外務委員会 第8号
- 発言数
- 57 件
- 登壇者
- 15 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1949/04/27
会議録
○岡崎委員長 これより会議を開きます。 この際おはかりいたします。内閣委員会に外務省設置法、賠償廳臨時設置法の一部を改正する法律案、この二案が付託になつておりますが、当委員会としては内閣委員会連合審査会を開きたいと思いますが、御異議はございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○岡崎委員長 それではさように決しました。ついては連合審査会は明二十八日午前十時より開くことといたします。 —————————————
○岡崎委員長 次に請願について審査いたします。ソ連領よりの復員促進に関する請願、文書表第二〇五号を議題といたします。紹介議員の説明を求めます。
○村瀬專門員 請願書、ソ連軍管下駐屯兵送還促進方請願す、昭和二十四年三月十二日、北海道後志國余市郡大江村大字仁木村、ソ連軍管下駐屯兵家族、後志管内三十箇町村二千五百名代表木工保弥代吉、衆議院議長幣原喜重郎閣下。 請願の理由 終戰以來四度目の冬を越し、五年目の春を迎え、政府当局並びに連合諸國の御厚意御盡力にもかかわらず、ソ連地区にはいまだ四十余万の未復員者あるは日本再建のためまことに遺憾にたえないところであります。しかしてこれら未復員者の家族は主として一家の柱石となるものを失つており、日ごとに生活の脅威を受け、社会から落伍するの実情にあり、かかる家族は全國多数に上り、未復員將兵の送還促進や家族の救済扶助等の施策について、種々御盡力せられておらるることは感謝いたしておるところでありますが、われら家族の多くはもはや一日の遷延もできない窮状にあり、またこの悲境にありて夢にも忘れ得ぬは、酷寒の異郷にありて強制労働に服し、明日の命をも知らぬ身を抱きながら、ひたすら祖國を夢見、帰郷を思う父兄子や夫の事のみです。一日千秋の思いで子を待つ老者は死し、あるいは病に倒れ、幼子は飢えに泣く、この実状でだれか心の平靜を保ち得ましようや。まことに悲惨な実情です。かかる全國多数の悲痛な叫びを深く想察せられまして、予論の反映としてあらゆる方法を盡され、本年中にぜひとも未復員者の送還を完了せしめられるやう、特段の御高配を賜わりたく、政務御多端の折柄、恐縮しごくに存じますが、悲歎の状やみがたく、ここに当後志三十箇町村関係者家族を代表し、請願に及びし次第であります。
○岡崎委員長 ただいまの請願に対しまして、参考のため政府側より詳細なる説明を求めます。
○倭島政府委員 引揚げの從來の経緯を簡單に申し上げたいと思います。お手元に連合軍司令部発表の統計表を差上げてございますが、それがごく最近の数字であります。その表について一言御説明申し上げますが、最初に引揚げ対策基本数というのがございまして、それは終戰当時日本政府の方で、大体各地に在外同胞がどのくらいおるかという見当を立てました数字でございます。その合計をごらんいただきますと、最初の引揚対策基本数というものが六百六十一万三千八百八十四名になつております。それで今日までのところ引揚げました数の累計が六百十四万六千八百四十三名であります。それで現在の残留数は四十六万九千四十一名ということになつております。そのうちの一番大きな残留地域はソ連地域でありまして、それがシベリアが三十二万四千、樺太が八万四千、次に中國でありますが、満州に約六万残つておるという大体の見当でございます。その引揚げの状況をごく簡單に示すために、ここに図を掲げておいたのでございますが、この山が昭和二十二年であります。これが二十三年であります。引揚げの最初は、司令部とソ連との暫定協定ができましたのは、御承知のように昭和二十一年の十一月二十七日でございますが、それからこの協定に基いてこの引揚げが開始されたわけであります。さらに二十一年の十二月十九日に、月々五万引揚げるという協定が米ソ間にできまして、それが現在まで続いている基本協定であります。最初は五万の線からはるかに出ております。二十一年の十二月から二十二年の一月、二月で、一番多い月は九万六千まで上つております。これは主として大連と北鮮からの引揚げがもつぱら行われた月であります。二十二年の一月から二月、三月にかけましては、シベリア、樺太からの引揚げが一時とまりまして、もつぱら北鮮と大連から引揚げたので、これだけ大きな数字になつているわけであります。それ以後は大体五万以下になつております。グラフでごらんの通り、昨年の引揚げは一時五万の線まで達しかけたことがありましたが、漸減をいたしまして、最後の四、五箇月は大体三万と四万の間ぐらいに引揚げ数が落ちて來ております。昨年の夏過ぎから、何とか冬を越さないように、引揚げを昨年中にでも終るようにしたいという切望がありまして、司令部の方からも、冬季引揚げを継続するようにできないかという交渉が、ソ連との間に昨年の十月中旬に行われたわけでありますが、結局のところ、その冬季継続の希望は達せられなかつたわけであります。もう少し去年の交渉の経過を詳しく申し上げますと、十月の中旬から下旬にかけまして、司令部の発表が二つございました。一つは、冬季引揚げを継続するために、必要ならば碎氷船を送り、またそれに必要ないろいろな設備を整えて船を送りたい、なおもしもできるならば、月々十六万ぐらい引揚げられる用意を進めてよろしいという申出をしたのに対して、ソ連の方から同じ十月の中旬頃に、日本政府から引揚げ費用を支拂わせる問題について、話を進めたいという申出があつた趣でありましたが、引揚げ費用の問題に関する司令部の見解は、すでに日本から船を持つて行つて受取つて來ているのだから、その問題が生ずる理由はないということで、折衝が行われたようであります。御参考までにお手もとに、ソ連と司令部との間で結ばれている月々五万引揚げる協定の英語の正文と仮訳文を差上げてありますが、その條文をごらんいただいても、費用の問題は司令部の見解の通りではないかとわれわれも承知しております。昨年十月中ごろの交渉がございましたあとで、結局冬季引揚げ継続の希望が達せられないままに、昨年十二月十四日引揚げを停止するというソ連からの通告がございました。その通告は、今年の船が航行できる時期まで停止するということになつておりまして、はつきりその期日が示してございません。一昨年十二月十二日、ソ連からの引揚げを停止するという通告の中には、大体天候の理由で四月一日まで引揚げを停止するということがありましたが、それが御存じの通り実際上は、五月から再開されたわけであります。しかし今年の引揚げ再開については、そのようなはつきりした日時が出ておらない状況でございます。ただ今年になつてから特殊な引揚げが行われました。それは二月十一日と二月十九日の二回にわたつて、飛行機で元將官の階級の方が十四名帰つて來られました。それが今年における引揚げの唯一の例であります。今年になりまして、三月十七日に司令部からソ連に対して引揚げの再開を督促した旨発表がありまして、さらに昨日の司令部発表で御存じの通り、死亡者あるいは重病者等の氏名、その他近親者に知らせるべき事項についての報告を提供してもらいたいという要求が、司令部からソ連へせられた模樣であります。この二月における一回の引揚げと、それから三月、四月の司令部の発表以外には、現在のところ引揚げ再開がいつ行われるかという問題について、何ら見当をつけるような資料を持ち合せておらぬ状況でございます。これが大体ソ連地区からの引揚げの、從來の経緯の簡單な御説明でございますが、中共地区、特に満洲の中共地区の問題について一口申し添えておきたいと思います。この司令部の統計表には、ごらんの通り大体六万となつておりますが、その後各方面から集まつて來られた人たちを入れますと、正確にはわかりませんが、十万近くの同胞が、大体満洲を中心としました中共地区におられる模樣でございますが、この同胞の引揚げの問題につきましても、政府といたしましては從來司令部に対して、何とか引揚げの促進をしてもらいたいと懇請を続けておるわけでございますが、現在までのところ司令部の方としても、直接この中共地区との連絡がつきにくい模樣でございまして、実際的にその引揚げが進捗しにくい状況になつております。 なお南方関係のところは、その表では皆引揚げたことになつておりますが、戰犯関係の人々が約二千くらい、まだ各地に残つております状況でございます。 簡單ですが、以上御報告申し上げます。
○岡崎委員長 質疑はございませんか。
○山本(利)委員 先ほど伺いましたこの表は、連合軍総司令部の発表となつておりますが、このうちの基本数というのは、連合軍の方で各收容所あたりと連絡をとつて調べられた数でありますか、あるいは外務省において何らか別の方法で得られた数でありますか。
○倭島政府委員 その基本数と申しますのは、大体外務省が中心になりまして、日本政府として当時知り得た数字を司令部へ提出したわけでございます。
○山本(利)委員 終戰前におつた者から推定して出された数字でありますか、終戰後に各地の抑留所とか何とかいうところから、でき得る限りの手を盡して得られた数字でありますか。
○倭島政府委員 終戰前の数字で、その後いろいろな情報がありますが、当時最初に提出した数字そのままになつております。
○山本(利)委員 私が懸念いたしますのは、残るところが四十六万九千四十一名となつておりますが、はたしてこれだけおるのかどうか、あるいはもつとたくさんかどうかということが、今の程度の数字を基本にして論じておりますと、非常に不安な点があると思うのであります。まだまだソ連地区にはこれくらいいるとか、どこそこにはこれくらいいるといつた場合に、向うではもうずいぶん帰して、あとよけいないと思つておるかもわからず、そこらのところが、少くともソ連地区においては、今抑留しておる者がこれこれだといつたような連絡でもありましたのか、それは全然なしの推定でしようか。
○倭島政府委員 今のソ連地区の問題でございますが、昨日の司令部からの発表にもありました通りに、從來もソ連の関係につきまして、司令部からどれくらいの人が抑留され、どういう状況になつているかということは、私の承知いてるだけでも一、二回以上にわたつて交渉されていると思います。これは請求されてあるようでありますが、ソ連からはつきりした数字の回答がないという状況のように承知しております。從つてソ連地区の数字は、今申し上げましたように、日本側としてまずこれは間違いないだろうという数字を、終戰直後に出しまして、その中から、帰つて來た人の数を引いて行つた残りがこの四十万八千で、ほかの情報を総合してみましても、大体この数字以上には出ないのじやないかと思つております。
○山本(利)委員 私の懸念いたしますところは、日本政府として四十幾万という数字を発表しておいて、後になつてソ連の方から、このうちの半分だけとか、あるいは三分の二になるかもしれないが、これよりはるか少い数を帰して、これで全部だよと言われた場合に、國民の受ける感じが、まだあと残つておるとか、その者がどうなつたのだろうといつたような、非常な不安を與えるのではないかと思うのですが、そういつたような大差のない数字であれば、それは、こういうものを発表して、あとどのくらいいるのだということを発表してもいいと思うのですが、今言つた、私の懸念するようなことが起り得るとすると、私は不確実な統計というものは、政治的にもどうかと考えるのですが、そこらに対する当局のお考えはいかがですか。
○倭島政府委員 今のお話の点でございますが、一應日本側の数字を出しましたときにも、在留同胞でソ連の方へ入つた人たちの大体の見当と、それから軍の関係のいろいろな編成から予想して出て來た数字とを合せてあるわけでございます。その後いろいろな情報や調査によつて、多少の見当はついておりますが、さらにソ連側の方から、はつきりした正式の通報がありますときには、たとえば在留同胞の関係につきましても、満州に在留しました同胞でソ連に行つた同胞につきましても、また軍の関係につきましても、隊の編成その他といろいろ比較することができると思いますし、そうして來れば、そう一般に合点の行かぬ数字にならないで、相当説明のつくことになるだろうと思います。
○山本(利)委員 ソ連において非常に数字もはつきりしたことを今日まで発表しないし、このように引揚げの希望があるにもかかわらず、あるいは受入れ態勢において準備が整えられておるにもかかわらず、遅らすという一つの理由について、あるいは向うの労働をさすためであるとか、あるいはその他特別な政治的関係であろうとか、確実のところはわからないのですが、そこらの原因について、当局において想像されるところはどんなものでありましようか。
○倭島政府委員 その理由につきましては、いろいろな想像が行われておるわけでございますが、先ほどから御説明申し上げましたソ連側と司令部との間の往復文書等においては、何らその事由等が述べられておりませんし、政府としましてもその理由については、想像その他の問題を申し上げるようなことは遠慮したいと思います。
○守島委員 私はあとで委員長に御許可を得まして、私の過去の経驗からいたしまして、この問題についての意見を申し述べようといたしておるのでありますが、その前に、ちよつと簡單に御質問いたします。 四十万のソ連におります日本人が、今年中に輸送不可能になる、寒くなる、海が凍つてしまうということで、簡單に言いますと、十一月末までに全部帰せるお見込みでありますかどうでございますか。その点について御意見を伺いたい。
○倭島政府委員 見込みを立てることは、はなはだ困難でございますが、協定数字は五万というのでございまして、五月からかりに始まりますと、四十万でありますれば、十二月までには済むわけです。
○守島委員 十二月は送れますか。この前は十二月は送つて來ましたか。
○倭島政府委員 先ほど申し上げましたように、最初の引揚げの始まつたときには、やはり十二月にやつております。一月からとめております。それが一つと、それからわれわれの承知しておるところは、碎氷船を送れば、ウラジオ、ナホトカの方も、ほとんど冬季いつでもやれるのではないか。碎氷船を送る用意はございますし、さらに從來司令部の方からソ連側へ提案せられておるように、もしも協定の五万以上に一月十六万を帰すことに話がまとまりますならば、これは二、三箇月のうちにしまい得るというふうに考えております。
○若松委員 先ほど山本委員から、今在留しておる人員の質問がありましたが、先般海外同胞引揚委員会でも大分問題になりまして、実際はその四十数万というものがいるのかいないのかというような、大分はげしい議論があつたのですが、われわれとしては、とにかくこの数字が日本側から出されたにせよ、一應対日理事会等でもいろいろと引揚げの議論があつたのだが、ソビエト側から反対の意思表示がない限りは、その数字が生きておるのじやないかという同僚議員の反駁の議論があつたのですが、そこで伺いたいのは、何か対日理事会その他で、向うへ抑留されておる同胞の数が話題に上つたことはありませんか。
○倭島政府委員 シベリアへ抑留されておる同胞の数については、直接に問題になつたことはないように記憶しております。ただ昭和二十二年十月二十九日に対日理事会で、シーボルト議長からソ連委員に対して、当時引揚げが五万の協定になつておるのに五万に達しておらぬ。実績が四、五箇月五万以下であるからということを指摘して、十六万ずつ引揚げるようにしてはどうか、それだけの船並びに受入れ態勢はいつでも用意できるようになつておるから、十六万にしてもらいたいという提案をされたときに、ある部分で、ソ連の收容所の中には相当状況の惡いところがあつて、死亡者なども二、三割出ておるところもあるということを聞いておるというようなことを話されたとのことでございます。そのほか公の発表、あるいは席などでは、直接にソ連との間では、私の承知しておる範囲では、その数字の問題についてはなかつたように思います。
○若松委員 それではソビエト側は、その数字が出されたときに、肯定も否定もしなかつたわけですね。
○倭島政府委員 私の承知しておる範囲では、なかつたと思います。
○戸叶委員 先ほどのお話で、碎氷船さえあれば、十一月、十二月でも引揚げができるというようなお話でございましたが、司令部の方々がよくおつしやつた言葉の中に、碎氷船をこちらは用意して、そして引揚げ促進のために援助してあげるというようなことを、私ども耳にいたしましたし、政府の方々も幾度かお聞きになつておると思いますが、そのことを取上げて、ソ連側へ直接に日本の政府から、こういうような連合國からのお話もあるが、どうかということを嘆願に出したかどうかということを、お伺いしたいのでございます。
○倭島政府委員 碎氷船の問題は、これは一再ならず日本政府の方でも、日本政府と司令部の係の方との話ではしよつちゆう出まして、これは昨年十月中旬に、さつき申し上げましたが、冬季継続をしたいというときにも、日本政府としましては碎氷船の具体的見当までつけて、いつでも送れるように用意をした上で、司令部の方からソ連の方へ、いつでも碎氷船を送るという交渉があつたものと承知をしております。なお先ほども申し上げましたが、最初の年は、碎氷船なくして、やはり十二月、一月の初めまでシベリヤ地方から引揚げができたのであります。
○並木委員 政府は引揚げの受入態勢が完備している、こういうことを言われておりますけれども、最近國会に見える各方面の陳情者の方々の声を聞きますと、必ずしもそうでもないということが述べられておるのです。私はもちろん現地を見ておりませんから、眞偽のほどはわかりませんけれども、たとえば日本へ帰つて來れば職業の安定がある、衣食住は十分あると言いながらも、ある職業安定所へ行くと、ソ連地区からの引揚者であるという点から、職業のあつせんを断られたというような申出、あるいはまた船の中の指導官と申しますかが、その指導官が何不自由なく衣食住も足りておると言つたが、帰つて來てみると住宅もない、食糧も十分與えられない、こういうことで非常に引揚げた人ががつかりする。この落胆がまた向うへ響いておる。あるいはまた引揚港におけるリンチの問題、それからまた引揚者に対する配給物資が不正に取扱われておつて、そういうものに対する不満や不平が反映して、必ずしも日本における受入態勢が完備していないのだということが響いておるのじやないか。そういうことが引揚げ再開の遅延の一原因になつておるのじやないかということを陳情される方が多かつたのであります。これは重要な問題でありますから、そういう方々に私は、責任者の住所、氏名、捺印をして持つて來てくれ、そうすれば正式の手続によつてそれを確かめるようにしてやりますからと言つて、お帰しはしておりますけれども、いい機会でありますから、こういう点について、政府当局に対するそういう方々の声がどの程度に響いておるか、また実際そういうことがあるのかどうか、御回答願いたいと思います。
○田邊政府委員 引揚げ促進をはかる上において、受入態勢の万全を期する必要があるという御意見でありますが、われわれもまつたくそのつもりで、この方面にできるだけの努力をいたしておる次第でございます。実は本年度におきましても、今後帰つて参ります方々は、四年間にも及ぶ長期の抑留生活を終えて帰つて來る方々であり、またいろいろ当初見られなかつた事柄もございますので、これらの方の受入れにあたつては、從來よりも一層手厚い援護をするように、また愼重な配慮をするようにいたしまして、後期引揚者援護強化方策要綱というものをつくりまして、これに基きまして、上陸地の仕事であるとか、あるいは汽車の中の仕事であるとか、船内の取扱いであるとか、あるいは駅頭の援護とか、いろいろ改善をいたしておるのであります。また定着されたあとの職業、住宅の問題につきましても、これは関係各省においてやられることでもありますので、その方とも緊密な連絡をとつて、できるだけの努力をしたい、かように存じております。住宅の問題についても、樺太その他の地区から今年度引揚げて帰つて來られた方々、特に無縁故者のための住宅を整備するために、不十分ではありますけれども、四億五千万円の経費をとつて、これによつてできるだけの援護をして行きたい、かように存じております。生業につきましては、生業資金制度というものが昭和二十一年度から実施されておりますので、本年度におきましては、さらにその内容を改善いたしまして、生業につきたいという方の御希望にできるだけ沿いたい、かように思つております。先ほど御意見のありました就職問題につきましては、職業安定所におきまして、この引揚げ帰還者を非常に重視いたされまして、その方面に向つて今年度においてもできるだけの努力に努めたいということで、いろいろ御準備なさつておられると思います。本日も労働基準局の方がお見えのようでございますから、そちらから詳しいことは御説明があると思います。 それから配給物資の問題でありますが、この点につきましては、さきに東京都の寛永寺におきまして若干不正の事実があつたのでございます。私の方といたしましては、都道府縣を通じまして、定着されます際に新しく世帶を持たれます方々に対しては、應急家財と申しますか、なべ、かま等を配給いたしましたり、あるいは應急衣料といいまして、着物、衣類、このほかに各府縣々々がそれぞれ手持ちの物資等を活用いたしまして、引揚者の方に配給いたしているようでございます。私どもはこれらの物資の取扱いにあたつては、できるだけ都廳が引揚者の実態を把握されて配給されるように、しかもその間不正のないように万々注意はいたしているのでありますが、数多い中にはときどきそういう事例があるのであります。今後ともその点につきましては、十分注意をして参りたい、かように存じております。なお、リンチ事件のお話がございましたが、昨年の十一月舞鶴におきまして、引揚者間の感情問題から、大規模なリンチ事件があつたのは事実でございます。この点につきましては、参議院の特別委員会におきまして証人を喚問されまして、いろいろ調査をなしたのであります。私の方の立場といたしましては、援護の立場でございますので、あくまでもかような事件を防止するように、その当時におきましても関係方面、警察当局と連絡をとつて十分の注意はいたしたのでありますが、何分にもたくさんの数がそのとき援護局に集中いたしましたのと、夜分でございましたので、全部防ぎきれなかつたのはまことに遺憾に存じております。本年度におきましては、この点についても先ほど申し上げました強化方策要綱におきまして、この事件の根絶をいたしますように、特に関係地方援護局に注意を喚起しているのでありますが、もしさようなおそれがあります場合には、事前に帰還者等から申出をいただきまして、そしてその方々を適当な場所に保護いたしたい、こういうふうに考えております。
○海老塚説明員 引揚者の就職あつせんにつきましては、從來から上陸地に安定所の職員が随時出張いたしまして、就職相談を行つております。また定着後におきましては、その地域の安定所が、たとえば手紙を出したりいたしまして、でき得る限り就職あつせんに努めるように從來もいたしております。安定所の紹介につきましては、職業安定法によりましてきめられているのでございますが、その第三條にも、職業安定所は紹介にあたりまして、就職希望者の國籍でありますとか、男女の性別でありますとか、あるいは考えている思想、そういうような事柄で区別して紹介をしてはならないということが明瞭にうたわれているのでございまして、御指摘のように、もしソ連地区からの引揚者だから就職あつせんをしないというような安定所がございましたならば、具体的におつしやつていただきたいと思つております。私どもの方といたしましては、從來からそういうことのないように、職業安定所はサービス機関であり、そういうふうな安定法の精神に基いて、本人の能力に應じて適職をあつせんするというように指導いたしておりますから、もしそういう事実がございましたならば嚴重に取調べまして、そういうことのないように処置いたしたいと考えております。ただ実際問題といたしまして、むしろ事業主側でそういうような事柄からいたしまして、せつかく安定所が紹介いたしました者に対して、就職を拒むような事例は從來ともときどき聞いております。実はこの点に関しましては、昨日も衆議院の労働委員会で質問があつたのでございますが、労働大臣より、今後は事業主につきましても、そういう点はできるだけそういうことの起らないように慫慂するというようなお話もあつたのでございますが、その点今後われわれといたしましても一段と努力をいたしまして、そういうような御心配のないように努めたいと思つております。なお先ほど援護局長からもお話がございましたように、本年度におきましては、特に引揚者の就職あつせんにつきましても、重点的に安定所の機能の発揚をはかるように、目下計画を進めておる次第でございます。
○山本(利)委員 引揚者の就職問題に関連すると思いますから、ここで御質問申し上げますが、占領軍の労務者の身分ということであります。各地において占領軍に使われております者は、非常に引揚者が多かつたように思うのであります。下の方はほんとうの肉体労働から、上の方は高級通訳その他特殊の任務を持つておるようでありますが、それらの人たちの待遇というものは、日本の一般の就職者とどういうような関係にあるか。ことに先ほど言つた通訳その他の者は、公務員法の適用を受ける者であるかどうか。最近は存じませんが、とかく占領軍の方で使われておると、ちよつとごきげんをそこなうと、もうお前は必要ないと言つて直ぐに職がなくなり、あるいは場合によつてはさらによい職があつたときにも、お前は必要だと言われると、いつまでもそこにおらなければならぬといつたような関係も、最近は存じませんが、前にはあつたのではないかと思うのでありますが、そういうような状況は現在ありますか。さらに進駐軍の労務者には、組合運動というものが許されておるのか、許されていないのか、そういうような点を承りたいと思います。
○倭島政府委員 今御質問の点につきましては、特別調達廳の方が直接関係しておられると承知しておりますが、今ここに関係の者がおりませんので、またの機会に御返答するように傳えておきます。
○岡崎委員長 他に質疑はありませんか。——なければ本請願につきまして採決を行います。
○守島委員 採決される前にちよつと意見を述べたいのですが、意見は許されませんか。
○岡崎委員長 よろしゆうございます。
○守島委員 私は今度の戰爭中ずつとソ連に長くおりました。それからモスコーに抑留されまして、最初の引揚者として日本に帰つて來たわけでございます。そういうわけで、この問題については特に興味を持ち関心を持つております。それからそういう関係から遺族の方、あるいは引揚げ関係の世話をされておる方から、いろいろな質問を受けたりするのでございまするが、私は今四十万人残つておる日本人が、今年中に帰れるということはむずかしいことだと思います。今戸叶さんからも御質問がございましたが、なかなかソ連との交渉はむずかしいもので、結局向うが思つておることしかしない。日本は交渉することはできませんが、進駐軍の方を介しまして交渉しましても、なかなか向うは言うことを聞きません。一方これはほとんど私の想像でございまするが、多少引揚者の方の話を聞き、それから最近「ウラルを越えて」という引揚者の書かれた本を読みまして得た知識もございますが、大部分私の想像でございますが、向うは日本の捕虜——日本の捕虜ばかりじやございません、ドイツの捕虜もあり、ハンガリーの捕虜もあり、イタリアの捕虜もあるが、これが來年の十二月三十一日をもつて終るソ連の五箇年計画の人員計画の中に入つておると思う。そこでいろいろな約束はいたしまするが、先生たちはこの五箇年計画の計画通りにやつて行つて、おそらく來年末までの間この人たちが働かされるように——これは全部じやございません。ぼつぼつ帰しますが、計画の中に入つておるのじやないかと思う。ことに最近一年の経驗によりまして、五万人づつ帰すということはなかなか実行できぬ。そういういきさつがあるのじやないかと思います。政治上の理由もむろんございましようが、私は向うの五箇年計画の中に、これらの捕虜の労働力が入つておると思う。三分の二くらいは、私の想像では入つておると考えております。そこで問題は、今私どもが選挙区なんかへ帰りまして、帰れるだろうか帰れるだろうかという話がございますが、私も意思が弱くて、ややもすると今年中には大丈夫だろうというように言いますが、実は腹の中ではそうは思つておりません。場合によつてはなかなかこれは帰さない。おそらく來年の五箇年計画の完了するまでは帰さない。未來永却に置いておくということはあるまい、むろん一部の思想的の関係の人で、向うにいるような人、あるいは向うでとめて置きたいというような人は別問題ですが、大部分の人は來年中には帰れるだろうと正直に申し上げることもございます。最近本会議でございましたか、吉田さんに対してどなたかの御質問があつた。帰すために大いに勉強してくれるように、それから今年中には大丈夫かという御質問がございましたのに対して、吉田外務大臣は、大いに努力はするが、何分相手方もあることだから、はつきりしたことは言えぬ、こういうふうに申されておりました。おそらく吉田さんも、私ほど十分の知識はお持ちにならぬだろうと思いますが、そういう見通しをしておられるのじやないか。そこで私が申したいことは、私代議士でございますので、政府当局者よりは比較的責任が少いかもしれぬが、政府といたしましては責任があるから、今年中にはいかぬぞ、來年まではかかるだろうということをおつしやることは、責任上非常にむずかしいかもしれませんが、私の希望といたしましては、なかなか今年中にはいかん、どうも來年にかかるらしいと言つて、そして來年中にはたいてい終るだろうというような印象を家族の方に與えられるよう、少し努力していただきたいと思います。どうも私郷里に帰りまして聞いておると、政府の努力のしよう、アメリカの努力のしようが足らん、努力すればすぐにでも帰つて來るというような考えを持つておる。また反面には、いつ帰つて來るかわからん、はなはだしきに至つてはこういうことを言つておる。米ソ戰爭が起る。そうすると日本も戰爭に加わつて、日本の兵隊もソ連に攻め込む。そうすると日本の兵隊が攻めないように、日本人の壁をつくつてそれを防ぐために、日本人を置いておくんだというような、実にわれわれから考えますと想像ができないようなことを相当言つている。だからいつまでも帰さぬだろうということを言つておる。ですからこの引揚げに盡力されておる方は熱心なるあまり、もうすぐ帰るもうすぐ帰る、われわれが努力して連合軍司令部へ頼めば、もうことし中には大丈夫、こういうふうな印象を與える。それで、ほんとうの事実の発表はむずかしいことではございましようが、一般の方々にほんとうのことを示されたい。こういうふうに思います。 もう一つ申し上げたいことは、私が今申し上げます通りに、ソ連から帰られる方についても、これより以上向うとの折衝に努力いたしましても、大したことはないと思います。そこでわれわれとして努力しなければならぬことは、むしろ帰つて來る方の世話、また日本に残つておられるところの家族の世話、この方面によほど努力しなければならないのではないかと思います。これは予算の関係もございましようが、私は私の選挙区をあつちこつちを歩いてみました印象だけでありまして、はつきり数字も何も持ちませんが、どうも努力しておる人が、遺族の世話、帰つて來る人の世話ということよりは、帰らせる方、旗を立ててワイワイ言う方ばかりで、じみな仕事の方を閑却しておるような感じがいたします。私のその感じが誤りであればよろしゆうございますが、どうもそうではない。旗を立ててワイワイ言つて、そうして遺族に断食させるというようなはなばなしい方の仕事がみな好きであつて、じみな、今生活に困つておる家族を世話する、また帰つて來る人の就職やら住宅やら食糧品を世話するというようなじみな仕事は、どうも拔けがあるんじやないか。政府の方で十分やつておられるかも知れませんが、末端の方にそういうことがあるんじやないか。その方面を大いにやらなければならぬと私は思います。私も選挙区を歩きますときに、帰すのにあまり一生懸命にならないで、むしろ残つておる家族を世話するように申しておるわけであります。きようこの請願に対して決定されるだろうと思いますが、私の希望といたしましては、いつもこういうことを大いにやるというような報告書ばかり出ますが、やつてもなかなかいかぬ方面もあるだろう。やるべき方面はこの点が重要だということを、何とか方法を講じて印象づけるようにしていただきたいと思います。 もう一つは中國の中共地域におる人、これは私の想像でございまするが、さつきの御説明にも多少ございましたが、これは解決の道がないのじやないか、向うと交渉することができないのですから。それもアメリカあたりで何とかしてやつてもらいたいというと、一般の人は、何とか方法があるだろう、もう帰つて來るだろうと思わせまするから、これは困難なんだ、交渉の方法がないんだ、中共がしつかりした政権として認められて、アメリカと交渉するようにならなければ方法がないんだということを、何とかの方法で皆樣に知らせる。そうして空な望みを持たせぬというようなことが必要なんじやないかと私は思う。病人には病氣がすぐよくなると言わないで、お前は三年くらい寝なければならぬ、あるいは結局お前は死ぬんだということを知らせることがほんとうの親切であるように、そういう方面にことを政府がやつていただきたいと思います。私の今言つたことは非常にむずかしいことであると思います。しかしながらできないと言わないで、おやりになつていただきたい。またこの議院でも大いにやるんだ、いろんな選挙区の一般の方から請願がありましたように、大いにやるんだというばかりでなく、なかなかできないんだということを言う勇氣がなければならぬと私は思います。私の意見はこれで終ります。
○岡崎委員長 それではこれより本請願について採決を行いますが、その前に、ただいまの御発言については多少國際関係に影響のある場合があるかもわかりませんので、速記の方は適当に訂正いたしたいと思いますから、御了承を願います。なお列席の新聞関係の諸君もその点を御留意願いまして、御発表のときには適当に取捨願いたいと思います。 本請願は採択の上内閣に送付いたしたいと存じますが、さよう決するに御異議はありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○岡崎委員長 御異議ないと認めまして、さように決しました。なお議長に提出いたします報告書に関しましては、委員長に御一任願いたいのでありますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○岡崎委員長 さよう決定いたします。 —————————————
○岡崎委員長 次に陳情書の審査に移ります。本日の日程は次の五つであります。 一、引揚促進並びに更生対策に関する陳情書(岡山縣引揚同胞対策審議会長佐藤勝也)(第二二号) 二、海外残留同胞引揚促進に関する陳情書外三件(大分縣海外残留者引揚促進連盟委員長首藤定外三名)(第三六号) 三、海外残留同胞引揚促進に関する陳情書(千葉縣復員引揚促進家族連盟会長柴田欣一郎)(第一二八号) 四、海外残留同胞引揚促進に関する陳情書外一件(兵庫縣在外同胞帰還促進期成連盟生田区支部中西幸太郎外一名)(第二二八号) 五、在外同胞引揚促進に関する陳情書(大阪府協議会引揚促進大阪府大会)(第二八七号) 右につきまして政府側より更生対策について説明を求めます。
○田邊政府委員 引揚者の更生対策につきましては、その関係する部門が政府の各省に及びまする関係から、昨年九月に制定されました引揚同胞対策審議会設置法に基いて内閣に審議会が設けられまして、関係各省の次官と引揚者團体の代表者、学識経驗者等を網羅いたしまして、この審議会において引揚更生対策の根本を策定いたしました。そうしてそれが内閣総理大臣に報告になりまして、内閣総理大臣から各省にその決議事項を話しまして、その決議に基いて、できるだけ関係各省がその線に沿うて努力するという建前をとつて進んでおります。從來決議されました事項は九件ございまするが、引揚者更生問題について重要な関係がありまする住宅問題、生業資金問題、ことに在外公館の借上金の返還の問題、就職問題、それから入植問題についてそれぞれ決議になつております。関係各省におかれましては、その決議に沿うてできるだけ努力をいたしておりますが、何分にも國家財政の関係もありますので、思う通りには進んでおらない現状でございます。そのうち厚生省関係の部門につきましては、住宅の問題と生業資金の問題がございますが、住宅の問題につきましては、先ほど申し上げました通り、本年度において四億五千万円程度引揚者の住宅の費用をとつております。昨年度は四億七千七百万円、これは全額國庫負担で、北海道、東北六縣方面に落ちつきまする樺太から引揚げの無縁故者の住宅を建設したのでありますが、本年度におきましてもこれをもちまして、昨年度と同樣、なお樺太に残留しておりまする引揚者が帰つて來た場合、そのうちの無縁故者の住宅、あるいはその他の地区から帰つて参りまする無縁故者、第二に從來引揚げて参つた方々であつて、住宅外の施設に居住しておられる方々のための住宅の建設、それからすでに設置されました引揚者の住宅、これは兵舎等を改造いたしまして速急に間に合せたものでありますので、衞生上、防火上、その他の点からいろいろ不備な点がありますので、かような方面を整理して参りたい、かように思つております。 生業資金については、昭和二十一年度から実施になりまして、二十三年度末までに二十一億の金を出しました。庶民金庫に委託いたしましてこの事業をいたしておりますが、引揚者の立ち上りの上に非常に大きな効果を收めておるものと考えております。來年度におきましては政府支出が三億円、それからすでに貸し付けております金のうち、來年度に返つて参りますものが二億ございますので、それを合せまして、おおむね五億程度の金をもつてこの事業を運営して参りたい。またその事業の内容につきましても、現在七千円という貸付限度になつておりますが、これを近い機会に一万円ないし一万五千円程度に引上げたいと思つて、いろいろ努力をしておるようなわけであります。 入植関係につきましては農林省の所管でございますが、本年度におきましては、たしか一万二千戸が入植について確保されておるようでありますが、そのほかに先ほど申し上げました無縁故者住宅の建設にあたりましては、入植関係を十分考慮いたしまして、入植関係で入られる方々のために、これをもつて整備するようにいたしたい。かように考えて準備を進めておるような次第であります。 それからもう一点、生業資金のほかに、今年度におきましては從來の庶民金庫と恩給金庫が統合せられまして、新たに國民金融公庫というものが設立せられることになりまして、法案が國会に提出になつておりますが、これが設置せられますと、その方面から引揚者の融資の道も開かれるわけであります。ただいまのところは資金がきわめて少額でありますので、あまり期待は持てないと思いますが、將來この資金がだんだんとふえますならば、引揚者等に対する融資の道も拡充されるのではないかと考えております。
○岡崎委員長 ただいまの陳情書の趣旨は、先刻採択いたしました請願と大体同一でありますから、いずれもこれは了承いたしたいと存じますが、さよう決するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○岡崎委員長 御異議なしと認め、そのように決しました。 —————————————
○並木委員 この機会に質問をさせていただきたいと思います。実は最近ユネスコのことがちよいちよい報ぜられておりますが、本年度のユネスコに対する政府の計画、見通し、そういうようなことをお聞きしたいと思います。 それから先般加盟國との間に資料交換について、図書館に対して情報があつたということでありますが、その資料交換の点。 それから先般ブラツセルの保健関係会議において、医学とユネスコが結びついたという報道があつた。それについて特に今後のユネスコの動向、日本の力の入れ方、予算の関係、その他見通しをおつしやつていただきたい。 それから外務省の研修所のことでありますが、実は今日質問書を提出しておきましたが、外務官吏研修所概観というものをいただきまして、大体わかつたのでありますが、本年度どういう計画を持つておられるか、ことに本年度は婦人外務官吏を養成されるというようなことも傳えられておりますので、この外務委員会において正式に御報告を願いたいと思います。
○近藤(鶴)政府委員 外務省の研修所の本年度の計画につきまして簡單に申上げたいと思います。日本の將來の外交のために働く有為な外交官や領事官を養成することは、一朝一夕にしてできることではありません。事変や戰爭によつて長い間外交関係が異常であつたか、あるいは杜絶していたことでもあり、ことに外務省の若い官吏が実地修練の機会を十分に持つことができなかつたのでありますが、この欠点を補いつつ、いかなる必要にも應じ得られるようにするために、外務省は終戰直後から外務官吏研修所を運営して参つたのであります。今年の三月までにここを卒業した者は百七十三名に達しております。 現在二十四年度において実施することに確定いたしておりますのは、外交官領事官採用試驗合格者、すなわち新規採用の二級官に対する研修でありまして、本年卒業の予定の者は十二名であります。なお來年の外交官領事官採用試驗は定員、予算、人事院の公務員採用方法等の関係上、まだはつきりしたことはわかりませんが、もし新規に採用することとなれば、すみやかに研修所に入所せしめる予定であります。また外務書記生試驗合格者三級官に対する研修については、昨年度合格者八名を本年三月以降六箇月間研修施行中であります。本年度採用の書記生試驗合格者も、採用直後六箇月の研修を受けしむる予定であります。 以上のほか現に外務省に勤務している三級事務官の再教育でありますが、これは來る六月以降適任者を選考して、六箇月を期間として研修を受けさせることに予定いたしております。 次に特殊語学ないし特殊知識を必要とする外交官、領事官の養成でありますが、すでに相当経驗のある職員について、現に中國語四名及びロシヤ語五名について再教育を実施中であります。 右のほか外務省としては、現に英語以外の語学にすでに熟達している中堅事務官に対し、英語の講習を行つておりますほか、通商経済関係の知識の習得のために、第一着手として、課長ないし上級事務官級のものに対し、特殊の講習を実施いたしております。 なお研修所といたしましては、女子職員の養成についても目下具体案の研究中でありまして、なるべくすみやかに実施に移したい所存であります。 以上のほかに、研修所は通信講習をも行つております。すなわち研修所卒業者をして研修所で習得した語学を引続き勉学せしめ、及びまだ研修所に入所する機会のない職員に語学習得の道を開くため、現に英、佛両國語について実施中であります。 以上簡單でありますが、お答えいたします。
○並木委員 婦人外交官吏のことでございますが、具体的のことはまだ研究中だと言われていますが、この間の発表ですと、何か省内からとるというようなことを聞いたのであります。省内のみならず、一般に廣く募集して、そうして語学ができるということを前提にしますと、なかなか狭い門になつてしまうと思うのです。語学は中で習えばできるのですから、もう少し廣く、吉田外務大臣の言ういわゆる婦人の勘というか、デリケートなところのある婦人をとることが、私はやはり平民外交、國民外交を確立する上に必要じやないかと思うのです。そういう点にどういうふうな構想を持つておられるか、御返事を願いたいと思います。
○近藤(鶴)政府委員 外務大臣がこの前どのようなことを仰せになりましたか、私よくわかりませんけれども、婦人外交官を養成したいというお話を伺いましたときに、むずかしい試驗を受けてということになると、なかなか事がめんどうになりますので、とりあえず省内に働いておつて、相当学力もあるし、人物もしつかりしているというようないろいろな條件が簡單に識別のできるようなその中から、まず選んでみてはどうかというお話があつたのでございます。これをもしもただいま並木さんの仰せになりましたように、なるべく廣いところから求めることになることは、私どもといたしましても望ましいところではございますけれども、さらばと申しまして、初めからそういうようなこともどうかと思いますので、とりあえずこの六月から開かれまする分には、省内から適当な人数名選んでみたいという方針で進んでおります。その次の機会くらいからは、一般からも適当な人を物色するという手段で行く方がいいのではないかと考えておるのでございます。
○與謝野政府委員 ユネスコに関する御質問について簡單にお答えいたします。ユネスコは御承知の通り、創立後三年余りを経たのでございますが、ソビエト圏内にあります東ヨーロツパの諸國を除きまして、その他世界各國の強力な支持のもとに、教育、科学、文化各分野において着々とじみな仕事を続けておるのであります。昨年十二月にベイルートにおきまして第三回の総会が開催され、日本を代表いたしまして総司令部のC——Bのバーンズ博士がオブザーバーとしてこの会に列席されたのであります。昨年十二月のベイルートの総会におきまして、日本とユネスコとの関係に関する決議が採択されまして、この決議はお手元に差上げてあると存じますが、この決議に基きまして明四月の二十八日にユネスコの代表である李博士が日本に着かれることになりまして、いよいよ日本におけるユネスコの東京事務所が近く開設されることになるのであります。また昨年日本のユネスコ運動、ユネスコ問題研究のために視察されました郭博士も、同時にこの李博士と相携えて日本を訪問されることになつております。さしあたりユネスコの対日活動の内容は、ユネスコに関する宣傳、啓発、出版物及び人物の國際的の交換、また教科書問題の研究というようなことが最初であろうと思われるのでありますが、わが國といたしましては、政府の関係各機関と民間のユネスコ関係の諸團体と緊密に連絡して、近く開設されますユネスコの日本事務所の仕事に積極的に協力したいと考えておる次第であります。日本のユネスコ事務所長として來られます李博士は、國立浙江大学の工学委員長をされていた方でありまして、戰前は上海の市政府の教育局長という経歴をもつておられる方でございます。またユネスコが日本のために計上しております予算は、今年はわずか二万ドルでありますが、これは大体人件費ということにその内容がなつておるようであります。ユネスコの現在の活動の状況につきましても、今後この事務所が開設されますと、いろいろな資料が豊富にもらえまして、その活動の内容を一層深く掘り下げて承知することができると期待しております。 次にユネスコ加盟國とわが國との資料交換の問題でありますが、先ほど申し上げましたベイルームで採択された決議の第二項に、「日本と他國との間における出版物並びに科学、教育、文化関係の作品及びユネスコの諸目的達成の助長に役立つごとき情報の交換を促進する。」こういうことがこの決議の中にあるのでありまして、最近この具体的の現われの一つといたしまして、ユネスコの図書館長より國会の図書館にあてて、図書交換のリストであるとか、わが國における中央國際交換機関があるかどうか、また資料交換の際の輸送方法その他につきまして、國会図書館に照会がございまして、國会図書館では外務省、文部省と協力してこの質問に答え、將來協力する準備を整えておるのでありますが、これも先ほど申しましたユネスコの日本事務所が開設されますと、この仕事を相当貿易になつて來るのではないかと期待しておる次第であります。 次にブラツセルにおいて開かれました國際医学会議についてでございますが、これは外國の新聞、電報その他によりまして、國際医学会議は世界保健機構とユネスコとの共同主催のもとに、ブラツセルにおいて三月末から一週間開催されたということを承知しております。この世界保健機構と申しますのは、國際連合の專門機関、WHOと言われておるものでありますが、ユネスコも同時に文化、科学等に関する國際連合の專門機関でありまして、この二つの機関が共同主催のもとでブラツセルで会議を開き、出席者は約四十の民間の医学團体代表者であつたようであります。この会議によつて、今後世界各地で開かれます各種の医学会議を、総合調整する一つの協議会というものをつくつたことであります。この協議会の性格は、別に政府間の機関というものではなくて、各種開かれます医学会議の開催の方法その他について勧告を行う、こういうところにあると言われておるのであります。日本といたしましては、実は昨年の六月には先ほど申し上げました世界保健機構、WHOの第一回の総会がジユネーブで開かれまして、オブザーバーとして厚生省の東局長が招聘されまして、この会議に出席されたのでありますが、今年のブラツセルの会議には、別段招聘がなかつたというのが実情であります。
○並木委員 予算の別表を見ましたときに、「外地官署所属職員の恩給に関する事務を急速に処理する必要がある」という項目と、それから別のところで、「朝鮮、台湾、樺太、関東州等旧外地官署所属職員の給與、恩給、其他残務整理に関する事務を行う必要がある」こういう二つの項目がありまして、その中の共通の点は、いずれも事務を処理する必要があるということと、恩給ということが両方に含まれている。ちよつと私しろうとですからわかりにくいのかもしれませんけれども、これの関係をお知せ願いまして、現在どの地区にどのくらいまだ外務職員というものが残つておるのか、それも知つておきたいと思うのでありますが、お聞かせ願います。
○千葉政府委員 國会の御協賛をいただきました予算におきまして、ただいま並木委員御指摘のごとく、外地関係の項目が二箇所に出ております。それは恩給についてでありますが、この恩給の関係につきまして御説明いたしますと、恩給につきましては、恩給を受ける立場にある職員の属します官廳が書類をまとめまして、恩給局にこれを提出する、恩給局におきまして、それを審査いたしまして、諸種の條件に合致しました場合に、恩給を支給するということになるのでありますが、現在外地官署、すなわち旧朝鮮、台湾、樺太、南洋、及び関東州廳、これらの外地官署に属しておりました職員は、現在外務省の職員ということになつておりまして、このことは昭和二十一年の五月に勅令が出まして、それによつて規定されておるところでございます。外務省におきましては、その勅令に基きまして、外地関係の事務を処理いたしますために、外地残務整理事務所というものを、各外地官署別に設けております。すなわち朝鮮総督府残務整理事務所とか、台湾総督府残務整理事務所といつた事務所を省内に設けて、これらの事務を処理いたしておるのでありますが、たまたま恩給事務につきましては、すべて外務大臣の証明を要するということになつておりまして、残務整理事務所におきまして、恩給関係の諸調査や、下審査はいたすのでありますが、この関係書類を恩給局に提出いたします場合には、外務大臣の証明がいりますために、また別な部局、すなわち官房の人事課におきまして、この最後の証明事務だけをやつておるわけであります。從いまして、これは外務省の中のことでございますが、外務省として処理いたします恩給につきまして、前半、後半とにわけますならば、その前半を残務整理事務所でいたします。後半の証明に関する面だけを別な部局、すなわち官房でやつておる、そういう実情であります。從いまして、それに所要の経費が二所にわかれている。すなわち一半は管理局、一半は官房、そういうふうに計上されております。ただいま申しましたのが、同じ関係の費用が二箇所に出ているということの説明でございますが、第二の、どこにどういうものが何名残つておるかという御質問に対しましては、現在どこに残つておるかということは必ずしもはつきりいたしませんのであります。各官署別に未帰還の概数を申し上げますと、朝鮮総督府の関係におきましては四千三百名、台湾総督府関係におきましては六百九十名、樺太廳関係におきましては千七百名、関東州廳の関係におきましては四千百名、南洋廳は全部帰還いたして、その帰還は完了いたしております。どこに残つておるかという点は、先ほど申しましたようにはつきりいたしませんが、朝鮮、関東州、樺太の関係は、全部がソ連地区もしくは中共地区と考えてさしつかえないと思います。台湾の関係は全部台湾に、個人の都合で居残つたか、あるいは徴用されて残つておるのか、その点ははつきりいたしませんが、大体台湾に残つておる、そう考えてよろしいと思います。
○並木委員 沖繩なんかはどこに入つておるのでしようか。沖繩にも残つておるということを聞いたのですが……。
○千葉政府委員 沖繩縣関係の未帰還と申しておりますのは、沖繩縣職員中、應召等の関係によりまして、ソ連地区に行つておつて、そのまま帰えらずにおる者であります。
○佐々木(盛)委員 前回の本外務委員会におきまして、たまたま大野総務局長から、北大西洋條約に関する情報並びにこの條約の持つ國際政局上のいろいろな意義につきまして御説明がありました際に、私から北大西洋條約がアジアに、とりわけ日本に及ぼす影響につきまして御質問を申し上げたのであります。その席で大野総務局長は、問題の持つ重要性にもかんがみ、さらに大臣の意向などをただした上で、次の機会に答弁をしたいということを約束をされておつたのであります。從いましてたまたまお見えでありますから、本席におきましてその御答弁を願いたいと思うのでありますが、私は大野さんとの了解に基きまして、あえて反復して質問を繰返そうとは考えませんが、今われわれの間に大きな問題となつておりまする日本の中立の問題や、あるいは太平洋同盟などという問題とも非常に重大なる関連もありまするので、そういうことをもお考えの上、可能なる限りなるたけ詳細に、この席におきまして、御答弁あらんことをお願いする次第であります。
○大野(勝巳)政府委員 佐々木委員の御質問にお答え申し上げます。北大西洋條約に関しましては、前会概略の解説をここで申し上げておいたのでありますが、それのアジア、特に日本に及ぼす影響に関しましては、われわれといたしましては研究はいたしておりますが、それを予想いたしまして、ここで述べますることは、自然機微なる点にわたらざるを得ない次第であります。現下日本の置かれておりまする國際環境にかんがみまして、これを申し述べますることは適当とは実は考えられませんので、國際外交問題につきまして御理解の深い佐々木委員におかれましては、この点を特に御賢察くださいまして、御容赦願いたいと存じます。
○佐々木(盛)委員 大野さんと私の約束が大分違うようでありますが、そういう約束ではなくして、この次の機会に日本に及ぼす影響、つまり日本との関連においてこれをどう見ておるかということについて、御説明をするからというお話であつたように私は考えるのであります。もしこれが公開の席上において支障を來しますならば、祕密会においてでもけつこうであります。私は前会の委員会でも申しましたように、事が機微であるからということでわれわれが全然これを知らない、ひとり官僚諸君たちがこういう問題について知つておるだけであつて、お前たちに言う必要はないのだ、言えば重大な問題になるのだというような從來の官僚至上主義的な外交の行き方に対して私は反対する。あくまでも新憲法下における新しい國会の運営というものは、委員会が中心である、國会中心主義にわれわれは立脚いたしまして、どうしても問題が重要であればあるほど、われわれを無視してもらつては困るのでありまして、委員会のわれわれの意向も、この問題については十分織り込んでもらわなければならぬ。國政というものはわれわれがきめるのでありますから、われわれの意向として申し上げたいこともたくさんあるわけであります。公開の席上でいけなければ祕密会でもけつこうです。これに対する何らかの見解を、私たちは約束によつて承りたいと思います。
○大野(勝巳)政府委員 佐々木委員の御意見に対して見解を述べさせていただきたいと思います。國際問題の処理にあたりましては、政府としては國会、特に外務委員会と緊密な連絡をとりまして、その処置にあたらなければならないという点につきましてはまつたく同感であります。從つて外務省といたしましては、官僚のみが國際問題を独占するといつたような考えを毛頭持つておりません。反対に外交の民主化、國際問題の民主的角度からの檢討とか処理ということにつきましては、今後ともこの委員会の協力と御助言を得たい、かように考えております。なお北大西洋條約の影響に関しましては、ただいま申し上げたような事情がございますので御容赦願いたいと思いますが、官僚だけが知識を独占しておるという御意見に対しては、われわれだけが特種を持つておるという次第ではないということを、つけ加えさせていただきたいと思います。
○岡崎委員長 この問題はさらに政府側と協議いたしまして、委員長の方で適当に御満足の行くように処理したいと思います。 それでは本日はこの程度にて散会いたします。 午後零時二十三分散会