司法委員会 第18号
- 発言数
- 54 件
- 登壇者
- 4 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1947/08/11
会議録
○松永委員長 會議を開きます。 民法の一部を改正する法律案を議題といたします。質疑を進めます。安田幹太君。
○安田委員 本民法改正案は、現行民法典中において、新憲法の規定竝びにその精神に反する部分を、とりあえず最小限度において修正せんとするものであつて、民法典全體の根本的改正は他日に期せられておることは、これを承知いたしておるのでありますけれども、民法典の根本的改正ということは、なかなか容易ではございませんので、この民法の改正案は、少くとも今後相當の長い間われらの私法的法律關係を規律するきわめて重大な法典をなすものと申さねばならぬと思うのであります。かかる重大な法典の改正を、きわめて短時日の間に完了すべきことが要請せられ、その審議の方式としましても、三讀會の方式によらず、ただちに一括質問によつて、急速に審議せられることを餘儀なくせられておるということは、私のまことに遺憾とするところでございます。しかしながら、すでに審議の方式も決定したことでありますから、私はこれに從いまして、若干の質問を、できるだけ要約して申し上げたいと思います。ただきわめて重大な法案でありますから、必要な質問點を略するわけにはまいりませんので、長くなりまして恐縮でありますが、御辛抱願つて御答辯願いたいと思います。 私が政府委員にお答えを願いたいのは、立案者として研究された事項、その研究に基いてかくのごとき案を立案せられるに至つた事情を承ること、これが一つ。いま一つは、この民法を實際に行う場合において、行政部としてその實施の結果についてどういう結果が起るかという見透しを承ることにあるのでありまして、それ以上の判斷は私ども立法者としてこれを行うべきことであると考えるのであります。從つて深遠な理論を承つたり、あるいはこれについて議論を闘わすというようなのとは興味のあることではありますが、いたずらに時間をとるのは質問の目的でない、かように私は考えるのでありますから、私の質問の場合におきましては、議論にわたる點はなるたけ避けたいと思います。政府委員におかれましても、なるたけかような點はお避けくださつて、不親切で、ぶつきらぼうと言える程度で結構でありますから、簡單明瞭に要領だけを御説明願つて、時間を儉約していただいて、なるたけ全部の點について質問できるようにしていただきたいと思います。 それから次に改正案の作成には相當の審議機關を設けられまして、非常に愼重な研究を重ねられたと承つておりますが、それもなおかつ本法案のごとき重大な法典の大改正には、不十分な點があると考えるのであります。殊にいろいろな事情から幾たびも草案を改められて、ここに提出せられておるところの法案は、きわめて短時日の間にまとめ上げられたものであるということを承つており、またこれは書類の上からもはつきり看取できるのであります。その結果法規の實質におきましても、また法規の形式におきましても、幾多立案者が氣のつかれない不備な點が殘されておるように拜見いたすのであります。これらの點はどうか本法が私どもの新しい立法の出發點をなすまことに大切な大法典の改正でありまして、この法典がこれから多數の法令の制定の規準をなすものである。かように考えますので、私どもは協力一致して實質的にもまた形式的にも、最も正しいよい法典をつくり上げるということに心がけねばならぬと考えますので、これまでの例で見たように、立案者としてくだらない面子や行きがかりにこだはることなく、虚心坦懷にほんとうの腹をお話くださつて、氣がつかなかつた點は、氣がつかなかつた、足りない點は足りなかつたと率直にお認めくださつて、十分な意見の交換を行い、もし修正した方がいいというようなものがございましたらば、政府委員におかれましても、十分御考慮になつていただいて、立案者の出したものを特に私どもが修正するというようなことはなるたけ避けたいのであります。できますならば立案者におかれまして考慮の上、改めて修正の案をおつくりになるというようなこともお考えを願つたらいかがか、さような態度に出ていただきたいと私は考える次第であります。特に本法案は短時日の間に口語體で書き直されたのでありまして、用語の點におきましても、不統一と考えられる點が多々あるのであります。この言葉の小さな點を一々指摘して申し上げるということは、本委員會としてはあまりに小さなことのようで、いかがかと私も考えるのでありますが、よく考えてみますと、この民法典の用語が、これからの立法の用語例をなすものであります。同時にこの立法の際には大したことではないと考えられる不用意な言葉の使い方が、御承知のごとくしばしば將來解釋上の大きな疑義を殘すことともなるのであります。私は氣のついた點は用語のきわめて小さい點につきましてもお尋ねをいたしたいと思うのであります。どうかこれらの點も率直にお聽き取りくださつて、改むべきものは改めるという態度をとつて進んでいただきたい。かように冒頭に希望を申し上げる次第であります。かような建前で以下順を追うてお尋ね申したいと思います。 第一點は民法の七百二十八條に關連をいたします。七百二十八條の第二項に夫婦の一方が死亡した場合において、生存配偶者が姻族關係を終了させる意思を表示したときもまた同樣である。すなわち姻族關係が終るという規定がございます。この民法七百二十八條の姻族關係を終了させる意思表示というのは、姻族關係を消滅させるという重大な法律關係を生ぜしめる意思表示でありますが、この意思表示は、相手方のある意思表示であるかどうかという點を承りたい。もし相手方のある意思表示であるとすれば何人に對してなさるべきものであるか、それからこれは第三者に對しても大きな利害關係を及ぼす重大な法律關係の變動を生ぜしめる意思表示でありますから、何らかの形式を必要とするのではないか、同時に公示方法を要求せられねば不都合ではないかということが考えられるのであります。この點につきまして御答辯を願いたい。
○奧野政府委員 御懸念の點はごもつともでありますが、これは戸籍法の改正のことに關係いたしまするので、戸籍法の改正案が上程にならない以上、そういう疑問があるかと思いますが、これは戸籍吏に對する屆出によつて效力を生ずるということにいたしまして、戸籍の記入等を戸籍法によつてやることになつております。
○安田委員 さようであろうというふうに考えておりましたが、婚姻の場合には屆出ということが、民法で規定されているのでありますから、これも民法で規定すべきではないかというようなふうに考えたわけであります。しかし強いて民法で規定しなければならぬという考えでもないのであります。一應民法で規定すべきか、戸籍法で規定すべきものであるということを、お考え願つて結構だと思います。 第二點は、民法七百三十條に關係をいたします。これは舊民法には規定せられていないことが、ここに新たに入れられたもののように考えるのであります。「直系血族及び同居の親族は、互に扶け合わなければならない。」こういう規定であります。これは法律上何を意味するものであるか。民法は道徳的訓辭を規定するものではないのでありまして、何か規定しておる以上、法的義務を規定することにならねばならぬと思うのでありますが、これをいかに理解すべきであろうかという點が、疑問なのであります。特に七百五十二條では、御承知のごとく、「夫婦は同居し、互に協力し扶助しなければならない。」こういうふうにしてあります。ここでは「扶助」という言葉を使つております。七百三十條の場合には、「扶け合わなければならない。」という言葉を使つております。扶け合うという言葉を、協力し扶助するという言葉にかえたのは、何か意味があるか。もしなければ同じことを同じ法典で規定するのでありますから、同一の言葉にしたら疑義が起らないのではないかと思うのであります。これは用語だけの問題かと思いますが、さらに八百七十七條には、「直系血族及び兄弟姉妹は、互に扶養をする義務がある。」こういうふうに規定しております。そこで民法の規定の中に扶養の義務と扶け合う義務、それから協力扶助という三つの異つたものが出てきておるのであります。これら三つの異つた言葉が使われるがゆえに、非常に解釋上疑義を將來生ずるのではないかと考えるのでありますが、何か特別のお考えがあつて、こういうふうに言葉をかえられたのでありましようか。この點につきましての經緯を承りたいのであります。
○奧野政府委員 御承知のように、臨時法制調査會におきまして、民法の改正について審議をいたしました際、いろいろ論議の末、民法の中の從來の家の制度、いわゆる戸主、家族の制度をやめにするということになりました。ところが、それではいかにも從來の實際の親族共同生活である家庭生活を否定するがごとき感じを抱く、わが國古來の美風である親族共同生活、いわゆる家族生活というものは、殘しておくべきものである。すなわちいわゆるそれまでも否定するがごとき誤解を招いて、風教上おもしろくはないというので、附帶決議といたしまして、「直系血族及び同居の親族は、互に協力扶助すべきものとす」というような條項を入れてはどうかという希望決議があつたわけであります。その後起草の際に、その點についていろいろと審議をし、考えてもみたのでありますが、趣旨とするところはまことに結構ではあるが、協力扶助すべきものとすという法律的ないろいろな扶養の義務があるとか、その他の扶養の義務というようなものを規定することになつては、これは法律上むずかしいのではないか。むしろそういう道徳的な意味をもつ、家庭生活は圓滿にやらなければならないという、いわゆる道徳的な意味において、民法の上にそういうものを殘すということは、必ずしも道徳的であるからといつて、無意味ではない。それはやはり法律の中にそういう過度的規定を設けるのも、必ずしも全然排除すべきものではなくて、それが社會風教の上に非常ないい結果をもたらすものであれば、それを取入れることもよかろうという結論に達しまして、實はこの七百三十條を設けたのであります。法制調査會における希望決議は、「協力扶助すべきものとす」というやや法律的效果をもつかのごとき疑のある條項でありましたのを、特に「互に扶け合わなければならない」というようにいたしまして、これは法律に規定はあるけれども、むしろ道徳的なものであつて、法律上のたとえば扶養義務というような效力をもつものとは考えていないという意味で、こういう言い表わし方をいたしたのであります。御指摘のように、夫婦の場合におきまして、七百五十二條で「夫婦は同居し、互に協力し扶助しなければならない。」という場合には、これは現行民法にあります同居の義務、あるいは扶養の義務ということを含んでおるが、なおそれよりも經濟的竝びに精神的に相扶け合わなければならないという強い道徳的な意味をも含めて、七百五十二條を規定してありまして、同居の義務竝びに扶養の義務ということは、當然ここにある通りの趣旨でできているのであります。 それから次に八百七十七條の扶養する義務、これはすなわち扶養義務のあるのは、この民法におきましては、まず夫婦相互の間の扶養義務、それから直系血族、兄弟姉妹、この三つの場合だけが扶養の義務が法的にあるわけでありまして、その以外には當然に扶養の義務がないことにいたしたのでありますが、その他に特別の事情がある場合におきましては、三親等内の親族關係におきましては、特に家事審判所が扶養の義務を負わせることができることにいたしまして、すなわち御指摘の七百三十條それ自體からは扶養の義務という效果は出ないで、扶養の義務は八百七十七條によつて現われてくる。要するに七百三十條はいわば法律的な效力をもたないで、むしろ道徳的な意味をもたせたものであると御了承願いたいと思います。
○安田委員 よくわかりました。結局七百三十條は準法律的な規定であるという御説明でありまして、私はさようなものは削除すべきものと考えますが、これは議論になりますから、この程度にして、次は七百三十三條であります。これは相常重大だと思います。「女は、前婚の解消又は取消の日から六箇月を經過した後でなければ、再婚をすることができない。」という再婚禁止の規定でございます。これは私は無益な規定であるとともに、男女平等の原則に反する憲法違反でないかという疑もあるのであります。何ゆえ婚姻の解消後六箇月間、女だけが婚姻の自由を制限せられなければならないか。何ゆえさような必要があるかという點が疑問であります。おそらく懷胎しておるかもわからない懸念があるから、懷胎しておるかどうかということが判然とするまでは、新たな婚姻をやつては困るだらう、こういう御趣旨でできたものであろうと考えるのでありますが、懷胎も承知の上で新しい婚姻を新夫と新婦が自分の責任において行う場合に、これを國家が禁ずるという必要がどこにあるかということを考えなければならぬと思うのであります。特に六箇月間禁じておる。これを過ぎれば八箇月でお腹がぼてれんになつておつても結婚はできるということになつておるのであります。六箇月間だけこれを禁止するということは、まつたく無意味じやなかろうかと思うのであります。もしまた、もとの夫によつて懷胎しておる場合において、そのことが判然としてその子供の始末をつけてからでなければ新しい結婚をしてはならぬというのであれば、これを女にのみ強制するという理由はないと思うのであります。夫もまた六箇月間再婚を待たなければならないとしなければ、これは平等の原則に反すると思うのであります。もしまた女の再婚の場合に、父がいずれかわからぬ。六箇月經たないうちに再婚してしまつてはいずれの子であるかがわからないという理由で禁止するというならば、かかる理由で再婚を禁ずることは、私は不當であると思うのであります。それはおのずから他に父を定める方法があるのでありますから、それによつて定めさせれば、よろしいと思うのであります。これを要するに七百三十三條は不要な規定であるとともに、憲法に違反する不法な規定ではないかと考えられるのであります。特に七百四十四條で、この場合に當事者、親族、檢察官、前配偶者という廣い範圍に取消權を認めておるということになつては、ますます不當にならないかと思うのであります。すなわち一旦取消した後でも六箇月經てばまたすぐ結婚ができるというならば、一體取消が何を意味するか、私は意味がないと考えられるのであります。これは男女平等の原則にも反することでありますし、特に重大に考えなければならない點だと思うのでありますが、その點についてどういう意見が立案の際に出られたかを聽かしていただきたいのであります。
○奧野政府委員 この點は從來ある規定をそのままここに踏襲したわけでありまして、これにつきましては、あるいはこの思想の中には、女が夫の死後墓石のまだ乾かぬうちに再婚するというのはいかがかという倫理的な觀念も含まれておるかもしれませんが、主としてはそういう意味でなく、むしろ今度再婚によつて生れる子供が前の夫の子であるか、あとの夫の子であるかという血統的な觀點において、いろいろ混亂を生ずるということを避ける趣旨であろうかと考えます。この點は七百七十二條、七百七十三條等において、これに違反した場合にいろいろなめんどうな問題が起ることを豫定した規定のあるのと考え合わせまして、いわゆる何人の子であるか不明の場合、いわゆる血統の點について混亂を生ずることを避けるための規定であろうかと思うのであります。しからばこれを殘すことは、女のみについて六箇月間の再婚の制約をすることは、男女の平等の原則に反する憲法違反の規定ではないかという御議論でありますが、その點はいろいろ意見にわたる點と考えますが、やはり子供を生むという點については、おのずから男女が本質的な意味において違いがあるのでありますから、そういう特殊な立場においてのみ取扱いを異にしておるような場合におきましては、本質的平等に反することにはならないではないか。ちようどこれは婚姻年齡が、男の方が女よりも多くしておるということも、男女の婚姻ということの生理的その他いろいろな條件からいたしまして、その差等は必ずしも本質的な平等を脱するものではないという考えと同樣、子供を生むという女の特殊な觀點から、その點は男の場合と取扱いが異なつても、それは男女の間における本質的な平等を害するものではないじやないか。そういう意味で、やはりこの規定を殘しておいても憲法違反ということにならないではないかという結論で、現行法の七百六十七條をそのまま踏襲した次第であります。
○安田委員 この點は重大でありますから、重ねて意見を申し上げます。立法の理由が主として、六箇月以内に再婚すれば父がわからないからそれをはつきりさせる意味で禁止してあるというお話でありますが、これは再婚を禁止したところで、事實上新しい男と婚姻解消後關係すること自體が十分には防止できない。そこで婚姻の禁止によつて問題が防がれるということは私は考えられない。父を判定することがわからない場合につきましては、七百七十三條の規定があるのであります。この規定で父を定めればそれで結構である。さような事態を防ぐために、特に女の婚姻を六箇月間制限するというのは、理由がないと思うのであります。これを制限した理由の中には、先ほど政府委員が答辯されました、墓標の乾かないうちに再婚するのはいけないのだというような考え方が、暗黙のうちに働いておるのではないかという考え方もあるのでありまして、私どもはもう少し考えてみたいと思いますから、その程度にしておきます。 次は、これはまつたく形式の問題でこれを今伺うのはどうかと思いますが、七百五十一條の第二項でございます。第一項に「夫婦の一方が死亡したときは、生存配偶者は、婚姻前の氏に復することができる。」第二項として第七百六十九條の規定は、前項及び第七百二十八條第二項の場合にこれを準用する。」こう書いてあるのであります。これはまつたく形式の問題ですが、この「七百二十八條第二項の場合にこれを準用する。」というのを、この第二項に書いてあるのは、どういういきさつでございましようか。これはまつたく疑問でありますからお尋ねいたします。七百二十八條の第二項の場合に準用するのは、七百二十八條の三項に、七百六十九條の規定は前項の場合に準用すると書くのが普通のように思う。そのいきさつは何か意味があるのでありましようか。
○奧野政府委員 それは御説の通り、ここへはいるのがいささかおかしいのでありますが、どうもいろいろ考えて、その場合を入れる場所が實はなかつたというわけで、ここへ一緒に入れてしまつたようなわけでありまして、事柄は父子の場合と姻族關係終了の場合と違うわけでありますから、それを一緒にここに規定することは、場所の點においてはいささか妥當ではないという御指摘はもつともと考えますが、適當な場所が見當りません關係上ここに入れたわけであります。これはあるいは七百二十八條の終りの方に同じような事柄を規定するのも一案かと思いますが、要するにここにひつくるめて、ただ規定をしたという以外に深い理由はありません。
○安田委員 今の點はその程度にいたします。七百五十二條でありますが、これは先ほど御質問に關連して問題となつたところであります。七百五十二條に夫婦は同居し、互いに協力扶助すべきものとす、こういう規定がございますが、この扶助するということと、扶養とはどういうふうに違うのでありますか。先ほどちよつと關連して御説明がありましたが、一應あらためて御説明を願いたいのであります。特に舊民法の七百九十條には扶養ということを書いておるのでありますが、これを扶助に改めなければならなかつた理由はどこにあるか。 それからこれは言葉づかいの問題でありますが、この點がこれに關連して問題になると思うのであります。八百七十七條以下で直系血族、兄弟姉妹間の扶養義務を規定をしております。この八百七十七條以下に規定せられる扶養義務につきましては、家事審判所における裁量により適切に按配されることとなるのであります。ところが夫婦間の扶助の義務が、この扶養の觀念の中にはいらぬということになりますと、夫婦間の扶助の義務は直系血族、兄弟姉妹間の扶養の義務と別個の取扱いを受けさせようという御趣旨であるのでありましようか。しからば家事審判所に妻が夫を相手に扶養料と申しますか、あるいは扶助料と申しますかの請求はできなくて裁判所に訴えるということになりましようか。あるいは家事審判所に訴えるということになるのでありましようか。これは家事審判所法に規定するのが適當でありましようか私はむしろ扶養義務と同樣に、民法の中に規定すべき事柄ではなかろうかというように考えるのであります。
○奧野政府委員 七百五十二條についてでありますが、現行法におきましては扶養をなす義務を負う、あるいは同居をなす義務を負うというふうに義務であることを明らかにしておりますが、實はこれは夫婦の間の事柄をそういうふうに扶養義務あるいは同居義務という權利義務の觀念で表わすということはいかにも水くさい。むしろそれ以上にそれより強く強度に扶け合い、もちろん扶養し合い、もつて婚姻關係の持續をはかることに務めなければならないという意味を強く表わす趣旨でこういう規定をいたしたのであります。しかも夫婦の間に扶養義務があるというふうなことは、現行法におきましても、夫婦間の扶養義務の關係を、あとの一般の扶養義務と同じところに規定しているのは適當でないという議論も相當あるくらいでありまして、それよりも強く助け合つていかなければならないという趣旨を表わしておるのであります。もちろんその中には扶養の義務は當然含まれておる。同居の義務も當然含まれておるという考えであります。そうしてこの扶養の關係と申しますか、協力扶助の關係につきましては、これはやはり家事審判所の管轄に屬せしむることになつておるのでありまして、この點はすでに御配付になつておるかと思いますが、家事審判法にその點は明らかになつておる次第であります。
○安田委員 次の質問をいたします。七百五十六條「夫婦が法定財産制と異なる契約をしたときは、婚姻の届出までにその登記をしなければ、これを夫婦の承繼人及び第三者に對抗することができない。」ということになつておるのでありますが、この登記方法はどういう方法によるのか、いずれ御規定になると思いますが、承りたいと思います。その場合におきまして、この夫婦財産制に關する異つた契約を當事者間の自由な契約といたしておりますと、登記の場合に非常に困るのではないかということが、私は考えられるのであります。公正證書によつて公證人によつて條項でも整理しておかなければ、登記の實際手續上困りはしないかと考えております。同時に婚姻の届出までにこの契約をして登記をすることを要求するのは、實際上不可能のことを要求するのではないかというふうに考えられるのであります。もつとも届出後に登記をさしたのでは夫婦でなれ合いをやるというような危險がある、かようにお考えになつてのことであろうと思うのであります。これを防止するには、おのずから別の方法がある。すなわち前に申しました公證人による公正證書にさせる。あるいは證人を立てるというような方法があるのではなかろうかと考えるのであります。こういうような點を考慮いたしまして、婚姻の届出の後でもこれをできることにして、その代りに公正證書によつてこの契約をやらせて登記を簡單にできるようにするというのがよろしいのではないかと考えられるのでありますが、その登記に關する手續その他の點は、立法の際はお考えになつたのでございますか。
○奧野政府委員 この七百五十六條は現行法の七百九十四條をまつたくそのまま採用いたしたのでありまして、登記方法は登記によつてやるということになつております。これは夫婦財産契約に關する登記法がありまして、それに基いてすることになつております。これはやはり届出までにそういうことにいたします理由は、先ほど安田委員が言われた通り、婚姻後の場合においては、夫婦の關係でありますから、いろいろ愛情その他の關係で、一方に不利益になるかもしれないというふうなことから、そういうふうに現行法においてもなつておるものと了解いたしております。この點につきましては、實は夫婦財産契約という事件はほとんどないのでありまして、婚姻前に夫婦がそういうふうな財産契約をして登記をするというような事例はほとんどない。從つてむしろそういう規定をもうやめてしまつたらどうかという議論もあつたくらいでありますが、將來夫婦が平等になつてくるということになると、當事者において契約をするというふうな場合も、相當將來出てくるのではないかということを考えまして、存置することにいたしたのであります。もしこれがだんだん行われてくるということになりますれば、それについてさらに、その制度の效果を廢揮するように、今後研究を重ねなければならないのではないか。從つて將來これらの夫婦關係に關する規定を根本的に檢討する場合に、それらの點はさらに研究いたしてみたいと考えますが、とりあえず現行法の第七百九十四條をそのまま踏襲したものであります。
○安田委員 續いて七百六十六條について伺います。七百六十六條の一項、二項に、家事審判所に請求をなし得る權利者を規定しておらないのであります。すなわち「父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者その他監護について必要な事項は、その協議でこれを定める。協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家事審判所が、これを定める。」こういうふうにしまして、この請求權者を規定しておりません。八百十九條の五項、八百三十條の二項等では、いずれも請求權者を規定しておるのであります。そこで家事審判所に請求をする場合の請求權者は、これは全部民法で規定するか、あるいは民法で規定しなければ、一律に家事審判所法で規定するか、どちらかに統一すべきではなかろうかと思うのでありますが、その點につきまして、ここに規定をしてないのは何か特にお考えがあつてのことでありましようか。
○奧野政府委員 この七百六十六條というのは、現行法の八百十二條をそのままここに踏襲いたしたのであつて、ただ從來裁判所とあるのを家事審判所と改あた以外は、全然改まつてないのであります。あれは一項と二項と書いてあります。それとただいま御指摘の八百十九條の關係から、家事審判所に請求するものについての規定がないのは不備ではないかという御意見ごもつともと思います。これは當事者といいますか、父母が請求し得るつもりで規定をいたしたのでありますが、この點は、初めは家事審判法に特に詳しくそれらの點を規定いたしたのでありますが、その後最高裁判所の定むるルールの關係から、そういう點を非常に簡略にいたしなして、それらの點は大體ルールに讓ることになろうかと思つておりまして、その點は家事審判法竝びにそれに關するルールによつて明らかにいたすつもりであります。いかにも民法の上から申しまして、不ぞろいである點は御指摘の通りでありますが、八百十九條というのが新しくはいつた規定でありますから、その點について、根本的に初めから書き改めた關係上、そういう點を明らかにしておりますが、七百六十六條の方は、大體八百十二條を踏襲した關係から、その點がやや不ぞろいな形であることは御指摘の通りかと思います。
○安田委員 この點は重大でありますから、重ねて申し上げます。八百十九條、八百三十條と同樣にそろえることが、私は形式だけではなく、實質上も重要であると思うのであります。特に請求權者を最高裁判所の定める規則できめようというような御意見でありましたが、この請求權者がだれであるかということは、簡單にきめるべき性質のものではない。重大な實體法上の影響があるのでありますから、單なる裁判所の手續ではないと思うのでありまして、これは民法において統一的に規定すべきである。本條の場合は、八百十九條、八百三十條と同じように、請求權者を規定することが正しいということを、私は強く考えておるものでありますが、立案者におかれましては、この點を御檢討願いたいのであります。特に最高裁判所の規則によつてきめるべき性質のものでないという點を私は強調いたしますが、御再考を願いたいのであります。 續いて同一の條文について伺います。七百六十六條と八百十九條、八百二十條との關係でございます。これは相當實質上重大な問題でありますから、特に詳しく御答辯を願いたいのであります。八百二十條で、親權を行う者は、子の監護及び教育權を有することとなつております。また八百二十二條で、親權者は懲戒權を有することとなつております。すなわち子の監護權、教育權、懲戒權というものは不可分的に親權の内容をなすものであるというふうに親權の效力のところではうかがえるのであります。この親權について、八百十九條では「父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親權者と定めなければならない。」ということになつております。その協議上の離婚の場合に、この八百十九條で親權者を定めれば、その親權者となつたものが親權の效力として監護權を有するということになるのではないかと私は考えるのであります。しかるに七百六十六條で、特に監護權だけを親權の中から引拔いて、別個にここで協議せしめるということにしておるのでありますが、何ゆえにかようなことが必要であるか。同時に監護權だけを別にきめさせて、その他の親權の内容である教育權、懲戒權というようなものを、他に別個に定めさせるということになると、不都合が生じはしないかという意見であります。私は、七百六十六條は監護權の問題でなくて、むしろ監護に要する費用の負擔をだれにするかということを定めさせる問題としてだけに意義がある。それだけで十分ではないかというふうに考えられるのでありますが、それとも特に監護權だけは、教育權あるいは懲戒權その他の親權と別個に引離さなければならないという意味で七百六十六條を御規定になつたのでありましようか。この點をお示しいただきたい。
○奧野政府委員 この點も大體現行法の八百十二條を踏襲いたしたのでありまして、今御指摘のように、親權の中には、一般的に言えば監護、教育、懲戒、そういうものを含んでおりますが、七百六十六條は、特に監護すべき者、あるいは監護について必要な事項は特に他の親權と切り離して別に定める必要がある場合に、七百六十九條で監護者あるいはその他監護に必要な事項をきめるということにいたしたのでありまして、これは現行法もそうなつております。ただこの七百六十六條の末項で、そういう場合は監護以外の點においては父母の權利義務に變更を生じない。親權と監護權をそこで分離することになつてまいるので、親權についてはやはり別に八百十九條によつて規定をおいたわけでありまして、實際はおそらく親權者と監護權者と監護者が、あるいは別になることもほとんどないかと思いますが、もしそういう必要があつた場合においては、監護者と親權者が分離することも考えられる。現行法の建前がそういう建前をとつておるのでありまして、その趣旨を踏襲いたしたわけであります。御説のように、おそらくこれは監護費用の分擔というようなことがおもなことになるかと考えますが、法制上の建前として、親權の中で監護權のみを分離する必要のある場合を豫想いたしまして、こういう規定を設けておるのを、そのまま踏襲したというわけであります。
○安田委員 なるたけ現行法は當たらないということには贊成でございます。これを改正するのは根本的に別の機會にまつのがよろしいという點には同感でありますが、新しい民法におきまして、親權の内容性格というものも非常にかえられるのであります。殊に家事審判所という別個のものができまして、親族關係の裁判というものの行い方も違うのでありますから、さようなことの影響によつて、この際修正する必要のある範圍においては、舊民法を修正しておく必要があるのではなかろうかと思うのであります。本條の場合は何とか説明をいたしておかないと、二つの規定にこんがらかつて、親族間の爭いが非常に複雜めんどうになるというおそれがあると思うのでありますが、一應御研究を願いたいと思うのであります。 次に七百九十一條に「子が父又は母と氏を異にする場合には、子は、家事審判所の許可を得て、その父又は母の氏を稱することができる。」この家事審判所の許可を要するという理由は、どういう意見が出てこうなつたのでありましようか。私はあまり必要な規定ではないように考えますので、家事審判所の仕事をあまりに重くするようなことになりはしないかと思いますが、何か重大な理由でもおありになれば承りたいと思います。
○奧野政府委員 これは連子をする場合とか、離婚の場合に母親が實家の氏に歸つたとき子供を引取るとか、妊娠中の場合とか、いろいろの場合があります。そういう場合に、やはり家事審判所の許可を要するといたしましたのは、いろいろその子供の本心というか、さういうものを確かめる必要があるのではないか。ただ親が自由に連れていくとか、そういうようなことについて、あるいは弊害もあるかと思いまして、家事審判所の許可を得さすことにいたしたわけであります。
○安田委員 次に八百七條の「第七百九十八條の規定に違反した縁組は、養子、その實方の親族又は養子に代わつて縁組の承諾をした者から、その取消を裁判所に請求することができる。」これの請求權者の中に檢察官を入れておらないのでありますが、幼年者を事實上賣買するようなことがしばしば行われるのであります。これを監視する必要から檢察官をこの請求權者の中に入れるべきではなかろうかと考えますが、いかがでありますか。
○奧野政府委員 未成年者の養子の場合に、今御指摘のように、人身賣買のようなことが行われるので、特に家事審判所の許可について、ほんとうの意思を確かめて養子を認めるという制度が七百九十八條でありますが、その場合に、これに違反した場合の縁組の取消について檢察官をいれるのが適當ではないかという御意見でございますが、實はこれは未成年者の養子に家事審判所の許可を必要とするという新しい規定に對應した規定でありまして、全體の考えとしては、親族會議については、なるべく檢察官の關與を少くしていきたいという考えと、ただ從來あつたものをわざわざ削除することもない、從來あるものは從來のままにしておく、新しく規定するものはなるべく檢察官の關與の部面をむしろ少くいたしたいという考えから、特に加えなかつただけでありますが、この點もし檢察官を加えなければならないということでありましたならば、その點はなおとくと考えてみたいと思います。
○安田委員 その點につきましては、七百四十一條、八百五條、八百六條、あるいは八百三十條、八百三十四條、八百三十五條というふうな規定と、いろいろ比較對照いたしました結果、私は檢察官を請求權者に入れるべきであるというふうに考えるのでありますが、その議論は不必要にこまかく長くなると思いますからやめておきまして、立案者におかれましても、少年の保護、殊に實質上人身賣買が行われるということがこれからあるであろうということを頭に入れまして、もう一度御檢討を願つて、御意見を練つていただきたいと思います。それからこれはまことに小さな問題でありまして、是正するほどのこともないと思いますが、一應疑義を確かめたいと思います。八百十五條には「承諾權」とあります。ところが八百十一條の二項には「承諾をする權利」こういうふうにあるのであります。話がこまかくて言葉の點を問題にするようでありますが、この用語は何か特に意味をかえる意味で書いたのでありますか。あるいは統一しても差支えないのですか。どつちかが廣くなるというような關係にでもなるのですか。
○奧野政府委員 この點は現行法の八百六十七條の文字をそのまま受け繼いだのでありまして、八百十一條の第二項に該當する古い現行法の八百六十二條第二項もやはり「承諾ヲ為ス權利ヲ有スル者」と書いておりながら、それを受けて八百六十七條では「承諾權ヲ有スル者ヨリ離縁ノ訴ヲ提起スルコトヲ得」というふうになつておりますので、できるだけ現行法の文字を踏襲したという以外に他意はないわけであります。
○安田委員 次に八百十九條と七百六十六條の關係は先ほども問題としてお尋ねをいたしましたところで、八百十九條の二項で「裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親權者と定める。」とあります。これは家事審判所ができました建前から申しますと、やはり家事審判所の審判に任ずるのが、全體の趣旨を貫くことになつてよろしいのではないかと考えるのであります。立案者のお考えでは、離婚の裁判は裁判所でやるのであるから、その際に一緒に親權者もきめてしまえという趣旨で、これを裁判上の離婚の場合には、裁判所に決定させるということにされたのではないかと思うのでありますが、離婚の裁判のついでに、裁判所が一方的にこれを決定するということは、理論上においても、また實際の結果からもよろしくないと私は考えるのであります。裁判によつて離婚ということがきまりましたその結果、親權者をどうするかということは、一應協議をさせて、協議のできないときに家事審判所に申出て、これにやらせるという方がよいのではないか。一緒に裁判にまとめてやらせる。簡單にすることは不都合はないというふうに考えるのであります。特に監護權につきましては、親權とは別に家事審判所の審判が七百七十一條で要ることになつておりますから、親權者の決定だけを離婚の裁判と同時に裁判所にやらせる、それですべてが終つてしまうというようなことでもないと思います。これは離婚の裁判は裁判所でやつて、親權者の決定は協議をさせ、協議ができない場合に家事審判所に申出てやらせるという方がよろしいように思うのでありますが、特にこの點は何か別個のお考えがあつてかような原案ができたものでございましようか。
○奧野政府委員 この點ただいまのお話のあつた通り、離婚の訴訟はやはり裁判所の判決でやるという建前にいたしましたので、その場合に、その判決の中で親權者を定めることが適當であろうということにいたしたのであります。もちろんそれから後でも、さらに子の利益のために、場合によつては家事審判所が親權者を變更することができることは末項に規定しておる通りであります。そうならば監護者の場合についても同樣ではないかというのは御説ごもつともであります。なおこの點につきましては、裁判上の離婚の場合の監護者の指定についても、これは裁判においてもその監護者を指定することができるような經過法を、民事訴訟法の改正——これは家事審判法に伴つて今までの民事訴訟法等の改正が行われなければならないのでありますが、そのときにそれらのことも規定して、兩方同じような方向に進めたいと、實は考えておるわけであります。
○安田委員 ただいまの點を重ねて申し上げます。家事審判所と裁判所とは性格が違うのでありますから、親權の決定はなるべく裁判所でなくて、家事審判所にやらせるようにした方がよろしいと、私は考えておるのであります。重ねてお研究を願いたいと思います。 次に同じ八百十九條の五項であります。「前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家事審判所は、父又は母の請求によつて、協議に代わる審判をすることができる。子の利益のため必要があると認めるときは、家事審判所は、子の親族の請求によつて、親權者を他の一方に變更することができる。」こういう規定がございますが、この中に先ほど申し上げましたと同じよような事由で檢察官を加えておく必要があると私は思うのであります。先ほどの問題と同樣の問題としてお考えを願いたいと思うのでありますが、この點について何か立案當時お考えがございましたら、承つておきたいのであります。同じく最後の場合、「子の利益のため必要があると認めるときは、家事審判所は、子の親族の請求」とありますが、この中には父または母の請求というものも當然はいらなければならないのではないかと思いますが、それを拔いた理由もついでに承つておきたいと思います。
○奧野政府委員 檢察官を入れなかつた理由は、先ほど申し上げましたように、新しいこういう制度を設けたのが八百十九條でありますので、新しい制度の場合には、できるだけ檢察官を家事審判所にタツチしてもらわないようにという考えから、入れなかつたわけであります。その點はつり合いの關係がおかしいではないかという議論も出ようかと思いますが、從來あつたものをわざわざとるほどのこともないが、新しい場合に常に檢察官を入れてくるというのもいかがかということで、その點は妥協約な結果になつておるわけでありますが、大體そういう考えで入れなかつたわけであります。 それから八百十九條の末項には、やはり父母も當然はいるつもりでございます。この親族といううちに、父または母がはいるのは、すでに現行法の八百九十六條などの解釋でも、大體そういうふうになつておりますのでそれは當然はいるつもりで規定したわけであります。
○安田委員 同じ問題を重ねて取上げるようで恐縮でありますが、少し性質が違いますから八百四十一條、八百四十五條についてお尋ねいたします。この八百四十一條、八百四十五條の場合に「前二條の規定によつて後見人となるべき者がないときは、家事審判所は、被後見人の親族その他の利害關係人の請求によつて、後見人を選任する。」こういう規定になつておりまして、同じく檢察官が拔けておるのであります。八百四十五條の場合も同じであります。これは今までの御説明のように、舊民法が檢事を入れておらなかつたから、それを踏襲するということでかようになつたものと、私は拝見しておるのであります。しかしこの場合は少し違うではないかと思うのであります。御承知のように今までの民法では、この八百四十一條にあたる九百三條に、「前二條ノ規定ニ依リテ家族ノ後見人タル者アラサルトキハ戸主其後見人と為る」、こういうことがありまして、九百四條で「前三條ノ規定ニ依リテ後見人タル者アラサルトキハ後見人ハ親族會之ヲ選任ス」こういう規定が出ております。どころで戸主と親族會というものがなくなりますから、新民法ではただちに家事審判所、こういうことになつたのであります。ところで九百四條で、後見人がないときは親族會がこれを選任する。こういうことになつておりまして、親族會の招集請求權は、御承知のように檢事にあるのであります。從つて舊民法によりましても、後見人のない場合には親族會を開きます。その親族會の招集は檢事ができるのであります。新民法では親族會がなくなりますから、これを家事審判所に決定されることになりますと、舊民法のつり合いから申しましても、この請求權は檢察官でないとぐあいが悪いということになると思うのであります。これは非常にこまかい點でありますが、かような點もございますので、この家事審判所の審判の請求權につきまして、檢事をどの程度に入れるかということを、もう少し各場合について、舊民法を離れて御檢討になる必要があるのではなかろうかと考えるのでありますが、念のために申し上げておきます。
○奧野政府委員 檢事をどの程度に家事審判事件に關與せしめべきかということは、いろいろ重大な問題であろうかと思います。それで家事審判事件について、統一的に檢事をどの程度に參與せしめるかということを研究いたさなければならないと思いますが、後見人の選任ということにつきましては、親族會の招集を檢事からできるという結果、やはり檢事がタツチするのであるから、この場合にやはり檢事を請求權者の中に入れていいのではないかという御意見の理由もあるかと思われますが、大體これは後見人を親族から請求する場合は、いろいろな關係からもありますが、その他の利害關係において、今はおそらく債權者といつたようなものがくるのでありましようが、そういう意味で必要があれば、親族その他の利害關係人ということだけで、大體賄い得るのではないか。特にそういう場合に檢察官をここに出してきて、檢察官の請求によつて後見人を選任せしめるということは、大して必要ではない。必要があれば親族なり、利害關係人に任しておいて十分ではなかろうかというふうにただいま考えますが、全面的に檢察官をどの程度家事審判事件に關係せしむべきかということは、研究をいたしたいと考えます。
○安田委員 次は八百五十五條でありますが、「後見人が、被後見人に對し、債權を有し、又は債務を負う場合において、後見監督人があるときは、財産の調査に著手する前に、これを後見監督人に申し出なければならない。後見人が被後見人に對し債權を有することを知つてこれを申し出ないときは、その債權を失う。」というこの二項の規定でありますが、舊法では後見監督人は必ずあつたのでありますが、新法ではこれはなくてもよろしいことになつておるのであります。そうすると後見監督人がない場合には、この申出はだれがやるのであるかということが、一應私は疑問になるのであります。その點の御見解をお伺いしたい。
○奧野政府委員 お説のように後見監督人というものは、必ず置かなければならない機關ではないのであります。從つて後見人があれば、後見監督人があるときに限つて後見監督人に申出なければならないということにいたしておりまして、後見監督人があるのに、知つて申出なければ、債權を失うという制裁を掲げておりますが、後見監督人のないときは、何人に申出をしなくても、その債權を失わないという建前をとつたわけであります。
○安田委員 重ねて伺います。これは債權を失うという重大な結果を來すものでありますが、今のような解釋でまいつた場合、不都合がないものかということを、私は疑問に思うものであります。なおよく考えて、意見をきめたいと思つております。 次は九百二條でございます。九百二條で「被相續人は、前二條の規定にかかわらず、遺言で、共同相續人の相續分を定め、又はこれを定めることを第三者に委託することができる。但し、被相續人又は第三者は、遺留分に關する規定に違反することができない。」という但書がありますが、この但書を規定しつぱなしでは不十分ではないかと思うのであります。もし遺留分に反して第三者が指定をしたときには、どういうふうにするかという規定が必要なのではなかろうかと思うのであります。この點につきまして御所見をお伺いいたします。
○奧野政府委員 これは現行法の千六條がその通りになつておるのでありますが、遺留分減殺の手續によつて、それを救濟するということになろうと思います。
○安田委員 御説のように考えるのでありますが、その減殺では不十分ではないかと考えるのであります。しかし現行法の解釋についても問題でありますから、特にこの點について新法で手を入れることを私は主張をいたさないで一應承つたのであります。 次は同じく九百三條の問題であります。この規定はきわめて公平を期せられた規定のやうに考えられるのでありますが、それがかえつて不公平を來すような結果になりはしないかということも考えられます。非常に重大な問題でありますが、私は五點ほど共同相續と遺贈との關係について伺いたいのであります。九百三條で「共同相續人中に、被相續人から遺贈を受け、又は婚姻、養子縁組のため若しくは生計の資本として贈與を受けた者があるときは、被相續人が相續開始の時において有した財産の價額にその贈與の價額を加えたものを相續財産とみなし、前三條の規定によつて算定した相續分の中からその遺贈又は贈與の價額を控除しその殘額を以てその者の相續分とする。遺贈又は贈與の價額が、相續分の價額に等しく、又これを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相續分を受けることができない。」非常に公平を期したように考えられるのでありますが、第一點にはこういうことが問題になります。養子になつた者、あるいは嫁入りをした者は、養家または夫の財産から相續が受けられると同時に、實家につきましても相續ができるる。二重に相續ができるのであります。ところが家におる者は、家の財産だけしか相續できないという結果になるのであります。養子あるいは嫁入をした者、こういう人と實家に留まつた者との間に、不公平が生じないかということが考えられなければならぬと思うのであります。 第二に婚姻、養子縁組あるいは生計の資本として贈與を受けた財産は、これは勘定をして入れてわける。こういうことになつておるのでありますが、この財産の額につきまして、非常に爭いが起りやすい。常に相續爭い、紛爭のもとになりはしないかという心配が多いのであります。これが第二點であります。 それからこの計算は非常に古いところまで永久に遡るようにできておりますが、民法では御承知のように十年の時效とか二十年の時效ということで、ある程度より遡つて昔のことは一切勘定をしないということになつておるのであります。この精神からみましても、これを無限に遡らして計算をするということは、事實上不可能であると同時に、かえつて不公平を生ずるというようなことになりはしないか。同時に第二項で、計算をした結果足りなければもらえるが、餘つた場合はそれはそのままにしておいて、返すという規定はない。ここらも不都合ではないか。かような四つの事柄——もう一つありますがこれは略します——これについていろいろな問題があるのであります。この共同相續に對する九百三條の規定につきまして、今申しました點、その他立案の當時關係せられた方々の中にいろいろな御意見もあつたことと思いますが、主要な御意見があつたら承つておきたいのであります。
○奧野政府委員 この九百三條と申しますのは、現行法の千七條をほとんどそのままといたしたのであります。ただ現行法の千七條の中には、分家、廢絶家再興のために贈與を受けたものもはいることになつておりますが、今後分家とか廢絶家再興というようなことがなくなるわけでありますから、その部分を削つただけで、大體千七條をそのまま承繼踏襲したわけであります。そこでただいま御指摘のように、養子に行つた者は養家先においても相續權があり、實家においてもやはり相續權があつて、二重になるのではないか。この點ごもつともで、そういうふうな結果になるわけであります。ただ養子に行く際にもらつておるものがあれば、これは計算して差引くのであります。この點で、そういうふうに養子になつた者が一體實家における親子關係と、二重にもつていいかどうかというようなことについては、養子制度全般の考えなければならない根本問題であらうかと思うのでありますが、まずとりあえず從來通りといたした結果、お説のようになると考えます。 それから財産の算入の非常に古いものまでも入れるということは、いろいろ紛爭の種を殘すのではないかというふうなお考えの點でありますが、これもこの九百三條そのものの解釋といたしましては、相當前にもらつた財産についても、やはり計算をするということにならざるを得ないと思うのであります。 なお次に、計算をした結果足りなければ、不足分はとれるが、餘つても返さないというのは不公平ではないかという御意見も、結果においてはその通りの解釋になろうかと思うのであります。從來は大體において家督相續でありますから、遺産相續の場合は、ほとんど問題が起らなかつたのでありますが、將來はすべて遺産相續で共同相續ということになりますと、今までほとんどあまり重く見られてなかつた共同相續に關する規定が、非常に大きく働くことになろうかと思うのでありまして、これらの點は將來の問題として、十分檢討いたさなければならない問題であろうかと思うのであります。 なおこの九百三條で最も問題になろうかと思いますのは、財産の價額の評價であります。たとえば十年も前にくれてあつた財産を、贈與した當時における財産の價額で見るか。あるいは相續開始のときの價額として見るかということによつて非常に大きな問題が生ずるのではないか。すなわちお嫁にやつた當時においては、ほとんど何千圓かのものであつたのが、今かりにそれが相續開始のときに維持しておつたものとするならば、その價額は何十倍かになるという場合に、どの價額で計算してそういうものをきめるかという問題は、非常に大きな實質問題であろうかと思いますが、一應の解釋としては、やはり相續開始の當時にあつたものとして財産を評價すべきものでないかということが、その當時議論があつた點であります。
○安田委員 九百三條が現行法を大體踏襲されたものである。かように考えておるのでありますが、今の御説明のように、家督相續が主で、遺産相續はほとんど問題になつておらないのであります。これらは從來の家督相續が全部これで律せられることになりますので、この九百三條このままもつていつては非常な混亂を來しはしないかと思うのであります。その點につきまして、さようなことを豫定して、十分に九百四條を檢討して、他に何もないというのでお出しになつたのか。あるいはもとのままに一應お出しになつたのかということを承りたかつたのであります。私どもはもう少し九百三條の内容を檢討しなければならぬ。かように考えておるのであります。できますならば九百三條についての立案者のいろいろな御意見があつたようにも考えられましたので、その御意見を承りたかつたのでございますが、今の範圍でそれ以上なかつたということならばいたし方ございません。 次は九百五條であります。これも大體現行法通りそのままとされたものと認められますが、これも家督相續が廢せられて、全部がこの共同相續となつたということに鑑みて、この條文を再檢討しなければならないのではないかと思います。「共同相續人の一人が分割前にその相續分を第三者に讓り渡したときは、他の共同相續人は、その價額及び費用を償還して、その相續分を讓り受けることができる。」こういうことになつておりますが、私はこれは古い民法でごく例外の遺産相續の場合にのみ適用があるからこれですんだのであつて、全部が共同相續になると、現に問題になつておりますのは、農地の相續についての特別の考慮をしなければならぬということを考え合わせますと、分割前にその相續分を讓り渡すということを、むしろ禁止するということも考えられなければならないのではないか。特に九百七條の三項によつて「家事審判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、分割を禁ずることができる。」ということを規定しておるところからみますならば、むしろ相續分の讓渡は、これを禁止する方がいいのではないか、少くともさような點を檢討する必要があつたのではなかつたかと思うのでありますが、その點は問題にならなかつたのでございましようか。あるいは問題になつて、何か意見が出たのでございますか。
○奧野政府委員 御説のように、家督相續が全部共同遺産相續になるので、遺産相續の規定をそのまま取入れるとどういう結果になるかということについて議論もあり、そのまま遺産相續の規定を踏襲すべきではなく、根本的に考えなければならないということは、常に議論になつたのでありましたが、まず憲法の要請に從つて、この際は必要缺くべからざるものだけを改正して、これによつて實際の動きをにらみながら、將來その點を改正していこうということになつたわけでありまして、ただ何としても共同遺産相續になつた場合に、たとえば限定承認なんかやる場合に、ばらばらに限定承認をやるということになつては、これは混亂收拾すべからざるものになるので、限定承認だけについて、まずとりあえず全部が全員一致で限定承認をしなければ效力がないということにきめましたほかは、まず從來の遺産相續の規定をそのままもつていこう。ただいま御指摘の九百五條ということも、實はいろいろ問題になつたのであります。特に從來の民法の遺産相續に關する考え方が實は不徹底でありまして、遺産の共有という關係になつておりますが、個個の財産について共有關係が生れるのは、少くとも債權なんかは分割されるということになるのか、あるいは分割されて遺産全體というものの上に、何といいますか、合有的に全體の上にもつておる持分というものは、いわゆる相續分として九百五條等はそういつた全體の相續財産に對する全體的な意味における持分という考え方であるようであります。しかるにそのほかの規定においては、遺産相續の内容をなす個個の財産についても、やはりこういう状態が直接あるかのような規定もあり、それから遺産相續に關する從來の規定が統一性をもつていないような點もありますので、それらはすべて統一して、今後遺産相續財産というのは、今の個々の持分關係の状態におくという觀念になりますれば、あるいはそういう持分の讓渡ということは、分割することは許されないというようなことも、いろいろ考えられるのではないかと思いますので、それらの根本觀念から、まだ十分統一されておりませんので、一應從來の遺産の規定が働いておつたから、一應それでいこうというにすぎないので、なお根本的の改正の際は、これらの點について、統一的に考え直さなければならないと考えております。
○安田委員 まことにありがとうございました。私他に伺いたい點もありますが、時間もありませんのでこれをもつて打切ります。
○松永委員長 十分間休憩いたします。 午後三時一分休憩 ————◇————— 午後三時九分開議
○松永委員長 休憩前に引續き質疑を進めます。 この際委員外の發言の申出がありますから、これを許します。角田幸吉君。
○角田幸吉君 それではお許しを得まして、二、三政府委員に承りたい。 第一は、七百二十九條で、兩親と養子との親族關係は養子縁組の日から親族關係として效力を生ずるのでありますが、養子に長男がありました場合に、それに對して養親と養親の直系卑族との間に親族關係を生ぜしめた方が實際いいのでありますが、これについて立案者におきまして御檢討になつておられたかどうかを承りたいと思います。
○奧野政府委員 その點は現行法と全然かえていないのでありまして、養子の子供と養親及びその血族との間においては、何らの親族關係を生ずることを考えてなかつたのであります。その場合當然それが親族關係を認めるべきかどうかという點については、いい場合もあるし、またいろいろ弊害の點もあるのじやないかと思われるので、その點やや問題になつたのでありますが、やはり從來通りということで七百二十七條ができたわけであります。
○角田幸吉君 養親においても養子においても、養子の直系卑族を親族としたいというような念願をもつ場合があるのでありますから、これは御考慮を願つておきたいと思います。 もう一つその次にお尋ねを申し上げたいことは、七百七十四條であります。嫡出否認の場合でありますが、現行法においては、夫だけが嫡出否認の訴えができることになつておるのであります。しかし實際は夫の不在中に、婚姻解消前において懐胎いたしました子供がありました場合に、妻は自分の私生兒なりとして届け出る方法が今日ないのであります。この點について改正をする必要がないというお考えのもとに、七百七十四條は夫にのみ嫡出否認の權利を認めたものであるかどうかということをお尋ねしたいのであります。
○奧野政府委員 前の問題でありますが、養親は養子の實子をさらに養子にするというふうな方法によつて、關係がつけ得るかと思います。それからあとの夫のみに嫡出の否認を認めてあるが、妻にも否認權を認めてはどうかといふ點でありますが、この點は實はあまり問題にいたさなかつたのであります。大體從來の通り夫のみに嫡出であることの否認を認めてまいつたのでありますが、その點はなお研究の上、いずれ全般にわたつて根本的に再檢討しなければならないのでありますから、その際に十分ひとつ研究してみたいと思います。
○角田幸吉君 次に七百七十九條を承りたいのであります。これは戸籍法が出てまいりませんとわからないのでありますが、母の認知の方法はいかにするものであるか。戸籍法においてどういう御規定をみておりますか承りたいのであります。
○奧野政府委員 これはやはり戸籍に對する届け出の方法でやることになつております。
○角田幸吉君 母の認知の届出という方法も規定しておりましようか。從來の戸籍法によりますと、母の出生届が認知だという解釋をとつておつた。それで夫から先に認知竝びに出生の届けがありました際には、母の認知の方法がなくて困つておつたのであります。このことについて、政府委員におかれまして、戸籍法の改正について御考慮を拂つておられたかどうかという點について承つてみたいのであります。
○奧野政府委員 やはり現在まだ未確定でありますが、現在の案では、從來通り母の出生の届出が認知というふうに現行法の戸籍法通りに取扱つております。
○角田幸吉君 もう一つ八百十八條の親權の問題でありますが、第二項には、實父母と養親があります場合に、これは養親が實親に先んじて親權を行使する規定だと思うのでありますが、さて同じ家に實親と養親があります場合には、しかもその養親と實父母といつたようなものが夫婦でありました場合には、これは養親の方が親權者になつて、實父母の方が親權者にならぬという規定なのでしようかどうでしようか。この點承りたいのであります。
○奧野政府委員 養親子關係ができますれば、養親との關係のみにおいて親權に服する。從いましてまあ家というものはなくなりましたが、同じ家に實父母と養親とがある場合でも、實親には親權がなくて、養親にのみ親權があるという考えであります。從つて、これはよけいなことでありますが、その場合に、養親が死亡するというふうなことになれば、それでは實父母が親權を囘復するかという問題もありますが、その場合でも、むろん囘復しないで、後見にするものだというふうに一應起草の當時は考えておつたのであります。そういう點からみますと、先ほど安田君からお話のありましたように、相續の場合に養子として相續權があり、實子としてまた實家において相續權があるというふうなことと、矛盾といいますか、統一がないという憾みもあるので、それらの點はやはり全般的に檢討する必要がある問題だと考えております。
○角田幸吉君 そういたしますと、現行法の構成の上にきわめて不合理なる點が出てまいるのであります。というのは、現行法におきましては、繼親子、嫡母庶子關係を廢止したのであります。そこで繼親子關係を廢除いたしましたので、赤ん坊のある夫のところに嫁にいく妻は、その赤ん坊と親子關係を結ぼうといたしますと、その子供との間に養子縁組をするほかはないのであります。養子縁組をいたしますと、養親として母にだけ親權があつて、實父である夫に對して親權がなくなるというきわめて不合理を暴露するのであります。この點について政府委員におきましては、どうお考えになられたかということをお尋ね申し上げたいと思います。
○奧野政府委員 その點は實は非常にむずかしい問題になつておりまして、すなわち實父と養母、しかもそれが實父と養母があつて、夫婦であるという場合に、親權はどういうことになるか、實父になくて養母だけにあるということになつては不都合のように感ずるのでありまして、この點はいろいろ研究いたしたのでありますが、解釋上はやはりその場合に限つては夫婦の共同行使ということに解釋すべきではないかというふうに考えておるわけであります。
○角田幸吉君 時間もありませんから、私はこの程度で打切ります。ありがとうございました。
○松永委員長 本日はこれにて散會いたします。明日は午前十時より開會いたします。 午後三時二十二分散會