その原因そのものはわからないけれども、一應形として見れば、何らかのつながりがあるのでないかというように感ずる。こういうようにおつしやつたのですが、私がここでお尋ねしたいのは、今のような事件の経過を考えて行きますると、二十七日、八日とこういうようにもつれて來るのは何も一方的に、ことにあなたが先ほどおつしやつたように、共産党とあなたがおつしやつたというのではありませんが、そういう印象を受けるのですが、外郭團体ことにそのほとんどが共産党の者だ、それが押しかけて來て、こういうふうになつたのだということではなくて、それが影響してないというように私はあえて言う必要はないが、事態の眞相はあなたの方で再建案を二十七日にしか発表できないという事情が一つ前提になつていた。しかも首を切られたくないという、從業員が生きるか死ぬかの要求があつて、問題は二十七日、八日あるいは二十九日とこじれて來たのでないか、こういうように思うのですね。
○高場證人 それもわからない。
○神山委員 それを先ほどそういうように感ずるとおつしやつたように、福島縣全体の事件と何らかの関連性があるとお感じになりますか。
○高場證人 その点は私どもにはわかりません。
○鍛冶委員長 わからなければその点はそれでよいでしよう。
○神山委員 それではこのくらいにしておきましよう。
○鍛冶委員長 済みました。ごくろうさまでした。 片桐四郎さんですね。 あなたは若松にあります三菱廣田製鋼所の労組委員長ですか。
○片桐證人 さようでございます。
○鍛冶委員長 いつからおなりになりましたか。
○片桐證人 七月の二十日でございます。
○鍛冶委員長 あなたの前はだれですか。
○片桐證人 山口茂樹君。それは今度私が委員長をやつておりますのは前のとは違いまして、新組合ということになります。
○鍛冶委員長 それじやその新組合はいつできましたか。
○片桐證人 結成は七月の十五日にありました。
○鍛冶委員長 そして二十日に委員長になられたのですね。
○片桐證人 役員選挙できまりました。
○鍛冶委員長 あなたの工場は六月十七、八日からストに入つたようですが、ストのときはあなたは労組のどういうことをやつておいでになりましたか。
○片桐證人 六月の二十一日に大会を開きまして、それで今度の首切りの問題に対する組合の態度を決定いたしました。それを反対というふうに決定いたしました。そのときに將來会社からその案が発表になることを予想いたしまして、闘爭態勢を整えるということで、中央闘爭委員会と拡大闘爭委員会を構成することになりまして、そして大体二十三日か四日と思いますが、各職場から拡大闘爭委員を選出いたしました。私も拡大闘爭委員の一人に選出されました。
○鍛冶委員長 ストに入りますまでの経緯は先ほど所長から詳しく聞いたのですが、かようなストに入りますのは、これは組合員の総意であつたのでしようか。それとも一部の人の指導によつてなされたものでしようか。
○片桐證人 それはただいま申し上げました六月二十一日の大会におきまして、あらためて闘爭に入る場合にはさらに大会を開いて具体的な方法をきめることに相なつておりました。從いまして大体二十四日から入りましたストと申しますか、作業中止と申しますか、それは全般的な同意を得てのことではありません。
○鍛冶委員長 どういう人がそれは決行したのですか。
○片桐證人 結局各職場において組合の書記局、いわば中闘委員会から、各職場から首切りをしないという確約書、それを各課長からとれということの指示がありまして、それから各職場職場から個々別々にそういう確約闘爭ということが始まつたのです。
○鍛冶委員長 そうすると組合の闘爭ということには結局ならずに、各職場職場でそういう闘爭をやつておつた、そういうことになりますね。
○片桐證人 それがだんだん合流して來たわけです。
○鍛冶委員長 たいへん乱暴なやり方をしたように先ほどから承つたのですが、あなたが見られたところでは、労働爭議としては合法にやられたとお思いですか。いかがですか。
○片桐證人 私の常識をもつてしましても、少し程度が過ぎておつたと思いました。
○鍛冶委員長 非合法だつたということになりますね、結局。
○片桐證人 さようでございます。
○鍛冶委員長 そこでそういうものであつたが、会社側にひどく当つた首謀者というべき人はどういう人でしたか。
○片桐證人 その点につきましては、私も一應その拡大闘爭委員というものにはなつておりましたけれども、最初から少しこの行き方について反対的な意見を持ち合せておりましたから、積極的に私は出ておりませんでした。從いまして主として中央闘爭委員会なるものが統率しておりましたので、首謀的というか指導的なもの、それから現にその会社側をいじめたというような人たは、どういうふうな相談の結果そういうことにしたか、あるいは、だれとだれが相談して、だれがどなつておつたかというようなことについては、あまり私は近くにもおりませんし、また一々現場の工員連中の名前も知りませんので、そういう点について深く私は知りません。
○鍛冶委員長 経営者をずいぶん長く監禁したようですが、その点についてあなたはそこへ一緒に行かれなかつたのですか。
○片桐證人 私はいまだ病氣加療中で、そういう関係がありましたので、あまりに夜おそくまで残つておりませんし、大体四時の汽車でうちの方へもどることにしておつた。それからそういう騒ぎ中は会社へ出る数が少なかつたのですから、内容を詳細については私は見てもおりませんし、また申し上げることは少し不十分かと思います。
○鍛冶委員長 ところがこのストにあたつて、廣田工場だけの爭議ではなくて、友誼團体と称してあの辺の地区の各團体から、ずいぶん應援というか、しり押しというか、やつて來たそうですが、これはいかがですか。
○片桐證人 それは大体二十一日の大会の場合に主として見えたのが若松の配電会社、いわゆる電産の配電会社ですが、ここの方を除いてはほとんど共産党員の人が多かつた。
○鍛冶委員長 労働組合としては電産だけですか。
○片桐證人 組合員もありまするけれども、それから若松地区の、共産党の方、それから電産関係の方ですね。それからスト中に見えましたうちでは、そのほかの友誼團体も、これは陣中見舞や何かに見えました。
○鍛冶委員長 何かこの闘爭をやるに当つて、産業防衞闘爭とかいう名前をつけてやつておつたということでありますが、そういうことはお知りですか。
○片桐證人 それは結局最初から今度の首切りは、首切りだけじやなく、会社側の意図するところは工場の閉鎖である。採算がとれないという面から工場の閉鎖まで持つて行くというふうに執行部としては考えておりました。であるからしてこれは強力に地元の應援を得て会社と交渉して、工場閉鎖、並びに首切りを撤回させるような運動をしなければならぬということで、地元の村会、それから若松の市会、並びに農民あたりに呼びかけて、そういう連動を起しました。
○鍛冶委員長 それは産業防衞闘爭という名前をつけておりますが、御承知ありませんか。
○片桐證人 郷土産業防衞会、こんな名なんでしたが……。
○鍛冶委員長 防衞協議会、そういう名前でやつておつた……。
○片桐證人 やつておりました。
○鍛冶委員長 それから次第にだんだん大きくなつて、今度は地域産業防衞闘爭というところへ発展して行つたのではありませんか。
○片桐證人 そういう点は私はわかりません。
○鍛冶委員長 だんだん廣がつて行つたでしよう。友誼團体が入つて來るのが……。
○片桐證人 それは結局ああいう問題になりまして、若松地区に警官の應援隊があちらからこちらから集まつて來る。そうする場合に、たとえばあの近所に坂下という町がある。それから野澤という町がある。そこから警官隊の應援があつたそうであります。そうすると、その地区に行つて、なぜこんな應援を出した、地元を手不足にして、こういうことでは困る、たとえば自治警察署が何かその他の管轄の署に應援を出すという法的な根拠がどこにあるかということで坂下地区あたりの公安委員が大分油をしぼられたという、そういう程度でありまして、その地区産業云々ということについては、私はあまり聞き及びありません。
○鍛冶委員長 これは共産党員が当時福島縣を元として、東京、廣島等でみんな使われておる言葉であるので、われわれ聞くのでありますが、そういうようなことは、共産党の指導方針に基いてやつたものだとお認めになりませんでしたか。
○片桐證人 それは私どもは内部におつてはそういうことに氣がつかなかつたのですが、新聞がそういうことを報道いたしまして、そのとき、なるほどと思つておるところへ、その後に應援に來られた方々がそういう意味合いのことをわれわれの前で演説された。
○鍛冶委員長 だれです。
○片桐證人 これは私は直接聞いたわけではありませんが、私の同僚が聞いておつて、私は聞いて参りましたのですが、小平とかいう縣委員か地区委員、それから全金属の杉山という人がおります……。
○鍛冶委員長 それから……。
○片桐證人 他にはつきりしておりません。
○鍛冶委員長 渡部という代議士も來たそうですね。
○片桐證人 渡部代議士が参られまして、福島の方に山口前委員長が檢束されまして、その釈放運動に行つてくだすつたということは聞いております。
○鍛冶委員長 渡部君が見えたら、たいへん運動が活発になつたというような事実はありましたか。
○片桐證人 さあ別段かわつたとも思われませんでした。
○鍛冶委員長 それからあなた第二組合をつくられたのはどういう理由からです。
○片桐證人 結局私どもは、今度の場合、会社側が工場を閉鎖するという意図のないことだけは別な面からある程度承知しておりました。承知しておつたというか、想像しておつた。いろいろな資料から——。それでまず二十四日にはいまだに会社の方からは具体的な整理案というものは何も提示してなかつた。そこへ持つて來て、りくつなしに首切り反対、首切りを撤回せよという確約闘爭から始まつて、いわゆる猛烈な闘爭に入つた。その場合にわれわれとしてはもう少し具体的に、会社がそういうふうに一應企業の合理化をせなければならぬということを、五月十八日かに東京の責任者が参つて話をしておりますので、私どもとしてもそれに対する首切り反対であるならば反対の理由、首を切らずしてやつて行ける具体的な具体案を組合が持つて、あるいは会社の提示する具体案について具体的に檢討をして、そうしてそこに結論を見出すべきじやないかという意見を持つておつたのであります。でありますから、われわれもその確約闘爭上におきましても、いろいろお前らはだらしがない、何だ、事務所のやろうどもがいくじがないということを再三言われました。そういう点でわれわれは積極的な行動に出る氣になれなかつた。しかももうそのときにわれわれはある程度干渉を受けるというような状態におかれました。そういうことと、それからまあ大体今度の闘爭に対して臨む者の態度というものは、やはりそういつた常識でもわかるようなそういう態度で進むのが至当だ。一にも二にも闘爭々々と言つておつたのでは、これは解決のつくものではない。それからだんだんにそういう闘爭がはげしくなるに從つて、地元あたりの世論が非常にわれわれに同情しなくなつた。それから見通しがないということと、われわれが仕事をしないという場合、即日瞬間からわれわれは給料をもらえない。こういうことを長く続けておつたら、いわゆる脱落者が出て來る。給料をもらえないから食えない、会社に出て來ないから内職をするという者が出て來れば、必然的にこういう闘爭はもう長く続かぬ。それからもう一つ今度の場合は、ある程度廣田工場が闘爭を続けても、いわゆる会社側の反省を促すような結果をもらさないということなんです。これはもう少し具体的に他に足をつけて、会社と具体的な交渉に入るべきだ、こういうように考えておつたものですから、われわれといたしましてはどうもいつまでもこうしておられないというので、七、八名の者が集まりまして、これから先きの方法を相談いたしましたところ、それでは一應みんなに呼びかけてみようと言うて、呼びかけましたところ、大体五日間ぐらいで二百六十名ばかりの賛成者を得て、そこで今度の新組合を発足するという運びになつたのであります。
○鍛冶委員長 全員でいくらあつたのですか。
○片桐證人 大体四百名。
○鍛冶委員長 そうすると半数以上は新組合に入つて來たわけですね。
○片桐證人 さようでございます。それでそのうち二百六十名ばかり賛同者があつたのですが、そのうち会社から退職を命ぜられたものが出ましたために、結局現在は正味二百四十六名おります。
○鍛冶委員長 それで今うまく行つておりますか。
○片桐證人 現在では仕事も軌道に乘りまして、作業を継続しております。
○鍛冶委員長 それではこの組合に入らない人は、今でも仕事を放棄しておるのですか。
○片桐證人 これは一應解雇通知を受けまして、その上で仮処分を執行されておりますので、会社へは入れません。ですから会社外にあつていわゆる爭議行為と言うか、どの程度の人数が今おりますかよくわかりませんが、三十人という人もあるし、四十人という人もありますが、大体その程度の人が闘つているようであります。
○鍛冶委員長 わかりました。ほかにお聞きになることはありませんか。
○聽濤委員 会社の首切りの案を出したのは、先ほど工場長も言つていたようですが、ちよつと聞き落しましたから念のために聞いておきますが、二十何日でございますか。
○片桐證人 二十七日かと思います。
○聽濤委員 二十七日に初めて具体的な首切り案を出したのですか。
○片桐證人 さようでございます。
○聽濤委員 それで二十一日に臨時大会をやつておりますね。
○片桐證人 はあ。
○聽濤委員 ここではどういうことが——こまかいことはいいですが、大ざつぱにどういうことがなされたか言つてください。
○片桐證人 それは大体首切りに対して、首切りをやつて來るとか、あるいは工場閉鎖をやつて來た場合に、組合としてどういう態度をとるか、その基本的な問題を討議して、それに対する態度を決定した。それはもちろん一人残らず絶対反対というので決議しました。
○聽濤委員 もちろんあなたも反対でしたね。
○片桐證人 はあ。
○聽濤委員 さらにその後闘爭委員会をつくられたようですね。
○片桐證人 はあ。
○聽濤委員 あなたが拡大闘爭委員になつたのは、そのときになられたのですね。
○片桐證人 大会でそういう構成を持つことになりまして、それから各職場ごとに闘爭委員、拡大闘爭委員を選出するというので、三日間ばかりかかりまして委員を選出したわけです。
○聽濤委員 先ほどあなたは首切りのはつきりしたものが出て來てから闘爭をやればいいといつたような、大体そういう趣旨のことをおつしやつていたのですが、そういう趣旨でございましたか。
○鍛冶委員長 いや整理案。
○聽濤委員 会社の整理案が出てから……。
○片桐證人 それは反対であること、それから闘爭に入る場合は、あらためて大会を開いてこれを決するということになつておつたのですが、いわゆる各職場が……。
○聽濤委員 その点はわかりますが、つまりあなたのおつしやつたことは、会社側から具体的な整理案が出てからやつてもいいじやないかという御主張であつたようですが。
○片桐證人 そうです。出てから後も私は同じような態度をとつております。
○聽濤委員 ところが、これはりくつのようになりますけれども、実際上は組合の闘爭としては、今全國で官業もあるいは民間の会社もどんどん首切り案が出ておることはあなたも御承知でありますが、そういう中で実際整理案、が出て來てしまつてから首切りに反対して闘爭するということでは、およそ組合の立場から言うと遅過ぎるということは、むしろ理の当然ではありますまいか。
○片桐證人 そういうわけで、会社がそういう案を提示しまして、團体交渉を持ちまして、そうしてその際においてその提示された具体案を檢討して、そうして首切りをやらなければならないという結論に達したならば、その場合はこれを認めざるを得ない。それを檢討しまして、そうしてしかる後に態度を決定しても遅くはないじやなかろうかと思います。
○聽濤委員 あなたはそういうお考えであつたわけですね。
○片桐證人 そうです。
○聽濤委員 ですから、今私の言いましたのは、どこの労働組合でもそういう首切り案が出てしまつたあとから闘爭を始めるのでは遅過ぎるというのが、大体組合の常識ではありますまいか。
○片桐證人 私の常識はさように思われません。
○聽濤委員 しかし事実上は全國的に企業整備による首切りということが起つておるということはあなたも御承知ですね。
○片桐證人 そうです。
○聽濤委員 大体どこの労働組合でも、企業整備による首切り反対ということは掲げているのであつて、実際に首切りが來ていないところでもそういう状態があることはあなたも御承知でしよう。ところで職場の実際の從業員の中では、この首切りの問題というものは、会前から整理案が出なくても、首切りは必至であるということは職場の從業員諸君の間にはすみずみまでわかつていたのではありますまいか。
○片桐證人 それは首切りが早晩來るということはわかつておつたと思います。
○聽濤委員 そこで私ちよつと不思議に思うのは、あなたのお考えがそういうお考えを持つているということの意味はわかりましたけれども、それほどはつきりしている首切りが追つているという空氣の中で、労働組合が首切りの問題を取上げて、しかも職場大会まで開いて、闘爭委員会までつくつて、こういう状態に対して闘つて行く。そういうふうな闘爭にやることがなぜ行き過ぎた闘爭になるのかということが、これは組合外の意見としてはとにかくとして、組合の立場から言つてそれがなぜ行き過ぎのものであるか、私には了解できない。
○片桐證人 ただそれにつきまして、五月の十八日に、今度の予算の緊縮からわれわれの会社に対する注文が減つた。從つて生産を減らさなくちやいかぬ。それから廣田の採算が非常に何年間も何箇月間も赤字を繰返しているので、こういうことを継続すれば会社はつぶれるほかはないんだ。だからこれについては会社としては計画案を立直して、將來廣田をつぶさないで行くように方針をかえなくちやいかぬ。早晩そういう相談をするからという何かあつたわけです。從つてそのときすでに会社は整理ということをするのだということは一應予期しておつたわけです。それからほとんど一箇月あつたわけですが、その後の代議員会やなんかの場合にも、組合としてはこれに対する対抗策を何か持つているか、案を持つているかということをわれわれ心配して聞いたわけです。ところがないわけです。何もそういうことは考えておらぬ。おかしいおかしいと実は思つておつた。ですから、そういうことになつて來てからも、われわれの方といたしましては、結局今申し上げた通り、私としては紳士的に会社が首切り案を提示して組合にはかり、その場合にこれと交渉をもつて、それを撤回するなら撤回する、引込めるなら引込めるというような交渉をすることは、私は常識としてそういうふうに判断してもさしつかえない。こういうふうに私は考えております。
○聽濤委員 それじやお尋ねいたしますが、今日あなたのいる工場に起つた整理の問題は、組合から何か代案を出せば会社側が引込めるほどなまやさしいものであつたとあなたはお考えになつておりますか。
○片桐證人 そうじやありません。そうすれは多少内容は変更されたかもしれぬ。それからもし不合理に向うが高圧的に出て、会社案をどこまでものめというのであれば、そこでわれわれはほんとうのストでも何でも入つても足並みがそろつただろうと思います。
○聽濤委員 それじやお尋ねいたしますが、あなたも首切りには反対であつたと言われるのですが、この反対の内容はどういうふうな反対の立場をとられたのですか。今あなたのお話によりますと、首切りは必至である。工場の経理やなんか経営の方からいつてどうしても整理が必至であるということを主として主張されているようなんですが、そうすると首切りに反対されたというのはどういう意味ですか、一部首切りはやむを得ないということですか。
○片桐證人 反対をして來たのですが、そこへもつて來てああいうふうな闘爭に入つたわけです。その結果これを東京の組合が協同闘爭に立つとか、あまり時期が長びくということになれば、いきおい工場閉鎖にも行きかねない。だからしてこの際まず工場の閉鎖を食いとめなければいかぬというので、われわれとしてはつきり会社の作業命令が出ましたので、その際に中へ入つて仕事をすることになつたわけであります。
○聽濤委員 いや私が聞くのは、首切りに対してはとにかく組合としては絶対反対という立場をとつていたようですが、つまり簡單に言えば、一人でも二人でも首切りを出すことはとにかく反対だというのが大体組合の決定のように思われるのですが、あなたの考えの中には、こういう状況では一部の者が首切りされてもあたりまえだというような考え方があつたのではないかということを聞いているのです。
○片桐證人 そういう考えは持つておりません。
○聽濤委員 それでは今の組合は大体首切りをせられた者は全部工場内に入つてはいけない、首切りをせられた人たちに対して、今新しくつくられた組合ではどういう処置をとつておられますか。
○片桐證人 現在の私たちとしては、先ほど申し上げました通り、会社に対して一人でも首切りは出したくないということについては現在でもかわりませんが、私が先ほど申し上げた通り、私どものいわゆる会社を経営して行くのに、こうやつて行けば首切りを少くできるというような案を現在つくつております。私どもはそれができ上りましたならば、会社と交渉を持つつもりでおります。それでそれに基いて、いわゆる一度解雇になつた人でも、一人でもよけいにひつぱり上げて、一緒に仕事をして行くような方向に持つて行きたい、と思つてやつているのです。
○聽濤委員 大体わかりました。それで私の聞くのは、とにかく首切られたわけですが、組合としてはそれについて何か救援とか、あるいは組合員としての資格の問題なんかについてどういうふうな御決定をなさいましたか。つまり会社で首切られたことはもはや組合員ではないというような決定をなさつてやつておられるわけですか。
○片桐證人 そういうことです。
○聽濤委員 ところが首を切られた人たちの方は反対の主張を持つておられるのではありませんか。
○片桐證人 それはわかりません。
○聽濤委員 組合というものは首切りの前からあつたわけですね。何のために新しく組合をおつくりになつたのですか。
○片桐證人 それは例の金属分会の行き方について私どもは意見を異にしましたので、別にわれわれ同じ氣持を持つている者が新たに集まつて、別個な行き方をしようというので新規につくつた。
○聽濤委員 世間で言う第二組合として出発したわけですか。
○片桐證人 第二組合ではない。私どもは正当な組合だと思つております。
○聽濤委員 もう一つお聞きしたいのは、國鉄予算の削減なんかがあつて、非常に経営が苦しくなつたということを所長も言つておられる。直接はそういう問題があつたろうと思うのですが、その背後にもつと大きな、吉田内閣の集中生産、鉄鋼生産に対しては非常に露骨な集中生産が行われているということをあなたは御存じでしよう。
○片桐證人 私はぴんと來るほどよくわかつておりません。
○聽濤委員 それじや工場も閉鎖しなければならぬ、首切りも会社の経理から言えばやらなければならぬという状態が、どこから起つたのかということをあなたは十分御存じないわけですか。
○片桐證人 そういう点はお断りしておきますが、私は昨年の十月二十何日かに肺浸潤に倒れまして、本年の四月末まで会社を休んでおつたのであります。だから今あなたがこの間に策動云々と言われたが、これはわからない。 もう一つ、会社の採算云々という点について、会社の申しますのには、東京の工場で同じ品物をつくれば、一トンについて一万二千円である、廣田はこれに対して一万五、六千円かかつてる、これではやりきれないと申しております。しかしそれが私は、今経営者としてそういうことを言われるならば、これは少し労働者がかわいそうじやないかと思う。何となれば電力料金がプール計算で同じだ。それから運賃が昔と非常に違つてばかにならない。廣田の立地條件が一切素材を運賃をかけて持つて來なければならない。それを製品にして東京なら東京に出さなければならない。もう一つは廣田の設備が非常に老朽しておる。これが新式に比べて非常に人的労力をよけいに費す。そういう点を一々労働者に責任を轉嫁されて、採算がとれないから、廣田をつぶすと言われたのではわれわれとしても実際泣き得ない。それは実際東京でやれば一万二千円でもできる。それからあの地区で同じ種類の素材を買おうとすれば、九千円くらいの投賣りのものもある。しかしそれだけを言つたのではほんとうに君らの言う通り資本家横暴だとか何とか言われる。ある程度わかつているから、一万四千五百円のマル公でも、廣田は東京の黒字を食わないように、廣田は廣田でまかなえるように、どんな方法でもしてまかなつて行こうじやないかというような話が、昨年の十月にあつたわけです。非常に不備な、機械化されない点もあつたものですから、それを徐々に改善することによつて原價を低廉にして廣田をやつて行くということについて、経営協議会あるいは再建云々というような委員会を持ちまして、そういうことを実行して來たわけです。ところがそれに対してすぐに計画が成り立つ、すぐあとに組合として赤字補填、いわゆる……。
○聽濤委員 大体わかりました。簡單にお願いします。結局そういうふうな努力も行われて來たことは事実だろうと思いますが、それは全部御破算になつてしまつたというのが何によつて起つて來たかということを、実は私は聞いておるわけです。それについてはあなたは十分御存じないと思いますが、そうですと、これからいろいろ整理案について組合から代案を出すと言われておりますが、そのことの根本の原因も御存じなく、そういう代案というものは、まつたく画に描いた餅みたいなものですね。これでは実際上やつて行かれないと思う。それはいいのですが、もう一つお聞きしたいのは、郷土産業防衞云々の問題で、外部團体の人が來て、あれは共産党であつて——あなた自身がやつたわけではないけれども質問者の方から、そういう動きがあつて、これは共産党の指図によつて行われた爭議であるかのごとく言われておるのですが、郷土産業防衞というのも、事実あなた方の廣田の工場のようなぐあいに、政府の政策の結果つぶされて行く、この状態に対して、地方の産業を守つて行くというのが根本の趣旨なんですね。その点をあなたがおわかりにならなければ、今後組合の実際の闘爭はやつて行けないと私は思うのです。そのために申し添えておきたいことは、先ほど委員長でありましたか、だれかの質問で、今度の闘爭は行き過ぎであるというふうな意味のことをあなたは言いました。あなたがそうお考えになつておるということはけつこうなんですが、行き過ぎであつたということがどうして非合法だということになるのか。あなたはこれを非合法だというふうに御返答なさいましたが、その点をお伺いしたい。
○片桐證人 それはわれわれの常識をもつてしても、ああいつたような取扱いを受けたならば、われわれもものの判断力を失うであろうと思われるような、つまり何と言いますか、人民裁判と言いますか、そういうような方式をとつた。それからそれについて、女の事務員の人々も——今まではそういつたこともなかつたのですが、一昨二十二年にも一度ストライキをやりまして、そのときもそういつたものがあつた。ところがそのときは今度の場合よりはまだ程度がゆるやかであつた。今度は朝の九時から夜の二時、三時に至るまでも飯も食べさせないで膝詰めで行くということは少しひど過ぎるじやないかというので、女の事務員たちが相談し合つて委員会にそういう忠告をしたという事実もこれはあるわけです。もちろん女の人ですから、非常に感傷的になりますので、女だからそれくらいあたりまえだとおつしやるかもしれませんが、私どもの常識をもつてしても、また私どもの体力をもつてしてもあの程度の取扱いを受けたならば、ものの判断力を失うだろうと思います。
○鍛冶委員長 わかりました。
○聽濤委員 ところが闘爭のいろいろな経過の中でいろいろ問題が起つて來ることは、あなたの立場から見て行き過ぎとか何とかいうことは、あり得るとは私も考える、考えるのですが、それをもつてあの爭議を非合法であると言われるのは——非合法というのは、確かにその國の憲法に違反したとか、あるいは國の法律に違反しておるとか、こういうふうな労働関係の法規があるわけです。そういうものに対して全体として違反しておるという意味になるのか、そういう意味合いのことをあなたは言つておられるのですか。まさかそうではあるまいと思うのですが……。
○鍛冶委員長 それ以上は議論になりますから……。
○片桐證人 一應禁ぜられていることをあえてすることは非合法と言つてさしつかえないと思います。
○聽濤委員 それじや、長時間にわたつて交渉した、あなたも組合員であつて盡力した、しかしながらこの闘爭は実に百何十名という人の生死にかかわる問題であつて、それについての爭議であつたということから考えて、あなたはそれを一方的に不法な爭議である——そういうふうにあなたはお考えになつておるわけです。それならばそれでいいです。あなたのいわゆる第二組合の考え方、実際の客観的な行動というものは、あなたの御主張によつても裏づけられておると思う。この辺で終ります。
○鍛冶委員長 山口茂樹さんですね。
○山口證人 はい。
○鍛冶委員長 そこに書いてあることを一應読んでおいてもらいたい。ではもう一つ御注意申し上げますが、あなたはこの間何か爭議の関係で起訴されておるそうですね。
○山口證人 起訴されております。
○鍛冶委員長 それでは、こつちから聞くことがあなたの犯罪事実に関係して不利益なことであると思つたら、それはあなたの方で拒否されてよろしゆうございますから、それだけ覚えておいてください。 あなたは三菱製鋼所廣田工場の労働組合の委員長であつたそうですが、いつまででしたか。
○山口證人 それは現在も組合長でございます。われわれは第一組合です。
○鍛冶委員長 現在ずつと——ではいつからやつておりますか。
○山口證人 委員長は三期ばかりやつておりまして、一番最初になつたのが昨年の四月で、それから連続やつております。
○鍛冶委員長 二十三年の四月だね。
○山口證人 三月だつたと思います。
○鍛冶委員長 それから闘爭委員長にもなられたのですね。
○山口證人 なつております。
○鍛冶委員長 闘爭委員長というのは、いつできたのですか。
○山口證人 六月二十三日に闘爭委員会ができまして、中央闘爭委員長になつたのです。
○鍛冶委員長 二十三日ですか。もつと前、二十一日じやないか。
○山口證人 大体二十一日に闘爭態勢をつくつて委員長とか何とかをきめたのです。ですから二十一日でもどちらでもいいです。
○鍛冶委員長 二十一日の大会できまつた、そうでしよう。
○山口證人 はあ。
○鍛冶委員長 今度十八日からあなたの工場で爭議が起きたようですが、大体もう聞いてあるのですから概略でいいのですが、どういうことでございますか。
○山口證人 概略は——今までの政府の経済政策が非常に貧困であつて、やはりうちあたりの工場においても、普通ではやつて行けない、資材にしてもなかなかまわつて來ない、資金もなかなかない。たとえば電力にしても使用には足りない。やはり日発あるいは東北配電というようなものに贈賄でもしなければ電力がまわつて來ない。資材も來るものはよけい來て、來ないものは全然來ない。だから油の横流しをする。こんなことをしてようやく何とかやつておつたのであります。ところが最近吉田内閣ができまして、鉄鋼が百八十万トン——すなわち昨年度が百二十万トンで、今年度百八十万トンになつたが、やはり一党独占資本のためにのみ生産を集中する。すなわち過度の集中生産方式によつて、うちの割当が大体今までの半分に減つてしまつたのであります。ここで工場閉鎖あるいは首切りというものが出るような形勢になつたのであります。これについては、うちの問題だけじやなく、村の問題であるというわけで、村とわれわれ、とによつて産業防衞会議というようなものをつくつて、われわれの手によつて何とか工場を守らなければならないというわけで、逐次こうした態勢を整えて、同時に会社側に対して、生産復興について経営協議会を持とうじやないかということを再三言つてあるはずなんです。それにもかかわらず、会社側はこうしたことをサボリながら、一方において昨年度から、首切りのプランを立てまして、昨年三月から警察署長を東山温泉に招待して、署長初め警部、あるいは次席というような者を飲ませ、あるいはその後再三警察を飲ませるということによつて、一挙に警察力で首切りを強行しよう——というのは、会社側は昨年の五月、一度われわれに対して首切りを強行しようとしたのであります。ところが組合は一つの政策というか、こうやつて行けばできるのではないか、すなわち設備をこうかえてやれとか、あるいは社内でいろいろ機構をこういうふうにやつて行けばできるのじやないかというようなことで、昨年五月組合の生産復興に対する計画を会社側に提示したのであります。ところが会社側は非常にりつぱな組合の案に負けてしまつて首切りを撤回してしまつたのであります。そうしたことがあつて、現在の工場長が非常に窮地に追い込まれた。というのは組合よりも非常に経営能力がないというふうに上の方から思われておつたので、ここでまた組合からりつぱな案でも出されてやられるということになると、むしろひとの首切りどころではなく、自分が首切られるというふうに社内の人事が動いているわけであります。そこにおいて、どうしても自分の首を守るために、警察力によつて首切りをするよりほかはないというわけで、去年から準備をしておつたのであります。そうした中に十八日ごろから——十八日ごろからなぜそういう状態になつたかというと、十日ごろ大体会社側で、首切りの案がすつかり用意ができたのであります。これに対して、まず首切りよりも、われわれの工場を守り立てて行くことがわれわれの希望でもあるので、経営協議会を持つてくれということを再三申し上げたのですが、会社側は一方的にこれを拒否して、こちらで團体交渉を再三申し入れたけれども、ついに團体交渉まで拒否した。そこで一部の職場から、どうもわれわれの首があぶない、今度は警察力を頼つて一挙にやつて來るらしい。だからここでやはりそういうものではなくして、われわれと一緒にこの工場を守つて行こうじやないかというふうな声が出て來たわけです。それが首切りをやめて、われわれと一緒に工場長から先頭に立つて、この吉田内閣の集中生産方式に対してわれわれの工場を守つて行こうじやないかというような声が、いわゆる確約闘爭というか、それが十八日ごろからぼつぼつ職場に出始まつたわけです。そこでこの確約闘爭が非常に激化しまして、われわれとしましてはこのまま放つておけないというわけで、三十一日に組合の臨時大会を開いたわけです。ここで組合としては、どうも現在の会社側のやり方があまりひどい。われわれの力でこうした一方的な首切りのないようにするとともに、われわれの工場を守るために闘爭組織をつくろうじやないかというわけで、闘爭委員会をつくれというので、大体今年の三月二十一日に臨時大会を持つて、工場閉鎖、首切反対の決議をして、それを具体的に進めて來ておつたが、それをさらに具体的に進めるために、当面の運動方針として、この吉田内閣の政策に対して不満を持つている農民、そうしたものと一緒にこの工場を守るような方向に行くべきであるというので、その当時農村の人たちも三菱の問題に対して非常に関心を持つておつたので、一緒に守つて行くということの運動方針が大体決定されたわけです。それと同時に團体交渉を持とうというようなことも大体ここできまつて、われわれがまた團体交渉なり経営協議会を申し込んだのですが、その翌日になつてもさらに会社側は一方的にこれを拒否しておるのでとうとう各職場から盛り上つて、また確約闘爭が起きたわけです。こうした状態がずつとそのあと、四、五日続いたわけです。その間こちらとしては平穏裡にこの問題を処理しようと思つて、再三團体交渉を会社に申し入れたのですが、会社は一方的にこれを拒否しておる。しかも二十七日には、ちやんとわれわれから團体交渉を文書をもつて出しておるわけです。
○鍛冶委員長 いつの二十七日。
○山口證人 六月二十七日に、團体交渉をもつように、文書をもつて出しておる。
○鍛冶委員長 わかりました。その点大体わかつておる。そこで私が聞かんとするのは、二十七日の大会では、ストをやるという決議はせなかつたようですね。
○山口證人 ストをやるという決議はしておりません。
○鍛冶委員長 しておらぬそうですね。
○山口證人 もちろん首切反対、工場閉鎖に対しては、われわれはあくまで、会社側はいろいろ警察力を動員することも大体予想はついておつたのですが、正しい組合運動に対して、われわれのやることに対してこうした官憲の彈圧をはね返してやろうという決議をしておる。
○鍛冶委員長 だけれどもストをやるときはあらためて相談したのだろう。
○山口證人 われわれはスト指令というものは一度も出したことがありません。
○鍛冶委員長 ところが二十四日になつて突然あなたが集合命令か何か出して、それから社長室へみんなで押しかけて入つたというが、これはどうですか。
○山口證人 二十四日ですか。たしかそれは何もこちらでやつたわけじやないのです。会社側が組合運動をてんでできないように——というのはうちでは三交替制なんで……。
○鍛冶委員長 それはわかつておる。
○山口證人 組合運動がてんでできないことをやつて來るということは、憲法違反でもありますので、これはたいへんだということを職場に話したわけです。そうしたら職場では今首切で不安になつておるとき、組合運動ができなかつたならば、これではまんまと首を切られるのであるから、これは仕事どころではないというわけで、一部の重要な仕事は続行しましたが、ほかの職場はとにかく交渉しようというわけで交渉したのです。
○鍛冶委員長 そのときから実際にストの態勢に人つたわけですね。
○山口證人 入つたというよりも職場で自主的に一人々々の組合員がやつたわけです。
○鍛冶委員長 だから事実上はストになつたわけですね。
○山口證人 一部ストみたいな形になつたわけです。
○鍛冶委員長 そこで二十四日それから二十五日と続けて、所長その他の部課長等を一つの所に押し込んで、いろいろあなた方が要求された、確約を迫られたそうですな、それはどうですか。
○山口證人 しかしぶつ続けなんということはちよつと考えられないと思うのです。その間やはり日曜の日は休んでおりますし、また夕飯のときは飯を食べておりますし、間はちよいちよいおいておるわけです。
○鍛冶委員長 だつて帰る帰ると言うのに帰さぬで、その次の朝から午後までやつたわけじやないのですか。
○山口證人 それは一方的な会社の言うことです。
○鍛冶委員長 所長は、二十四日にあなた方が交渉しようと言われてから、家へいつ帰られましたか。
○山口證人 二十四日はたしかそのまま、というのはここでこういう事件が起きたわけですよ。
○鍛冶委員長 私の言うことに答えてもらいたい。いつ帰つたのか所長は。
○山口證人 帰つたのは翌日の朝だと思うのです。
○鍛冶委員長 二十五日の。
○山口證人 帰つたのは二十五日の朝の五時か六時ごろじやないのですか。
○鍛冶委員長 帰ろうとしたら、ほかの部長、課長は帰つたけれども所長は帰さぬと言つてとめた……。
○山口證人 それはとめたのではなくて、所長は非常に責任ある問題を起したのです。ですから所長はおられたのだろうと私は思つております。
○鍛冶委員長 所長は自発的におつたのか。
○山口證人 そうだろうと思います。というのはこれはうちの組合だけでなく別の組合もあるのです。別の組合というのは人夫の人たちが一つの組合をつくつておるわけです。この人たちがハンストに入つたのです。というのは失言問題があつて会社に責任があるのです。その失言問題を簡單に第三者から見ても失言なのだからそれを会社が認めてやればいいのを認めないでおつたわけです。
○鍛冶委員長 そういうりくつはいいが、とにかくハンストをやつておる者を見捨ててはいかぬと言うてとめたのでしよう。
○山口證人 とめたのは私がとめたのではなく、所長一人がハンストで今にも死ぬ人間を見捨てて帰るわけに行かぬ、いくらあのひどい所長でも、所長はひどいということは、朝鮮においてもひどいことをやつて來た人間です。そういう人であつても……。
○鍛冶委員長 そんなよけいなことは言わぬでもいい。 〔「簡單にしろ」と呼ぶ者あり〕
○山口證人 簡單につて、質問があるから答えておるのです。
○鍛冶委員長 そんなことは言わぬでよい。
○山口證人 しかし関連はありますよ。
○鍛冶委員長 そんなことを言つたらきりがない。私の言うことだけに答えてもらいたい。
○山口證人 一つの会社で二つ組合があるのです。
○鍛冶委員長 そういうことはどうでもいいのです。
○山口證人 どうでもいいんじやない、事実ですよ。私が別の組合の責任まで負つて……。別な組合もあつたということを話しておる。
○鍛冶委員長 しかしそういうことでとにかく帰られなかつたのでしよう。
○山口證人 そうです。
○鍛冶委員長 いつ帰られましたか、それを聞いておるので。
○山口證人 よく自分は分りません。
○鍛冶委員長 とにかく二十四日からつながれて、二十五日の朝六時に帰ろうとしたら、ハンストを見捨てるわけにいかぬので、その日また一日とめられたのじやなかつたか。
○山口證人 さあ、どうですかよくわかりませんが……。
○鍛冶委員長 あなたは始終おつたのでしよう。
○山口證人 私はほかの組合との共同闘爭をやるということになつて、たまには顔を見せましたけれども、いろいろな仕事がありまして、最初から最後までおりません。
○鍛冶委員長 それでいつ帰りましたか憶えていませんか。
○山口證人 自分ですか。
○鍛冶委員長 いやいや所長は……。それからまたずつととめられて、その日一日おつて……。
○山口證人 その間たしか食事にも行かれたと思うし、その明日の朝五時か六時に帰られたと思うのです。
○鍛冶委員長 明日とは二十六日でしよう。
○山口證人 二十四日ですから二十五日には帰つておられますね。二十六日は日曜で若松へ行つておられる。
○鍛冶委員長 だから二十四日にやられて、二十六日に帰つたのでしよう。二十五日は一日帰られなかつたのでしよう。
○山口證人 たしか食事なんかされたりしてわかりませんが……。
○鍛冶委員長 あなたはほんとうにわからぬのか。
○山口證人 わかりません。
○鍛冶委員長 わからぬと言われればそれよりほかないが、それであなた方としてはそういうふうにとめておることが別に不法とは思つておりませんか。
○山口證人 私とめた事実はないのです。
○鍛冶委員長 そうするとまた聞かなければならぬが、所長が自発的におつた……。
○山口證人 自発的におつたというのはあとで考えて見ると、所長がおられたこと自身が、やはり警察と連絡をとつて、やはり組合のわれわれを揚げることによつで、首切りを強行しようという形跡があとになつてはつきりわかつた。というのはこのとき庶務課長がもう十九日ごろから会社にいなくて警察へ連絡係としておつたわけです。というのは正当なるわれわれ労働組合の團体交渉とか、そういうものを一方的に拒否しながら警察へ連絡員を派遣しておつたというと……。
○鍛冶委員長 そのことは聞いております。警察と連絡しておることはわかつております。ところが二十七日にあなたは軍司令部のだれですか、情報部の副隊長さんに呼ばれて、若松警察へ行かれたそうですけれども……。
○山口證人 行きました。
○鍛冶委員長 そのとき、どういう話がありました。
○山口證人 大体会社側の一方的な報告が行つたらしいのです。そこで組合のやり方は不当労働爭議行為じやないかというようなことを言われたわけです。会社側の報告で行けばそうなるかも知れないが、われわれとしては正当なる労働組合運動であつたのじやないかと解釈しますということを言つておきました。
○鍛冶委員長 そうしたらどう言いました。
○山口證人 向うとしてはやはり会社側の言い分というか、それにひかれて、不当労働爭議行為のように考えておられたようです。一方的に会社側のあれで行けばそうなるかも知れないが、われわれの見ておる範囲では、やはり憲法で保障され、あるいは労働組合法によつてわれわれがやつた運動であつて、別段不当労働爭議行為ではないと解しますということ、いま一つは経営者の言うことがほんとうであれば、これは不法なものであるからすぐに告発すべきであるというようなことを言われております。
○鍛冶委員長 そこで会社は告発しましたか。
○山口證人 その前に会社では告発しておつたようです。大体この二つですが……。
○鍛冶委員長 わかりました。そこであなたはその告発によつて警察の取調べを受けたのですか。
○山口證人 告発はあつても逮捕状なしに、不法逮捕というのですか、やられたわけです。これはただいま告発しておりますが、逮捕状なしにやられて自分の身体は弱つておつたのですが、当時非常に暴力的なあれによつて自分を一室に監禁したわけです。
○鍛冶委員長 どこで……。
○山口證人 警察署です。
○鍛冶委員長 現行犯かなんか……。
○山口證人 現行犯でも何でもない。しかも軍政官の方のおられるところで帰られるまぎわでしたが、署長がやるのでおどろいたわけです。だから言つたのです。今ここで取調べを受けるということを言われますけれども、自分は逮捕状も何も示されていない。しかも組合に用事があるから、しかも今軍政官から言われたことを組合に傳達する義務がありますから、帰りたいと思うのですが、こうなつて、取調べるということになつたので困りますがというと、これは日本の警察のことであるから、警察署長さんとよく話をして処置したらいいだろうということになつて、署長にいくら言つても、警察に二時間五十分も不法監禁されて、ようやく逮捕状を持つて來て……。
○鍛冶委員長 取調べを受けたのですか。
○山口證人 受けません。
○鍛冶委員長 取調べをしないで……。
○山口證人 取調べをしないで監禁を受けたわけです。
○鍛冶委員長 そのことはこつちに関係することではないから……。
○山口證人 それは明らかにさつき言つた警察が会社側に買收された一つの証拠だと思います。
○鍛冶委員長 そこでひとつ最後にお聞きしたいことは、先ほどあなたは産業防衞会議を持つたと言われたが、その産業防衞会議を持つてさらに地方の農民諸君と共同して拡大闘爭をやると言われましたね。
○山口證人 はい。
○鍛冶委員長 産業防衞闘爭から進んで、よく言われるいわゆる地域防衞闘爭というのはそれですか。
○山口證人 結局この工場が閉鎖されるということだけで地方の人は皆くつついて來るのです。というのはあなたたちがつぶれればうちの店がやつて行けない。小さな村ですから非常に響くわけです。商家の人たち、農家の人も——というのはうちの村の税金の三分の一ぐらいはうちの工場、隣の昭和電工に出してもらつているわけです。だからこの工場が半分になり、あるいは閉鎖されるということは非常に困るという。それがみんなの声です。
○鍛冶委員長 その村の人だけではない。ほかの友誼團体の各労働組合も一緒にやつたのでしよう。
○山口證人 一緒にやつたというのは、これは労働組合ですから、もちろん應援というか、そういう形で闘爭資金もいただきましたし、お見舞もいただきました。
○鍛冶委員長 その程度ですか。一緒に來て爭議をやつたのではないですか。
○山口證人 爭議なんてそれはたまに來た人が工場を見学されただけで、一緒にまざつてやつたことはありません。
○鍛冶委員長 それは間違いないですか。
○山口證人 間違いありません。それは友誼團体ですから爭議の見学というか、やはりみなあそこと同じ工場です。地方の工場は現在の民自党の内閣の政策では次々と倒されて行くのです。(発言する者多し)そこが問題です。だから倒されて行く、現実に倒れておるのです。だから心配でみんな來るのですけれども……。
○鍛冶委員長 そういう心配で見学に來たのか、それともあなた方と一緒に爭議をやつたのか。
○山口證人 交渉はある意味でわれわれがやつていますけれども。
○鍛冶委員長 一緒に交渉をやつたのでしよう。
○山口證人 いやわれわれがやつた。外部の人はやつていません。
○鍛冶委員長 その交渉のところに出て來なかつたか。
○山口證人 それは工場の廣場でやつていますから、わきの方で見ておりました。しかし前の方に來てやるということはありませんでした。
○鍛冶委員長 見ておつただけですか、大いにやれとか、不都合なのはたたきのばせとかやつたのではないです
○山口證人 そんなことはありません。ただ友誼團体として共産党なら共産党、あるいは隣の昭和電工なら昭和電工として、所長さんなら所長さんにこういうぐあいにして何とか從業員が首切りを撤回しろと言つておる。最後に工場に一緒に行つて協議しようという線で組合は折れて來ておるのです。そういうことに対して所長さんが一方的に首切りを強行することはないじやないかというふうに言つておられる。しかしまた現在の吉田内閣の政策はどのようなものであるかということをわかりやすく納得するように説明されておることを聞いたのですが、友誼團体が殺してしまえというようなことは私は聞いた覚えはありません。
○鍛冶委員長 あらためてもう一ぺん大事な点ですから聞きますが、あなたの言われるようにすると、友誼團体はただ見舞に來た、見学に來ただけであつて、爭議に関與はしなかつたということですね。
○山口證人 関與の程度があると思う。
○鍛冶委員長 程度を聞いておるのじやない。
○山口證人 大きな意味では関與しておるのです。小さな意味では関與していない。
○鍛冶委員長 大きな意味とは……。
○山口證人 大きな意味とは、たとえば國鉄に対してわれわれから共同闘爭を申し込んでおります。それは五月二十一日だと思うのですが、飯坂温泉で國鉄支部の、臨時大会があつたわけです。それに対して金属労働組合——自分は金属の縣の支部の委員長をやつておりますけれども、金属支部として工場がみんな倒されて行く、今度の鉄道予算の削減によつて淺川工場に首切りが行われておつた。それから福島の製作所、これもやはり車両関係で倒れて行く。私の方も鉄道のバネをやつておりますけれども、これも同じ金属として非常に困つたというわけで、鉄道のあれに対して、しかも石川郡淺川町の町長と一緒にわれわれ金属労働組合として國鉄に対して共同闘爭を申し込み、満場一致これに賛成されたわけです。というのは國鉄の首切りの問題と、われわれの首切りの問題がやはり一つにつながつておる問題でありまして、これで共同闘爭をやろうというわけで、もちろん他の團体がわれわれの闘爭に支援しないということは考えられない、現認しているわけです。
○鍛冶委員長 國鉄はどういう程度の應援をしたのですか。
○山口證人 應援というか、闘爭資金もいただきましたし、やはり官憲の彈圧に備えて若松から官憲の彈圧がある場合には、いつでも應援をするというようなものもいただきました。
○鍛冶委員長 要するに何というかシンパ程度だね。直接の爭議行為をやらないで、間接の爭議行為をやつた、資金を寄付したり、いつでも手を貸してやるという程度、それ以上に直接爭議行為に関與したことはないのですね。
○山口證人 友誼團体が電産あたりから百名くらい來て、非常に村の重要な問題だから、これに対してはやはり村長もまつ先に立つてもらいたいということで、村会にデモというか、そういう形のことは実際されております。
○鍛冶委員長 もう一つ聞きますが、二十九日にあなたの釈放運動をやつてデモをやつたそうだが、事実それは知らないのかね。
○山口證人 私は中に入つておりましてよくわかりませんけれども、たしかこれは私個人の問題じやない、労働者の問題ですから、やはりデモというか、そういう点で少し多数が心配されて釈放運動に努力されたことはほんとうと思います。
○鍛冶委員長 くどいようだが、直接爭議に他の團体は関與したのですか、しなかつたのですか。はつきりしないと困る。
○山口證人 その程度がどういう形で……。
○鍛冶委員長 先ほどからあなたが言つておる資金をもらつたとか、同情的な見舞を受けたとか、その程度のようなものか、それとも爭議行為そのものに関與したのかそれを言う。
○山口證人 関與というのは、檢束されたときに國鉄の労働者も、あるいは電産の労働者も、他の農民も、あるいは市民も確かに來られたのです。そして釈放してもらいたい、そういう問題もあつたし、それも爭議の一つだと思います。
○鍛冶委員長 今言つた釈放の問題はあなたが入つているのだからわからないと思うが……。
○山口證人 それまで國鉄から陣中見舞という形で、もちろん大会のときには友誼團体としてメッセージも送つて來られる。
○鍛冶委員長 だからそこなんだ。資金を送つたり、メッセージを送つたり、その程度、だけですか。
○山口證人 所長にも会つております。
○鍛冶委員長 どういうときに会つた。あなた方が交渉している間に入つたというが……。
○山口證人 いや別室です。
○鍛冶委員長 あなた方が交渉しているときには仲間に入らなかつたということですね。
○山口證人 入らなかつた。
○鍛冶委員長 はつきりしておかぬといかぬが、間違いありませんね。
○山口證人 しかし交渉といつてもうしろの方には見えておりますよ。だから……。
○鍛冶委員長 さつきから君は入つていないと言う、そこでどうだというと今また入つたと言うが、どつちなんだ。
○山口證人 程度を言つているのです。廣義の意味か、狭義なのか、その境を聞いているのです。廣義な意味であれば入つているし、狭義の意味の交渉自体の問題では入つていません。
○鍛冶委員長 君はどうもはつきり言わぬから……。
○山口證人 小さな交渉の場面には……。
○鍛冶委員長 まあいいでしよう。
○吉武委員 私は証人にお聞きしたいのですが、あなたの組合ではこのストライキは決議なされなかつたのですね。
○山口證人 ストライキというものは別段決議しません。
○吉武委員 それからあなたはストライキを指令しなかつたですか。
○山口證人 指令はしません。
○吉武委員 そうするとあなたは二十四日に所長のところに行つて、そうして就業時間中に賃金を拂わないと言われたら、よしと言つて出て、そして全員集合という命令をあなたはかけなかつたですか。
○山口證人 いやかけません。これはこういう問題なのです。賃金を支拂わないばかりではない。時間中にできないということになつた。それから三交代ですから顔を合わせる暇がない。三分の一は常に仕事をやつておりますから、その者は組合活動ができないということならば、完全に組合活動も何もできない。こういう問題でどうしようかというわけで職場にはかりに行つたら、いや首切りの不安のときに、こんなことではしようがないということで、とにかく仕事の大事な電氣銅だけはやつて、それ以外のものはそれなら行つて掛け合おうではないかということで、自主的に出て來たわけで、私は仕事をやめて來いと言つたことはありません。
○吉武委員 あなたはそのときに全員集合と言つて、そしてそのあとに、どかどかと入らなかつたですか。
○山口證人 いやどかどかではない。みな入つて交渉しようじやないかというわけで入つた。そこでみな集つたわけです。
○吉武委員 ストライキをやらない——指令を出さなければ、あなたは組合長として禁止すべきではないか。それを容認をして、多数擁して所長室に入るということは、明らかにストライキを容認し、指令したと同じではないか。
○山口證人 それは組合は多数決によつてみんながやると言えば、ストライキに入つてもいいと思います。ことにみなで交渉しようというわけで來たのですから、そのまま交渉したのです。ところがここで問題なのは、所長はこんなことは知らなかつた、これは勤労課長一個人の何ではないかということで、責任のなすり合いで、明らかに会社側の、手落ちなのです。
○鍛冶委員長 問題は、あなたが全員集合せいと言つたか言わぬかということです。
○山口證人 言いません。
○鍛冶委員長 間違いないですか。
○山口證人 間違いないです。
○吉武委員 それから会社が就業時間中の賃金を支拂わないというのは、当然のことじやないですか。
○山口證人 ところがそうではないのです。勤務が三交代、時間中の組合活動は絶対できないということになれば、一交代は委員会には出て來れないということになる。
○吉武委員 しかしそれは当然ですね。時間中に労働運動をやつていいということはない。やるやらぬは別だよ。もしやるとすれば、その間賃金を拂わないというのは当然だ。
○山口證人 そこで、賃金を拂わないというのは一應いいとして、問題は会合ができないような——組合法によつて労働組合運動ができるようになつているのを労働者の権利としておる。ところが実際作業の就業規則によつて、時間中の組合活動が自主的にできなければ、労働組合法はわれわれには適用されないということであります。われわれの場合には適用されないから、それは労働組合法の精神に反するのではないか。
○吉武委員 休憩時間もあるのだから……。
○山口證人 ところが休憩中でも三交代だから、夜勤の十時がら朝六時まで働く人もありますよ。
○吉武委員 それで会社はやつてはいかんと言うのではなくて、就業時間中にやつたら賃金を拂わぬ。
○山口證人 いやそればかりではない。時間中に組合活動はできないと言つている。
○吉武委員 もしやるならば賃金を拂わないぞ……。
○山口證人 いやそうではない。そのほかに賃金も支拂わないし、やつてもいけない。
○吉武委員 やつてはいけないと言うのは当然だ。
○山口證人 ところがわれわれ労働者には——あそこの三菱製鋼廣田工場の従業員には労働組合法が適用されないことになる。そこに問題がある。(「そういうことはないよ」)実際にある。休憩時間中は、やはり労働者は当然の権利として休むことになつている。
○吉武委員 それから次に、あなたは友誼團体が関與したかしないかについては不明瞭なんだが、友誼團体は組合の正式な代表として來たのですか、組合の一部のフラクが集つたのですか。
○山口證人 いやフラクなんというのは、私にはわかりませんね。正式に國鉄なら國鉄は、支部大会で決定しておるのです。
○吉武委員 そのほかの團体は。
○山口證人 隣の昭和電工では、ちやんと委員会として應援する。
○吉武委員 それでどういうことを決定したのですか。
○山口證人 共同闘爭です。
○吉武委員 共同闘爭なら、先ほど委員長が言われたように、直接に爭議をするということではないか。あなたは友誼團体は加入せぬと言つておるけれども、もしも團体が決議すれば、明らかに共同闘爭に参加しておる。
○山口證人 私たちの金属労働組合は大体四十五万ほどおるのですが、これはわれわれの闘爭に対して、やはり共同闘爭をしたことになる。そのほか産別百数十万のものも共同闘爭をしたということになる。そういう意味であつたら、会津の労働者あるいは農民は共同闘爭をやつたことになります。
○吉武委員 そうすると友誼團体として、今のようにあなた方に、参加された程度いろいろあろうが、参加された友誼團体はどれどれですか。
○山口證人 國鉄、電産、日曹、昭和電工、教連だとか、日農——日農でも、あの辺の日農の各支部に対して、共同闘爭をやれという指令を縣の支部の方で出しております。
○吉武委員 そうするとこれらの團体はみな正規の機関にかけて應接した、こういうように聞いてよろしいですね。
○山口證人 はい。
○神山委員 今度の爭議に関連して、暴力團まで來たようなことはありませんか。
○山口證人 あります。これは大体七月八日仮処分が執行されたのですが、これと同時に、大体うわさを聞いておりますと、もうすでに爭議状態に入つた六月の十八日以前に暴力團を雇つてあるという話を聞いておりました。そうしたら七月八日仮処分が執行されると同時に、数十名の暴力團が入つたようであります。(「ほんとうか」)七月八日か九日かわかりませんが、現在おります。多いときには六十名、少いときには三十名。
○鍛冶委員長 暴力團というのはどういうものを言うのですか。
○山口證人 暴力團というのは、第一、村の人があそこをよけて通ります。暴力團というのは工場の正式の從業員以外のもので、こん棒などいろいろなものを持つて、工場内を、仕事もしないでぶらぶらしたのが三十名、多いときには六十名あるいは七十名くらい、若松からトラツクで輸送されたりなんかしておるのです。中には入れ墨なんかした者もおつて、何だか聞けば、青年同志会という民自党なんかの下部の組織をしている團体で、これには民自党の若松の方からも全力をあげてこの闘爭に対して共同戰線を張つて、米の炊き出しなんかをやつているわけです。その青年たちを青年同志会と言つておるのですが、これが來ておるわけです。
○鍛冶委員長 それをあなたは暴力團と言うのですね。
○山口證人 われわれは暴力團と解するのです。
○鍛冶委員長 解するならよろしいが、團と言うなら何團か聞こうと思つた。
○神山委員 それは共産党を暴力團と解するのと同じだ。從つて暴力團の問題は警察の問題とともに大事なので私はさつき所長にはあまり言わなかつたのだが、警察とは非常に密接な関係にあることはわれわれの調査でわかつておるのですが。さらに暴力團というものが出ておることが突飛な問題だと思いますが、さて委員長の先ほどの質問で明らかになりましたが、二十四、二十五、二十六、二十七、二十八とこの五日間にわたつてあなた方は所長以下を監禁状態に置いたのですか。
○山口證人 二十六日は日曜でお互いに覚書をとつたわけです。二十五日の夜に所長か工場長が一時首切りを保留してお互いに協議しようじやないかということを言われたわけです。それで二十六日は日曜であるし、お互いに休んで廣田の工場の最後案について協議しようということになつたわけです。
○鍛冶委員長 二十六日というと午前三時だと言うのですよ。あなたは二十五日の晩と言うけれども……。
○山口證人 三時と言うが、そんなにかからなかつたと思います。十一時ごに話が終つたのであります。そのあとたしか金属の本部からちようど福島の方に杉山という人が來ておつたわけです。その福島製作所の首切りの問題でこつちに來られたのですが、たまたまこつちに來られて会つて、現在の集中生産の問題とかを静かに話して、夜遅くなられて、何も監禁状態ではなかつたわけです。それには自分も入つて所長室で三人でいろいろなことをお話したわけです。
○鍛冶委員長 とにかく午前三時までかかつたわけですね。
○山口證人 いや三時まではかからなかつた。
○神山委員 私が聞いておるのは五日間にわたつて監禁されたと言われておるが、それで眞相の一部がわかつた。それで所長以下部課長が疲労の極で、次々に卒倒したということがありますか。
○山口證人 それは大げさなのです。というのはそこでこういう事実があるのです。うちに工場医がおるのですが、これに診断を頼んだわけです。これはだれでもわれわれだつて当時は首切り問題ですから、われわれの生命に関する問題、疲労困憊に達したわけです。われわれも診断を受ければ二日、三日休んだ方がよいという診断が出たと思う。たしか一日か二日休んだらよいという診断書を書いたそうです。そしたら会社側は警察に告訴するあれとしてその医者の診断書を破つてしまつて、別の若松の医者に、今度は一週間とか二週間とか長い期間のものを書かせて、それを告発のあれに供したということを言つておりますが、それで医者は、明らかに医者をばかにしたと言つて怒つておりました。
○神山委員 いずれにせよ卒倒した人を見たことはありませんか。
○山口證人 卒倒したのは組合員でありました。組合員で女の方が首切りのあれに対して……。
○神山委員 それから大体先ほどのあなたの質問ではつきりしておると思うのですが、吉武委員はわかつておるのだがわかつておらないような顔をしておるのですが、あなた方の金属分会と自由労務者の分会と、これは同じですか、違いますか。
○山口證人 違います。組合は二つになつております。委員長もみな別です。
○神山委員 それから患者同盟というのがありましたね。これは何ですか。
○山口證人 これは長欠者のことです。長欠者というのは工場のために働いてあるいは交渉がもとで肺浸潤になつたとか、そういう長期欠勤者です。
○神山委員 この三つのものがあつて、この三つの人が同じように首切りの問題あるいは整理の問題で悩んでいた。この三つが同じ会社側にぶつかつて行つたために、所長側の受け取る影響が大きいように見えたかもしれない。その際に先ほどあなたにお尋ねしてはつきりしたように卒倒した人もいないし、二十四、二十五、二十六、二十七、二十八日の五日間をぶつ続けに監禁したというようなこともないのだが、しかしこの三つの組織が一つのところに集まつたために、会社側としては相当に重い負担を感じたかもしれない。
○山口證人 と同時にその問題で……。
○鍛冶委員長 向うの質問だけに答えてください。そういうことはあつたのですか。
○山口證人 ありました。確かに向うではこの三つによつて大きく感じたろうと思います。
○神山委員 それから先ほどここに証人として見えた片桐君のことをちよつとお尋ねしますが、この人の過去あるいはまたこの人のいろいろな不正事件に関する疑いについては、今あなたに聞かなくてもよろしい。私聞くとすれば本人に聞くから聞かなくてもよいが、ただ一つお聞きしたいのは、あなたと片桐君とは組合長あるいは執行委員長ですか、要するに委員長のいすをめぐつて爭つたことがありますか。
○山口證人 あります。これは組合ができるときからやはり私たちの正しい線というか、それとぶつかりておつて、いつも立候補するとこの二つの線がぶつかつて、大体前々回の選挙には爭つて、自分の方が圧倒的に勝つたわけです。この前は無競爭で自分がなつたわけです。
○神山委員 その前に片桐君が立候補したときに、会社側と特に何か話合いや打合せがあつて出たことはないか。
○山口證人 これは民同というか、そういう組織がうちにできたわけです。会社の方ではやはり東山温泉あたりに行つて飲ませたり、あるいは会議の席上にお茶菓子にみかん一箱を出したとか、そういうことが事実上あつたのです。そういうことによつてつながりがあつたわけです。
○神山委員 それからこれは先ほど片桐君の述べたことであなたにひとつ聞いておきたいのだが、今度のあなた方の所長たちに対する態度が非常にひどかつた。それで若い女事務員などには、これはあまりだといつて第二組合の方に行つた人がある、こういうふうなことを言つておりますが、何か思いあたることはありますか。
○鍛冶委員長 いやそうじやない。あまり氣の毒だから弁当を出すと言つたのだ。
○神山委員 そういう事実はありましたか。
○山口證人 そういう事実はあつたけれども、女の子の思い間違いで、女の方で、ああそれはそうですかということで……。
○神山委員 組合員諸君が、たとえば労働戰線だとか、婦人民主新聞だとか、わが党の機関紙であるアカハタ、こういうふうな新聞を今の片桐君たちを含む民同の幹部が、本人に断りなしに購読を中止したということはありませんか。
○山口證人 その事実ですが、これはうちの組合ではアカハタの読者、労働戰線の読者、それから婦人民主新聞の読者あるいは民主新聞という共産党の機関紙ですが、非常に多く部数が入つておる。これは現在届けようとして再三届けているが、最初は一日、二日はアカハタを配るのに一々課長の前にとりに行くそうです。だからたいがいの者はぶるぶるふるえ上つてようやくもらつて來る。威圧されて、二日、三日過ぎてとうとうこれを一方的に表門でいりませんといつて断つたそうです。あとで一人々々に聞いたらことわつた覚えはないということがあつて、不法に人権蹂躙をやつたという事実があります。
○神山委員 これは先ほど所長に聞いたので、ある程度はつきりしたのですが、あなたが警察に呼ばれて行つて、そこで軍政部関係の人たと会つたときに、あなた方の行為は刑法百六條に該当するということを申渡したとか命令があつたというふうな事実がありますか。
○山口證人 騒擾罪か何かの問題ですか。あまり専門家でありませんからわかりませんが……。
○神山委員 私が言つているのはこれが一つの申渡しであるとか、命令であるというふうに言われたから聞くのです。
○山口證人 そういうことはないと思うのです。自分の記憶にあるのは、会社側がそういうことがあるなら告発しろというようなことを言われたと思うのです。それが証拠に、あとで國鉄の武田委員長が、何かその問題で会社側が行つているからということで、軍政部に行かれたそうであります。これは自分が刑務所から出てから聞いたのですが、軍政部としては、そういうことは命令としてはやつていないと言われたということをあとで聞きました。
○神山委員 それは当然なことだと思います。その点は表現は違いますけれども、先ほどの所長の証言でこれはいいと思いますが、それからその後にあなたが不法監禁された点も、私たちとしてはわかるし、告発してもあるので、いいですが、今度の爭議の問題について若松市長やその他の方々が調停に立たれたごとはありませんか。
○山口證人 あります。若松市長それから日橋村長がこの調停に立たれたそうであります。このことは自分が刑務所に入つておつてわからなかつたのですが、これに対して会社側は、疲労しておるので、今あつせんされても、團体交渉を持つ意思がないということを言つて断つたそうです。
○高木(松)委員 ほんとうか、それは。
○山口證人 事実です。
○鍛冶委員長 それもちよつと違うのだが、間違いないですか。
○山口證人 一回目はちやんと断つたのです。二回目に、今度無條件でということで、もう一度やつたのです。ところが、組合としては無條件だからさしつかえないということだつたのですが、会社側としては、無條件の中に條件があつたのです。というのはわれわれは正式に委員長であるにもかかわらず、われわれは除いた。つまり、刑務所に入つておるわれわれを入れないようにして團体交渉を持とうとしたわけです。だから組合としては、そういう代表者を入れないような團体交渉には應じない、そういうことだつたのです。
○神山委員 それから続いて二日の日武装警官が入つて來たということを、あなたは聞いておりませんか。
○山口證人 これは出て來てから聞きました。これはこの前の一日の日に自分が若松警察署におりましたときに、自由法曹團の今野弁護士さんとお会いしたのです。そのときに本田という次席ですが、この方もおいでになつて、逮捕令状の出ているのが、私と滝谷という二人が檢束されたが、そのほか十五名出ておる、しかし十五名は幹部ばかりですから、これが檢束されれば正当な組合運動ができないだろうから、十五名の者には逮捕状を出さないで、任意出頭というような形で取調べるということの協約ができたということを一日に自分は留置所の中で聞いたわけです。これは今野弁護士さんと本田さんと私と三人でお話したのです。そうしたら話に聞けば、これを一方的に警察が踏みにじつて、そのうちの一名をまづ逮捕したそうです。それだから組合としては任意出頭は拒絶した方がいいということでおつたわけです。そのうちに三日に何か來たわけです。そこで今野弁護士が出て、昨日の覚書というか約束と違うじやないかとなじつたところがが、十分もたたないうちに警察から出て來た。これは明らかに官憲の彈圧というか挑発であると考えられるわけです。
○神山委員 結論として伺いますが、総括的に今度の爭議の最大の原因は、もうあなたの先ほどからの証言でも明らかなのでありますが、民主自由党の政策、特殊的には鉄鋼産業における集中生産、また一方では國鉄の予算が削減されたために、車両関係の予算が減つたこと、これらのことが基本的にあなたのところの爭議の原因であつたのではなかつたか。さらに郷土産業防衞闘爭というふうに言わせるには、あなたの工場の周囲の工場、すなわち日曹や日発なども含めて、またさらに会津中心の小さな郷土産業全体に大きな危機が來ている。國鉄にも全逓にも首切りが來た。こういうふうなものが産業防衞闘爭に発展させる根拠であつたのではないか。從つてこの闘爭は非常に苦しい困難な闘爭であつたが、しかしそれは民主自由党の政策が呼び起した余儀ない結果であつた、こういうことじやないですか。
○山口證人 そういうことになるわけです。
○鍛冶委員長 それでは済みました。 本日はこれにて散会いたします。 午後八時十五分散会