不当財産取引調査特別委員会 第8号
- 発言数
- 685 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1948/10/21
会議録
○鍛冶委員長代理 これより会議を開きます。 本日兵器に関する問題について出頭していただいた証人の方々は奧田新三さん、渡邊義介さん。渡邊政人さん、淺野良三、植田俊雄さん、以上の方々であります。これから兵器処理に関する問題について証言を求めたいと存じますが、証言を求める前に証人の方に一言申し上げます。 昨年十二月二十三日公布になりました昭和二十二年法律第二百二十五号議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせ、なければならぬことになつております。宣誓または証言を拒むことのできるのは、一般の人については、証言が証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等丙の姻族及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項あるいはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するときに限られ、医師、歯科医師、藥剤師、藥種商、産婆、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあつた者については、その職務上知つた事実であつて默祕すべきものについて尋問を受けたときに限られております。右以外には何人も宣誓または証言を拒むごとができないことになつておるのであります。なお証人が正当の理由なくして宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、且つ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることになつておるのであります。一應このことを御承知になつていただきたいと思います。 では法律の定めるところによりまして証人に宣誓を求めます。お手許に差上げてある宣誓書を朗読の上署名捺印願います。 〔証人奧田新三君各証人を代表して宣誓〕 〔各証人宣誓書に署名捺印〕
○鍛冶委員長代理 奥田新三さん、渡邊義介さん、渡邊政人さん、淺野良三さん、植田俊雄さん、この順序でお聴きすることにいたしますから、奧田さん以外の方はしばらくもとの所でお控え願います。 奧田新三さんですね。あなたは商工省の鉱山局長をやつておいでになつたようでありますが、その在任期間はいつからいつまででありましたか。
○奧田證人 お答えいたします。私が商工省の鉱山局長といたしまして在任したのは昭和二十年の八月二十六日から同年十月十一日までの四十七日でございます。
○鍛冶委員長代理 鉱山局長をおやめになつてから、何をおやりになつていましたか。
○奧田證人 十月の十二日付をもちまして科学行政並びに機械行政を担当いたします工務局長に轉任を命ぜられております。
○鍛冶委員長代理 いつまで工務局長をやられましたか。
○奧田證人 工務局長として在任いたしましたのは今申し上げました昭和二十年十月十二日から二十一年の一月二十四日までであります。
○鍛冶委員長代理 陸軍の保有しておりました軍需物資で終戰後における措置、殊に兵器の解体並びに処分に関してあなたはどういうことに関與されましたか。
○奧田證人 兵器処理関係について私が鉱山局長時代に関與いたしたと考えられますることは、昭和二十年の九月二十四日に特殊物件の処理の責任の全部、連合國側から日本政府側に引渡すという最初のメモランダムが九月二十四日に出ておるのであります。これは私こちらに答弁にまいります関係上調査した結果はつきりいたしたのでございますが、そういたしますとその当時このメモランダムが私の手もとに届いたのはいつごろであろうかという記憶を私は喚び起したのでありますが、終戰直後のことでもございましたので、終戰事務局という当時連絡機関がございました。その終戰事務局の当時の事務能力から判断いたしてみますると、このスキヤツプ側が発出いたしましたメモランダムが私の手もとに着くまでに要する時間は早くて五日あるいは一週間は小くともかかつたじやなかろうかと思うのであります。さように計算いたしますと、私がこの第一次のスキヤツプ側のメモランダムを見ましたのは九月の末かあるいは十月の初めであつたと思うのであります。これと前後いたしまして、その日時ははつきりいたさないのでありますが、おそらく十月の初めであつたと記憶いたしますが、私が鉱山局長室におりましたところへ、日鉄の渡邊義介さんと日本鋼管の渡邊政人氏が細井鉄鋼課長——私の部下でありますが、細井鉄鋼課長と同道いたしまして局長室に参つたのであります。それでそのときの話では、実は司令部側から話があつて、特殊物件中の鉄鋼関係の処理はこの二社で担当せよという命令がありましたということを、私のところに報告かたがた意見を求めたというような形で訪れたと記憶するのであります。この連絡に対しまして、私はこういう問題は司令部側から日本政府側に連絡あるのがしかるべきだと思うが、私は現在聴いておらない。しかしながら諸君が向うの担当官に呼ばれてそういう命令を受けたとするならば、まずその事実を確かしめることがもちろん必要でありますが、その命令を受けたならば、敗戰國民としては、その命令に從わざるを得ないだろうということを当時話したように思うのであります。そしてその当時の私の言いました氣持は、私の部下である鉄鋼課長もおりましたし、それから連絡に來た両氏がおられるわけでありますから、ひとつこの事実を司令部側に行つて明瞭に確かめてこいという趣旨を含めて言つたように思う。それが十月の初めだと思います。そうこうしておりまするうちに、十月の十二日附をもちまして、私はこの関係から離れまして、次の化学行政と機械行政を担当しておりまする工務局長に轉勤いたしたのであります。これだけの事実が私が鉱山局長といたしまして在任した間に、兵器処理に関して私が関與したと思われる唯一の記憶でございます。
○鍛冶委員長代理 今おつしやつた命令だということは間違いございませんか。
○奧田證人 私は命令だと言われたことと思うのでありまして、文書は何もございませんから、こういうレターをもらいましたと言つて持つてきたわけじやありませんから、私はたしかそう言われたと思うのであります。但しそれを私は確かめには行かぬ、それはただ風の便りでわれわれが命令だということを聞いただけで役所が動くわけにまいりませんから、細井鉄鋼課長と、その業者である両氏に向つて、これを直接確かめて欲しいという希望をそこで申し述べたわけであります。
○鍛冶委員長代理 それではあなたの今のお話を聴きますと、細井鉄鋼課長と渡邊義介氏と日本鋼管の渡邊氏と三人来たというのですが、だれに命令があつたのでしようか。
○奧田證人 命令と申しますのは……。
○鍛冶委員長代理 その進駐軍の命令というのは、だれに命令があつたのですか。
○奧田證人 それは両氏が向うの当時の担当官であります、バラード大佐に呼ばれまして、そうしてお前たちがこの仕事をせよという命令があつたという連絡を私のところにしに来たわけであります。
○鍛冶委員長代理 そうすると、両氏が細井鉄鋼課長のところへそう言つてきた、そこで鉄鋼課長が三人であなたのところにそのことを言つて来た、こういうわけですね。
○奧田證人 さようでございます。
○鍛冶委員長代理 その後確かめたかどうかお聽きになりませんでしたか。
○奧田證人 それは実は全然私がこの関係を去つてから後でありますが、私がいかにも本件に対する記憶が薄弱であつたものでありますから、履歴書を調べたり、当時の状況を思い出すために細井君に会いました。そのときに、そういう話が出て、確かにそういう事実があつたということを自分は想起するようになつたわけであります。しかし確かめたか確かめないかということは、おそらく私の在任期間にはその事実を承知しなかつたというふうに記憶しております。と申しますのは、この問題につきまして、その後記憶を喚起してみまするに、上局に対して私は報告いたしておりません。当時の次官なり、大臣なりに対して報告していなかつたのであります。それは私の当時の判断では、まだ報告する域にきていない、私がこの事実を確かめておりませんからただ一つの情報として、その場で聞いたというふうに、役人としては手堅くやらなければなりませんので、それで確かめろといことを、細井君とそれから両氏を前にして言つたわけでありますから、確かめたかどうかというその結果は承知せずに、次のポストに私は変つていたのではないかというふうに、時間的に判断されるわけであります。
○鍛冶委員長代理 あなたとしては変られたか知らぬが、細井課長があなたから命令を受けたのですからね。
○奧田證人 それは細井課長は必ずやつでおると思います。
○鍛冶委員長代理 その結果はどうだつたのでしようか。
○奧田證人 やつているのですけれども、その報告を受けるときには、私は鉱山局の地位におそらくいなかつたのだろうと思います。ちようど十月十一日までしか私鉱山局長の地位におりませんから、その直前に両氏が訪ねてきたわけでありますから、確かめなさいと言つたが、その命令を出したまま私は次のポストに変つていたのではないかと思います。もしも私がその地位におつて確かめたとすれば、その通りでありました、そうやらざるを得ないということの報告を、重ねて紬井君から連絡があるべきはずだと思いますが、その連絡があつたという記憶は私もつておりません。同時に、先ほども申し上げました通りに、上局にまだそのコンフアーメーシヨンをしてないということは、その一つの証拠じやなかつたかというふうに考えられるわけであります。
○鍛冶委員長代理 そうすると、あなたの後任の局長に報告しておりますか。
○奧田證人 その点は後任の局長にお聽き願わないとはつきりいたしません。
○鍛冶委員長代理 けれどあなたの命令ですから、必ずやつているに違いないでしよう。
○奧田證人 それはやつていると思います。
○鍛冶委員長代理 やればあなたの代りの人にやるべきじやありませんか。
○奧田證人 私の所感と言うよりも、実はいろいろな記憶を喚び起こす意味で証人室で、あの当時はどういう事情だつたかというようなことを話して、お互いに記憶をはつきりさせているのでありますが、たしか渡邊政人さんの話でありますが、何でもバラード大佐に呼ばれて、一日おいたか二日おいたか知りませんが、細井課長は向うに確かめに行つておるという事実を、そこで今知つたようなわけであります。
○鍛冶委員長代理 あなたの後任局長はどなたでしたか。
○奧田證人 私の後任は北野重雄君です。
○鍛冶委員長代理 そこはよほど大切なところですが、そうするとただあなたがそういう命令だということを聞いて、それで命令が確かなものであるならそれに從つてやらなければならぬと言つただけであつて、あなた自身は、それではこういうふうにしてやろう、ああいうふうにしてやろうということは言われなかつたのですか。
○奧田證人 申しませんでした。ただ筋道として、この種の問題は業者に命令がある前に政府に連絡があるのが筋だと思うということを、私は附け加えたことを記憶しております。しかし君たちが直接担当官に呼ばれて、この兵器処理の仕事を鉄関係に関して担当せよという命令が、向うの権限のある担当官から言われたならば、敗戰國民としてそれを甘受せざるを得ないだろうということを私は申したと思います。
○鍛冶委員長代理 今あなたのおつしやつたことは間違いないでしようね。
○奧田證人 間違いございません。
○鍛冶委員長代理 ところが細井鉄鋼課長が前回ここへ出まして、ちよつと違つたことを言つておりますが、命令とは言わぬで、そういうことを言われたのでどうしたらよろしいか、こういうことをあなたに相談して、あなたの前で、それじやこの二社でやつたらよかろう、こういうことになつたと言つておりますが、その点はどつちがほんとうですか。
○奧田證人 ちよつともう一度そこをおつしやつていただきたいのですが……。
○鍛冶委員長代理 そういう話を聽いて來たので局長であるあなたのところに行つてそのことを言つた。そしてそれではこういうふうにしてやろうか、ああいうふうにしてやろうかというので協議したその結果、これらの人々がやるようになつたのだ。要するにあなたの責任でなつたように言つておるのですよ。
○奧田證人 それは全然違います。向うの命令であるということを私のところにもつてきましたが、まず私は筋を言つたわけです。一体あなた方に直接命令する前に、日本政府側に連絡あるのが筋だと思う。しかしながら権限のある担当官が両者を呼んで、そしてお前たちが担当せよというならば、これは敗戰國民としてやむを得ないのじやないかということをはつきり言つたことを記憶しております。
○鍛冶委員長代理 細井鉄鋼課長の証言の要旨がここにありますからちよつと読んで聽かせます。違えば違うとはつきり言つてもらいます。「九月の末か、十月初旬のころ、日鉄社長渡邊義介氏、日本鋼管重役渡邊政人氏が鉱山局長のところに來て、第八軍のバラード大佐から兵器処理について政府の直営でやるのはおもしろくない。民間の手で迅速活発に処理する必要があると言われているのだか、これの進め方についてどうしたらいいのだろうかという話をもつてきた。」中略、「さつそくその線に沿つて準備の打合せを開き、小松氏にも來てもらつて、日鉄、日本 鋼管、鉄鋼統制会の関係者と協議の結果、日鉄と日本鋼管にやつてもらうのがいいということに話がまとまつた、」こう言つておりますが……。
○奧田證人 それで私思い出すのでありますが、その際に確かめなさいと言うと同時に、これは二社だけでやるということになると責任も非常に重いから、ひとつ業界で寄つて相談して、担当社をきめるという方法もあるのじやないか。かりにあなた方が引受けるにしても、よく業界と相談して引受けられたらいいのじやないかということを言つたと思います。それが委員会のうんぬんということで私は思い出したのでありますが、そういうことを言つたように記憶しております。
○鍛冶委員長代理 それにしても命令があつたかないかを確かめた上での仮定の話ですね。
○奧田證人 そうです。
○鍛冶委員長代理 從つてその命令があつたかないかを聽かぬ以上は、具体的な話にはならなかつたわけですね。
○奧田證人 そういうわけです。
○鍛冶委員長代理 それには間違いありませんね。そうするとここに書いてあることは全然違いますね。
○奧田證人 表面的には違つていないと思います。細井君が言つておることと……。
○鍛冶委員長代理 命令とは言つていない。政府の直営でやるのはおもしろくない、民間の手で迅速活発に処理する必要があると言われているのだが、これの進め方についてどうしたらいいか、こう言うのです。
○奧田證人 いや、その当時二社の代表者が出てきたというのは、やはり二社がバラード大佐に呼び出しを受けて、命令といいますか指示といいますか、それは別問題として、とにかく向うの担当官から指示を受けて来たわけですね。それで私のところに現われてきたわけなんです。
○鍛冶委員長代理 しかし民間でやるということと、二社でやれということはちよつと違う。ここにあるのは民間で迅速活発にやる方がよろしいということだけですよ。
○奧田證人 いや後刻両渡邊氏にお聽きを願えばその点ははつきりすると思いますが、両渡邊氏は向うから命令、指図があつたということを前提にして私に会いに来たわけであります。それは後刻両渡邊氏にその辺の事情をお取調べを願いたいと思います。
○鍛冶委員長代理 またくどいようですが、そうすれば命令かどうか確かめて、あなたがこういうことを言われたのだから、命令でない以上は具体的な話は進まぬわけですね。はたして二社にやれと言われたのかどうであるかがわからぬから、それを確かめなくては進んで行かないわけですね。
○奧田證人 しかしその後確かめた結果、やはりそういう指示があつたことを細井君あたりがあとで言つた……。
○鍛冶委員長代理 あとはいいが、あんたの場合二社を選べということはまだきまらぬはずでしよう。そうしてみれば……。
○奧田證人 そうです、とにかく両社の代表者が言つているごとくほんとうに向うの担当官が言つたかどうかというその事実によつて、この問題がきまる問題だと私は判断したわけであります。
○鍛冶委員長代理 從つてその前だつたらきまつておらぬわけですね。
○奧田證人 そうです。
○鍛冶委員長代理 それはよろしゆうございます。そこでさらにほかの非鉄金属等も混ぜれば五社加えましたね。これについてはあなたは御関係なかつたですか。
○奧田證人 私は全然関係ございません。私のあとの問題だと思います。
○鍛冶委員長代理 それからその五社で兵器処理委員会というものをつくるに至つたのも関係はなかつたですか。
○奧田證人 私承知しておりません。
○鍛冶委員長代理 どうしてなかつたかも全然知りませんか。
○奧田證人 はい。
○鍛冶委員長代理 それから小松隆氏が委員長になりましたが、これについてはいかがですか。
○奧田證人 私それも知りません。小松隆という人を知りましたのは、私が退官して一年以上経つてからほかの用件で会つたことがございますが、この問題がこういうふうにして動いておりますときには、小松隆なる人物を私は存じませんでした。一度も会つたことはありません。
○鍛冶委員長代理 全然頭になかつたのですか。
○奧田證人 どういう人かも知らなかつたわけです。
○鍛冶委員長代理 そこであなたがおやめになるときに、後任に北野さんが局長になつたわけですが、北野氏に対してこの問題について何か引継ぎをなさいませんでしたか。
○奧田證人 私は当時そう重大というか、非常にはつきりまとまつた問題というふうにも考えておりませんし、また今月こういうふうに社会的に大きな問題になるとも考えずに、きわめて事務的な動きだというふうに判断しておりましたので、特に兵器処理の問題について後任局長に引継ぎはしなかつたと思います。
○鍛冶委員長代理 從つて北野はどういうことで五社をきめたり、委員長をきめたりしたということも御承知ないですか。聞いたこともございませんか。
○奧田證人 聞いてもおりません。私存じません。
○鍛冶委員長代理 それからあなたがおやめになつたあとで就かれた先ほどのお仕事ですね、それは全然これに関係のないお仕事ですか。
○奧田證人 工務局長と申しますのは、化学行政と機械行政でありますから、私ほとんど関係がないと思います。
○鍛冶委員長代理 從つて相談を受けたこともない。
○奧田證人 相談を受けたこともございません。
○鍛冶委員長代理 現在あなたは何をおやりになつていますか。
○奧田證人 現在会社の顧問をしている程度でありまして、特にきまつたことはやつておりません。
○鍛冶委員長代理 どんな会社ですか。
○奧田證人 信越化学工業株式会——肥料会社でございますが、そこの顧問をしております。
○鍛冶委員長代理 何かお聽きになることがありますか。
○中村(元)委員 ちよつとお尋ねしておきたい。あなたが細井さんにあとから話を聽いたということでありますが、そのときにはそれが確かであつたか、あるいは間違つておつたかということの回答は、どちらであつたですか。
○奧田證人 あとから聽いたというのは、実は私がその地位を離れてからの問題でございますが、しかもそれは最近に聽いた話なんです。
○中村(元)委員 それで結構であります。
○奧田證人 それで最近聽きましたところが、確かめろというお話があつたので、バラード大佐に会いに行つた、そして結局やはり鉄に関しては日鉄と日本鋼管の両社に担当させるという指示があつたということを確かめました。こう言つております。
○徳田委員 昭和二十年十月四日に特殊物件処理委員会というものが、これは中央にできたのですがね、その処理委員会というものが内閣にできたことを御存じですか。
○奧田證人 十月の何日ですか。
○徳田委員 十月の四日です。
○奧田證人 私記憶がはつきりしないのでございますが、おそらく課長以下くらいのところで各関係長官の連絡会議的なものができたのじやないかと思うのでありますが、私がそこの委員とかになつておりますれば、そういう会議ができていろいろな話を聽いたり、意見を述べたりすることがあつたと思いますから、忘れることはないと思いますが、今そうお尋ねがありましても、私の記憶がちよつとないのでございます。
○徳田委員 商工省では総務局長の高嶺明達氏と調整課長の入江弘君と二人はいつていますが、これをお聽きするのは、これから兵器処理委員会がはじまつておりますから、これを知つておらぬと兵器処理委員会のできた趣旨及びできる当時の事情がわからないからお尋ねするのですが、このことはさつぱり御存じないのですか。
○奧田證人 はなはだ申訳ないのですが私全然記憶がございません。
○徳田委員 兵器処理委員会をつくるようになつたのは、どこの会長が主になつてつくつたのですか。
○奧田證人 その辺も私はちよつとはつきり申し上げられないのでありますが、十月四日ですから私の部下として関係したとすれば鉱政課長というのがあります。山地八郎君なのでありますが、山地君あたりがその会議に参加して、どういうふうにするかということを相談する地位にあつたと思います。
○徳田委員 こういう人たちはみな喚んでいるのですが、ぐちやぐちやになつてわからなくなつている。それであなたはその上におられるから、そのぐちやぐちやになつてわからないところをわからせようという考え方で喚んだのですが、それは全然御存じないのですか。
○奧田證人 全然記憶にございません。この問題を想像いたしますのに、きわめて下から事務的に積み上げられて來た問題なのです。この組織をこういうふうにつくつていくというのは、從つて上にいけばいくほど稀薄だと思います。当時の次官は椎名君だと思いますが、椎名君あたりはほとんど知らないと思います。
○徳田委員 この前喚びましたがぼやぼやとして何もわからぬ……。
○奧田證人 それは大臣の方にいけばなお稀薄になると思います。だからこの当時の動きといたしましては、これは御参考になると思いますが、連合軍が進駐して來た直後でございまして、進駐軍側も日本民族に対する非常な不信な考え方をもつておられました。それから日本側でもアメリカ側がどんなことをするだろうかというので、どつちかといえば脅えたような氣分にあつたわけであります。でありますからこの問題は日鉄や日本鋼管の代表者が出て來たときも、仕事にありついたわいこいうような顔では出て來なかつたと私記憶するのです。非常に迷惑な話だ、しかしやれと言われるならばやらざるを得ないだろうというような、どつちかといえばできるならこめん蒙りたいというような面持で出て來たと私は思います。
○徳田委員 それならちよつと尻ごみして出て來そうもないが、ちよつと向うが積極的じやなかつたのですか。
○奧田證人 あの当時の情勢から申し上げればそうじやないですね。
○徳田委員 それなら案に相違して、ぶつつかつてみたらずいぶんえらい宝の山を掴んだというわけですね。
○奧田證人 それば結局実務を担当していく段階において、かりに問題があつたとすれば、そういう問題があつたのじやないかと私は想像します。ですけれども、目的的にこういう機構をつくつて、自分たちがうまいことをしてやろうということは当時の情勢からなかつたろうということを確信いたします。
○徳田委員 兵器処理委員会は、そうしますと政府の責任者がちやんと企画をして、そうして法律的な責任を負うてできたのではなくして下の方でがちやがちややつていて知らぬ間にそいつを認めざるを得なかつたということになつたわけなんですか。
○奧田證人 そういうお尋ねは非常にデリケートなことになりますが、要するに一つの行政というものは、下からだんだん事務的なものを積上げていつて、それを上司の責任において判断してこれを有権的なものとして認めるところに、いろいろな行政が有効になるだろうと思うのでありますが、この問題のただ特殊の関係は、司令部側の意向が相当強く文書に書いたデイレクテヴだけの形はとらなかつたかもしれませんが、担当官がこちらの政府をさしおいて、とにかく直接呼んでいろいろな指示をしたというような事情もあつて、むしろ政府側としては進駐軍が主役であつて、政府側としてはそのわき役を勤めてだんだん事務的な機構を固めていつたというふうに判断するのが至当じやないかと私は思います。
○徳田委員 よくわかりました。そこでこの兵器処理委員会は非常に大きな國の財産を処理することになつておるのであります。從つてこういうことに対しては、法律上の一つの処置をしなければならないと思いますが、國有財産の特別な処理規定、そういう法律というものは、あるいは緊急勅令というものを設けない限り、これは処理しがたきものだと思いますがどうですか。
○奧田證人 その点は御意見として承るだけでありまして、私が現在権限の地位にある政府委員でもないものでありますから、その点についての答弁は差控えたいと思います。
○徳田委員 それはそうですけれども、鉱山局での、その当時の見解はどうですか。鉱山局でただ命令であるからやれ、やつたらよいだろうというのではなしに、それはやはり國有財産ですから、國有財産を処理するためには、國有財産法とか何とかというものがあるでしよう。あつてこれに基かなければならないところなんですな、ところであなたの方では命令があるからやれ、やつたらよかろうというのでは、法律上非常に違法だと思いますが、そういうことをあなたは事実上やられたのではないか……。
○奧田證人 いや私はそう思いません。というのは特殊物件の責任を日本政府に引渡すという最初のスキヤツプ側のメモランダムが出ておりますが、このメモランダムがデイレクテヴと同じ至上命令的な効果をもつているというふうに考えているわけであります。從つてこの下のメモランダムの目的を完遂するために、どういうふうな事務機構にするかどうかということは、大きく言えばメモランダムなりデイレクテヴの中に包含されたものと私は考えます。
○徳田委員 それで法律や何かの処理ではなしに、行政行為としてやつてよろしいというお考えのものにやられたというわけですね。
○奧田證人 そうです。
○徳田委員 しかしそのメモランダムをごらんになつてわかりますが、そのメモランダムには法律になるように規定してありますか。メモランダムでもデイレクテヴでもそうですが、デイレクテヴでも何でもやはり法律的事項と、政府がこれを法律化してやることと、両方あるのでありまして、ただメモランダムだからすぐこれが法律的だというわけにはいかんだろうと思います。メモランダムの内容いかんによつてきまるのであつて、お前のところでたとえばやみをこうこうする行為を罰すべし、いくらいくらに罰すべしという法律的規定がくれば、これは法律的効果を達しましよう。しかしながらそうじやなしに、こういう方針でやりなさいというなら、それは法律化して憲法のもとで、これに適合するようにちやんとやるべき責任を政府が負うのであつて、これ自体はすぐこれは法律的だというふうになつて、その間でやるところの行政は、一切の憲法及び法律を無視してもやつてもよろしいということにはならないと思うのですが、どうですか。
○奧田證人 その点は一体これが法律事項であるかどうかという御議論だろうと思いますが、この兵器処理の問題、あるいは廣く特殊物件の問題につきましては、当時の無條件降服した日本側の立場としては、兵器類を初めとして日本側の手で処理できるなどということは戰敗國として夢想だもしなかつたことと私は思います。ほんとうから言えば、連合軍側に適当な実施能力をもつていたならば連合軍みずからの手によつて日本の兵器を破壞し、いろいろな軍事的な施設を処理するというのが当然の問題であると当時私どもは考えていたわけであります。ところがそれだけ大きい責任を日本側に引渡すということでありますから、これはむしろ國内法を超越した國際法的なあるいは條約と申しますか、そういうより大きい問題がメモランダムの形で戰敗國政府に下つてきたものだと私は解釈しまするがゆえに、今徳田さんのおつしやるように國内法的な法律事項であるかどうかという御議論を超越した大きい至上命令ではないかというふうに私は解釈するのであります。
○徳田委員 あなた方はすぐそういうふうに言うけれども、ポツダム宣言を條件としてポツダム宣言も無條件で受諾した。何もかもなしに無條件で降伏したのではない。無條件というのを非常にあなた方誤つて考えておる。從つてポツダム宣言の中に、日本政府は自主権をもつと書いてある。從つてすべて日本政府の自主権のもとにこのデイレクテイヴも行われるのである。だから國際的な関係から言つての命令はそうであるけれども、しかし政府はこの命令によつて自分の責任でこれを國内法化し処理しなければならない。そういうことをこの兵器処理委員会でやらなかつたために、たれに責任があるのかさつぱりわからない。法律はどういうふうになつておるのかさつぱりわからない。だからここに大どろぼうが出てきた。だからこの兵器処理委員会が法律上に存在し得べき根拠はない。その点についてあなた方が最初に渡邊義介氏及び政人氏に会つてやつたときの処理がはたして正当であるかどうか、これをわれわれは質したい。その意味からすればあなた方のやり方は私は不当だと思う。だから契約をしたものは調査局長だとか何だとかとんでもない人がやつておる。これは政府を代表すべき責任をもたない。閣議決定も何もなしにやつておる。あなたのやつたのはこの調査局長が契約する前の準備行為ですね。
○奧田證人 準備行為と言いますか、その準備行為を積極的にやつたということではございません。その前哨的な段階にある事実に私が接触したというだけであります。
○徳田委員 そこで兵器処理委員会は実際上は内務省ではやり得ない。技術上の点から監督もし得ない状態にあるのですが、これを商工省はどういうふうに監督し、またこれに関係したかということを聽きたいのです。
○奧田證人 その点は先ほど申し上げた通り、私は兵器処理委員会について、お前も加入していたはずではないかということを時間的には言えましようけれども、遺憾ながら事実問題としては兵器処理問題には私全然タツチしておりません。
○徳田委員 次にお尋ねしますが、あなたは後に商工次官におなりになつたですね。商工次官におなりになつたのはいつでしようか。
○奧田證人 商工次官を拜命いたしましたのは二十一年の六月十四日であります。退官いたしましたのが二十二年の二月十二日依願退官しております。
○徳田委員 この間に兵器処理委員会に対して何らタツチしておりませんか。
○奧田證人 何と申しますか官制上はタツチする地位にあつたろうと思います。しかし事実問題として兵器処理問題について私この問題を取上げたことはございません。またもち込まれたことはございません。
○徳田委員 ぽーつとしておつたのですね。
○奧田證人 ぽーつとしていたと言いますか、これは結局次官といえども万能じやございませんので、いろいろな仕事をもつておりますので、各部署々々の仕事は実施局長が責任をもつてやつておるわけでありますから、その信頼する部下のやることを信頼していたというわけであります。
○徳田委員 主として鉱山局がやつておつたわけですね。
○奧田證人 鉱山局と総務局が関係していたと思います。
○徳田委員 鉱山局の方は技術的の方面で関係しないのですか。
○奧田證人 一般的の監督権をもつておりますけれども、しかし兵器処理の問題について、その後私聞いたことはございません。
○徳田委員 総務局長から何か報告を受けて決裁したということはございませんか。
○奧田證人 ございません。
○徳田委員 しかしそれはすべての事務の総括は次官がやつていくのじやありませんか。
○奧田證人 やりますが、私は鉱山局長をやめまして工務局長をやり、特殊標準局長官をやりまして、最後に次官になつたのでありますが、その間におそらく今徳田さんが問題にしております兵器処理とか何とかいう機構がきちんとできまして、それが実施面に問題が移つていたのだと思います。ですから制度的な問題でもあれば、私が次官の地位で当然関與したことがあり得るはずでありますが、私が次官をした当時は実施面だけの問題になつていたせいであろうと私は考えるのであります。
○明禮委員 一九四五年九月二十四日のメモランダム、この問題についていかがでありましようか。どういうお取扱いをなさいましたか。その当時商工省は内務省と同一あるいはそれ以下の責任者としてこれを処理しておられる事実があるようであります。この点についてお尋ねいたします。
○鍛冶委員長代理 メモランダムは覚えがありますか。もし何ならここに写しがあります。
○奧田證人 大体わかつております。今お示しになりました九月二十四日のメモランダムが私の手もとに届いたのは、先ほど申し上げました通りに早くて九月の終りか、十月の初めだと思うのであります。從いましてこのメモランダムから延長されてまいりますところのいろいろな事務的な取扱いの面においては、私は在任期間が短かくして、関與する機会を得なかつたということだろうと思います。
○明禮委員 そうすると、その問題について取扱われたのはどなたでございますか。
○奧田證人 おそらく私の後任の局長が関與しておると思います。
○明禮委員 北野局長ですか。
○奧田證人 それから総務局長の菅波君あたりが関與しておると思います。
○明禮委員 この配分のことについてあなたはちようど次官をやつておられたのでありますからお伺いいたしますが、二十一年の十一月一日以降は、特別委員会が廃止されまして、そうして鉱山局長の承認になつておりますが、今日実際において鉱山局長の承諾による配分が非常に非難が多いのであります。そこでこれらについてはあなたは次官として鉱山局長を監督しておられた立場上いかがにお考えになりましたか。
○奧田證人 二十一年のいつとおつしやいましたでしようか。
○明禮委員 二十一年の十一月一日以降、いわゆる兵器処理特別委員会が廃止せられて、鉱山局長の承認で一應配分をしておつたわけでありますが、その鉱山局長の承認が、たとえて言いますならば一トン五千円以上するようなたしか亜鉛バラストと思いましたが、そういうものを二千二百円ぐらいで処分させておる、そういう事実がなかなかたくさんあつたのでありますが、この点について伺います。
○奧田證人 実は私はその具体的な内容を承知いたしませんので、抽象的にさようなお尋ねを受けましても、はつきりした確信のある御返答を申し上げ得られないことを遺憾とするのでありますが、おそらく抽象的に申しますと、トンいくらのものをトンいくらで賣り渡したということだろうと思います。でありますからしてどうしてマル公がトンいくらのものを、それだけに値引して配分したかという事実内容を精査いたしませんと、そのいい悪いは言えないと思うのであります。たとえば、あるいは品物が特殊鋼のスクラツプであつて、一般の融通性がない。要するに市場性がないというために安く賣つたのか、その辺の具体的な内容がわかりませんと、私といたしましてどうこうという御返事はできにくいと思います。
○明禮委員 そうかもしれません。ほかの方も大低そういつた御答弁ですが、この兵器処理特別委員会というもの、一二十一年十一月一日以前、十月ぐらいまで行われておりました兵器処理特別委員会の出席名簿によりますと、鉱山局の非鉄金属課長山路八郎という人が出てやつております。この時分におきましても相当こういつた非難があつたわけでありますが、それと同時にこの特別委員会に出ておられる人々は、時間も相当にかかつたので、やはり委員会では相当の待遇もしたように聞いております。こういうこともあなたは御承知があるかどうかその点を……。
○奧田證人 待遇と申しますと……。
○明禮委員 たいへん御馳走したわけですね。兵器処理委員会とか、あるいは兵器処理部は相当雑費とか交際費をたくさん使つておるのです。それで実は委員会で今までも一回か二回御馳走になつたように言われる方もあるし、相当御馳走になつたような話があるのですが、その当時やはりあなたは鉱山局長でありましたか。
○奧田證人 いや次官です。
○明禮委員 次官になられない前、これはずつと前だから鉱山局長の時分もあつたのではありませんか。
○鍛冶委員長代理 鉱山局長時代はまた委員会ができておらなかつた。
○明禮委員 それでは次官当時ですが、問題は費用を相当使わせたということなんです。從つて早く言えばあなた方の監督の責任はどうであつたかという問題です。これを一應承つておきます。
○奧田證人 私は商工次官といたしましております。また公務上の責任もあるわけでありますが、その具体的な事実について、社会常識を逸脱したような問題がありとすれば、これは官吏服務紀律、今は公務員法に心あります通り、われわれの上司の監督をまつまでもなく、官吏として当然身を処すべき限界というものが明瞭に示されているわけでありますから、かりにその限界を逸脱したといろ事実がありますれば、本人にも責任がありますし、またそういうことについて監督上責任があるかどうかという問題になりますれば、具体的にその案件に照らして、私も道義上、あるいは法律上の責任があり得ると思うのであります。
○明禮委員 先日小松隆氏が起訴されまして、検察廳が取調べたところによりましても、相当大きな費用を使つている。しかも費用の使い先がわれわれの首肯できない方面に使われていることがたくさん列挙されているのは、証人は御承知のことではないかと思うのであります。この問題は内務省に返還されたものではあると申しますけれども、商工省が事実上の仕事をなさつておつた立場からして、將來これを処理いたします今日から先行きにおきましても、この問題は相当大きく取扱われるものであろうということを申し上げて質問を打切ります。
○鍛冶委員長代理 ほかにありませんか——それじや済みました。おそれいりますがあとの証人でまたお聴きしたいことがあるかもしれませんから、そちらに控えておつていただきます。 —————————————
○鍛冶委員長代理 渡邊義介さんですか。
○渡邊(義)證人 渡邊義介であります。
○鍛冶委員長代理 あなたは日本製鉄の社長であつたようでありますが、いつからいつまで社長をやつておいでになりましたか。
○渡邊(義)證人 私が日本製鉄の社長をいたしましたのは、二十年の五月の七日の総会で選任を受けまして、政府の承認を受けまして、それから翌年の三月十一日に退任いたしました。
○鍛冶委員長代理 その前は日本製鉄においででしたか。
○渡邊(義)證人 その前は鉄鋼統制会の理事長をいたしておりました。会長もいたしておりました。
○鍛冶委員長代理 それは日本製鉄から行つてなられたのでしようね。
○渡邊(義)證人 私は昭和十六年の十月に日本製鉄の常務をよしまして、それから十八年の一月に鉄鋼統制会の理事長に就任いたしまして、引続き鉄鋼統制会におりました。当時の鉄鋼統制会の会長は豊田氏でありまして、豊田氏が軍需大臣に就任せられることになりましたので、そのあと鉄鋼統制会会長に就任することになりました。これは二十年四月二十一日に会長就任の承認を政府から得まして、それから統制会長をいたしておりました。
○鍛冶委員長代理 社長はいつまでですか。
○渡邊(義)證人 社長は敗戰の翌年、二十一年の三月十一日に退任いたしました。
○鍛冶委員長代理 その後おやめになつて、何をおやりになつておりますか。
○渡邊(義)證人 その後何もやつておりません。
○鍛冶委員長代理 現在何もやつておりませんか。
○渡邊(義)證人 現在は私の実兄が小さな工場をもつておりましてそれが先般亡くなりまして、その息子がやつておりますので、その相談役のようなことをやつております。
○鍛冶委員長代理 何という会社ですか。
○渡邊(義)證人 弥満和製作所です。
○鍛冶委員長代理 あなたは製鉱の社長もしくは鉱鋼統制会の会長時代に経済團体連合会というものができたようでありますが、その設立について御関係なさいましたか。
○渡邊(義)證人 当時設立に関係があつたと申して差支えないと思います。
○鍛冶委員長代理 それはどういう目的のもので、いつできたのでありますか。
○渡邊(義)證人 設立の期日は私ははつきり申し上げかねますが、当時それまで重要産業團体協議会であるとかいろいろ経済團体があつたのですが、終戦後進駐軍の進駐に伴いまして、先方からいろいろ民間團体の方へ直接呼びかけがくる。従いまして、個々の折衝によつてそういうものに接触するよりも、やはり経済團体すべてのものが一緒になつて窓口を一つにして受ける話も答える話も一つ筋道にして通す方がよかろうというので、各種の経済團体が寄りまして経済團体連合会というものが設立されたわけであります。
○鍛冶委員長代理 いつごろでしたか、大体でよろしうございますが……。
○渡邊(義)證人 私、その期日ははつきり存じませんですが、九月の例の降伏の調印が済みました後だと思います。九月の上旬か中旬くらいまでにはできておつたと思います。期日ははつきりいたしません。
○鍛冶委員長代理 進駐軍が來ればいろいろの交渉があるというお言葉ですが、それはどういうことを予想されたのですか。
○渡邊(義)證人 それは進駐軍という直接軍からの呼びかけというよりも、向うの方からの日本の民間團体に対するいろんな接触が始まるであろうという期待であります。
○鍛冶委員長代理 いろんなというのはどういうことですか、主としては。
○渡邊(義)證人 たとえば日本の経済復興であるとか、その他の実情調査であるとかわれわれが一番初に接触いたしましたのは爆撃調査團というような調査隊がありまして、これは直接向うの軍の人たちが参つたわけですが、それらの人たちが鉄鋼部門につきましては鉄鋼統制会の方へ直接面談に見えました。これはおもに戰績の結果を調査する目的で見えた人たちのようであります。從つてまただんだんと向うからも民間側の視察團に類するような人たちも見えるだろうという予測のもとに、接触するには民間團体は民間團体として窓口を一つにするような強力体制をつくつておく方がよかろうという趣旨で結成されたと私は思つております。
○鍛冶委員長代理 調査ですか。それともまた仕事ですか。接触のある主たるものは。
○渡邊(義)證人 経済團体連合会がですか。
○鍛冶委員長代理 経済團体、民間團体に対していろいろあるだろうと予想されたのは、調査を委嘱されるということですか。いろんな仕事のことで相談を受けるということですか。
○渡邊(義)證人 仕事の上での相談も起つてくるだろうと考えておつたのです。
○鍛冶委員長代理 そういうことを予想したわけですね。
○渡邊(義)證人 予想してつくつたわけです。
○鍛冶委員長代理 昭和二十年の九月二十四日に連合軍最高司令官からの覚書基づきまして、進駐軍に引渡した軍需物資が日本政府へ返還されたことはご承知でしたろう。
○渡邊(義)證人 返還されたことは後で承知いたしました。九月二十四日にそういうことがあつたということをその当時に私は知つたわけではありません。
○鍛冶委員長代理 後でお聞きになつた。
○渡邊(義)證人 後で聞きました。
○鍛冶委員長代理 その返還物資の取扱いについてあなたは關與なさつたことはありませんか。
○渡邊(義)證人 それはたしか十月の六日ごろだつたと思いますが、当時横浜に駐屯しておられたアメリカの第八軍のバラード大佐が東京に出てこられまして、鉄の問題について話をしたいから出てこいという呼び出しが当時経済團体連合会の渉外部長であられた小松君を通じてありまして、私は当時日鉄の社長もいたしておつたものでありますから、日鉄と鋼管の代表で参りまして面会したことがあります。その面会した当時のバラード大佐の話の詳細は一々記憶しておりませんが、終戰後の日本の鉄鋼業の生産状況その他を中心ににしての話があつたようであります。私の記憶に残つている最後の要旨は、結局するところ今日本の産業復興のために鉄鋼業が起ち上るということが非常に必要なことだ。それで今敗戦國の立場から輸送関係その他で海外の物資を直接持つてくることはできないのだから、從つて戰災あとの屑鉄とか何とかいうような目さきにあるものを種にして早く産業を再開することが最も必要である思われる。それに対して占領軍が没収して破壊した後の兵器の残滓も渡してやることになるから、それをもとにして一刻も早く生産を再開する方がいいと思う。これはむろん政府がやるべきことではあろうけれども、何しろ敗戰直後のことでもありまするし、当時は中央政府で掌握しておりました中央集権的のいろいろな権限が皆地方に大きく委譲されたような機構になつた直後でもあつたせいでありましようが、中央政府で一々具体的の活躍をすることもおくれたと申しますか、取計らいにくいような情勢であつた時代なものでありますから、政府直接がやるよりも、そういうことを処理することに一番堪能な業者がみずから立つてこれを処理して一刻も早く生産再開をはかることが緊要だと思う、よつてそういう用意をしておいた方がよかろうという趣旨のお話を十月六日に受けたわけであります。しかしこれはその当時の混沌とした時代でありましたから、私どもの受けました感じは、非常に好意的に日本の産業復興を考慮された上のお話であるというふうに感じたわけであります。しかし当時呼び出されました日鉄と鋼管双方とも当時の製鉄業から申しまして主要のメーカーでありまするし、殊に鉄鋼統制会その他の仕事も担当しておる立場から考えまして、これは申渡しを受けたからといつて一業一社の仕事として処理すべきもりではない。そこで経済團体連合会というものがそういう趣旨でできているわけでありますから、一方経済圏体連合会へ連絡をとりますと同時に、また政府側の方にも当日の会見の模様を連絡報告いたしまして、とにかくその線に沿つてどういうふうに動いたらいいかという具体的処置を講ずることが妥当だということを考えたわけであります。従いまして一方経済團体連合会の方へも小松君準その趣旨を報告いたしまするし、また当時われわれの方の経済團体につきましては商工省が主管官廳であつたわけでありますから、商工省の方へも出頭いたじまして、当日会見の際先方の指示された事項を報告したへわけであります。從いまして、当時の商工省の私どもの報告した局長は奥田鉱山局長であつたわけでありますが、局長からも、政府以外の当業者にその話があつたということもちよつと筋違いのようにも考えられるけれども、一方占領軍の方からの申渡しがあるとすれば、政府側は政府側としてその話をもとにして処置を講ずるとしても、一應はその線に副う用意だけはしたらよかろうという趣旨のお話があつたと思うのであります。そのことも併せて経済團体連合会の方にも報告いたしまして、それに対して業者側としてこれに應ずる用意をどうするかということを相談するような機構を、経済團体連合会としてもつくる方がいいと進言したわけであります。その後また横浜の方へさらに呼出しがあつたようでありますが、横浜の方へ呼出しがあつたときには私は参りませんでした。そこでなお製鉄業者のほかに、われわれ業界の者としては白ものものと言つておりますがアルミニウムのようなものを中心にした、航空兵器を中心にした、兵器の残骸の処理ということも、同時に問題になつていたものと見えまして、横浜の会見のときには、鉄の関係者以外に、白もの取扱者としての主要メーカーの各社の方も同席せられたそうであります。兵器の残骸としては鉄及び非鉄金属の白ものを総合して、それの実行の衝に当るように指示を受けたという感じでありまして、それを経済團体連合会としての外郭的の仕事にしてやつていこうという意味で考えられましたのが、兵器処理委員会というものになつている仕組なのであります。私どもは経済團体連合会でそういう外郭的な仕事を取扱つてもらおうと考えました。私の考えは、まあ民間團体に呼びかけられたといたしましても、兵器の残骸でもありますし、その当時どのぐらいの量がどういうふうに集まるのか、そういう予測がなかなかわれわれには思い及ばないことであります。指名された二社なり五社だけで処理すべきものでないということもありましたので、仕事はとにかく明るみに出して仕事をすることが必要だという考え方で、経済團体連合会の中にそういう機構を設けてもらうことを進言したわけであります。それは十月の初旬から中旬にかけてのことなのでありまして、私どもが鉱山局長にお会いしましたのは、十月六日の第一回のバラード大佐との会見の翌日か翌々日でなかつたかと思います。その当時でも今委員長のお話の二十四日附の先方の覚書の内容がどういう内容のものであつたかということは、私どもにはさつぱりわからなかつたのであります。それから次第に進んでまいりましたところが、商工省側も内務省側も連絡があつたと見えまして、そういう基本的な覚書があつて——ちよつとあと戻りいたしますが、最初バラード大佐にお会いしてそういうお話を申し受けました当時の私自身の感じは、軍が没収している兵器を直接民間團体に渡してやるから、それで生産再開を促進すべしという筋のお話かなあと感じたのでありますが、あとでだんだん聞いてみると、日本政府に一括して返還する物資のうちの兵器の問題は、生産再開に早く使う方がいいのだから、その実行の衝に当る者は一番熱意をもつて努力するだろうということで、その者を銓衡してやらせようというお考えがあつたようです。先方の覚書を中心にして政府の動き方がどうあるのかについては、実は不案内であつたものですから、一方は経済團体連合会の方で五社の者がはいりまして、いろいろ官廳側と連絡をして相談いたしますうちに、日本政府の方でも、兵器の残骸だけと言わずに、先方から返還を受けられる物資全般を総括した物件の処理についての根本方針をきめられて、その方針に即して兵器の残骸処理の筋を動かす必要があるという御方針が、漸次まとまつていくようなかつこうになりましたために、私どもとしての仕事の選び方も、その政府の動き方に即して動かねばならぬ状態になつてまいつたのであります。從いましてその方針が、最初は商工次官からの通牒に基いて、とりあえずそれを処置していくような指示を受けまして、それに副うて動いておりますうちに、次第に動き方についての政府の方針も具体化してまいりましたものですから、たしか十月三十日附で兵器処理委員会の創立発起人総会を開きまして、それで定款その他の議案をきめたわけであります。
○鍛冶委員長代理 そこで伺いたいのは、あなたの所と日本鋼管の二社を選んでバラード大佐の所に案内したのは、どういうわけでありますか。
○渡邊(義)證人 そこは私どもにもわかりません。ただ私のその当時呼出しを受けましたときの想像では、第八軍は御承知の通り横浜に本部をおいて管轄されたと思うわけですから、第八軍の側からいえば、第八軍占領管下のメーカーの一番大きなものとしては、日鉄も鋼管もともに東京に本社がありまして、それから日本の製鉄業全般についての先方側の準備的の調査も、こつちに乗込んでこられるまでに相当眞実のものをつかんでおられたと信ずるわけです。ですから業界に対する先方の判断は相当確実なものをもつておられたのではないかと思います。それで日鉄の社長がまた統制会の会長をしておりましたし、日鉄のほかに、鋼管は熔鉱爐をもつているメーカーとしては、ほとんど日鉄、鋼管が一番大きなメーカーであるわけですから、まずそれらの連中を呼出してお話があつたのであると、かように私は信じております。これは私の考えですが……。
○鍛冶委員長代理 それは小松さんからお聽きになりましたか、小松さんがこの二社がよろしいと言つたのかそれとも向うから二社を連れてこいと言われたのか。
○渡邊(義)證人 その点は先方ははつきり指定されたのかどうかということはわかりません。当時小松氏は経済團体連合会の渉外部長を担任しておられまして、民間團体に呼びかければせんせいが渉外部長としていろいろな折衝に当られたという立場にあつたために、小松氏に向う側から呼出しのなにかあつたものと思つております。
○鍛冶委員長代理 小松氏が指定したわけではありませんね。
○渡邊(義)證人 ないと思います。
○鍛冶委員長代理 それから今ちよつとおつしやつたが、われわれ二社だけでやるべきものでない、経済團体連合会で相談して、そこで引受くべきものだ、こういうことをおつしやつたのですが、そのことを連合会へ相談なさつたのですか。
○渡邊(義)證人 いや、われわれは二社で出頭いたしまして、バラード大佐から承つた話を、経済團体連合会の方に連絡報告いたしまして、こういう具体的な話はやはりこれは経済團体連合会がそういう話を受けたものとして、適当な処置を講じてもらう方がいい、かように話したわけであります。
○鍛冶委員長代理 その結果はどうなりましたか。
○渡邊(義)證人 その結果は、その線に沿うてやるにはやるとしましても、政府側の指示も受けて、その線に沿うて動くような用意を進めようという準備にかかつたわけです。
○鍛冶委員長代理 準備した結果はどうなつたのですか。
○渡邊(義)證人 準備した結果は、その当時は先ほど申しましたように、政府側の方が九月二十四日附で返還物資処理の要綱が來ておつたということになつたものですから、從つて具体的に進む方針としては返還物資の全部にわたつての内閣の方針に則した動き方をしなければならぬということになりまして、そうして政府側の方が先方からそう指示されたこともあるとすれば、実行者としては民間の適当な業者が結束してやるがよかろうという趣旨になりまして、先ほど申しましたように十月末日をもつて組合としての兵器処理委員会の定款をつくつて総会を開いたというような経過です。
○鍛冶委員長代理 そうすると連合会としても初めから結局鉄鋼はあなたのところの二社だけだつたのでしよう。あとは非鉄金属でしよう。
○渡邊(義)證人 そうです。
○鍛冶委員長代理 連合会から選ばれてあなたのところの一社だけがやることになつたのですか。
○渡邊(義)證人 連合会も承認をしておるのですが、私ども鉄鋼会長としての当時の感情を申しますと、むろん製鉄業者は日鉄、鋼管以外に関西にもいろいろメーカーがあるわけでありますが、しかし結果において考えますと日鉄と鋼管が熔鉱爐をもつておるメーカーとしては一大メーカーであります。単独熔鉱爐をもつておるのは二社で、神戸製鋼と住友、その関係は私は承知いたさぬのでございますが、すでに白ものを処理する担当業者としての指定を受けておるわけであります。この仕事は実はなかなか僻遠の所までいろいろな防備態勢が行われておつたのでありますから、これを作業的に平均にどこで処理していくということは作業の実際面から見ましても、経理面から見ましても非常に難澁な仕事であると思われるので、各社が実行すれば從つて白ものと黒ものを両方やるというような作業班を組織していくということが非常に困難であつたろうと思います。ですから関西の方は住友、神戸が白ものを扱うように指示を受けており、日鉄、鋼管は黒ものメーカーとして黒ものを担当させるという組合せになつても、私はそう不当じやないと思います。
○鍛冶委員長代理 そうかもしれませんが、こういうことですよ、私の聽かんとするのは。初めからあなたの方の二社が選ばれて、あなたは経済團体に相談したと言われるけれども、結局初めから指定された二社がそのまま引受けることになりますから、経済團体へ相談せんでもあなた方二社にきまつておつたのではないですか。
○渡邊(義)證人 そうでしたか。それは向うから呼出されて申渡しを受けたのが一社でありますから、経済團体連合会がその選定を國内事情から見ても不当だと言わなければ、その線に沿うて承認されるという状態であつたと思います。
○鍛冶委員長代理 経済團体連合会とどんな相談をいたしましたか。
○渡邊(義)證人 経済團体連合会はバラード大佐に会見をした顛末、内容を話して、それを実行するにあたつてどいうような処置をつけるかということについて、経済團体連合会としての立場の方針をきめてもらいたいということであります。
○鍛冶委員長代理 そうしたらどうですか。
○渡邊(義)證人 それはその線に沿うて特別の何か委員会のようなものでもこしらえて、この問題を処理するようにしようということで、兵器処理委員会の方へ任したわけであります。
○鍛冶委員長代理 その委員会をつくる場合には、その委員会のメンバーはあなた方二社でよろしいということがきまつたのですか。
○渡邊(義)證人 その当時は白ものの三社と、横浜におかれて、兵器の残材を処理するものとして鉄鋼、屑鉄という黒ものは日鉄、鋼管、それから白ものの方面としては古河、住友、神戸、この三社が担当を申渡されたことになつておるわけですから、その五社が中心になつて実行案を考えたらよかろうということになつて、その上に構成はその五社を中心としてできたわけであります。関係五社のほかに今の小松氏の立場は当時鋼管にも関係がありましたけれども、この人はむしろ経済團体連合会の渉外部長の位置の人として、この委員会にはいつておられたということになつております。
○鍛冶委員長代理 そうすれば鉄鋼の方は、あなたの方で二社でやれということだつた、非鉄金属の方はこの三社、がやれということであるが、それを皆さんに報告いたします、これでよろしゆうございますか、こういうことですね。
○渡邊(義)證人 まあそういう運び方ですね。
○鍛冶委員長代理 相談したと言われるけれども、こういうことがあるが、どういうふうにやればいいかということを向うがきめたのか、それともあなた方からこう言つてきておるのだというのですか、その点を……。
○渡邊(義)證人 私の方でその内容を言つて、それについての判断を求めたという程度です。
○鍛冶委員長代理 いま一つ承りたい。あなたは奥田鉱山局長へその報告に行かれるときに、われわれ二社にやれというバラード大佐からの命令であつた。こう言うて行かれましたか。
○渡邊(義)證人 命令であつたということはどうかわかりませんが、とにかく呼び出されたのは、われわれ二社ですね。二社が中心になつて動くべしという指示と信じたわけですから、その氣持の通りを鉱山局長に話しただろうと思います。言葉はどういう言葉で言いましたかわかりませんが……。
○鍛冶委員長代理 命令であつたか指示であつたか知りませんが、われわれ二社にやれと、こう言われたと言つて行つたのですか。
○渡邊(義)證人 そうであつたかも知りませんが、そこは言葉自身はどういう言葉で表現したかということをお尋ねになりますと、その言葉自身を今はつきり記憶しておりませんが、その趣旨のことを申したろうと思います。
○鍛冶委員長代理 バラード大佐はあなた方二社でやれということでありましたか、それとも経済團体でこういうものを引受けてやれということであつたのですか。
○渡邊(義)證人 経済團体へ相談して、そういうものを引受けるようにやれということも、バラード大佐とお会いしたとき、そんな話は先方からはなかつたと思います。
○鍛冶委員長代理 お前方二社でやれ、こういうことだつたのですか。
○渡邊(義)證人 鉄の方の仕事は黒ものメーカーとて……
○鍛冶委員長代理 それに基いて兵器処理委員会というものができたということですか。
○渡邊(義)證人 そうです。
○鍛冶委員長代理 最初兵器処理委員会というものはどういう形でやることになつておりましたか。
○渡邊(義)證人 それは結局するところ、政府の方針に即してそういう実行團体ができて、実行者としての担当を民間方にやらせるという線に沿うてできたわけだろうと思います。それは先ほど言いましたように、この仕事をまとめていきますのに非常に凸凹のある仕事になるだろうという予測がされたわけであります。つまり作業の範囲が、非常に場所によつて凸凹ができるわけであります。從つて政府に返還を受けられた物資を処理していく上に、関係の五社が一社々々で経理していくことになりますと、そこに非常なアンバランスや不安定なものが起る。そこで一括して日本政府が返還を受けられたものについての仕事なんですから、関係各社の分担する区域が別々になりましても、総合的の経理は白ものも黒ものも一緒にした上で、総経費としてどのくらいでできるかというようなところを見た上で処理する方がいいというので、全体をプールしてやるというような構想の下に兵器処理委員会というのができたわけです。
○鍛冶委員長代理 これはあとで民法上の組合としてやられたようですが、最初はそうじやなかつたのじやなかつたですか、ただ單なるそういう委員会制度のものでやろうということじやなかつたのですか。
○渡邊(義)證人 いや、そこの期間の間隔は私ははなはだ記憶がないのでありますが、私が先ほど申しましたように、最初バラード大佐から呼び出しを受けて、その話を受けましたときには、軍の没収残材を直接五社に提供されて、それによつて生産再開を促進すべしというような御趣旨のように私承つたのですが、その後政府と連絡して、だんだん運んでおりますうちに、すでに日本政府に一括して返還するという筋書になつておるということが明瞭になりまして、先ほど言いましたように兵器処理委員会の構成というものは、その線に沿うてずつと動くようになつたわけでありますから、結局十月三十日だと思いますが、創立総会が開かれる間にそのくらいの期間も経つてしまつたことになつております。われわれとしては最初申し上げたような感じでお話を受けてきたものを、そのまますぐ形に移していくというようなことは実現できなかつた。実現しなかつたわけです。
○鍛冶委員長代理 これは最初十月三十日にできました委員会とあとでできた組合というものと、性格が異つておりませんか、同じものでしたか。
○渡邊(義)證人 十月三十日にできました兵器処理委員会というのは、おそらく組合としての組合規約、定款というような形できめたわけなんでありまして、その当時はすでに組合であつたわけであります。
○鍛冶委員長代理 何かこの前の証人から聽いたところでは、最初は單なるコミツテイーとしてやろうといつておつたが、それでは金融その他のことで困るからというので、民法上の組合にすることにしたと聽いておりますが、そうじやないですか。
○渡邊(義)證人 そこのところは私記憶しておりません。
○鍛冶委員長代理 組合の定款は昭和二十一年九月二十六日の委員会で決定しておりますね。約一年後です。
○渡邊(義)證人 私の記憶では二十年の十月三十日に、何かその定款案を審議する発起人の創立総会のようなものができたと思つておるのですが……。
○鍛冶委員長代理 日附は十月三十日になつておりますが、ほんとうに定款ができたのはずつとあとではありませんか。その前は組合ではなくて、委員会として仕事を進めておられたのじやないのですか。
○渡邊(義)證人 私はそうじやないと思うのですが、どうもそこははつきり申し上げかねます。つまりそういう仕事に着手すれば、各担当業者のみならず、総括して動こうという、五社をプールしよう、プール計算を前提とした経理の処置をどうしなければならぬかということはすぐに問題になると思います。從つて組合規約なら組合規約というものがきまりまして、関係五社が最初はどのくらいの出資をするか、あるいはその後の動きに應じての、作業の大小規模に應じての金融の方法をどうして講ずるかということは、当然最初から考えなければならぬ。またその仕事の範囲というようなことも、ものが兵器の残材でありますだけに、なかなか総括的に予算をきめてかかることはできないわけですから、起ち上らなければならない。殊にバラード大佐から最初会見のときにも申されたように、ものが兵器の残材ですから、いつまでも放置しておいてはいかぬ、即刻着手するように考案すべしという趣旨のお話がありましたから、とにかく実行案を早く立てなければならぬということになつておりましたので、とにかく実行に着手する方法も、白ものも黒ものも一緒にしてプール計算にするというような何か方法がなければ私は起ち上れなかつただろうと思います。どうも組合規約の内容というものが、実行に着手する前に一應申合せがなくちやならぬというふうに私は思われます。
○鍛冶委員長代理 いや最初に一應の申合せはあつたけれども、がつちりした民法上の組合でなくて、その程度でやつておいたのじやないですか。
○渡邊(義)證人 その期日については私どもはわかりません。記憶があやふやなのかもしれませんが、はつきりいたしません。私は十月の末日附に創立発起人総会を開いて、そこで定款その他をきめて一應準備ができた、かように考えております。
○鍛冶委員長代理 あなたは定款に署名した覚えはありますか。
○渡邊(義)證人 その創立発起人としては関係五社の代表者として署名いたしました。
○鍛冶委員長代理 発起人ができておるということと、その定款ができて、その定款に署名したのとは違いますが、定款に署名せられた覚えはありますか。
○渡邊(義)證人 定款に署名したかどうか、それはどうもはつきりいたしません。
○鍛冶委員長代理 どうもあとでできて、それで十月三十日にさかのぼらせた……。あとではないようですよ。
○渡邊(義)證人 そうでしたか、どうもそこは記憶ははつきりいたしません。もし私の在任中にその定款ができておるものとすれば、私はサインしておると思います。
○鍛冶委員長代理 そこであなたの会社では委員会のメンバーとして直接処理することになりました。これについては覚書の趣旨に基いて厳格なる條件がついておつたと思いますが、その点は御承知でありましたか。
○渡邊(義)證人 それはつまり次官通牒の趣旨に基きまして、実際の仕事としては収集、破壊、運輸、配給、処理ですね。そういうことをやるようにという趣旨の指示に基いてわれわれは動くことになつておつたわけでありますから、集めましたものを……。
○鍛冶委員長代理 あなたは昭和二十年九月二十四日の連合軍最高司令部から出ておりますメモランダムは御承知でありましようね。
○渡邊(義)證人 それは直接私は承知しておりません。それがどういうふうな方法でわれわれに提示されるようになつたかという期日は私にはわからぬのです。と申しますのは、第一私どもがバラード大佐に会つたのはすでに十月六日ですから、そうして私の話を受けましたときの感じは先ほど申し上げた通りの感じでまいつております、それから鉱山局長に始終連絡、報告をいたしました当時も、商工省にそういうことがあつたとすれば、その点についてのはつきりしたお話があるはずだと思いますが、どうも私にはわからぬのです。
○鍛冶委員長代理 物を日本政府に返すとかということについてはそうですが、私の聽かんとするのは、このメモランダムの中にはいつている條件です。これを返す代りに日本政府としてはかくかくのことをやらなければならぬというきつい條件が加わつている。それで、あなた方に日本政府の代行としてやらせたのですから、あなた方にもこの條件をはつきり申し傳えてあるはずだと思いますから、その点、傳わつておつたかということです。
○渡邊(義)證人 政府側に連合軍側から指示された具体的な條件を一々私どもが承つたとは思いませんが、具体的にこういうことを聽いたか、こういうことを聽いたかとおつしやれば、あるいは思い出すかもしれません。
○鍛冶委員長代理 それでは読み上げましよう。メモランダムの第四の「ハ」として「日本帝國政府内務省は受領せる全物件に関する記録を保存し、これら一切の軍需品、資材及び装備の処理に関しその最終需要者に至るまで瞭然たらしむるようなしおくべし」となつておりますが、あなた方は日本政府の代行者としてこれを処理配分せられることになりますが、配分した以上、そのものを明瞭に記録して、最終需要者に至るまで瞭然たらしむるようしておかなければならぬ、こういう條件があるのです。あなた方に代行せしめる以上は、政府として必ずあなた方にこれを言つてあるはずだと思うが、そういう條件を聽いておられるかというのです。
○渡邊(義)證人 その條件を具体的に読み上げられたような方法で申し渡しがあつたかどうか知りませんが、おそらくそういう趣旨のことは代行機関としてやらされる以上、強い指示があつたはずだとは思いますが、しかし、いつ、どういう方法でどうされたかということははつきりいたしません。またわれわれ受ける者の立場からいたしましても、すでに呼び出された関係、二社だけの仕事として、これを内々に請負つたというような意味で運ぼうという考えではないのであります。表向きの仕事として、経済團体連合会の外郭團体の仕事として明るくして運んで行きたいということで立ち上つたような趣旨でもありますから、そこに一括して日本政府の返還を受けられた物についての物資の処理になるのだということも明瞭になつたわけでありますから、むろん筋道は明瞭にやらなければならぬことと、申し渡しは受けなくても、その覚悟でやつておりました。
○鍛冶委員長代理 從つてあなたは社長で、一々仕事はできないのですから、部下にやらせることになりますが、部下の者に対してはその趣旨を徹底せしめておいでになりますか。
○渡邊(義)證人 それはむろん徹底せしめております。殊に特別会計といたしまして会社の直接の経理とは別個のものに切離して経理をするという趣旨のことははつきりいたします。
○鍛冶委員長代理 今おつしやつた通りわれわれは政府の代行者なんだから、全部こつちのものになつたのではないのだ、一品たりといえども粗末にしてはいかぬということの指示はしておいででありましたか。
○渡邊(義)證人 そういうことは話してあります。
○鍛冶委員長代理 ところがあなたのところで現在この問題について不祥事件が起つておりますね。そういうことが厳格に達しておればこういうことは起らなかつたようでありますが、その達しがあるにもかかわらず、起つたのはどういうわけで起つたとお思いになりますか。
○渡邊(義)證人 それは昨今の新聞紙上でも私見ておりまして、はなはだ遺憾に思うのでありますが、私どもの在任中その指示が徹底を欠いたという点に主観性があるのならば、それははなはだ申訳ない筋だと感じておるわけであります。
○鍛冶委員長代理 そのほかに何か原因がありますか。
○渡邊(義)證人 もしほんとうに刑事的な問題になるような処置をしておつたとすれば、そういう処置をした者の迷いと申しますか、あるいは混沌たる情勢の何といいますか、緊張を欠いたとでも申しますか、そういうことではなかつたかと私は思つております。
○鍛冶委員長代理 あなたの日鉄の中では上の方から下の方まで相当現在起訴せられている者がおることは御承知でしよう。
○渡邊(義)證人 薄々は聞いております。一々だれとだれということは聞いておりません。
○鍛冶委員長代理 その原因は徹底しておらなかつたということと、部下の者に悪い者がおつたというその二つだとお思いになりますか。
○渡邊(義)證人 そうだと思います。
○鍛冶委員長代理 何か聽くことはありますか。明禮君。
○明禮委員 どうもよく聽取れないのですが、バラード大佐に会われたときの事情としては、要するに日鉄と日本鋼管はこれを処理せよということの指令がバラード大佐からあつたということに承つてよいのですか。
○渡邊(義)證人 私はそういうように感じてまいりました。
○明禮委員 それからあとの三社古河、扶桑、神戸製鋼については御存じありませんか。
○渡邊(義)證人 それは私全然存じません。私がバラード大佐に会いましたのは、鋼管代表者の渡邊さんと同道して会つただけであります。
○明禮委員 それでは非鉄金属の方はよくわからぬでしようか。
○渡邊(義)證人 全然存じません。
○明禮委員 横浜に行かれたというときは非鉄金属の方は行つたのではありませんか。
○渡邊(義)證人 私は横浜の方には参りません。ですから小松君が行かれたときは古河、住友、神戸の三社の代表者も同席して出頭しておつたような話であります。鉄と非鉄金属との双方の兵器の残材をわれわれ担当者に話があつたということがわかつたのであります。
○明禮委員 菅波局長がここに出られて証言のときには、あなた方二人と連れ立つて行つたのも小松氏であり、非鉄金属の三社と行つたのも小松氏であつて、小松氏はバラード大佐に相談の上やつたことでしようか。小松氏自身の考えでやつたのですか。それはわかるでしよう。
○渡邊(義)證人 それは全然わかりません。
○明禮委員 どういう事情で行くようになつたかということはわからないのですか。
○渡邊(義)證人 もし民間團体に呼びかけるために小松氏がバラード大佐に呼ばれたとすれば、先ほどから申しますように経済團体連合会の渉外部長としての地位において、いろいろな折衝を頼んでおつた人でありますから、小松氏を介在せしめて呼出しがあつたかもしれませんが、神戸、古河、住友の三社の代表が呼出されるときには、われわれが呼出されると同じようなコースで小松氏を通じて呼出されたものであるかどうかは私は存じません。
○明禮委員 それから今委員長が聽いておりましたところで、定款の署名はあなたがされたのでしよう。二十年十月三十一日附で日本製鉄株式会社となつておるようですね。
○渡邊(義)證人 先ほど委員長にもお答えいたしましたように、十月三十一日附の定款が十月三十日の創立総会できまつておつて、その定款に調印するものとして、関係業者の代表者として、私の任期中でありますから私は署名したはずであります。
○明禮委員 とにかく形式的には、あとでつくつたかも知れませんが、要するにあなたの御署名はあるのでしよう。
○渡邊(義)證人 今申し上げましたように、委員長のお尋ねは定款というようなことが具体的にきまつたのはよほどあとから日附だけを遡らしてやつたのではないかというお尋ねでありますが、私そういうこともはつきりしませんですが、少くとも私の任期中に創立総会があつて組合が結成されて、定款にそういうような日附がついておるものとすれば、私の任期中のことでありますから責任者としては私は署名しておるはずだと思います。
○明禮委員 二十一年三月十一日までだとこれは多少あとになつておるかも知れませんが、とにかくあなたの御署名があるようですね。
○渡邊(義)證人 十月三十一日附になつておれば私は責任者であるはずであります。
○明禮委員 それからこの内容ですが、結局あなた方はどういう考え方であつたでしようか、これは一体國家の物だというお考えなのですか、廃兵器は自分らが拂下を受けたものだから自分の物だという頭でおやりになつたかどつちなんですか。
○渡邊(義)證人 それはそうい考えはありません。というのは自分の物だと思つたかというお尋ねに対しては、そういう考えでないということで、最初申し上げましたように、九月二十四日附の向うの覚書が、すでに私どもが十月六日に呼出された当時あつたものだということがわかつておれば、最初申し上げましたように錯覚が起こらなかつたというのは十月六日八軍の経済部長のバラード大佐に呼出されたためであつて、最初私がお話を受けた感じは、八月の占拠で没収した兵器を生産復興材に出してやるという筋のお話かというように、私は受けた感じがあつたくらいなのですから、それが政府の方にも連絡し、だんだん兵器処理委員会ということで組み替えされるまでの間に、すでに二十四日に命令受けて全部日本政府に返還されるのだいうことが命令になつているわけであります。それを私どもが私し得るような頭で運営するということはできないわけであります。
○明禮委員 そうするとやはり國家の物だという前提なんですね。
○渡邊(義)證人 ただ運ぶ場合の形式が内務省から一應兵器処理委員会に拂下のコースをとつて処置したということはありましようけれども……。
○明禮委員 どうもこれは当初からトン数がどのくらいあつたかということについて、あなたは認識はおもちになりますか。
○渡邊(義)證人 もちません。実はどこからどういうものがどれだけあるかということが皆目私どもにはわからない。從つて作業計画を立てるために、一体どういう作業計画ですればいいかということに非常な難澁性があつたわけでありまして、それは鋼管もおそらくそうであつたと思いますが、私当時帰りまして日鉄の幹部会でその問題を報告して進行方を諮つたときに、非常にむずかしい仕事を引受けてきたものだというふうに皆考えたくらいですから……。
○明禮委員 初めから損をするというつもりであつたのですか。
○渡邊(義)證人 非常な経理できないものになりはしないかという懸念は濃厚にありました。それはそうでしよう、どこの山奥から兵器が出てくるのかわからないから輸送力のないときに、人手のないときに山の中に行つてそれを破壊して運搬してもつてきて、工場で処理する仕事は非常に難澁な仕事なのです。
○明禮委員 結局私ども今日これを考えてみると、非常に遺憾な点は各社とも自分のプロパーの方に拂下げるのは、ばかに安く拂い下げられておるという点があるのです。それから費用にしても小松さんがこの間起訴されたあれによつても非常に経費をよけい使つております。殊にあなたの黛という人ですか……。
○渡邊(義)證人 あの人は鋼管です。私の方は日鉄です。
○明禮委員 とにかく相当いろんな問題がたくさん起つて、これがために、たとえば日鉄の方でありますと、費用が七千六百二十七万ほどかかつておるものを、七千万円ほどで拂下げておる事実があるのです。
○渡邊(義)證人 拂下の処理は價格の取扱い方も、政府の方から指示があつたものだと私は記憶しております。ですからその指示通り動いておらなければならぬわけです。
○明禮委員 拂下の方には指示がありますが、價格はマル公があつたりいろいろにしてやつておりますけれども、しかし実際においては費用がかかつた点については何らの輪郭がないのです。取り壊し費用あるいは実費でなんぼかかるという予測ですが、そういう点についてのわくというものはこの当時はなかつたのです。
○渡邊(義)證人 最初はなかつた。それは政府の方でも軍当局であればいざ知らず、商工省側でこれを集めるのになんぼで済むはずだというような予測は立てまいと思います。私ども自体が立たないのですから……。
○明禮委員 とにかく結果において今日非常な損失をしておるわけです。大体今考えてみると、この間の産業復興公團の報告でも、二億五千万円くらいは赤字になつておるのです。
○渡邊(義)證人 その後の経過に基く事態については、私から申し上げるのは適当じやないと思いますが、結局するところ実費の予測がなかなか困難で、引受者もあまり希望がないということがありますのと、それから関係者が自分で実務を担当したからと言つて、その担当した実務者にのみ特別安い價格で配給されるというようなことは考えられなかつたわけです。実費のかかり方がいかに多額を要するかということから予測してマイナスが出るだろうというような考え方は、実務の担当を命ぜられた各五社ともみな非常に強く考えたのだろうと思います。しかも一方取扱うものが、期日をよけいかけて引合う時期に運び出してきて処理すればいいというような性質のものでなくして、とにかく兵器の処理というようなことになつておるわけですから、期日も非常に短期間に処理されなければならないという予測から、なおさらマイナスがよけいかかるであろうというように終戰直後の輸送状態その他のことを総合すればなおさらであります。政府の方からのお話もそういう経理の結末については予算的の措置をするからとにかくやれという運びであつたものが、だんだん仕事が進行するに伴いまして、非常な厖大な経費を伴う仕事になりそうだというので、その限度を附せられて、とにかく引合う程度で仕事をやれ、収入で賄える限度で仕事をやれという筋に変つてきたのです。
○明禮委員 予算的措置を講ずるというようなことは、大藏省では言わぬということを、ここへ喚び出された人が言つております。
○渡邊(義)證人 直接大藏省からその話を承つたのではなしに、商工省の通牒で……。
○明禮委員 それは商工省でいい加減のことを言つたのですが、実際はそうじやない。そこで問題としては、結果においては、契約書なんか非常にまずいためにこういつたようなルーズなものをこしらえたために費用はかかるだけかからしていいのだというような主義でやつてしまつて、人件費だとか、運送費だとかいうようなもので非常にたくさんの犯罪が起つて、今日ここでこれを檢討しなければならぬようになつたのも、原因は実に契約書そのもの、それから解体兵器処理費等に関する件というようなものをきめた当時の責任者に責任があると私は思う。
○渡邊(義)證人 それはお言葉を返すわけではないが、あの当時の状況は、われわれの呼び出されたのは十月六一日で、向うの指示は、後で承れば九月二十四日、ミズリー号で降伏調印をしたのは九月初めだというようなことでありまして、非常に混沌とした時代でありますから、そう日本政府だけの考え方でもつて厳格にこの問題を取扱わせるということは、非常に困難な事情もあるだろうけれども、また引継をさせる方から申しましても、引合おうが引合うまいがお前の方はやれということは、政府としてもおつしやりにくかつたろうと思います。
○明禮委員 それはそうです。だからむしろそれならそれだけの報酬をとればまだこんなことは起らなかつたのです。また業者間にも只奉公はできないという頭もあつたろうと思いますが……。
○渡邊(義)證人 それはおのおのがやはり会社というような機構をもつているわけですから、会社に非常な迷惑をかけてでも構わぬからやるのだというような処置は、おそらく会社の代表者としてはできないことであります。
○明禮委員 そういう意味から、品物を安くとるとか、あるいはやみ費をするとか、ろくなことがたくさんあつたわけです。それである会社のごときは、交際費として一千四百万円も使つているというような事態がある。あなた方だつて相当の費用を使つているわけです。だからとにかくそういつたようなことが今日結果から見て、あなた方は非常に努力せられたのだと私たちも思うけれども、今日この問題が國会の俎上に上つて見ると、今申し上げました通り、契約書とかあるいはメモランダムについての周到なる注意が足りなかつたのだという結果になるのではないかと思います。
○渡邊(義)證人 あるいは結果論としては、お話のような結果も起つているということは言えるのかも知れませんが、当時受けました立場から考えますと、あのとき取扱うものが兵器であつて、期日を繰上げてでも処置すべしというような立場から講じた処置としては、後で不完全というような結果があつたにしても、それは運営者の責任においてぼろを出さないように運営させなくてはならぬというような立場でありますから、運用で効果を上げるということに重点をおいて政府は指示もされ、また業者の選定もされ承認もされたのではないか、こう思います。
○明禮委員 その点はこれで止めておきましよう。
○鍛冶委員長代理 ほかにありませんか。それでは一應済みましたが、あとの証人でまたあなたに聽きたいことがあるかも知れませんから、ちよつと証人控室にいていただきたいと思います。 —————————————
○鍛冶委員長代理 渡邊政人さんですね。
○渡邊(政)證人 そうです。
○鍛冶委員長代理 あなたは日本鋼管の社長をしておいでになつたが、社長はいつからいつまででしたか。
○渡邊(政)證人 昭和二十一年五月から昭和二十三年四月末まで社長をしておりました。
○鍛冶委員長代理 その前は何でしたか。
○渡邊(政)證人 その前は、昭和二十年十一月までは常務取締役、二十年十二月から翌年の三月まで副社長をしておりました。
○鍛冶委員長代理 昭和二十年九月二十四日の連合軍最高司令部からの覚書によりまして、軍から進駐軍へ引渡しをした軍需物資を、さらに日本政府へ返還されることになりましたが、そのことについては御承知ありましたか。
○渡邊(政)證人 知りません。
○鍛冶委員長代理 ところが、それに基いて兵器の処理についてあなたの会社で相談を受けたということでしたか、それはあなたが御関與になつたか、それとも関與にならないとすれば、だれが関與になつて、そのことをどうお聴きになつておつたかを承りたいと思います。
○渡邊(政)證人 昭和二十年の十月六日と記憶いたしておりますが、当時私と同じように常務取締をいたしておりました小松隆君が第八軍の経済部長のバラード大佐から鉄鉱の問題について相談をしたいから、明日の午前十時にアメリカン・クラブに來てくれ、こういう書面が来た。それで当時鉄鋼統制会の会長であり、かつ日本製鉄株式会社の社長でありました渡邊義介氏に同道願うことにして、当時鉄鋼統制会の参與理事をいたしておりました私に一緒に行つてくれということで、アメリカン・クラブに参りました。そしてバラード大佐から大体このようなお話があつたと思います。 日本國民は終戰以來放心虚脱の状態におる。しかるに日本國の再建は日本国民の責任である。特にこの再建のためには産業の復興が大事である。産業のうちでも鉄鋼業はその中核であるので、鉄鋼業をやつておる君たち有力なメーカーが、ぜひ卒先して鉄鋼の復興生産にあたられたい。ついては今度もとの日本の陸海軍の所有している軍需物資を日本政府に返還することになつたので、その鉄鋼に関する廃兵器を処理をして、そして屑鉄を生産する、それを原料として生産に充てるということが必要なことと思われる。日本の現状においては從來のような鉱石なり、屑鉄なり、鉄なりを日本に輸入して、その原料でもつて生産に充てるということは当分不可能と思われるから、このような廃兵器を処理して、製鉄の原料にしていくことが必要であると思われるので、特に有力な君たちが卒率先してこれをやつたらどうかというふうな慫慂と申しますか、私どもはこれを命令と考えたのでありますが、さようなお話があつたのであります。そうしてそのあと鉄の問題に関しまして、日本製鉄、日本鋼管会社の生産の現状なり、あるいは生産高なり、二社以外の群小メーカーの生産事情なり、それから輸送関係、鉄の價格の問題等についてそのときいろいろな鉄に関連した質疑應答をいたしました。それで私どもは帰つてまいりまして、翌日であつたか、あるいは翌々日であつたかと思いますが、日本製鉄の渡邊社長と同道いたしまして、商工省の鉱山局長を訪問いたしまして、バラード大佐からの話のあつた事情を報告をして、どういうふりにこれを処置したらよろしいかについて懇談をしたと記憶いたしております。その際に鉱山局長からは、どうも命令とあればやむを得ないであろうが、できたものを二社でもつて、独占することは、当時まだ生産割当もやつており、生産割当の裏づけとしての原料の配給もやつておつたときでありましたので、二社のみでこれを独占して使用することはいけないだろうから、これはひとつ、よく役所の方とも相談をしてやらなければならぬだろうというような話をしたことを記憶しております。それからその後商工省の鉄鋼課長も混えまして、鉄鋼統制会において会長その他、二、三の人が寄りまして、当時は小松隆君もまいりまして、バラード大佐かちら指示のあつたことを話をして協議をして、とりあえず二社でもつて委員会のごときものをつくつて、この命令通りの仕事を促進していくよりほかなかろうといつたような相談をしたことを記憶しております。その後数日をを経まして横浜の第八軍の経済部へ小松君及び日本製鉄のどなたでありましたか呼ばれて行つたそうでありました。そこへ非鉄関係の住友、神戸製鋼、古河の三社の人々が商工省の事務官と來ておられて、いろいろ八軍の経済部と話合いをいたしまして、たれかその代表を一人こしらえてもらいたいという話があつたので、協議の上で小松君がその代表として第八軍との間に交渉をすることになつたということを、翌日小松君から報告を受けたのであります。その後兵器を処理をするのにいろいろ会合しまして、そうして十一月の一日に兵器処理委員会ができたのであります。その委員会は日本鋼管の方からは私がその委員に推薦されまして、委員会の委員となつたのであります。けれどもこれをやつてまいりますのにはほんとうに仕事に専心していく必要がありましたので、私は委員にはなりましたが、実際の実務は当時の会社の需品部長である黛という者を私の代理として、爾来兵器処理委員会に出席してその作業に当つたのであります。十二月になりまして私が副社長になつて、会社の全般のことに目を通さなくちやならぬようになりましたので、実際の仕事は私いたしませんで、もつぱら会社に兵器処理の仕事をする外局を設けまして、当時日本鋼管の造船所長をしておりました元の海軍中将鈴木を次長とし、かつ作業本部長に命じ、需品部長の黛も総務部長に命じた。この両人が全責任をもつて仕事をやらしたようなわけであります。
○鍛冶委員長代理 先ほどおつしやつた奥田鉱山局長が、命令だとあれば仕方がないが、君方二社でこれを独占することは面白くなかろうということだつたのですが、そういう話があつたにもかかわらず二社が遂にやることになつたのはどういうわけですか。
○渡邊(政)證人 独占することはいかぬというのは、処理してできた屑鉄を二社が占有するということはいけないという意味であります。
○鍛冶委員長代理 相談した結果どういうことになりましたか。
○渡邊(政)證人 その結果その後に至りまして、処理された屑鉄は政府の方におかれて屑鉄の配分委員会というものができまして、自社の購入する屑鉄もそこの承認を得てこれを購入して使うということになつておつたようであります。
○鍛冶委員長代理 鉱山局長の会合の際に、鉱山局長からそういう命令があるとすれば、それは政府にいくべきものだと思うが、あなた方に直接あるということはおかしい。そこでさらにはたしてそういう命令が出たかどうかを確かめるという話はあつたのではありませんか。
○渡邊(政)證人 バラード大佐との最初の会見のときにおいて、バラード大佐からは、この廃兵器を処理する仕事は日本政府がやるべきが本筋であろうけれども、政府は非常に機構のみいろいろやかましくて、効果的にしかも短時日にこの仕事を仕上げるということはむつかしいと思う。ついては政府にその破砕する設備あるいは人的スタツフ等もない。そうして事実遷延するおそれがある。この仕事は一刻も速やかにやり上げなくちやならぬから、君たちのような有力な血でこれをやれというふうに言われたのでありまして、そのことを鉱山局長にその当時報告をいたしたわけであります。
○鍛冶委員長代理 そこで今言つたように、鉱山局長はそれにしてもそういうことの命令は、まず政府が受けて政府からあなた方のところにやるべきが筋合だと思う。だからまずその点を確かめてきますからというお話があつたのじやないのですか。
○渡邊(政)證人 そのとき鉱山局長が私どもの報告を聽かれましたのが、この兵器処理に関する問題を初めてお聽きになつたようなふうでありまして、ともかくまあ占領下にあるのであるし、やはり向うが直接君たちにそう言われれば何とかやらざるを得ないだろう、それについてはやはりその仕事について商工省の関係の人々も加わつてひとつ相談をしようということで、たしかこの委員会のできますときに、商工省の鉄鋼課長も加わられたように承知いたしております。
○鍛冶委員長代理 そうすると、もうそのと管にあなた方三社でこれを引受けるということは、鉱山局長の前で大体きまつたわけですね。
○渡邊(政)證人 そうせざるを得なかろう、それにはいろいろ機構を両者でつくりまして、そうしてこれをやつていこうということにいたしたのであります。
○鍛冶委員長代理 そこでその結果、兵器処理委員会というものができたようでありますが、それはどういう形でできましたか。
○渡邊(政)證人 委員会は各社の代表者をもつて構成しまして、その仕事は大体において当時はわれわれ皆目わからんのでございまして、どこに兵器が隠されてあるのか、あるいはどこに砲台があるのかもわれわれ皆目わかりません。これをかりに破砕処理するといつても、ある社の仕事は非常に作業費がかさんで、事実これを販賣する場合に非常に安い價格でいくものもあるであろうし、あるいは作業費が非常に少くして販賣價格の高いものもあるであろう。どうしてもこの委員会は作業費を差引いた残余の價格をプール計算して、やつていくほかなかろう。こういうような話でありまして、その組合の内容は各自分担の地域をきめて仕事はするが、その計算はプール計算でいこう。こういうような大体の荒筋だけを取極めてできたようであります。なおその後における委員会は、組合の規約等はもうすでに御承知かと思いますし、暑く組合規約で規定しております。
○鍛冶委員長代理 今組合とおつしやつたが、最初は組合じやなくて單なるコンミツテーとしてやろうという話だつたというのではないですか。
○渡邊(政)證人 これは実際におきまして、当時作業費が、何しろ終戦以來各社が経理的にも金融的にも非常に困難をしておつたときでありまして、自分の仕事の見透しすらつかないときにかような大きい命令的な仕事をさせられることは、われわれとして非常に好まなかつたところでありますけれども、やむを得ずやる。しかるにこの作業を借入れるにもなかなか銀行が貸してくれない。それで五社の社長なりが委員に名前を連ねて、連帯で復金から金を借りるよりほかなかろうという場合でありまして、結局これは組合という形にしなければならなかつたのであります。
○鍛冶委員長代理 初めは組合ではなかつたのですね。
○渡邊(政)證人 最初は委員会でした。
○鍛冶委員長代理 定款は十月三十日か三十一日附になつておりますが、実際は翌年の九月二十何日かにできておるようです。
○渡邊(政)證人 そうだと思います。
○鍛冶委員長代理 そして十月三十日に遡つたのですか。
○渡邊(政)證人 遡つてやろう。仕事の方を一日も早くやれと命ぜられましたので、その方の仕事を急ぎましたので、内輪の規約というものは大分遅れてからできたように記憶しております。
○鍛冶委員長代理 ほんとうの組合になるまでは、法律的にいつて会議制でやつていたのですか。
○渡邊(政)證人 各社の社長が委員ということになつております。みな代理者を出して委員会の事務局を中心にいろいろな仕事の打合せをしておつたようであります。
○鍛冶委員長代理 そこで経済團体連合会でそういう相談をしてやられたと言いますが、委員会ができた上は経済團体連合会とは全然関係のないコミツテイーだつたでしようね。
○渡邊(政)證人 さように私は考えております。当初は小松氏のどころにバラード大佐からそういう案内のありましたことはやはり経済團体の渉外部長の小松氏に対して手紙が來たのであります。私どもはその当時どつちの何だつたかわかりませんでしたが、小松氏から、さような話を受けてまいりました。そしてやる場合には経済團体とは別段交渉がなかつたように思いますけれども、私の記憶し、また関知しておるところではさようであります。
○鍛冶委員長代理 委員会ができましたが、これは委員の五社でできておるのですか、それとも五社の代表者で会社を離れてできておつたものですか。
○渡邊(政)證人 これは実際は各社がその仕事をする主体になりますけれども、当時さような仕事を会社の本來の業務としてやるような定款もなし、またやるべき時期ではなかつたと思います。ただ命令でありますので私どもはやむを得ずやつた。そして各社が委員会の実行機関としてこの仕事に当つたのであつて、各冠から推薦された代表者が委員会の委員になつておつたわけであります。仕事はやはり内容的には全然本來の仕事と区分してできておりましたけれども、その社なしにはそういう仕事ができないのですから、そこはきわめて不可分の関係にあつたと思います。
○鍛冶委員長代理 そうするとメンバーは各社ですか。
○渡邊(政)證人 そうです。
○鍛冶委員長代理 それから小松隆氏が委員長になつたいきさつはどういうことですか。
○渡邊(政)證人 先ほど申し上げました通り、小松氏が当時の経團連の渉外部長としてバラード大佐とはその以前に他の問題について折衝しておつたので、一面識があつたと思うのであります。特に小松氏はアメリカの大学も出、かつ向うにも知己が多いのでありまして、非常に言葉のよくできる人であります。その方がいろいろ向うと話をするにも便宜であると先方が考えたものと想像されるのであります。そうして先ほど申し上げました通り横浜に小松君が呼ばれてまいりました時に、鉄の関係の二社、非鉄関係の三社と、五社でもつて別々にやるということはできないから、たれか五社がよく相談を、して代表者をこしらえて、その人と八軍の経済部との間にこれらの問題に関して話をする人をきめよう、こう言われたときに、みなの総意によつて小松氏がその代表者に選ばれた。これが結局委員会ができましても小松氏が委員長として適当であろう、こう考えた結果であります。
○鍛冶委員長代理 それは代表者でない。いわゆる交渉係りじやないですか。
○渡邊(政)證人 交渉の代表者であります。
○鍛冶委員長代理 それと委員会ができて委員長となるということとはたいへんな違いじやありませんか。
○渡邊(政)證人 ただしその仕事は各社でやる普通の行き方であれば、各社から推薦された代表者の互選で委員長をつくるというのが從來のやり方であつたろうと思いますけれども、この仕事はもともと自分らの本業の仕事とは大分違つた仕事である。またこれを全然区別してやります上においても非常に小松氏は公平な人物であつたものですから、やはり小松氏が選ばれて委員長になつたと思うのであります。
○鍛冶委員長代理 先ほども申しましたが、昭和二十九月二四日に連合軍最高司令部からの日本政府に対するメモランダムは、その後ごらんになつたことはありませんか。
○渡邊(政)證人 私見たことはございません。
○鍛冶委員長代理 ところが、このメモランダムの中にあなた方がこの兵器処理をされるについてよほど重大なことが載つておつたのであります。この点に対してその後政府からも聽かされず、あなた方も認識はありませんでしたか。特にこの点を申し上げましよう。メモランダムの第四項中の(ハ)に「日本政府内務省は受領せるところの物件に関する記録を保存し、これら一切の軍需品、資材及び装備の処理に関し、その最終受領者に至るまで瞭然たらしむるようなし置くべし、」こういう條文がついておるのです。從つてあなた方はこのことをバラード大佐からの指示でやられたとはいうものの、日本政府からの移管によりてやられたものですから、日本政府の代行としてやるということは間違いなく御認識あつたろうと思います。そうすればこのことも知つておられなければならぬと思うのですが、この点いかがですか。
○渡邊(政)證人 そういう指示のあつたことは私全然知りません。それから國の代行ということの話は、私どもの精神的な、あるいは仕事をする上の心構えとしては、國の代行としてやるべきだ、本来國家がやるべきような仕事の性質を民間業者がやるということは、國がやるべき仕事に代つてやるのだという精神的な心構えをもつておりましたけれども、仕事の実態はやはり組合でありまして、各自が百万円ずつでありましたか出資をして、そこに任意組合をこしらえ、その組合が内務省との間の廃兵器の拂下契約によつて仕事をしておりました。代行という意味は、私は法律的な詳しいことはよくわかりませんが、心構えとしてはそういうことでありますけれども、実際としては民間業者が内務省との間の有價拂下契約に基いて、自分たちの私的企業を営んだ。こういうふうに解釈すべきものと考えます。
○鍛冶委員長代理 仕事はあなた方でなさるのだが、物そのものは政府のものであるということはお考えにならなかつたのですか。
○渡邊(政)證人 政府のもので、むろんこの兵器の性質から見ますれば國民が血税を拂つてできた物件である。それを拂下契約によつて私ども民間業者が処理したのでありますから、國のものでも拂下契約を受けた以上は自分のものであると考えてよろしいのではないかと思います。
○鍛冶委員長代理 なお一九四五年十月十六日附、最高司令官より日本帝國政府に対する覚書に、「本件資材、補給品、及び装備品の売却より生ずる収入は、公共(政府)の資金に繰入れ、民衆救済のためにのみ使用すべきこと、日本政府に引渡さるる一切の項目の処分のみならず、これらの各項の売却より生ずる資金の費途をも明示する詳細なる記録を保存すること。」こういうように物に対しては最終需要者まで明らかにし、収入に対してはどこまでも明らかにせよ。こういう厳然たる覚書があるのですが、この点も御承知場なかつたのですか。
○渡邊(政)證人 それも全然承知いたしません。
○鍛冶委員長代理 全然承知ない。ところであなたのところで処理しておいでになりましたが、あなたの部下と言つては悪いが、あなたの会社の中で本件に関していろいろ不祥事件の起つたことは御承知だろうと思いますが、これはどういうところから起つたとお思いになりますか。
○渡邊(政)證人 私は先ほども申しました通り、実は昨年の四月からいわゆる追放で退社いたしましたので、事件はいろいろ檢察廳聴で御審理中のことと思いますが、聞くところによりますと第二会社の問題がそのおもなるものであり、これは私の退社後のことでありましてよく承知しておりません。それから私が社長をしておりましたとき、時期はわかりませんけれども、そういうことはごく小さな窃盗などの事件のように、話は聽いておりました。
○鍛冶委員長代理 結局今の趣旨はよく徹底しておらぬし、こつちに來た以上はこちらのものとして処分していい。たとえば今の言葉では横流ししても差支えない、そういうところから出たのではありませんか。
○渡邊(政)證人 少くとも日本鋼管の社員としては、そういうことは考えておらなかつたと思います。何しろ使用しておりましたのが、仕事を迅速に取運ばねばならない上から言つても、大体從來の陸海軍の復員軍人であるとか、あるいはそこに従来から働いておつた工員のような者を使用しておつたと思いますので、中にはそういう不心得を起した者がやはりあつたのではないかと思います。
○鍛冶委員長代理 何か聽くことがありますか。
○明禮委員 今まで調べたところによると、メモランダムについては、関係官職の方は、兵器処理委員会並びに兵器処理部の方へは全部連絡をとつている、こういうふうに申しているのですが、あなたがそれを御承知がなくても、部の方では知つているのではないのですか。
○渡邊(政)證人 部の方でもただいまお話になつたことは承知しておらぬのであります。
○明禮委員 あなたが旧鉄の渡邊さんと一緒にバラード大佐のところに行かれた、その当時は非鉄金属のブロックまで、みな日鉄と日本鋼管で引受けるということになつておつたように聞いているのですが、そういうことばなかつたのですか。
○渡邊(政)證人 その点ははなはだはつきりいたしておりません。最初はそれをも含むものかとも考えましたし、またそういう処理は私どもの鉄部門の以外でありますので、数日経つて非鉄三社の人々が横浜で一緒になつたということから、そこではつきりいたしてまいつたのであります。やはり鉄鋼の廃兵器に関しては二社、非鉄の廃兵器に関しては他の三社、こういうふうに画然としたのであります。当初話のありましたときは、そこまで区別しては、はつきり考えておらなかつたのであります。
○明禮委員 この仕事は國家の仕事だという前提のもとに、おやりになつているのですが、どこの会社も非常に経費をよけいに使つているのですが、あなたの方でも官職方面の人々が來られた時分には、相当に費用を使つているのではないですか。
○渡邊(政)證人 費用の点は、この仕事はもともと私どもは利益のある仕事とは当初考えておりません。この仕事は非常な赤字を出して、そうして会社の本体にまで響かせるようなことがあつてはいかぬと考えましたので、当初から仕事は迅速にやる、経費は最も少い金額でもつてやらなくちやならぬということを、暫時実際にやる人々に対して私どもからよく命じておりましたわけでありまして、その気持でやつたと思います。そしていろいろな諸経費もどの点が高いのか安いのか。また從來やり來つた仕事の取扱いと比べて、こういう一時的な仕事でありまして、しかも作業の場所が同一の場所で、一つの窓口でやるのと違つて、各地域にわたつて支部、出張所を置いて仕事をしておりましたから、いつでもその出ます看板は日本鋼管という名前で行かなくちやなりませんので、また折衝する部面も連合軍の関係者、地方聴の人々、あるいは統制團体というふうで、普通のあり來つた仕事よりは幾分経費はかさむのではないかと考えておりましたが、そういう点も大いに緊縮してやるように、当時は戒めておつたのであります。もしこれが非常な費用を使つて損を来せば、会社の本体が困る。会社の借入金も組合のメンバーが連帯で借りているのでありまして、返すときは自分の社が返さなくちやなりませんから、あくまで仕事は緊縮の方針でやる、こういう建前でやつたわけであります。
○明禮委員 建前はそうですが、結果においては諸経費がかさむのみならず、犯罪が続出しておつてこれを整理した結果は二億五千万以上の赤字になつておるというのが現状であります。それについてあなたの御所見を承りたいと思います。
○渡邊(政)證人 これは私といたしましては、その後價格の変更もございましようし、具体的な計算、明細な数字を承知いたしておりません。私の退社後に兵器処理のいろいろな結末がついて、他の公團に渡されたということですが、その具体的な数字は見ておりませんし、またどちらが余計であるか不足であるかということは從來の会社本來の仕事と同じ費目を比較檢せなければならないため、はつきりこれがどうであつたかということは申し上げにくいのであります。
○明禮委員 これは元來からいうと、契約書をつくる時分に赤字が出るということの前提のもとに予算的措置を講ずる、プール計算でやるというようなことになつておるのでありまするが、なぜあなた方は相当なる報酬というものをこのときにきめなかつたのですか。たたでやつたようなことになつておりますね。國家的の仕事だというものの、あなたの会社ではただでは皆んながやれないと思うのですが、なぜそういうものについての定めがなかつたのか、これについてあなたの御意見を承りたい。
○渡邊(政)證人 この仕事を始めました当初は、先ほど來申しました通り、私どもは命令をされて、命令の仕事であるとしてやむを得ずやつた仕事でありまして、その当時この仕事をするのについてはどれだけの價格をもつて引受けるとか、あるいは仕事をした者は幾%の手数料をもろうというようなことでやるのが、今日から考えますと通常のことだと思います。しかし当初は、あの当時の事情では私ども想像し得なかつたことでありまして、バラード大佐といろんな質疑応答をいたしましたときにも、今記憶しておりますのは、どういう所に一体鉄鋼の廃兵器があるのか、これを破砕処理してどういう金額でもつて販賣せられるのか、その当時は少くとも屑鉄の價格は百四、五円程度ではなかつたかと記憶しておりますが、あの貨車も自動車もすべての輸送機関が戰災に遭つて、破砕する費用ですら非常にかさむのに、かような不満足な輸送機関をもつてやつて自分の熔鉱爐までもつてくるとしても、一体どれだけかかるかわからないのであります。そういうふうな高い原價の屑鉄を使つてやる場合に、鉄の販賣價格が一体それに相応したようにいけるのか。当時まだ統制の鉄鋼價格がありましたので、これを一体上下することができるかどうかということを私が質問いたしました。ところがバラード大佐は鉄鋼の價格は世界價格がある。それで急に日本側が原價が高くなつたから上げるということにはいくまいが、何かひとつ君たちの方でいい考えがあればそれをやつた結果を出して見給え。われわれの方でもよくそれに対して考慮しようと話したことを記憶いたしております。そういうふうで当時利益を受けるということはなかなかできませんし、また何だか赤字が出ることはその当時の價格としては見透しがついておりますのでその損をどこまで最小限度に食い止めるか、どうしてもこれは一ぱい一ぱいまでに仕事をしていかなければならぬという考えもいたしておりましたのと、それから損失をした場合には、何とか政府に歎願と言いますか自分たちのリスク・アンド・アカウントで仕事をしておつても、政府に交渉してやつてもらうよりほかないのではなかろうかというのがおそらく受けた五社のみんなの感じであつたろうと思います。これが結局政府に話合いをして予算的措置を講ずるというようなことで、われわれは不満足ながらその当時承知いたしたのでありますけれども、その後間もなく、政府としては敗戦後の國家予算ではそういう補償はむずかしい、これはできないのだという知らせを受けたように思つております。それでどうしてもこれを処理して販売する價格の範囲内において経費を切り詰めてやらなければならぬということを話されたように記憶いたしておりますし、またわれわれもそういう考え方でこの仕事をできるだけ低廉な作業費でやらなければならぬ、こういうふうに考えておりました。
○明禮委員 その点はよくわかるのですが、結局あなた方の初めの心構えはそれでしかたがなかつたといたしましても、大分損失がいきましたか。
○渡邊(政)證人 それはその後インフレによりまして、処分する價格がわれわれの想像もつかない鉄鋼價格になりましたので、あるいは計算してみたら今日では黒字になつておるのだろうと思いますが、その当時マル公のペースが百九十六円だと思いました。屑鉄が百六、七円でありましたが、その当時の輸送機関並びに作業費を考えるとこの廃兵器を原料として百九十六円のマル公の價格でできようはずがないのであります。それですからその当時は私どももこれは全然赤字になるのではなかろうかという非常な憂いをもつてやつておいたのであります。
○明禮委員 それは相対的に見てそうですが、実際においてはあなた方の方ではこれをやつたがためにこれという損害はないのではないですか。
○渡邊(政)證人 それはただいま申しました通りインフレーシヨンによる價格の改訂があつたためであります。
○明禮委員 だからそれは相対的にそうですが、あなた方が仕事をなさつたのについて、そろばんの上においてこれをやつたがために損失というものが出ないように、とにかくそれだけは埋めてあるわけでしよう。
○渡邊(政)證人 労力的にはほとんど無給でそういうことをサービスいたしましたので、現在ここで計算をして何ほどの損ということはなかろうと思いますが、しかしこれまた一年半も経ちまするので、その後どういう結果になつておりますか、私もよくわかりません。数字を見た上でなければ……。
○明禮委員 労力と言われますが、委員会のここにおる者には皆給料を拂つているのではありませんか。
○渡邊(政)證人 委員会の職員はそうでございましよう。しかしたとえば委員であるとか、また各社でこの仕事のために相当便宜も與えたりいろいろした部分がありますが、そういう点は計算外においてしてあると思います。
○明禮委員 こういうふうに見ておるのです。一体こういうふうなルーズなやり方をしているのでありますが、あなた方は会社だから何ら利益がなくてはやれない、そろばんがとれないというので、ある会社のごときは、ジユラ塊の再生費はマル公が一万四千円となつているので、実際は一万円でできても一万四千円とつている。第二会社をこしらえて、第二会社でトンネルの利益を得ている。それからはいつた資材を横へ賣飛ばして相当のもうけをやつている。あるいは経費を雑費として大変投出して、その当時來た官僚連中まで十分に優遇している事実があるようですが、どうですか。
○渡邊(政)證人 それは私承知いたしません。いろいろ新聞なりあるいはただいまのお話で承つたのでありまして、それに対して私がどうこうと申し上げるなにはございません。
○鍛冶委員長代理 あなたの会社にありませんか。
○渡邊(政)證人 私のおりました間は、そういうことのないように注意をいたしておりましたのですが、中にはあるいはそういうものがあるかも知れませんが、詳細のことはよくわかつておりません。
○石田(一)委員 あなたはこれらのものは政府から拂下を受けたいわば政府を相手とした取引で。自分たちの会社の所得になつた資材であるので、これを自分たちで処分して、インフレーションの結果厖大な利益があつても、その利益は当然自分たちの所有になるべきものだというお考えですか。
○渡邊(政)證人 そうではありません。この委員会を構成しているのは、この会社でありますけれども、先ほど來申し上げる通り、この会社の本來の仕事とは全然別な特殊な仕事でありますので、この仕事は会社と全然切離してやつている。それでその当時かりに一銭でも利得があれば國家に献納すべきものだと考えておりました。
○石田(一)委員 それでインフレーションの結果へあなたたちの想像もしなかつた鉄鋼の値上りがあつて利益を得たかも知れぬという証言がただいまあつたのですが、國庫へその利益の中からいくらか返還なさいましたか。
○渡邊(政)證人 その後聽いた話でありますが、私の退社以後、兵器の委員会の事業、あるいは残つたものは、最終までその委員会の処理にしないで中途において公團の方に引継がれたように聴いておりますので……。その状況は私はわかりません。
○石田(一)委員 さつき利益があつたろうということは想像できるとおつしやいましたが……。
○渡邊(政)證人 少くとも赤字になつておらぬのではなかろうか。どれほど量が残つておりますか、そういうものを現在の價格で計算してみるならば、赤字にはなつておらぬのではなかろうかと想像いたしておりますが、わかりません。
○石田(一)委員 本社の方とは全然関係のない別個の仕事としておやりになつて、五社で百万円づつの出資でおつくりになつたいわゆる組合ですか、その組合の財産は殖えておりますか。創立当時よりか減つておりますが。
○渡邊(政)證人 それはわかりません。私は事務の方へは一向顔を出しておりませんし、私、その後会社をよしまして一年余も経ちますのでわかりません。
○石田(一)委員 会社をおやめになる当時はいかがですか。
○渡邊(政)證人 当時も計算をしてみませんので、不明でございます。
○石田(一)委員 こうした重要な処理に当つて、もちろんあなた自身が計算なさることはないと思いますが、そういうことの報告をお受けになつたり、または一応の指示をお與えになつたりしたようなことはございませんか。
○渡邊(政)證人 私の方は先ほど申し上げました通り、大体組合関係及びあとの折衝の関係は需品部長の黛が当りておりますので、それに全部任しておりました。ときに事後報告を受けたこともありますが、またお話の自社並びに委員会の方がたしか会計檢査院の検査を受けて無事にその檢査が済んでいるということの報告を受けております。間違いなくいつているものだと考えております。
○石田(一)委員 会計檢査院の檢査を受けて、会計は間違いなくいつているという報告があなたにあつて、あなたはそれを了承していらつしやる、こういうことですね。
○渡邊(政)證人 そういうふうに考えております。
○鍛冶委員長代理 では済みましたが、あとでお聴きしなければならぬことがあるかも知れません。奥田さん、お急ぎならお帰りになつてもよろしうございますが、そこでどうですか、あなた自身先ほどから聽いておられて、何か述べられることはありませんか。
○奧田證人 大体私がお答えしたことと同じように思います。多少言葉の上での食い違いがあるやにも見えますが、大体両渡邊氏の証言によつて、とにかくバラード大佐からお話があつた際に、最後はやむを得ないだろう、しかしその事実を役所としても確かめてみる必要があるということを話したことは、御両君の証言で大体御想像していただけると思います。
○明禮委員 ちよつとメモランダムの話ですが、あなたはさつきあまり取扱わないように言われたようだが、その当時の菅波局長のお話は決定しているように言うておつたのですが、今の日本鋼管の渡邊さんはメモランダムの点はわからない、何もなかつたと言うのですが、さつきの話ですと、あなたはあまり関係しでいないのですか。
○奧田證人 私は具体的ないろいろな機構がきまつてから業者にいろいろな責任をもたしたことになると思いますから、そういう機会にメモランダムの趣旨を役所としては出したであろうということを、私役人の経験から推測するのでありますが、私自身の在任当時にまだそこまで問題が動いていなかつたと思います。
○明禮委員 ちよつと聽きたいことが残つているように思いますから、もう少しお待ちください。 —————————————
○鍛冶委員長代理 淺野良三さんですね——あなたは日本鋼管の社長であつたようですが、いつからいつまで社長でありましたか。
○淺野證人 私の社長になりましたのは、昭和十七年の大月から二十一年の四月まででございます。
○鍛冶委員長代理 二十一年の四月以後にはその会社には関係ございませんか。
○淺野證人 全然ありません。
○鍛冶委員長代理 あなたは東久邇内閣の顧問に就任されたようですが、それはいつからいつまででありましたか。
○淺野證人 東久邇内閣の顧問ではございません。
○鍛冶委員長代理 何だつたのですか。
○淺野證人 何でもありません。私が顧問をとシおりましたのは、終戰内閣の鈴木内閣でございます。終戰と同時にやめたはずと思います。
○鍛冶委員長代理 それでは鈴木内閣の顧問はいつからいつまでですか。
○淺野證人 内閣ができて直後、多分四月でございましたか、それから八月十五日まで。
○鍛冶委員長代理 それではあなたが顧問の時代に、八月十四日の鈴木内閣の閣議決定によつて、軍需物資の放出を命じたということがあるのですか。この事情は御承知でありますか。
○淺野證人 全然存じません。顧問には内閣の閣議とか何とかいうことは一つもお話がありません。
○鍛冶委員長代理 御相談を受けられぬでも、そういう事実を御存じありませんか。
○淺野證人 全然知りません。
○鍛冶委員長代理 それが東久邇内閣になつてそれをあわてて取消したという事実がありますが、その点についても何ら御承知ありませんか。
○淺野證人 それも同様全然存じません。
○鍛冶委員長代理 それでは昭和二十年九月二十四日附で連合軍最高司令部から日本政府に対する覚書に基きまして日本の軍がもつておつたものを全部進駐軍へ引渡したが、さらにその引渡した物件を日本政府へ返還してもらうということになつた、このことは御承知でありませんでしたか。
○淺野證人 それも存じませんです。
○鍛冶委員長代理 それじやその返還されたもののうちの兵器の処理に関して、兵器処理委員会というものができて、これを処理することになつたのですがこの点は御承知でしよう。
○淺野證人 承知しております。
○鍛冶委員長代理 それはそういうことに、殊にあなたの会社が兵器処理委員会のメンバーにはいつております。当時社長でもありましたから、それに対してあなたとして御関係になつたことを詳細お述べ願いたいと思います。
○淺野證人 そのことにつきましては、たしか九月の末か十月の初めだと思います。けれども小松氏が私のところへ来たように思います。それで第八軍から鉄の関係の人を連れてくるようにという話があつたがどうしようという相談を受けたように記憶いたしております。その点はつきりいたしません、古いことですから……。しかし鉄と言えばまあ鉄鋼統制会がまだございましたから、鉄鋼統制会の会長及び日鉄、鋼管の人でも連れてつたらどうだということを返事をしたように心得ております。その後だと思いますが、今度八軍の好意で陸海軍の処理したものを、一旦日本政府に返してそれをこちらで処分するようになつたというような報告を聞いたことがございます。それでそのうちの鉄の部門だけを多分日本鋼管及び日鉄がやらされるようになりはしないか、八軍がそういう命令を出しそうだというようなことも聞いたように覚えております。その後命令が來たということも聞きました。それでそのことを実行するのに、委員会みたいなものをつくるというようなことも聞きました。そのときにたしか私が申しましたのは、当時のことでありますからどうなるか会社自体がわからなかつたのでありますが、命令ならば仕方がないが、日本鋼管として都合が悪くても一般にいいことならばどしどしやりたまえ、また鋼管会社がこのことについて利益を得たとか、勝手なことをしたとかいうようなことはしてくれては困るからということを言つたのを覚えております。その後自分はあとから最近見ましたのですが、兵器処理委員会ができたときに創立委員の一人に鋼管会社がなつておりました。当時私社長でありましたのでそれの創立委員の一人になつておりました。その定款を承認しました結果、兵器処理委員会というものができたのだと思います。その後処理委員会の委員として小松隆君と渡邊政人君を委員に選んだからどうだろう、こういう話がありましたので、これは会社以外の仕事であるけれどもやむを得ぬだろうということを承認したのは覚えております。その後自分は会社をよしましたので、あとどうなりましたかは全然承知いたしておりません。
○鍛冶委員長代理 ところが戰後経済團体連合会というものができたようですが、この連合会の設立についてはあなたは御関係になつたのじやありませか。
○淺野證人 経済團体連合会ができましたのは私関係ございます。それが降伏後米國方から何か言つてきた場合に、区々の返事をしてはいかぬだろうから、何か一つ團体をつくつて統一的な答弁をした方がいいじやないかという見地から、商工経済会ですか、経済連盟、工業倶楽部というようなものを一括いたしまして、経済團体連合会という一つの懇談会みたいなものができたわけです。それの会長と申しますか、委員長と申しますかに伊坂孝君を推薦いたしまして、伊坂君がもつぱらその任に当つておられた私はただ会員の一人としてときどき会合に出たということに止まつております。
○鍛冶委員長代理 そういう発起人といつては何だが、主唱者の一人ではありましたか。
○淺野證人 何と申しますか、それが変形いたしましたのが現在の経営者團体連合会でございます。
○鍛冶委員長代理 主唱者の一人ではあつたのですか。
○淺野證人 話合つた一人ですね。
○鍛冶委員長代理 そこで今おつしやつた連合軍から何か言うてくるかも知れぬというのは、どういうことを言うてくることが予想されましたか。
○淺野證人 それは日本の経済状態について、あるいは質問なり來やしないか、工場はどうなつているかというようなことですね。
○鍛冶委員長代理 質問もしくは調査ですか。
○淺野證人 そうでありましような要するに何か聽かれた場合に、区々のことを言つては向うも困るだろうからわれわれ寄つて一つ相談をしておこうじやないかというような、何が来るか、当時のことですからまだわかりませんですがね。
○鍛冶委員長代理 そういう内容を聽くだけですか、また仕事をもち込まれるかも知れぬということが含まれておるのじやないですか。
○淺野證人 日本全体の経済状態についてで、個々別々のことではありません。
○鍛冶委員長代理 今おつしやることにすれば、ただ日本の経済事情を聽きに來るというように聞えますが……。
○淺野證人 そうです。それからこつちからも陳情しなければならぬことがあるだろう、たとえば石炭がどうであるとか、鉄がどうであるとか、繊維工業がどうなつておるかというような場合に、日本側から個々別々の返事が出ると困るだろうから、なるべく統一してやつていこう、いわゆる商工会議所でやつておられることとか、経済連盟でやつておられることなどを打つて一丸として間違いのないように返事をするために、つくつたように記憶しております。
○鍛冶委員長代理 何か仕事をもち込まれるかも知れぬから、ここで引受けてやろうというようなこともなかつたのですか。
○淺野證人 そんなことは全然ありません。またそんな資力もなければ、銘々の人が寄つて相談をするだけで、むしろ調査機関ということに止まるだろうと思います。
○鍛冶委員長代理 そこでこの兵器処理委員会に、鉄鋼部門をあなたの会社と日本製鉄、非鉄金属では住友、神戸製鋼並びに古河、この五社が選ばれたですが、この選ばれたことについては事情はお聽きになりませんでしたか。
○淺野證人 全然承知いたしておりませんが、あとから聞いたとこでは日本政府が選定されたように伺つております。
○鍛冶委員長代理 バラード大佐の方で指定してきたのではないのですか。命令として……。
○淺野證人 それはどうですか、その後そのことに携わつておりませんから、日本政府とバラード大佐とどういうことがありましたか存じませんけれども、おそらく御相談があつたのではないかと思います。
○鍛冶委員長代理 小松さんが委員長になりましたかね。
○淺野證人 そうです。
○鍛冶委員長代理 この点についての経緯は御存じありませんでしたか。
○淺野證人 それも何のために委員長になつか存じませんが、当然の結果としてそうなつたのじやないか、こう思つております。
○鍛冶委員長代理 その後委員としてあなたの会社でこの処理にお当りになりましたが、処理に当たられたその後の実情を御承知でしたら、お話願いたいと思います。
○淺野證人 今申しましたように、その直後ではありませんけれども、暫くたつて会社を辞めたものでありますから、何も聞いておりません。
○鍛冶委員長代理 なお一つ承りたいのは、連合軍からでました九月二四日のメモランダム並びに十月十六日の覚書といたしまして、連合軍最高司令部から日本政府に対してこれを返還し、または処理せしめるについて重要なる條件がついてきておつたのでありますが、その点は御承知になりませんでしたか。
○淺野證人 今の九月二十四日とか十月十六日とかいうのはごく最近に伺いましたことで、当時はそういうことは一つも聽いておりません。
○鍛冶委員長代理 兵器処理を日本政府があなたのところへ委託するについては、そういうことを聽かせなかつたのですか。
○淺野證人 聴いておりません。少くとも私は聽いておりません。
○鍛冶委員長代理 何かほかに聽くことはありますか。
○明禮委員 今記入が述べられたところによると、日本鋼管の取締役社長として定款に御署名になつていることはお認めになりましたね。
○淺野證人 それはごく露骨に申しますと、普通の事務の一端でありますので、私自身が判をおしたわけではありません。業務の一部として係りの者が適当と認めて判をおしたのをあとから承知いたしたような次第であります。
○明禮委員 その当時社長であつたことも間違いないのでしようね。
○淺野證人 間違いありません。
○明禮委員 あなたの会社に、原田元陸軍中將という人がおるのじやないですか。
○淺野證人 おりません。自分の記憶では……。
○明禮委員 会社の中で顧問というような関係で、いろいろ日本鋼管のめんどうを見ておる人があるのじやありませんか。
○淺野證人 ありません。
○明禮委員 その当時小松さんとあなたとはどういう関係でありましたか。
○淺野證人 普通の人間でございまして、小松君はその当時常務だと思います。
○明禮委員 あなたが社長で……。
○淺野證人 はあ。
○明禮委員 この五社選定ということがかなり問題になつておるのでありますが……。今まで伺つたところによると五社選定のうちの二社はバラード大佐がそういう話をしたということでありますけれども、結局このバラード大佐をここへ喚問することになろうと思いますが……。
○淺野證人 ちよつとお待ちを願います。今二社だけをバラード大佐が指定したというように伺いましたが、私の申し上げたのはそうではないのです。バラード大佐から鉄鋼関係の人に会いたいということで、鉄鋼関係の二社に行つたらどうだというだけでございます。
○明禮委員 あなたの話はそうだが、今までの証人の方ではバラード大佐が指定したというように承りましたから……。
○淺野證人 それはそうかもしれません。否定もしなければ肯定もいたしません。
○明禮委員 その当時小松氏が大分骨折られたのですが、そのときにはあなたに御相談があつたということでありましたね。
○淺野證人 あつたと思うのであります。何分にも御承知のように終戰一箇月のことでございますから、非常に会社も混乱いたしておりまして、どうなるかわからなかつた時代でありますので、非常に多くのいろいろの問題の一部でありますから、はつきりしたことは申し上げられません。
○明禮委員 この五社選択について、非鉄金属の方の関係も小松さんが斡旋されたように聴いておるのですが、この点は御承知がありませんか。
○淺野證人 私は全然存じません。ただ自分の想像を申しますと、小松君にはそんな知識はなかつたろうと思います。非鉄金属に対して知識がなかつたわけですから……。
○明禮委員 初めのうちは非鉄金属のブロツクも日鉄と日本鋼管がおやりになるようなことになつておつたのだが、中途でこれはなかなかむずかしいということで、古河あるいは神戸製鋼、扶桑金属というようになつてきたように承つております。
○淺野證人 そうかもしれませんけれども、私は存じません。
○明禮委員 あなたは社長であるときにはやはり社長としての事務はおとりになつておつたのでしようね。
○淺野證人 それはとつておりました。当時は会社がどうなるかわかりませんので、非常に多忙をきわめておりました。
○明禮委員 そこでこの定款ですが、あなたがこれを引受けるときの事情を承りたいのです。やはり損をするというお考えであつたのですか、赤字が出るというのですか、一体それはどういうようなお考えであつたか、契約をなさるときの事情はどうでありましたか。
○淺野證人 契約はまだ私の時代にはしておらぬはずです。そのことについて、ただ委員会が、できた定款を承認しただけでございます。契約などができたのは私がよしてからでしよう。
○明禮委員 あなたはいつまでやつておられたのですか。
○淺野證人 四月三十日でございます。
○明禮委員 二十一年ですか。
○淺野證人 そうです。
○明禮委員 しかし契約と申しましても、大体契約というのは、書類をこしらえたのはあとであつて、大体これは二十年の九月か十月ごろから仕事を始めたようですね。
○淺野證人 これは当時多少仕事をしたかもしれませんが、全部渡邊政人君のところで取計らつておられたはずでございます。
○明禮委員 兵器処理委員会は十月ですね。
○淺野證人 たしかそうでございましよう。
○明禮委員 だから兵器処理委員会ができた時分には、すでにこういうような趣旨ができておつたのじやないですか。
○淺野證人 どういう趣旨ですか。
○明禮委員 こういう定款にきめられた趣旨のものは大体商工省と折衝ができておつたのじやありませんか。
○淺野證人 これは私、実は何も知らぬのですけれども、当時の様子を今考えてみますと、おそらく何も見当がつかなかつたろうと思います。どんなことになるのだか……。
○明禮委員 しかし、これは兵器処理委員会ができて、初めて仕事をしているのですから。
○淺野證人 それは十月のことを私は申しているのですよ。お忘れになつたかもしれませんが、相当日本が混乱しておりましてね。
○明禮委員 それは私も東京におつたのですから、よくわかつているのですが……。
○淺野證人 それで陸軍にどんなものがあるのか、海軍にどんなものがあるのか……。当時わかりはしません。
○明禮委員 それはわからなくても、大体日本の兵器といえば、およそ相当あるということはわかつているわけですね。
○淺野證人 さあ、その点は思つてみたこともありませんがね。ただわれわれつくれつくれと言われて尻つぺたを叩かれて、盲めつぽうに鉄をつくつていたというので、数字は非常な秘密になつておりましたから、内閣でも当該大臣以外は知らなかつたように聞いております。
○明禮委員 今ごろ聞きますと、あなたは小松さんらと相談をしてこの兵器処理の中にうまくはいりこまれたように聞いているのでありますが、一体そういうことは……。
○淺野證人 それははなはだ迷惑な話だと思います。当時やむを得ず、命ぜられたから仕方がないということで行きましたので、その点は今委員長が言われましたように、バラード大佐をお呼びになればよくわかることと私は思います。
○明禮委員 そこで、この契約の内容は御承知がないのですか。
○淺野證人 契約の内容は存じません。契約しておりませんから。定款の内容は知つているはずですが……。
○明禮委員 契約というか、定款ですね、契約のときもすでに兵器処理委員会ができて、兵器処理委員会でやつているのですから。
○淺野證人 契約は私存じません。
○明禮委員 たれだつたのですか。渡邊さんですか。
○淺野證人 それはずつとあとでございましよう。書類を調べればわかりますが。
○明禮委員 これはあとです。兵器処理委員会ができたときです。
○淺野證人 あとのは渡邊さんのときです。
○明禮委員 二十年十月三十日ごろはたれですか。
○淺野證人 処理委員会ができてからは渡邊君です。
○明禮委員 それまではたれが……。
○淺野證人 たれもやつておりません。話がないからあるはずがない。
○明禮委員 これはいずれにしても社長でこういうことをやつている。今の二十一年四月までとしても相当作業しておりましよう。
○淺野證人 作業はいたしましても全然鋼管会社とは別計算になつております。処理委員会がやりますので、私は処理委員会の監督権もなければ向うに報告の義務もないわけであります。
○明禮委員 しかし日本鋼管は兵器処理委員会の一員でしよう。
○淺野證人 そうですけれども、日本鋼管株式会社としては兵器処理委員会に何も権限はないわけであります。私はその点法律はよくわかりませんけれども……。
○明禮委員 それはなるほど適確な法律論からいえば日本鋼管株式会社と兵器処理部というものは違うかもしれませんけれども、日本鋼管株式会社は兵器処理部を担当しているわけですから責任をもたされたわけですが……。
○淺野證人 全然別計算で、すべてのことは処理委員会が政府と相談の上で処理して上までこないのですが……。
○明禮委員 それでもこれは兵器処理委員会にあなたが署名をされているところからみるとと…。
○淺野證人 私の名前が出ているのは定款だけでしよう。その定款ができてその定款によつて委員会ができたわけです。
○明禮委員 だからあなたはこれに署名されているだけだからといつても、この定款の内容はやはり……。
○淺野證人 それは処理委員会のことになりはしないでしようか。日本鋼管のことではないんじやないでしようか。
○明禮委員 日本鋼管株式会社は兵器処理委員会のメンバーですよ。
○淺野證人 それはそうですよ。かるがゆえに兵器処理委員会のやつたことを全部鋼管会社が負うというのは少し……。
○明禮委員 全部ではありませんが、兵器処理委員会の中には日本鋼管株式会社の担当している部分があるのです。
○淺野證人 それは別個の人格でやつているわけです。兵器処理委員会の人として、鋼管会社の人ではないわけですよ。二重人格でやつているわけです。
○明禮委員 二重人格だろうけれども、全部はいつておつてもかまわないのでしよう。
○淺野證人 さあ、その点は私にはわからない。
○明禮委員 仕事は別でもよいが一緒に中にはいつてもかまわないでしようか。
○淺野證人 いやそれはいかぬでしよう。
○明禮委員 いかぬでも、とにかく兵器処理委員会のブロツクに印をおして責任をもつておられれば……。
○淺野證人 しかし定款を承認したからといつて——私は法律のことはわかりませんよ。その定款をもとにしてできた團体の責任を負わなければならぬものでしようか。
○明禮委員 定款をもとにしてなさつたことについての責任は全部負わなければならぬ。
○淺野證人 そうですか、法律は。どうも私にはそうは思えないのですが……。
○明禮委員 まだ日本の法律の現在の程度ではそうです。
○淺野證人 会社でもそうですか。たとえば創立総会において定款を承認いたしますね。そうすると責任はみんな株主にあるのですか。
○明禮委員 株主の中にも有限と無限があるから、その限度においてあるでしよう。
○淺野證人 さあ、それはちよつと私にはわからぬのですけれども……。
○明禮委員 おわかりにならぬでも、私のお聴きするのは兵器処理委員会のデンバーからその内容をお伺いするのです。
○淺野證人 内容と申しますと……。
○明禮委員 兵器処理委員会をつくつてあること、たとえばこれをつくられて兵器処理をなさるときに、あなたのお立場としてはどういう考えでこれを処理するということになつたのでしようか。
○淺野證人 どういう考えというよりも、要するにメンバーとしてやるということは命令なんですから、それによつて……。
○明禮委員 だれの命令ですか。
○淺野證人 日本政府の命令だと思います。それはお調べ願いたいと思います。鋼管会社も何も好き好んでやりたいと言つたことは一度もない。
○明禮委員 命令という言葉をはつきり言われるのはあなたくらいですが……。
○淺野證人 命令という言葉と言われると困りますが私の申す意味は要するに自発的に鋼管会社がそういうことを望んだわけではないのだ。日本政府と第八軍と相談の上でこういうことをやれといろ命令——命令が悪ければお話があつた、こう申しましよう。
○明禮委員 それで結局今日あなたの方の会社で言ひましてもいろいろな問題が起つておる。全國的にどの会社もそうで、五大会社にも起つている。そこでこれが國民の批判となり、今日國会に兵器器処理の問題となつておるのであります。私ども考えるのには、あなた方がこれを引受けられたときには、一体兵器処理というものは、皆國家から譲り受けたという観念があるのでしようが、あなた方そういうお考えがあつたでしようか。
○淺野證人 譲り受けたとは私も思つておりませんね。
○明禮委員 そうするとやはり國家の仕事をやるのだ、代行するのだというお考えで……。
○淺野證人 さあその点は、代行なんですか……。実務をとつたのですか、詳しいことは渡邊政人さんにお聴き願いたい。今まで私がありのままを申し上げているのは定款に対して自分が社長なるがゆえに承認をしだのだ、その後は委員会ができてすべて事務を政府と相談の上に運んでおつたので、報告もなければ監督も私のところにもしなかつた。
○明禮委員 それはいけません。あなたは委員会の一メンバーである以上は自分の報告も聴き、監督もし……。
○淺野證人 私は委員会の一メンバーでありません。鋼管会社としては社長としてのメンバーで……。
○明禮委員 それはどうか……。
○淺野證人 渡邊さん、小松さんが委員会のメンバーです。
○明禮委員 それは契約者でしよう。
○明禮委員 委員というけれども委員になつておつても、あなたがやはり器処理委員会の定款をつくられておる以上はあなたに責任がある。
○淺野證人 私はないと思いますね。
○明禮委員 ないならないでもいいが、あなたの考えでは全然監督もしなければ報告も聽かない、それでよかつたというわけですか。
○淺野證人 よかつたか悪かつたか知りませんが、事実はそうなんだ。
○明禮委員 私どもはこの兵器処理によつて非常に損失がいつておると思うのですが、この損失について私どもはあなた方がどういう考え方でこれを処理されてきたかということを聽きたいのですがね。それはあなたもわからぬということですか。
○淺野證人 わからぬということですよ。はたして損失が立つのでしようか
○明禮委員 損失が立つじやありませんか。
○淺野證人 その点も私は聽いてみないとわかりませんね。
○明禮委員 それじやあなたは立つんでしようかという質問はどういうところから……。
○淺野證人 損失があるのですか。
○明禮委員 それはどういうこと……。
○淺野證人 どうもその点については別に考えがありませんが、鋼管会社はその責任をどうしても負うべきもののようには私は思えませんね。
○明禮委員 たれが負うのでしよう。
○淺野證人 さあたれが負いますかね、その点私にはわかりませんです。
○明禮委員 あなたの方の会社で讓り受けられた整理をしている総務部長黛虎造という人がおりますね。この人がやりました事案を一つひつぱり出してみると、日本鋼管兵器処理局から事業場を設置するというので昨年七月合計百五十八万円を引出し、台東区藏前に土地建物を買い、藏前処理品置場をつくつたが、多分十月これを自分らの設立した蔵前工業会社に半額以下の五十九万余で費渡し、その代金を納めず今日に至つて、背任で起訴されておりますね、あなたの会社の人が……。
○淺野證人 私の会社でありません。お言葉を返してはなはだ申しわけありませんが私は二十一年四月三十日に鋼管会社をよしておりまして全然関係がない。
○明禮委員 あなた、日本鋼管ですよ。
○淺野證人 会社をよしたあと日本鋼管会社が何をしたかについて、何か言う権利がありましようか。
○明禮委員 あなたは責任というものを知らぬ人ですね。ただあなた自身が今はよしておるからというても、あなたが責任をもつてこの兵器処理委員会というものをつくつて、定款に判を捺しておりながら、今日こういう事犯が出てきておるのを、自分の責任と思わないのですか。だれの責任ですか。
○淺野證人 それはわかりませんね。どうも人間ですから……。
○明禮委員 君の責任じやあありませんか。
○淺野證人 ちよつとお待ちください。会社におるうちにやつておることを、よしてまでもいつまでも責任を負うということになつたらどんなものでしようか。自分が監督していて、そうして悪いことがあつたら、これはしかたがないと思います。しかし社長をまして、何ら関係をしていない、事務所にも行かなければ、工場にも行かない、また行つてはいけないと言われておるのに、ずつと前にあつたことをおつしやられても、私はどうかと思います。
○明禮委員 それはあなたの今までの考え方から言えば、自分さえその地位におらなかつたならば、あとは責任は負わないと言われるが、兵器処理というようなことについては一貫した仕事があるのです。あなた方がした基礎に誤りがあるから、今日かような問題が起きているということを考えるときに、あなた方が自分らに責任があつたのだ、まずいことをやつたのだということを顧みなかつたら、いつまで経つても責仕の轉嫁だけです。
○淺野證人 それは意見の相違ですから、ここで議論しても意味がないと思いますが、私は兵器処理委員会ができて、今でもそう別に悪いことをしたとは、知つておる範囲では思わないのです。これな法廷にも今度出ることですから、そこでわかることだと思います。だからいたずらに悪かつたとかよかつたとかいうことは、私差控えたいと思います。が、どうも私が二十一年の四月三十日によしてから起つたことに対して、私には法律上の責任はないと思つております。
○鍛冶委員長代理 理屈はよして、事実に即してひとつ……。
○明禮委員 とにかく今日の兵器処理についてのすべての欠点は、あなたの日本鋼管だけじやありません。ほかの会社もずつとあるのですが、これらについてはやはり根本的の基礎をきめられた人は、私は責任を負わなければならぬものだと思つております。あなたのような考え方の人にこれ以上聽いてもしようがありませんから、私はよしますが、少くとも官職はもちろんのこと、大臣をやめた人でも、その当時に仕事をやつた人は一今日不完全なこういう欠陷があつたことに対しては、やはり大臣をやめておる人でも一今日責任があると思う。局長をやつておつた人が、その時分にやつておつた仕事について、今日不結果が出たら、やはりその局長はその仕事についての責任を負わなければならぬ。ほんとうに民主的な正しい責任観念はそこになければならない。これ以上はよしますけれども、すべて会社というものには、不結果になつた責任は私は十分あると思います。
○石田(一)委員 ただいま淺野さんは、政府からそれらの資材を譲り受けたとは思わないとおつしやられましたけれども、それではだれの品物を、だれの資材を処理するのだというお考えであつたでしようか。
○淺野證人 それはただいま申し上げますように、自分は処理委員会ができましてからほとんど実務に携わつておりませんので、私の承知しておりましたのは、米軍が接収した軍需物資を日本政府に返された、それをある方法によつて民衆のためになるように処分するということだけを承知しておりますので、それがたれのものだかどうかと、いうことは、今まで考えておりませんでした。
○石田(一)委員 そうすると、あなたは連合軍から日本政府へ返還された兵器を、日本國民の利益のために処分するのだということは承知なさつていたのですね。
○淺野證人 そういうことは聞いておりました。
○石田(一)委員 それはどういう面からどういう方法でお聞きになつたのでしようか。それはただ自然に聞いたのでしようか。
○淺野證人 何となくそういうことを聞いておりました。自分がそう感じましたのは、バラード大佐がかねて言つておりましたのは——私二、三度しか会つたことはありませんが、何とかして日本の産業の復興を助けたい。できることがあつたら何でも言つてこいということを言われておりました。それで毎週一回でしたか、当時の商工会議町へわざわざ横浜から出張つてきてあそこの理事者連中と毎週会つて、何何が日本に要るのだというようなことをバラード大佐が言われたそうです。それに対してこういうものが欲しいとか、ああいうものが欲しいとかいうことをこつちから注文をつけたらしい。それの一端だと自分は承知しておつたのであります。
○石田(一)委員 そうすると日本政府に返還されたものを国民のために処理する、要するにその観点に立てば、その処理するものは組合のものでもなく、あなたが以前社長をしていらしつた鋼管の所有物でもない、結局それは日本政府のものを組合委員会が処理すすのだ。こういうお考えであつたのですか。
○淺野證人 かるがゆえに、さつき申し上げましたように、処理委員会ができたときに、鋼管会社がたとえ都合が悪くても、一般に対して都合のいいようにしてもらいたい。同時に後からいろいろな問題が起つても困るから、鋼管が儲けたとか、勝手なことをしたと言われないようにしてもらいたいということは、私一般に訓示をしております。
○石田(一)委員 そういうりつぱな訓示をなすつて、その訓示がほとんど裏切られたというようなお感じはありませんか。
○淺野證人 まだこの問題について実はあまり詳しく研究しておらないのですが、いずれ法廷で黒白がわかると思いますが、どうもまだ自分にはそうは感じられないのでございます。
○石田(一)委員 わかりました。
○鍛冶委員長代理 明禮君、奥田証人に何か聽きたいことがあると言われましたが…。
○明禮委員 いいです。
○鍛冶委員長代理 それでは済みました。遅くまでありがとうございました。どうぞお帰りください。
○鍛冶委員長代理 植田さんですか。
○植田證人 そうです。
○鍛冶委員長代理 あなたは内務省の調査局総務局長としておいでになつたようですが、それはいつからいつまででしたか。
○植田證人 私が内務省の調査局総務課長になつたのは、昭和二十一年八月からでございます。
○鍛冶委員長代理 それからいつまで……。
○植田證人 それからずつと内務省の解体に至るまで総務課長をしておりました。内務省が解体しますときに建設院の総務局総務課長になり、引続き建設省の総務局総務課長をやつております。それから内務省の調査局総務課長になる前は、内務省の調査部の大阪支局に在勤しておりました。それは連合國第六軍と第一軍團とに対する連絡事務をやつておりました。
○鍛冶委員長代理 あなたは兵器処理を含めた、いわゆる特殊物件はおわかりでしようが——特殊物件の処理について関與されたことはありますか。もしあつたらどういうことに関與せられたかおつしやつてください。
○植田證人 私は終戦当時近畿総監府の副参事官をやつておりまして、二十年の十月にただいま申しました調査部の大阪支局に勤務しました。それ以來現在に至りますまで特殊物件全般について関與しております。
○鍛冶委員長代理 内務省の総務課長になられてから関與しておられるわけですね。
○植田證人 その前から關與しております。
○鍛冶委員長代理 どんなようなこと……。
○植田證人 調査部の大阪支局で特殊物件処理をやつておりました。主として近畿地方の問題を扱つておりました。
○鍛冶委員長代理 日本全体に対するものは内務省に来てからおやりなのですね。
○植田證人 そうでございます。
○鍛冶委員長代理 そこで内務省が廃止になりましてからは、兵器処理に関する事務はどこへ移つておりますか。
○植田證人 そのまま建設院の総務局に移りました。現在は建設省の総務局に移りました。私が引続きこの仕事を三年以上やつております。
○鍛冶委員長代理 そこで承りたいのは、日本軍から連合軍へまず軍需物資を全部引渡しました。それからあらためてまた連合軍から日本政府へ返還された。こういうことになりますが、まず第一番目に連合軍へ日本軍から引渡したときには、引渡しの手続としてリストがあつたはずであります。そういうのものはどういうことになつておりましたか。
○植田證人 二十年の九月二十四日のメモランダムによりまして日本の陸海軍の部隊はその所在の地においてリストをつくれということを命ぜられまして、それを連合軍に提出しまして、連合軍はそれに基いて日本政府内務省に返還されました。日本政府内務省は、私ども現地に派遣されたものがございますが、この現地派遣官でなしに各府縣知事にその仕事を委任しておりましたものですから、そのリストに基いて府縣知事に引渡されたわけでございます。私も返還に立会りたことはただ一度だけしかございませんが、その様式を申し上げますと、もとの陸海軍がつくりました、ストの上に、連合軍の方で受取りの領收書のようなものをおつくりになりまして、それに引渡官のサインと、受取りしました府縣知事なり、または府縣知事の委任を受けましたもののサインで返還手続がなされております。これを普通リストリスト、あるいはインヴエントリーと称しております。
○鍛冶委員長代理 そうすると、軍から連合軍へ渡したりストもやはり各府縣知事が扱つたのですか。
○植田證人 軍から連合軍に渡したものは各府縣知事は関係しておりません。
○鍛冶委員長代理 それから返還されるときに府縣知事に渡されて、そこではじめて關與したのですね。
○植田證人 そうでございます。それから私この委員会を傍聽しておりませんので新聞で見ただけですが、軍から府縣にも渡したはずだということがこの間お話があつたそうですが、当時連合軍に出しますと同時に、府縣にも参考のために送るという制度もあつたようでございます。これは私の経験によりますと、完全に送られていなかつた。若干は来ておると思います。
○鍛冶委員長代理 だけれども、連合軍から返還をされたものは完全に渡つておるのですね。
○植田證人 それは完全に渡つております。
○鍛冶委員長代理 そのリストは府縣にそのままもつているのですか。結局内務省へ二部とか渡したと聞いているのですが、内務省へ来ておるわけじやないですか。
○植田證人 そのリストは地方によつて若干違うわけでありますが、私一度立会いました。それは大阪での立会いでございますが、第一回の引渡しのときにだけ内務省として私が立会いましたが、そのときは連合軍がその資料を四部つくつてこられまして、四部に双方ともサインしまして、一部を大阪府の者に渡し、三部を連合軍で持つて帰り、大阪府に参考のために渡しましたリストが返還されたということを証拠だてる唯一の資料でございます。それは最後には内務省に集めるべきものでありますがただいまのところまだ府縣に置いてございます。府縣では確実にそれを保管しておりますが、ただ縣廳の焼けました青森縣だけがそろつておりませんが、ほかの府縣では確実に保管しております。
○鍛冶委員長代理 そこでさらに今度は兵器処理のことになりますが、兵器処理のために兵器処理委員会へ渡されましたね。そのときにはどういうことで渡したのですか。
○植田證人 連合軍から渡されましたときには、兵器処理委員会に渡すべきものだけをまとめて渡されるということはめつたにないのであります。兵器だけあるような場合はそれだけになりますが、大体においてほかの資材なんかと一緒にございますから、各府縣ではそのリストの中から兵器処理委員会に渡すべしとして地方から指示しましたものを兵器処理委員会の代表者を呼び寄せまして、それに引渡したということにしております。
○鍛冶委員長代理 そのときには何かリストがついてまいりましよう。
○植田證人 リストはついておりません。リストは原本一つきりでございますから……。
○鍛冶委員長代理 そのリストは全体のものですか。そのうち兵器処理を分離して渡すでしよう。その兵器処理を渡したという書類がなかつたら……。
○植田證人 それは私各府縣の実情をよく存じませんけれどもどこそこにある廃兵器類を兵器処理委員会で処理せよという命令を府縣へ出しております。
○鍛冶委員長代理 そうすると、その書類は残つているでしよう。
○植田證人 各府縣に残つております。
○鍛冶委員長代理 それでは今言う返還を受けたリスト並びに兵器処理として渡したリストその他は各府縣からは全部はとつておりませんが、内務省でなり、安定本部なり……。
○植田證人 もとになりますリストは内務省に全部は取寄せておりません。ただ会計檢査院が検査の都合で各府縣に命ぜられまして、兵器処理委員会のリストの中から兵器処理委員会に渡したものの数量の調査を命ぜられた、これが会計檢査院の手もとに届いていることを知りまして、一度こちらの方から御要求がありましたので、それの写しをとりそろえて差上げてあります。私どもの手もとには持つておりません。
○鍛冶委員長代理 兵器書類全部についてですか。
○植田證人 各府縣全部来ていると思います。
○鍛冶委員長代理 そうすると、内務省なり安定本部なりで引渡したものの全数量並びに返還されたものの全数量、そのうちの兵器処理としてさらに委員会に渡したものの数量、そういうものの合計は今日わからぬわけですか。
○植田證人 あるいはほかの証人からも申し上げたかと思いますが、昨年の十二月総司令部の方から連合國軍から日本政府に渡した一切の資材の報告を出せということを命ぜられた。その際に他の資材につきましては、リスト数字と実受け数量と、返還を確認した数量、こういうふうに出すことができたのであります。しかもこれらの資材につきましては、すべて終戰時のマル公をつけて出せということを命ぜられました。それで兵器処理委員会に渡す廃兵器についてもリスト数字が出せないかというお話でありましたが、しかし廃兵器類はトンで出ている場合もございますが、大砲何門、飛行機何機とうぐあいに出ていることも多いので、これを集計する單位が非常にむずかしいというので、連合國の係官の方の了解を得まして、兵器処理委員会から出しました報告を内務省の報告として差出したことと認めていただいてそれを出しております。
○鍛冶委員長代理 それはトン数でですか。
○植田證人 兵器処理委員会はすべて、十トン数で出しております。
○鍛冶委員長代理 それはこつちで渡したという証拠じやなくて、向うが受取つたというものだけですか。
○植田證人 トン数で出さないと今度終戰時の単價を出すときに非常に困るから、兵器処理委員会は鉄鋼系統のスクラップが何トン、非鉄金属系統のスクラップが何トンという報告を受取つておりますから、これに終戰時のマル公を加えますと、報告になるわけであります。ストの対照はできませんが、了解を得ましていたしたのであります。
○鍛冶委員長代理 各府縣ではトン数ではなくて物の銘柄で出しておるのですね。
○植田證人 そういうわけでございます。
○鍛冶委員長代理 その拂下についての金額は連合軍はマル公と言われるが、現実各府縣から出しておる金額はわかりますか。
○植田證人 わかりません。各府縣では廃兵器については金額はつけておりません。
○鍛冶委員長代理 結局どこでつける……。
○植田證人 金額というのはそれによつての収入はございませんで、当時の最終報告を私が全部やつたのでございまして、最終報告と申しましても、まだ手続はいたしますけれども、金額はその場においての姿での終戰マル公ということになつておるわけでございます。そうしますと廃兵器の大砲、飛行機については、そのままの姿での終戰戦マル公で出しようがありませんから、兵器処理委員会が受取りました百二十五万トンの兵器を鉄鋼だけのスクラップはトン当りいくらの終戰マル公という計算で出したのでございます。これについては兵器処理委員会が処理のために費用を使つておりますが、その差引は全然出しておりません。
○鍛冶委員長代理 そうすると、各府縣では何トン渡したものであるか、どれだけの價格になるものだということはわかつていないわけですね。
○植田證人 それはただいま私の方です。
○鍛冶委員長代理 結局そういうものはどれだけのトン数あつて、どれだけの金だどいうことは兵器処理委員会できめるわけですね。
○植田證人 金額は内務省の最後の決済での金額ではございません。ただしスクラツプでございます。
○鍛冶委員長代理 連合軍に出すのはマル公でつけられたが、実際に計算するのは兵器処理委員会でこれだけのものを扱つた。これだけ処理したからこれだけで拂下の價格にしますといつて出すのでしよう。
○植田證人 拂下の價格は私は契約のときに関與しておりませんが、兵器処理委員会が処理しましてそれを民間の用途に商工省の指示によつで拂下げた。それの費上から兵器処理委員会として要します諸経費を差引いた残額をもつて價格とするという解釈をしておつたわけであります。ただこの價格というのは今となつてはいくらにするかという債務をきめる機会がないのでございまして、本年の五月末に兵器処理委員会を解散して四十四万トンの物を政府に返還せしめました。そして兵器処理委員会の四十四万トンを無償で政府に返還したことによつて生じた費用は政府が拂うことになつておりますから、價格という形できまる機会はないのでございます。
○鍛冶委員長代理 実際において政府としてはトン数も價格もわかつておらぬわけですね。そのほか特殊物件処理委員会で、廃兵器以外の返還物資についての総数量その他返還に関する價格等はあなたの方でわかりますか。
○植田證人 それはただいま私の方では全部は覚えでおりませんが、廃兵器類は一應処理というと何でございますが、大砲等でございますと、熔鉱爐なり、電氣爐なりに放り込める程度のサイズに切らないと市場賣値がないわけですから、受取りましたそのままがすぐ見聞用に向けられる物は非常に少いわけです。他のものになりますとそのまま民需用にまわせることになりますから、こういうものについては價格も数量も確実なもの参もつております。
○鍛冶委員長代理 返還を受けたものの全部の数量の行方はわかつておりますか。
○植田證人 わかつています。これは一部事務局の方に差上げておきました。
○鍛冶委員長代理 これは今見ますと、各府縣で拂下げた物の報告ですが、この拂下げた物と向うから返還を受けた物と対照してはおらぬでしよう。
○植田證人 対照もいたしております。
○鍛冶委員長代理 間違いないですか、どうですか。
○植田證人 それは相当の開きがございます。
○鍛冶委員長代理 その開きはたいへんなものでしよう。
○植田證人 いいえその資料をごらん願いましでもわかりますように物によつては大きな開きがございます。物によつてはリストよりも多い。物によつてはリストよりも少い。
○鍛冶委員長代理 それは間違いなく大体できておりますか。
○植田證人 私はこれは完全に間違い、ないとも申し上げられません。各府縣が非常に複雑でございますから、私どもも総司令部に説明いたします際にも、始終ニヤー・コレクトという言葉を使つて説明いたしております。
○鍛冶委員長代理 進駐軍からこれを返還を受けるについては、一九四五年の九月二四日並びに十月十六日の覚書に基いて厳格なる指示がありますね。その指示に基けば返還物資の記録の作製、返還の責任並び行先の明示ということになつておりますが、これらはすべて十分行われておりますか。
○植田證人 十分行われております。ただしこういう問題もございます。たとえば食糧として米が返還になりますと、食糧営團を通じて民間に配給になりますので、一般の農林省操作の米と一緒に配給されておりますので、だれそれにどう配給されたということがわからぬものもございます。こういうものは食糧営團に渡された報告をもつて、最終報告としていただくより仕方がないと思います。こういう点については了解を得ております。それから府縣としましては、当時各種の統制團体に物を流しておりますが、統制團体に渡りました時期をもつて一應内務省、府縣の記録にはなつておりますが、統制團体にはいりますと、これはどう流したかという記録を持つております。從いましてこれは非常に手数のかかることかもしれませんが、もしもどこそこの工廠にあつたこういうものがだれそれの手に渡つているということを調ベようと思えば、一々府縣に参りまして、それがどこの統制團体に行つたか、その統制團体はどういうふうに流したかということになりますと、ほんとうの意味の最終消費者がわかるようになつております。これは原則でございます。統制團体も最近は大分つぶれておりますので、記録の完全でないものもあると思いますが、原則的にはでてくると思います。
○鍛冶委員長代理 縣廳の中などでは縣廳の職員だけに特別物を特配したりしている事実がありますが、そういうものはどうなんです。
○植田證人 私縣廳の者だけに特配というものはないと思いますが、あるいは放出物件時代にはあつたかもしれません。正式返還になつてからは、そういうことはなかなかできないはずでございます。
○鍛冶委員長代理 放出というのは……。
○植田證人 終戰当時の放出でございます。
○鍛冶委員長代理 それはよろしゆうございます。兵器処理に関して、内務省と商工省との権限並びに責任の分界とでも申しますか、たとえば兵器処理に関しては内務省は表向きの責任者にはなつているが、鉄鋼、非鉄金属等は商工省の管轄であるからというので、商工省でやつておりますが、これに関してはどういう責任をとることになつておりますか。
○植田證人 私兵器処理委員会との契約ができました当時中央におりませんので、当時の関係者がどういうふうに協定したということを存じておりませんが、兵器処理委員会に物を引渡すときには、大体初めの方針がどういうものを引渡すということがきまつておりますので、その後は府縣とのほとんど摩擦なしにどんどんいつております。兵器処理委員会の一番重要な問題は、兵器処理委員会にはいりました資材をどう配分するかということであります。配分の方は内務省はほとんど関係いたしておりません。そういう意味から申しますと、商工省の分野の方が廣かつたのではないかと思います。ただ日本政府に返還を受けます名義人は内務省でございます。その範囲においては内務省は権限を持つている……。
○鍛冶委員長代理 処理は内務省がやることですけれども、どういうふうにして処理すればよいものか、内務省では知りません。それで商工省の人が行つて監督しておつた。そのときの責任はどつちに責任があるか、監督不行届ということになると内務省の責任ですか、商工省の者が行つているから商工省の責任になるのですか。
○植田證人 その点特殊物件全体の問題でございますが、あれだけの大きな特殊物件でございますから、内務省だけでできるものではございません。できるだけ各省に手わけしてやつてもらうという建前から商工省にお任せした分については國的にはやはり商工省が責任をとつていただかなければならぬと思います。それから参考のために申し上げますが、処理と申しますのは運搬とか解体等でございますが、こういつたガソリンの世話であるとか、カーバイトの世話であるとか、このことは商工省の兵器処理班が全部やつてくれておりました。その辺のところが大体限界のわかれ目になるのではないかと思います。
○鍛冶委員長代理 処理のことを聽きましたが、そのあとでできたものに対する配分、これも商工省所管のものは商工省でやる……。
○植田證人 全部商工省でやつております。
○鍛冶委員長代理 それではほとんど商工省じやないですか。
○植田證人 そうでございます。ただ私どもの方は最後の兵器処理委員会の代金決済をつけなければならぬという問題が残つておるのであります。
○鍛冶委員長代理 それじや済みました。御苦労さまでした。 本日はこれで散会します。 午後六時三十五分散会