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4回国会参議院1948/12/07

法務委員会 第1号

発言数
997
登壇者
8
会派数
3
開催日
1948/12/07

会議録

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それでは法務委員会をこれより開会いたします。本日は檢察及び裁判の運営等に関する調査会の事件中、浦和充子に関する事件の証人を取調べることにいたします。証人の方は先ず証言をお願いする前に、宣誓書を各自御朗読願いまして、署名、捺印をお願いいたします。    〔総員起立、証人は次のように宣誓を行なつた〕     宣誓書  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 折原 竹雄   —————————————     宣誓書  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 古澤傳次郎   —————————————     宣誓書  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 岡田  公   —————————————     宣誓書  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 藤井 惠照

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それでは折原さんからお尋ねいたします。外のお方は控室でお待ちを願いたいと存じます……、折原竹雄さんですね。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) はい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どちらにお勤めですか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) 埼玉縣廳民政部兒童課長でございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お仕事の内容は。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) 兒童福祉法施行事務であります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの方で縣の兒童福祉法に基くところの施設について、概略一つお述べを願いたいと思います。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) 兒童福祉法による施設と申しますと、先ず母子寮がございます。現在のところ浦和市に一ヶ所、大宮市に一ヶ所、それから熊谷市に一ヶ所、それから川口市に二ヶ所、これは孰れも公立でございます。この外に恩賜財團同胞援護会支部の経営の母子寮が一つ合せて六つございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 各母子寮の收容人員はどのくらいありますか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) 先ず大宮市にございます母子寮でございますが、現在のところ五十世帶ばかり、これははつきりした数字でないのでございます。概数でございますが、五十世帶、それから蕨の母子寮、これは十四世帶、それから熊谷の母子寮はこれは十二世帶、川口の母子寮は二つございまして、一つは援護会母子寮と申しておりますが、これが二十世帶と、それから旭母子寮、これが十五、六世帶ではなかろうかと思います。それから浦和の母子寮、これが十五世帶、これはちよつとした記憶でございまして、或いは数字に多少相違があるかも知れません。各世帶員は戰災の未亡人が大部分入つております。大体子供を二名乃至三名を抱えております。平均しまして三名程度ではないかと思います。これが母子寮でございますが、次に哺育所でございますが、公立、私立を合せまして二十ございます。大体收容人員は、小さいところで七十名ぐらい、多いところでは二百名程度になつております。それからいわゆる不良少年になる虞れのある子供、從來の少年教護法に基くところの教護施設といたしまして縣立が一つございます。現在六十五名の定員のところへ六十名入つております。それから個人経営のものでございますが、兒童福祉法に基くところの養護施設と申しまして、戰災孤兒、或いは外地から引揚げて來られましたところの孤兒、こういつた者を收容しておるところが四ヶ所ばかりございます。これはこの四月から兒童福祉法の施行によつて、從來生活保護法の施設でやつたのでありますが、兒童福祉法によつてやる、一番大きな施設としましては、これはフランス系のカナダ人の経営でございますが、セント・ジヨセーフ・ホームというものが北葛飾郡の南櫻井村にございます。大体ここの先生は今申しましたようにカナダの方ですが、修道女の方でございます。子供は八十五、六名入つております。カトリック系の経営でございます。それからもう一つは愛染寮というものがございますが、これは北埼玉郡禮羽村にございまして、これは実業家の方が経営されております。ここには大体子供がやはり二十二、三名、それから乳兒が十名ばかり入つております。この施設の先生はドイツ人の方が一名勤めております。非常に熱心な方で子供がよくなついております。なかなかいい施設でございます。それから財團法人の経営で埼玉育兒園というのが入間郡の霞ヶ関にございます。この施設は現在のところ二十八名ばかりとなつております。この数字も始終異動がありますので、或いは相違しておるかも分りません。この施設は非常に社会事業としては古い歴史を持つておるのでありますが、財團法人といいましても殆んど個人経営のようなものでありますので、資力に乏しいというような関係で、余り大きく仕事ができないような状態であります。もう一つは埼玉縣兒玉郡七本木村というところに嘉美学園というのがございます。ここには大体東京の浮浪兒、それから埼玉縣の浮浪兒というような者を一緒にして現在四十二名かと思いますが、入つております。これも財團法人の関係で現在やつておるわけであります。それからこれは一般の浮浪兒とか戰災孤兒とかいう者を收容いたしております。その外に精神薄弱兒を收容しており、これはやはり個人経営でございますが、浦和市に久美愛園というものがございます。これは精神薄弱兒が大体現在のところ十一名入つております。それからこれはこの施設に入れることは適当ではないのでありますが、外に施設がないために、大人の方を二十名ばかり入れております。これは小さいうちから預つて、中には十七年も入つておる者がおりますが、いわゆる精神薄弱、馬鹿であります。これがおりますので、どこへも遺り場がないというので、一應久美愛園に入れております。こういう施設があります。それから乳兒院でございますが、これも財團法人の康保会という團体が経営いたしております。大里郡の寄居町にございます。この施設は乳兒だけを收容しておるのでありますが、現在收容定員二十名のところへ二十名ばかりおります。すでにもう收容余力はなくなつております。それから助産施設といたしまして、川越市に医師会の経営によるところの川越産園がございますが、これは極めて小さい施設でございまして、僅かに定員五名という貧弱な施設でございます。おいおいこれも拡張して行きたいという経営者の希望が出ております。縣の管轄に属しておりますところの兒童福祉施設は以上で全部でございますが、その外に國立の教護院としまして、北足立郡大門村に武藏野学院というものがございます。これは厚生省の方か直接監督いたしておりますので、その内容等につきましては私存じておりませんが、收容定員は確か百五名だつたと思います。すでにここも殆んど一つぱいになつておるような状況であります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 大体以上ですか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) 縣下の状況は以上の通りであります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 仮にここに三人の幼兒を抱えた生活苦にある婦人があるといたしますならば、これはどういうふうにして救済されますでしようか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) 生活困難のため子供が養育できないという場合におきましては、兒童福祉法の建前からいたしまして、これを養護施設へ收容いたしまして、そうして保護を加える、こういうことに相成つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 只今あなたの以上お述べになりました施設の中にどこで救済されるのですか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) 仮に收容いたしますとすれば、セント・ジヨセーフ・ホームとか、埼玉育兒園とか、愛染寮とか、嘉美学園とか四つあるわけでございます。このうちどれかに入れるのが適当かと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 母子共に……。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) これは子供さんだけです。仮にお母さんと一緒ということになりますと、母子寮に入れることが一番よいのでありますが、問題になりました浦和さんの場合におきましては、夫がありますので、これは母子寮に入るというわけに参らないのでありまして、そういう立場に置かれておるわけでございます。母子寮に入るには夫がないという場合でございまして……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 夫に棄れられ、若しくは夫から扶養を受け得ないという実情にある場合の母子の救済はできないのですか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) そういつた実情が本当の居らないと同樣でありますれば、保護を加えなければならんわけでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 母子の生活を顧みない放蕩の夫があるといたしますれば、その母子は生活を如何にするかということについて非常に迷うのですね。そういうような場合に救済の途はないのですか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) その場合におきましては、本人の希望によつて母子寮に入れる途が一つ。それから先ず第一番に考えることは、生活困窮という問題でありますれば、生活保護法の適用を受ける、こういうことに相成つております。生活保護法の適用をしますについては、その土地の担当民生委員という者がおります。その方が実情を調査いたしました上で、確に生活困窮であるということが分りますれば、これに基いて生活保護法の適用を受けるわけでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 現在の生活保護法によると、そういう場合はどのくらい保証されますか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) 大体現在の法律によりますと、一人、子供でも大人でもですか、一人について、はつきりした数字は分りませんが、十九円五十銭ではなかつたかと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 一日に……。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) はい。二人、三人の場合には、それは逓減いたして参りますので、額はちよつと分りませんが……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 例えば浦和充子のような場合には、子供を預るということもできるのですか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) できます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういうものは民生委員が積極的に視察しておつて、そういう人が仮に知れた場合には法の手を差のべるという方法に出るのですか、それとも本人の申出があるまでは施設が動かないのですか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) 民生委員は絶えず管内を廻りまして、そういつた実情にある者を発見した場合には、直ちにこれは保護を加えなければならないことに相成つております。ただ今度の場合を聞いてみますと、浦和の場合には、丁度吉田村に兄が居りまして、ここへ参りまして、僅かに一ケ月に相成らない状況のように聞いております。その間におきまして問題が新聞に報道されて、民生委員も初めて知つたというふうに聞いております。それから生活が困難であつたかどうかということについては、これらについても、兄のところは相当の農業を経営いたしております。そういう点については、心配ないということを民生委員は申されております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 先程お申し述べになりました各施設どこでも利用できるわけですか、或いは管轄がございますか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) ございません。ただ收容定員というのがございますので、現在のところ殆んど満員になつておりまして、收容余力がないというような実情でありまして、縣といたしましても、非常に悩んでおるわけであります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 例えば本件の問題の起つた北飾葛郡吉田村当りだとどこが一番近いのですか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) 南櫻井村、セント・ジヨセーフ・ホームというのがこれは僅かに二キロばかりぐらいですかと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると近いのですね。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) 近いところでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういう施設があるということは、村人はよく知つておるのですか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) これは民生委員等につきましては、講習会を開きまして、その際指示しております関係上、これは承知しております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 村人はそういう施設があるということは知つておりますか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) 先ず、一般にそんなに徹底しておらないかと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 縣の方ではそういういろいろの施設があるということを、縣民に知らせる方法をおとりになつていらつしやいますか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) その方法といたしましては、民生委員を全部集めまして、その際に、こういう施設がどこにあるか、こういうことをお話しまして、それから村に帰つた場合に、村のあらゆる会合の場合に兒童福祉法のこういう施設があるということを徹底するようにということを依頼しておる、この程度でございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 別にパンフレット、ポスターとか又そういうような周知せしめる方法をとつておりませんか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) そういうものは、大体学校とか役場とかそういう方面には全部出しておりますが、各家庭には出してございません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 如何なるいい施設がありましても、そういう施設のあることを一般大衆が知らないということは、往々にして間違いが起りますね、学校の先生、役場の人は御存知でございましようね。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) そういうことは知つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 少くも村の指導者階級の人に相談すれば、知り得る状態にあるわけですか。

折原竹雄埼玉縣民生部兒童課長

○証人(折原竹雄君) そういうふうにやつております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 他に何かお尋ねになりますか。よろしゆうございますか深川さん、よろしいですか。それではどうもお忙がしいところ有難うございました。    〔証人古澤傳次郎君著席〕

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 古澤傳次郎さんですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) さようでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは何のお仕事をやつていらつしやいますか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 現在本業は石工業をやつておりまして、その傍ら社会事業関係で、保護事業をやつております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どこですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 現在所は埼玉縣北飾葛郡幸手町でございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そこで事業をやつておりますか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) さようでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家に何名引取つていらつしやいますか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 現在六名引取つてやつております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どういうような人をですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 主として刑余者を面倒見ております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) ずつと前からですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 大体今年で四年掛けになつております。終戰直店に先生方の御世話を耶きまして、社会事業研究を始めまして、まあ事業という面までは行きませんでしたけれども、段々興味を覚えまして扱うようになりましたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それはどういうふうにして経営していらつしやるのですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) まあ大体家の方も社会事業の関係からいろいろと何して私達の方も相当に参りませんでも、結局私達みたいに、この逼迫せる経済状態の下に我我もこの心の中にも幸標に生活して行けるのも反面的には不幸な者があるからだという考を持つたのが原因でありまして、結局そういつた者を救う途はなかろうかという打算的な考から出発しておるのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 経営方法はどういうふうにしていらつしやるのですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 経営方法は主として家庭の資産を擲つてやつているのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなた個人の方で……。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) さようでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 引取つた人は何をやつているのですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) その人の適材、眞價を考察いたしまして、職業……、農業方面の経営の達者な者は農業方面、或いは工場方面を希望する者は工場へ適当に授産の措置を授けてやつています。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それはお宅でやつておるのじやないですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 家の方でやつています。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) すべて仕事を家でやつているのですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) いえ、全部各会社に委託しまして出しています。ただ家から通わせているだけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうするとあなたの家を住ま居にして働きに出すわけですね、それで面倒を見てやる……。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) さようでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 今日までどのくらいお世話しましたか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 延べ人員は七十名前後であります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 結果はどうです。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 結果は今までは二名失敗しました。刑務所を出して貰つて大体成功しております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) で、お一人でやつているのですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) いえ母、妹の力を借りまして、藤井先生などの御指導を頂きましてやつておるのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの家にお世話になつた浦和充子というのがいますね。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) はあございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 最初にお世話になりました当初からあなたの家を離れるまでの経緯をお述べ願いたいと思います。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 丁度私がお世話始めましたのは本人が刑務所へ入りました四月の七日からでございますと申しますのは、丁度四月七日の日に本人が入つた浦和地区警察署の監房におりましたときなのですが私達の町の者が丁度釈放になりますので身柄を頂きに参つたのです。そのときに檢事局送りになりますところでありまして、見に行つたところがどうも吉田村の殺人事件の浦和充子のような氣もしましたので、経緯も大体聞いておりましたので家庭の後始末ということもいろいろ聞いておりましたので、浦和さんじやないかということで私お話しましたところがそうなんですというので、とにかく出たあとの身寄りがないということを聞いておりましたから、とにかく私達の方で引受けて面倒見てやるから安心して裁判の裁きを待持て、刑でも終つたら出て頼つてお出なさいというので私、力付けてやつたのです。それが動機となりまして本人から手紙が來ましていろいろのことも、是非面会したいと教務課長の方の申出もありまして、私、面会に行きました、とにかくこれこれこういうわけだという御廳の方へも御取調べになつておることと存じますが、そういつた犯罪の動機なんか話されまして、実はこういうわけで困つておるんだというようなことを申されまして、まあ私達もたといできなくても將來本人がこれを動機として更生できるものであればと思いまして、弁護士さんもつけてあげまして、法の裁きを待つことになりましたのですけれども、それでまあ丁度七月二日に裁判言渡しがありまして、意外に三年間の懲役、三年の執行猶予という意外な判決を頂きまして、本人は保釈になつて翌日三日に出所しまして、藤井先生の下へお届けいたしましたのですが、そうしている中に夫の語助という者が、お前が子供を殺したために俺も世間樣に顏向けができないと言つたふうな仕打を見せまして、ふところに短刀なんか入れまして藤井先生のお宅へ日参しておるので、実際本人としても、藤井先生としても、困つておりまして、とにかく本人としても私の方へ來たいと申しますので、七月の十七日の日に、それじやしようがないからというので藤井先生のお宅を暇を頂きまして、私の方へ九月の二日までおりましたのですが、その間と申しましても毎日のようにその夫語助という者の性格というものは、ただ正氣ではものの言えない、いわば氣の小さいような性格の人間だけありまして、酒を飲んで來てはどうの、こうのと言つて本人に意見を並べて、どうしてお前はやつたんだ、俺に飽くまで泥を塗る氣か、俺と一緒に死ななくちやお前を殺して俺は死ぬんだという行動を再三とられまして、まあ私のうちでも十二時、一時を過ぎる日を重ねて二日まで参つて來ておりましたのですけれども、とにかくこういうふうに我々保護者の者にまで御迷惑を掛けるのじやしようがないから、じや私はどつかいいところと言いますので、私も縁故関係の者を聞いたところが、丁度多賀郡磯原町上相田というところに柳生策之助という知合の者があるから、そのところへ行つてお世話になると言つて、私のうちを九月の二日に出まして、毎月心配掛けちやいけないというのでお手紙は私の方へ寄越しておりましたのですが、それで現在まで通つて來ておりますわけなんでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 裁判所の判決の言渡しがありましたですね、それから保釈になりましたですね。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 保釈という名前が許されましたのですけれども、判決まで一週間ばかりしかないから、判決まで置いた方がいいと私弁護士に言いましたところが、取消しまして、判決をやつたあとで、引受けたわけなんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その判決前に引受の申出はしておつたのですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 私の方ですか。私の方は入所したときにもう引受の保証をしてありましたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) いつでも身柄は引取るからという……。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 要するに刑務所を出た後はうちの方で、家庭の環境がそういうふうであれば引受けますというお約束をしてありましたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは判事さん、檢事さん両方ですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) それは弁護士さんを通じて申出て貰つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは檢事さんか何かお目に掛からなかつたのですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 私は牛山判事さんにお会しました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 檢事さんには……。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 檢事さんには、柴崎檢事さんにお会いしました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それじや檢事さんも判事さんも身柄はあなたが引受けるという安心感はあつたわけですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) その点はどうか分りませんが、一應私の方で引受けるからということは書類を以て申出してあります。そうして後日保釈の丁度三日の日に私と柴崎檢事が会つて、実はこういうわけで昨日執行猶予になつたが、身柄を頂きに來たのだけれどもどうですかと聞いたところが、柴崎檢事さんも、普通であれば上訴権を放棄せずに、立場上として檢事控訴をしなくちやならないのだけれども、これで本人が更生して行つて呉れることができるのであれば、たとえどんな誤解を招かれたからと言つても、將來のために犠牲になつても一つあなたの方でしつかり面倒を見てやつて呉れ、そうすれば必ずなるからというふうなことを言われまして、柴崎檢事さんも、無理なんだけれどもということは申されておりましたのですけれども、まあとにかくこれで本人が反省して、夫語助という者を更生させてやることができるのであれば、自分としたつて本当に喜ばしいということを言われまして、保釈を即時許して頂いたわけなんでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの方は身柄を引取つて藤井さんの方に直ぐお願いしたというのはどういうわけですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) それは裁判所の方に正式に書類が出ておりますのは、両全会の藤井さんの名前を以て出ております。直接環境からいたしましてその方がいいと先生の方で申されましたので、それでは藤井先生にお願いしますというので行きましたわけでありますが、と申しますのは、私共の地元の環境としまして、あの人は一口にどこそこの何だと噂を立てられるのが嫌だという本人の氣持から、それじや噂の落着くまで藤井先生のお厄介になつておつた方がいいじやないかということを言われましたので、私も司法保護協会の牛込さんの御紹介を頂きまして、藤井先生にそのことを御相談して見ましたところが、とにかく出所した後は、一應若しも執行猶予にでもなつて出た場合には、しようがないからうちの方へでも連れて來て置いたらいいでしようというような話で、実は藤井先生の方にお願い申上げたわけでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたのところにお世話になつて、藤井先生のところから又あなたの方にお世話になつたのですね。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) さようでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その間、本人のあれはどうですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 藤井先生のお話によりますと、二、三日はよくやつておつたそうでありますが、夫語助が私のうちへ來て、充子のところを知らさなければ、うちを皆殺して燒いてしまうと母に迫られたので、母もそういう眞似をされては困るから、一應藤井先生に相談して見て、本人に会わせたらいいだろうという話で、私も尤もと思いまして、元夫婦生活九年間もやつて來ました立場でもございますから、本人を連れて住所を教え、そうして又本人を藤井先生のところに案内して、藤井先生立会の下でいろいろ話して見たところが、それが動機となりまして、語助というものも相当に荒くれで刄物をふところにして、いろいろと充子の時期を狙つては何とか殺して自分も死のうというような一時的の氣持を起しましてやつておつたがために、本人としても一緒にいる刑余者、執行猶予者に迷惑を掛けてはいけないというので、実はうちの方へ來たいというお手紙がありまして、私は行きましたところが、そういうようなお話があつたので、先生にお話して、実は私の方へ連れて來たわけなんでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 夫語助はそういうふうでしようが、本人の氣持はどうですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 大体におきまして相当に裁判所、刑務所に三月もいて、反省され、中で夢も見て帰つて來て、一番心配になるのは、子供をどういうふうに葬つて貰つたか、又子供を始末もせずに行つてしまつたりして、ただ子供のことばかり心配しておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 自分のなしたことについて後悔しておつたのですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) さようでございます。それでこういうことを漏らしておりましたのですが、私達も社会事業関係も外の部面でやつておりましたので、とにかく私達としましても犯行前に頼りになる相談相手がおつたならば、こういうような最高の犯罪を構成せずに何とか子供を面倒見て行けたのじやないだろうかと思う、併しあの場合には、最惡の場合には、どんな方に、どんなような……本人は子供に愛情がないの、どうの、こうのと言われるだろうが、実際言う人達が自分達の氣持になつて考えて貰つたときには、誰としても自分が氣持は派手ではあるけれども、私の環境に立到つた場合には、結局ああするより外にとるべき途がなかつたのじやないかということを言つたおりまして、とにかく自分以外に自分の生んだ子を世話して貰うということは、とても嫌がつていた人間なんですよ。それがために、どうせなにするのだつたならばというので、母子心中を図つたのですけれども、本人の話によりますと不幸にして本人が警察の処置によりまして死亡せずに済んで、裁判の裁きを待つようになつたということは本人は申しております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 人の世話になることが嫌だといつて子供を死に導くよりは、やはり温かい手によつて子供の生命を持続することを親としては希求することが本当ではないかと思う。少くともそういう手段を講ずべきだと思いますね。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 併しその場合としては……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 相談をする余地はあるのですからね。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 結局その犯行の前夜というものの状況を私聞いておりますけれども、その状況としましては、とにかく夫語助が、かような犯罪を構成したのも、結局妻たるべき充子お前が惡いからだと言つておりますけれども、結局一番頼るべき実家に母、姉というものはあつても頼りにならないし、結局夫の兄たる誠作に頼ろうとしてもきつぱりと撥つけられて、民生委員さんに頼ろうとしても民生委員さんは、ただ表べだけで何の相談にも乘つて呉れないし、結局自分としては自分以外に頼るものがない、社会の棄てものになつてしまつたというような形になつてしまつたとも、本人は口にしておりますけれども。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは本人の独断で、それが眞から兄なり、親戚なり、或いは民生委員なり、然るべき保護を求めたという形跡はないわけですね。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) それはございますのです。それは丁度犯行の前日に招ばれて、二、三日前にそのことを話しておきましたそうですよ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 誰に。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 兄誠作というものに。そうしたところが、お前は一度ならず、二度ならず、三度までそんなことで心配を掛けるのだ、そんなふうならば夫語助を眞面目にお前連れて來い、そうすればお前を何とかしてやるといつておりましたそうなんですけれども、とにかく夫語助も野田町で浦和語助というものを知らない人がないという程の博打ちだつたそうでして、夫はその当座は本人の言うことを絶対に聞かなかつたし、本人の氣持からしまして、人に頼るということは嫌いな性分ですので、そういつた夫の本人に與えた氣持というものは結局犯罪の動議に至らしめて、常識から考えても当然だとは思つておりながらも、結局一つそのこと死んでしまつたらということを、犯行の一週間ぐらい前に長女の初枝というものから言われて、それからまあ母子心中を図つたのじやないかということは、私達としましては予想されておりますのですが、それで不幸にして生き返つてしまつたということを本人も言つておりましたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 民生委員に相談したということはありますか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) その点は詳しくは存じておりませんが、本人はそういうことを言つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 本人の言うところによれば、結局兄誠作が語助を連れて來い、連れて來なければお前の世話はしない、こういうことで一遂に困窮して、ただ独断的に世の中をはかなんだというふうに考えられますがね。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 私もそういうふうに考えております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どうも子供と自分が生きて行く途を十分全力を盡して、そうしてどうしてもできなかつたというふうには考えられないのですがね。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 御尤もです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) だから実家の方もあるし、民生委員もあるし、その他叔母さんもあるし、兄弟もあるらしいし、そういうところへ手を盡して、悉く撥ねられて、もう頼る途がないから最後に選ぶ途として、死の途を選んだのなら…。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) そうなんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうなんだといつてもその手を盡しておりませんね。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 私は本人の供述通り言つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 本人は誠作と語助には言つておりますが、実家には言つておりませんね。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 実家に戰災の時には行つておりますが。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 戰災のときに焼け出されたときと、このたびのときと事情が違います。ただ戰災の当時水臭かつたからといつて、いうまでもないということで自分で独断的に決めるということは余りに独断的ではないですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) まあそう考えられます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 一應は話してみる必要がありますね、手を盡していなかつたように思う。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 実家の方は相談しても、今までも相談に乘つて呉れなかつたということを口にしております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 相談に乘つて呉れなかつたから相談するまでもない、そういう氣持はそれは独断的ではないですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 私もそう考えられます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 一應相談してみたら、その場合と違つてこういつた場合は最惡の場合ですから、何とか考えて呉れたのではないですか。燒け出されたときと、子供三人が食えるか食えないかというときとは事情が違うのですから、だから手を盡していなかつたように思える。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) ですから私も言いましたが、もう少し一歩振返つて相談する必要があるのではないかということを言つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) よき相談相手があればこんな結果には至らなかつたでしようね。本人は語助との間の未練は。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 全然ございませんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 今日あなたの方から出て行つて語助と同棲しているのではないですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 同し棟にはおりますが、別個の立場で働いておりますそうで、現在では男勝りの土方仕事をやつているそうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは聞いて知つておりますが、同じ棟の中におつて、そういう社会の人が、そういうことが守れるかどうか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) まあ、その点は私としてはしよつちゆうついているのでないですから分りませんですが、地元の役場の人なんかの話を文書で照会してみましたところによれば、同じ棟に入つていることは確かに入つているということを言つておりますが、本人の手紙によりますと、そういうふうに誤解されるのは絶対に嫌だから、私も近いうちに、私の方に戻りたいと言つて二、三日前手紙で寄越しております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは善い惡いという問題を言うわけではないですが、併し語助の方に女に対する執着が強くて、或いは女の方もそれに対して満更でもないというふうで、今日においては子供のことはすでに忘れているのではないですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 結局同棲生活している関係上、自然にはそういうふうな元に復帰して來るのではないかということは考えられます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それが善い惡いというわけではないが。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 御尤もでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) だから子供への愛情ということより、夫婦の痴情の方が勝つておるのではないですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 私の家に約二月おりまして、若干その形勢も暴露されたときもございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういう点も看取されますね。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは結局引取つて、あなたの目的は達しなかつたわけですね。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 私の目的としては達しておりますのです。まあ、保護の條件、目的としては私共としては十分に達せられております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういう刑余の人を引取つて更生せしめる最後までのお力を盡して頂いたというわけには行かなかつたですね。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 結局当座の関係が夫語助の出現によつて破壊されております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 中断されておりますね、今後は別として……。保護しようという目的物を夫語助のために中止されたということにはなめるわけですね。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 結局そう申されるわけです。

深川タマヱ民主党

○深川タマヱ君 あなた様にお尋ねするのは多少無理かと思うのですが、若しお分りでしたら……。この充子さんの家系に精神異常のあつたという方はありませんですか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 丁度充子の母というのがクリスチヤンでありまして、それに凝り過ぎていわば精神異常になつて死んでおります。

深川タマヱ民主党

○深川タマヱ君 分りました。それから充子さんが子供を殺した当時の精神状態の鑑定は済ましているのでしようね。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 鑑定は裁判所の話によりますと、精神錯乱したというふうに申されておりました。

深川タマヱ民主党

○深川タマヱ君 そうでしようね、というのは、子供を猫いらずで以て殺しますときに、猫いらずの使用の方法がちよつと常識で考えられません、魚の中に入れて煮るなんて……。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) あれは猫いらずでなく、現在娑婆でよく使つております藥でアンツ、お粉に混ぜて團子にして捕る、各衞生組合なんかから廻されておりますあの藥を用いたそうです。

深川タマヱ民主党

○深川タマヱ君 よしそれにしても魚の中に入れて煮るということは、魚の中にその毒が余計に滲み込むとも思えませんし、魚の中に入れて煮れば食べにくい。子供には普通なら甘いものに入れて、混ぜて食べさせるということに氣が附きそうですが、魚の中に入れて食べさせるときに、夫と喧嘩して、心理状態が相当精神錯乱状態であつたと、考えるより外……。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 結局突き詰めれば夫の兄の誠作に、そう言われて咄嗟に飛出してしまつた。そして杉戸町の虎屋という藥局で買つて來たということを申しております。魚を四切れ野田町で買つて最後のお別れをして、一通り縁故関係を廻つて、それで帰りがけに魚を買つて煮て殺意を図つたということを申しております。

深川タマヱ民主党

○深川タマヱ君 夫に情婦がありましたか。或いはあるらしく充子さんが疑つておる事情はありませんか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 夫の行動というものには相当信用しておりました。併しこの時世になつて博打を打つていたのだから、情婦があつたのじやないかというようなことを言つていたのですが、これも丁度長女初枝が生れて二つ三つになつた頃、別れようとしたが、子供可愛さに別れないで現在になつてしまつたということをよくよく申しておりましたのですが、あの頃別れてしまえば、こういうふうな不始末を起さないで済んだものを、今になつては取返しがつかないと、今更のごとく後悔の言葉をときどき漏らすことがある。

深川タマヱ民主党

○深川タマヱ君 少くとも夫に自分が全然離れてしまうという非常に幻滅の悲哀を感じたには違いないと思います。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) その点は十分表われておりました。

深川タマヱ民主党

○深川タマヱ君 そうして犯罪の動機は、先つき委員長さんの申された通り、私は生活苦も遠い原因になつておるけれども、決定的な原因はそれではなくして、夫との間の失戀……。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 結局夫に対する面当てということが、一番力強いのじやないかと思つております。

深川タマヱ民主党

○深川タマヱ君 私は厭世自殺だと思います。この犯罪の動機は、こういう世の中に生きていてはたまらないという厭世的氣分と、同時に又子供を残しておいては可哀そうだから、道連れにしようという厭世的行爲、こういう点がございませんでしたか。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) その点は十分症状に出ておりました。

深川タマヱ民主党

○深川タマヱ君 どうしても、生活苦は決定的原因とは思われませんね、如何に兄や何かがとうあつても、生活に対して十分な意思があつたら、二女は夫に預け三女は長女にお守りをさせて、元は自分も喫茶店で働いていたのですから、何とか生活して行く途があつたわけです。そういうこともあるので、生活苦が決定的原因であつたとは到底思われません。

古澤傳次郎司法保護事業家

○証人(古澤傳次郎君) 細かく考えて見ると、結局親権者の冷たい、語助家庭の冷たい手の差し伸べ方と、又結局愛情のない家庭との交渉、それに又夫が賭博の道に凝つておつたというような、結局夫婦愛というものに失戀しての動機でないかということも考えられます。

深川タマヱ民主党

○深川タマヱ君 大体母が宗教に凝つて、宗教的妄想に陷るような家系の人ですから、この女性が相当精神的遺傳を受けておつて、それがたまたま夫との喧嘩の結果、愛情の幻滅の悲哀を感じての厭世的自殺、こう見たいと思う、あなたに言うのではないが、序でに言うと男の人が買うとか、飲むとか、打つとか、こういうことを始めると、普通の人には考えられないことをやる、私は賭博というようなものを國家的に取締つて貰いたい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 御意見は後で、お尋になることがあつたら……。それではよろしうございます。御苦勞樣でした。    〔証人藤井惠照君著席〕

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 藤井さんでいらつしやいますか。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) さようでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 御事業をやつておりますか。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) 私は司法保護事業をやつております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 現在お宅の方を何か保護していらつしやいますか。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どのくらい收容をしておりますか。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) 私のところは家庭的にやつております。一應途がつきますれば結婚をさせるとか、他に奉公させるとか、現在おりますのは二、三名しかおりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたのところに、浦和充子さんが御厄介になつたことがありますか。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) さようでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どのくらい御厄介に……。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) 七月三日に参りまして、それから十五日程おりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 十五日程だつたのですか。その間の行動はどうですか。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) 最初は、ああいう事情の人ですから非常に宗教的になつておりまして、あの人のお母さんがクリスチヤンでありました関係上、未決におりましたときも、出たら修道院にでも入りたい。私は佛教関係でありますから修道院よりも私のところに來て尼にでもなりたいという氣持を持つておりました。ところが尼になるという必要はない、精神的に心を改めればよいのだから、宗教的の生活をして行けということを私は申しておりました。最初の間はそういう氣持で非常に從順な氣持を持つておりました。そうして私宗教的な家庭でも奉公さして、志を全うさして行こうと思つておりました。ところが三日の日に参りましてから八日の日でございましたか、今の古澤君と一緒に夫の語助という者が参りまして、参りましたときは、私は充子に対しても夫婦の間の子供を三人も殺していますから、夫が來た時分に「夫に対して謝らんといかんぞ」ということを私申しました。謝るというのは心配掛けて済みませんでしたと言うように言つていました。この通り言えば夫が訪ねて來て、会見が都合よく運ぶかと思つて私そういう心遣いまでしたのであります。ところが夫の顏を見まするや否や、謝るどころじやない、非常に充子というのは雄弁な女でありまして、夫を罵倒して掛かります。それから又夫も彼れこれ申しますというようなことになりまして、それが動機になりまして、非常に氣分が荒んで参りまして、人間が一変して参りました。後になりましたならば、浦和は晩刻訪ねて参りましても、夜、夜中までも私の宅の周囲をうろうろして、夜忍び込んで來て充子をどうかしようといつたような脅迫がましてようなことまでの態度になつていたものですから、ここに置くのはどうも面白くないと思いまして、或る時に丁度それは警察の人が女中が欲しいという申込があつたものですから、こういう事情の人だから君の所へ稼ぎにやつたらよかろうというので、警察の人の所へやつておりました。ところがそこで子供を連れて遊びに出ておつたらば、浦和語助の友人と出遭つたというのであります。それでそこにもいることができんというので、一日で戻つて來ました。戻つて來ましてから又語助が、坂本警察に中村という警部補があります。それが戰友の関係で知り合つているらしいのであります。語助が中村の所へ参りまして、わしの女房はわしの所に参るのが当り前で、こういう所に引摺つて、私が行つても勝手な話をさせない、何か話をしようと思えば立会つて話をさせるということは理不盡だ、どうかして呉れということを訴えたらしてのであります。それで中村が私の所に來てみたところが、私の所のこういう事情を聞いて、非常に恐縮して帰つたような状態であります。それからどうも落ち着きません。落ち着きませんものですから、もう一遍中村の所へ相談にやりまして、それから先に参りました古澤の所へ行きました。初めの間は從順な氣持でおりましたのですが、後になりましてからそういう事情で非常に氣持が荒んで参りました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 荒んでおるということは語助が現れてから荒んだとおつしやるですか、語助が浦和充子に愛情は持続しておるということは窺われますね、変態的な愛情でしような、俗に言う未練があるわけですね。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 充子の方にも結局語助に対する変態的な愛情が在存しておるのじやないでしようかね。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) それはどうもないように思つておりますがね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 嫌つておるのですか。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) どこまでも嫌つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 現在一緒におるじやないですか。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) 一緒におりましても、同棲はしていないらしいですね。うるさいから要するについて行つておるだけのことで。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 脅迫されて恐しいから一緒におるという意味ですか、それとも万更でもないという意味でおるのですか。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) 脅迫されておるからしようがないから一緒におるということです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの所から出て轉々として現在の所へ隠れ住んでおるらしいですね。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの所で保護を受けて、あなたの御指導に與つて、自分の好むところは宗教方面に入るということより外できなかつたのですかね。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) それは非常に語助が朝に晩に参りまして……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その事情はよく分りますが、そういう脅迫の下に心ならずも現在のような境遇におるのですか。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうお考えになりますか。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) そう思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 本人は悔い改めておるわけでしようか。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) ところが本人も初めは私が感じました時分に非常に氣の毒に思つておつたですけれども、語助と彼れこれしましてから後には、やはり語助がああ惡くなるということも、もつとこの人が女らしい純情な氣持を持つておつたら語助のどうかなつたのじやないかというような氣持、どつちもどつちだなというような感じを持つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 充子の方にも結局女らしさがないのですか。

藤井惠照司法保護事業家

○証人(藤井惠照君) はあ、そうです。それで私もささやかな母子寮を板橋の方で経営しております。それで母子寮にはあの女よりもまだ弱い人が子供の三人も連れて入つて來るものもあります。そういう話をして聞かせまして、そんなに子供を殺すというまでに行かずに、早く來ればよかつたなと言つたら、私もそういう施設が世の中にあるということが分つておつたら喜んで入るのだつた。それからその母子寮に保姆が要るものですから、そこの保姆に行つたらどうかなといつたようなことも申して、併し又これも、亦、昔の子供を思い出して却つて惡いだろう、どうしようかなと言つております間に語助が現われ妙なことになつてしまつたつのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それじやどうも……。    〔証人岡田公君著席〕

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなた岡田さんですね。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたと浦和語助とは、どういう関係になりますですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 浦和語助は妹の夫になります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると浦和充子というのは、あなたの……。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 実妹です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 実妹ですか、御兄弟は何人ですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 今二人であります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 今では充子とあなと二人切りですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 以前は沢山あつたのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) あと一人おりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 死なれたのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたのお父さんやお母さんの御兄弟、いわゆる叔父さんですね、叔母さんというのは幾人ありますか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 父の弟が一人おります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それはどこにおりますか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 今行方不明であります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから外には。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 外には私のおふくろの弟がおります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それはどこにおりますか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) それは秩父におります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 秩父の親戚というのはそれのことですね。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はあ、そうでございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 野田町の叔母さんというのは、どういう人ですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) それは父の妾だつたのですが……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは今でも行き來しておるわけですね。

岡田公農業

○証人(岡田公君) その点は私によく分らない。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 充子さんがたびたび寄つておりますね。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたのお父さんの関係者でございますか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは実際の親戚ではないのですね。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの妹さんの充子さんが結婚されるときには、あなたのところから正式に嫁がれたのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) その当時私は家にいなかつたので、それは分らなかつたのですけれども。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは、その当時はどうしていられたのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) その当時は自轉車屋に奉公しておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから浦和語助と結婚されて以來、兄弟としてのお附合はしていらつしやつたのでしよう。

岡田公農業

○証人(岡田公君) お互いに、浦和はそれから間もなく召集されたりした関係上、私も家には余りいなかつたので、特別に行き來ということはなかつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) だけれども、あなたの方へ見えたこともあるでしよう。

岡田公農業

○証人(岡田公君) あります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは東京の家へ訪問されたこもあるでしよう。

岡田公農業

○証人(岡田公君) ええ、あります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 親戚附合をして來られたのでしよう。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 親戚附合……私は何回も行つたというわけではないのですから…。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 別に仲違いしておるわけではないでしよう。証人 そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 罹災されてから、あなたの方へ引取られましたね。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家を買つて。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 初め私のところに疎開して、それから家を買つたわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの村で住まつてみえたのですね。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その時分には親しくしておつたのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はあ、しておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) いろいろの家庭上の相談もあつたのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 私としては、そういういろいろな相談ということはないのです。私は、まあ昔流でいうと部屋住みといつた具合で以て、父親がまだ一切見ておつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたが戸主で以て、あなたが身上を切廻しておるというのじやないですか、お父さんの方は、もう実権がないというのじやないですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) それは極く最近のことで、これまではやはり父親がやつておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) ではお父さんと語助との間はどうですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そう、まあ普通ですね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 仲違いしておるわけではないのですね。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 充子さんは自分の娘ですからどうですか。可愛がつておるのではないでしようか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そうですね。まあその点は普通だろうと思いますけれども……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 充子さんの亭主が道樂しておるから、娘さんに辛く当ることはないですか、どうですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そのようなことはなかつたと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの村に住まつておる時には相当の暮しをしておつたのですね。家を持つておつたのだから……。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 生活が困つたことであなたに相談に來たことはありませんか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そういうことはありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 少くとも村におるうちに……。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何がお金のことであなたの所に世話になつたことがありますか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 私自身にはそういうことはありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お父さんはどうですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) その点は分らないのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは自分が一切の身上を握つておるのではないのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) それは表面上そういうことになりますけれども、事実上はまだ親父がやつておりますから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お父さんは娘の面倒を見ておるわけですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは兄妹仲は薄いですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そういうこともないですけれども……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの一人切りの妹さんですから相当関心を持たなければならんですが、どうですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 経済的に親父が実権を握つておりますので、それで私は金銭問題、そういう方面は余り関係がないのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 関係がないけれども、一家の中で兄弟だから、妹が困つておる、困つていないからということは、お爺さんも心配し、あなたも心配する立場にあるのではないのですか。廣い家でないのですから……。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そういうことは別に親父も相談しなしい、私も……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) よくあることですね。お爺さんのところに臍繰り金をねだりに來るという娘もあるのだから……。そういうような金銭上のことでいろいろな聞いたことはありませんか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) ありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういうことを無心に來たことはないのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 私にはありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家には……。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 家にもなかつただろうと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お爺さんは身上を別に持つておりますか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 一きりは別に持つておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 充子さんがあなたの在所におる時分頃はあなたは身上を預つておるのではないでしようか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 預つておるというわけでもないのですけれども……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それじや充子さんのことであなたの家は、いわゆる家が揉めるということはないのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) ありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 同じ村に來ておつても…。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 円満な兄妹生活をしておつたわけですね。お附合をしておつたわけですね。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたのお連れ合とはどうですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) まあ普通だろうと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 喧嘩したようなことはありますか、嫁と妹と……、小姑と……。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そういう点はなかつただろうと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それでは充子さんが、語助さんが道樂して困るということを、あなたが兄さんとして相談を受けたことはありますか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 相談ということはありませんが……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういうことを愬えて來たことはありませんか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) ありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 一つ自分の亭主を意見して呉れということをお爺さんに愬えて來たことはないのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そのようなことはありませんでした。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると充子さんの家の生活がどうなつておるということは、あなたの方は関心を持つたことはあるのですか、少くとも家を賣ることに対して心配しやしなかつたですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そのようなことは全然相談なくて突然にああいうことになつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その時に妹さんを呼んで、どうなつたのだろうかということを聽きそうなものですね。

岡田公農業

○証人(岡田公君) それは親父からその時聽きましたけれども……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お父さんに相談したのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 妹が親父に相談したわけです。それを私、親父から聽いたわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何と思つたのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) その時にはもうこれは不可抗力だと思いました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 不可抗力というのは……。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 自分でどうすることもできなかつたわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 充子さんの行末を考えなくちやならんでしよう。あなたの親身の妹ですからね。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どうなると思いましたか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) まあ自分としては大した経済力はないですから、金銭問題ではどうしようもなかつたです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 金銭問題の相談を受けていないから、金銭の世話ということでなしに、兄妹としての心遣りというものがあるでしよう。これからどうするのだ、どうして暮しを立てて行くのだというようなことについて、心遣りというものがありそうなもんじやないですか、子供を三人連れてどうするのだと。

岡田公農業

○証人(岡田公君) その点は、妹が親父に浦和の実家に來るように言われておるから向うへ行くと、こういう話を聞いただけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 語助の在所の方へ行くということを聞いただけですね。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それで暮しを立てて行けると思つたんですね。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 私としても、あの当時妹の商ないがああいう程度だつたということは分らなかつたんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) だけれども町でも、ともかく田舎におつて家を持つて暮しをしておる人が家を叩き賣つて身上をしまつて他村を行かなくちやならんということは田舎としては重大なことでしよう目に立つことでしよう。兄弟衆としては、殊に同村の人に面目もあるでしよう。どういう事情だというくらいなことは聞きそうなもんじやないですか、そうして今後どうするんだということを聞きそうなもんじやないですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) その事情というのは、大体薄薄聞いていましたし、相当な金が入用だつたので、他に入る途がなかつたので、結局家を賣るということは聞きましたけれども、相談というのは全然受けないんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 要するに妹の仕合せのためにいろいろ妹の家庭のことを、お金の世話はせんまでも、心の世話はあるべきことだと思うんだが、そのことはちつともお考えにならなかつたんですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 考えないというよりも、私としてこうにしろ、ああにしろということはでき得ないんです。何といいますかな、私が言つたように家の親父がやつて呉れればいいんですけれども、そこまであの当時は行かなかつたんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは、あなたは金銭の、物資のことばかりお思いになるけれども、兄妹の心と心の温たかみというものは兄妹にあるべきことだな、妹はどんな暮しをしてようが、関心はないわけですか、あなたは……。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 妹の方としては、とにかく相当な、あの当時の近所の話を聞いても金廻りはよく、やつていたというだけしか私には分らなかつたんです。ですからそうは困るという点は私には分らなかつたんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そう困つておるとは思わなかつたのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 若し困つておる相談を受けたという場合にはどうするんですか、それはできないと……。

岡田公農業

○証人(岡田公君) その相談も受けなかつたし、自分としてはそう困つておるということは分らなかつたんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 子供三人も殺さなくちやならん程困つておるとすれば、兄妹で、あなたは子供から見れば伯父さんですからね、少なくとも御兄妹として、そういう実情に至るまで御心配にならなかつたんですか。要するに妹から見ればあなたに相談しても相談に乘つて呉れないという……、あなたにそう冷めたい態度であつたかどうか、どうなんです。

岡田公農業

○証人(岡田公君) それは私がまあ要するに切り廻しておるわけじやないから相談しても無駄だというような考えもあつたんじやないかと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お父さんに相談すればよかつたんじやないですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) その点は、親父に私に対していろいろそういうことに関して相談するというようなことはなかつたんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 充子さんがお父さんに相談したらよいじやないか、語助がこういう道樂をして困るけれどもどうしたらよいという相談を、足手纏いの子供がついておるから今後どう身の振り方をお父さんに相談したら……。

岡田公農業

○証人(岡田公君) その点は相談したろうと思う、よく私には分らないんです。勿論……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お父さんとしたらどうするんです。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そのときに私に親父は別に相談しないと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お父さんは……。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 私の父は、私に対してその場合に別に相談しないだろうと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どうして。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 結局私というものが何と言いますか……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたとお父さんは仲が惡いですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そう余りいいとは言えないのですけれども。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 從つてあなたの連れ合いはお父さんに氣に入らないですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) まあ余り氣に入らないと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 殆んど別生活をしておるのですね。

岡田公農業

○証人(岡田公君) まあ別生活というのですね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 経済上はどうですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 経済上は父親の今までは恩給を貰つておりましたが、その方も今度は貰えなくなつたものですから全然收入はないのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 誰が。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 親父が。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それはいつ頃から。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 終戰になつてから。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 終戰になつてから、生活は別々にやつておるのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 別々にやつておりませんけれども……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 一緒にやつておる。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 身上はあなたが全部受けておりますか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 今度は。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 今度……、いつからですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 終戰後から。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お父さんの力になる経済はないのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 何もないです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何も持つてないのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はあ、何もないです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お父さんは充子さんから相談は受けても実力がないのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そうですね、金銭の方の関係ではできないと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 金銭の場合は……、その場合お父さんがあなたに相談した場合、あなたは面倒を見られないのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) そういう相談もなかつたし、又私としても全く経済的に何もできないというような状態にあつたから、相談もなかつたのだろうと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) まあ仮に充子さんがお父さんに御相談に行つても、お父さんはあなたに金銭的のことは言わない立場にあるのか、そういうような事情にあるのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 言わないというよりも私が余裕がそうないからまあ相談がなかつたのじやないかとこう思うのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それにしたところが、娘が相談に來れば、何とかお父さんとしては考えるでしようね。

岡田公農業

○証人(岡田公君) まあ、だろうと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お父さんは七十幾つでまだ達者なのでしよう。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 話相手ぐらいにはなれる人でしよう。耄碌しているのですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) いや、耄碌はしておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 兄妹の情愛が少ないね、そうは思わんかね、今度ああいうことを仕出かして充子さんはどう思つていらつしやいますか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 世間に対して申訳けないと思つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 世間に対して申訳ないということはどういうことですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 結局私としても十分にやつてやれることができたならばと思つておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 金銭的な世話ができなくても、兄妹としての心遣り、相談に乘つてやるということぐらいはお互いにできると思いますがな、若し兄として少くとも温かい心を傾むけてやれば、こんなことも起らなかつたかとも思えるのですがどうですか、そうお思いになりませんか……。  外になにか。

遠山丙市民主自由党

○遠山丙市君 ちよつと証人にお伺いするのですが、あなたの妹さんがこういうような事件を起したのを知つたのはいつですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 知つたのは新聞に発表になつてからです。

遠山丙市民主自由党

○遠山丙市君 新聞に発表になつてから新聞で承知せられたのですね。そうしたらそれから直ぐ警察やなんかへあんたおいでになつたことがありますか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 父に行つて貰いました。

遠山丙市民主自由党

○遠山丙市君 お父さんが、警察ですか、刑務所ですか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 警察へ……。

遠山丙市民主自由党

○遠山丙市君 警察へ会いに行つた……。そうして弁護士などをお父さんが心配せられたのでありますか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) いえ、家では弁護士を頼めない状態ですから官選弁護人でいいだろうというようなわけで別に頼まなかつた。

遠山丙市民主自由党

○遠山丙市君 弁護士も頼まなかつた、そうすると裁判が開かれてからあなたとお父さんと身内でこういう事件を起したのですが心配して傍聽に行かれたとかなんということはありましたか。

岡田公農業

○証人(岡田公君) 傍聽におやじが何回か行つております。

遠山丙市民主自由党

○遠山丙市君 お父さんが行つておる、身許引受けかなんかでお父さんが証人に出られたのですか、法廷へ……。

岡田公農業

○証人(岡田公君) はい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) では御苦労樣でした外に証人がまだ参りませんですから、一應休憩の形式をとつて置きます。    午後零時で十一分休憩    —————・—————    午後二時四十三分開会

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 午前に引続き委員会を開きます。浦和語助さんですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) はい、浦和語助であります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その宣誓書を朗読して、宣誓をして頂きます。    〔総員起立、証人は次のように宣誓を行なつた〕     宣誓書  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 浦和 語助

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 今宣誓をされましたのですから、嘘がありますと僞証で罰せられますから、御注意申上げます。あなたはお幾つですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 三十四才でございます。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 学校は。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 尋常六年までしか行きません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 出られましてから。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 尋常六年卒業したきりであります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 学校を出られましてから何をなさつていましたか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 仕事は最初袋物の弟子入りをして、それから印刷職人になつたんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 印刷はいつ頃からやつておるんですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 印刷は昭和八年です、十七才の年からです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 工場を持つたのは。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それは職人として入つたんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 一軒持つたのはいつ頃ですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 持つたのは十五年です。十五年の十一月。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 浦和充子さんと結婚したのはいつ頃ですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 昭和十六年です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 商賣を始める前ですか、後ですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 始めた後です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 商賣を始めてから浦和充子さんと結婚したんですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) はい、そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 結婚なさる動機は。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 動機といいますと、商賣も独立してやるようになつたし、家事の方も手も足りなくなるし、不自由で、結局持たなければならないと思つておる矢先に、まあ自分としては適任と思つて結局結婚したわけであります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何か喫茶店に勤めていたんですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そこで知合つたんですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 仲人があつたわけじやないんですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) ないんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 結婚式を挙げたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 結婚式は別に挙げなかつたんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、式や何かやらずに、そのまま同棲されたわけですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その際親許の方へは了解を得たのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 直ぐ了解得たのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの親許は。

浦和語助

○証人(浦和語助君) はあそうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから充子さんの方の親許は。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 了解得ました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、形だけの式もやらなかつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 毎日やはり追われておつたですから、別にやらなかつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 別にやらなかつたのですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 結婚してからあなたの方の親戚へはいつ頃行つたですか、いわゆる引合せにいつ頃行つたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 約一週間以内だと思います。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから充子さんの方の親戚はいつ頃顔を出したのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) やはりそれから一ヶ月半ばかり過ぎてからです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 要するに結婚した挨拶に行つたわけですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 籍はいつ頃入れたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 籍は昭和十六年です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、あなたの方の親戚と充子さんの方の親戚とのお附き合いはどうですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 別に附き合いという附き合いはないです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 別に惡い附き合いでもなかつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 別に惡いという附き合いはなかつたですけれども。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 要するにその結婚に反対があつたとか、或いは嫁さんが氣に入らんとかいうようなことはなかつたのですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そういうようなことはなかつたです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 普通に親戚としてのお附き合いをしておつたわけですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから里へしばしば出入りしておりますか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) しておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 充子さんの里へ。

浦和語助

○証人(浦和語助君) ええ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの方の里にも出入りしておりましたか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) しておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それではおめでたとか不幸のあつたときには、親戚附き合いをしていたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) やつておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 又普通の親戚附き合いもしておつたわけですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは應召されたそうですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 結婚してから殆んど應召ばかりだつたというお話ですが、どういうようだつたですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 僅かしか家にはおらなかつたです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 結婚してからどのくらい経つてから應召されたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 結婚してから七ヶ月目です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから一遍帰つて來たのですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) はあ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それから又應召しました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どのくらい経つてから。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 約一年くらい経過しております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから今度帰つて來たのはいつです。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 終戰後一ヶ月くらい経つてから帰つて來ました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そのときには東京の家は燒けておつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、充子さんはその以前に。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 自分の郷里に疎開させておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) しておつたのですね。そうしてあなたは復員して來てそちらの方に行つたわけですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから家を買つたんですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたが帰つてから家を買つたんですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。帰つて來てからです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家はいつ頃買つたんですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 十月一日……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 帰つてから翌月買つたんですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) お金はあつたんですね。証人 ありました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは充子さんが持つておつたんですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 農業会に積んであつたんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたが應召されるとき残しておつたお金ですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そのお金を元手にして買つたんですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから生活はどうでしたか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) その時分は別に少しも苦しいようなことはなかつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは何をしておつたんですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 私はその時分には猟師みたようなことをやつておつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 猟師で儲かつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 儲けるというよりも、遊んでおられないので結局……そうして直ぐ職に就くということもできないし、自分で元やつておつた商賣をやろうと思つても、全然材料等はなくなつてしまつたので、結局それをやつておつて生活を繋いでおつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 生活に幾分か足しにはなつたのですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) なりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 食込むようなことはなかつたんですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) その当時は食込むようなことはなかつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そのままやつておれば、生活はどうなりこうなりやつて行けるわけですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 併しそれだけだつたら相当苦しい時期がありますから、獲れなくなつた時期は非常に苦しいのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何か闇屋さんでもやつておつたということですが……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) その時分は何も大したことはやつておらなかつたのですが……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どうして家を賣るようなことになつたんですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それはやはり私のやり方が惡くて、結局そういう結果になつたんですが……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは何か賭博が好きで……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 好きということはないが……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 好きとか嫌いとかはどうでもいいけれども、とにかくその方で金を取られて、借金ができたんではないですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 取られたというよりは飲んでしまつたというのが多かつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 飲むというて、どのくらい飲むんですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) その当時は一升くらい飲んでおつたんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 一升、そんなに酒は好きなんですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それは毎日……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 毎日、一升も飲むのはやけじやないですか。生活と釣合わないじやないですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それですから結局破産してしまつたんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家を叩き賣つて飲んでしまうということは、余りに乱暴ではないですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それもやはり私の意志の理性も弱かつたというか知らんが、結局いろいろな複雜な言うに言われないことが召集中にあつたのですから、それを自分の頭に置いたのが、結局そんな結果になつたんじやないかと思うんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 收入もなくて打つ、飲む、買うということになれば、三道樂が揃つてしまうのですから、そうでしよう。收入もなく打つたり飲んだりしてしまえば、どんな身上も保てないと思うね、それには何か家庭的の原因があるんですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 余り面白くなかつたことが大分頭に焼き附いておつたので、そんな結果になつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 面白くなかつたということはどんなことですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) ここで語らなくても……、昔のことですから。語りたくないのですが……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) ここでは事情をお訊きするのですから、はつきりおつしやつて貰わなければ困りますね。ここであなたが述べられても、罪が重くなるとか、軽くなるとか、或いはあなたが処罰されるということはないのですから……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 第一回の召集は現役から帰つて來てから二年四ケ月召集になつた、その召集に行くについて、自分の商賣はすつかり弟に委して行つたのですけれども、その留守に余りいいことはなかつたものですから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) いいことがなかつたということはどういうことですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 妻の充子が結局弟の子供を懐胎した、それから財産は殆んど滅茶滅茶にされてしまつたのです。それでも子供一人残して行つたのですから、子供のためだと思つて、そのまま泣き寝入りになつておつたのです。それで帰つて來て、一心不乱で又商賣をやり戻して、それで今度その次の召集に行くまでには材料もなくなることと思つて、材料なんか相当買溜めしたわけなのです。それで次の召集に行つて帰つて來ると、その材料もすつからかんに使われてしまつたのです。それも結局私に全然許可なくして使わしてしまつたのですから、相当そのとき怒つたのですけれども、やはりそれも全部弟やなんかが使つてしまつたのです。帰つて來て商賣をしようと思つても、材料も全然手に入らず、結局できないので、そんなことをやつていたわけなんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 弟というのは誰の弟ですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 私の弟です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) すると誠作さんとあなたと……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 弟二人おるのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) まだ二人あるのですか。何という人ですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 吉春というのが直ぐの弟で、その次が彰というのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 四人兄弟ですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 男は四人、女が二人です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その関係されは人は……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 彰というのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 四人目の男の子ですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 子供ができたというのは、その子供はどうしたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それは結局医者にかけて、六ケ月か七ケ月でおろしました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると上のは初枝さんかね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) ええ、あの子供が生れて、私は召集になつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) すると初枝さんのあとえできたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると圭子さんとの間ですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 初枝さんと圭子さんともう一人早智子さん、この三人はあなたの子ですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) これは間違いないのですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういうふしだらなことがあつたので、むしやくしやしておつたというのかね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) まあ結果はそういうわけになつております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたが折角貯えて置いた財産も、使い果してしまつたとかいうのが氣に入らなかつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それだけでなくて、やはりそういうこと、夫が出征中に戰死したかしないかも分らない、公報もなければ、手紙はとにかく終始出したおつたのですから、私が戰死しているというあれは全然ないわけだつたのですから、それもこれも皆……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたが戰死していると言つているのかね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) いや、しているとは言つていなかつたのですが……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 戰死したと思つておつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 戰死したとも思つていなかつたのです。していないというのは明瞭だつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それはどういうわけですか。あなたが手紙を寄越さなかつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 手紙はときどき寄越しておりました。それで小笠原とか北千島へ廻つたとき、約三ケ月くらい連絡がとれなかつた、それで結局小笠原を出発……、出発するというのでなくて、離れるということに対して手紙を寄越した。それから連絡がないから、もうそうなつたのじやないかくらいの氣持でおつたのじやないかと思うのですが……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 戰死でもしてしまつたくらいに思つていたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうするとあなたが復員したのは、突然帰つて來たわけですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そのときには弟は無事に家に持つて、商賣をやつておつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 細君も貰つていたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) いやまだそのときは貰つたいないのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 独り者ですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたが復員して來る前、少し間行き方が分らんわけですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 分らなかつたです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、その間に何か関係でもしておつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 私が帰つて來て、私の所へは全然そんな連絡はなかつたです。千島にいるときに、酒を飲んで苦しかつたときに夢の上に浮んで來た。帰つて來てうんと責めたのです。そうしたら皆白状したけれども、その間に千島にいるときに手紙が來たのです。自殺してしまつて、子供を残して困るだろうし、困つたものだという手紙が來たわけなのですよ。これは帰るまでどうしてもそのままにさして置いて、帰つてから処理しなければならないと思つて、それでそういう馬鹿な眞似をしないで、何でもいいから帰るまで待つているといつて、帰つて來たわけです。ですからそういう事件があつたことを多少極端には書かなかつたが、薄々手紙の文面に出ていたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、あなたの話を聞いていると、初枝さんが生れた直き後から関係して、あなたが復員するまで関係は継続していたわけですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それは別に私が復員する二ケ月程前からは全然別居になつていたのですから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 二ケ月程前までは関係していたわけですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それははつきり聞かない。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの覚えとしては……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そう思うより仕方がないのですね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 初枝さんの後へできた流した子だね、その後で懐胎したことがあるのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) その後はないでしようね。私はそういうことはないが、結局私が召集後にできた子供は皆やつたわけなのですけれども……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) だけれども、初枝さんの後にできた流した子ができた後、復員の二ケ月程前まで関係しておつたということは、何からあなたはそう思つたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 二ケ月程前から別居していたわけなのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 別居しているけれども、その間関係があるということは夢にも見たというのだから、手紙でそういうことを察したという二つの理由は分るが、その外に何かそういうことを察する理由があるのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) ですから、まあ察する理由ではなくて、結局復員して來てこういうことを事実おれはもうこの目で見て分つているのだけれども、結果はどうなつているかということを聞いたのです。そうするとこういうわけでということをそこではつきり語つたのですから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 本人が自白したですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) ええ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そのとき何といつたのですか、本人はもう今後縁を切るといつたのかね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 私は、まあ子供だけ引取つて、縁切るというわけだつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたと充子さんはそうだろうけれども、充子さんと、今の何といつたね……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 縁切りも何も、私が復員して來るちよつと前にまあ殆んど喧嘩別れになつていて、別けちやつていたらしいのです。別れていたのですから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 別れていた……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) はい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 彰という人とだね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それであなたはどうするというのです、結局……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) その当時ですか、そのときは子供だけ引取つて、離縁してやると言つたが、そうしたら子供をどうしても連れて行くというのですよ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 自分が……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) ええ。子供までやつてしまつて離縁するのでは仕方がないと思つて、それでしようがないから泣き寝入りにして、そのままにしていたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 生活していた……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) ええ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういうことも家庭が面白くないという大きな理由になつたわけですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それがためにあなたが道樂したというのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 道樂といえば道樂ですね、そんな……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 博打を打つたり、酒一升も飲むというのは余り地道ではないわけですね、そういうことはなくてもそういうことはするのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そんなことはしないです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どつちですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 兵隊に行つて、結局それからそんなおかしな人間になつてしまつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 印刷の腕があるのだから、印刷工場へでも職人で通つてでもやる氣を起さなかつたのかね、そのときは……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) その当時ですか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) うん。

浦和語助

○証人(浦和語助君) その当時私らの印刷というのは、殆んど復員した当時には……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) できなかつたね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 復帰していなかつたのですから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 外に何か充子さんに浮いた話がありますか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 外にありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それだけですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) はい。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そのことで弟さんといさかいしたことがあるのかね、そういうことはないのかね、彰という人は……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 別に私はもうできたことだと思つて……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 言わないのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 大したあれは言わなかつたのですけれども、とにかく私が復員して來て、やはり一回問題を起したのです。そのときに私の兄弟、義理の兄弟が全部向うに固まつたわけです、弟に……。なぜかというと、つまり兵隊から帰つて來て無一文になつて、向うは相当の富を、私が出征中に拵えてしまつたから、金の力によつて私を殆んど相手にしなかつたのです。ただそれが面白くなくて結局まあ時々言つちやあれですけれども、相当烈しく攻撃したこともあるのですけれども……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、あなたの兄弟衆は、それから義理の兄弟は妹さんの連れ合でしようが、それらの人はだね、彰さんに味方してあなたには反対するわけなんだね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それはまあ向うが財産を作つておるし、あなたは裸一貫だ、だから向うに味方するのだろう、そう思うのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 事実そうだつたのです。結局味方した人間が弟、その彰の金を殆んど利用してしまつたのですからそれをきつかけにして……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 彰さんからの金の補助を受けておるわけだね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 受けておるわけですから…。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 從つてあなたとあなたの誠作さんその他の兄弟とは余り仲は良くないのだね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 私は兄弟の縁を切るとこちらから言つたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それが原因で、外にも原因があるのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) いろいろ原因がありますけれども……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それが主たる原因だね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 充子さんの方の在所の方はどうだね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 向うはそんなことはないのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 向うはそんなことを知らないのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) はつきり知らない。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 言うたこともない……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 言わない。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 充子さんの親がまだ生きてあるでしよう。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 生きておる。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それだから充子がこういう不都合があつたということは言つたことはない……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 一口も言いません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 耳に入れたことはない…。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 父親というのは知つておるわけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そのことを知つておるのかね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 知つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 知つておるけれども、あなたは言うたことはないのかね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 親に叱つて貰うとか何とかということは注意したこともないのだね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 終つてしまつたことですから。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 言わないのかね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) ええ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 事実としては知つておるのかね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 知つております。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 充子の兄は……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 兄は知らなかつたように思う。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 兄は知らない……。それでまああなたが結局借金ができたということは、博打打つたり酒飲んだりするからできたのでしようね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) ええ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それで家を賣るということになつたのでしよう。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 家を賣るときには借金はなかつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どうして……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 借金返してしまつたあとです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家を賣つた銭で返した……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 家賣つた銭は全然使わない。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 博打で儲けたのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 家を賣つたときに五万五千円……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家賣る前に一万五千円ばかり借金があつたでしよう。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それは家財道具を賣つたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家財道具……。それで借金だけは始末したのかね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家を賣つた金は、五万五千円というものは……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 持つて秩父へ行つたのです。二人で……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 秩父に行つて、秩父で叔父さんというのが染物屋をやつておるのです。そこは家が廣いから借りてそれで何か仕事を探してやろうというので行つたわけですけれども、向うで狹いから、子供もいるしというので、私は直接そういう話はしなかつたのですけれども、妻の方でそういう話をしたらしくて駄目だから外を捜そうといつて……、それで住めるからと言つたから來たけれども、それは言わなかつたから、もともと私は自分の自家に帰るつもりでおつたから、自分の実家へ先に行くと言つたけれども、それで秩父から帰つて結局自分の実家へ女房と子供だけやつてわけなんです。その前に兄から金を五千円ばかり借りたことがあるのです。それを返せなかつたから都合が惡くて暫らく御無沙汰したが、そのときは寄らなかつたが、子供と女房だけ先にやつて、そのとき秩父に行つて銘仙を一万幾らか買つて來たのです。帰つて來るときには約三万円ぐらいしかもう金はなかつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家を賣るときに充子さんと相談しなかつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 相談しました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 行く行くどうしようというのです、家を賣つて……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 家を賣つてですね、私は少しの間家実へ置いておいて、家を借りる約束をしておつたのですよ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どこへ……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 直ぐそばの千葉縣の野田町というところへ……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 野田町へ借りるか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 野田町へ行つて町へ出て何か商賣をするつもりか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは充子さんと相談づくでやつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 商賣するということについては別に相談しないのですが、家を借りるということについては話しておつた。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家を賣つてよその町へ行くのだから將來商賣を始めるのだとか、何か行末の相談をしたでしようね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 別に行末といつて、そのときには何も相談しなかつたのです。家を賣つて野田町へ行くということは承諾したのですか、あなたは独断でやつてのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 行くといつて承諾も別にしなかつたのですそのときは……。家を賣つてしまえばしようがないからついて行くというらしかつた。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家を賣るということは前に知つておつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 知らんうちに賣つてしまつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そういうことはありません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 賣ることは承知しておつたのか、家を賣ればどつかに行かなければならん。兄の家に入るとか、親戚の家に入るとか、或いは空いておる家を借りるとか何方か方針がなければならん、家を賣つてしまう以上……。それから秩父を初めから目当にしておつたのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 秩父に行くつもりでいたらしかつたが、秩父へ行くのは自分としては嫌だからというので秩父まで行つたのですが、入らなかつた。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家を賣つてからどこへ行こうということになつたのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 賣つてからではなく賣らないうちに秩父でも行こうと、こういうことを言つておつたのです。秩父へ俺は行かれないからお前だけ行つておれと言つたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家を賣つて目的は商賣を始める元手を作るというのですか、そのときの氣持として……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 結局のところそのときはやつてみようといつて何んとかして金を拵えて、商賣どもやる氣になつて拵えたわけなんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それでまあ秩父へ行つたところが面白くなかつたから野田町へあなたは行くつもりであつたから野田町に行き、女房子供だけあなたの在所に預けておく、こういう方針をとつたわけですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) なぜ野田町で早く家を探さないのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) やはり前に入つて人が東京へ出たのですけれども、きちつと書類を決めないで出たのですから抜打ちに貸して入れるということはできなかつた、その方の整理がつくまで待つて呉れ……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) どこか友達の家で知つたところに早く自分達の親子の住まうところをたとえ一間でもいいから探すべきではないか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) ところがまあ嫌だというから行かなかつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 嫌だというのは誰が言うのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そこにおばさんというのがいる行旅があるのです。木賃宿みたいところで……、そこへ泊つておつたらおばさんがいるが、そこは嫌だというのです。それじやしようがないから私の実家におれと言つて実家にやつた。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そのおばさんというのは充子さんのお父さんに何か関係のある人ですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そこの家なら置いて呉れるのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) ですから結局宿銭を拂つても大した高いものではないと思つてあれしたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 私の聞くのはなぜ野田町へ引取らなかつたかということを聞くのです。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 嫌だというから結局引取らなかつたのです。仮にそこに行つておれと言つても嫌だというから、住宅難で外に目的のある家は全然ないのです。だから結局嫌だというから実家にやるより外なかつた。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたはどこかで厄介になつておつたのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 私は厄介になつておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そこの家は置いて呉れるのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そこは博打をやつておる親分ですから、子供連れでは全然置く家ではなかつたのですから。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 今のおばさんの家よりないわけですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) おばさんの家はいやだというのだね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 嫌だというのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家を探すまで在所に行つておれと言つたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その間博打ばかりやつておつたというじやないか。ちつとも家を探す意思はなかつたというじやないか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 話が決るまで待つて呉れというので、毎日々々行くわけに行きませんから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 野田町で何をやつておつたか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 僕はそこに行つて使い走りをしたり……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) さんしたをやつておつてわけで。

浦和語助

○証人(浦和語助君) さんしたをやつておつたんだね……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 親分か。

浦和語助

○証人(浦和語助君) さんしたです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういうことをやつておるから充子さんが心配するのじやないか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それで帰らなかつて原因もあるじやないかと思うのですけれども……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたはまじめな俗に言う素人衆だから、そういう博打に入つておつて、眞から博打に入つてしまつて……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) いや入らないのです。精神は腐つておらなかつたのですから、眞から入つたわけではないのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 兄の誠作さんからあなたに再三一遍來いという言傳があつたでしよう。充子さんを通じて……。何故行かなかつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 再三といつて……。來るように言つたというから、そのうち忙がしくなるだろうから、手傳いに行くから言傳しておいて呉れということを頼んだのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 女房、子を兄の家にぶつつけてやつて、一遍も顔出しをせんというのも義理が惡いじやないか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 併しぶつつけてやるというのは、兄は相続人でありながら、私は出征しておる身で私の母親の面倒を私の方で見たのですから、女房、子をたとえ無断でやつたからといつて、兄は何ら文句を言うわけばないのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 文句は言わないけれども、ときどき顔出しするくらいは義理じやないかというのです。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 義理ですが、そこにやはり義理はいろいろあるので、そのときだけが義理じやないので、その前に私としては面白くないことがあつて、結局默つてやつて、何か文句を言つたら少しけちをつけてやろうと思つたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それは君と誠作さんの間柄は眞の兄弟だからそれでいいだろうけれども、預けられる女房、子の身になつて見れば居ずらいじやないか、初めから違うのだから。あなた方は眞の兄弟だから喧嘩しようがどうしようが直ることがあるかも知れないけれども、前の意地張りもあるでしようが現に預けられる女房、子としては居ずらいだろう、そういうことは思わないか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そういうわけですけれども他人ですから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 十四日に吉田村に行つたでしよう。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 三月十四日吉田村に行つて、四月五日最後に別れるときまでに何回くらい会つたか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 二回です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家を賣つてから五日までの間に全部で八千円くらいやつたというね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) やりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 三千円、三千円、二千円と……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 最後に五日の日二千円やつたか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その時分あなたは金をどれくらい持つておつたか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 持つておつたが、皆貸して使われてしまつてそのままになつておりました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 博打で取られてしまつたのだね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 博打でなく、貸してしまつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 賭場に金を貸したのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 親分が貸して呉れといつて、貸してそのままになつてしまつて、現在でもそのままなんですがそんな金なんか考えておりません。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 貸しても取られてもいいが、実際はなかつたので……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) あんまりなかつたですが、來ればやらなくちやならないから、二百円くらい残して最後の日なんか二千円くらい持たしてやつたんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 女房、子供を食わして行くということは考えておるのですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 食わして行くことは……、女房は食わさなくても、子供だけは育てるという信念を持つてるから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 仕送りはする覚悟は持つておつたのだね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 四日に別れてね、五日までの間の八千円使つたということも使い過ぎたな、田舎では。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 子供に何か買つて與えたのではないかと思いますけれども。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういう臨時の費用もあつたかも知れないけれどもね。とにかく食わしてやるつもりはあつたんだね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。やつぱり自分の子供は可愛いですから、みじめな……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それで帰る時はどう言つて別れたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) あと二、三日待てば家が決まるから、それまで待つていれば迎えに行くからと言つて帰したのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 間違いないかな。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。その時に、四日の晩に來た時にですね。非常にもういい加減に堅くなつて商賣やる氣になつたらどうかと私に言つたんですよ。俺はお前に言われるまでもなく堅くなつて商賣やりたいと言つたんですよ。何故その時にそういうような氣持を持つたら……、俺が最後の召集の時には館山にいたんですから千葉縣と水戸で、鼻の先にいながら、あの材料を賣るのにどうして俺に一言断わらなかつたのかというのです。賣るというより殆んど呉れちまつたようなものなんですね。断わつてやつて、俺がいいと許可してやつて出したものなら構わないけれども、俺に内緒で皆んなぽんぽんやられちやつて、幾らこつちで骨折つて築き上げようが、兵隊でそれこそ七ケ月行つてる間にそういうことをされちまつては、商賣する氣がないからと言つて、非常に抗議したんですよ。それで面白くなくつて殆んど口をきかなかつたのですから……。そうして朝帰る時に中の子供を私が連れて行つて御飯を食べて來て、それで又こつちへ來て旅館で食べたのですけれども、その時に後二、三日待つてろ、決まると言つてやつた時に、向うはぶすくさ言つておつたから、耳に入つたかどうか知らないけれども、その日の帰つた晩に事件になつたんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) けれどもそんな、あなたは先つき過去のことは言わない。言つたつて仕方ないから言わなかつたくらいなんだから、それを又ぞろ四月の五日の晩に過去のことを言う必要はないじやないか、留守中にあなたの品物を勝手に処分したことを言い出して、新らしい商賣をやることをだね……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) やはりその時に酒を飲んでいましたから結局……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、ばかばかしいからと言つて材料にすることはないじやないか、ちよつて古いことを持ち出して……、商賣を本当にする氣がなかつたんじやないから。

浦和語助

○証人(浦和語助君) いろいろ頭が散つておつたから、やろうと思つてもなかなか何をやつてもうまく行かなかつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それにむずかしい時代ですから、よく分りますよ。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それまでにはいろいろ失敗したんですから結局……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) だからあなたは本当に引取つて、売賣をやつて、まじめな生活を親子水入らずの生活をする氣持があつたかどうかということなんだ、そういう相談をしたのかな。

浦和語助

○証人(浦和語助君) その当時ですか。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 四日の晩に。

浦和語助

○証人(浦和語助君) いやそういうような相談はしなかつたんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) じや引取つてやるということは言つたのかね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。五日の晩じやないですね。五日の朝帰る時に、あと二、三日で家が決まるから、それまで待つてろと言つたんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 本人は何と言つたかな。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 返事も何もしなかつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 前の晩喧嘩したのかな。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 前の晩そこに一緒に泊つたのかな。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 夜通し喧嘩したのかな。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 旅館のおやぢに怒鳴られて寢たのですから、相当遅くまで……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それで仲直りしたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 私はそのとき相当酒を飲んで醉つていたですから、そのまま眠つてしまつて、朝、御飯できているのだから、御飯仕度してあるから食いに來いと言つたら來ない。それから私、先へ出て來ちやつて……、たら、中の子供が來たから中の子供だけ連れて御飯を食べに行つた。その子供を置きに來ながら、あと二、三日で家が決まるからそれまで待つているということを言つたのですけれども、別に返事も何もしなかつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何だか香取神社の横であなたがふらふら歩いているやつを、充子さんが後から子供三人連れて歩いていて……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それは野田駅から連れて來たんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) ぽつて來たというのは、それは最初來た日のことですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 二回目です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 二回目というのは五日のことでしようか……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 四日の日のことですか、それは。

浦和語助

○証人(浦和語助君) いや二回目ですから、二回目の、あれは午前中だつたです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 二回目というのはいつのことです。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 三日の午前中に來て、私が丁度大通りにいたら、ひよこひよこ向うから歩いて來たんですよ。それで子供が言葉を掛けるし、私も前から分つておつたのですけれども……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 三日、四日、五日とおつたわけですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 四日の晩泊つたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 四日の晩泊つて、それが最後でしよう。

浦和語助

○証人(浦和語助君) いや、帰つて直ぐ來たんだつたかな、折返しに來たんですよ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると三日は一遍帰つたのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 帰つて、直ぐ又來たのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 直ぐ折返してやつて來たのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。今度子供の荷物を持たり……。いつも大きい子供をおいて來るのに、今度連れて來たんですよ。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 充子さんの言うのには香取神社の横で中の子供があなたに一番なついているそうだから、あなたにぶつけて、あなたはそれを引取つて呉れさえすれば、二人の子供なら生活はできるというつもりであなたに子供をぼわしてやつたそうだ、あなたはその子供を連れて行つて翌日又泊つているところへ、おばさんの家へその子供を連れて置いて行つちやつた、こういうのだな。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 連れて來たことは連れて來たのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたが飯を食いに連れて行つたのと話がくつついてしまつているじやないですか、それは別々かね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) いやそのときなんです。御飯を食べに連れて行つたときの話なんです。その調書に書いてあるのは……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) だから香取神社の話はその話とひつついているのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それじや三日の日に帰つていないじやないか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) いや帰つて直ぐ房つて來たのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それでは五日の朝別れるときにどんなふうでしたか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 向うは口を利かないのです。泣いておつて……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたとしては早くこつちへ家を見附けて呉れと言つて、言いに來たわけですね、それから一遍帰つて誠作さんによく話して呉れという二つの用事で來ているわけなんだ。それを二つともあなたはできないわけでしよう、しなかつたわけでしよう。

浦和語助

○証人(浦和語助君) まあ実行はしなかつたわけです。口だけだつたけれども……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 家のことだけは二、三日待つている、こう言つたのでしよう、それから誠作さんの方へはその中に行くと言つたのでしよう、それを納得させて帰させなかつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) いや納得とか何とか、そんな生ま易しいことじやない、怒つたらそんなことは耳に入れないから、分んないのです。怒り出したら箸にも棒にも掛からないのです。だから結局いい加減にあしらつて私は行つちやつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると大体氣の強い人ですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 氣の強いといたつら、熊と取つ組み合いをするくらい氣が強いです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それで非常にヒステリーですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) ひどいヒテリーじやないのです。そんなにひどいというわけではないのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 思い詰めると、人の言うことをきかんですか、かあつとのぼせると。

浦和語助

○証人(浦和語助君) のぼせるなんというようなことは大してないです。何というのか、氣が強いのです。とにかく、ちよつと遠くへ行つて遅れると、夜の夜中でも子供をひつちよつて帰つてしまうのですから、そのくらい氣が強いのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何どしですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 羊です。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 羊に珍らしいね、それからどうしたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それから帰して、結局……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) ああいう間違いが起つた……、それから後はどうしたのです。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 新聞を見たときには、殆んど腰拔け見たいになつちやつたのです。私はそのときには、約二十日間ぐらい御飯が食べられなくなつて、からだ工合を惡くしてごろごろしておつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それからどうしたのです。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それから姉のところへ帰つて、百性を七十五日ばかりやつておつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 姉というのはどこですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 実家の姉のところです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 誠作さんのところですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) ええ。姉が病氣で以てずつと寝ておつたのですね、女房が行つて間もなく病氣になつて、それからずつと寝ついておつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それから吉田村へ帰つたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 私は吉田村へ帰つて、兄貴の分を引継いで百姓をすつかり仕上げて、田んぼも奇麗に上げて、それで自分のからだが暇になつたので出たわけなんですけれども、又別れるときの経緯で、又ごたごたして、それから喧嘩して出ちやつたわけでなんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それからどこへ行つたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それから私は東京で、海軍から帰つて來た直ぐの弟のところに行つて、暫くして。それから茨城に行つたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その公判中には一遍も行かなかつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 公判には二回行きました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何しに行つたのです。傍聽に行つたのか、証人に出たのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 第一回目は傍聽で行つたのですが、第二回目は証人、証人というより、呼出しも何も來ないのですが……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 在延証人だね。そこで調べられたのですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 差入れや何かしたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) あのときに実はずつと百姓しておつて行かなれなくて、差入れなんかも行つたことは行つたのですけれども、そこの場所まで行かなかつたのです。とにかく絶対に面会しないと向うでは言つておるし、警察に行つても、面会しないと言うから行かない方がよかろうと言うから、行かなかつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 差入れしてやらなかつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 弁護士に金を五千円出したのです。そうして弁護士は三千円しか掛からなかつたので、後二千円どうしたと聞いたら、差入れや何かに使つたと言うから、ああそうですかといつて、結局こつちから差入れに行かなくてもよかろうといつて、金をやつてそれで差入れしてやつたらよかろうというので、行かなかつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 五千円やつて、三千円弁護料にして、後二千円は差入れに使つたのですね、それはあなたが出したのですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 私はそのとき金を持つておらなかつたけれども、丁度……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたが稼いだ金ですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。農家で一日三百円だつたのですから、七十五日稼いだ金でやつて貰つたわけです。だから結局私がやつたと同じような意味なんです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは充子さんが釈放になつて……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 釈放になつたときは、私の考えでは、事実殺してしまうつもりでおつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そんなことはいいけれども……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) もう氣がくしやくしやして。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 古澤の家へ引取られたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 最初はそうじやないのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 新宿の藤井さんのところに引取られたが、それから古澤さんのところに帰つたのでしよう。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) その間、度々面会に保つたわけですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 行くも行かないも、私の姉さんの家が隣りですからね、姉さんの家に顔も出さないし、ああいうものを持つて來られたのでは迷惑千万だというので、家へ來てやいやい言うので、どうかしてしまわなければならんと思つて、随分足を運んだのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 古澤という人の近所ですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 近所どころじやない、直ぐ隣りです。それで「今日は」の挨拶もしないし、口も利かないというのです。未だ離籍にもなつていないのに何ということだというわけで、私のおるところへ來てがみがみやられるから、私もむかつとして、遠ざけてしまわなければならんと思つたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 藤井さんの家へ行つたのでしよう。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 行きました。墓参りに行つたり、佛様に線香の一本も上げて然るべきだと言つて、私は談判に行つたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何故酒を飲んで談判に行くんだね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そのときは酒を飲んでいない、とにかく証人を二人連れて行つたのです。古澤という人に一緒に連れて行つて貰つて談判に行つたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 坂本警察の人やなんかを頼んだのじやないですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それはその後です。近所まで來ても墓参りもしないから、又二回目に行つたわけです。幸手の姉の家の隣りに來ておつても、どうして墓参りができないか、何でもいいから一回行かなければ話が收まらんと思つて行きました。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 警察の人を頼んだり、あなたが酒を飲んで行つたり、証人を連れて行つたり、或いは話に聞くと短刀を持つて行つたとかいう話だが……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 武器は持たなかつたです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 充子さんの後を追うというは、どういう氣持ですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) その当時は殺すつもりでおつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 未練があつて行つたのか、どつちだね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 出所するまでは、私はどうしても殺してしまうつもりで、仇を取るつもりでおつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 俺の女房だから、俺と一緒になるのに何も文句はなかろうと言つて行つたのじやないか、一緒になるつもりじやなかつたのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) いや、そういうわけじやない。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたは充子さんに、とにかく未練があるのじやないか……。一緒になつても別に構わんよ。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 私の不利益にならないことだつたら、私はどういうことでもしますけれども、併し最後まで面倒見て、私の利益になる話相手になる女だつたら私だつて力を入れてやりたいと思うけれども、恐らくこの先一緒になつて行つても、貧乏する一方じやないかと考えたのです。金使いの荒いことは甚だしいです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたの氣持として……、現に同じ家におるのでしよう。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 私は物置におりますから…。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 併し、一緒の母家におるのでしよう。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 同じ屋敷におります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 要するに、あなたは充子さんを離さないのじやないか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) いや私はむしろ、出所するかしないかという……、私は判決のときは別に行かなかつたから分らないが、出る出ないに拘わらず、出て來たつて、安閑として生活をさせないつもりで、刑務所生活よりもつと残酷な生活をさせるつもりで、肚のうちではそう思つておつたのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 何故今あなたの手許へ引寄せておるのです。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 結局、自由を束縛するわけじやないけれども、あまり自由勝手な行動を取らせないつもりでおるのです。それでは結局佛の供養にもならなくなつてしまうし、自分の好きなことを遣り放題にしておつては……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、愛情もなくて、充子さんをあなたが苦しめて、子供に対する復讐を遂げるというのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) いや、苦しめるというより、苦しむのが当り前じやないかと思うのです或る程度。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そうすると、出獄後の充子さんに対するあなたの行動は、結局愛情から出ていないのだな。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 大した愛情というものは持つていない。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 外形的に見るとあなたは充子さんの「けつ」を追うているように見えるね。その氣持を聞きたいのですよ。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そのくせそういう意味じやないのです。ときどき自分としてはどこか外の分らない所へ行つてしまおうという氣はあるらしく見えるのですけれど、何としても……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 充子さんがどこかの尼寺とか或いは修道院に入つてしまうことは差支ないのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) それは構わないです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 本人が行きたいと言つているが、あなたたち二人に別々に聞けば、両方そんなことを言つているが、同じ所におるのじやないか、どういう氣持でおるのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 今のところあの氣持でずーといたなら、私は別に女房として附合う氣になれない、だから子供の何らかの供養ができるまで二人でやるのが結局道だからと思つて、それができるまで二、三年やつたら何か形がつくだろうと思つて今働いておるだけです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたたち喧嘩ばかりしているらしいが、どこかに両方が慕わしい感じを持つているのじやないかね、いわゆる俗にいう未練があるのじやないか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 出て行つてしまえと言つても、出て行かないところを見ると、おかしなところがあるのだが。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) そういう氣持がどこかにあるのじやないか、それは無理からぬことだろうけれども。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 蹴飛ばして出て行けと言つたりしても、出て行かないときもある。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それで現在あなたが考えて、子供を殺した当時の充子さんの態度はどういうところに原因していると思う。いわゆるかあつととりのぼせて子供を殺すに至つたか、或いは眞に世の中をはかなんで殺すに至つたのか、あなたはどういうふうに感じますか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 原因は二つあるのです。私の兄の誠作というのに、何か大分言われたらしいのです。まあ自分としては相当長いこと苦んでおつたのじやないかと思うけれど、結局四日に家に來てひどく言われたので、それでその結果取りつく島がなくて急にやつてしまつたのではないか、自分としては子供が可愛くてしようがなくて、ちよつとどんな考えでやつたのか見当がつかない。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 誠作さんがどう言おうと、いくら強く言つたつて家を出て行けというくらいですね。現にそう言つておりますから、そうじやないのですか。それだから家を出て行けと言えば、野田町に君もおるのだから、而も叔母さんの家で一夜二夜過ごせるわけだから、そこへも行けるし出て行けと言われれば……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) その前に実家というものがある。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 実家もあるし又行くべき所は相当ある、誠作さんがどう言うたからといつて子供を殺すという原因にはちよつと取り難いのじやないか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうですね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 君の先つきの話からいつても、二、三日待てと言うたならば、その方の原因と思うものが考えられるのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 先のことを考えるということなら、先つきの家を賣つたときの話なんかちつとも受取れない、君は家を賣つたときに家なしになつて、どこに行こうという話をきちんと決めもせずに、家を賣つてしまうということが考えられますか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 秩父へ行くと自分は言つておつたのです。秩父に叔父さんがおるから、秩父に行くと言つておつたのです。その前に一回秩父へ行つておるのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) かあつとなる方だね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) まあなりますね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) まああなたの考えではそのように考えたというのですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 幾らか普通じやないですね。かあつとしますね。かあつとするというのか、氣が強くて、氣が勝つてしまうというのか、かあつとするからそういうふうにはつてしまうのですね。結局夜の夜中でも飛出して歩いて行つてしまうというくらいだから、かあつとするくらいですね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 喧嘩すると夜の夜中でも飛出してしまうのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 私が兵隊に行つておる留守に、実家に行つていて、私の父に一言言われたらふうつと出てしまつて、夜十二時頃だつたと言いますが、東京まで帰つてしまつたということです。前から言つておつたですよ。母だの父親だのが、どうも氣が余り強過ぎるところが疵だけれども、外にどうも別に大して惡いところはちつともないと言つておつたですがね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) いわゆる精神的な病氣はありはせんのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そういうのはなさそうですね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) ヒステリー症状はないのですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) ヒステリーはありますね。強いのが普通より強過ぎるくらいですね。ヒステリーをときたま起すことはあります。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 要するにあなたに面当で子供を殺したんじやないですか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) まあそういう結果です。そういうわけなのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) それか、あの人がいわゆる子供の足枷になつておるから、自分が自儘な享樂に耽けりたいというようなことから、子供を殺すに至つたんじやないか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) いや、そうじやないですね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 面当か。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 面当と言うよりも、結局私が余り堕落してしまつて自分の言うことも聞いて呉れないという意味から、前途を悲観して、結局そんなことになつてしまつたんじやないかと思いますが、ですから私と会うことを非常に避けていたそうですから、出所してからもですね、何か片輪にされるんじやないか、殺されるんじやないかということを非常に心配したということです。危害を與えられるんじやないかというようなことを言つておりましたから……。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたたち夫婦はどうも喧嘩しつつ仲がよいというたちだね。今後どうされるのです。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 今後二、三年その成り行きを見てみようと思うのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) まだ籍は出ていないのですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) 出ていないのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 結局夫婦で暮して行くわけですね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) まあ二、三年人間がどのくらい変つて行くか見てみようと思うのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 見ておるということは、本人の精神が直るかどうかということを見ておると言うのか。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。側にいて成るべく直してやりたいと思つているのですがね。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) あなたとしては充子さんの精神を直して立派な婦人になれたら一緒になつて行く……。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうですね、まあ結局僕のために女性の一生を台なしにしたり、子供をそういうみじめな目に遭わしてしまつて、私はそのまま知らん顔しておれば無責任になつてしまうから、そのためにはどうしてもそうして行つた方がしいんじやないかと思つて、自分では考えておるのです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) まああなたは大きな責任を持つておりますがね。とにかく殺した人は充子さんだけれども、その責任の一半はあなたにもあると思いますがね。

浦和語助

○証人(浦和語助君) そうです。

伊藤修日本社会党

○委員長(伊藤修君) 他に……。では御苦労樣でした。では本日はこれを以て散会いたします。    午後三時四十九分散会  出席者は左の通り。    委員長     伊藤  修君    理事            鬼丸 義齊君            岡部  常君    委員            大野 幸一君            齋  武雄君            遠山 丙市君            岩木 哲夫君            深川タマヱ君            松村眞一郎君    常任委員会專門    員       泉  芳政君   証人    埼玉縣民生部兒    童課長     折原 竹雄君    司法保護事業家 古澤傳次郎君    司法保護事業家 藤井 惠照君    農     業 岡田  公君            浦和 語助君

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