不当財産取引調査特別委員会 第20号
- 発言数
- 574 件
- 登壇者
- 14 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1948/05/07
会議録
○武藤委員長 それでは会議を開きます。 昨日に引続きまして証人調べをいたしますが、ただいまお見えの証人は綿引喜一さん、小川美武彦さん、西山重道さん、御三名でございますね。昨日宣誓をいたしました通り、僞証の制裁がございますからさよう御承知を願いたいと思ひます。お三名は大体同じような関係でありますので、御一緒に伺いますから、私の方から間を発しました問題について最もよく答えられる立場にある方に御返事を願うことにしまして、あと御一緒のような関係がありましたならば、補足的にそのお方からお答えを願う、便宜そういうふうにいたしたいと思います。 まず厚生同胞協力会の性格、目的、事業などについてお述べを願いたいと思います。
○綿引証人 お尋ねにお答えする前に、ちよつと私として申し上げたいと思います。國家多端の折柄、私の不徳のいたすところ、当局並びに本委員会に対しまして御迷惑お手数をかけますことは、私として実に慚愧にたえないところでありまして、殊に友人先輩にまで累を及ぼしましたことはまことに恐縮にたえないのであります。 さて御質問に対しまして愼んでお答え申し上げます。本会は二十一年の五月二十七日に厚生省の所管になりました。目的及び事業といたしましては、本会の寄附行爲、第三條に掲載されてありますが、本会は終戰に伴う外地引揚者並びに各罹災者に対する援護をなすと同時に、わが同胞現実の事態に即應し、生活安定に協力するをもつて目的とす、こういうことになつております。 第四條には、本会は前條の目的を達成するため左の事業を行う、一、引揚者に対する援護、二、生活困窮者の救恤、三、援護を目的とする必要なる施設、四、民生安定に要する物資の確保並びに生産、五、その他本会の目的達成に必要なる事業一切、ということになつております。
○武藤委員長 それは法人ですか。
○綿引証人 財團法人であります。
○武藤委員長 大体伺いましたが、それは定款ですか。
○綿引証人 さようでございます。
○武藤委員長 その定款に書いてある通りの目的事業をなさつておつたわけですね。
○綿引証人 さようでございます。
○武藤委員長 軍服の拂下げをするというようなことで各地の農業会その他から金を集められたそうですが、さようですか。
○綿引証人 その通りであります。
○武藤委員長 金額はどのくらいになりましたか。
○綿引証人 農業会から受入れた金を正確に申し上げますと、九百九十万八千四百円であります。
○武藤委員長 それは農業会だけですか。
○綿引証人 さようでございます。
○武藤委員長 そのほかには……
○綿引証人 そのほかには五百二十万ばかりありますが、それは軍服関係とは違います。
○武藤委員長 一千四百九十万八千円という金額ではありませんか。
○綿引証人 今の九百九十万八千に五百二十万を加えますとそういう計算になると思います。
○武藤委員長 五百万というのはどういう金ですか。
○綿引証人 それはキヤラコの金であります。
○武藤委員長 では軍服の方とキヤラコの方と合わせまして千四百九十万八千円くらいということになりますね。
○綿引証人 さようでございます。
○武藤委員長 これは主としてどういう方面からですか。全部農業会ですか。
○綿引証人 農業会だけではありません。
○武藤委員長 では大体をひとつおつしやつてください。
○綿引証人 受入先をこまかく申し上げますと、千葉縣の阿蘇農業会、宮城縣の岩ケ崎農業会、靜岡縣の吉田村農業会、石川縣の北陸特定郵便局長連合会、長野縣の東邦建設工業株式会社、東京都の大同水産興業株式会社、福島縣の植田町農業会、茨城縣久慈浜漁業会、岐阜縣鉱業会、山形縣の大谷村農業会、神奈川縣の神奈川愛甲農業会、北海道の北農協力会、靜岡縣の水窪農業会、秋田縣の陸上小運送組合、京都の京都協助会、福岡縣の九州配電、三重縣の川口村農業会、神奈川縣の厚木農業会、茨城縣の石岡農業会、北海道の滝川化学株式会社、埼玉縣の埼玉協助会、間組、長野縣農業会、山形市農業会、日本布帛工業株式会社、秋田縣湯沢町農業会、以上二十六團体。
○武藤委員長 それは軍服とキヤラコと両方ですか。
○綿引証人 このほかに南総工業株式会社というのがキヤラコでございます。
○武藤委員長 キヤラコは一つだけ……。
○綿引証人 一つでございます。
○武藤委員長 その集められた金を政治関係にお出しになつたことについて伺いたいのでございます。大体これは檢察廳でも政治献金関係としてお述べになつておるようでありますが、やや詳細に金額、出しました相手、その理由、仲介者があれば仲介者、それらとの関係などについてお話ください。
○綿引証人 今おつしやられた政治関係と称せられるもののうち、一番大きな金額として計上されていますのは、例の中曽根一派に渡しました三百三十万であります。これは御承知の通り、水野繁彦という者が仲に立ちまして、中曽根に金を渡したのでございますが、中曽根の方に渡つておる金は二百五十万と心得ております。その他は水野のそうした政治工作の運動金として認めております。
○武藤委員長 一應ずつと述べていただきまして、あとでまた伺います。
○綿引証人 水野はいわゆる世に言われておる世耕情報に基いて、中曽根、塩月というような者から軍服を拂い下げてもらうことを前提としまして、これは政治献金とはつきり銘を打つた受領証をもらつて渡したのであります。 次には金額の点からいきますと、私の友人であるところの藤二雄氏に三十万、これは選挙費用として出したのであります。私は鎌倉に住まつておりますが、藤氏は逗子に住まつておりまして数年前から懇意にしており、最も親しく交際をしておるものであります。たまたま総選挙のときに神奈川縣から出馬をするというようなことでありましたものですから、現在までの友情にうつたえまして、いろいろと世話にもなつたことがありますから酬いるために三十万円の金を選挙費用として應援をしました。 次に三厨氏でありますが、三厨正と申しましてこれに二十三、四万行つておりますか、これは当時日本経済新聞の政治記者でありまして、懇意になりましたのは最近でありましたが、当人の懐いておる思想とか、あるいは政治意識に対して私は非常に興味をもつておりました。同時に將來見込ある青年と存じまして、私は子供と同じように可愛いがりました。そのあげくのはて、自分はどうしても將來政治によつて立ちたいということでありましたから、本人の意欲を満足さしてやりたい、成功さしてやりたい、すなわち三厨個人の政治綱領を援助する目的をもちましてそれだけ渡しました。渡したその金がどこへ使われたということは私は知りませんでした。またそういう話も当時ありませんでした。 その次に河野彌吉氏の二十万円、河野彌吉氏は当時隠退藏物資の摘発をしておりまして、残存物資調査委員会というものが河野氏の手によつて運営されておつたのでありまして、それで河野氏とはやはり数年前から——もつと古いかもしれませんが、友人関係でありまして、たまたまその当時二、三回往復しておる間に、摘発物資を日本の國内から大いに出して、一面において必要なるところの繊維を國民に一刻も早くわかち與えたい。同時にそれによつて日本のインフレの克服もしたいというようなことによつて、当時世耕氏が内務省の政務次官をしておられた時分で世耕氏を助けてこの仕事を達成したいということから、それらのお小遣いとして二十万円河野氏に渡しました。大体そんなものであります。
○武藤委員長 合計が約四百五万三千五百円ぐらいの見当になりますね。
○綿引証人 さようであります。
○武藤委員長 まず第一に水野繁彦氏にやつたのは、二百五十万円と八十万円というふうに二口になつておりますが。何回かにお渡しになつたのですか。二百五十万円と八十万円とは別の性質のものでありますか。
○綿引証人 それはちよつとお待ちください。水野氏にはちようど五回にわたつて渡しました。
○武藤委員長 五回にわたつて三百三十万円お渡しになつたわけですね。
○綿引証人 そうです。どれがどうという区別はつきません。
○武藤委員長 いずれもいわゆる政治献金ですか。
○綿引証人 この中に水野氏の運動費、飲んだり食つたり、お客樣をしたりというような費用も加えての三百三十万円でありまして、この分はこうだという区別は当時はつきりつきません。
○武藤委員長 要するに水野氏ではなくて、中曽根幾太郎氏に対する政治献金ですか。献金をするために水野氏はただお使いをしたという趣旨ですか。水野氏にやつたのですか。
○綿引証人 水野氏にやつたのではありません。水野氏を通じて渡したのです。
○武藤委員長 水野氏を通じて中曽根幾太郎氏に渡したのですか。
○綿引証人 さようであります。
○武藤委員長 辻嘉六氏にやつたわけではないですか。
○綿引証人 そうではありません。これを辻さんにやるとか、あるいはどこの政党にやるとかいうことは、当時ははつきりしておりません。
○武藤委員長 そうすると何かあなたの方で三百三十万円も金を出される、中曽根氏に献金をするについてはわけがあつただろうと思うが、どういう意味ですか。
○綿引証人 それは軍服を拂い下げてもらうという意味のもとに献金したのであります。
○武藤委員長 中曽根氏が軍服を持つておるというのですか。
○綿引証人 中曽根氏は持つておりませんけれども、中曽根氏の力によつて政府から拂い下げてもらう。
○武藤委員長 大金を出すについては理由が薄弱ですね。中曽根という人はそんなに力があるのですか。
○綿引証人 中曽根個人だけでありますれば、さほど信用しませんでしたけれども、その当時の外務参與官をしておりました塩月さん、並びに藤川さんという人がついておりまして、詳しい交渉は知りませんけれども、間違いがないというような話合いだつたものですから、それで渡したのであります。最初の出発のときの状況は、ここに小川氏がおりますから、小川氏から説明をさしてください。
○武藤委員長 それでは小川さん説明してください。
○小川証人 当時私は中曽根幾太郎氏とは何らの面識もありませんでしたが、水野繁彦君の話では、自由党に一千万円献金をすれば、軍服が六十万着拂い下げられるいうことを、水野氏が私の方に申し傳えてきましたから、その中間に立つておる中曽根幾太郎さんと塩月學、この二人が自由党の方へその金を持つていく、こういうような話だつたので、そのときの心境としてそんなこともできるかもしらんと考えていたので、それに應じて、一千万円の金を調達すべく、水野と私らの方と手分けして一千万円、それには私の方に五百万円何とかしてくれ。こういう話であつたものですから、私の方では五百万円の調達に大分苦心をしたのであります。そのうちに三百万ばかりあればいいということになつたものですから、その金を私が持つて塩月學さんと、藤川文六さん、中曽根幾太郎さん、三人のおられるところでお渡ししました。ところがそれがあとで伺いますと、自由党に行くのだということは、その日にその金を持つて行きさえすれば、自由党から感謝状が出る。これはちよつと常識では判断できなかつたのですけれども、そういうことは別に氣にも留めずにお渡ししたのです。それが後日うそであつたことがわかりました。その当時の氣持としては、自由党に献金されるものだというつもりで渡したわけであります。
○武藤委員長 自由党に献金すれば、軍服が出るというのはどういうわけですか。
○小川証人 率直に申しますと、世耕さんが当時自由党に籍があられたことでもありますし、内務省の政務次官から隠退藏物資の特別処理副委員長にすぐなられた方でもありますから、世耕を通じて自由党の方に働きかけるのだという説明をちようだいしたわけです。そうすれば世耕が摘発したものを自由党が処理して、何らかの形において拂い下げる形式をとつてやる。こういう話で、もつともらしく感じたものですから渡しました。
○武藤委員長 その金は自由党本部に持つていくというのですか、世耕氏のところに持つて行くというのですか、それ以外の、たとえば辻氏に持つて行くという話が出たのですか。
○小川証人 持つて行くときには辻嘉六さんの家に持つて行くと言われたわけです。
○武藤委員長 いよいよもつてふしぎです。辻嘉六氏というのは自由党なり、世耕氏なりとどういう関係があるということなのですか。
○小川証人 それは中曽根幾太郎さんの話で、自分は直接自由党に持つて行くわけではない。ある人を通じて自由党に渡すのだ。こういう話でありました。ある人とはどなたかと言うと、政界の大御所の辻嘉六だ、こう言うので、そのおりました席上から辻さんのところに電話をかけたことも二、三回私は現実に見てもおりました。それがほんとうに受話器をもつて辻さんの家にかけたものやら、どうやら、私にはわかりませんけれども、その当時は辻さんの家に電話をかけると言うて、いろいろ話をされたことは見ておりました。
○武藤委員長 話も出るし、電話までかけて話の様子がものになりそうだというような考えでやつた仕事ですか。
○小川証人 さようであります。
○武藤委員長 辻さんという人を御存じですか、当時。
○小川証人 あまりよく存じませんが、辻さんという方の御人物は聞いてよく知つております。
○武藤委員長 どういうふうに。
○小川証人 政界の黒幕に立つておつて、相当力をもつておられる方だというように……。
○武藤委員長 そうすると辻氏が声をかければ、世耕でもその他の自由党の関係の者でも大体言うことをきいて、その通りになるというような了解なのですか。
○綿引証人 さようでございます。
○武藤委員長 自由党から何か幹事長の受取が出るというような話もありましたか。
○綿引証人 はい。
○武藤委員長 感謝状のほかに……。
○綿引証人 はい。
○武藤委員長 しかし受取というのは、結局中曽根氏の受取なんですか。あなたのもらつたのは……。
○綿引証人 中曽根氏の発行した受取であります。これを仮受取にしておいて、あとから來るという話でありました。ここの写しがありますから、ごらんに入れても結構です。
○武藤委員長 ちよつと拜見しましよう。先ほど話のありました世耕弘一氏を隠退藏物資処理委員会の副委員長に就任させるための運動費として河野君に二十万円を渡されたのですか。
○綿引証人 副委員長になる運動費ではないのでございます。
○武藤委員長 どういう趣旨ですか。
○綿引証人 むしろ河野氏のねらいは副委員長ではなく、委員長をねらつておつたらしいのですけれども、河野氏は例の隠退藏物資を通じて世耕氏と非常に親しくなつたわけであります。世耕さんの政治力が強くなることが河野氏の望みであつたのであります。そしてG・H・Qやなんかと当時盛んに連絡をとつておつたようであります。しかし当時うわさになつておつただけで、まだ委員長にはなつておりませんでした。それでかれこれとそういう方面に了解とか、あるいは推薦とかいうことについて飛び歩いておつたのであります。
○武藤委員長 結局世耕氏を委員長なり、副委員長にするための運動費ということになるのではないんですか。
○綿引証人 そうした積極的な意味はないのであります。ただ非常に金のかかる当時の時代でありましたから、それでまた渡した、世耕氏を委員長にするために特にそれを渡したというような深い意味はないのであります。
○武藤委員長 当時世耕氏か、あるいは辻氏にはあなたの方からお会いになつたことはありませんか。
○綿引証人 河野氏を通じて私が二回ばかり世耕氏に会いました。
○武藤委員長 どういう話でしたか。
○綿引証人 一番最初は役所の次官室で私を紹介していただいただけです。そのときは何ら目的はありませんでした。ただ当時の私としては、会の事業上のこともありますから、將來のことをよく話をして、お聽きとりを願つたというだけにすぎなかつたのであります。 第二回目には料亭で会いました。それは世耕氏の現在考えている隠退藏物資処理というようなお考えを聽くための会でありました。
○武藤委員長 どこで幾人集まつたのですか。
○綿引証人 澁谷の円山に雲仙閣という料理屋があります。そこで全部で七、八人集まりました。
○武藤委員長 どういう顏ぶれですか。
○綿引証人 私の方の会長、私、ここにおる西山、それから水野氏、河野氏、それから私の方の萱場と私の方の役員で新井、そんなものであります。
○武藤委員長 どういうような話が出ましたか。
○綿引証人 そのときの話としましては、隠退藏物資のあることが犯罪の源泉をなす、隠退藏物資はいつまでもこのままにしておくと質が非常に惡くなる。それから全國的にこれを調査しあげれば五百億以上の品物がある。これを國民に早く分配することによつて、國民に散らばつておるたくさんの金が中央に集まるから、そうすれば一面インフレの克服もできるのではないか。そういうふうな廣汎にわたつたこまかい話がありました。
○武藤委員長 何か軍服の拂下げについてよろしくたのむというような話は出ませんでしたか。
○綿引証人 そのときには軍服の話はありましたけれども、世耕さんを通じての軍服の拂下げ問題というものはまだ具体化しておりませんでしたから、そういう話は出ませんでした。
○武藤委員長 それでまあ話を聽く、意見を交換したという程度でお終いになつたわけですか。
○綿引証人 さようでございます。
○武藤委員長 その後には。
○綿引証人 その後には会いませんでした。
○武藤委員長 そうすると直接世耕氏のところで軍服の拂下げを頼むとか頼まれたという趣旨の話は出なかつたですか。
○綿引証人 出なかつたです。
○武藤委員長 それでは今度は藤二雄氏に対する選挙運動の三十万円ですね。これはあなたのほんとうの個人的の友情から選挙の援助としてお出しになつた。
○綿引証人 さようでございます。
○武藤委員長 その趣旨ですね。
○綿引証人 そうでございます。これは隣組みたいなつもりで、毎週一回か二回はお茶を飲んだり酒を飲んだりした仲でありますから、ついそういうことになりました。
○武藤委員長 本田一郎氏に出したのも同じ趣旨ですね。
○小川証人 同じ趣旨であります。
○武藤委員長 これはあなたが持つていつて出した。
○小川証人 そうです。
○武藤委員長 どういう関係で……。
○小川証人 二十年來の友達なものですから、ただ選挙の陣中見舞というような意味で。
○武藤委員長 それから谷川さん、戸澤盛男両氏は全然諸君は御存じないですか。
○綿引証人 知らなかつたです。谷川さんは警保局長時代にどつかでちよつとお目にかかつたことはありますけれども、親しく口をきいたことはありませんでした。
○武藤委員長 戸澤氏に至つては全然知らない。
○綿引証人 はい。
○武藤委員長 そうしますると、三厨氏からも谷川氏に渡すのだとか、戸澤氏に渡すのだという話はないのですか。
○綿引証人 ありませんでした。当時私どもは、今の軍服のことで夢中になつておりましたから、そういう話を知るひまはなかつたのであります。
○武藤委員長 とにかく日本経済新聞の記者で、將来見込みのある青年だと思われたので、あなたは援助するという趣旨で、三厨氏に出したということになりますね。
○綿引証人 さようであります。当時三厨氏は私の家にも來て泊り、私をおやじとして、お父さんお父さんと言つておるような仲になりましたものですから、自分は非常に可愛いものとして可愛がつたわけです。
○武藤委員長 ところでこういうふうに数口にわたつてお出しになつておるけれども、これは最初にお述べになつた厚生同胞協力会の目的、事業などとはどういう関係がありますか。
○綿引証人 それは事業には全然関係ございません。
○武藤委員長 この軍服拂下げの問題でもないですか。
○綿引証人 軍服の拂下げ問題にも、この金は関係がないわけです。
○武藤委員長 事業にも関係がないのですか。
○綿引証人 軍服拂下げは、本会の事業でやつたわけです。
○武藤委員長 軍服拂下げは、あなたの方の事業の範囲内であつて、その軍服拂下げについては便宜を得ようとする趣旨だから、水野及び河野に渡された分は関係があると言えばあるのじやないですか。
○綿引証人 さようでございます。それは間接に將來のこともやはり考えておりますから、実際を率直に申し上げますと、こういうことでもしておけば、將來うまいことがあるだろうというようなことで出しました。
○武藤委員長 お金を出した関係者がみんな自由党のようですが、やはり自由党の方へやつておけば、何か便宜があるというようにお考えになつたわけですか。
○綿引証人 それは私は政党には何ら関係がありません。しかし偶然にそういうふうになつたのであります。たとえば当時政務次官が世耕さんでなかつたら、ほかの人に出したかもしれません。
○武藤委員長 ただいま伺つたほかには、別に政治方面にお金を出したということはございませんか。
○綿引証人 ありません。今の河野にしましても三厨にしても、私どもは政治的色彩のもとに渡したのでないと考えておりまして、こうやつて俎上にあがつて初めて驚いたわけであります。
○武藤委員長 諸君、何かお尋ねがございますか。 〔「なし」と呼ぶ者あり〕
○武藤委員長 それでは済みました。御苦労さまでした。 —————————————
○武藤委員長 河野さんに伺いますが、あなたは厚生同胞協力会から二十万円を受取られたそうですが、その趣旨はどういう趣旨ですか。
○河野証人 これは、私どもは、終戰残存物資調査会というのをやつておつて、その費用に先方が寄附してくれた。
○武藤委員長 あなたがやつておられる終戰残存物資調査会の方へ寄附をしたという趣旨ですか。
○河野証人 そうです。
○武藤委員長 どういう関係で寄附をしたのですか。
○河野証人 話が先になりますが、昭和二十一年の一月十五日に復員省から隱退藏物資及び軍の放出物資の蒐集の委嘱を受けたのです。その関係で、調査会というものをつくりまして、五月の二十八日に、会員五百人も使いまして相当の戰果をあげたが、その費用がかかつたので、会で集めた物資がそのままになつておりまして、いかんとしても政府はこれの処理をしてくれないので、私の経済は非常に行き詰つたわけです。それがために、翌年の昭和二十二年のたしか春だと思いますが、綿引君が新井という私の知人をぼくの事務所によこしまして、河野君は何をやつておるのかということを聽きに來ましたから、ぼくは、終戰後の余剩物資をこうして放出しておいたのでは経済的にも非常に日本の不利である、のみならず、地方を視察してみれば、やみやがどうとか警察がどうとかいうえらい騒ぎで、一つもこれを経済的に政府に供出する人はないという関係から、ぼくは調査会というものをつくつて、軍の放出物資は、終戰後苦しんでいる者がたくさんある、まだ前線から帰らない人もあるし、帝都においては戰災で燒かれて家もない人たちがあるのだから、この放出物資は國家に返還せよということの宣傳と、のみならず、実績において復員省から集荷をせよという命令で動いていて、現在は内務省の監督を受けてやつておるけれども、この費用たるや少しもなくてどうすることもできない、新井君、ぼくは非常に困却しているんだ、ということを話したわけです。そうすると、新井君か綿引君の事務所に行きましてぼくの事情を詳しく話してくれたわけであります。そうすると綿引君は、今はどういう立場でおるか知りませんけれども、その当時、ぼくと行先が違つても、やはり弱者の味方として厚生同胞協力会という会を銀座でやつておられたのです。その会の趣旨に基いて、理事長として、ぼくの終戰残存物資調査会なるものはいかに國に貢献している事業であるかということをよく御了解の結果、その費用の一部としてぼくは完全に寄附を受けた。そのときに、綿引君であればこそ、ぼくの國家に御奉公申し上げているこの眞相を了解して、よくおれに二十万の金をくれる、この金は喜んでもらつて國家のお役に立つ仕事に振替える、という意味合いで私はもらつたのです。
○武藤委員長 世耕弘一という人を御存じですか。
○河野証人 知つております。
○武藤委員長 どういう関係ですか。
○河野証人 これは、私どもが、五百人も調査員を置きまして、全國的に軍の放出物資を供出されるべく会をつくつておりました。その間に、私どもは國のためだからやらんとするのだけれども、どういう関係か日本政府はこれをやらせないということで阻んだわけなのです。そこで私どもの國家に貢献したいという目的は昭和二十一年の五月二十八日をもつて内務省から中止を受けたのです。それから世耕君と懇意になつたのは、私はあまり残念でたまらぬ、ぼくらがこうして民主下において國家の経済に國民として協力をして立ち上るのに、どういうわけで僕らをこういうひどい目にあわすか。——警視廳方面に向つても僕は非常に反感を今でももつております、——そうすると、昭和二十一年十月のたしか十日頃だと思う。警視廳は突然ぼくに、いろいろ相談をしたいことがあるからちよつと來てくれないかといつて、卑怯未練にも私を喚び出して、そのまま、お前の調査したことは大いによろしくないところがたくさんある、詐欺横領もたくさんあるのだから、しばらく留まつていてくれ、と言つてぼくらを十五日間を拘束し、事件の解決は前後百三日にわたつた。そうして、私は何もない、洗うのなら全部裏から表まで洗つてみろ、わが輩において國家にいやしくも貢献するという建前からいつて、敗戰後の弱い人ばかりの味方として立ち上る。そういうわけで、その当時ぼくらが警視廳にひつぱられたその関係を、あの人が内務省の政務次官をやつていたから私は行つたのです。世耕君に、おれはこういうひどい目に遭つているが、お前は政務次臣としてどう考えるか、こういうことで行つたのが世耕君との始まりです。
○武藤委員長 何か二十万円を受取るについては、世耕氏を隱退藏物資処理委員会の委員長か副委員長に就任させたいというようなあなたの希望で、そうしてその運動費として受取つたというようなものではありませんか。
○河野証人 それは全然違います。世耕さんを安本の現在の在庫品課の責任者にしたいとかどうとかいうことは、これは綿引さんの関係でも何でもなく、私自身の考えから世耕君をぼくは完全に應援したのです。これについては、何も世耕君に金をやるどころのぼくの経済ではありません。努力において世耕君に協力したのであります。
○武藤委員長 その金は何に主としてお使いになつたのですか。
○河野証人 これは、その後ぼくの調査の方は中止を受けておりましたのですが、隱退藏物資が頻々とあちこちに問題を起したので、内務省は、一旦私どもを停止したようなものの、それからずるずる摘発を私にずつとやらせたのです。その間費用がないから、その摘発の費用に振替えたものです。よけいなことかもしれませんが、その当時綿引君には、おれに後援をしてくれるのはお前ばかりだ、といつてぼくはずいぶん厚い礼を言つております。
○武藤委員長 何か諸君お尋ねになることがありますか。 〔「なし」と呼ぶ者あり〕
○武藤委員長 それじや済みました。御苦労さま。
○河野証人 もつと委員長殿聽いてください、内務省はぼくの隱退藏物資を全部食つてしまつて、牢獄へいれてしまつて、八億の物資を未だにのんでしまつたのだか、役人が肥つているのだか何だか、議員諸君ひとつ見てください。こういう関係である。私はこの機を利用というと語弊がありますが、委員長殿に訴えて、これを明らかにしてもらいたいと思うのです。過日最高檢察廳の福井君にもこれを言つた。
○武藤委員長 もしそういう御希望がございますならば、ぜひ伺いたいと思いますから、別の機会にお出で下さい。
○河野証人 前回加藤君がやつている当時にも再三ぼくは一切の書類を提示してありますが、一向受け付けてくれない。不当財産特別委員会の諸兄たちにも根本からこれを聽いてもらつて実際に解決してもらいたい。政府はただ惡いことをした連中のいろいろのあと始末も糾明するばかりでなく、政府自体も支拂うものはどんどん支拂つて國民の向上をはかつてもらいたい、これだけ一つ言わして下さい。〔「証拠を出してもらつて……」と呼ぶ者あり〕証拠はうんと出してあります。いつ何時でも事務的のことは倉澤という理事者をもつて説明します。
○武藤委員長 わかりました。あとで整理して一緒に伺いましよう。どうも御苦労樣でした。 —————————————
○武藤委員長 三厨さんに伺います。あなたは今でも日本経済新聞の記者をしておられますか。
○三厨証人 さようでございます。札宿の支局長です。
○武藤委員長 厚生同胞協力会の線引さんという人を御存知ですか。
○三厨証人 昨年選挙の前から存じ上げております。
○武藤委員長 どういう関係で……。
○三厨証人 別段これという関係はないのでございますが、綿引氏を紹介してくれましたのは小川美武彦氏でございまして、小川氏と私の関係は、郷党の先輩というところから終戰後ちよつとして機会で交わつておりました。その方の紹介で、昨年の一月だつたと思いますが、お引合せを願いまして、爾來非常に円満な性格の方なものですから、おつきあいを願つておりました。
○武藤委員長 昨年の総選挙の際に綿引氏から金を受取つた、それを自由党の候補者である谷川昇——これは衆議院議員候補です、それから佐賀縣の知事選挙に立候補した戸沢盛男、この両名にあなたから渡してやりましたか。
○三厨証人 谷川氏と戸澤氏には渡しましたが、戸澤氏には私から直接お渡しした分と電報替爲で提供をした分と二回ございます。谷川氏の方に直接渡したということはございません。
○武藤委員長 谷川氏には全然渡しませんか。
○三厨証人 当時谷川氏の祕書のような役目をやつておりました方にお渡ししました。吉本塚雄という人です。
○武藤委員長 いくら渡したのですか。
○三厨証人 五万円でございます。
○武藤委員長 受取つたのは綿引氏から受取つたのですね、いくら受取りましたか。
○三厨証人 谷川氏だけの分としては二回の渡つて受取つております。五十万円でございます。
○武藤委員長 谷川氏分として二回にわたつて十五万円。戸澤氏分としていくらですか。
○三厨証人 八万円でございます。
○武藤委員長 十万円ではないのですか。
○三厨証人 いや八万円です。
○武藤委員長 今谷川氏分、戸澤氏分という言葉がございましたが、それは線引さんに、これは谷川さんの方へやるのだとか、これは戸澤さんという人にやるのだとか、そういう内訳をして受取つたわけですか。
○三厨証人 いやそうではありません。
○武藤委員長 何々分はいくらとか……。
○三厨証人 私の行動資金として欲しいというような面でいただきました。
○武藤委員長 それじやだれにやるとか、どういう理由であるとかいうことはなしに、あなたの行動資金としてもらいたいという話ですか。
○三厨証人 そうでございます。
○武藤委員長 あなたの方からもらいたいと言つたのですか。
○三厨証人 そうでございます。
○武藤委員長 谷川にお出しになつたのは十万円じやないのですか。
○三厨証人 そうです。十万円でございます。
○武藤委員長 五万円ではないのですか。
○三厨証人 いや、これは二回に渡しております。最初は五万円、これは先ほど申し上げました吉本という方、第二回目の五万円は四月の二十二、三日ごろでございましたか、私の友人に金子輝義という男がおりますが、これを通じて谷川氏の奥さんにお渡ししたように思つております。
○武藤委員長 何か選挙運動が應援に行かれたのじやなかつたのですか。その時ですか。
○三厨証人 私は先に應援に参つておりましたので、この第二回目のただいま申しました五万円は、友人をして現地の選挙事務所まで届けさしたのであります。
○武藤委員長 谷川氏はどうも受取つた覚えがないと言つておるのですけれども、どつちがほんとうですか。
○三厨証人 ちようど谷川氏が警保局長をやめた直後と思います。警保局長時代から次期選挙には打つて出るという意思が多分の谷川氏にあつたわけでございます。私谷川氏の非常に円満な性格とか、あるいはその政治性につきまして、非常に敬服をしておつたものでございます。こういう方こそ今度の第一回の選挙にはどうしても送らなくちやいけないと私は考えまして、谷川氏のためにもし自分にできることがあつたならばということを常に非常に強く思つておりました。たまたま当時綿引氏を知つておりました関係上、近くぼくは金が要るのだが、少しいただけないだろうかというようなことをお話いたしました。綿引氏は私を非常にかわいがつてくれていろいろの面で家庭的につきあつていただいたものですから、私が要求をしました二、三日後に十万円の金を提供してくれたのです。そのうち五万円をその祕書の方に渡しまして、あとの五万円は、谷川氏の選挙に臨んでの側面的工作に使おうというところから、この五万円は私が選挙開始までずつと持つておりました。
○武藤委員長 都合谷川氏に渡したのは十万円で、あと五万円はあなたがお使いになつたのですか。
○三厨証人 いや、私は谷川氏の選挙のために使いました。
○武藤委員長 その五万円はあなたの手もとで……。
○三厨証人 そうです。
○武藤委員長 確かに渡つておると思いますか。
○三厨証人 大体そのように思います。
○武藤委員長 その後谷川氏とか谷川氏の奥さんにお会いになつて、たいへんどうも心配かけたとか何とかいうような、金がわたつておると思われる挨拶がございましたですか。
○三厨証人 ございました。
○武藤委員長 どちらから。
○三厨証人 御主人の方からもございましたが、谷川さんから私にお礼を言われたというのは金の問題でなくて、私が谷川さんから一銭の経費もいただかずして現地に行き、また應援弁士まで私自身が東京で求めまして、現地に派遣をしたという総合的な礼の言葉だらうと考えますが、私に対して非常に御丁寧なお礼状をいただきました。
○武藤委員長 谷川氏は警保局長をしておられましたですね。
○三厨証人 そうでございます。
○武藤委員長 そのころあなたは内務省の記者をして、ずいぶん出入りをしておられて、千円、二千円というような小遣いをもらつたことがありますか。
○三厨証人 局長時代にはそういうことはありません。
○武藤委員長 いつごろからですか、あなたがお金をもらつたというのは。
○三厨証人 個人的にもらつたというようなことはございません。
○武藤委員長 どういうふうにもらつたのですか。
○三厨証人 もらつたと言われると非常に困るのですが、私が所属いたしておりました記者クラブでは、大きな問題がありましたときには当局の方をお呼びしてレクチュアをやつてもらうとか、あるいはどなたかが栄轉をなさるようなときには、クラブ員といたしまして簡單な酒盛りでもする。そういうときに、クラブの会費が非常に貧弱なために、少し寄附を仰ぎたいというようなことがときにあつたように記憶しております。
○武藤委員長 「さような関係で同人には一週間に二、三回はごちそうしたり、同人からちよつと金を用立ててくれと言われれば、二千円、三千円と用立てていた次第です」と谷川氏は檢察廳で言つておるが、こういうことはないのですか。
○三厨証人 食事をしたことはあります。
○武藤委員長 お金はないのですか。
○三厨証人 金はただいま申しましたように、特殊なときにいただきました。
○武藤委員長 あなたの方から警保局長時代に谷川氏に金をわたしたということはないのですね。
○三厨証人 全然ございません。この点について重ねて委員長にちよつと報告をしておきたいと思うのですが、先月の七日でしたか、私電話でもつて地檢の横溝檢事からお呼立てをいただきまして参りました。その日がちようど上京いたしてまいりました翌日で、どういう用事かと思つて参りましたところ、いきなりこの問題をぶつつけられまして、私の記憶をたどるにはあまりにも時間がなかつたために、先ほど申し上げました十万円のうちの五万円の問題が、谷川氏の在官時代のように私言葉を漏らしたのではないかと思いますが、この事実は私記憶違いでございましたので、一應御報告申し上げておきたいと思います。從つて谷川氏の在官時代に金銭を渡したという事実はございません。
○武藤委員長 檢察廳で、私はその十万円のうち五万円を、そのころ内務省警保局長をしていた谷川昇に警保局長室で差上げましたと言われたのは間違いですか。
○三厨証人 これは記憶をたどつてみますと非常な間違いでございます。
○武藤委員長 ぢかにお金を渡されたことは一度もないのですね。
○三厨証人 ございません。
○武藤委員長 これは間違いないようにしてください。また変ると困りますから。
○三厨証人 間違いありません。
○武藤委員長 それでは檢察廳で、「あとの五万円の問題も、金子輝義が小川から現金五万円をもらつて、当時廣島縣加茂郡西條町の谷川選挙事務所にいた私に届けましたので、当日事務所で谷川氏の奥さんに渡しました。」こういうふうに述べられておる。この点も金子氏にあなたがやつて、金子氏から谷川氏の奥さんに渡してやつてくれたであろうと思うことは、たいへん違うように思います。
○三厨証人 私は金子に渡したのではありません。当時選挙地区に私参つておりまして、應援演説のために各地区を歩いておりました関係上、金子君に電報を打ちまして、五万円の金を届けてもらつたわけでございます。
○武藤委員長 渡したのは、あなたがじかに谷川氏の奥さんの渡したのはほんとうですね。
○三厨証人 いや金子君が渡したのでございます。
○武藤委員長 どこでです。
○三厨証人 選挙事務所であります。西條町の……。
○武藤委員長 金子さんが金をもつて來たわけですか。
○三厨証人 そうでございます。
○武藤委員長 一たんあなたに渡しそうなものですね。
○三厨証人 いや、ちようどこれは二十二三日だつたと思います。投票日までにあとわずかで非常に緊迫した情勢でございまして、事務所内も関係者の出入りが非常に頻繁でございましたので、私もたまたま選挙應援をやりまして帰つて來たときに金子と会つたような状態のように思つております。
○武藤委員長 何か谷川氏のところへは在官中に献金でもするような人もあつたようですか。
○三厨証人 記憶ございません。
○武藤委員長 次は戸澤盛男氏の関係でありますけれども、これはどういう関係で御存じですか。
○三厨証人 戸澤氏を知りましたのは靜岡縣の内務部長時代であると記憶しておりますが、この方が私の郷里である佐賀縣知事に赴任されまして、たまたま在任中に私が墓参をいたしまして、その折佐賀でお会いをいたしたのであります。お知り合いになりますと御交際を強く結んでいただくようになりました。
○武藤委員長 「三月十日過ぎころに二回にわたつて小川氏から現金五万円ずつ十万円を内務省の記者室に持つて來てくれたので、そのうち八万円をそのころ上京中の戸澤氏の随行員に手渡した、」こういう話ですが……。
○三厨証人 いや最初七万円渡したのであります。それから一万円を現地に電報で送りました。
○武藤委員長 あとの二万円はどうしました。
○三厨証人 二万円は戸澤氏の選挙に際しまして、いろいろな佐賀縣の関係の方々の連絡を開くために使いました。
○武藤委員長 戸澤氏は政党は何ですか。
○三厨証人 ちよつと記憶いたしませんが、民主党か自由党じやなかつたかと思います。しかし中立でお立ちになつたかもわかりません。その点ちよつと記憶ございません。
○武藤委員長 谷川氏は。
○三厨証人 自由党でございます。
○武藤委員長 自由党公認ですね。
○三厨証人 そうでございます。
○武藤委員長 戸澤氏も谷川氏も、この金が厚生同胞協力会の方から出たということは知つておつたのですか。
○三厨証人 後日になつて知られたかもわかりませんが、そのときは御存じなかつたと思います。
○武藤委員長 二人ともですか。
○三厨証人 そうでございます。
○武藤委員長 戸澤氏は知つておつたのじやないですか。
○三厨証人 いや私一度小川氏に引会わせたことはあると思いますが、これは小川氏も佐賀の出身なものでございますから、また戸澤氏の選挙に対しては郷党の者に呼びかけていただきたいというような私氣持があつたものですからお引会わせしたように記憶いたしております。
○武藤委員長 そのときにお金の話は出ませんか。
○三厨証人 ちよつとその点記憶がございませんが。
○武藤委員長 これはやはりあなたがきのう宣誓をしておられるので、間違いがあると僞証罪ということになるのでしつかり述べてもらいたいのですが、新橋ビル四階の小川の所に戸澤氏を案内して小川に戸澤氏を紹介して援助方を依頼したので、戸澤氏はその金が小川から出ることは承知しておりました。しかしその金がいわくのある金ならば受取らないと念を押し、さような金でないことは小川氏から確かめたのであります。從つて私としてもその金が協力会の軍服代金として受取つた金から出たとは思わなかつたのであります。このようなことを言つておられるのですけれども、とにかく戸澤氏は知つておつたのではないですか、小川氏から金が出ることを。
○三厨証人 戸澤氏を新橋の事務所で紹介したのは私でございますが、終始その方の所に私いなかつたように記憶しておりまするので、あるいは戸澤氏が小川氏にそういうことを言われたかどうかは私どうもわからないのであります。
○武藤委員長 あなたはたいへんこういう問題について政治的に動いておられるけれども、大体新聞記者諸君というのはこういうふうな仕事があるのですか。
○三厨証人 いや、そういうことはまあないと思います。
○武藤委員長 あなただけですか。
○三厨証人 これは私の個性から來ておるのではないかと思います。
○武藤委員長 何かございますか。
○石田(博)委員 最初に谷川氏の秘書と渡したという金は谷川氏の選挙費用として渡されたのか、あるいはその祕書の方が別に金は使うというので渡されたので、谷川氏はそのことを知らないのではないか。
○三厨証人 いや祕書に渡したことは谷川氏は十分承知しております。
○石田(博)委員 二度目のお金を金子輝義君を通じてお渡しになつたときに、その金が確実に奧さんの手もとに渡つたということをご存じか。あるいはその金は奧さんが受取られたということを谷川氏が確実に知つておるというようにあなたが思われることがありますか。
○三厨証人 さつきも申しましたように、まつたく私は谷川というものを議会に送りたいという氣持から、一切の経済的な観念を抜きにして應援いたしましたので、私が五万円なりあるいは十万円をやつたことについてのお礼というよりか、全体の好意に対するお礼をいただいた次第ですけれども、おそらく私が考えますのには選挙資金を提供したということについてのお礼も加わつておるだろうと思います。
○石田(博)委員 それはあなたの御解釈ですね。確実にそれが傳わつておるという具体的な証拠はないわけですね。あなたがそういうふうに御自分で解釈なさつた、こういうことですね。
○三厨証人 特に最後の五万円についてありがとうということは特に伺つた記憶はございませんけれども……。
○鍛冶委員 大したことではないのですが、さつき金を受取るときは自分の選挙活動の資金としてもらつたとこう言われた。しかるに谷川へやる分として十五万円もらつた、こう言われたのがわからぬのですが、自分の運動資金としてもらつたと、谷川へやる分ということはあり得べきはずがないが……。
○武藤委員長 それはさつき伺つたが、初めは谷川氏分として十五万円、戸澤分として八万円もらいました。こういう話でありました。その後そういうことは知らぬはずだというお話があつて、結局そういう分というのは間違いだというような御訂正なさつておるようです。 この点について谷川氏は否認しております。暫らくそこでお待ちになつてください。今谷川氏を喚びますから……。谷川昇さんですか、大変お待たせしましたが、昨日宣誓しておりますので僞証の制裁がありますからさよう御了承願いたい。前に警保局長をしておられたようでありますけれどもそうですか。
○谷川証人 さようです。
○武藤委員長 昨年の衆議院の総選挙に自由党公認としてお立ちになりましたか。
○谷川証人 立候補いたしました。
○武藤委員長 そこにおられる三厨正君を御存じですか。
○谷川証人 非常によく存じております。
○武藤委員長 どういう関係でお知合いになりましたか、やや詳細に……。
○谷川証人 昭和二十一年の一月十六日付で内務省警保局長を拜命いたしまして、私はその当時非常に國内いろいろな問題がありましたので、翌日直ちに東京に参りまして十七日から勤務をいたしたのでありますが、そのときに、内務省におきまして、私が初めて東京へ來ましたときに内務省詰の記者諸君と初の会見をいたしたのでありますが、三厨さんはそのときちようど内務省の記者会の幹事をされておりまして、いろいろ初の会見等につきまして三厨さんを通してお話を承つたのであります。爾來私はまつたく素人で警保局長というような仕事を仰せつかつたのでありまして、何としても内務省の記者の方々の完全な援助を御了解を得なければ、とうていあのときにあの重大な任務を遂行することはできないと考えまして、いろいろ皆さんに御厄介になつたのでありますが、そのうちでも特別に幹事をしておられた三厨さんとは、公私ともに一方ならぬ昵懇並びに御後援にあずかつたのであります。以後今日までまつたく兄弟以上のつきあいをいたしているようなわけであります。
○武藤委員長 昨年の選挙に際しまして、三厨氏から五万円、五万円と二回に十万円を受取られておりませんか。
○谷川証人 せんだつて檢察廳におきまして、実は突然そういつたようなお尋ねを受けました。私唐突でありましたので十分記憶を喚び起すことができなかつたのであります。いろいろと考え合わして見まして、どうも二回にわたつて五万円ずつというお金を三厨さんから受取つたというはつきりした記憶を喚び起うことができなかつたのであります。それと申しますのも、先ほど申しましたように三厨さんとは特別な関係が生じまして、夜となく、朝となくいろいろ私も連絡をいたしますし、三厨さんからもいろいろ事務上その他のことにつきまして御連絡をいただいている。またわれわれの毎日の生活におきましても、いろいろ関係が深くなりまして、金銭上におきましても、同君と私との間にはいろいろ出入等もありましたので、どうもはつきりした記憶を喚び起すことができなかつたのであります。その後に至りましてもいろいろ考えているのでありますが、そのとき指順されてお話を承りました第二回目の点につきましてまずお答えさしていただきたい。それはちようど選挙の投票の少し前であつたのでありますが、三厨さんがわざわざ東京から私の應援に來てくださつた。ちようど私はその際、私の選挙区の南の島嶼の地方をまわつておりまして、最後の一週間というものは選挙事務所へ帰つてまいらなかつた。帰つてまいりましたのは投票当日の四月二十五日の夕方でございました。そこで初めて三厨さんが私の不在中に應換に來てくださつていることを承知いたしたような次第であります。そして私は一日私の選挙事務所のある所におりまして、直ちに選挙事務所を閉鎖いたしまして、生れ故郷に帰つてそこに一夜を過して、直ちに出京してまいつたような次第であります。その際に私の妻が三厨さんの御好意によつて五万円を陣中見舞としていただいているのではないかということを檢察廳でお尋ねを願つたのでありますが、私はその際いなかつたもでありますから、これに対して何ともお答えすることができなかつたのであります。翌日妻が召喚を受けまして、この問題に対してお尋ねを願いました。これに対して妻は、その際あま取込んりにでおつたために、はつきりそういうものをいただいたことを記憶いたしておりません、こうお答えいたしたそうであります。その後、三厨さんが私どものために非常に御協力をいただいているのだ、よく考え出してみてくれということを私は申しているのでありますが、どうもあの匆々の際にではあつたけれども、そういうお金をいただいたことを記憶していない。こういうことを実は申しておるような次第であります。 それから前の五万円をいただいたというお話でありますが、これにつきまして実は私もいろいろ記憶を喚び起すべく考えてみておるのでありますが、どうも私が選挙のために五万円いただいたということを思い出せないような次第でございます。
○武藤委員長 三厨氏は初めの五万円は吉本氏を通じて、二番目は金子氏を通じて奧きんにさし上げたというふうに申しております。そうしてあなたからも、奧さんからもお礼の言葉をもらつておるというようなわけであつて、その金は渡つておるというふうに申しておるのですが、今伺いますと、大変選挙の際はお互いに取込んでおるので、思い出せないことも多いと思うのですが、五万円、五万円で十万円でありまして、金額から言えば法定遠挙費用をおそらく起える金額で、相当大きな金と見ていいと思います。千円、二千円ではどこへはいつたかわかりませんが、五万円ずつ二回ということになると、大体どこへどういうふうに使つたということも見当がつくと思うのです。あなたなりに奥さんなり、あるいは支出責任者なり、事務長なり、わかると思うのですが、思い出せないということもちよつと受取れないように思うのです。いかがでしようか。
○谷川証人 実はこういうことを思い出しました。私の祕書的な仕事をしていてくれました吉本塚雄と言うのがいたのですが、これが私に対して五万円必要なことがあるのだ、何とかこれをつくつてくれないかということを言つたことがあります。いろいろ私も努力したのですが、できませんでした。そこで私は三厨さんに、こういうことを言つておるのだか、何か都合がつかぬかなあと、こういう話をしたことを思い出します。そういたしましたら、三厨さんがあなたの選挙に用立ようと思つて、自分も考えておるものがあるから、一時のことならそれを吉本君に用立てておきましよう、こう言つてもらつたことがあります。その後あれは吉本君に渡しておいたという話でありましたから、私は三厨さんにお礼を申したことがございました。
○武藤委員長 それはいつごろでございますか。
○谷川証人 二月の終りごろではなかつたかと思います。
○武藤委員長 吉本氏は何のために五万円要るということでしたか。
○谷川証人 一部は何か仕事をやるために使つたのではないかと私は思つております。これはどうも明らかにいたしません。
○武藤委員長 もう一つ伺いますが、警保局長をしておられるころに、政界に出られる御意思がおありだつたそうですが、警保局長をしておられるころに、政界とのおつきあいはどんなぐあいでしたか。
○谷川証人 政界のつきあいといいますとどうもはつきりはいたしませんけれども、自分の任務の上で政界各方面のお方に御昵懇を願つておりました。
○武藤委員長 党派はどこということなしに……。
○谷川証人 はい、各会派それぞれいろいろ御親交をいただきました。
○武藤委員長 あらためて三厨君に伺いますが、今の谷川さんのお話ですと、吉本さんが受取つたかもしれないというようなお説らしいのですが、あとの奧さんに渡された分がちよつとはつきりしませんね。それは何かもう少し思いあたるところがございませんか。
○三厨証人 大分こちらのお招き受けまして考えておるのですけれども、やはり私のただいまの記憶では金子輝義君に持参をさせまして、選挙事務所でお渡ししたという記憶だけしかちよつて出てまいりませんのですが……。
○武藤委員長 前の五万円は吉本塚雄氏にあなたはおやりになつたのですか。それとも吉本氏に、これは御懇意願つている谷川さんが選挙をされるので、多分御用だろうからひとつ差上げます、お手渡しを願いたい、そういう趣旨のもとに……。
○三厨証人 もちろんそうであります。
○武藤委員長 どちらの方……。
○三厨証人 吉本が谷川氏の祕書的な仕事をおやりになつておりましたから、この方に提供するということは、これはやはり谷川氏に対する私の一つの協力の形でもあるというぐあいに考えました。
○武藤委員長 考えたのはあなたの主観的な意思は別といたしまして、吉本氏にお渡しになつたときの話はどういうのですか。
○三厨証人 やはりこの金は谷川氏の選挙に私は御用立てるという意味でもつて行つたのですから、今祕書の方が必要ならばこれをお立替えしておいて、その金を選挙の方にお使い願えれば、結構だというように解釈しておりました。
○武藤委員長 そういうふうに話をしたのですか。
○三厨証人 吉本氏にですか。吉本氏にはこれは谷川さんの方にお返しを願いたいということを私ははつきり言つております。
○武藤委員長 何か諸君お尋ねになることはありませんか。
○鍛冶委員 あとの、あなたがそのようではないというのは、金子から聞かれたのですか。奧さんに渡したということはだれから聞かれたのですか。
○三厨証人 金子からだけでございます。
○石田(博)委員 見たわけではないのですね。
○三厨証人 そうであります。
○武藤委員長 ほかにありませんか。——それでは済みました。御苦労さまでした。 —————————————
○武藤委員長 戸沢さん、昨日宣誓をいたしましたように、僞証の制裁がありますから、さよう御承知願います。——前に佐賀縣知事をしておられましたか。
○戸澤証人 はい。
○武藤委員長 三厨正という日本経済新聞の記者を御存じですか。
○戸澤証人 はい。
○武藤委員長 その関係をちよつとお述べください。
○戸澤証人 はつきり憶えておりませんが、数年前内務省の友人の紹介で会いまして、それから交際を続けておりました。
○武藤委員長 何か在任中に金銭の授受等がございましたか。
○戸澤証人 いいえ。
○武藤委員長 昨年知事公選に立候補されたのですね。
○戸澤証人 はい。
○武藤委員長 そのころに三厨氏の紹介で厚生同胞協力会の小川美武彦という人にお会いになりましたか。
○戸澤証人 はい。
○武藤委員長 どこで。
○戸澤証人 新橋ビルだつたと思います。
○武藤委員長 どういう話が出たのですか。
○戸澤証人 私は初対面の御挨拶をしただけでございます。
○武藤委員長 何か選挙の金が要るのでひとつ應援をしてもらえないかというような話はなかつたのですか。
○戸澤証人 一つもありません。
○武藤委員長 三厨君の方からもありませんか。
○戸澤証人 三厨君からはありました。
○武藤委員長 そういう意味で小川美武彦氏にお会いになつたのではないのですか。これがあなたに應援をせられるお方だという……。
○戸澤証人 そういう意味があつたと思います。
○武藤委員長 言葉には出ませんか。
○戸澤証人 はい。ただ会つておいてくれというだけの話でありますから会いました。
○武藤委員長 どういう話をしましたか。
○戸澤証人 初めてお目にかかりまして、どうぞよろしくという、ほんとの初対面の挨拶だけでございます。
○武藤委員長 少しあつさりし過ぎますけれども、ほかにはありませんか。
○戸澤証人 ほんとのことです。
○武藤委員長 何か條件附の金では困るとか……。
○戸澤証人 いいえ。そういうことも何にも申し上げません。
○武藤委員長 それではその後になりまして八万円、三厨正君からあなたに選挙運動の資金として差上げたと言つておりますが、その通りですか。
○戸澤証人 そうでございます。
○武藤委員長 それは一回ですか、二回ですか。
○戸澤証人 二回です。
○武藤委員長 三厨さんから直接に受取られましたか。
○戸澤証人 いいえ。最初の七万円は私の使いの者に渡してもらいました。あとの一万円は電信爲替で……。
○武藤委員長 何か十万円もらつてあるのだけれども、とりあえず二万円はころらでいろいろ接待費その他で要るから使うというような話がありましたか。
○戸澤証人 十万円ぐらいになるだろうが、そういう意味で少し減るだろうという話を聞いておりました。
○武藤委員長 いつごろ。
○戸澤証人 それはその七万円届けてもらう前、私が東京におつた時分でございます。
○武藤委員長 これはむろんいずれも選挙にお使いになりましたのですね。
○戸澤証人 使いました。
○武藤委員長 その金が小川美武彦氏のだということは、後では御存じですね。
○戸澤証人 いいえ。そのとき以後三厨君ともずつと会いませんでしたし、小川さんにももちろんお会いしませんでした。最初にお会いしたときの想像だけでございまして、正確なことはわかつておりません。
○武藤委員長 多分小川氏から出たのだろうというくらいにしか思つておらなかつたのですね。
○戸澤証人 そうでございます。
○武藤委員長 何かお尋ねになることがございますか。——それじや済みました。御苦労さまでした。 —————————————
○武藤委員長 藤(とう)二雄さんですか。
○藤証人 そうであります。
○武藤委員長 綿引喜一という人を御存じですか。
○藤証人 よく存じ上げております。
○武藤委員長 どういう関係ですか。
○藤証人 二、三年前から友人の紹介で交際しておりまして、懇意につきあつております。
○武藤委員長 大分御懇意のようでありますけれども……。
○藤証人 はい、個人的に小川さんも、綿引さんも非常に懇意につきあつております。
○武藤委員長 あなたはもと床次竹二郎氏の所におられたのですか。
○藤証人 おりました。
○武藤委員長 昨年の総理挙に神奈川縣第三区から立候補せられたのですか。
○藤証人 はい。
○武藤委員長 何かそのときに綿引氏から三十万円お金を受取られましたか。
○藤証人 受取りました。
○武藤委員長 それはどういう趣旨です。
○藤証人 その以前から、選挙に立候補しようと思うから、立候補したら應援してくれぬかということをお頼みしておりましたが、それから立候補するようになりましたものですから、ひとつ應援してくれということで、應援してもらいました。
○武藤委員長 この金はどういう金、言いかえますと、これは綿引氏が厚生同胞協力会の理事長をしておられましたね。そして何か軍服の拂下げをするというようなことで受取られた金のうちだというようなことは御存じないですか。
○藤証人 全然知りません。
○武藤委員長 しかし三十万円の金を綿引氏がぽこつと出すということは、これは相当の金額だとぼくは思うのだが、綿引氏は個人的にはそんなに資産はないわけでしよう。
○藤証人 それは以前から交際しておつて、今厚生同胞協力会で、政府の方から軍服の拂下げをやつておつて、非常に金がもうかる。それで厚生同胞協力会の事業もやるのだということを聞いておりましたものですから、金がもうかつておるという前提のもとに頼みに行つたのです。
○武藤委員長 金がもうかるということを綿引氏はつねづね言つておりましたか。
○藤証人 いいえ、綿引氏からはそんなことは聞きませんけれども、もうかるのだということは小川氏から聞いておりました。
○武藤委員長 大体これは財團法人で、営利事業でないみたいですが、相当金をもうけるというつもりでやつているような樣子ですか。
○藤証人 いいえ、一種の社会事業ですから、いろいろ社会事業をするには金が要る。從つてこの軍服拂下げで得た利益によつて、そういう事業をやりたいというようなことを聞いておりましたものですから。
○武藤委員長 あなたが立候補せられたのは、自由党公認ということですか。
○藤証人 そうです。
○武藤委員長 綿引氏は特に自由党に援助をするという趣旨ではないのですか。
○藤証人 いや、そういうことは全然ございません。
○武藤委員長 あなたとの個人的関係でありますか。
○藤証人 そうであります。
○武藤委員長 綿引氏はほかにもあなたのような政治家に選挙資金その他を出しておられるような樣子ですか。
○藤証人 それは全然知りません。
○武藤委員長 何かお尋ねになることがございますか。 〔「なし」と呼ぶ者あり〕
○武藤委員長 それでは済みました。御苦労樣でした。 —————————————
○武藤委員長 本田一郎さんですか。
○本田証人 そうです。
○武藤委員長 きのう宣誓をしましたように、僞証の制裁がありますから十分氣をつけてください。昨年東京の第六区から自由党公認として立候補せられましたか。
○本田証人 公認ではありません。非公認であります。
○武藤委員長 厚生同胞協力会というのを御存じですか。
○本田証人 知つております。
○武藤委員長 どういう関係で知つていますか。
○本田証人 小川美武彦というのが友人でありました関係で、内容はよく知りませんが、そういうものがあるということだけは知つておりました。
○武藤委員長 小川氏はどういう関係で御存じですか。
○本田証人 十二、三年前と記憶しておりますが、私が雜誌を経営しておりました当時、小川氏も出版事業に関係をもつておりましたので、そういう関係で知り合い、懇意に交際しておりました。
○武藤委員長 そこで昨年の選挙に際して、小川氏から二回にわたつて二万三千五百円という金があなたの選挙の應援というようなことで行つておるようなことがございますか。
○本田証人 ありません。二万三千円の融通を受けましたけれども、選挙には関係なかつた金であります。
○武藤委員長 二万三千五百円を受取られたことは受取られましたね。
○本田証人 受取りました。
○武藤委員長 いつごろですか。
○本田証人 二十二年の二月二日と、二十二年の四月四日の二回にわたつて受取りました。
○武藤委員長 どういう事情で受取つたのですか。
○本田証人 最初の一万三千五百円は、私の小切手を入れまして——買物に行つた帰りか、その点はつきり記憶しておりませんけれども、小切手で金を借りたのであります。次の一万円は、これも私用のために借りたのであります。それで、その後それを二度にわたつて返済しております。
○武藤委員長 返しておりますか。
○本田証人 はい。
○武藤委員長 何か受取るときに、銀座かどこかで会つて、どうだという話をあなたが言うと、ますます盛大だというようなわけで、たいへん景氣がいいような話で、それから話が始まつてこの金の授受になつたわけですか。
○本田証人 いや、そういうわけじやありません。景氣がいいということは、氏は非常に体が惡いのでありますけれども、会いました当時は非常に元氣であつたのです。それで雜談的に、近ごろどうだ、まあどうやらやつてるんだよ、ということで、非常に元氣だつたものですから、私はそういうふうに考えたのです。
○武藤委員長 何かお尋ねがありますか。 〔「なし」と呼ぶ者あり〕
○武藤委員長 それでは御苦労さまでした。 —————————————
○武藤委員長 中村勝眞さんですか。
○中村証人 そうです。
○武藤委員長 亀井貫一郎氏をめぐる政治資金の糾明という問題につきまして、主として西村氏の関係についてあなたにお尋ねをすることになりました。あなたにお尋ねをする前に宣誓をしてもらわなければならないのです。 証言を求める前に、証人に一言申上げます。 昨年十二月二十三日公布になりました、昭和二十二年法律第二日二十五号議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならないことになつております。宣誓または証言を拒むことのできるのは、一般の人については、証言が証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項、あるいはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するときに限られ、医師、歯科医師、藥剤師、藥種商、産婆、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職に在る者またはこれらの職に在つた者については、その職務上知つた事実であつて、默秘すべきものについて尋問をうけたときに限られております。右以外には何人も宣誓または証言を拒むことができないことになつているのであります。なお証人が正当の理由なくして宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚僞の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることになつているのであります。一應このことを御承知になつておいていただきたいと思います。 それでは法律の定めるところによりまして宣誓をしていただきます。お手許にあります宣誓書をお読みください。 〔証人中村勝眞君宣誓〕
○武藤委員長 伺いますが、あなたのところは三惠工業というのですか。
○中村証人 三惠商工株式会社ですが、もとは冶金と言つておりました。
○武藤委員長 戰爭中は……。
○中村証人 三惠冶金と言つておりました。
○武藤委員長 三惠冶金工業株式会社と言つておつたのを、戰後三惠商工株式会社としたのですか。
○中村証人 そうです。
○武藤委員長 これは商号の変更だけで、事業はどうですか。
○中村証人 事業は変りはありません。
○武藤委員長 何をしているのですか。
○中村証人 金属熱処理材が主でございます。
○武藤委員長 資本金はどのくらいですか。
○中村証人 百九十八万です。
○武藤委員長 株主はどういう人ですか。
○中村証人 株主は私はじめ親族が大体主でございます。
○武藤委員長 同族会社のようなものですか。
○中村証人 さようです。
○武藤委員長 西村栄一氏ははいつておりませんか。
○中村証人 はいつておりません。顧問にはなつております。
○武藤委員長 顧問の名前をあげてみてください。
○中村証人 顧問は栗屋義純、西村栄一、二人です。
○武藤委員長 何かもつと政治家がたくさんはいつておりませんか。
○中村証人 現在でははいつておりません。
○武藤委員長 六日会というのは、あなたのところにあるのじやないですか。
○中村証人 違います。
○武藤委員長 そういうことをお聞きになつたことはありますか。
○中村証人 ありません。
○武藤委員長 よほど前のことですけれども、西村氏との間に何か貸借といいますか、出資といいますか、金銭の授受関係がありましたか。
○中村証人 西村君とは十年來の親友でありまして、前からうちの会社へ五十万ないし百万くらいの程度の投資あるいは融資といいますか、そういう形で資本を融通してもらつておりました。
○武藤委員長 今は何も残つておりませんか。
○中村証人 現在は残つておりません。
○武藤委員長 大体どのくらいの取引というか、融資関係がありましたか、今まで……。
○中村証人 西村君との間ですか。
○武藤委員長 そうです。
○中村証人 大概五十万から百万くらいの間であります。
○武藤委員長 返したり取つたりですか。
○中村証人 さようであります。
○武藤委員長 そういうことが繰返されておつたわけですね。
○中村証人 はい。
○武藤委員長 最近それを決済されたようなことはありませんか。
○中村証人 決済になりました。
○武藤委員長 どういうことですか。それをひとつ詳しく言つてください。
○中村証人 決済になつた方法ですか。
○武藤委員長 残つておつた事情、金額、それから決済になつた事情……。
○中村証人 詳しくは記憶がないです。
○武藤委員長 そんなに前じやないでしよう、決済したのは……。
○中村証人 たしか期限は去年の五月ごろじやなかつたかと思うのですが、こまかいことは記憶しておりません。
○武藤委員長 金額は……。
○中村証人 金額は、最後は約六十万円くらいだと思つておりました。
○武藤委員長 それは借りた金ですか、出資金ですか。
○中村証人 大体借りた金です。
○武藤委員長 六十万円くらい残つておつた。
○中村証人 はい、そうです。最近はそんなに残つておりませんけれども、その前ずつと六十万円くらいありました。
○武藤委員長 今は全然ないですか。
○中村証人 今は全然ありません。
○武藤委員長 最近西村氏とは別に関係はないのですか。
○中村証人 ありません。ただ顧問関係であるというだけであります。
○武藤委員長 亀井貫一郎という人を御存じですか。
○中村証人 西村君を通じて知つております。
○武藤委員長 お会いになつたことがありますか。
○中村証人 あります。
○武藤委員長 いつ、どこで。
○中村証人 西村君の紹介で、いつだか忘れましたけれども、たしか昭和十八年ごろ亀井さんの事務所で紹介してもらつたと思います。
○武藤委員長 亀井氏とは別に金の話は出ませんでしたか。
○中村証人 西村君の懇請によりまして、西村君が亀井さんとぼくは先輩、後輩の間柄だから、亀井さんから事業上の金を貸してもらいたいと言われたのだが、先輩、後輩の間で、もしまずくいつた場合にはちよつと催促しにくい、中村君ちよつと貸してやつてくれないかということでありまして、昭和十八年の二月ごろだと思つていますが、そのころから合計にして二十一万円亀井さんにお貸ししました。
○武藤委員長 亀井さんにじかにお貸しになつたのですか。
○中村証人 じかでした。
○武藤委員長 それは現金ですか。
○中村証人 小切手です。
○武藤委員長 一回ですか。数回にわたつてですか。
○中村証人 数回でございます。私は持つていきません。会社の者に持つていかさせました。
○武藤委員長 その金はもう返されたのですか。
○中村証人 西村君が亀井さんに内々で、西村君の金を私に返してくれました。
○武藤委員長 あなたの方にもうはいつているわけですね。
○中村証人 さようでございます。
○武藤委員長 その後西村氏があなたの方に返した形として、亀井氏から金を受取つたということをあなたは聽いておりませんか。
○中村証人 その後聽いております。
○武藤委員長 いつごろ。
○中村証人 いつごろでしたか記憶ありませんが、決済ついたということは聽きました。
○武藤委員長 何かお尋ねございますか。
○辻委員 いずれ戰爭中に発展になつた会社だと思いますが、この百九十八万円に増資されましたのはいつでございますか。
○中村証人 増資はたしか十六年だと思つていますが。
○辻委員 亀井さんの方へお貸しになりましてから、しばしばその返済について御請求に相なりましたか。
○中村証人 亀井さんの方には、西村君が私の方へ決済してから、西村君の依頼によつて、知らないふりをして催促してくれないかということがありましたので、二、三回催促に參りました。
○辻委員 その二十一万円には金利とか、その條件はございませんでしたか。
○中村証人 條件はございません。
○辻委員 無利子で……。
○中村証人 はい。
○辻委員 それじや最後に御決済なさつたのは、去年の五月西村さんとの間に約五十万円ばかりの僭越になつておつたというお話でしたが、そういつた金融についてはどんな利子の約定になつておりましたか。
○中村証人 西村君と私とは親友関係ですから、利子とか、そういうことは全然ありませんでした。
○辻委員 無利子で……。
○中村証人 はい。
○辻委員 事業に御関係なすつておつたわけではないのですね。ただほんとうの融資なのですか。
○中村証人 そうです。
○辻委員 それは利子をとらない……西村さんはなかなか事業家はだでありまして、利子ということについては最低五分ということも言つておられました。あなたの方に関しては全然利子をおとりにならないのですか。
○中村証人 とつておりません、十年來の親友関係でありますし……。
○辻委員 それで西村さんの方から命令一下すれば、必ずそうした立替もおやりになるというふうな密接な事業関係になつておりますか。
○中村証人 西村君と私の間はさようでございます。
○辻委員 それはたとえば増資をなさるときなどに、非常に融資方面について御盡力を願つた、そういう関係でありますか。
○中村証人 そういう面じやありません。
○辻委員 本当の個人的関係ですか。
○中村証人 私対西村君ということになつております。
○辻委員 事業を介してのお親しい間柄でなく、ただ人間的、個人的つきあいで……。
○中村証人 さようでございます。
○辻委員 どういうふうな御関係でありましたか、そもそもの初めは……。
○中村証人 そもそも西村君とは大阪昭和生命の営業部長時代からの始まりです。その頃保險会社ですから各会社、事業場に行つて、保險会社は金融あるいは金融的援助を実行しておりましたから、西村君に私もその面で頼んだり頼まれたり、いろいろおたがいに個人的に交際があつたわけであります。それからの始まりです。
○辻委員 承りますれば、あなたの方は非常に小さな会社だつたらしいが、西村君からの非常なる融資によつて急に膨脹したというようなお話を承つて、そういう関係から一つ亀井さんに貸してやつてくれと言えば、否應なしにこばみえないような親しい間柄、事業関係からきた親しさというように承つたのでありますが。
○中村証人 まあその面もないではないどすけれども、個人的の結び合いの方が強うございます。事業的部面も全然なくはありません。
○辻委員 それは返済になりまして、西村さんが立替えてお返しになつてから、西村さんからのお言葉で亀井さんの方へ請求されたものですか。
○中村証人 さようでございます。
○辻委員 それで亀井さんは、実際は西村さんから出ているけれども表向きあなたの方から出ておる金だというようなことをおつしやつておられたというけぶりは見えませんでしたか。
○中村証人 見えませんでした。
○辻委員 あなたの方から催促されるごとに恐縮されておつた、催促されてもどうも事業が思うようにうまくいかないというためにお延ばしになつておりましたか。
○中村証人 大体そういうような形で延ばしておつたと思つております。
○鍛冶委員 この金は西村氏が亀井氏に内々で決済したと言われたが、決済の内容はどこでどういう決済の仕方をしたか。
○中村証人 決済の内容と言いますと……。
○鍛冶委員 西村氏があなたに決済をしたというのはいつごろどういうことをやつたかを具体的に御説明願いたい。
○中村証人 十八年の暮ごろに現金で二十一万円たしか受取つております。
○鍛冶委員 間違いはありませんか。西村さんがあの金だと言つて、現金を持つてあなたのところに來たのですね。それで利息を拂つたわけでありませんか。
○中村証人 間違いありません。
○鍛冶委員 あとで変更してもらつては困ります。
○中村証人 はい。
○鍛冶委員 次は亀井さんから決済を受けたと聽いたとありますが、どういうふうに決済を受けたと聽かれましたか。
○中村証人 それは私西村さんから聽いておりません。
○鍛冶委員 どういうことをお聽きになりましたか。
○中村証人 ただ亀井さんから返済を受けたということだけ簡單に聽いております。
○鍛冶委員 いつごろだつたか覚えておりませんか。
○中村証人 それは去年の五月ごろだつたと思つております。それもはつきり記憶にありません。
○鍛冶委員 どういう機会に聽いたかを覚えていませんか。
○中村証人 記憶にありません。
○鍛冶委員 ほんとうに聽いたのですか。
○中村証人 聽きました。
○山中委員 もう一遍念を押しておきますが、西村さんからお返しになりましたのは、先ほどから承りますと、西村氏とは貸借関係で最後に六十五万円決済した。その当時もそうした貸借関係があつて、その中で操作をしたというのではなく、二十一万円は現金をもつてその穴を埋められた。そういうふうに承つておいてよろしゆうございますね。
○中村証人 さようでございます。
○山中委員 証人が亀井氏に融通した二十一万円の金を、今の話を聽きますと、西村氏から十八年の暮に現金で二十一万手渡しを受けて解決した。
○中村証人 さようでございます。
○山中委員 昨日西村氏の話によりますと、あなたの方に融資したその金と差引して決済をした。こういうふうに言われておる。その点大分話が違うのですが、どちらがほんとうですか、よくお考えになつていただきたい。
○中村証人 西村氏は差引いたと言つておりましたか。
○山中委員 はあ。そこが食い違つておりますから、よく考えてお話を願いたい。きよう述べられるのがほんとうならほんとうでよろしゆうございます。
○中村証人 たしかそうだろうと思つております。私会計課長にまた帰つたら聽いてみまして、その点は明確にお答えいたしましよう。
○山中委員 そうすると証言はどういうようになるのですか。
○中村証人 あるいはそうだつたかもわかりませんが、今はつきり記憶していないのです。
○辻委員 どうもそういう御証言は困ります。それですから私は念を押しまして、あなたの方は絶えずそうした出たりはいつたりが西村氏との間にあつたから、その間においてお間違いではなかつたか。その中の金で決済なすつたのではないか。そういう御記憶違いではないかといつて私は念を押したのです。あなたは確かに現金で二十一万円いただいたとはつきりお述べになつた。そこで言葉を二、三されることは、先ほどから委員長が言つておる通り、虚僞の陳述になりますから、この点をひとつ胸においていただかないと、重大な問題になります。
○鍛冶委員 間違いがないでしよう。変更しませんかと言つたら、変更しませんと言つた。
○中村証人 その点もう少し……。
○鍛冶委員 誘導尋問にかかつてそんなことを言われては困る。
○中村証人 その点はその当時の会計課長に聽いてみます。
○鍛冶委員 さつき私があれだけ言うたとき、絶対間違いありません。変更しないと言つたのに、どうして信念のないことを言つたのですか。今そんなふらふらなことを言うのは、そんなことであなた証言と言えますか。もつと言うならば、先ほどから決済があつたということで、私はあなたの言われることに信をおきません。実際にあるものなら、何年何月どういう機会だということも言わなければなりません。これもだれそれが西村君がこう言つたから変更するのではありませんか。
○中村証人 とにかくその話が間違つたのはきようのことで、全然まだ準備もしておりませんし、当時私は支店がありまして、支店工場を半月くらいずつとまわつておりまして、会計課長が大体それをやつておりましたので…。
○鍛冶委員 証言というものは準備をしてくるものではない。きようのあなたの記憶を聽くのです。それが証言です。それだから絶対間違いありませんね。変更しませんねと言つたら、変更しない、間違いありませんと言つた。われわれはそれを聽いておる。人から誘導せられて飜つたり、家へ行つて調べたりすることを聽いておるのではありません。あなたは先ほどあれまで信念をもつて言われたことを聽いておる。そうじやありませんか。そうでしよう。
○中村証人 失礼しました。
○鍛冶委員 きようの信念は間違いないでしようと私は言つた。ふらふらなものじやない。絶対に間違いありませんね。変更いたしませんねと言つた。われわれはきようのあなたの信念を聽いておる。きようの記憶を聽いておる。家へ行つて調べてみてというなら、これは別な話です。
○中村証人 失礼しました。
○鍛冶委員 きようの信念は先ほどの通りで間違いありませんね。
○中村証人 きようの考えはまた言い直さしていただきます。それははつきり記憶にありません。
○鍛冶委員 どうして先ほどあれほど言つたのに対して、間違いありません。絶対変更することはありませんと言つた。どうして変更しないと言つたのですか。
○中村証人 実際今言いました通り、その時分は大体月の半分くらいは旅行しておつたものですから。
○鍛冶委員 そういうことではどつちがほんとうなんですか。われわれは先ほどあくまで念を押しておりますから、そんな変更をしたら承知しません。もつと私はしつこく聽きますが、あなたはきのうからきようここに出るまでに、だれとだれに会いましたか。
○中村証人 たれとたれとは……。
○鍛冶委員 どういう人に会いましたか。
○中村証人 会社に出て、会社でみんな社員と会つております。
○鍛冶委員 この証言についてたれかと話をしませんか。
○中村証人 それについて自由党の方が見えました。
○鍛冶委員 どういう話をしましたか。
○中村証人 それはどういう話も何もありません。ただこのことについて簡單に聽きに來ましたから、私としては話しました。
○鍛冶委員 それはしつこい話ではないのですね。きようあなたが証人に出るそうなという話ですね。そのほかだれかに会いましたか。
○中村証人 会いません。
○鍛冶委員 われわれはいかにも腑におちない。先ほどあれほどまで言うて変更するということは、それであなた男が立つかね。考えてごらんなさい。われわれはここで誘導尋問にかかつて変更せられたようなことは承りたくありません。
○武藤委員長 鍛冶君、御意見は別ですが、他に御質問になることはありませんか。——では御苦労さま。 本日はこれにて散会いたします。 午後六時三十分散会