司法委員会 第9号
- 発言数
- 30 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1947/07/31
会議録
○松永委員長 會議を開きます。 これより刑法の一部を改正する法律案を議題といたします。案について質疑に入ります。發言は通告によつてこれを許します。池谷信一君。
○池谷委員 二、三の點について御質問申し上げたいと存じます。 まず第一に、第二十九條の堕胎の罪が何故に廢止せられなかつたかという點について承りたいと存ずるのであります。元來堕胎罪についてはこれを罰しなければならないという理論的根據がないのでありまして、ただキリスト教的人道主義と國家主義的な見地からいたしまして、これを認めてきたと思うのでありますけれども、敗戰の今日いたずらなる人口の増殖は、國家のために決して喜ぶべき現象ではないのでありまして、冷靜に批判されなければならないのでありまするが、さらに優性學的見地からいたしましても、個人の經濟生活の面から考えましても、なお子供の將來の幸福の點から考慮しましても、この際思い切つて堕胎罪を廢止すべきであると思うのであります。醫學の進歩した今日、堕胎によつて母體に惡影響を及ぼすという影響は全然ないのでありまして、一方また堕胎罪の廢止によつて風教上の惡影響いかんの問題でありまするが、これも姦通罪の廢止によつて、にわかに男女間の道義が亂れるということはないであろうと思われると同じく、決して惡影響はないであろうと考えますがゆえに、刑法改正のこの際、姦通罪と同樣廢止すべきであると思うのでありますが、この點について政府はいかにお考えになつておりますか。
○佐藤(藤)政府委員 堕胎につきましては、從來仰せのように贊否面論があるのであります。新憲法におきましては、特に堕胎を認めなければならぬという趣旨は一つもないように見受けられまするので、昨年の司法法制審議會におきましても、堕胎罪の存置と、新憲法の施行に伴つて堕胎罪をいかにするかという問題は別に起きなかつたのであります。また司法當局といたしましても、今日堕胎罪を急に刑法から削除しなければならぬという理由も認めませんので、ついにこの點には改正案で觸れなかつたのであります。本年堕胎罪を刑法上認むべきか、あるいは堕胎の風習を全然放任すべきかという點については、いろいろ利害得失がありまするので、造詣の深い委員諸君に對して、いまさら堕胎罪の存否、利害得失等について申し上げるのは省略いたしたと思つております。
○池谷委員 次に第二十五條中の「二年以下ノ懲役又ハ禁錮」を「三年以下ノ懲役若クハ禁錮又ハ五千圓以下ノ罰金」に改める。」という點についてでありますが、私どもは今日まで重い刑罰であるところの懲役及び禁錮について執行猶豫が認められておりましたのに、輕い刑罰であるところの罰金のついて、これが認められておらなかつたということは、大いなる矛盾である、不公平であると考えておつたのでありまするが、今囘の改正案で罰金に執行猶豫が認められるようになつておりますのは、まことに結構であると思うのであります。しかしながら、今囘懲役、禁錮の執行猶豫の範圍が三年以下というように擴張せられておりますのに、罰金が五千圓以下とせられているのは、その範圍がいささか狭きに失すると思うのであります。今日經濟違反事件では五千圓はおろか、何萬圓という罰金がむしろ普通であります。もちろん經濟違反事件の中でも、惡質なものはどしどし嚴罰に處すべきであり、執行猶豫をつける必要はないのでありますけれども、情状を酌量すべき餘地が大いにありながら、それが金額が五千圓以上だからという理由だけで執行猶豫がつけられないといたしましたならば、せつかくの罰金に執行猶豫を認めた効果が非常に減殺されると思うのでありますが、この點についての御意見を承りたいと思うのであります。
○佐藤(藤)政府委員 刑法の第十條で刑罰の重い、輕いの順序として、死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留、科料というふうに列擧いたされまして、罰金はすべて懲役、禁錮よりも輕い刑罰として一應規定いたしているのであります。刑法において刑を比較する場合に、その刑種を比較いたしますと、なるほど罰金はいかなる懲役、禁錮よりも輕い刑種となつているのでありますが、實際問題といたしましては、御承知のように、非常に多額の罰金刑が課せられている實情なのでありまして、かような實際問題として考えますと、一概にどんな多額の罰金でも、どんな輕い懲役、禁錮よりも常に輕いというふうにには言い得ない場合もあり得るのであります。殊に刑罰の基本法たる刑法におきましては、罰金刑の最高額が現在は五千圓であります。刑法で規定している罰金刑の最高額が五千圓でありまして、そのほかの特別法においては、それぞれの行政目的であるとか、國家財政の目的の關係から、何萬圓という多額の罰金刑を決定している犯罪がありますけれども、基本法たる刑法としては、罰金刑が五千圓ときまつておりますので、大體その邊を限度といたしまして、刑法において執行猶豫を付し得る罰金額の限度を五千圓と定めたのであります。しかしながら、將來刑法の全面的改正の際に、罰金刑を各種の犯罪について高めるような場合がありますれば、執行猶豫の罰金刑の最高額についても、五千圓というものを修正しなければならぬ時代が來るかも存じませんけれども、今のところは刑法において執行猶豫を付し得る刑罰の最高額としては、刑法の定むる各權の犯罪において一番重い罰金刑が五千圓であるいう實情から、五千圓というように定めたのであります。その他いろいろな目的のもとに定められた特別法においては、なるほど仰せのように十萬圓、五萬圓という罰金はありますけれども、そういう多額の罰金刑は、單なる刑罰のほかにそれぞれのある種の目的も含まれておるのでありますから、無制限に罰金刑については全部執行猶豫を科するということは、今日のところ不適當であるというふうに考えたのであります。
○池谷委員 次に第三十四條の二の「刑ノ執行ヲ終リ又ハ其執行ノ免除ヲ得タル者罰金以上ノ刑ニ處セラルルコトナクシテ十年ヲ經過シタルトキハ刑ノ言渡ハ其効力ヲ失フ」という規定でありまして、これは非常に進歩的な、いわゆる前科者の心を明るくし、前科者なるがゆえに一代世間から白眼視せられ冷遇せられておつたこれらの人々に更正の機會を與えるものでありまして、非常に結構でありますが、私は一律一體にこれを十年とするのは、いささか長すぎるように考えますので、改悛の情特に顕著なものに對しましては、これを五年とするか、あるいはそうすることが事實的に困難な場合におきましては、一律に五年としたならばどうかと思うのでありまして、前科者の社會への復歸を認め、その汚名をとり除いてやろうという親心がある以上、事情の許します限り年数を短縮するのが適當と思うのでありますが、この點についてのお考えはいかがでありましようか。
○佐藤(藤)政府委員 本改正案におきまして、三十四條の二として今まで認められておらなかつた、全然新しい刑の言渡しの効力を失う制度を設けたのでありますが、一旦犯罪を犯した者が刑の言渡しを受けて何年か經つた後にその言渡しの効力を全然失わしめるということは、從來は御承知のように恩赦によつてのみなし得たことなのであります。恩赦は各種の犯罪についてそれぞれ具體的に犯罪の状況なり、あるいは犯罪後の情状を斟酌し、また刑の言渡しを受けた後の社會の情勢等を考慮いたしまして、ある種の犯罪について、あるいは特定の犯罪について刑の言渡しの効力を失わしめておつたのでありますが、この恩赦により刑の言渡しの効力を失わしむるほかに、一定の條件を備えた場合には、すべて刑の言渡しの効力を失わしむるという全般的な規定を設ける必要があるのではないかという見地から、今囘三十四條の二としていわゆる前科抹消の規定を設けたのであります。その十年という期限を付しましたのは、これは數年前に刑法改正の委員會が長らく愼重審議をしまして、そして刑法改正委員會の世間に發表された刑法假案の中にも十年という標準が示されておりますので、大體その假案の標準にならつたのでありますが、仰せのようにこれを五年と短縮したらどうか、あるいは七年くらいにしたらどうかというような御意見もあるのでありますが、五年といたしますと現在執行猶豫を付するには、過去七年内に懲役禁錮の言渡しを受けたことなかつたものという要件が付せられておるのであります。これを五年ですべて前科がなくなつてしまいますと、執行猶豫をする條件にも影響いたすのであります。また累犯加重の規定におきましては、前科者が再び惡いことをした場合、それが刑の執行を受けてから五年以内にまた懲役禁錮の刑にあたるような犯罪を犯した場合には、これは累犯として刑を加重するという規定もありまするので、その五年にもまた影響がありまするので、全面的に刑の言渡しの効力を失わしむる規定としては、十年くらいが適當であろうと考えたのであります。しかしながら具體的な事件においては、十年も經たないうちにも刑の言渡しの効力を消滅させるのがむしろ相當だと思われるような事件があるだろうと思われるのでありますが、さような具體的な事件については恩赦法を活用することによつて、十分仰せの趣旨を徹底することができるだろうというふうに期待いたしておるのであります。
○池谷委員 第百五條中の「之ヲ罰セス」を「其刑ヲ免除スルコトヲ得」と特に改正しなければならない理由について承りたいと思うのであります。犯人または逃走者の親族が、犯人または逃走者の利益のために證憑の湮滅をなし、犯人を匿うということは人情の當然であり、むしろ人情の美しさだと思うのでありまして、今後家族制度は廃止せられ、一般社會の人情もまた薄らぎつつある際、せめて親族間だけは從來以上の厚き情誼を保持していきたいい思うのでありまして、この厚き情誼に基いて行うところの行為は原則的に罰しないようにする方がよいのではないかと思うのでありまして、これまで通り、はつきり「之ヲ罰セス」としておく方がよろしいのではないかと思うのでありまするが、この點はいかがでありましようか。
○佐藤(藤)政府委員 刑法第百五條は、仰せのように人情に基いた規定でありまして、犯人または逃走者の親族が、犯人または逃走者の利益のために犯人藏匿または證憑湮滅の行為をなしても、これを罰しないという特例を設けておるのであります。しかしながら親族が自己の親族の逃走した者を藏匿したり、あるいは證憑を湮滅すること自體が、それは親族であるから適法である。あるいは國家として公認しなければならぬという趣旨ではなかろうと存ずるのであります。もとより惡い行為ではあるけれども、しかしながら親族同士お互いに、犯人を庇うということは、これは人情としてやむを得ないことであるからというので、法律が人情の前に一歩讓つたという形が刑法の第百五條として現わされているものと理解しておるのであります。しかしながら親族といつても、本人との關係において非常に親しい場合と、親族とは名ばかりであつて、平素は敵同士である、あるいは非常に疎遠であるという間柄もあるに違いないのでありまして、ただ一樣に親族だから全然さような行為はこれを罰しないというふうに言い切るのは適當ではないだろうというふうにも考えられるのであります。また他面新憲法の實施に伴いまして、犯罪捜査については極度に強權の發動をしない方針をとつているのでありまして、國民にお互いに協力していただかなければ、今後犯罪の捜査ということは十分にできないのであります。この犯罪の捜査に國民の協力を得るには、友人であろうが、あるいは親族であろうが、それぞれ捜査官に協力をしていただかなければ、犯罪捜査が思うようにできない。從つて治安の維持も全うすることができないという憾みもありますので、刑法の改正にあたりまして、もし犯人を藏匿したり、あるいは證憑を湮滅したりする者が、犯人の親族である場合には、よく具體的な事件を調べて、情状によつて刑を免除することもできるというふうに、そこを裁判所の自由裁量に任せる方が、具體的事件について妥當な結果が得られるであろうという考えから、修正案を提出した次第であります。
○池谷委員 最後に第二百三十條の二の問題でありますが、第一項においては公共の利害に關する事實にかかり、しかもその目的がもつぱら公益をはかるに出たるものと認むるときという二つの條件にかかつておりますのに、第三項の公務員または公選による公務員候補者の場合におきましては何らかくのごとき條件が必要とされていないというこの相違はいかなる理由からでありましようか。御説明をお願いしたいと思うのであります。第三項の公務員等の場合に、ただ提示された事實が眞實でありさえすれば、罰せられないということになりますと、公務員や候補者の全くの私的行為や、私的生活の問題等につきまして、政敵から、また反對黨からためにせんとする魂膽からして、醜い攻撃が加えられ、結局いまわしい泥試合が行われるということになりまして、決してよい結果はもたらされないと思いますから、第三項を全然削除してしまうか、もしくは第一項同樣に、公共の利害に關する事實にかかり、その目的をもつぱら公益をはかるに出でたるものと認めるときはという條件を加えるべきであると思うのでありますが、この點いかがでしようか、御説明をお願いしたいと思います。
○佐藤(藤)政府委員 改正案の第二百三十條の二は、現行法にないまつたく新しい規定でありまして、この規定は行きすぎではないかという御意見のあるのもごもつともと存ずるのであります。しかしながら、公務員は新憲法にもありますように、國民全體の奉仕者でありまして、その責任はまことに重いのであります。從つてかような重い責任を擔うべき公務員は、人格識見ともに非難せられるところのない立派な人物であることが要請されているのではあるまいかというふうに考えられるのであります。從つて現職にある公務員はもちろんでありますが、今後公務員たらんとする候補者におきましても、國民一般の批判の前にさらされて、その人物に關しましては十分檢討されなければならないものではなかろうか。公務員またはその候補者に對する批判は、從つてその批判する事項がどんな事項であつても、またそれを批判する動機がどんな動機であつても、もし批判された事實が眞實であるならば、公益上必要なものとしてこれを名譽毀損罪に問わないというふうに改正する方が正當であろうと考えまして、かような規定を設けたのであります。しかしこの點につきましては、仰せのようないろいろな御意見もあるだろうと存じますので、どうぞ愼重に御批判、御審議を願いたいと存ずるのであります。
○池谷委員 私の質問はこれをもつて終ります。
○松永委員長 中村俊夫君
○中村(俊)委員 ニ、三質問いたしたいと思います。今般の刑法改正案の中では、われわれが双手をあげて贊成をいたしまするいわゆる改善の點もニ、三あるのでありまして、執行猶豫を擴張された點あるいは刑の消滅についての規定を新しく入れられた點などは、われわれはその細末な點において異論はありましようけれども、まことに結構な改正案だと考えているのでございます。 そこで、まず最初にお尋ねいたしたいのは、この草案によりますと、現行刑法の第五十五條、連續犯の規定が削除になつているのでございます。憲法第三十九條によりまして、一般に被告人に不利益な再審が許されないということになつているのであります。從つてこれを實體法的から見ましても、連續犯あるいは勸念的競合、牽連犯等いわゆる科刑上の一罪についても當然それが許されないことになるのでありまして、その結果犯人が非常な罪惡をたくみに隠蔽して、ささいな反抗についてのみ確定判決を受けてしまえば、その後いかに大きな事犯が發覺されても、それが確定裁判を經たものと科刑上の一罪との關係を有する限り、これが刑事責任を問うことができないということになるのでありまして、この問題を解決いたすためには科刑上の一罪を科刑上においても數罪とするいうことによつて解決できると思うのであります。刑法の改正要綱にはその點が明らかにされているにもかかわらず、この改正案の中には單に五十五條が削除されるのみでありまして、刑法改正要綱の第三にあります「または連續した數箇の行為が同一の罪名に觸れるときは」というような新しい規定がないことは、はたしてどうかと思われるのでございます。われわれ連續犯が一罪だという勸念をもつている者からいたしまして、ただ五十五條を削除しただけで要綱第三のごとき解釋がすぐに浮んでこないという感じがいたすのでございますが、それについてお答えを願いたいのであります。
○佐藤(藤)政府委員 刑法改正案におきまして、第五十五條の連續犯の規定を削除いたしましたその理由は、仰せのように新憲法三十九條で、同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問われないと人權を保障されておる新憲法の精神に副わんがために削除いたしたのであります。この新憲法の精神に副わんがために連續犯の規定を削除すべきか、あるいは連續犯の規定を何らかの形に改むべきか、いろいろ研究いたしたのであります。なるほど司法法制審議會におきましては、仰せのような答申がありまするが、その後研究いたしましたが、どうも技術的にこれを修正して條文を存置するということは、いろいろ考究いたしましたけれども、とうていわれわれとしてはできかねたのであります。結局これを削除して、削除すれば本來數罪であるから特別な規定を設けなくとも一般の數罪として、すなわち併合罪として當然取扱われるものである、こういう確信のもとに削除いたしたのであります。
○中村(俊)委員 次にお尋ねいたしたいのは、きわめて重大なる問題でございまして、いわゆるこの改正案には皇室に對する罪が削除になつておるのでございます。これは實に重大なる問題でございまして、やがては各黨におきましても黨の方針としての決定的な御意見が發表になるだらうと思われます。わが黨におきましては、もちろんその點について黨議として決定されることだらうと思います。本日は私一個の見解をここに申し述べましてお答えを願いたいと思うのでございます。 ただいま配付をされました刑法の一部を改正する法律案の提案理由の中に次のごとく述べられておるのであります。「新憲法において天皇は日本國の象徴、日本國民統合の象徴たる特別の地位を有せられ、皇族もまたこれに伴い法律上特殊の身分を有せられるのでありますけれども、他面これらの地位と矛盾せざる範圍において一般國民と平等な個人としての立場をも有せられることとなつたのでありまして、その限りにおいて法的に異つた取扱をすることは新憲法の趣旨に合致しないとの思想に基き、この改正を行わんとするものであり、要するに個人の尊嚴かつ平等の趣旨をこれによつて徹底せんとするものであります。なお本改正につきましては、それがわが國民の傳統的なる感情に異常の衝撃を與うるにあらずやとの點を懸念いたすのでありますけれども、これらの罰條の存否がわが國民主化の問題の一環として列國注目の的となつておることを考慮いたしまして、この際敢えてこれを實行せんといたす次第なのであります。」云々というような非常な決意をもつて政府はこの天皇竝に皇族に對する犯罪の條項を削除されておられるのでございます。私は結論を申しますると實に政府はまさに刑法における天皇制を廢止されようとしておられるのであると、私は考えざるを得ないのでございます。はたして政府は憲法第一條の天皇は日本國の象徴だというこの意味をどういうように解釋になつておいでになるのでございましようか。憲法第一條のこの解釋につきましては、すでに前政府の金森國務相は、國の象徴たることと關連して、天皇不可侵權ということが現われてくるのであり、かつまた天皇の一般と違つた地位を有せられることが明瞭となつたのであると説明いたしておるのであります。言葉をかえて申しますと、憲法第一條は明治憲法におきまするところのいわゆる「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」と同樣の意味をもつておるのであると言つて差支えはないのだと、私は考えておるのでございます。さらに天皇は國民と全然別個の立場に、あるいは人格に置かれておるということは、新憲法にもそれは明らかに書かれておるのでございまして、第六條には、天皇は内閣總理大臣及び最高裁判所長官を任命する任命權をもつておられます。第七條にはいわゆる國事に關する特別の行為を規定されておられるのでございます。さらにまたこの改正案の二百三十條に改めらるべき中に告訴をなすことを得べき者が天皇、皇后、太皇太后、皇太后または皇嗣なるときは、内閣總理大臣に告訴權を移管しておるのでございまして、この條項自身におきましても、天皇を特別なる地位にあるものとしての取扱いをされておられるのではないでしようか。これによりはして、天皇の地位は一般國民と私は截然として區別されておるものだと確信いたします。しかるにこの提案理由の中には、あたかも前の議會におきまして金森前國務相が現在の憲法は法律的には國體は變つておるけれども、政治的には變つていないのだというぬえ的答辯をされたと同じく、ここに書かれておるように、天皇は法律上の特殊の地位を有せられると言いながら、また一面において一般人民と變らない取扱いをするのだということはきわめて私は矛盾しておるところの説明でありまして、これが政治家の説明ならばいざ知らず、法律家として説明といたしましては、とうていわれわれはこれに承服することができません。あえて再び私は刑法上における天皇制廃止をなさんとするところの企であると斷言して差支えないと思うのであります。元首的地位にある天皇に對する特別の規定を置いておきたいという念願は、日本人の感情であり、日本人の倫理であると私は固く信じておるのでございます。從つて政府に右の犯罪の廢止がはたして憲法の眞の精神に副うものだと考えておいでになるのでございましようか。言葉をかえて申しますれば、政府は新憲法は物理的平等までも要求しておると考えておいでになるのでございましようか、もしもしかりとするならば、天皇に對する正當防衞權も認められるのでございましようし、尊屬殺人の規定も廃止しなければこの權衝はとれず、しかもその思想は一貫しないものだと私は固く信ずるのであります。さらに天皇を民事訴訟の當事者としての適格ありと考えてよろしいのでありましようか。ことに尊屬殺人のごときは親子間の問題であります。もちろん社會道徳に關する影響はきわめて重大でありますけれども、第三者からいえばあかの他人でございます。これにつきましては死刑という特別なる條項が規定されておるのでありますが、もしもかりに日本人が天皇に對して危害を加えるという一つの例をとつてみましたならば、これは日本人全體の倫理に大きな影響があるのであります。この點は尊屬殺人をおいていながら、天皇竝びに皇室に對する罪を酌量するという點は、きわめて私は矛盾があると考えるのであります。はなはだ失禮な言い分ではありますけれども、佐藤司法次官は法律新報の第七百三十四ページの刑法改正法律案要綱についての御論評の中に次のごとく言つておられるのであります。これはもちろん不敬罪に關する點でございまするが、從來皇室に對する不敬罪規定は、その解釋及び運用について、往々不明確であるという批判もあり、また現在の國際情勢に鑑みても、不敬罪は單なる名譽毀損罪や侮辱罪のほかに、何らか神秘的なるものを包含するという疑問を招くおそれあり、云々ということを書いておりますけれども、いわゆる世論、俗論、あるいは過去における一部の人々が天皇に神格を與えたということは、われわれは否認いたさないのでございますが、刑法に關する限りにおいて、天皇に對して神秘的なるものありとの感を懷いておる人がありましようか。司法官である司法次官が、一部の世論に迎合されて、かくのごとき言をなされるということは、私は十分愼んでいただかなければならぬのではないかと考えるのでございます。明治憲法の第三條の、いわゆる「神聖ニシテ侵スヘカラス」という規定すら、國家は天皇に對して、天皇がその尊嚴を害されるような方法において責任を問われるような取扱いをしてはならぬということを定めたにすぎないのでありまして、「神聖ニシテ」。とは決して宗教的な意味、神秘的な意味をもつものではないのであります。天皇にふさわしい尊嚴を認められたにすぎないのでありまして、それはどこの君主でもそれにふさわしいと思われる尊嚴性を君主に認めて、それに相當する無答責の地位を有せしめておる所が普通でありまして、これと同樣なことがわが國でも天皇について認めていたにすぎないと私は考えておるものであります。私はここであえて憲法論を試みようといたしませんけれども、皇室、特に天皇に對する犯罪を削除せんとする政府に對して、はたして政府は新憲法における天皇の地位をどう考えておるかということを、質したいと思います。社會黨も、昨年の選擧においては天皇制護持を重要なる政策の一とされたはずでございます。われわれの言う天皇制というものは、もちろん過去の天皇の地位を言うのではありません。制度としての天皇制を論じ、これが存立を強調してまいつたのであります。しかして新憲法におきまして、主權は在民となつたのではありまするけれども、制度としての天皇制は嚴然として護持されておるはずであります。それは天皇制という點だけはこれを尊重すべきであるとの國民的感情と倫理がかく決定いたしたものであります。歴史の永いイギリスはもちろんのこと、歴史の短いアメリカにおきましても、國家生活に基く種々の事項に關して傳統の存在を見るのでありますが、當今ややもすれば、ただ新しがつて、傳統とさえいえば何でもこれを排斥するものがありますけれども、これは社會生活の繼續性というものを忘れたものであろうと私は考えるのであります。特に私の言いたいのは、社會生活のある事態に對して、ここの時代の社會生活の向上のためにある事項に關する制度を定めようとするにあたつては、その事項に關する傳統について愼重に考えなくてはならぬと思います。アメリカにおいても、イギリスにおいても、今申しましたように傳統はあります。しかも單に傳統が存在するに止まらないのでありまして、その傳統が尊重されておるのであります。そういう尊重されておるという傳統のあることを私は銘記しなければならぬと思うのであります。從いまして、私は天皇制が護持され、國民的感情としてこの尊い傳統をあくまで存續せしめていかなければならぬということよりいたしまして、現在の不敬罪というものは、きわめて漠然たるものでありますから、これは適當にかえられなければなりませんけれども、少くとも天皇竝びに皇室に對する危害罪及び特別の名譽毀損罪というごとき一條は、必ず設けられなければならぬものだと信ずるのでございますが、この點に關する政府の御見解を聽かしていただきたいと思います。
○佐藤(藤)政府委員 新憲法におきまして、天皇が日本國の象徴であり、また日本國民統合の象徴であるという特別な地位につきましては、明らかに第一條に明記されておるのであります、天皇制について刑法の改正案は何ら觸れているのではないのであります。天皇制護持についての思想は、私は決して委員各位に劣るものではないとみずから信じておるのであります。憲法において天皇制についていかような規定がなされようとも、また天皇制に關する新憲法の規定が人によつていかように解釋がなされようとも、天皇という特殊な地位についての國民の見方は、歴史の存する限り私は不動なものであるというように考えておるのであります。その事實は新憲法施行後におきましても、たとえば天皇が各地を行幸遊ばされましたときに、國民の歡迎するあの事實をみまするならば、新憲法にいかに規定がなされ、また人によつてその規定をいかに解釋せられましようとも、國民の天皇に對する敬愛の精神というものは、これは憲法の新旧により、人の解釋いかんによつて違うものではなかろうと、私は確信いたしておるのであります。この國民の傳統的な感情を生かしたいという氣持において、私は委員諸君に決して劣るものではないと思つておるのであります。しかしながら、新憲法においては、個人の尊嚴、個人は法の前に平等でなければならぬという大原則を掲げておるのであります。この個人の尊嚴竝びに平等という原則を刑法の上において貫徹するには、ここに皇室に對する罪について改正をしなければならぬ餘儀ない立場に立つておるのであります。だからただいま委員が申されましたように、現在の國際情勢を見ますと、日本がほんとうに民主的な國として再建することができるのであるか、また民主的な國として再建する方向に向つているのであるかどうかということを見きわめる一つの材料として、日本の刑法の改正にあたつて、この皇室に對する罪を國民がどういうふうに取扱うであろうかということに關して世界各國が注目しているということは、私が申し上げるまでもなく、御承知の通りであらうと思うのであります。かような國際情勢に鑑みまして、また一方國民の傳統的なる天皇に對する感情を尊重しなければならぬこのせつぱ詰つた立場におきまして、私ども事務當局といたしましては、刑法改正案において皇室に對する罪をいかに取扱うべきかということについて、昨年以來非常に苦慮いたしたのであります。その結果國民の天皇に對する傳統的な感情はどこまでも尊重するが、しかし新憲法の國民の個人としての尊嚴、平等の原則を貫くために、刑法の皇室に對する罪を削除する方が適當であろうという結論に到達いたしましたので、かような改正案を提出いたした次第であります。しかしながら削除いたしましても、新憲法にもありまする通り、天皇の特別なる地位に鑑みまして、たとへば名譽毀損罪の告訴というようなことは、とうてい天皇が國民を告訴されるようなことは全然期待することができませんので、そういう場合には、天皇の名譽を保持するためには、天皇の告訴はなくとも、内閣總理大臣の告訴によつて、天皇の名譽を保護しようというふうに考えてあるのであります。また危害罪につきましては、刑法において嚴重なる刑罰がそれぞれ規定されておりまするので、その點についても一般國民に對する危害罪の規定をもつて、十分天皇に對する生命自體の保護を全うすることができるであらう。こういう考えから皇室に對する罪を削除することになつたのであります。
○中村(俊)委員 ただいまの點に關しましての御答辯につきましては、私といたしましては、まことに不滿な點が多いのでございまするけれども、殊に總括的質問をなす方もありますし、また逐條審議の場合においてもお尋ねできると思いますから、この點に關する私の質問を打切りまして、最後にもう一點お尋ねいたしたいと思います。それは第九十條竝びに九十一條の削除でございます。これは外國君主等に對する罪が削除されております。この件に關しましては、去る二十五日の外務委員會におきまして、わが黨の安東議員より、この削除は憲法第九十八條の第二項「日本國が締結したる條約及び確立された國際法規は、これを誠實に遵守することを必要とする。」という條項に違反するんだ、憲法違反だという御見解が發表されて、多大の注目をひいたようでございますので、ただ結論は同じでありますが、私は簡單にお尋ねいたしたいと思います。御承知の通りこの種の刑罰法規の本質に關しましては、二つの見方があるのでございます。その一つは國家主義的な見解でありまして、すなわち自分の國の利益を本位とした考え方であつて、外國の法益に對するこれらの行為は國交を危くし、ひいてわが國の對外的地位を脅かすものであるという見解に立つている一つの見解と、第二は國際主義的なる見解でありまして、國際法上の義務に基く國内法であるとする見解でございます。すなわち國家は國際法上かかる規定によつて、外國の利益を害する行為を抑制する義務ありという見解に立つている二つの見解があるのでございます。この廢止によりまして、政府は第一、第二の見解を放棄されようとしておるのでございます。第一のいわゆる國家主義的な見解を放棄されることはわれわれは贊成であります。しかしながら第二の國際主義的なる見解を今、日本が放棄するということは、ポツダム宣言を誠實に履行しなければならぬわが國といたしましても、これはきわめて重大な問題ではないでございましようか。殊に御承知の通り外國の立法例を見ましても、ほとんど全部の國家は外國使臣に對する、あるいは外國君主に對する特別の犯罪というものをおいておるのであります。しかるにこのたび政府がこれらの國家主義的な見解を捨て、さらに國際主義的な見解を捨てて、そうして國際法上かかる規定によつて、外國の利益を害する行為を抑制するという義務をすら放棄するということは、殊にポツダム宣言受諾の完全義務をもつておりまするわが國といたしまして重大なことではないかと考え、さらに安東議員の言われるごとく、憲法九十八條第二項の規定にも觸れるのではないかとおそれるのでございますが、これに對する御意見を承りたい。
○佐藤(藤)政府委員 改正案におきまして、刑法第九十條及び九十一條を削除いたしましたが、これは決してわが國の國際主義をとらなければならぬ立場を放棄したわけではないのであります。もしこれを削除しないで現存しておつたとしましても、その解釋は仰せのように、當然國家主義的な解釋によるべきものではなく、國際主義的な解釋によつてこれを運用しなければならぬというふうに考えておるのであります。しからばなぜこれを削除したかと申しますると、外國の使節が治外法權と竝んで不可侵權をもつておるということは、これは國際法上明らかなことであります。この不可侵權の内容、またその程度でありまするが、各國の刑法において外國使節に對しては、一般國民よりもさらに特に重い刑罰を必ず刑法上規定しなければならぬという國際法上の法則はまだ確立されておるものではないと私は確信いたしております。なるほど國際法上外國の使節を尊重しなければならぬ、ある程度の治外法權、不可侵權を認めなければならぬというその慣例があることは存じておりまするけれども、刑罰法規において一般國民より各種の犯罪について、必ず特段に重い刑罰を科せなければならぬという、そういう義務までが國際法上確立しておるものとは解しておらないのであります。この點がおそらく見解の相違だろうと思うのであります。しからばこれを削除することによつて、外交使節を尊重しなければならぬ。ある程度の不可侵權を認めなければならぬという、その國際法上の要請がはたして滿たされ得るであろうかという問題になるのであります。この點につきましては、九十條、九十一條を削除いたしましても、私は現行刑法——さらに改正される刑法においては、外交使節に對する保護が十分に行きわたるものと考えておるのであります。こまかく申し上げまするならば、たとえば外交使節に對する一番おもなる生命身體に對する保護、生命を保護する規定としては殺人罪の規定であります。各國刑法においては、殺人罪については死刑を科せない國もあるのであります。非常に兇惡な殺人罪については、たとえば謀殺の場合には死刑を科しておりましても、單なる故殺の殺人罪については死刑を科せないような所さえもあるのであります。しかしながら各國の刑法を見ましても、外交使節の殺人罪について特段な規定を設けたということは、私は寡聞にして存じないのであります。外交使節の不可侵權を保護する最も尤たる殺人罪の規定においてすら、各國の刑法において特段の規定をしておらない。それはなぜでありましよう。それは各國の刑法において、それぞれ殺人罪については相當重い刑を規定しておるから、外交使節に對する生命權の保護が十分であると、こう認めておればこそ特段の規定をおいておらないのではなかろうか、かように考えたのであります。傷害罪についても同樣であります。ところが各國の刑法を見ますると、單なるそれよりも輕い犯罪である暴行脅迫、名誉毀損、侮辱そういう輕い犯罪について、特に外交使節に對して犯した場合には、重く處罰するという規定が實際あるのであります。これは仰せの通りであります。ところが、その點につきましても、ある國においては名譽毀損罪について特別な規定を設けており、またある國においては暴行脅迫についてのみ重い刑罰を規定しているというふうにまちまちなのであります。これは結局自國の刑罰法規をもつて他國の外交使節の不可侵權を保護するに足りない場合には、十分に保護するに足るだけの規定を設けなければならぬという国際法上の要請を滿たしていると考えられるのであります。わが國において今囘九十條、九十一條を削除することによつて、ただこれを削除するだけでは、たしかに仰せのように外交使節の不可侵權を保護するに十分でないと存ずるのでありますが、しかしながら、刑法改正案を全體ごらんくださればおわかりになりますように、暴行脅迫、名譽毀損については、現行刑法よりも相當刑罰を引上げまして、重い刑罰を科することにいたしましたので、この改正案が通過いたしますれば、改正刑法においては、暴行脅迫、名譽毀損についても外交使節を保護するということに十分であろう、こういう考えから九十條および九十一條を削除いたしたのであります。また先ほど御質問にもありましたように、皇室に對する罪を削除いたしましたその均衡から考えましても、一般の国民的感情といたしまして、皇室に對する特別な規定を削除しながら外交使節に對する特別な規定をおくということもいかがなものであろうということも考えたのであります。なるほどポツダム宣言を忠實に履行するがために、またわが國が再建されて、平和的な民主國家として將來國際間に伍していく上においても、從來よりも増して國際主義に則らなければなりませぬので、國際親善の關係からいつて、外交使節を特に尊重しなければならぬという點については、十分考えておりますが、改正刑法においては、相當刑罰を引上げましたので、外交使節に對する不可侵權の保護としては、それで足りるであろうという考えから、削除いたした次第であります。
○北浦委員 私はきわめて簡單でありますが、先ほどどなたか仰しやつた不敬罪を止すということは私も大反對である。そこでお伺いいたすのでありますが、ただいま政府委員は、「すべて國民は、法に下に平等であつて、」この規定のためにいかんともすることができないのだというような趣旨の御答辯でありましたが、この「すべて國民」という文字の中には、これはいかにも天皇は國民の中に包含せられておられます。しかしながら、また別個の日本國の象徴にして、日本國民の統合の象徴なりというこの特別な地位があることは御承知の通りである。この憲法第十四條の「すべての國民は、」という中の下の方の「平等であつて、」ということは、これは一般國民を指すのであつて、國民全體の象徴である天皇を指さない。その證據は、あなたも御承知の通りすでに憲法にたくさん區別がある。憲法という法律には法は平等でない、天皇という特別の地位がある。天皇は内閣總理大臣を任命することができる。それから最高裁判所の長を任命することができる。あるいは恩赦の大權であるとか、いろいろ憲法でも一般國民と區別している。皇室典範を讀んでごらんなさい。天皇だけではない、皇族まで區別されている。婚姻は兩性の合意によつてのみ成立する。しかるに皇室はそうはいかぬ。皇室會議という別個の會議を必要とする。現にこの刑法改正案についても區別しておる、特に親告罪は内閣をして執行せしむる、單に政府委員が憲法第十四條だけが論據であるというならば、それは非常な間違いである、故にこの憲法でも、政治的、經濟的、社會的關係においても區別されなければならぬ、法においてはすでに區別しておる。これだけの論據であるというと、われわれは承知いたしかねる。それで政府委員は、天皇は法のもとに他の國民と平等である、こういう觀念をもつていただきたい。日本國民としてはもたなければならぬ。なるほど、天皇は國民には相違ない。國民には相違ないけれども國民全體の統合の象徴である。一個の國民とは違う。この觀念から御説明を願わぬとことは間違う。私政府委員にお尋ねいたしますのは、すべて國民は法のもとに平等であるということ、この國民のもとに天皇を全面的に支配するものであるかどうか、この點をお伺いいたします。
○佐藤(藤)政府委員 憲法第十四條の國民という觀念の中に天皇が含まれるかどうかという御質問でありますが、私はこれは天皇がやはり含まれておるものというように解釋いたしております。しかしながら新憲法の第一條において天皇が日本國の象徴であり、日本國民統合の象徴であらせらるる特別なる地位にあらるることは、これはもちろん言うまでもないことであります。刑法のこの改正案におきましては、天皇の特別なる地位に基ずき、いわゆる天皇制に關する保護のために特別な規定は設けなかつたというまでにすぎないのでありまして、憲法第十四條の精神を徹底させて、皇室に對する罪を削除いたしましたけれども、その天皇の新憲法における特別なる地位、また皇族の特別なる地位について、特に刑法上特別な規定は設けなかつたというにすぎないのであります。決して第十四條の國民に天皇が含まれるという解釋をいたしましても、天皇に特別なる地位を認めないという趣旨ではないのであります。
○北浦委員 天皇も國民であるということは私は初めから申上げている。特別の地位を認めるかどうか。認める。認めて、何がゆえにそれを特別の保護をしないのか。認めた以上は特別の保護をしなければならぬ。一體諸外國において、キングだの、あるいはエムペラー、あるかないか知りませんが、とにかく日本の天皇、あるいはオランダの王、昔から王あり、皇帝あるところに不敬罪のなかつた國が一つでもありますか。そういうものはない。アメリカにないのはあたりまえ。アメリカには天皇も、そういうものはない。委員長、これから質問いたしますところを速記を止めて貰いたいのですが…。
○松永委員長 速記を止めて。 〔速記中止〕
○松永委員長 速記を始めて…。
○北浦委員 委員會の方で特別の別案が出れば、あなたの方で別の對策をとるという意味はよくわかりました。そこでもう一つお伺いするのでありまするが、一體民主主義民主主義と仰しやいまするが、英國もりつぱな民主主義、ロシヤもしかり、アメリカしかり、英國の王様に對しては不敬罪というのが現にあるのです。日本でそれをつくつたからといつて、日本は非民主主義だ、海外諸國、連合國がこれに對して注目する。さようなことは道理が通らぬと私は思います。この點政府委員は非常にびくびくしておられますが、私はそれには反對だ。 それからもう一つ、この不敬罪について私の念願いたしまするのは、何もそれに對して殺人があつたから、あるいは傷害があつたから、そんな普通一般よりも嚴重に嚴格に處罰せよ、そういう希望を私はもつていない。それは裁判官の自由心證によつておやりになるがよろしい。けれども、かつても經驗いたしたような「天皇米出せ」とか、あるいは天皇はどうだとか、こういうようなことは、日本國民としては見ておれない。われわれも特に天皇を神扱いにして、かりそめにも天皇に對して何かすれば恐多いから、ほかの者よりも格段に區別せよという、さような觀念も信念ももつていない。ただわれわれ國民全體の象徴を特別に保護せよ。その名譽を毀損するということは、われわれの個人に對する名誉毀損よりもさらに重大である。これだけを私は申し上げておる。單に不敬罪だけのことを私は申しておる。それから神宮、皇陵さようなものもこのままで結構だと思う。 私は刑法上についてはお伺いすべき點は二、三點にすぎない。戰爭放棄ということが憲法に書いてある。この刑法改正は、外國から武力の行使があつたとき、あるいはまた對日本の關係についての規定はありますけれども、第三者つまり外國と外國との戰爭に日本人が關與するということは全然書いていない。これはどういうわけですか。それがために戰爭を起す場合がたくさんある。現にいろいろ評判されておりまするが、日本人がどこか長白山脈か太行山脈に何萬人住んでおるというのはデマでありましようが、こいうことが再々新聞に現われる。こういうことが國と國との戰爭の端緒を開くことになる。今日はありませんが將來また某國と某國との戰爭が起る場合において、日本人は一方に加擔しても差支えないか、戰爭放棄であるが、何がゆえに第三者をお入れにならなかつたか。第三國と第三國との戰爭に日本人が介在するという條文をお入れにならなかつたか。この點をお伺いいたしたい。
○佐藤(藤)政府委員 仰せのように武力を否定する精神を徹底させますならば、第三國同志の戰爭に對しても、日本人が關與するということは、これは禁止しなければならぬと存ずるのであります。その點につきましては、現行刑法の九十三條及び九十四條にございまして、九十三條には外國に對して戰爭、戰闘行為をする目的で、豫備隱謀したとか、あるいは外國同志が戰爭した場合に、日本の局外中立に關する命令に違反した場合にはこれを罰するという規定が、現行刑法の九十三條及び九十四條にありまするので、外國同志の戰爭に加擔する行為についての禁止規定としては、現行刑法で十分賄えるだろうという考えから、特に設けませんで、ただ新しく設けまする規定としては、外國に加擔して日本に武力を行使させる、あるいは外國がすでに日本に武力行使をした場合、それに加擔する日本人を處罰するという八十一條、八十二條の二箇條を附加えまして、それで十分賄えるだろうというふうに考えております。
○北浦委員 刑法九十三條は、私の言うておるのはそんな條文とは違う。この九十三條は日本人が團結して外國人と戰爭をする場合、それから九十四條は局外中立、さようなことが今日本にありますか。そういういい加減なことを仰しやらないで、これは規定がないのだ、考えるなら考える、これだけでいいと思いますが、いかがですか。どうしてもこの條文はなければいかぬ。これを書かなければ、戰爭放棄という憲法の條文は空になる。その御答辯は他日に讓つておきまして、私は最後に委員長に、不敬罪の存否ということについて公聽會の開催をお願いいたします。それはまず委員長から議長の承認を經なければなりませんから、その手續をしていただきたい。これは別に委員會の決議がなくてもいいのでございます。しかし私が申し上げまするし、またどなたかの黨でも黨の問題になるのだというお話もありましたから、一體この二千六百年の歴史を有する日本において、不敬罪をアメリカ式に削除するのがいいのか否か、これを廣く國民一般、知識經驗ある人にも參考のためにその贊否を聽きたい。それをお願いいたしておきます。
○松永委員長 ちよつと速記を止めて…。 〔速記中止〕
○松永委員長 それでは速記を始めてください。本日の審議はこの程度にいたします。 なおこの際お諮りいたします。裁判官彈劾法案の審査のため、議院運營委員會より連合審査會を開くことの申出があります。日時は委員長の間で協議することにいたしまして、連合審査會を開くことに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○松永委員長 御異議なければさように決しまして、開會の日時は追つて通知いたします。 本日はこれにて散會いたします。次會は明八月一日午前十時開會いたします。 午後零時九分散會