司法委員会 第7号
- 発言数
- 28 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1947/07/29
会議録
○松永委員長 會議を開きます。 國家賠償法案に對する質疑を進めます。酒井俊雄君。
○酒井委員 賠償法案第一條につきまして政府委員に少しお尋ねをいたします。一條によりますると、「國又は公共團體の公權力の行使に當る公務員が、」とございます。この賠償法案の基本ともなるべき憲法の條文第十七條によりますれば、「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、國又は公共團體に、その賠償を求めることができる。」とありまして、公務員の不法行為によつて損害が國民に生じたときには、その不法行為が公權力の行使であらうとあるまいと、それにかかわらず國または公共團體は損害の賠償の責に任じなければならない、こういう規定がありまするが、憲法で保障したこの國民の權利を範圍を狭めて、公權力の行使にあたる公務員がその職務を行うについて損害を與えたときにのみ、國または公共團體が賠償するということに、この賠償法で規定をしようとしまするのは、立案上どういう意義がございますか、お答え願いたいと思います。
○奧野政府委員 從來國または公共團體の公權力の行使の場合における損害賠償については、判例、學説ともにこれを否定しておつたのであります。公務員といえども一般に公權力行使以外の不法行為によつて損害を生ぜしめた場合においては、從來といえども民法の一般規定によつて、被害者は救濟を與えられておつたのでありまして、その場合については何ら特に民法のほかに規定を設ける必要がないのでありまして、ただ公權力の行使の場合だけ、國家あるいは公共團體は責任に任じないということになつておつた。それを撤廢したのが憲法の趣旨であると考えますのと、これによつて公權力行使の場合だけを規定すれば、他はすべて私法關係においては民法が働くので、これによつてすべての公務員の不法行為について、被害者又は救濟を受け得ることになるというわけでありまして、すなわち憲法の趣旨もまた公権力の行使の場合に、その救濟の途を開くということで、必要にして十分であらうと思います。
○酒井委員 從來公權力の行使以外の場合で、公務員がその職務を行うについて國民に損害を與えた場合には、その公務員個人が責任をもつということで、國家あるいは公共團體がこの責任を負擔するということにはなつていなかつたように考えております。そういたしますとこの場合公務員が公權力の行使以外の場合で損害を與えた場合には、やはり民法の規定によつて、將來もその公務員個人に對して——私人に對して賠償を請求するということになりますので、權利の保護が國家に對して賠償を請求する場合よりも、實質上には非常に薄弱になる。個人の賠償力というものは、國家の賠償力に比較したならば非常に逕庭があるわけであります。そういう意味からいたしましても、憲法が公權力の行使であると否とにかかわらず、その公務員の職務行為による損害に對して賠償を保障した以上、やはり國家が賠償するという保護を、この國家賠償法におきましても規定しなければ、憲法が保護するところのその範圍を、やはり狭めることになるのではないかと私は解釋いたします。さらに御答辯を願いたいと思ひます。
○奧野政府委員 公權力の行使以外の場合における不法行為につきましては、公務員の個人の責任はもよよりでありますが、國家もまた民法第七百十五條及び民法四十四條の趣旨からいたしまして、國自體も民法上損害賠償の責があるというふうに考えております。
○酒井委員 重ねてお尋ねをいたしますが、その民法の規定でまいりますると、國家あるいは公共團體は、公務員の選任監督について瑕疵がなかつたということを立證すれば責任を免れ得ることになつていると思います。今度の賠償法では選任監督に瑕疵がなかつたということを立證しても、責任は免れ得ないことになつているんじやないかと思います。誤解かもわかりませんが、この責をはつきり御答辯を願いたいと思います。
○奧野政府委員 ただいま民法七百十五條あるいは民法四十四條の規定の適用によつて、國が賠償の責に任ずるということを申し上げましたが、その公務員と國との關係につきましてやや雇傭關係的なものが七百十五條に該當しますが、そうではなく、むしろ上級の公務員というものは、おそらく四十四條の方が適用されると思うのであります。ただ下級の傭員雇員といつたようなものについては、七百十五條で選任監督の注意を怠らなかつたことを立證して、賠償を免れることができる途がありますが、四十四條の場合においてはおそらく當然にはそういうことがないのではないかというふにう考えております。いずれにしても民法でゆく場合は七百十五條が働らく場合がありますから、その場合には無過失を立證明して、國家が責を免れる場合があり得るのでありますが、これは從來その關係においては國家も一般私人と同樣な立場に立つわけでありますから、特に國家の場合だけは、その場合でも選任監督に注意して過ちがなかつたということを立證しても、なお國家に責任があるということは、いささか行過ぎではなかろうかと感ずるわけでありまして、そういう意味において民法の七百十五條の適用のある場合においては、やはり民法の原則によつて責を免れる但書の適用があるというふうに考えております。
○酒井委員 本法案の第一條の中に「違法」という文字がございますが、故意または過失によつて他人に損害を加えると、民法の不法行為の文字によれば、故意または過失によつて他人の權利を侵害した者は、これによつて生じた損害を賠償する義務がある。そうしますと、故意、過失によつて他人に損害を加えれば、そのことが違法ということになるんじやないか。この違法という言葉を加えた意義を御説明願いたいと思います。
○奧野政府委員 この前御説明申し上げましたように、本案におきましては、民法七百九條とやや趣きを異にして、權利の侵害ということを特に掲げなかつたのでありまして、權利侵害を掲げなかつたからと申しまして、適法な行為による損失までも賠償せねばならぬという意味ではないので、要するに違法の場合、すなわちそれは同時に權利を害するということになるのであろうと思うのでありますが、そういう意味で權利侵害の要件を掲げなかつたのと、反面において違法ということを掲げて適法な場合でない、いわゆる違法の場合にのみ限つて賠償の責任があるということを明らかにいたしたわけであります。故意、過失と申しますのは、いわゆる主觀的な心理状態でありますが、違法というものはその行為の客觀的な要件、故意、過失は主觀的な要件というふうに考えまして、この兩者は兩方ともに併存する要件というふうに考えておるわけであります。
○酒井委員 次に、これは前にもお尋ねがあつた問題でございますが、特に重要だと考えますので、さらに詳しい御答辯を得る意味で、重ねてお尋ねを申し上げたいと思います。それは立證責任に關する問題でありますが、前の質問者の質問の趣旨にもございましたように、私ども訴訟に永年携わつてまいりました經驗上から申しまして、故意、過失の存在の立證というものは非常に困難であります。しかし立證責任の原則として、權利を主張する者が、これに對する立證の責任をもつということになつておるのであります。だが實際訴訟をやつてみると、この立證がつかないのです。結果において損害が現われておりながら敗訴になる。あるいはその損害の何分の一というような輕微な損害を認められるというような不利を招いてきた。まして賠償を請求するところの相手——賠償義務者は、國家または公共團體でございまして、大きな力をもつておる。これに對して個人である國民は、訴訟の上で爭うという場合に、はたしてこの立法によつて企圖しておるところの國民の救濟が、その立法精神通り與えられるかどうかということは、非常な疑問だと思う。そこで正面上のみから見れば、この立證責任はひとつ轉嫁したらどうか。國家あるいは公共團體は無過失であつたということを自分の方から立證しない限り、相手方に損害を加えれば、賠償しなければならぬということにしたらどうかということを強く考えられるのでありまするが、この立證責任を轉換する意思ありやなしや。もしなしとすれば、その根據は一體どういうところにあるか。詳細に御答辯願いたいと思います。
○奧野政府委員 その問題につきましては、昨日來いろいろ論議の對象になつておるのでありまして、政府の方でもその後いろいろ研究議論いたしたのでありますが、たびたび申し上げますように、現在の段階におきましては、一般不法行為について過失主義をとつているということ、竝びにこれを全部無過失で國家が賠償するということになりますと、もうこれは將來の問題でありまして、豫測はつかないのであります。とにかく無制限に無過失賠償責任を負わなければならないということになりますと、國家財政の上において非常に憂慮しなければならないことも考えられます。あるいはそういう場合においては、賠償に、ある一定の限度を與えるというふうなことを考えるとか、あるいは責任保險等の問題も併せて研究をいたさなければならないのではないかというような事柄、竝びに公權力行使の場合は、無過失賠償を認めるということにいたしますと、公權力行使以外の場合において、國家が賠償責任を負う場合は、民法の一般規定によつて責任を負うのでありまして、この場合は行為者に故意過失がなければならない。すなわち公權力行使の場合は無過失であるが、それ以外の場合の、國家が賠償の義務を負う場合は、故意過失を要件とするということになりますと、兩者の間において平仄が合わないということに相なるかと考えます。そういつたような事柄、竝びにいやしくも官公吏が十分注意をして過失がない場合でも、これによつて損害をかければ、國家が損害の賠償の責に任じなければならないということになりましては、官公吏が行うべき職務の正當な執行にさえ、あるいは臆病になるおそれがあるのではないかという點も考えまして、あれこれいろいろ考えましたが、やはり何といつても國家財政の點を強く考えまして、やはり從來の建前通り、過失主義でいくのが妥當ではないかというふうに現在考えておる次第であります。
○酒井委員 私の氣持から言いますと、問いと答辯がちよつと食い違つたように思うのでありますが、問い方が惡かつたかもわかりませんから、さらにお尋ねをいたします。無過失責任、無過失賠償のことをお尋ねしたのではなくて、立證責任義務の轉換についてお尋ねしたわけであります。權利を主張する者が立證責任をもつというこの原則に從うと、かかる場合の損害の救濟には、非常にその救濟が薄弱になる。だからこの法案においてはその責任義務を轉換して、國家、公共團體の方で過失がなかつたということを立證しなければ、賠償の責を免れることができないというに規定される御用意はないか。一般立證責任の原則にこの場合も從おうとするならば、その理由はどこにあるかという點についてお答えを願いたいと思います。
○奧野政府委員 立證責任を轉換することによつて、救濟の途を廣く與えることができるのではないかという御意見、ごもつともと考えるのであります。あるいはそういうことも十分考慮いたさなければならないと考えるのでありますが、先ほども申し上げましたように、一般の公權力行使以外の場合、司法關係に立つ場合においては、やはり立證責任の轉換ということをやらないでおいて、公權力の行使の場合だけに立證責任の轉換をやるということも、やはり法制の建前といたしまして統一しない憾みがあるという點と、それからやはり國家あるいは公共團體の方で、無過失を立証するということは非常に實は困難でありまして、事實上は無過失損害、損害賠償責任と同樣な結果になるのではないか。その結果濫訴をひき起すというような弊も考えられますので、國家財政の立場からその點についてもいろいろ考慮し、さらに研究しなければならないのではないかというふうにただいま考えております。
○酒井委員 要はこの無過失賠償は別といたしまして、立證責任の轉換について問題になるのは、結局國民が憲法の精神に基きまして完全に保護されるという建前からいけば、立證責任轉換は最も必要なことだと私ども考えます。しかしこの反面から言いますと、それがためにただいまおつしやつたように濫訴の恐れなしとせず、結局法の最も深い精神は、いずれの法といえども社會國家の秩序の維持であるということになるのでありますから、濫訴の恐れがあり、これによつてむしろ日本の社会機構に、その秩序を保つ上において惡影響を與えるということになれば、これは相當考えなければならぬ問題だと思います。そこで比較考量の問題になつてくるかと私ども考えるのであります。政府におかれてはこの點の何か見透しとかいうようなものを、おもちになつていらつしやるのでございましようか。
○奧野政府委員 たびたび申し上げますように、この法案を現實に適用する結果、どれだけの事件が起るかということについては、豫測がつかないということを正直に申し上げるのでありますが、これをもし無過失賠償ということにいたしますれば、これは相當國家の損害賠償の負擔が大きくなるのではないか。これは輸送關係の事故についてお手もとに差上げておる表を見ましても、これは司法關係の問題でありますが、二十一年度では五千萬圓からの支出をいたしておるのでありまして、二十二年度においてはさらにこれよりも相當上囘つた金額が支出されておるということでありまして、從いましてこれが無過失賠償ということになりますと、國家財政の上において相當な金額の負擔になるのではないかというふうに考えますので、この點いろいろ考えましたが、やはり政府といたしましては、原案通りぜひお認めを願えれば幸いと考えるのであります。
○酒井委員 大體政府のお考えは了承いたしました。 次に第五條に關する問題についてお尋ねを申し上げたいと思います。この國家賠償は「民法以外の他の法律に別段の定があるときは、その定めるところによる。」と規定してございます。ところが過去における民法以外の賠償に關する特別法を通覽いたしますると、大體において非常にその賠償の責任の生ずる場合を局限しておることと、生じた責任も非常に輕微にしかこれが賠償されないような形に現わされておるし、非常に窮屈な規定になつておると思いまするが、一般法、特別法の關係から申しますると、特別法は一般法に優先して適用されるというようなことになりますると、むしろ狭く考えられ、窮屈に規定された特別法が生きておるということになると、一體この國家賠償法との關係上、その特別法をどう解釋すべきかということが疑問でございますが、この點についてお答え願いたいと思います。
○奧野政府委員 本法案が國家賠償の一般法になり、さらに特別法があればその特別法によるという建前が五條であります。ただいまこの五條の特別法と申しますのは、郵便法のごときものを指しておるわけでありますが、御指摘のように郵便法は非常に古い法律でありまして、またその場合賠償額等につきましてもいろいろ制限があるようでありまして、これは新しく國家賠償法が制定されるということになりますれば、こういう特別法についても、さらに檢討を要するのではなかろうかというふうに考えております。そこでその點は所管が違う關係から、この國會の審議の際の御意見等を所管官廳にもお話をいたしまして、その點についてよく研究再檢討を加えていきたいと考えております。
○酒井委員 有難うございました。これで質問を打切ります。
○松永委員長 花村四郎君。
○花村委員 ただいまの第一條の違法という文字ですが、民法の損害賠償の規定は不法という文字を用い、しかも國家賠償に關しまする諸外國の立法例も不法という文字を用いておるのですが、それを特にここで違法という文字を用いた理由はどこにあるか。それが一つ。そしてただいまの立證責任の問題で、要するに立證責任の故意過失がなかつたという立證と、そして故意過失があつたという立證と、双方の立證責任の問題が起きてくるのでありますが、今政府委員の言われたところによりますと、故意過失がなかつたという立證は相常にむずかしいと言われるお話であつたのであります。これはごもつともと存じます。しかしながら行為をやつた人の故意過失がなかつたという立證と、そして被害者の方面の故意過失があつたという立證とどつちがむずかしいでしようか。むしろ行為をやつた人の方面に故意過失があつたという立證よりも、被害を受けた人が、行為をした人に故意過失がなかつたという立證をする方が、私はなおむずかしいと思う。そのむずかしい立證責任を被害者に負わせるということで、はたしてこの立法の國民救濟の趣旨が徹底するでありましようか。それをお尋ねしたいと思います。民法の方面においてはその立證責任は被害者の方面に課せられておるから、從つてこの法案もそうすべきものであるというその議論は私は當らぬと思います。民法は民法、國家賠償法は賠償法で、民法と異つた規定を設けてあえて差支えない。民法にそういう規定を設けてあるから、それと同じ規定を設けなければならぬということは、これは意味をなさぬのみならず、むしろこういう新立法をしまする以上は、民法よりもやはり進んだ規定を設けるということがあつてこそ初めて意義をもつ、でありまするからその二點をお伺いいたしておきます。
○奧野政府委員 違法と申しますのも、不法と申しますのも、同じ意味に考えております。ただ國家公共團體の行政上の行為でありまする關係上、不法というよりも違法という感じの方が適當であろうというだけの趣旨でありまして、不法も違法も同樣であります。 それから立證責任の問題でありますが、御説のように、被害者の方から加害者に故意過失があつたということを立證することは、必ずしも容易ではないかと思いますが、これは大體現在の民法不法行為の場合において、實際の訴訟等におきまして、すでに相當そういう過失の立證についてはいろいろ判例等があり、場合によつては裁判所が事情によつて適當に立證責任の轉換を行うようなやり方によりまして、おのずから過失の證明を認めている事例もたくさんあるのであります。そういう意味をもちまして、大體今までの不法行為の行き方を踏襲していいのではないか。御説のように新立法をやるのであるから、さらに進歩的なことをやるべきではないかという御説ごもつともと思います。無過失あるいは立證責任の轉換ということをここに規定いたしますならば、この案よりもさらに進歩的になることは、被害者の救際という點から言いまするならば、御説の通りと考えるのでありますが、先ほど來申しましたように、公權力行使以外の場合の平仄を考えてみますると、公權力行使以外の場合においては、やはり被害者が故意過失を立證しなければならないことになつており、しかも從來は、公權力行使の場合には全然國家に賠償の義務がないということを、今囘賠償の義務があるということにいたした際でありまして、これが一足飛びに無過失賠償まで進歩的に發展せしむるということについては、まだ政府といたしましても國家の財政等を勘案いたしまして、そこまで積極的に規定するという段取にはまいらなかつた次第であります。
○花村委員 どうも答辯がぴんときませんが、それでは簡單にこういうふうに質問しましよう。加害者が故意過失があつたということを立證することは、すこぶる困難だとおつしやられたが、それはごもつともです。われわれもそう思います。そうすると被害者が、加害者に故意過失があつたということを立證することはどうでありましよう。むずかしくないでしようか。そうしてただいま申しました加害者の故意過失がなかつたという立證と、それから被害者の、加害者に故意過失があつたという立證とどちらがむずしかしいでしようか、私は後者の方がむずかしいと思う。そのむずかしい立證責任を、保護を受ける人に課するというのはどういう意味でありましようか。それを簡單におつしやつていただけばいい。餘計なことはいらない。
○奧野政府委員 加害者が無過失であつたということの立證も、これは非常にむずかしい問題であろうかと考えます。しからば被害者の方から加害者に過失があつたということを立證するのと、どちらがむずかしいかということは、一概には申し上げられないと考えます。各具體的な事案によつて決定されるのであろうというように考えます。ただ損害の賠償を請求し得る場合というものが、原則としてはすべての法律條件を立證していくということが一應從來の建前になつておりまして、特に特別な事情の場合に、立證責任の轉換であるとか、その例外を認めるということになつております。つまり先ほども申しましたように、從來のやり方を踏襲したというわけであります。 公團につきましては何ぶん新しい制度でありますので、その性格等についてなお研究いたさなければ明確な御答辯を申し上げかねるのでありますが、やはり公團も公法人であろうかというふうに考えております。その公法人が行う作用が、いわゆる公法限りの命令、行政に關する行政作用を營むという場合におきましては、第一條の適用を受けるのだというように考えます。
○鍛冶委員 特別法に基く營團がありますね。それらはなるべく入れようというお考えですか。それとも公權力でないから入れないというお考えでしようか。その點を伺いたい。
○奧野政府委員 その營む作用が公権力の行使である場合は、當然これにはいるというふうに考えます。
○鍛冶委員 公權力という意味は、行政行為という意味にまた廣く考えてよろしゆうございますか。行政ではありませんですね。
○奧野政府委員 公權力行使と申しますのは、命令、行政する行政的な行為というふうに考えます。
○松永委員長 本日はこれにて散會いたします。 午後零時七分散會