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4回国会参議院1949/01/11

法務委員会 閉会後第7号

発言数
948
登壇者
7
会派数
2
開催日
1949/01/11

会議録

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) これより法務委員会を開きます。  檢察及び裁判の運営に関する調査会の事件中、昭和電工に関する事件の証人を取調ベます。坂口勇さんですか。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 今日少しくあなたの診断されました患者のことについてお尋ねいたしたいと思いまして証人として御出頭願いました。先ず御証言を願う前に宣誓書を朗読して御宣誓をお願いたします。    〔総員起立、証人は次のように宣誓を行なつた〕    宣 誓 書  良心に從つて、眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 坂口  勇

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは医師を開業していらつしやいますね。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) さようでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 医学博士でございますね。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) さようでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 専門は。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) 専門は泌尿科、皮膚科、肛門科でございます。厚生大臣の許可を得て肛門科を標榜することを許されております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの患者で小林峯子という人を御診断になつたことがありますね。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) さようでございます。昨年の十二月六日に初めて知人から紹介を受けて診断いたしました。それから治療を続けております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 現在も治療をしておりますか。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) 現在は、十二月の中に何回自分で來たり、或いは使いを以て藥を取りに來ました。それから一月にずつと來ませんで、八日の日に自分で出掛けると言つたけれども、痛くて來られないからと言つて女中が参りまして藥を持つて行きました。そのときに診断書が欲しいというので、どういう所へ出すのだと言うと、何でもない、ちよつと出頭すべき所があるのだけれども、出頭すると後で非常に痛くて苦しむからして、診断書を書いて呉れというわけで、それで向う十日間安靜療養を要するものと認めますという診断書を出しました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると最後に診断されたのは八日ですか。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) 八日のときには本人は参りませんで使いが参りまして、大変いいことにはいいのだけれども、まだ痛いから外出したり、動いたりすると後で非常に苦しむからして、もう少し休んで手術を受けたいから、その診断書を欲しいと言うから、どういう所へその診断書を出すのだと言つたらば、出頭すべき所があるからというので、その事情はよく分りませんでしたけれども、病氣があつて痛いのだから安靜していれば非常にいいのだからして、向う十日間安靜療養を要するものと認めるという診断書を出したわけでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、あなたが一番最後に診断されたのはいつですか。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) 十二月の末と思います。末でございました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 末というといつ頃のことですか。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) 二十六、七日頃だと思います。一番初めて見たのは十二月六日でございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 二十六、七日頃が一番最後でございますか。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) さようでございます。藥はずつと続けてやつておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 二十六、七日頃の診断の状態はどうだつたのですか。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) 幾らかよくなつておりました、この分ならば、一月になつたら手術しましようと言つておりましたところ、年末年始で來訪の人なんか多かつたためでございましよう。又少し惡いから藥が欲しいということで、八日の日に使いを寄越したわけであります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そのときには歩行できないのですか。十二月の末に診断されたときには……。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) 部屋の中ぐらいは歩行しておるものと思います。寝たり起きたりしておつて、部屋の中ぐらいは動けるだろうと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 外出はできないのですか。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) 外出はできないことはないけれども、すると後が非常に痛んで困る、その苦痛があと惡化するようなことがあつては困るから、恐ろしいから外出は避けて、家の中で寝たり、起きたりしておつたと言つておりました。病氣の程度は肛門の内痔核脱肛でございまして、指の頭ぐらいの奴が四つできておりました。ときどき動いたりいろいろすると、便があつたりすると、脱肛して後を非常に痛がつておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると一月八日女中に診断書を渡されたときにはどういう状態か分らないですね。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) だから寝たり、起きたりしておるというと、それから前からの関係で、痔核脱肛があるから、動いたり、便があつたりすると、あと暫くの間痛くて苦むということは承知しておつたから、その診断書を出したわけでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは想像ですね。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) 想像でありません。事実です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 御覧にならないでも……。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) 診なくてもそういうものだから、病氣の素性が……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 素性は併し……。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) 一月になつて手術するという約束をしておつたわけであります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その間に治つておつたかも分らんじやありませんか。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) 痔核脱肛は緩退することはあるけれども、治り切つてしまうということは困難です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 歩行に堪え得る状態になつておるかも分らんですね。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) それは部屋の中ぐらいは歩行ができるものと考えて至当だと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうするとこういう場合には、患者を実際に御覧にならずに診断書を出せるのですか。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) それは一度も診たことのない患者に診断書を出すことは医師法として許されておりません。併し前にときどき診ておるから診断書を出すことは差支えない。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) すでに十幾日も経過しておるのですね。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) 病氣の素性がそれだから歩けば痛いということ、便通があれば痛いということは、痔のこれは過敏な人には特にそういう症状の起るのは当り前のことであるから、そう不思議に思いませんので、診断書を出してやりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 少くとも一月八日には患者を御覧にならずにお書きになつたのですか。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) そのとは診ません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何かお尋ねになることは……。

松井道夫緑風会

○松井道夫君 ちよつとお尋ねいたします。例えば自動車にでも乘りまして、参議院に出頭して、多少の時間訊間に應ずるというようなことをした場合に、あなたの曾て御覧になつた相様から病状そのものを、病氣そのものを非常に進行させるというようなことはあるのですか。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) いや、この痔核脱肛ではそれ程のことはないと思います。それだから昨日そういう話でしたから、成るべく出頭なさつてはどうかということを勧めましてございます。ところが無理に出れば出られないこともないかも知れないが、後で痛んだり苦しんだりすることが恐ろしいのと、病状そのものが惡化するようなことがあると困るから、成るべく出頭したくないということを言つておりました。そんなことを言わないで出たら早く仕事が解決するからして出頭なさつてはどうかということを勧めましたところ、電話でございます……、どうしても出られそうもないからよろしく頼むと言う。私が出たところが、病氣のことを話すだけて、何の証人にもなりかねるから、あなたが出た方がよいと言うて、頻りに勧めましたけれども、それから二度ばかり電話を掛けて、どうしても自分は出にくいから参議院からお話があつたらば、私に出て呉れという電話をよこしました。今朝もそう言うて電話をよこしました。

松井道夫緑風会

○松井道夫君 それで、こういうところで訊問を受けて、帰つたときに痛むということはあり得るわけですね。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) それはそうでございます。それはないとは言えません。

松井道夫緑風会

○松井道夫君 痛むとしても病氣そのものとしては惡化するようなことはないと思われるというのですね。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) 私としては命にさわることはないから多少痛んでも出たらどうかということを勧めましてございます。こちらからもお電話があつたからして、出て出られないことはないと思うのですからして、病院へも來ることはあるのですから、出て出られないことはないから成るべく出頭するようにお勧め下すつた方がよいと思いますという御返事はしましたです、電話で……。

松井道夫緑風会

○松井道夫君 結構でございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) では大変お忙しいところ御苦労さんでした。

坂口勇医師

○証人(坂口勇君) それでよろしうございますですか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 重政誠之さんですか。お年はお幾つです。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 五十三才であります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お所は呼出状を差上げた所でございますね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) さようでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 松岡松平さんですか、お年は幾つです。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 四十六才。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) やはり住所は呼出状を差上げた所でございますか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) はいそうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 松下權八さんですね。お年は幾つです。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 私六十でございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) やはりお所は……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 御通知頂きましたところでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 本日は皆さんが御関係になりました檢察廳関係のお方と何か会食されたり、お話なすつたり、そういうことに関しましてお尋ねいたしたいと存じます。勿論國政調査の上におきまして、いろいろ参考にいたしたいと存じまして御出頭願つたのでありまして、先ず証言をお願いする前に宣誓をして頂きたいと存じます。宣誓書を朗読いたして頂きたいと存じます。    〔総員起立、証人は次のように宣誓を行なつた〕    宣誓書  良心に從つて、眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 松岡 松平    宣誓書  良心に從つて、眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 重政 誠之    宣誓書  良心に從つて、眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 松下 權八    〔証人松岡松平君著席〕

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) では松岡さんからお尋ねいたしたいと存じますから、その余のお方は控室でお待ち願いたいと思います。  では御経歴を簡單にお述べ願いたいです。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 学校は中央大学の法科を卒業、弁護士。昭和十二年に弁護士試驗に合格しまして、十三年十二月から東京地方裁判所所属弁護士。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 大正じやないですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) ええ、大正です。昭和十年に一旦登録を取消し、治安維持法の関係で取消しました。それから十三年に又復活しました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 簡單なことでよろしいですから。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) はあ、それから十三年から東亞産業株式会社の代表取締役、爾來今日に至つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 現在は何をおやりになつておりますか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 東亞産業株式会社の社長です。兼弁護士も登録してあります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたと日野原さんとはいつ頃から御交際ですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 私は知りません、全然……。先般小菅で証人調べを受けたときに顔を見ただけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると日野原さんというのを、知つておるのは重政さんを通じてですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) いいえ、私は知りません、御本人を……。名前を聞いておつたというだけの程度です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 重政さんとは知つておるのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 重政とは友人です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 重政さんとはいつ頃から御存じですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そうですね。昭和二十年の秋頃からの関係と思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) ではお近しくしておるのですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 非常に仲がいいです。親友です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 事業上の親友ですか、そうでもないのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 事業上はいろいろ相談したりされたりしておりますけれども、共に仕事をしておるということはありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると弁護士の方としてですか。そうでもないのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) まあ一個の社会人としてです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 昭和電工の融資問題をめぐつての事件が、各工場の摘発等ということから始まりまして以來、國会とか、財界とか、官界方面でやかましくなりましたが、それをいつ頃から御存じですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 昭和電工問題が議会の問題になつたというのは、私知つたのは、これは私の裁判でも問題になつておる点ですが、大体不当財産委員会においてお取調べになつた新聞記事が出たときに、その面貌を知つたという程度でありまして、それまでは昭和電工問題について、いろいろな話をたまには聞きましたが、内容はよく分りません。大体アウトラインを掴めたというのは新聞を通じてですから、不当財産委員会に問題が提起された後のことを考えております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それ以前でもちよいちよい問題になつておるということは御存じでしたか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) まあ風の便り程度です。その片鱗を窺う程度ですから、その中味の程は分りません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 從つて内容についてはよく御存じないわけですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 分りません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 新聞に現われた程度のことしか御存じないのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) ええ。この間、その点について新聞を調査しましたが、日野原氏が六月二十一日に檢挙されたように思います。六月二十一日だつたと思いますが、それ以前においては新聞記事としては余りないですね。ですから結局嚴密な意味で言うと、六月二十一日以後のことじやないかということになりますが、どうもよりどころが明瞭じやございません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) この事件について、あなたに対して、何か斡旋をお願いしたようなことが重政さんからあつたのじやありませんか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) ないのです。それは重政は、これは私の事件になつておりますから、記録をお調べになれば詳細にお分りになると思いますが、三月の中旬頃に私の所に來た際に、日野原君のことを話したことがあります。それはただ、いわゆる友人同志の談話の内容にしか過ぎないもので、これを頼んで、これをどうして呉れというような依頼は一言半句たりとも受けたことはありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 政界方面とか、財界方面とか……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そういうことはありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何かあなたに一つ運動して貰いたいとか……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) いや、そういう運動を頼まれたことはない、毛頭ない。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 運動という程度に至らんでも、あなたに御相談して、お力を借りるという程度でもお話はなかつたのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) ないのです。話の内容を申上げますと、まあ私の所へ來られたときに、世間ではいろいろに言つているけれども、日野原という男は決してそういういい加減の男じやない。非常にまじめな努力家であるし、頭もいいし、まあ肥料増産には打つてつけの人物である。で菅原ともとやかく言われておるが、これは余り仲のいい間柄でない。義兄弟ではあるけれども、余の仲はよくない。從つてまあ政治献金云々という話もあるが、そんなことはないのだ。これは俺の非常な親友だという話を聞いた程度にしか過ぎない。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それはどういう必要であなたにそういうことを言われたのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) それはどういうことですか、他人の内心ですから、友達の間柄ですから、重政は、私の恐らく想像する範囲内では、親しい友人だそうですから、友人の身を慮つて、世間ではいろいろな噂が出ておるから、せめて自分の友人にもそういう話をして幾分氣持を慰めておつた程度のものじやないかと、そう想像しております。それ以上一歩も出るものじやありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それでは何か昭電関係のことについて、重政さんから金銭の授受がおありになりやしませんか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) いや、ありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 重政さんから十万円金をお受取りになつたことはありませんか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 借受けたことには間違いありません。五月六日に、それは四月の中旬に重政に二、三十万円貸して貰いたいということを私が頼んだ事柄であります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どういう必要性から……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) それは競馬馬を買うについて、大野君と私とで……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 大野伴睦氏……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そうです。資金が要るので重政氏に少し貸さんがというので頼んで置いたのを持つて來た。それをたまたま借受けたという程度です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは十万円ですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 私は十万円。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それだから……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 大野氏は二十万円、合計三十万円借りることになつた。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、一旦あなたは三十万円受取つたのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) いえ、直接自分の手にみずから三十万円受取つたわけじやありません。机の上に出されたことですから、観念上私が受取つたと言つてもいいかも知れませんが、現実に私の手に受取つたわけじやありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなと大野氏もそこにおつたのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 同席の所で……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 個々に渡したとも言えますですね。同席ならば……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 大野君の考えと私の考えはその辺違うようですな。その点はただ現実に私が受取つたのは十万円であるとお聽取り願いたいと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 少くともそこに同席しておられて、その目の前へ三十万円出されて……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 布は大体二、三十万円重政さんに申込んだのですから、私が、その借主として三十万円の借主であるというので自分は自覚して、いずれ事件が落着すれば重政氏に返済する意思を持つております。事件が落着しないと、途中で事件の事態を変更することにもなるので、これを避けておるのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは競馬馬をお買いになるというのはその前からそういう契約があつたのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) それは入札であつて、小岩の牧場……、ですから四月中旬に入札できれば買うつもりであつたんですが、それが入札できたのです。それで金の拂込が迫つておつたのでそういう問題が起きたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それで入札になつたのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 入札したのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 馬を手に入れたのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 幾らで……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 五十九万円です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 外のお金は……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) それは私の妻に出させ、私自身も出したのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 大野氏も入札したのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 大野氏は入札した馬に乘らないかと言つたのですが、納める期日までに金を持つて來なかつたためにその金は間に合わなかつたのです。ですが持つて來たので受取つたということです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 入札にはそのお金は間に合わなかつたのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 金を拂う日までに届けれ呉れなかつたので間に合わなかつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの方も大野氏の方もですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 要らないお金であつたならば返してもよかつたですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 頼まれておつたので……。外の馬を買おうというので随分馬を探したが、遂にいいのがなくて買わなかつたのです。それは随分探したという証拠はあるのです。詳しく申上げても結構ですが大変長くなるので……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 入札の日はいつですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 四月十九日だと思います。その記録は檢察廳にあるから、渡邊、布施檢事さんが持つておると思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうするとその外に重政氏と金銭の授受はなかつたのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) ありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたはそれで今の入札金の拂込はいつなさつたのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) それは五月二日か、二日にしたと思います。ですから結局役に立たなかつたというわけではないのです。金は期日までに貰わなかつたが、後に役に立つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは松下權八さんを知つておりますか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 知つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) いつ頃からどういう関係で……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そうですね、戰爭中から私の所へちよいちよい出入りする人です。どういう関係という程でもなく遊びに來る程度の人です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは松下さんを通じて東京高檢の窪谷次席檢事を知るに至つたんではないですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 通じたということではなく、私は窪谷の所へ挨拶に行つて、それから爾來懇意にしておるのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは松下さんを通じて知るに至つたのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 通じるということになるか。そんなことよりももつと元に戻りますが、佐藤檢事長や岸本檢事長とも懇意であります。そういう関係から窪谷さんの所へ挨拶に行くようになつたんだろうと思います。松下君という関門を通つておるという、そういう関係でもないと思います。松下君も窪谷さんの所へはしよつちう行くので自然通じたようにもなるが、併し必ずしもそういうことはないのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その前に面識はなかつたのでしよう。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) ありませんけれども、私みずから高檢に出掛けて行つてお目にかかつております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その前にですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) いや、窪谷さんと会つたのは私が出掛けて行つてお目にかかつた……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは昨年の二月頃ですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) いつ頃でございましたか、今はつきり記憶はございません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 松下權八氏と共にいらつしやつたのじやないですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 一緒に行つたかも知れません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) だからそのときが初めてじやないのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 出掛けて行つたのは初めてです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) いや、窪谷さんに会われたのは……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) ああ、そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それからあなたの御意思はどうか存じませんが、松下さんが紹介したという意味にならないですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そうですな。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その前にあなたが御面識がないとすれば……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 解釈はまあ適当に願います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) まあ窪谷さんは松下さんの御紹介であなたを知るに至つたというようなことを言つていらつしやるようですがね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 私は自分で出掛けて行つて会つたつもりなんですが、どちらでも解釈はもう……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから窪谷さんとどういうような御関係になりましたですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 別にどういう関係というわけでも……、まあ比較的親密な氣持でおりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 窪谷さんと何か会食されたようなこともありますね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 一、二回あります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それはどこですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 私が一遍お招きして、会いに行つて間もなくお招きしました。桂という家ですね。そこで一度食事をしました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それはいつ頃のことです。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) それは二月中だと思うのですけれども、日ははつきりしません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 三月の十二日じやないですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) どうもはつきり覚えません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) まあその頃ですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) どうもまだ春尚浅い時分のことだと思いますから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 同席された日はあなたと松下さんと窪谷さんと三人ですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) いいえ、そうじやないと思います。大野君もおつたと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そのとき大野さんが見えたですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 大野君もおつたと思うのですね。それからほかに重政さんもおつたのじやないかと思うのですけれども、どうもはつきりしないのですけれども、三人という会食じやありませんでしたな。五、六人の会食だと私は記憶しております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それでは、あなた今おつしやつているのは五月の二十一日のことじやないですか、窪谷さんと会われたのは……。あなたと重政、大野、松下、窪谷、こういうメンバーじやないですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) いや、そのときも三人では私は会つた記憶はありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 桂で……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) ええ、そのときも大野君や、ほかに相客があつたと思います。私だけはもう別に会う必要なかつたのですから、一遍大野君も紹介しようじやないかと言つて、そのときに私が会を催したのですから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると三月の十二日の第一回のときも大野氏は入つておつたわけですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 五月の二十一日は今申上げたようなメンバーですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そうですね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから五月の二十六日にあなたのお宅で催されたことがありますね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) それは重政の所へ一遍招待を私共受けましたので、こちらでもそれじや一遍お返しを、私の家へお招きしようと言つて私の家へお招きしました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) このときはあなたと重政さんと松下さん、窪谷さん、このときは大野氏は入つていないですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 入つていなかつたと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから六月の四日に今度は重政さんの方で催されましたね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) ええ、それが私の所へお招きした前だと思うのですけれども、その前後はどうなりますか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) まあ、他のお方がそういうよう……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 私の方が早いのですか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの方が早くて、重政さんの方があとになるわけですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 逆のように思うのですがね、その辺どうも……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どちらが前になるのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 私の方があとのように思うのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうですか、いずれにしてもこのときのメンバーは窪谷さんと重政さんと、あなたと松下さん、こういうメンーバーですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) こういう御会合は六月十三日もされたのですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) どこでですか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) これは窪谷さんの宅ですね。あなたと松下さんと窪谷さんの三人ですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) それは窪谷さんの所へ奧さんの病氣見舞に行つたのです。会食なんかの程度のものじやありません。病氣見舞に行つたという事実はありましても、会食という程度のものではありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何かみやげを持つていらつしやつたのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 何か、「すゐくわ」か何か持つて行つたです。病氣見舞に行つたのですから、奧さんが病床にあられた、それを見舞に行つたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 今申上げました以外にお会いにならないのですか、会合されたことは……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) ありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういう会合はどういう目的でなされたのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 別に何も目的はありません。私はただ親しくなつておつたから、お互いが交友をしておつたというだけです。外にももつて頻繁に友人同志で交際しておるのもありますし、何もひとり窪谷さんだけに私がやつたというようには考えておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) いつもこういうふうに窪谷さんを交えまして、同じメンバーでしばしば会合なさるということは、何か用事がなければ会合されるわけはないじやありませんか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 別に必要性というよりも、重政さんが家へ來ないかというから行つたら窪谷さんも來ておつたというような、偶然な一致もありますし、私がたまに一杯飲もうじやないかというお招きをしたというときに、この前は重政さんもおつたから、今度も一緒に呼ぼう、こういうことだけです。お互いにお茶人がお茶の会を開けば、好いた者同志を加えるのがお茶の会の常法です。知らない人を入れるときに、人に奇異な感を抱かせない程度に人を交えるというのが礼儀だと、そう心得て頂ければ結構です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうも考えられるかも分りませんが、窪谷さんは、先程もあなたからお伺いしたごとく、二月頃に初めてお目に掛つて以來しばしばこういう同じメンバーで会合を催されておるのは、何かそこに特別の目的がおありになるのじやないのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) いやありません。そう解釈されるのは甚だ私の方は困るです。何もそういう意図を持つておらんです。そういう結局御推察から私の本件の事件が生まれたもののごとく私解釈しております。甚だ迷惑しておるのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは何か刑事事件になつておりますか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 政令違反で、追放者として政治活動をしたという理由を以て現在公判にかかつております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 政令違反だけですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) はあ、外に別に起訴を受けておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) これが政治活動というのですか、今申上げた会合が……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) いやそれは問題になつていません。そういう諸般のことを考慮して、日野原のために揉消し運動をやつたろうということが結局起訴の内容です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) これは起訴の内容じやありませんね、今申上げたことは……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 内容になつておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) だから起訴の内容をお尋ねするわけでなくして、この御会合が、どういう趣旨から会合されたかということをお尋ねしているのです。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 趣旨は、結局お互いが氣持が合うから、友人だからと、こう解釈して頂けば……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 窪谷さんは友人とまで行かないでしようね。まだ一面識……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そうでもないです。私は佐藤さんなんかとも非常に懇意でもありましたし、佐藤さんと岸本さんと懇意であるということも聞いております。從つて氣持が相続継承されるという感じはあります。ですから相知る期間が短くても、相寄る氣持において深いものがあつたと、こう解釈して頂きたいと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 時恰かも昭電事件が起つておる際で、いわゆる地檢を監督するところの高檢の、いわゆる第一線檢事であるという関係もあるのですが、そういう人を特に選んで親しく会合をしばしばなさつたということは、どうも理由が分らないのですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 併し私の方はお尋ねの理由が分らないということは、私が相知つたときには、昭和電工事件がありや否やか私の知つたことじやありません。私が申上げます昭和電工事件が本格的に世間に出たのは五六月頃のことであつて、私はその以前に相知る由はないのですから。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは知る由はないが、少くとも重政あたりは会社の内部の事情も表面化して來る以前に内証しているということは分つておる立場です。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 分つておつてもそういう詳しい話は私らには語りません。私は分りません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お会いになつた席上では昭電の話は出ませんか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 一回もそういう話は出たことはありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) ただ飲むばかりですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 飲むばかりつて……それはまあ世間話もありましようし……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 六月の四日の会合のごときは、相当詳しい話があるらしいのですがね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 六月のいつですか。どこの会合ですか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 病氣見舞とさつきあなたのおつしやつた……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 病氣見舞に行つたときなんか、私は何も話しておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 重政の所に訪ねて行つた日ですがね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) いや、別にそういう話を私は……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 重政の場合ですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そういう話はしておりませんね。それは何からそういうことをおつしやるのですか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) これは窪谷さんがそうおつしやつておるのですが……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) どういう話があつたとおつしやるのですか。私はどうも解せないのです。若し記憶があるなら申上げます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 第三回目に六月四日頃私は松下と共に重政氏の自宅に招かれて行きましたが、その時は一層懇意になりたいということであつたので、私は行きました。ところがあとから遅れて松岡氏が参り、應接間で食事の用意ができるのを待つ間に、重政、松岡と三人で雜談いたしました。その際重政氏が雜談のうちに、この頃新聞紙上に出ておる昭和電工事件について、菅原通齋氏が関係があるように出ているが、あれは眞相と違うものだと言いましたのを尚記憶しておりますが、私は当時新聞紙を通じ、昭和電工事件は民主党関係であると承知しておつたので、世間の人は種々と違う判断をするものである、やはり部外の人と交際をして見ると、変つた情報が入手できるものと思つておりましたが、併しまさか重政本人が昭電事件に直接関係があるとは夢にも思いませんでした。何となれば、重政氏は民主自由党に属する者だからです。今から考えると、この應接間で三人で雜談中松下氏が手洗いに行つたにしては長いなあと感ずる程座を外していました。とこういうような趣旨のことを言つておりましたがね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そういう記憶は私にはありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) これは松下氏は座を外しておつたらしいですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) それも私は分りません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それからそういう会合は、これはまあ一例として申上げましたごとく、昭電関係について檢察廳に了解して貰うとか、知つて頂くとか、積極的に行けば動くというような意図の下に行われたのではありませんか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 絶対にありません。他人は知りません。私に関する限りそういう考えは絶対に持つておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 尚その日には、今の続きでありますけれども、食事が終つてから昭電事件についてよろしく頼むというようなことを懇請しておるようですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 誰がですか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 重政氏が……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 私はそういうことを聞いておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 酒はよくお飲みになりますか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 私は酒はそう上手ではないけれども、直き醉つてしまえば氣持がよくなる方です。二合ぐらいで大低参つてしまう方です……。酒の上でそんな……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 御酩酊になつて分らんという程度ではないでしよう。折角お話にお出でになつたんですから……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 併しそんな話をする余裕がありましたかしら、酒を飲んでただお互いにばつと分れたのですから、そういう話をしたかどうかちよつと私は信を置き難いのじやないかと思うんですけれども、余り……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういう会合の費用はどこから出たんですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 私が催した会合は私自身で出しております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 桂なんかは……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 私は自分でお呼びしたんですから、桂の会合費は私より拂つております。私の自宅の費用も私が拂つております。重政氏のは私が呼ばれて行つたんですから、これは重政氏が負担しております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 先程お受取りになつたお金はそういう運動のためのお金じやないのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 私はそれ程人を御馳走して、三万や五万の金で友人のために人を御馳走して、友人どもを呼んだ金は、人から貰つた金で接待するほど根性は腐つておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) もう一つお尋ねいたしますが、五反田の会合は五反田のどこですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) それは元畠山一清さんの家で、桂が借受けて親しい者に使わした……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 桂の別邸ですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どういう家になつておりますか、桂の別邸として表札が出ておるわけでありますか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) あれは前から般若苑といううんですね。畠山さんが付けた名前で、そのままでやつていたと思います。近しい者に使わしておつたというわけですね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) こういう会合を催されたその前後に何か贈物か何かなさるのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) ありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その日にはなさつたことはありませんね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) ありません。私は窪谷さんの病氣見舞に行くときに、「すいか」であつたか、メロンであつたかははつきりいたしませんが、多分メロンじやないかと思いますが、私は奥さんのお見舞に持つて行つた記憶はあります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その後窪谷さんと御交際ですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 小菅から帰りましてからお目にかかりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) いや、この昨年の六月の一番最後の十三日ですか……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 病氣見舞に行つてから後はお目にかからないと私は記憶しております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) しばしばそれから又会合をなさつてもいいわけですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 若しお尋ねのような趣旨ですと、しばしば行かなければならんでしよう。けれども、私は行つておらない、事実……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) けれどもあなたの述べられるような趣旨からいつても、そこで打切るということは変ではないのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 別にそう利害はないのですから、お互いに好きで会うというのは、それは簡潔なものです……。必要であれば連続しなければならんでしようけれども……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうするとまあ政治方面の、なんというんですか、運動及びこの檢察廳方面の運動ということについては、あなたはなんら介在しておらんとおつしやるのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 私は追放されておる身分ですから、そういう運動を人のためにやつて、自分が葬られたら大変ですから、そんなことはいたしません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 外にお尋ねがありますか。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 昭和電工は絶対にしないとおつしやるけれども、後の方ではそういうふうにお答えになつておる。冒頭であなたがなさつた点によると、昭和電工の話では、費用については日野原君が権威者である、それから日野原というのが世間からいろいろいわれておるけれども、立派な人である、こういうような話が出たということを冒頭にいわれたが、この程度の話は知つておりますね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) その程度の話は知つております。三月中旬に重政氏が私の宅へ來まして話された内容の程度は知つております。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 それは窪谷氏もいるところでやはり……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) いや、窪谷氏はおりません。三月中旬というのは重政君が私の家へ單独で來られたときのことですから……。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 昭和電工のことは幾らか匂いがしている頃ですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) まあ、匂いというとどういう匂いですか。その匂いによると思いますが……。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 それは鼻の惡い人は匂いはかげないが、併し鼻がよければ分るわけですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) とかく政治家の間における話というものは、我々はどう判断していいか分りませんですから……。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 大野伴睦氏と会つたときの話が出ているんですが、その会合をしていたときの話では、そういう話はどの程度の話がやはり出たんですか。初めて紹介して……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 重政と大野とは古い友人ですから……。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 そのときはどうですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) それはいつですか。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 二十一日頃……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) いつの……。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 五反田の会合のときの……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そんな話は出ません。ただ酒を飲んでワツと別れた程度です。昭電事件なんという話はありません。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 第一回と第二回との間は九日間、第二回と第三回の間が五日間、第三回と第四回の間が八日間、それからその次は一週間目になつております。如何に友達としての間が近くても、同じメンバーで、あなたも大変お忙しい方ですが、こういうふうに頻繁にやられたというのは、本赤に何でしようか何か……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) ちよつと待つて下さい、そんなにありますかね。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 こちらの記録によると……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 何回ですか。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 第一回と第二回の間が九日間……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) その第一回は何月幾日のことをいつておられるんですか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 五月十二日……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) それはつまり五反田の会合です。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 桂……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 桂へは五月十二日には私は行かんと思いますが、私はさつき申上げたように二月か三月の、つまり春尚浅い時分のことだと思つていますが‥‥。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 もう一回あるじやないですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) つまり桂の般若苑ですね。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 その前に三月の外に五月十二日にある。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 五月十二日、重政の家、それから私の家、三回でございましよう、結局三回しか会つていない。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 五月二十一日、五月二十六日が松岡さんの宅……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 五月二十一日が重政の宅でありますか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 五反田……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 五月二十一日が第二回目になります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 六月四日重政民の宅、六月十三日窪谷氏の宅……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) この三つは会合とも見られるが、病氣見舞ですから、前後三回ですね続けては……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) ええ続けては三回です。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 その病氣見舞を混ぜると四回ですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 混ぜればそうなりますが、私の手前勘定で行きますと、そう勘定したくない、病氣見舞に私がただ出かけて行つたという程度ですから……。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 余り接近してしばしば……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そうでもないじやありませんか。初めに般若苑に私がお招きして、その次に重政氏が自分の家へお招きした。その返しに又私の家にお招きしたという、これだけのことです。そう……。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 もう一つ。五月一日に馬の代金は拂い込んだ。そうして五月五日に三十万円を受取つた。そのときに馬の代金は済んでおつたのですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そうです。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 そのことは重政氏に言うたのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 言いません。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 重政氏は馬の代金を拂込むのだと思つて金を渡したんでしよう。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) それは分りません。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 馬の代金を拂い込むといつて金を渡したわけでしよう。そのときは馬の代金は済んでしまつておるということを言わなければなあたも法律家なんですから……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 馬の資金は競馬資金といつて借りたのです。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 競馬資金というのは馬券を買う場合も含むんですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) そのときの言葉は馬の代金の意味であたつので、別に競馬の馬券を買うことは意味していなかつたのです。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 競馬資金はどつちにするのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 競馬資金といつただけです。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 氣持はどつちだつたですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) その点は私言いたくありません。私は被告ですから記録をされて僞証罪になると困るから……。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 分かりました。それで二十万円を大野氏が、あなたは十万円をどこにお使いになりましたか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 結局馬券を買いました。大野君も初めは馬を買うといつたが馬券を買つてしまつて問題は簡單なんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何か今度の事件で檢察廳の取扱いはどうですか、何か御意見ありますか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 非常に異議あります。まあ依然たるものですな。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 依然たるというのは旧憲法時代の……。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 若い時分は弁護士をしておりました時分の檢察と同じで旧態依然たるものですね。ただ一口に申しますと、我々が追放を受けるならば、二十年も三十年も檢察事務をやつておられる方も思想関係に拘わらず、ともどもに追放になるべきです。結論はそうです。一例を申上げますと、私の事件などはそれを調べて頂いた檢事さんは皆若い方で近代的な方であることは分かります。ただその背後に会議会議といつて圧迫を加えておるのは明瞭です。というのは、いわゆる本部あり主任ありありその上に檢事長、檢事総長、会議というふうにがんじがらめで、近代的の檢事がいかに民主的な調べをしようとしてもさせない。それは私が分かるのです。私の事件のごときはもう四回、調書を取つて出すという約束までしておつたが、途中で会議の結果承認できないといつて更に延長して飴を延ばすように調べられた。私をしていわしむれば不必要なる審査である。迅速に調べて、迅速に起訴するものは起訴するというのが順序である。これは私はいたし方ない。疑われた以上は拘禁されるのも止むを得ませんが、不必要なる手段なり不必要なる方法を加えられたり、又被告人を圧迫すると感じられるような露骨な方法を加えてはならないと思います。ところが現在の檢察事務は私一大刷新を要すると思う。我我も大いに批判されなければならんと思いますが、他人を起訴されるという人は、起訴を通じてもつと教育されなければならんにも拘わらず、教育されておりませんな。ですから私は是非とも司法委員会におかれましては、矛先を我々人民のために、檢察專務をもつと民主化して頂きたいと思います。余談が多過ぎる。私が仮にこうだと言つてもそうじやないだろう、こうだろうと、こういうふうに勝手な調べ方をして、民主的な檢察でない。私が檢事なら言うことは一通り言わせて、そこで矛盾があつたら科学的に突いて、これはをかしい、これはこうだろうと辻褄の合うように説明をさせて、一つの判断を以てこの事件を法廷に出して彈劾するというのが、私は近世の民主的裁判のやり方と思います。ところがそうでなく、これは間違つておる。こうだろうと勝手に調書を書いて判を捺させ捺さないでぐずぐずしておると長くなる。こういうような手段、方法を今尚用いておる。他の被告なんかからもいろいろ聞きましたが、もつとひどいらしい。一人の檢事で足りなくて、大審院あたりから應援隊が出て來る。なんだかんだと言つて、縦糸あり、横糸あり、頭がぐらぐらしてしまう。私は比較的法律で飯を食つた関係上、驚かない方ですが、普通人だつたら堪まりません。ああいうふうに檢事からいろいろの手で攻撃を受けますと、なんと言いますか、きりきり舞をしてしまいます。委員長閣下、委員におかれましては、私を調べられた渡邊、布施檢事さんはそれは立派な檢事さんで、一点非難するところはないが、その背後に檢祭陣の一つの大きな力というものが動いておる。これはいわゆる最近新聞に出ておる檢察ファッシヨというものかも知れん。今のままで放つては困ると思います。私も政治上の活動が許されるなら一緒に闘いたいと思います。私は今政治活動力がないから黙つて殺されるより仕方ないと思います。併し折角委員諸公におかれましては、この点を明瞭にして頂きたいと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どの程度おられました。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 二十七日です。その間二十五回檢察廳に呼ばれました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 二十五回調書ができたのですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 調書はできません。調書は七、八回できております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) いつも檢察廳に呼ばれましたか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 被告人にして見れば檢察廳に來る方が自由です。向うですと規則が喧しくて、使えば煙草も喫えないし、差入弁当でなければならないという問題があり、これは大分細かくなりますが……。私今度小菅に入れて頂きまして大変経驗になりましたけれども、しかし今尚折角良心的に調べようとしておる檢事を圧迫する力があるということは、これは私の錯覚ではないと思います。そういうことを恐らく係檢事も苦心しておられると思います。これでは檢察陣はよくならない。今ボスという言葉がありますが、ここにも亦ボスあるかなと思いました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 檢察ボスですね。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) 私はそう思います。どうぞ一つ宜しくお願いします。

松井道夫緑風会

○松井道夫君 あなたが、始めて窪谷さんと会食されたのは般若苑ですか。

松岡松平元代議士

○証人(松岡松平君) それは桂、三田の方です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どうも御苦労様でした。これで休憩いたします。午後一時半から再会します。    午後零時十九分休憩    —————・—————    午後一時四十五分開会    〔証人松下権八君著席〕

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 午前に引続きまして開会いたします。どうぞお掛け下さい。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 先程ちよつとお答えしました通り耳を大変傷めまして、それで十二ぐらいのとき脳膜炎を患いまして、それで昨年の三月急性肺炎を長く患つて休んでおりまして、只今心臓を傷めております。今日お調べということでございますから、自分も却て病をおして來た方がいいんじやないかと思つて参りました。どうか一つ如何ようにでもどうぞお調べを願います。それから手前は江戸つ子でございますから、言葉の点に、精神的には敬語をと思つておりますけれども、どうも只今申した通りどつちかというと、まあそういうとアメリカさんに怒られるかも知れないけれども、非合法に近い方でございます。法律も何も知りませんからどもぞ一つ御勘弁下さい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの御経歴を簡單におしやつて頂けませんか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 私は本籍地は只今荏原にございます。生れは麻布の箪筍町でございます。そして兵隊に参りまして、それで兵隊に参る前に麻布の中等部という学校を出まして、それから岩田という塾へ入りまして、その塾が只今申しました撃劔だとか柔道の方が專門でございまして、外に何もございません。ただそれだけでございます。それから軍隊へ入りまして、それで爾來早川鉄治という方の秘書をいたしておりまして、俗に頑鉄という人のそれを長らくしたし、その外修養團体、日本経國会というものを組織いたしまして、そしてその方の会に誠心誠意……。その事業と申しますと、靖國神社の御奉仕とかいうものを專らやつておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 只今何をおやりになつておりますか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 私今日本食品と申しまして、醤油とか食品科学工業という方に自分は監査役をいたしておりまして、ざつくばらんに言うと、私の二号が会社をやつて社長で、私がその監査役をやつておるわけなんであります。(笑声)

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何か政治関係は……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 政治関係は、私は昭和二、三年頃頑鉄という人が……、爾來余り私は政党は大嫌いなのです。どつちかというと嚴正中立で、昭和四年か、東京第一区で立候補いたしまして、残念ながら敗れまして、それで爾來頑鉄のあれをして、いろいろな政治の……、その方が裏面の人ですからいろいろな方面にお出入りしてお使いをいたしておりました。そうして今回鳩山さんが自由党の総裁になつたものですから、友達が一つ應援会を拵えて鳩山さんを應援しようじやないかと、こういうことでありますから、それもいいだろうというわけで、自由党のクラブへ只今相談役として出入りをいたしております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 自由党の院外團の……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) そうでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 自由クラブの役員をしておりますね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) ええやつておりました。今はやつておりません。今大きな困難な問題を起したものですから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) パージ関係はどうなつておるのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それはございませんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたはないのですね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) ありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは大変司法部と御関係が深いようですが、どういうわけですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 私の私のおばあさんという人が大木喬任の親類でございまして、それでその伜の大木遠吉という人が司法大臣をしたものですから、それで大木さんの紹介でいろいろと司法部にも三十年來出入りをしたしておる次第であります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 主として檢察廳の方面ですか、裁判所の方面ですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) そうでございます。主に檢察廳だとか或いは裁判所の方にもお出入りしておることもございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) まあ出入りということは親しくしているという意味ですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) そうでございます。まあいろいろとやつぱし、私はどつちかと言うといろんな情報の方を、近衛内閣時代に情報をやつたりなんかしたものですから、まあ政治の話をして呉れないかというのでそういう話しをして、いろいろと申上げておりますもので……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたのお知合の人の名前をちよつと申上げますから、佐藤祥樹ですね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 窪谷朝之ですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから國宗榮、伊尾檢事。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 伊尾さんは存じませんでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お目にかかつたことないですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) お目にかかつたこともございませんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 岸本義廣、櫻井福美。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 福美さん、はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 出射義夫さん。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 出射……。存じませんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 出射部長、出射檢事とよく言いますがね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 出射なんて人は存じません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 出るという字に……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 出射さんですか。それは知つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 出射と読むのですか。渡邊檢事。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 渡邊さんは存じませんでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) こういう人とのお知り合の関係はですね。檢事局で述べられた通りですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) ええ、檢事局で申上げた通りでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その通りですね。それじやそれは略しますが、それから重政誠之、大野伴睦、松岡松平という人との関係も、檢事局で述べられた通りですね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) はあ、そうでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そのように伺つて置きます。それから日野原節三氏については申しておいでになりませんがね、これはどういう御関係で、お知り合いに……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 私は日野原さんという人は存じません。又見たこちもありませんです。今の昭和電工の……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 社長。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 大將でしよう。そいつは私は知りませんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 会つていませんか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 会つておりませんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) この人の名前はどこかから聞いておるわけでしよう。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それは重政さんからちよつと聞いたことがございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういう関係だけで外に関係はないですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) さようでございます。昭和電工は、私全然関係ございません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それじや先に檢事局で述べられた通りと伺つて置きます。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 昭和電工でいろいろな問題が起りましたですね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) はい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それが新聞紙上で発表されてからは勿論御存じでしようけれども、その以前から内訌している時分御存じじやなかつたのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それは先程申しました、私うちに寝ておりましたから、急性肺炎に罹りまして、大事にしているというので、ずつと血圧は二百幾つもございましたものですから、動かずにうちにおりましたものですから、内訌しておる時分のことは余りよく私存じないのでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 御承知の通り昭和電工はいろいろな問題が起りましてですね、それで昭和電工としては各方面にいろいろな了解運動をですね、まあ説明運動とか、それは分りませんが、そういう手段を講じようというので、各方面に運動を開始したらしいのですがね。あなたの方をお話のあつたのはいつ頃ですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 私のは六月の末辺りですね。重政さんからお話がございまして、それも……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 五月の初めか、四月の末じやないですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 私の方に重政さんが参りましたのは五月じやございません。六月の二十日過ぎあたりと私は記憶しております。それで自動車で、あの松岡さんの家へ來られて、それで私にちよつと來て呉れと、こういう話で、私休んでおりましたけれども、参つたわけでございます。そうしてまあ重政さんの言うのには……、続けてよろしゆうございますか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どうぞ。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 私にこういうわけで、その何と申しますか、米ができないことは、それはこの肥料だから、君は天下の一つ志士として、世間も廣いことだから一つ話をして呉れないかと、こういうわけでございました。それで私もです、伜が丁度……、まあ余談でもございませんが、まあ本筋の問題に入らないといけません。一人娘に聟が茨城から來ております。手前も聟を手傳つて百姓をやつてましたから、肥料のないことをよく存じておりますし、それじや大変窮屈なことだろうと、そりや自分も寝ていても外のこととは違うのだ、米のことだから、いくら陸軍のお偉いお方がアメリカさんから來ても、日本みずからやらなくちやいかんと言つておるくらいですから、それは私の知つておるところへは……。じやあどういうふうに言つたらいいのだ、私が重政さんに、どういうように言つたらいいのだとこう申したのです。そうすると重政さんの言うのには、大してお話はないのです。実を言うと、これははつきり私申上げます。ただ今申した通り米が取れないので、これは容易でないから、國家の見地からこう言うのだ、それは重政さん瞼を赤くして私に頼みましたものですから、私もああいうことの出る前ですから、立派な人だろうと思つて、そういう氣持に殆んどなつて、そりや我々も米の点は困つたことだと思つた矢先ですから、そりやこう言うのだ、それだけのことを話しに世間の廣い人だから行つて呉れないか、ただ話はそれだけでいいのだと、こういうわけなんです。それからよろしいというわけで私もです。この元檢事総長をいたしました中野並助さんというお方がおります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 中野並助さん。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) そのお方のところへ行つて、生憎二、三回留守でしたが、四、五回目に行つてですね、こういうわけで重政さんが言つていると、まあ結局今騒がれると、やはり昭和電工の人氣が落ちるのだから、一つあなたこれは方法ありませんかと私は言つたのです。そうすると、いやそれは太田耐造君に聞いて見たら大したことはないよと、こう言つたのです。そうですか、それならいいからと、それで中野さんの方はお暇いたした次第でございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それからあの窪谷さんのところへも行きました。窪谷さんの言うのには、そういうことは調べなくちや分らないと、但し松下……と帰りがけに、公私混淆はしないぞと言われた。それからどうもお小言を言われたと思いました。冗談じやない。公私混淆しないつたつて……そりやそうかも知れないと思つたが、この人にもう再び話したつてしようがないと思つて、さよならつてなことを言つて、それからまあ馬鹿々々しい話なんですけれども、役所に乘り込んで行つて、そういうことを言われたから、お話はいたしませんでした。長年、十年も友達ですから食うたり飲んだりはそりやいたしましたです。それから後は、櫻井福美さんにも今申した通り、こういうわけで君、世の中の表と裏を知らないで人を調べるのもなんだから、一應はこういうことというものは聞くべきことだと、そう言つて置いたのです。そうすると重政さんが言うのには、やはり若いお方にもこういう話はして置きたい、ところがそれも私は聞いたのです。私が相談したのじやないです。櫻井さんに、どうだ、あなたは人を調べるなら一つ聞いたらいいじやないかと言つたところが、それはいいことだし、そりや重政さんも何しろその時分には新聞にも何にも出ないですから、櫻井さんが、農林次官の重政さんという人は立派な方で違い方なのだから、そういうことでお会いしたいと言いますから、それじや君……、それも私の家の直ぐそばだものですから、じきくつついている、何町も離れていない所なのですから、帰りがけに寄つて呉れないかというわけで、お寄りして、ただ重政さんが今言つたようなわけで、肥料というものは、何しろ農林次官をした人ですから、百姓のお話は上手なもので、我々聽いていても到底私の方では判断がつかない、こつちは自分の家だから、まごまごして、あつちへ酒を取りに行つたり、まごまごしていたわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから外の人は……國宗さん……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 國宗さんですか、病氣をしておりますからお見舞に行きました。お見舞に行つて、どうだ、ときにあなたの知つている重政さんが國家の見地からこういうお話をしていると言つたところが、今病氣だからお前におれが聞いたつてしようがないと言うから、私もそれじや体を大事にして、さよならと言つて帰るより外はありませんから、帰りました。それで帰りがけに、私もちつぽけな家が、茨城縣の聟の家があつたから、そこへ來て、病氣住いですから、肺病ですから氣の毒だから、私はそれで訪問して來ました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 外には……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 外にというと後は何にもありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 外にあなたはいらつしやらないのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) はあ、後はさつき言つた佐藤さんですな、お知合の仲ですから、重政さんともたまたま……、重政さんもパージで大阪から東京へ、市中の家へ來たときに、私がたまたまお見舞に行つたのであります。大阪の情勢を、時に大阪の方はどうですかと言つて、世の中はどうもいろいろなことがあつてうるさいですから東京へ來られたというから、それから私がお話の序でに今重政さんからパージで動けないとこう言つたのですよ、それじや私も一遍重政さんをお訪ねして見たい、それじや重政さんの家を知つているかというと俺は知つている、何時の何日に御案内しようじやないかと言つて佐藤さんをお訪ねして、重政さんの所へお訪ねしたわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 一緒に行つたのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 私一緒に行きました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そのときもそういう話をしましたか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) そのときの話ですか、別に深い話は……、私はそばにおりましたから、ただ困つたことだと、その肥料をあれするということは、十一月までこれがまごまごしていたら大変なことだということをお話しておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 要するに昭電の会社の内容のことについてお話になつたのですね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 昭電の内容のことは申しません、ただ肥料問題のことだけは言つておりました。米が取れないということでございました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから岸本さんは……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 岸本さんとは会いません。これは北海道へ知つておりましたから。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 東京へ出て來たときに会つたのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 会いませんでした。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 出射さんは。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 出射さんという人はこの人は実は、最近ちよつとその問題でなく、私の友人の大久保留のパージとか何とかということでうるさいから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 大久保留次郎さんですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) パージで留がかかつたのですから、出射さんに櫻井さんの紹介で、すまないけれどもどうだい、一つ留もパージにかかつている見たいだから、何とか話をつけねえかと私が言つてやつたのです。本当の話です。こう言つたら引つかかるかも知れないが、引つかかつたら許して貰うようにお願いします。そう言つたら、どうも困つたもんだなあと言つて、それでお別れしたようなわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どうしようと言つたわけでもないのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) どうしようとも何とも言わない、うんと言つただけでございました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それで出射さんは昭電のことはお話しなかつたのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それは話しませんでした。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 渡邊さんは……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 渡邊という男は私は全然知らない、会わないです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 会わなかつたのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) はい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 伊尾さんにもお会しておりませんか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) はい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その他に檢察廳の関係の人にも会つておりませんか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 会つておりません。後で又間違うといけませんけれども、その外の檢察廳の方とは会つておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうするとお話の趣旨から行きますと、結局あなたにそういう了解の運動を依頼した方面は担任ですが、主として檢察廳方面の担任を受持つたわけですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 私の思いますのは、ただそれだけのことを勝田さんは世間が廣いから行つて呉れないかというものですから、それじやよろしいと言つて私はそれを引受けた。引受けたというのじやないがその意を受けてそれじやそれで行つて呉れ、それだけでいいならば我我もいい年になつて高等便利屋とも言えませんが、それからよし來たと、私は行つたことがございます。実はその外は、高等便利屋も本当のことを言うと……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何にしてもそういう方面は政界方面ではなく、司法関係方面を担任されたわけですね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) そうでございます。そういう方面へお話申上げて参りましたのでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それでは、先程六月とおつしやつたのですけれども五月二十六日じやなかつたのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 私は六月と思つておりますけれども、その点が違つておりましたらどうぞ、それで結構でございますから。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それでそういう運動ですから、了解運動されるには勿論費用も要りますことですね。それであなたに重政氏がお渡した費用をちよつと申上げますが……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) そこで委員長にお話申上げます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 一應申上げますが、それについてお答え願います。  昭和二十三年五月末頃か又は六月の初め頃三万円、それから同年六月上旬に五万円、中旬三万円、同年六月二十日前後二十万円、同年七月上旬頃十五万円、同年八月下旬又は九月初め頃に五万円、合計五十一万円をあなたに運動費としてお渡ししたというわけですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) その金高の問題はまだ私そんなだらしないことをしたくないですが、まだ公判しないですよ、それまでの間御猶予頂くことはできませんか。その金高の問題は何だか知らないと僞証罪に引つかかるというのですね。それはお調べになりますときは、私は飛んで來まして一切申上げますからそれまで一つ恐れ入りますが、この權八の顔を立てるというのじやないけれども、猶予して呉れませんか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 貰つたか貰はないかということは事件に影響しますか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それでお願いしますが、向うからこつちからと言われますと、頭がありませんから突込まれたら恰好が惡くなるので、六十のじじいが頭を下げるのですから一つお願いします。(笑声)

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 数字をおつしやるということはいけないのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) ちよつと言いにくいのですから、卑怯見たいですが重ねてお願い申上げますからどうぞ一つ……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 金をお受取りしたのは事実ですね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それは事実です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 勿論それは運動する費用ですね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それは差配代なんかに使つておりますから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは個人でお使いになつたのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 皆んな差配代であつちへ使つたりこつちへ使つたり、やはり我々は何といいますか、あるときには威勢がいいし、おい來たというわけで飲んだり食つたりしてしまいますから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それじやこの点を確めて置きたいのですがね、こういう趣旨のことを頼まれておるのでしようかどうかお伺いして見たいと思います。  第一は、昭和電工の問題ご議会でも取上げられておるが、電工から芦田総理を政党献金をしたという噂は間違つていると思つている、その訳は議会で問題になる前から日野原は芦田さんの人柄に好意を持つていないし、芦田さんを支持しておる菅原通齋氏とはそりが合わないと聞いておるからだ、自由党贔屓の日野原の問題を自由党が不当委員会で問題にするのは誠に困つたことである。  第二に昭和電工は月産一万五千トンの肥料を作るまでになつた、これは日本の全生産の三割に対するもので戰災で工場の八割をやられた電工を今日までに持つて來た日野原の功績は非常に大きい、電工の交際費や渉外費が問題にされておるが、月二百万円の交際費といつても平時ならば二、三万の金に過ぎない。これをかれこれ言うのはよくないことだ、渉外費については何も電工に限つたことでない。大会社ならばそれ相当な渉外費を使つておるのだ。これも問題にすべきではない。このような実情を関係方面に話して了解を得て貰いたいと申し、特によくよくのことがなければ日野原君が拘引されることのないように関係方面に話して貰いたい。拘引されてしまえば後で無罪になつても、そのときは社内は動搖するし金融も詰つてしまう。そうなれば十一月頃には完全に行き詰つてしまうと念を押して頼みました。こういうような趣旨の話が……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それは私、強つて申上げますが、絶対にございません。そういうことに文句を言つたつて私には分りません、ただそれだけを簡單に聞いたのであります。先程來しばしば申しました通り、國が困るから、食糧問題をなんとかしなければならんと。数字なんか聞かされたり、やかましい話になると、私はこういう分らない男ですから、それだけの話をしたらいいんだと、数字なんか分らないから、何がどうで、どうだこうだということは、私は実際に分つておりません。誠にお氣の毒な話でありますけれども……、

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それでは、日野原が拘引されては会社の金融が詰つてしまうから困ると、だから拘引されんように一つ了解して貰いたいと、こういう点はどうですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) その点も、一切私には昭和電工に関係しなかつたんですから、直かに頼まれたものでない、又もともと重政氏に関係があるということをおつしやつたのではないから、奴が捕まろうと会計はどうなるわけではない。ただ米さえ出させればいい、こういう單純な男ですから、おいそれとやつたわけで、会計がどうとかこうとかは知りません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 併し今のあなたが仰せられた点からいつても、肝腎の社長が引つ張られてしまえば肥料ができなくなる、米が取れにくくなるというのではありませんか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それは重ねてその点に対して申上げますが、私は社長さんが引つ張られようが構わないが、要するに肥料さえできればいいと、常識的に今委員長さんに言われれば、社長さんが引つ張られればこうだというお話をすればそうかも知れません。ただ私はその時は、そういうと、自分のことをうぬぼれるわけではありませんが、こつちは洋服まで破られて川崎の線まで行つて、あの辺に昭和電工という会社があるだろうと思つて、山の手線ばかりでなくその電車に乘込んだ、こういうわけで、どうだ、昭和電工はごたごたしているが、一生懸命にやれと言つて、変な野郎がどうだこうだと言つて、財閥のなんとかを持つとか言つたら、若い奴らが四、五人かかつて來ましたけれども、どうやらこうやら追つ拂つたようなわけで、実際社長さんなんという人は見たことも聞いたこともない。私は一枚だつて昭和電工の株券を持つているわけでありませんから、ただ重政さんにそれだけの話を聞いて、國に肥料がなければ米が取れなくなるからと、それだけの話をして呉れと言つたので話をした。深い話は委員長さん、御覽下されば分るように、私は鏡のようなもので、この權八はそれだけの男かどうか、喧嘩ならなんですが、やかましいことはそれだけのことですから、近所で聞いて下されば分りますから、逃げも隠れもしない男です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 檢察廳の方面へ運動をお願いするということになれば、結局はそういうことがはつきり言われたか、言われんか知りませんが、やつぱりそういうような、引つ張られんことを事前に了解を得るということになるのじやないかね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それはあれですな。やつぱり委員長さんのおつしやる通り、事前にそれは私が話した。重政さんは、どういうお氣持であつたか知れんけれども、私は、ただそれだけだと言いますから、それだけのお話をして戻つたわけです。それだから引つ張られても、そう言つちや失礼だが引つ張られても、格別なんの関連もなかつたわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたが先程お話がありましたのですが、そういう檢察廳の各方面へいらつしやつてお話をなさつたと、その結果を重政氏に報告をしなければなりませんね。報告をなすつたのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それは重政さんに、こういう方はこういうように言つていたと、窪谷さんは、それを調べて見なければしようがないとかいうお話はいたしましたです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたが重政さんに報告をされた言葉をこれから申上げますが、それに対してお答えを願います。  松下は私から金を取つて運動をしてくれたことになつておりますが、私は松下を信用して、金の使い道を問い直すようなことはしませんでした。松下は最初に私が運動を頼んで、幾日も経たない時、窪谷檢事に頼んで見たが、困つたことだという返事であつたと私に知らして呉れました。その後、前に申上げた通り、私方に出入りして、いろいろな話をしておりますが、書留めたものもなく、何日どの話しをしたか、どの話しをしたために、どの金をやるようになつたか、判然申上げることができませんが、私の頭に残つていることに次にお話し申上げます。日附けから言うと、前後しているかも知りません。松下は、東京地檢の檢事正や、次席には何日も接触を保つている。特に緊密な連絡のある檢事として、窪谷檢事、出射檢事、伊尾檢事、櫻井檢事の名前を聞いております。警視廳の調べでは、日野原のあらゆる行動について、なんでもかんでも調べるというような方針であられるような情報を聞き、新聞の記事等からも、それと疑わるるようなことがあつたと思います。事件は勿論檢察廳の手に移つているし、警視廳が勝手に捜査をする場合があるとしても、最後には檢察廳の方針で決まるのではないかと思いましたので、松下に会つた時、檢察廳はどういう考えでいるのかと尋ねました。すると松下は、何日か後に、檢事の名前は申しませんでしたが、檢事から聞き出した情報として、檢察廳の捜査方針は、電工の資金関係は、どうしても洗わなければならないが、日野原について、洗いざらいやるのではなく、電工の関係に限られているとのことでありました。又或時日野原が勾引された後だと思いますが、日野原の勾引について、特に頼んでおいたのが、松下はなんの連絡なく、日野原が勾引される朝、私方に來て、非常にそわそわしていたことがあり、私もそれと察したのですが、そんな事情であつたから、松下の怠慢を難詰したことがあります。すると同人は、証拠が挙つたためにどうにもしようがなかつたのだと答えました。又或る時、松下は江の島へ、檢事正、次席檢務長官の木内さんと一緒に行つて、飯を食つたと申したことがあります。松下は三人を御馳走してよく頼んで置いたと云う趣旨に私は受取つておりましたが、その席でどのような了解を得たか申しませんでした。又松下は電工の係檢事の伊尾檢事、出射部長、櫻井檢事等を二、三回熱海に案内して飯を食わせたと話した事があります。そのときは松下本人も同行したような口振りでした。私としては、関係檢事をこの事件で御馳走して了解を求めたと受取つておるのですが、其の結果こういう話であつたか聞いておりません。私は昭和電工の新聞記事で河合檢事の名前を知りました。私は松下は河合檢事が主任でやつておるようだが、河合にも了解を得る必要はないかと申しますと、松下は、彼は未だ若い檢事ですと、余に問題にしない態度でしたから、私はそれではいけないと思つてしつこく了解を求めるようにいいました。するとこの後松下は河合檢事に会つてよく話をし、了解を得て來たと申しました。その他詳しく覚えておりませんが、政界では幤原さんに一、二回行つて來たように話しておりました。以上のような次第で松下が私に報告したような事を眞実して呉れておるものと信じて居りました。殊に松下が私方に來て、一緒に丸ビルへ行くために自動車に乗車したとき、屡々日比谷公園の角で松下だけ下車して檢察廳に行くのだと申しましたから一層信じていた訳ですと、こういうようなことを言つておりますが……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それを申上げます。全然そういう馬鹿々々しいことは……それがために私がぶは込まれたのです。重政さんがそういうことを言つたために、私が四十日間もぶち込まれた。本当のところを申上げますと、それですから、その点に対しては私が最高檢察廳の竹内さんから相当きつい御質問を頂きました。併し私は終始一貫です。それに対して全然あそこへ只今申した通り、江之島とか、或いはどこへ行つたとかいう、そういう意味ではございません。全然それに対して……それだから私がぶち込まれたのです。全然そういうことはございません。  それからもう一つ日比谷公園の角だと言つた、警視廳の手前ですが、それはこういうわけでございます。これも一つ反証を差し上げたいと思つております。私の永年お出入りしております、九條道秀樣という公爵……皇太后樣の御実家で、この方のお嬢さんが、この間何かお間違いがございましたけれども、このお嬢さんは……私の友人の原田という人が秋山定輔さんのお坊ちやんにお世話しようと思つて、たまたま九條さんにお嬢さんがあるなら、早くお嫁にやつたらどうかということで、それでは嫁にやろうというので、九條さんが皇太后さんに……それこそ畏れ多い話ですが、皇太后さんが間違いないお話で、九條さんが生きておるのですから、間違いがない。それは実は伯母君から聞いて見ると、容易ではない、お前の家へあれしてやりたいけれども、嫁にやるところがあるならば、かたずけるということですけれども……そこで私が御皇室の衰微していることは情けないと思つて、それであの衆議院の停留所がございます。あそこの停留所のちよつと手前先に霞ヶ関の柳の井戸というのがある。あの井戸の下へ下りて拜むのは……草がぼうぼうと生えておりますが、その手前で私が双手を合せて、御皇室の衰微を如何になげかわしいかとして、私は誠を以て申しますが、本当に心から拜んだのです。それをあそこで一々喋々しく言えませんですから、それで自分は御皇室の御回復を一生懸命に拜んだ次第でございます。それをいろいろと、そういうことも、そういうことも私の不徳のいたすところかも知れませんが、どこへ行こうとか、ここへ行こうということをおつしやつたためにこれをやられたんです。実を言うと、詐欺だとか提燈だとか言われた。私の調書を御覺になれは分りますが、この金は文句なしにお上に上げるのだ、おれの自由だとおつしやつた。然るに私がここでそんな馬鹿々々しいことを言うぐらいで、三十年も出入りできません。そう少し氣の利いた男になつておる。私の家を御覺になれば分りますが、本当にぼうぼうした家でありますから……さよう……以上申上げたような次第でございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) すると結局お金を受取つた趣旨はどうなりますか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それは私も困つておるものだから、重政さんが、松下君、これを持つて行け、要するに君も政治家として浪人しておるし、一つ金を持つて行かないかというので、これは快く受けたわけです。私はあの人を、自由党の重政を総裁に担いでおるということは自他共に許す人で、天下の我々の総務であるし、あれだけの地位のお方が持つて行けという金においては、それは喜んで私も何の意味もなく軽い意味で受取つたわけでございます。この代り私も一生懸命あの人を早く問題の解けるように神樣に祈つた。自分が動けないと言うから、氣の毒だから、私は方々の神樣にお詣りに行つた。実を申しますと、それだからそれがためにぶち込まれたわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、受取つた金の大部分というものは運動のために使われたのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) そうでございますよ。私はそういう方面に、やはりあつちへ行つたつて、こつちへ行つたつて物が高いので、それですから自動車で浅草の観音樣へ行つても、武藏小山へ行つたつて三千でも五千でも軽く取られる。それで私は体が惡い、息切れがするくらいでございますから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それでこういうお会いになつた檢事に物をお送りになつたのですね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それは窪谷さんに米とか或いは酒とか、私も亦あちへ行くと、酒を御馳走になつたり、配給の罐詰を貰いますから、こつちから何とかして罐詰の一つも贈りたいというのでやりましたでございますよ。何しろ古い御交際をしておるのですから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お上げした所は窪谷さんと……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それから櫻井さんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 両方ですね。冷蔵庫は……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 冷蔵庫も上げました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 両方ですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) そうです。それでお金を皆貰いました。この間帰つて來まして、私が出て來たら、窪谷さんが、中村さんという弁護士さんを通じて、十一月八日でございます、あとの残金……私はまあお世話になつておるから、私の氣持は或るたけならば安くうまいものを世話してやろうと思つていたのです。ところがやはり先に五百円貰いまして、あとの五千五百円も現なまで貰いました、櫻井さんは品物を返して、その代りこつちは五百円返しました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 時價五、六千円もする……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) そうでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どうして五百円とおつしやつて五百円を取つたのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それはざつくばらんに言うと、私もお世話になつておることだし、冷蔵庫もなくて奥さんが氣の毒だから、何とか一つ変つたものを差上げようと思つておる矢先に、冷蔵庫が欲しいというから、それじや一つ冷蔵庫のうまいものを深してやろうと思つて、別に実は金を貰うつもりでやつたわけじやない。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 初めから皆上げてしまうつもりですね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) そのつもりでいたのです。それに間違いないと思いのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 五、六千円のものを上げるということは普通の遣い物じやないですね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) ですけれども、五、六千円の遣い物は、委員長さんから思いますと、そう思うかもしれませんけれども、何しろ我々からそう言つちや甚だあれかも知れませんけれども、年中行つて、酒やそれから罐詰を貰うし、どうも奧さんは寢ておられるし、成るだけ安く言つてやろうと思つて、私も会社の方に関係がありますから、そこから買えば安く買えるのです。それで実は月賦でと思つていた、本当の話……。だけれども、この月賦もお金を頂くつもりじやなかつた。だけれども、窪谷さんがそういうわけで金を返すというわけで頂いたわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは皆あなたが先程のお金から……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) そうじやございませんです。それは丁度運が惡く私が金がありませんでしたので、そう言うと馬鹿々々しい話ですが、布の、これもこういつた所で言いたくはないのですが、五反田に私の愛人がおりますので……、どうか一つ御勘弁なすつて下さい。愛人から、ちよつと済まないけれども、金を貸して呉れというわけで、金を借りてそれで実は立替えて貰つたわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたが櫻井さんとときどき会食されておりますね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それはときどきでない、そのときに初めて会食一回いたしました。それはですな。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 櫻井さんと会食されたことは、二十二年の十二月の下旬ですね。櫻井氏の宅で、それから一月に一回、それから三月に一回、五月に一回、七月に二回ですか。外に一回あなたのお宅で……こういうことになつていますね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから櫻井さんのお宅で八月に二回、それから九月の初に重政さんのお宅で一回、これだけ……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) やつております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 会食されておりますね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから窪谷さんとは桂で会食されたのはいつですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 桂は私は余り記憶がありませんが、まあ二、三月頃じやないかと思つております。寒い時分だじやないかと思つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) これは松岡氏とあなたと窪谷……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 桂というのは三田の婆のうちでしよう。ええ一緒に入りやがつた。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなた方しよつちう入るところでしよう。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 私はそんなに行きやしませんよ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あそこで二千五百万円も使つているそうですから……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 私は一回しか行つたことはありません。婆に聞けば分ります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたはいいお得意でしよう。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 我々は人相が惡いから駄目ですよ。実業界か何かならいいですけれども、名前聞いただけで向うが逃げてしまいますから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 五反田の桂の別莊、そこにいらつしやいましたね、五月の二十一日に……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 一遍行きました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから五月の二十六日に松岡さんの宅で窪谷さんと会われた……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから六月の四日、窪谷さんと重政さんのうちで……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 六月の十三日、窪谷氏の宅で……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 六月の十六日、それから六月の二十二日、それだけ会食されておりますね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) はい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) これはどういう目的なんですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 別に目的も何もない、櫻井さんはすぐそばだし、私もあそこへ行くと余りに近所でくつついておりますから、私も孫を連れて行つたり、そういうふうに会食を……会食したと言うと体裁がいいかも知れないけれども、別に何も酒だつて沢山飲んだわけじやない。一合か半分、元來私は酒は弱い方だし……。あそこで「あわび」か何かを大量に私は頂戴したものですから……。大した別に会食したと言えばしたようなものの、そう何も恩を着せられるようなものじやないですから、私は覚えてないですよ。だけども向うは檢事樣だからよく覚えているでしようが……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 酒を持つて行つたり、お米を持つて行つたり、魚を持つて行つたり相当材料は持つて行つていますね、お砂糖を持つて……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 別に魚だつて、先生、私が田舎で「ふな」を釣つたんですよ、つまらない魚です。向う樣から貰つたのはこんな大きい「あわび」、干したやつ。それは櫻井さんも二十五程頂いた。それは私は頂戴いたしました。それでよく櫻井さんが風呂へ入らないか、私は家に風呂がなかつたものですから、それはドラム罐で、けつが火傷をして、火傷したとも言えない。仕方がないから入つていると、どんどん燃すものですからたまつたものじやない、本当を言えば……。出れば風邪を引く、そんなことを言つたつてけつを火傷をする、平つたい話をするとそういうわけなんです、実を言うと、そう言うと櫻井さんが怒るかも知れませんけれども、本当の話をすると……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) しばしばおいでになることは、結局いろいろな情報を聞きただすというためじやないですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) そういう意味じやない。どつちかというと、別にああいう若い人に聞きただそうと思つて言つても、そう言うとあれですが、なかなか今の司法部の人は頭が進んでおるし、頭が違いますから、私たちは極く旧式な頭で、おい來た、おいというわけで世の中を通つておるのですが、今はなかなか規則がやかましいし、下手なことを言うと、その方のとんでもない御迷惑になるということも知つておりますから、却つてその人を困らせるよりも、綺麗にお附き合いでいた方がいいだろうと思つて、私は行つても別に大した深いことも言いません。馬鹿話の一つもして、面白い話をしてどうだいというようなことを言つて、向うも私たちのことを変なやつが世の中に生き残つておるという氣持でいたでしよう。大して頭に置いていなかつた。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうして面白い話をしていらつしやるうちに要領を得てしまうのじやないですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 要領を得るも何も、私は昭和電工の、先程言つた通り何も社長が引つかかろうと首を縊ろうと、別に関係ない話だと思つておりました。ただお世話になつた重政さんのお話だから、それだけことずけをしたわけであります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 重政さんもあなたにお話する以上、相当切羽詰まつてのお話でしよう。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) そういうように委員長さんがお考えなされば、それはそうかも知れません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたのお氣持はどうか知りませんけれども、重政さんの方としては相当重要なことであつて、あなたに全的にお願いした……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それなら重政さんに、平たく言うと、実は俺は昭和電工に関係があるのだ、そうしてこうだとおつしやられれば、又やりようもあります。自分は綺麗になつていらつしやるのだから、俺は関係ないのだ、だから肥料問題がこうだと言つたし、それだけの話をしておつた。今調書を見ると、ああでもない、こうでもない、こう言つておる。それでふん縛られて詐欺だ提燈だということになつておるのであります。初め言つたように、檢察当局で言つたように言つてくれれば、ふん縛られるようなことになりやしない、本当のことを言えば……。それも結局は私の不徳のいたすところであります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 大体受取られたお金はどういう方面にお使いになつたのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それは今言うた若い者も來ましたから、若い者にやつたり、いろいろな方面に、皆困つたやつは金もございませんから、要するに配給物が今來たからどうでこうでと言うから、そういう方面にも金をくれてやりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 特に櫻井さんと窪谷さんと重政氏に紹介して交際を深めて行つたということは、どういうわけですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それは先程言つたように、重政さんの言うのには、若い檢事さんにこういう話を聞かしたいと言いますから、私が、それは櫻井さんという人はうちの近所におるけれども、若い人だけれどもなかなかしつかりしておる人だ、そうしてそのお方に話した方がいいでしようというわけで、櫻井さんにそのことをよく申して櫻井さんに会おうということでお会いになつたわけであります。それで私のうちで、何もないけれども俺のうちへ來て一杯飲んだらどうだというわけで、それで櫻井さんも午後の七時頃に見えまして、そうして数時間の間にお帰りになつて、それから私が櫻井さんに、向う側が來たのだから、こつちも一遍お尋ねしようじやないかというので、一遍お尋ねしたわけであります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それでは昭電の話……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それは昭電の話も何にもありません。ただ私のうちへ來て初めて会つたとは今申した通り、櫻井さんがこれこれこういうわけで、ただそれだけの話を外の見地からよく聞いて頂きたいというわけで、それは頼もうもすうとも言いません。ですから窪谷さんも御承知だろうと思つております。又私もそばにおりまして下手な馬鹿なことも……さつき言つた通り、そういうことは公私混淆しないと言つているのですから、下手なことを言つても仕方ありませんから。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) けれども、少くとも昭電の内容、若しくは昭電の輪廓だけでもお話しになつて、そういう知識を……。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それは櫻井さんとしたら、そういう知識を得たかつたかも知れませんけれども。又得たかも知れません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それによつても了解はつくわけですね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それはそのお方のお考えで、やつぱりどういうお考をなさいましたか、その外の肥料のことを何か話しておりましたから、よく私にも……。逃げて私が言うのじやないのですけれども、ああいうお方たちは小さなお話をしますから。我々みたいに金のお話はしませんけれども、ああいう人たちは話が小さいから、ついどうも聞き取れませんから。委員長さんに言つて置きますけれども、私は卑怯で逃げるのじやございませんから。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 要するに、そういう國家的の見地から、肥料の重要性というものを十分係檢事若しくは檢察関係の人に吹込むということが大きな目的だつたのですね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) ええ、そうでございますな。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから、それ以上には話は亘らんというのですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それ以上には別に話はしておりませんでした。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それでも目的は達せるわけですね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) それはお考えようで、それだけのお話をしたということは、先程言つた通り重政氏としては熱心でございまして、今日になつてこうして見ればそれは無理もない。私はその時は何にも知りませんから、ただ國家の見地からだというから、本当に國家の見地からだと思つて、又米がなければやつて行けませんから。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 大阪の檢事長の佐藤氏と重政氏と会つた時にやつぱり昭電の話をしているのじやないですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) いいえ、それは私そばにおりましたけれども、昭電のお話はいたしておりませんでした。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなた檢事局にそういうふうに言うているのじやないですか。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) いやそれは言つておりません。ただ帰りがけに佐藤さんが、重政君が何かごそごそ言つているようだ、よく俺には分らない、お前も下手な使いをするなよということは言われました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 佐藤さんはあなた見たいにざつくばらんな人ですからね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 下手な使はするなよ、ええ大丈夫だ、それだけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたと氣が合うのですね。

松下權八自由クラブ員

○証人(松下權八君) 誠にどうも済みません、忙しいところを……まあ体も疲れておりますから、助けて呉れませんか。どうもやられても仕方がないのですから。どうも申訳ありませんでした。有難うございましたね。    〔証人重政誠之君著席〕

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 御経歴を一つ簡單におつしやつて頂きます。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 大正十二年に学校を出まして、それから当時農商務省でございましたが、農商務省に入りまして、それから昭和十九年に農商務次官をやりまして……であつたかと思いますが、それから二十年の四月頃に辞めまして、それから又同年の八月でしたか、九月でしたかに農林次官になりまして、それから昭和二十年の十月に農林次官を辞めまして、それから同年十一月に日本肥料の理事長を拜命をいたしました。そうしまして二十二年の五月の十日でしたかなんかかに追放の指定を受けました関係上、それを辞めまして、それから今日に向つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると現在は何をおやりになつていらつしやいます。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 現在は三興実業株式会社という小さい会社の役員をやつております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 大日本肥料の方は御関係はどうですか。理事長ですね。それはもう全然関係はありませんね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 現在は全然関係ございません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 日野原さんとはいつ頃から御関係があるのですか。お知合いですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 日野原君とは私が日本肥料の理事長になりまして、日本肥料の理事長になりますと、日本水素の相談役になる例にずつとなつておりました。それで私が日本肥料の理事長に就任と同時にその相談役になつたわけであります。日野原君はその前から日本水素の重役をしておりましたので、そういう関係から知つたわけであります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その会社の関係以前は御存じなかつたのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) さようでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 御承知の昭和電工の事件が表面に出たのは昨年の五月二十四、五日でしたが、家宅搜索から表面に出て参つたのですが、その以前から内訌しておつたことは事実ですか。いつ頃からその事件についての内訌関係を御存じだつたのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) はつきりしたことは覚えませんが、三月の終りか四月頃にそういう話を聞いたように覚えております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どなたからですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは一般的に、その前の社長森君の一派がいろいろ日野原君の失脚を策動している、こういう話を聽いておりましたが……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 昨年の二月頃に、すでに各工場が闇事件で摘発されたりなんかしておりますね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 何か、秩父工場に闇があつたというようなことを新聞で見たことがあります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから、各所から投書も相当関係方面に出ているというようなことで、社内においては、それに対する対抗策というようなことについて腐心しておられたのでございませんか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そういうことは、よく私は存じませんがね。そういう詳しいことは……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、日野原氏からあなたに、そういうことについて、善後策について御相談があつたのじやないのですかね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それはずつと後でございまして、確か五月の中頃ではなかつたかと思いますが、自分の立場を一つ各方面へ釈明して貰いたいという話が……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その依頼を受けてから、あなたがいろいろ活動なさつたわけですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) さようでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それ以前に、あなたが自発的になさつたことはございませんか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは、特にその釈明を先生のために、日野原さんのために私が積極的に活動したというようなことは、それ以前にはございません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 結局あなたが本件について、いろいろ了解運動とか、釈明に立廻られたとか、惡い言葉で揉消しとか言つておりますが、その目的はどうであろうと、そういうことにタッチなさつたのは、日野原氏が依頼してからですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そういうわけでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それ以前にちつともないのですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それ以前には、先程委員長の御質問の際に申述べましたが、私はその事件をまあ聽いておりましたから、四月頃じやないかと思いますが、多少氣の毒だとは思つておりましたが、会えば、雜談に話が出れば、そういうことはない筈だとかいう程度のことを言つておりましたけれども、特に先生の立場を釈明するために、私が動くというようなことはございません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、その依頼があつたのは、昭電の本社の家宅捜索の以前ですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 本社の家宅捜索は……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 五月の二十四、五日ですか、五日ですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それ以前です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その前ですか。五月の初旬頃ですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 五月の中旬頃です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 中旬頃、そのときに日野原氏からどういうようなお話がありましたか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そのとき、はつきりしたことは覚えておりませんけれども……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 要旨は。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 要旨は、森君一派が、いろいろ言論界を初め各界に相当運動をして、そして、一つは政党献金の問題があると、菅原通齋氏を通じて民主党方面に多額の献金をした、政治献金したということ、それから、第二は、復金の融資が不当に電工になされているということを宣傳をして、自分の失脚を計つている、これは事実に反するから自分の立場を釈明して貰いたい、こういうことが大体の要点だと記憶しております。これに対しましては、私は第一の政党献金の問題は、これは日野原氏自身もそうでないということを言つておりましたが、私自身もそうではあるまいと現在でも信じているのです。それはかねて私の聞いているところでは、これは日野原君自身の言葉でありますが、菅原通齋氏とは自分は会わないということをかねて言つておつたのでありますが、そういうことはない筈なんです。それから何も日野原君が特に民主党にどうとかいうような関係も私は聞いておりませんし、だからこれは日野原君自身が言う通りだろうと実は信じております。それから第二の復金の融資の問題でありますが、これは私が日本肥料理事長時代に、政府の命令によつて農林中央金庫の金を終戰後直ちに硫安工業、石灰窒素工業の復興のために融資を命ぜられまして、そうして私は自分でやつたことがあるのです。これは農林省、商工省、安本などが相談をして、肥料製造業組合の案を檢討して、そうして四半期別に、月別に各社別の融資金額というものを決めまして、而もそれが各復旧設備ごとにその金額を決めて、そうして日本肥料理事長に通達があつたのです。それに從つてまあ貸しておつたのです。それがその経驗から行きましても、どうも特に復興金融金庫がそれを二三にするということはできぬ筈だと、私は私の経驗上考えておつた。而も復興金融金庫の貸付は、いろいろ幹事会とか、或いは各省の委員会とかいうようなものがあるという話も聞いておりますし、なかなかそういうことはできんのであるから、不当融資というようなことは、これは考えられん。こう私は考えておるのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうするとその二点についてどういう方面へ了解運動をして呉れという依頼があつたのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) これはどういう方面という限定をしたわけではないわけなんです。まあ私の交友関係と申しますか、知人関係が相当廣いことを彼は知つておりますから、特に限定をして頼むといつたわけじやないのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると一般に、そういう各方面へ了解運動をして呉れというような趣旨の話……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 釈明をして貰いたいという……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 釈明をして貰いたいという話があつたために……そうすると、その先はあなたが選定されたわけですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そういうことでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どういう方面へあなたはなさつたわけですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それで、私は私のところへ訪ねて來られる方々にはお話の末に、まあその電工の日野原君の問題を釈明をしてやりまして、從つて言論界、新聞記者の諸君とか、或いは雜誌記者の諸君等にもそのことは話はいたしました。それから官界の方面に直接に私が釈明をして廻るというわけにも参りませんし、丁度松下君を私が知つておつたものですから、それで松下君に私が頼んだわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 官界というのは司法部面ですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それからその他は。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) その他は、これといつて私は特にやつたことは記憶しておりませんが。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 政界方面、議会方面はあなたの方でお話しになつたわけですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 政界方面は特別にやつておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたが、今問題になつておるのは、その方面が問題になつておるのじやないのですか、刑事事件の方は。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それが一つでありますが、それは五月中旬前の話です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういう疑いを受けておりますね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) ええ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それはその趣旨に基いて動いたものではないとおつしやられるのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 今のは五月中旬前の話になつておりますが。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) この政界方面のは……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) ええ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは日野原氏の依頼に基いて、そういう了解運動の範疇には属しないというのですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 私はそういうふうに考えております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの御意見で結構ですが。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そういう点は、今丁度公判中でありますから、いろいろ詳しいことは一つお許しを願いたいと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、政界方面は、目下そういう疑いで事件になつておるから、これは除いて、あなたの官界方面、即ち司法部面に対する了解の運動は、どういう方法でなされましたか。今松下君に頼むというのは頼み放しですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは松下君に頼み放しでした。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 一任し放しですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 基本的にそういう話をなされるには、相当費用も要るのですが、その費用は日野原氏から出ておりますか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは日野原君が私のところに持つて來たのです。実はそういう少少のあれは、私は自分でやるという話をしたのですが、それではどうも誠に心苦しいからといつて、先生が置いて行きました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どのくらい持つて來ましたか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そういうことも一々……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) こちの面に関係がありますから、お尋ねしたいのです。それはあなたの事件には関係ないでしよう。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) これは関連しやしないかと思いますが。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それからまあ出た事実だけですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) ええ、日野原君が持つて來て、私が預りましたのは、最後の分を除きまして七十万円くらいになりますが。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 現金ですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) はい。それを一應私が預つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 最後の分を除くというのは、どういう意味ですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) これは又少し意味が違います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 七十万円は、そういう費用に充てたわけですか。概念的にどいういことに使うという意味ではなくても。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、司法部面に了解運動のために使われたお金は、五十一万円と檢事局でおつしやつておりますが、そうですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 司法部面で使つたというと。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 要するに松下に渡した……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 松下君にやりましたのは、はつきりは実はしないのですが、檢事局でいろいろ言われて、結局計算をして見れば、そういうことになつたのでありまして、大ずかみにしまして、私の記憶では四、五十万円は数ケ月間に、先生に渡したのじやないかと思つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 檢事局で述べられておるのは、五月の末頃を初めとして、八月の下旬又は九月の初旬までに六回に三万円、五万円、三万円、二十万円、十五万円、五万円、こういうような数字で合計五十一万円、松下君に渡しておる。こういうようにお述べになつておりますが。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その費用は、結局そういう司法方面の運動を松下君に一任したわけですから、それに使つて差支ないわけですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そうです。これは松下君にやりましたのは、私が松下君に頼みまして、松下君はまあ足代や飲み食いの代は出して貰いたいということを言つておつた。それは無論そうだろうというので、六回ですか、七回ですか、それはよく私も覚えておりませんが、とにかくときどき先生にそういう意味で小遣い的にやつておつた。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういうようなお金を渡し、それから松下氏にそういう部面を一任したとおつしやるのですが、その目的はどういうところにあるのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは先程も申上げました通りに、日野原君の立場を釈明をする、こういうことにあるわけであります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 釈明をする……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 特に搜査方面の情報を取るとか、事件を揉み消すとか、或いは逮捕を阻止するとかいう積極的の意図があるのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そういうことは別に考えておりません。これはもう私も長い間役人をやつた経驗があるのでありまして、何もできんことをでかすように頼むとか、機密を洩してどうとかいうことは、それはできないことは分つておるのですから、そういうことまで、決して私が意図していたしたものではありません。ただ日野原君の立場を釈明をして貰いたい。まあこういう意味であります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、結局釈明した結果は、その釈明が十分了承して預ければ事件にはなつて來ないわけですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは、そういうことになりますね。併し事業が、今私が信じておりますようなことと反対のことがあるなら、これはどうも止むを得ない。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 併し、あなたの確信を持つておられる事実の通りだとすれば、事件にはならんわけですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) と思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) まあそういう趣旨の下に、よく檢察方面に了解して貰いたい。こういうために了解運動というものはなされたわけですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 了解運動といと語弊があるのですが、私が松下君に頼みましたのは、先程申上げます通りに、一部の策動によつて失脚を多くさすのは氣の毒だ、その策動の趣旨の、先程申した二つのことについては、それはどうも眞実でないようだから、日野原君が今日まで肥料の復旧に貢献したところは極めて大きいのだから、どうぞ先生の立場を一つよく釈明をして貰いたい、こういう趣旨であります。それ以上を特にどうして貰うとか何とかいうことは、私は先生にも頼まないし、望んでもいなかつたわけであります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから特に言わなくても、あなたのお考えのような趣旨が向うに透徹すれば、了承できますれば、事件にはなつて來ないわけですね。そういうことは期待されるわけですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 併し事実がそうでなければ……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは仕方がありませんけれども……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 止むを得ないのじやないかと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 少くともそういうことをよく含んで貰いたいということは、あなたの方の希望することですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) これは希望して見たところで、当り前のことをやられるより他ないのじやないかと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから特に日野原氏を勾引をしないようにということをお頼みになつたのじやないですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いや、特にそういうことは松下君には頼みませんでした。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは檢事にお述べになつたところではそう言うていらつしやるようですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そうですかね。私記憶ございませんですがね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 檢事にお述べになつたときは、そういうことを言つていらつしやるのですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) これはあなた方御経驗がないでしようけれども、僕があそこで言つたのは、全然惡意がなしに全然違うことを言う場合もありますし、それは私は全然記憶がございません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 松下君に頼まれまして、そういう運動の結果の御報告があつたのですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) ときどき聞いておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 報告の要旨は檢事に述べられたような趣旨ですか……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 報告というのが、松下君のことですから、どこらのことやら実際は分らないですね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 眞僞は別としまして……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 眞僞は無論そうでありますが、こういうことも、先程ここでお調べになつたのだろうと思うのですが、殊にときどき來て話すことが纏まつての話じやないですから、非常に断片的な話で、私どういうことを申しましたかそれもはつきり私は覚えておりませんですけれども、恐らく断片的のことを申しておりますれば、そういうことだろうと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 勿論断片的にですわね。纏まつた情報じやないですから、だれそれ檢事に会つた場合にはどうとかというようにときどきの報告ですが、それを七項目ばかり述べていらつしやいますわね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) ははあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) ちよつと読んで見ましようか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 御記憶になければ。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) はあ。    〔専門員朗読〕  松下は、最初私が運動を頼んで幾日も経たないとき、窪谷檢事に頼んで見たが、困つたことだという返事であつたと私に知らせて呉れました。その後前に申上げた通り、私方に出入りしていろいろな話をしておりますが、書きとめた物もなく、いつどの話をしたか、どの話をしたためにどの金をやるようになつたか、判然申上げることができませんが、私の頭に残つていることを次にお話申上げます。日附から言うと言うと前後しているかも知れません。  一、松下は東京地檢の檢事正や次席にはいつも接触を保つている。特に緊密な連絡のある檢事として、窪谷檢事、出射部長、伊尾檢事、櫻井檢事の名前を聞いております。  二、警視廳の調べでは、日野原のあらゆる行動について、何でもかでも調べるというような方針であるような情報を聞き、新聞の記事等からもそれと疑われるようなことがあつたと思います。事件は勿論檢察廳の手に移つているし、警視廳が勝手に搜査をする場合があるとしても、最後には檢察廳の方針で決まるのではないかと思いましたので、松下に会つたとき、檢察廳はどういう考えでいるのかと尋ねました。すると松下は、何日か後に、檢事の名前は申しませんでしたが、檢事から聞き出した情報として、檢察廳の搜査方針は、電工の資金関係はどうしても洗わなければならないが、日野原について洗い浚いやるのではなく、電工の関係に限られているとのことでした。  三、又或るとき、日野原が勾引された後だと思いますが、日野原の勾引について特に頼んで置いたのに、松下は何の連絡もなく、日野原が勾引される朝私方へ來て、非常にそわそわしていたことがあり、私もそれを察したのですが、そんな事情であつたから、松下の怠慢を難詰したことがあります。すると同人は、証拠が挙つたためにどうにもしようがなかつたのだと答えました。  四、又或るとき、松下は江の島へ檢事正、次席、檢務長官木内さんと一緒に行つて、飯を食つたと申したことがあります。松下は三人を御馳走して、よく頼んで置いたという趣旨に私は受取つておりましたが、その席でどのような了解を得たか申しませんでした。  五、又松下は電工の係檢事の伊尾檢事、出射部長、櫻井檢事等を二、三回熱海に案内して、飯を食わせたと話したことがあります。そのときは松下本人も同行したような口振りでした。私としては、関係檢事をこの事件で御馳走して了解を求めたと受取つておるのですが、その結果、どういう話であつたか聞いておりません。  六、私は昭和電工の新聞記事で、河井檢事の名前を知りました。私は松下に、河井檢事が主任でやつているようだが、河井にも了解を得る必要はないかと申しますと、松下は、彼はまだ若い檢事ですと、余り問題にしない態度でしたから、私はそれではいけないと思つてしつこく了解を求めるように言いました。するとその後松下は河井檢事に会つて、よく話をして了解を得て來たと申しました。  七、その他詳しく覚えておりませんが、政界では、幣原さんに一、二回行つて來たように話しておりました。以上のような次第で、松下が私に報告したようなことを眞実して呉れているものと信じておりました。殊に松下が私方に來て、一緒に丸ビルへ行くために、自動車に乘車したとき、しばしば日比谷公園のかどで松下だけ下車して、檢事廳へ行くのだと申しましたから、一層信じていたわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) まあ以上のようなことですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 大体そういうようなことを言つたような覚えはありますが、そこへ書かれていることは、これはもう御経驗がないと思いますけれども、向うの御都合のよいように言葉や何か使つてありますから、それは御了承を預かないといかんと思うのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 大体こういうような趣旨なんですか。要旨はどうです。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そういうような、それは全面的にその通りだと私言うわけにはいかんと思うのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 例えばどういうことですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) ちよつとそれを見せて頂きますと分りますがね。    〔書証を示す〕

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) ここの三の、「或るとき、日野原が勾引された後だと思いますが、日野原の勾引について特に頼んで置いたのに、松下は何の連絡もなく、日野原が勾引される朝私方へ來て非常にそわそわしていたことがあり、私もそれと察したのですが、そんな事情であつたから、松下の怠慢を難詰した」というようなことは、これはそんなことは実際ないのですがね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それはおつしやつたことはないですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) ありませんですがね。それから実際日野原君があの朝私のところへ実は來たんです。私は知らなかつたのです。それで私は知らずにいつものように事務所へ行つたんですから、それだからここの、三のようなことは松下に難詰したとか何とか書いてありますけれども、そういうようなことはないのでございますね。それから四もですね。「三人を御馳走してよく頼んで置いたという趣旨に私は受取つておりましたが、」というようなことだつて、これはもうほんの書き方の問題になると思うのですがね。こういうことが簡單にこういうふうに書いてありますから、そういう点は一つ御了承を頂いて置かんといかんと思いますがね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういうことはお聞きになつたことはないのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 聞いたことはいいんですよ、それは。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 松下君から聞いた、そういう報告をしたというのですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) ええ、松下が江の島へ行つて、飯を食つてよく話をしたというようなことは聞いたことはあります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 大体その通りじやないですか。そういう趣旨の話を松下から報告を受けたということはあなたからおつしやつたわけですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) これは、ここに書いてあることは、その外のことをいろいろ書いてあるようですね。これはその後のところも同じようなことですね。そういうふうな意味に一つこれは御了承頂いて、これをお読み願えばいいんじやないかと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 大体そこに書いてあるような趣旨の報告は受けたわけですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 事実ですね、こういう事実は。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 事実だけはあるんでしよう。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) こういう事実は覚えはあります。はつきりしたことは申されませんけれども、何かそういうようなことは覚えがあります。併しここの六の、河合檢事がどうとかこうとかいうようなことを六に書いておりますがね。「私はそれではいけないと思つてしつこく了解を求めるように言いました。するとその後松下は河合檢事に会つて、よく話をして了解を得て來たと申しました。」、というような話がありますが、こういうようなこと、それから弊原さんのところへ一、二回行つたということは言つておりました。それはこれに関係して行つたのかどうか、それは分らないわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 弊原さんのことはいいとして、河合檢事のあれはどうですか、了解に行つたということは報告したのですか、全然そういう話はなかつたのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いや全然しないこともないかと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 河合檢事にも話したという程度の話はあつたのですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) じやないかと思いますが。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それからこれらの人といろいろ会食なさつたり物を贈つたりなさつておりますね。それは直接あなたはやつていらつしやらないのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いやそれは何も私は知りません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) しばしば会食には列席しておりますね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いや会食には行つておりません。私が会食すると言いますか飯を食つたのは窪谷氏とそれから櫻井君二人だけでしよう。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうですね。それから先程日野原氏から依頼を受けてからこれらの人を交えた会合というものは五回列席していらつしやいますね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いやそんなことはございますまい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) これは他の人の話からもそれからあなたの檢事局で述べられたことからも、そういうように見られますが。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いやそんなことはない筈です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 五月の末にあなたの宅で一回、窪谷……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 窪谷君が私の家に來たことがあります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 松岡、松下、あなたとそれから六月の中頃に窪谷の宅で窪谷、松下、あなた、それから七月の下旬に松岡の宅で窪谷、松岡、松下あなた、それから七月の半ばに松下の宅で櫻井、松下あなた、九月の初めにあなたの宅ですか櫻井、松下、あなた、それから昨年の二月に三田の桂であなたと松岡と大野伴睦と松下と窪谷、こういう会合、三月の桂の分を入れますと六回会合に行つてらつしやいますね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 一番終りに言われましたのは、それは私はどういう意味か知らないのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 桂の分は……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) ただ私が行つただけです。それから窪谷君の家へ行つたのはあすこの奥さんが惡いというので先生の家へ行つただけです。これは特に飯を食つて話をしたという程度のものじやございませんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 後四回は……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 後四回というのは、それは松下君から話がありまして、それで先樣の方で差支ないならこつちは構わないというので私の家へ來て貰つた。けれどもこれは特に松下君から話があつて、そういうときには一切電工の問題については話をしちやいけないということで、その問題については一切話をしておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 電工の問題はお話なさつたことはございませんか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いやしておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) だけどあなた自身がそういうことをおつしやつているのじやないのですか、五月あなたの宅で会合なさつたときは、献金がないという旨の了解を求めたことがあるのじやないですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは併しそうですかね……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 窪谷さんの宅で会合されたときは日野原が勾引されるか否かというような趣旨のことをお聞きになつたのじやないのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) その窪谷君のところへ行つたときは、帰りに勾引されるか否かを聞くというよりか……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういう話が出たのじやないですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いや、それは私が自動車に乘るときに見通しは、どうなんだと言つて私が話した。そうしたら見通しは惡いと言つておりました。それきりです。外のことは別に話をしておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから松下の宅でお会いになつたときも櫻井檢事に献金なき旨の了解を求めた。了解を求めたというか、そういう話をなさつた……。いずれにしろそういう話は出たでしよう。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それはもう極く、そういうことを私が言つたとすれば軽い意味でその肥料の話を私がしたのだろうと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) いずれにしても昭和電工の実体というものをあなたが了解を求める、説明するということが会合の趣旨じやなかつたのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いや、それはむしろ松下君からも昭電の問題についていろいろ話すことは止めて貰いたい、こういうことは言つておつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういう注文はあるでしようけれども、あなたとしては日野原氏から頼まれているし、殊に松下君に依頼されたのですから、その御本人ですから、そういう席上に出れば遣瀬ない氣持で、やはり松下君一人に頼んで置く以上に、あなたとしても重ねて話をされるということが人情ですがね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは私としてはむずかしいことを頼むことはできないということは承知しておりますから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) まあ、どうして呉れこうして呉れという積極的な話がなくても、少くとも会社の実体をよく知つて貰うというためにお話があるということは想像されますが……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) その程度のことは雜談のうちに或いはやつているかも知れません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 金融関係の話だとか、先程一番最初日野原氏から言われた趣旨のことを了解を求めるように話をされるということが本來の目的ですからね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そうでございますけれども、釈明をしてやるということが……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そのためにいろいろの名目をつけてこういう会合が催されたのではないですか。病氣見舞だとか……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 特にそれも私が先程申しましたように、特に私がそういう会合をしたというよりか、松下君が……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういう機会を作つて呉れた……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そういうことです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは当り前ですね。松下君がそういう方面を担任しているのですから。松下君がそういう機会を作つてあなたに接触せしめて、あなたから尚詳しくよく了解の行くように話をして呉れるような機会を與えることが松下君の仕事ですからね。又あなたが先程おつしやるように各方面に会う人ごとに昭和電工の実体をお話になつたのですから、機会を得ればそういう御意思が働き掛けることは当然だと思います。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何か物を持つて行つたということは、あなた自身としてはなさらなかつたのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いや、やつておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは松下君が自由に持つて行つたことは御存知ないですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それも知りません。どういうふうにやつておりますか知りません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どういう運動方法を講じて、どういう了解をつけているということは御真知ないですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 知りません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) まあ、そういうようないろいろな費用が要るためにお金を渡してあるわけですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) さようでございます。まあ、先生の足代なり飲み食いの代なりというような意味で小遣い的にやつたわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そこは松下君が適宜に有効に使われるわけですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) ですから松下君がどういうふうに使おうと、これは松下君の勝手なんですから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたが中島忠之さんを介しまして渡邊檢事に会われた趣旨は、やはりそれと同樣ですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それはいつ頃でしたか、大分前の話だと思いますが、中島君の方から話があつたのです。こういう檢事と自分は関係があるので知つておるのだが、会つて見ないかという話だつた。それで生返事を私はしておつたのです。そうしたら自分のところに來ることがあるから、そのときに一つ会つて見んかという話があつた。それでまあ折角そういうものですから、それはそういう機会があれば会つてもよいけれどもと言つておつたのですが、それから暫くして私の留守のうちに電話があつた。それで帰つたら電話呉れという話で、私が電話掛けたら、この前ちよつと話した人が來ておるのだがという話があつた。それじや家に來て呉れんかと私が言つたのです。そうしたら自分の方に來て貰つた方がよい。それで私が一遍行つたことがあります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それはどちらでもよいけれども、あなたの方がそういう人ならば一遍紹介して呉れ、会いたいから今度見えたら知らして呉れ、こういう話があつたから、中島君の方で、丁度たまたま來たから、その旨をあなたの方に電話した。こういうのではないですか。どちらでもよいですけれども……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは私の今申上げたのが……、私はそういうふうに覚えておりますがね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると言うから会つて見ろ、こう言つたのですから、あなたの方から頼んだわけでないのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 私の方からそういう話があつたから頼んだといいますか、そういう機会があれば会おうと言つたのです。これは極めと軽い意味なんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 会おうというのは、やはり先程の日野原君の趣旨をそこで述べたい。こういう意味ですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それ程に私も当時は思わなかつたのですけれども……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) けれども特にそういう檢察官に会おうというのですから、無意味に会つたところで仕方がないから、何か心安くなつて……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 知らん人ですから折角中島君が会えという程度のことです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そこで昭電のことは多少お話になつたのでしようね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) はつきりしたことは記憶はありませんですが、若し話したとすれば、今のような程度の肥料の話をしたのではないかと思いますがね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 要するにそこで昭電の実体を簡單にお話しになつたのですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) じやないかと思います。記憶はございませんから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それでなければ会う必要もないですね。知らん人ですからね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) ははあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 藤田刑事部長というのは、岡山縣人会の人ですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 縣人会はどうか知りませんですが。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 岡山縣人会の人にもいろいろお話しになつたのですね。そうじやないですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そうじやありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 藤田刑事部長は御存知ですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) よく知つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) この人にもおはり了解を求められたのですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 藤田君はそうです。いつ頃でしたか。藤田君に会つて、その肥料のことをいろいろ話をして、そうして日野原君のつまり立場を釈明してやつたことはあります。それはずつと後でなかつたかと思いますがね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 五月頃でないですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) もつと後じやないのですかね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 七月ですか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その頃でございましたかね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それで何か縣人会を催されたそうですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いま縣人会をやつたという……藤田君とですか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) はあ。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは何でしよう。藤田君が自分の家へ我々を呼んだことがあるのです。それは大分前の話じやなかつたかと思いますがね、これはもう何ら今のあれに関係はないわけなんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 藤田君のところを訪問されたことはあるでしようね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それが今私が言つたことですね、それは七月ですか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) これは訪問されたのは七月ですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そのときに私は……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 縣人会は五月頃ですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) はあそうでございますか、その前の五月頃というのはこれは何ら関係ないのです、これは全然ないのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 七月に訪問されたときにそういう趣旨の話を……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) これはその話を日曜でしたか、祭日でしたか、よく分りませんが、そのことを私は言いました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何か警視廳の捜査方針とか、そういうことを打診にいらしたのじやありませんか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いやそういうことはございません。ただいろいろお家騒動みたいなもので役所ががたがたするということは困つたことであると私は思つておりましたから、これは日野原君の立場を先程申上げましたように釈明をしただけであります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何か藤田君はあなたにおつしやつていたですか、昭和電工についての意見は……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いや別に先生から意見は聽いたように覚えておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたが一方的にいろいろお話になつたのですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) はあそうでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 警視廳関係の人にそれ以外にお会いになつておりますか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 会つておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 藤田君を通じて紹介を受けるとか何とか……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いや会つておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 警視廳関係の人と桂で会うようなことはありませんか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) ありませんね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) しばしば桂に出入りするらしいですがね、警視廳の連中が……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 私は余り行きませんから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 相当桂で警視廳の連中が金を使つておりますがね、あなたはいらしていませんか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いいえ、私は参りません、桂には……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 高橋会というのはどういう会ですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは戰爭の始まる前でしたか、直後でしたか、はつきり、その何を覚えませんですが、これは高橋さんというのは神田の都立保健所長なんです。それでこれは私が局長のときであつたと思いますが、私が神経痛をやつて寢ておつたのです。そのときに私の友人が欺されたと思つて一つこれにかかれというので連れて來たのです。それで私は知つたわけなんですが、それから神経痛に高橋さんの注射というものは非常によく利くので、私もそれで癒つたのですが、ところが先生は治療代を取らないのです。そういう関係で段々そのまあ一つは先生の独得の神経痛の注射がよく利くものですから、段段に先生の世話になる者が殖えて來たわけなんです。それでそういう連中がよくときどき高橋博士を床の間を置いて一杯飲むことをやつておつたのです。それをいつでしたか、高橋会ということにしようという話で戰爭中もずつてやつて來ておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 戰後もずつと引続いたのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 戰後もときどきやつております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その会費や何かは拂つておるのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) これは元は廻り持ちをやつたおつたのですけれども、戰後になつてから元のように……。段々政令関係等でやかましくなるみのですから、段々元のようにやらなくなつております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 最後にやられたのはいつ頃なんですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 最後にやりましたのは去年の何月でしたか、初めだつたと思いますがね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると戰後からそこまで中断しておつたのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それははつきり覚えませんが、全然中断していなかつたのではないかと思いますが、そこらははつきり覚えませんですが……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その間あなたは高橋会に出席しておりましたか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) え。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 戰爭が済んで、いわゆる二十年から昨年までの間は高橋会に出席したことがあるのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) はつきり覚えませんが、それは……。高橋会やつたらまあ我々は必ず出て行きます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) なかつたですか、その間は……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 全然なかつたかどうかそれははつきり覚えませんですが、今は……

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 仮にあつたところであなたは御出席していないわけですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると昨年突然高橋会が催されたのはどういうわけですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは中野さんが何か秩父の昭電の弁護人になつたとかならんとか、私はよくその内容は知りませんが、日野原君が私のところへ來て中野さんを知つておるかというから、それは知つておると言つたら秩父の問題でどうおお世話になりつ放しになつておるので、一遍一つお礼を言いたい、で、一席設けるからそれで一つその日にちを決めて呉れんかという話でした。それは雜作のないことじやと言つて連絡をとつたのです。そうして日にちを決めまして、それから長くやつとらんから一つあの高橋会のメンバーも一遍この機会に一緒に一杯やつたらどうですかと、こう言つたら、それはよかろうという話で、それで私が高橋さんに行つて高橋さんと連絡をとつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると中野さんも高橋会のメンバーですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) メンバーです、はあ。中野さん、それから覚えておりますのは、紫山前の陸軍次官とか、それから私が次官当時に農政局長をしておつた坂君、それからこの間大藏次官やつておつた……、あの何ですね、大分おります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その高橋会を、終戰当時からやつていらつしやらない高橋会を本件が始まつた頃からしばしば開かれておる、その回数は三月の初めに小林方で中野、國宗、澤田、高橋、日野原、それから三月中頃にやはり小林方で中野、岸本、これは北海道の檢事長ですね。それから國宗、澤田、高橋 日野原、あなた。六月にあなたの宅で高橋、これは今の高橋博士のことでしよう。それから佐藤、地檢の事務局長ですかな、それから八木、布施、大島。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは違うのです、後の方は……。それはこういう事情であります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 事情は後で訊きます。それから七月に錦水というところで高橋、澤田、渡邊、それから八月の上旬にあなたの宅で佐藤、松下、これは大阪の檢事長ですね、こういうふうに高橋会というものを開かれたのですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それはすべて高橋会というわけじやないですね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) その初めの方は中野さんと一緒になつたときは今御説明申上げた通りです。そのときに岸本が北海道から近々やつて來るんだという話が出て、皆それじや久し振りに高橋会をやろうじやないかとい話になつて、それが二日くらい後じやなかつたかと思いますがね、やつたんですよ、それだけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その後のあれは……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) その後の佐藤君のは、あれも前にはときどき高橋会に、そのやるときに來たこともあるのですけれども、今度は先生何か……。いやそうじやないんです。先生が高橋さんに言つたわけなんです。久し振りだから一遍飯でも食おうじやないかということを高橋さんに言つたんですよ、それで高橋さんもそれを私に言われたから、それじや久し振りだからやろうと、こう私は言つた。その時にそれじや三人だけでやるよりか、やつてもしようがないから佐藤君の知つておる者を誰でもよいから引張つて來さそうじやないかという、こういう話になつて高橋さんがそれを言われてやつたのが一回です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたのお宅ですね、それから錦水は……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それから錦水は、これは高橋さんと澤田君とたしか、そういう話が出て、私に話があつたから、それは飯を食うのはいつでもよい、こう言つて錦水でやろうということにしたのです。ところが國峯君が丁度病氣であつた、國峯君が病氣だから延ばそうという話になつて、それで併しその日になつて延ばすわけにはそれはいかんから、それだからそれは出て來たら出て來た時のことにして今日はとにかくやろうじやないかという話になつて、それでは料理が余るんだから誰でも知つた者を連れて來さしたらどうかというので、今のあなたの何とかいう……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 渡邊檢事。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 渡邊君を連れて來たんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それからその次の佐藤、これは大阪の檢事長ですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そうです。これは松下君から話があつてできた、それは、佐藤さんも前から私は知つておるものですから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは併し私はよく知つておりますけれども、ものを頼んだことは一つもありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 併しそこでも日野原のことをお話になつたんじやないですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それはその前の本当の高橋会をやるところの辺では、別にそういう話はちつともいたしませんですよ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから帰つて岸本が昭電は怪しからんと言つて日野原をなじつたというようなことがあるのじやないですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは私がちらと聞きましたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから昭電の話が出ておるのじやないですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 私はいたしません、それは……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 高橋会という名前を……、そう言つては惡いか知れんけれども、それを利用なさつて、こういう檢事の人ばかり、司法関係の人ばかりを高橋会の名の下に招集して、そこでやはり業界運動の一如としておるのじやないですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは全然違いますですね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういう目的じやないですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは違いますね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 高橋氏にお世話になつた人も随分おありになるのに、どうも司法関係の人ばかりたまたまやつておるようですね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは高橋さんがたしか免因保護事業團体の理事をしています関係で國峯君、それから澤田君を先生が連れて來たんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) だからあなたは実業関係の人であつて、それはあなたを除いた以外の人は司法関係の人ばかり、高橋さんが一枚加わつておるというのですから……、構成メンバーが変じやないですか、今までずつと催されていないのに事件が起つて來てからこれは数回繰返されておるという点から考えましてね、異に感じますね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは先程申上げましたように、本当の高橋会というものは、そんな委員長からお話のような誤解ですか、何かそれが全部そうだというわけじやない、これは少し眞つ直ぐにお考え頂いた方がよいじやないかと思いますがね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 或いはそういう人に親しい機会を深めて行くという意味ぐらいは加わつておるのですね、そうでもないですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そうでもないです。これらの連中は私は古くからのあれですから、本当に私がものを頼むのなら何もそんなことをやらないでもいいのです。初めての連中じやないのですから。併し私はこれらの連中にはそういうことをしてものを頼んだことはありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その費用は誰が拂つたのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) これは私が拂つたわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうですか、小林方でやつたものも。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) これはまだ支拂いをしておりませんけれども、小林の家を使うということが実ははつきり私は知らずに使つたのです。それも当時政礼の問題が喧しいものですから、それで、それにまあ職掌柄の連中が來るのですから、それだから場所は絶対に安心の所でなければ困るこういうことを私が言つたものですから、それはもう大丈夫の所があるからというので、そこに行つたのです、それで知つたわけです、それまで私自身も知らなかつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) すると小林方と指定したのは誰ですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは一番初めに日野原君が連れて行つた、これは日野原君が中野さんにお礼を言うこういう……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 日野原氏のこの会を設けた趣旨は、中野さんにお礼を言う趣旨で、たまたまあなたの方としては高橋会をそれに引つ付けたわけですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) ところが中野さんは御承知のように相当のお年寄ですから、久し振りだから若い者が一緒に入り込んだらどうかということを私が言つたのです。それはよかろうということで一緒になつたのですから。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) これらの司法官はいわゆる中野さんの系統の人じやないのですか。証人 系統の人だというと……、それは私もよく知りませんけれども。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういう系統関係は御存じないですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 外に何か……。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 岸本檢事長が來て、宴会を設けたときは、同じ部屋に皆が飲んでいたのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そうです。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 一つの部屋に……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) あそこは二間あつたのじやないかと思うのですが、二階が……。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 二間テーブルですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) こういう長いもので……。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 そこへ皆が……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そこへおつて……、どういうふうになつておりましたかね、とにかく一つの大きい部屋です。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 一つの大きい部屋、そこへ途中から日野原さんが出たのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 岸本君が來たときですか。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 そのときに岸本さんが、昭和電工は怪しからん、日野原、お前は紳士の分を知らんぞと、こういつたというのですが、あなたはちらつとこういうことを聞いたとこう言いましたが……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) いや、それは知りませんが……。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 あなたがちらつと聞いたというのはどういう意味ですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは昭和電工が怪しからんということをわめいておつたことをちらつと聞いたというのです。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 あなたは今から想像して何のことを言うのですか。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 何のことを言つたか分りませんが、恐らく想像すれば北海道に昭和電工の工場があるのです。その工場の関係で何かあつたのじやないかと思うのですがね、先生は札幌の檢事長をやつておるのですから。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 外の檢事にもそういうことを聞く程度ですね、相当大きい声で言つた……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 何かわめいておつたようなことを私は覚えております。さてその内容を今おつしやつたような紳士の分がどうとか、こうとかということは私は聞いておりません。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 それからあなた檢事局で調べましたときに松下に対する詐欺事件……、今年の九月二十二日ですね、調べられたのは。竹内檢事ですね、そのときに調書をとられましたね。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) そうでございますか。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 そのときのこの調書と、それから今日おつしやつた松下が金を自分で使つてもかまわないのである、飲食に使つてもかまわないのであると、こういうところがこの調書によると丸きり松下が詐欺に掛つたようになつておる、そこでこれは檢察檢事の調べ方について参考までに聞きたいのですから特に訊くのですが、これはどういうわけでこういう調書ができたのですか、そのときの状況を今は宣誓をしておるあなたがおつしやつたように言うと、松下が詐欺に掛かつたようにも考えられ、この檢事の調べによると松下が詐欺に掛かつたのではなく、松下はあなたの供述のために三十日もぶち込まれたことを残念に思つておる、それで檢事がどういう調べをして、あなたがどういう答をしたのか、それを一つ……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それはそのときの九月二十二日の調書か、その前の調書であつたか、私ははつきり覚えはありませんけれども、とにかくそうなるとあなたはだまされたことになりませんかね、こういう話であつた、その檢事さんは訊かれたのは、それで私はどうも今になつてだまされたということも私は感じませんと言うと、それではおかしいじやないかということで、結局そういう調書になつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうするとあなたとしては……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) この調書が調べられたそのままに、アメリカ流にやればよいのですが、向うでお書になるものですから、そこはどうです、あそこはどうですというても直されると、後で向うの考えで考えられるのですから同じことになるのです。だから調書だけその通りだということであれば裁判も要らんような氣もするのですが、そこらの辺は一つ御了承を頂いて、今ここで述べましたのも文字に書いて、それだけを御覧頂いてニユイアンスをじかに感じて頂くのは私は違うだろうと思うのでありますね。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 あなたの常識論でいいのでありますがね、仮にこの内の一部でもあなたから受取つた金の一部でも現在のもので、物にしろ飲食にしろ提供したという、こういうと、見様によつては贈賄罪が成立しますね、松下に対して。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) 私が……。

大野幸一日本社会党

○大野幸一君 松下君が贈賄罪になるのが正しいのか、あなたから詐欺したというのが正しいのか、王手飛車取りに掛かつておるのでありますね、松下がね、そういう場合にあなたは感想はどうなのであります。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) それは私にも分りません。私はありのままのことを言つておるわけなんです。松下君がその檢事の言われたときにもそれじやあんたはだまされたのじやないですか、こう言われてだまされたとも思わんし、そう言われればそういうふうでもあるし、それをそういうふうに感ずる、私は松下君に小遣的にしばしばやりましたのは先も申述べましたような意味で、先生が初め、松下君が初め足代も掛かるし、それから飲み食いもこの頃のことだから金が掛かるからそれは出して下さいということで、それは出すようにしようとこう言つてときどきそういう意味で小遣的に松下君に出したのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 他にありませんか、ではどうもお忙しいところを……。

重政誠之元農林次官

○証人(重政誠之君) これはどうも失礼いたしました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) では本日小林峯子、日野原節三が病氣という診断書が出されておりまして欠席いたしました。供述に堪えない程度ではないらしいですから明日進行上臨床訊問をいたしたいと思いますが御異議ありませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それでは午前十時から二人共臨床訊問を現地においてするということにいたしたいと思います。では本日はこれを以て散会いたします。    午後四時七分散会  出席者は左の通り。    委員長     伊藤  修君    理事            鬼丸 義齊君            岡部  常君    委員            大野 幸一君            齋  武雄君            松井 道夫君            松村眞一郎君            星野 芳樹君   証人    医     師 坂口  勇君    元 代 議 士 松岡 松平君    自由クラブ員  松下 權八君    元農林次官   重政 誠之君

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