司法委員会 第8号
- 発言数
- 53 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1947/07/30
会議録
○松永委員長 會議を開きます。 前會に引續いて國家賠償法案につきまして質疑を進めます。中村俊夫君。
○中村(俊)委員 簡単に質問を申し上げたいと思いますが、なお他の委員諸君と重複の點がございましたら、簡単にお答え願つて結構でございます。 第一條のなかで特にお尋ね申し上げたいのは、公權力の行使という文字が使われておりますが、この國家賠償法案は憲法第十七條に従つて立案されておるわけであります。ところが憲法第十七條の「何人も、公務員の不法行為により」という、これは必ずしも公務員の公權力の行使のみに限られるような、小さい範圍内における規定でないと私は了解いたしておるのでございます。従いまして權力的作用でなく、經濟的の活動の場におきましても、公務員が職務を行うにあたり不法行為があつたならば、當然憲法第十七條によつて、國家に對して賠償を求めなければならないと考えておるのでございますが、承れば政府のご意見は、民法の規定によつて解決するのだという御意見のようであります。けれども民法が七百十五條に従つて國家に對して賠償を許しているのは、これは原則的に民法に規定があるからではなくして、こういう國家賠償法案というものが過去になかつたものですから、ただ救濟手段としてあのような趣旨を説明したものに過ぎないのだと考えられておつたのであります。私は特にお尋ねしたいのでありますが、第一条の一項は、公務員は政府の機關としての公務員の行為でなければならぬのでありますが、民法の七百十五條の適用があるといたしましたならば、その場合にはこれは雇傭關係を前提としての考え方でなければならぬのであります。第一条の一項の、公務員は國家の機關としての公務員の行為であるといたしましたならば、私はあくまでもこの公權力の行使というものは、憲法十七條を非常に狭く解釋して立案されたものであると思いますが、その點について簡単にお答えを願いたいと思います。 それから第一條の第二項でありますが、これは國家の公務員に對求償權の規定でありますけれども、これは今の第一條第一項については私は疑問をもつていると同じように、第一條一項は國家機關としての公務員の行為に關する損害賠償請求權でありますが、第一條第二項になると、俄然國家は公務員に對して求償權をもつている。この關系は、はたして公務員を國家機關として見ておられるのか、それとも何かそこに雇傭關系があつてそういう雇傭契約というものがあるというような前提のもとに、求償權を認めておいでになるのかどうかはこの點はすでに第一條一項と第一條二項と、公務員の性質についてその趣旨を異にしておられるのではないかと考えられるのでございます。 それからさらに第一條一項の「職務を行うについて」という意義についてでございますが、この職務を行うということを厳格に解釋いたしますと、警察官が犯人を逮捕することが、かりに違法であつた場合、さらに加うるに暴行を加えて傷害を與えたという一つの例、さらに公務員が第三者と契約をする。その契約が違法である場合加うるに詐術を用いて契約したという場合、この暴行を加えたり詐術を用いるということが、はたして職務の範圍内であるかどうかという點については相當疑問があるのであります。この第一條一項の「職務を行う」という中には、そういう行為すら含んでいると釋解してよいかどうかということであります。 第二條でありますが、これは無過失損害賠償の意味を含めてあるのかどうかという點でございます。いわゆる無過失賠償を認めることを前提として、こういう二條の規定がなされているのではないかと思われますが、この點についてお答えを願いたいのであります。 それから營造物という言葉これは文字に關するもので、大したことはございませんが、むしろこれは七百十七條のごとき工作物とか、施設というような言葉に變えられた方が妥當ではないかと思います。 なお第三條について、たとえば新制中學の職員の俸給が、一部を國家が負擔し地方自 團體が負擔するという、くいう共同負擔の場合には、いずれを相手方にすべきであるか。この場合、第三條の後段に規定されているように、「俸給、給與その他の費用又は公の營造物の設置若しくは管理の費用を擔負する者とが異なるときは、費用を負擔する者が、その損害を賠償する責に任ずる。」その場合、その機關から直接公務員が不法行為をした機關に對する求償權というものがあり得るのか、ないのかという點についても、この条文では不明でありますか、その點について御意見を承りたいのであります。
○奧野政府委員 お答えします。第一點は、憲法には廣く公務員の不法行為となつていて必ずしも公權力の行使の場合に限定してないではないかという點でありますが、公權力行使以外の場合においては、いわゆる一般的に民法の規定によつて損害賠償の責がうことになりますので、従來公權力の行使の場合に限つて國が損害賠償の責がないということになつていた點を改めて、公權力行使の場合においても國が責任があるということを規定したのであります。それ以外の私企業的な司法關係におきましては、これは民法四十四條、あるいは民法七百十五條によつて解決し得ると考えます。お説きのように七百十五條の場合には、やや雇傭關係的な場合を指し、公務員が機關たる場合においては、むしろ民法四十四條が働くものと考えます。なお本法におきましては、第四條で「前三條の規定によるの外、民法の規定による」。ということに規定いたしましたので、考え方によりまして、この法律の中に司法關係の場合の損害賠償の點も、同時にすべて網羅して規定されておるというふうに考え方ができようかと思います。すなわち民法の規定によるということは、それが公法關係の場合においては一條、しからざる場合には、四條によつてすべての關係が、本法によつて規律されておるというふうに、解釋いたすことができようかと思います。第一條の第二項の求償權の場合に、これは公務員個人に對する求償權でありまして、この場合に公務員が雇傭關係であろうと機關的な關係であろうと、すべて公務員個人に對しての求償關係を規定しておるわけであります。 次は職を行うについて、これは司法上の契約のことを今お話になりましたが、その場合にはこの適用はありませんが、公法上の權力の行使に當つて、暴行あるいは詐術を用いたという場合がありますれば、これに妥當するものと考えております。 次に第二條は御説のように無過失賠償責任を認める趣旨であります。 次に營造物という言葉を無償施設としてはどうかという御意見でありますが、これは行政法上、營造物という言葉が用いられております關係上、こういう文字を用いたのでありますが、そのときには施設あるいは工作物というふうな、物的な營造物を意味しておつたつもりであります。 次は第三條で費用を共同で負擔するというような場合はどうかというのでありますが、この點はやはり費用負擔者と管理者が共同で損害賠償の責に任ずることになろうかと解釋しております。なお三條の場合において費用負擔者との間において求償の關係があるかというようなお尋ねであつたと思いますが、もし費用負擔者が費用負擔者として賠償の責に任ずれば、それですべての關係は解決いたされて、その後求償という問題は起らないと考えております。
○中村(俊)委員 ただいまの御答辯の中でちよつと私解しかねたのですが、第三條の場合に、費用を共同負擔する場合の相手方は、今のご説明は不法行為をなしたる公務員の屬する国家機關と、それから費用負擔する国家機關と申しますか、公共團團と申しますか、相手方が相違する場合に、費用を負擔するものが二つの公共團團、もしくは國と公共團團という場合に、おずれがその相手方となるかというのでありますが。今の御説明で兩方というのは何と何と兩方ということですか。
○奧野政府委員 たとえば費用負擔者が公共團團として二つあるという場合とか、あるいは公共團團と國家が共同で負擔するという場合においては、やはり双方に對して、ちよつとその割合ということは確定できませんから、双方に對して連滯的に請求することができるのではないかというふうに考えております。
○安田委員 ただいまの第三條に策連して質問いたします、昨日も私この點を質問したのですけれども、關係ないと思つてとりやめたのですが、今のような御答辯だと一應質問しておきたい。私が第三條は費用を負擔する公共團團と、官吏吏員の所屬する公共團團とが違う場合、國あるいは公共團團である場合に、そのいずれを相手として請求し得るか、その請求する相手方が不明であるから、それを決定する意味において、費用負擔をする、國あるいは公共團團を相手方として、こういうことをきめただけであつて、その管理するのは國であつて、費用を負擔するのは公共團團である場合に、損害賠償の責任をどちらが負擔するかということまでも決定するのは、この第三條では私は解釋されないと考えたのでありますが、そのことを三條決めたという御説明でありました。私はそれは解釋の問題だからとりやめたのでありますが、今の御説明ではあくまで損害賠償の負擔をどこがやるかということを三條で決定する。こう御説明のようでありますから、一應その點はつきり確かめたいのであります、損害賠償を負擔するのは、費用を負擔せしめることをきめる各場合について、その法規できめるべきであつて、この賠償法でそれをきめることは不當だ、賠償法はあくまで賠償法で、損害を受けた人がどの官廳を相手に、その損害の賠償を請求できるかということのみをきめるだけで、その損害賠償をどちらが負擔するかということは、別個に各場合に決定せられなければ、不當の場合が起こる、この點の御意見を一應伺つておきます。
○奧野政府委員 第體従來の學説によりましても、費用負擔者の負擔する費用として、こういう場合における損害賠償が含まれると解釋するのが適用であるというのが通説のようの考えましたので、費用負擔者と管理者が違うという場合には、費用負擔者がやはり直接損害賠償の責に任ずるということにいたすことが、結果的に見て適當ではなかろうかという意味で、三條はそういう場合には費用負擔者が損害賠償の負擔者に、外部的おいてなるという趣旨で立案したのであります。
○安田委員 それから先は議論になりますから、とりやめます。
○花村委員 私の質問は首相にお聽きしたいところであるのでありますが、ご多忙のほどを察しまして、西尾官房長官を煩わした次第であります。そこで私の質問は三點にわかつのでありますが、まず第一に法律案についてお尋ねいたしたいと思います。 ご承知のごとく新憲法の實施によりまして、これを取巻く諸法規の改廢が行わなければならないことは當然でありますのみならず、その數においても相當に上がるのではないかと考えられるのでございます。しかるに今日まで提出せられました法律案を見ますると、まことに寥々乎たるものでありまして、この新憲法を取巻すべての法規が改廢せられる時期は、いつであろうかと疑わざるを得ないほど、その提出が遲々としておると申してよかろうと思うのであります。新憲法實施に基く諸法律の改廢に基いて提案すべき法律案が、大團全部でどの程度に上るか。それからその中で今期議會に提出せらるべき法案が何件であるか。殘つた部分はいつまでに提案せんとするのであるか。それをまず大臣にお伺いいたしたいと思います。
○西尾國務大臣 お答えします。憲法關係法律につきまして第九十議會に成立いたしましたものが四件あります。第九十二議會において成立いたしましたものが二十三件であります。今囘の第一國會に提案いたしましたもの——すでに提案濟みのものが、國家賠償法案、刑法の一部を改正する法律案、以上三件であります。 なほ今囘の議會に提出する見込みのものは、皇室經濟法施行法、裁判官等の分限に關する法律案、裁判官國民審査法案、裁判官彈劾法案、家事審判法案、以上五件であります。なお次の國會に提案いたしたいと考えておりますものは、刑事訴訟法の改正法律案、民事訴訟法の一部を改正する法律案、以上であります。なお今議會に提出すべくしてまだ未提出に終わつております五件につきましては、八月十日までにはぜひ國會に提出いたしたいと考えております。
○花村委員 私の質問は司法關係の意味ではなかつたのでありますが、國務大臣の言われたのは、特に司法委員に關係のある法律案についての御説明であつたように思う。これは司法關係のものばかりではなく、議會に提出すべきすべての法律案を意味するのであります、この議會のすべての委員會に關係のある法案が、ただいま申し上げた件數という意味にお聽きしていいのですか。
○西尾國務大臣 花村委員の御質問は、憲法に關する法律案というふうに拜承いたしましたので、以上申し上げましたことは憲法に關係ある法律案、かように御了解を願いたいのであります。
○花村委員 私は新憲法を中心としてという意味に實は申し上げたつもりでありますが、直接憲法に關係のありますものはもちろん、この新憲法實施によつて國家機構のすべてに改變を行わなければならぬという關係が生じてまいりますので、すべての法案のことを實は申し上げたのであります。ただに憲法の實施による司法關係という意味に限定したわけではありません。たとえば取引所法とか、税制改正法案であるとか、民主主義の線に沿うて憲法を運用していくという意味において、いろいろの法案が改正されなければならぬと思うのですが、そういう廣い意味に實は私は御質問申し上げた次第であります。
○西尾國務大臣 廣い意味にと申しますと、どこで區切りをつけていいか判斷に苦しむのでありますが、むしろそういう御質問に對しましては、この議會に政府が提出する法律案全部は、一體どういうものかということをお答え申し上げた方がよりはつきりするのではないかと思いますが、今手もとにそれがありませんから、後ほど事務當局から、調べさせてお答えするようにしたいと思います。
○花村委員長 それは後にその數字をいただくことにしますが、結局これは相當の數に上まわるように考えられるのであります。そこでこの法律案の提出が遲遲として遲れておるというような情勢が看取せられると申し上げてよろしいと思います。現内閣も成立以來すでに二箇月徑つておりますが、そうした法律案がまだだんだんできる域に逹しておらぬように聽いておるのであります。そこで私のお尋ねしたいことは、これは政府のみでこの法律案の提案をすることに苦心しておられるような態度をとることなしに、衆議院の方と強調いたしまして、衆議院で提出してよろしいものであるならば、衆議院の方にその法律案の提案を任せるという方途をおとりになつたならばどうか。これはやはり本會議においても、またこの委員會においても、政府は法律案を提出する權限なしという議論がありました。しかしこの議論の是非は別といたしまして、その聲はまさに衆議院の方からも法律案を提案していいのではないか、またすべきだはないか、する方がむしろいいのではないかという含みが含まれておりますことは、これは論をまたぬことであります。申すまでもなく、米國のごとく三權分立主義がはつきりいたしておる法制のもとにおきましては、政府で行政面と立法面とが區別せられておりまするがゆえに立法事項に關する限りにおいては、これは議會でやつていく。しかしながら、英國におきましては、議會と政府が一體をなしておりまするがゆえに、議會で提案したものは政府がし、政府がしたものは議會が提案したというような結論に結局相なるのでありまして、そのいずれが提案するかはあえて問わぬのでございます。しかし、わが國の現下の法制の上から考えますれば、ちようど英米の折裏と申しますか、中間をとつておる法制下ありますがゆえに多くの法律案の中でも、衆議院が提案するが適當と認められるものはこれを衆議院に譲り、政府の提案すべきものは政府がやるということで、相強調して、そうして多くの法律案を一日も早く片づけていくという方途を講ずることこそ、最もわれわれは望ましいと思いますのみならず、先ほども申し上げましたように、政府に提案權なしという議論に對する精神を加味された一つの便法であり、またそおすることがこの民主議會にふさわしい方途ではないか、こう思うのであります。要するに今日までの議會においても、御承知のごとく發案權はあつたのでありますが、おそらく發案はいたしても、ほとんど議會の方の法案というものは通らなかつた。ただ法規のみあつて、實質的には行われておらなかつたというのが、舊來の議會の姿あつたのでありますが、今囘の議會はそうあつてはならぬ。やはり出すべきものは出し、出したものは通過するということで、また氣民衆の持がその法律案の中に織込まれるということに相ならなければ、この新時代に即するところの議會の姿であるとは言い得ない、こう私は存ずるのであります。こういう意味において政府で多くの法案をもつて手に餘つておられるとりも、議會の方とも強調せられて、議會の方へも相談をせられて、そして共に法律案をつくつて出されるということがいいことではないでしようか。ことに今囘ここに出された國家賠償法のごときも、こういう法案はむしろ議會に提出せしめるという方がいいと私は思う。これはただに國家賠償法のみではございません、その他にもあることであろうと思うのでありますが、そういう態度でせいふが進まれるということが、要するに法制は別としても、實質的には政府と立法府が共に手を携えて進むゆえんに相ならうと思いますが、この點に關する西尾官房長官の御意見——と言うより、むしろ政府の方針をお尋ねしておきたいと思います。
○酒井委員 議事進行について……。ただいまの質問を聽いておりますと、國家賠償法とどこが關係があるのかわれわれにはさつぱりわからぬのでありますが、今國家賠償法の審議をしているときであります。しかもだんだん時期も切迫し、多くの法案をあとに控えております。こういうことを際限なく許されたのでは到底この審議もむずかしいと思います。私ども常識をもつているがゆえに、離れたことは聽かないようにしておりますが、ああいうことを一一際限なく許されるということになると、全部の者がそういうことを言い出すということになれば、とてもこの司法委員會の運用はできないと思います。委員長には質問の整理をし、また重複したような質問に對しては、それに對して忠告を與えるような權限があるのであります。そのままじつと默つておられては困るのであります。どういう御意見でもつて質問を許されているか。委員長にお尋ねいたします。
○松永委員長 速記を止めて……。 〔速記中止〕
○西尾國務大臣 花村君の御趣旨には同感であります。すでに政府におきましても、何でもかでも政府が提案しなければならぬとは考えていないのでありまして、裁判官國民審査法案、裁判官彈劾法案等は、すでに衆議院より提出なつておりまするし、また生活協同組合法、もう一つ農業協同組合法でありましたか、そういうものも議員提出の法律案とするように、いろいろ準備が進んでおるようでありまして、そういう傾向に對しまして、政府は心から贊成しておるのであります。これは實際問題といたしましては、衆議院が立法府としてのいろいろな諸施設が充實するに従つて、花村君の仰せられたようなことが、だんだん實際的になつていくものと考えております。
○花村委員 次に進みまして、私はやみ撲滅に關する政府の方途、これは本案の公權力の行使による公務員の職務に、やはり重大なる關係をもつておりますので、牽連關係を申し上げれば長くなりますから、私はただそれだけ申し上げておきますが、やみ撲滅に關しまする司法省の意見は、このごろお聽きしたのでありますけれども、これは司法大臣の意見のみではとうてい満足できません。とにもかくにも今日いろいろ重大なる問題は山積みいたしておりましようけれども、おそらくこのやみ撲滅問題ほど大きな問題はないと、私は斷言してはばからない。政府はこのころから非常時物價對策を、第一次、第二次、第三次と發表してまいりました。この非常食糧對策を解決する意味においても、やみに對する考慮はまず第一に考えなければならぬ。またさらに最近物價價格體制というものが發表せられたのでありまするが、この施策の成果をあげるかいかんという問題も、これまたやみの撲滅いかんにかかつておると申さなければなりません。いわんやこのインフレの克服おいておやでありまするが、本日新聽紙に發表せられたところによりますと、私は前にこの問題をお聽きしようと思つたのでありますが、けさ新聽を見ましたところが、これに對する統制を徹底、やみ撲滅というので、政府の施策が發表されております。まことにこれはしかるべきことである。むしろ遲きに失する感があるとさえも言えるのでありますけれども、しかしこの方途のみによつて、はたしてやみの撲滅ができるか。おそらく今日のすべての政府の施策に、かかつてその成果をあげ得るかいかがという問題は要するにやみ問題をを除いてはないとまで、極論してみても、私は過言ではないと思います。ところが今日までのやみに對しまする取締りを見てみまするのに、あながち取締りをやらぬというではない。やつてはおるけれども今日のすべての統制された物價に對して手が行き届かない。しからば、すべて統制された物資にできないまでも、重要なる物資になんとかなんとか手がつけられているかといえば、重要物資にすらも手がつけられておらない。御承知のごとく、今日わが國における警官の數は九萬ということに相なつているということでありますが、この九 萬の警察官では手が足らない。手が足らぬどころではない、やみどころではない、公安の維持すらもややともすれば杞憂されなければならぬ状況におかれている。今日強窃盗、詐欺などは至るところに横行いたしているのでありますが、窃盗等に關します犯罪の検擧なんというものは、ほとんど問題にされていない。振り向いても見られない。今日、おそらく窃盗等に關しまする犯罪検擧の統計を見てみましたならば、もことに心細いものであろうと思いますけれども、それだけに世が亂れ、いろいろの重大なる問題が起きて來、重大犯罪が出てまいつておりますので、要するに手が廻らぬということであろうと私は結論づけてよいと思う。そういう關係にある場合において、政府が發表したこの重大なるやみ撲滅に對して、どういう方途を講ずるか。今朝發表された新聞によりますれば、私はまことに心細さを感ぜざるを得ない。査察、監察官で七千九百名になつている。これを加えてもおそらく十萬に達せないでありましよう。これらの關係からみて、政府が發表せんとする重大なる物資に對してのやみ行為撲滅が、はたしてできるかどうか。でこるという自身をおもちになつているかということを、私はお尋ねをいたしたいのであります。時間を節約する意味においてなお言葉を繼いで、この査察竝びに監察官七千九百名というものの職務行為はどこまでいくのであるか。要するに捜査検察の職務までも委ねんとするのであるか。ただ一種の監視的な、なんらの強制力をもたざる監視すがごとき薄弱なる權限をもつにすぎずして、あるいはその筋に向かつて告發をする權限をもつているというような、たぶんなまぬるいものであろうと私は思う。捜査、檢察、檢擧の權限までももつているとは考えられない。もしそういうものであると假定いたしますならば、これはほとんど私は用をなさぬものであると思う。警察の今日のいろいろな問題に對してすらも手の囘らぬ場所において、告訴告發のよつてなおその事件を増大せしむるというような方向に進んでまいりましても、決してこれはその成果はあげ得られるものじやない。こういう意味において、もしさようなものであるとするならば、これは意味をなさぬものである。意味をなさぬといえば語弊あるかもしれませんけれども、あるいは監視をしているという意味において、ある程度の效果はありましようけれども、しかし政府が發表したような、やみ撲滅というようなこの大きな見出しについての、大きな期待はかけられない。效果はまてぬと斷言してはばからない。しかしながら、もしそれこれらの機關に對して、今日の警察官と同様な強き權限をもたせるということであるならば、これは何をか言わんでありますけれども、かりにもたしたとしても、これだけの數を増すということだけでは、到底政府の豫期しておりまするやみ撲滅ということは、百年河清まつにひとしいと私は斷言してはばかりません。この點に關する政府の意向竝びにやみ撲滅をし得る確信をもつておられるかどうか。これをお尋ねしたい。
○西尾國務大臣 どうも政府の考え方がなまぬるいのではないかということで、伺つておると國民を片端からひつくくらなければ徹底しないようにも聞えるのでありますが、政府ではそういうことは考えておりません。もちろん監視、観察するものについては、ある程度のつき進んだ權限も與えなければならぬとは考えておりますが、それよりも重大なことは、これは全國民の協力、全國民といかないまでも、國民の中の政治的感覺のある、國を憂うる感覺の最も鋭い、それぞれの各階の人々を中心にした委員會等を地方々々につくりまして、國民運動的な規模の上にやみの絶滅を期したいと考えたのであります。しかし文字道りやみが絶滅し得るかどうか、その決心があるかどうかという御質問でありまするが、歴代の政府がなすべきことをなさずして、やみの問題は今日病膏肓に入つておるのでありますから、盡全力をすのではありますけれども、それは一に國民全體の協力がどの程度得られるかということにかかつておりまして、あとかたもないように綺麗さつぱりと、文字通り絶滅するということについては、今にわかにここで斷言するわけにはいかぬと思うのであります。
○花村委員 私は何も國民をことごとくひつくくつてしまえばという意味ではありません。國民をひつくくる必要があればひつくくるがよいでありましようが、ひつくくれという意味ではない。政府當路者に聞いても、これはどうも西尾官房長官は、やみというものに對する感覺がすこぶる薄いように思う。こういうことで政府の施策ができ得るかどうか。ますます私は今日その意見を聞いて疑問に思つた。物價廳に行つて物價長官に聞けば、やみの撲滅ということが、新物價價格體制を維持していく上には必要であると言うておる。聲聲を大にして叫んでおるではありませんか。官房長官は内閣の一角に引きこもつておつて、そういうことをお知りにならぬと言えばならぬかしらぬが、とにもかくにも時の内閣におられる國務大臣として、それでは私はまことに心細いと思う。政府の今日まで發表した施策を自分みずから放棄するものであると思う。物價長官も言う通り、物價廳の課長も言つておる。やみがどうなるかということによつて、物價價格體系を維持するや否やは決せられるだということを、昨日も自由黨本部に出てきて言つておる。のみならずまたこの食糧非常時對策についてもそうです。やみをどんどん許しておいて米を出せ出せと言うたところで米は出て來る筈がない。非常時食糧對策を解決する上においても必要である。それをやみ等はどうでもよいとは言いますまいが、今の口吻で言えば、國民の自覺を促すことがそれよりも必要である。國民の自覺を促すなんということはいつできますか。賣藥の效能書と同じです。效能ばかり竝べても效能は少しもない。國民の協力、國民の協力というてその效果はいつ出ますか。現在目の前にあるやみに對する對策を立てまして、國民の協力を得るななんという、そういうちやらんぽらんな考えをもつているとすれば、これは重大なる間違いである。新しいわが國の現在竝びに將來に對して、そういうなまぬるい考えを持つておるとするならば、私はまことに遺憾だと思う。この點において心からこの問題をもう少し眞劍に研究せられ、そうして議會においてももう少しまじめに私は答辯してもらいたいと思う。今日まで社會黨が答辯を求むる場合においても、聲を大にして親切ていねいにやれというので、長々しく質問をしてきておる。それをしもわれわれは議會の言論を愛するがために默つてきておる、しかるにただいまのごとき、人をばかにしたような、國民全部をひつくくろうというような意味の質問とは、一體何事ですか。國務大臣ともあろうものは神聖なるこの司法委員會において、もう少し眞劍にやつてもらいたい。私は眞劍のやつていますよ。この點は國務大臣の反省を心から促しまして、次の問題、すなわち最後の問題に移ります。 これもこのごろ司法大臣に御質問しまして、速記録で明瞭に相なつておるのでありますが、これは都下の各新聞竝びに日本全國の新聞に大體出ておるようであります。ただいまもつておりますのは、7月十九日の讀賣新聞の記事でありますが、これを一例にとります。これと大體同じ記事が都下の大新聞にも、また地方新聞にも載つております。その標題に、「世耕氏を告訴か、内閣側の態度きまる。」こういう見出しで記事を載せております。その中に西尾官房長官として載つておるのでありますけれども、この談は新聞記者諸君竝びに新聞社に聽きましたところが、内閣に新聞記者を集めて發表せられたということでありますから、まさかこれは、間違いはなかろうかと思いますが、これは御承知でありましようか。その西尾長官談として、鈴木法相の手もとで資料を集めてはいるが、今日鈴木君と會つたときの話では、閣僚がこの問題に關係するという世耕君の話はまつたく事実無根で、ああした無責任な報道をせられたことはまことに遺憾 で、政治的含みをもつて行われたようながする氣伝々と、こう書いてあります。まだあとにもありますけれども、長くなるから讀みません。それを御承知でしようか。またそういう發表をなすつたことは間違いないでしようか。
○西尾國務大臣 文字、解釋等について、必ずしも妥當でないものもあるようでありますが、大體においてこういうことを話しました。
○花村委員 司法大臣をさかんに引出しておるようでありますが、これはまあ引出されるのは勝手であります。しかし日本の少なくとも司法部の最高の權力を握り、大きな權力的な立場にある司法大臣などを、ちよいちよい引出すことは、私はあまり感心したことではないと思う。けれどもこれは引出されておるからそれでいいでしよう。いいが、しかしこの委員會において、この記事を鈴木司法大臣に示して質問をいたしましたところが、西尾官房長官の言うがごときこの記事には、何ら携わつてもおらず、話にも聞いておらぬという答辯でありますが、それはどうですか。
○西尾國務大臣 私は先ほど申しましたように、大體においてその新聞記事を認めたのであります。
○花村委員 西尾長官の言葉ははつきりしませんが、鈴木司法大臣は關係をもつておらぬということをはつきり言つておる。もししかりとするならば、この記事は大體において虚僞の記事であると申さなければならない。殊に問題になつております世耕君な、現閣僚中に關係者があるというようなことは申しておりません。少なくとも内閣の諸公がこいう問題をとらえてもつて世間に發表するという場合においては、その加害者である世耕君がいかなる言を弄したかどうか。どういうことをどういう場所で言つたのかどうかといつたような事實くらいは、これを突き止めるのが當然ではないでしようか。これは出される世耕君としては、議員としてまことに迷惑千萬であるばかりでなくて、ただに世耕君ばかりの問題ではございません。議員全體の問題である。議員がたまたまとらまえられて、そうして勝手な虚僞のことを書かれて新聞種にされるということは、まことに迷惑千萬である。だから少くともこういうことは、事實を確かむべきが當然でありますのみならず、今後の改正刑法においても、名譽毀損罪については、この眞實、事實というものに對して非常に重きをおいておる。もしそれぞれが事實であり、眞實であるとすれば、名譽毀損罪までも成立せんとするまでに、あなたの出されたこの刑法の法律案改正中にある。しかるにこういう虚僞全然に事實を世間に發表して、そうしてこういうことを書かせるということは、私は現内閣の諸公に一人として、まことに惜しむ次第であります。殊に内閣が告訴するのであるというようなことを言つておるのでありますが、これは法律家が見たら、なるほど内閣におられる諸公は、法律というものは知らぬ人が多いと見るから大してとがめないでありましよう。内閣で名譽毀損の告訴をするというような意見をもつておるから、大臣というものは大體法律は知らぬだろう。こう見る向きも多いでしよう。これもいいでしよう。いいでしようけれども、しかし書かれた人こそは迷惑である。この問題に對して西尾官房長官は一體どういう考えをもつておられるか。これは世耕君ばかりの問題ではない、全議員に對する問題でもある。先ほどの答辯と考え併せて、まことに私は遺憾にたあえないものが多いと申し上げて、これに對する明快なる答辯を願います。
○西尾國務大臣 私はその問題について申し上げたいと思うのでありますが、この問題については、世耕君が自由黨の代議士會における一議員の質問に答えて、現内閣の閣僚中にも關係者なしとしない、あるとはつきう斷言しないけれども、それはいくらか政治的な判斷を要する言葉でありまして、そのことが一つの動機となつてこれが外國に電報が打たれ、國際的にもこの問題が報ぜられておる。そういう結果は日本が新憲法のもとにおいて民主主義的な政府ができ、その政府によつて當面せる日本の國内の復興、及び講和會議に臨む態勢、そういう點ににつきましては、あらゆる意味おいて連合國側の理解と同情を得なければならぬ立場にあるのであります。そのときにおいて依然としてやみが盛んに行われておる。しかもその中に現閣僚の者が關係しておるがごとき印象を與えるということは、單に一内閣の問題でなく、國家的にみて極めて重大である。こういう意味におきまして、ただこれを政府が默認しておるということは、その誤解をますます深めることである。政府としてもこの問題は明らかにしなければならぬという考え方に出發したのであります。そして世耕君の言動がどうであつたかということについても、またそれはその言動等によりまして、たとえば、これを名譽毀損として告訴するといたしましても、その告訴の手續當事者になるものは、たれがなるべきであるかというようなことについて、私自身はそういう手續のこと、法律のことについおては素人でありまして、今花村君が現内閣には法律家はいなかろうという御趣旨でしたが、御承知のごとく鈴木君にしましても、あるいは齋藤國務大臣にいたしましても、あるいは一松厚生大臣にいたしましても、専門の法律家もおるのでありますが、その中の一人である鈴木司法大臣に、私がそういうことについて、手續なりあるいは實際の事實の有無等について、ひとつ君は研究してくれ。こういうふうに私は話したのであります。そういう意味でその新聞記者の質問に應じて答えたのがその記事になつたわけであります。さよう御了承願います。
○花村委員 もうこれで終わりますが、外國に影響を及ぼしたこと、なるほどこれは大きく見るのは適當でしよう。それは結構であると思います。しかし大きい影響を外國に及ぼしたからと言うて、罪とがもない者の名譽を、もしも毀損するような方途に出ることは、これは私は適當ではないと思う。おのずから外國に對する名譽を囘復すべき方途はあるわけであります。なにも「世耕君を告訴か、内閣の態度きまる」。という新聞記事を出したからというて、これが外國に對する好影響を及ぼす關係になりますか。もしそんな浅はかなかんがえをもつておるならばこれはどうかと思いますが、こういう記事を出したからと言うて、名譽囘復にも何もならぬのじやないか。私はそう思う。しかし大臣がそう考えておられるならばいいのでありますが、折角こういう記事を出したのでありますから、告訴するとかせぬとかいうことを、天下に明確にする必要があるように考えるのでありますが、その必要なしと見えますか。あるいは告訴しますかしませんか。その點だけお聽きして私の質問をおわります。
○西尾國務大臣 いろいろ國際的な惡影響がある。それを取消すためにそういう記事を新聞に話したのではないのであります。國際的な信用が事實無根のことによつて傷つけられておる。これを是正するためには、世耕君にそういう關係者なしということを明らかにする。さらにいわゆる世耕情報というか、隱匿物資の摘發の問題までも絡んで、いろいろなデマが盛んに飛んでおる。こういうものに對しましても政府は積極的にこれを調査するものである。そういう趣旨のことを私は語つた中の世耕君に關する問題が、そういうふうになつたのでありまして、政府は國際的な信用を是正するために世耕君の問題を出したわけではないことを御了承願いたいと思うのであります。なお最後の御質問ありますところの、世耕君を告訴するかどうかということにつきましては、その問題については私においてはなお研究中であります。
○松永委員長 北浦圭太郎君。
○北浦委員 私はこの賠償法について、政府委員の方にお伺いしたいのであります。實ははなはだ申しにくくて濟まぬわけですが、昨日初めて此處に出ましたところが、盛んに立證轉責任の換というところについて論議されておつたのであります。私はこの憲法で、 主張者に立證責任あり、こう解しておりますので、そこでお伺いするのでありまするが、政府委員といたしましては、國家に立證責任ありということに修正されました場合においては、まず第一にこれは同意せられるかどうか、この点と、それから同意できないならば、どういう譯で同意できないか、それを一つお尋ねいたします。
○奧野政府委員 この点につきましてはすでに昨日も申し上げましたように、もし第一條の書き方を變更して、國家に過失のないことを證明した場合は、損害賠償の責に任じないというふうに改めますことは、結局無過失損害賠償と同様の形式になるのではないか。無過失であつたということの立證は、あるいは非常に困難であろうと思いますが、そうなるとほとんど無過失損害賠償と同様な結果になつて、そういたしますと濫償の弊を伴い、國家財政の点から考えましても、これは憂うべきことになることを考えなければならないという点、竝びに國家の公權力の行使の場合に限つて、過失のないことを國家に立證責任を負わせますことは、公權力の行使以外の場合の不法行為の場合において、原告の方、すなわち被害者の方に立證責任を負わしめておるのと平仄が合わない。法律體系といたしましては如何かという点、竝びに公務員の行為について、無過失であることを立證しなければ、國家が賠償の責に任じなければならないということは、ひいて公務員の職務の執行にも臆病な気持を起さしめて、なすべき必要な正當な職務執行にまで惡影響を及ぼすことがないかという点を憂えまして、原案通り御了承願いたいということを昨日も申し上げた次第であります。
○北浦委員 昨日それを私は拜聽いたしておりましたが、實は十七條は憲法第十三條の基本的人權から流れて出ておる條文であることは御承知の通りでありまして、國民は、個人として尊重さるべきだ。生命、自由、幸福追求に對する國民の權利については、立法その他の國法の上で最大の尊重を必要とする。こう書いてある。そういたしますると、ただいま政府委員のおつしやつた、國家財政に影響を及ぼす。及ぼしても毛頭差支えない。不法行為をやつて、そうして賠償する。やむを得ない社會補償。公權力の行使の場合一般不法行為との均衡がとれない。とれなくてもよろしい。これは特別法みなせばそれでよい。官公吏が臆病になる。臆病になるほどの注意をもつて業務に従事することが必要である。濫訴のおそれがあると言われた。濫訴のおそえれがあつても毛頭これは構わぬ。立法上では最大の尊重を必要とする、こう書いてある。そこでもつと根本的に、そういう區々たる具體的事例でなくして、そういうことはどこがいけないのだ、こういう点について御説明できたらお願いしたい、かように思います。
○奧野政府委員 根本的にと申されますが、この点については先ほど來述べたこと以外に、根本的と申しましても、まず第一に、憲法第十七條おきましては明らかに不法行為を豫定しております。しかし不法行為ということでありますれば、大體現在の民法の思想をそのまま踏襲するということが最も妥當である。まだ外國の立法例及び判例等を見ましても、故意過失ということについてはやはりこれを要件といたしてあるようでありまして、それから各立法による事柄及び財政の關係、あるいは國民の權利の保護という点から考えましても、一般不法行為の場合と同様、故意過失の立證ということは、すでに一般の民法の適用のある場合にそういうことになつておるので、國家が賠償しなければならないという場合において、特に國家が被告になる場合だけに限つて、國家の方で無過失を立證しなければならないということにいたす必要はない。もしそうしなくても憲法の要請には合致し、個人の保護に缺けることはないというふうに考えまして、本案のようにいたしたのであります。
○北浦委員 民法の原則は政府委員御説明のごとく、もとより主張者に擧證の權利はあるのであります。昨日ちよつとこの席で承つておりますると、立證責任が困難であるにしろ、あるというようなことを盛んに議論いたしておられましたが、私はそんなものは問題じやないと思うのであります。要するにこの憲法全般にわたつての精神は、公共の福祉に反しない限り最大の尊重を要する、かようになつておりますので、私はそう考えておる。そこで政府委員が先ほどいろいろの具體適例をあげられましたが、これはすべて公共の福祉に關係があるのだ。そこで訴訟法の根本原則、擧證の責任は主張者にあり、これを覆えすに足らないのだ。私はさように考えておるのでありまするが、しかし消極的擧證の責任、積極的擧證の責任、これは擧證の責任のその前後を言うだけのことであつて、かりに反對論者の、擧證責任は國家にもてという論者にたいしましても、國家がたまたま積極的擧證の盡責任をしました時分においては、默つておる人がいない。やはりその次には積極的の證據をあげるに違いない要するに擧證責任の交流問題にすぎない。私はさように考えておりますから、政府委員のおとりになつている態度とは結論において同一でありますが、ただ最大の尊重をするのでありますから、少なくとも訴訟のやり方を變今後えなければいかぬ。今日までのような、大審院判例もたくさんありますように、國家權力の行使であるというようなことで、片つぱしからはねとばすというような態度は改めなければいけない。この点について政府委員は何か考えているか。あるいは具體的案をおもちになるか。こちらの終生は受けいれられるか。そういう心構えがあればお聽かせ願いたい。今日までのやり方はいけない。舊憲法の大審院の判例を見ましても、いくたの判例ははなはだよろしくない。むつかしくなるのはあたりまえだ。その点についてのお考えを最後に一遍お伺いいたしておきたい。
○奧野政府委員 この法律が出ることのよつて、今までのように、國家の公權力の行使だから絶對に國家は賠償の責がないという判例は、當然變つてまいることと考えます。しかしてその結果こういう問題が起りますと、國家とそれから被害者とは對等の地位におかれて訴訟が行われていくことと考えます。その意味で將來はいわゆる國家が個人に權力的に臨むという態度が、おのずから變更されなければならないと思います。なお話訟の手續きにつきましても、近い將來に民事訴訟法、改正竝びに訴訟の手續きについては、最高裁判所が自分できめることになつておりますので、それらの改正によつて訴訟の形態がより民主的になるものというように確信しております。
○北浦委員 民事訴訟法が改正される、それはよろしい。ところが拷問であるとか、あるいは虐待、こういうことによつて自白を強要される場合においても、國家は當然損害賠償の責に任じなければならぬ。そこで刑事訴訟法の政正法案をお出しになるのでありましようが、私の申しますのは、刑事にあれ、民事にあれ、人權の最大の尊重ということを頭において、そうして刑事訴訟法、民事訴訟法を改正なされ、それから今後裁判官の今日までの頭を切り替える、そういう方針で法を解釋し、この損害賠償法も適用して裁判なさる、こういうようにぐつと左の方に傾いていただきたいということを希望いたしまして私の質問を終わります。
○鍛冶委員 今趣旨としては北浦君の言われたことでわかりますが、私は政府委員としての先ほどからの答辯は、はなはだ遺憾だと思いまして、いま一遍私は念のためにお聽きしたいと思います。第一は、民法その他の法律と平仄が合わぬ。これは新憲法ができない前の法律であつて、新憲法ができて十三條の基本的人權の尊重、それに基いた十七條も出てきたときに、舊憲法時代の民法と合わぬから、これではいかぬと言われることが、われわれ第一に意に満たない。そういう考え方はいかぬと思う。これを第一に質したい。 その次は濫訴の弊害です。この十七條に基いて損害があるということを基にして起すのに何の濫訴ですか。損害のあらうがなからうが起すのが濫訴ですが、損害が現れなければ出てこない。そんな濫訴というものはありません。これは政府としての重大な發言と思いますが、濫訴というのを取消してもらいたい。その次は國家財政に影響あると言われましたが、國家財政に影響あるということは私には考えられません。この法律を何ゆゑにつくるのかというと、公務員が國民に損害を與えないように注意深く行政をやるということになると思う。この法律によつて國民に金儲けをやらせようとする法律ではありません。公務員をして十分仕事を注意してやらせようというのであるから、その效果のあがることを考えてやらなければならぬ。これあるためにどれだけの訴訟が起きてくるかわからぬから公務員は困るだろうということは、われわれはどうしてもわかりません。これが第三點。 その次はこれをやつたら公務員が積極的にいじけて仕事をやらぬということは、われわれははなはだもつて意に満たない。私はいつもよく言うことだが、公務員というものは挨拶状あるごとく、大過なくその任務を果たしまして、過失問題が起つてもきずさえつかなければよいというのではいけない。公務員に眞面目に仕事をやつてまらいたいためにこれがあるのです。ところがこれえあるがために公務員がいじけて仕事をやらぬということになれば、官僚弊害の最もよく現れたものだと思います。このことは岡井君も言われたように、亡國罪とか、懈怠罪というような罪を設けなければならぬという議論も起つてくると思います。この四點についてもう少し新憲法に基いた民主的な立場からの答辯し直してもらいたいと思います。
○奧野政府委員 お説のように民法それ自體から、過失主義を改めて、結果責任、無過失損害賠償責任に改めますことは、被害者の方の立場から申すならば、これはまことに被害者を保護する上において結構でありますが、その點についてはさらにいろいろな點が考慮されなければならないのではないか。それはこの前もちよつと申し上げましたように、たとえば交通事故のような場合において、ただちに故意、過失を問わず賠償しなければならないことにすることは、被害者にとつて非常に救濟を與えることになりますが、また加害者の面も考えなければならないので、やはりそういう場合においては、責任保険というふうな制度ともににらみ合わせて考えなければならない。なお將來研究すべき問題であらうかと思うのでありまして、被害者の救濟、被害者の權利の保護という點から申しますならば、お説のように過失賠償責任とすることが非常によいことで、國民の權益の保障という立場から見れば適当であるかとも思いますけれども、法制全般の改正研究と相まつてしかる後に、この場合についてもさらに將來研究いたしていくべきで、現在のところなお時期尚早というふうに考えているわけであります。 次に濫訴の弊といつたことについてだりますが、これはやはりただ損失あるいは損害があつたからとはいつて、ただちに違法行為及び損害賠償の請求ができるというものではない。やはりそれが違法の行為でなければならぬといつたような要件がある。もし損害があれば故意、過失がなくてもただちにやられるということになれば、その結果、あるいは場合によつては、誤つて違法でないような場合でも損害の請求をするというふうなことになつてはたいへんであるという意味であります。 それから財政の點についてでありますが、やはり昨日も申し上げましたように、鐵道の事故等において巨額の政府の支出をいたしておるのでありまして、被害者の救濟のためであれば、それはいくら財政に影響を及ぼしてもよいのではないかいう議論もごもつともと思うのでありますが、やはり國家全體の財政というのも無視できないのみならず、あるいは無過失損害賠償ということになれば、その立證等がむずかしいということになつて、結局支拂を餘儀なくされる場合が相当あろうかというふうにも考えますので、そういう意味で財政に及ぼす影響についても考慮したいということを申し上げたわけであります。なお公務員が臆病になるのではないかという點でありますが、やはりどうしても公務員自身の心理状態からいいますと、無過失の行為であつても、いくら注意をしてもこの無過失の證明がなかなか困難であるために、國家に賠償責任を負わせなければならぬということになりますれば、やはりおのずからそこに適正な執行に、ある程度の緩みが出ることを憂うる。それはむしろ公務員が惡いので、そういう場合には慎常に無過失の立證ができる用意をいたして、すべて公務員の向上のためをはかることが望ましいとも考えられます。その點は公務員自身の心がけであつて、そういう場合でも正常な行為を、どしどし勇敢になし得る人々が公務員とならなければならないと考えます。そういう自然の人情というようなものも考慮に入れることも、立案の際における一つの考え方を表しておるということを申し上げたわけであります。
○鍛冶委員 私、意に満ちません。私は無過失の損害賠償の方を言つているのではありません。もちろん違法にあらざればということを前提としているもです。ただこのようなこたはわれわれの今までの徑驗からして效果があがらぬ。しかも相手方が國家という權力をもつて向かつてくる。だから效果のあがるようにしなければならぬと言つている。無過失損害賠償論を唱えているのではありません。人は別として私はそういう考えをもつておりません。従いまして損害が出ておりさえすれば、違法でなくても請求するということを言つているのではもちろんありません。なおさらさようなことはありません。その意味で私は濫訴などということはあり得ることではないと思います。 第三點はこの法律を拵えるからむしろそういうことがなくなつて、なるべく未然にこういう訴訟が起らぬような日本の行政にあらしめるという方針だろうと思うが、政府はどう思いますかと私は問うておるのであります。少しも私の問いに対する答えになつてはおらぬようであります。
○奧野政府委員 こういう法律が出れば、公務員自身としても職務の執行にさらに慎重を加え、こういうことの起らないことになることは疑いないというふうに考えております。
○松永委員長 岡井藤志郎君。
○岡井委員 きのうの御説明を承つておりますと、「民法の規定による。」という中には、民法七百十五條の選任、監督というものも適用されると仰せになりましたが、憲法第十七條の規定によると、もちろん選任、監督ということも書いてございません。第一條にも書いてございもせんので、それでその分は民法七百十五條の規定によるのであるとおつしやつたんだと思いますが、そうんさりますとこれは憲法の規定に適合しないので、違憲の法律を第一條竝びに第四條において設定せられたのだと思います。理由はこの憲法十七條の公務員というのは、選任、監督において怠りなき公務員であればこそ、その國とその公共團體との関係が密接になつてくるのでございまして、かくのごとき公務員こそこの憲法第十七條條にいわゆる公務員の標本的なものでないかと思うのでございます。それが第一。それから第二は、この民法七百十五條の選任、監督に怠りがなければ、損害賠償の責任を免れるということにしますと、この賠償法第一條規定が全部ことごとく骨抜きになつてしまう。民間の事業團體と異りまして、選任、監督するのが公務員たるものの上司の職務なのです。これが商賣なんです。民間の事業團體でございますれば、能力があれば無頼漢でも使うことがあります。ところが官吏あるいは公務員は十分なる選任、監督を受けるのが当たり前になつておりますから、それでこの國なり公共團體におきましては、選任、監督に誤りなかつたということを證明するのは易々たることであろうと思います。全部骨抜きになつてしまいます。民法七百十五條は、これは土臺のないところ、清新の天地に自由なる立法を試みたのでありますから、どんな立法を試みられようと勝手なのでございますが、これはすでに憲法第十七條の土臺があるのでございますから……。
○奧野政府委員 私の言葉があるいは誤解を招いたかとも思いますが、私の趣旨はいわゆる國家の公權力の行使でない。私經濟事業の場合において、たとえば鐵道の運送というような場合において、これは民法の適用がある。従つてその際七百十五條という規定はもちろん適用がありますから、その際七百十五條の擔書によつて、無過失選任、監督に注意を怠らなかつたことを説明すれば、民法上の責任を免れることができるという趣旨でありまして、國家公共團體の公權力の行使にあたる場合につきましては、第一條で、「國又は公共團體が、これを賠償する責に任ずる。」とあつて、公權力の行使の場合は第一條、私經濟の場合におきましては一般民法を適用して、従つて七百十五條に該當する場合においてはその適用があるという趣旨なんです。
○岡井委員 私は今御せになりましたような私經濟のことも、やはり憲法第十七條にはいるのではないかと思つておるのでございますが、一般國民もさように心得ておるのではないかと思います。しかしこの點は今私としては初めて承つたのでございますので、そこで研究してみなければならぬと思いますが、私はさような點も憲法第十七條に含まれるのであるということと、それから第一條の公權力という文字も不適當なんではないかと思うのであります。何か國民としては權柄ずくで仕事を公務員がなさいますときにのみ、この條文の適用があるかのごとく思われるのでございましようが、私はこれは私經濟的な行偽もすべて含むのではないか。憲法第十七條に、またこのたびの國家賠償法の中に含んでないかということを思つておるのでございます。 次にやはり違憲問題でございますが。第三條に、「費用を負擔する者が、その損害を賠償する責に任ずる。」こうございます。ところが憲法第十七條の國または公共團體というのは、これはもちろん公務員の選任、監督に當つておられるところの國または公共團體であろうと思いますので、これは明白であると思います。しかるに費用負擔者に賠償責任を負わせるということは、憲法違反ではないかということでございます。
○奧野政府委員 第一の點は、これは憲法の解釋でありまして、従來私企業やる場合におきましては、國家と言うても個人と同様民法の適用を受けておるということで、このたびは一條の中にははいらない取扱いをし、一條は従來公權力の行使の場合においては、國家に賠償義務がないというところを、國家に賠償義務があるということを、國家に賠償義務があるということにいたしたので、その點は公權力行使以外の點までも憲法がやはり規定しているのだというふうに解釋を下すかどうかという點については、これは憲法上の解釋問題でありますが、實質においてはもうすでに私經濟の關係においては、國家の賠償義務あるのであるから、今まで國家賠償責任なしと言われた分を補うことによつて、憲法の要請にこたえ得るのではないかというふうに考えたのであります。 第二點は、實は憲法の第十七條におきましては、むしろ公務員という自然人の不法行為による場合の規定で、嚴格に申しますならば公の營造物の設置、保存上に瑕疵というふうな場合は含まないと解釋されるのではないかと思います。しかしやはり公法關係におきまして、國家がそういう營造物をもつておる場合に、その官吏に瑕疵があつて國民に損害を與えた場合には、やはり國家が賠償責任があるのだということは判例において區々でありますのでこの點を明らかにしたという程度であるのでありまして、多く第三はそういう營造物の管理が國にあるか、この費用負担者が公共團體にあるというような場合を豫想しておるのでありまして、要はそういうことになつて被害者に賠償をせしめることができれば、憲法の要請に適するのではないか。その場合に必ずしも國家から賠償を得なくても、こういう費用負担者があるということであれば、それからとるということにいたしても、必ずしも憲法違反とは考えないという趣旨であります。
○岡井委員 憲法第十七條の國というのは一つしかございませんが、公共團體というのはその意味だと思います。これは解釋上いかんともしがたい問題だと思うのでありますが、いかがでございましようか。
○奧野政府委員 その點は議論になりますが、この前からお話がありますように、第三條について必ずしも費用負担者がどちらにもかかつていけるというふうにした方がいいではないかという修正の御意見もありましたが、もしどうしてもそれが憲法違反なるということに解釋せられる場合においては、双方にどちらかを選擇し得るというふうに、修正の際なさることが適當であるかとも思います。政府といたしましては、その點についてはむしろそういうことにした方が、救濟を与えるのに完全になるのではないかというふうに考えております。
○岡井委員 それから私は瑕疵責任の轉換は、これも憲法違反になると思います。私はこの議論でありまして、同僚委員の説に反しましてはなはだ恐縮でございますが、信念は曲げることはできないのであります。一應責任の轉換は憲法違反である。國民にま人格があるけれども、國と公共團體にもささやかなりといえども人格がある。 次にこのたびの宮城縣の大水害のごときも、これが昔の濫伐のためでありまするということがわかりましたならば、言葉をかえてみますならば、國家賠償法の要件に適合しますれば、かようなものは國家はどしどし賠償なさいますか。
○奧野政府委員 もしそれが河川の管理等に瑕疵があつて生じたということになれば、やはり第二條の適用があるのではないかと思います。
○岡井委員 もう一つ、民刑とも重大なる事件は、すべて裁判所が誤判やつておると私は思う。上は大審院から下は區裁判所に至るまで、檢事の誤判は、これは重大なる犯罪が多いのです。有罪になるべきものが無罪になつておる。そのために今日のこの混亂を來しておる。これはしほうぶないのに大いに責任があると思う。民事においては勝つべきものが負け、負けるべきものが勝つ。これはことごとくそうなんです。私は司法部内の誤判率を百パーセントを見ておる。それではいかなる事件が成功しているかと言うと、つまり公正證書のある事件とか、わかり切つた事件でありまして、これらは二十四圓の小偽替券を持つていけば、郵便局員が二十圓を佛つてくれるがごときものである。これは公權力があるから、裁判官でなければ裁判の資格はないから裁判官にやつてていただくだけであつて、何も人民がわからぬからこんなわかり切つた事件を持つていくのではない。そのかわり切つた事件においてのみ司法部内は成功しておられると思う。私は今日のこの亡國の現状に対して、司法内に大々的な責任があると思う。かようなことを言うのは昔から私一人なんですが、私は今もつて憤懣に堪えないのです。そこで私は簡単に言いますれば、裁判所が無能力だる。本當の認識に徹底していないということです。このたびの判事告發問題にいたしましても、坂野舊委員長が當選しましても、それでもなおかつ委員たることを辭するのを意想をはつきり表明しておれば、はじめての電報を打つてもいいです。裁判官ともあろうものが、それらの點の眞相究明をせずして、またそんなことは聞いてみなくても、當選すればいやいやそうな顔をしてお受けになることはわかり切つている。決して辭退しやしない。それらの意思の究明をせずして、電報を打つて、それらの告發をうけおつて、そして檢事がただ形式的な審理をした、かような認識の不足が結局國を滅ぼしているのです。私は司法部内の大責任であるということを絶 叫したいのであります。 そこで國家賠償法にもどりますが、はたしてかような無能力まる裁判所をもつてしては、本當に今後いかなる大事件が起きてくるかもしれない。日本の國力を全部あげてもなおたりないというくらいの金額の賠償責任を負うかもしれないのです。この間も申し上げましたけれども、私は二百五十萬戸の家は、ことごとく政府の役人なり、あるいは當時の國會議員の懈方々の怠、不作為によつて燒いたのであるとまで言いたい。この點はお叱りを受けるかもしれませんが、審理の結果さようになるかも知れない。かような點まで眼光が及ばなければ、こんな法律をつくつても何もならない。司法部内だけで天下を救濟されるというだけの意氣込みをもつてやつていただきたい。要するにいかなる大事件が今後起きてくるかもしれないが、形式的の審理でなくして、本當の實質的の審理をなさいますだけの御自信をもつておられるかどうか。それから金額に對しましては無限に上るかもしれませんが、さような點についてはいかなる覺悟をもつておられるのであるか。この二點をお伺いしたいのです。
○奧野政府委員 仰せのように裁判官としては十分御趣旨のような點に留意して、全力をつくさなければならないと思います。またこういう法律が出ました以上は、この法律に適合した場合においては、この法律の通りの請求をうけるということもやむを得ない、當然の歸結と考えます。
○松永委員長 午後一時半まで休憩いたします。 午後零時四十一分休憩 ————◇————— 午後三時開議
○松永委員長 休憩前に引續き會議を開きます。 本日はこれにて散會いたします。次會は明三十一日午前十時から開會いたします。 午後三時一分散會