不当財産取引調査特別委員会 第4号
- 発言数
- 266 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1948/10/14
会議録
○武藤委員長 これより会議を開きます。 第一艦艇解撤調査小委員会の小委員を指名いたします。 明禮輝三郎君 河井 榮藏君 橋本 金一君 野本 品吉君 中村元治郎君 寺崎 覺君 以上六名であります。 第二、官吏汚職調査小委員会の小委員を指名いたします。 石田 博英君 佐竹 新市君 椎熊 三郎君 石田 一松君 田中 健吉君 以上五名であります。 やみ利得調査のため七方面に鍛冶君、小松君を派遣いたします。日時、期間等は委員長に御一任を願いたいと思いますが御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○武藤委員長 ではさよう決定します。 第四、お手もとに差上げてあります九月度委員会経過報告書を議長に提出をいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○武藤委員長 ではさよう決します。 それではこれから証人のお話を承ります。本日御出頭の証人は植原悦二郎さん、麻生太賀吉さん、濱田寅藏さんですね——いずれも石炭國管問題に関しまして証言を求めるために御出頭を願つた次第であります。 証言を求める前に各証人に一言申し上げます。昨年十二月二十三日公布になりました昭和二十二年法律第二百二十五号議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならぬことになつております。宣誓または証言を拒むことのできるのは、一般の人については、証言が証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項、あるいはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するときに限られ、医師、歯科医師、藥剤師、藥種商、産婆、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者、またはこれらの職にあつた者については、その職務上知つた事実であつて黙秘すべきものについて尋問を受けたときに限られております。右以外には何人も宣誓または証言を拒むことができないことになつておるのであります。なお証人が正当の理由なくして宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることになつておるのであります。一應このことを御承知になつていただきたいと思います。 では法律の定めるところによりまして証人に宣誓を求めます。お手もとに差上げてある宣誓書を朗読の上署名捺印願います。 〔証人植原悦二郎君各証人を代表して宣誓〕 〔各証人宣誓書に署名捺印〕
○武藤委員長 それでは植原さん、麻生さん、濱田さんの順序でお話を伺いたいと思います。植原さん以外のお方はまことに済みませんが、しばらく別室でお待ち願います。 それでは植原さんに伺いますが、昨年石炭國管の問題がやかましくなつたその前後に、当時の日本自由党の中に石炭対策委員会というようなものを設けられたことがございますか。
○植原證人 あります。
○武藤委員長 その目的はどういうのでありますか。
○植原證人 目的は石炭の増産がきわめて必要なるときでありましたので、いかにせば石炭が増産できるか、石炭の現在の生産状態がどういう状態であるかということを究めるためでありました。もちろん私は多年にわたつて、今の日本の官僚制度のもとにおいて産業を國家で管理するとか、國有にするとかいうことは決して増産にならないし、能率の増進にもならない。從つて生産費も高くなる。その例は鉄道を見ても、電信電話を見ても、また電信電話や鉄道とは違いますけれども、ただいまの発送電や配電会社をつくりますときにも、私は徹底的に最後まで反対した一人であります。なぜかならばこのときに永井柳太郎君たちは盛んに発送電、配電会社をつくれば豊富低廉の電力ができるなどと言つたが、そんなことはできないということを私は強く主張して、最後までこれには反対してきたような次第であります。その成績を見ても今日の通り。あれを民営にしておつたならば、電氣事業というものはもつと発達しているし、豊富低廉なる電力も供給できていたろうということを考えまして、石炭國管の問題が世の中に浮び上つたときに、これは國家のためにならぬということを断定的に言つてみたところがしかたがない。実際にこれを調査させてその事実を明らかにして、もしそういう問題ができてきたならば國家のために反対した方がいいという趣旨で、石炭國管対策委員会と言いましたか、名はよく記憶しませんけれども、そういう意味の委員会ができまして、私自身が委員長として党から委嘱されたのであります。
○武藤委員長 そうしますと、前にはこういうふうな石炭に関する委員会は問題になつたので、今のお説のような趣旨目的から委員会をつくつたわけでありますね。
○植原證人 石炭の問題も前から鉱工委員会で多分研究されておつたと思いますが、國管という問題を具体的に政府が提出して後のことか以前のことかよく私記憶いたしません。いずれにしても石炭を國管にするという問題が激しく起つたので、それならば党としてはそれに対してほんとうに事実をもつて解決した方がよろしいということで、石炭國管対策委員会というようなものを党でつくられて、私がその委員長に委嘱されたと思います。
○武藤委員長 これは委員は何人であつて、だれだれでありますか。
○植原證人 委員が何人であつてだれだれだつたか私よく記憶いたしません。そういうことのお尋ねがあると思うならば、その当時のものを何か調べてまいりますけれども、大体どういう人とどういう人がはいつておつたかぐらいのことは存じておりますけれども、正確に何人であつて、だれとだれというようなことは、ただいまよく存じておりません。それはしかし党の記録にもあるし、私の手もとでも探したらあると思いますから、必要であるならば、調べてお答えできると思います。
○武藤委員長 それではお手数ですが、何人でだれであるかということを、二、三日中に書いたものでお出しを願いたいと思います。
○植原證人 それは出します。
○武藤委員長 この石炭國管対策委員会は、ただいまお説のような趣旨目的に從いまして、どういう調査をされ、どういう結論を出されましたか。
○植原證人 東京におりまして、官廳やその他で議会において得られる材料は、かなりとり集めて、それに対してなるべく科学的の結論を得るようにいたしたい。そう思いまして、そればかりではいけないから、実際炭鉱の実事を知つておる人もあり、知らない人もあるので、現地に行つて調査をすることが、なおさらに問題を明瞭にすることだと思いまして、現地の調査にも当つたのです。
○武藤委員長 そうして石炭國管は、増産にならないというテーマに対する結論が出たわけでありましたか。
○植原證人 出たのみならず、今日でも同じ費用と、同じ材料と、同じ労務者とを使つてやつておつたならば、民営の方がよりよき成績を示し得るものと確信いたしております。今日においても國管の成績必ずしもよくないと私は信じております。
○武藤委員長 今度は反対運動についてでありますが、業者は結束して國管案に反対運動をされたようでありますけれども、対算委員長としてのあなたに対して、または國会議員であるあなたに対して、または自由党の党員としてのあなたに対して、どういうふうな運動または働きかけがありましたか。
○植原證人 私は特別な働きかけがあつたということを承知いたしておりません。國管案が提出される以前に、炭鉱業者が衆議院に出て陳情したいということで、当時の自由党の控室へ來て、その陳情の理由を聽きました。その場合に、私はまだ一切の調査を終えなければ結論を言うわけにいかないが、私はすべての官営事業に照らし、しかも石炭というがごときものに対して、英國のごとき、あの状態ですらもつて、石炭國管が成功したと言われない。今日においても英國においては、國管はやりそこなつたという説さえもあるくらいだから、日本の官僚制度のもとにおいては、國管などやつてもだめだと私は意見を述べたことがあります。從つて私の意見はきわめて明瞭であるから、炭鉱業者が私に運動をする必要などないと私は信じておりました。
○武藤委員長 つまり業者の意見とあなたの意見とは完全に一致しておつたわけですね。
○植原證人 むしろ私は初めから反対で、自由党の控室でしたか、先生たちの主張に対して、裏書するよりもつと強い言葉でもつて、当然われわれは國管に反対であると言つた。それはしかし委員会をつくる伊前のことだと思います。
○武藤委員長 あなたのその説を業者は聞きまして、それじやひとつ頼みますとか、あるいは他の諸君にもそういう趣旨で國管案反対のことを徹底願いたいというような陳情がございませんか。
○植原證人 すべての陳情と同じことで、陳情に対してこちらが意見を述べ先生たちの意見と符節を一にすれば、よろしくお願い申しますと儀礼的の言葉を吐くのは当然だと思います。
○武藤委員長 そのほかに対する働きかけを、依頼されませんか。
○植原證人 そようなことはありません。
○武藤委員長 九州方面の國管反対業者は運動のため上京いたしまして、主として龍名館に泊つておつたということでありますけれども、そういうことをあなたは御存じありませんか。
○植原證人 龍名館に泊つておるということを聞いたくらいのことはありますけれども、私はそこが本拠であるか、何であるか、さようなこと聞いたことはありません。
○武藤委員長 龍名館に行かれたことはあなたはありませんか。
○植原證人 絶対にありません。
○武藤委員長 武内禮藏という人を御存じですか。
○植原證人 初めて來たときに、どれが武内禮藏さんだか知りませんでしたけれども、皆を代表して挨拶したとき、そのあとであれはだれかと言つたらば、武内という人だと聞いて、そのとき初めて知りました。
○武藤委員長 こういうことを言われているのですがね。また武内さんであるか、その他の石炭鉱業会の有力な方でありますかわかりませんが、淵上房太郎さん、坂本實さん等とあなたとおられるところで五十万円ばかり金が武内さんあるいはその他の人から、場所は龍名館でなかつたかというのでありますけれども、渡されてあると言われているのですけれども、日時、場所あるいは同席した者、金額等について、多少違つておるかもしれませんけれども、これに似たような事実はございませんか。
○植原證人 絶対にありません。淵上君か坂本君とぼくと一緒に歩いたことなんかもありません。淵上君は九州に行く視察員の一人でありまして、九州の筑豊炭田のときは一緒におりましたけれども、その他のときにはおりません。そういうような関係で、三人一緒に旅行したとか、歩いたとか一緒にどこかに行つたというようなことは絶対にありません。
○武藤委員長 いずれの意味、いずれの理由を問わず、とにかく武内氏その他炭鉱業者等から金を受取られたことはないということになるわけですか。
○植原證人 絶対にありません。そういうことが傳えられるさえ奇怪に感ずるのです。
○武藤委員長 今の武内さんが業者を代表して挨拶したという場所、日時はどこですか、いつですか。
○植原證人 日時は記憶いたしません。挨拶したという場所は衆議院の自由党の面談室か、多分今民主党の政調会長が使つている室かと思います。よく日などは憶えておりません。
○武藤委員長 あなたは昨年の七月ごろ、北九州方面へ炭鉱視察に行かれたことがございますか。
○植原證人 あります。
○武藤委員長 それはどういう資格で、だれと行きましたか。
○植原證人 資格は私は当時は石炭対策委員長です。しかも私みずから九州は最も重要なところと思いまして、私と淵上君と平井君と——森君が行くはずでしたが、行かなかつたのですが、それと参議院の一松君だと思います。
○武藤委員長 一松政二君ですか。
○植原證人 ええ。
○武藤委員長 平島良一君は……。
○植原證人 平島良一君は途中から参りまして、最後まで一緒にはおらなかつたように記憶いたします。それから本田英作君が來るはずだつたのでありますが、それも、途中まで來たかどうかであつたと思います。
○武藤委員長 今お話の同行せられた淵上、平井、平島、一松の諸君は、いずれも先ほどお話の、石炭國管対策委員会のメンバーでありますか。
○植原證人 一松君はどうあつたか、私はよく記憶いたしません。これはかなり石炭のことをよく知つておる人であり、そうして專門的の知識をもつておるのみならず、参議院の方もまじつていただいた方がいいというので、一松君もまじられたと思います。もう一人参議院の方で、ありは佐賀縣出身の方が一緒だつたと思います。
○武藤委員長 それでは、調査に行かれて、どういう調査をなさいましたか。
○植原證人 調査に行つて、まず第一にその地方の人の意見を聽くとともに、ある場合においては、働いておるところの労働者の状態を見たり、さらに鉱坑の中にはいつて、実際の採掘をしておる状態までも見ました。
○武藤委員長 向うへ参りまして、おもなる業者にお会いになりましたか。
○植原證人 おもなる業者というのは、あれは、日本製鉄でやつております飯塚の鉱業事務所で、あの地方のおもなる方に会いました。おもなる方と言つても、私どもは経営の面よりは——経営の面はここにおつてもわかりますので、大概の行きましたところの鉱山では、その鉱山の技術の專任の人に多く会つております。
○武藤委員長 お泊りになつたのは、福岡の花屋という旅館でありますか。
○植原證人 福岡の花屋に一晩泊つたと思います。それから畫は、飯塚の日本製鉄か何かのクラブで食べたと思います。その晩は、これは多年、前から懇意でありますので、麻生君の家で私は一晩泊つたと思います。坪上君はあそこの地付の人でありますから、自分の家で泊つたと思います。
○武藤委員長 花屋旅館には、あなたがお泊りになつたちようどその当時、生越三郎、大畠農夫雄、大矢省三、大屋普三君の四君、それから庄忠人君、長尾達生君、深川榮左エ門君、ほかに福中次郎、淺原喜文、鈴木昭二郎、鬼木喜藏というような諸君が宿泊しておつたようでありますけれども、これらのうちのだれかと、あなたは、この旅館またはそのほかでお会いになり、お話をなさつたことがありますか。
○植原證人 初めてそういうことを伺うので、そういう方のおつたことも知らないし、そういう方と話したこともありません。
○武藤委員長 私が今読みましたものの中に、あなたのかねて知つておられた人はありませんでしたか。
○植原證人 ありません。
○武藤委員長 対策委員のうち、九州方面にあなたと御一緒に参られた人のお話は伺いましたが、そのほか委員を他の地方へ調査のため派遣をせられましたか。
○植原證人 申すまでもなく、石炭の産地のおもなるところは北海道、それから常磐炭の産地と、九州、なお山口縣では宇部、かように私ども見ております。この重要なる土地だけは、調査として見逃すことができないので、それらの土地にそれぞれ行つてもらつたことはあります。
○武藤委員長 そこで伺いたいのでありますが、派遣をせられます際に、旅費と言いますか、日当と言いますか、調査費用と申しますか、しかるべく金員をお渡しになつておりますか。
○植原證人 旅費と拂つたかと、こういうことですか。
○武藤委員長 名目はわかりませんが……。
○植原證人 これは、あなた方御承知かどうか存じませんけれども、政務調査会ならば、大概党で支出しておるのが通例だと思います。特別委員会の場合には、どうも党で特別委員の費用を出すというようなことは、めつたに政党としてはないのであります。で、名誉税と申しますか、何と申しますか、委員長となつた人は、それらの人に、なるだけ忠実にやつてもらわなければならないから、遠方に旅行するときには、旅費ぐらい心配する、これはなさなければならないことだと思います。
○武藤委員長 そうしますと、その旅費というのは、名誉税というようなわけで、委員長が出さなければならぬというお話ですか。
○植原證人 委員長が出す場合もありましようし、出さない場合もありましよう。いろいろありましようけれども、私のような場合には、党の費用を出してくれろと言うても、出してくれる氣づかいはないので、私が、必要である人には心配をした、こういうことであります。
○武藤委員長 そうしますと、お話はわかりますが、あらためて伺つておきますが、その石炭國管対策委員会というものは、あなた個人がつくられた、あなた個人の委員会ではないのであつて、日本自由党の一つの機関として、調査会を党でつくられたわけでありますか。
○植原證人 調査会は党でつくられたものであります。だけども委員長は、そのすべての調査をできるだけよりよくするために、党に対して責任をもたなければならないのです。
○武藤委員長 それは申すまでもありませんが、党でつくりました調査会である限りにおきましては、政務調査会で設けました調査会でも、特別調査会でありましても、一時的のものでありましても、党の機関としての調査会でありますことは変りありませんね。
○植原證人 石炭対策委員会というものは、党でつくつたものであります。その活動は、党の指揮でなくて、その委員長の責任においてすべてを調査するのです。
○武藤委員長 調査の上における責任はそうでありますが、仕事は委員長個人の仕事ではなくして、党を代表する委員長ということになりましよう。党の機関としての委員長ですね。
○植原證人 石炭対策委員会というものは、党でつくつたものであります。そこで、党でつくつたものを、委員長を定めた場合においては、委員長がその委員をお願いして、できるだけの正確な調査をしてもらうのは、委員長が責任をもつてやらなければならないことであります。他の党はいずれとしても、民主自由党においては、対策委員会、特別委員会等は、大概その委員長になつた人が、できるだけの努力をいたして、正確な調査をするというのであります。
○武藤委員長 いや、そうではないのです。運営は委員長のあなたが運営されることは、ちうどこの委員会における運営を私がしておると同じでありますけれども、私が運営しておりますのは、私個人のためでもないし、議会の機関としてやつておるのでありまして、あなたが委員長として運営せられるのも、自由党の機関としてやられるわけでしよう。
○植原證人 先刻私が申した通り、石炭対策委員会というものは党でつくつたものであります。だから対策委員会というものは党のものであります。しかしその委員の活動は党では指揮いたしません。委員会の活動は委員長が全責任をもつてこれに当るのであります。
○武藤委員長 それはいいのですけれども、政務調査会に設けられた調査会のようなものと、今の石炭対策委員会との費用の支出について、本質的に違うごときお話がありますから、あらためて伺つておるのであります。
○植原證人 少くとも本質的に石炭対策委員会におきましては、党にさようなことを申し出ても党で賄う氣ずかいはないと思いましたので、それで正確に調査をするためには、私がいくらか心配しなければならないというので、心配したのです。
○武藤委員長 いささか理屈になりますけれども、日本自由党として、石炭國管は増産にならないという結論を出そうということで、幾十人かの委員を委嘱して調査をするわけでありましようから、その必要な費用については、党へ申し出ても出すはずがないというようなことは、すべての調査会に出さないなら別でありますけれども、他の調査会には出すけれども、この調査会には出すはずがないということは、少しおかしいと思いますけれども……。
○植原證人 さようなことは申しません。政務調査会という全体常設機関があります。その常設機関の賄いは常費で拂つております。これはずうつと続いておるのです。石炭対策委員会というものは臨時のものです。さよう御承知を願いたいと思います。
○武藤委員長 そこであなたが大いに心配をされて、それに関する費用は賄われたということになるわけですか。
○植原證人 その通りです。
○武藤委員長 どのくらいの金を集めて、いやお持ちになつておつたか知りませんが、どういうふうにお渡しになりましたか。
○植原證人 どのくらい集めたかというと、最初私たち十万か十五万ぐらいはこの仕事をなし遂げるには要ると思つておりました。だから正確な数字はわかりませんけれども、その範囲の金を使つたことを記憶しております。
○武藤委員長 先般平井義一さんが当委員会にお出になりまして、手当として五千円をもらつた。淵上さんもやはり五千円を受取つたと申しておる。こういうふうに聽きますと、この五千円前後のものが渡されているのではないかと思うのですけれども、だれにいくら渡したか述べていただきたいと思います。
○植原證人 だれにいくら渡したかということを、今一々覚えておりませんが、大概その赴く地方によつて、九州方面は大体五千円見当、それ以上はどうか町分の手持ちでやつてもらいたいという意味でお願いをいたしました。それから常磐炭に行つた人は、ごく近いから二千円見当でよかろうというようなことに方針を立てて、その程度で賄つてもらいたいと言いました。それから北海道も多分五千円くらいでいけるならば、それで賄つてもらいたい。こういうことでお願いしたと思います。
○武藤委員長 すると、だけをどこへ調査に行つてもらつたかということも今すぐおわかりにならなくても、お帰りになりますれば、わかるわけですね。
○植原證人 多分そのときの何かの書類がありと思います。九州方面は淵上君や平井君が九州方面の人であつたから、淵上君や平井君にお願いしたのです。なぜならば地方の事情もよく知つておりますし、それ以上の費用がかかつても、自分の郷里のことであるから割合樂にやつていける、こういう考えです。それから北海道の方は多分北海道出身の苫米地英俊さんやそれから小川原さんというふうになるべく北海道に人に行つてもらう、常磐炭の方はなるべく常磐炭の方の人に行つてもらうという方針をきめたのであります。なぜならばその程度ではなかなか旅行は間に合いもしまいから、小しぐらいは委員長が心配するけれども、全部という心配もできないから、なるべくその地方にもよりの人をお願いすることが費用も安くなるし、調査の便利もあるし、また確実な事実を把握することもできるし、そういう方針で行きました。
○武藤委員長 そうしますと、一番最初にお願いしておきましたこの委員会の委員会だれだれで何人かということをお書きになるときに、その下へ派遣した地方とお渡しになつた金額をも併せて御記入願いたいと思います。
○植原證人 それは承知しました。調べてみたならばどこかに出てくると思います。
○武藤委員長 そこでこれはたいへん失礼なことになるかもしれませんが、五千円くらいずつお渡しになると、相当の金額になると思いますけれども、これはどういうふうに御調達をなさつたわけですか。
○植原證人 委員長はどうか存じませんけれども、私どもは三十年も政界におりますので、そのときに必要な五万や十万の金を、私どもの友人に会い、おい、こういうことがあるから貸してくれぬかと言えば、そういうことの調達くらい私は今日困難を感じない人間であります。三十年も政界におつて、自分の費用に使うと言えば一文も出ますまいけれども、それが國家公人のためになるものであると言いまして友人に頼めば、十万や十五万の金をつくるのにそう苦心はいたしません。だからしてさような友人の名前までも言わなければならぬと申すならば申し上げもいたしましよう。けれどもさような人は三人も五人も実はあるので、そういうせつかく厚意をもつて常に私どもの政治的の活動に厚意を寄せておつてくれる人の名はあまり出すことを私は希望いたしませんけれども、強いて出せとおつしやれば出しもいたしますが、いかがでしようか。
○武藤委員長 ひとつ厄介でもお出し願いましよう。
○植原證人 そういうことはたいへん友人に氣の毒ですけれども、北村貞治という友人を私はもつております。その友人は、私が困ると言えばそのくらいの金は出してくれるし、それも一時に持つてきてくれなかつたと思います。三度くらいに持つてきたように記憶いたしておりますけれども、多分そうだつたと思います。
○武藤委員長 合計いくらくらいですか。
○植原證人 十五万円ですね。貸してくれということになつております。だから借りた形になつております。私はできれば返します。できなければ友人だから、あるいはできないからと言つて矢の催促もしないでしようけれども……。
○武藤委員長 貸しくだされというわけですか。
○植原證人 貸してくれろということです。だからいつかは返すということも含んでおることを御了承願います。
○武藤委員長 北村さんというのは事業は何かしておられるのですか。
○植原證人 いろいろの仕事をしておりますし、私の國の人で、たいへん懇意な友人です。
○武藤委員長 ではそのときの金は北村さんから出たわけですね。
○植原證人 その通りです。
○武藤委員長 何か諸君お尋ねになることがございますか。
○徳田委員 昨日倉石忠雄君が証人になりまして、こういうことを認めておりますが、これはいかがでございましようか、事実あつたことでしようか、なかつたことでしようか、これは昨年の七月ごろでありますが、淵上氏とそれから深津玉一郎氏があなたのことに関しましてこういうことを言つております。これはあなたが金を炭鉱業者から受取られたということに対して、倉石君がこの両名に対しまして次のごとく答えているのであります。両人が私のもとに了解を求めに來た。すなわち淵上氏と深津氏が倉石君のところに了解を求めに來たのであります。両名が昨日は否定したが実はあなたの指摘した通り五十万円もらつて來たことは間違いなし、これは龍名館からであります。相手はここにははつきりしておりません。相手は炭鉱業者であることは明らかであります。ああ相手は武内禮藏君から持つて來たということになつております。もらつてきたことは間違いなし、しかしどうか憤慨しないでもらいたい、金は植原氏が持つて帰つてしまつて、自分たち二名はもらつてきてはいないのだ、実は龍名館で一杯飲んでいるときに五十万円渡され、自分たちが一應受取つて帰りに持ち帰ろうと思つて、そのとき大きな金包みを側に置いてあつたが、植原さんが一足先に帰る際、自分たちには何も言わずに、さつさと金包みを自動車に積み込んで帰つてしまつたのだと、こもごも語つたと言つております。このことに関しまして倉石君は大体この供述に対してはこれは檢事局で話をしてメモをとつたものでありますが、これに対しては記憶は大分薄らいではいる。しかしこのことは否定し得ないことであると申しておりますが、はたしてこの事実に対してあつたかどうかということをお伺いしたいのであります。
○植原證人 徳田君にお答えいたします。私は今のお話は夢物語のように感じます。私は淵上君や深津君と一緒に龍名館に行つたことは絶対にありません。龍名館をのぞいたこともありません。從つて金を受取つて持ち帰つたなんということは全く夢物語にすら、さようなことを聽くことさえ、私は不思議な話もあるものだという感じがいたします。
○徳田委員 そうですか、そうするとこれは全くの噂であるというわけでありますか。
○植原證人 噂であるか噂でないかは存じませんが、私に関する限りはさようなことは絶対にありません。
○徳田委員 そうすると或であるか何であるか、それはわからんが、結局あなたとしてはこれは夢物語であつて、全然架空のことであると言われるわけですね。
○植原證人 私はそれらの人と龍名館に行つたこともなし、龍名館の戸をくぐつたことは一度もないのですから、さようなことがあるべきはずはありません。
○徳田委員 ない、そうすると、これは倉石君がつくり話をしたか、あるいは淵上君か深津君がつくり話をしたということにならざるを得ないのでありますが、同じ党におられまして、しかもこういう重大のことが檢事局で言われておる。檢事局にこういう夢物語を言うということになりますと、これは精神鑑定をしないといけないように思われますが、そういう点はどうでしようか。
○植原證人 それは私の関するところでなく、徳田さんが両者の精神鑑定をやろうというなら、これは私どうこう申すわけにはいきません。
○徳田委員 これは私がやろうというのではないが、そういう事実になりますね、しかしそうおつしやるならばこれ以上は何も言うことはありません。
○武藤委員長 ほかにございませんか。 〔「なし」と呼ぶ者あり〕
○武藤委員長 それでは御苦労さまでした。 —————————————
○小松委員 この機会に大口やみ取引調査小委員会におきまして、奈良縣生駒郡安堵村東安堵井上信貴男に対しまして、本年八月十七日及び九月二十六日、同月三十日の二回にわたりまして委員が出張いたし、調査をいたしました結果を御報告申し上げたいと存じます。 第一に事案の概要を申し上げます。井上信貴男は昭和十三、四年ごろより屑皮加工による靴の積上踵の製造業を営んでいたのであるが、終戰直後皮革統制会大阪支部が奈良縣廳及び大阪府廳より拂下を受けた元軍所有の特殊物件たる皮革を独占的に同支部より配給を受け、その数量は同人の自称する現在庫量のみにても、皮革屑三百四十七トン及び皮革百四十七トンに及ぶほか、実際はこれを奈良市所在陸軍被服廠より引取りの際、右リスト外に大量の皮革、纖維、靴類、亞麻糸、鉄鋲を密かに搬出窃取の上、これを同村皮革業者四名を介して、大阪市内はじめ各地業者へやみ賈し、莫大なる不正利得を得たる疑いあり、現在わが國におけるこの種のやみ肥りの巨魅と称せられ、その間の消息は同人の所得税額が、昭和十九年に一万三千二百六十七円、昭和二十年に一万七百二十九円、昭和二十一年に八万三千三百三十四円、昭和二十二年には一躍四百六十三万六千百六十円、昭和二十三年には五百七万円と終戰後著しく飛躍せることよりも推測せられるのであります。 本件につき奈良檢察廳は、本委員会の活動に刺戟されてか、本年九月十九日及び同月二十一日の両日にわたり、右安堵村ほか各所に所在する同人所有の二十一箇所の倉庫を捜索して、時價数十億と称せらるる隠匿物資を押收し、現在安堵村所在倉庫の物資を点檢中であります。 次に本調査妨害の不祥事件を御報告申し上げたいのであります。九月二十日午後一時ごろ小松委員、中村委員及びその随員中村元旦の一行が本件調査のため、奈良地檢次席檢事とともに、右安堵村所在の井上方工場に臨んだところ、井上は中村委員に対し種々の暴言をもつて、その調査を拒否し、同委員及びその息子元旦氏を同工場構外へ立去るのやむなきに至らしめました。習十月一日午後一時ごろ、中村委員及び元旦氏が他用のため奈良地方裁判所公衆控室にいたところ、たまたま右井上が來かかり、元旦氏を見るや、「お前はきのう一緒に來たな、中村のせがれか」と放言の上引返し、約二十分後、約二十名の暴徒を引連れ來り、元旦氏に対し、「用事がある」と称して屋外に連れ出し、右多衆が元旦を取囲むや、卑劣にも井上は「おれは知らぬぞ、おれには関係ないぞ」と放言して姿をくらました。よつて元旦は公衆の迷惑を避け、右暴徒とともに奈良公園に到り、「君らはどうするのか、けんかする氣か」と詰問しているところへ、再び井上が現われたので、同人に向い「卑怯なことをするな、やるならさしでやろう、時と場所をきめろ」と言つたところ、井上は「トラツク二台で呼び集めてこい」と大声にどなりながら、右暴徒とともに坂を降つて走り去つた。同月三日午後零時三十分、中村委員親子は、用務を終えて奈良を引揚げ帰宅したが、その後同日午後三時ごろ、右井上の徒党約三、四十名が二列縱隊をなし、手に手にこん棒、鉄棒を携えて、「中村をやつてしまえ、市場をつぶせ」等と口々にののしりながら、中村委員女婿経営の市場へ向け走り行く途中を、警察官及びM・Pのために阻止され、奈良警察署へ連行され取調べを受けたが、その取調べ中、井上は同署へ來て「お前らは用がないから帰れ」とどなり、無法にも暴徒を勝手に立ち去らしめ、警察官に種々暴言を吐いたため、警察官及び檢察官の一部は非常に憤慨しているとのことであります。しかして右事実は習十月四日午後七時及び九時半のラジオ放送のニユースで、不当財産取引委員会の調査に基因する井上対中村の衝突事件として、大阪放送局より放送されておるのであります。 右御報告を申し上げます。
○武藤委員長 ただいまの報告に対して、何か御質問がございますか。 〔「なし」と呼ぶ者あり〕
○武藤委員長 では了承しまして、麻生さんにお話を伺います。 先般あなたに当委員会に御出頭を願いまして、あなたから吉田茂氏に対する金銭の交付、授受関係についてお話を伺いましたところ、それはぐあいが悪いということでありまして、証言を拒絶する理由として、疎明書を九月七日附でお出しになりました。この委員会におきましては、いろいろ考えました結果、御提出の理由ではこれを証言拒絶の理由と認めがたいことになりまして、お氣の毒でありますけれども、再び御出頭を求めた次第であります。 そこでお伺いしたいのでありますが、昨年中吉田茂氏に対して、いつどのくらいの金をお出しになりましたか御証言を願いたいと思います。
○麻生證人 今の御質問にお答えする前に、この前お断りしたのは、プライベートなことだと思いましたので、証言しないで済むと思いましたが、プライベートなことでもここで話せということなら、申してちつとも差支えないことですから、申し上げてかまわないと思います。今の御質問は昨年中ということでありましたが……。
○武藤委員長 昨年中のことを伺いましよう。
○麻生證人 約百三十万円くらいあると思います。これに説明を加えますと、そのうちで、何と申しますかこの前檢察廳からほかの点でお調べがあつたときに、そのうちの百五万円は使途が明らかになつております。それを申し上げましようか。
○武藤委員長 どうぞ。
○麻生證人 たしか総額七十万円が自由党に対する献金だと思います。それに使つたということをあとから聽きました。それから三十五万円は、財産税の立替でございます。あとは小づかいに使つたものでございます。
○武藤委員長 この財産税立替というのは、吉田さんのお拂いになるべき財産税をあなたが代つてお拂いになつた、そういう金でございますね。
○麻生證人 そうでございます。
○武藤委員長 この百三十万円は、何回にわたつていつお出しになりましたか。
○麻生證人 回数は今ここでははつきりいたしませんが……。
○武藤委員長 大体でよろしゆうございます。春とか夏とか。
○麻生證人 大体七、八回か十回くらい……。
○武藤委員長 七、八回か十回くらいで、合計百三十万円。
○麻生證人 はあ。
○武藤委員長 この前これを伺つたら、そうではないという御返事を得たのでありますけれども、石炭國管に関してお出しになつたということはないのですか。
○麻生證人 それはございません。
○武藤委員長 こういうような話があるのですがね。あなたから吉田茂さんに出されて、それから幣原喜重郎さんのところに行つて、それから田中萬逸さんのところに行つて、これが民主党に石炭國管反対運動という目的で撤布せられたという噂があるのですけれども、そういう目的でお出しになつたことは全然ないのですね。
○麻生證人 全然ございません。
○武藤委員長 最初の七十万円というのは、吉田氏が正式に自由党に寄附された金ですか。
○麻生證人 ということは二、三箇月前政党献金問題で檢察廳から調べられたときに、それが政党献金だということがわかつた。
○武藤委員長 吉田茂氏が、もらつた金はこういうふうに使つたということを檢察廳で述べられた。その話をあなたは檢察廳へ行つて聽かれたわけですか。
○麻生證人 そうです。
○武藤委員長 そうしてあなたは吉田氏がそういうふうに言うのだから、そういうふうに使つたのだろう。こういうふうに考えられるのですね。
○麻生證人 そうです。
○武藤委員長 七十万円の金は、何か石炭國管運動について必要なため、吉田氏が自由党に献金したのだというような内容に立ち入つての話は、吉田氏直接、または檢察廳においてお聽きになつたことはありませんか。
○麻生證人 ありません。
○武藤委員長 ほかにお聽きになる方がございますか。
○前田(種)委員 昨年の話は今承りましたが、一昨年どの程度出されたか、あるいは本年になつて出されたことがあるかどうか、参考までに伺いたいと思います。
○麻生證人 これは國管に関係したことでありませんが、お答えしますか。
○前田(種)委員 関係ないが、昨年に比較して一昨年出されたものを……。
○麻生證人 プライベートのことですか。先ほど國管に関連しておることで証言を拒否してはいけないということでありましたから、國管に関することだけ申し上げたのです。
○前田(種)委員 これは特に昨年の一年間に國管の問題がありましたので、百三十万円出された。その参考までに一昨年どの程度出されたか。本年になつてどの程度出されたかということは重要な問題だと思いますから、これをお聽きしたいと思います。
○麻生證人 申し上げます。一昨年は今の私の記憶で約十五万円、今年が現在まで三十五万円です。
○河井委員 今おつしやつた金については、むろんあなたと吉田さんの関係ですから担保権なんかは設定されていないでしような。
○麻生證人 正式の担保権はございません。
○河井委員 三十万円ばかり担保権を設定されてお貸しになつておるということもありませんか。
○麻生證人 それは担保権ではないのです。財産税を拂いますときに、税務署に私の封鎖を解いて預金を出すときに、廣尾に約三千七百坪ばかり土地がありますが、それを担保としております。正式に書類はございませんが、それを税務署に出して認めていただいたから、それで出しております。
○河井委員 それは三十万円ですか。
○麻生證人 いや三十五万円です。
○河井委員 去年百三十万円以外にはないのですか。
○麻生證人 申し上げておきます。今担保の問題が出ましたが、私が一昨年でございますか、立替えますときは親父が最初にこの土地を見返りにして、その範囲内で金を貸してくれ。こういう話でございましたから貸しておきました。今もずつと貸しております。なおこの三千七百坪で、今の値段にしたら四、五百万円あると思います。これをもとにして貸しておるわけであります。
○河井委員 百三十万円の担保にしておるわけですか。
○麻生證人 現在私の住んである家も吉田の家でございます。担保流れで私が住んでおります。
○梶川委員 この百三十万円出されたのを七、八回に、というお話でありますが、大体大づかみのことでよろしいから、いつごろどのくらい出しておるかということを伺いたい。
○麻生證人 今大体記憶のございますのは、私が九州から参りますときに渡しておりますから、五万円とか十万円とかいう程度で持つてきております。記憶のございますのはたしか一月に十万円、三月に五十万円ぐらいというのが一つ記憶にございます。その後も一箇月おきか、私が東京へ出てきたたびに持つてきたわけなのですが、十万円、五万円という口がございます。その程度でございます。
○徳田委員 ちよつとお伺いいたしますが、これは吉田さんの生活費として、時々お貸し申してあるわれでありますね。
○麻生證人 そうです。
○徳田委員 これは貸金であつて、結局はあなたから贈與されたわけではないのですね。
○麻生證人 そうではございません。ただ一月の十万円と、三月の五十万円は、三月の方は選挙の金で、一月の方は党に献金するという特別のもので、そのほか三十五万円……。
○徳田委員 財産税のほかはすべて時々刻々に起る生活の費用ということになるのですか。
○麻生證人 そういうことになります。今のお話をいたしますと、党に献金が七十万円ございます。一月に十万円、あとでわかつたのですが、それは党の献金でございます。それから選挙のときに五十万円、それからその前に、檢察廳で伺いますと、もう一つ政党献金しております。七十万円しておるようでございます。こういうことであります。
○石田(一)委員 ちよつとお尋ねしますが、この金をお持ちになる時に吉田さんがあなたに、これは政党に献金しなければならぬとか——たとえば今の財産税の問題のように、これは財産税を納めるために要るのだというようなことをおつしやつたことはございますか。
○麻生證人 財産税のは明らかでございます。その他のものは無條件でございます。
○武藤委員長 ほかにございませんね。それじや済みました。御苦労でした。 —————————————
○武藤委員長 濱田寅藏さんですね。
○濱田證人 そうです。
○武藤委員長 あなたは今所属は何党ですか。
○濱田證人 社会革新党です。
○武藤委員長 いつからですか。
○濱田證人 先月だつたと思うのですが、日にちはちよつと……。
○武藤委員長 昨年の選挙当時の所属はどこですか。
○濱田證人 大体社会党にはいれということで、はいつたことにはなつておつたのであります。大体当選してから党員になつたようなことになつております。
○武藤委員長 すると選挙の際には社会党公認というわけではもちろんなかつたわけですね。
○濱田證人 はい、從つてポスターにも社会党なんということは書いておりませんでした。
○武藤委員長 社会党非公認というわけでもないのですね。全然社会党に関係なかつたのですね。
○濱田證人 大体私の住んでおりますところの若い人が、はいつておけというようなことではいつたのです。非公認という形ではあつたけれども……。途中で縣連から、お前は社会党の者ではない。公認でもない。それで社会党社会党とあまり言うなという手紙が選挙の途中に参つたようなことがあつたのです。
○武藤委員長 すると地盤といいますか、支持する層は主として三井鉱山の労働者その他の関係が多かつたのですか。
○濱田證人 もとより私は三井鉱山に勤めておりましたので、三井鉱山の支持もあつたのでありますが、主として私の所属しておりました民連というのがございました。産別系ではない方の連盟がございましたが、その方面の支持が大体多数あつたようでございます。
○武藤委員長 三井鉱山にお勤めになつておりましたのは、相当長い期間でございますか。
○濱田證人 昭和十六の六月にはいつたと思います。
○武藤委員長 それから立候補せられるまで、引続きお勤めになつておつたわけですね。
○濱田證人 私正式に先月会社に辞職届を出しました。もうおつても意味のないことでありますから。ただ女房だけはまだ会社に勤めて働いております。
○武藤委員長 あなたは昨年いわゆる石炭國家管理法案が問題になつた当時に、参議院における鉱工業委員会の委員をしておられましたか。
○濱田證人 はい。
○武藤委員長 当時すでに社会党でございましたね。
○濱田證人 さようであります。
○武藤委員長 社会党ではこの國管案に対してどういうふうな態度をもつて臨むべきであるかということでありましたか。
○濱田證人 社会党は全面的にあの案を支持しろということでありました。
○武藤委員長 それに対するあなたの御意見はどういうことでありましたか。
○濱田證人 私は御承知のように炭鉱労働組合の協議会の議長などをしておりまして、労働組合のことをやつておつたのであります。そもそも前の社会党案——岡田春夫君が鉱工委員を辞職されるころまでは一應支持するつもりでおつたのでありますが、岡田春夫君が鉱工委員をおやめになつたときに、私は固く棄権するということを心にきめておつたのであります。
○武藤委員長 岡田春夫君がやめられたのは、あなたの方で採決をしたよりもずつと前でしたか。
○濱田證人 ずつと前です。
○武藤委員長 幾日ぐらい前ですか。
○濱田證人 はつきり日にちは覚えませんが。
○武藤委員長 一票の問題がその当時大問題でありまして、鉱工業委員の行動というものは非常に注視を受けておつたと思いますが、当時あなたは同じく参議院議員であります島田千壽君とお会いになつたことがございますか。
○濱田證人 同じ控室ですから始終会つておりました。
○武藤委員長 鉱工業委員会で投票をいたします朝、島田氏があなたを迎えに参りまして、御一緒に登院をせられたことがございますか。
○濱田證人 さようでございます。
○武藤委員長 どういうわけでわざわざ島田氏があなたを当日迎えに行かれたのですか。
○濱田證人 それはその前々日一應討論を打切つたのでありまして、その翌日は何にもないから休みということにきまつたのであります。私その討論を打切つた晩に友人といくらか酒を飲みまして家へ帰れなかつたのであります。そのために習日は酔つぱらつて寢ておつて登院しなかつたので、びつくりして私を探しに來たわけであります。私は遅く畫ごろ帰つたのでありますが、午前に尋ねて見えたら私がいない、てつきりこれは怪しいということで、ずいぶん騒がれたそうであります。ところが私は畫ごろ帰つてきてそのまま寢ておつたのでありまして、眠つておつたのでわかりませんが、寢ておるおるというので來てみて帰つたそうであります。そしてその晩に、藤原君という参議院の控室の事務員がおりますが、その藤原君が私の所に泊めてくれと言つてやつてきた。いま考えると、私がまたどこかへ行つてしまうのではないかというわけで、警戒ではないかと思いますが、翌朝自動車で迎えに來たのであります。
○武藤委員長 自動車で島田君が迎えに行つて御一緒に登院をなさつた。そのときに島田君に対して社会党の党議に從つて行動をするということをお話になつたそうではありませんか。
○濱田證人 心配をかけたということは言つたが、別にそういう約束をしたこともないと思います。
○武藤委員長 心配をかけたというのはどういう意味ですか。
○濱田證人 つまり私が寢ておつたり泊つておつたりしたことで、自動車でわざわざ迎えに來たり騒いだりしたということでありますので、非常に氣の毒だと思つて御迷惑をかけたと申したのであります。
○武藤委員長 島田君が迎えに行つた理由は、あなたの行動がおかしいということを考えたからかもしれませんが、またあなたが酔つぱらつて休んでしまつたのではたいへんだ、とにかく來て役票してもらわなければ困るということから迎えに行つたと思うのでありますけれども、そうしますと片方ではたいへん心配したことになるでしようし、あなたの方で御心配をかけたと言つたことは、結局出てきて社会党の党議に從つて行動するということを表示されたことになるのではありませんか。
○濱田證人 大体私ははつきり棄権するということを前からきめとおりましたので、党議に服すると言つたことになるとおつしやればなるかもしれませんけれども、大体迷惑をかけたと言つて出てきたのであります。
○武藤委員長 そのときに私は棄権をするのだということを島田さんにお話になりましたか。
○濱田證人 話しませんでした。
○武藤委員長 そうすると結局島田君はあなたが党議に從つて行動するものと考えたでありましようか。
○濱田證人 考えたでありましよう。
○武藤委員長 そこで島田君と連れ立つて副議長の松本治一郎氏に会いまして、どうも心配をかけた、しかし常義に從つて行動するという趣旨のお話をなさつたことはなかつたですか。
○濱田證人 実は委員会は午前九時からだつたかと思いますが、はいろうとしましたら、島田君がちよつとと言つて私の手をひつぱつて、松本副議長の部屋に連れて行つたのであります。あいさつしろというのでどうも御心配かけて申訳ありませんでしたと申しましたところ、松本副議長も、あなたも若いみそらだから誤つたことをするなよとおつしやつたから、私はありがとうございますと言うて失礼いたしたのであります。
○濱田證人 しませんでした。
○武藤委員長 松本氏もまた島田氏と同じように、あなたは党議によつて行動するのであろうとお考えになつてと思いますか。
○濱田證人 さようであります。
○武藤委員長 しかしあなたはすでにそのとき前もつて決心をしていて、棄権をするというふうに心に期していたわけですか。
○濱田證人 はい。
○武藤委員長 棄権をするというのは反対だから棄権をするわけですか。
○濱田證人 いいえ。岡田春夫君と同じような氣持なのですが、むしろあの國管案は業者の方が賛成してわれわれの方が反対すべきだというふうに解釈しておつたのです。反対だからというわけではないのであります。反対は反対ですが、手ぬるいやり方だと思つておつたのであります。
○武藤委員長 いわゆる骨拔きであつて國管案に名に副わないという趣旨から反対というわけですか。
○濱田證人 さようでございます。
○武藤委員長 当日委員会に一度御出席なさいましたね。
○濱田證人 出席いたしましたが、九時ちよつとおくれて始まりまして、ちよつと打合せをいたしまして、いよいよ役票は十時十分からやるということにきまつたのであります。それで私は時間を守る方でありますので、蟹江君がおつたので、十時十分に時間が來たから行こうじやないかと蟹江君を誘つたのでありますが、君先に行つておれというので、私また三階の三号室に十時十分に参つたのでありますが、まだだれも來ておりませんでした。
○武藤委員長 開会になつてからおられなかつたのですか。
○濱田證人 そうでございます。
○武藤委員長 開会になる前に行かれたのですか。
○濱田證人 ちようど十時十分の知らせでありましたので、かつきり十時十分に参りましたら、まだだれもおらなかつた。
○武藤委員長 それであなたはお帰りになつたのですか。
○濱田證人 そうでございます。
○武藤委員長 それからのあなたの行方がちよつとわからなかつたのですが、どこにおられましたか。
○濱田證人 私築地の貝塚という魚屋さんの家に行つておりました。
○武藤委員長 これはどういう関係のお宅ですか。
○濱田證人 これは私まだ議員に当選しない前に上總屋旅館というのによく泊つたのですが、そこの近所に春美という喫茶店がございました。その喫茶店の経営者がその魚屋さんでございます。知合いでございますので、そこに伺つておつたのでございます。
○武藤委員長 これは一人ですか。
○濱田證人 一人でございます。
○武藤委員長 だれかどこかへ行つておつたらよかろうというようなことを言つた人はないのですか。
○濱田證人 いいえ、そういう人はございません。私が一人で行つたのです。
○武藤委員長 あなたが一人で行かれた……。
○濱田證人 はい。
○武藤委員長 決選役票の当日あなたのそばは二人の人がいつも附添つておつたというのですが、それはだれですか。
○濱田證人 実は私の会社の九州の田川鉱業所の人でありますが、國会が一度見たいというので、前々からお約束をしておりました。それでぜひ見たいというので、浅井という人と、田代という人であります。
○武藤委員長 浅井だれですか。何という名前ですか。
○濱田證人 名前ははつきり覚えておりませんが、田代君はわかつております。嘉運でございます。浅井さんは浅井長俊でございます。
○濱田證人 この両君が御一緒に來ておられたわけですね。
○濱田證人 それは島田君が自動車で迎えに來るということになつておつたので、ちようどいいさいわいだ。自動車に乘つて一緒にいらつしやいというので、旅館に電話をかけて二人に來ていただいたわけです。そうして院内を参観させるつもりでおつたのですが、いろいろばたばたしていて、つい二人をほつたらかして出てしまつたのです。
○武藤委員長 そうすると、あなたの勤めておられた三井鉱山の田川鉱山ですか。
○濱田證人 さようでございます。
○武藤委員長 そこに勤めておられる人ですね。田代さん、浅井さんという人は……。
○濱田證人 はい。出張で東京に來られておつたのです。
○武藤委員長 たまたま当日議会参観のために來られたというわけですか。
○濱田證人 さようでございます。
○武藤委員長 何かどうもあなたを監視にきておるのじやなかつたかというような話があるのですが、そういうことはありませんか。
○濱田證人 そういうこと絶対にございません。断じてない。
○武藤委員長 本会議でも欠席されましたか。
○濱田證人 本会議でもその晩でございましたので、從つて欠席いたしました。
○武藤委員長 神田の龍名館においでになつたことはありませんか。
○濱田證人 ございます。
○武藤委員長 いつ、どういうわけで参りましたか。
○濱田證人 昨年多分三回くらい行つたと思いますが……。大勢で上京しまして、間もなくのときに同じ所からやはり社会党の衞藤さんという人が代議士で当選して泊つておられますので、僕の宿も一遍見とけというので日曜の畫、一度ちよつと参つたことがあります。あと二回は私の住んでおります市の市長がやはりそこに浜りまして、市長に用事があつてあと二回参つたと思つております。
○武藤委員長 先ほどのお話の討論を打切つた日、つまり決選役票する前の前の日のようでございますけれども、島田さんと御一緒に自動車に乘つて参りまして、神田でおれは降りて、きようは一ぱい飲んでいくんだというようなわけで下車なさつたそうですが、この日には龍名館に行つて一ぱい飲んだわけではありませんか。
○濱田證人 これは私少し恥かしいのですが、毎日私帰りには神田の音の手前に露店がたくさん出ている、あそこへ行つてカストリを飲んで帰るくせがありました。そこで止めてもらつて——神田と申しましても、ずつとこちらでございます。あそこで降りて露店でカストリを飲んだようなわけであります。
○武藤委員長 何かお尋ねのことございますか。 〔「なし」と呼ぶ者あり〕
○武藤委員長 それでは済みました。御苦労さんでした。 本日はこれにて散会します。 午後四時三十五分散会