鉱工業委員会公聴会 第2号
- 発言数
- 22 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1947/10/14
会議録
○伊藤委員長 これより昨日に引續きまして鉱工業委員会の公聽会を開きます。 本日も昨日に引續き炭鉱関係の公述人の方より御意見を拜聽することといたします。本日の公述人発言順序は最初に平和炭鉱労働組合の島崎さん、次は平和鉱業新平和炭鉱総務の岡さん、次に高松炭鉱職員組合の水上さん、次は日本石炭鉱業連盟專務理事の早川さん、次に北方炭鉱労働組合長の井上さん、次は三井鉱山社長の山川さん、最後に日本炭鉱労働組合総連合福岡支部事務局次長の本田さんという順序でお願いいたします。発言時間は一人二十五分以内にお願いすることにいたします。 平和炭鉱労働組合の島崎さんに発言を願います。
○吉田公述人 この際お願いしておきたいと思います。私三井鉱山の吉田でございます。社長の山川氏でございますが、昨日から病氣でございまして、まだまいつておりません。午後まいるかと思いますが、一番最後にまわしていただきませんと、あるいは時間が間に合わないかと存じます。
○伊藤委員長 お見えになつた上で委員長の方で適当にお取扱いいたします。
○島崎公述人 ただいま御紹介に預りました北海道夕張の平和炭鉱の島崎隆でございます。昨日冒頭に口述されました吉田さんは私の働いておる山の社長でございます。同じ経営の首脳者とわれわれ働く者が正反對の立場で言わなければならないこの歴史的な宿命と申しましようか、またどちらが歴史の必然性に逆なコースをたどつておるか、これは鉱工業委員会の諸君の冷靜な御批判をお願いしたいと思います。政府は、議会は、あらゆる法案を審議施行せられる場合、全人民の大多数が納得のいく法案でなければ、いかなる法案も空文であり死文であるということは明白でございます。しからば國民の代表である議会であるとは申しますが、人民の大多数が望んでおる法案であるならば、即刻解決さるべきでございます。しかるにかかわらず、党利党略、それも一部の謀略によつて審議を延期され、そしてそれが歪曲されて施行されるとするならば、戰時中と何ら変りはございません。かかる全人民の要望に反しまして、三党首会談とか、四党首協定とかの線で右往左往されておる。この点に対しまして、われわれ炭鉱労働者は、疑惑と不満を懷かざるを得ないのでございます。このたびの國管法案も前述のごとく朝にかわり夕に移り、こういつたふうの状態は、直接生産の担当者であるわれわれ炭鉱労働者四十二万の意思を、完全に圧殺されたと、われわれは考えておるのでございます。最も民主的な方法によつてこの増産をなし、そうして経済を再建するという法案を作成されるならば、少くともわれわれ炭鉱労働者四十二万が結集した炭鉱労働組合全國協議会が提唱しております炭協國管案を即刻取上げて、そうして審議され、これが施行されるならば、増産の可能は確実にあるということを、われわれ労働者からはつきり申し上げてもいいと考えておる次第であります。政治は政党だけの政治であつてはならない。少くとも全人民の政治でなければならないということを、はつきり申し上げたいと思います。かかる観点に立ちまして、今次の政府の國管案に対して、一應炭鉱労働者の立場から、批判を申し上げたいと思います。 今次の政府國管法案は、少くともあらゆる謀略によつて骨抜きにされまして、現在におきましては、完全に金融資本と抱き合つて、官僚の独善性をはつりきりと望見できるのでございます。一九四六年九月四日の対日理事会におきまして、米國の提案中に左のようなことが述べられております。日本の炭鉱業は、あらゆる経済活動ときわめて密接に関係しておる。從つて國有化の提案を檢討する理由が十分にある。現在炭鉱業への補償金支拂いは、賣却價格より多くなつておるのが普通である。事実上政府資金によつて賄われているも同然である。また戰前戰時を通じて経営は大半、いわゆる國策会社たる日本石炭会社を通じて決定するところであつた。もしも公共事業として炭鉱業が國有化さるべきであるとしたならば、炭鉱の大所有者たる財閥の解体が行われて、日本の全般的金融再編成が実施されておるこの機を逃さず実行さるべきである。これは平明に炭鉱社会化の経済的前提條件の結論を出しておると考えます。つまり炭鉱はもはや以前から資本家自身では経営できなかつたのでございます。彼らは國家資本の注入によつてしか自己自身を太らせることはできません。そこで何か強力な力によつて國家をして炭鉱に資本を投下せざるを得ないようにする必要がございます。一番都合がよい強力な力は戰爭であつたのでございます。戰爭によりまして、いわゆる半國策会社なり、戰爭遂行の必要性から、無制限に國家資本を自己の企業に注入させることを考えたのでございます。戰時中軍閥は官僚と結托しまして、残虐なむちをもつてわれわれ労働者を收奪した彼らの利潤追求自体は、われわれの目からまだ取去られておらないのでございます。そこでなぜ彼らが自分だけでやつてもうけていけないかと申しますならば、他産業と競爭して利潤を確保するためには厖大なる設備資金を要するので、いきおい高い機械設備の充実に資本を投下するよりも、安い労働者の労働力によつて企業を経営することになるのでございます。その上で機械設備に比べまして労働力の比が大きくなればなるほど、生産物のコストが高くなつて、結局もうけがなくなる。そこで一方ではあらゆる方法をもちまして労働者を強圧して賃金を切り下げ、他方では國家資本を注入して自分の腹を太らせてきたのでございます。從つて炭鉱企業の社会化は、生産物としての石炭の社会性からしても、生産の経済的理由からしても必然的なものでございます。また社会化によつてのみ炭鉱労働者の生活の徹底的改善と、現在の石炭生産の諸隘路の打開は達成されるものであり、炭鉱業の生産復興はその社会化をおいて考え得られないのでございます。このことについては、対日理事会においてソ連の代表もこういつたようなことを提案しております。現在の炭鉱業の四分の三は財閥に属しておる。財閥以外の炭鉱でも、財政難のため、施設の改善とか、労働者の待遇改善とかの重大問題よりも、いかにして政府から補助を受けるかに汲々としておる。このため日本の炭鉱企業は、資材、労働力などの不足に悩んでおり、これらの困難も炭鉱を國有にすれば解決する。すなわち全炭鉱の國有化による國家的計画により労働者の再配置、資材の適正な配給、設備の改善、坑夫住宅や衞生施設の改善ができる。前述のごとく現在の諸外國の勢力と同時に、内部においても炭鉱社会化の必然的前提條件は成熟しておるのでございます。しかし同じく社会化するにしましても、確然とわかれる二つの方向がございます。すなわち資本家的社会化と人民的社会化の方向とであります。そこで前者の場合は、資本家が社会化の美名に隠れまして、國家権力に、いわゆる法令によつて炭鉱労働者を徹底的に彈圧し、官僚と結托して國家資本と固く抱き合つて自己の立場を絶対有利に確保しようとする反動的方向でございます。その具体的なもの、これが現在の骨拔きになつた政府案だとわれわれは確信しておるのでございます。しかもかの炭鉱資本家は、これにすらあきたらずして、國管反対運動の陰に隠れまして、戰時中のごとき労働者を残虐な搾取のもとに呻吟させんと暗躍をかわしておるのでございます。それを立証するものとしまして、一昨日の政府と資本家の代表との懇談会の席上におきまして——その席上には鉱業会の円城寺氏、鉱業連盟の早川氏も出席されたと聞いておりますが、いわゆる増産の目的の美名のもとに、労働強化を政府に強要している事実でございます。かかることによつては、増産も経営の再建もあり得ないことは明白な事実だと、われわれは申し上げて差支えないと思つております。 しからばいかなる方法をとるか。石炭の社会性に立脚しまして、完全に私的利潤追求において自己採算の途を失つた炭鉱企業の生産機構を根本的に民族的な立場から改善し、労働者の強力な管理のもとに、國家がこれを経営するという方法でございます。こういう立場に立ちまして、われわれは炭鉱労働組合全國協議会の提唱する國有國営を前提とする、全炭鉱を管理の対象とした國家案要綱を即時実施されんことを要望するものでございます。今次の法案は、戰時中より継続されております石炭行政たる國家資本に対する依存による炭鉱財閥の温存、官僚の惡統制による資材資金の惡用、労働強化による收奪的濫掘を踏襲する以外に何ものもございません。資本の減價償却に二十年を要するという炭鉱業におきましては、資本家の投資は当初から國家資本と緊密に結合して経営されております。わが國の半封建的、軍事的帝國主義の強盗的な侵略的発展とともに、それの保護育成によりまして発展し來つたことは、現在設けられております石炭協力会から発表されました小冊子においても述べられた通りでございます。いわゆる炭鉱資本家は、戰爭によつてのみ官僚と結托して経営を維持してもうかつてきたことは明白な事実であります。しかしながら終戰というこの事実は、一應は致命的な打撃を與えました。しかしながら、いわゆる炭鉱資本家は、その野望たる搾取形態を弱めたことを意味するものではございません。またそれの根絶を意味するものではございません。終戰後企業家はいわゆる資本家の手先となつて躍る官僚政府をして、赤字補填並びに補償金制度といつたものを採用させて、インフレ政策をとらせて、両面から敗戰によつて蒙つた甚大な企業の損失打撃の負担を、全部勤労者大衆に轉嫁したのであります。そしてこれによつて立直ろうとしております。これがいわゆる生産サポとなつて現われ、また資材設備の隠退藏、資金、資材の横流しとなつて現われたのでございます。その結果は生産はあがらず、現時のごとき破局状態になつて、これを姑息的に隠蔽しようといたしましたものが、現政府の最後の決定案であろうとわれわれは考えております。 その内容の基本的にものをあげるならば、第一に目的において社会化の方向が明示されておらず、單に増産のための臨時措置として規定されております。これは明らかに炭鉱の現状を無視した空論であります。臨時的便法であるならば、いわゆる炭鉱資本家の言うごとくに、資金と資材を注入さえすれば、投下された資金と資材の何分の一かの一時的な小量の増産にはなり得ると考えます。しかしながら、恆久的な生産復興、決定的な増産確保のためにこそ、われわれは最も強力な國管が必要なのであります。それにもかかわらず、第一條においては社会化の方向が明示されておりません。 次に管理の対象において、われわれは全炭鉱の即時國管断行を主張しておりますが、これに反してはなはだあいまいであり、また段階的であります。今日のごとき経済的の破滅状態においては、根本的徹底的に改革を断行するのでなければ、いかなる名案も利潤追求に汲々たる資本家の執拗な策謀によつて、なし崩しに骨抜きにされることは必然的であります。 次に指定炭鉱の管理、業務計画において、官僚の惡統制が一層強化され、局長の権限は独裁的に高められております。炭鉱管理者においては、官僚と結合された資本家の立場の一方的強化の意図が明らかで、われわれは絶対に承服できないところでございます。 次に炭鉱生産協議会においては、その構成が官僚統制の強化と、資本家の立場の強化が企図され、労働者の参加ははなはだ欺瞞的であり、完全に網うちをくわされることになつております。その機能はさらに諮問機関に堕しまして、これでは義理にも社会化とか民主化とは言えないものとなつております。次に石炭局は官僚の立直りを企図して、画策されております。次に炭鉱管理委員会は、全國も地方もまた、その機能を官僚統制に從属せしめられて、その上に立つ諮問機関でしかございません。次にわれわれがあらゆる機関に参加する場合においては、各級がそれぞれ関連性をもつてこそ、その機能を発揮し得るものと考えております。 次に協力命令の項においては、一方的に政府が官僚と資本家を通じまして、他の関連産業その他に天降り的な命令を発することができることになつております。これによつて、官僚的な資本家的な政府案の本質をいかんなく暴露しておると言えます。われわれは炭鉱のみの國管では絶対に炭鉱の生産も復興も社会化も期し得ません。ゆえに関連産業の國管をも主張するものでございます。從つてかかる政府案の非民主的な企図については、断古としてわれわれ炭鉱労務者の立場において反対せざるを得ないのであります。 さらにわれわれの労働條件、生活改善に関しましては、何ら具体的に触れられてはおりません。かえつて遂にわれわれの爭議権を制限抑壓しようとする資本家的な露骨な陰謀の意図を表わしております。すなわち石炭局長は労働條件に関しまして、協議が整わない場合は、強制的に労働委員会に調停要求をなすことができると言つております一項のみにおいても、炭鉱労働者の立場から反対するものであります。 如上の基本的な線の上でも、われわれは現政府案の骨拔き案を、痛烈に批判するとともに、われわれ炭鉱労働組合全國協議会の國管案の基本線たる一、全炭鉱を管理の対象とすること。二、生産協議会、全管、地管を名実的に民主的決議機関とすること。三、第一條の政府が直接これを管理するの官僚統制の根本精神を徹底的に排撃し、人民による民主的な新しい観点に立つた國家によつてこれを管理する。四、炭鉱労働者の身分生活を徹底的に改善する。などの條件を入れた、もつと強力な國管案にされんことを切に鉱工委員諸氏に希望して、私の公述を終る次第であります。
○伊藤委員長 次は平和鉱業新平和炭鉱総務の岡さんに御発言を願います。
○岡公述人 ただいま御紹介を受けました福岡縣田川郡の新平和炭鉱の総務部長をいたしております岡義夫でございます。私はみずから新平和炭鉱を経営いたしておるものではございません。本法案の文字を拜借いたしますと、將來もまたそうなるであろうことを予想されますが、いわゆる現場責任者として、炭鉱の経営を責任ずけられておるものであります。もし本法通過後、労働組合並びに商工大臣の認可がありますならば、私が推されて生産責任者の位置に立つのではないかというふうな状態の身分にあるものであります。その観点から今回の法案に対する意見を申し上げたいのであります。 昨日來いろいろな意見が現われておりますが、われわれもこの法案をいかに修正すればそれでやつていけるかということを論述するとしますと、目的が少し違つてくるのであります。とともに、修正はどこまでも修正でありまして、全体の入れかえとはまた違うわけであります。労働組合側のお方の意見、また私も私自身の意見はもつておりますが、それを申し上げますことは、すでに本法案を否決しまければならぬ運命にある、そして次に新しい法案をつくり出すべきである。こういう二つの段階に相なつてまいりますので、本日公述を命ぜられました目的よりは逸脱すると考えますので、現政府の提出いたしておる法案自体につきまして、しかも抽象論を離れて、現実にこれを実行すればどうなるかということを申し上げてみたいと思います。 とかく言いにくいことと、言いやすいこととございますが、日本も戰爭に敗れてどん底にたたきつけられております今日において、もはや言葉を飾つておるような余裕のある状態ではないと思います。その眞相がいかにいやなものであつても、聽きにくいものであつても、ほんとうの姿を剔抉してまいりまして、これをどうするかを眞劍に考慮する態度でなくては、あらゆる問題の解決はつくまいと思います。いわゆる中小炭鉱もその中の小炭鉱に属する部門でございますがゆえに、経営の内外全部私の頭にはいり、腹にはいつてきております。一言附加えておきますと、大炭鉱といえども、今回のいわゆる財閥整理その他の法案によりまして、漸次中小炭鉱と同じ性格に近ずきつつある、そうならねばならぬ必然の運命にあることも冒頭に御注意を喚起しておきたいと思います。 われわれの炭鉱におきまする現在の炭を出しておりまするその方法は、政府からいわゆる公定價格をもつて配給いたしてもらう資材によつて出炭いたしているのではないのであります。もし政府の配給にのみ頼つて出炭いたしたといたしまするならば、三千万トンはおろかなこと、二千万トンを割り、千万トン内外の数字に堕するであろうということを、私は明瞭に発言し得るのであります。第一その量からまいりまして、われわれの要求の三割かないし四割しか資材ははいつてまいりません。しかもはいつてくる時期が、早くて三月、遅ければ半年遅れてはいつてまいります。その間われらは坑木がないといたしますると、天井を囲わずに炭を掘れば上から落ちてきて下の人間は死ぬのでございますから、そんなことはできません。政府がマル公で渡してくれる坑木だけを頼りにいたしておりましたならば、いたずらに水ばかり上げて、ずつと炭鉱は開店休業の形でおらなければならないのであります。しからばこれを補うのは何であるか、私経済によりまする公定外の入手、言いにくいことを簡單に申し上げれば、やみ相場でやみのものを買つてくるのであります。それをぶちこんで行つて、辛うじて今日の出炭を継続いたしておるのであります。先日某炭鉱においては、貯木場に坑木が一本もなかつた。これは資本家のサボじやないかというような意見もございましたが、私の炭鉱のごとき、しばしばもう危機一髪というところまでまいりました。しようがないから、金をもつてやみの坑木を探しにとんでいくのであります。数量において三割ぐらいきれております。金額において五割ぐらい高い、それも容易に手にはいりません。それを何とかして手に入れなければやつていけないのであります。まず出量において六割、金額において八割近いものは、そのやみ物資入手のために必要なる金額として支拂つているのであります。この物資あつて初めて現在の出炭が可能の状態に相なつておるのであります。なお念を入れておきますが、このことにつきましては、この間首相官邸における政府側との会見によりまして、和田安本長官並びに水谷商工大臣が、現在の出炭は多くのやみ物資を経営者自身の責任において投入して出ているものである。この資材がなければとうていかような数字は出てこないということは御承認になつた点であることを申添えておきます。しからばこのやみ物資の根源というものは何でありましよう。木材などの点はしばらくおくといたしまして、肝腎の鋼材であります。鋼鉄類その他モーター、機械、日本の生産が貧弱だからわれわれに対する配給が少いのであります。新しく生産せられるものは戰前の三割に充たないことはもはや常識でございます。しからば生産せられるもの以外の物資とは、戰時中以來日本國内に蓄積せられているところの物資であります。これも言いにくい言葉で申し上げれば、近ごろはやりの隠退藏物資というようなものでございます。これが全國にどのくらいあるか私は存じません。あるいは数百億と批評し、いろいろな数字が出ておりますが、まあどのくらいかありますでしよう。これがいわゆる政府配給の物資で足らない上に、追加し得るところの一つの物資の根源なのであります。これ以外には日本にないのであります。これを使いつくしてしまつたならば、あとは新しい生産による物資より以外にわれわれは手に入れることができないのであります。しからばただいまの形において炭鉱業のみが國家管理のもとにおかれるということは、炭鉱自体がやみ買いをする、やみ物資を集めるということはできなくなるのであります。法文をごらんになればできないことが十分におわかりと思います。しからば炭鉱が買いつけないとすれば、國内にある蓄積物資は自由である。ほかの産業の方にぐんぐん流れこんでしまうことは当然であります。かくしてまごまごしておるうちに、この國内にある物資がなくなつてしまつたら、そのあとは一体どの資材によつて日本の炭鉱を復興しようとするのでありましよう。炭鉱が復興されて炭が出てくれば、その炭によつて新しい鉄をつくることはできる。ここに惡循環を断ち切ることができます。その大本の炭鉱の炭をたたき出す資材というものは、現在のところアメリカからでも輸入していただけばこれは別であります。これを除けば、日本國内においては、現在ある蓄積物資による以外に方法はありません。この蓄積物資を急速に重点的に炭鉱に集めて投入して、そこから石炭の生産を切りかえてまいりますれば、石炭がよけい出るから、鉄もよけいできるようになる。電氣もよけい出るようになる。そうしてこの惡循環を断ち切つて、われわれは産業復興のコースへ向けることができると思うのであります。しかもその物資といえども、そういつまでもあるものではございません。今が一番大事なときでございます。今これを國管という形に切り直すことによつて、現在あるこの物資がそれぞれの方面に吸收されてしまつて、いくらやみ買いだといつて探しても何一つ手にはいらぬという状態に陥つたならば、これは外國よりの物資の輸入等による以外、日本の炭鉱の復興は絶対にできません。私は今年、來年が日本産業の起きあがり期であつて、一きれの石炭でも大事なときに、いたずらに機構いじりをやつて、その混乱、官僚統制の結果、業者経営者の自由裁量の余地がなくなつてくるという型にはまつた政治のやり方を押しつけていくということは、ここ一番いま一息で起ち直ろうというその息の根を逆に潰すことになるがゆえに、この法案がその他の面において十分に有利なものであるといたしましても、今やるべき時機にあらずということだけは、この観点からはつきりと申し上げることができるのであります。 そこで諸君、この業者の特殊なやりくりによつて入手しておる資源を除いて増産ができない。減産も食い止めることができなくなつてくる。当委員会におかれても、愼重にお取上げになるべき問題だろうと思いますが、這般鉱工委員会を傍聽しておりますと、將來の増産計画に対する数字、物資の襄付を政府はもつておる。一週間以内に出すという御答弁を私は傍聽いたしたのでありますが、未だその数字が現われてまいりません。常識のある者は、業者も労働組合の幹部も、この政府の答弁は笑つております。天勝の手品じやあるまいし、現在ないものを手の中でもみ出すわけにいかぬと考えております。ないものが出せるわけはございません。出せばごまかしの数字であります。度胸があるならば、ごまかしの数字をお出しください。鉱業会も各種の調査機関をもつておりますゆえに、これだけは白を黒に言おうといつても、ないものをあるということは、現実の事実によつて立証しなければなりませんから、問題にならない。一挙に駁撃をするだけの数字の準備を鉱業会はもつておることを、この際附け加えておきます。そうしてかように考えてみますと、この資材の面におきまして非常にマイナスになり、ただちにマイナスになるそのときにおいて、この法案は増産を目的とするものでありまするがゆえに、資材がマイナスになつた、炭は出なくなつた、それでよろしいと放つておくわけにいかぬと思います。必ずや増産する数字を出さなければならぬということに相なります。私が將來生産責任者になつたときのことを考えてみましよう。今まではおやじがやみでいろいろなものを買つてくれたので間に合つたけれども、いよいよ政府から切符がきた。あの切符のことをクーポンと言いますが、実はクーポンほど空なあてにならないものはない。クーポンとはよくつけた名前であります。ロープ屋に全部出して、割当の資材がこれだけきた。これで何トン出るか研究してみよう。研究の余地がない。どれだけ資材があればどれだけ出るかは檢討の余地がない。おやじさん、とても予定通り出ません。政府は何と言つてきた。六千トン出せと言つてきている。とてもだめです。二千五百トンしか出ません。これは素人と玄人との話じやありません。玄人同士現場を見てやる話ですから、かけ引も何もありません。なるほど出ない。そこで六千トンの割当に対して二千五百トンの計画案を出すこれでよろしいですか、政府は。三千万トンの割当に千二百万トンの計画案しかこなくても、民主的にきめてそうなつたのなら、沒法子ですむんですか。そんなことで内閣総理大臣の椅子はもてるのですか。商工大臣はやつておられるのですか。そうなつた場合に、私の一番恐ろしいのは、お役人が上から抑えてきます計画に対する変更命令です。ちやんと條文によつて、変更を命ずることを得と保証せられてある。しかもこの変更命令は、監督に関する命令とは違うんですか。この変更命令に違反した者には処罰はありませんかということを、平井管理局長さんに鉱業会の二階において伺いましたが、そうじやない、一應変更命令として出すけれども、そのときに違反したものには監督に関する命令がもう一本來るから、やはりその通りいかなければ三年以下の懲役、三万円以下の罰金、当然私も三年間はいつてこなければならぬという運命になる。まずその場合にこの監督上の絶対命令として、かりにこれが出たといたしましよう。恐るべき命令です。肉彈突撃の命令です。資材なしに石炭を出せという命令です。いつ天井が落ちてくるかわからぬところに、坑木なしに石炭を掘れという命令です。いつ火をふくかわからぬボロボロのケーブルの通つているところで、一遍ケーブルが火をふけば全山爆発です、そこでやれという命令です。いつ止まるかわからぬ通風機のもとに放つておいて、いつ毒ガスにやられるかわからぬ、そこでやれというのです。資材の伴わない生産命令は、死刑の宣告に近いものであるということを御了承願いたい。こうなつてくる可能性があるのであります。もちろんそんなことをやつたところで、われわれも承知しません。労働組合の諸君も承知するわけはありません。そこでどうなります。労働攻勢です。私も一緒にやります。私は資本家でないのだから、職員組合でも労働組合でも入れてもらつて一緒にやります。やむを得ません。憲法によつて保障せられる基本人権を振りかざして、官僚と対抗しなければならぬ。しかしそれで炭が出ましようか、諸君。ただいま全炭協の人が盛んに怒つておられた。ぼくらだつて怒りますそんなばかな命令に服從しなければならぬような義務をわれわれは担つておりません。何でもない話です。どうだ、今度はいよいよ政府がくたばつたときには、炭を出さぬということはお互いに食えなくなるから、炭を掘るだけは掘つておこうじやないか、運び出すだけちよつと止めようというので、運炭面の人だけにストライキをやつてもらう。こうなつたらなれ合いです。わきの者がはいつてきたら、この野郎、爭議あらしとどなつてやればはいつてこぬ。対抗する方法はなきにしもあらずです。現在のところ、労働者諸君と相対立しているものは資本家であります。これは五分々々と言いたいが、どうも私の考えでは労働組合の方が大分強い。一爭議やられたら、百万円ぐらいの欠損はすぐとんでしまう。しかし本法案が実施されたときは相手が違うのです。資本家と鬪うのじやない。ときの政府、ときの権力、官権、官僚と鬪うのだ。官僚というものはちよつと資本家よりは強いと私は考えている。なぜならば、彼らには責任がなくて、不死身であるからです。この不死身の官僚と、天下の労働大衆との血みどろな鬪爭、考えてみるだけでも膚にあわを生じます。さような混乱を起すことが確実な法案を、何をあわててこの土壇場に出さなければならないのですか。ドイツ、イターその他の前大戰敗北後の姿をみますと、いろいろな意味において労働攻勢が始まつて、一時その國々の産業はばつたり止まつてしまう。産業のなきところ生産はありません。生産のなきところ、その國民が衣食住に不自由することは当然です。ちようど今の戰災孤兒のような姿が、あなた方や、われわれや、全國民の姿に相なるところまでイタリー、ドイツは下つていつて、そこから盛り直してきた勢力が、不幸にしてフアツシヨ的勢力であつたことは、歴史にあることであります。ロシヤといえども、第一次産業革命の実行後におきましては、國内に餓死者が充満いたしました。これをこね直すためには、いわゆるゲー・ペー・ウーの血の粛清が必要でありました。何万か、何十万の血の粛清の犠牲のもとに、強力なる思想的独裁政治が確立いたしまして、とにもかくにも、ロシヤの産業は漸次増産の方向に向つたものであると私はみております。一体戰爭に負けた國民は、どうしてもそれだけの受難を受けなければならぬ運命にあるのでありましよう。われらも戰爭に負けました。この産業の荒廃、いわゆる労働攻勢に端を発しまする産業の荒廃の結果、われらもまたみじめなる戰災孤兒の姿までみな落ちていつて、底をつくところまでついた上でなければ、賢明な日本國民は自覚することができないのでありましようか。眞の愛情を有し、眞の民族愛を有し、眞にわれらがその思うがごとく賢明な民族であるといたしますならば、ドイツが踏んだ道、イタリーが踏んだ道、ロシアが踏んだ道、これを離れて、このコースをたどらずに、何とかいたしてこの敗戰下の日本の産業を復興の方向に向けていこうということ、向けたいという考え、これは全國民どなたも御異論のないものではないかと思うのであります。私はそういう意味によりまして、この法案を実行するということは、計画を立てれば減産の数字しか出てこない、それを変更命令によつて大きな数字を出せば労働攻勢と相なる、その結果ははなはなだしく減産となる。そこで臨時石炭國家管理法案というものは、字が二字ばかり拔けている。これは臨時石炭減産管理法案である。かくては提案理由とは百八十度方向を異にいたしておるのである。しからば提案理由と実施後の結果が全然逆だとすれば、これは止めてもらうよりほかに方法はありません。私はやめてもらうだけしか方法がないというのじやありません。昨日も委員の方の質問に、少くとも官僚は常識をもつているから、その労働攻勢の出るような命令は出さぬだろう、こういうふうな御意見があつたのでございますが、その意味におきましては、現内閣はたいへんな窮境に立つたものではないかと思われます。それはマツカーサー元帥から首相にあてられました手紙の中に、かように書いてあります。この緊急措置を國会が通過さしたならば、政府の先の目標というのですから、三千三百万トンですね、これを改訂して、この法律によつて新たに附加せられる能力に相應する水準にまでこれを引上げねばならぬ。三千三百万トンを三千五百万トンとか、三千六百万トンとか、ぎりぎり文字通りに言えば三千三百万一トンでも出さなければいかぬわけですね。けだしかかる能力の達成のみが右の責任の所在の変更を肯定するものである。しからばこの法案をあなた方が議会をお通しになりますと、あるいは議会も半分の責任を負わなければならぬかもしれません。三千三百万トン以上の出炭が可能でなければ、この法案を議会が採択してはならぬという逆の解釈のように私は考える。三千三百万トンが可能であるということは夢を見るより以外には、われわれの眼前にはございません。しからばこの場合におきまして、われわれはただ單に破壞的の議論を申し上げるわけじやない。しかも資本家のサボというような話もちよいちよいございましたが、少くとも中小炭鉱の関係においては、サボどころか汗を流して走つておつても、自分の財産が毎日々々減つて行つて、もう飯の食い上げになろうという状態であります。これも恥を言わなければ理がわからぬということになります。私の会社も先月は職員の給料を一週間待つてもらわなければ拂えない状態に相なつております。このときにおいて、経営者みずから第一線に立ちまして、そして私たち十二時間、十三時間の労働はいたしております。いくら働いてみましても、資材のないところに増産を見るということはできないのであります。辛うじてわれらの責任と、われらの犠牲において、やみ物資を蒐集して、これが出炭をやつておるという状態、これを一朝國管にもつていつて、政府の監督下にやるというのですから、政府の監督支にやみ買いは、これは政令違反に相なります。官吏が経済違反事実を発見したる場合は、これを必ず起訴しなければならぬという法律を私は知つております。この形に追いこまれて、私経済のやり繰りが全然つかない。この二点。しかもまた今日の千八百ベースを堅持せられて、そして労働者の賃金値上絶対まかりならぬと抑えておる一つの社会的動向、すべてはまさに火を吹かんとする瞬前にあつて、ただ國を思う愛國心だけがこれを包んで、何とか炭が出ていきつつあるという現状において、みずから破壞的爆彈であるところのこの法案を提出いたし、これが通過後においては、いかなる責任をおとりになるおつもりか。内閣がやめるとか、あるいは責任をとつて辞職するとか、さような生やさしいことではございません。マツカーサー氏の指令にも、増産の計画を阻害するものは嚴重に處分せよとあります。本法案を議会を通過せしめることそれ自体が、増産を阻害するものであることは、私の確信しておるところでございます。以上をもつて私の弁といたします。
○伊藤委員長 次は高松炭鉱職員組合の水上さんに御発言を願います。
○水上公述人 ただいま御紹介にあずかりました福岡縣の高松炭鉱職員組合書記長をやつております水上でございます。私は別にむづかしい條文をとやかく皆さんに申し上げたいとは考えておりません。先ほど岡さんから話がございましたように、眞に実際の生産現場において、この困難なる惡難なる惡條件下にあつて、祖國復興のために石炭を掘つておる一職員といたしまして、われわれが現場の経営のあり方において、実情的に労働者的な本能から感じましたその心情を皆様に訴えまして、何とかわれわれの主張しておるところの國家管理を御賛成をお願いしたいと考るものであります。 まず産業構造の改革という問題でありますが、すでに御承知のごとく、敗戰独占禁止法、それに伴いまして旧支配階級の財閥の巨頭、並びにそれに類する輩が公職追放で追放いたされました。経済再建整備並びに最近の経済力集中排除法案、ああいう点から考えましても、現在の日本の産業経営のあり方というものは、必然的に宿命的に、そうした民主化あるいは社会化の宿命にあるという点は、これは万人ともに認める事実なのであります。ところが資本家の方は、こういう明らかなるわが現在のこの國情の経済の本体を知らずして、いたずらに從來の戰爭中の独占的な、そうした利潤追求の惡夢に迷わされておる。これは私ども日本民族としての立場から先ほど申し上げましたように、眞に祖國の復興という純粹な氣持から申しましても、この点は何としても労働者として承服のできない一点なのであります。現在資本家がサボをやつておるということを言われますが、これは山において実際問題としてある。たとえば企業資金として國民の犠牲によつて莫大なる新坑開発費あるいはそれに準ずるような融資を國家から受けながら、その金を運轉資金にまわしておるという事実がある。さらに極端に言えば、われわれ労働者が眞に祖國再建のために最後の力を振つて、坑内において働くその金、つまり國家に納める税金なんかも、これも税務署に滯納をして、そうして他に流用しておるというようなことを私は聞いておる。もしうそであると思うならば、私から直接申し上げなくたつて、先般九州に物價廳あるいは石炭廳の事務官が炭價調べに行かれましたので、その方面から適当なる資料は十分あると私は確信をもつものであります。こういうような経営の実態のあり方で、それで眞に炭がはたして出るものか、どうか。われわれが衷心から企業参加とか、あるいは企業の民主化と言うことは、そういう点に私どもの眞の主張があるのであります。たとえば現場における経営協議会の現在のあり方がいかなる姿になされておるか、税金を流したということは、資本家は労働者に対して言つたことがあるかどうか、あるいは國民の一方的な犠牲によつて提供されたこの重大なる企業資金を他に流しますから、どうか労働組合諸君はこれを了承してくれと言つた資本家が一人でもあるかどうか、私はそういう点を言いたいのです。あなた方は言葉を出すならば官僚統制とか何とか言われるようだけれども、実際問題として、彼ら官僚と抱き合つておる面が十分ある。むしろその存在を心の底では喜んでこれを惡用しておるような場面がたくさんある。なぜもう少し祖國再建の熱意に燃えて、私企業的の純資本主義的なそういう考え方を捨てて、この荒廃した祖國を再建するために、そういう惡い官僚どもを排撃して、たとえば労働組合と資本家が抱き合つて、祖國再建のために立つという。そうして積極的な意欲に燃えていただけないかということを、私は労働者として伺いたいのです。もう少し考え方というものを、そういう隈の方へ秘密主義で取つておかないで、もう日本が負けてしまつて、ここまで來てるのですから、何もそういう名分にこだわる必要もない。全部裸になつてしまつておるはずです。実例をあげればいろいろな問題がありますけれども、はなはだ迷惑をされますから、これくらいにしておきたいと思いますが、大体大規模増産という点につきましても、これはぜひとも資本家が現在やつておるような、そういう資金面の流用、こういうことを繰返しておるのでは、絶対に大乘的な増産はできません。開発費用をほかに使つてしまうようなことでは、石炭が出るはずがないのです。だからわれわれは、こういう現状に対して、現場の協議会で、会社の重役に対して、再三再四私どもは職員組合の立場から、一緒になつてやろうじやないかと言つても、決して財布の底をお見せにならない。私はこういうところに勤労意欲の高揚しない大きな理由があると思うのです。お互いに戰爭に負けて裸になつてしまつた。労働者はこれほど良心的に経営のあり方に対して考えておる。この純良なる祖國再建という精神を沒却しては、そこには増産高揚の精神などは、口では言いますけれども、決してそういう実態は起つてこない。先ほどいつでも鉱業会から正確なる数字を出すと言われました。この点につきましては、私もある程度信用するのでありますけれども、実際山から鉱業会に流れますデータの内容もはなはだ不明確なものです。 次に來るべき配給に対する用意でありますとか、あるいははなはだこれは僣越でありますけれども、昭和二十一年の八月十五日に戰時補償が打切になりまして、いわゆる特経会社と制限会社というものがここに誕生いたしまして、それに対する擬制資本の評價ということは、これは当然やらなければならない点なのであります。そういう点につきましても、祖國再建のために組合と会社側が一緒になつておやりになることが、現在のいわば抱き合い戰術で増産をする時期としては、最も効果があるはずなのであります。先ほど申しましたごとく、すべて財布のしりまではたき出して、われわれの姿はこうである、だからともにやつてくれと言えば、あえて労働者は機械的な階級論を振りかざすものではないのであります。 そういう見解に立ちまして、現在はなはだ遺憾でございますけれども、九百五十六円のトン当りの生産に対して、九州ではおそらく千三百円平均を上まわつておると思うのであります。こういう点に対して、はたして純粹な資本主義経済の線に沿つて、いわゆる資本家が昔のような惡知惠を使つて、独創的な工夫創意によつて増産をなし得る現実にあるかどうかということ。先ほど岡さんからお話がありましたが、これははなはだ私としては承服しがたい点であります。聞くところによりますと、実に小炭鉱でありまして、総人員百三十八名くらいの山、この小炭鉱の一つの例が、はたして岡氏が先ほど、るるとして述べられましたごとく、全日本炭鉱界にその型があてはまるかどうかということは疑問であります。やみをやらなければ生産ができないと言われましたけれども、どうしてやみがなされておるかというこの社会的な機構、この機構を祖國再建のために、どうしても國家が法令の力によつてこれを動かすということに、今度の國家管理のそういう面における大きな役割があると思つておるわけであります。実は本國家管理の問題につきまして、鉱業会が中心となつて反対運動をやつておる。申し上げれば、はなはだ私たち良心的な労働者にとりましては、遺憾千万な事実であります。もう少しこういう点につきましても、いたずらに從來のそうした古いわくの中にはいつて、いつまでも自分たちのそういう地位を保持するというような氣持でなくして、なんとかもう少し日本人なら日本人らしいような精神になつていただきたい。これが私ども労働者の資本家に対する現在の唯一の希望なのであります。実例を申し上げますとはなはだ長くなりますから、大体以上で終りたいと思うのでありますが、ただいまのお話は私が実際生産現場におりまして、私個人ではないのであります。山の全部の労働者が経営協議会なり、あるいはそうした委員会に列席いたしまして、体驗して、みずからなんとか現在を打開したいという眞情を、同志の全体の声を代表いたしまして述べさせていただいたわけであります。 結論は、私どもは國有國営とする國家管理を前提といたしております。しかしながら現在の客観的な情勢、あるいは経済のいろんな情勢によりまして、それはあるいは不可能であるかもれしません。しかしすべての産業構造が冒頭に申し上げましたように、日本自身の考え方ではなくて、すべての産業の形態あるいはその他のすべての問題が、そういう方向に向いつつあるという現実に立つて、資本家の方はそういう点を特にもう一回よくお考えいただくことを衷心からお願いいたしまして、私の話を終りたいと思います。
○伊藤委員長 次は日本石炭鉱業連盟專務理事早川さんに御発言を願います。
○早川公述人 私は石炭鉱業連盟の早川でございます。今日私から公述申し上げますことは、法案の内容、理由にも関連いたしますが、反対意見も具体的に申し上げたいと思います。それからこの國管法と関連がありますので、経営者が現在の情勢においていかなる労働対策をもつておるかという点も申し上げてみたいと思います。 最初に申し上げました法文中の反対箇所と申しますのは、いわゆる生産協議会に関して、その性格の問題が私の言わんとするところであります。それからもう一つは、提案理由の第三にもありますが、この法案、特に生産協議会等が法制化されたならば、それで労働者の勤労意欲が特に向上するという見透しについて、私どもが考えている点を申し上げたいと思います。 もつとも、あらかじめ申し述べておきますが、きのうも発言の機会に申しましたように、現在行われておりますところの労働組合と経営者側との團体交渉なり経営協議会制度なりは、否定するどころか、むしろこれはもつともつと充実させて、今水上さんが言われましたように、不徹底な程度に終らないで、うんと十分にしていくことは望むところで、現状に対してはまだ不満足を感じておるのであります。労資双方で自主的に協力して石炭の増産に力を入れていくという熱意においては、何人にも劣らぬということを思つております。また労働意欲の向上ということがなくては、非常増産が期せられないということも、これまた率直に認めるものでありますが、問題はこの法案中の生産協議会が、現行の経営協議会と異つたあり方をしておるという点であります。そして今も申しましたように、この協議会を通じて労働者が経営権を左右するということ、それによつてはたして勤労意欲が高揚するものかどうかという点について多大の疑問をもつておるのであります。法案の第三章第四節に生産協議会の條章がございますが、これはすでに各委員の方におかれては、特に御研究済みでありますから、私どもこの点だけ特に申し上げたいのであります。これは生産協議会に議決権が與えられているのかどうかが漠然とし、あいまいだという感じを受けるのであります。もつとも第三十七條に過半数でこれを決するという旨が明記してございます。そしてまた他の條章においても、炭鉱管理者の人事や業務遂行上の重要事項は、ことごとくこの生産協議会の議を経なければ、何一つ定め得ないということになつております。それでは第三十七條というものが、過半数できめるのだから議決機関だ、こういう法文を楯にする解釈をとつて、業務の実施面を全面的にこの協議会が左右するということをしようとすれば、できると思います。こういうふうな恰好になつて、他にこれを覆し得る明確な規定がございません以上は、生産協議会が事実上決議機関になつてしまつて、事業運営上の中枢機関となるということは明白に考えられます。あいまいなことにしておいて、解釈によつて事実上そうなつてしまうということは、私どもはいやです。はつきりと決議するなら決議するというふうな表現が望ましい。もつとも私どもは決議機関とすることには反対であります。なぜかと申しますと、決議する、すなわち最高の意思決定をこの生産協議会がやるということになりますと、結局労働者が経営権を左右するということにほかならないのです。一部の急進的な考えをもつた人の独善的見解、あるいはその人としては至極熱心に理想的に考えておるかもしれませんが、こういう考え方を肯定する向きもあるとは存じますが、政治の実際、日本経済の常識から申しまして、こういう考え方は私は経営の民主化に反すると信じます。なんとなれば、現階段において資本主義組織というものは現実としてあるのです。しかし從前の、戰前の資本独裁の経営方式は維持できなくなりました。そこで率直に昨日も申し上げましたように、労働者の團結権、罷業権、團体交渉を認め、すなわち労働権を正面から認め、そして一方労働者は経営者の経営権を認め、互角対等の立場で相互の人格と相互の立場を尊重して、それぞれ自分の責任を遂行するという態勢が経営の民主化であろうと信じます。実際経営者は労働者なしには生産ができません。増産するのも減産するのも、実はつるはしをもつている労働者の腕にかかつております。しかしまた労働者は、みずからが経営をやることはできないということは、この過去二ヶ年にわたる実際の実例、生産管理とか経営管理とかいうごたごた事件を通じて、はつきりと労働者側も自覚しておると存じます。ご存じのように、産別や総同盟や日労などを含まして、経営者の全國組織とともにこしらえております経済復興会議というものがございます。その組織の基本方式の中にも経営管理、経理並びに人事に関しては、決定権は経営者がもつとはつきり定めておりまして、労働組合側がこれを承認して参加しております。また共産党の徳田書記長も、この春の全國協議会の報告書の中で、組合が経営権をとれば幹部がだら幹になる、またストライキができなくなると言うて戒めているくらいであります。すなわち労資が対等で隘路を打開し、産業の復興に協力するという能勢が、今やつと現場で確立せんとしつつある際に、この労資対等という線を越えて、経営権そのものの内容を左右する権限をこの機関に附與するということは、イデオロギー論なら格別ですが、これは経営に対する非常な干渉であり、不公正であり、不公平であると思います。またこの法律の第一條は、いわゆる政府、経営者、労働者が三位一体となりという趣旨をうたつておりますので、その目的とも矛盾する結果になると思います。また、もし決議機関でないというふうにいたしましても、こういう機関を特にこの際法制化する必要がありましようか。実際問題として大いに私は危惧の念を懷くのであります。これは労働組合側に対しては少し失敬な言い分でありますが、現在の労働組合の指導者中には、この法案中に掲げております生産協議会の処理する重要事項、そういう重要事項を現場で実際に十分に咀嚼して、またそれにすぐ意見を立てて、そのでき上つた結論について、労働組合員大衆に納得させるだけの能力のある人物がはたして揃つておるでしようか。私はそれを疑うのであります。そういう状態のもとに、ただ形に囚われ、一つのある理想的な観念的な態度にのみ囚われて、かかる組織が法制化されてまいりましたならば、その生産協議会自身の権威の問題が起つてまいります。この生産協議会というものを基礎にして組立てたこの増産法自体が、破壞されてくると断ぜざるを得ないのであります。また第三十七條に多数決できめるとか、全員をもつてするというふうなきめ方がございますが、結局は労資双方の利益を代表しておる者が同数で意見を鬪わすなり、あるいは管理者は採決に加わらないということになりますと、結局は一対一になつてしもうのです。そうすると結局昨日も最も主張されておりますところの、また最も採用すべきであるという意見が統一的に述べられている、官廳の裁定に問題を委ねる、こういうことになります。またいつもいつも非常にそのために時間がかかりまして、業務計画の内容の実行はいたずらに遅れるという結論に達すると思います。それでは一体どうすればいいのだというわけでございますが、これは私は現在民主的に発達しつつあるところの経営協議会を、さらに充実させるという方向であろうと存じます。御案内と存じますが、もともとこの経営協議会制度というものは、終戰後労働組合法が制定されましてから團結権、團体交渉権というものが法認され、その結果團体協約が締結せられ、それに基いて設置されたところの労資の自主的協議機関、そして経営を民主化するという現場における唯一の新しい組織であると存じます。從つてこの経営協議会なるものを、自主的に盛上つてくる労資双方の相互信頼に基く協力体制で、これを十分に双方が立場をはつきりとして、いい加減な妥協や、ゆえのない爭いを愼しんで、ほんとうに有意義に強力にもつていくというやり方が、私は問題の解決点だと思います。もつともそれは、ただできたからこれでいいのだという安易なものではございません。ここへくるまでには、それこそ血の出るような労資の間の爭いもあり、火を吐くような熱戰討論も展開されてきた事実を多くもつておるのであります。結局双方が立場を認めながら、双方の欠陥を指摘し、責任の不明瞭な点があれば、それを明確に追求するという方法によつてここまで参りましたが、まだまだ不十分である点は私も認めます。しかしこれがまだ育つていないものを、そのまま今度は法文の中に取入れて、その上に経営協議会というものよりも、生産協議会というものをでつちあげるというやり方をしますならば、せつかく育ちつつある経営協議会が無力化され、力を失うというふうなことを心配するのであります。私は本法に重複して、かかる協議会制度を設ける必要はないと思います。 それでは経営協議会が、どんなふうに今まで運営されておるだろうかという点を申しますと、成立以來日が浅いのでなんですが、二十一年度の協議内容を見ますと、調査した数が二百九十九で、労働條件に関するものが四三%福利厚生に関するものが二二%、生産に関するものが一二%、その他の事項が二三%でございます。労働條件、福利厚生に関する事項が圧倒的に多いのでございます。それは全体の六五%にあたります。それに対しまして生産に関する事項は一二%しかもその場合議案の提案者は会社側がその六五%になつております。大部分経営者からもち出しておる。経営に関する事項に至つては、きわめて少くて一・二%でございます。しかもその内容は、会社の一般経理に関するものが主である現状でございますが、これは私は経営協議会が今まで、ただ労働者の生活問題に非常に追われておる終戰から現在までの段階においては、自然そういう点がおもに取上げられ、ほんとうに日本を再建していこう、あるいは相互の責任をはつきりさせていこうという方向に組合運動自身が、あるいは労資の関係自身が育つていない一つの証左だと思う。 先ほど水上さんが指摘せられた点についても、私は、なぜ労働組合側からその点を言わないのかとさえ申したいのであります。しかしこれは、さつきも申し上げましたが、育成途上でありますから、まずよほど力を入れてやつてきても、なかなか與えられた方法で熟達するには時間がかかるということで、まずやむを得なかつたのではなかろうかと思うのでありますが、今後やはり相当の期間がたつて、労資双方が、たゆまない努力をして、自主的にこの協議会の値打を増してゆく必要があると思います。それを今一挙に決議機関にもつてゆくという方法で、協議会をこの法文の中に設けるということは、決して労資のやつてきた方法を育成する途でない。むしろかえつてイデオロギーの押しつけ的のものに相なるということであります。労資双方が自主的に力を併わせていこうという方法、昨日來労働組合からは、相当痛烈なる資本家攻撃の意見も出ておりましたが、私は現場の労働組合大衆が、いつもそういうふうに思つているとは必ずしも思いません。ある場合には攻撃することもあれば、ある場合には一致することもある。終戰後炭鉱労働界が非常に荒れに荒れたことはありますが、今や二ヶ年にして相当に労働者自身も自覚の度が進んでまいりました。もう暴力を振つて経営者を痛めつけるという方法は、今のところ全國どこにもないと考えます。從つてこの経営協議会方式というものが、今ややつとほんとうの姿に立至りつつあると考えるんですが、ここでただ單にイデオロギー押しつけの方法をとつた場合には、私は現場の両者の理解というものが、むしろ崩れるところへはいつてくるのではないか、それでは日本の炭鉱復興体制に大きな齟齬がくるのではないかと思います。この点、とくと委員の皆様において御勘考を願いたいと思います。 それから次に申し上げたい点でございますが、それはつまり政府はこの法案の提案理由として、この國管法が実施せられることによつて、労働者がその地位に目覚めて、その責任者によつておのずから、勤労意欲が高揚すると説く点についてであります。すなわちこの法案が施行された場合、労働者は生産協議会によつて、企業の経営を左右し、地方及び中央の管理委員会によつて、政府施策にも参加するという法的権利が與えられるのでありますから、その反対給付として、責任感の増大による勤労意欲の高揚が期待できるというのが、政府の考えている点でありますが、事実はたしてその通りでありましようか、私は疑いをもつのであります。まず政府のこういう考え方は、半面には現在の炭鉱労働者は、経営形態にあきたらないために、まだ十分勤労意欲は発揮していないということを裏書きしているものであつて、逆に申せば、勤労意欲の不振が増産の重大隘路であるということを、政府が指摘したとも言えると思います。現下の石炭危機において、経営者たると労働者たるとを問わず、それぞれの立場で増産に努力を傾倒するのが、私ども炭鉱人の國民的義務と思つております。そして私は労資ともに、惡戰苦鬪して生産にあたつていると考えているのですが、いたずらに経営形態に藉口して勤労意欲を起していない、生産サボをやつておるものがあるとするならば、私はまことに遺憾だと思います。また勤労意欲をこの法案によつてつり出すという考え方については、私はちようど報奬物資で労働者をつるというやり方と同工異曲と思います。しかも後に申しますが、労働者の大半はこの國管を望んでいない、あるいは無関心であるという数字を申し上げたいと思います。それでありましたならもはや何の意味があるのであろうかと思います。それはさておいて、國管法の実施によつて、政府が今不振だ、低調だと言つておりますところの勤労意欲が、はたして上つてまいりましようか。ただ法律上の権利を與えましたならば、その反対給付として責任感が増大して勤労意欲が上つてくるという考え方は、やはり道徳的期待論であつて、これは戰時中、戰後試驗済みのことだと存じます。はつきりと増産意欲を高めるやり方としては、やはり現実に即したやり方がいいのであつて、人間の経済活動というものは、最小の努力で最大に收獲を得ようとするのが本能であろうと思います。下品な言葉で言えば、なるべく樂をしてなるべく高い金をもらおう、こういうのが人間の本能としてあることは動かせません。しかしこれをほんとうに切りかえて、うんとふんばつていこうというのには、やはり一つの大きな思想の轉換と、もう一つはその働きに應じたところの責任というものがはつきりとしてまいらなければならぬと思います。しかるにこの法案では、生産協議会や管理委員会に対する労働者の関與、発言権は大巾に認めておるのに対して、かんじんの生産に対する労働者の責任ということについては、單に法文中、協力を要請するという以外には何らの規定もない。これはまことに不公平、また責任のない発言を認めるということになりますと、今の程度の情勢で考えますならば、労働者側の立場からはただ一方的に無責任な発言、しかも集中的に給與問題等の問題についてのみ一方的に動いてくるということが、むしろ自然の理であろうかと思います。國家的観点に立つたこの法律が、責任の具体的な規定を欠いておるというために、かえつて私どもは現場の混乱を起すものと存じます。これでは政府がせつかく言つておられる労働者の國家的責任というものは、この法案実施の現実面においては明らかに反対、あるいは空論、口頭禪に終つてしまうというふうに思われます。私はこの能率向上をほんとうにきたさせる基礎というものは、何といつても生活環境、作業環境というものを充実して、そしてしつかりした指導者、頼もしい親方が出てくるということが、基本條件と思うのです。ところが生活環境にしろ、作業設備にしろ、るる話が出ましたように、今すぐに十分に充実する可能性が薄いということであります。それでは一体能率の向上というものはどういうふうにして期待できるだろうかということを考えます。しかし現在生活環境をよくするために大巾な賃金引上げということは、國情において許されません。また画期的に諸設備を充実するという資金、資材の入手も、たとえ國管が行われたといたしても、期待できません。いわゆるあたりまえの方法、正攻法ではこれは期待できないという場合には、一方増産の絶対要請である以上、正攻法でない、よほど特別なやり方をせねばならぬ、こう思います。それで私は事実実施可能の能率向上方策はと言いますと、今回発表せられました非常増炭対策の根抵を一貫しております労資の自主的努力、自発運動によるほかはないと存ずるのであります。先ほど労鉱の労働強化はいやだ、増炭対策は労働強化だ、これを資本家側がけしかけているというお話がありましたが、私どもは経営の強化を希望しているのであります。労働の強化は労働組合自身で考えられるでありましよう。私はこの増炭対策というものの底を流れているものは、やはり労資すなわち当事者が、自主的、自発的の運動でやつていくということの意味だと存じます。みなさま社会運動、政治運動の達人であられますから、とくと御了解のことと存じますが、運動と強制との区別は、モーターが内についているか、外についているかの違いだろうと思います。たとえば三千トンという石炭を出すべき車がトラクターで引張られている場合に、引張る方のトラクターは、いろいろ焦つてこれに大きな力を附與しようと、一生懸命にこのトラクターについているモーターをうんとまわそうという努力をする、これが法律的強制的の力を強くする努力であろうと思います。ところがこの道は坂道で隘路もあり、でこぼこもございます。この際にまことに大きなモーターを牽引車につけましてもなかなか引張れないどころか、各車についております牽引の綱は、法文の第一條に労資一致というふうに書いてありましても、事実上はたしてどれだけの紐帶力がありますか。むしろ隘路に差しかかり、障害物にぶつつかりましたならば、紐が切れるんじやないかと思います。逆に私はこの引かれる車の中にモーターをつけて、これが自分で自発回轉をいたしましたら、前に引張つている車を押し上げてやるというふうにいくのだと思います。今現にやつております経営協議会は、労資の自主的協力の基盤の上において、眞に効果を発揮し得るものだと思います。また私ども戰時中に、実は勤労根本法というものについて研究をいたしたことがございます。ところが日本独自の勤労の考え方と組織を確立するという方面であつたのでありますが、これは結局法律ではできない。人間の思想と、あるいはその思想に基くところの素地というものがまだ十分育つていない場合に、法律の網をかけてはこれはつかまえられない。むしろ未成熟の状態に法律をかけてみましても、法律自体が消えてしまつたり、破れてしまつたりするという判断で、結論としては勤労根本法は不成立でありました。事務的には不成立になりました。ところが軍需会社法が出まして、勤労根本法で構想された点が大いに取り入れられまして、そうして強烈な責任追究というか、あるいは軍閥、官閥の統制組織ができたのであります。ところが現場においてはまた勤労統率組織というものができまして、これにいろいろの附設機関もできたのでありますが、結局は何にも回轉しなかつた。これは私ども戰時中からその点について十分に運動と法律強制との限界を覚つたわけでありますが、今またここにお取上げになるかどうかという点については特別御考慮を願いたいと思います。 なお御参考までに申し上げますが、これは英國においてさえ炭鉱の労働者が経営に参加することは拒否せられておる実情であります。各炭鉱生産委員会というものができておりますが、保安の件についてのみ労働者の参加が許されておるに過ぎません。炭鉱國管問題では、二十年來論議されておりました英國においてさえかくのごときでございます。また時事通信の九月二十日号によりますと、こういう報道をいたしております。英國炭鉱國有國営は、炭鉱の近代化、機械化は急に実現ができないが、炭鉱労働者をして、國家のために働くのだという意識をもたせ、炭鉱の雰囲氣を改善させ、もつて増産に寄與させようとしたのであるが、かかる道義的要望だけではあまり効果がないことが、今次のヨークシヤーの炭鉱労働者の爭議でわかつたということを、海外経済版に載せております。そしてロンドン・タイムスは次の二点が必要であると言つております。すなわち実際に購入し得る物資に乏しいため、一定以上の賃金獲得意欲がないのに鑑み、物資の裏づけが必要だ。第二は増産要望のみに止まらず、経営管理者に欠勤常習者の解雇権を認め、規律を確立すること。こう申しております。またロスアンゼルス・タイムスの記者はジョーンズ氏は—これは十月九日号に出ておりますが、炭鉱國有の運営機関たる全國石炭委員会ができて以來、厖大な官僚主義が確立され、中央の要請が坑夫のつるはしにまで達するには幾月もかかる実情である。さきにアトリー首相が石炭増産を要請したときも、石炭委員会ではみずから何もできないので、全國炭鉱組合に出かけて行つて頼む以外に手がなかつた。そうして実際に組合に届いたのは四週間後であつたと言つております。フエピアン協会も、産業の國有に当つては、政府は政策樹立のため少数のスタツフをもつに止め、日日の運営に直接関係すべきではないと申しております。かくのごとくすでに國有國営を実施しております方面においても、こういう実例がすでに現われております。 また先にも申しましたが、この炭鉱の労働者の意向が、炭鉱國管に対していかなる状況にあるかという点でありますが、この点を最も科学的に取上げられましたのは、過般新聞紙上にも発表されましたが、輿論調査研究所によつて行われました今年の七月十二日から八月二十日までの間に調査いたしましたその結果を見ますと、全國二十三炭鉱につきまして労働者数十万人中、回答が六万四千三百二十六人、その中で國営賛成者が一万九千五百二十七名、これは三〇・三%に当ります。民間経営を希望する者が二万三千六百二十一名、これはちようど三六%に当ります。國営を望む者は三〇・三%、民営は三六%となつております。このことは炭鉱の労働者諸君が全面的に國管に賛成であるというのではなく、むしろ不賛成者の多いことを明確に物語る証左であると言わざるを得ません。そして社会党支持の労働者が三万二百九十七名ありました。それに対して國営の賛成者が一万九千五百二十七名でありますから、かりに賛成者全部が、社会党支持であるといたしましても、一万七百七十名約三分の一が國営には賛成できないというのであります。この調査の結果はよく御考慮を願いたいと思います。なおまた國管問題に関する全労働者階級の関心はすこぶる微弱でありまして、これまた統一的な全労働者階級の発言がないことは、たとい國管問題が増産法であるといたしましても、まつたく私どもは奇異の感にうたれるのであります。その点は荒畑寒村氏も指摘しております。どうぞこの点よく御勘考くださいまして、現実と遊離しない、そしてほんとうに労資がみずから立つてやれるという能勢を損なわないように、御留意をお願いいたします。なお最初に申し上げましたが、時間が超過いたしましたので、経営者として現下の労働対策というものをもつておりますが、これは別の機会にお讓りすることにいたします。
○伊藤委員長 午前中の会議はこの程度で止めまして、午後正一時から再開をいたします。暫時休憩いたします。 零時二十七分休憩 ————————————— 午後一時十五分開議
○伊藤委員長 午前中に引続き公聽会を再開いたします。 北方炭鉱労働組合長の井上さん、御発言を願います。
○井上公述人 私は今御紹介にあずかりました佐賀縣一中炭鉱の組合の代表の井上敷男であります。私は労働労働坑内十四年の至つて無学、無経驗の者で、原稿書くやら、あるいは法文的にものをいじるということはできない男であります。またかような固苦しい、しかも名士のおられるところに來てしやべることは、今まで一回の経驗もなく、身体は震えながらも、この壇上に立つて皆さんたちに聽いていただきたい。それはほんとうに現在の炭鉱労働者が、いかに眞実なる叫びをもつておるか。これを意思表示したいために立つておる次第であります。それで原稿ももたず、何も持つておりませんが、今まで十四年佐賀縣の地方の一中小炭鉱に働いたその実態からつかみ出して、どうこれを主張するか、あるいは反対するかという結論になると思うのであります。 大体現在の資本家のやつている経営的な考え、あるいは実態、方向、これを考えてみますときに、戰爭中におけるあのやり方、それから戰前におけるやり方、現在の客観的な情勢によつて、独占的な経営と、生産の自信を失つたその過程において、いかにして資本家の個人的利潤を追求して、豪勢なる生活様式と、特権階級的な存在を保持せんとして、欺瞞な政策をやらんとして、いかにも——さいぜん早川連盟專務理事が、自主的に経営協議会をやつていけば云々と申されましたが、しかし実際において現在の中小炭鉱において、民主的に経営協議会が開かれておるか否か。またさいぜん岡さんが申されました言の中に、わずか百三十八名くらいの小炭鉱においての統計指数をもつて言われましたが、これもほんとうに民主的に、民主化された経営機構をもつておるなら、ああいう御意見は出ないと私は確信するのであります。岡さんが申されました言の中に、現在はやみで石炭の生産をはかつておるのである。やみがなければ石炭の増産はできぬのだと、一方的な立場からの結論を出されたと思いますが、しからばわれわれがお尋ねしたいことは、現在やみ物資を買い、そうしてそれが石炭の増産になるということは一應認めたといたしましても、やみ物資がなくなつた場合を考えてみると、やみ物資がなくなつてしまつたときには、石炭の生産、増産ということは、口に叫んでも実際的にはやれないという結論に私はなると思うのであります。しからば現在の増産がやみによつてなされておるということであれば、そのやみがなくなつたときにこそ一番迷惑を感ずるのは、彼ら資本家でなくて、むしろわれわれ労働者である。資本家のそういうような樂観的な考え方でなくて、やみ物資がなくなつたときに一番迷惑を感じ、一番困窮に陥られるものは、結論として何ももたない、何一つ所持するもののないわれわれ労働者である。われわれ労働者がいかに苦しみ、いかに死の中に突入させられていくかということを考えてみるときに、私たちは岡さんの申されたそういう言には、眞向から反対をもつ労働者であります。現在実態的に申しますと、中小鉱山の経営者には、政府から山の経営あるいは増産の対策のために、生産の維持をするために、政府が國民の犠牲において資金、資材を流通しておりますが、それがしからばほんとうに山の生産に使われおるか、これをわれわれは経営協議会において、実態をつかみながら追究するのでありますが、彼らは何としてそれを弁明するか。山の生産が立つていかぬので、しかたなく生産に必要のないほかの事業をやつて、そのもうけた金で生産をするのだ。こういうようなことを、いかにももつともらしく、しかも労働者を救つてやるために、おれはあえてしておるのだというようなことを、実際に言つておる経営者があるということも、忘れてはならないと思うのであります。なおまたわれわれが今まで経営協議会において、労組の方からいろいろ生産目標、生産企画に対し、一日本人としての立場からほんとうに眞劍に意見を出しても、その結論をつけるときにおいて、経営者は資材がないのだ。やりたいと思つても資材がないからとうていできないのだという一方的なことで、われわれを抑えつける。抑えつけるというと語弊がありますが、どこでその根拠をつかむか。こういうことにすら非常に不満な、しかも逃げ方の上手な言い現わし方で、われわれを押し切るのであります。そうして実際に山元において眞劍に増産のために働いて、経営者が言つておることも一應われわれは信じ、尊重してその意見を聽いておりますが、たまたま中央に出てきて、いろいろ関係方面、官廳あたりに行きましてその実態を調べてみますと、実際に資材がないとわれわれに明言をなしておきながら、その実は政府に対して何ら資材の発注もしておらないという事実もあるのであります。こういうことが結局経営者の生産サボをやつておる事実の裏書であると、私は信じて疑わないものであります。なおまた早川さんの言の中に、イギリスの國営國有になつたその後の実態を申されております。なお人民の代表としての徳田書記長の言として、経営権を侵害するのは、労組の幹部がだら幹になるからいけないのだということを言つたと言明されておりますが、私は徳田書記長は、そういうような資本家の一方的な考え方で言つたことでないと信ずるのです。というのはそういうことになつてはいけないのだから、労組の幹部は眞劍に考えて、われわれは人民を代表するところのものでなければならない。そういう考え方を言い現わした言として私は信じております。 また世論調査におきましても、福利厚生が六八%という数字だということであります。しかもそれが経営者から提案されたところの議題であるというが、断じてそういうことは未だかつてないのであります。今までの労働爭議を見ましても、ああいう急激に盛り上つた労働組合ではありましたが、ほんとうに経営者がわれわれ働く者に対し、眞劍に福利厚生ということを考えておつたならば、ああいう労働爭議はなかつたと思うのであります。佐賀縣は一小地方であり、中小鉱山の塊りでありますが、現在において、しからば経営者がわれわれ労働者のために、何を福利厚生の機関として設けてくれておるか。一例をあげますれば、現在の病院の施設においては、助かる命でも助からないことになるから、ぜひとも病院の機構改革をして、われわれにほんとうに大丈夫だという安心感を與えるために、一つは衞生機構、病院の機構から改革してくれ。こういうことを本年の一月に職員と労組が一緒になつて要請をし、そうして可決をみておるにもかかわらず、その資材がない。かつ金がないと言つて、現在に至るまでその実施を進めていないことを見ても、経営者がわれわれ労働者のために福利厚生を云々する理由は、あえてないと私は思うのであります。 かような言は私一々反駁したくなるのでありますが、実際において経営者はわれわれ労働者のために、ほんとうに福利厚生の問題だけでも眞劍に考えておるか否か。早川さんが申されましたので私はあえて申し上げますが、第二回か第三回かの石炭復興会議全國委員会のときにおきましても、労災法は九月からでなければ実施できない。しかしわれわれはこの上半期の出炭をしなければならないのであるが、その点についてわれわれ坑内労働者に対しては、どういう考えをもつておられるか。四十万トンの欠をその間でとりもどさなくてはならないような現在の状態にあるとき、ほんとうにあすをもわからない命をかけて働くわれわれのために、経営者としてはどんな考えをもつておられますかと、私はたつて質問をした男であります。そのときに早川さんが申されますように、福利厚生の問題が六八%経営者から提案されたというなら、その全國委員会の席上において、私が質問したことに何らかの発言があり、何らかの回答があつたはずだと思いますが、そのときに経営者の人たちは相当のお集まりがありましたが、だれ一人として私の言に対して、眞劍な御回答のあつたお方はなかつたのであります。そういう事実から見ても、経営者が労働者に対し福利厚生云々というふうに結論づけられると、われわれは非常に心外の至りであります。 またイギリスの國営國有の問題に帰りますが、現在英國の方から日本の現実を視察に参られた一代表の方の言では、現在の日本の経済のあり方、政治のあり方では、どうしても日本の炭鉱だけでも、まずまつ先に國有國営にするのが正しいのだということを発表されておることも私は承つております。いろいろ考えてみますときに、ほんとうに資本家が民主的に経営してないということが、私の立場からはつきりと言えるのであります。またさいぜん早川さんが資本家と労働者が自主的に、民主的に、お互いがお互いの立場を尊重し合い、経営協議会を通じていくなら、生産あるいは増産はできるんだと申されておりましたが、いかにも結構です。しかし私たちは過去の苦しさから一日も早く出るためには、そういうまどろしい言い方では満足しないのであります。実際に経営者が民主的に経営をされておるか、しかも経営協議会において、ほんとうに良心的に労働者がどうあるかということを眞劍にお考えになつて、経営協議会に出ておられるか、そういうことを考えてみるときに、私たちは早川さんの言とはいささか違つた意見をもつておるのであります。それで私たちとしましては國有、國営になる前提として、労働者としての立場から、経営者あるいは資本家だけが生産的に、経営的に、独占的な考え方の経営のあり方ではなくて、ほんとうに労働者が五か、経営者が五であるというところの力を両方がもつていくためには、現代の機構、現代の社会から脱皮してこそ初めて増産ができ、生産の機構が永久的に確立するであろうということを私は信じておるのであります。そういう観点に立ちましても中小鉱山に働く私たちは、現在のやり方では、いかに経営者が声をからし、いかにその場逃れのわれわれに喜ばせ的な行為をやり、言葉をかけてもらつても、その底に流れる考え方をはつきりとかえてもらわない限りは、私たちは孜々として喜んでつるはしを握る氣持にはなれないのであります。さいぜんの話によりますと、國家管理法案が通るなら労働強化になると申されましたが、私たちはほんとうにわれわれの立場を考えてくれ、われわれのことを考えてくれるなら、あえて敗戰の日本國民として、あてがわれた時間の中では、眞劍に働く用意はみんなもつておると私は思うのであります。なおまた、さいぜん経営を強化すべきだと申されましたが、経営強化それ自身が、現在やみでその場逃れの生産をしていて続かないということがはつきりとわかるなら、ほんとうに一日本人とし、一経営者として日本の考え方、現在の日本を土台として考えられたなら、私は経営強化ということこそ、——國民があらゆるものを犠牲にして、そして來るべき光明を求めていくためにこの経営國管を國家が開始して、そして永久的な企画を立てていくことこそ、私は妥当な、しかも正しいあり方だと思うのであります。経営者がただ経営者だけの考え方で寄り集まり、そして経営者自身の考え方だけの経営強化なら、それがはつきりと労働者から反対を食ろうということは、私は事実として起り得るものであるということを信じます。そういう観点から私たちは、現在もこの危局にある石炭生産に携わる経営者、労働者は、いま少し過去の夢に甘えることなく、ほんとうに日本としての基盤に立つた経営者、あるいは労働者としていかなければならない段階にあるということを私たちは考えなければならぬと思う。そこでまず経営者が日本人であるということから考えていつたならば、この國民環視の中で、國家再建のために、まずわれわれ國民がほんとうに管理するところの、そして國民が納得するところの生産を続けてゆくためには、この國家管理をあくまでも断行していただきたい。しかも新聞紙上あるいはいろいろのニユースによりますと、これは政党の方を批判することになるかもしれませんが、私は一労働者として、自由党なりあるいは民主党の方たちが、しかもそれが國民の代表としてきておられる方たちが、政党のイデオロギーの問題にひつかかつて、八千万人の日本人ということを忘れて、この國家管理法案をあるいはもみ消そうとか、あるいは延引させて骨抜きにしてしまおうとかいうことも聞いております。しかもビラを見ますと、私は二、三日前に東京に参りましたが、石炭國管反対同盟というような名称であつたと思いますが、炭鉱が國家管理になることは、それがすなわち赤化になるんだ。こういうふうに、ただ自分の立場から感情的に反対されずに、ほんとうに日本人としての基盤に立つておられる経営者であられるならば、われわれがなぜ國家管理を望むかというところまで、もう一歩深くお考えになつていただいて、そして初めて経営者と労働者が手をつないで、しかもその背後には八千万人の國民が、ほんとうに炭鉱経営者と労働者というものを押上げていくという國家管理になるように努力していただきたい。それがほんとうにさいぜんから申されました民主化されたところの炭鉱企業の運営だと私は言いたいものであります。 原稿も持たないで散漫的に、たくさん意見を申し述べましたが、私の言いたい結論は、要するに、自分一箇だけの利潤追求ということ、現在の炭鉱経営者にはそういう方はないと思いますけれども、自分だけがとにかく國家から、國民がほんとうに血を吐く思いで耐乏生活をしたその金を、一人で自由自在に入れたり出したりという、こういう考え方を捨てられて、この金はおれが一人で受取つておるけれども、ほんとうは労働者の國民の犠牲によつて與えられたのである。これをいかにして國民が納得するようにわれわれが使うか、まわすかというところに、経営者の方々はほんとうに考えをいたされていくならば、新聞紙上に載つておるああいうような言動は、おのずから起り得ないと私は信ずるのであります。そういう観点におきまして、現在政府が國家管理法案を出しておりますが、あの点についても、私は経営者という一方的な考え方でなくて、日本人の一経営を委ねられた代表であるというお考え方から、ほんとうに民主化されたところの考え方を、あの法文の中に、あなたたちが注入して、しかもそれが労働者の納得のいくような意見を出していただいてつくられるところが、要するに國民の総意を代表したものになると思うのであります。どうかそういう観点におきまして、党利、党略の具にされた國家管理法案でなくして、日本國民がほんとうに納得する、日本國民が再建のためにこれを運用していくのだという基盤に立たれまして、國家管理は絶対あすからでも即日断行されるように、私は政府並びに國民の総意を代表された議員の方たちにお願いをして、私の意見開陳を終りたいと思います。
○伊藤委員長 次は三井鉱山社長の山川さんの御発言願います。
○山川公述人 それで私から卑見を申し述べます。私はのどを非常に惡くしておりまして、熱を出して、ただいままでやすんでおりましたので、昨日來出席をしなかつたことにつきまして、お詑びを申し上げるとともに、今まで経営者代表、あるいは労働者代表の方から申し述べられたことも、新聞紙上を通じて承る程度で承知しておりませんので、申すことが重複したり何かするかと思いますけれども、御勘弁をいただきたいと思います。なおただいま申し上げましたように、のどを非常に惡くしておりますので、できるだけ簡單に申し上げるつもりでございます。殊に私は言葉がわかりにくいので、おわかりにならぬ点が多々あると思いますけれども、その点はあとから質疑の場合にお答え申し上げたいと思うのであります。 そこで劈頭にお断りしておきたいことがあるのであります。それは昨日経営者の國管についてのいろいろな運動につきまして、中小の場合、運動費を二、三千万円も出しておるのではないかという話が出まして、われわれはそういうことがあるかもしれぬとお話したように承りましたが、私どもは中小炭鉱経営者の方々が、数千万円の金を出す力があるということは、毛頭思つておりません。從つてそういうことがあるということを申し上げるはずもないので、ここに一番先に、そういうことはないということを申し上げておきます。 それから昨日質疑應答の場合に、國管案が増産にならないならば、経営者は増産対策としてどういうことを考えておるのかという御質問がありまして、北炭の吉田社長からか、だれからか、それは私がきよう出てきて話をするからということになつておるそうでありますので、私は主としてその点についてお話を申し上げたいと思うのであります。 私はこの國管案の一番初めの商工省案が出ましたときから、数回にわたりまして関係閣僚、あるいは政党の方々と、國管案をめぐつて御懇談を申し上げたのでありますが、そのときに、それならば、業者はどういう特別の増産対策をもつておるのかということをよく尋ねられたのであります。私はこれははなはだ不思議な感じがするのでありまして、われわれが増産対策をもたずに、ただ盲めつぽうに炭を掘つておるとでもお考えになつておるか、この点はどうも私どもには了解しかねるところであります。われわれは石炭を掘る以上は、つねに増産対策を頭においてやつておるのであります。大体のやり方は各炭鉱ごとに、あるいは数年後までの計画を立て、またそれをいかに実現するかということにつきまして、当面の具体的の方策を立ててやるのでありますが、その内容は必ずしも各炭鉱によつて同一ではありません。それは各炭鉱の様相が違つておるために、各炭鉱ごとに違つた結果が出るのであります。それを遂行しておりましても、なおいろいろな情勢の変化が起りますから、ただいま申し上げました数年後の計画を立てると申しましても、それは時々刻々情勢に應じて変化さしていくものでありまして、そういうふうに増産対策というものは常に動いているし、現在はどうかと言われると、現在いろいろな問題がありますし、われわれはこれを全体的には、先般來復興会議において政府の方針も承り、労資双方の意見も併せて、当面の二十二年度の下期の増産対策をまさに決定しようといおつたのであります。これがいろいろの障害がはいりまして、その結論を得ておりませんから、完全な意見の一致をみた二十二年度の下期の増産対策は立てておりませんが、こういう細かなものから——これは申し上げてもしかたないと思いますが、しかし増産を遂行するにつきまして一番大事なことは、当面の障害を一々打破していくということが実際的であります。それで現在増産のために何をやらなければならぬかと申しますると、われわれが労働者に——今では分離しましたけれども、前の炭協との約束で、十月にはいつたらなら改めて賃金についての話合いをしようという約束をしておるのであります。この話合いが完全にまとまらなければ、おそらくほんとうの増産は不可能だと思つております。ところがここに一つのがんがあります。それは今度の非常増産の対策の中にいろいろ取上げられておりますが、その方針の二項に、炭價は据置くという根本方針がありまして、これについては政府においても相当強硬にそれを主張されるのであります。もしこれがほんとうに不動なものなら、おそらく今の話合いは円満にいかないことになるし、それが労資協力の重大なる障害になつて、おそらく増産は不可能だと思うのであります。ですから当面の増産に一番大事なことは、この労資双方の協力の障害になる点を除去することが、最大の急務であると思うのであります。少し枝葉に入りすぎましたが、もとに戻りまして、それならば増産対策はどうあるべきかと申しますと、私は経営者の増産対策、政府の増産対策、労働者の増産対策といういくつもの増産対策が、一つの國の石炭を出す場合にそんなものはないと思います。それで先ほども申し上げましたように、われわれは政府と労資一体になつて、二十二年度下期の増産計画をやろうとしておつたわけであります。政府は、この國管法がすなわち増産対策だというように言つておられますが、私はこれは増産対策ではないと思います。その理由は、これはわれわれの代表者がるる述べた通りであります。 それならば増産の対策は何か。それが私が申し上げるまでもなく、政府がこんど発表しました石炭非常増産対策の中に盛られたことであります。もつとも政府はこれに非常という名前をつけまして、何か新たな事柄のようなふうに強弁されておられますけれども、その内容はわれわれこれまで政府の関係当局とも、そういう事柄について話し合つてきたことも事実でありますし、あるいはマツカーサー司令部の当局者とも、そういうことをいかにして実現するかということを、懇談していることは事実であります。それは今さら、新らしい話ではなしに、増産の根本になるものであります。たまたまそれが急速に実現しないために、こんどマツカーサー元帥から書簡において新たな要請がありましたことは、私どもとして恐縮するわけでありますが、それがいかにして実現しないかという問題は一應抜きにしまして、あれがほんとうなら増産の根本対策をわれわれは考えるのであります。政府は非常という名前をつけておられますけれども、増産対策だと言つておられます。もつとも、その増産対策の中には、國管案には盛られていないものもあります。たとえば業務計画とか何とかいうものが、そのほかに國管案にはありますけれども、業務計画のようなものは増産の主体ではなくて、これは從なものであります。それで大体こんど発表された増産対策要領に掲げてありますようなことが実現しますならば、増産についてのいろいろな問題に即座に解決すると信ずるのであります。これはおそらく経営者すべての人がそう思われるだろうと思います。そこでこれを解決することが、政府も増産対策の根本であると思つておられるでしようし、司令部でもそう思つておられる。われわれも同感だ。まア労働者はどう思われるか知りませんが、あの事柄自体には、おそらく異論もあられないだろうと思います。ただあれをどうして実行に移すかという点につきましては、いろいろ問題があると思いますけれども、大体あれが増産対策の根本であるということについては、おそらく異論はあられないだろうと思うのであります。そうしますと、こんど政府が発表されました増産対策というものは、挙國一致の増産対策であります。これを何とかして実現することが当面の急務であります。ところが、それを政府においてはどうして実現しようと考えておられるかと申しますと、この政府が発表されました要領の九に、以上の各施策はあくまで経営者及び労働者の自主的協力にまつて推進せんとするものである、ということが書いてあります。これはわれわれが、増産には労資の協力をまたねばだめだ、それが根本だということを主張して國管案を否定しているのでありますが、政府はこんどの増産対策の実行についても、われわれと同じことを言つているのであります。もつとも、そのあとに、なお所期の成果をあげ得ない場合においては、必要な法的措置を講ずる決意であるということを書いております。ところがこの法的措置というものは、國管案かといいますと、そうではないようであります。これは十一日、十二日両日にわたりまして、関係閣僚政府当局の方と懇談しましたときに、この法的措置というものは國管案ではない、なおこの増産対策というもは、國管案とは全然別個のものであるということを繰返して言われたたのであります。また当日わざわざ見えましたG・H・Qの工業課長のリデイさんも、この対策は國管案とは全然別個のものであると言われたのであります。そうすると政府が今度非常という名前の下に出されました増産対策は、われわれとしては根本対策であつて、これを解決するためには労資の協力でやるということを、政府もはつきり言つておられますし、それがうまくいかぬ場合、國管案とは異なる法的措置を実現するということを明言されたのでありますから、これは当然それに関係のない、つまり増産の本筋に関係のない今度の國管法は、政府みずから撤回さるべきものであると信ずるのであります。もつとも政府としてはどう考えておるかわかりませんけれども、私が申しましたように、この國管案は不用だということになりましても、國会は別に増産対策と考究していただき、さらにこれに法的に基礎づけることがありますとすれば、自主的に法的の根拠を與えるという権限をもつておいでになりますから、政府の國管案とは関係なしに、いろいろな増産対策を御研究願いまして、さらに必要があればこの法的根拠を裏づけしてくださるというふうに考えておりますし、そのためには今政府から出されております当面の國管案というものを中心に御檢対に相なるのでないかと思います。そういう方向にお進みになるとすれば、私はここにお願いしておきたいことは、もしそうでありますならば、今度政府が示されました非常増産対策、私どもとしましては増産の根本対策、これを実行いたします場合に、その國管案のどの條項によつて今の増産対策に盛られた個々の対策が、いかようにして一つ一つが解決するということになるが、これを一つわれわれが納得できるように、ひとつこの対策案の各要領の項目と具体的に照らし合せていただきまして、なるほど政府はこの対策案を具体的に進めるためには、國管案と別個の法的措置でいくと言われましても、國会としては何か國管案のようなものでいかないということになれば、その御決定になる案の各條項に示されたどの條項で、増産案の各項目が具体的に実現するようになるのか、そのことはどうして実現するということではなしに、われわれが申しましたように、また政府も言つておるように、労資協力して推進した場合よりも、もし決定されるとすれば決定されるであろうこの法律の各條項を根據において、具体的にどういうようにその増産対策が推進されるかということを、私どもが納得するように、ひとつしていただきたいと思うのであります。われわれはいろいろな懇談会の席上にも申すのでありますが、國会が決定された以上、われわれは國民の一員としてその方向に向つて増産に邁進するつもりではありますが、ただ納得ずくでいく場合と、納得しない場合では、どうしても仕事に対する熱意が違うのであります。熱意が違うということは、これは数字ではわかりませんけれども、やはり増産の障害になります。それでわれわれが納得するように、從つてむろん國民が納得するような具体的の研究をしていただいて、その最後的の決定をしていただきたいと思うのであります。 増産対策は内容は何かということについては、はなはだ粗雑でございましたけれども、先ほども申しますように咽喉を非常に痛めておりますので、この程度でひとつ打切りたいと存じます。
○伊藤委員長 本日の最後に日本炭鉱労働組合総連合、福岡支部事務局次長、本田さんに御発言を願います。
○本田公述人 私がただいま御紹介にあずかりました日本炭鉱労働組合総連合、福岡支部の事務局次長をやつております本田と申します。 業者と言わず、政府と言わず、労働者と言わず、この敗戰下の日本の経済を復興しようというその愛國の至情を問われるならば、こぞつて賛成をしながら、この國管問題をめぐつてそれぞれの立場を主張して相讓らず現在の状況にあるということは、われわれの祖國を悲境のどん底から救い上げようとするわれわれの熱意に対して、実に暗澹たるものがあると私は考えます。そういう観点に立ちまして、私はこの法案についての所見を述べさしていただきたい。これは昨日國協党の早川さんの質問に対するお答えであると同時に、また前田さんから増産対策との関係はどうかというようなお話がありましたが、その点についても回答になると思いますし、また民主党の方から出ました労資一致点に達するまでは待つべきではないかという、そういう御質問のお答えにもなると思いますから、その点合わせて御了解願いたい、こういうように考えます。 まずこの法案提案の理由といたしましてこういうことが述べてあります。わが國の産業の復興と経済の安定をはかるためには、政府並びに石炭鉱業の経営者及び從業者が、その全力をあげて石炭の増産を達成しなくてはならぬが、その態勢を整えるためには云々とこういうことが書いてありますが、政府と業者の從業者が、全力を打あげて石炭の増産を達成するということが、わが國の産業の復興と、経済の安定、國民生活の安定、それを期するために絶対に必要なのだ。そうしてその態勢を整えるために、この法案が提出されたのだ、こういう趣旨と私は解するわけであります。私もその点そうだと思います。そのための態勢というものは、政府と経営者と労働者が三位一体となつて、全力を傾注して祖國の経済の復興にあたるべき態勢でなくてはならないことは言うまでもありません。さて昨日來業者の代表からも発言があつたように、業者においても増産達成のための態勢を整えることについては異論がないようでありまして、たとえば石炭復興会議とか、そういうものが叫ばれ、今日の鉱業連盟の早川さんのお話の中にも、現在の経営協議会を、それが満足だとは言わないけれども充実をするということ、それから労資双方でもつて堅実な自主的態勢を整えるというお話がありましたが、まさにそういう点について御見解が披瀝されたわけであります。それからまた去る十月十二日首相官邸での石炭非常増産対策懇談会には、これは業者と政府との懇談会でありますが、その席上でも、新聞の傳えるところによりますと、円城寺鉱業会副会長は、石炭増産の手段として、政府と業者との間に、常設機関を設置するということを要望されておるようであります。こういう主張の中には、業者の側においても、こういつた増産達成のための態勢を整える必要があるということを認められておることは事実であると私は考える次第であります。ただ現在の経営協議会の実態についての批判、それから石炭復興会議についての批判、そういうものはそれぞれ眞劍に鬪わされなければなりません。またその円城寺氏が主張されました常設機関については、水谷商工大臣はこの常設機関には労組も含めてやりたい、そういうふうに答弁されておるわけでありますけれども、そういうことがあつたといたしましても、業者の方においても、一方には経営の民主化、すなわち労働者の経営参加なくしては増産の途なしと考えておられる。すなわちそういう体制を整えなければいけないということをおつしやつているし、それから他方においては政府、すなわち官僚との間にも、増産の手段としての常設機関設置を要望せられているというのが、現在の声であると私は感ずるわけであります。要言すれば、増産態勢確立のためには、業者のみの力ではできないということを率直に自覚せられ、政府、労働者の協力を絶対に必要とすることを表明され、その態勢の確立を企図せられていると解してよいと私は考えます。ただ昨日の民主党の質問に対する長岡さんの答弁では、この三者、すなわち政府、業者、労働者の増産協力態勢について、これを法制化すべきかどうかという点までは考えていないということを、おつしやつた。これがいつわらざる業者のお考えになつている増産協力態勢についてのお考えの現状であると私は考えます。なぜかくのごとくこの態勢が必要であるにかかわらず、この態勢の確立について、すなわち法制化について業者の方が積極的でないか。またこの態勢を確立せんとして出されたところの國管法に対して、眞向から反対されているかという理由を、これから述べさせていただきたいと考えます。 さて同じく十月十二日の首相官邸での懇談会席上での業者側意見といたしまして、新聞によりますと、現状では増産のためには物資、資材で手を打たない限り、労働強化のほかはない。それを法的措置としてどの程度の強さのものにする考えかという質問が出ております。それから、円滑なる融資のために、赤字融資と、それからそれに伴う金利引下げをやるかどうかという質問が出たのであります。それから、炭價の引上げをやるか、この三つの質問が出ているように私は拜聽いたしました。政府側はこれに対しまして、労働強化の点については業者と労働組合とが、それぞれ團体交渉によつて取極めるべきであるといつて労働大臣が答弁しているようでありました。それから融資と金利引下げの問題については、原則として赤字融資はできぬ。また金利の引下げについては、金融市場で炭鉱についての金融は最低位のために引下げ不可能であるということを、大藏大臣が答弁しているようであります。それから炭價の引上げについては、物價体系維持のためにこれは不可能であるということを回答されているようであります。さつきの山川さんのお話では、これらの三つの点が解決されることが、増産態勢の積極的理由であるということを述べられましたが、これらの業者の要望に対して政府はこういう回答をしているわけであります。これらの質疑應答は、現在のままでも業者はとてもやつていけない、経営はまつたく火の車のようだということを、率直に認められていると私は思うわけであります。すなわち昨日北炭吉田社長の言われたように、炭鉱では寝かせなくてはならない。いわゆる固定資本が八〇%もある。すなわち長期計画をやるためには、莫大な固定資本を要するというお話があつたようであります。またその上、原價の半分以上、六〇%近くまでを占める労務費は、これが労銀が大きいために、必然的に莫大な運轉資金を必要とするのは、炭鉱経営の業者の方が最もよく認識せられているところであると思いますが、こういうように多くの資本を寝かせなくてはならない。また多くの運轉資金を必要とするというような、こういうことは、これは融資がなければ絶対やれないのだ。炭鉱には、赤字金融でも何でもよい。とにかく融資がなければ絶対やれないのだ。それと同時にその融資の金利はできるだけ低くないこと、現在の炭鉱経営はとてもやつていけないのだ、こういう率直な御見解であろう、こういうぐあいに考えるわけであります。これは日常の経営すら困難であるということを如実に物語つている事実であると私は考えます。これに比べまして、今日の本会議にかけられんとしているところの集中排除法の適用がもしあるといたしますれば、これは必然的にそうなるわけでありますけれども、企業が細分化されていきますし、ますます私企業としての石炭鉱業の経営者は心細くなるということでありまして、われら労働者としては、これらに関しましても、深甚なる関心を有するものであります。またわれわれの側からこの対策を見るときには、すなわち石炭増産対策を見るときには、祖國経済再建のためのわれらの使命を感ずるとともに、インフレの波にもまれているわれわれ労働者の生活が三月賃金改定にもかかわらず窮迫に陥り、政府の発表したいわゆる経済白書にいうごとく、十一月になつても決して黒字になる見込みはなく、あまつさえ政府の約束の諸物資の配給も大体五〇%くらいの充足率でありますので、地下労働者としての体力維持のためには支障を來し、いわゆる千八百円のベースも疑われ、ますます窮迫してくる生活をいかんともしがたき現状にあるということをわれわれは率直にこれを認めざるを得ない現実であります、まさに物價は賃金を追越してずんずん進んで行つております。そうしてこれは実に嚴粛な事実であつて、われわれはこの現実を直視しなければならない。こういうぐあいに考える次第であります。かかる現実の事実を前にして新物價体系、特に千八百円のベースの維持が眞劍に討議せられる段階となつたようであります。そうして遠からずこれを要求として提出するというところまで進んでいるわけであります。從つて業者といたしましては、要求がなくても現在やつていけない火の車である経営に対して、この要求が提出されるということは、労務費の原價の中に占める割合が多ければ多いほど、何とかして政府に迫らなくては私企業としてこれを守るということはできないことは当然であります。先ほど山川さんが言われましたように、政府が炭價の引上をするか、赤字融資をするか、しなければとうていわれわれの要求に対して受答えができない、これを維持することができないということも率直な表明がありましたが、まさにこういう段階にきているということをわれわれは指摘したい。こういうぐあいに考えます。ところが先般の三月の交渉のときには、その時の大臣は石橋大藏大臣でありまして、石橋財政においては、生産のためなら赤字融資も辞せない、こういうような石橋大藏大臣のインフレ生産対策であつたわけであります。こういう見地から印刷機で紙幣をどんどん刷つて、インフレ政策によつて労賃値上分の十八億がどつと出されたのであります。こういうのが石橋財政の三月の情勢であつたのであります。業者は今度の賃上鬪爭においても、この手を使わうとされているだろうと私は考えます。ところがこの政府の帰結は、われわれが直接生活をもつて体驗したごとく、インフレをさらに高進した以外何物でもなく、これは労働者と國民大衆の生活を苦しめ、ただやみ太りの新円階級の懷ろを温め、そうして資本家をうるおした以外何物でもないと私は考える次第であります。先ほど九州の岡さんがやみ経済と隠匿物資のそういう増産方式を強調せられましたが、これはまつたく時代に逆行するものであります。われわれは率直にこういうことを述べたいと考えます。しかるに現在においては、石橋大藏大臣のときと違いまして、すでに貿易が再開せられております。そうして現在においてはこれ以上物價を引上げ、貨幣の対外價値を下げるということは、國家再建上実に由々しき重大問題でありまして、石橋大藏大臣のときのようなインフレ政策をとるということが、國家國民の経済の上にどんなに大いなる悲劇をもたらすかということは、われわれよくよく胸に銘じて考えなければならない点であると私は考えます。またこれ以上にインフレを高進させるということは、ほんとうに國家再建のために不利である。むしろわれらは新円封鎖等の強力なるインフレ克服政策をとるこそ國民の生活を安定させ、われわれ労働者の生活を安定させる途であるというぐあいに確信するものであります。そうしてまたこれが國民大衆の眞の声ではないかということを私は思うわけであります。少数のやみ太りの新円階級や、そういうもののためにこういう政策をとるというのは國家を危殆に瀕せしめるものであると断言してはばからないものであります。かかる意味におきまして、首相官邸における政府の答弁がなされたのだということを私ははつきりここに直視しなければならない、こういうぐあいに考えます。特に石炭の消費者價格の引上はその及ぼすところが大なるため、思い切つた引上もできず、所詮私企業としての石炭鉱業は今まさに危殆に瀕していると言つても過言ではない。それが実際の石炭鉱業の眼前に控えている眞劍なる討議をせられなければならない問題である。こういうぐあいに考えております。從來の石橋財政を夢みたりすることは、インフレ克服という実に実に深刻なる國民的見地から許されるべきでないという段階にきているということをわれわれは眞劍に考えなければならない。こういうぐあいにわれわれは考えます。円城寺さんが炭價の引上は不可能という政府の答弁に対しまして、これは実に納得ができないと言われた。その言葉の中には私企業としての石炭鉱業の経営者の現段階における苦脳がはつきりとそのまま表現されているというぐあいに私は率直に指摘したいと思います。われらは貿易再開を行つて、これだけのインフレの高進した現状でさらに石橋財政の夢を見ることは、國民的立場から祖國の眞の復興を思い、國民生活の安定を願うなら、ここにこれらの政策をかなぐり捨てて、力強く再建の一歩を強力に踏み出さなければならない。こういうふうに確信するものであります。 以上のごとく私企業としての石炭鉱業の危機は今眼前にきているのであり、これがとりもなほさず業者側で國管を眞劍に考えられなければならない段階にきた必然性だと私は考えます。そうして英國の資本家が自分から進んで國管の‥‥。
○伊藤委員長 本田さん、発言中ですが、できるだけもう少しゆつくり願います。
○本田公述人 英國の資本家がかつて自分から進んで國管を叫んだように、日本の炭鉱業者もこの現実の客観的情勢を看過してはいけない。こういうぐあいに考えます。村木さんは國管を考える必然性はない、こういう客観情勢ではないということを昨日申されたわけでありますけれども、われわれはそうは考えないわけであります。 以上私は二つの点で、すなわち増産達成のための態勢確立は業者も政府も労働者も認めるところであるという、これが一つの理由、それからまた私企業としての石炭鉱業は眼前にすでにその危機を控えている。しかも石炭こそ経済復興になくてはならないものであるという二つの見解に基いて、積極的に國家管理、すなわち政府と業者と経営者とこれら三位一体の協力態勢の必要性をことに強調するものであります。早川さんが先ほどいろいろ労働者の調査の結果を発表されましたが、現在の炭鉱労働者についてもう一遍調査していただけば、その結果がはつきり出ると私は考えております。 次に昨日長岡さんの批判された法案第一條でありますが、政府と業者と從業者が全力をあげてとあるが、業者としては決してあげられないようになつている。すなわち業者は業者を一方的に苦しめるのみの、業者の協力をにぶらす官僚統制こそがこの法案のすべてであるというような御見解でありますが、この御見解の裏には官僚様には経営のことは何もわからないのだから、事情に明るい業者にひとつ委しなさいということを意味する。こういうぐあいに考えます。しかしさきに申しましたように、円城寺さんは政府との間に常設機関を要望されているのでありますから、すなわちある面では政府も協力しなければいけないということを認められているわけであります。また労働者の協力をお認めになつているということも当然であります。しかしまた政府としましても、業者の経営的実力を無視しているものでもない。こういうぐあいに私は考えますし、また政府は労働組合の力というものを認めていることも事実である。こういうぐあいに率直に認めたいと考えます。この見解は労組の側も言い得ると思います。三者がそれぞれの立場をそれぞれに認めつつ、どこに、國管法案をめぐつて、こんなにいがみ合い、祖國の前途を、國民をして憂えしめておるのでありましようか。私はその根源を次のごとく思うのであります。それを述べさしていただきます。 すなわち政府案では三者一体となるという精神がありながら、すなわち三位一体を唱えながら、第一條にあるごとく、管理する者が政府、いわゆる官僚機構というふうに書かれておるからであります。ここが問題の中心だと私は考えます。政府と業者と労働者が、三位一体となつて協力態勢をつくらなければいけないということは、それぞれ認め合いながら、管理をするものの主体が、政府という官僚機構を思わせる文句が書かれておるということが問題の根源であると私は考えるのであります。この点に関しまして先般平井管理局長を訪れたときに、この点を迫つたわけでありますが、そのときに三位一体になつたもの、すなわち委員会のようなものでありますが、委員会を責任の主体とするということは、今の法制技術の上ではできない。現在の法律用語では、それを三つひつ括めたような、すなわちわれわれの言う國家協力態勢、そういうものは現在では使うわけにないかいんだ、そういうものはいわゆる國家の行政機関、そういうぐあいに考えて、政府というぐあいに書かなければいけないんだ、こういうようなことを述べられたわけであります。でありますからこの思想は、三位一体の協力態勢を中心にするという考え方であるにもかかわらず、法律用語としては、官僚統制というふうな印象を與える政府という文句を使わざるを得ないというのが、現在の法律技術の上だそうであります。そういう答弁であつたわけであります。業者側がこれを称して、官僚統制であるから反対だとおつしやるその事実は、こういう点にあるのも爭えない事実であると私は考えます。われらはここに代議士諸氏に対しまして、三位一体の態勢をとつて増産の協力態勢を築き上げる人だという立案の精神に基き、三位一体の態勢をとつたものを責任の中心においていただき、三者ともに相協力して経済の復興の基をつくつていけるだけの態勢をつくるように修正願いたいと考える次第であります。しかしこのことは、この三位一体が全責任をもつのでありますから、それだけのことは三者ともに考えなくてはならないと考えます。すなわち業者は、私企業としての危機に瀕しておるにもかかわらず、炭鉱業になおも未練がましく、政府の手による労働強化の対策をさせようとしたり、あるいは赤字金融によるインフレ政策を政府に迫つたり、こういうことはやめた方がいい、やめなければ國民生活は安定しないと考えるのであります。また政府は業者と労働者に何も任せて、大きくその経営上の手腕と組織の力とを経営内はもちろんのこと、石炭行政の上にも発揮させることができるように仕向けていただきたい。現在は経営内で業者と労働者だけでやつておつて、そうして石炭行政は官僚がやつておつた仕事であつた。その官僚がやつておつた石炭行政の中に、われわれ組織労働者の力と、経営者の経営上の手腕とを十分に活かすように、もつと舞台を廣くやらしてもらいたいと考えるものであります。また業者も労働者も、政府の適正なる施策には、互いに提携すべきであると考えます。おずおずとして、政府官僚の前に尾を振る犬のごとくするような、從來の業者の態度は改めてもらいたい。われわれは果敢に、祖國の再建に向つて手を携えていくべきであると、私たちは考えるのであります。そういつた民主的な態勢を確立しなければ、日本の國は再建の道をまつ直ぐに行くことはできないと確信する次第であります。しかるに法案には、その中心となるべき三位一体の機関、全國炭鉱管理委員会、地方炭鉱管理委員会について、どのような性格付けがしてあるかについて、一言批判をさしていただきたいと考えるのであります。 すなわちこの炭鉱管理委員会を全管、地管とおきまして、その性格は第五十四條に、全管、地管は商工大臣、それから局長の監督下におくというふうに書いてあります。それから國管法に定められた事項は、監督上の命令をすることであるとか、あるいは不服申立の採用云々の問題、あるいは指定炭鉱を指定したり取消したりする問題、あるいは業務計画の基準の指示ないしは決定の指示、それから変更の指示、それから人事権について現場管理者の解任、彈劾権の使行、こういうものについての調査審議、すなわち諮問であります。それから商工大臣ないし局長の諮問に應ずる。そうして石炭生産に関する事要事項について調査審議する。それから石炭生産に関する建議をするそういう性格付けをしてあるようであります。それだけに限られて、所有権に触れる問題、あるいは石炭鉱業の廃止休止の問題、あるいは賃貸、讓渡、それから委任経営、合併、そういうような問題はこの全管地管の携わるところでなしに、商工大臣の許可、それから人事権の承認というような点についても商工大臣の承認、本社の代理権の制限は商工大臣の許可、利益金の分配は商工大臣の許可というふうに、全管地管の関知するところでないような規定も、この中にはいつておるようであります。また誰が命令するのか知りませんけれども、生産協議会の委員の数であるとか、業務計画の点であるとか、裁定の問題であるとかいう点については命令で出すようになつております。こういう点についてわれわれは、増位一体のこの精神を最も強く活かすような点で修正していただかなければ、三者ともに協力的な増産態勢を打建てることはできないと考えるのであります。しかしわれらは、三位一体的な全管地管の協力態勢の中心と、ぜひともしたいと思いますので、すなわち三者をそれぞれ納得いけるものとしたいと考えます。そういう見解から、業者側の一方的見解に対しても、全面的に賛意を表するわけにはまいりません。たとえば、自分の経営が私的企業の危機に瀕しておるにもかかわらず、なおかつ前に言うような方策をとつたり、あるいは所有権について、旧式な憲法違反論を振りかざしたり、あるいは人事権の容喙であるとか、あるいは経営権の容喙であるとかいうことを、資本の立場からのみ、これを固執するというような考え方は、祖國の経済の再建を願う者の考えでないということを私は言いたいのであります。 そこで私は主張いたします。政府の計画性であるとか、あるいは最重点政策が施行せられるように、業者と労働者とが石炭行政に強力に参画するというような点、あるいは労働者に対して大幅の経営権への参加を認めて、そうしてこの二点を骨子として、三位一体能勢を整えるように、全管地管を中心として打建ててやつていつていただきたい。こうしなければ、みな納得していけるような態勢がとれないのではないかと考えます。そうして業者と政府と從業者が三位一体となつて、國民的責任感と民族的経済復興への固き誓と、堅実なる歩みを踏み出すことであると考える次第であります。そのためには、この三位一体の委員会の責任問題になるのでありますが、この点につきましては、國会がこれに権限を委讓するということ。これは憲法上異論がありといたしますれば、石炭行政についての政府の責任者であるところの商大臣が、全責任を國会に対して負い、そうしてその石炭行政についての権限を白地委任をするという考え方を、この際確立していただきたいと考えます。すなわち民間企業者と労働者に対して、石炭経営はもちろん、石炭行政に関することまでも大きく参加させるだけの、すなわち任すだけの度量をもつてもらいたいと考えます。事業主に対してのみ天降り的に罰則で押切つていくということをしないで、米國の行政委員会で見られるように、こういつた罰則規定はこの三位一体の機構の中に自主的に任せてもらうようなふうにしたら、ほんとうにみんな祖國の再建を目指していけるのじやないか。こういうぐあいにわれわれは考えるわけであります。そして國民に対する信頼と、國民に対する責任感というものが眞に民主國家政治の要請であるというのでありますれば、現在の商工大臣は、單に法文技術上の責任だけではなく、眞に議会に対する全責任をもつておられるということはわれわれ信じて疑わないところでありますけれども、その石炭行政に関する権限を、三位一体の協力態勢に白地委任をするだけの石炭産業人に対する信頼感をこの法文の中に示されて、この線に沿うて修正して、國管法を即時実現されるように國会は取り運んでいただきたいということをわれわれは要望するものであります。と同時に業者の方々に対しては、官僚統制を云々するのみで、代案を法制化するということを怠つたり、あるいは経済復興と称しつつも、必然來るべき私企業としての石炭鉱業の行き詰まりを見透さず、労働強化の法制化や、炭價改訂や、赤字金融や、利子の低下を要望して、インフレ政策と労働者の犠牲による自己勢力の存続のみを考えておるというようなことを避けて、インフレ克服、祖國の復興への大道を國民大衆とともに歩んでいただきたい。民族危機打開のために、経済復興のための増産態勢のよりよき確立のために、勇氣と自信とをもつて協力せられるようにお願いするものであります。 かくして政府はその國民のための政策の適正化をはかつて、それによつて國民の公僕としての役目を果すことができるでありましよう。業者は廣くなつた地盤の上で、すなわち経営内でだけではなしに、石炭行政の分野までも立入つて、そして民族危機打開のために、その経営的手腕があるとするならば、それを十分に振い立てていかれることができる。こういうぐあいに考える次第であります。また労働組合におきましても、國民に対する責任と、國民からの信頼の上に立つて、祖國復興に協力を惜しまない眞の増産態勢が確立せられるものと信じて疑わないものであります。そしてこれこそがほんとうの日本の民主化への大きな前進であると私は確信するものであります。民主國家の建設への力強き一歩であるとともに、経済復興、民生安定の増産態勢確立であるということをここに断言してはばからないものであります。すべからく代議士諸賢におかれましては、われらの愛國の叫びを取り入れて、この線に沿うて、法案のよりよき修正をお願いする次第であります。そして國管断行が差迫つたほんとうに必然性をもつた事実であるということを眞劍に考えて、われわれの至情を受入れていただきたい。こういうぐあいに考えます。 —————————————
○神田委員 議事進行について——以上をもちまして昨日來の臨時石炭管理法案につきまして、炭鉱関係の労資両側の諸君の意見を拜聽できたのでありまするが、昨日の高原君の公述中に、われわれといたしまして議会の権威保持ということにつきまして、とうてい黙視できないような言動がありましたので、この際私からひとつ委員長に対して要望いたしたいと思うのであります。 昨日高原君の公述中におきまして、中小炭鉱業者がトン当り七円あるいは十五円、額にいたしまして三千万円とも、あるいはまたそれ以上の莫大な金額がこの法案反対のためにばらまかれておる。しかしてこの使途たるや、政党の離合集散にまで用いられるがごとき言動があつたのでございます。私どもかような言動につきましては、実に意外に感ずるものであります。この点につきまして、本日山川君からさような事実はないというようなことを言われておるのでありまするが、私どもといたしましては、これは実に納得できない。きのうは労務者諸君からあると言い、きようはないと言う。これは議会の権威、政党の名誉、あるいは議員の品位保持の上からいたしましても、当委員会におきまして十分調査をいたしたい。本案の審議と並行いたしまして、この問題を十分徹底的に審議いたしたいと思うのであります。この問題につきましては、当國会におきまして隠退藏物資等の摘発につきましても特別調査会が設けられたのでありまするが、私は考え方によりましては、あの隠退藏物資の調査以上にこれを重大なる問題だと考えておる。議会の権威、政党の名誉、議員の品位保持のために、これは徹底的に調査いたしたい。さような事実があるかどうか。あるといたしましたならば、これは容易ならざることである。実地調査ももとよりこれは大いにやるべし。もしまたないといたしますならば、高原君の言うようなことがこの議場内において言われるということにつきましては、私ども大いにまたこれを考えなければならない、かように考えるものであります。從いまして委員長におきましては、この問題を当委員会において取上げまして、本案と並行審議をしていく。詳細のことにつきましては理事諸君と愼重相談されまして、適当に善処されんことを要望してやまない次第であります。
○伊藤委員長 この問題等につきましては、昨日から委員長も考えておりましたが、さような問題がこの國会委員会等において論議されること自身が、はなはだ私は不見識であると考えております。從つてこれを調査すべきかどうかという問題等につきましては、理事諸君と御相談の上に善処したいと考えております。つきましては御承知のように、一應公述はこれをもつて終つたのでありますが、昨日のごとく公述者に対して質疑應答をいたすということについて、本日は本会議等もありますから、特に重要な点がなければこの程度で終つたらどうかと思いますが、いかがですか。
○伊藤委員長 それではきようは公述者に対する質疑は行わないことにいたしまして、本日の公聽会はこの程度といたします。 この際、公述人の方々に一言御挨拶を申し上げます。臨時石炭鉱業管理について、多年直接に石炭鉱業に從事せられた豊富な御体驗に基いて、あるいは経営者の立場から、あるいは労働組合等の立場から、おのおの專門的な、また実際的な御意見を拜聽いたしまして、本委員会の法案審議の上に多大なる参考となつたものと信じます。二日間にわたりまして、御多忙のうちに貴重な時間を割いて、熱心に御意見を発表いただきましたことを、ここに厚く御礼を申し上げる次第であります。 明十五日は午前十時より金融関係その他関係者並びに一般の公述人の方々より意見を聽くために、公聽会を開きます。 本日はこの程度において散会いたします。 午後二時四十二分散会