司法委員会 第12号
- 発言数
- 65 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1947/08/04
会議録
○松永委員長 會議を開きます。 刑法の一部を改正する法律案に對して質疑を継續いたします。佐瀬昌三君。
○佐瀬委員 刑法第十五條の執行猶豫制度に關する問題でありますが、懲役及び禁錮刑については三年以下の場合に初めて執行猶豫が付せられるということに改正案はなつておるのでありますが、現行刑法の二年以下に比べて一年以上引上げられたこの三年という基準は何かよりどころがおありになつてのことでしようか。その點について伺いたいと思います。
○佐藤(藤)政府委員 現行刑法の第二十五條では、懲役、禁錮の刑が二年以下でなければ執行猶豫の恩典にあずかることができない制限がありますので、實際上の裁判において、たとえば短期五年以上の法定利である強盗罪あるいは放火罪等については、いかに情状酌量によつて減刑しても二年半より下ることが出来ません關係上、絶對に執行猶豫の恩典にあずかることができない憾みがあつたのであります。しかしながら、實際上のいろいろな問題を考えてみますと、強盗罪や放火罪についても、情状によつては執行猶豫をぜひ付したいという事例が多いのでありまして、刑法改正にあたつては、強盗放火のやうな重大な犯罪であつても、場合によつては執行猶豫を付し得るようう範圍を擴げようということで、三年以下の懲役または禁錮の場合に執行猶豫を命じ得るように擴張いたしたのであります。その三年という標準は、刑法改正の假案の中にも、一應三年以上ときめられておりますので、大体その標準に則つて、三年以下の懲役、禁錮にあたるような短期自由刑については執行猶豫をし得るように擴張いたした次第であります。
○佐瀬委員 この制度には私ども双手をあげて賛成するのでありますが、理論的には、いわゆる教育主義ないし主觀主義に基いた制度としてつくり、かつ活用されることを期待するのでありますが、裁判の實施においてこれがただちに適用されるように趣旨の徹底を期することは、司法當局においても必要であろうと思うのであります。これはひとりこの問題に限つたわけではありませんが、なかなか傳統的觀念というものが裁判官の頭脳を支配しやすいのでありますから、私はもちろん裁判官の能力や努力を否定しあるいは疑うものでありませんけれども、新制度の趣旨をよく徹底せられるように、政府當局でも御努力あらんことをお願いしまして、この條文についての質問は終りたいと思います。
○中村(俊)委員 これははつきりしておることでございますが、近き将来において、政府としては罰金刑まで執行猶豫が認められてきたのでありますからして、短期自由刑の弊害を避けるという趣旨から申しましたならば、さらに科料拘留に對しても、執行猶豫の制度を與えるのが理論的には趣旨一環していくのでありますが、これに對する政府としてのお考えを承りたいと思います。
○佐藤(藤)政府委員 お説まことにもつともでありまして、同じ趣旨の御意見が昨年の司法制審議會においても十分論議せられたのであります。三年以下の懲役、禁錮、五千圓以下の罰金に執行猶豫を付すならば、それより軽い拘留、科料に對しても、情状によつて執行猶豫の制度を認めるべきではないかということが、強く一部から主張せられたのでありまするが、實は執行猶豫の制度は、仰せのように短期自由刑の弊害を除くために設けられた制度なのでありまして、性質上罰金刑に執行猶豫の制度を認めるということは、それは非常にむずかしい問題なのであります。しかしながら、いろいろ論議の結果、罰金刑でも情状によつて執行猶豫を付していいのではないかという結論に到達しました以上は、さらにそれ以上軽い拘留、科料についても問題になつたのであります。ところが拘留、科料という刑は一番軽い刑罰でありまして、この刑罰を科せられる對象たる犯罪はごく軽微なる犯罪、いわゆる微軽罪に属するものが大部分なのであります。犯罪を犯せばただちに、むしろ即決によつて拘留科料に處せられ、刑の執行を受けるというのが通例であり、またさような軽微な犯罪についてはなるべく早い機會において刑の執行を見る方が、刑事政策上から考えても適當なのであります。しかしながら、もし拘留科料の刑罰に對して執行猶豫の制度を認めるということになれば、その猶豫期間内に犯罪を犯した場合は、これを取消すという制度も立てなければなりません。また執行猶豫を付する以上は、前にどんな前科があるかないかということも調べた上でなければならない。すなわち初犯者でなければ執行猶豫の恩典に浴せしめるということは適當ではないのであります。しかるに、これまでの前科の調べ書きでは、懲役、禁錮あるいは罰金までは前科調書に書いてありますけれども、拘留科料の前科調べというものは十分できておらないのであります。これをさらに拘留科料についても前科調書を完備して、いざ拘留科料についても執行猶豫を付しようというときに、一々本籍地においてその前科の有無を調べ、そして執行猶豫の言渡しをし、また猶豫期間内に再び犯罪を犯した場合には、これを取消すというような制度にならなければなりませんので、そういうことを考えますと、技術的に非常に困難であり、また犯罪あればできるるならばただちに即決を言渡して執行するを必要とする拘留科料のような軽微な犯罪については、今のところ執行猶豫を認めない方がむしろ妥當ではないかという結論に到達しましたので、今回の改正案からは割愛いたした次第であります。
○佐瀬委員 三十四條の二についてでありますが、前科の抹消を恩赦法の發動を待たずに、今後はこの改正法によつて行つていくという趣旨は、私ども諒とするものでありますが、この十年と書一的にきめることについては、多少疑義をもつものであります。犯された犯罪が重罪であつたか軽罪であつたかというようなこと、あるいはその後における刑が懲役であつたか罰金刑であつたかということによつて、多少段階的にこの法定期間を伸縮することが適切ではないかと思うのでありますが、この點はいかがでありますか。
○佐藤(藤)政府委員 御質問の點はまことにごもつともでありまして、この點も法政審議會において論議のあつたことであります。本委員會におきましても、おそらく他の委員の方々から同様な御意見が出るだろうと思われるのでありますが、第三十四條ノ二をもつて新たに設けました刑の消減の制度は、これは前回申し述べましたように、恩赦法によるいわゆる特赦の効果と同じ効果が発生いたすのでありますが。恩赦におきましては、具体的な人に對して、刑の消減の効果は生ぜしむるのでありますが、本條におきましては、一定の條件を具えた場合、すなわち刑の執行の免除を終り、または刑の執行の免除を得た者が、その後罰金以上の刑に處せられることなく十年を経過した場合には、すべて一様に刑の言渡しはその効力を失うというふうに畫一的な制度にいたしたのであります。すでに刑の執行を終え、もしくは執行の免除を受けたその刑罰を受ける對象になつた犯罪については、なるほど仰せのように非常に重い犯罪と輕い犯罪があり、その重い輕いの犯罪によつて、裁判所でも具体的な事件について妥當な重い刑罰あるいは輕い省罰を科せられるのでありまして、その行為に値する刑罰が科せられて、その刑の執行を終えてしまえば、まず過去における犯罪に對する評価が定まり、またその罪の償いも済んでおりますから、刑の執行を終り、あるいは刑の執行の免除を受けてから十年を経過した場合には、過去における犯罪が重い場合、あるいは輕い場合というふうに区別する必要もなかろうというふうに考えられますので、この刑の消滅の制度におきましては、一様に刑を消滅させる。しかしながらもし具体的な事件について、たとえば十年経過しないでも、この事件は過去においては非常に輕い犯罪であり、また犯人としても非常に情状がよろしいので恩赦に値するという場合には、恩赦を請求して、十年以内でも特赦の恩典に浴することはできるのでありますから、十年以内の者はすべて具体的な犯状、あるいは犯罪後の情状によつて、恩赦の恩典に浴せしめる方が、むしろ適當であろうというふうな考えから、一様な十年という年限を付した次第であります。
○八並委員 ただいまの政府委員の御説明で一應了解はいたしましたが、なるほど罪質、実際言渡された刑の輕重ということはとにかくといたしましても、言渡さわれた刑につきまして、懲役刑の場合と罰金刑の場合とは、この効力を失うに要する期間に差異をつけたらいかがかと私は思うのでありますが、いかがでございましようか。
○佐藤(藤)政府委員 どうしても差別をつけるとなれば、刑の長短というよりも、刑罰の種類によつて、自由刑の執行を得た場合、あるいは罰金刑の執行を得た場合、こういう二様に区別するというようなことも考えられるのでありますけれども、ただいま申し上げましたように、刑の執行を終えてからその後の十年間善行を保つておつたというそれに鑑みて刑の消滅の制度を認めようというのでありますから、過去に犯した犯罪が重い輕い、あるいは懲役刑である罰金刑であるということによつてむしろ差別しないで、刑の執行を終えてから後の十年間、無きずで善行を保つておつたかどうかという點に重きをおいて、刑の消滅の制度を設ける方がむしろ適切ではないかというふうに考えておりますので、現在のところお説のように区別しようというところまでには考えは及んでおりません。
○八並委員 その前の二十六條でございますか、この二十六條は情状によつて刑の執行猶豫を取消す場合もあると解釋いたしましてよろしうございましようか。
○佐藤(藤)政府委員 執行猶豫の期間内にさらに罪を犯して禁錮以上の刑に處せられたときは、ご承知のように二十六條の第一号によつてすべて執行猶豫の取消しをしなければならぬのでありまするが、それ以下の、すなわち罰金に處せられた場合にはこれは情状によつて、つまり執行猶豫期間内にまた犯罪を犯して刑に處せられたといつても、罰金に處せられたような場合にはその情状が重い場合と輕い場合によつて刑の執行猶豫の言渡しを取消す必要があるかどうかということを裁判所の自由裁量に任せまして、そうして裁判所が執行猶豫の取消しをする必要があれば取消すことができるし、また罰金刑に處せられたけれども、猶豫を取消すことができるし、また罰金刑に處せられたけれども、猶豫を取消すまでもなかろうという見込みであれば、取消さないこともできる、こういうふうな自由裁量の範圍を認めたのであります。
○八並委員 その點につきましては十分に了解いたしましたが、懲役刑を取消す場合にやはり情状によつて罰金刑を犯したことによつて取消すことは少し酷ではないかと考えますが……。
○佐藤(藤)政府委員 罰金刑に處せられて執行猶豫になつた者が、その後再び罰金刑に處せられた場合に、その執行猶豫を取消すべきかどうかということは、これは裁判所の自由裁量に任せる方がよろしいと思うのでありますが、罰金よりも重い懲役禁錮に處せられて執行猶豫になつた者が、その後今度罰金に處せられたという場合に、これを取消すことができないというのでは均衡を失しますので、この場合もやはり輕い罰金び執行猶豫が取消される場合には、これより重い懲役刑の執行猶豫は當然取消されるのが合理的であろうというふうに考えましたので、前に懲役、禁錮に處せられて、執行猶豫になつた者が、その後罰金の刑に處せられた場合には、やはりこれも裁判所の自由裁量によつて取消されない場合もあるというふうに、その酌量の範圍をそこまで擴げたのであります。
○佐瀬委員 三十四條の二の問題で、もう一點承つておきたいのでありますが、先ほど政府委員の方の御説明の一句にも、すでに刑の執行を終つた者は、新たな観點に立つて、新しい犯罪に對する評価をするのが至當であるという御意見は、いわゆる應報刑思想の上からいけば當然のこととしてこれは支持される見解でございます。近来社會の思想悪化と申しましようか、刑辟に觸れてなお恥じない徒が相當多いのであります。そういう人たちは、この前科抹消の新制度を曲解して、刑務所を出れば、刑の執行を終つて釋放されればもう前科者ではないんだということを世間に言つておる者が少くないように、私ども聞いておるのであります。これも應報刑的な観念のしからしむるところであると私は思つておるのであります。一體累犯制度がどういう思想的根拠に基いて維持され、あるいは廢止されるべきかどうかということについては、論議のある點でありますけれども、私はこういう新制度は、そういつたような浅はかな観點から濫用と申しましようか、再び、三たび新しい犯罪を犯すことについての制動機にならないような結果に陥らないことを希望するものであります。従つて刑事政策の上からみましても、せつかくの新制度が意義を失わないように、司法當局のこの點に對する御努力を煩わしたい、こう考えておるのであります。さいわいにして、それに對する對策なりがおありでありましたら、御意見を承つておきたいと思います。
○佐藤(藤)政府委員 改正案の第三十四條の二は、仰せのように、まつたく刑事政策的な理由から、かような新しい制度を立案いたしたのでありまするが、この規定に限らず、刑法改正案がやがて國會を通過いたしまして、法律として公布せられるようになりますれば、ラジオ、新聞、パンフレット等を通じまして、十分國民に對して立法の趣旨を普及徹底せしめたいと考えておるのであります。さいわい連合國最高司令部の方におきましても、新法はすべて実施前になるべく國民に十分徹底しなければいかぬ、ことに刑事訴訟法及び刑法というものは、基本的人権に最も関係の深い法律であるから、法律の通過する前でも、できるだけ國民に普及徹底せしむるようにということで、放送局とも連絡をとりまして、あらかじめ放送の時間などの打合せもすでになつておりますので、この法律案の進行いかんによつては、早速立案の主旨及び今後十分その精神を活かして運用せられるように、一般に周知徹底せしめたいと考えておるのであります。
○花村委員 今の三十四條の質問に牽連してお尋ねいたしたいと存じます。この規定は懲役刑も罰金刑も同一に扱つておるようでありまするが、これは少なくとも罰金刑はやはりその他の懲役禁錮の刑と区別をして考えるということが、最も適當ではないだろうか、こう私は思うのであります。たとへば罰金刑は罰金の言渡しを受けまして、その判決が確定しても、三個年を経過すればそれは消えてしまう。こういう時効に関する規定を對照してみましても、一方は罰金の言渡しを受けて、そうしてその判決が確定し、しかもそれが執行せられずにおる場合においては、三年間経過すればそれが消滅してしまう。ところがこの三十四條は罰金刑の言渡しを受けて、それを執行して、すべて事済みになつても、なおかつ十年間を経過しなければその前科は消えぬというようなことは、かれこれ對照いたしまして、これはきわめて私は妥當を缺く考え方であると思うのであります。のみならず罰金よりも遙かに重いところの懲役禁錮の刑におきましても、もしそれ執行猶豫の言渡しを受けますならば、その執行猶豫期間を経過することによつて、これまた消滅してしまう。前科として残らぬのであります。しかるに罰金刑においては、その言渡しを受け、かつ執行を完了しても、なおかつ十年経たなければそれが消滅しないということは、これはいずれの點から考えてみても、不公正のように考えられるのでありますが、この點はやはり罰金刑は特に切離して、まず時効に関する規定等から斟酌いたしまして、罰金刑に限つては五年を経過すればその刑の言渡し、また刑の免除の言渡しはその効力を失うということにしたらどうでありまするか。こういう點に関しまして、司法當局はどういうお考えをもつておりましようか、その御意見を承りたい。
○佐藤(藤)政府委員 その點はまことに御説ごもつともでありまするが、先ほどお答え申し上げましたように、第三十四條ノ二という新設の規定は、従来恩赦法にいわゆる特赦の効果として刑の言渡しの効力を失わしめる、一定の標準のもとに必ず刑の言渡しの効力を失わしめるという制度なのでありまして、一定の條件が備わつたならば、どんな事情があろうとも全部一様に刑の言渡しの効力を失わしてしまおうという制度なのでありますから、あまり短い期間を條件とすることは不適當なのであります。もし前科が輕い犯罪である、あるいはその刑の執行を受けた後の行状が非常に善行を積んでおるというような具體的な事件については、これは恩赦法を活用して、特赦の制度によつてどんな短い期間内でも刑の言渡しの効力を失わしめることができるのでありますから、さように個別的に情状のよろしい場合には、恩赦法にいわゆる特赦の制度の活用によつて、刑の言い渡しの効力を失わしめる。そうでない場合は十年という一様の期間の経過によつて一様に刑の言渡しの効力を失わしめよう、こういう考えから、前科が罰金刑であろうと、懲役刑であらうと、また前科の刑が懲役十年であらうと、あるいは懲役一年であらうと、そういう刑の輕重の区別によつてこの期間の差別を設けない方がむしろよろしいのではないか。前科の刑そのものは、犯罪の情状、犯罪後の行状によつて、重い輕いの刑罰、あるいは自由刑、あるいは罰金刑の刑を言渡されようとも、その前科の刑の執行を終えた後は、その前科者のその後の十年間の犯罪を犯したか犯さないか、善行を積んだか積まないかということによつて、時の経過によつて當然刑を失わしめるという制度にする方が、前科抹消の制度としては當然であろうところから、かような差別を設けない制度になつた次第であります。
○花村委員 なるほど御説明を聴けば、ごもつとものところもあるのでありますが、しかしこれはその刑のいかんを問わず、刑執行後における行跡によつて、特赦の制度の設けられてあるのだからいいではないかということも、一つの理由のようですが、しかしそのこと自體が不公正と言い得るのではないでしようか。懲役、禁錮の刑に處せられた者も、また罰金刑に處せられた者も、すべて同一に扱うこと自體が不公正である。罰金刑に處せられる刑の罪質においては、もう申し上げるまでもございません。懲役、禁錮に比較をいたしまして輕微のものでありますることは、これははつきりいたしておるのでありますが、こういう輕微な犯罪を犯した者と、しからざる者との間において、特赦、恩赦等の扱いについても同一である、またその刑罰抹消の點においても同一に扱う、そのこと自體がすでに不公正なのである。そういう扱いをすることが、私は妥當を缺くのではないかと思うのであります。でありますから、これはこういうきわめて輕微な犯罪を犯したのでありますから、まず懲役禁錮の刑と切離して、特殊な扱いをしてやるということこそ、私は望ましいことであると考えますのみならず、衆議院においても、この問題に對して私が申し上げたような考え方をしておる人が、相當に多いように考えられるのであります。でありますから、そういう點をもう少しお考えになる余地はないでしようか。なければそれでよろしうございます。
○佐藤(藤)政府委員 同じような御意見を、しばしば實は耳にいたしますので、その點はこれまでもたびたび考えてみたのであります。よく考えてみましたが、過去における前科の刑が罰金刑であるから、常に必ず懲役刑よりも輕かつたというふうに、一概には言い得ない場合があり得るのであります。御承知のように、刑法典自體から言いますと、懲役、禁錮、罰金、拘留、科料という刑の輕重の順序によつて定められ、また犯罪がその性質おもに自然犯でありますから、當然に罰金刑の法定刑罪の犯は、自由刑を法定刑とする犯罪よりも常に輕い。こういうふうに必ず言い得るのでありますけれども、刑法典以外の刑罰法規、これは行政目的、あるいは財政上の目的、いろいろな目的のもとに公布されております幾多の刑罰法規におきましては、非常に多額の罰金刑を科せられるべき犯罪があるであります。でありますから、一概に罰金刑に處せられたからといつても、場合によつては懲役刑に處せられた犯罪よりも情状としては重い場合もあり得るのであります。懲役一年あるいは懲役六月の犯罪が、常に罰金十萬、あるいは二十萬圓の罰金の犯罪よりも重いというふうには言いきれないのでありまして、それはやはり前科の犯罪、その前科に科せられた裁判や刑罰をよく検討してみないと、個別的な事件については、具體的な妥當な免除の期間というものは實際には出てこないので、ほんとうにそれ一々について合理的な適切な刑の言渡しの効力を失わしむるような期間というものは、個別的な審査をしなければ、それはなかなか出てこない。それを個別的審査をして、過去における刑の言渡しの効力を失わしむる制度が、すなわち恩赦、特赦の制度なのであります。この恩赦法にいわゆる特赦の制度があるにかかわらず、なおそれ以上一定の期間が経てば、機械的に一斉に刑の効果を失わしめようという、さらにここに刑事政策的な意味の制度を設けたのでありますから、この善行を保持する期間は、どうしても相當長くなければ意味をなしませんので、一様に十年と定めたのであります。かように一様に十年という期間を定めますと、確かにお説のように、過去における前科の刑が罰金であると自由刑であるとそれを差別しないのはおかしい、また同じ自由刑の中でも、破廉恥罪と政治犯と区別しないのはおかしい。いろいろそこに差別的な批判が出ますけれども、それは個人的な審査によつて具體的に審査して、そうして適切な期間をもつて刑の言渡しの効力を失わしめる方が妥當ではないか。それはすなわち恩赦法にいわゆる特徴を活用するよりしかたがあるまい、こういうふうに考えておりますので、目下のところ三十四條の二についてはこれ以上改正するということまで考えておらないのであります。
○花村委員 恩赦法による特赦によつて救われる方途もあるからいいではないかというお説であつたのでありますが、過去における罰金刑等に関する扱いを見てみますと、ほとんど最も輕い罰金刑なるものが特赦法による恩赦等によつて恩典をこうむつておらない。むしろそれ以上の懲役もしくは禁錮に関する罪等は、その罪種によつて恩赦、特赦による恩典に浴しておつた場合が相當あるのでありますけれども、罰金刑の、たとえば賭博をやつて二十圓の罰金を食つたというような、その罰金が死ぬまで残つておるという例が、今日までいくつもあります。私どもも實際それにぶつかつていろいろ相談を受け、研究をしたことがあるのでありますが、むしろそういうきわめて輕い罰金、最低の二十圓の罰金刑というものが、死ぬまで附きとつて残つておるというような不合理なことが、實際したびたび散見されるのでありまして、特赦法による恩赦によつて救われるというようなことは、理窟の上では立ちましようけれども、實際の上にそれが適用されるかどうかというようなことは、過去の生きたる事例に見ても、私はとうていそれはむずかしいのではなかろうかと思うのであります。そうしてまたたとえば最低の賭博による罰金二十圓の前科を抹消するために、相當むずかしい手続をふんで、それを抹消してもらうというようなことは、かえつて前科を持つております人がその手数を顧慮して、とかく放つておき勝ちであるということになりやすいのでありまして、むしろそういうまことに輕い罰金刑が放任せられて今日までもおり、また今後もおるといことは想像にかたくないのであります。でありますから、むしろこれはやはり特段な扱いをすることが最も必要である。またただいま必ずしも懲役禁錮の刑よりも常に輕いとは認めることができぬ、重いものもあるという御説でありまするが、それは私もあえて反對の意見を申し上ぐるわけではありません。しかしそれはきわめて例外的なものである。例外的なものでありまするのみならず、刑を受けた本人もしくは社會の人人は、むしろ體刑を受けるよりも罰金刑の方が、その数額において大きいものであつても、これは輕いものであるという常識をもつておるのが常であると申し上げてよかろうと思う。法律的に言えば、あるいは重いと見られる場合もありましよう。けれどもそれはごく例外の場合であつて、その例外の場合の、法律的には重いとみられる場合においても、世間一般の人はやはり金を納めて済むことであるならば、體刑を受けるよりも輕いものであるという観念をもつておる。でありまするから、そういう例外の一場合を考慮のうちに入れて、そうしてすべてを決するということは、私は賛成できぬのであります。殊に執行猶豫の恩典等から見ましても、三年の懲役禁錮刑を科せられた者でも、執行猶豫の三年を経過すれば、それで、犯罪なかりしことになる。ところが二十圓の罰金を食つたという場合において、やはりそれが十年経過しなければ消えぬということは、その一事をもつてしても、きわめて不合理じやないでしようか。これは多くの人がその點の不合理を認めるのは當然だと思う。それをしも司法省においてすべての犯罪と一律一體に取扱つていかなければならぬという理由は、どこにも発見できぬと思うのでありますが、この點はどうでしようか。
○佐藤(藤)政府委員 従来恩赦の取扱いとしてむしろ重い前科の犯罪をもつておつた、すなわち懲役禁錮に處せられた者が特赦の恩典に浴して、それよりも輕い罰金刑の前科をもつておつた者の恩赦というものが、例が少なかつたという御意見でございまするが、この點は統計の上において私は詳らかでありませんので、御説に對してはつきりとお答えすることができないのでありますが、もしそうだとすれば、それは御承知のように懲役禁錮に處せられた者は、その附随的な効果として、相當長い間公職につくことができない効果はありますので、その制限を除去するためにも、非常にその前科者において関心をもつて、熱心に特赦の恩典に浴することを請求されたという事實があるためではなかろうかと存ずるのであります。ところが罰金刑に處せられた者は、その附随的効果として、ある官職に就くことができないという制限は、これは懲役禁錮に處せられた場合とは、ずいぶん違うのでございまして、官職によつては、罰金刑に處せられても、何らそれを顧慮することなく、官職に就くこともできまするし、もし停止期間があるといたしましても、その停止期間は懲役、禁錮の場合よりも停止期間が短いので、罰金に處せられた者の恩赦を請求する必要度というものが、懲役禁錮に處せられた者の恩赦請求の必要よりも度が低い。従つて熱心さも少ないので、實際の例としては、特赦の恩典に浴する者は、懲役、禁錮に處せられた前科者に多く、罰金刑に處せられた者で、特赦の恩典に與つた者は少ないという結果に陥つたのではなかろうかとい存ずるのであります。もし一様に懲役、禁錮に處せられたる前科者、罰金刑に處せられた前科者、両方から恩赦の申し立がきますならば、これは検事局においても、また司法省においても、罰金刑の前科を差おいて、懲役、禁錮の前科者にのみ特赦の恩典に浴せしめるというような差別的な取扱は、おそらくいたしておらなかつたろうと思うのであります。 それからなお前の帝國議會において既に通過いたしまして公布になりました恩赦法に基いて、目下恩赦法施行令というものを立案しておりますおりますが、その施行令によりますれば、従来と違つて、自由刑のものも罰金刑のものも、すべて前科のある者は恩赦を請求することができる、恩赦出願権というものを、ある程度認めておるのでありますから、ただいまお説のように、罰金刑に對して自由刑よりもむしろ恩典に浴せしめる機會が少なかつたというような過去における憾みは、今後はないだろうと存じております。
○花村委員 恩赦に浴せしめることを、本人の意思に基いてそれを處置するというようなことが、私はむしろ適當でないだろうか。本人の好むと好まざるとにかかわらず、とにかく一定の期間何らかの事故なくして経過したことによつて、その刑の効力を失うということにしてこそ、初めてその意味をもつのでありまして、本人がその刑の抹消することを希望するしないというような、當人の意思に基いて、その効力を失わしむるというようなことをやることが、すでに私は誤つた考え方じやないかと思います。殊に時効に関する規定を見ましても、罰金刑は他の犯罪の時効の期間と異りまして、最も低い三年を経過すれば、刑の言渡しを受けても、時効によつて消滅してしまうという規定が設けられております。この規定との権衡からいたしましても、當然罰金刑に限つては特殊な扱いをすることが適當なように思うが、それほどでしようか。
○佐藤(藤)政府委員 同じ恩赦令を発動するにあたりまして、過去においては御承知のように、刑の言渡しを受けてから、罰金刑については、その執行を終えてから、たとえば五年なら五年を経過したものは復権するというふうに、一様に罰金刑について輕い、ごく寛大な取扱いをした例はたびたびあるのでありまして、今後も恩赦法の施行規則が定まりますれば、ある特定の場合に一様に恩赦を施行するというような場合には、やはり刑法の三十四條ノ二においては十年とあつても、これこれの犯罪について罰金刑に處せられた者は、刑の執行を終えてから3年間刑に處せられることなくして済んだ者は復権する、あるいは五年を経過した者は復権するというふうに、恩赦法の取扱いとしては、おそらく自由刑に處せられた者と、罰金刑に処せられた者との間において、すなわち前科の刑の差別によつて、恩赦法の適用の取扱いに甲乙があるだろうということは信じております。
○花村委員 時効の関係はどうですか。
○佐藤(藤)政府委員 刑の時効というのは、申し上げるまでもなく、刑の言渡しの効力が何年間の時効によつてなくなる、消滅するという制度でありますからその言渡されたる刑そのものが重い輕いによつて、時効期間に輕重があるというのは當然でありまして、改正案の三十四條ノ二というのは、言渡された前科の刑の輕重ということは、全然考えておらないのでありまして、前科の刑を執行されてから後、まじめに一定の期間過ごしたかどうか、善行を保持したがどうかという一點によつて、刑の消滅の効果を発生せしめるというのでありまするから、その點においては刑の時効の制度と何ら矛盾することはないだろうというふうに考えております。
○佐瀬委員 これは先ほどもお尋ねしたのでありますが、極端な合法刑主義をとるならば、懲役刑ならば執行を終り、罰金刑ならばそれを納付した瞬間において贖罪はできたのだから、将来何ら刑餘者としての待遇を受けないということになるべきはずであります。しかしながら、そういつたようなことは極端であつて、実際には採用しがたいのであります。私どもの考えでは、やはりそこに若干の教育刑主義的な要素を取入れて、いわゆる前科者にたいしては、将来善行をとつて社會に適合する生活を期待するそのためには、やはり累犯制度というものが刑事政策的に維持されなくてはならぬと考えるのであります。ただしかし、長い間さような前科者の身分を保持せしめるということは、一面においては人道主義的な観點から酷である。しかも國家がそれに對して、前科者の待遇を取消すことによつて、飜然と社會に同化し得るように導くということも、刑事政策的には必要であろうという趣旨のもとに、一定の年限を限つてこれを處遇していくというところに、十年がよいかどうかという問題が具體的に起きてくると思うのであります。私どもの考えからするならば、先にも申し上げましたように、その前科者たる身分を取得した原因が重罪であるか輕罪であるか、従つてその處刑が重刑であるか罰金刑であるかというようなことにも、その基準年数をきめる上において斟酌さるべきことではあると思うのでありますけれども、これは先ほど政府委員の大體の説明で、私個人としては大體十年ということでも無理からないところであると思うのであります。ただ條件としては、やはりそこに特赦制度を活発に活用して、十年をまたずして前科者の身分を失わしむるものをあらしめるということに一段の努力を願いたい。さいわいに恩赦法施行規則等の改正によつて、今度はその點が相當廣く恩典が行われるであろうという御説明なのでありますが、ただこれはなかなか実際の運用において、過去の実績をみますると、必ずしも世間の期待するようには運んでいないようであります。今度は新憲法下において内閣の重要な仕事の一つとして、天皇の恩赦権でなくして、内閣の権限としてこれが行われるという民主主義憲法のもとに、恩赦制度も新しい意義をもつようになつたのでありますから、私はこれに副うように、あるいは特赦を行うことについて民意を十分に取入れるという制度に改正されるのがいいのではないかと思うのであります。恩赦請求権を認めようとする改正案があるように伺つておりますが、ひとり當事者のみならず、第三者の上申とか、そういつたようなものである意味の陪審的な思想でありますけれども、廣く世間の声に聴いて、特赦その他の恩赦に付すべきものは廣く行つていくということを條件として、この刑法改正案も維持しても差支えないのではないか、こう私は考えております。 続いて私は五十五條の連続犯廢止の問題についてお尋ねしたいのでありますが、この連続犯制度が廢止された結果として、被告人に利益になるか不利益になるかという點について、司法當局はいかにごらんいなつておるのでしようか。
○佐藤(藤)政府委員 これまで刑法五十五條の連続犯を非常に廣く適用しておりましたために、あるいは学者によつてはその適用は不當に廣すぎるという非難さえもあつたのでありまして、さように五十五條の適用というものは、実際上の裁判においてはあまりに廣く適用されておつたのであります。この過去の実情に比べまするならば、五十五條を廢止することによつて、被告人は従来よりも場合によつては不利益になる結果が生ずることがあるだろうというふうに考えております。しかしその不利益というのは、過去の実際の裁判に比較して不利益であろうと思われるのでありまして、本来五十五条の連続犯の適用を従来の裁判例のように廣すぎるようなことがなければ、結局は削除しても同じ一罪として取扱いを受けることでありまするから、何ら利益不利益はなかるべきでありまするけれども、これまでの裁判例に比べれば、場合によつてはある被告人にとつては不利益な扱いを受くるおそれがあるということは、そう申さざるを得ないと思います。
○佐瀬委員 過去の刑事統計の上で連続犯という部類に属するものが、単独の一犯罪に比べて割合はどのくらいになつておるか。お伺いいたします。
○佐藤(藤)政府委員 その點につきましては、手もとにさような統計を集計したものがありませんので、お答えすることができないのは、はなはだ遺憾でありまするが、御承知のように、実際の裁判においても、五十五條を適用するとしないとは、その裁判官の恣意によつてきまるような場合もありまするので、性質上連続犯だから必ず五十五條を適用しておるかといいますと、連続犯のうち重い犯罪を一つとらえて単純な一罪ということで裁判をしておる例もありますので、さような點から考えてみましても、過去における犯罪を一々集計いたしまして、連続犯と単純一罪との比較をするのは、その根底におては正確を缺くものがあるのではないかというふうに考えております。
○佐瀬委員 連続犯の本質については、いろいろ学説があり、これを本来の一罪と見るものと、處罰上の一罪と見るものと、同じ五十五條を基礎にしながら、結論を異にする見解が出ておるのであります。政府が五十五条を廢止せんとする場合の連続犯は、そのいずれの本質観に立つた連続犯を廢止されようとされるのか、その點をお伺ひいたしたいと思います。
○佐藤(藤)政府委員 連続犯の性質につきましては、お説のように、本来の単純なる一罪であると見る説と、手続上、處断上の一罪であると見る説とわかれておるのでありますが、立案にあたりました私どもといたしましては、五十五条は處断上、手続上の一罪として規定されたものと解釋を下しておるのであります。
○佐瀬委員 私は将来の学説及び判例の発展の結果、もし連続犯を本来の一罪と解釋するということになつていけば、政府が五十五条を廢止しても、刑法三十九條の「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない。」という趣旨に基いて、すべて包括的に一事不再理の原則に基いてあとの犯罪事実が放任されなければならない。こう考えるのであります。しからば五十五條を廢止しても、結局それは無意味に終るのではないかと考えあすが、これに對する御意見がいかがでございましようか。
○佐藤(藤)政府委員 まつたくお説のように、将来の裁判において数個の犯罪行為が連続して行われた場合、それを裁判所が、それは本来の一罪であるという解釋、認定をいたしまするならば、その範圍においては、たとえ五十五條があつてもなくても同じ結果になるのでありまして、削除しても何ら影響がない。従つて被告人にとつて不利益な結果を生じないということになるだろうと思います。
○佐瀬委員 そうすると五十五條の廢止ということは、さほど重大な意味をもたないという結論になるように考えるのでありますが、あえてこれを削除するという積極的な理由は他にこれを求めなければならぬと思うのでありますが、いかがでございましようか。
○佐藤(藤)政府委員 五十五條の解釋につきましては、先ほど申し上げましたように、学説の上においては、本来の実質上の一罪と見るのと、手続上處断上の一罪と見るのと二つありますけれども、これまでの判例の解釋によりますと、大體手続上の一罪の解釋適用をいたしておるのであります。また立案者たる私どももさようの解釋に立つおりますので、その解釋を前提といたしますと、五十五條を存置することによつて不當に犯罪を免れるものがあるし、従つて公共の福祉を害することが憂えられますので、治安の維持の上から考えても、五十五條を廢止して本来の数罪として取扱う方が合理的であろうというふうに考えたのであります。しかしながら、實質上一罪として、たとえば包括的な一罪として解釋され得る程度のものは、これを廢止しましても、當然一罪としての取扱いを受けるのでありますから、その範圍内においては、五十五條を廢止いたしましても、犯人にとつては何ら影響はないものであろうというふうに考えておるのであります。
○佐瀬委員 執行猶豫の範圍を拡大したり、また累犯制度に改訂を加えたりするのは、さきにも申し上げました通り、主観主義的な刑事政策という要請を反映しておることと思うのであります。連続犯は純理論としては主観主義の上に立つて考えられれば、一罪として輕く處分される。しかし、客観主義的な立場からすれば、むしろそれは重く處遇するというのが結論であります。しかるに刑法の改正に際して、政府がせつかく主観主義的な刑事政策を高揚いたして立つた以上は、この連続犯についても、その観點から顧慮する必要があるのではないかと、私は考えるのでありますが、今後説明にもあつたようでありますが、包括的一罪と見ていけば、一個の犯罪として被告人の利益に處理される、この點を私は、現在の判例や学説をもつてしたのでは、やはり一方的に連続犯を認めることによつてその目的が貫徹し得るものと思うのであります。國に對して被告人を保護するというのが、現在の刑事思潮でもある限り、私はその立場からも、連続犯の廢止ということは、そう簡単に考えるべき問題ではないと思つておるのであります。私のこの連続犯の問題に對する見解の一部をここに申し上げて、この點に関する私の質問は打切りたいと存じます。
○佐藤(藤)政府委員 刑法第五十五條の連続犯の見方につきましてはただいま申し上げましたように、これは数個の連続したる行為を、本来は数罪であるけれども、一罪として處断するという手続上の一罪として解釋いたしておるのでありまするが、従来の判例を見ますると、先ほど申し上げましたように、連続犯の解釋適用があまりに廣過ぎたのであります。これを、将来の裁判を是正することは、立法の力をもつてしなければ、とうていできないのではないかというところから、今回削除の立案をいたしたのであります。なぜ被告人の利益になるような廣い解釋までも是正しなければならないかという理由につきましては、これは申し上げるまでもなく、たとえば輕い窃盗罪と重い強盗殺人罪とを犯した犯人が、輕い窃盗罪だけ発覚して刑の言渡しを受けてしまいますと、その前にたとえ重い強盗殺人の罪があつたことが発覚いたしましても、これを検挙し起訴し、裁判することは、従来の判例によれば絶對できないのであります。かような不合理な結果を生ずることになりますれば、将来の治安維持の上からも不合理である。この不合理を是正するためには、どうしても立法の力にまつよりほかはないというところから、五十五條を削除しようという結論に到達いたしたのであります。しかしながら、ただいま佐瀬委員の仰しやるように、連続犯について、どこまでも實質的な一罪であるという見方で将来の裁判所において、そういう見解のもとに法律を適用しまするならば、五十五條がなくとも、本来の一罪であるから、解釋によつて半年も一年も隔つた同種類の犯罪を一罪として處断するのに何ら差支えはないのでありまして、ただ私ともの見るところでは、五十五條があるがために、半年も一年も隔つた行為も、なお一罪として従来處断しておつたのではあるまいか。もし五十五條がなかつたならば、そういう不當に廣い解釋を施さなかつたであろう。かように解釋いたしておりますので、立法の力をかりて五十五條を削除し、そうして不合理な結果を生じないようにしようというふうに考えた次第なのであります。
○松永委員長 五十五條について他にありませんか。
○八並委員 私は五十五條の削除についての政府の御説は、その通りでありまして賛成するものでありますが、この際、五十五條を削除いたしまするならば、先ほどの御議論のように、處断上の一罪でございまして、同じような関係の五十四條も削除されてはいかがと思うのであります。なるほど五十四條は、削除することによつておそらく併合罪の規定が適用されますから、これの處断について不權衡なり不合理な點が出ますけれども、この點もついでに、假草案のように一罪をもつて處断すると簡単に改正できるので足りると思うのでありまして、この際五十四條も削除されてはいかがと思うのでありますが、御見解を承ります。
○佐藤(藤)政府委員 お説まことにごもつともでありまして、私どもの解釋としては、五十四條の一罪も五十五條と同じように、處断上の一罪と解釋いたしているのであります。しかしながら、五十四條のうち、たとえば犯罪の手段もしくは結果たる行為が他の罪名に触れるというような、いわゆる牽連犯の場合につきましては、連続犯よりもその結合性が非常に強いのであります。あたかも依然として一つの犯罪行為のごとく見えるのでありまして、その結合性が連続犯よりもなお強いという點と、さらに連続犯の場合には、その連続したる数個の行為の中で、一部分発覚いたしましても、他の部分を全部捜査するということは、新しい刑事訴訟手続のもとにおいては、とうていなし得ないのでありますけれども、五十四條の場合には、まず大體犯罪の手段、結果の関係があるのでありますから、一つが発覚すれば、他の手段もしくは結果たる行為も、容易に捜査し得る関係にありますので、人権尊重を旨とする新刑事訴訟の手続においても、五十四條の場合には全部捜査してこれを起訴し、處断するという取扱いも容易にできるのでありまして、結果としてこれを一罪として處断したからといつても不當な結果が生じませんので、この點はまことに一貫しないようでありますけれども、五十四條の場合は、その犯罪の性質上、結合性が強いのと、また新しい刑事手続においても、その一部が発覚すれば、他も容易にこれを捜査し得る状態にあるので、一罪として處断しても、何ら不都合を生ることはないであろうというところから、この點は従来と取扱を異にしない。ただ五十五條の場合だけは、いかにしてもその結果が不都合を生じますので、その不合理を除去するために、場合によつては犯人に不利益なような結果が生する場合も、そのおそれがないとはしませんけれども、五十五條だけを削除するという結論に到達した次第であります。
○佐瀬委員 五十八條の削除の問題でありますが、これは憲法三十九條の精神をくんで、廢止する御趣旨でございましようか。
○佐藤(藤)政府委員 五十八條を削除いたしましたのは、御説のように、憲法第三十九條の精神をくみまして、同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問うことのないようにしようというところから、五十八條を削除いたしたのであります。
○佐瀬委員 先ほどの連続犯制度を廢止して、被告人に不利益な結果を招来する場合も、この五十八條の廢止の精神からいくと矛盾するように考えられますが、その點はいかにお考えでございましようか。
○佐藤(藤)政府委員 五十五條を廢止することによりして、犯人に不利益な結果を生ずるおそれがある場合も考えられると申し上げましたのは、それは従来の再犯例に比較すると、不利益な結果を生ずると見られる場合があり得るのでありまして、五十五條の規定が、私どもの考えるように、處断上の一罪であるという観點にたちますならば、決して五十五條を廢止することによつて、犯人に不利益な結果を生ずることは絶對にないのでありますので、五十八條を削除することと何ら矛盾はないものと考えております。
○八並委員 ただいま御説明のように、五十八條の削除が、憲法第三十九條に違反するおそれがあるということでございますが、それならば、この五十六條以下累犯加重の規定もまたさような疑いがあるのではないかと思いますが、いかがでございましようか。
○佐藤(藤)政府委員 刑法第五十八條は、ある犯罪について裁判を言渡され、その裁判が確定したあとで前科のあることが発見されたときには、前に言渡された刑について加重すべき刑を定めるというのが五十八條の規定であります。すなわち一度確定した刑が、前科のあることを発見されたために加重すべき刑をさらに言渡されることになりますと、どうも新憲法三十九條の精神に反するおそれがありますので、五十八條を削除しようということになつたのでありまするが、本来の累犯は五十六條以下の規定では裁判をするときに、その犯人がすでに前科のあることがわかつていた場合には、その犯人の情状の上から刑を重くしなければならぬという趣旨が累犯加重の裁判でありますから、裁判を言渡すときに、前科のあることがわかつていて、その前科のある者に對しては、初犯者よりも重く刑を處断しなければならぬという累犯加重の規定と、五十八條の裁判確定後に前科のあることを発見したために、前に言渡した刑を加重してこれを言渡し直すということとは、その趣旨が違いまするので、五十八條はなるほど憲法三十九條の精神に反しまするけれども、前科者に對して、その悪い情状に従つて重い刑罰を科すべきであるという五十六條以下の規定は、これを存置しても、何ら憲法三十九條には反しないと解釋いたしているのであります。
○八並委員 なるほどさような解釋も伺い得ましようが、また一面考え方によりますれば、反對の考え方もできると思うのであります。しかしこの累犯加重の實際の適用を現在見ますと、長期に加重するだけで、短期の加重がないのでありましようか。實際は犯罪の情状の問題としてしか取上げていないのが實際の適用だと思うのであります。この際五十八條を廃止すると同時に、情状の問題として累犯加重の規定を廃止してはどうかと思いますが、御意見を伺いたいと思います。
○佐藤(藤)政府委員 累犯加重の裁判の實際を見ますると、まつたく仰せのように、この規定があつてもなくても裁判所が情状を酌量して、前科のある者に對して重く處断すれば事足りるのでありまして、法定刑以上に累犯たるのゆえをもつて刑を加重するという實例は、ほとんどないのであります。ごく例が少ないのであります。しかしながら一度刑を受けた者が、さらに犯罪を犯す、前科のある者がまた犯罪を犯せば、普通の人よりも重く罰せられるという規範を示すことが、やはり刑事政策的において重要な意味をなすものであろうと思われまするので、新憲法のもとにおいても累犯加重の規定はやはり存在理由のあるものと考えておるのであります。
○中村(又)委員 私は總則の質問を今日中に片づけるというお話でありますから、三十四條ノ二の刑の消滅の規定につきましては、花村委員その他から繰返し質問があつたそうでありまするが、一言だけ實際問題をとらえて申し上げます。「刑ノ執行ヲ終リ又ハ其執行ノ免除ヲ得タル者罰金以上ノ刑ニ處セラルルコトナクシテ十年ヲ経過シタルトキハ刑ノ言渡ハ其効力ヲ失ツ」すなわち刑の消滅の規定でありまして、私ども多年要望いたしておつた規定であります。この規定は畫一的になつておりまして、他の委員からも繰返し申された通りに、死刑囚のごとき大きなる犯罪と初め、あるいは輕微なるところの罰金のごとき犯罪も、ともにその執行が終つて、十年を経過したときは、刑の言渡しは効力を失うということになつております。そこでこれはもちろん輕い罰金刑のごとき場合と、あるいは大きなる殺人罪のごとき重き犯罪に對するところの場合の刑罰の消滅の場合、この十年間を、罰金のような場合は五年とか三年とかにして復権せしめるという刑の消滅の期間の點を異にしていくというようなねらいは、根本において考えなければならぬ點ではなからうか。いわゆるこの精神を前提といたしまして、實際問題として、私が長い間不思議なことの一つとして政府當局にもしばしば陳情をいたしてをる事實は、この機會にいわゆる法律議論として、公の記録を残して今後の法律改正の上の資料としてお取上げを願いたいものである。というのは、この刑の時効に死刑は三十年、あるいは無期懲役、禁錮は二十年、有期の懲役、禁錮は十年は十五年、三年以上は十年、三年未満は五年、罰金は三年というふうになつておるのでありますが、この罰金の點を私は一言政府當局にお伺いをいたしておきたいと思います。十年前におきまして、あるいはその後におきまして、私が知つておる範囲だけでも十人くらいの人が、毎年多きは数萬圓ずつ、少きは数千圓ずつ資力がないために分納のお許しを當局にいただきまして、もはや八年も、長きは十一年も経過しておるものがおるのであります。この階級の人たちが、その間幾度か恩赦の発布があつたにもかかわらず、この法律のいずれの方面を見ましても「ノ執行ヲ終リ」という文字があるために、何十萬圓というような罰金を言渡された者が、資力がないために一箇年間に何萬圓と納めながらも、執行が終らぬためにすでに十一年も経過いたした人があります。四回も五回もの恩赦があつたにもかかわらず、前科者として今なお年々の分納に苦しんで生活をいたして、いずれの日に復権の恵みにかかれるかしれないという状況において、司法當局にも復権の願いなどをいたした者があるのであります。これも私の知つた範囲においても、数人おるのであります。そこでかかる者の事實を考える場合におきまして、この刑の消滅の規定がここに提案せられた。しかし提案されましたこの法案から見ますると、やはり執行を終つて十年を経過したるものという規定に依然として相なつておるのであります。そういたしますると、ただいま申し上げるような人たちは、死刑囚といえども、もう十年も経過するときには四回、五回の恩赦が行われますると同時に私の知つた人で濱口首相を殺した某氏においても堂々と復権をして立派なからだになつておるのであります。しかしながら、十年以上前に百萬圓近くの罰金の言渡しを受けた人が、今日なお六十数萬圓の罰金が残つて、若心惨憺罰金の分納に苦しんで、今後一生を通じて復権する時期がないという立場におるのが事實問題としてあるのであります。司法東京区は御存じでありますか。こういう者はいくら法律が出ましても、おそらく救う方法はないのでありますが、前科抹消という規定をわれわれの輿論を取上げまして、政府としてこの草案を御提出になつておる今日、かかる不幸な者の将来に對しましても、何か名案でもあられるのではないかという立場から、ちよつとこの法案にちなみまして、お尋ねをいたしたような次第であります。
○佐藤(藤)政府委員 その點につきましては、恩赦法の制定に伴いまして、目下恩赦法施行令を立案中でありますが、この恩赦法並びに恩赦法施行令によりますと、刑の執行を終えた者は、一定の期間を経過すると、ただちに恩赦を請求することができるように手続を認めておりますので、ただいま仰せのような事例は、この恩赦請求によつて、従来とは違つて非常に廣く個別的な審査をして、恩赦法による特赦の恩典に浴することができるだらうと思うのであります。
○中村(又)委員 いま一言申し上げておきまするが、刑法の中にもありますように、罰金は三年にして時効になるのであります。そうすると一厘も納めぬで三年経過すると時効にかかつてりつぱに前科のない立場になるのにかかわらず、ただいまお尋ね申し上げまするように、年々何萬圓という金を苦心惨憺して拂つて、もう十一年も経過して恩赦の手続も御提出申し上げたのにもかかわらず、なおなかなか御認可にならぬという對際の問題をとらえまして、繰返して政府のお考えにお訴えしたいというので、さらに一言申し上ぐる次第でございます。
○明禮委員 違法阻却の規定のようでありますが、三十五條には「法令又は正當ノ業務ニ因リ為シタル行為ハ之ヲ罰セス」とある。この規定は正當業務行為ということになつておりますけれども、近ごろは判例も大分進んで社會上妥當な行為は正當業務の中にはいつて解釋されてきておるようでありますが、今日のような複雑な社會状態を考えてみますると、経済事犯にいたしましても、すべての問題が食糧がなくて買出しに行くというようなのは、やむを得ない行為である。こういうような問題を處理するために、社會上正當なる行為はこれを罰せずとしますか、あるいは社會上妥當なる行為と言いますか、そういつたふうに、これをもう少し現在の社會に適合するように改正されてはいかがかと思うのでありますが、御意見を承りたいのであります。
○佐藤(藤)政府委員 現行刑法三十五條の明文には、「法令又ハ正當ノ業務ニ因リ為シタル行為ハ之ヲ罰セス」と規定してありまして、法令による行為、あるいは正當の業務行為というふうにいかにも限定されるように見えるのでありますが、この三十五條の解釋適用につきましては、学者の意見もまた對務家の意見も、ほとんど一致いたしておるのでありまして、お説のように、正當なる行為が違法性が阻却されるというふうに解釋が一致いたしておりますので、特に三十五條の明文をこの際に訂正する必要はないと存じまして、この點の表現のしかたは、将来の刑法の全面的な改正の際に譲りたいと考えておるのであります。
○佐瀬委員 明禮君の質問の目的は、現在買出部隊を法律上擁護し、経済統制法規に触れないようにするために、三十五條の修正ということを要望されておつたように見るのでありますが、かつて第一次欧州大戦のころに、フランスの判例は非常にその點発達して、たとえば失業者が戦後の生活難のために店頭からパンを盗んだというのも、緊急行為として違法性を阻却するから無罪であるといつて、立法の不備を判例の進歩によつて補つた例が多々あるのであります。日本の現在の判例では、私ども寡聞にしてそういうことを聞知していないのでありますが、もし三十五條の改正ということにまたずして、同様この際判例の進歩がその面においても期待されるものが多々あると思うのでありますが、現在司法省の御調査の結果、多少でもそれに似かよつた事例があるかどうか、この點だけ状況の御報告として承つておきたいと考えます。
○佐藤(藤)政府委員 さような點について具體的な事例の報告がときどきはありまするけれども、それを集計いたじまして、皆様に御報告する程度にまとまつてはおらないのであります。ただ具體的な事件について、常識上許さるべき行為であるかどうかという點に歸著するのでありまして、われわれの社會生活の上から、常識上それは當然許される行為であるという結論に到達するような場合ならば、裁判官は、おそらく三十五上によつて正當なる行為として違法性阻却、犯罪が成立せずという認定をなすだろうと思うのであります。その點解釋上の眞価は、私どもも裁判所に十分期待いたしておるのであります。
○明禮委員 今の政府委員の御報告を聴きましても、現在の社會は非常に複雑でありまして、殊にこの経済事犯、食糧問題というような問題は、いくつも社會に現れておるのであります。しかもその事案は、なかなか厳格に取締られてきておるがために、相當な犠牲者が出ておる次第でありまするから、こういうような條文は、この際はつきりと判例をまつまでもなく、この改正のついでに、全部の改正をまたずして、今憲法附属の刑法として改正されておる部分でも、必ずしも憲法の精神だけではなく、改正を要すべきものは多々あると見て、ここに改正されておるものがあると、私は信じますから、この際かような部面も、ともにはつきりといたしまするように——はつきりといたしますることは、結局裁判所におかれましても扱いがしよいということでありますから、ぜひ改正されんことを希望する次第であります。
○佐藤(藤)政府委員 現行刑法の三十五條の解釋適用については、先ほど申し上げましたように、すべて正當なる行為はこれを罰せずという解釋に一致しておるのでありまして、この際特にそういう言い表し方に改めなくとも、對際の裁判例においてもそうなつており、また学者の見解も一致しておるのでありますから、今ただちに改正する必要は認めないのであります。これを正當なる行為はこれを罰せずと規定いたしましても、ただいま引例されましたような、買出しの例をとつてみましても、たとえば一升の白米を買出した場合は、これは食糧管理法に触れない。一升五合以上の場合は食糧管理法に触れる、いわゆる正當なる行為ではないというようなことは、とうていこれは法律の上においてその境を明確にすることは不可能なのでありまして、要は具體的な事件について、裁判所が正當な行為として許すか、あるいは不當な行為として處断するかという、その判断をまたなければ、明確にはならないのであります。しかしながら、私ども取締りの局に當る者といたしましては、現在の社會情勢、殊に一般の経済生活を十分見極めて、そうして食糧管理法の施行は徹底いたさなければなりませんけれども、また他面、表面上はその法令に違反したものであつても、情状によつて許さなければならぬ、また許す方が當然であると思われるような事例も幾多見受けられまするので、その取締りについては寛厳よろしきを得るように、常識を逸脱することのないように、厳に検察當局を戒めておるのでありますから、ただいまお尋ねのように法文上これまでは不當である。これからは正當であるというような具體的な例にぴつたり當てはまるような規定をすることは、とうてい不可能であると考えておるのであります。
○佐瀬委員 これは政府委員に一つの司法解釋としてお伺いしておきたいのでありますが、憲法二十五條には「すべて公民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定されております。現在政府は二十日間の計畫缺配を発表されておりますが、一日二合五勺として五升の米が生活必需品であるにもかかわらず、これが配給されないということになりますると、國民はこの二十五條に基いて最低限度の生活を営む権利があるのだから、その五升は食糧管理法違反等の経済罰則に触れて買つたところが、憲法上権利行為として、三十五條もしくは三十六條なり七條なりの緊急行為として、刑法上は無罪たるべきものではないか、私はさような解釋も成り立つのではないかと確信するものでありますが、この點の御解釋はいかがでありますか。
○佐藤(藤)政府委員 新憲法の二十五條には、なるほどただいまお示しのような規定がありまするが、しかしなお一面法律において、食糧管理法によつてわれわれの経済生活が規制されておるのであります。この法律自體が憲法二十五條に違反するかどうかという問題は、将来の裁判例をまたなければ決定されないのでありまするが、目下のところ、私どもは現在しておる食糧管理法は憲法二十五條に違反するものではないと解釋しておるのであります。そういうふうに解釋いたしましても、具體的な事件について、ある人が憲法二十五條の権利に基いて、たとえば米の買出しをした。その米の買出しをした行為が、一面は食糧管理法に違反しておつても、他面において憲法二十五條の規定によつて保障されている権利行為であるから、その點は犯罪が成立するかどうかという問題になるのでありまするが、それはやはり、具體的な事件によつて、その當時の社會情勢、経済状態、またその買出しをした個人の生活なり、いろいろな方面を具體的に審査した上でなければ、食糧管理法を守るべき義務があるのに買出しをしたということが、はたして食糧管理法違反に違法阻却の事由ありと認められるかどうかということがきまらないのでありまして、さような具體的な事例について十分審査した上でなければ、一概に憲法の権利行為であるから食糧管理法違反にはならないというふうには断定できなかろうと存じております。
○佐瀬委員 刑法の改正を通じて見ますると、私はかような問題は非常に重大性をもつし、むしろこれらの點に對する何らかの刑事政策的立法を要望しておるものでありますが、しかし現在は政府の改正案に對する提案の趣旨を拝聴するということに止めておきますので、この點も将来最高裁判所が、憲法八十一條で、憲法違反の法規としてどう解釋されるかというような問題にまつことにいたします。ただ刑法三十五條なり三十六條なりの運用によつてこれを解釋的に處理することは現在きわめて困難であります。でありますから、どうか検察の面において、かような生活のための経済事犯を適當に起訴猶豫なり、時代の実情に即したように處理されんことを、切に希望しておきます。
○明禮委員 今佐藤政府委員の言われたことによりますと、社會上妥當なものは三十五條で違法阻却されているのだから必要ないと言われるのでありますが、事例をひつぱつてくると、ただいま申されたように食糧管理法に違反するかどうか、あるいはその人の立場で一升が必要か、五升が必要か、いろいろなことを總合してその裁判官が審査するということになるのであると言われますが、なるほどそうでありますけれども、相當に検察廳においては深刻に取扱われてきているのでありますから、今佐瀬委員も言はれる通り、こういうようなまことに前古未曽有というような非常な困難に遭遇している時に、こういつたような面について改正を要望するものが多いのではないかと思う。國民としてもさような改正を要望しているものであると思います。そういうふうな状態でありますからして、この條文をはつきりするとか、緊急避難でまた適當なものができるか、いずれにいたしましても現在の社會においてまことに気の毒なる人を救済し得る立法政策というものがなければ、この司法常任委員會は何にもならぬのであります。汗をかいて朝の十時から夜の五時六時まで一生懸命やりましても、かような國民が手を差延して迎えておるところの條文が改正されなければ、私は何にもならぬと思う。ただいまのお話によると改正する考えはないと断言せられますけれども、私はさようなことではいかぬのではないかと思う。何かそういう點について十分御高配を願いたいものであると私は思います。そうして実際の実情にあうようなものをつくり上げようというのが私はこの委員會の任務であると考えまするがゆえに、こういうような點について、今日の時局に最もふさわしい、時局が要望しておるような條文に改正することに努力せられんことを、ひとえに私はお願いする次第であります。
○松永委員長 本案に對する本日の審議はこの程度にいたします。この際お諮りいたしますが、本委員會に付託されております民法の一部を改正する法律案について、審査のため公聴會を開くことに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○松永委員長 御異議なしと認めます。ついては開會承認の要求のため必要がございますので、公聴會に付すべき案件について御相談申し上げます。皆さんのお持寄りの意見をまとめたものを読み上げます。公聴會の案件 一、家督相續廃止の可否。 二、親族間の扶養の範囲いかん。 三、婚姻の要件、夫婦の財産制、離婚手續いかん。これで御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○松永委員長 御異議なしと認めます。以上の案件について公聴會開會承認要求を議長のもとに提出しておきます。 本日はこれにて散會いたします。 午後五時十八分散會