佐藤怜
会議録に記録された「佐藤怜」の発言を集計しています。会派・役職は直近の発言から推定した値です。同姓同名の別人が含まれる場合があります。
出典: 国会会議録検索システム API(国立国会図書館) ↗- 総発言数
- 7 件
- 直近の所属会派
- —
- 直近の役職
- 秋田大学教育学部教授
- 直近の発言日
- 1992/04/22
政策テーマ別の発言量
テーマ代表語との共起件数- 半導体0 件
- AI0 件
- GX・脱炭素0 件
- 経済安保0 件
- 宇宙0 件
- 医療0 件
- 農業0 件
- 地方創生0 件
- 防衛0 件
- 防災0 件
- こども・子育て0 件
- 教育0 件
- デジタル行政0 件
- 労働・賃金0 件
- エネルギー0 件
- 観光・インバウンド0 件
- 住宅・不動産0 件
- スタートアップ0 件
- 社会保障・年金0 件
- 通商・貿易0 件
※ 発言者名とテーマ代表語1語の共起件数です。全期間が対象ですが、表記ゆれや 同音異義語を含むため、関心の強さを厳密に測る指標ではありません。
よく発言している会議
直近 7 件の標本- 厚生委員会7 件・100%
※ 全 7 件のうち直近 7 件のみを集計した標本値です。
発言履歴
第123回 衆議院 厚生委員会 第9号
○佐藤怜君 私は、ただいま紹介にあずかりましたように、現在秋田大学の教授として、発達心理学、社会心理学、家族心理学等の講義及び実験演習等を教育学部及び大学院教育学研究科で担当しておる者でございます。 私は、傍ら、畑澤先生などとも御一緒することがございますが、秋田県からの委嘱を受けまして、秋田県社会福祉審議会、秋田県社会教育委員会などの委員経験を通しまして、地域社会の福祉及び教育のために、微力ではございますけれども御支援申し上げております…
第123回 衆議院 厚生委員会 第9号
○佐藤怜君 私、先ほど大病院信仰とか志向というようなことを言いましたが、御指摘のとおり、やはり不安で大病院へ行って精密な検査をしたいという要求のもとで、大病院へ行かれる患者さんもいらっしゃると思います。そういう場合に、がんでなければ、ではどうするかというようなことも考えないといけないと思うのですね。がんでなければ、今度は大病院から地域の医療機関に逆にフィードバックして、逆に紹介していってもらって、そこで今度は地域で診療していただく、そう…
第123回 衆議院 厚生委員会 第9号
○佐藤怜君 この問題は、私は直接専門でありませんのでちょっとわかりかねますが、感じといたしましては、各郡というのがございます。その中に中核になる町とか市があるわけですけれども、少なくとも各郡を一つのブロックと考えて高度な機能を果たせる病院を配置した方が、地域住民のためによりきめの細かい、しかも密度の濃い医療を施してもらえるのではないかと思います。ただ、特定機能病院というのは、かなりスタッフとかさまざまな機能を備えていないといけないという…
第123回 衆議院 厚生委員会 第9号
○佐藤怜君 療養型病床群につきましての構想が指摘されておりますけれども、慢性の疾患で比較的長期に入院しないといけないというふうになりますと、生活面でのある程度の快適性とかを保障していかざるを得ないと思いますし、そういう点では、いわゆる家庭に近い感じの、アットホームな中で療育するというようなことを構想していくということでございますので、基本的には私も賛成しております。ただ私は、この中にもう入れ込んでしまってというのではなくて、時々は家庭に…
第123回 衆議院 厚生委員会 第9号
○佐藤怜君 インフォームド・コンセントの問題につきましては、私も今後の医療提供の理念としては大変重要なことだと思います。先ほども申し上げましたように、医療従事者と患者との人的なかかわり合いの中でそういった疎通が生まれ、そこで説明、同意というようなものが展開されるものでありまして、これは基本になる理念であると考えてよいと思います。ただ、医療現場におきましては、理念としてはそうなんだが、日常診療あるいは医療現場ではまだなじみにくい面もあると…
第123回 衆議院 厚生委員会 第9号
○佐藤怜君 川俣先生から脳死、臓器移植の問題が出されましたが、医療法改正の最初のところにもございますように、医療というものは生命の尊重、さらに個人の尊厳ということをうたっております。したがいまして、この枠内で考えていかないといけない問題ではないかと思います。そういう点からいいますと、私も心理学というもので人間を取り扱う仕事に携わっており、しかも人間の心の問題にかかわる領域を担当しておりますが、やはり人間の尊厳性とか個人の尊厳性というふう…
第123回 衆議院 厚生委員会 第9号
○佐藤怜君 私は、医療費の問題につきましては、福祉の問題の領域で高福祉高負担というようなこともありまして、利用者、受益者がある程度負担するのはやむを得ないというふうに思っております。そのことによって診療を受ける意識もまた変わってくるのではないかと思います。ただ、これがまた負担し切れないような状況になりますと困りますが、その辺の兼ね合いが問題になると思います。 そういう点で、高医療に対して高負担までいかなくても、ある程度負担はやむを得ない…