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1回国会衆議院1947/07/16

司法委員会 第4号

発言数
64
登壇者
4
会派数
2
開催日
1947/07/16

会議録

松永義雄日本社会党

○松永委員長 会議を開きます。國家賠償法案を質疑及び討論に付します。佐瀬昌三君。

佐瀬昌三日本自由党

○佐瀬委員 漠然たるお尋ねでありますが、從來認められた國家の賠償というものが統計的にどう現われておるかという点と、この新しい立法によつて予想される賠償統計というものが、どの程度にその事件数、あるいは賠償額等において現われるかという点について、司法省で今日まで調査されたものがあれば、この際あらかじめお伺いしておきたいと思います。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 司法省といたしまして、その点の統計はございません。御承知のように今までは國家に賠償義務がない。もつとも純然たる経済行為の場合におきましては、民法の規定で賠償責任はありますが、いわゆる公権力行使の場合の賠償責任はなかつたので、これらに関する統計はありません。また今後の見透しということにつきましても、何とも申し上げかねるのでありますが、今までは公権力行使については國家は絶対に賠償の義務がないということであつたが、このたびの憲法の改正、ならびにこの國家賠償法が施行ということになりますれば、國家に賠償責任があるということになつて、相當こういう事件が現われてくるのではないかという予想は十分もつております。はたしてどのくらいの件数になり、その賠償額等についてどういうふうになるかということの予想は、現在のところではちよつとつきかねる次第であります。

佐瀬昌三日本自由党

○佐瀬委員 これまで認められた國家の私企業的な活動に附帯する賠償、たとえば鉄道事故等による賠償、あるいはまた特別法としての不動産登記法といつたようなものに基いた賠償というものも若干あつたように記憶するのでありますが、これを明らかにしていただきたいと思う理由は、今度新しくこの法律によつて認められる公権力の発動に伴う損害賠償というものと計数的にどういう関係にあるかということは、同時にこの二つのものに対して共通した普遍的な賠償責任原理を確立した方がよいかどうか。あるいは別々の責任原理に基いていつた方がよいかどうか、現に第一條と第二條の相違がここに規定されておるようでありますけれども、これらに対する場合において、その辺を理解した上で臨んでいつた方が非常に便宜ではないかというために、あえてお尋ねをしたような次第であります。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 御指摘のように、鉄道事業とかあるいはその他のいわゆる國家が私経済の作用によつて損害賠償の義務を負う事例はたくさんあるのでありまして、これはあるいは今までの民事事件の統計をとりますればわかることと思います。なお官吏個人の責任である登記あるいは戸籍あるいは執達吏、公証人とかいうようなものの責任を負うた事件の件数も、あるいは今までの統計を拾つてみればわかるかと思いますので、できるだけ調査することにいたします。

佐瀬昌三日本自由党

○佐瀬委員 その点了承いたしました。  次に國家賠償法の法案の第一條と第二條では責任の原理、つまり過失責任主義か、無過失賠償責任主義かという問題について、採用する主義がこれは違つておるわけであります。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 第一條におきましては、職務を執行する公務員に故意または過失のあつた場合のいわゆる過失責任を認めております。二條につきましては、御承知のように、民法の七百十七條と同じ思想、いわゆる公有河川、道路、その他の公の営造物の設置、保存に過失のあつた場合に適用があるかどうかということが、判例等によつても区々でありまして、疑問の点がありますので、この場合にやはり七百十七條と同じような規定を公の営造物の設置管理についての責任過失のあつた場合の責任の規定を、以上に説いたわけでありまして、この点はちようど民法の七百十七條と同じ解釈になろうかと思います。民法の七百十七條はある程度の無過失賠償責任を少くとも所有者についてとつておるのでありまして、その点民法自体におきましても過失責任と同時にある程度の無過失賠償責任を採用しておるわけでありまして、その点において同一原理というか、必ずしも過失責任というふうに一貫してないのでありまして、その点は民法と同様な建前をこの賠償もとつております。

佐瀬昌三日本自由党

○佐瀬委員 民法七百十七條の解釈については、ただいま政府委員からも解説があられたように、理論としては過失責任主義と無過失責任主義と、二つの解釈が行われておるように認めるのであります。私は現在の損害賠償理論が各國の立法例及び学説の傾向として、無過失賠償責任主義に向いつつあるという点を重視して、せつかくこの法案を提案されるならば、思い切つてその賠償責任原理をとり入れられんことを希望するものであります。その立場からこの法案を個々について眺める場合、第一條について特に修正されることが妥當ではないかというふうに思考するものであります。ローマ法の昔から立証責任あるところ敗訴ありという格言は、特に國家活動に対して國民のこうむつた損害賠償を求むる際に、過失責任主義である限り、その被害者個人に當然立証する責任を負わせることになり、從つてせつかくかような法案ができたところで、現実に國民に対する損害賠償を保障するということが、きわめて困難異なりはしないかということを、深く憂えるものであります。これは賠償責任の成立條件及びその範囲にも関連する問題ではありますが、ただいまは賠償責任の原理と立証責任の問題に観点をおいて、かような責任に基いて第一條を見直す必要があるのではないかということを申し上げ、なおこれに対する政府委員の御答弁があれば幸いであります。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 お説のように不法行為について過失主義をとるか無過失賠償主義をとるかということは、立法上重大な問題であろうと思います。特に國家の賠償の場合において、無過失損害の義務を認めていくということも、一つの考え方であつて、立法例もあるように考えます。また一面官公吏無過失の行為について必らず國家が賠償しなければならないということにいたしますと、いきおい公務員の行為が、何というか、臆病になつて、自分の行為の結果、常に國家に無過失賠償責任を課せしめることを心配して、職務の十分なる執行に怯懦になるおそれがあるのでありまして、また公務員に非難すべき落度があつた場合に、國家が被害者に対して賠償してその損害を補填するというのが現在の法制全体の建前から妥当ではないかと考えたためと、同時に憲法の十七條においては、「公務員の不法行為に」云々というようになつておりまして、やはり不法行為というのは、現在の民法の建前からすると、過失主義のいわゆる不法行為というふうに考えるのが常識であろうと考えまして、かたがた公務員個人の行為について非難すべきいわゆる行為過失のあつた場合に國家が責任を負うという主義をとつた次第であります。

佐瀬昌三日本自由党

○佐瀬委員 憲法十七條の不法行為というのは、いわゆる客観低違法行為、すなわち行為者の主観的責任條件を伴わない被害者の権利侵害の場合をも含むという解釈も成り立つと思います。從つて憲法十七條を根拠にして過失責任主義を採用しなければならぬということには、当然結論し得ないと私は考えます。現にこの第二條も、先ほど政府委員から御説明があつたように、解釈によつては無過失賠償責任を否定しておるのでありまして、第一條においても私は先ほど述べた理由から、必ずしも過失責任主義でなければならぬというふうには考えないのであります。ただしかし今御説明のように、これが公権力の行使にあたる公務員の志氣に影響するとか、その他の理由と相まつて、なおこの第一條の規定によつて憲法の精神であるところの國民に対する賠償を十分確保できるということであるならば、あえて第一條の立法方式に対して強いて反対するものではございません。ただ問題は先ほど一言しましたように、立証責任の点が、実際の起訴において重要な機能をもつわけでありまして、第一條においてあくまで過失責任主義を採用していくならば、國家公権力の発動にあたる公務員において、その故意なりや、過失なりやということに対しては、被害者たる國民の積極的な立証をまたずに、損害の事実が証明されれば、一應公務員の故意もしくは過失を推定して、國家公共團体がその責任を免れんとする場合に、國家公共團体の方において公務員に故意または過失がなかつたということを立証する、いわゆる立証責任の轉嫁ということを考えるのも、この第一條を生かす上において顧慮すべき点ではなかろうかと考えるのであります。一種の妥協案ということになるやに考えられますが、その点について政府委員の御意見があれば承つておきたいと思います。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 御説ごもつともと考えます。立証責任の問題が非常に重要な問題であつて、立証責任を逆にすることによつて、無過失賠償責任にやや近い結果になることは御説の通りでありまして、立法上傾聽すべき御議論と考えます。ただいろいろそういう点も考えたのでありますが、一應やはり民法の七百九條の不法行為の現在の立法主義をそのまま採用して七百九條と同じような書き方で進むことにいたしたのであります。なお七百九條よりもやや要件を緩やかにいたしまして、いわゆる「違法に他人に損害を加えたときは、」ということで、七百九條のほうに権利を侵害するというような要件を特に掲げるのをやめまして、「損害を加えたときは、」ということにして、いわゆるいかなる権利を侵害したかというようなことについて、いろいろめんどうな問題が起るのを緩和いたしているのであります。ただ立証責任の点につきましては、お説の点もごもつともかと存じますが、一應やはり現在の法制の建前を踏襲したというふうに御了承願ひたいと思います。

佐瀬昌三日本自由党

○佐瀬委員 では逐條的に若干疑問とする点をお尋ね申し上げておきます。第一條は、公権力の行使にあたる公務員の不法行為についてのみ、國または公共團体の賠償責任を認められるというふうに限定されているようでありますが、國家公共團体の活動中、非権力的な者及び法規上嚴格な意味の公務員以外の者の活動については、すべて民法及び他の特別法の賠償制度に任せるという趣旨に了承して差支えないものでありましようか。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 まつたくお説の通りであります。

佐瀬昌三日本自由党

○佐瀬委員 行政機構の改革等と相まつて、將來國家及び公共團体の活動範囲が非権力的な分野にも拡大されるということも一應予定しておいてよいのではないかと思うのであります。民法の賠償責任と特別法の賠償責任とが、制度的に十分発達しておればよいのでありますが、現在の進歩の段階をもつては、とうてい賄い切れないように考えますので、せつかく國家賠償法という統一的立法を施行する限り、ここに公権力という制約をやや拡大する方式をとられる方が、新制度の趣旨を貫徹するゆえんではないかというふうにも考えられるのであります。また不法行為の主体を公務員に限定するということに相なつておりますけれども、これも同様な趣旨から、たとえば警察官が補助員を使うというような場合に、その補助員の行動についても同様に國家が責任を負うというふうに拡大する必要が十分あるように考えられるのであります。この点について御意見を承つておきたいと思います。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 公務員の不法行為につきましては、それが公権力の行使に関する限りにおきましては、現在まで國家に賠償責任なしという判例で統一されておつたのでありますが、それが憲法の改正によりまして、公務員の不法行為について國家の賠償責任があることを法律で規定すべしということになつてまいつたので、その憲法を承けまして、公務員の不法行為についてのみ規定を設けたわけであります。公務員以外のいわゆる傭人のようなものになりますれば、当然民法がかぶつて民法の第七百十五條等の規定によつて賠償の義務が國家にあることに解釈がなろうというふうに考えております。すなわち第一條に公務員のことを規定いたしたのは憲法の十七條の要請に從つて、公務員についての規定をここにおいた次第であります。

佐瀬昌三日本自由党

○佐瀬委員 さらに「その職務を行うについて、」という立言でありますが、この「ついて」という言葉に対して、「際して」という言葉をおきかえられると、大変賠償を認められる場合が拡大されるように考えるのですが、この点はいかがですか。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 その点は「際して」ということになれば、拡大されることは御説の通りでありますが、これは民法の四十四條ならびに民法の七百十五條と同じような考えでいわゆる職務行為に限定はしないが、「職務を行うについて」というので、一般に「職務に関して」、あるいは「に際して」というよりも限定をいたしまして、それが結局公務員の國家権力の行使と不可分的な関係に立つ職務の執行について、國家に賠償義務を認めるので、いくら職務を行うに際しても、全然職務行為に関係のない不法行為をやつたような場合には、その行為者個人の民法上の不法行為の責任を負うことはもちろんでありますが、その場合に、國家に責任をもたすということは、やや行過ぎではないか。すなわち職務の執行について、職務執行自体よりもやや廣く、ただ「に際して」というよりもやや狭く、その中間において、大体職務行為と関連のある行為によつて、他人に損害を加えた場合に、始めて國家に賠償義務を認めるのがほんとうではないか。その行き方が民法四十四條であるとか、七百十五條もそういう現在の法律構成になつておりますので、これもそれらの法律構成になつておりますので、これもそれらの法律構成をここに取入れたというわけであります。

佐瀬昌三日本自由党

○佐瀬委員 これは次の「違法」という言葉にも関連する問題でありますが、ただいまの御説明から帰納すると、結局職権濫用、あるいは職務越脱という場合に、賠償責任が発生するという意味にとられるように思われますが、その点はいかがですか。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 そういう場合がはいろうかと思います。

佐瀬昌三日本自由党

○佐瀬委員 先ほどの御説明にもあつたようでありますが、民法七百九條が、権利侵害をもつて損害賠償の條件にしております。この第一條においては、その点を省いて、單に「違法に他人に損害を加えたとき」云々と添えておるようでありますが、この「違法」という観念はきわめて便宜でありますけれども、それだけに概念の規定がきわめて不明確であります。これはどういう意味に解釈をさるべきか、御意見を承りたいと思います。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 違法と申しますのは、やはり不法というのと同じつもりで、規定しております。いわゆるいろいろな法規に違反しておるという意味、あるいは成文法に違反しておる場合のみに限定すべきものかどうか。さらにたとえば公序良俗に反するような場合もやはりこれの違法といううちに含めてよいかどうかということも、解釈問題と考えますが、大体あるいは職務法規、職務準則に関する法規もありましようし、その他いろいろな関係の法規に違反しておる場合を廣く含めて違法ということにいたしたいのであります。

佐瀬昌三日本自由党

○佐瀬委員 すると違法という観念には具体的な法規に違反した場合、学説でいう形式的違法と、形式的な法規には違肯しないけれども公序良俗に反するとか、あるいは信義誠実の原則に反するとか、もつと抽象的に言うと、文化的規範に反するとかいつた学説にいわゆる実質的違法という、この二つの場合を合わせて含むという趣旨に了解して差支えないでしようか。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 それは解釈問題でありますが、要するに逆に言いますと、違法性を阻却しておるような場合はこの限りでないというのと同じ意味かというふうに考えております。これは解釈問題でありますが、私個人の考えとしては、ただいま佐瀬委員と同じように、形式的な違法のみならず、そういつたような他のいわゆる公序良俗、あるいは信義誠実等の規範を破つておるような場合も含めて解釈していいのではないかというふうに考えております。

佐瀬昌三日本自由党

○佐瀬委員 ひつきよう第一條は不法行為に基く賠償責任である限り、違法という要件が必要であることは当然であります。ただ問題は、その違法ということをどう解釈するかについて相当議論のあるものであるから、これは一般の解釈に委ねて、しかも違法性の具備ということは、不法行為に伴う当然の基本的條件でありますから、あえて問題を残すような規定の上に違法という文字を存置する必要もないように思われますが、この点はどういうふうにお考えになつておりましようか。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 これ全体が公民の不法行為の場合の國家の賠償責任でありますから、当然といえば当然のことであるかもしれませんが、特にこの違法とか不法とかいう言葉を入れないと、適法な行為による損害を受けた場合でも賠償の義務があるかのように誤解する人もあるかと考えますので、すべて不法行為の場合の例によりまして、やはりここに違法性を謳つておく方が誤解がないというように考えまして、從來と同様な立法方式によつて違法性を必要とすることを明らかにしたわけであります。

佐瀬昌三日本自由党

○佐瀬委員 私のもつともおそれる点は、違法という言葉をいわゆる実質的違法の観念によつて把握した場合、権利侵害が違法であるという有力な学説がございます。もしこの見解に從つて第一條を運用することになりますると、せつかく民法七百九條の権利侵害という條件を排斥してそれをこの第一條において規定しなくとも、その違法の解釈からして権利侵害でるということになるという第一條の賠償責任がやはり権利侵害を條件とすることになつて、結局民法七百九條と異つた立法をする趣旨がその点において沒却されるような観があるのであります。しかしただいま御説明のように、本法第一條では権利侵害を賠償責任の成立上必要な條件としないのだという解釈をここに明白にして、違法という言葉を從來のような用例に從つて解釈して運用を過ちないようにすれば、私の心配する点もなくて済むであろうと考えましたので、この際以上申し上げた点を明白にしておきたいのであります。  それから、これはやや問題があともどりする観がありますが、第一條の不法行為の直接の責任者は公務員に限られております。ところがこの公務員と第三者とが共同不法行為をしたという場合については、その第三者に対する限り被害者は民法第七百九條に基いた損害賠償を請求せざるを得ないと思いますが、しかる場合には第七百九條と本法第一條によつた場合とで若干責任の成立條件を異にするので、不統一な結果になるように思われますが、この点はいかがなものでしようか。なおまた第二項においては、その公務員に対して求償権を行使することを規定しております。しかし公務員等の不法行為者に対して、この求償権の問題はどうなるか、その点について御意見を承りたいと思います。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 お説のように共同不法行為である場合には、公務員につきましては、本法の適用がありますが、それ以外の者については、やはり民法の原則によつていくことになります。しこうしてそれらの点につきましては、大体本法に規定のない限りにおいては、民法の規定によることになつておるわけであります。そうするとお説のように、民法の原則とこの一條等の要件が多少食違いが生ずるのではないかというお説でありますが、先ほども申しましたように、これは権利を侵害した場合というふうな事柄をはずしただけのことでありまして、大体において七百九條と同じことを言つておるわけでございます。從つてたとえば無過失責任であるといつたような場合に、いろいろ要件が違うことになるおそれもありますが、やはり本法におきましては、大体民法と同じような建前でやつておりますから、その両者の間にははなはだしい食違いというふうなことは大体起らないのじやないかというふうに考えております。公務員につきましては、その行為をやつた公務員に対して、國家の賠償責任について求償権を行い得ることを規定しておりますが、その公務員以外の者につきましては、その個人が民法の規定によつて直接被害者に対して責任を負うという関係になろうかと思います。すなわち、結局公務員の行為については國家が賠償義務を負い、その共同した個人については、公務員以外の個人については、その者が被害者に直接賠償義務があるということになりますので、その者に対する國の求償という問題は起らないかというふうに考えております。

佐瀬昌三日本自由党

○佐瀬委員 現在世耕情報とか世耕事件とか各方面で注目をひいているようでありますが、この事件の眞相はもちろん現在においては判明していないので、軽々に断ずるわけにはまいりませんが、その犯罪の成否は別として、少くとも数千万からの被害者というものが全國にあるようであります。この事件がさような民事の賠償問題という形態で將來扱われるようになつた場合、その根拠はこの第一條に求められることになるのでありましようか、その点についてこれはかなり困難な問題かもしれませんが、一應予想としての御意見を承つておきたいと思います。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 私はその世耕事件の内容は詳らかにしておらないのでありまして、なおいろいろ捜査等の段階にあるのでありまして、その内容が明らかになつてからでないとちよつとお答えいたしかねるのであります。

佐瀬昌三日本自由党

○佐瀬委員 第一條は私のお尋ねしたい点については一應これで打切つておきたいと存じます。第二條以下に関連して、あるいは後にまたお尋ねする点が出るかもしれませんが、その点を留保して私の第一條に対する質疑はこれをもつて打切ります。

松永義雄日本社会党

○松永委員長 花村四郎君。

花村四郎日本自由党

○花村委員 國家賠償法はまことに簡單な條文からなつているのでありますが、相当にこれは重要な議案であると認めてよかろうと思うのでありますが、すでに委員会が本日開かれることが前々から明瞭いたしているにもかかわりませず、司法大臣はただ本案に関する説明のみをされて、そうしてこの第一回の委員会に顔を出されぬということは、まことに私は遺憾に存じます。司法委員会の重要でありますることは多く申し上げるまでもないのでありまするが、なるべく司法大臣は万障繰合わして出席すべきが当然であろうと存じますが、その点は委員長から司法大臣に特に要求をせられておかれんことを希望いたします。そこで、司法大臣に関する質問が数項にわたつてあるのでありますが、見えませんから司法大臣に関する質問を留保いたしまして、その他の質問をいたしたいと思います。  まず第一に、先ほど佐瀬君からも質問があつたのでありますが、この國家賠償法施行に基く將來の見透しについてであります。これについて政府委員の先ほどの弁明によれば、見透しがつかぬというようなお話であつたのでありますが、本案が議会を通過いたしまして施行する運びに相なつてまいりますれば、当然これの予算を組まなければならないことは申し上げるまでもございません。その國家賠償法施行に関する予算を組む場合において、本法施行後における状況がどういうものであろうかという大体の予想なくして本案の実施は不可能であると申さなければならぬと思うのでありますが、本案の予算についてはどういうお考えをもつておられますか。大体予算を組む場合において、將來起るべき國家賠償責任がどの程度であろうかという大体の予想をつけて、その見透しのもとに予算を立てていかなければならぬということは、これは必然であります。こういう点について司法当局はどうお考えになつておりますか、それをまず第一にお伺いしたいと思います。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 この点は將來のことでありまして、まつたく今から予想は困難かと考えております。この点は各省にまたがり、各省のいわゆる公務員の行為についての問題でありますので、單に大藏省だけではなく、各省とよく連絡をとりまして、あるいは件数等についても予想がつきませんから、あるいは予備金の中からでも出すというふうなことになるのではないかと考えます。今まで國家公権力の行使について賠償の義務がありませんでしたのを、ここで賠償の義務を認めることになる結果、その件数もあるいは相当あるのではないかと考えますが、この点は各省、その実施機関等とよく連絡をとつて、それらの点について協議の上、予算等の決定をいたしたいと存じます。

花村四郎日本自由党

○花村委員 そうしますと、結論的本案施行に関する予算等についての何らの構想もおもちでない、こういう意味にお聽きしてよろしゆうございますか。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 現在この実施のための予算ということについては、何らの措置も講じていないのであります。

花村四郎日本自由党

○花村委員 少なくともこういう國家賠償責任に関する法律をつくり、しかもそれを実施しようという場合において、その予算がどの程度かかり、どういう構想をもつて予算をつくらなければならぬかということは、当然にこの法案と同時に考えるべきものであろうと私は思うのであります。今日申し上げるまでもなく、國家財政が非常に遍迫をいたしており、ややともすれば赤字財政を生ずるのではないかという杞憂すらももつておるような次第であります。しかるにその乏しき予算の中から少なくともこういう法案をつくつて、そうして実施をいたしていくという場合において、予算との関係を何ら見ず、また何ら考えずして、考慮のうちにおかずに、ただ單にこういう法案をつくるというがごときは、私は少しその準備が欠けておるのではないかと思うのでありますが、かような点に對しましては司法当局も今後において十分お考えあつてしかるべきものであろうと存じます。しかしそういう構想がないという今日の御答弁でありますのでこれ以上は申しません。  さらに進みまして、國家賠償法の第一條並びに第二條と民法の不法行為に関する法規と、その理念においてどこが違うのであるか。二つの立法を見くらべまして、その立法理念についての異なる点をひとつ弁明願いたいと思います。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 御承知のように民法におきましては私法関係の規定でありまして、本法におきましては國家公共團体の公権力行使による場合の関係で、いわゆる公行政の関係で、私法的関係ではありませんので、やはりこれを民法の中に規定するということはやはりその私的関係、公的関係と立場が違いますので、これを特別法にいたして。ここに國家賠償法案なるものを立案いたしたわけでありまして、その内容等につきましては、第四條にありますように、大体ここに規定する以外の事柄はすべて民法の規定によることにいたしたのであります。実質については、民法の不法行為に関する点そのまま適用されることになりますが、先ほど申しましたように、これは公法的な関係であり、民法は主として私法的な関係を規定してあるというところに差異があるというふうに考えます。

花村四郎日本自由党

○花村委員 そうしますと、民法で公権力の行使にあたつて、不法行為をあえてしたという場合においては、國家並びに公共團体は民法においては責任を負わぬ、こういう御解釈ですか。民法でもやはり負うのじやないですか。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 從來國家公権力行使についての不法行為の場合においては、國家は賠償責任がないという理論が判例、学説で大体確立されておりますので、今度憲法の規定によつて國家が賠償責任があるというそういう立法をすべきことを憲法で要請されておりますので、すなわちこの法律によつて初めて國家が賠償の義務あることを明らかにいたしたものと考えております。すなわち民法の直接そのままの適用が、今までの解釈から言つてないということになつておりますので、特にこの特別法といいますか、この法案によつて國家の賠償の義務あることを明らかにいたしたわけであります。

花村四郎日本自由党

○花村委員 先ほど政府委員の御説明によりますると、権利侵害以外も第一條にはいるのであるという御説でありましたが、民法の七百九條によりますれば、権利侵害という文字を明瞭に用いておるのであります。もちろんこれは本法の第一條には権利侵害ははいるものでありますことは、異論をまたぬのでありますが、権利侵害以外の侵害というものは、一体どういう性質のものでしようか。権利侵害以外の侵害という点について……

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 先ほど申しましたのは、民法で不法に権利を侵害したという場合に、いかなる権利を侵害されたかということについて、いろいろ穿鑿することによつて実際の訴訟において保護を受けない場合が出てくることはおもしろくない。要するに他人に損害を加えられれば、すでにそれは財産権の侵害になるわけなので、そのほかいかなる権利を侵害されたかということを詮議立てすることは、保護の上から十分ではないというので、いろいろ民法それ自体についても、その権利侵害というようなことを、めぐつていろいろ議論があるので、この際要するに不法に損害をかけられればそれで國家に賠償の義務あることにするのが適当であろうという意味で、特にその権利侵害ということを掲げなかつたのであります。  いかなる権利侵害かということについて、いろいろ穿鑿する必要がないといことにいたしたのであります。そうすると権利侵害以外でどういう場合があるかというお問いでありますが、要するに何の権利を侵害されたかということを詮索する必要がない。要するに不法に損害を加えられたときには、國家に賠償の請求ができるという趣旨を明らかにしたわけであります。

花村四郎日本自由党

○花村委員 権利侵害という文字をことさらに使用せぬ、使用する必要がないのであるという今の御答弁の趣旨はわかりましたが、しかし権利侵害以外の侵害というものはありはしませんか。権利のない侵害というものがあるのでありましようか。それをお尋ねしたい。もしあり とするならば、どういう性格のものであるか、それを一つ……

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 要するに損害を與えられれば、それが財産権の侵害であるということの御説のように、損害を與えることがすなわち財産権の権利侵害になるのだということになると考えますが、民法の解釈でも、損害の発生ということと権利の侵害ということは別個に考えるというようなことで、たとえば民法の例で申しますと、詐欺によつて損害をかけたというような場合に、一体いかなる権利を侵害したということになるのかというようなことで、いろいろ議論があり、單に侵害をかけたということを権利侵害でないということにいたしますと、詐欺の場合いかなる権利を一体侵害したのかということになつて、あるいは精神的の自由権を侵害したというようなことをいつて、そこにいろいろ苦しい説明、権利を見出してこなければならない。議論をしなければならないようなことになりますので、そういう場合に損害だけでよいということにすれば、その点はそういう穿鑿を必要としないことになると思います。もつともその侵害をかけることが財産権の侵害であるといえばいかなる場合でもいやしくも不当の損害をかければそこに権利侵害があるというふうに考えなければならないということになりますので、そういたしますと、お説の通り、権利侵害の伴わない場合はないということになるのであります。

花村四郎日本自由党

○花村委員 ただいま権利侵害と損害とは別個の観念で見るべきものであるということのお話があつたのでありますが、これは別個に見ることはできぬのじやありませんか。権利侵害があるから、從つてそこに損害が生じて來るから損害を賠償しろという議論が出てくるのであります。権利という観念から離れてただ損害のもというものを考えることは私は不可能であると思う。権利があるからその権利を侵害したので、初めて損害が出てくる。権利というものと切離して損害という観念が一体どこから出ましようか、損害という文句自体が一つのそこに何らかのやはり権利の侵害ということが含まれておる。これは私は不分離な観念であろうと思う。そこで権利侵害という文字をここへ使うべきがよいか悪いか、これは今政府委員の言われるところによれば、使わぬ方が適当である、こう結論づけられたように思うのでありますが、それは私もあえて異論をさしはさむわけではございません。必ずしも権利侵害という文字をつかわなければならぬというのではありませんけれども、この立法の観念から言いまして、権利の侵害なき損害というものは考え得られないのであります。從つてこの損害賠償は権利侵害に基くものである、しかしその権利はいかなる権利であるかということを決定する意味において、相当な困難であるから、その文字を使わないに過ぎないのだという意味なら、ある程度まで納得が行き得るのでありまするが、権利と損害と切り離して、そうして損害の方のみを見てここに規定を設けたのであるという議論では、私は少し不徹底じやないか、不徹底どころではない、もしかりにそういう意味での規定がもうけられたものであるということになれば、これはまた大いに研究する余地が私は十分にあろうと思う。その点はどうでしようか、明確なる御答弁を願います。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 損害を與えること自体が権利侵害であるという御説はごもつともと考えます。私としましても、損害を與えることがある意味でおいていわゆる財産権の侵害、権利侵害であるということも言えると考えます。ただ民法では御承知のように、七百九條では、権利を侵害した者は、これによつて生じた損害を賠償するという権利侵害と損害の発生、あるいは損害のよつて生じた権利を侵害して、その結果損害を発生せしめるというふうに、観念が二つになつておるような解釈をとる余地もありますので、その結果損害はわかつておるが、しからばいかなる権利を侵害されたのであるかというその権利を求めて議論をするということは、実質において不必要な爭いなので、損害を與えれば、あるいはその場合にそれ自体が権利侵害というふうに解釈されるもの結構であろうと思うのでありまして、民法のように、権利侵害と損害の発生というふうに、二段にわけてかえつて十分な保護が與えられないということになつてはいかがかと思いましたので、むしろその不必要な権利侵害というようなことをやめて、違法に他人に損害を加えればというふうに直截に記載した方がそういう誤解を生じないという意味で適當であろうというふうに考えまして、こういう立案をしたわけであります。

花村四郎日本自由党

○花村委員 ますますはつきりしないような感じがいたしますが、損害をとらえて、賠償責任を論ずるという建前であると言われるのでありまするが、これはその通りでありましよう。しかしその損害が、いかなる損害が生じたか、その損害の性格はどういうものであるか、その内容に立ち至つて損害の性格をはつきりするということでなければ、おのずから賠償の問題も起きてこないでありましよう。損害という事実を明確にして、その事実の上にどういう賠償責任を負うばきものであるかということに落ちついていくべきことは当然であります。そうしますと、その損害の内容に立ち至つて檢討する場合に、いかなる権利が侵害されて、どういう損害が起きたのか、その損害を論ずるにあたりまして、何ら権利に触れることなく、その被害者の侵害の対象に何ら触れることなく、ただそこに生じた損害のみをとらえて賠償責任を決定するということは不可能じやないか、むしろわれわれから言わしめれば、やはり権利を侵害した者はということをはつきり入れる方がよいと思う。おそらく権利以外の侵害というものはあり得ないでありましよう。そうしてその損害を探究する場合において、いかなる損害であるかというその内容を穿鑿すれば結局それが権利に触れざらんとしても触れなければならぬということになり、損害の性格が決定できないということになる。権利と損害というものが常に表裏一体というよりも、一つをなしておると申してよかろうと思います。その権利の侵害ということが表に現われてくるということだけで、ちようど豆から芽が出るのと同じとことで、権利というものから損害という芽が出てくるのじやないでしようか。その権利というものを度外視して、豆から出るもやしのように、ひよつこりと損害だけをとらえて論ずるということができましようか。もしそういう議論であるとすれば、これは損害というものに対して將來いろいろの疑念を残して、その決定に苦しむ場合が出てき、また多くの問題を生むようなことがあるのじやないでしようか。でありますから、いわんやこの権利という言葉をはつきり用いぬこの法文の上から言うて、その点をここでやはり明確にしておくことが、むしろ將來の禍根を残さぬことに相なろうと思うので、私はその点をはつきりお尋ねするのであります。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 御説のようにほとんど全部と申してよいと思います。すなわち権利侵害を與えられる場合において、当然権利の侵害の伴うことは、ほとんど全部といつてよいものであろうと思いますが、今までの民法の解釈では、観念的に損害と権利の侵害というのをわけて学者が論じ、民法の規定がそういうふうになつておりますので、論じてきてそこにむつかしい問題が起きたので、ただいまお話のように、権利侵害と損害というものとわけることができないというふうに考えられるのも、一つの十分な傾聽に値いするお説と考えます。強いて申しますれば、いわゆる英國なんかでノミナル・ダメツジというようなことも考えておるようでありますが、要するに権利の侵害はないというふうな場合に、名目だけのノミナル・ダメウジをとる制度もあるのであります。その場合には権利の侵害はあるが損害はないというようなこともあるいは考えられるのではないか。從つて権利の侵害と損害というものを観念上不可分でなければならぬかどうかという点についていろいろやはり疑問もあろうというふうに考えますが、いやしくも損害があれば権利の侵害がほとんど観念的に全部といつていいくらい同時に存在するのではないかというふうに考えております。

花村四郎日本自由党

○花村委員 次に進みますが、この第二條は大体七百十七條とその趣旨を同じゆうするものであらうと存じますが、本法案には「道路、河川その他公の営造物の設置又は管理に」云々と、こう規定してあるのでありますが、民法の七百十七條には「土地ノ工作物ノ設置又ハ保存ニ」云々と、こう規定してありまして、その規定するところの文句が違うのでありまするが、これはどこか変つた点がありましようか。あるいは同一であるというのであるか。もし同一であるとするならばこういう特に変つた文句を使はなければならぬ必要がどこにあつたのか。それを一つのお尋ねいたします。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 これは七百十七條と大体同一趣旨であつて、ただ道路、河川といつたような公の営造物の顕著なものをあげ、その他いろいろ例がありますが、たとえば判例等で問題になりましたのは小学校等の流動円木等の例があるわけであります。そういつたような公の営造物の関係は、やはりこれは公の行政の面であつて、純然たる司法の面ではありませんから、当然にはたして七百十七條が適用になるかどうか疑問もありますので、公の営造物に関してのみ、特にその点を明らかにする意味で二條を掲げたわけで、七百十七條の趣旨とまつたく同様で、土地の工作物という——道路とか河川というのは土地の工作物というわけにはちよつと参らぬかとも思いますが、要するにその他の公の営造物の中には、おそらく土地の工作物が主たるものと考えます。それから「設置又は保存」という言葉を「設置又は管理」というふうにいたしましたのは、行政法的な用語としては、保存というよりも管理という言葉が多く用いられておりますので、「設置又は管理」という文字にいたしたわけであります。

花村四郎日本自由党

○花村委員 民法の七百九條並びに七百十七條、これは大体第一條、第二條に該当するのでありまするが、しかし民法は私的の関係を規律する法律であるから適用せずに、特にこの法規をつくつたのであるという御趣旨に承つたのであります。しからば第四條に「前三條の規定によるの外、民法の規定による。」こういう規定があります。この「民法の規定による。」というのは、民法のどの條文をいうのでしようか。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 たとえば時効の点でありますとか、あるいは損害賠償については胎児は生れたものとみなすというつたような、その他要するにたとえば七百十條の規定であるとか、七百二十一條のような規定、七百二十四條のような規定を考えておるわけであります。

花村四郎日本自由党

○花村委員 そうすると、その損害賠償の責任について、民法の規定を準用するわけですね。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 そういうわけです。ただ七百十五條が直接適用になつて、國家が賠償義務を負う私的な経済活動の場合等も考えられますので、そういう場合はむしろ民法がそのまま適用になる。また公権力の行使とかあるいは公の営造物等については、むしろ民法の準用的な意味、双方ひつくるめてまいるというふうに考えたのであります。

花村四郎日本自由党

○花村委員 それから第三條でありまするが、この規定は要するに、國家または公共團体が損害賠償をする責任のある場合において、その損害の発生する対象についての費用を負担している者に対する賠償責任を認めておる規定のようですが、これは三條によつて費用を負担しておりまする者のある場合においては、第一次的にこの費用を負担する物にその損害賠償の責任を帰せしむるのであつて、國家並びに公共團体は、しかる場合においては責任を負わぬという意味ですか。あるいは國家公共團体もともに負うというニ建本てでいくという建前ですか。それをお伺いしたい。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 いわゆる管理者と経済的負担者と異なる場合、たとえば河川の管理は國であるが、経済負担は公共團体であるといつたような場合に、直接費用負担者である公共團体に損害賠償異をというただいまのお話の前段の方の趣旨であります。

花村四郎日本自由党

○花村委員 そうしますると、第三條の適用される場合においては、第二條は適用されぬということになるわけですか。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 費用負担者が直接賠償の義務があるので、國家は賠償の義務がないということになるわけです。

花村四郎日本自由党

○花村委員 國家が賠償責任を負担して、そうして國民に損害をかけぬという建前から、この規定がもうけられておるのであります。從つてただいまのような場合においては、國家公共團体と費用負担者と双方に責任があることにし、しかもそれは権利者がそのいずれでも選択をして請求権の行使ができるという建前をとることがむしろ法の見地から見て当然ではないでしようか。この規定によれば費用負担者のある場合においては、その人のみに請求ができるのであつて、國家並びに公共團体にはやれぬ。國民の行為に何ら関係もなく、むしろ直接関係ある國、または公共團体のこれに対する損害賠償の請求権というものをその費用負担者があるがために剥奪される。これは剥奪と言うのは強い言葉かもしれませんが、要するに権利を失つてしまうということは適当でないように思う。やはり再建でそのいずれにも請求ができ、あるいは費用負担者に請求をして取れぬような場合も出てくるのではないか。そういう場合においてむしろ第二條によつて國家公共團体に請求することが最も便利であり、また最も効果的であり、また最も有利な関係にあるというような場合において、それらに対する請求権を失つて、ただ單に費用の負担者のみに対する請求権に限定されなければならぬというようなことは、一面において與えるがごとく、反面において奪うがごとき規定であるように考えられるのでありまするが、双方に賠償責任を負わせて、しかもそのいずれに請求することも権利者の好むところに任せるというような方法にいたしたならばいかがでしようか。これをそうせざりし理由をお聽きいたしたいと思います。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 從來その点はいろいろ議論がありまして、訴訟の場合でありますと、國または公共團体を被告にすべきか、あるいは費用負担者である公共團体にすべきか、あるいは双方いずれを被告にしてもよろしいという三つの説が考えられるのでありまして、從來何人を被告にすべきかということが不明であるために、被害者にとつてはなはだ不利益な場合が多々あつたので、この際明瞭にするという意味で責任者を規定したわけであります。それでは結局双方にするとか、あるいは國にしてもいいのではないかということも言えるのでありますが、結局この経済的負担をするものと別の場合においては、そういつたような損害賠償ということも一つの経済的負担であるのでありまして、一應國の方に請求をして、國が損害賠償を拂つて、さらに費用負担者であるものに求償するというふうなことは、非常にまわりくどいことになりますので、結局一つの経済的負担であるから、経済的負担者がきまつておる場合には、むしろ直接経済負担者にのみ請求ができるということにした方が、きわめて明瞭であるという趣旨から、経済負担者に責任を負わすというふうに規定いたしたわけであります。

花村四郎日本自由党

○花村委員 規定を明確にするためにこういう規定を設けたというお話であるのでありますが、そういうことであるならば、ここへ國または公共團体にその損害を賠償することも差支えないのだという規定を挿入いたしますれば、はつきりするだろうと思うのであります。國または公共團体に請求してもよし、そうして管理の費用を負担する人に請求してもよし、その請求権の対象が不明確であるという意味で、ただ單に管理の費用を負担するものにきめたという趣旨では、私は納得がいかないのでありますが、そういうことであるならばここへはつきり國並びに公共團体もともに負担できるという規定を設ければ、おのずからその請求権の対象は明瞭に相なりまして、何ら異論の起る必要がなかろうと思う。しかしそういうようにただ單に経済的面から考えて、費用を負担するものに特に損害を賠償させるということでこういう規定を設けたということでありますれば、それもまた一つの考え方でありましよう。考え方でありましようけれども、しかし國民の損害を償つてやるという保護制度の上から申しますならば、これはこういう費用負担者のみに限定せずして、むしろ請求権の対象は廣範囲に國または公共團体もできる、そうしてまた費用の負担者にもできる、そのいずれを選択するかは請求する人の任意に任せるという方が、これがほんとうの徹底した保護法規と言い得るじやないでしようか。むしろ場合によつて國あるいは公共團体に負担してもらうということが、より以上いい場合が私は相当にあろうと思う。でありまするから、そういう場合においては、そのいずれか一方に請求をして、そうしてその損害賠償をそのいずれの一方かが拂えば、これはまた拂つた両者の責任関係によつておのおの求償権を行使してまいればいいのでありまするから、その責任を負担する側の面における責任関係というものは、おのずから明瞭に相なろうと思うのでありまするけれども、しかし損害を受けた者がその損害を請求すべき相手方について、むしろ本來ならば國または公共團体に請求できるということが本來の性質であるのでございまするにもかかわりませず、その本來の請求権がかえつて縮小されて、費用負担者にのみ限局されるというようなことは、これは保護の全きを得たものではないと申し上げてよかろうと思うのでありますが、その点に対しまする本質的な司法当局の御意見を承りたいと思うのであります。但し、これは本質的に何らの考えがなくして、ただ法文上の便宜のためにこうしたとさつき言われたように私は聽取りましたが、そういう意味なのであるかどうであるか、もう一應はつきり御答弁を願いたいと思います。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 お説ごもつともで、双方にいけるようにすることが被害者にとつての保護という点から見ますと、最もいいことであろうというふうに考えます。ただこういたしましたのは、從來だれを相手方として請求すべきか不明確であつたがために非常に被害者の方で困る。そこでだれかはつきり相手方を明確にすることが必要であるという要請と、それからしからばだれを相手方にすればいいかと言いますと、結局それは官吏の損害賠償というのもそういう費用の一部分であるのであるから、そうなると費用の負担者に直接負担せしめたらよいではないか、國が一應立替えて拂つて、それからさらに費用負担者に求償するというよりも直接費用負担者が表に出て賠償の義務者になることが、その相手方としてきめるのに一番直截明確であるという考えからこういたしたわけでありまして、本質的な問題というよりも、むしろ今言いましたように便宜の問題からこういうふうに規定したわけであります。

花村四郎日本自由党

○花村委員 國または公共團体とそうしてこの費用負担者の方の側すなわち損害を被らしめた方の側の内部的都合、内部的の便宜、内部的の関係を簡易に処置するというような観念からして、損害を受けた権利者の請求権にかような制限を付することは、これは私は理論の上から申しましても、また保護の趣旨から申しましても、妥当なものではないのでないかと考えるのでありまするが、この点はその程度にいたしまして、さらに進みまして第六條に「この法律は、外國人が被害者である場合には、」云々と、こう規定してありまするが、この外國人の中には朝鮮並びに台湾の人がはいるかはいらぬか、それをお尋ねいたします。

奧野健一司法事務官

○奧野政府委員 その点は朝鮮及び台湾の人の國籍の問題は現在のところ未確定でありまして、やはりこれは講和條約等によつて明確になるまでは外國人であるというふうに申し上げかねるのではないかというふうに考えております。

松永義雄日本社会党

○松永委員長 本日はこれにて散会いたします。次会は二十六日午前十時より開会いたします。     午後零時三十九分散会

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